2022-07-14

パンの原料である小麦を始めとして、農作物を育てるには、窒素リンカリウム肥料の三要素が不可欠だが、ハーバー・ボッシュ法は、窒素供給する化学肥料大量生産可能とし、結果として農作物の収穫量は飛躍的に増加した。このためハーバー・ボッシュ法は、水と石炭空気からパンを作る方法とも称された[5]。

化学肥料誕生以前は、単位面積あたりの農作物の量に限界があるため、農作物の量が人口増加に追いつかず、人類は常に貧困飢餓に悩まされていた(マルサス人口論)[13]。

しかし、ハーバー・ボッシュ法による窒素化学肥料誕生や、過リン石灰によるリン化学肥料誕生により、ヨーロッパアメリカ大陸では、人口爆発にも耐えうる生産量を確保することが可能となった[13]。これは1940年代から1960年代にかけて起きた、18世紀農業革命に続く「緑の革命」の先駆けとなった[14]。また日本などでは従来肥料として用いられてきた屎尿による寄生虫感染も避けられるようになった。

ハーバー・ボッシュ法は同時に爆薬の原料となる硝酸大量生産可能したことから平時には肥料を、戦時には火薬空気から作るとも形容された。硝石鉱床が無い国でも国内火薬生産可能となり、その後の戦争が長引く要因を作った。例として第一次世界大戦において、ドイツ帝国海上封鎖により、チリ硝石の輸入が不可能となったが、戦争使用した火薬の原料の窒素化合物の全てを国内調達できた(火薬爆薬を参照)。

本法によるアンモニア合成法の開発以降、生物体としてのヒトのバイオマスを、従来よりもはるかに多い量で保障するだけの窒素化合物が、世界中農地生態系供給され、世界人口は急速に増加した。現在では地球生態系において最大の窒素固定源となっている。さらに、農地生態系から直接間接双方の様々な形で、他の生態系窒素化合物が大量に流出しており、地球全体の生態系への窒素化合物の過剰供給をも引き起こしている。この現象は、地球規模の環境破壊の一端を成しているのではないかとする懸念も生じている[15]。

ハーバーは本法の業績により、1918年ノーベル化学賞を受賞したが、第一次世界大戦中にドイツ帝国毒ガス開発を主導していたために物議を醸した[16][17]。またボッシュ実用化の業績により、1931年ノーベル化学賞を受賞している。

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