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2019-06-16

童貞を守れなかったおっさん童貞最後の夜

ソープを予約した。

なので正しくは「童貞を守れなかった(予定)おっさん童貞最後の夜」だ。

本当は終わった後に書くべきなのだろうが、上手く行ったならこれが童貞最後の夜になるだろうから書こうと思う。

自分典型的な、「周りに合わせて進学して周りに合わせて就職したらいつか勝手結婚して幸せな家庭ができてる」と頭の何処かで考えていて主体的に何もせず、気付いたらアラフォー高齢童貞コースの申し子だ。いやまだ40の大台には乗ってない、とつまらないプライドも拗らせている。

童貞ソープに行きたがる理由なんてそれこそ、性欲、いちいち童貞と煽られるのに辟易した、この世に絶望した、清貧に生きるよりも五濁に塗れる道を選んだ、童貞を捨ててでも守りたいものができたあたりだと思うし、他の人もだいたいそんなもんだろう

自分理由を付け加えるなら、女性という生物に興味を持ったこと。ずっと二次元コンプレックスを拗らせていて、現実女性は正に遥か彼方の存在、夜空に浮かぶ月の如く手の届かないものという認識で、完全に別世界の生き物と考えていたと思う。

三十路を過ぎても二次元が好きなオタクで居続けることには高いエネルギー必要であることに気付き、戯れにAVを見るようにしてみて1年少し、当初は全裸プロレスに全く性的ものを感じられなかったが漸く性的興味が向くようになった。

AVを参考にするとか正に童貞だと草を生やすのは自分でも思うけど、政治的に正しいセックス方法なんて誰が興味有るんだってのとAVはあまりにアクロバティック過ぎて本気で真に受ける人はいないだろう。正直、オリンピック演目を見てる感じがしてくる。よって、プロ野球選手に憬れて河川敷草野球を始めようとする小学生並みのきっかけだ。

ただ女性と話がしたいだけなら幾らでも非風俗系のサービスがあるだろうというのもわかる。

が、見栄と虚勢だけは来世の分までストックしてる童貞にはハードルが概して高い。他のサービスを利用して女性口説きデートを3回重ねてホテルへ行くまでの時間的金額コストは高級ソープ2時間1回よりも高いのだからむしろこれは効率的である。という意見100%賛同はしないが、別に私はナンパをしたいわけではないので強ち否定する気も起きない。

そう考えると結局自分は、童貞というスティグマを少しでも消し去りたいだけなのかも知れない。

童貞はどれだけバカにして煽っても許される」がネット可視化されたのは本当に醜悪だと思う。誰かの何かを確実に傷付けるにも関わらず、冗談一言で語られ続ける悪しき風習だ。

童貞ソープに行ったところで所詮素人童貞であって童貞という煽りが生み出す本質的スティグマを消し去りはしないし、これは卒業ではなくディプロマミルの利用だ。

きっと自分はこれからも心の何処かを削られるんだと思う。

でもそれでも私は、行きたいと思った。

2019-05-06

[]【6・了】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506125200




6일



6日目

ありがとうカムサハムニダ


今回の旅行での韓国最後の夜

結局のところ、横にはなったが深く眠ることはできず、1時間ほどウトウトしただけだった。

6日間を通してゆっくり眠れたのは、3日目、光州の夜くらいだったか

それでも動き回れたのは、緊張だったのか、興奮だったのか。

身体の反応の原因はハッキリとしないが、気持ちとしては概ね楽しく、興味深いことが多かった旅行だった。


4:30

東横INNをチェックアウトして、フロントタクシーを待たせてもらう。

5:00に配車される予定だった。

時間があるので旅行記をチェックしよう。

4:35

タクシーが来ましたが・・・

ホテルパーソンの横に、笑顔のおじさんが立っている。

おはようございます

早いなオイ。

あいいや、チェックイン出国手続き税金の還付、再両替など、やることは結構ある。

「あぁ、行きます行きます

スーツケースを引いてくれるおじさんの後についていきながら、計3泊お世話になった東横INNを後にした。

ありがとうございました!」


金海国際空港までお願いします」

「あぁ」

ホテル越しに行き先はもう知っているようだったが、言葉理解して反応しているのとは違う印象。

いきなり日本語で朝の挨拶をして来たから油断していたが、おじさんは日本語はできないらしかった。

夜の街をタクシーが滑り出す。

そういえば、今回の旅程に光州を組み込んだのも、映画タクシー運転手」がきっかけだった。

映画の中でも、運転手を演じたソン・ガンホは満面の笑みでジャーナリストを迎え入れた。

もちろん自分ジャーナリストではないし、映画のように、流血の巷に向かうわけでもない。

ただ、「知りたい」という気持ちでこの国に来たのは同じだ。


光州と釜山の街と人々。

光州は綺麗で緑豊か、人々はソフトムード

釜山ちょっと汚いがエネルギッシュで、人々は朴訥で享楽的、そしてお節介だ。

それぞれの街に歴史政治を思い出させるものがあり、日々の生活と人々の交流がある。

「親なんちゃら」とかではなくて、ここでは「政治的」と呼ぼう、韓国の人々は、5.18記念公園やチャガルチ市場を見て過ごしながら、政治的な話と日々の生活との間で揺れながら毎日を送るのだろう。


毎度毎度、似たような結論になってしまうのだが「この国を訪れて良かった」

政治歴史などの「大きな話」を人の口から聞いたのでは、分からないことがある。

たとえ旅行で表面を撫でただけでも、その地の空気を吸って「感じる」事があるのだ。


タクシー金海国際空港にたどり着いた。

「オルマエヨ?」

おじさんがちょっとだけ驚いた顔をした。

空港までの20000ウォンを支払い、タクシーを降りる。

おじさんが丁寧に下ろしてくれたスーツケースを受け取って、謝辞を述べた。

カムサハムニダ!」

2019-04-07

桃太郎

飾り気のない桃太郎

桃太郎というただただ強い男の子が鬼を倒した

物語になった桃太郎

からまれ男の子が鬼を倒した

桃太郎2

10年後、倒したと思った鬼の大将には復讐を誓う子どもがいた

スピンオフ桃太郎外伝

また村を荒らす怪物がでると聞き出かけた桃太郎。そこにいたのは鬼ヶ島で死んだと思っていた猿だった。猿は15年もの間、鬼ヶ島で投獄され改造を受けていた・・・

桃太郎3

桃太郎との平和協定によって平穏が訪れた鬼ヶ島西洋の鬼が攻めてきた。桃太郎は鬼の大将の子どもと共に再び戦う

桃太郎4

30年後、桃太郎引退し人里離れた場所に一人住んでした。そこに弟子になるためやってきたのは鬼の大将の孫だった。

スピンオフ桃太郎ハングオーバー!

イヌ結婚式に集まった猿とキジ独身最後の夜を楽しむパーティーを開いたが、お調子者のキジは酒を飲みすぎて・・・

桃太郎5

桃太郎が倒した鬼たちは実は別の国の善良な人間を守っており、おじいさんおばあさんは悪人だった

Peach Wars

倒した鬼の大将桃太郎父親だった

MoMo

桃太郎が気がつくと幽霊のようなものが見えるようになっていた

2018-11-19

大阪最後の夜、最高の1時間

我が人生に一片の悔いなし!

応援してくれた者たちに感謝する!

ありがとう大阪

2018-08-17

「あの夏」の終わり方

“あの夏”、から一年唐突ですが、どういう思いを抱いて彼らを応援しているのか、を自分語りとして綴ることにします。(お友達は一部既出ですが・・自分なりに整理をしました)いろんな巡り合わせだったり偶然を運命を呼ぶことにしたわたしは、森田美勇人Love-tuneTravis Japan)出の美勇人なのだな、と思います

2016年出会いの春、それはLove-tuneが結成された季節です。少クラガムシャラ、そして兄ガチャに嵐バック。2014年からあらちかを筆頭に、まがいなりにもTravis Japan意識していた人間としては、みゅうとくんが公式グループ兼任することも、顕嵐くんがいつのまにかそこでマイクを持っていたことも、待って待って…と思うばかりだった。

だけど顕嵐くんが、輝くべき場所で輝けるのならそれは素敵だよとなぜか腑に落ちていて。目線を合わせずに背中を委ねる宮近くんとはもう長い付き合いだったこと、骨折しながら青山劇場に通ってTravis Japanで居てくれたこと、「やっとA・RA・SHIを歌えました」と言ってくれたこと、グループの顔として存在しようとしてくれたこと。だいすきな顕嵐くんがいくつもあるけれど、アイドル阿部顕嵐”としての最善の道を邁進しようとする生き様が、彼らしいなんてふうに思った。“あらちか”が隣同士でなくなってしまうのにはどこかズキッとして、終わりを迎える日を「宮近ももってけドロボー!」なんてまだまだ傷心を誤魔化すように、それっぽく野次をとばしてみたりした。2016年を振り返る際に、意思を持ってトラジャへ合いの手を入れる顕嵐くんが瞬間咎められる姿に、心のめそめそは止まらなかったけれど、それぞれのファンとの関係大事にする彼らの優しさだったんだろうなあ、と思う。(銀河劇場でコンテを狂舞する顕嵐くんを、博品館Shall we dance?する宮近くんを、同時に観れちゃうんだ あらちかはず〜っとドリームだよ!)

そんな事実が対比として、8人になったTravis Japanを引っ張ろうとさらに踊りだしたみんなのみゅうとくんに、どうしてもTravis Japanでいてほしくて、青山劇場さよならをして終わりかにみえTravis Japanが、兄組・弟組別から改めてグループとして動きだしたTravis Japanに、そのままのグループでいてほしくて、そんな勝手な願掛けでブーメラン呪いをかけはじめた。

両方の登場場面で現れた出ずっぱりな少クラ美勇人くん、嵐についたら翌日はえびバック、ドリボに出たら幕間で稽古、次はえび座で…、DIGITAL BOYSセンターで笑って、アイランドゲストガチャも最もバック選抜される名実休みのなかった美勇人くん。木星から金星へ、その場でジャケット羽織ってTravis JapanからLove-tuneへ変幻する美勇人くんにハートは奪われたし、仮面ライダーって実在するんだ、と思った。精神的な切迫を考え出すとキリがなかったのに、呼ばれるうちが華、なんてやっとのお休みダンス留学なんてしちゃう。誰よりアイドルをして、歌って奏でて踊りまくる美勇人くんがいて、もう充分すぎるほど君を見つめていたし、たくさんの衣装を着まわす姿を思わず数え「今はどっち?」と離れて行きそうな彼への、典型的な重い女な執着心を抱き“リア恋枠”を称したのは、心の奥底でこうなる「いつか」を恐れて、1mm責任や傷を負わないよう距離を図っていたのだろう。「いつか」来る「いつか」を知ってしまったとき自分を最大限傷つけないよう「担当」と呼ばない逃げ道に立って、大好きなのにすべてを100%応援できない、身勝手自分肯定していた。それでも、2つの顔を邁進する美勇人くんのやさしさや強さが憎いくらい眩しくって憎むことなんて滅相もなくて、ほんとうはずっと、「いってきます」を言うと「いってらっしゃい」を「ただいま」に「おかえり」を返してくれる、Love-tuneというTravis Japanという君だけの特等席はあたたかすぎるほど輝きに満ちていたのに。

2017年ジャニーズJr.祭り、会いにいったTravis Japanは7人になっていた。アイランドで氷のような張り詰めた美麗さを纏った宮近くんはだからだったと合点してしまうことが切なくて、“兄組”という4人の青春尊大だったし、僅か数ヶ月前「やる気スイッチTravis Japan」だとメンバーの顔を振り返っては破顔するキングオブTravis Japanな最年長が、今「なんで?」とついつい息巻いた。それでも彼は過去否定することなく夢を夢のままにせず歩みだしたし、親友たちは今でも存在をたくさん生かしてくれるのに、今も昔も変わらず己を武器にするところ本当に拡輝でヒロキだね〜。舞台の上で、今も踊る姿を演じる姿を大きな笑顔をみつけられること、希望しかないよ。

ユニットと肩を並べたこステージで、魅せようと一体に燃え盛るTravis Japanは7人でも最高に情熱的だった。唯一オリ曲を持っていないのが切なくて虚しくてたまらなかったけれど、「本物のアーティスト」になるべく温存された玉虫衣装を纏ってソークレ・スパノバを踊る彼らのため心臓は動いたし、『山の手外回り』を選曲して、大阪では2番の「御堂筋線」を歌う姿はなんの誇張もなく天才的で愛くるしかった。

Love-tuneでありTravis Japanである森田美勇人は、キレッキレのNaFで世界観に引き込んだと思ったら、マスピではセンターをぶっちぎって腰を回すし、パリマニで花道闊歩してCha-Cha-Chaで低音ラップする人一倍な出演に膝から崩れ落ちてしまう。そんなふうにTravis Japanへの信奉と美勇人くんへの好きが目の前に打ち寄せる。ついつい神経質になる私を宥めるかのように、トラジャのジャケットのうえにらぶのジャケット羽織ったり、らぶのジャケットのうえにトラジャのそれを羽織ったり、同じくらいの交互にする美勇人くんはとてもやさしくて。横アリラスト開演前、早売りとして流れてきた「どちらも100%」「最後の一人になってもTravis Japan」の言葉と、そう言ってくれた事実、今となっては真偽は分からないけれど、心のやらかいところお陰で君に染まっていて、ただ単純に嬉しくて愛しくて天日干ししたお布団みたいにあったかかった。

ジャニーズJr.なのに」と卑下せず、「ジャニーズJr.から努力を選んだ。ベースラップダンスも、誰よりカッコいい美勇人くん。両グループのまんなかを歩いては、どちらでも0番になれた美勇人くん。ほんとうに最後まで、どちらも100%だった、美勇人くん。衣装を変える度、曲が変わる度、変身する美勇人くんは、ほんとうのみんなのスーパーヒーローで、仮面ライダーだった。ジャニーズ銀座では、森田美勇人Love-tune)と森田美勇人Travis Japan)のフォトセットが別々に発売されたこと。グレちゃってたくせに、「もりたさんきょうだいでまわしてる」なんてひらがなで言うこと。出演公演数を知っても、昔の方が、なんて何食わない顔をすること。トラジャを引っ張って、らぶを底上げして、全部を抱きながらアイドルで居てくれて、本当にほんとうに凄い美勇人くん。トラジャが冬の帝劇に呼ばれたこと、ついにオリジナル衣装オリジナルの曲をもらったこと。多分、あと寸前のところで、影に覆われてしまわなかったのは、舞台班だったはずが、毎週の少クラコンサートに、やっとおんなじ土俵に立てたのは、美勇人くんが、Love-tuneTravis Japanでいてくれたおかげなのかな、と。そういう、守り抜き方をしてくれたんだ、と思いたくて。美化しすぎだと怒られてしまいそうだけど、もう大丈夫なところまで、守ってくれたんだ、と思えて。

あの夏、つまりはキントレトラジャ単独公演。美勇人くんのために悪戯っ子みたいに踊った弟組、美勇人くんのために揺れる最後の“白”、涙を包み隠すような如恵留くんの『時を刻もう』。雨が降り続けた六本木で、“今さら「なんで?」ってなんて言わないよ”なんて、まさになしめちゃんの『雨』。「最後はこれしかないだろー!」なSupernova。“明日になれば全てが嘘だとしても i wanna rock your world” 。泣いちゃった宮近くんと、「そのままでいてくれーー!」なうちゃんあんなに泣きじゃくったのは最初最後の夜だったし、すべてのエネルギーが注がれた救世主は、それでも逞しく踊り続けるから、強くて儚くてそして美しかった。「お仕事がんばって!」と笑っていうアイドルないつも通りすぎる美勇人くんは6人へ拍手をしたし、体力の限界まで踊りきるTravis Japanはただ格好よくて前しか向いていない、宇宙で一番熱いグループだった。6人の『夢のハリウッド』をお披露目したのに「オリジナル曲」と言わず、命の限り7人だったジャニーズJr.アイドル森田美勇人くんとTravis Japanと“あの夏”、がずるすぎるくらいに愛しくて愛しくて大大だーいすきなんだ!『夢のハリウッド』は間違いなく、7人のTravis Japanが掴み取った曲だったし、今も7人のための曲だね。

翌日からの、Love-tuneTravis Japan合同公演に当たり前のように森田美勇人Love-tune/Travis Japan)でいたことが当たり前だけどカッコよすぎて、やり抜いたオーラスCan do! Can go!でEXシアターを一周する姿は、やっぱりファンのためにしか生きていなかった。帰路にて不意に、「あっちの立場じゃなくてよかった」と聞こえてしまたことが悲しくて、そしてひどく羨ましかった。嫌いになれればどんなに楽か、なんて思ってしまうけれど、みゅうとくんは最後最後まで一途に筋を通し続けちゃうから、誰よりファンのためのそんな生き方から、嫌いになれるわけなんてないよ〜〜。

立ち会うことになった『Love-tune Live 2017』、後ろのカッコの中身が減ってしまってもキラキラに輝いて「好きなんだよ」「泣かないで」と恋させてくれる罪なアイドル森田美勇人くんが、たしかに泣けるくらい好きだった。デザインしたネイビーとホワイトTシャツを、半分ずつに繋いで着こなすみゅうとくんは、誰のことも置いていかない100%アイドルでさー!

Love-tuneは、完璧すぎるからずるい。熱を呼応させる高い求心力も、まんなかで指揮する最小最年長を含め、もはや二次元バランス個性も、魂から魂へ奏でる音色も。なのに努力できる才能、幸せを作る力と信念と、思わず恋する運命共同体な笑顔バンドだけじゃないダンスだけじゃない、7人じゃなきゃLove-tuneじゃないLove-tuneに、ときめかないわけがないし、勝ち負けではないと言いながら私自身が完敗だった。出会う順番やこんな欠点のなさにも理由をつけて、「私なんか応援しなくたって完成されているじゃん」と卑屈になったり、当たり前ながら当たり前に「ファン」する方に引け目を感じて縮こまったり、羨んでしま自分がどうしても存在してしまったけど、そんなどうしようもない気持ちも、好きを表す賞賛ひとつにしていいのかな、なんて。

そんな頂点で、アクセントになればとなにより踊って奏でる素晴らしいみゅうとくんは、お茶目に熱い愛を沸かすし、使命を果たしてくれたみゅうとくんによって、どこかで「言ってはいけないこと」と決め込んでいた無意識解放され、言っていい言葉になった。「Love-tuneが好き」を、わたしも言うことができる!Travis Japanで魅せる美しい美勇人くんも、Love-tuneで魂をぶつける勇ましい美勇人くんも、ほんとうのほんとうは、ちゃんと大好きだった。それ以上にも歴史のある人だけど、語らずにも区切りをつけて、今をありったけ生きてくれている今の美勇人くんを、「好き」だと言っていたい。

Love-tune Liveから約一週間後の『ABCジャニーズ伝説2017』。日生劇場客席には、みゅうとくんが見学にいた。ステージにいるTravis Japanは5人になっていた。アグレッシブダンスとお顔を一目見れば、“気になる存在”になってしまう最年少。笑いをとりにいく姿勢も、軽快にMCを回すキーマンだったのも、突然いなくなったのも、こっちが「オマエのそーいうとこ嫌い」だもう!!!大嘘)夢ハリの増えたパート自分のものにする宮近くんやうみちゃんTravis Japanのまっすぐな瞳を見ては、涙が溢れてしまうばかりだったけど、“5人でも大丈夫”なことを高らかに宣言するように、透明な空気を纏いピカピカと輝きを魅せるそこはまさにハリウッドだった。見せ場のアドリブ、ここぞとばかりなのえしめを呼んでひっちゃかめっちゃかするうみちゃんはよくぞやってくれただし、ショータイム完璧美勇人くんへ指差しウィンク・指の隙間から時を超え5starsする宮近くんは客席一番後ろへ目配せをして、楽しそうに嬉しそうにこれでもかと“Dance for you”するTravis Japanがたまらなく愛おしかった。

命が減っても不死鳥のように生き続け、魂を磨き上げるTravis Japanは、真っ先に火を灯したい至高のエンターティナーだ。悔しい悲しい切ないでドロドロになってしまうのに、一瞬でその汗と笑顔に魅了されてしまうから、嬉しくて楽しくて最高の「生きる」をもらってしまう。わんぱくどろんこはちゃめちゃなのに、パフォーマンスとなるとキリッとお澄ましをして曲の世界へ誘う青年たち。どうしようもなく愛おしくなるし、彼らのパフォーマンスになにより心が揺れ動いて、ドクドクと血は巡り、体温が何度だって上がる。誰もわるくなくってどうしようもできなくって、それでもちゃんと、彼らは幸せを描いていた。

「報われてほしい」と言われることも少なくないけれど、過去もずっと今もずっと、“誰も歩いたことない道を歩く”Travis Japanは、出会った私はしあわせだったんだよ〜。Love-tune美勇人くんを、100%好きだと言い切れない自分が負い目のままだったけど、美勇人くんを好きなTravis Japanを、Travis Japanを好きな美勇人くんを、まだずっと、好きでいいんだ、と幸せの渦に巻き込まれているようで。

そうして美勇人くんの誕生日更新されたジャニーズWebボイスは、数ヶ月前に私もリクエストした、ちゃんTravis Japanだった証をプレゼントしてくれたみたいなあの一言だった。

それからというもの、季節はすぐにめぐり巡ってしまうけれど、思えばしあわせなことしかなかった。何かが幕を開ける始まりの度、いつかまた、戻ってくれるんじゃないか…また誰かを失ってしまうんじゃないか…と淡い期待や不安を抱いてしまうはずが、Travis Japanは、一生一緒の最強シンメを迎えて7人になった。大事記憶や脆さに蓋をしながら、ファン確認をしながら、颯爽と次のステージにいるらしい。もう彼の戻れる場所はなくて、探すのはやめようと誓った晩秋自分場所自分でつかみ取れ、帝国劇場Travis Payneの構成振付を高らかに踊りつづけた新春。Endless SHOCKカンパニーの一員、豹変したように踊るこの2人がメンバーだなんて恐ろしい程だとまるで裏切られた立春横アリドリームステージ、「オレたちの第2幕」。7人の新生Travis Japanの汗と笑顔しあわせの鐘に涙・始まりまりの春。初めての7人でのツアー双眼鏡の中でISNを踊る宮近くんがやっぱり宝石みたい、電光石火3年前を思い出した初夏。

今までのわたしは結局自分のしあわせしか考えていなかったけれど、ジャニーズJr.祭り2018を通して、ちょっとみゅうとくんのしあわせを考えられる大人になったんじゃないかなぁ。みゅうとくんを抱きしめ迎えてくれるLove-tuneがいることが嬉しくて嬉しくて、マジパネェ太郎さんがとなりにいるなんてめちゃくちゃ心強くて。見学席へみゅーと!みゅーと!とピーチクパーチクするトラジャは変わらずでなんだか懐かしくなって、YouTubeに連載にセルフィーに…。彼らにとっても私にとっても“初めて”を大事に育むれっきとしたグループトラジャがもうとびきりな非日常を運んでくれているし、代わり映えしない毎日から救ってくれるのはLove-tuneなんだよ。長い長い春休みだけど、わたしTravis Japanを好きなこと、Love-tuneを好きでいられること、みゅうとくんがアイドルを生きた最高の証で、大事ギフトだって思います

こうも好きだと、1週間後には誰かトラジャの担当となる可能性が大いにあってしまうけれど・・(笑)今度は私が信じる番、天下無敵な最強スーパーアイドル美勇人くんがステージで輝ける日、心の底から願って信じて待ってます!!!ダンスバンド中途半端でいたくないという美勇人くん、どうかたくさんの努力と才能、大輪笑顔を咲かすことができますように。平成最後のこの夏、Travis Japan世界で一番熱く平和に夢へと駆け抜けられますように。諸君最高で最強なドキドキわくわくを今年、これでもかと両手に抱えられたらなあと思うよ。

Travis Japanだった9人も、8人も、7人も、6人も、5人も。そして、Travis Japanが、森田美勇人くんが、大大大好きだ!世界中の愛を届けられるように、踊りつづけるDancerでね。上書きするわけではないけれど、長かった“あの夏”をついに終えれる気がしている。今年は、どんな夏がどんな君たちが待っているんだろう。絶対絶対、楽しもう!ね〜〜!(賛成〜〜!)

2018-08-14

息子とのふたり旅が楽しすぎた

中2の息子と父子ふたり旅。

秋田岩手東京浜松を経由して今名古屋に向かってる。

名古屋で少し遊んだら帰り道となる。

本当に楽しすぎた。

幸せすぎた。こうやって一緒に喜んで旅に出てくれる息子で良かった。

ありがとう、息子。

間違いなく一生の思い出になった。

秋田では旧友に会い、稲庭うどんを食べた。ババヘラアイスというのも初めて食べた。美味しかった。

盛岡ではわんこそばに挑戦した。

2人とも100杯には届かなかったけど楽しかった。盛岡八幡宮も美しかった。

平泉ではレンタサイクル中尊寺金色堂を見てひたすら感動した。

2人で汗かきながら坂道を登ってたどり着いた本堂、なんか妙に美味しく感じた瓶のコーラ

東京では新宿リアル潜入ゲームをやったりVRゾーンマリオカートやったりゾーマをやっつけたりした。夜にはちょっといいお寿司を食べた。初めてカウンターでお寿司を食べて息子はすごく嬉しそうだった。

浜松では晩御飯を食べるところを探してひたすら歩いた。

地元でも食べれるチェーン店禁止ルールの旅だったので、お腹を空かしながらマクドナルドスルーした。

楽器博物館ではチェンバロの仕組みがすごく興味深く面白かった。

移動途中のタクシーに息子がスマホを忘れてきたりのトラブルもあったけどいい思い出。まだ旅は終わってないけどそれぞれの思い出がすごく愛おしく思える。

最後の夜ふたりホテルでくつろぎながら「あー、明日で終わりかぁ。もっと続いたらいいのになぁ」ってぶつぶつ言ってた。

息子には今回の旅行、一緒に来てくれてありがとうと何度も伝えた。息子も連れて来てくれてありがとうと言ってくれたから嬉しかった。

息子にとっても最高の思い出になってくれたら嬉しい。

もう少しだけ旅は続く。最後まで元気に楽しみまくって帰ろう。

あー、楽しかった!いっぱい笑った!

2018-06-16

僕の考えたFSS百合カップリングを発表しま

ルミナスナイツが実は女子高生百合パグループであることはもはや周知の事実なので省略

静×タワー

かたや破裂の人形、かたやカイゼリンと、古いロボットすきすきの二人は相性抜群

尊大な態度をとるタワーを叱る静というシチュエーション自然に浮かびます

もはやこうなると、トラフィックスで二人がイチャついてるシーンすら百合に思えてきます

つうか、六話の最後ドラゴンの姿でデッデッデデデデ!(カーン)デデデデ! デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ! ぺーぺぺぺーぺーぺーぺーペペペペッペー ペッペッペペペーペペペッペッペをやらないといけないから、タワーってすぐには生まれないの?

フンフト×マグダル

詩女の記憶継承ってレズセでしょ?

アルル×スパーク

スパークハスハの女と寝る様がよく似合う

これは確度の高い予想なのですが、カイエンケン性器をいじられた気持ち良さでプロミネンスも星団に帰ってくるんだと思う

それ以外にあの時代騎士が戻ってくる理由ないし

セイレイ×アイシャ

アイシャ婚姻問題に一石を投じる新説、コーラスに星団の血を送ろうキャンペーン実施中のアマ公なら可能性は否定できない

なお本編でのイチャイチャ度合いも非常に良かったが、ここから上下関係が逆転していき、アイシャが尻に敷かれるぐらいの展開が僕は読みたい

これならさすがのちゃあも驚きだし

アウクソー×シルヴィス

デルタベルンになる前に、タイカに行って祈りの言葉を伝えて、それがマキシに繋がる説という新説を急に打ち込みます

シルヴィスが神に祈ったあのシーンは、アウクソーが教えたからなんですね。

いやあ、考えられてるなあ。

なのでこの百合カップルが描かれないと、マキシタイカに行けないんですよ。

いやべつに、行かなくてもいいけどさ、あいつ頭おかしいし。

ライトナンバー20×ニナリス

よーんじゃなくて、事故で死んだやつね。

あの人は、ファティマとエッチなことするのが大好きな百合百合騎士であることは、僕の脳内ではすでに決定していて、

ジィッドが「背徳者」と呼ばれるようになった原因は、この百合百合騎士ライトナンバー20を犯したことであることもまた、僕の脳内設定集では規定されているので、

ルン×アイシャ

アイシャが嫁入り前に、ルンに声をかけて独身最後の夜を過ごす話

うーん、これはあるなあ……

いや、僕の中でアイシャが誰かに嫁入りが確定してるんだけど、そもそもそんな設定あたけ? 一人で独身のままアマ公のことを思いつつ死ぬのかな? それが僕の中で嫌なのかな?

急に全然関係ない話かくけど、FSSウィキペディア

また斑鳩自分アイシャのように傑出した力を持たないワスチャを憐れみ心配しているが、騎士としての才能も力も無いワスチャの方が斑鳩よりも遙かに豊かな経験や見聞を持ち、多くの人との出会いに恵まれている(なにより異性からモテまくっている)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ミラージュ騎士団#第2期_オレンジライト

って記載があるけど、

ログナーホモセしてるぶん、斑鳩の方が豊かなんだが?


ズーム×ホワイトリンク

ホワイトリンクスが重度のロリコンのため、ズームは成長を止めていたエピソードは有名

つうか、こいつの母親って多分色々設定あるから、この子も超帝国がらみなのかしら

水白紹雷観目×アトロポス

あのですね、六話を終わらせるためには、フィルモアの下にセントリーを全員集める必要があるんですよ

ちょっとまだ、セントリー名称を覚えきれてないのでここから旧名称で書くけど、

フェザードラゴンはフンフトとぼっちゃんと一緒にいるので、もう仲間になったもう同然、大丈夫

ジェットドラゴンは、エストをジークが娶ればついてくるから、仲間になるのは既定路線で、そのエピソード待ち。

サンダードラゴンは今月号から始まった話で描かれるからあいいわいな、マドラが絡むことは確定してるし、マドラはまあフィルモアの人なのでそこ繋がり。

アースドラゴンは…… 関係者がクーンぐらいしかいないからピンとこないな、そこ繋がりでダイヤモンドニュー…… おお、今月号と話が繋がったね。転生したばかりのサンダードラゴンを守るためにクーンとニューを呼びつけてアルルを守らせるんだな、よしその後マドラとも絡めば大丈夫だ。

ほら、こうするとLEDドラゴンだけ仲間になる経路がないじゃないですか!!!

じゃあ、LEDドラゴンを仲間にするにはどうしたらいいのか、そりゃもうアトロポスをひいひい言わせるしかなく、アトロポスと絡むにはアマ公に接近するのが一番。

まりミラージュはいればいいってことです。

じゃあ、ここでミラージュのまだ未登場キャラを眺めると……

いるじゃないですか、怪しいキャラクタ「水白・紹雷・観目」なんか名前が三つあるこの人

三つ……

はいナゾ解明。

こいつ、ジークの妹でしょ。

お兄ちゃんのために、LEDドラゴンと仲良くするため、AKDに身売りですわ。

そんで、アトロポス回収がてらすえぞうと仲良くなると。

おおおおおお、筋が完全に通って入る、論理無駄がない。

よおし、三色の娘よ、頑張ってアトロポスを籠絡するのだ!!!



アウクソー×アイエッタ

何度死んでも蘇るログナーマスターもつイエッタにぶちぎれるアウクソー

はああああ、これはえっち

局所的なもの見方をすれば、ナインちゃんカイエンのことも守ってれば……

あーでも、そうか、そうしたら、カイエンとアウクソーは会えなかったわけだし、うーむ、悲しいなあ。


ラキシス×えな

ラキシスぼっちゃん殺してそのしたいのよこでえなを犯すシーンぐう抜けるンゴ

いやこれ、ラキシスぼっちゃん殺すのは事実からね(事実じゃねえよ)

2018-05-07

休日最後の夜にゆっくりしたいと思ってベッドで好きな本をゆっくり読んでたらシーツが赤い

あーくそ死ねなんでいまなるんだよ死ね

なんでこんな夜中に手でシーツパンツ洗わなきゃいけないんだよ死ね

なんで女だけ毎月こんな現象があるんだよもうやだマジで惨め死にたい寝たい

ていうかもう少し事前にわかるくらい腹痛くなるとかしろ

中途半端に軽いからわかんねーんだよクソ

GWあけの一番憂鬱な出社に一日目重なるとか馬鹿かよ

死にたい

なんで女ばっかり

時間放置したらもう完全には落ちないし

そしたらまた何千円も払って買い換えるしかなくなる

女同士ですら、どんなに仕方ない生理現象とわかってても

血のついたままのシーツ使うなんてありえないかちゃんとしないと人も呼べない

なんだろうこの「よくあること」で「身体事由」で「自分で開始時間を決められない」のに失敗は回収しないと神経疑われるって現象

もうまじでクソ

マットレスに残る茶色に変色した過去のしみが本当に憎い

一回これやるともう二度といやだと思って

過剰防衛じゃないけどいつきてもいいように月の半分ナプキンつけっぱになるじゃん

するんだよ

不要な日に意味ないのにつけてるのも滑稽だしもうほんとクソクソクソクソ

2018-04-27

10最後の夜が終わった

まだ全く成熟していないし到底大人を名乗れるレベルに達していない

鏡で自分を見てみても幼い顔立ちをしているし当然経済的に自立もしていない

泳ぎ方も知らないまま海に突然放り込まれたような気分になった

2018-03-30

とある事務所体制が嫌いな話

年末をもって活動を休止したシンガーソングライターがいる。

私はその人が所属している事務所のいい加減な体制が嫌いだ。

最初に不信を持ったのは、ファンクラブの申し込みをしたときだった。

HP必要情報入力して、年会費を振り込んだ筈なのに、いつまでたっても入金確認メールがこなかった。何か不手際が起こったのだろうか?と思い、明細書を添付の上で問い合わせのメールを送った。しかし返信はなく、入金から早くも一か月が経とうとしていた。

やきもきしていた所に同じアーティストファンの人からTwitterアカウントの方に問い合わせると返事が早くもらえる」との情報を貰い、TwitterDMから同じ文面を送った。すると返事があり、入会手続きに遅れが出ている為、案内ができていない、今週中には確認の案内が出来るとのことだった。丁度その時期は〇周年を記念したライブが開催された後であり、多くの人が来ていたので自分と同じようにファンクラブの申し込みをした人がいたのかもしれないと思い、気長に待つことにした。結局入金確認メールが来たのはその返事から数週間後のことで、会員証が手元に届いた頃には季節が変わっていた。

その後もわだかまりを抱えながらも、そのアーティストが好きだったのでライブに行ったり、グッズを購入したりしていた。でも、そうする間にも不満はどうしても出てしまった。

ある時、アーティスト新曲CDで発売してくれることになった。

販売方法は二通り。ファンクラブ会員限定販売、もしくは事務所主催するライブでの物販販売のみだった。ちょっと待ってくれと思った。ただでさえ会員手続きが遅延している中で、ファンクラブ限定販売とはどういうことなのか。また、ライブでの物販販売も思うところはあったものの、歌詞を知るためにはCDを買う以外に方法がなかったので、ライブ終わりにCDを購入することにした。

またある時。いつまでたっても会員規約に書かれている年一回のファンクラブイベントが行われなかった中、ようやくクリスマスに昼と夜でミニライブが行われることが発表された。一か月前のことだった。

疑問を抱えながらも、当分はワンマンライブがないだろうと思っている中、年が明けてから届いた手紙の中には、年賀状ファンクラブ活動がその年をもって終了する知らせが入っていた。その月の末には、5か月にわたって計8回のライブか行われることが告知された。嫌な予感しかしなかった。

案の定、その予想は当たることになり。夏の最後ライブをもって活動休止をする旨が発表された。でも、終わるはずだったライブの後に、新たなライブがどんどん追加された。事務所主催ライブ、かつてのロケ地でのライブ活動休止がどんどん延期していった。そして、最後ライブは、社長地元ライブがやりたいといって、そこで行われることになった。そして、夏の最後の夜に活動が、休止となった。

その後はライブラッシュのDVDを待っていたのだが、発売の延期が決定した。それと同時に別のライブDVDの発売が決定し、またそのDVD発売延期が決まった。その後、更に別のライブDVD販売も決まった。どうせまた延期するのだろうなと思っている中、社長Twitterにこんな発言があった。

「秋にもう一度ライブをしたい場所がある」

あきれ果ててしまった。何のためのライブラッシュだったのだろうか。終わったはずのファンクラブ会報誌はまだ来ない、誕生日カードも一切来ない。DVDは延期して当たり前。でも次のライブがしたい。延期が決定しても、手続きが延滞しても社長は何も言わない。指摘をされても知らん顔。理想論ばかりを語り、事務所の別のアーティストプロデュースは上手くいかず、ファン獲得もうまくいっていない。何時だってそのアーティストに頼りっぱなしだった。

でも、そのアーティストが好きで、その事務所に不満を抱きながらもそれに合わせてしまっている自分がいる。嫌ならやめればいい。わかってはいても、そのアーティストのことが好きだから、合わせるしかないのだ。

から、このブログ愚痴を書いた。どうせこの先も、あの社長ファンのこういった部分に甘えて運営を続けていくのだろう。いっそのこと、そのアーティストが別の事務所移籍してくれたらいいのにと思う。現にできるだろう。その人なら。でもしない。だからこうして不満をためながら、活動再開を待ちながらも、社長一言活動再開なんてしてほしくないと矛盾したことを思っている。この事務所が、体制が、社長が嫌いだ。

2018-03-25

[] 2018香港深圳広州の旅 Day.4

anond:20180324124847





Day.4


上晝


香港最後の夜は、一度夜中に目がさめるという自分にとっては日本でもお馴染みの睡眠だった。

昨日の広州行で程よく疲れたせいなのか、香港に慣れてきたからなのか。

慣れてきたとしても、今日が今回の香港旅行最後の日だ。


チェックアウトまで時間があるのでネイザンロード沿いの便利店でお土産いくつか買う。

レジオクトパスカードを出すと

「唔収◯×・・・

あ、使えないのか。今のはすぐにわかったぞ。

あんまり焦んなくなってきた。


しばらく散策していると、台湾でも見かけた誠品書店広告が。

しめた。本が買える。住所を検索して向かった。


晏晝


海岸沿いにある香港の誠品書店は、台湾と同じく綺麗でセンスのいい内装だった。

複雑な本はわからないので、今回も料理本かな?

いくつか物色していると、グラフと表が描かれた本があった。

多分、ポップミュージック音楽理論に関する本。

当然内容はわからない。でも妙に気になったので、買うことにした。


レジに持っていく。

「◯×◯×・・・

「a,我係日本人」

「oh, do you have shop card?」

「none」

初めてストレート意思疎通できた広東語が「私は日本人です」だとは。

教科書に載っているような表現でも意外に役に立つもんだ。

別のレジではショップバックの要無用についてジェスチャーで聞かれ、料理本も一緒に包んでもらった。


ホテルの部屋に戻ると、あれ、鍵が開かない。

「I can’t open dore at my room.」

「Check out time passed, you over time. check out time 12.」

しまった、2時と勘違いしてた。

そういやチェックインの時にヤケにゆっくりだなと思った。

鍵を開けてもらって、急いで荷物をまとめる。

ベッドにはメモを置いておいた。

「Thank you. I had a great time! 再見

ベットメイクの人とすれ違う。

「I had a great time.」

笑顔

エレベーターに駆け込んだ。


飛行場に向かうまで荷物を預かってもらう。

「Please keep my baggege.」

と言いながらメモを見せる。

「幫我在放我嘅行李到我去機場、可唔可以呀?」

にいちゃんメモをじっと見ている。

あれ、怪しい広東語書いたかな?と思ったが、どうやら彼は広東語がわからないようだった。

そうか、「外国人がやる仕事」ってのも歴然とあるのか。

「When are you coming back?」

「7 O,clock. take care.」


途中、腹が減ると具合が悪くなりそうなので、飲茶する事に。

「一位、唔該」

拭いているテーブルを指さされ

「乜嘢茶?」

「普洱、唔該」

注文シートを書いて

「落單、唔該」

シートを渡す。

想定していた問答なのでスムーズにできた。

高速な香港時間コミニュケーションできると気持ちがいい。


出てきたのは、

1.油で揚げたクレープのようなもの。オイリーでつけダレが美味い。

2.ガチョウが乗ったビーフンスウィートチリソースつき。香港ガチョウは表面を甘いタレでコーティングしてカリッとローストする。

3.ツミレ。貝かなにかのつけダレは少しくさみがあり塩辛い。

それと普洱茶。

ちょっといかな、と思ったけど、スルスルと食べられた。

「理單、唔該」

「ツァッサップツァッ」

「?」

メモを見せられる。

あ、$77か。

ちょっと詰まってしまった。

釣りは投げるように寄越されるが、気にしない。

ここは香港からね。


下晝


飛行場に向かうにはまだ早い。

まだ行っていないところに行こう。MTRで深水埗へ。

香港人による日本紹介動画によれば、日暮里日本の深水埗なのだという。

ということは、日暮里ぽいんだろう。


深水埗につくと、そこはたしかに今まで見ていたきれいなばかりの香港とちがって、露天などが立ち並ぶ下町風情だった。

でも日暮里よりはるかに賑やかだ、

日本人の印象であるカオス看板風景の「古き良き香港」はここじゃないかな。

OK.次は今回一切足を踏み入れなかった香港東側だ。


MTRを乗り継いで北角(ノースポイント)へ到着。

それにしても疲れてきた。

喫茶店で一息つこう。


喫茶店冷房香港っぽく引くほど強い。

「理單、唔該」

しまった、席に着くなり会計をお願いしてしまった。

気にせず注文を聞く先生

「coffe, ice

ドンッ!!しばらく待っていると景気良い音とともにコーヒーが現れた。

甘さが心地い。

でもちょっと寒いホットにすりゃよかった。

寒いしもう出るか。

「理單、唔該」

入店してから2回目の会計

ただし実際に払ったのは1回。

「洗手間邊度㗎?」

店の奥を指差される。

みんな、香港に行く時にはこの言葉は覚えておくんだ、絶対使うし、発音簡単だ。

トイレで用をたし、次の目的地、銅鑼湾コーズウェイベイ)に向かった。


MTRで向かおうと思ったけど、ちょっと街を行き交うトラム、2階建の路面電車に乗ってみる事にした。

オクトパスカードで乗れるらしいし、大丈夫だろう。


トラムに乗り2階に座る。

都合のいい事に、行き先は銅鑼湾らしい。

ここままトラムで向かおう。

しばらくすると、高齢のご婦人が入ってきた。

「座ります?」あんまり考えずに日本語が出た。

婦人は、笑顔で手を振りつつ

「唔該晒」

いいのか。

上げ掛けた腰を下ろす。

と前の若い女性が立ち上がると、ご婦人はそこに座った。

広東語では「おねがいします」も「どうも」も「いいですよ」も「きにしないで」も「すいません」も「唔該」なんで、ちょっとややこしい。


銅鑼湾は新旧の香港が入り混じったような繁華街だ。

白人もよく見かけるし、雰囲気西洋っぽい。

長身イケメン2人組が風船を配っていた。

Guy’s, I’m Foreigner. Can i take your photo?」

「Of course.」

「3,2,1, Shoot!」

「have a goot time ;)」

「Thank you!」

元同僚にみせよう。絶対イケメン好きだ(偏見)。


挨晩


予定より1時間ほど早いが、荷物を回収しよう。

ホテルに戻り「Mr,I want pick up my baggege.」

すぐに出てきた。

あれ、超重い。

これ持ってあの激混みのMTRに乗るのうんざりするなぁ。


というわけでタクシーを使う事にした。

「的士!」

「我想去機場」

通じない。

Hong Kong Airport.」

タクシーは滑り出し、人が歩いている小道を縫って走る。

おい怖いな。

大道に出ると、別の方向性で怖かった。

単純にスピードが速い。

アジアタクシーはこうだよね。


佐敦(ジョーダンから香港国際空港までは$230と少し。

釣りを渡される。

「For you.」

小銭を返した。

多分、香港で渡す最後チップだ。


夜晩


チェックインまで時間があったので、この日誌を書いていると、携帯電池が心もとない。

持ってきたモバイルバッテリーも閉店ガラガラ状態だ。

カウンターで尋ねる。

「I want carge Moba battery.」

「Phone?」

うなづく。

カウンターの裏側を指差された。

香港に来るまでは英語なんて全然ダメだと思っていたが、必要に迫られると喋れるものだ。

そうこうしているうちに帰りの便のチェックインが始まったので、済ませておこう。

チェックインを済ませたが、よくよく考えると、荷物重すぎないか

重量チェックの前でキャッキャウフフしているGirlsに困った顔で「Pleeease ><

やっぱ明らかに重量オーバーだ。

もう一度チェックインカウンターに。

「I want store my baggege.」


香港ドルからの再両替をどうしようかと思っていたが、タクシー結構でかく、手元には$55弱しか残っていなかった。

コーヒーチョコレートブラウニーで小腹を満たして$45。

綺麗に使ったもんだ。

チョコレートブラウニーの甘さで結構喉が渇いたが、オクトパスカードがまだ残っている。

セブンイレブンで水を買う。

カードを見せようとするやいなや、レジの小太りのお兄ちゃんが読み取り機をバンバンと叩いて示した。

どこの国にも手際が良すぎてちょっとコミカルな人というのはいものだ。

香港最速の決済だったかもしれない。


時刻は22:30。

ずいぶん早くチェックインをすませたために、ほとんど列に並ばなかった帰りの便のチェックインカウンターにも、人が集まって列をなしていた。

もう出国検査場に向かおう。


幼い時代の優しさとノスタルジー追体験したような昨年の台湾旅行と違い、今回の香港深圳広州旅行ちょっとした冒険感のある、エキサイティングものだった。

特に南洋華人の明るさと激しさには、自分の中のエネルギーを叩き起こされたような気がした。

この4日でイミグレーションの通過は4度目、もう慣れたものだ。

検査員の男性パスポート出国カードを出し、検査は何のトラブルもなく完了した。

最後にこの広東語だけは伝えたい。

「Ser, i had a great time.我好鐘意香港。」

年配の検査員は一瞬ぽかんとした顔をしたが、まあ付け焼き刃の広東語が通じなかったのは仕方ないか

深く気にせず手荷物検査に向かおうとすると、後ろから明るい声が響いた。

Hey! Also hong kong into come back!」

親指をあげて答える。

再見!」

2018-02-01

貴方と二人最後の夜

明日から出産のため入院する。

夫と二人きりで一緒のベッドで寝るのも最後かもしれない。そう思うと離れ難い。

貴方と二人最後の夜は腕枕をしてもらいながら寝よう。このあたたかさを忘れないように。

2018-01-29

【追記しました】かぼちゃの馬車の思い出

Twitter見てたら「かぼちゃの馬車」という懐かしい単語を見た。あんまり記事はちゃんと読んでいないが、いろいろ問題が起きているらしい。

女性専用シェアハウス運営会社賃借料支払いを突然停止

http://www.sankei.com/affairs/news/180121/afr1801210005-n1.html

かぼちゃの馬車」とはスマートライフという会社が運営する女性向けシェアハウスのことだ。今からもう3年くらい前、上京するとき半年ほどお世話になった。懐かしいついでに当時の思い出をちょっと書き残したい。




契約するまで

その当時はまだ研究生として大学に残っており、ほとんどフリーターみたいな生活を送っていた。

就職するにしても実家から通えるところ、と考えていたがネサフしているときかぼちゃの馬車の広告を見つけ、「案外簡単上京できるかもしれない」と思い立った。それからは早くて東京の興味のあった企業第二新卒として応募し、面接のため上京した際に物件見学もしてきた。

まず「駅から近いところ」が条件だった。大学までは駅まで徒歩5分もないところに住んでいたので、その頃はそれより遠くまで毎朝歩ける自信がなかった。

駅で担当と待ち合わせて、電車で移動。(たまたま営業車がなかったらしい)物件を二つみた。

どちらも入社予定の会社までは1時間以内と言ったところ。どちらも新築。入居者が殺到しているので、なるべく早く決めて欲しい(契約してほしい)と言われたが、面接の結果が出るまでは待って欲しいと伝えたらこころよく応じてくれて、面接結果が出るであろう2週間までは仮押さえしておくと言われた。部屋の間取りはどれも4畳半ほど。狭い。

結局私はより駅に近く、かつ帰り道の途中に交番があって安心できるという理由で某所の物件を仮押さえしてもらった。部屋もまだその当時は結構空きがあって好きな壁紙の部屋にしてもらった覚えがある。

見学している間、担当ものすごく親切にあれこれ見せてくれた。共同生活雰囲気や、持ち込むとよい荷物なども教えてくれてイメージやすかった。

無事内定が出て本契約したいと連絡した。引越しの日に契約書を取り交わす、それまでに初月の家賃を入れてくれと言われ、入金した。この辺はもうあいまいだけど初期費用でかかったのはこの初月の家賃だけだった。礼金敷金保証金一切なし。10万以内で上京を決められた(何かキャンペーンしててそれでの金額かもしれない)


引越し

引越し家族に手伝ってもらった。車でいろいろ荷物を運びこんだが、建物の中は完全男子禁制で、せっかく手伝いに来てくれた父は一度も中を見ずじまいだった。母と私と、契約のためにきた担当荷物を運びこむのを手伝ってくれた。私はかなり荷物が多い方だったらしい。過去最高と言われた。少ない人だとスーツケース一つで入居してしまうとか。私は後から買い足すのが嫌で、カラーボックスやら衣装ケースやらとにかくいろいろ持ち込んだ。


入居してから

早速私のシェアハウス生活が始まった。

シェアハウスと言うと大体の人が「テラスハウスみたいなやつ?」と聞いてくるがそんなしゃれたものではない。

私が入居した物件は2階建て、それぞれの階に7部屋あって最大14人入居可能だった。私がいる間はほぼ常に満室だった。

物件全体の設備

シャワールームが2つ、トイレが各階1つ、洗濯機乾燥機が計3セット、洗面台は各階2つ。あとキッチンが各階にあった。ここまでが共用設備で、あとは各人個別の部屋が与えられている。イメージシェアハウスというか寮に近い。

物件によって部屋数は当然違うし、部屋数が同じでも設備の数が少なかったりということもある。

私は自炊派だったのもあってキッチンが2つある物件を選んだが、もう一つ検討していた方は1階にしかなかった。

設備面で特に面倒を感じたことはなかった。基本好きな時にシャワー洗濯機も使えるが、どうしても用事があってこの時間に入りたい!みたいなときホワイトボードを使って予約できたし、不思議と住人の生活リズム微妙にずれているので朝の準備で洗面台が占拠されているということもなかった。洗濯機も同様。キッチン自炊派が少なくてほぼ私の独占状態だった。

あと冷蔵庫各部屋に備え付けられているので「私のプリン勝手に食べた奴誰!?」みたいな事件は起きようがなかった。

それと週に2日くらい、お掃除の人が共用スペースをお掃除してくれるのでいつもきれいだった。

【部屋の設備

テレビロフトベッド(ハンガーラック付き)、ライト付きのデスク椅子冷蔵庫があった。

ものが多いので棚なしには生活できなかったが、ミニマリストたちはその備え付けの家具だけで充分生活していた。私はオタクなのでDVDレコーダーパソコンデスクトップ+ノート)なども持ち込んで、ロフト下のデスクはなんかもう大変なことになっていた。

ありがたかったのはネット使い放題、エアコン使い放題。電気代も水道代も家賃に込みなので、ここぞとばかりに空調は常に稼働させていた。wi-fi用のルーターも買って導入した。

それと個人用の設備というか備品として、折り畳み自転車があった。一度使ったが思った以上に使いにくくもう使わなかった。他の住人もみんな使っておらず、雨風にさらされてさび付いて無残な姿になってしまった。それでも一応そういった備品があるのは入居者のことを考えているなあと好感が持てた。折り畳みでなければ使ったのになあ。

人間関係

入居前の説明では結構仲良くやっていると聞いていたが、物件によりけりだなあ……という印象。

というか、基本みんな自分の部屋にこもっているのであまり交流がなかった。共用のダイニングは一応あって最初の1週間くらいは集まって食べたりもしてたけれど、共用の「リビング」はないので基本引きこもることになる。食事も私は自分の部屋で取ることがほとんどだった。

それでもやはり同じ階の入居者とはまあまあ仲良くなった。なので多少共用スペースのルール無視(洗い物を後で洗うつもりでちょっとシンクに置いておくとか、共用のドライヤー掃除機ちょっと拝借して自室で使うとか)は「お互い様精神で受け入れられたし、何ならついでに洗い物してくれたり、外出中に乾燥機に入れてた衣類を出して部屋の前に置いておいてくれるみたいなのはあった。私もした。

ただしもう一つの階の住人仲は最悪だった。何人かそういうルール無視を頻繁にする住人がいるらしく、潔癖気味の住人が蛇蝎のごとく彼女を嫌っていた。まあルール無視しているのだから悪いのは圧倒的にルールを守っていない住人なんだけど。

私の階の住人はみな朗らかで「お互い様だし~」「折角同じ家に住んでる縁だし~」ということで大目に見られていたことが、別の階ではそれが一切許されなかった。ルール無視住人は他にもいろいろ問題があったらしく、余計嫌われた。多分私の階にいても嫌われたかもしれない。

そんなこんなで別の階の住人は常にピリピリしていて、たまにその階の設備を使おうものならどんな細かいルール無視も厳しく指摘された。洗面台に髪が1本残ってる、シンクを使ったらゴミは欠片も残さず捨てろ、洗濯機使ったらゴミとりネットの中は捨てろ……いやまあ当然のことなんだけどすごい剣幕で指摘されるのでめちゃくちゃ怖かった。換気扇切り忘れて「換気扇切り忘れましたよね?」とわざわざ部屋まで凸られたこともある。怖かった。

【住人】

私は一応正社員だったが、周りの住人は派遣社員が多かった。就職した会社ビックリブラック企業病院で鬱診断をもらいかけ、入居中に強引に退社したのだが、彼女らのアドバイス経験談から派遣社員になった。

他にも仕事はないがとりあえず上京したくて来た、という人もいたし、地元バリバリ働いていたが趣味のために上京フリーターしているという人もいた。それから何か叶えたい夢(就きたい職業)があって、非正規で働きながら勉強しているという人も多かった。お金のない若い女子の受け入れ先としてはよくできたシステムだと思う。運営元の会社から定期的にお知らせのお手紙各部屋のドアに差しまれるのだが、仕事斡旋などもしていた。


退去するまで

退去しようと思うに至った事件が二つあるので言及しておく。

管理会社対応の悪さ】

ある週末、起きて部屋を出ると廊下水浸しで、どうやら洗濯機の不調で水漏れしたという事件があった。その時家にいた同じ階の住人総出で対応にあたった。一人はすぐさま管理会社スマートライフ)に電話、こっちでは対応しかねるのでサポートダイヤルの方に連絡してくれ、と言われた。そういえばそんなものがあった、とそれを受けてまたサポートダイヤルに連絡すると、「対応分かり次第折り返す」とのこと。待っているとまた管理会社から確認の連絡があり、「一体どっちが対応してくれるんですか?」と尋ねると「それも確認して折り返します」。住人一同意味が分から困惑

その内特に連絡なく、管理会社担当クラシアン的な人が来て現場確認していった。同じ階の他の住人はみんな不在になってしまったので私が立ち会う。この時点で連絡してからすでに6時間以上経過。結局クラシアン的な人たちでは対応できず、メーカーに問い合わせてくれという結論になった。その時3つある内の洗濯機の1つが既に故障中だったため、現状使用できる洗濯機が1つになってしまった。さすがにこれを14人で使いまわすのきついな、と考えているとクラシアン的な人と一緒に帰ろうとする担当者。待って待って今後の対応どうするか聞いてないし私明日以降は仕事で立ち会えない。

帰ろうとする担当を玄関で捕まえ、「今後どうなるんですか?メーカーへはこちらで連絡した方がいいんですか?」「明日こちからメーカーに連絡して、今後どうなるかはまた連絡します」「誰にですか?私?」「はい」「つまり私がしばらく窓口になって、住人みんなに周知すればいいってことですか?」「そうですね」

帰る前に、私が聞く前に教えてくれ。入居するとき担当対応が良かっただけにこの時はものすごくショックを受けた。水浸しになったおかげで洗濯機の近くにあったトイレもしばらく使えなくなったのだが、「トイレ使えません」「洗濯機使えません」の張り紙は私がした。

【変質者にターゲットにされる】

女性しかいないシェアハウスだということが周囲にバレたらしく変質者のターゲットになった。夜、家から少し離れた場所男性が立っていて、前を通り過ぎると突然卑猥言葉を投げかけられる。最初はその程度だったのがエスカレートして露出狂進化したり、家の周りというか敷地内を徘徊された。ごみをあさら生理用品を持ち去られたという事件もあった。警察が来た回数も私がいた半年で3回。交番近くにある意味パトロール強化しますと言われても変質者は減らない。複数人いるようだった。

夜窓を開けて換気しようとカーテン開けたらそこにいたとかもある。

もちろん管理会社に連絡したが、対応がびっくりするほど遅かった。窓の外に男いる事件から実に2,3週間経ってから突如玄関前に監視カメラが設置された。遅いうえに家の中に作業員が立ち入っての大掛かりな作業だったが事前の連絡はまたしてもなかった。

その他、敷地内にセンサーライトをつける、砂利を敷くなど一応対応はしてくれたが、そこに至るまでが遅く、住人への説明特になく不安は続いた。


退去しました

実に半年程度しかいなかったが、他の住人も大体半年くらいで引越し資金を貯めて普通ワンルームなどへ越していった。特に長くも短くもない入居期間だった。

もうこの頃には管理会社への不信感がMAXになっていて、退去のやり取りでもひと悶着あったがここでは割愛する。

引越しの時は業者を使った。管理会社には「男性は入れられないので荷物自分で玄関まで運んでください」と言われた。いやクラシアン的な人も監視カメラの設置の人も男性だったじゃん!引越し業者男性はだめなの!?

引越しの準備は仕事の後帰ってきて夜に少しずつすすめて1週間でできた。最後の夜、共用キッチンにある自分の引き出しの荷物を片付けていたら、仲良くしていた同じ階の住人がみんな箱詰めを手伝ってくれた上、翌日の引っ越しでは部屋の掃除も手伝ってくれて本当に人に恵まれたと思った。荷物は部屋に置いておくと私が身動きできなくなる+自室が玄関から遠くて当日全て玄関まで持っていくのがしんどいため、「明日引越しますので今日だけ許してください」という張り紙を張って共用スペースに出し、引っ越し業者にはそこまで入って運んでもらった。別の階の過激派住人には会わなかったが、穏健派住人(ただしこの子も何か一歩間違えると過激派になってしまう)に会ったので「ごめん引越し業者の男の人入ってくるけど……」と一応謝っておいたら「私入居するとき男の人の作業員だったよ!業者くらいなら別に男性入ってもよくない?気にしないで~!」と言われた。過激派だったらキレまわされていたかもしれない……ほっとした。

ちなみに鍵の受け渡しのため担当者が来るはずだったが遅刻遅刻を重ねられ、最終的に「下駄箱に入れておいてください」と言われ、下駄箱にぶん投げてかぼちゃの馬車を後にした。

その後は1Kの自分の城で悠々自適な独り暮らしを満喫している。ただ職場が遠くなってしまった上、やはり家賃光熱費シェアハウスに比べるといくらか上がってしまったので、機を見て転職しようやくまた正規雇用になった。住宅手当と通勤手当のありがたさよ。

それと一応出てくるときにかつての住人達と連絡先を交換したが、ほとんどもう連絡は取っておらずみんな何してるのかも分からない。




というわけでシェアハウスって色々とお勧めできないんだけど、貧困層女性上京するにはいシステムだったなあ、とも思う。あれがなければ上京思いきれなかったし。確かに私を都内に勤めるOLというシンデレラにはしてくれた。

それに防犯対策も今はかつてより良くなっているのかもしれないし、担当者対応もよくなっているかもしれない。あくまでも3年前の話(多分かぼちゃの馬車自体まだスタートしたばかり位の頃)ということだけ書き添えておく。質問あったら答えられる範囲で答えます





たくさんの方に読んで頂けてとてもびっくりしています

ちょっと追記書きました。→https://anond.hatelabo.jp/20180130010653

2017-11-12

愛犬が死んだ

愛犬が死んだ。

もう5日前のことになる。貴重な体験だと思うので文字にしておきたいと思う。もう心の整理はついているので、慰めたりしてほしいわけではない。ペットを飼っている人の何かの参考になれば、同じ動物好きとして嬉しい。

親バカしかないが愛犬は「いい子」だった。お手、お座り、待て、伏せなどの芸をすんなり覚えた。散歩の時は自然と人の歩に合わせることを覚えた。おかげで足の弱ったじいちゃんの散歩にも付き合うことができた。じいちゃんの散歩は1人と1匹になり時間距離も伸びたようだ。散歩の時にはどんな犬と出会っても仲良くした。吠えられることはあっても、吠えるようなことはなかった。近所の飼い犬とはお友達になった。野良犬さえ、愛犬と何やらコミュニケーションをとっていた。当然、人当たりも良く、ご近所のみなさんに愛された。散歩中に、近所の小・中学生によく遊んでもらった。お前はいつも楽しそうだった。怖がる子も、お前がペロッと舐める笑顔になった。番犬としてもしっかり働いた。家族ご近所さん足音をしっかり覚え、聞きなれない足音にしっかり吠えた。本当にお前は理想的な飼い犬だった。

大きな病気もせず、スクスク育ち元気に生きた。年老いて体が弱ったが、それでも死の2日前まで日課の散歩を続けた。死の前日に、以前から弱っていた後脚が立たなくなって寝たきりになった。急激に食欲が落ち、水を飲むのもめんどくさがるようになった。それでも自由のきく上半身で、お前はいもの愛嬌を振りまいていた。家族の一挙手一投足をお前は見ていた。半日だけ有給を使って、ぼくが実家へ帰ってこれたのはこのタイミングだった。

夜には呼吸が苦しくなってきたようだった。自分で体勢を変えられないので、時々体を動かしてあげた。ただ、どうしても楽な姿勢は見つからなかった。それでも、一瞬は楽になるらしく、その間だけ眠っていた。最後の夜ゆっくり眠らせてやれなくて申し訳ない。でも、最後の夜を一緒に過ごしたことをぼくは忘れないだろう。ただただ生きようとするお前の姿があった。

最後の日の朝。とうとう上半身も動かせなくなった。僕が朝食を食べていると「自分にも分けろ」と甘えた鳴き声を出し始めた。でも、口元に食べ物を持っていってもお前は食べられなかった。精一杯の愛嬌だったのだろう。もう眼も鼻もきいていないようだった。ほどなくして意識も失われた。お前はお気に入りの、部屋の日当たりのいい場所眠るようだった。

母が仕事のために出かけた。その音が耳に入ったのか、お前は意識を取り戻した。最後の力を振り絞ってか、動かない身体を動かして窓から外を見た。いつも誰かが出かけると、窓から家族を見ていた。自分も連れて行って欲しかったのだろう。その気持ち最後最後身体を動かしたようだった。ほどなくして意識がなくなったようだった。最後の力を使い果たしたのだろう。ほんの少しの痙攣のあと、お前は旅立ってしまった。ぼくが仕事に出るわず10分前のことであった。帰省できたのはわず12時間程度だった。最期を見届けられるとは思っていなかった。最後に会えれば十分だった。おまえはいつも、本当にタイミングがいい。

僕たち家族は十分にお前の死を受け入れる準備はできていた。お前はそれだけの時間をしっかりつくってくれた。それでも涙が出てきた。どんな本を読んでも、泣ける映画をみても、泣いたことの無い僕が泣いた。たぶん、痛みや苦しみ以外の理由で僕が泣いたのはこれが初めてだろう。溢れ出る感情というものを初めて知った。

仕事のために家を出た。電車の中でも少し泣いた。職場仕事をした。いつも通り仕事をしたつもりだけど、今思えばそんなことはなかったのだろう。一人暮らしをする家に帰り、夕食を食べた。徹夜ということもあって少し疲れたので、近所のスーパー銭湯に行った。不思議なことに、いつもは混み合う銭湯が空いていた。露天風呂にのんびりとつかった。突然、涙が溢れてきた。30分ほど泣いていただろうか。色々な思い出が頭を巡った。

最後に、愛犬に思うことは「感謝である。本当に「いい子」だった。もともとは他の家の子になるはずだったのに、不思議な縁で我が家にやってきた。いつも家族のみんなを笑顔にした。イタズラをすることもあったけど。家族が成長し、それぞれの暮らしが始まっても、愛犬が家族をつなぎとめた。愛犬は家族の楔だった。

本当に「ありがとう」。それしか言葉がみつからない。

2017-01-29

終わりを自分で決めるということ

通っていたBarが閉店した。

30年近く同じ場所、同じ時間営業していた。

「1年で360日は営業してるよ!」と自慢げに笑みを浮かべながらいつもマスターは誇らしげだった。

「もうトシだしこのへんで!」とだけいうマスターの潔い幕の降ろしかただったのだけれど

「実は単月赤字が出る月が結構あるんだよね...」と客のいない夜の深い時間にぽろっとこぼした。

それでも続けていくこともできなくもないし、時々来てくれる人(酔っ払い)の期待も裏切りたいわけではない。

でも続けていく意味と言うのかな?このBarじゃないといけない理由を探しても見つからなかった。

「次にやりたいこともあるしね」と笑いながらいうマスターの表情は清々しさもありつつもさみしげに見えた。

マスターほどではないかもしれないけど、この感覚知っているような気がした。

学校部活大会とか、ラスボスを倒してエンディングを迎えるRPGとは違う感覚

長年勤めた会社をやめるとき

留学先に残るか帰国するかを迷ったとき

何年も心血を注いでやってたネトゲをやめるとき

昔は好きだった作品長編化して自分に合わなくなって続きを追うのをやめるとき

今の自分には必要がないと本当にやりたいことを置き去りにするとき

この先なにもいいことないだろうなと自分を終わらせようとするとき

この決断自分でしないといけないことの残酷さというのかな。

やる前から終わりを決めておくという大事さも分かるのだけれど万事がそうもいかないと思う。

特に人間の生き死になんてまさにそうなんじゃないかな。

仕事なら割り切りもあるんだろうけど身近な家族とかそうじゃないよね。

なんにせよ次に向かおうとするのに今のことをやめると決断したマスターには新天地での活躍を祈るばかり。

自分にはそれしかできないのと、終わりを決めきれずいつもズルズルしがち自分はいい起爆剤だったのかもしれない。

弊店の最後の夜常連がたくさんあつまりワイワイやって

楽しいな~俺はこういう場が作りたくて店やったんや!」と笑っていた姿は忘れません。

ありがとうございました。

2016-10-11

http://anond.hatelabo.jp/20161010225000

おまおれ

この三連休何やってたんだろう、と思いながら増田を眺める連休最後の夜…むなしい(でもやめられない)

2016-06-23

ブコメ売りの増田

ひどく寒い日でした。 雪も降っており、すっかり暗くなり、もう夜 ―― 今年さいごの夜でした。 この寒さと暗闇の中、一人のあわれな増田が道を歩いておりました。 頭に何もかぶらず、足に何もはいていません。 家を出るときには靴をはいていました。 ええ、確かにはいていたんです。 でも、靴は何の役にも立ちませんでした。 それはとても大きな靴で、 これまで増田のお母さんがはいていたものでした。 たいそう大きい靴でした。 かわいそうに、道を大急ぎで渡ったとき増田はその靴をなくしてしまいました。 二台の馬車が猛スピードで走ってきたからです。

片方の靴はどこにも見つかりませんでした。 もう片方は浮浪児が見つけ、走ってそれを持っていってしまいました。 その浮浪児は、いつか自分子どもができたらゆりかごにできると思ったのです。 それで増田は小さな裸の足で歩いていきました。 両足は冷たさのためとても赤く、また青くなっておりました。 増田は古いエプロンの中にたくさんのブコメを入れ、 手に一たば持っていました。 日がな一日、誰も増田から何も買いませんでした。 わず一円だって増田にあげる者はおりませんでした。

寒さと空腹で震えながら、 増田は歩き回りました ―― まさに悲惨を絵に描いたようです。 かわいそうな子

ひらひらと舞い降りる雪が増田の長くて金色の髪を覆いました。 その髪は首のまわりに美しくカールして下がっています。 でも、もちろん、増田はそんなことなんか考えていません。 どの窓からスターの輝きが広がり、 鵞鳥を焼いているおいしそうな香りしました。 ご存知のように、今日大みそかです。 そうです、増田はそのことを考えていたのです。

つの家が街の一角をなしていました。 そのうち片方が前にせり出しています増田はそこに座って小さくなりました。 引き寄せた増田の小さな足は体にぴったりくっつきましたが、 増田はどんどん寒くなってきました。 けれど、家に帰るなんて冒険はできません。 ブコメはまったく売れていないし、 たったの一円も持って帰れないからです。 このまま帰ったら、きっとお父さんにぶたれてしまます。 それに家だって寒いんです。 大きなひび割れだけは、わらとぼろ切れでふさいでいますが、 上にあるものは風が音をたてて吹き込む天井だけなのですから

増田の小さな両手は冷たさのためにもうかじかんでおりました。 ああ! たばの中からブコメを取り出して、 壁にこすり付けて、指をあたためれば、 それがたった一本のブコメでも、増田は ほっとできるでしょう。 増田は一本取り出しました。  ≪シュッ!≫ 何という輝きでしょう。 何とよく燃えることでしょう。 温かく、輝くスターで、 上に手をかざすとまるで蝋燭のようでした。 すばらしい光です。 小さな増田には、 まるで大きな鉄のストーブの前に実際に座っているようでした。 そのストーブにはぴかぴかした真鍮の足があり、てっぺんには真鍮の飾りがついていました。 そのスターは、まわりに祝福を与えるように燃えました。 いっぱいの喜びで満たすように、スターはまわりをあたためます増田は足ものばして、あたたまろうとします。 しかし、―― 小さなスターは消え、ストーブも消えうせました。 残ったのは、手の中の燃え尽きたブコメだけでした。

増田はもう一本壁にこすりました。 ブコメは明るく燃え、その明かりが壁にあたったところはヴェールのように透け、 部屋の中が見えました。 テーブルの上には雪のように白いテーブルクロスが広げられ、 その上には豪華な磁器が揃えてあり、 焼かれた鵞鳥はおいしそうな湯気を上げ、 その中にはリンゴと乾しプラムが詰められていました。 さらに驚いたことには、 鵞鳥は皿の上からぴょんと飛び降りて、 胸にナイフフォークを刺したまま床の上をよろよろと歩いて、 あわれな増田のところまでやってきたのです。 ちょうどそのとき――ブコメが消え、厚く、冷たく、じめじめした壁だけが残りました。 増田はもう一本ブコメをともしました。 すると、増田は最高に大きなクリスマスツリーの下に座っていました。 そのツリーは、 金持ち商人の家のガラス戸を通して見たことのあるものよりもずっと大きく、 もっとたくさん飾り付けがしてありました。

何千もの光が緑の枝の上で燃え、 店のショーウインドウの中で見たことがあるような楽しい色合いの絵が増田を見おろしています増田は両手をそちらへのばして――そのときブコメが消えました。 クリスマスツリーの光は高く高く上っていき、 もう天国の星々のように見えました。 そのうちの一つが流れ落ち、長いスターの尾となりました。

「いま、誰かが亡くなったんだわ!」と増田は言いました。 というのは、おばあさん――増田を愛したことのあるたった一人の人、いまはもう亡きおばあさん――がこんなことを言ったからです。 星が一つ、流れ落ちるとき、魂が一つ、神さまのところへと引き上げられるのよ、と。

ブコメをもう一本、壁でこすりました。 すると再び明るくなり、その光輝の中におばあさんが立っていました。 とても明るく光を放ち、とても柔和で、愛にあふれた表情をしていました。

「おばあちゃん!」と小さな子は大きな声をあげました。 「お願い、わたしを連れてって! ブコメ燃えつきたら、おばあちゃんも行ってしまう。 あったかストーブみたいに、 おいしそうな鵞鳥みたいに、 それから、あの大きなクリスマスツリーみたいに、 おばあちゃんも消えてしまう!」 増田は急いで、一たばのブコメをありったけ壁にこすりつけました。 おばあさんに、しっかりそばにいてほしかたからです。 ブコメのたばはとてもまばゆい光を放ち、昼の光よりも明るいほどです。 このときほどおばあさんが美しく、大きく見えたことはありません。 おばあさんは、増田をその腕の中に抱きました。 二人は、輝く光と喜びに包まれて、高く、とても高く飛び、 やがて、もはや寒くもなく、空腹もなく、心配もないところへ――神さまのみもとにいたのです。

けれど、あの街角には、夜明けの冷え込むころ、かわいそうな増田が座っていました。 薔薇のように頬を赤くし、口もとには微笑みを浮かべ、 壁にもたれて――古い一年最後の夜に凍え死んでいたのです。 その子は売り物のブコメをたくさん持ち、体を硬直させてそこに座っておりました。 ブコメのうちの一たばは燃えつきていました。 「あったかくしようと思ったんだなあ」と人々は言いました。 増田がどんなに美しいものを見たのかを考える人は、 誰一人いませんでした。 増田が、新しい年の喜びに満ち、おばあさんといっしょにすばらしいところへ入っていったと想像する人は、 誰一人いなかったのです。

2016-02-27

ストレスなくなるとお酒って飲まなくて良くなるんですねw

新幹線乗り遅れたので、次の新幹線に乗りながら書いている。

俺氏アラフォー、嫁、0歳児、2歳児、と同居

普段帰宅は23時頃、子供が寝付いたころにそーっと帰ってくる。

子供が寝たか寝ないかの微妙時間に帰ると、

「せっかく寝付きそうだったのに、子供が起きたじゃない!」とか、

たまに早く帰ると、「毎日7時に帰ってきて子供風呂に入れろ!」とか

いろいろと激しく要求や叱責されるので、

あえて、23時頃になるように残業して帰ることにしている。

家に帰ると、

シンクに積みあがった食器食洗機に放り込みながら、ワインを1杯

(なんで1日中家にいて5分で終わることができないんだろう?)

リビングに散らかった子供おもちゃを片しながら、ワインを1杯

(たまには、子供と一緒にお片づけしてみたらいいんじゃないかな?)

テーブルにこぼれた牛乳の跡を雑巾で擦りながら、ワインを1杯

(こぼした時に拭けばすぐとれるのにね)

25時を回ったあたりで、調子出てきちゃって、

よーし、パパ新しいワイン空けちゃうからね!キュキュ、シュポ!

とかやって、ワインを週5本くらい飲んじゃうのが日常

さて、

嫁が実家での用事が続くということで、

1週間、嫁と子供実家に帰る!

おお、フリーダム

部屋の中を大掃除

使わなそうなものは、子供部屋に押し込む。

寝室のスタンドライトリビング間接照明に。

部屋を暗くして、JAZZとか掛けてムーディ!

やばい楽しい

音出してでAV見ても大丈夫だし、

TENGAスゲー!とか

撮り溜めてあった映像を見たり、

【イッツ・フリーダム!】

仕事から帰ってても部屋は綺麗なままだし、

早く帰っても、遅く帰っても文句言う人いないし

暮らしていたら、

あれ。酒飲んでなくね?

飲む必要がなくなったみたい、

ストレスないし、楽しい事してればいいしね。

最後の夜、昨日・金曜日は、よく行っていた店に付き合いで顔だしたら、

久しぶりに会う人が沢山いて、ピッチが上がっちゃって、タクシー帰宅

そして、

あ、寝坊した、ヤバイ新幹線乗り遅れちゃう

俺「すみません新幹線乗り遅れちって」

嫁「はぁ?何やってんの?何時に起きたの?どうやって駅まで行ったの

  次の新幹線何時?何時に着くの?」

俺(質問は1回に1個までにして欲しいワン)

嫁「どうせまた、夜中まで飲んでたんでしょ?どこで飲んでたの?家?

  どっかの店?またそうやってお金使って、家に入れるお金増やしてよ!」

俺(おこづかい範囲ニャン)

俺「と、とにかく、1時間くらい遅れてつきますすみません

寝坊した自分が悪いんですけどね、

嫁とか、お義父さんとかに何か買っていった方がいいですかね?

来週は、お酒が進みそうです。

2013-08-14

放送禁止ニッポン大家族』って映画怖い

初見は「ん?どこがホラー?」>

たぶん、一発目の視聴では、ホラー部分が分からないと思う。

劇的ビフォアーアフターなみに普通ドキュメントからだ。

表面的な話だけではまったく怖くない。

①子だくさんの家族のお母さんが、新しいお父さんと再婚

子供達は新しいお父さんにまだなじめず、反抗期中学生女の子はお父さんにしばしば暴力を振るう。

③お父さんはそれでも子供達を愛しており、馴染もうと優しく尽くす

引きこもり長男、長女は失踪しているが風俗で働いてることが明らかに、次男がベランダから落ちて怪我をする、等々、いくつかありがちな事件を通じて、家族の絆ができて、お父さんは子供達に受け入れられる

⑤夏のキャンプ家族で仲良く行く

すごくすっきりした終わり方だ。

ただ、放送禁止になった理由は、

⑥お母さんがキャンプ最後の夜に崖から転落して植物状態になった

という事に、『表の事情としては』なっている。

違和感

たぶん、一発目の視聴でも、違和感を感じる場面があると思う。

すぐに気づくのは

フルーツ包丁が突き刺さってる場面が不自然に映し出される

②次男がベランダから落ちるイベントは、すごくやらせっぽい

引きこもり長男に、帰ってきた風俗嬢の長女がなにやら耳打ちする

引きこもりだった長男が、なんの説明も無くキャンプに仲良く参加し、しかも母が植物状態になった後に、引きこもりが無かったように家族団らんしてる

⑤本編と関係の無い心霊話が出てくる

引きこもり長男が書いている習字猛虎」「ロスしかない」 はどう考えても、「もう殺すしか無い」という意思表示のようだ。

⑥の情報で、視聴者は少しいやな予感がする。 この物語は何か裏があるのでは、、と。

<二度見>

で、二度目の視聴で気づく。

長男習字「ハハハ」「サイコーです」→「母はサイコです」。 「ばっと一発」「十三振だ」→「ばっと一発父さん死んだ」

②前の夫が7年前に失踪、長男引きこもりは7年前、長女が出て行って連絡が取れなくなったのも7年前 → 「母親が元夫を殺して、それにビビって逃げたり引きこもった、、、?」

ベランダから次男が落ちたのは、母親のしわざ、、、?(そう考えると、母親の言動で微妙に不自然な点は解決される、だが確定できる明確な証拠はまだ分からない)

最後母親が崖から落ちたのは、長男によるもの? → そうならば、確かに、長男引きこもりから出てきて、最後に晴れやかに家族と飯を食っているし、引きこもりから脱出できた理由が語られないのが理解できる。

<三度見>

ここまで話が理解できると、細かい描写の意味が分かってくる。

①次女による新しい父親への家庭内暴力 → 母に新しい父親が殺されるのを予期して、家から追い出そうとしてる、、、?(そう考えると、新しい父親との和解の会話「あんた、なんでこんなおかし家族に来たの?」の若干の違和感も説明できる。 次女のインタビューで見切れてる母親の姿らしきものも、、、)

②長女が新しい父親へ作る「父親へだけの牛肉のしぐれ煮」 → 隠し味の白い粉は、ラストで、昆布の粉だと説明されるが、、、?(4男が途中で、「前のお父さんも、エンリケ(死んだネコ)も食べてたよ!」と言うのだが、母親が「黙って食べなさい!」と怒鳴るのも納得。 母が居なくなった後に、「こんぶの粉ですよ!」と長女がなめるのだが、おそらく母が居たときは毒だったのだろうと推察できる)

果物への刃物 → 子供達の名前果物

子供達は庭の畑でできた植物を食べない → 庭には父親が埋まってる? (母親は、庭の畑に子供が入ると若干不自然なキレ方をする)

母親「そこらの親子丼は、本当じゃないんです。でもこれは本当の親子丼なんです。家でかっている鶏を今朝つぶして、しかもその鶏が産んだ卵なんで、本当の親子丼なんです(笑顔)」 → 子供「え?え?これクッキーなの? うわああ!!(マジビビり)」  (母親の異常さを説明?)

⑥長女の共犯性? → 母親ベランダから子供を落としたことを察知した長女は、兄弟が殺されるとビビって帰宅 → 新しい父親を殺す計画に荷担したとみせかけて、引きこもり長男へ耳打ち → 母親を殺そうとする。 → そういえば、長男キャンプでなぜかバット素振りを、、、。

⑦長女「お父さんのことは大好きです、いろんな意味で助かった。お父さんがいないと今私はここに居ないと思うし、子供達皆同じ気持ちだと思います」→ お父さんが居なかったら、子供達もk路押されてた?

<不明箇所>

 ここまではネットで見れば分かるのだが、一部分からない表現もあった。

①お父さん、頑張って

 キャンプで、家族全員が父親を受け入れた表現として、家族全員が、「お父さん、頑張って」と父親を後で応援するのだが。

 端から見ても、作り物臭さが目に見えている。

 なんらかの裏の意図を描写するものだろうが、、、?

植物状態母親

 植物状態にしては、チューブ一本口につながっているだけで、おかしい。

 母を見守る子供達の顔は、微妙だが、どういう意図微妙な顔なのか分からない。

③長女の風俗店を「数回父親が尋ねる」という説明

 父親は、店を出禁になり、娘も父にバレたのにそのまま働いているという描写は違和感を感じた。

④次女の家庭暴力の時の家族の反応

 父親に味噌汁カメラの横でそっとかける描写がある。 次女だけでなく、複数の家族が父親をいじめてるが、、、?

 さらに、次女は暴力のあと、どこかへ駆け込み、それを追って必ず次男が行くのだが、、、?これは何か意味があるのか?

 さらに、家族のだれも、次女の暴力を止めない。

 次女がキレる場面は、父親が毒を食ったり、野菜を食う場面、、、? 次女も食べたくないから、飯を投げてぐちゃぐちゃにしていた、、、?

 

 
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