「バスターミナル」を含む日記 RSS

はてなキーワード: バスターミナルとは

2020-03-31

軽症者・無症状者の隔離施設に最適な物件羽田エアポートガーデン

【27日に東京都メール

昨日、小池都知事がCOVID-19軽症者・無症状者の隔離施設(以下「隔離施設」)としてホテル借り上げの可能性について発言しておられましたが、4月開業予定の羽田エアポートガーデンを隔離施設にするように、住友不動産交渉をしてください。この施設が優れている理由は以下のとおりです。

1、4月開業予定ですでに竣工家具等も搬入済み。

2、1700室と国内最大規模。

3、国家戦略特区案件で国から優遇を受けている。

4、海外から観光客を想定した空港直結ホテル世界的に感染拡大が収束するまで利用が見込まれない。

5、土地国交省の所有で使用間中地代免除すれば住友不動産メリットあり。

31日に東京都メール

先日、COVID-19軽症者・無症状者の隔離施設について羽田エアポートガーデンを提案した者です。

2020年3月31日Bloomberg報道しているとおり、中国専門家チームは、イタリアに対して軽症者の自宅隔離感染を広げると指摘しています医療従事者も次々に感染しているのに、自宅で家族がじゅうぶんな感染防止を措置を講じるのは事実上不可能です。

小池都知事言及したホテル借り上げは、既に米シカゴ市実施されています

東京1000室以上のホテル品川プリンス(3,679)、新宿ワシントン(1,633)、ニューオータニ(1,479)、京王プラザ(1,441)、サンシャインシティプリンス(1,146)、 東京ドーム(1,006)と羽田エアポートガーデン(1,717)だけですが、羽田以外はすべて客室はもちろん、飲食物販店舗等のテナント稼働中で、かつ都心部にあります稼働中ホテル施設転用するのは容易なことではなく、かつ都心部ホテル隔離施設にした場合感染拡大防止措置にも困難が予想されます。その点、羽田は未開業です。立地は海沿いで、空港との直結部分も2階部分の長い連絡通路だけです。客室のほか、700人の会議室10あり、バスターミナルは15バースバスタ新宿と同規模)で容体急変時の救急車による病院への搬送可能で、かつ底地は国の所有です。また外国人事実上日本渡航できない以上、開業したところで事実上の休館状態になることはあきらかです。これ以上適した物件はありません。一刻も早く検討願います

【参考】

"自宅隔離感染広げる、武漢の轍を踏まぬよう-中国イタリアに警告" Bloomberg News 2020年3月31日 3:04 JST

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-03-30/Q80H0NDWX2QP01

羽田エアポートガーデン 住友不動産 国家戦略特区プロジェクト

http://www.sumitomo-rd.co.jp/lp/hanedaairport/

羽田再開発複合施設4月オープン 羽田エアポートガーデン

https://www.aviationwire.jp/archives/199070

"米シカゴ市感染隔離のためホテル借り上げ" TBS 2020年3月24日

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3937170.html

"軽症者に関しては、自宅やホテルなどでの療養への移行を視野に入れる。都は軽症者が高齢者や持病を抱える家族らと同居しているケースを想定し、自宅から離れて一時的滞在できる施設を用意する方針だ。ホテルや都有施設などで1000室規模の確保を計画している。" 日本経済新聞 2020年3月30日

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57423400Q0A330C2L83000/

羽田国際線が増便したけど…コロナ欠航相次ぎ客まばら 朝日新聞 2020年3月29日

https://digital.asahi.com/articles/ASN3Y5VX7N3YULFA00B.html

都民の声総合窓口

https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/iken-sodan/tominnokoe/index.html

あと日本軍隊で警備とかできないんだから、無症状者を新宿池袋ホテル隔離しても、飲みに行くヤツとか出てくると思うんだよね。羽田ならまわりに何もないです。感染収束したらお泊り券でも配ってあげましょう。

2020-02-02

初めて東京に行った

通過すらしたことなかった東京にはじめて行った。なんとなくその時の感情を記録しておきたい気分になったので書く。都内で働いてるというだけで急にポエミーな事を書き始める浅はかな連中(暴言)(ごめんなさい)を少し見下してたのに、いざ自分が行ったらこれなんだから悲しいなぁ。

(そもそも人口が多いんだからポエマー人口が多いのも当然である)

経緯

田舎出身地方大学に進学した。大学から都内までは電車で2時間くらい。ライブ展覧会といったイベントに行く習慣がなかったので、普段東京に行く理由特に無かった。

夏、宿泊費と交通費が全部出る都内インターンが決まった。タダで1週間近く観光できる!! このインターン評価無関係らしいので尚都合が良い。伸び伸びと好き勝手観光させてもらうことにした。インターンとは……?

0日目

面接があるタイプインターンだったので、実際は決定前に一度行く必要があった。交通費で得する為に高速バス新宿に向かう。就活の話を聞く際、バスタバスタ言ってる先輩を見て「イキってんな。普通にバスターミナルでいいでしょ」とか思ってたけど、ホントバスタという文字デカく掲げられていたのですこし申し訳ない気分になった。外に出ると明らかに都会だった。時間的な問題か、塵でちょっとビルが霞んでる感じも都会っぽい。高層ビルを見上げてキョロキョロするなんて明らかに田舎者で恥ずかしいな、と思いかけたが事実正真正銘田舎者なので、無駄抵抗はやめて思う存分キョロキョロしていくことにした。

にゅうぉまん?めん?柔麺って何の施設なんだ?そもそも何語なんだ?都庁を初めて見た感想が「銀と金1巻ビルなのはちょっと面白いな。マック狭すぎるのに中高生以外も多くて草。高架下めっちゃ臭いやんけ!ここ1階なのか?知らないうちにデパート歩いてるウケるな。地面はどこなんだ??

ウキウキである

地下鉄に一人で乗るのも初めてだった。「スマホがあれば余裕やろ」の精神スマホ確認しつつ進んでたら一瞬で迷った。ビルの間でGPS死ぬのは知っていたが、都会的なビーコンか何かで解決されていると思っていた。改札の場所全然からない。諦めて案内に従って歩くロボットになったら数分でホームに着いた。自分がどこに居るのか全然からないのに目的地に着いたのはなんだか悔しかった。あとから調べたら大江戸線というのは数ある路線の中でもだいぶ地下にあるらしい。なら仕方ないか。なにが? 電車内は予想より空いていた。アナウンスで知ってる地名が流れまくるのでテレビ東京特集ってやべえんだなぁと思った。中央区一角に出て少し歩くと明らかに人が減って地面が綺麗になって、お昼のビジネス街ってこういうことなのかぁ、とかいうよく分からない感想を抱いた。

面接受けてゆるゆり展に寄ってバスに乗って帰宅した。

滞在

インターン開始前の時間を使って、都会の就活イベントとやらに行ってみようとウキウキで前泊。再び新宿駅の周辺で迷い、ようやく自分の勘でのゴリ押しを諦める。どうにか線路を乗り越えて就活イベントに到着。会場内でセミナーをやっていた就活コンサル?の人に「○○から来たんですけど地方だとこういう場が少なくて…何か出来ることありますかね」と聞いたら、あからさまに答えに困ってて(あのさぁ……)と心のなかで唱えてしまった。講師の人に罪はない。むしろ優しい、ありがたい。罪があるのは地方軽視の日本の政治が~~とかではなく半分冷やかしで聞いた自分のせいでしかない。夜は新宿から出て、ちょっと良いカプセルホテルに泊まった。ホテルの中は前回新宿に行った時に感じたニオイが凝縮されていて少しテンションが下がった。人が集まると発生するニオイなんだろうか。

実のところ、滞在中に新しく感じたことはあまりない。あのニオイがしない場所もあるんだな、銀座ってパーカー1枚で徘徊しても怒られないんだな、築地市場ってホント消滅したんだな、汐留はカネの塊みたいな場所だな、中銀カプセルタワー思ってたより廃墟じゃないな、上野には木があるんだな、インターン自分以外首都圏民だからってライブの話ばっかし過ぎだろ、秋葉原意外とスッキリしてるけど歩いてる人の服装には共感できるな、とか、まあそんなことを思いながらグループワークに耐えていた。と同時に、こういう銀座やら市ヶ谷やら六本木やら、ただの地名や駅名をさも世界共通認識であるかのように使う人達を毛嫌いしていたことを思い出してなんとも言えない気分になった。たぶん次の自分は、上京したばかりで地名連呼する人を見下し始めるんだろう。悲しみの連鎖だった。

帰宅

最終日、会社を出る前にシュウマイ弁当を貰ったが、直前にもご飯を食べていてお腹に余裕がなく、駅までシュウマイ弁当をぶら下げて帰ることになった。荷物も来た時点でパンパンだったので余裕はゼロで、駅前ホームレスの人にお弁当渡せば一石二鳥か、でもそれじゃ人をゴミ箱扱いしてるみたいな気もするし、なにが一番いいんだろうなどと考えているうちにバスが来た。自分偽善者ぶりに内心ニヤニヤしながらバスの中でシュウマイ弁当を食べた。美味しかった。

感想

思えば地方から上京する人なんてごまんといるし、ましてや普段からまれてる大学生ごとき自分感想もその域を出ないんだなと改めて感じた。あえて書くなら住んでる人そのもの東京でも変わらないとか、建物は大きくて意外と古くて地味に歴史があるとか、人が多いので適当な格好しててもあまり浮かないとか、そんなもの自分都内で働いてみたいと思うのも、一応いっかい中心地での生活経験しておきたい、程度のしょうもない動機。その動機自体はなんだかんだ皆実際のところはそんなもんでしょという謎の確信があるが、特に自分場合はクビになっても山小屋なり工場なりに籠って働けばいいやん、としか考えてない甘い思考人間なので、もう少しきちんと考えたほうがいいかもしれない。これが自己分析ってやつなのだろうか、よくわからない。来年、無事就職して、呑気に『初めて東京に住んだ』みたいな日記を書けてればいいけど、こうやってこの時期にダラダラ駄文自分語りを書き散らしてる時点で厳しいのかもしれない。悲しいなあ。

2020-01-23

夜の街の違う表情増田寿磨うょ時うょ飛羽が血の知真乗るよ(回文

おはようございます

事務所の周りの飲食店結構早い時間に閉店しちゃうので、

なんかそう言う時間に食べに行こっかーってなると意外と何もないことに気付きました。

チェーン店系の飲食店屋さんとかは開いてるんだけど、

それを外すとほとんど行けるお店がなくって、

とぼとぼとコンビニジュースを買うしかなかったわ。

結構夜も賑わってると思ってたんだけど、

しかしたらまだ

みかん花咲く丘公園前駅の商店街の方が賑わってるのよね。

そっち行けばよかったわと後で思ったのは祭りだわ。

話変わるんだけど

一風堂一蘭とって

どっちが仕切りのあるラーメン屋さんだったっけ?って

一瞬どっちか分からなくなるけど、

駅前にそのどちらかのラーメン屋さんが出来たから、

つの間に!?って思ったけど、

今度行けたら行ってみたいところね。

普段ぜんぜん行かないところだと

たまに通るとお店の並びが変わってたりして、

あれここ前なんだったっけ?って思い出せないこと多いけど

変わってるのは分かっちゃうのよね。

なんか違和感を感じてるのかしら?

から近所の駅の一つ向こうとか行かないところとか逆方面とか

アドベンチャーはいつでも出来るから私次第ってところもあるってことに気が付いた夜だったわ。

ヒロコちゃんって私のお友だちのいる駅のバスターミナル

ここ最近建て変わって随分変わったみたいところなんだけど、

新しくなってからは行けてないからね。

そうあと意外と

みかん花咲く丘公園前駅の商業施設ももちろん駅内のは閉まっちゃうの早いし

意外とやっぱり夜の夜中を出張って歩いてみると

色々な発見があるわねって思った次第よ。

うふふ。


今日朝ご飯

全粒粉サラダサンド

トマトが美味しかったわ!

もうトマトタマゴがあったらいいわ。

デトックスウォーター

リンゴも珍しく買ってみてオレンジスライスしてリンゴオレンジウォーラーにしてみました。

果物とか野菜とかたまに盛々と食べたいときがあるわ。

たまには直接果物を食べることもいいわねって。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-01-09

窓のない部屋

 バスが止まると、乗客たちは押し黙ったまま次々と降りて行く。車窓から見える煤けた家々の影に吸い込まれて行く彼らを眺めていると、いつの間にかバスの中には僕と運転手けがとり残されていた。分かるはずもないポルトガル語でなにかを伝えようとする運転手の表情を見て、ようやくここが終点のモシンボアプライアだということに気付いた。

モザンビーク共和国の最北部タンザニアとの国境に最も近い街、モシンボアプライアナンプーからミニバスに揺られること10時間、日も傾き始めた午後4時頃、やっとのことで到着した。

21世紀になった今でもまだ未開の森が残っているというモザンビーク北部。小さな村と村を辛うじて繋ぐ細い道路は言うまでもなく未舗装で、その上を走るトヨタハイエースミニバスは、重ねて言うまでもなくオフロード向きの車ではない。乗車定員をまるで無視したぎゅうぎゅう詰めの車内で、膝の上に拷問器具さながらの重たいバックパックを載せて、しか悪路を走る振動に耐えながらの10時間は、気の遠くなるような長い時間だった。

 あわてて荷物を引っ張って外に出ると、空になったバスはそそくさと何処かへ行ってしまった。降り立った場所バスターミナルなんて大層なものではなく、石造りの家々が建ち並ぶ小さな村の一角にポツンと広がった、ただの砂地の広場だった。広場の端に植えられたヤシの木の陰には何人かの女性や老人が座っていて、サトウキビバリボリ齧りながらこちらをじっと見ている。ああ、ここ数日と同じだ。

 モザンビーク最大の都市首都マプトは、南北に長い国土の一番南の端にある。南アフリカから陸路入国した時、最初に到着した街もマプトだった。首都首都なりに近代的なガラス張りの高層ビルが建っていたりもするのだけど、そこから北へ向かって縦断を始めると、車窓から見える景色がどんどん田舎に、自然に近づいていくのがそれはもう如実に分かる。白人観光客がいるのはせいぜいマプトの次の街のイニャンバネ辺りまで。国土のちょうど真ん中辺りを東西流れるザンベジ川を超えると舗装道路ほとんど無くなる。北部の街キルマーニを超えるともう公共交通機関が当てにならないので、道端にはヒッチハイクの代行をして日銭を稼ぐ子供達が居たりする。モシンボアの手前のペンバ辺りまでは、自分以外の酔狂バックパッカーを見かけることもあった。しかし、ここに来てついに異邦人自分だけになってしまったらしい。

 いわゆる発展途上国場合自分のような旅行者は、バスから降りるなり土産物押し売りホテルタクシー客引きにもみくちゃにされてうんざりするのが常だ。しかアフリカのこんな僻地まで来てしまうと、そもそも旅行者が訪れることなほとんどないはず。外国人慣れしていない土地人達も、突然バスから降りてきた肌の色の違う人間に驚きつつもどう対処したらいいかからないのだろう。一挙手一投足を全方位から遠巻きに観察されているような視線は、動物園パンダにでもなったかのような気分にさせてくれる。

惚けていても始まらない。まずは今晩の宿を確保して、それから英語の分かる人間を探さないと。ここまでの街で集めた情報によれば、モシンボアからは毎朝早くに国境行きのバスが一台出ているらしい。できれば明日の朝そいつに乗り込みたい。ここ数日、ATMもなければクレジットカードも使えないような場所を通ってきたせいで、手持ちの現金はもうほとんど尽きかけていた。今はできるだけ早く駒を進める必要がある。とにかく、話のわかる奴を探して情報を聞き出さないといけない。僕は檻から抜け出すようにしてその広場を後にした。

 重い荷物を背負って村の中へ入って行くと、ここでも同じように奇異の目を向けられる。それでも、こういう時は一度誰かにしかけてしまえば後は簡単だ。それをきっかけに周りで見ていた人たちも次々話に入ってきて、いつの間にか自分の周りは人だかりになっている。その中には英語を喋る奴が大抵一人くらいはいもので、今回もその中の一人、僕と同い年くらいの青年を見つけた。彼が言うには、自分兄貴が毎朝国境行きの車を運転しているとのこと。この村に来る外国人十中八九陸路タンザニアへ向かおうとしている奴だから、客になりそうな外国人がいると聞いてすっ飛んで来たらしい。村の奥、青年の指差す方向には一台のピックアップトラックが止まっていた。手を引かれ、群衆をかき分けながら近づいていくと、荷台に腰掛けた白いタンクトップの男がサトウキビバリボリ齧りながらこちらに視線を投げている。トラックの前まで来ると、男はサトウキビの食べかすを地面に吐き捨て、挨拶もそこそこに言った。

あんた、国境に行くんだろ。300メティカル明日の朝こいつの荷台に載せて連れてってやるよ。早朝三時にここに来な」

 なんとなく予感はしていたが、国境へ行く手段というのはバスや乗り合いタクシーの事ではないらしい。このトラックの荷台に乗って、荷物のついでに運んでもらうということなのだ。トラックの荷台には、明日の同乗者になるのであろうコーラの空き瓶が入ったケースや何が詰まっているのかわからない大きな頭陀袋が山と積まれているだけで、当然ながら座席のようなものは見当たらない。今日の移動もなかなか骨だったが、明日今日に劣らずタフな一日になりそうだ。

 運賃として提示された300メティカル日本円にしておよそ500円少々。交渉が前提になっているようなひどく高い金額でもないし、村を歩いて探し回っても他の交通手段があるとは思えない。500メティカルなら、あと一日くらいこのモシンボアに泊まってゆっくり骨を休める余裕ができる。聞く所によればこの男は毎日国境まで行っているようだし、出発を一日先延ばしにしてもさほど問題にはならないはずだが、でもこの時はそうしなかった。前へ前へと懸命に移動することに、ある種の快感のようなものを覚え始めていたのかも知れない。とにかく僕はこのトラック明日の朝、国境まで行く事に決めたのだ。

 握手を交わすと、男は表情を和らげて言った。

「寝る場所必要だろう。弟に宿まで案内させるから今夜はそこで休め。寝坊しても起こしに行ってやるから安心しろ

 男が目配せをすると青年は頷き、ついて来いと言って歩き始めた。もう一つの懸案だった宿の方も、彼らが世話してくれるらしい。それもそのはず、人や荷物国境まで運ぶ商売をしていれば、僕のような旅行者を載せる機会も幾度と無くあっただろう。そんな旅行者への宿の斡旋も、彼らの商売の一部なのだ

 青年背中を追って歩いていくと、少しずつ村の中心に近づいていくのがわかった。舗装された道幅の広い道路があらわれ、ガソリンスタンドや錆びたコカコーラ看板商店食堂などが民家に混じって見え始める。顔を少し上げると、視界の端にわずかに入るヤシの木や、朽ちて傾いた丸太電信柱の向こうに、どことなく湿った雨期の青空がいっぱいに広がるのが見える。

10分も歩かないうちに、僕らは一つの建物の前で立ち止まった。周りに見える民家や商店より少し大きい、ちょうど郊外コンビニくらいの大きさのその建物は、宿泊施設としてはやや小さく思える。水色のペンキで塗り染められた石の外壁には大きなひびが入り、風雨や土埃に晒されてくすんだ色になっていた。やれやれ想像通りのボロさである

「ここが宿だ。少し汚いけどこの村には宿はここしかない。悪いけど我慢してくれよな」

青年はそれだけ言うと、あっけにとられる僕をその場に置いて来た道を逃げるように帰っていった。僕が宿にいちゃもんをつける前に立ち去りたかったのだろうか。

入り口にかかる簾をくぐり、薄暗い室内にに踏み込む。簾に付いた鈴が音を立てると、奥のカウンターの向こう側から一人の老人がゆらりと立ち上がった。部屋が欲しいんだと大袈裟ジェスチャーを交えながら伝えると、彼は黙ったまま横の壁の一点を指差した。目をやると、石の壁に赤のペンキで直接文字が書かれているのに気付いた。

"Single 1200. Twin 1600."

シングルの部屋が日本円にしておよそ2000円ほど。いままで泊まってきた宿の中では一番高い金額だが、さて、どうするべきか。村にある宿がここだけだと言う青年言葉は、この宿の大きさから考えて恐らく嘘だろう。ここより安いという確証はないが、土地人間が使うゲストハウス位はどこの村にも幾つかあるものだ。しかし、重い荷物を再び背負って表を歩き回るのはやはり億劫だった。壁に書かれた赤いペンキの文字酸化してほとんど茶色くなっていた。いつからこの値段でやっているのかは知らないが、少なくとも僕を金持ち旅行者と見てふっかけているわけではないようだ。値段の交渉は望み薄だが、僕は試しに聞いてみた。

「もう少し安くはならないの?」

老人は困ったような、それでいて僕がそう言い出すのを知っていたかのような苦笑いを浮かべ、少しの間を置いて言った。

「窓のついてない部屋が一つあるが、そこなら600でいいよ」

なんと、意外なほどあっさり宿賃が半値になってしまった。一泊1000円なら上出来じゃないか。窓が無いというのは、まあ多少風通しと明るさに問題があるとは思うがこの際妥協してもいいだろう。どうせ明日は日が登る前にここを発つのから

「部屋を見せてくれる?」

僕が言うと、老人は鍵を引き出しから取り出し、カウンターを出て奥へ伸びる暗い廊下を歩き始めた。僕もその後を追った。

つのドアの前で立ち止まると、老人はドアノブに鍵を突き刺して、ガチャガチャ乱暴に鍵穴をほじくり始めた。なかなか開かないようだ。このボロさでおまけに窓の一つも付いていないときたら、本当に地下牢のような荒んだ部屋なのだろう。そんなことを考えながら、鍵と格闘する老人の背中を眺めていた。しばらくして鍵が開く。額に汗した老人は僕の方を向いて意味深な笑みを浮かべ、ドアを開いて見せた。

開け放たれたドアの前から覗いた部屋は、想像通りとても簡素ものだった。だが、想像していたより酷くもなかった。六畳程度の部屋のど真ん中にはセミダブルくらいの大きなベッドが石の床に直接置かれ、部屋の隅にはちゃちな木製の小さな椅子と机が、客室の体裁を取り繕う申し訳のようにちょこんと置かれている。そして、奥の壁の大きな窓からレースのカーテン越しに差し込む夕陽が、数少ない部屋の調度品と埃っぽい室内を舞う無数の塵を照らしていた。しかしこの部屋、さっきと少し話が違うんじゃないか

「いや…ご主人、僕が見たいのは半額の部屋の方なんだけど」

「ん? この部屋は600メティカルだが」

だって窓が付いてるじゃないか

僕がそう言うと、老人は黙って部屋へ入って行き、カーテンをめくる。そこにはあったのは確かに窓だった。窓だったが…窓にはガラスが入っていなかった。僕は思わず笑ってしまった。窓が付いていないというのがまさかこういう意味だったとは。明るくて風通しの良いこの部屋は、僕が覚悟していた牢獄の様な部屋よりよっぽどマシに見えた。しかし、中と外の境界を作るのが鍵の掛けようのない無い薄いカーテン一枚というのは、やはり安全面に問題ありすぎる。こんな部屋でおちおち寝ていたら命が幾つあっても足りないだろう。強盗マラリア、野犬、その他諸々の野生動物危険は数え出したらキリがない。半笑いでそんな事を考えていると、いつの間にか隣に来ていた老人に小突かれた。

「で、どうするんだ」

「…窓が付いている部屋も見たいな」

「だろうな」

ニヤリと笑みを浮かべた老人は静かに扉を閉めると、一つ隣の部屋の扉を開けて僕に見せてくれた。さっき見たのと一見全く同じ部屋だが、こっちのほうが心なしか手入れがされているように見える。中に入ってカーテンをめくってみると、くすんだガラスがしっかりと嵌めこまれた窓と網戸が見えた。

「1200メティカルだけど、いいよな?」

振り返ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた老人と目が合った。やれやれこちらの完敗である

「…いいよ。この部屋にする」

宿賃を渡し、僕は笑ってそう答えた。老人は僕の肩にポンと手を置いて、隣の部屋のとはまるで違う綺麗に磨かれた鍵を渡してくれた。やっぱり、あの部屋には最初から客を泊めるつもりなんてなかったのだろう。

明日の昼まで停電から電気はつかないよ。ロウソクが引き出しにあるから使うといい」

「一本いくらですか?」

サービスだよ」

僕が皮肉半分に聞いたことを知ってか知らずか、老人はどうだ気前がいいだろうと言わんばかりの誇らしげな笑みを見せ、ドアの外へ消えて行った。やり返してやった気にはまるでならなかった。

靴や荷物についた砂を振り払い、ベッドに寝転んだ。疲れ切った身体を動かす体力はとうに尽きていたが、不思議と気分は高揚していた。蓄積した疲労の中に滲む自虐的とも言える旅の充足感に気付いたのだった。

2019-12-29

anond:20191228225724

札幌西区民だよ

もうすでにたくさんの人が言及してるように住むなら絶対地下鉄沿線がいい

地下鉄東西線南北線東豊線三線があるが、それぞれの中心駅はさっぽろ駅大通駅地下街で繋がるすすきの駅も含む)で

この駅に近くなればなるほど基本的には家賃が上がると思っていい スーパー等の商品価格も同様である

中心駅から5つくらい離れていても地下鉄の速度ではそんなに問題にならないのでそのあたりで家賃が安くて多くの中・小規模スーパーが競合している辺りが住みよい

南北線大通さっぽろ両駅を通るので便利といえる 南平岸真駒内間は地下鉄に乗っていたと思ったらなぜか地上に出ていてちょっと面白い

沿線の駅も住宅地から繁華街まで便利なところが多く、麻生バスターミナルもある駅でそこそこの繁華街で大型スーパーも直結である

真駒内方面の街並みは古いが小さい店がたくさんあり住みよいと思う 真駒内からバスも多く発着している(はず) 

さっぽろから北24条あたりがだいたい北大生の生活エリアといった感じでカフェや盛りのいい定食屋レストラン等(各国)が点在している

さっぽろ駅北口北大の門近くの「ぱん吉」はおすすめ 反対側だけどやはり北大近くにひっそりとした六花亭店舗もあってとてもよい

24あたりからさっぽろへはよく歩く札幌民的には徒歩圏内かなと思う

東豊線のことは実はちょっとよくわからない 南北線東西線民は東豊線までの地下通路が未だによくわかってないし駅名で方面を把握できない人が自分観測範囲では未だ結構いるが

東豊線の通る東区豊平区は多くの人口を抱える住宅街も多いエリアで隠れ家的なカフェ飲食店スーパーも充実していて家賃もかなり手ごろだと思われる

思われる、というのは車移動をしない地下鉄をよく使う札幌市民はおおむねさっぽろ大通すすきのを中心地点として

それぞれの路線の東半分西半分、南半分北半分、東区豊平区側、という風によく使う生活エリアが分かれる感じて暮らしてる人が多いと思うので

自分手稲区の端っこから東西線の西半分(バスセンター辺りまでも含む)と南北線の真ん中らへん、それから市電大通側くらいのエリアの事しかよくしらないのである

生活感覚としては東西線西区あたりで暮らしてる感じと東区の似たような住宅街では概ね同じだろうって気がするんだけどそこのところの詳しいことは東区民の説明に任せたい

ただ散歩趣味なのであちこち歩きまわっていると意外と徒歩で行ける範囲の多いことに気づく

自転車があるなら秋口までは例えば西区を中心にすえれば手稲区北区東区の端(札幌ファクトリーを超えて東苗穂あたり)

あたりまでは余裕であちこち楽しみながら移動できると思う なんだったら海まで出れる 札幌はとても狭い町である南区は広い)

既出だが中心部以外で大きな繁華街を抱える駅は東西線の西エリアではやはり琴似だろう 琴似は少し家賃が高いかもしれないが大規模スーパーから小規模スーパー

飲み屋から昼間の飲食店、星のついた寿司屋フレンチスープカレー山の手よりだがGOPのアナグラおすすめ

そば店まで幅広く揃っていて大きな書店のあるJR琴似駅も近く山の側の住宅街側へのバスの発着、

また少し歩いた旧国道5号線には大通を経由してJR札幌駅まで210円で行くバスも走っているので交通に関してもとても便利なところでおすすめしたい 病院も多くある

東西線東側もだいたい同じような感じじゃないか想像してるがやっぱりよくわからない

白石区の南郷は西側発寒南駅~琴似から24軒駅と結構近い感じだと勝手に思ってるんだけど白石区民さんどうでしょう

南郷7丁目にはビーネマヤというすばらしいスイスドイツ菓子創作洋菓子の店があってその一点だけでも南郷7丁目に住みたいと思ったことがあるが

訪問するだけでもなかなか行く機会がないのでだいたいその程度には遠いかなっていう距離感覚だと思ってもらえればいい

東側終点新さっぽろという駅で ここもJR駅が近くフードコート充実の大きな商業施設さっぽろ青少年科学館とサンピアザ水族館があって古い駅だが楽しい

家賃もそんなに高くはないんではないかと思われる

飲食店は洋の東西を問わずやはりさっぽろすすきの大通辺りを中心にして外側に広がっているという感じだが

バスセンター駅・創成側エリアから市電通り、狸小路(7・8丁目の飲食店はとてもいいぞ)、西11丁目から西28丁目あたりのエリアには名店が多いという印象

特にフレンチイタリアンは西11から円山を含む西28丁目、宮森近辺には多くあちこち楽しめると思う パン屋ケーキ屋も同様

フランス菓子に特化した店は山側にあえて出店するところでなければ概ねこのあたりに名店が集中しているが、JR桑園駅にはスイートハーツナンポという名店がある

桑園も住むにはいい町でJRさっぽろまで一本(快速はとまらない)、歩いてもそう遠くはない 地下鉄東西線の西11から西18のちょうど真ん中くらいの位置なので

この辺りは徒歩圏内美術館植物園北大も近いので観光がてらぶらぶらするにはすごくいいところ ただ今は結構家賃が高いかもしれない

そばパン屋等は各区に名店が点在しており特に西区西野西区西町という地域は(発寒南駅最寄)

なぜかそば屋やパン屋等粉を扱う店が多く出店し激戦区の様相を呈している

それは南区もそうなんだけど菓子屋(エリソンはたいへんな名店)しか詳しくないので書けない 南区民に任せたい

宮の沢駅すぐ近くのアンチェインベーカリーはとてもすばらしいのですすめたい

なおここのごく近くに石屋製菓もあり、コンサドーレグラウンドもあり平日祝日わず観光客でにぎわっている 結構楽しい

宮の沢はそんな事情もあってかこの数年で病院施設がとても充実してきて落ち着いて飲み食いする飲食店にはやや乏しいもの

少し歩けば発寒イオン(柳月・もりもと・六花亭寿司のなごやか亭あり)もあり旧5号線にやはり中心部まで一本でゆくバスも通っていて(逆の小樽方面にも一本で行く)

方面へのバスセンターもあり、駅直結の西友の中には六花亭も入っていて結構おすすめだ ごく近くになごやか亭もあるぞ

六花亭、週末限定の豆のしっかりした「ご容赦どら焼き」がおいしいので試してみてほしい)

スーパーの過密具合でいえば発寒南駅周辺はかなりのものでこの近辺で暮らせば自炊する人ならかなり食費を抑えられるのでここもおすすめしたい

西友コープマックスバリュ魚屋系列北海市場、生鮮市場、激安店マンボウ等があり食品充実のツルハサツドラ他大型ドラッグストアも過密、

それぞれがバランスを保ちながら安価を競っていてかつ新鮮なものが手に入りやす

またそばの名店「たぐと」がこのすぐ近くにある 「普段生活の充実」という点では相当おすすめの駅である

なお西区中央区の一部も)はかなり山がちな地域であり西野6条・宮の丘あたりから福井方面にかけて地獄の勾配だが

そこから先の住宅街に今ではかなり多くの飲食店菓子店の名店がある

しかし一東西線西側沿線民としては円山である お金問題さえクリアできれば円山に一度は住んでみたいと思う的なエリアである

円山はいわゆるおしゃれエリアで山にも近く自然も豊かで円山公園は季節を問わずいつも美しく丸山動物園までの原生林をつっきる遊歩道も整備されておりとてもいいところ

歩くのにもサイクリングにもランニングにも魅力がある町でそこここの狭い道をいけばいつもなにかしらの発見があるし飲食店も山ほどあるのでよい

食生活外食中心でお金にあくせくしなくていいなら円山特にすすめる 隣駅の西28も便利で円山は徒歩圏だしなんなら北海道神宮は円山で降りるより近い

西28から円山周辺にはパスタの名店レヴァーロ、回転すしトリトンフランス菓子の名店パティスリーシイヤ等々がある 他数えきれないくらいある

かなり山側だが中華の名店宮の森れんげ堂もいい 最近台湾料理の店も増えてきてる

スーパーの類は少し少ない&高めかもしれないがドラッグストアも点在しているので工夫すればそれなりに安くあげられるかもしれない

駅直結のマルヤマクラスにはジュピターが入ってて便利だしスーパー部門マックスバリュ

日常商品はそこそこの値段のまま円山ならではのちょっと高級な品ぞろえ(道内の名店の商品等が置いてある)もあり楽しい

大通までも3駅しか離れてなくて地下鉄でも近いが、正直徒歩でもすぐの距離大通からつらなるこの通りは歩くのにめちゃくちゃいい所なので体験してほしい

大通13丁目の札幌資料館、隣の12丁目のガーデンののんびりした空気や夏から秋にかけてのバラの美しさは何度見ても飽きないし大好き

マルヤマクラスすぐ近くの六花亭本店喫茶はいつも混んでいるが生ケーキも置いてあって季節ごとの限定商品楽しいので行ってみてほしい

カフェ等も言わずもがな多く店のテイストコーヒー自家製メニューの味もそれぞれこだわりがあり自分好みの店を見つける楽しみに満ちてる地域である

というような地下鉄沿線地域ごとのおすすめがそれぞれの沿線民にもたくさんあるだろうと思うので増田じゃなくても住んでる自分も聞きたいわーと思って長く書いてしまった

それぞれの区民のおすすめ細かく知りたいなあ ここまでの認識おかしいとこ結構あると思うので容赦なく訂正したうえおすすめしてほしい

あと冬の大変さや住居選びについてはもっと詳しく書いてる人がいるので割愛するが、地下鉄入り口階段は冬めっちゃ滑るので気をつけろ

あとすすきの駅豊水すすきのは違う駅だからこれも気をつけろ

2019-10-21

[]【6】2019 秋、マレーシアシンガポール

<< この旅行記の先頭へ


anond:20191021222114




Day,6



6日目

『おいしい』街へようこそ


初日の到着の時は機内でほとんど眠れなかったうえに、そのまま素通りに近い形でマラッカに行ったので、今日クアラルンプールで迎える初めての朝だ。

しかし、この街散策ほとんどせずに、今日美食の街イポーに向かう。

当初、高速鉄道で向かうつもりだったが、本数が少ないために売り切れており、バスで向かうことになった。

よくバスに乗る旅だ。

GRABでタクシーを捕まえ、バスセンターに向かう。

「すごい渋滞だね」「今日は酷い、バスセンターからはどこに行くんだ?」「イポー」「ビジネス?」「観光」「何日前にクアラルンプールに来たんだ」「4日前(これは間違って伝えた)。KL、マラッカシンガポール、で、今日イポー」「とんでもないな!」英語というのも使っていると慣れるのもので、簡単タスクにまつわるコミニュケーションなら7割くらいの確度で成立するようになってきた。

これだけ会話が成立すると、多少の予想外は対応ができるので達成感と安心感がある。

Thanks a million, have a good day.」タクシーちゃんに礼を言ってバスセンターの受付をすませる。

3時間ほどの乗車になるので、食事を済ませておきたく、フードコートにいった。

ローストした鳥のもも肉と揚げ豆腐スパイシーバジルと共にカリカリに炒め合わせた瓜っぽい何かとご飯

何系料理だろう。

マレーシア料理は味が強い傾向があるが、とても美味い。

と、10代の青年に何語かわからない言葉で話しかけられた。

よくよく聞いてみると中国語

広東話?」「你識廣東話嗎?」しまった、広東語といえば香港旅行とき軽く勉強して手に負えなかったやつだ、首を振る。

外国でなんとかコミニュケーションが成立して喜んでいたが、意識の外から来るボールは取れなかった。

プラットフォームで待っていると、やがてイポー行きのバスがやってきた。

途中、スコールを窓の外に見ながら、バスマレー半島北上し、3時間余りの乗車をへてイポーアマンジャヤバスターミナルに到着した。

バスターミナルから高速鉄道イポー駅に向かう。

この近辺に多くの飲食店がある。

タクシーに乗って直ぐ、南洋性のスコールが降ってきた。

駅に降り立つ頃には雨も風もいよいよ激しい。

この旅程で初めて本格的な雨に当たった。

雨を避けながら、この街での大きな目的の一つ、イポーオールドタウンホワイトコーヒーショップに入る。

マレーシアコーヒーもよく飲まれており、特に名産とされるのがここイポーホワイトコーヒーだ。

席に座って注文すると、やがてレンゲを添えられて泡立ったコーヒーが供された。

じんわりと甘い。

クラシカルな店内でコーヒーをすすりがなら、ひとときゆっくりする。

そうしているうちにさすが南国、雨もほとんど上がってきた。

美食の街、イポーを堪能するために、店を出て飲食街へと向かった。

目的の店は老黄芽菜鸡沙河粉。

ここイポーマレーシアでも中華系が特に多い街で、名物美食ほとんど中華か、中華風マレー料理らしい。

から名店の名前中国語だ。

ここはチキン名物らしい。

ついでにイポー名産モヤシ炒めも頼もう。

席に座っているとオーダーと関係ないおばちゃんが声をかけれきた。

日本からイポーは『おいしい(日本語)』よ」「イポーにはおいしい食べ物がたくさんあると聞いています今日はいろんな人がめっちゃしかけてくる。

やがてチキンモヤシ炒め、ライスが運ばれてきた。

モヤシ炒めを食べてみる。

しっかり太くてシャキシャキしており、味付けもあっさりめだが食べ応えがある。

驚いたのはチキンだ。

今まで食べたことのない柔らかさとリッチな旨味。

近縁のシンガポールチキンライス日本でも食べた事があるが、ちょっと比較できない程の旨さだ。

というかチキンでこんなに感動したことはない。

さすが美食の街。

感動を噛み締めながら店を後にし、立ち寄ったデザート店の豆腐花で締めた。

完璧だ。

帰りのバス時間関係で非常に短時間滞在となるが、大満足だ。



さな一歩は役に立つ


イポーアマンジャヤバスターミナルは出発ゲートが1つで、どのプラットフォームバスが正解なのか分かりづらいので一瞬焦ったが、受付のお兄さんに聞くと教えてくれてなんとか正しいバスに搭乗することができた。

バスが出発すると降り出す雨。

マレーシアは今は雨季に入った頃なので、雨が多いのは当たり前なのだが、尽く乗車中に当たるのは運がいいのかもしれない。

3時間半の乗車ののち、バスクアラルンプール中央バスセンターBTSに到着した。

タクシーを呼びホテルへ。

今夜がマレーシア最後の夜になる。

ホテルに戻り、翌日の空港へのタクシーを手配する。

しまった、昨日の夜チェックインして翌朝直ぐにイポーに向かってしまった為、部屋番号がうろ覚えだ。

「Your room No?」「1937・・・・Probably.」流石に怪訝な顔をされたが、個人的には面白いやりとりだった。

その後、カードキー作動しなくて、フロント静電気を取るか磁気を復活してもらうかするなど、一悶着あって、しっかり1937番の部屋に帰ってきた。

朝の高速鉄道の予約失敗から、小さなエラーの多い1日だったが、コミニュケーションをとる事で概ね対処できた。

1ヶ月半ほど、Youtube英語レッスンの5分ほどの動画をできるだけ毎日見る程度のことしかやっていなかったが、旅行で使うくらいの初歩基本文法は身についていたし、なによりヒアリングにもスピーキングにも慣れていたのが大きかった。

本当に小さな努力でも、毎日に近いペースでやれば役に立つものだ。


【7】2019 秋、マレーシア・シンガポール  7日目 |This journey is my treasure. へ >>

[]【4】2019 秋、マレーシアシンガポール

<< この旅行記の先頭へ


anond:20191021090813




Day,4



4日目

土地の子」と「マレーシア人


昨夜の夜遅くにニョニャクエと共にジャスミンティーを流し込んだ為か、昨日の夜ほどは眠れなかった。

まあただ、今日は長時間バス移動があるので、少しくらいはウトウトできるだろう。

今日12時にはホテルをチェックアウトし、バスシンガポールに向かう。

ホテルで見たマレーシアテレビは、全く違う言語の4チャンネルがある。

マレー語中国語タミル語英語だ。

日常の全ての瞬間で、全く別のバックグラウンドを持った人々が暮らしていることを実感する。

民族対立は無いのだろうか?少し調べてみる。

あった。

マレーシアでは、人口の半数以上を占めながら経済的には必ずしも恵まれていないマレー系、その他マレー半島カリマンタン島少数民族を、企業設立時の税制国立大学試験優遇する「ブミプトラ(土地の子政策」が取られており、その事が民族間の対立感情を呼んでいるという事のようで、この辺りは中華系が主導権を握るシンガポール独立にも話が発展したりしている。

また、マレーシア国内には混血や世代交代を繰り返し、マレー系少数民族中華系、タミル系、どの民族にも括れない人達が多数存在し、そう言った人たちは青春時代自分アイデンティティに悩んだりもするらしい。

だた、ブミプトラ政策格差縮小という本来目的から離れて、より民族主義的な捉え方で推し進めた政治活動は揺り戻しにあいアイデンティティに悩む2世3世も、「なになに系」ではなく「マレーシア人」として自己を捉えなおしたりするという事で、「民族国家」と「多元主義」の間で揺れるのがマレーシアと言う国のようだ。

宗教対立」についてもあるにはあるが、どちらかというと「経済格差」による感情の縺れの後付けのようなものしかなく、「民族」「宗教自体に関しては、「そこにあるもの」として自然に受け入れているように見えるのが印象的だった。

ホテルをチェックアウトし、シンガポールへのバス便が出るマラッカセントラルに向かう。

GRABでタクシーを捕まえると、運転手のおじさんは「ありがとうございます」と日本語で言った。

おはようごいざますこちらも日本語で。

それ以降は「どこへ行くのか」「シンガポールへ」「マレーシアは暑つすぎます」「雨が降って無いよね」「私は運がいい」など英語簡単なやりとりをしているうちにマラッカセントラルに到着した。

長距離バスに乗ってしまうとトイレがないので、今のうちに済ませておく。

受付のお姉さんにチップを払いトイレへ。

そう、マレーシア公共施設トイレ使用チップ必要で、「トイレの受付」さんがいる。

高級ホテルの「紙もあるものの、文化としてちゃんと常備してある」尻洗いホース使用の予習していたので、ホースで尻を流すスタイルにも対応できた。

衛生観念の違いは深く考えすぎない方がいい。

ここはまだマレーシアだ。

でも、今回自分がそうしたように、マレーシア旅行に行くならロールのトイレットペーパーを持っていった方が良い。

バスチケットを購入し、出発ゲートでしばらく待っていると、シンガポール行きのバス便が到着した。

マレーシアよ、しばしの別れだ、明日の夜にはまた戻る。



シンガポール、雨の入国


長距離バスに揺られて3時間ほど、ネット情報によるとこのままマレー半島シンガポールを繋ぐ橋の前後出入国審査があるらしい。

大きなバスターミナルに到着し、皆ぞろぞろと降りてゆく。

ここで出入国かな?

しかし、慎重過ぎるほど慎重に調べるべきだった、実のところここで降車すべきではなく、そのまま乗っていればまたバスは発進するのだった。

しばらくうろついて「間違えたか?」と気づいた時にはもう遅い。

バスは出発してしまった。

バス誘導をしていたおじさんに対応をたずねるがうまく言葉が通じない。

そのうち、浅黒い、というかかなり褐色みの強いおじさんが話しかけて来た。

どうやらここはタクシー入国するためのプラットフォームらしい。

話していると増えるおじさん。

3人ほどの褐色のおじさんとスマホ翻訳を見せてコミニュケーションを図る。

国境を越えて目的ホテルまで運んでやる、80シンガポールドルだ、という。

リンギットで、と言うとレート計算をして240リンギット

しかけてきたおじさんのタクシーに乗るなど、危なっかしい事この上ない。

その上値段はマレーシア市内で利用するとき10倍以上の値段だ。

「マジか、高すぎじゃね?」と思ったが、逆にこの高さがある種の信用の根拠となった。

たとえ怪しいボッタクリだったとしても、すでにこの価格なら得るものは得ている。

この上旅行者を引っ掛けてお互いを危険晒す合理性が薄い。

その上、自分には選択肢がない。

運に身を任せることにした。

そもそも2年前の台湾から始まって、この旅行記を書き始めたのは、その体験自分にとって心動かされただけでなく、そんなに若くもない歳で、英語も大してできなくても海外旅行はできるし、実際に行ってみると自分が「世の中」だと思っていたものが「世の中の一部」でしかないと発見して、世界の多様さや美しさを感じられるからで、そんな旅行に行ってみたい、と思える人が増えればいいな、と思ったからだ。

からまりに高いハードルを超えたり危険を冒したことを自慢する気は全くなかった。

こんな危なっかしい越境は全く勧められたものではない。

皆さんもマレーシアから陸路シンガポール入国する際はぜひ写真付きのたくさんの情報を集めてほしい。

タクシー出入国審査の前で渋滞に巻き込まれた。

歩みがゆっくりなので、タクシーによる入国について調べてみると、確かに確立されたルートで、自分が払ったシンガポールドル換算で80という数字もやや高めである常識範囲を出ないものらしい。

外を見るとスコールが降ってきた。

こうなると、降車の必要がなくドライブスルー形式出入国審査が済ませられる(!)タクシー入国は高い金を払うなりの価値はある様だ。

長蛇の列の出入国クリアして、シンガポールに入り飛ばすタクシー、予定より2時間ほど遅れてシンガポールホテルに到着した。

マレーシアでは東横イン以下の一泊7,000円でキングサイズのベッド、共用にジムプールサウナがついたラグジュアリーホテルに泊まれたが、ここシンガポールでは一泊10,000円で「東横インの方がまだマシだ」というような、窓のない上にセミダブルベッドで居室が埋まってしまうようなホテルしかまれない。

さっそく物価差の先制パンチを食ってしまった。

いや、タクシー価格で既に1発食っていたのかも。



不安なヴァルハラ


部屋に荷物を置いて、シンガポール名物、肉骨茶を食べに行く。

街を歩くと、その発展度合いに目眩がしそうだ。

東京を超える隅から隅まで行き届いたゴージャス具合。

夜の街を一人で歩いて全く心細くならない賑やかさと綺麗さだが、橋一本超えただけでこの経済格差自分価値観に揺さぶりをかけられるみたいでちょっと心がザワザワしてくる。

マレーシアから独立たからこその発展なのだろうが、その前からもこの華僑中心の街は他地域とかなりの格差があったのだろう、これだけの格差があれば、別れた方が正解かも知れない。

この格差が同じ国にあったとしたら、多くの人は心穏やかでは無いだろう。

肉骨茶と油條、ジャスミン茶で19シンガポールドル、約1,650円

マラッカで食べたニョニャ定食なら、おかずが2倍の6皿に増える値段だった。


【5】2019 秋、マレーシア・シンガポール  5日目 |最高の街※ただし金持ちに限る へ >>

2019-07-13

バスタ新宿のネーミングセンスの無さ

パスタ空目する

バスタと言われてバスターミナルを想起しない

新宿駅新宿区役所のように、普通に考えれば新宿バスタだろ?○○新宿みたいなのはスポーツチームとかでよく見るのでそう言うものかと思ってしま

2019-05-06

[]【4】2019 春、韓国釜山・光州

<< この旅行記の先頭へ


anond:20190506092812




4일



4日目

強者韓国」と「弱者韓国


チェックインした当日に見つけられなかったアメニティは、不注意で見落としていただけで、実は室内の革のバッグに収納されていた。

芸術の都らしく、こういったところもオシャレだ。

遅めに起きたが、チェックアウトが12:00なのでまだ余裕がある。

散歩と軽い朝食ついでにロッテマートお土産インスタント麺を買う。

緑豊かな光州の午前の空気気持ちよかった。


広いとは言えない韓国地域対立意識が強く、特にこの光州の人達は他の地域の人々から嫌われているらしい。

曰く「手先が器用で芸術の才能がある。日本人に似ており、社交的でソツがないが、計算高く、最後には裏切る」

近世新羅百済高麗対立からともいわれているし、朴正煕時代選挙戦の影響とも言われている。

観光ちょっと撫でただけ、その上言葉不自由なので、深いところは全く分からないが、顔つきは日本人に似ている人が多いし、ソフトムードの人が多いなとは感じた。

韓国社会に深くコミットすれば、違う印象も持つのかもしれないし、逆にそれが偏見だと感じるのかもしれない。


ホテルをチェックアウトし、地下鉄バスセンターに向かう。

しばらくすると中高生の一団が賑やかに乗り込んで来た。

男同士で楽しそうに談笑していたが、やがてオバちゃんの一団が乗り込んでくると、座っていた一人が席を譲る。

青年は非常に自然に席を譲ったが、オバちゃん日本だったらまだ席を譲られるほどの歳ではない。

歳上を大事にする韓国社会の一面を見た気がした。


バスセンターに到着して、釜山への切符を買い求める。

しばらく待つと釜山行きのバスがやって来た。

光州を出発したバスは東に向かい、窓の外の景色は再び緑豊かな山道となった。

バスの車内では、民主化運動に参加し、5.18の時には予備で拘束されたという現職の文大統領について調べる。

5.18民主化運動の地を訪れた後、テキストを読んで感じることは、韓国社会には「強者韓国」と「弱者韓国」の2つがあり、彼のアイデンティティが一貫して「弱者の味方」であるということだ。

日本韓国双方の財閥日韓間の慰安婦合意否定的なのも、「弱者韓国」にとっては日本や旧日本統治時代の流れをくむ財閥は「開発独裁主義弱者を顧みなかった強者」であり、そこで立ち上がってくる彼の願いが「強者に虐げられた弱者を救う」事だからだろう。

大統領権力集中にも否定的で、権限の縮小や任期の変更も主張しているというし、地域対立の解消も目指しているという。

上手くいけば、韓国行政の積弊である大統領悲劇的な破滅歴史に終止符がうたれ、光州の人達への差別意識も和らぐかも知れない。

うまくいかなければ、諸外国に振り回され、経済を停滞させ、反動韓国社会の分断をさらに進めるかも知れない。

果たして彼を待っているのは、改革英雄未来か、理想主義者蹉跌か。


実際に地域を訪れて、テキストの背景の感覚が色彩を帯びて見えてくることもある。

日本人にとってメジャー観光地とは言えない光州だが、是非訪れて見たほうがいいと思う。



釜山


3時間半の乗車ののち、バスは最終目的地に到着したようだった。

乗客がどんどん降りていく。

釣られて降りたのだが、2日前に乗った場所全然違う。

しまった、周りの動きに合わせて降りてしまったが、実は釜山に着く前に降りちゃったかな?」

さっぱり分からないので、チケットカウンターに行って、お姉さんに状況を説明した。

「I'm going go to Busan, but I had mistakes. I had put down bus.

Do you mind teach me How to go to Busan?」

お姉さんはキョトンとして下を指差して答えた。

「Busan.」

西部バスターミナルとのあまりの違いに驚いたが、自分が降りたのは釜山北部郊外総合バスターミナルらしい。

比較的街中にあって小綺麗な西部バスターミナルと違って、総合バスターミナルは山間にあり、設備も古め。

駅前ではオバちゃん路上で芹を売っていた。

ともあれ、釜山市内であれば地下鉄で市の中心部アクセスできる。

駅前東横インに再びチェックインしよう。



デブは歌が上手い・世界真実


釜山駅に着き、東横インチェックイン

東横イン日本語が通じるので、ホテルの免税の手順や、空港の早朝便に間に合うようなタクシーの手配など複雑なコミニュケーションを取ることができた。

これで不安はかなり減った。

夕食を食べに行こう。

目指すは若者の街、西面にある「ソンジョン3代クッパ」だ。


地下鉄に揺られ、西面駅で降りる。

地上に出るとすごい活気だ、夜の西面は若者でごった返している。

そうか、そう言えば今日は金曜の夜だ。

ネルギッシュな街を歩いていると、ゲーセンがあった。

韓国E-Sports強国である。入ってみよう。

対戦筐体を見ると、鉄拳では対戦が繰り広げられていた。

日本では下火になりつつあるゲーセンだが、韓国では若者の娯楽として健在だった。


西面のメインストリートの反対側、飲食店街を歩くと「ソンジョン3代クッパ」は見つかった。

中に入って人差し指を立てると、にこやかに迎えられる。

韓国語で聞いてくるオバちゃんに「テジクッパ ジュセヨ」と伝えると、すぐにお盆に乗せられた一式がやって来た。

豚肉入りのスープご飯小皿薬味を混ぜて、自由に取れるキムチつまみながら食う。

名店の名物だけに間違いなく美味かった。

美味くて一気に食ったために、詳細な味の分析は忘れた。

そしてキムチは光州のものほど辛くない。

やっぱアレは特別辛かった。


一気に食い終わって、会計を済ますと、レジのおじさんがアメちゃんを勧めてくれた。

釜山韓国大阪と言われるらしいが、こんなところもなんだか似ている。


22:00を過ぎた西面はまだ若者でごった返している。

というか、この時間からが本番という感じだった。

黒いマスクをした10代の若者からワンレンパットのお姉さん(マジでいる。しか結構いる)、恋人たち、果ては迷彩服青年兵まで、ありとあらゆる若者エネルギーで通りは充満している。

日本10代の特に少女韓国カルチャーが人気な訳が少しわかった。

センスというより、このエネルギーの量だ。

韓国社会では、まだ若者存在感が大きく、ユースカルチャーを駆動しているエネルギー絶対量が多い。

その様は、日本で例えるなら、バブル末期に似ている。

そのさきにあるものを少し思いながら西面の街を歩く。

メインストリート入り口では、2人組デュオストリートライブをしていた。

白いイケメン風と黒い恰幅のいい兄ちゃん

2人とも上手いのだが、太っているほうがより歌が上手かった。

デブは歌が上手い」のも万国共通なのかも知れない。


【5】2019 春、韓国、釜山・光州  5日目|釜山港へ帰るんだってばよ へ >>

[]【2】2019 春、韓国釜山・光州

<< この旅行記の先頭へ


anond:20190506090011




2일



2日目

クルクルパーマと韓国女子


旅行初日はいつも眠れない。

疲れて深夜のチェックインになってもいつも通り眠りは浅かった。

チェックインしたばかりの釜山東横INN2だが、10:00にはチェックアウト予定。

初日釜山には1泊だけして、西部バスターミナルから、光州に向かうことになっていた。


近代化している韓国からなんとかなるだろう」と、ちょっと緊張感が薄いまま成田を発ったが、初日の予定外でやはり外国である事を思い出した。

今日はまず昨日手に入れることができなかったT-moneyカードを入手しないといけないし、西部バスターミナルに向かう前に、西面の両替所で両替しなくてはいけない。

ついでに西面でうどん風混ぜ麺、カルグクスで昼食をとろうと思ったが、予定通りに食事が取れるとも限らないので、いつもはスルーしがちなホテルの朝食をしっかりいただくことにした。

どこでも一緒の東横INNの朝食でもキムチがあるあたり、やはりここは韓国だ。


チェックアウトして釜山駅へ。

近代化している韓国」ではあるんのだが、朝9:30の釜山駅前には路上にゴザを引いて人参ナムルを売っているクルクルパーマのオバちゃんがいる。

昨日は気づかなかったが大気汚染もまあまあだし、そこかしこ工事中で、全体的な印象としては1980年代後半から90年代前半の日本という感じがした。

ネット環境K-popなど、一部は日本より先をいっている部分もあるものの、90年までは軍事政権だった国でもある。

社会経済もまだ発展の途上にあるんだろう。

絶賛工事中釜山駅のコンビニに入って、クルクルパーマのオバちゃんに声をかけると、昨日とは違いあっさりt-moneyカードを購入できた。

これで移動が便利になって一安心だ。

コンビニを出ると、迷彩服青年が歩いていた。

うそう、韓国名目上は今も戦争なのだった。


釜山駅で一休みした後、レートが良いと評判の西面、ナヨン両替所へ。

地下鉄は昨日のような匂いはしなかった。

路線時間帯によるのかもしれない。

西面で降り、繁華街路地裏にある両替所に向かうと、行列の奥ではクルクルパーマのオバちゃん作業服っぽいなりのオジちゃんの老夫婦が古びた紙幣カウンターと缶々を前に次々と客を捌いている。

路地裏の20㎡ないんじゃないかという店の夫婦2人が近代的な大銀行の向こうを張って大行列を作っている様はなかなか格好いい。


両替も済んだので、モウモウと湯気を上げている混ぜ麺の店、「キジャンソン カルグクス」で昼食。

カルグクスは刀削麺的な汁そばで、青菜ニンニクゴマトッピングされた麺が赤いスープに浮いている。

見た目ほど辛くはなく、塩味も薄め。

味の強い印象のある韓国料理も多くは辛味や酸味で、塩味は強くない。

良く韓国人が日本料理を「しょっぱい」というが、あれは多分本音だ。

韓国人がという問題ではなく、日本料理はアジア圏ではやはりかなりしょっぱい。

昼時ともあって客は引きを切らず、赤い麺は次々とサーブされ、店内では老若男女が麺をかっ込んでいた。


腹も満たされたので店内を出て西面の路地を歩くと、路地にはおでん屋台が軒を連ね、おでんを煮るクルクルパーマのオバちゃんの前で、お姉さんがおでんを食っていた。

屋台で出されたもの屋台の前ですぐ立ち食いする」という光景は其処彼処で見られ、それが小綺麗なお姉さんだったり、中高生だったりするのは面白い光景

社会を平すと1980-90年代あたりの日本」という印象はここでも感じるところで、「日本から見る韓国って、なんかある意味、変に期待値が高すぎるんじゃないかなぁ」と思った。


西面駅から地下鉄に乗って沙上駅で降り、最寄りの釜山西部バスターミナルで光州行きのチケットを買い求める。

メモを見せて買い求めると、指示されたバスの出発は10分後だった。

異国の地だというのに時間の余裕がなくて焦るが、なんとか乗車。

バスは直ぐに発進した。


窓の外に連なる緑の山々を見ながら、度々遭遇するオバちゃんクルクルパーマや韓国女子ファッションについて考える。

若い子たちは男も女も洗練はされているのだが、どうもテイストが一緒で、オバちゃんの高いクルクルパーマ率にしても、どうも社会の均質性が高いように感じられる。

よく聞くのは熾烈な受験戦争や、男がひたすらに目指し、自慢するという高スペック

この社会で、勝てる奴やハマれる奴は過ごしやすいのだろうが、そうでない奴にとって、韓国社会はキツそうだなぁ。



光州へ


3時間の乗車の後、バスは光州 バスターミナル U・SQUAREに到着した。

熱気と緊張感あふれる釜山と違って、降りた瞬間になんとなくユッタリとしたムードを感じる。

韓国第4の都市とは言っても、街の様子も釜山とはまあまあ差があるようで、バスターミナル最寄りの農城駅からホテルのある尚武駅まで地下鉄で向かうと、地下鉄も空いていて、街行く人もまばらなノンビリした地方都市という感じだ。

すれ違う人のファッションも違いがあり、釜山よりはリラックスしていて、素朴だが小綺麗なナリをしている。

自分のしたい格好を勝手にしているという意味ではこっちの方がオシャレなんじゃないかなぁ」と感じる。

そしておそらくは、だが、光州、全羅南道の人は、きっと釜山と血の意味で、人種ちょっと違う。

ことなく顔がより日本人に近かった。

かつて日本にやってきた渡来人は、この地方朝鮮人だという話を聞いたことがある。

日本ではあまり有名とは言えないこの地は、実際はより日本に近縁なのかもしれない。


ラブホと見まごうばかりにオシャレなデザイナーズホテル hotel stay 53にチェックイン

部屋もベッドも広くて清潔で、「この値段でいいのか」と思うほどリーズナブルだったが、オシャレすぎてアメニティがみつからなかったので、最寄りのロッテマートで買い出しに行き、ついでに市内散策


地下鉄で数駅移動して見て気づいたのだが、光州は夜が早く、大方の店は22:00には閉まってしまう。

夕食にあてにしていた店もラストオーダーに間に合いそうもなかった。

予定を変更し、バスターミナルのあった農城駅に引き返して徒歩15分ほどの場所にあるらしい24時間営業食べ放題の店に向かう。


地図を頼りに歩くが、沿道の小規模な店舗は尽く閉店しており、ほとんど人とすれ違わない。

「本当にここであってるのかな」と思った矢先に、ガソリンスタンド脇にその店があった。

オロジベッパンマン(ひたすら白飯のみ)」

どうも殆どタクシーちゃん地元の人しか来ないような店らしい。

席に座ると、自動的にオバちゃんご飯スープとデジカルビを持ってきてくれる。

あとは中央にあるお惣菜を自ら盛って食うシステム

何をいくら食べてもお値段一緒、6000ウォン

ビュッフェといういうにも素朴すぎるスタイルだし、店内もオッさんとオバちゃんしかいない学食といった雰囲気だが、食の都、光州の惣菜はどれも美味しく、食べ放題白飯が進んだ。

初めて訪れた街の夕食としては上出来だろう、会計を済ませて、レジのオジさんに覚えたての韓国語で感想を伝えた。

「マシッソッダ(美味しかった)」


【3】2019 春、韓国、釜山・光州  3日目|5月、1980 - 2019 へ >>

2019-04-13

京都駅せんとくん消える

先月4日、近鉄京都駅1番ホーム観光客らをお迎えしてきた「せんとくんフィギュア」が、いなくなっていることが分かりました。当初SNS上では、天皇皇后陛下神武天皇陵を参拝されるまでではないかとも見られていましたが、4月になっても姿を見せず。そのうち「今後置く予定がない」という噂も聞こえ始めたこから近鉄確認したところ、汚損劣化のため撤去したとのこと。

一時は京都駅都ホテル 京都八条大阪難波駅大阪上本町駅鶴橋駅大和西大寺駅宇治山田駅津駅四日市駅名古屋駅といった多くの場所に設置していた近鉄ですが、残念ながら再設置の計画はなし。ただ、この繊維強化プラスチック製のせんとくんは、先日なにわ男子西畑くんと藤原くんが仕事体験をしていたという大阪府八尾市ポップ工芸で60体以上製造されており、現在でもその一部が現役です:

東京都奈良まほろば館官服タイプ
 養徳学舎
大阪府ポップ工芸ガングロタイプ
奈良市奈良春日野国際フォーラム 
 夢風ひろば官服タイプ
 奥村記念館
 県庁官服タイプ
 奈良公園バスターミナル
 県立美術館
 近鉄奈良
 JR奈良
 奈良うまいものプラザ
 奈良市総合観光案内所官服タイプ
 奈良ロイヤルホテル合掌タイプ
 ラ・ロイヤルスパ合掌タイプ
 県立図書情報菩薩・官服タイプ
 平城宮跡歴史公園
 ならファミリー
 阪奈道路
 道の駅テラス
大和郡山市県立民俗博物館
橿原市かしはらナビプラザ
 JAならけんまほろばキッチン
宇陀市道の駅 宇陀路大宇陀
 道の駅 宇陀路室生
御杖村道の駅 伊勢街道 御杖
明日香村県立万葉文化官服タイプ

2019-02-18

コンチ・コンマ

私はコンチ族の出身です

バスターミナルで玉をずらし、コンチを出しました

「何かの間違いであってほしい」みんなそんな顔をしました

たまに、そうやって人の世界に入り込んでくる人がいます

対応にまごついていると、私のコンチは押さえつけられてしまます

2019-02-12

押し売りサービス

増田諸氏において、飲食で遭遇、体験した話というのは一大トピックだと思うのだけど、今日飲食に関して色々各所に書かれているのが目に入る。たとえば、ランチタイムに飯食ってたら子連れ団体が入ってきて、これは一種テロだよな……とか、増田でも、ステーキ頼んだら時間が経っても持って来ず、出ようとしたら料金だけ取られた、とか……まあ色々ありますわな。

私もまあ色々遭遇することがあるわけだが、その中でも未だに理解し難いことがあったので、その話をここに書いておくことにする。

あれは確か、妻とクラシックコンサートに行った帰りのことだった。この地方クラシックコンサートによく使われるホールを出て、帰りのバスに乗る為にバスターミナルに向かって歩いていたときに、妻が言い出したのだ。

「おなかすいた。食べて行こう」

「ん。いいけど……何かあてはあるかね」

「たまには何処か飛び込みで入ってみない?」

と、そこにあったのが、某県の農水産品のアンテナショップみたいな体裁居酒屋だった。私はその県名を聞くと、炭火の上に置いた網で焼いた地鶏連想する。妻はキビナゴの一夜干しを連想したらしい。顔を見合わせ、黙ってそこに入ったのだった。

中は結構若い人が多かった。ちょっと着崩したような感じでそこのユニフォームらしき法被を着た、化粧の派手な若い女性がオーダーを取りに来る。とりあえず、二人の頭に浮かんだ地鶏キビナゴ、それに食事になりそうな品と酒を頼んだ。ほどなく品は来て、普通に食べながら時間を過ごしていたわけだ。

派手な女性食器を下げに来たので、地鶏の乗っていた鉄板を返し、返したことも忘れて妻と話をしていたとき、派手な女性が何か持って戻ってきた。ん、何も頼んでいないのだが。女性ドヤ顔で、

「これ、何だか分かりますかぁ?」

はぁ。さっきの鉄板の上に、半分黒くなった……米か。その上に刻んだ万能ネギ、そしてマヨネーズが縦横にかかっている。

「さっきの地鶏なんですけどぉ、美味しいのは脂なんですよねぇ」

はぁ。

「その脂で、リゾット作っちゃいましたぁ!はいお召し上がり下さぁい!」

……何、それ。そもそも私は夜は米、パンを食わない。酒を飲むのもあって、糖質制限という程でもないんだが、食べないことにしているのだ。しかも私はマヨラーではない。こんなマヨネーズが縦横にかかっているものを食べる趣味はない。そして何よりもまず、我々はそんなものは頼んでいない。メニューにもそんなものが出てくることは書かれていない。

私はそういう風に簡潔に話した後で、「なので要りません。さげて下さい」と断わった。派手な女性は、まるで異星人でも見るような目をして「えー、食べないんですかぁー?」と二言三言言った後で、それをぞんざいに持ち、下げていった。

飲むものを干して、妻と私は速攻で店を出た。こういうのは何よりも厭なのだ押し売りサービスってのはサービスでも何でもない。ただの押し売りだ。どうせそのコストは料金に入っているんだろう。ましてやそれはサービスじゃないんだよ。せっかくのコンサートの後の飯を台無しにされてしまった。せめてもの口直しに、二人分のプリンを買って帰り、家で茶を飲みながら食べつつ、あの店の話になった。

「あれは、何だったんだろうねえ」

分からんなあ……」

今も分からんのだな。これが。

2019-02-10

anond:20190210203229

同意

京都駅なんて一応「バスターミナル」があってまとまってるじゃん、少なくとも市バス京都バスに関しては

四条河原町市バスのメイン路線ですらよくわからないわけで

北大路みたいなのができるといいんだけど

2019-01-21

公然わいせつ事案の発生!(札幌市西区琴似1条4丁目)

https://www.gaccom.jp/safety/detail-314266

1月19日午前10時50分頃、札幌市西区琴似1条4丁目に所在するバスターミナル内において、ベンチに座っている女子生徒の前で男が下半身露出する事案が発生しました。犯人は、年齢40〜50歳位、身長170センチメートル位、中肉、黒色短髪で黒色ジャンパーに黒色ズボンを着用し、黒色のバッグを所持していました。不審者に遭遇したり、目撃された方はすぐにその場から避難し、110番通報するようお願いします。

 札幌変態は………寒いのによくがんばるよなぁ………

2019-01-20

四国、寝台

寝台では浅く眠っただけだった。起きるとそこは横浜駅を発車したばかりで、車内は人々がまばらに朝の眠気を横たえていた。

金曜、仕事が定時を少し回って終わった。

エンジニアとして現場研修をしている私は、帰路につくためバスから電車へと乗り換える赤羽駅にいた。

――どこか遠くへ行きたい

そう思いたち、改札を抜ける前にみどりの窓口へと向かった。

「22時東京発、寝台券はまだありますか」

用意されたのは、琴平行きの座席特急券。それを手にしたあと、大宮にある自宅へ一旦戻って、身支度を始めた。

最低限の替えの着替えと、歯ブラシタオル文庫本リュックサック突っ込み、口座から少しだけ金を引き出し、気付くと東京駅9番線ホームサンライズ瀬戸を待っていた。

人生初の寝台列車だ。

入線してきた赤色薄茶色の車体に乗り込み、間もなく発車したサンライズ瀬戸号の車窓へ目を向ける。

通過する品川駅にはまだ多くの通勤客が帰路を急ぐ。彼らを裏切るかのようにして、私は東京を離れた。

小学生遠足ときのように、興奮で眠りは浅く、然し心地の良い揺れはまるで子守唄のようだ。

沼津を過ぎるまではそんな調子で、しかし体がいよいよ慣れたのか、それから岡山出雲市行きと分割するまでぐっすり眠った。

瀬戸大橋線に入り、車窓には瀬戸の島々が並ぶ。それまで横になっていた私は、その時を待っていたかのようにすぐさま体を起こし、洗面台で丁寧に顔を洗い、歯を磨いた。高松では多くの乗客が下車し、それから延長運転を行う琴平行きの車内は伽藍であった。

定刻で琴平に到着したサンライズ瀬戸は、しばらくホームに身を横たえ、旅を始める我々を見送っていたように思えた。

観光案内所も閉まっている。まだ9時前だった。

急ぐ必要もない私は、とりあえずその足で気の向くままに、初めて足を踏み入れた四国の道を歩き出した。

金比羅山の長大で急な階段参道はやはり足に堪えたが、御本宮からの眺めを見てそれも消えてしまった。

初詣からまだ数週間足らずで再びお参りをするのは変な気分だったが、この旅の無事を願い、参道列に加わり手を合わせる。

いきあたりばったりでこのあとの予定も何一つ決まってはいない。不思議とそれが心地よかった。

来た道をそのまま下り琴平駅に戻る間に土産の品をいくつか買った。飴、手ぬぐい(今治のものだ)、饅頭

すれ違う人々は意外にもスーツ姿の団体が多く、1人の私は割に目立った。それもまた不思議と気分を高揚させた。

琴平から土讃線上り特急に乗り、松山を目指す。

予讃線に乗り継ぐ多度津駅で近くの食堂に入り、日替わりの昼食を注文した。

予想はしていたが、メニューにはナチュラルうどんが設定されていた。かき揚げおにぎりと一緒にいただく。もちろんとても美味しかった。

予讃線下り松山行きの特急いしづちしおかぜ自由席は半分ほど埋まっていた。

空いている窓側席に腰を下ろし、金比羅山で蓄えた疲労をしばしの間、癒やす

文庫本を開いてすぐ眠ってしまい、松山駅の到着案内で目を覚ますことになった。

松山駅を降りると、失礼ながら想定していた風景とはだいぶ違った街並みが広がった。

すぐそば伊予鉄道路面電車が走り、人々が休日らしい顔持ちで道を往きかっていた。

バスターミナルにて1Dayパスを購入し、中心市である大街道電停に向かう。

大街道電停松山城の目と鼻の先にあり、電停を降りる瞬間、目に入った。

琴平駅では松山方面に向かうか、高知方面に向かうか一寸悩んだのだが、松山に来て正解だったようだ。非常に立派な天守閣だった。

城を横目にマンホールカード収集のため坂の上の雲ミュージアムに赴き、1時間ほど観賞したのち、喫茶店に入りたばこを吸った。

道後温泉行きの時刻に合わせて喫茶店を出て、再び路面電車に乗り込む。

きっとこのまま温泉宿に泊まるのだろう。車内は温泉客でほぼ席が埋まっていた。

道後温泉街は本当に賑わっていて、改めて今日土曜日だということを私に再認識させた。

――少し急がなければ。

人混みを縫うようにアーケードを抜け、道後温泉本館で湯に浸かった。

復路の寝台が高松駅を21時半前に発車する。

琴平駅のみどりの窓口ですでに確保していた、その列車のことを念頭に置きながら、再び路面電車に乗り、JR松山駅前電停で降りる。

駅前キオスクで少しのビールつまみを購入し、もうすぐ発車する高松行きの特急に乗り込んだ。

もうこの旅も終わりだ。

余韻と若干の寂しさを感じながら、日が暮れかかっている四国風景を見て、ビールを飲んだ。

2時間以上瀬戸内海のふちを走りきり、降り立った高松駅は、高層ビルがいくつかそびえ立つ、立派な港町だった。

連絡船時代面影をほんの少しだけ残したホームでまたうどんを食べ、キオスクビールつまみを買い足す。最後の晩餐ともいえるような光景だった。

もう少し、ここにいたかったな。

そんな気持ちを奪い去るようにして、寝台特急サンライズ瀬戸高松を出発。途中の岡山出雲市から来た列車と連結し、東京に私を運んだ。




追記

座席特急券

往路はノビノビ座席を、復路はソロ寝台券を取りました。

座席特急券」と書いたのは、ノビノビ座席について、寝台券必要がなく座席として発券される特急券というニュアンスを込める為です。

高知について

今回でサンライズが大好きになったので、また近いうちに乗って、高知城も見てみたいです。

あと、四万十川も。

2018-11-20

[]【10】2018 晩秋広島博多別府

<< この旅行記の先頭へ


anond:20181120141939




太宰府天満宮アジア玄関


春月庵を出てしばらく歩き、大橋駅から大牟田線線に揺られて暫くすると太宰府に到着した。

太宰府では参道にある隈研吾設計のスターバックスも見たかったが、あまり寄り道をしていると日が暮れてしまう。

入り口前で既に多くの外国人の興味を集めているそれを通り過ぎ、天満宮に向かう。


境内に入るとすぐになにがしか行列が。

何だろうと覗いてみると、天満宮象徴の一つ、御神牛が石座の上に蹲っていた。

一枚撮ろうと並んでみる事にする。

待ってる間に御神牛について調べてみると、頭をなでれば頭が良く、疾患のあるところを撫でれば快癒するらしい。

良く見れば御神牛の頭は磨かれてピカピカだ。

自分の番が来てファインダーに収めたのち、折りたたんでいる前足をさすった。肘の痛みが治れば良いのだけれど。


鳥居を潜った太宰府天満宮は、その隅々までが美しく、息を呑んだ。

島の自然の中、雄大幻想的な美しさを湛えていた厳島神社とは全く違う、配色まで計算して端整に造り込まれた様な美しさだ。

レンズをどこに向けてもフレームの中が調和している。

思う様 境内の様子を収めて、菅原道真公に参拝。

学問の神様にふさわしいと思われた事柄を願った。


参道に引き返し、件のスタバへ。

店内を撮り、店員のお姉さんと香港名物 鴛鴦茶風の仕上がりを再現できるカスタマイズについて話し合った後に一休み。

行きに通り過ぎた時に入り口写真を撮っていたのもおそらくは中国人だったが、店内にも中国韓国香港、或いは台湾から来たと思しき人は多い。

残りの滞在時間福岡でできることは多くないが、博多駅から驚異的な近さの国際空港福岡空港国際線ターミナルは見てみたい。

降り始めた小雨に、折り畳み傘を広げ、スタバを出た。


大牟田線天神まで引き返して、案内カウンターのご婦人福岡空港までの行き方を尋ねると、バスが出ているという。

天神駅3階のバスターミナルに向かい国際線ターミナル乗車の列に並ぶ。

一緒に並んでいるのは当然だが外国人で、言葉を聞けば韓国の人だった。


あっという間に着くと思われた空港行きバスは遅々として進まず、結局国際線ターミナルまでは1時間30分程の乗車。

しかし、その大半は駅前渋滞に巻き込まれていて、渋滞しない時間帯なら天神バスターミナルからは30分足らずで着きそうな距離だ。


降り立ったターミナルは思いの外落ち着いた雰囲気で、ややコンパクトな印象だったが、綺麗で近代的だった。

ターミナルビルを一回りし、フライト情報掲示板を見る。

到着便の出発元は

仁川

釜山

大邱

桃園

高雄

上海

全てアジアだった。

どうやら時間帯によってアムステルダムやグァムの便もある様だが、21:00過ぎには閉まってしま福岡空港国際線ターミナルにあって、19:00過ぎのこの時間帯ではほぼアジアの到着便しかない様だ。

何れにしても全ての時間帯で東アジアからの到着便が一番多いのだろう。

歴史的な経緯からか、外国人の中で意外と欧米人比率が多かった広島と違い、福岡日本におけるアジアの空の玄関である様だった。


空港も見たので、博多に戻る。

行きの天神で、バス渋滞に巻き込まれて正確な時間を計れないので、今度は国際線から国内線の短距離送迎バスを経由して、地下鉄を利用する。

このルートで戻ると、国際線ターミナルから博多駅わず20分だった。


これは、仁川から国際線に乗れば、出入国手続きチェックインに1時間30分ほどかかったとして、フライトが1時間30分、諸々の待ち時間が30分あまりあっても、4時間あれば博多市内にやって来られる事になる。

韓国LCC エバー航空で1週間後の往復便の価格を見れば、1万円余り。

韓国人にとって一番身近な外国大都会が、北京上海と、この福岡だった。


ネット韓国芸能人ナショナリズムめいた騒動に巻き込まれると、すぐに「Kの法則」だの「縁を切れ」だのと言った意見が書き込まれるが、そういう人はどうやって韓国人を御断りする気だろう。

この国際線ターミナル入国拒否でもするつもりか。

日本旅行記を書く韓国人に「放射能まみれの汚染食品死ね」「塩分過多で成人病まっしぐらだね御愁傷様」と海を挟んだ半島側で書き込む人々と、こちら側で「本当に…気持ち悪い…来なくていいです。」「チョウセンヒトモドキ」と書き込む人々はお互い相手の国に行った事があって書き込んでいるのだろうか。

そんな人々にきっと目も向けることなく、たくさんの韓国人、日本人がお互いの国を訪れ、ソウル福岡食べ物を食べ、街を見て、お土産を手に、思い出を胸に祖国に帰っていく。

この目で見てこの身体で感じない事を「知っている」ということは出来ない。

いずれ自分も、韓国を訪れなくてはならない。


【11】2018 晩秋、広島・博多・別府 6日目|6日目 また来んしゃい、博多 へ >>

2018-08-28

ラオスブラックジャック賭博詐欺に引っかけられそうになった話

外務省海外安全情報 - ラオス

http://www.anzen.mofa.go.jp/m/mbcrimesituation_020.html

だいたい上記1.(2)と同じような内容です。

場所首都ヴィエンチャン

登場人物

俺 - 俺。20代大学院生。休学してニート中。

メガネ - 50代くらいの自称ラオス人のメガネおっさん

ハゲ - メガネの甥?自称64歳カジノディーラー男。

女 - ハゲの嫁。

白髪 - ハゲが嫌いな大金持ちの男(見た目70代)。

詐欺の導入について

事の発端はメガネに話しかけられた事です。

一人でぶらぶらしているところ、“Japanese?”とだけ声をかけられました。そうだと答えると、日本のことや俺のことについて聞かれたのでしばらく話をしていましたが、この時点で相当怪しい臭いは充満していました。職業収入、旅の資金のこと、親の仕事、使っているスマートフォン価格などを聞かれていたのです。姪?娘?が日本に行くからなにかと教えてあげてほしいと言われ、怪しみつつも約束をして翌日会うことになりました。(この時にラオス詐欺情報について調べておくべきでした。)

翌日、すでに怪しんでいたこともあり意図的に予定の3時間後に約束場所に赴きましたが、メガネはまだいました。この時の俺は「こんなに待っていてくれるなら怪しくないのかな」という謎の思考により、少しばかりの猜疑心を抱いたまま彼の家へ向かうこととなります

メガネの家で

トゥクトゥクで向かったメガネの家では”ato “という名のハゲとその嫁である女を紹介されました。初めは少し雑談をし、旅のことなどを聞かれつつ食事を勧められましたが、ちょうど昼食を食べたあとであったために水だけをいただきました。(水は開封済みのペットボトルを渡されます。一瞬睡眠薬混入が頭をよぎりますが、俺は一瞬で忘れて気が緩んだ際に飲んでしまいました。結果的に水には問題は無かったようですが、飲むべきではありませんでした。)

その後日本のことを教えてほしいと言っていたことなどなかったかのように、ハゲカジノの話を始め、日本でのカジノの開始に伴ってディーラートレーニングのために日本に呼ばれたことがあると言い出し、ハゲディーラーをやっているブラックジャックルールレクチャーが始まります。この流れでなぜかイカサマレクチャーを始め、お前がカジノで俺の卓にこれば勝たせてやるよと言われました。その後、”Lee”の名を自称する白髪ハゲが嫌いな大金持ち)からハゲ電話がかかってきます。この時ハゲ白髪適当にいなしますが、しばらくして白髪ハゲの家へ訪れると、ハゲがいいチャンスだから白髪から金を巻き上げようと提案してきます。なんとタイミングのいいことでしょう、俺の猜疑心は膨れ上がる一方です。俺は自信がない、難しいからそんなことはできないと伝えましたが、メガネ帯同のもと強引に白髪とのブラックジャックが始まります

ここで教わったイカサマ、および実際のゲームにおけるイカサマはかなりお粗末でした。白髪カジノ常連だと聞かされていた俺は、こんなのに引っかかってたらカジノなんて負けばっかりで行かないだろうと感じました。詳細は後述します。

ゲームについて

このゲームでは、はじめに資金としてハゲから1000USD渡されます

当然そのゲームで私は勝ち、次のゲーム、またその次と次第にベット額が上がっていきます。私はハゲのいうままにcredit(信用払い?)を利用してゲームを続けることになります

5ゲームほど交わし、この時は一度のドロー以外全て俺が勝っていました。ここで白髪は負けたままでは帰れないと言いだし所持金全て(10センチぐらいの100USD札束2つ)をベットしてきます。ここではゲームは続きますが、その後の3,4戦で白髪の持っているチップカジノなどで用いられる現金証明となるコイン)が尽きようかというタイミングで、お前の支払い能力が信用できないからという理由で、現金又は金のアクセサリーなどで証明を求められました。

詐欺だとほぼ確信した俺の防戦

はじめにハゲは所持金の提示を求めてきます。私はバッグの中を隠しつつ、所持金の一部分である100000キップ(約1300円)、および2000バーツ(約7000円)を出します。ハゲメガネはバッグをオープンにして全て出せと言いますが、私は探していて聞こえないふりをしてしのぎました。(この金額は、所持金としておかしくなさそうで、かつ失っても我慢のできるものしました。特に強引にカバンを見られる、奪われると言ったことはありませんでした。)

当然100USD札の束に敵うはずもありません。

ハゲは俺を別の部屋に呼び出し、ハゲサポートできる現金の額や、金のアクセサリーを知らされました。

私はここで詐欺だという確信が持てました。それは、ハゲの妹が入院していて金が必要だと話されたこと。それほどの現金必要な人が金のアクセサリーをいくつも持っているはずがありません。また、以前に白髪ハゲイカサマ片棒を担いだことがあるというのです。そんな人がどうしてこんなに雑なイカサマに引っかかるようなことがあろうか。いや、ない(反語)。加えて、ハゲが口にする俺が用意するべき金額が二転三転し、どうにも定まらないのです。しかし、下手に拒否することで手荒な真似はされたくないと思った私は、ハゲデビットカードクレジットカードでも良いと言ったことにすかさず反応し、話を遮ってトイレを借りることにしました。なぜなら俺は幸運にも、数百円しか残高のないデビットカードを持っていたからです。

トイレでは、クレジットカード現金をより安全で外から見えづらい場所に移動させました。クレジットカードを入れていた財布の中には前述の、現金が数百円しか入っていないS○Iの国際キャッシュデビットカードのみを残します。ここでこの行動をとったこと、および残高のないデビットカードを持っていたことはとても幸運かつ英断であったと思います

トイレから戻ってきた俺の前には、女(ハゲの嫁)から金を借りるハゲという構図のリアリティーを持たせるための演技がなされていました。

そして俺はデビットカード保証ゲーム続行を求めますが、白髪はおそらくそれがデビットカードであったことを理由に、プラスチックは信用できないとゲーム続行を拒否します。

私は再度ハゲに別室に呼ばれ、なんとかハゲサポートできない範囲現金や金のアクセサリーを用意してほしいことを伝えられます。(メモの内容ではスマートフォンでも良いようでしたが、口頭では何も言われませんでした。)ここでは旅の詳細や大学院学費なども聞かれ、ハゲはお前にも現金必要だろうと言いますが、俺はさっき渡した現金、加えて宿にある200USD相当のタイバーツ提示したデビットカード10万円程度、残りは全て親に預けてあり、すぐには引き出せないと頑なに言い張ります。渡した現金以外の金額および親に預けてあるということは全て出鱈目です。クレジットカード提示要求されますが、私は学生であることを理由に持っていないと嘘を続けました。ここでも強引にカバンをチェックされることはありませんでした。

やり取りを続けていると、所持金のことは諦めたのか銀行に行って預金を引き出すよう言われます。私は提示した銀行の口座に残高が無いことを知っているので、とにかく外に出られるということに歓喜しつつ快諾します。

ここで厳重体制で俺に勝利確信させる作業が入った後にゲーム状況の保存をします。しかしそれ以前にも手札を残して私が部屋を離れる機会が存在するため、勝利確信させるためには不十分な体制と言わざるを得ないでしょう。

手札や掛け金などを俺と白髪の双方で厳重チェックの上でゲーム状況を保存し、すぐに銀行へ向かいます

銀行に向かうトゥクトゥクの中では、ハゲから親の職業、俺の収入などについて質問がありますが、嘘を織り交ぜつつ、俺にも親にも金がないことをアピールしておきます

ちなみにこのトゥクトゥクドライバー最初メガネと乗ったトゥクトゥクドライバーと同じでした。おそらくグルなのでしょう。

銀行へと到着し、ハゲトゥクトゥクに残してメガネ現金の引き出しに向かいますが、残高オーバーのため当然引き出すことはできません。私は金はあるはずだがなんで引き出せないのかと言った演技で乗り切り、メガネは15分くらいのうちに10回程度引き出しを試みますが遂に引き出すことはできませんでした。

メガネは諦めてハゲの待つトゥクトゥクへと向かい引き出せないことを伝えると、ハゲは口座には金がないのかと俺に聞いてきます。俺は引き出す意思アピールするために、金はあるが銀行か口座にトラブルがおきているのだろうと伝えますハゲは俺に対して、今日ゲームキャンセル出来ないか白髪に打診してみようと言い電話を掛け、私に交代します。口座がトラブルで使えないこと、ゲームキャンセルする意思を伝えると、負け続きの白髪はその提案を快諾します。

俺が協力の意思偽装していたことが功を奏したのか、メガネハゲは俺を騙せていると確信したのでしょう。ハゲ白髪に隠して抜き取っていたという100000キップと2000バーツを俺に返却し、今日は帰れ、また数時間後に電話すると言います。俺は前日にメガネに教えていた国際通話およびローミングのできない番号(実際に日本で使っている電話番号です)を使えと伝え、トゥクトゥクの料金だという100000キップのみを徴収されて無事その場で解放されました。

解放後すぐにラオス詐欺情報や宿へのルートを調べたかったのですが、道中をメガネハゲに付けられていた場合iPhoneを所有していることがバレてしまうとの考えから、何も調べることなくなんとか宿へとたどり着きました。

宿ではすぐにラオス詐欺について調べ、同じような手口が多数報告されていることを知りました。

私に連絡を取れないメガネハゲ白髪がどうしているかはわかりません。すでに宿と私の名前は把握されているため多少の恐怖感はありましたが、今後夜は出歩かないこと、昼間でも細心の注意を払って行動することを心に誓いました。

イカサマのお粗末さについて

後述するとしていたお粗末なイカサマ手法についてです。ここではブラックジャックの基礎知識があることを前提としています。(この基礎知識というのはもともと俺が持っていた多少のもの以外、全てハゲから教わったものであるため、間違いを含んでいる可能性があります。)

ここでは、私が常にブラックジャックにおける子であることを前提にレクチャーが始まりました。

ディーラーであるハゲが親の背後から手札を盗み見て、各指に割り当てた数字を利用して伏せられた親の手札を俺に知らせると同時にデッキの一番上のカードを俺に見せるというものです(親指から1,2,2,2,2で、ハゲが立てた各指の数字の合計、また、じゃんけんにおけるグーの形は10を示す。例えば、親指と人差し指を立てていれば3を示しています。)。

また、ベットレイズコール方法は、親に勝利していれば常にオールイン、およびコールしろというものでした。

俺はこの時点で、流石に雑すぎるのでは?と感じました。トランプを用いたカードゲームはただの運任せではなく、勝ち確時のチェック、少額レイズ、負け確時のハッタリなど、心理戦の要素を多分に含むものでしょう。現に白髪は一度としてフォールド、チェックを行うことはありませんでした。

白髪との実戦では、私に勝たせるためにレイズオールインの嵐です。この実戦でもイカサマ手法のお粗末さが現れていました。

ハゲは伏せた白髪カード番号を教えるために私に指を見せる必要があるわけですが、なんと白髪のすぐそばで卓に叩きつけるようにして目立たせて私に示します。いくらなんでもそんなものは怪しまれるでしょう。また、私のサポート役としてすぐ横に配置されていたメガネ白髪にはサポートだと知らされていない設定)は、私に逐一取るべき行動を耳打ちしてくるのです。それも白髪の見ている目の前で、白髪にも聞こえているであろう声量で。

これに全く気づかない白髪は負け続け、全額ベットへと誘われるわけです。

以上がラオスヴィエンチャンにおけるトランプ詐欺の詳細です。

まり文章を書くことが得意ではないので、読みづらいところ、誤植一人称のブレなどあるかもしれません。めんどくさいので詳しくチェックしていないです。

もしあなたラオスに行く、知人がラオスに行くと言うことがあれば、このような詐欺存在をぜひ頭の隅にでも留めておいていただければと思います。(この詐欺手法ラオス以外の国でも使われる場合があるようです。)

ラオス密度こそ低けれど、とても綺麗な観光地もあり良い国だと思います。もし機会があれば一度訪れてみてはいかがでしょうか。

ただ、宿泊していた宿のオーナー、およびハゲが言うところによると、首都ヴィエンチャン面白いところが何もないそうです。自然が素晴らしいバンビエン、街が世界遺産指定されているルアンパバーン 、そして古い寺院遺跡にほど近いパクセをオススメされました。たしかヴィエンチャンメコン川バスターミナル以外何もない気がします。

キレが悪いですが、めんどくさいので以上です。この出来事の後に帰った宿で、オーナーマリファナを一本だけもらったことはまた気が向けば書こうと思います。(向きません。)

以下、同様の詐欺に関する記事です。

http://imokennpi1989.blog.fc2.com/blog-entry-69.html

https://3bakayottu.com/blackjack/

https://life-traveller.com/swindle-in-asia

http://iphonedocomoss.com/201412298360

https://amazing-taraland.hatenadiary.com/entry/2018/04/08/174501

http://omomuki-tabi.tokyo/2018/01/27/%E8%AA%95%E7%94%9F%E6%97%A5%E3%81%AB%E3%83%A9%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%81%A7%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E8%A9%90%E6%AC%BA%E6%9C%AA%E9%81%82%E3%81%AB%E9%81%AD%E3%81%A3%E3%81%9F%E8%A9%B1/

https://ameblo.jp/cultureguesthouse/entry-12295627100.html

2018-05-12

せんとくん、多過ぎ!

奈良県せんとくん経済効果が2105億円だか何だか知らんけど、いろんなもんが多過ぎ

デザイン多過ぎ

まわしを締めた「相撲せんとくん」、桜の花が頭を飾る「桜せんとくん」……。現在オリジナルせんとくんを含め、8パターンデザイン存在する。


県の使用指針には「違う要素を加えたり表情など細部を部分的に加工することはできません」と著作権保護のため、厳格な規定がある。テーマに沿ってせんとくんアレンジするには、その都度、新たなデザインが求められるのだ。

読売新聞2018年02月15日付奈良県内朝刊

県は売り上げや製作費用の3%をライセンス料として納めることなどを条件に、商品広告に利用することを認めており、遷都祭があった10年度には約4900万円の収入があった。


ところが祭りが終わって一段落した11年度は、699万円に激減。同年に県のキャラクターになったのを機に、県は12年度に、「官服」「桜」紅葉」の3デザインを追加しててこ入れを図ったが、各地に次々と特徴的なゆるキャラ誕生する中で存在感の低下は否めず、16年度は154万円にまで落ち込んだ。県は先月、さらに「はかま姿」を投入し、起死回生を狙う。

毎日新聞2018年05月15日付大阪夕刊

菩薩
基本ポーズ、走る、歩く、お願い・感謝、ナイショ、あのね、指さし紹介、考える、バンザイピース、座る、寝そべる
官服
基本ポーズ、お願い・感謝、あのね、指さし紹介
紅葉
椅子叩く、鼓椅子、舞い、鼓縁結び叩く、鼓縁結び
海づくり
ラグビー
相撲

着ぐるみ多過ぎ

通称「海づくりせんとくん」。2014年に開かれた「全国豊かな海づくり大会」PRのため、前年に誕生した。デザイン料約60万円、着ぐるみ代約180万円をかけて作成したが、大会終了後は大型商業施設でのアマゴ販売イベントなど、3回しか登場していない。


農業水産振興課の一角で、「海づくりせんとくん」は箱に納められている


昨年の「国民文化祭」「全国障害者芸術文化祭」に登場した通称「はかませんとくん」も、同様の状況に陥る危機にある。デザイン料約60万円、着ぐるみ2体計約330万円をかけて生み出したが、運営を担った大会特別課そのものが、来年度にはなくなる見込み。

読売新聞2018年02月15日奈良県内朝

分身多過ぎ

実は、私たちが目にするせんとくんには、2種類があるらしい。県の主催事業や県外で催されるPRイベントで会えるせんとくんの多くは、プロスタッフによるもの自治体主催する小規模な行事などでは着ぐるみを貸し出すだけで、自治体職員などがその役目を引き受けているという。県観光プロモーション課幹部は「時々、『元気がない』と指摘をもらいます」と明かす。

読売新聞2018年02月14日付奈良県内朝刊

とある1日のスケジュール

ツイッターアカウント多過ぎ

ツイッター社の公式マークがついているのが「せんとくんつぶやき」だ。


奈良県庁の担当者によると、こちらのアカウントでは、主に奈良県全体に関わる情報を発信しているという。もう1つのアカウントが「せんとくんOFFICIAL》」で、こちらはせんとくん活動報告などをメインに発信している。

http://j-town.net/tokyo/news/localnews/237313.html

ツイッターでは奈良県庁が管理する公式アカウントのほか、非公式アカウントもあり、人気のものではフォロワー数は7万を超える。

AERA 2017年7月3日号

昨年12月末時点では公式は3145人しかおらず、非公式の7万5878人に今以上の大差をつけられていた。

毎日新聞2017年01月26日付大阪夕刊

県ならの魅力創造課の担当者は「問題になる内容はなく、目くじらを立てるつもりはない。持ち味の違う2人のせんとくんを楽しんでもらえれば」と静観しつつ、「公式フォロワーも増えればありがたい」と期待する。

読売新聞2012年05月16日奈良県内朝

@heijyosento
2009年7月開設。フォロワー74,182。運営不明で、写真も返信もないもの関西弁のゆるいつぶやきが人気。TKOのしたさん、水野良樹さん、古坂大魔王さん、ハマ・オカモトさんら芸能人も多数フォロー
@sentokunteam
2012年1月開設。フォロワー11,798。平城遷都1300年祭オフィシャル広報隊「平城人(ならびと)」の提案で始めたひとつ目の公式ツイッターで、1300年祭が終わってからは1年ごとに委託事業者を募集。当初は約460人しかいなかったフォロワーも、写真を欠かさず投稿することで2017年1月、1万人を突破
@narakencyou
2012年6月開設。フォロワー10,007奈良県広報広聴課が運用する2つ目の公式ツイッターだが、県からのお知らせを標準語つぶやくだけだったので、当初のフォロワー数はたったの約580人。しかし、中の人辻本哲也さんだった2014年4月2018年3月双方向コミュニケーションを心がけたり、フォロワーが少ないことを嘆いてみたり、堂本剛くんや桐生戦兎くんに言及したり、台風情報を夜通し投稿したり、なんやかんやあって大幅にフォロワーが増加し、2018年5月にようやく1万人を達成。

フィギュア多過ぎ

素材は繊維強化プラスチックFRP製、高さ1.6メートル制作費は約40万円。

https://nara.keizai.biz/headline/136/

東京
奈良まほろば館、養徳学舎
大阪
株式会社ポップ工芸
奈良
奈良春日野国際フォーラム天平東大寺店、奥村記念館、奈良県庁、奈良公園バスターミナル奈良県美術館近鉄奈良駅JR奈良駅、奈良うまいものプラザ奈良総合観光案内所、奈良ロイヤルホテル、ラ・ロイヤルスパ奈良県図書情報館、国営平城宮跡歴史公園ならファミリー 平城の宙庭、阪奈道路道の駅テラス道の駅 ‎宇陀路大宇陀道の駅 宇陀路室生道の駅 伊勢街道 御杖、奈良県立民俗博物館、奈良県立万葉文化館、かしはらナビプラザJAならけんまほろばキッチン

しかまろくんの方がグッズの売り上げ多過ぎ

「もう圧倒的しかまろくんの方が10倍売り上げが多い」

テレビ朝日『ずっと追ってるジャーナル

※なら和み館の場合

記者リポート

「今は売り場のほとんどが『しかまろくん』で、『せんとくん』の売り場はここしかありません」

奈良観光協会が5年前に作った「しかまろくん」に追いやられてしまっています

土産物店の人】

「『しかまろくん』のほうがやっぱり。『せんとくん』は商品がかなり少なくなっている」

お客さんが手にとるのも、「せんとくん」ではありません。

子供は】

「『しかまろくん』はおっとりしているから売れると思うけど、『せんとくん』は人間みたいやん。こいつ誰って」

関西テレビ報道ランナー2018年8月1日放送

駅前土産店なんですが、他のキャラクターグッズに比べると、せんとくんのグッズはやや少ないように感じます」(記者リポート

店内には奈良観光協会のマスコットキャラクターしかまろくん」が所狭しと並んでいて、せんとくんは片隅に追いやられています

「だいぶ減りましたね。遷都1300年祭が終わった年くらいから、問屋さんが在庫で終わらせていくみたいな感じで」(土産物店)

MBSVOICE2018年8月7日放送

しかまろくん以外もライバルの鹿キャラ多過ぎ

奈良といえば、奈良公園にいるたくさんの鹿―。そんな奈良の鹿が、ゆるキャラ世界でも増加中だ。

朝日新聞2015年01月01日付奈良県内朝

2018-04-29

路線バスはなぜ乗り換え前提でダイヤを組まないのだろう

路線バスの旅」ではないけどさ、

田舎に住んでると、あのバスとこのバスが、待ち時間なしで接続できれば通勤として利用できるのに、と思うことがよくある。

普通に考えて、ド田舎郊外中間地点ほど、バスターミナルが必要と思うでしょ?

2018-01-16

50年後、ふるさとの町は無くなっているかもしれない

数年前、実家帰省したら駅前通りの5階建てのデパートが取り壊されている事に気がついた。。

さいころは、あそこで服を買ってもらったり、ガンダムガチャガチャをよく回しにいっていたのを覚えている。

そうとう栄えたデパートだった。

更地になって新しく建ったのは、小さな一階建ての携帯電話ショップだった。

 

過疎化により、町にあったバスターミナルはなくなり、ただの停留所だけになった。

平成元年3万人いた人口も30年たったいまや2万人、産業がどんどんやせて言った。

 

子供の人数も加速的に減り平成元年の三分の一程度しかいなくなってしまった。

学校が統廃合され、町の端の方の子スクールバスをつかって、子供たちは町の中心にある学校に通うようになった。

 

同窓会を開いても、半分以上の人は都市部に住んでいるためなかなか集まらない。

地元には仕事が無く、家業農家をやってる家の子くらいしか地元に残っていない。

 

 

母港の中学校も数年前に廃校になったらしい、

自分がいたときは1クラス40名程度だったが、廃校が決定した当時には1クラス5人程度しか居なかったらしい。

たった30年で、そこまでの変化があった。

 

テレビで全生徒10人くらいの山奥の小さな村の学校廃校になるドキュメンタリー他人事のように見ていたけど

そういう事態が山奥だけじゃなくて、地方都市でも当たり前に起き初めていることに軽い絶望を覚えた。

2017-09-02

外国人アジア

なんか街中に中国人が増えた。

うちの最寄り駅には大学が多数あり

そのうちの1大学積極的留学生を受け入れてるから

以前から外国人が闊歩していたけど

黒人とか白人とかも)

最近アジア系が多い。

大きな声でしゃべるから中国人だとわかる。

台湾中国かの違いはわからないけど。

前は若い子ばっかりだったんだよ。

今はなんか

壮年中国人(おじちゃん、おばちゃん)をよく見かける。

バスターミナルである系統だけ中国人が多い。

ずいぶん昔に開発された町で

家賃はとても安いけど高齢化して

若い日本人は住みたがらない町。

そこに中国人が住みだした。

留学生中国人は話さないと

中国人だとはわからないけど

壮年中国人はしゃべらなくても

中国人だとわかるんだよ。

服の着こなしというか

上下のチョイスとか靴のチョイスが

なんか、日本人だったらその組み合わせはないだろうという感じ。

ここ数年はスーパーでも

アナウンス中国語流れるようになってきたか

すっごく違和感を感じる。

爆買い観光中国人客むけに

百貨店中国語アナウンスをするのと違い

日常的にスーパーとかが中国人向けに

アナウンスをするということは

中国人がそれだけ多くなったんだろう。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん