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𝐀𝐧𝐨𝐧𝐲𝐦𝐨𝐮𝐬 𝐍𝐞𝐰𝐬 - 𝐌𝐚𝐲 𝟖𝐭𝐡, 𝟐𝟎𝟐𝟏
𝐀𝐧𝐨𝐧𝐲𝐦𝐨𝐮𝐬 𝐍𝐞𝐰𝐬についてと、バックナンバーはこちら→anond:20210507172613
長野市の北野美術館で『水のないいけばな展 in KITANO MUSEUM』が5月7日(金)から開催されている。この展覧会は今年2月に東京で開催された展覧会『New Challenge Exhibition「水のない いけばな展」』とのコラボレーション企画である。
展覧会では、1927年創流の流派「いけばな草月流」の家元である、勅使河原茜さんの作品4点のほか、いけばなパフォーマンスユニット“座・草月”による作品3点が展示される。
草月流は前衛的で型にとらわれない作風が特徴。今回の展覧会は、生花を一切使わず、木材や石材、着色された草などを用いて作品を創ることがコンセプトとなっている。
開催は5月30日(日)まで。
関東圏を中心に展開するスーパーマーケットチェーン紀ノ国屋が、5月7日(金)に「紀ノ国屋アントレ広島三越店」を広島三越地下1階にオープンさせた。関東圏以外の店舗としては、京都伊勢丹店に続いて2店目となる。
紀ノ国屋は1910年に果物商として創業し、現在のスーパーマーケットで主流となっている「セルフサービス式」の販売スタイルを初めて取り入れたことで知られている。現在は高級志向のスーパーマーケットとして東京を中心に店舗を展開し、上質さにこだわったプライベートブランドの商品を多数販売している。
巣ごもり需要により、「自宅で良い食材を楽しみたい」という需要が増えている。老舗ブランドの新たな勝負から目が離せない。
三重県紀北町の園芸センター「かきうち園芸」ではマリーゴールドの出荷が最盛期を迎え、ビニールハウスを色鮮やかなオレンジ色に飾った。マリーゴールドの出荷は3月上旬にはじまり、5月頃に最盛期を迎えて6月まで続くという。
マリーゴールドは暑さに強く長持ちし、新緑の頃から仲秋にかけて青い空を彩る。初心者でも育てやすく、夏の花壇を彩るためによく用いられるほか、駆虫効果もあるという。
・どういう人?
フランス生まれ(1835-1921。七月王政~第一次大戦後)。小さいころは神童で、ピアノもオルガンも超一流で教養もあったすごい人。旅行も好きだった。オペラ、バレエ、合唱曲、あとは超絶技巧ものみたいな総合芸術が流行ってたフランスで、交響曲とかソナタみたいな堅苦しいジャンルをフランス人が書くならどうすればいいか模範を見せた。意識的に「フランス音楽」を作り上げた功績は大きいけど、長生きしすぎた(あと口が悪かった)せいで晩年は時代遅れ扱いを受けた。
・普通に有名な5曲
ザ代表作。交響曲とかいうドイツ語圏名産の重苦しい形式を、華、明快、節度が大事なフランス流の美学で仕立て直した金字塔。近いコンセプトのピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリンソナタ第1番を聴いてみると、編成に合わせてどう曲想を変えてるかも楽しめる。
www.youtube.com/watch?v=eTsbgDBC4_k
サン=サーンスといえば協奏曲。ヴァイオリン協奏曲第3番とかチェロ協奏曲第1番も名作だけど、この曲は重厚な第1楽章、軽くて無邪気な第2楽章、情熱的な第3楽章とそれぞれ対照的な雰囲気が一度に楽しめる。
https://www.youtube.com/watch?v=tk_eqKUjDXE&list=OLAK5uy_kFlhz7yMPIyXhc1pQ-5NDDtQL0XezyFz8
若いころのサン=サーンスは「現代音楽家」で、古典を大事にもするけれど、形式の堅苦しさからは脱出しようとした。交響詩は当時最新鋭のジャンルで、死神のヴァイオリンとか、ガイコツを描写する木琴とか、ちょっと品のない表現もたくさん使って悪夢的な情景を表現しようとした意欲作。「オンファールの糸車」「アルジェリア組曲」もおすすめ。
www.youtube.com/watch?v=k1s28gmLicc
本人は発表を嫌がったっていうのもわかるけど、言いたいことを短く言い切る発想力と技術、やっぱりサン=サーンスだからこそ書けた作品だと思う。神秘的な「水族館」と馬鹿騒ぎの「化石」が個人的ハイライト。
www.youtube.com/watch?v=7SjagpXeNhM
サン=サーンスの堅いところと砕けたところが両方いい感じに出たオペラ。全部聴くと長い(でもオペラとしては短め)から、オリエントっぽさ満点の「バッカナール」が入ってて最後も派手な第3幕をとりあえず聴くといいと思う。異国趣味だとピアノ協奏曲第5番「エジプト風」の第2楽章とか、本人なりになんとか日本っぽさを出そうとがんばった「黄色の王女」も面白い。
www.youtube.com/watch?v=GNa8HOMcDvk
・そんなに有名じゃない(好きな人はたぶん知ってる)5曲
20代半ば、1860年ぐらいはサン=サーンスが最初に輝きはじめた時期だと思う。自分はこの曲が一番好きだけど、序奏とロンド・カプリチオーソ、ピアノ協奏曲第1番、交響曲第2番、チェロとピアノのための組曲 作品16、冒険心と若々しい覇気を感じる秀作ばかり。
https://www.youtube.com/watch?v=J34_SiyzsUw&list=OLAK5uy_nfoGOwtSlxkICv6SpIOPGmTsLh7soAVnU
ドイツっぽいド根性(ベートーヴェンとかブラームスとかワーグナーとかそういうやつ)はサン=サーンスの持ち味とは違うけど、この曲は珍しくベートーヴェンっぽい激しさ、硬質なかっこよさが味わえる。普仏戦争でドイツに負けて、自分たちのとこでも交響曲とかソナタとか作ってやろうと奮起した時期の曲だからだろうか。いわゆる「精神性」「深み」みたいなのは、「糸杉」作品156とかクラリネットソナタの第3楽章とかにある。
https://www.youtube.com/watch?v=AU2Eq1jKJGE&list=OLAK5uy_najeRAiKZJwnS2_n9wzLaYdgzMiOZ1RtY
ピアノの名人だったからピアノソロの曲もたくさんあるけど、楽器が身近すぎたからか良くも悪くも一瞬のひらめきで書いてて、波長が合わないといまいちアガらない。むしろ2台ピアノのほうが頭を悩ませながら作ったみたいな感じがあって工夫を楽しめる曲が揃ってる。この曲は優雅なワルツが軸なんだけど、ちょっと気を抜くと不穏な世界があるみたいな前衛的なシュールさもあって面白い。
www.youtube.com/watch?v=wNc7UNFcPMA
「オルガン付」で一度総決算して一息ついたあとの60代(20世紀に入る前後)は完成した作曲技術をつぎこんだ、地味だけど傑作の森だと思う。ヴァイオリンソナタ第2番、チェロ協奏曲第2番、弦楽四重奏曲第1番とかを経てこの曲はヴァイオリンとチェロの二重協奏曲。どこをとってもいい音楽を聴いてるなあと思う。
www.youtube.com/watch?v=wDT21gGt9FQ
そして死んだその年の曲。年をとって無邪気になるというか、どっか遠いとこを見るようになる作曲家はいろいろいるけど、86の爺さんはやっぱり格が違う。もう思い残すことはなさそうな感じ。クラリネットソナタとファゴットソナタと合わせて三部作だからそっちもぜひ聴いてほしい。
実写化されて一般人相手に見せても評価が見込まれるであろう作品のような、ある意味浅い、分かりやすい、専門知識やジャンルのコンテキスト理解がなくても全然見れるような作品を好きになってしまった、という事実は、オタクとしては「負け」なんだよ。
オタクであればもっとギトギトしてギラギラして情報量の多いマニアックなものを称賛していたいと思うわけよ。
一般公開されたら物議を醸すような描写が入っている前衛的な攻めた作品に浸れてこそオタクだと思っているわけよ。
実写化されてしまったものは、当初は辛うじて尖ってたかもしれないが、今となっては陳腐化してむしろ保守的に見えるようになってしまう、そういう題材を描いていたわけよ。違うかい?
ごちうさの3期が終わり、『ゆるキャン』と『のんのんびより』へと続く。これから少なくとも3ヶ月先は移住先を探すこともない安泰な日々が続く。
しかし、ここから先はどうなるのか。さらに先に『まちカドまぞく』の2期があるが、1期より作風が変わると聞く。ひょっとすれば、『NEW GAME!』のようにいざこざの多い作品に変わっていくかもしれない。日常系アニメの新作がないかと不安になっている人がいるはずだ。
そういえば、アニメ化が発表されたきらら原作漫画は『球詠』だったよな。この作品を最後にアニメ化の発表がされた作品が現れなくなって1年半も経つ。
しかしながら、これからアニメ化の発表がされるきらら原作漫画が増えていくだろう。だが、それと同時にきらら原作アニメに対して「自分が期待していたものと違う!」という批判が急増していくと思う。
なぜなら、まんがタイムきららからきらら系と呼べるような日常系が減ってきているからだ。
私は日常系アニメが大好きできららの雑誌を読んでいる身だ。未来の日常系アニメが出てくることを楽しみにしていた。
しかし、私は、2018年ぐらいから、きららの編集部は日常系を冷遇するようになったと感じた。
そして、きらら編集長のインタビューを読んで、まんがタイムきららから日常系がなくなるのは確実だと確信した。
ただ、最初に『ひだまりスケッチ』がアニメ化し、『けいおん!』、『GA 芸術科アートデザインクラス』と続いていって、きららといえば女子高生4・5人の学園ものという印象が我々の想像以上に強くなってしまった。もっと4コマに多様性を見出そうと思って企画したきららが、いつの間にか多様性のなさの象徴みたいになってしまっていたんですね。どこかで一度その固定観念を壊して、新しいきららの形を作らなければいけないと思い、2011年に「まんがタイムきららミラク」を創刊しました。
芳文社創立70周年を迎えて。「まんがタイムきらら」編集長が考える“これからの日常系”の形
やはり、「きららといえば日常系」という風潮に対して、きらら編集部は好ましくないと思っていたようだ。
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では、まんがタイムきららについて振り返ってみよう。
2011年に『あっちこっち』、2012年に『夢喰いメリー』のアニメが放送された。「まんがタイムきららは日常系だけではない」とアピールする機会になり得たが、いずれも成功したとはお世辞にも言い難かった。特に『夢喰いメリー』は原作ファンから酷評をされている。
2013年に『ゆゆ式』のアニメが放送し、『きんいろモザイク』『ご注文はうさぎですか?』へと続いた。この頃に「まんがタイムきららといえば日常系」というブランドイメージが確立された印象だ。
きららに対するイメージが確立された後も、日常系ではないきらら原作漫画がアニメ化して放送されたが、そういったアニメが日常系アニメに比べたらヒットしているとは言い難い。
一方、編集部から大きな期待が寄せられたまんがタイムきららミラクだが、けいおんやゆゆ式のような大ヒット作が現れず、2017年12月号を最後に休刊してしまった。
そして、ミラクの末期の頃から、既存のきらら系列雑誌の作風が変わっていった。
まず、2018年から2019年前半ぐらいかけて、まんがタイムきららMAX連載の未アニメ化作品が、2~3巻分の短期で、次々に連載終了していった。特に『どうして私が美術科に!?』の連載終了はきららの読者に大きな衝撃を与えた。元々、きららMAXは、前衛的な作風やマニアックなネタを扱う作品が多かったが、ミラク創刊の影響で、きららMAXは萌え要素が多い作品が増えた。ミラク休刊を期に、尖った作品が増えてきた。
さらに、『ななどなどなど』のような和気あいあいとは言い難い作品や、『RPG不動産』のようなファンタジー系の作品が増え、『奥さまは新妻ちゃん』『一畳間まんきつ暮らし!』『メイドさんの下着は特別です』のような男性読者に媚びたお色気要素が強い作品も出てきた。
そんな中で編集部からプッシュされていた印象が強いのは、きらら本誌で連載していた『甘えたい日にはそばにいて。』である。この作品は『幸腹グラフィティ』の作者、川井マコトが送る小説家の少年とアンドロイドの少女の恋愛を描いたシリアスな作品だ。
きらら作家としてそこそこ知名度があるとはいえ、アニメ化されていない作品としては破格の待遇で編集から猛プッシュされていた。3回連続でセンターカラー連載したし、1巻発売当時、アニメが放送していた『スロウスタート』との合同フェアを行った。
しかし、鳴り物入りで連載されていたにも関わらず、アニメ化されることなく3巻で終わってしまった。
そんな長期に渡る試行錯誤だったが、きらら編集部の期待に応える傑作がようやく現れた。それは『ぼっち・ざ・ろっく』である。
『ぼっち・ざ・ろっく』は、これからのまんがタイムきららを語る上で絶対に外せない作品である。
この漫画は、タイトルが示す通り、陰キャな主人公がバンドに加入してロックスターを目指す王道のロック漫画である。間違えても『けいおん!』と同じようなものを期待して見るものではない。むしろ、『けいおん!』が嫌いだった人が見るものだ。個人的には、この作品が売りにしている主人公の顔芸と陰キャネタが生理的に受け付けない嫌いな作品だ。
『ぼっち・ざ・ろっく』はとにかくすごい。単行本1巻発売日直後に重版がかかり、LINEスタンプが発売された。そして、「次にくるマンガ大賞 2019」で8位にランクインした。
おかげで、きららでは陰キャ主人公モノブームが巻き起こっている。そのブームは、荒井チェリーというきららの創刊期から連載作品を持つベテラン作家ですら巻き込んでいる。列挙すればこんな感じだ。
そんな『ぼっち・ざ・ろっく』にアニメ化の話が来てもおかしくない状況だと言える。では、肝心の出来はどうなるのか。制作会社ガチャと呼ばれる風潮が強いが、それに関しては心配する必要はないだろう。
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ここからは、個人的な妄想。内情を知らないので、今後どうなっていくかは、まだ分からないことだということに留意してもらいたい。
テレビアニメ『ぼっち・ざ・ろっく』は、アニプレックスが間違いなく神アニメにしてくれるはずだ。きららの切り札である以上、粗末に扱われることは絶対にないだろう。作画に関してはしっかりした制作会社を選ぶし、脚本だって原作ファンからの高評価であふれかえっているので十分保証できるだろう。
それで、なぜ『ぼっち・ざ・ろっく』の話にアニプレックスを出すのか?
その大きな理由はソーシャルゲーム『きららファンタジア』にある。このゲームはアニプレックスがパブリッシャー(配信元)でドリコムがディベロッパー(開発元)である。
『ぼっち・ざ・ろっく』の連載が始まる頃は、きららファンタジアの販促に力を入れていた時期だった。それを象徴するアニメは、2017年秋季に放送された『ブレンド・S』と、2018年冬季に放送された『スロウスタート』である。この2作品は、アニプレックスとドリコム、そして芳文社が製作委員会に名を連ねている。
この頃のきらら編集部はアニプレックスを強く意識していたんじゃないのかな。特に『ぼっち・ざ・ろっく』の場合、その傾向が強く表れていると感じる。主要人物の名前は、ASIAN KANG-FU GENERATION(アジカン)のメンバーが由来だ。アジカンは、アニプレックスの親会社、ソニー・ミュージックエンタテインメント所属である。ここから、作者と編集は、構想の段階でアニプレックスを意識していたのだろうと推測している。
『タイムパラドクスゴーストライター』というジャンプの打ち切り漫画には、「実は(アニメ化の)オファーだけなら、早い作品だと1話目の次点で、もう来るんだよ」というネタ画像がある。ひょっとすれば、『ぼっち・ざ・ろっく』は、比較的早い段階でアニプレックスからオファーが来ているのかも知れない。逆に、芳文社からアニプレックスにアプローチしていたのかも知れない。それだけ芳文社とアニプレックスの距離感が近いはずだ。『きららファンタジア』が配信されたばかりの頃は特に。
そういえば、こんなTwitterアカウントがあるけど、遅くてもこのアカウントが作られる前からアニメ化が決まっていたんじゃいないのかね。主人公が演奏動画の投稿をきっかけにSNSを始めるエピソードだけど、このアカウントの初ツイートが2019年8月16日、このエピソードが掲載されているきららMAX発売日は2019年08月19日である。早すぎないか。
ファンがやるにしても、フラゲでもできないだろう。最新のツイートあたりに、音楽が流れる一枚絵があるけど、この絵は作者が描いたものじゃないよね。ひょっとしたら、アニメの作画担当が描いたものかも知れない。ちなみに、Twitterは、YouTubeやニコニコ動画とは違って、JASRACと許諾契約をしてないから気をつけてね。
『きららファンタジア』は、リリース開始期に多くのトラブルに見舞われて短命で終わるとささやかれていた。しかし、そんな悲観的な予測を超えて、2020年の12月にリリース3周年を迎えた。それを記念してメインクエスト第2部がリリースされた。これから、またアニプレックスのきらら原作アニメが増えていくのだろう。そのトップバッターは『ぼっち・ざ・ろっく』になるに違いない。
ビジネスは出だしが肝心だ。アニプレックスと芳文社は『ぼっち・ざ・ろっく』にまんがタイムきららときららファンタジアの命運を賭けるつもりでいるに違いない。それ故に、アニメスタッフは錚々たる顔ぶれがそろうし、宣伝にもかなり力を入れるはずだ。
具体的には、『鬼滅の刃』のプロデューサーを担当した高橋祐馬、『紅蓮華』を作曲した草野華余子、「チカっとチカ千花っ」で大きな反響を読んだ中山直哉が名を連ねることになるだろう。ロック界の重鎮たちも出てくるんだろうね。アニメーション制作はufotableが最有力になると考えている。次点は、A-1 PicturesとCloverWorksだ。
ぶっちゃけ、このアニメに鬼滅の刃のスタッフが集うことすらあり得ると思う。宣伝映像の冒頭に「鬼滅の刃のスタッフが送る」というナレーションを添えるだけで、誰もが飛びつくに違いない。まさに鬼に金棒。
テレビアニメ『ぼっち・ざ・ろっく』はアニメファンはおろか一般人ですら唸らせる出来になり、アニプレックスと芳文社が望んだ通り大ヒットするに違いない。そして、「きららといえば中身のない日常系」というネガティブイメージを抜本的に改善していくだろう。
*****
これがどれくらい当たるのか。答え合わせは2021年1月19日から始まるだろう。まんがタイムきららMAXの発売日だ。その次の月の2月25日は『ぼっち・ざ・ろっく』の単行本3巻が発売される。その間に、重大なニュースがやって来るはずだ。
いずれにせよ、きらら編集部にとって『ぼっち・ざ・ろっく』はまんがタイムきららを変える大きな存在だということには間違いない。
実際、ごちうさ3期に放送されたきららMAXのCMで紹介された作品は、ごちうさときんモザとこの作品だけだった。新型コロナウイルスのせいかもしれないが、はっきり言って、きららMAXの未アニメ化作品は「『ぼっち・ざ・ろっく』以外は雑魚」という扱いなんだなと感じた。それだけ、『ぼっち・ざ・ろっく』の注目を集めるのに必死なのだろう。
私はきららの雑誌を読んでいて、日常系が減ってきていると感じていた。
きらら編集長のインタビューを読んで、きららから日常系が消えていくのは確実だと痛感した。
きらら編集部は『ひだまりスケッチ』や『けいおん!』がヒットしたときから、「きららといえば日常系」のイメージに危機感を持っていたのだ。
きららの編集長はインタビューで「多様性」という言葉を使っていたが、我々が持つきららに対するイメージに対して、作者も編集もプライドが許さないのも大きな理由の一つなのだろう。そりゃそうだよな。自分たちで一生懸命作って世に出した作品を、きららというだけで、萌え日常系と言うだけで「中身が無い」とか「低俗だ」とかと酷評されたら誰だって傷つく。そんなイメージを払拭したくなるのは当然の話だよね。
10年以上前から受けてきた屈辱を晴らそうと、長期に渡る試行錯誤の結果、『ぼっち・ざ・ろっく』という今後のきららにふさわしい作品が表れた。あとは、大ヒットを目指してアニメや宣伝に力を入れていけばいい。そして、『ぼっち・ざ・ろっく』に続く「中身のある作品」を出していけばいい。そうすれば、まんがタイムきららから「中身のない日常系」は駆逐されていくだろう。
だから、私は言いたい。
楽しいからではなくデイリー消化の義務感でやってることに気付いたため。
ひたすらデイリーやらウィークリーの為に全然面白くない戦闘を回させてくるシステム。
面白くなるように考えてねーでしょ?って言いたくなる。
その戦闘は横に6~7マスくらいのフィールドにキャラを3体置いて
「1マス進んで殴る」「その場で殴る」「殴ってから1マス退く」の3つの行動選ばせるだけ。
これど~~~したって面白くならないわ。
キャラの個性と言ったらタフさと射程(だいたい1だけど2や3のもいる。だいたい打たれ弱い。)だけ。
気力がたまると必殺技ボーンだけど気力の溜まる速さも何も考えずに適当設定したでしょって感じ。
ぎりぎりの攻防で気力がたまって必殺技で辛勝!なんてことは起きない。
戦闘があまりにも面白くないんだから戦闘用のコマを引くガチャだって面白くないわな。
ほんと艦これに似ている。
面白くない代わりに課金誘導もありませんて、それ嬉しくないんだよ。
ていうか艦これほどキャラや装備を強化する楽しみもないからある意味艦これ以下だわ。
悪いことばっかり言ったけど、キャラとかは悪くないと思うよ。
普通に会話してるパートも、戦闘中の必殺技のムービーも、良く出来てる。
特に個人的には中国組(チャイナじゃない方の中国)がみんな好き。
キャラはみんなデザインもいいし、それを上手く3Dにしてるし、声もみんないいんだ。
今は声優が本当に水準上がったのでこういうキャラがいっぱい出てくるゲームでも本当にみんなきちんと役作っていい芝居をする。
個人的には長門なつみとか鷲羽もえみとか宮園いろはとか立山うちかとかが好き。
でもこのキャラたちが3Dでお芝居するストーリーパートがだるくないかというとちょっとだるい。
主人公のしのやふうかやあせびのキャラとか良く出来てるし、コアである「キャラ」の部分は決して出来が悪いわけじゃないんだけど。
それ以外がとにかくダメで。
ていうか中国のソシャゲの面白いやつは本当にシステムが良く出来てる。
戦闘はちゃんと面白いし、ガチャも自然に課金したくなるし、ガチャで出るものは色んな活用法があって積み上げ感もあって楽しい。
サクラ革命もそうやって楽しく戦闘させてくれた楽しく課金させてくれてほしかった。
キャラがダメならすべてがダメだけど、キャラは悪くないんだよ。
なんでこうゲーム周りシステム周りがダメなんだろう日本のソシャゲは。
シャニマスもやってるんだけど、ノクチルのキャラが好きなだけでゲーム周りやシステム周りやガシャ周りは真性のクソだと思う。
中国の方が上手く出来てるならそれを見習って真似して頑張ろうよ。
なんでうわてのお手本があるのにそれの真似すらしようとしねーんだよ。
いい加減真面目にやってほしい。
てかあの大人気ソシャゲのFGOの戦闘やシステムはサクラ革命のそれをさらにヤバくした感じってマジ??
よくそれに金を払うなみんな…。
キャラ目当てっつっても限度があるだろ…。
サクラ革命叩いてる奴らって周りの雰囲気でしか評価できないクズだと認識した。低評価レビューなんか酷いもんだし、叩いて良い認定されたものは貶す日本人の最悪なところが出てると思うね。ハッキリ言って軽蔑する
逆にこっちも言わせてもらうけどこういうシチュエーションでお前みたいにやけにボルテージ高いくせに具体的な反論や自分の推しポイント一個も書けない奴は「書けよ」と促したって書けないで逃げるんだよ。
だってお前自身別にサクラ革命を好きじゃないんだもん。評価もしてない。反論もない。
違うってんなら具体的に言ってみな。
俺のちゃんとプレーした上での感想よりちゃんとした感想で反論してみろ。
まあ逃げるだろうけどな。
下手なだけだろ。例えば前衛にタゲ集中して気力獲得量上げるスキル使うとか、しのの攻撃上がる代わりに防御下がるのは弱体解除でデメリット消すとか工夫したのかよ。全キャラ使い込んでから戦略性語れよ
ちゃんと書けたじゃん。
それだけでお前のこと好きになったわ。
これぐらい煽ってやっても受けて立たずに逃げるチンカスばっかだからな。お前もそういう奴だろって言ったのは慎んで撤回する。
でもさ
君が言ってるのって
「サクラ革命は戦闘が難しすぎて詰むからクソゲー!」って言ってる奴には反論足り得るけど、俺はそういうこと言ってんじゃないんだよ。
戦闘が難しいんじゃなくて、つまんねえんだ。
ストーリーでつまるとこなんかないしさ。
スキルや札を組み合わせてシナジーを得ましょうって、妥当なアドバイスだけどどや顔するような斬新な提案じゃないだろ。
ただそんなことやるより属性合わせたり魔法少女入れてるだけであのボンクラな敵キャラには楽に勝てるしさ。
あと描いてて思い出したけどそもそも戦闘のテンポもわりーよかなり。
これも中国か韓国のやつだけど、ブラウンダストの方が戦闘よっぽど面白いしテンポもいいぞ。
芸も見た目も中身もドンピシャな人と30年ちょっと出会わず、しかもここ数年は家にテレビもない状態で平気で生きてきた
でも初めて、ついに、心から「好きだ……」と思える芸能人の手がける音楽と出合ったのは1年前のこと
日常でずっと音楽を聴いていたところ、アルバム発売をきっかけにSNSを追いかけ始めたらまんまとベタ惚れするに至る
今日はついにライブに行ってきて、終了直後に鼻息荒く(萌え語りを聞くのを趣味とする、稀少な)友人に語りまくって帰ってきた
ライブは長い長いMCから始まった アー写のポーズをとっておどけるKanさんからは高揚感が伝わってきた
Kanさんは前衛的な作曲スタイルやクールな外見、何かが乗り移ったかのようなパワフルな演奏から考えつかないくらい中身が「普通の37歳男子」(あえて「男子」と呼びたい)なところが人の心を掴むんだと思う
直前までの不安、ライブができる喜び、オーディエンスの表情が見える喜び、インスタでファンと交流した時の笑い話を「早く直接伝えたかったんだよ」という気持ちとともに話してくれた
そしてflavorから始まる本編 弾けるようにキーボードを叩く姿にただただ体を揺らすしかできなかった
Ash Blownのアレンジはかっこ良すぎたし、On My Way Homeは黄昏時の街並みが強く頭に浮かぶピアノで渋谷から幽体離脱した気持ちになった
私がKanさんを好きになるきっかけになったSit At The Pianoは私の居るエリア前に置かれたキーボードでとても楽しそうに演奏してた 人間が極限まで楽しんでいる姿はハッとするほど美しいということを知った そしてミキシングやサンプリングを一切行わない素の旋律の美しさは心に強く響いて息を呑んだし、感動で涙が滲んだ
そして、アルバムで一番好きなShe's Goneは独唱から始まった
フィジカルのものを手にしていないので歌詞の記憶にあやふやなところがあるわけだけど、今日は歌にあまりエフェクトがかかってなかったから歌詞がとてもはっきり聞こえて、泣いてしまった 私が思っていた以上に切ない歌詞だったのだ
こんなに軽やかなアップチューンに山崎まさよしばりの未練がましい歌詞を乗せちゃうKanさんの感性には敬服してしまう
どんなに辛くても、体を揺らして音楽に身を任せればいつのまに気持ちは上がってる……のかもしれない
そんなポジティブな気持ちを勝手に受け取って、そして楽しそうに演奏するKanさんを見て、また少し泣いてしまった
ときに森川さんと担当楽器を交換し、ときに颯さんのドラムに乱入し、かと思えば真っ赤なトランペットを吹いて、いい感じに好き勝手やってるKanさんは無邪気で尊い
無邪気に超絶技巧を披露するってそうそうできることではないと思うんだけど、やってのけるのがKanさんのすごいところなんだと思う
努力の結晶、無邪気さ、クールさ、荒々しさ、全部が同居していて、それを惜しげもなく表現できる人はとっても稀有だ
内面にどんなにすごいものを持ち合わせていても、ある程度表に出さないと人には判別できないことがほとんどだ
世の中のディスコミュニケーションは「情報量不足」がほとんどの原因だと思うんだけど、Kanさんはライブという限られた場所で全部出し切ってしまう 自分の内面と常日頃向き合い、丁寧にアウトプットしているからできることなんだろう
表現に向き合うことはイコール自分と向き合うことであって、常に向き合い、問いを重ねる心の強さがある人がすごいパフォーマンスに到達できる
あの無邪気なステージにKanさんのすごいところをたくさん見た気がする
幼いころ、何かのイベントでフェイスペインティングをやる機会があったのだけれども、当時の僕は顔に何かが付着するのが不快に思われて、断った記憶がある。
それ以来、身体に何かを塗ったことはない。皮膚科の薬くらいか。女性の場合、ファウンデーションを使うので、フェイスペインティングは男性よりも抵抗が少ないと思われるのだがどうだろう?
それはともかく、同様の理屈でボディペインティングはやったことがない。とはいえ、ドラえもんの学習漫画で、水着を忘れたのび太が絵の具を塗ってごまかそうとするが、前だけを塗って尻を塗り忘れて恥をかく場面があり、それが自分の野外露出・CFNM願望とマッチしていたのを思い出す。気づいたしずちゃんが顔を覆って赤面しているのも高ポイント。
実際に水着やショートパンツを描いて野外を全裸で徘徊する女性の動画は、各種動画サイトで閲覧可能だ。
人々が顔や身体を様々な色彩で飾ってきた歴史は長く、世界中で見られる。ブラックベリーやサフラン、粘土や木炭などで様々な色合いが用いられてきた。つまり、赤、黄色、青、黒、茶色などが利用できたわけである。
欧米では、顔や腕を塗ることが多かったし、今でも大道芸人やピエロなどもそうだ。全身をカンバスとして用いるのがメインストリームの芸術やファッションに導入されたのは、1933年のシカゴの万国博覧会でだった。Max Factorがバーレスクの大女優Sally Randを映画のためのモデルにしたが、裸を公衆の面前に出すのは同時としては当然挑発的に過ぎたし、社会的通念からは外れていた。そして、全裸のアートは人気にならなかった。
これが60年代から70年代のヒッピー文化の時代になってくるともう少し人気が出てくる。花やピースサイン、その他サイケデリックな模様を、大義を信奉していることを表現するために描いた。今でも海外のヌーディストたちがワークショップか何かで全身にそうした絵を塗っているのを確認できる。くすぐったそうである。この時代もまだ、カウンターカルチャー的なもので、主流ではない。
革新的であったのが1992年、Vanity Fair誌をDemi Mooreが飾った時だ。彼女は全くの裸であり、芸術的でかつタイトなスーツを着ているようにみえるペイントをしていたのである。今までこうしたものがメインストリームの前面に現れたことはなかった。
一応、乳首が見えているので、直接のリンクは張らない。Demi’s Birthday Suitで検索してほしい。
身体に名画を直接描いたり、人体の形を活かして生き物の姿を描いたりする。全裸も多いのでリンクが晴れなくて申し訳ない。中には会田誠の作品のように、セクシーさというよりはシュールさで有名なものがある。漫画のすごい顔の絵を描いていて、おっぱいに目がある。たぶん現代美術好きな人だったら見たことあると思うのだけれど、ものによっては普通に割れ目までも見ているのでリンクしない。女性器は猥褻だとは思わないが、残念ながら規約違反になってしまうおそれがあり、ブルマーの記事まで削除されてはたまらない。
例えば「アバター」なんかの映画で用いられるメイクアップで用いられる。他にも、Playboy誌が時折ボディペイントを使うことがある。2005 年のカレンダーでは皆がビキニを着る中で、Karen McDougalやHiromi Oshimaはボディペイントだった。そのほか様々な広告でも用いられる。
フットボールの試合、レイヴパーティー、その他の祭りなのでボディペインティングが行われる。また、国際的なボディペインティングのフェスティバルもあるようだ。World Bodypainting Festival(1997年より開催、50か国以上より3万人が参加)など。
Fantasy Festなるフロリダのストリートパーティでも用いられるようだ。おそらく、全裸・半裸になりたいけれどもファッションは楽しみたい、という需要にボディペインティングは応えている。
PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)が動物の模様を身にまとって抗議することがある。また、全身を様々な色で塗っている写真も英語版のウィキペディアで確認できた。
いい機会なのでPETAについての記事を斜め読みしたのだが、増田ではよく叩かれているとはいえ、捨てられたペットの保護や、ヒツジの臀部から皮を剥ぎ取るミュールシングの代替手段の模索に向けての活動については知らなかった。もっとも、セクシーな抗議がフェミニストの怒りを買っていたり、殺人・虐殺の犠牲者と屠畜された動物を同列に並べて猛反発を受けていたりしてもいるようだ。
一番安全。すぐに落ちてしまう恐れがあるが毒性がなく、アレルギーもほとんど引き起こさない。加えて、石鹸と水ですぐに落とすことができる。手入れが必要で長続きしないが、皮膚の敏感なひとや妊娠中の女性に適している。
汗や水に強いのが特徴なので、夏の音楽フェスやパフォーマンスに適している。落とすときには専用のリムーバーを使うか、アルコールで拭く必要がある。ただし、少し時間がかかる。
ラテックスや油性の画材は全身を塗るのに適しており、目を引く視覚的効果を上げられるし、芸術的な目的にも使われる。取扱説明書を事前にしっかり読む必要があり、塗る前に全身の毛をとり除くひつようがある。毛が残っていると脱毛ワックス的になって痛いためだ。
多くの化粧品に含まれているのと同じもので、前衛的な外観を作りやすく、長続きするが、割れたり摩耗したりしやすい。利点としてはアルコール系と同じように汗や水に強いことが挙げられる。しかし、完全に乾燥することがないので、仕上げのスプレーやパウダーで駄目になるのを防がないといけない。
アジアやアフリカの熱帯地域の植物から採れる色素で染める。髪を染めたり、ボディペインティングの材料にしたりするだけでなく、繊維を染めるのにも用いられる。落とせるタトゥーとしても使われる。
Brown hennaは基本的には天然素材で毒性はないが、black hennaは金属が含まれており、長期にわたって使われると皮膚を害する恐れがある。
多くの人がボディペインティングのときに実際に何を着ていくか迷うらしい。特に野外で行うときには最低限、皮膚の色に近い紐パンや、ペイスティース(乳首の前貼り)だけを身にまとうことがある。トイレに行くときにはローブが必要であり、加えてペインティングスタジオは寒いことがあるとのこと。
WNBR(ワールド・ネイキッド・バイク・ライド)なんかだと普通に全裸に人もいるし、そういうイベントでだったら全裸も普通にOKだろう。
今回は、野外露出目的ではないボディペインティングについて調査した。今後は、ヘナタトゥーなどについてももう少し情報を得たい。
また、ヌーディズムそのものの歴史、ストリーキング、ムーニング(尻を見せる行為)などについて調査予定である。すなわち、身体が自然と触れ合う喜び、抗議・無防備さの象徴としての全裸、宗教的な全裸、それから、祝祭としての全裸についても調査したい。
Significance and Origin of Body Painting - Lynn Schockmel Body Art
History of Body Painting - Facts and Types of Body Painting
History of Body Painting - Ancient Body Paint Art
好き寄りだった人のこと今は嫌い寄りになった
その理由は音楽好きを公言しているにもかかわらず、youtubeやニコ動で音楽を聴いているところ…。
真っ当なサービスだとパソコンが重くなるってどんだけ低スペなパソコン使ってんだ!?そんで音楽好きなのに製作者にお金が行かないのは納得できるんだ!?って二回びっくり。
信者がいーっぱいいるから、音楽をyoutubeで聴いちゃダメなの?という内容をツイートしても擁護擁護の嵐でさらにビックリ。
ノーミュージックノーライフくらいのことは常々言っている人だし似たような指摘は6、7年ほど前に出ているうえもういい大人なのに。
自分は音楽好きというほど熱心に聴く方ではないけど、普通に大人だし無知な中高生でもないのでサブスクで音楽聴き漁ってるよ。
youtubeで音楽聴くっていう選択肢は中学の時に消滅したよ。
それで学んだ。
①変に信者がつくと自分が間違ってることにいつまでも気づかない、もしくは認められない痛いオバさん、オジサンになる。
以上2点がでかい。
終わり?
自分が23になった時にあの時23のあの人は大人に見えたけどただの痛い人だったことに気付ける自分はまだまともだと思うことができる。
そして数字だけが大きくなって中身がない団体として存在している。
突出している点がなくともそこそこ中途半端に手を出してやってれば何もかも絶賛する層はいる。
何の才能もない人を崇め奉って賞賛するのもはや新手のいじめかな?w
変人アピールが激しい人ほど普通の人っていうあるあるパターンを30年以上生きても素でやってるんだなあと思うと何とも言えない気持ちになる。
自分が考えるぶっ飛んだ人像の想像力が貧相で、ぶっ飛べてないよーって教えてあげたい。
子供を生まないことや裸に近い画像を上げることは別にぶっ飛んでないし、なんなら筋トレ垢でほぼ裸、ヨレヨレの下着でリアル知り合い見てる中キメキメの自撮りしてる人の方がよっぽどぶっ飛んでる!
ねほはほの不妊治療からの養子もらってカーペットの上でおしっこされても三ヶ月耐えた人の前でも子供を生まないことがマイノリティ!あたしすげー変わってる!って言えるんだろうか?
ルッキズムにも支配されてる人だし自分が思ってるより自分は前衛的でもなんでもないことに早く気づいて。気付かない方が幸せかな?
なかなかイイ大学のウンチ学部に滑り込み、それなりに学部横断的に人が集まるサークルに入ったんですよ
周りの人はみんな賢くてさ、話しててスゲーなあと思わされることも多々あったわけだ いろいろ考えてるなあ!ってさ
俺はわりとノンポリというかなにも考えんと生きてるし、高校までは偏差値50前後のところにいたから、政治の話なんてされたらそりゃ尊敬ですよ
ほんで卒業後、その尊敬できる友達のうちの2人がみごとに右翼と左翼に分かれた まあTwitter観測してるだけなんだけども、どっちもすげー典型的な感じで面白いんだよなあ
黒瀬深とかをファボり萌えアニメなんかも好む感じの右翼サイドと、津田大介とかをファボりつつヴィーガン生活にシフトしていく感じの左翼サイド
どっちも俺としては行きすぎ判定を下したいあたりにいる人の言説を好んで読んでるっぽくて、見ててちょっと怖い
その2人はわりと仲が良くて、2人きりじゃないにせよ旅行に行ったりもしてた仲なんだよな
同じ大学に通い、同じサークルを選び、合宿では同じ釜の飯を食った仲間なわけですよ
それが社会に出たらどっちも特定の側に身を置き、前衛には出ないにしろ思想戦争に参加している
ファイアーエムブレム風花雪月なんだよな
頑張って2人が会うような会をセッティングしようかな
戦闘会話が見られるかもしれない
いや見たくねえなあ
@kitamaru
私、無双大好きなんだけど、無双シリーズに出てくる女性キャラがほんとに我慢ならないんだよな……
男性キャラはおっさん~少年、ヤセからデブまで色々取り揃えてるのに、
中でも小喬というキャラは、回を重ねるごとに醜悪なキャラになっていく気がしてならない。
少女の見た目で、無知、未熟を丸出しにしたキャラクターで、周瑜の妻なんだよ……
無双では呉陣営が好きなので(呂蒙先生のキャラが好きなのね)使いたいんだけど、絶対小喬出てくるから嫌になる……
周瑜まで気持ち悪く見えてくるからホントやめてほしいんだよね。
男性キャラはかなりの割合でほぼ全身を覆った衣装であるにも関わらず、女性キャラは肌を露出している割合が高い。
男性であるクラウドは同じ前衛で戦うのに腹のところをがっちりガードしているのに、ティファは腹丸出し。
そこに疑問を感じない人が作った時代でもあったし、それを踏襲したリメイクなのは理解しているが、そこのマイナーチェンジくらいはできたんじゃないか?と思う次第。
そんなことしたら「オレたちのティファは腹を出していなければ」という苦情が来るのだろうけど、
じゃあ、クラウドも腹を出しててくれよ。
腹を出してる理屈を構築して、すべての戦闘キャラは腹を出すスタイルにして欲しいんだよね。
「オレたち(男)は男の腹なんか見たくない!」って言うのなら
「オレたち(女)は女の腹なんか見たくない!」という理屈も成立するし、
「異性(同性でもいいが)の美しく割れた腹筋を見たい」という欲はどちらの性がもっていてもいいじゃんねー。
sora tob sakanaのラストアルバムが発売された。
透明に近かった青が徐々に色を深め、夏の夜、宇宙に溶けた。
アイマスは好きだけど、リアルアイドルを好きになることはなかった。今も、なんならアイドルとしてのオサカナちゃんに興味はない。
友人からハイスイノナサを勧められ気に入ったのは良いものの、その頃既に活動していなかった。それでメンバーの現在を調べるうちに、照井氏の手掛けるsora tob sakanaを知った。
そんな第一印象だった。
音痴というより、歌と曲のバランスが良くないと感じた。彼女たちは良くも悪くもクラス平均よりやや上程度の歌唱力。そこに身近さを感じさせるのが狙いなのか。自分の好みとしては、もっと上手い人に歌ってほしいと思った。
とはいえ曲はほんとに良いので、広告の街とか、まぶしいとか、素晴らしかったので繰り返し聴いた。
その後、cocoonを聴いて、全楽曲に打ちのめされているうちに、自分の中でsora tob sakanaを理解できた。
あくまでも個人の納得だけど、つまりどこにでもいる女の子に前衛的な音楽を武装させたのがsora tob sakanaであり、そこが実にオタク的で魅力的だ。女の子にバカでかい斧とかロケランとか持たせて、その上わりと頻繁に儚げな物語を付随させるのがsora tob sakanaである。
やるな照井、と思いつつ、だからsora tob sakanaには彼女たちの秀でていない歌が必要なんだと思った。
ラストアルバムは新曲2曲以外は既存曲の再録版だ。でも僅かなアレンジと、彼女たちの微細な変化(進化)がこの上なく深い青を描いている。
終わるのは仕方ないし、終わることで完成される作品のようなグループだった。
個々の能力が限りなく高く、現在環境のブキというよりは基本的には各々得意なブキを持つスタープレイヤー編成。
スプラプレイヤー前衛全一のれんたなを有するチームだが、リーダーが過去ダイナモン煽りコラ画像を錬成したり不穏要素もある。
anotherは元々5人以上の多人数チームで、その中から最強の4人を編成。
オンラインは予選の予選(ガチエリア)があるが、それを圧倒的パワーで一位突破、のちオンライン予選も突破。普通に優勝候補。
スプラトゥーンには「界隈」と呼ばれる小規模なグループが様々なところに点在している。
その中から「ナワバリが限りなく上手い」と呼ばれる「タピオカ界隈」と呼ばれる界隈がある。それがこのチーム。
メンバーのほーく、でぃめんたーは双子でビジュアルや立ち位置的にもおいしい。当たり前だけどガチマも普通にうまい、大会実績も普通にたくさんある。
めっちゃくちゃ灰汁の強いチーム。
太鼓の達人ガチ勢のひいらぎがいる。オクラとりうくんは背が小さいけどスプラ上手い。
りうくんはぱいなぽーに「お前あの女リスナーと○○した話言っちゃっていいの?」って脅されている。
メンタリティしのはらは空気扱いされがちだけど、頑張ってるし偉い。
連勝してるとめちゃくちゃ空気よくなる半面、負けたら通常の三倍空気悪くなりがち。人気〇。
れんたなのところにけいとぅーんが収まって、チームとして丸くなったし、戦略も広がった。
プレミアリーグであったキャンプ対策にあまり使われてないバケツ無印持ってみるとか、そういう柔軟さがある。
プロチームらしく月の目標決めて報告会やったりとシンプルに好感持てる。ミリンケーキは頑張ってるけど空回りしてるときある。メンバーの仲がいい。あそび大全配信が楽しそう。
メキシコジャパン始め数々の優勝候補を倒して出てきた今大会ダークホース。
全てが謎。優勝インタビューみるとわかるけど、めちゃくちゃ雰囲気がよさそう。
パブロのちゃちゃとバケツのばるかんはプロ、こん♪はマヨケチャフェス(ラストフェス)でマヨ一傑のナワバリスタープレイヤー。
ついルオカ団長の話に終始しがちだけど、他三人のナワバリ練度がかなり高い。ゆうて普通に強い。
エントリーの都合上、基本的にどこの地区にだれでも出られるため、参加するとなると遠征などしたりして参加する中、3人が北海道出身の道産子チーム。
昨年の北海道予選も四神乱舞が制覇しているため、北海道2連覇。北海道予選の門番。
メンバーが持ち武器を外してナワバリに向いたブキを使う中、唯一持ちブキの洗濯機を持ったらすくが予選優勝後に仲間への感謝で感極まるシーンは見てるこっちまで泣いてしまう。
チームとしての実績ありのプロチームLibarent Calamari(現在は吉本)を倒して出てきた。
メインブキがチャージャー入りの編成はこのチームが初。
カントリはなまやけに1100円借金してるらしいし、もめんは笑顔がすてき。まーくんも太鼓勢。
現在最高の実績を持つチーム。甲子園2連覇、E3も2連覇など枚挙に暇がない。
れんぞーんは背が高い社会人。
何が面白いって、先述のオンライン甲子園予選会(ガチエリア)があった際、上位8チームがオンライン予選の本選に進めるって構造の中、上位8チームに入ったのに寝落ちでそれを欠場したメンバーがいる。
のち関東予選を優勝したものの、優勝インタビュー開幕土下座謝罪を決行。観客は謝られても?って感じでぽかん。UUUMのはんじょう有するチーム「ローラーにお願い」を倒して出てきた。Nうらはナワバリバトルで全く見ない唯一のホットブラスター使い。笑顔がすてき。
・予選前々日に突然ツイッターもラインも消したましゅー(ともぞう)が当日復活したと思ったら、全身ハックギアで公式大会に登場。のち開幕ムツゴ賽銭箱前でお参り記念写真決めるプレイを披露。唯一のクアッドホッパーを持ち出し大活躍。
・2020年スプラ界隈流行語大賞受賞確約の「お前は悪魔だ」を生み出したターボーが一日限定で復活。敗退後アカウント消去で失踪。
・キレ芸で有名のぱいなぽ~有する俺らしか勝たんのチームの空気が良くて見てて面白かった。固定組んでほしい。押せる。
所感終わり
半沢直樹おもしれーーーー!!と思って検索したら女性の社会進出から出遅れている時代錯誤なドラマと叩かれていた。
10年前、高圧的な上司に抗う一社員の姿が多くの社会人を興奮させた。半沢直樹は社会人にとってのアンパンマンの様な存在となり自然と応援してしまった人も多かったと思われる。
女性の社会進出、女性軽視、インターネットで見ると一番うんざりするワードだ。勿論現実社会では新しい価値観にアップデートしていくことが必要であるし実際に取り組みされていない会社への信頼度は最底辺である。しかしフィクション、ましてや半沢直樹にそれが必要か?という話なのだ。
半沢直樹はまともじゃない上司と、前時代的な考え方と、旧時代の価値観だから面白いのだ。手柄を横取りしない協力的な上司と、新時代を彷彿とさせる前衛的な社会で、最新までアップデートされた価値観の半沢直樹なんて大したトラブルは起きないしつまらない。古臭いからこそ理不尽な悪が成立するのだ。むしろ女性が役員として活躍している立派な会社でこんな馬鹿みたいに価値観の狂った事件が起きているフィクションの方が女性への侮蔑じゃないのか。
各話のタイトルが跳んでるので前衛っぽい調子で攻めてくるのかと思ったら、案外と丁寧に普通の展開をやってくる。
巻末に関係性を丹念に描きたいという作者コメント。うんまあ、そうでしたね。
でもTwitterで大絶賛!
みたいな熱量は感じなかったので、やっぱバズって基本ろくなもんじゃねえなと思う。
近くて遠い距離感はそれほど珍しくなくて、珍しいのは押しの強い不思議ちゃんヒロインかな。
手品先輩とかわかりやすいやつじゃなく、強いけどボケてる、ボケてるけどおっとりじゃないとか、おっとりじゃないけど激しいリアクションがあるわけじゃないというか。
そこの着眼点はやっぱりいいんだけど、この女子像が飽きられちゃったら何かが残る感じはないのも確か。
どうしても流行りもんかなこれ。長期目線で育つメディアが淘汰されていってて悲しいよ。
(決して悪い作品じゃないです)
90年代末に北海道江別市大麻(おおあさ)には、おそらく北海道初のヴィレッジヴァンガードがあった。個人経営の書店やヨーカドーに入っているあるような書店では全く見かけない本があり、珍しい喫煙具やアクセサリー、雑貨とにかく色々詰め込まれていた。悪趣味ブームの頃と一致していたのでドラッグ本や危ない○号みたいなのもあったし、普通にジャンプなどのメジャーなマンガからアックスのようなマイナーマンガまで取り揃えられていた。その隣には洋書と思われる画集や写真集、ビートニクス関連の書籍、前衛的な現代海外文学なんかも取り揃えられていた。クソ田舎出身で大学入りたてだった俺は「世の中にはいろんな文化があるもんですなあ」と感心したし、かなり惹きつけられた。まあ、それら商品の1%未満くらいしか手にしてなかったけど。難しかったから。
togetterで話題になってた取扱商品の変遷については「まあ、イオンモールに出すならあんまり過激なものは陳列できないよねー」という凡百の意見しか持たない。しかし違和感があったのは「狭い」という印象を多くの人が持っているらしいこと。
江別市にあったヴィレッジヴァンガードはとにかく広い。商品数は多いと思うが、陳列棚の間隔は人が楽にすれ違える程度は確実に確保していたはず。しかも立地のためか客がそれほどおらず、とくに不快さを感じることなく買い物やら立ち読みが可能だった(近所に大学があったので、そこの学生をターゲットにしたかったのかもしれないが)。
なので、ヴィレヴァンを「サブカルドンキ」と称するのよくわからんのだよね。最初に触れた店の印象が強いから。後々にできた札幌駅ビルの店舗はとても狭くて「なんじゃこりゃ」とは思ったけど。