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はてなキーワード: 第一次大戦とは

2022-09-15

anond:20220914171315

Kadokawa第一次大戦ときは米問屋

投機もあって米が高騰して、全国で米騒動が起きたぐらい儲かった

安倍と同じでマクロ経済信仰してそう

2022-08-16

anond:20220815211829

語り継ぎね。

第一次世界大戦反省からきた、第二次大戦以降のとりくみやね。

 

第一次大戦マシンガンやら航空機実践投入のせいで、ヨーロッパにおいてそれはもうすごい死人がでたから、これはもう戦争とかやめようって空気になった。これだけの空気になったらもう戦争はおこらんやろ、と皆おもってた。国連前身みたいなやつもできたし。

ところが第二次大戦だよ。沢山死んだし戦争やだ~~~って思ってたジジババが死んで居なくなったら、空気も消え去っちゃて、案の定普通にまた戦争しちゃったというわけ。

 

それを防ぎたい、という試みが語り継ぎ運動やね。

ちゃんちゃんに口をつぐませてたら、戦争いやだ~~って空気が伝わらない。

そういう話を積極的にしてもらおうという訳だ。

元増田は無理やりやらせたとか言うけど、戦争しないためだったらジジババも協力したよ。だって戦争嫌だったから。

 

今、こうしてまた第二次大戦のジジババが死んでいなくなる時代を迎えてみると、まあ効果はなくはなかった、でも十分とはとても言えないというところか。

ビートルズイマジン代表的だけど、20世紀リベラルたちには「戦争戦争好きな戦争をしたい人たちが起こすもの」という前提があったんだよね。でもどうやらそうじゃなかったと思う。大多数が戦争をしたかろうがしなかろうが、起こるものは起こる。

2022-07-06

anond:20220706062546

なんというか、「ジェンダー」なるもの一方的男性優位女性劣位を結果する不均衡と見るのが、そもそも間違ってると思うんですよね。

まあ男性に多くの権限が偏っているとは思うが、それだけではない。

あるところでは極めて男性に沢山のものが負わされるという、単純な不均衡というには歪に入り組んだ不均衡(結果としては均衡してるかも?)なんだよね。

そもそも近代ジェンダーなるもの人権発明と同時にグージュあたりが突っ込むところから始まったとすれば、まさに同じタイミング徴兵制が始まり第一次大戦男性兵士大量死したこと女性社会進出が始まるのだから

2022-06-02

anond:20220528111700

欧米ナチスをことさら悪に描くのは、欧米の悪を隠すのに都合がいいからだよ


そもそも論だけど第一次大戦前のドイツは、あの時代にしては欧州の中ではましな国だったわけ

世界中植民地しまくってたのはイギリスとかフランスとかでドイツ大航海(植民地)時代に乗り遅れた組なんだよね

それでいろいろあっての第二次大戦後ですよ

価値観がひっくり返った

帝国主義は悪いとか言い出した(もちろんそんなのは戦前にもあったんだけどね)

でもそうなると連合国も悪いですよねという話になってしま

からそういう時、連合国が利用したのがナチスなんだよね

あいつらを倒した俺らはマシだよねっていう逃げをしたのよ

問題を相対化して自分たち正当性を確保する、ナチス批判することで自国への批判ごまかそうってなるわけよ

アメリカ原爆は悪の日本を倒すためにしたこと正義だって逃げるようにね


世界で散々なことやったのってドイツというよりはイギリスですよねみたいなツッコみは勉強してれば当然出てくるよね

ベルギーアフリカ植民地政策やばいとか、いくらでもいえるんだけど結局それらをぜんぶドイツにぶつけて逃げてたのが戦後欧米なんだよ

最近イギリスでは大学植民地支配の象徴であるイギリス女王肖像画を飾るなとかでもめたり、ナチスドイツ以外の欧米への姿勢批判されるようになったのは最近だよね

70年前に枢軸国にさせてたことを、連合国が今頃になって謝罪してるわけ


そんなナチスウォッシングを今盛んにやってるのがロシアなんだよね

ウクライナの非ナチ化を~とかいって戦争吹っ掛けたのがロシア

ナチスって自分たちの悪を正当化するアイコンとして便利なんだよ

サッカーモンキーパフォーマンスした韓国人選手いたじゃん

あいつなんかもまさにナチスじゃないけど旭日旗言い訳にして逃げたよなw

そういう自分の悪をごまかすツールなんだよ

2022-05-30

anond:20220530222933

歴史だよ歴史

成り立ちも積み重ねも違う

アメリカ2大政党制は南北戦争レコンストラクション第一次大戦大恐慌第二次大戦冷戦公民権運動国家を二分するような論争を150年も経て培われたけど日本歴史が浅い

そもそも民主主義自体自分で望んで導入したわけでもない戦後アメリカに着せられただけだ

アメリカだって共産党なんかの左派政権取ってソ連に接近するのを嫌がったから、55年体制自民党仮想一党独裁体制が作られた

それが今も続いてるわけだ

2022-05-02

チェルニウツィー

この地はオーストリア領地だった時代ドイツ語でチェルノヴィッツと呼ばれ

第一次大戦後にルーマニア併合された後はルーマニア語でチェルナウツィになり

第二次大戦のドサクサソ連併合された後はロシア語でチェルノフツィーになり

現在ウクライナ語でチェルニウツィーと呼びましょう、ですか?

2022-04-01

>かつては新聞紙上でも戦前は溢れんばかりに決闘報道が行われており、イギリスの『タイムズ』紙は1831年から1895年8月までに805の決闘報道している。が第一次大戦は大量殺戮戦となり、決闘文化は衰退し、戦後は死者が出たり、よほど特殊決闘でない限りほとんど報道されなくなっている

決闘19世紀後半以降は大半の国で禁止されている

 

ウィル・スミス事件は平手打ちだったが、メディアのはやし立ては変わっておらず、現代決闘は同情票の多少で勝敗を決めるがごとくだ

しかダニエル・デフォーウォルターリップマン存在組織的言論操作可能であることを示しているし、イギリスのタヴィストック人間関係研究所ロックフェラー系)などの関与も考えられなくはない

さておきクリス・ロック擁護すれば差別ジョーク助長されかねないが、あのジョーク差別解消という公共の福祉に反する罪にあたるだろうか

一方「将来起こりうる危険リスク判断」は行政議会研究所役割で、司法は「具体的な被害実態」や数字がなければリスク判断をしない

昔は「カトリック神父」が倫理を説いて被害リスクを低減しようとしていた(ただ性的虐待農地独占などの腐敗はあったらしい)

ユダヤプロテスタント」が復権聖書原理主義になってから善悪判断法律に基づき法曹が行うようになったものの、魔女裁判や四番崩れが発生した(ポピュリズム行政司法

法曹官吏はたいがい法律成立過程にも関わっていようもの

 

さて日本国憲法などは官吏裁判官地位を相当に保護しているが、それが正しいだろうか

また、司法権という武器を持つ法曹は、法律を作る議員になれる「文民であると言えるだろうか

四番崩れを合憲化しうる、独立憲法裁判所をもたない司法制度は正しいだろうか

 

主権たる人民合意形成過程操作するため、騒動を引いて見る人(斜めではない)

2022-03-01

経済破綻すれば戦費をまかなえなくなって戦争が終わるという幻想総力戦時代がやってくるまでは多くの学者政治家軍人もそう思っていたので、現代でも普通の人がそう考えてしまうのはあまり責められない。

近代戦ではあまりに高価な兵器や膨大な弾薬が消費されるので、どのような大国でも1年もすれば戦費負担に耐えられなくなる。これから戦争は極めて短期間で決着がつくだろう」のちに「短期幻想」(Short War Illusion)と呼ばれる思い込み19世紀末~20世紀初めに欧州では広く信じられていた。


現実には、国家がその意思を示せば経済のすべてを統制下に置き、ほぼ無制限資金調達して戦争継続することが可能だった。第一次大戦で最終的にドイツ国民生活破綻して降伏に追い込まれたが、それは金融財政面ではなく、食糧など生活必需品自体が欠乏するに至ったか

anond:20220301113740

やはり日本第一次大戦フランス役割なんですよ

まり日本国土は荒廃し、二度と国力を回復することはない

2022-02-28

anond:20220227203228

第一次大戦だかで、男性がごっそり戦場に行ってしまたか社会を回すのに人手が足りなくなって、女性の人手が必要になり、結果女性地位が上がったという話があった気がする。

フェミニスト目的女性地位の向上なら、地位上がるから特段問題にならない気がする。

男女平等という意味だと問題だけど。

ただ健康若い男女で部隊作ると別の問題もありそうだよな。

米国潜水艦セクハラ問題で揉めてたよね。結果艦長責任を問われて解任されたりと。

なら女性だけの部隊作るか?ってのも難しそうだ。

まあ、こんな面倒なことを考えるより、一番いいのは戦わない(戦わずにすむ)ことなんだろうけど。

2022-02-22

1分でわかるウクライナ歴史

16世紀ポーランドなんや荒野に『コサック』っていう連中が住み着いてオスマン帝国を襲撃して略奪しとるわ…怖…」

ポーランド自治を認めたるからワイらのためにオスマン帝国と戦ってくれや」

コサック「やったりますわ」

1648年:フメリニツキーポーランド貴族どもが横暴やからコサックのみんなを集めて独立するで!」

→「ヘーチマン国家誕生現在ウクライナ中部あたり)

1654年:フメリニツキー同盟しとったクリミア国に裏切られたから、ポーランドに対抗するにはロシア保護下に入るしか無いわ…」

ロシア共通先祖から分かれた兄弟がまた元通りひとつになれたんやね(にっこり)」

ロシアウクライナ共通の源流にキエフ大公国があり、ロシア的には「生き別れの弟が兄を慕ってやってきた」みたいに受け取ったらしい

1656年:フメリニツキースウェーデンに対抗するためにポーランドロシア同盟結んだんやて! ほならスウェーデン同盟してまた独立や!」

1657年:フメリニツキー「と思ったけどワイはこれまでや…ほな…」→死去

1667年:ヘーチマン国家「フメリニツキーが死んだら内戦続き、結局はポーランドロシアに分割されてしまったやないけ…こらあかんわ…」

→以降、ポーランド側は「右岸ウクライナ」、ロシア側は「左岸ウクライナ」として統治され、徐々に自治権を奪われて滅亡。

1783年ロシア帝国「ワイら上り調子で『ロシア帝国』名乗らせてもらってます。そんでオスマン帝国に勝ってクリミア半島も併合したったで!」

オスマン帝国支配下にあったクリミア・ハン国がロシア帝国に併合される

1793年ロシア帝国「かつての強国・ポーランドも虫の息や。戦争に勝って右岸ウクライナをもろたで!」

1853年ロシア帝国「オスマン帝国戦争してたら何故かイギリスフランスとも戦うはめになってしまったで!」

クリミア戦争開始

ロシア帝国「クリミア戦争ほとんど負けやった…ワイらは遅れとるわ…」

19世紀ウクライナ「周りの国は民族主義とか国民国家とか盛り上がっとるみたいやで…ワイらもそろそろ『コサック国家』の復活を目指すべきちゃうか?」

1917年ロシア帝国「第一次大戦では敗色濃厚…何もかもうまくいかんまま共産主義者どもにやられてもうたわ…ほな…」

二月革命十月革命帝政ロシア終了→ソビエトロシア樹立

1918年ウクライナ「うおおおお!!! これを機にワイらは独立するで!!!

ソビエトロシア「許しまへんでー」

ソビエトロシア勝利ウクライナ傀儡国家

1922年ソビエトロシアソビエト連邦っちゅうのをつくるんでウクライナくんも参加してくれや」

1932年ウクライナ「作った小麦がぜんぶロシアに奪われて飢饉ヤバいねんけんど…」

→「ホロドモール」と呼ばれる飢饉で数百万人が死亡

1941年ウクライナ「ワイらの国が戦場になって国民が死にまくっとんのやけど…」

独ソ戦で1000万人前後が死亡

1986年ウクライナ「ワイらの国に建設された原子力発電所が爆発したんやけど…」

チェルノブイリ原子力発電所事故

1991年ウクライナソ連崩壊した! ついにワイらが独立するときが来たんや!」

ウクライナ独立

2004年ウクライナ独立したとはいえ未だロシアの影響は大きい…EUに加入すべきやないか?」

ウクライナ大統領「でもワイは親ロシア派やねん!」

ウクライナ不正選挙やろ!」

親ロシア派当選した大統領選への抗議運動が盛り上がり再選挙で親EU派が当選オレンジ革命

2010年ウクライナ「あれからEU派は内部抗争でグダグダしとるで…今回の大統領選はどうなるんや…」

大統領選で親ロシア派当選

2014年ウクライナ大統領マジで経済ヤバいんや! EUよりも今はロシアから融資をもらっとこうや!」

ウクライナ「は? なんでEUとの協定拒否すんねん!」

→大規模な反政府デモが勃発して大統領が逃げ出す

ロシア親ロシア派が多いクリミア半島は『もうロシアに入りたい』言うてまっせ」

ロシアクリミア派兵

クリミア「ワイらはウクライナから独立してロシアのお世話になりますわ」

2022年ウクライナ「ずっとロシアとの小競り合いが続いてるしヤバいやろ…NATOに入らせてくれや…」

ロシア「許しまへんでー」 ←いまここ

2022-02-18

第一次大戦終結ハンガリーからハプスブルクが消え、ハンガリー社会主義連邦ソビエト共和国が出来た

するとルーマニア軍が首都占領したが、撤退後はハンガリー共和国臨時政府が出来た

ところがハンガリー海軍軍人臨時政府を倒して、王位空位のままハンガリー王国を復活させた

親独親伊政権として大戦に参加したが、大戦末期に極右革命が起きナチス傀儡の矢十字党政権になる

そこでソ連軍首都を包囲し矢十字党政権崩壊し、ハンガリー第二共和国になった

のちソ連共産勢力の影響が強まりハンガリー人民共和国になる

反スターリン主義運動が起きるとソ連軍が介入し25万人が亡命して難民

ペレストロイカ政策の影響で脱共産化し、1989年現在ハンガリー(第三共和国)となる

 

というハンガリー史の影響で日本新左翼ができたそうだ

しか外圧翻弄され続けているところは日本のよう

2021-11-26

anond:20211126103715

自民党バランス感覚だよ

どうせ戦争になったら台湾なんかすぐに負けて日本が一番被害うけるんだから

第一次大戦フランスみたいに肉の壁になって、一番の貧乏くじを引くことになる

2021-09-01

これだけ答えて:どうなれば自粛マスク終わるの?

ワクチン打っても「感染して無症状で周りに移す確率ゼロじゃないから」という理由で行動制限やめさせてくれない。

政府もみんなも「もう少し我慢」って言い方をよく使ってるけど、我慢しまくって感染者減ってもそれで経済復興させるために行動制限を緩和したら感染者増えるんだから一生我慢が終わらない。

ワクチン集団免疫あっても日本ぐらい貿易経済人口も大きい国はコロナ根絶(ゼロコロナ)は絶対に無理。

じゃーどうなれば自粛マスク生活は終わるの?答えられる人いる?


もしこの質問に答えられななら経済がどんどん死んでいくのを「今はしょうがない、今は我慢」と言い続けるのって頭おかしいってこと理解してる?


※ちなみに「じゃーいま緩和して医療崩壊してもいいのか」みたいな意見論点うからやめてね。どうすれば終わるのかだけ聞いてるから


追記

コメントの一つに「インフルエンザ歴史でも勉強すれば?」と書いてあったのでスペイン風邪について軽く調べました。アドバイスありがとうございます

 1918年の多くの死亡は細菌二次感染による肺炎によるものであったとされていますが、一方、スペインフルは、広範な出血を伴う一次性のウイルス性肺炎引き起こしいたこともわかっています。非常に重症でかつ短期間に死に至ったため、最初の例が出た際にはインフルエンザとは考えられず、脳脊髄膜炎あるいは黒死病の再来かと疑われたくらいです。

...

 もちろん当時は抗生物質発見されていなかったし、有効ワクチンなどは論外であり、インフルエンザウイルスが始めて分離されるのは、1933年まで待たねばならなかったわけです。このような医学的な手段がなかったため、対策は、患者隔離接触者の行動制限個人衛生、消毒と集会の延期といったありきたりの方法に頼るしかありませんでした。多くの人は人が集まる場所では、自発的にあるいは法律によりマスクを着用し、一部の国では、公共の場所で咳やくしゃみをした人は罰金刑になったり投獄されたりしましたし、学校を含む公共施設はしばしば閉鎖され、集会禁止されました。患者隔離接触者の行動制限は広く適用されました。感染伝播をある程度遅らせることはできましたが、患者数を減らすことはできませんでした。

( http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html より )

上記のように1918年1933年までパンデミックが続いた一方、イギリスアメリカなどの国は第一次大戦後 1918~1929年大恐慌まで)の間はしっかりと成長してますね。そこには極端な行動制限はなかったし、もしこの期間ずっと極端な行動制限を敷いていたら経済成長の歴史はだいぶ変わっていたかもしれませんし第二次世界大戦にも影響していたかもしれません。

上記のことからスペイン風邪インフルエンザ)の歴史に学べることの一つとして「パンデミックが長引いて人が死にまくってでもちゃん経済を成長させよう」という結論が言えてしまますね。

2021-07-22

anond:20210722140554

ワクチン接種6割を5月頃に終わらせておくか、逆に五輪をもう一年延長して五輪へのヘイト貯めないようにするしかなかった。

第一次大戦前のバルカン半島や、ガザ地区並みにヘイト溜まってる状態じゃまだまだでてくるよ。

2021-06-21

anond:20210620205723

ドイツ第一次大戦後も君主制をやめないというのはどう?

そのためには中途半端じゃない議会主義に移行する必要があるけど

完全な議会主義になって君主象徴的な存在になれば軍が簡単暴走できなくなるかなと思うんだけど

2021-03-21

anond:20210321111233

反戦運動なんかしなかった人の方が圧倒的に多数派なんだから自分を責める必要などないですよ

反戦運動をことさら持ち上げるのは、第一次大戦中の厭戦ストライキロシア革命の発火点になったというN=1の事例をカルト的に信じている人たちです

2021-02-10

没後100周年のサン=サーンス10曲聴こう

anond:20210210062305

・どういう人?

フランスまれ(1835-1921。七月王政第一次大戦後)。小さいころ神童で、ピアノオルガンも超一流で教養もあったすごい人。旅行も好きだった。オペラバレエ合唱曲、あとは超絶技巧ものみたいな総合芸術流行ってたフランスで、交響曲とかソナタみたいな堅苦しいジャンルフランス人が書くならどうすればいいか模範を見せた。意識的に「フランス音楽」を作り上げた功績は大きいけど、長生きしすぎた(あと口が悪かった)せいで晩年時代遅れ扱いを受けた。

普通に有名な5曲

交響曲第3番「オルガン付」

代表作。交響曲かいドイツ語圏名産の重苦しい形式を、華、明快、節度大事フランス流の美学で仕立て直した金字塔。近いコンセプトのピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリンソナタ第1番を聴いてみると、編成に合わせてどう曲想を変えてるかも楽しめる。

www.youtube.com/watch?v=eTsbgDBC4_k

ピアノ協奏曲第2番

サン=サーンスといえば協奏曲ヴァイオリン協奏曲第3番とかチェロ協奏曲第1番も名作だけど、この曲は重厚な第1楽章、軽くて無邪気な第2楽章情熱的な第3楽章とそれぞれ対照的雰囲気が一度に楽しめる。

https://www.youtube.com/watch?v=tk_eqKUjDXE&list=OLAK5uy_kFlhz7yMPIyXhc1pQ-5NDDtQL0XezyFz8

交響詩「死の舞踏

若いころのサン=サーンスは「現代音楽家」で、古典大事にもするけれど、形式の堅苦しさから脱出しようとした。交響詩は当時最新鋭のジャンルで、死神ヴァイオリンとか、ガイコツを描写する木琴とか、ちょっと品のない表現もたくさん使って悪夢的な情景を表現しようとした意欲作。「オンファールの糸車」「アルジェリア組曲」もおすすめ

www.youtube.com/watch?v=k1s28gmLicc

動物の謝肉祭

本人は発表を嫌がったっていうのもわかるけど、言いたいことを短く言い切る発想力と技術、やっぱりサン=サーンスからこそ書けた作品だと思う。神秘的な「水族館」と馬鹿騒ぎの「化石」が個人的ハイライト

www.youtube.com/watch?v=7SjagpXeNhM

オペラサムソンとデリラ

サン=サーンスの堅いところと砕けたところが両方いい感じに出たオペラ。全部聴くと長い(でもオペラとしては短め)からオリエントっぽさ満点の「バッカナール」が入ってて最後も派手な第3幕をとりあえず聴くといいと思う。異国趣味だとピアノ協奏曲第5番「エジプト風」の第2楽章とか、本人なりになんとか日本っぽさを出そうとがんばった「黄色王女」も面白い

www.youtube.com/watch?v=GNa8HOMcDvk

・そんなに有名じゃない(好きな人はたぶん知ってる)5曲

ヴァイオリン協奏曲第1番

20代半ば、1860年ぐらいはサン=サーンス最初に輝きはじめた時期だと思う。自分はこの曲が一番好きだけど、序奏とロンド・カプリチオーソ、ピアノ協奏曲第1番、交響曲第2番、チェロピアノのための組曲 作品16、冒険心と若々しい覇気を感じる秀作ばかり。

https://www.youtube.com/watch?v=J34_SiyzsUw&list=OLAK5uy_nfoGOwtSlxkICv6SpIOPGmTsLh7soAVnU

チェロソナタ第1番

ドイツっぽいド根性ベートーヴェンとかブラームスとかワーグナーとかそういうやつ)はサン=サーンスの持ち味とは違うけど、この曲は珍しくベートーヴェンっぽい激しさ、硬質なかっこよさが味わえる。普仏戦争ドイツに負けて、自分たちのとこでも交響曲とかソナタとか作ってやろうと奮起した時期の曲だからだろうか。いわゆる「精神性」「深み」みたいなのは、「糸杉」作品156とかクラリネットソナタの第3楽章かにある。

https://www.youtube.com/watch?v=AU2Eq1jKJGE&list=OLAK5uy_najeRAiKZJwnS2_n9wzLaYdgzMiOZ1RtY

スケルツォ 作品87

ピアノ名人だったかピアノソロの曲もたくさんあるけど、楽器が身近すぎたからか良くも悪くも一瞬のひらめきで書いてて、波長が合わないといまいちアガらない。むしろ2台ピアノのほうが頭を悩ませながら作ったみたいな感じがあって工夫を楽しめる曲が揃ってる。この曲は優雅ワルツが軸なんだけど、ちょっと気を抜くと不穏な世界があるみたいな前衛的なシュールさもあって面白い

www.youtube.com/watch?v=wNc7UNFcPMA

詩人ミューズ 作品132

オルガン付」で一度総決算して一息ついたあとの60代(20世紀に入る前後)は完成した作曲技術をつぎこんだ、地味だけど傑作の森だと思う。ヴァイオリンソナタ第2番、チェロ協奏曲第2番、弦楽四重奏曲第1番とかを経てこの曲はヴァイオリンチェロの二重協奏曲。どこをとってもいい音楽を聴いてるなあと思う。

www.youtube.com/watch?v=wDT21gGt9FQ

オーボエソナタ

そして死んだその年の曲。年をとって無邪気になるというか、どっか遠いとこを見るようになる作曲はいろいろいるけど、86の爺さんはやっぱり格が違う。もう思い残すことはなさそうな感じ。クラリネットソナタファゴットソナタと合わせて三部作からそっちもぜひ聴いてほしい。

www.youtube.com/watch?v=xudGml9nOO4

クラシックガイド増田) を見やすくしたよ。

 anond:20210210062305 (クラシックガイド) を見やすくしたよ。

 はてな記法で、分類表示した。テキストは変えていません。

 

   §1600年代前半

イタリア

ドイツ

 

   §1600年代後半

イタリア

おフランス

ドイツ

イギリス

 

   §1700年代前半

イタリア

フランス

ドイツ

イギリス

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代

 

   §1700年代後半

古典派音楽」の時代

イタリア

フランス

  • ゴセック  (日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

オーストリア

 

   §1800年代前半  (晩期古典から初期ロマン派

イタリア

オーストリア

ドイツ

 

   §1800年代中盤  (盛期ロマン派

ドイツ

イタリア

フランス

ポーランドフランス

ハンガリー

ロシア

 

   §1800年代後半

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ロシア

北欧

 

   §1800年代終盤から1900年代初頭  (後期ロマン派印象派音楽

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ポーランド

ロシア

イギリス

北欧

 

   §1900年代中盤以降  (第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

オーストリア

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのは

現代音楽私的により重要なのは

ハンガリー

チェコ

イギリス

ソ連

間違いだらけのクラシック音楽史の表を修正してみた

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1664833

↑このブコメ賞賛されている表がかなりデタラメなので修正してみた。

とりあえず同じように1600年代から始めます。「オケゲムマショーパレストリーナジョスカン・デ・プレがないぞ」とかい意見もあるようですが、それはもっと以前だから書いていないだけです。

作曲家の「生まれた年」ではなく「主に活躍した時代」で書きます。これに文句を言っている方もおられるようですが、何故かと言うと例えば生まれは1600年代終盤だけれど音楽家として活躍し世に認められたのは1700年代になってから、といったような例があるからです。

「あれは記憶だけで描いてるから素晴らしい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これも資料などは参照せず、ほぼ脳内情報だけで書いております

1600年代前半

イタリア

モンテヴェルディ(みんな知ってる「私を死なせて」)、カッチーニ(「アヴェ・マリア」が有名だが実はソ連音楽学者ヴァヴィロフの贋作。真作で有名なのはアマリッリ」)

ドイツ

シュッツ(「ドイツ音楽の父」として有名)、シャインシャイト(以上3名は「ドイツ三大S」として有名)

1600年代後半

イタリア

コレッリ(「ラ・フォリア」が有名)

おフランス

リュリバロックフランスオペラ第一人者

ドイツ

パッヘルバル(「カノン」だけが有名)

イギリス

パーセルオペラ「ディドーとエネアス」が有名)

1700年代前半

イタリア

ヴィヴァルディ(「四季」の人)、アルビノーニ(「アルビノーニアダージョ」が有名だが贋作。真作で一般に有名な曲は無い)、ペルゴレージ(「スターバト・マーテル」が有名)

フランス

クープランチェンバロ曲で有名)、ラモー音楽理論とオペラ

ドイツ

バッハ名曲多数)、ヘンデル日本では「音楽の母」などと呼ばれたが女性ではない。「メサイア」「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」など)、テレマン(「食卓音楽」で有名)

イギリス

ヘンデル帰化

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代欧州における「絶対王政」の時代とほぼ重なるという見解があります

1700年代後半

古典派音楽」の時代啓蒙思想によって理性が重視され、それが音楽に影響を及ぼした時代です。

イタリア

チマローザオペラ秘密結婚」)、パイジェッロ(「うつろな心」)、ボッケリーニ(「女ハイドン」の異名を持つが男性)、サリエリオペラ巨匠

フランス

ゴセック(日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

グルックオペラオルフェオとエウリディーチェ」)

オーストリア

モーツァルトハイドン兄弟

1800年代序盤(晩期古典から初期ロマン派

音楽における「ロマン主義」は文学絵画よりも遅れて1800年代になってから現れます。この時期は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期です。

イタリア

ロッシーニオペラウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」など)、ベッリーニオペラノルマ」など)、ドニゼッティオペラ愛の妙薬」など)

ドイツ

ベートーヴェンヴェーバーオペラ魔弾の射手」など)

オーストリア

シューベルト未完成交響曲 D 579、歌曲集「冬の旅」など)

1800年代中盤(盛期ロマン派

音楽におけるロマン主義成熟し花開いた時代

ドイツ

メンデルスゾーンシューマン世代的にはワーグナーもここに入る(この時期はオペラ「リエンツィ」「タンホイザー」「ローエングリン」など)

イタリア

ヴェルディ前期(オペラマクベス」「リゴレット」)

フランス

ベルリオーズ幻想交響曲

ポーランドフランス

ショパン

ハンガリー

リスト(本人はハンガリー人を自認したが実際はドイツオーストリア人で本来ハンガリー民族要素は無いのでドイツオーストリア音楽として捉えるのが正しい)

ロシア

グリンカオペラルスランとリュドミラ」)、ダルゴムイシスキーオペラ「石の客」)

1800年代後半

1848年革命の失敗により、ヨーロッパ音楽雰囲気も暗くなって参ります

イタリア

ヴェルディ後期(オペラ椿姫」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」など)

オーストリア

ブルックナー交響曲では4番と7番、8番が有名だが初心者に聞きやすいのはむしろ1番と6番だと思う)

ドイツ

ブラームスブルッフヴァイオリン協奏曲第1番が有名)、ワーグナー後期(楽劇トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」)

フランス

オッフェンバックオペレッタ天国と地獄」など。実はドイツ人)、グノー(オペラファウスト」)マスネ(オペラタイス」など。「タイス瞑想曲」)、サン=サーンス長生きしたので今年没後100年)、フランクバッハ対位法ベートーヴェンの劇的構成ワーグナー和声を融合した究極の交響曲作曲したが実はベルギー人)、フォーレ(「レクイエム」「幻想水平線」)

チェコ

スメタナ連作交響詩「我が祖国」その中の一曲が「モルダウ」)、ドヴォジャーク(「新世界交響曲」e-moll op.95 など)

ロシア

ボロディンオペライーゴリ公」、交響詩中央アジアの草原にて」、交響曲第2番など)、バラキレフ東洋幻想曲「イスラメイ」)、ムソルグスキーオペラボリス・ゴドノフ」、ピアノ組曲展覧会の絵」)、リムスキー=コルサコフ(交響組曲「シェヘラザード」など)、チーコフスキーバレエ白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」など)

北欧

グリーグピアノ協奏曲、劇判音楽ペール・ギュント」、ピアノ曲「抒情小品集」、歌曲最後の春」など)

1800年代終盤から1900年代初頭(後期ロマン派印象派音楽

イタリア

プッチーニオペラトスカ(星は光りぬ)」「蝶々夫人(ある晴れた日に)」「トゥーランドット(誰も寝てはいかん)」など)、マスカーニ(オペラカヴァレリア・ルスティカーナ」映画ゴッドファーザー PART III」のあれ)、レスピーギ交響詩ローマの松」などローマ三部作

オーストリア

マーラー11曲の交響曲歌曲)、ヴォルフドイツ歌曲の頂点として非常に有名)

ドイツ

リヒャルト・シュトラウス交響詩ツァラトストラはかく語りき」〈映画2001年宇宙の旅」のあれ〉オペラサロメ」〈裸踊りで有名〉「薔薇の騎士」〈少女漫画オペラ〉)、レーガー(変奏曲と室内楽の達人。歌曲も秀逸)

フランス

ダンディ(「フランス山人の歌による交響曲」は初音ミクが歌った冨田勲の「イーハトーヴ交響曲」の元ネタ)、ショーソン(「詩曲」、フランクの影響を受けた1曲だけの交響曲など)、ドビュッシーオペラペレアスとメリザンド」、交響詩「海」など)、ラヴェルバレエ音楽「ダフニスクロエ」、ピアノ協奏曲ト長調など)

チェコ

フェルステル、ヤナーチェクオペラ利口な女狐の物語」、村上春樹のせいで何故か有名になった「シンフォニエッタ」)、スーク(アスラエル交響曲などが有名)

ポーランド

シマノフスキ(「スターバト・マーテル」など)

ロシア

グラズノフロシア浪漫交響曲集大成した作曲家として有名)、ラフマニノフ無伴奏合唱曲「晩祷」で非常に有名)、スクリャービン神智学に陶酔した交響曲第4番「エクスタシー」と、「神秘和音」を駆使した妄想ピアノソナタで非常に有名)

イギリス

エルガー(「威風堂々」が有名だが真の傑作は交響曲第2番)、ディーリアス(「春始めての郭公を聴いて」は英語圏では誰もが知る名曲)、ヴォーン・ウィリアムズ(「田園交響曲(3番)」と「南極交響曲(7番)」が有名だが5番も捨て難い)

北欧

シベリウスニールセン交響曲第4番「不滅」が有名)

1900年代中盤以降(第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

ヒンデミットオペラ画家マティス」と、その音楽をまとめた交響曲が有名)

オーストリア

シェーンベルク(無調音楽12音楽創始者。彼が最初12音楽による楽曲を完成したのが1921年なので今年はシェーンベルク12音楽100周年。まず聴くばきは「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽四重奏曲第3番、第4番」)、ベルク(無調音楽12音楽調性音楽的要素を取り入れて聴きやすくした人。オペラヴォツェック」「ルル」、器楽曲では「ヴァイオリン協奏曲」が有名)、ヴェーベルン12音楽の究極として有名)。以上の3人は「シン・ヴィーン楽派」として20世紀音楽を語る上で非常に重要です。

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのはプーランクミヨーオネゲル交響曲第2番と第3番はカラヤン盤もあるので聴いて下さい。このほかオラトリオ火刑台上のジャンヌ・ダルク」も泣けます。実はスイス人)。現代音楽史的により重要なのはメシアン(「トゥーランガリラ交響曲」「世の終わりのための四重奏曲」「彼方の閃光オペラアッシジの聖フランチェスコ」などが非常に有名)。

ハンガリー

バルトーク、コダーイ

チェコ

マルチヌーなど

イギリス

ブリテン(とりあえず「戦争レクイエム」は聴いておくべき)

ソ連

プロコフィエフ大人は「ピーターと狼」みたいなガキ向けの曲は聴かず「交響曲第2番」の暴力的激しさにヒャッハーしましょう)、ハチャトリアン(「剣の舞」とかいう曲は子供の頃運動会で聴いたでしょうから、そんなものより「交響曲第2番」でファシストとの激しい戦いを体感しましょう)、ショスタコーヴィチ世間一般では交響曲第5番が知られていますが、高く評価されているのは4番、8番、10番、14番など偶数番号の交響曲です。真髄はオペラ弦楽四重奏曲です)

20世紀後半以降は省略。

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