はてなキーワード: 公言とは
「あんまりやり過ぎると母親層に嫌われるけど、この程度なら許されるでしょ?でしょ?」臭がするんだよね
もっとも、同時間帯で男児向けに相当する特撮は「女から見た理想の男」臭を隠しもせずモロ出しで
もしあれが中学生くらいの子役だったら実写なのも相まってプリキュア以上に気持ち悪いと思われるけど、そもそもそれじゃ母親人気は出ないだろうし
つーか「母親と娘が同時に楽しめる女児向けアニメ」ってのは日本じゃ無理なのかな
ディズニーはそういう路線だよね、子供がいない大人女性のファンも沢山いるくらいだし
子供と一緒にアニメ見るのは父親より圧倒的に母親の方が多いだろうから、母親釣った方が効果的だろうに
まあでも日本のアニメは腐女子や乙女系ではない大人女性向けの作品なんかないし
そういうのを作るノウハウなんかないんだろうな…
年末に2ちゃんねるの東洋医学板、日盲連VS私学あはき養成校について考える(あはき法19条論)のスレに書き込み。
http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/kampo/1476413457/
104 : 名無しさん@お腹いっぱい。2016/12/27(火) 17:44:41.58 ID:dmaRhxk0
>>103
高齢者って何歳までのこと言ってるのか知らんけど
あと医業類似行為の件は、70代以上の人達限定だということを忘れてないか?
そういうのを解ろうともせず主張が支離滅裂だから議論しようにも平行線になるんだよ。
障害者と健常者の垣根を取り払おうと尽力している団体には迷惑千万な話なんだわ。
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と「障害者と健常者の垣根を取り払おうと尽力している団体」らしき人が登場。
レス番127
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再三申し上げているように、あはき法19条死守論者は
一部の既得権者が盲人あはきの「生活が向上すると都合が悪い」のです。
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と主張。
レス133
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>再三申し上げているように、あはき法19条死守論者は
>一部の既得権者が盲人あはきの「生活が向上すると都合が悪い」のです。
彼らは日盲連に騙されて傍聴に来ていると思うのかね?
>障害者と健常者の垣根を取り払おうと尽力している団体には迷惑千万な話なんだわ。
と言っている以上、そういう団体に属していると思うが、あなたは晴眼と視覚障害者、
どちらなのかね?
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レス138
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私は19条を廃止すべきと考えている視覚障害者の意見を知りたいのだよ。
君が視覚障害者ならその旨を明かして意見と根拠を述べればよかろう。
晴眼者であっても、そういう団体で19条廃止の意見を持っている視覚障害者から
と扱っているわけではあるまいな?
裁判の傍聴に行ってればわかると思うが、盲人の方々は傍聴後に19条を守るための集会にも行っているぞ。
http://nichimou.org/activity/161110-jouhou-1/
http://nichimou.org/activity/161213-jouhou-1-2/
http://nichimou.org/activity/161215-jouhou-1/
以前のレスにも書いたように、日盲連会長の竹下先生は盲人にあはき師しか道が無いのを疑問に思って弁護士になり、19条死守の音頭を取っているわけで。
>>127
で君が書いた
>一部の既得権者が盲人あはきの「生活が向上すると都合が悪い」のです。
を証明するために日盲連がどのように末端会員の盲人を騙して、傍聴にいかせ、19条を守るための集会に参加させているのか、理屈を説明してくないかね?
それとも自分たちの生活向上を妨げる目的の集会に行くぐらい、盲人は頭が悪いということかい?
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しかし以後、19条がなにゆえ視覚障害者のデメリットかを19条廃止派は説明せず。
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yahoo知恵袋より
目の不自由な人たちを利用してマッサージの仕事を独占して訪問マッサージの甘い蜜...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10151879810
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私がこの釣り質問に回答するうちに、障害者を雇用する事業者側にとって、19条廃止により盲人あんま師の雇用が脅かされ、助成金が増額する可能性が出てくることに気づく。
レス192
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192 : ◆1zxBDDXZ3s 2017/01/03(火) 19:00:57.74 ID:uCxrZ4Z5
>>191
>目の不自由な人たちを利用してマッサージの仕事を独占して訪問マッサージの甘い蜜を吸い続けている、
>あん摩マッサージ指圧師業界を懲らしめる方法はありますか?
この場合、訪問マッサージ会社が盲人あん摩師を雇用しているのだろう。
そうなればドライバーを用意する必要のある盲人あん摩師を雇用する必要性が薄れるのではないか?
障害者雇用で補助金がどのくらい給付されるかはわからないけどね。
助成金がドライバーの人件費を賄えると仮定しても、助成金は19条とは全く関係ないからね。
逆に助成金で余計にかかるコストを賄えない場合、晴眼あん摩師を雇ったほうがコストを削減できるようになるから、
と挙げられているけど、19条廃止により盲人あんま師の雇用が失われる状況になれば助成金が
増やされる可能性もあるわけで、助成金目当ての企業にとっては19条は廃止してもらったほうが
都合が良い。
なるほど、19条廃止で助成金増額となれば盲人以外の障害者にとってはメリットかもね。
盲人あん摩師の生存権を無視したら、他の障害者にとってはメリットを期待できるのか。
こんなその他大勢のために一部を犠牲にする考え、まともな人間ならそりゃ公言はできまいよ。
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2ちゃんねるですから発言している立場が事実かどうかはわかりかねますが、19条廃止で障害者雇用の助成金が増える結果になれば障害者全体の雇用にはプラスかもしれません。
特にあん摩マッサージ指圧師を雇っている施術所・会社にしてみれば晴眼あん摩師が増えて採用が楽になる、盲人のあん摩師を雇用したときの助成金も増える(かもしれない)ので、19条廃止はメリットです。
あ、19条廃止派はこんなふうに請願者である私の発言を封じようとしましたね。
視覚障害者のふりをして、発言を封じるなど、19条廃止派が散々言っている「弱者利権」そのものだと思うんですが。
レス番174
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174 : 名無しさん@お腹いっぱい。2017/01/02(月) 17:17:23.47 ID:aFN1s3Px
もう一回言うておくが、このコテハンは
年末から正月まで酒飲んで酔うてるのか、己が本当に晴眼のあはき師ならば
おそらくは突如としてコテハンに変えて参戦してきたのは、この糞キチガイが
19条廃止されると一番困るであろう張本人であることも明白であるのも間違いないだろうよ。
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その日、何かの授業が自習になった。大学受験を控えていた自分は当然にみな勉強をするものだと思っていた。が、クラスメイトの大部分はバレーボールをするために外に行ってしまった。教室に残ったのはほんの数名だった。地方都市の偏差値60程度の高校とはいえ、大半が大学を受験するはずだったので、さすがに驚いた。
実際、周囲はかなりのんびりしていて、浪人するのが当たり前だった。「浪人してから頑張る」と公言して憚らない奴が結構いた。
自分は「現役で受かるつもりで頑張らないと、浪人したとしてもろくなところに行けない」という話を鵜呑みにしていて、高3の夏ぐらいからは真剣に勉強をするようになった。そのおかげか、高3の最初には学校内で最底辺をさまよっていた成績も順調に上がり、秋ごろには校内でかなり上位に位置するようになった。
もっとも、それは所詮、三流進学校のなかでの話。結局、現役では志望校に合格できず、浪人をすることになった。だが、予備校でもそれなりに努力を続け、翌年には東京のそれなりに偏差値の高い大学に合格した。それを機に上京、就職して家庭をもったいまも東京で暮らしている。
合格した直後には、本当に自分の努力が誇らしかった。苦しい受験生活をなんとか乗り越え、同じ高校に通っていた連中のほとんどが行けないような大学に合格した。そんな時に頭に浮かぶのは、冒頭で書いた自習の時間の話。他の連中が遊んでいる間に自分は勉強した、だからこの学歴は自分の力だけで勝ち取ったのだと本気で思っていた。
しかし、それから長い時間が過ぎ、貧困や格差に関する話をいろいろと読むようになった。親が勉強や進学に理解を示さない家庭や、勉強のための時間的、金銭的余裕がない家庭が日本にもたくさんあるということを知った。大学進学率が都道府県によって全く異なり、2016年春のデータによると東京だと大学進学率は7割を越える一方、鹿児島では35%しかないという。どんな家庭で、どんな地域で生まれるかによって大学するか否かは大きな影響を受ける。
考えてみれば、自分が実力で勝ち取ったと信じていた学歴も、実際には恵まれた家庭に育ったという要因に支えられていたことは明らかだ。自分が高校生のころから諸事情で親の懐は急に暖かくなり、金銭面では何の心配もなく高校や予備校に通うことができた。自宅にも集中して勉強に打ち込めるスペースがあった。多くの大学の受験料も支払うことができたし、何より東京の大学に通うために一人暮らしをさせてもらえた。これほど恵まれた家庭環境を踏まえるなら、自分がなした努力など、ほんのわずかな要因にすぎないと分かる。
しかしそれでも、大学に進学するか否か、どんな大学に進学するかはその後の所得に大きな影響を与える。自分の大学の同期を見渡しても、大手企業に勤めている奴は多く、平均所得はかなり高そうだ。都心の高級タワマンに住んでいる奴も結構いる。自分もそこまでではないが、世間一般の平均からすればかなり高額の給料をもらい、余裕をもって家族を支えることもできている。
自分がフェアな競争を勝ち抜いてきたわけではないことは分かる。だから、教育機会に恵まれない子どもの話を聞くと、後ろめたい気持ちになる。景気への影響もあるから、一概には増税が良いとは言えないものの、教育機会を充実させるために使ってくれるなら多少の増税も喜んで受け入れたいと思う。
戦後、日本の知識人の多くが左派的な立場を支持したのは、このような「後ろめたさ」があったという話を聞いたことがある。大学進学率が今よりも遥かに低い時代、例外的に大学に進学できた富裕層の子供が、自らの特権性を自覚するほどに左派的なイデオロギーに吸い寄せられていったのだという。自分は知識人などではないが、そういう後ろめたさはなんとなくわかる。
その一方で、世の中には自分よりも遥かに厳しい環境を生き抜いてきたにもかかわらず、富の再分配に反対する人もいる。生存者バイアスというやつなのか、自分が厳しい環境を生きてきたからこそ、努力さえすれば成功すると信じ、富の再分配には否定的になる。補助を増やしたところで、怠け者がもっと怠け者になるだけだ、という発想があるのかもしれない。
結果、自分のようにぬくぬくとした環境で育ってきた人間が富の再分配に賛成し、それより遥かに厳しい環境で生き抜いてきた人がそれに反対するという、どうにもいびつな構図が生まれる。
自分よりも遥かに厳しい環境を生き抜いてきた人が、社会の支援よりも本人の努力が大切だといった話をするのを聞くと、やはり経験に裏打ちされた言葉は強いと感じる。自分の立場が偽善的だと言われれば確かにそうで、空理空論という感じがどこかにつきまとう。
しかも、自分の子供のことを考えると、現状のような機会の不平等があってくれたほうが、都合が良いとも言える。競争がよりフェアになれば、それだけはじき出される可能性も高まる。
だがそれでも、学歴は自分の力で勝ち取るもので、肉親の支援以外をあてにするべきではないなどと言うつもりにはなれない。なんというか、それは人として言っちゃだめな感じがするのだ。
こんなこと、ジョジョ好き公言してるアカウントで書けないのでここで。
私はジョジョ4部がかなり好きではないし、特に最後が嫌いだ。アニメを観て本当につくづく思ってしまったんだけど、いまいち自分でも納得ができてない。なんでこうなった。
もちろん「ジョジョの中では」という枕詞がつくし、個々に好きなエピソードもある。その上での話。ただの感情論。まとまってない。
承太郎大好きと普段公言してるし実際大好きなのでなおさら言えないけど、4部って仗助が主人公(康一かと思うこともあるけど)なわけで、最後の最後はやっぱり仗助に締めてほしかった。
わかってるよ、展開的に無理だろうね、そんなことわかってるけど、だって仗助をずっと主人公として応援してたの!
康一君も大好きよ、最後にいいアシストしてるのすごいかっこいい!って思うよ。だけどさ、シアーハートアタック戦みたいに「ここは承太郎と康一君のターンです」ってわかる話ならともかく、最終決戦で最後の最後あのふたりにもってかれるのどうなの?
それでも康一君はまだいい、そもそも四部のキャラだし一番成長してるし、彼がかっこよく最後決めてくれるのうれしい。
でも承太郎、てめーはダメだ!3部で散々活躍したじゃん!最後決めてったじゃん!あんたのターンは終わってんだよ!仗助に活躍させろよ!!!その前に散々戦ってた?そんなことはわかってる、でも吉良と決着をつけるのは仗助でなきゃ駄目だろう!!!
もう、承太郎が好きなはずなのに、活躍してる姿もうれしいはずなのに、邪魔で邪魔でしかたなくて妙なジレンマに立たされるの理不尽でしかない。
なんでみんなあれで「4部最高におもしろかった!」みたいなこと言えるの?
仗助君ジョジョで一番活躍してない主人公じゃない?あれでいいの?満足なの?
うん、わかってる。そもそも4部は町の話だし、主人公を一番かっこよく描く、みたいな話でもない。作者もそう言ってたの知ってる。
杜王町の人々が侵食している悪に立ち向かう話なんだからそれでいいんだよ、と言われりゃ、もうまったくそのとおりだよ。
私だって正直仗助君がすごく好きなわけじゃないの。むしろジョジョ主人公の中で一番気に入らない。仗助君に活躍してほしかった、とかじゃないの。むしろそういう意味なら億泰にもっと活躍してほしかった!でもそういうことじゃないの!
承太郎大好きなのになんでこんなこと思わなきゃならんのだ!
だから6部もわりと冷や冷やしながら読んだ。ああいう流れで本当に良かったと思っている。悲しかったけど。
20161229
まさかこんな愚痴にコメントいっぱいつくと思ってませんでした。
たしかに誤解を招くと思ったりもしたので一応言っておきますと、何人かの方が推測されてたとおり、同人界の片隅で承太郎へのキャラ愛を公言してるアカウントではさすがに「承太郎うぜえ」とか言えないという話です。本当に個人的な愚痴です。
完全に私の感覚の問題で、「承太郎へのキャラ愛のせいで目につきすぎてかえって物語を楽しむことを邪魔してくるんだけど、なにこの理不尽!」ということだったんだな、と読み返してみて改めて思いました。あと、そもそもジョジョが好きな方にとってかなりアレな発言をしているのも気がつきました。気に障った方には本当に申し訳ありません。反省しています。
それにしても、長く続いてる作品だけあって、みなさん考察なりスタンスなりが確立されてるものなんですね。
やっぱりみんなジョジョ好きなんだなあ、読んでてとても楽しいです。ありがとうございます。
ありゃあ名作だな。暗殺のプロフェッショナルさを淡々と描いてるだけで類を見ない作品になった稀有な例。
ジョジョ6部への影響を作者自身が公言してたりするな(マンハッタン・トランスファーだっけか)。
日に日に尾鰭がついてここに匿名で書いたところでどうにもならないのかもしれないけれど。
まず、何故スケオタが自分たちが釣られたと思ってしまったかのこと。
一番の理由はキービジュアルや声優情報が出る前からアイスショー等に公式がスペースを出して宣伝に力を入れていたことだろう。
私自身アニメもよく見るがかなり珍しい展開順だったのではないかと思う。
ファンなら誰もが知ってる振付師と衣装ブランドの名前も挙げられていたため結構盛り上がった記憶もある。
今でこそタブーになり消えたがキャラのモデルになった選手たちも公言されていた。
スケオタ向けのメルマガでアニメ円盤の特典映像についてのアンケートが実施されたこともある。
ここまでするからには、実際の大会とコラボし推奨作品になったりするようなスポ根もののアニメが見られると思ってしまったのだ。
スケオタだからこそ、普段見られないプログラム製作や衣装作りの過程が見られるであろうことに勝手に期待してしまった。
実際私もスケ連も監修していると勘違いしていた。
勿論その後は個々人がどんな物語どんなジャンルを好むかの問題だし、今のままでも楽しんでいる人も悲観してる人も、追っている人も切った人もいるだろう。
ただ、本格スケートという部分にモヤモヤしている人がいるのは、スケオタについてはこういう事情があったことを分かって欲しいのです。
次に、本当にこのアニメは(当初から)デリケートな性についての問題を描くつもりだったのかということ。このことについては私は否と言いたい。
だって、だったら男性キャラのモデルに実在の女性スケーターを据え、彼女が男性だったなら〜などと言えるはずがない。
(当初とつけたのはことが大きくなるにつれてこの設定が消えたからだ。)
他にも性についてやけに過激な言動が目立つが、それらの言動が周囲から許容されること=寛容な社会なのではない。
異性間だろうと男同士女同士、それ以外だろうと常識やマナーは一律であり、それはアニメ内だけでなくメタなところにも言えることで、
アニメだけを見て理解したつもりになるのは勘違いも甚だしいし、それを絡めて競技ルールや登場国の政治方針にまで言及するのはあまりにも危険なことだ。
少し矛盾するが最初、私は女性スケーターがモデルである件は好意的に受け入れていた。
創作における性の操作は繰り返されてきた表現手段であり現実世界の問題とごちゃごちゃにして狭められるべきものではないと考えていたからだ。
しかし、このアニメがファンが言うように本当にこのテーマを扱う作品なら話は別だ。
マナーの厳しいナマモノジャンルにアニメ公式そのものがなり得てしまうようなキャラ作りは避けるべきだったし、他記事にあった、LGBTを盾にしていると言われてしまうようなぼんやりとした作り込みで済ませられるようなものではダメなのだ。
(ただし、この件は某原案者が盛り上がってるだけでアニメ公式の方はなにも言及していないのでなんとも言えない部分ではある。)
恐らく、話数が若い段階で物語の方向性が変わったことは確かだ。オリジナルアニメではよくあることだし、製作スケジュールとの兼ね合いもあるかもしれない。
最初の項で書いたアンケートの、スケオタ自身の反応が芳しくなかった結果かもしれない(実際アンケートの取り方について少し炎上したのだ。)
ただ、その方向転換が大体的に打ち出したキャッチコピーを変えてしまうもので良かったのか、変えた時点の残り話数で、実在するモデルがいると公言してしまった過去がある状態で描き切ることができる題材として正しい選択だったのか違和感を覚えてしまう。
長々と書いてしまったが、どちらのファンが悪いのかが言いたいのではない。スケオタの中にもどんどんヒートアップしてしまっている人もいる。ただ、苦言を呈している人が差別者呼ばわりされ、実在選手を盾に揶揄されることが悲しくてならないのだ。
噂に聞いたのだけれど、ある芸能人のセクシュアリティがどうこうってことで騒がれているそうですね。
結論から言って、セクシュアリティの相異(多様性)を認められない日本社会の方が異常です。
セクシュアリティということ自体がそもそもきわめてプライベートなことなのに、それが勝手に暴露されていじくり回される人々って、気色悪いし危険です。
ただでさえ、シスヘテロでない(ヘテロセクシュアルでなかったり、トランスジェンダーであったりする)ってことだけでも、あれやこれやと言われたり、興味本位でネタにされたりする社会です。しかも近年は、少子化問題とか言って、結婚しろ、子供産めっていう、儒教的な教義(道徳)を押し付ける社会的圧力があって、たかがホモセクシュアルでさえも狩られそうな雰囲気です(一種のヘイトです)。公言する(いわゆる「カミングアウト」)ってだけでも、人生や命が懸かるんです。
たとえ公言せずに隠していたとしても噂が流れて社会生活に悪影響が出ます。実際にはシスヘテロの人でも虚偽の噂が流れて社会生活に影響が出ることがあり、「自分はシスヘテロだ」って言って噂を否定することになるでしょうが、それは結果的には世のシスヘテロでない人に対する否定的価値観を表明する効果が出てしまいます(ヘイトの片棒をかつぐことになります)。
私は生まれつき染色体異常で、幼い頃から今までもずっと、周りの人々から酷い扱いを受けてきました。皆、私に対してだけ態度が変わり、職業柄で私に接さないといけない人(店員とか教諭とか医者とか公務員とか)でさえも嫌々やっていることが露骨です。陰口叩かれたりありもしない噂を流されたりするのはいつものことで、勝手にホモセクシュアルだという虚偽の噂が流されていました。面と向かって罵詈雑言を浴びせられもしてきたし、殴る蹴るや盗むや壊すといったことは学校ではしょっちゅうやられていました。私からすると、不条理です。なんで私ばっかり迫害を受けるのか。
人間というのにはどうにも、現実が自分にとって都合が悪かったり好きでなかったりすると、認めたがらない性向がありますね。例えば「正常性バイアス」というのもそうでしょう。
例えば、自分の中にも若干はあるゲイ的性向が怖いから、嫌だから、ゲイを嫌悪する男がいるのでしょう。自分のことを褒めてくれない(承認欲求を満たしてくれない)からゲイを嫌悪する女がいるのでしょう。レズビアンがヘイトされるのも同様ですし、そのほか多彩に実在するセクシュアリティについてここではいちいち言及しませんが。
例えば、現実には醜いから、「美しい国」って言うんでしょ。弱いから「強い」って言うんでしょ。どこぞの首相とか大統領とかも現実を認める能力を欠いているわけでしょうし、現実を認めたくない人々の心情を利用して権力を獲ったんでしょうね。だからきっと、世の中は良くなるどころか、更に悪化していくのでしょうね。自分さえ良ければいいんでしょうし、自国さえ良ければいいんでしょ。けどおそらく、一過性の愉快しか得られず、将来へのツケを増やしていくばかりになると思いますね。
今の人々は、現実を認められないし、現実を観る能力すら欠いてきています。周りの人が言うこと、マスコミが言うこと、SNSとかで流れていることが、現実とすりかわって認識されています。自分自身の眼や脳で見なくなり、自分の脳で感じたり考えたりすることを放棄するようになってきています。こうした異常性について自覚がないから、ものごとはよくなるどころか悪化していく一方なのでしょうね。
誤解がないように言うと、地雷は誰でもあると思う。僕にもある。
目に入れたくないし情報も欲しくないと思う。思いつつ、一方で安心を得ている。そこに自分とまったく違う世界があるから。
僕ははっきり、その世界が苦手で、まあ嫌悪しているんだけども、だからといってなくなれとは思わない。自分に都合のいい世界が怖いから。
自分に都合のいいだけということは、ぬるま湯と同じで、なんの刺激もない。居心地がいいので抜け出せない。
けれど面白いものや、びっくりするものは、多分都合のいい世界ではなく、それ以外の場所からやってくると思う。
なんで驚くのか。新しいからだ。なんで面白いのか。自分にない要素だからだ。
そんなことないという人は、他人の意見をシャットダウンし過ぎに思える。
自分に都合のいい世界には、新しいものが無い。都合がいいということは、コントロール下にあるってことだ。
ぬるま湯の中では、自分の境界があいまいで、まるで周囲も自分のように思えてくる。そうすると世界は自分になる。
地雷がありますと口にして、人と関わる時にもそれを押し通す人は、人をシャットアウトしているんだと思う。
強要的な態度に思えて怖い。
人から温かいぬるま湯だけを注がれたいのなら、そんなことは無理だから、引きこもるしかない。
他人と自分の差異を認められないのなら、ひとりでいればいい。でも人間だし、ひとりは寂しい。
まったく違う、不愉快や驚きを含む世界が存在しないことには、人は自分の立ち位置すらわからない。
誰かが好きというものを、地雷の一言で攻撃してしまうのはあんまり思考停止な気がして、話し合っても分かり合えなさそう。
それでもいなくなれとは思わない。きっとそこに共鳴して、生まれるものもがある。
僕は寂しいからです。
大人気ソーシャルゲーム兼スマホ音ゲーであるシンデレラガールズだが、この主要キャラクターの中でも圧倒的にアンチの多い嫌われ者アイドルが存在する。
そう、パッションタイプ代表であり、デレマスを代表するユニット「ニュージェネレーションズ」のリーダー"本田未央"だ。
このキャラクター、実のところびっくりするぐらい嫌われている。ちゃんと担当Pも存在し、好きなキャラクターに上げる人物も多数いるのだが、
それでもすさまじい勢いでアンチが量産され、今日に至る。アニメ放送時期なんか凄いありさまで叩かれていたほど。登場するだけでニコ動のコメントは荒れ、アニメの実況スレは本田死ねの一文で溢れかえった。
ではなぜ、こんなにも嫌われているのか。それには大きく4つの理由が存在している。
このキャラクターがなぜここまで嫌われるかに至ったのか、その経緯を研究することで、今後同じようなアニメやゲームを作る際に「嫌われないキャラクター作り」に生かせられれば、この記事を作ったかいもあると言ったところである。
なお、最初に書き込んでおくが、筆者は決して本田未央アンチではないことを明記しておく。ただ、本田未央が登場した際に荒れるありさまについて、ひたすらにうんざりしている側であり、
その原因もやはりシンデレラガールズの運営そのものに存在すると自負しているだけであることを分かっていただきたい。いわば運営が作ってしまった「負の遺産」であるということを認めるほかないというスタンスである。
では、早速如何に本田未央がなぜ不人気キャラになってしまっているのか、その4つの理由を記述することにする。
本田未央で検索してもらえれば分かるが、とりあえずあんな感じの見た目である。
シンデレラガールズには180人を超えるデレマスオリジナルキャラクターが存在するが、ぶっちゃけた話、その中でもキャラデザの良さ、可愛さと言う面では、半分以下のキャラクターに劣るといっても過言ではない。
特に注目すべきポイントは「極端すぎる横ハネの髪型」である。髪型は不人気要素を大きく左右すると言われつづけているキャラクタービジネス界だが、アイマスも当然例外ではない。
先輩アイドルキャラである「秋月律子」などが分かりやすいだろう。Xbox版の律子の髪型はご存知の通り"三つ編み"であるが、これがまた律子の不人気に拍車をかけていたと言わざるを得ない。
ニコマス界隈では、この三つ編みを取った律子を「覚醒律子」と持て囃し、可愛い、こっちの方が良いなどといったコメントで溢れかえった。
つまり、キャラの可愛さにおける髪型の注目ポイントは非常に大きいということである。緑髪は不人気であるという風潮もネット界では有名か。
そう、未央の髪型は不人気への拍車をかけているのである。筆者はこれが一番のマイナスポイントだと思っている。
横ハネを持つキャラクターはアイマスには何名か存在する。大正義主人公である「天海春香」もその一人。だが、あまり目立つことがない横ハネであることが見た目で分かるだろう。
そしてシンデレラガールズでは「輿水幸子」が有名か。こちらも大人気キャラであり、キュートタイプの筆頭人気キャラとして君臨しているほど。同じ横ハネでありながら未央と人気の差は歴然。
なぜここまで差があるのか、それは横ハネが自己主張をするレベルで目立っているかどうか、である。未央の場合、髪型を見たとき、とにかく横ハネが目に付く。
ショートヘア―の下半分すべてが左右に跳ねているのである。これはいけない。可愛い見た目を台無しにしていると言わざるを得ない。
その証拠に、同じ髪型をしている「西島櫂」も不人気キャラの筆頭である。なんと未央以上の横ハネ持ち。これでは人気がでるわけがない。二人とも折角の巨乳キャラなのに実に勿体無い。
これをシンデレラガールズ稼働当初にやってしまい、第3回総選挙まで一回も50位内入りすることが無かったほど人気が無かったのだ。レアリティNのカードイラストも実に可愛くない。特訓後のN+なんて修正を入れなければならないレベル。
未央の特徴の1つはやはりパッション溢れる元気娘で誰とでも気軽に友達になれる社交性を持った性格であるだろう。
そもそもとして、オタクは元気で積極的な子に苦手な印象を持つことがわかっている。特に未央はコミュ力魔神であるため、間違いなくスクールカースト上位勢だろう。
未央はそういったキャラクターの中でも特段コミュニケーションを取るという意味では飛び抜けている。無作為に相手にスキンシップを行い、許可も得ていないのにあだ名をつけ、どんな相手にも遠慮なく絡みだす。
未央の場合、ただ元気が良いとは勝手が違うのである。性格上「誰かと絡む積極性」という意味ではシンデレラガールズ随一の行動力の持ち主である。この特徴が逆効果になってしまっていると言えるだろう。
暗い学生時代を過ごしてきた彼らにとって愛着が湧くような性格ではなく、行動そのものが異次元世界の住人みたいなものである。傍から見たら近寄り辛いという印象をうけていることだろう。
そんなキャラクターを果たして彼らは好きになるのだろうか。きっと一部にはいるだろうが、大多数は無理だろう。なぜならオタクが好きなのは「大人しく、自分でも守ってあげられるようなか弱く清楚で小動物な子」だからだ。
デレマスの人気上位キャラクターにはやはりというか、そういう子が多い。緒方智絵里、鷺沢文香などがそれに当てはまるだろう。
この二人は極端だが、とにかく元気過ぎず、自分のテンションでもついていけそうな子がこの手のキャラクターではモテている傾向にある。
つまるところ、自分でも相手が出来そうなキャラクターに愛着をもったり、興味をもったりするのである。普段から根暗な人物たちの人間心理としては至極当然のことだろう。まさに未央の性格とは真逆なのである。
アイマスを好きになるようなユーザーは、未央みたいな性格のキャラクターを好きになることはなかなかないのである。悲しいことに。
同じソシャゲであるガールフレンド(仮)の人気投票1位が誰か知っているだろうか。「村上文緒」というキャラクターであるが、このキャラクターの設定と性格は先ほど紹介した鷺沢文香とほぼ同じである。最早語るまい。
アニメで発言した「ほらほら笑顔、忘れてるぞ☆」はあらゆる視聴者をイラつかせたことだろう。なお、この発言は後述する問題のアニメ6話~7話の次の話である8話で発言されたセリフである。タイミング悪すぎと言わざるを得ない。
ここで言う酷いとは、"不遇だった"という意味ではない。全くの逆、"超優遇"だったからである。それとは別に、最早デレアニ界隈では黒歴史とされている6話についても含め、酷い扱いと捉えることとする。
まずアニメシンデレラガールズ6話について語ろう。この6話が、アニメシンデレラガールズの人気の全てを左右してしまったと言っても過言ではない。
6話の内容だが、軽く説明すると「本田未央が新ユニットニュージェネレーションズのリーダーとなり、ユニットとして初ライブに挑むが、あまりにも少ないお客に未央がプロデューサーに逆ギレし、アイドル止めると叫び逃げ出す」といったストーリーである。
これだけ書くと誰もが思うだろう。なんだこのクソキャラと。実際のところ、この話の背景には様々な思惑やすれ違いが発生しており、一口に語るのは早計であるのだが、この6話を普通に見ていた視聴者達の大半はそう考えなかったのであろう。
放送後、もう荒れに荒れるのである。記事冒頭に書いた通り、アニメの本スレ、ゲームの本スレ、実況スレ、アフィブログ、Twitter、その他SNS、ありとあらゆるサイトで荒れた。
当然と言えば当然だろう。こんな描写をされ、それでも「未央の気持ち分かる」「これはしょうがない」「これでこそ未央」「子供だし仕方ない」だなんて思った人物が果たして何人いるだろうか。いたかもしれないが、決して多くは無いだろう。
この6話以降、アニメ終了まで、いや終了し1年が経過した今でも「本田リーダー」とバカにされ続け、アフィブログの恰好の餌となり、未央アンチを大量生産してしまった結果となったのだ。
アニメのスタッフ曰く、「未央は非常に脚本的にも使いやすいキャラクター」と雑誌のインタビューでも公言しており、シリアスやキャラの成長描写を入れたかったがために、落として上げる脚本にしてみたのだが、結果はごらんのとおり。
落としたら人気が0以下になり、頑張って上げたが0に戻ることは無かった。そんな印象をうけたアニメであった。7話で武内Pと和解するが、それで救われた未央Pがいるのならそれはそれで良しとしよう。
だが、今日の未央の嫌われっぷりを見て、果たして何人の未央Pが心身安定の状態でいるのか実に気になるところ。
このテーマの冒頭でアニメにおいて未央は"超優遇"だったと記述した。上記ではまるで不遇な扱いを受けているように感じるが、問題は8話以降である。
2つ上げるとするなら、「セリフ量がアニメで最も多い」「とにかくいろんなキャラに絡み、出番が多く目立つシーンが多い」。
メイン回が6話にあったにも関わらず後半も数えきれない量で出番があり続け、1期の8話のメイン回以降ろくに出番のなかった蘭子に比べると破格の扱いであることがよくわかる。
ただでさえ6話で下がりまくった人気なのにこのアニメでの扱いである。アンチは量産され続け、普通の視聴者すら面白い心境ではなかったであろう。火に油を注ぐ結果になったのは言うまでもない。
それもこれも「脚本を書く上で使いやすいため」という結果に収束するからである。なんと皮肉なことか。
4.極端すぎる運営贔屓
テーマタイトルそのままの意味である。未央は基本不人気のまま進んで来たキャラであるが、やはりニュージェネレーションの一人として、そしてパッションの代表キャラとして表に出さざるを得ないキャラとなってしまっている。
だが、現状の人気は今まで説明してきた通り。第2回まで圏内入りすることはなく、フリートレードの価値も安い、pixivでもイラストの数は卯月や凛と比べると圧倒的に少ないといった感じ。
だが、第3回総選挙では5位。第4回では18位、第5回では6位を記録している。こう書くと、なんだ普通に人気キャラじゃんと思うかもしれないが、実はここにテーマタイトルの真の意味がある。
シンデレラ総選挙はあるシステムに則って行われている。それは投票権1枚につき1人一票を"何度でも同じキャラに投票できる"という仕組みと、投票券は"ガチャを引くことで手軽に手に入る"という仕組みである。
つまり、その投票期間に行われているガチャのキャラクターがもし自分の担当だった場合、ガチャを回しまくり、手に入れた投票権を担当に突っ込みまくるといった現象が発生するのだ。
もうお分かりだろう、この未央が5位、6位を獲得した第3回と5回の総選挙、未央がガチャ登場キャラだったのである。当然ガチャに登場させるキャラクターは運営が選出している。
こんなことが行われていたら当然納得いかない奴らはこういうだろう、「運営は未央を総選挙上位に押し上げたいからガチャに未央を選出した」。至極ごもっともな意見である。そう思われても仕方がない。
第3回はテーマ上、1stライブに先駆けてニュージェネレーションの卯月、凛と共に月末ガチャに登場といったものだったので、ここはまだライブ関連、ユニット繋がりで言い訳が通りそうなものである。
だが第5回に至っては特にイベントもライブもないにも関わらず直前に未央単体のガチャを投入。あきらかに狙ったものであると言わざるを得ない。
第4回の時には未央ガチャが行われなかったため、18位という結果になり、Paのみでも4位という結果に終わった。
これはマズイと思った運営が未央を上位に組み込むため、総選挙のタイミングでガチャを行ったと思われても不思議ではない。これを贔屓といわず何と形容されるべきか。
上記以外にも、ちょうどいまこの記事を描いているときに問題になっている事柄が1つ存在する。未央の他キャラへのカードイラスト出張である。
つまりどういうことかというと、スターライトステージのガチャで出てくるアイドルのSSRイラストに「未央がそのキャラクターと一緒に映っている」というものである。
SSRイラストといえば、そのキャラクターをこれでもかというほど可愛く書いたイラストであり、手に入れたユーザーにとっては宝物にも等しい。
なのにそのイラストに、全く別のキャラクターが出張ってきてるのである。特訓前のみの登場であるが、これに苦言を示した該当キャラの担当Pが本当に多く存在した。
当然文句を言う人らは「未央アンチである」といった扱いをされ蔑まれているが、当人たちの気持ちとしてはたまったものではないのであろう。分からないことも無い。言葉にはしなくとも、内心そう思っているP達はきっと多いことだろう。
さて、ここまで大長文でお送りしてきたが、いかがだっただろうか。
こんな文章を最後まで読んでくれた方がいるのかはわからないが、今自分が考えていたことを文章として残しておきたかったが故の行動である。
最後にもう一度書くが、筆者は未央アンチでは決してない。思っていたこと、考察したことを文章にまとめただけである。勘違いしないでほしい。
冒頭にも書いたが、これら4つの要素は決してそのキャラクターとそのキャラのファン達を幸せにすることは無い。絶対に無い。
溢れかえる今日のキャラクタービジネスコンテンツだが、明らかに「運営による無能行為」によって闇を見るキャラクターが多くなっている。
ここに記載した考察が世に広まり、アニメ・ゲーム業界の方々の目に入り、今後も本田未央のような「人間の悪意」を一身に背負うような不幸なキャラクターが生まれないようにして頂きたい。
是非とも、これらの要素を今後の反省課題として脳内にとどめて置き、新しいキャラを作り、そのキャラクターを育てていく際の糧としてくれることを切に願う。
以上
デマ医療サイトwelqで、welqをはじめとするiemoなどのキュレーションメディアを公開中止にして、MERYは残したたDeNA。
でももともとはiemoもMERYも、もともとはベンチャー企業で、DeNAが始めたサービスではない。
DeNAは買収しただけ。
ということはパクリメディアを育てたベンチャー企業がいるわけで、例えばMERYはベンチャーキャピタルANRIに投資されて成長した。
「行儀作法は最悪だけど最終的に世界を変える、それってとてもインターネット的勝ち方じゃありませんか? それ実現できないならwelqは潰れるべきだし、実現したらみんなで讃えればよいよ。」
https://web.archive.org/web/20161125113125/https:/twitter.com/Anrit/status/802108464415637504
ようは、世界を変えられたら、悪いことしていいよって公言するわけだ。
それを山本一郎氏をはじめとしてtwitterでつつかれたら、「ベンチャー企業が萎縮しないように発言した」、と言い訳をしている。
https://web.archive.org/web/20161202104526/https:/twitter.com/Anrit/status/802355786055749636
そもそもせどりで稼いでいたグレーゾーンの人を公式の場で集めているあたり、お金が稼げればなんでもいいという意識が強いのかもしれない。
「メルカリなどを使って月5万円以上せどりで儲けてた、アフィリエイトで月10万以上儲けてた、という学生なら優先的に出資決められるので連絡ください。」
https://web.archive.org/web/20161202104148/https:/twitter.com/Anrit/status/799438311462825984
記事丸パクリで何度も騒がれるカウモだってSkyland Venturesなどベンチャーキャピタルに投資されている。
http://animeblog.hatenablog.jp/entry/2016/05/07/120542
ようは、若い人を応援するというような主張をするベンチャーキャピタルの人たちが、
こぞって犯罪行為に投資しているため、こういう犯罪は無くならない。
企業が悪いというよりは、そういうものに投資してお金儲けをしている人がいるから、
身内が大手のネットワークビジネスに嵌っている。
私はそういった類のものを好かない。
私のスタンスや考え方はこんな感じだ
別にやめろという気はない。他人が時間とお金をどう使おうが好きにしたらいいと思う。
・匿名の存在でいられて、無料でなにか物を貰えて、見返りを求められないならそれは有難くいただく。
物には罪はない。これあげるから顔出してーとかは行かない。
・これいいなぁと思える物であれば購入もする。
現に私は浄水器のカートリッジ(万単位)ぐらいなら購入してもいいと思ったので、身内から浄水器を貰った。
市場価格より高くても、設置や交換も身内がやってくれるのが利点なのだ。交換めんどい。
肌に合わなかったけど、安くて無添加でいい感じっぽかったから。
私自身が納得していれば、ネットワークビジネスであっても別に拒否はしない。
クレジット登録が必要だけど無料とか(不必要に個人情報は渡したくない)
最初だけ無料(結局返品するし手続きめんどくさい)というの個人的にいらない。
いいと思えば最初から購入する。別に失敗してもいい。自己責任だし。
・考えた人は天才
何十年前から口コミ型のプライベートブランドで商売するなんて凄いと思う。
全部自社で作ったり、安く商品を仕入れて、自社の名前入れて売る。
今や当たり前の商売方法であるが、それを何十年も前からやっていた先見の明はすごい。
・会員に夢を見させて、私から見ると宗教ちっくな洗脳を施すところも天晴れ
外車にブランド物のスーツにタワマンの最上階・・・モデルや芸能人有名人などプロモーションの能力は凄いと思う。
若い子や、自己肯定力がちょっとおかしい人や、今の生活に不満や不安を抱えている人は憧れるんだと思う。
そりゃいいなぁとは思うけど、中の上ぐらいで十分幸せ感じるタイプ。
上記を踏まえて、なぜ私がネットワークビジネスが嫌いなのか考えてみた。
私の主観で話す上に、うちの身内に限った行動ばかりである可能性もある。
どのくらい嫌いかというと、家族であっても私を力ずくで巻き込もうとした時点で縁を切りたくなる。
私は結婚して子供がいるが、子供がもし身内と同じことをした場合100%「お前は私の子供じゃない」って言う自信がある。
嫌いな理由
・久々に会いたいーとかお料理教室おいでーとか何故か身分を偽造する
久々に会いたい気持ちもあるんだとは思う。
でもメインは説明と、あわよくば仲間を増やすところですよね?感を払拭できない。
またお料理教室に来てご飯食べてってーといいながら、キッチンはロゴマークだらけ、メンバーほぼそこの人。怖い。
調理器具や食材の良さを解説されたり、解説がなくてもあなたも欲しくなるでしょ?感を感じる。
私はただ単純にこわい。ロゴマークだらけのキッチンが。いいでしょ感が。
多分信者はそんなつもりじゃないって言い出す。
でも私はコミュニケーションはいつだって受け取る側が正であるべきだと思う。
久々に会いたいという感情と、ビジネス勧誘はミスマッチだと思う。
ついでに。。。だとしても、発信側が思う以上に、受信側にはこれらはインパクトが強い。
だってそんな話されると思ってなかったんだもん。
だってそんなロゴマークだらけのキッチンだなんて思わなかったんだもん。
でも数年経てばちゃんと身内以外で達成すべきだし、ずっと頼りにするような人は向いてないと思う。
売買契約時に「家族だから」という言葉は、買う側のみが口にしていい言葉だと私は思う。
(これはネットワークビジネス関係なし)
関係に亀裂が生じてはいけない関係のはずなのに、その可能性が十分にある。お金を挟むと人は変わる。
情に付け込まないと物やサービスが売れないということは、その営業向いてないんじゃない?と私は思う。
また身内に何十万もするものを、まわりから見て必要以上にコンスタントに買わせるのが理解できない。
責任取れるの?身内の場合、責任取らなきゃいけなくなるんだよと。
個人事業主ぶるなら、顧客は家族友人以外で見つけるべきだと思う。
今月ポイント足らなくてーと身内に毎月のように言うのは向いてないんだよって私は思う。
・今からやって凡人が儲かるとは思えない。
先に初めても頑張った人が儲かるのよーなんて言っても、この手のビジネスはやはり先に始めた人が強い。
単純に100人中60人が会員の村と、会員ゼロの村では成功する確率が全然違う。
今頑張ってる人が稼げるのは当たり前。でもそれ以前に既に市場が荒らされているのだ。
そりゃ今からでも儲かる人は儲かると思う。
でもその人達はそこじゃなくても儲かるタイプの人だと思う。多分不動産でもお水でも時計でも水商売でも売れるタイプ。
会員0の村が貧乏村なら、会員80人の村で1人の富豪を捕まえるべきだと思う。
またネットワークビジネスで一発タイプは副業が多い。
また誰かのノウハウを参考にしてるうちは、お金持ちになれないというのが私の考え方でもある。
わたしなら稼げない会員集めて何かに特化したネットワークビジネス始めると思う。やらんけど。
・押し売りが凄い
いらないんです。
どんなイケメンでも興味がなければただの人。
付き合ってーと何回言われても付き合わない。興味ないんだもん。しつこい人は嫌いです。
気が変わるかもしれない?
気が変わる人もいるのかもしれないけど、今の私の気は変わらない。
そこを見極められていない時点でダメだと思う。
自分の成功のために、人を定期的に不快にさせるというのが理解できない。
わたしは苦手だと公言してても諦めないガッツは、新規顧客開拓に使うべきだと思う。
・みんながみんな健康になりたいわけじゃない
ぶっちゃけあと15年は子の養育の義務があるからそこまでは生きるべきだと思う。
なぜかみんな健康になりたいとか、長生きしたいという前提で話してくるけど、若い世代の老後に光はあるのか?
その頃は私も若く、わりと感情的に嫌いだった。気持ち悪かった。
数年経ち、まぁたまに会ったり食事するぐらいは平気になった。
やっぱり身内だし、身内が楽しそうなので幸せならそれでいいと。
また距離を置く前に、身内が自分のせいで私が不幸になるなら誘わないって言ってくれていた。
やり方は嫌いだけど、考え方は嫌いじゃないと思った。
ビジネスの話なら断る。違うよと言いながら結局は商品の話だった。
今月ポイントが150万なんちゃらでー無料で空気清浄機を置かせてと。
まぁ気にいったらうんぬんといってたので結局買わせる気なんだと思う。
やっぱりやり方もその諦めないところも好きになれない。
私は身内が成功するための駒なんだなと感じる。
なりふり構わない姿勢はいいと思うけど、私を駒にはしないで欲しい。
駒になりたくない人間なのだ。心もプライドも傷つくんだと正直思う。
会社員なので会社の駒ではある。その代わりお給料は頂いている。
考え方が合わないのであれば一緒にいる必要もない。
そんなこと言うと親が悲しむとか、親の育て方がーというのも違う。
人には性格がそれぞれあるし、感じ方もそれぞれ違う。
別に一般的にこんな商売方法やピラミッドであることは珍しくないと思う。
でもやっぱり嫌いだ。
「自己投影」を外で公言しにくい理由として、「女の性欲が抑圧されている」という結論に行く人が多い。
もちろんそれも大いにあると思う。
ただ、あまり語られてない気がするけど、以前の日記で書いた「嫉妬感情」もあるんではないかと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20161128011528
たとえば「A×BでBというキャラに自己投影している」と公言している人に匿名でない界隈で出会ったら、自分が感じるのは「慎みがない」という軽蔑よりも「嫉妬」だと思う。
「キャラAはキャラBのものだろうが。お前の物じゃない」というふうに感じてしまう。
「現実に存在する誰か」が好きなキャラに入り込んでいることを確認させられたくない。
でも、自分が愛するキャラを同じように愛で、創作している仲間がたくさんいるのは嬉しいわけです。
"同じ原作キャラの視点"を"現実にいるオタクが中に入ってる"という雑味を混ぜずに界隈の人と共有したいんです。
言わぬが花なんです。ギスりたくない。
なんだろうな。ちょっと違うけど、美少女コンテンツはオッサンが作ってるっていうことをあまり考えたくないっていうのに似てる。
http://anond.hatelabo.jp/20161123235437
意外とゲイと女装って別のコミュニティで、女装は一見すると普通で地味な人が多い。
深く話すまでは、趣味で女装していて、実は良識人で知的なんですよというフリをする。
女装する人たちの欲望は内向きなもので、ナルシストな人間が非常に多い。
自分の美しさを証明する、自分の優位性を確保する、そんな目的で女装している人間が多いと思う。
社会では不当に自分は扱われていて、自分はちやほやされるべき存在。
時には、女性への恨みが深く、恋愛市場で不遇な扱いをしてきた彼女らよりも、女性的な魅力を持っていると確信することでその復讐を果たそうとしている人間もいる。
自分より綺麗な女じゃないと付き合えない、なんてセリフは掃いて捨てるほど聴いた。
ゲイは経験人数が多いのが特徴とあるが、女装は援助交際の割合が非常に多い。
どんなにおとなしそうでも、どんなに女装が似合っていなくても、パパのような人がついており、
服を買ってもらったり、コスメを買ってもらったり、女装やハプニングバーのイベントに連れてってもらっていたりする。
趣味で始めたと公言していた子持ちの中年も、半年後にはSNSで「アナルマゾ奴隷です。男のご主人様を募集しています」だなんて書き込んだりしている。
子持ちだろうが既婚だろうが関係無い。猫をかぶっていても、最初はノンケだって言っていても一年以内には男性経験豊富になる。
若い年代に限れば、その世界は完全にルッキズムに支配されており、容姿が女性的であるかどうかがヒエラルキーを決める。
特定の地位までいけない者は女装の世界に敗れ公の場を引退をし、個人間のやり取りで別のパパを探し続ける。
ある程度以上の者のうち何割かは、認めてくれている世界の自分こそが真実の自分だとおもうようになり、性転換まで行き女性の世界で一般人に逆戻りする。
中途半端な者はその世界にとどまり続け、経験が長い分女装評論家を気取るようになる。
ルッキズムが染み込んでいるので、時には、性同一性障害である人々を見下し、矮小な者として扱うようになる。
時々、本当の性同一性障害のコがその世界に迷い込むが、繰り広げられている惨憺たる光景を目にすると、すぐにその場から逃げていく。
ルックスという戦闘力でマウンティングを繰り広げるその世界は、さながら男性的な世界とも言える。
一時期、女装がブームだなんて言われていた時期もあったが、その実情を目にした時、嫌悪感を抱く人間が続出することは想像に難く無い。
表面では仲良くしていても、コミュニティの裏側やネットの掲示板などでは醜い貶しあいを続けている。
知り合うことで損をする人がたくさんいる。
一見すると特異で面白そうな人間に思えても、本当に関わらないほうがいいだろう。
生きるために仕事をしてるのではなく、仕事のために生きている。
例えば、仕事で人に迷惑かけないよう、いつでも残業できるように予定は入れない。
友人は学生の時の仲良しのみで、卒業後に新しくできた友達はいない。
■いつもイライラしてる。
思うように仕事が進まないこと。
見当違いな反論をされて何から説明したら良いのか途方にくれること。
仕事で心が疲弊して、何もする気が起きず、部屋が散らかり放題なこと。
そんな自分の全てが嫌になること。
子持ちは早く帰り、小無しにしわ寄せがくること。
■いつも焦燥感がある。
Facebookでの様々な報告…
趣味での成功、ブレないライフスタイル、信念を持って撮り続ける行動。
彼氏ができない。結婚できない。駐在できない。帯同できない。出産できない。
■いつもビクビクしてる。
少しでも目立てば叩かれる。
この3つの気持ちが、心の中でグルグル渦巻いて、それぞれの気持ちが足を引っ張りあって、より強い負の感情となっていく。
■鬱ではない。
こんな状態でずっと生きてる。
成績も1番ではなかったけれど上位だったし、一般的に良いと見なされる企業で働き、それなりの評価も得て、仕事をさせてもらってる。
■私は早く挫折したい。
鬱発症でもいい、出勤できないほどの痛みでもいい、クビでも降格でも、流産でも、離婚でも、何でもいい。
もう今のような働き方が出来ないくらい心が折れてほしい。
■そして、もうこんなに頑張らなくて良いんだと、気持ちを楽にしたい。
相手の非を責める気持ちを持たずに、自分の仕事も完璧でなくて良い、身体に良いものを食べて、よく寝て、よく笑って、家族の寝顔を眺めながら眠りにつき、今日も良い1日だったと思えるようになりたい。
日本では出会う→デートする→告白→付き合う→キス・セッ○クス・etcという流れが一般的だが、なぜ大多数の人間はこの流れに沿って恋愛をするのか理解できない。
別に付き合わなくても、デートできるし、キスもできるし、旅行だってできるし、なんだってできるんだぜ?
それなのに何故付き合うんだ?
なに?彼氏彼女の関係になったら他の異性と関係を持ったらいけないルールがある?
何たわけたこと言ってるんだ?
だからどの異性と関係を持とうが、何人の異性と同時に関係を持とうが自由。
それをとやかく言う権利は誰にもありましぇーーっん!
自分の友達が、自分の知らない友達と遊んでたからって「ひどい。。。浮気したンダ。。。」なんて言うか?普通言わないだろ?
大体、付き合うって一体なんなんだ?
付き合ったら何が変わるんだ?
「付き合ってくだぱい!」「うん♡イ・イ・ヨ。。。」ってなったら何が変わるんだ?
別に、お互い好きなら「好きダ・ヨ。。。」と言い合ったり、態度で示したらいい、一緒にいたらいい、セッ○クスしたらいい、それだけのことである。
「私、付き合ってない人とはセッ○クスしない主義なんだ!」と公言する女性をよく見るがあれはなんなのだろう。
私は軽い女じゃないアピールだろうか?
はたまた冗談でも言っているのだろうか。
いや、そんな風には見えない。
オレが推測するに相当のアホか、頭が狂ってるんだと思う。
もう一回言う。 相当のアホか、頭が狂ってるんだと思う。
「オレと付き合おう。オレは真剣ダヨ。。。君を大切にしたいンダ。。。(ホントはお前の体しか興味ないんだけど)」と詐欺師に告白され、付き合ったらオマン○コくぱぁするのだろうか?
それでもいいのだろうか?
「そんなのイイ訳ないじゃん!」という声が聞こえて来そうである。
じゃあ一体何のために「私、付き合ってない人とはセッ○クスしない主義なんだ!」と言っているか訳がわからなくなる。
もしかしたら頭が狂ってるから訳のわからないことを言うのかもしれない。
「結婚するまでエッ○チしません!」と言う女性もたまに見かけるが、こっちは頭のネジが最初から付いていなかったか、宇宙人なんだと思う。
こちらはもっと深刻だ。
恐らくこういう女性は結婚もエッ○チも出来ずに人生を終える可能性が高い。
いずれにせよ付き合うということに何か特別な意味があるとでも思っているのだろう。
付き合うということはそういうことだ。
出会いがあれば、別れもある。
これが理解できれば、恋人に振られて逆上して殺人を犯したり、ストーカーする人が少なくなって日本も少しは平和になるんじゃないかと思う。
今まで生きてきて、1度も結婚式に呼ばれた事がない。ひとりっ子かつ親戚付き合いも殆どないので、身内の結婚式にも出たことがなく、本当に祝いの席に参加した経験は皆無である。流石にこの歳になると、結婚式に出た事がないとは恥ずかしくて誰にも言えない。友達がいないと公言しているようなものだ。
友達がいなかった訳ではない、と思っている。いや、今となってはよく分からないが。
小学校はイジメられっ子だったが、学区の違う中学、高校では一緒に遊ぶグループもできた。しかし卒業と同時に縁が切れ、今ではフェイスブックでふわふわ繋がっているだけの関係。なまじ繋がっているから、彼等が素敵なパートナーと結ばれて華やかな式を挙げたことだけは知っている。早い人には子どもも出来た。大学生活はリア充とは程遠かったものの、サークル、語学のクラス、バイト先、学生寮にそれぞれ親しい人達がいた。しかし、サークルは活動がガチ過ぎてついて行けなくなって辞めてしまった。無理にでもついていくべきだったのだろう。語学クラスとバイト先の仲間は、進学•就職を機に付き合いがなくなった。こちらも高校時代同様、フェイスブックだけで未だふわふわ繋がっていて、最初の数年は同窓会もやったりしたが、そのうち開催しなくなった。SNSでの私の見かけの友達数はやたら多い。学生寮の人間とは、引越した後も比較的長く付き合っていたが、2-3年もすると徐々に疎遠になってしまった。学生寮は同窓会ネットワークもないので、今後会うことはないような気がする。大学院の研究室の関係者とは、今も関わりがない訳ではないが、非常に表面的な付き合いである。
考えてみたら、友達だと思っていたのは私の一方通行な勘違いで、どこにも友達は居なかったのかもしれない。だから、誰からも祝いの席に呼んでもらえないのだ。お前が積極的に繋がりを残そうとしなかったのが悪いんだろう、自己責任だ、と指摘されるかもしれない。確かに、私は同窓会の幹事をやった事もないし、そんなネットワークも行動力も持っていなかった。でもその程度の受け身人間、いっぱい居るじゃないか。それに、親しい(と思っていた)数人に連絡して遊びや飲みに誘うくらいのことなら、自分でもやってきた。けれど、私がやると何故か上手くいかないんだ。誰も乗り気でないような、酷い場合には全員不参加で流れるような。
今の職場にも、プライベートで飲みに行ったりする仲間はいるが、彼等を友人と呼んで良いのか分からない。職場が変われば簡単に付き合いは無くなる気がする。ついでに言うと既婚者ばかりなので、仮に付き合いが続けられても結婚式未経験なのは変わらなかったりする。
そういえば職場の後輩が、学生時代の友人の結婚式が今週末あると言っていた。新しい服やらご祝儀やら、出費がキツいと嘆いていた。「増田さんくらいの年齢だと結婚式多いですよね?どうやってやりくりしてるんですか?」と聞かれたけど、さすがに行った事がないとは言えず、金欠だよね等々言って適当に誤魔化しておいた。今頃披露宴なのだろうか。誰かの華やかな人生の門出に立ち会って祝福するというのは、どんな感じなのだろう。私には、誰かを祝福する資格は無いのかもしれない。
今のジャニーズはどんどん高学歴化が進んできていると思う。デビュー組でもジュニアでも、有名な大学を出ていたり、大学院に通っていたりする人もいる。
私の担当だった人も、当時大学に通っていた。私は大学に入学した当初、自分の大学にジャニーズがいるなんて知らなかったし、ましてや彼の存在さえ知らなかった。
しかしひょんなことから、私は彼を知り、彼のファンになった。ステージの上で、キラキラした笑顔で踊る彼をとっても好きになった。
好きになってから彼のことをネットなどで調べているうちに、彼が大学に通っているということを知った。もっと調べていくうちに、彼が私と同じ大学に通っているかもしれないということが分かった。だけど所詮ネットの噂。いくらなんでもそんなことあるわけない、なんて思っていた。大学に通っていることは本人も公言していたからそれは事実として、私はそれ以上のこと、どこの大学で何学部なのかなどは特に詮索しなかった。
それから3か月たったある日のことだった。
今でも覚えている。
金曜日の、3限終わりだったと思う。
3号館だか4号館だかの階段。
4限の教室へ移動するために、友達と話しながら階段を上っていたときだった。
階段を下りてくる人に見覚えがあった。でも別にサークルの人でも同じ学科の人でもない。
その人の顔を見たとき、漫画みたいに、本当に鼓動が大きくドクンと鳴ったような気がした。
自担だ。
階段から下りてきた自担は、当たり前だけどステージ衣装ではなく、普通の大学生の格好をしていた。
普通の大学生の格好をし、普通の大学生の友達と普通に会話をしていた。
3か月前わたしが所詮ネットの噂だと信じなかった情報は真実だったと、私はその時自分の目で確かめて知った。
その衝撃の出会い以降も、何度かキャンパス内で見かけることがあった。学年も違うし学部もどうやら違うらしかったので、授業がかぶることはなかった。
キャンパス内で自担を見かけるときは、本当に奇跡みたいな偶然が多かった。昼休みにご飯を食べるためにたまたま入った空き教室に彼もお昼を食べにやって来たり、試験前日に友達に「試験問題の回答を一緒に作ろう」と呼びだされ食堂に行ったら近くのテーブルで自担も友達と一緒に勉強をしていたりしたこともあった。
でも何度見かけても、私は話しかけることは絶対にしなかった。というかできなかった。
友達に「話しかけなよ!『ファンです!』って言われたら向こうも嬉しいと思うよ!」と何度も言われたが、私はできなかった。
大学内で見かけた自担はどこからどうみても正真正銘「普通の大学生」だった。ある意味「ジャニーズオーラ」というものは全くなかった。
大学に通っている自担は、仕事の一環でも何でもなく、完全に彼のプライベートだ。そこに踏み込んで、「ファンです!」と言うのは違うと思ったし、彼にとっても迷惑だろうと思った。
自担と私が同じ大学に通っていると知ってからも、私は自担を見にコンサートや舞台などに行っていた。
だけどいつからか、ステージに立つ自担を見て違和感をもっている自分に気が付いた。
私はいつからか自分が、ステージに立ってキラキラの笑顔で踊っている自担を「○○大に通っている大学生」というフィルターを通して見ていることに気が付いた。
ステージに立っている自担と、大学に通い真面目に勉学に励んでいる自担のギャップというものをリアルに感じてしまい、感じすぎてしまい、とても戸惑った。
そして私はいつからか、アイドルの自担が好きなのか、大学生の自担が好きなのか、分からなくなってしまっていた。それはとても怖いことだった。
そしてもっと怖かったのは、「私は自担と同じ大学に通っているんだ」という謎の優越感を持っていたこと。彼のプライベートをのぞき見しているような罪悪感や戸惑いを感じているのと同時に、ある種の優越感を感じていた自分は、本当に馬鹿らしくて卑しくて嫌だった。
私はアイドルが好きだ。アイドルのプライベートは、雑誌などで近況を知る程度で良かった。
だから私はいつのまにか、「自担と同じ大学に通っている」ということすら嫌になってきた。そして私は程なくして彼の「担当」を辞めた。
ステージでキラキラしている自担が本当に大好きだったから、大学で見かける彼は別の存在として割り切って応援できれば良かった。でも私はそれができなかった。
彼が「担当」でなくなってからは、もうキャンパスで見かけても何とも思わなくなった。アイドルの彼を見に行くこともなくなったから、キャンパスで彼を見かけてもそのギャップすら感じなくなった。不純な担降り理由だとは思うけど、少なくとも私自身にとってはこれで良かった。
残業が禁止になった。これまで20時や21時に退社する人の方が少なく、「22時過ぎてからが残業だ」とさえ思っていた。もともと仕事が好きで、何時間でも没頭出来るタイプだったし、そういうタイプの人間が多い職場だった。23時頃に一息つきながら、そういった仲間と仕事の話で盛り上がるのが好きだった。
会社から残業禁止を言い渡され、定時退社する社員が増えた。20時にフロアに2~3人しか社員が居ない事もザラだ。入社から5年で、初めて見る光景だった。これまで「早く帰る奴はやる気が無い」と公言していた上司が、「残業する奴は仕事が出来ない奴だ!」とまで言い出した。「1日8時間で仕事を終える」事が職務優先事項の第一位となった瞬間だった。
自分自身も周囲に同調する形で積極的に定時退社を行った。これまでより1日6時間少ない労働時間。その中に仕事をどう収めるのか。何をやり、何をやらないのか。真っ先に削ったのは積極的に上げていた企画や提案書作成に割り当てる時間だった。締め切りがあるルーチンワークは削れない。それを淡々と消化するだけで手一杯だ。他部署からの依頼に快く応じる事が困難になった。初めて、「それ本当に急ぐ必要ありますか?」と言ってしまった。
社内で社員たちが雑談する姿もめっきり見なくなった。皆淡々とPCに向かってタスクを消化している。社外へのデータ持ち出しが制限されている為、PC作業は就業時間にしか行えないからだ。残業申請にもそれ相応の理由が必要になった。「書類作成」なんて理由では却下される。クライアントや下請先の都合など、外部が絡まないと認められないのだ。「どうすればもっといい仕事が出来るのか?」そんな濃い話をしていたメンバーとの会話は、朝に挨拶を交わす程度になった。
定時出社に定時退社、残業代も分単位で正確に払われる。これは素晴らしい変化だ。今年もリクルーターをやる事になったが、この話を聞けばきっと就活生の目はキラキラと輝くだろう。うちはいわゆるホワイト企業ですと胸を張って言える。応募者も増えるかも知れない。
でもそうじゃない。俺が彼らに伝えたいのそういう事じゃない。自分の力を最大限に発揮する為に努力する事や、困難な状況を仲間と乗り切った話や、企画がスマッシュヒットした時の達成感。お客さんから「次もまたあなたにお願いしたい」と言われた時の感動。そういったもっと熱のこもった話がしたいんだ。
残念ながら今の自分はそんな働き方をしちゃいない。時間を度外視してでもやり遂げたい何かを語る資格なんてない。