はてなキーワード: 科研費とは
鏡見るたびに、なんでこんなにでけぇんだよ、って腹がたつ。いみわかんない。胸がでかいことに腹が立ってる自分も意味不明だし、なんで自分の胸がでかいのかも意味不明。
老いも若きも男が見る、もうそれはしょうがない。生物的なサガだと理解してる。見ようとしなくてももう勝手に気付いたら目が胸を追っている、それくらいの勢いで見ているんだろうと思う。
だが私は見せたくてでかくしている訳ではない。勝手にでかくなりやがったんだ。視線に腹が立つ。やり場のない怒り。
胸がでかいのは遺伝だ。時代とともに栄養状態が良くなったのか、同じくらいの体型でも母親より私の方が胸がでかい。そのことに母親が良く思っていない気がする。
知らん。私のせいではない。あなたが美味しくて栄養たっぷりのごはんを私がおいしくいただいて大きくなったのだ。責めるな。
胸がでかい同世代の女には全く腹が立たない。あーでかいね、って思うだけだ。
さらし的な、ぺったんこにする方法もある。しかし、こんな爆裂にでかい状態からある日突然ぺったんこになったら、周りの男が全員「おや?」って思うんだろ?口には出さないが、思うよな!!!
え、今まで、何だったの???とか思うんだろ、まさか詰めてたん?とか思われるのも、まじで腹が立つ。どちらにせよじろじろ見る。なんなんだ、いったい。なんでこんなに腹が立ってるんだろ。
っていうかそういう問題じゃない。私は、自分の胸がでかいという事実に腹が立っている。これを何かでごまかしたところで、でかい事実は変わらない。
少し落ち着いてきた。いや、私のことは好きだ。
私は私の好きな服を着たいんだ。素敵な色の、セーターが着たかったんだ。
ただもう少し胸が小さければ、普通のサイズだったら。そんな変な感じにならない、胸!でかい!にならない。美しいフォルムで普通の体型に見えるんだ。
何か、何かを象徴してるんだよこのでかい胸ってやつは。わかんないんだけど。
縦にも横にもでかい、ボールみたい。ボール。いやボールじゃない、腹が立つ何か。
先生に聞いてみようかな。私は胸がでかいです。先生も良く見てるから知ってますよね。私は胸がでかいことも、先生が見てるという事実に腹が立っています。これはどうしてですか。これで科研費取れますかね?
https://academist-cf.com/projects/321?lang=ja
これかな
令和の時代に「誰もが」じゃなくて「女性が」とか書いちゃう教授の感性終わってるね、科研費取れずクラファンも取れず沈んで欲しいわ
学振落ちたとか、受かったとかの話が研究者界隈、大学院界隈で散見される時期になりました。
DC1は研究室移動の関係で提出までたどり着けず、D1のときのDC2は指導教員との不仲でこちらも提出までたどり着けず、そしてD2のDC2は提出までたどり着くも不採用でした。不採用だった結果に「研究者に向いていないのかも」と感じている人も大勢いると思います。私もそうでした。
学振は落ちましたが、結果として、私は今、大学で研究者として働いています。任期付きですが、助教です。
学振不採用だった結果、もちろん落ち込みましたが、そのお陰で(?)別の奨学金をもらって、留学しました。その奨学金は日本の機関のものではなく、留学先国のものでした。そのとき、もちろん日本の奨学金にも出しましたがすべて不採用。「日本では評価されないけど、あの国では評価してもらえるんだ。もう日本には帰って来なくてもいい。」と思って日本を出たのを覚えています。
結果として、色んな縁があって日本に戻ってきて、日本で研究者をしています。
日本では評価されなかった私の研究も、今では科研費をいくつか貰えています。この先も科研費が貰えるのかわかりませんが、日本の学術を取り巻く厳しい環境に、再び日本を出ようかと思っている今日この頃です。
https://anond.hatelabo.jp/20230908054922
入札にしないと日本共産党が騒ぐんだよ
この増田に対して、こんなブコメが付いてる。(9/9PM1:00の上位から順に)
○随契はそんな「どっかの政党がうるさくて」やってない、みたいな制度じゃないよ。どういう場合に随契にできるか、条例で全部決まってるの。
それらブコメはそれぞれそのとおりなのだが、では共産党(に代表される政府自治体に批判的な者)が全く影響を与えていないかというとそれは誤りなので少し解説しておく。
なお、国の制度を例にとるが基本的にはどの自治体でも同様の定めとなっている。
条文はいずれも予算決算及び会計令(昭和22年勅令第165号)から。
定められているのだが抜け道がある。
第九十九条 会計法第二十九条の三第五項の規定により随意契約によることができる場合は、次に掲げる場合とする。
二 予定価格が二百五十万円を超えない工事又は製造をさせるとき。
(略)
そう、随意契約というのはあくまで「できる規定」であり、入札によることをまったく否定していないのである。
実際、国の場合でいうとここで提示されている金額よりももう少し広めに一般競争入札が実施されている(役所にもよるが物品購入の場合だいたい100万円くらいから)。
何故か?簡単だ。共産党(などの左派政党)や市民団体(共産党系のオンブズマンが典型)からの追及が鬱陶しいからだ。
例えば予定価160万円弱の入札があったらどう思われるか。「随契にするために安めに予定価を設定したな」と追及されるのである。
「後ろめたいことがなければ反論したらいい」との意見もあるだろうが、そのためのコストが非常に大きく、かつ反論したとしても一度報じられて広まった場合、それを打ち消すことが困難な以上、役所は安全策を取らざるを得ないということになる。
余談だが公金を扱う仕事の大きな部分は「不正をしていないことの証明」の為に使われている。よく槍玉にあがる科研費をはじめとした大学の先生方の事務手続きもその一部だと思っていい。
入札を実施する際にはまず予定価を定める。予定価とは、この金額を超えて入札に参加してきても落札はできないという基準価格のことだ。
予定価をどう定めるかは役所側ブラックボックスなのだが、基本的には事業者からの相見積もりを参照する。
この見積もりについて、微に入り細に入り明細を求めるのもまた不正していない証明(共産党などからの批判予防)のためだ。
例えば「○○費用一式」ではダメで、「マネージャー1名×日当○円×○日」「調理師○名×時給○円×1日当たり勤務時間○時間」「食材費1食○円×想定食数」(時給は地域の求人を参照して最低額)などを求め余裕のないものになっている。
(余談だが、サービスの購入の複数年度契約の場合は物価条項を付けていることが多い。単年度の場合のリスクは事業者負担となっているんだろう)
(更に余談だが給食事業者の食材費は実費負担としているケースもある。事業者の事務負担が増え、更に利益が削られる場合もあるので嫌がる事業者も多い。)
つまり、儲からないギリギリの金額を予定価とせざるを得ない構造になっていると言っていいだろう。
入札価格が予定価を越えてしまうことを、「不落」とか「不調」と言ったりする。その場合の特例がある。
第九十九条の二 契約担当官等は、競争に付しても入札者がないとき、又は再度の入札をしても落札者がないときは、随意契約によることができる。この場合においては、契約保証金及び履行期限を除くほか、最初競争に付するときに定めた予定価格その他の条件を変更することができない。
つまり、予定価の範囲内で随契していいということだ。実務的には最低入札額を提出してきた事業者と交渉し、予定価ギリギリで受けてもらうことが多い。
共産党などによるこういった役所への追及が激しくなったのが1990年代、バブル崩壊以降だ(それまではそれなりに利益が出ていた。見積もりに利益を上乗せして)。
役所の仕事は必ず現金が手に入るので、儲からなくとも現金が欲しく、また雇っている人を遊ばせたくない事業者は手を挙げてきてくれたわけだ。
それが人手不足となり、また公共事業じゃなくとも儲かるとなれば入札になかなか参加してくれなくなる、これが最近の状況というわけだ。
こういった追及自体に意味がなかったわけではないと思うけどね、監視役自体は必要だし。それが必要以上に厳しかったりと党派性にまみれてたりすることは問題だけど(共産党系の団体は中央の指導が行き届いているので近しい団体は追及しない。それどころか別方向から監視されたら「攻撃された」と言い始める)。
以上みてきたように、随契にし得るものを一般競争入札としていたり一般競争入札の中でも予定価を締め上げて契約額を下げる方向性の仕事を、共産党はしてきたと言える。
もっとストレートにいうと公共調達をゆとりのない、儲からない仕事にしてきたということだ。
正に共産党が望んできた姿であり、実績なのだから胸を張って誇ればいいと思う。
個別の入札で、予定価の○%を下回るような安値の場合、調査した上で契約しないとなっている(「低入」という)。
ただ、個別の事業者について、その経営状況や資金調達計画が入札の要件に入ることはまずないのが現状だ(複数年度にわたる大規模なPFIならあるが)。
これを求めてしまうとあまりにコストがかかるからであり、その代わりに入札参加資格として過去の実績を条件としていることがほとんどとなっている。
大学教員の攻略それとなくわかるからアドバイスはあるけど,疑問として彼のポストの説明に謎が多い.
(補足)はてな記法はコピペしても確認画面で出力を確認できなかったので見づらいと思うけどご容赦を.
というか (連続した空白の行2つ) をしても改行すら挿入されないしはてな記法は難しすぎる.みんなよく書けるね.
それとも何記事か書かないとはてな記法使えないとか縛りでもあるの?本文は↓から
> この春に博士号を取得し、出身大学に任期付き(任期3年)の助教として就職。
PhDとって任期付き助教ってことは理工系なんだろうけど,29歳でPhDは優秀と呼ぶには取得が遅い.
それなのに
> 大学からの特別奨学生として奨学金をもらっているので、大学院卒業後(つまり2023年春から)5年は大学の職員として働かないといけないらしいです。
> 大学側としては将来的にポストが空くことが確定しており、助教→講師→准教と順当に彼を育てていきたいと思っているらしく、海外留学もその一環とのことです。
というのは非常に謎.それなら少なくとも任期5年つける.
そもそも常勤安定財源の任期付き助教は基本5年(全部じゃないけど傾向はJREC-INで調べらればわかる https://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekTop)だし3年にする意味がわからない.
特任助教とかなら3年というのは納得の数字だけど,それは安定財源じゃない.
そもそも助教は「教員」であり「職員」ではない.「教員」と「職員」は業務上明確に違うのでここの間違えるのは違和感しかない.
通常,ポストが空くことが確定しているならテニュアで採る.テニュアじゃなくて任期付き3年ってことは少なくとも大学側に彼を順当に育てていきたいという思いと矛盾する.
邪推だけど,研究員なら「職員」なので,彼は助教ではなく特任研究員とかなのではないだろうか?任期3年の特任研究員なら29歳PhD取得後の最初のキャリアならわりと合点がいく.
まったく将来性のないポジションで大学側が彼を育てたい説明とまるで一致しないけど,アカデミアにいない人には,そういうのわからないからからフェイクがすぎるか増田は嘘を付かれていると思う.
邪推はともかく,助教で将来性が本当にあるポストにいると仮定すると一応留学周り,
> 教授に、論文を1つ書いたら、海外留学の話を持ち出されているそう。ほぼ強制で断ると、ポストに影響がでるから、彼も留学する気でいる。彼の大学の教職員の留学は、最低半年~最大2年(2年目は休職扱いらしい。)
> 留学先も提携大学になるだろうけど、いくつかあってどこの国になるかわからない。
など,海外大学で Visiting Researcher をやるのはよくあるはなし.昇進のために必要なところも多く,海外留学がその一環という説明は納得できる.
そして受け入れ先の都合もあるので,別にどこにいつからというのが事前に決まっていないのも少なくない.
・初産は遅く見積もっても35歳以前でないとリスクが跳ね上がっていくのは医学系でよくいわれるので,そういう論文やデータを集めて結婚と子供について説得する
・もちろん高齢出産も不可能ではないので35歳以降でも諦めることはないけど,常識的な適齢期に入ってからは早ければ早いほどあらゆるリスクが低いのは否定できない事実
・なお,理工系的に査読のない書籍は情報が古かったり嘘が平気かかれてあるのでデータ集めは論文をベースとすると反撃する隙を潰せる
・真っ当かつオープンアクセス論文も最近は多い,medRxivはプレプリントで情報の確度の判断に能力を要するのでおすすめはしない
・余談だけど結婚・育児雑誌や本は有名どころ含めて信頼性低い情報がかなり多いので真面目な理工・医学系のPhD持ちにこれらの情報提示するときは相当の注意が必要
・どうしても雑誌や本の情報使いたい場合信頼性を確認する手段として素人でできる範囲としては,本や雑誌は専門家が意見していたらその専門家の研究歴(科研費dbやresearchmap,非公式なものとしてはresearch-er.jpとか)と論文執筆状況(Google Scholarで最近の記事出てくるか)の確認となる
業績なかったり本・雑誌ばかり出てくるならその情報は居酒屋の酔っ払いの与太話と科学的信頼度は同じなので,扱わない方が無難
・余談の余談だけど,日常的にはそこまで科学的信頼度高い情報じゃなくても普通に生活する上でなんとかなるので,そういう雑誌や本読んだり知識を使うのはほどほどにしていれば喧嘩にはならないはず
・専門外だからと論文に目を通そうともせず話を聞こうともしないなら少なくとも大学教員としての資質はそう高くないので,大学で重宝されて順調に昇進できるタイプには思えないので,よほど好きとかでないなら違う人探したほうがいい
・学内も男性の育休取得率や育児支援制度は拡充しつつあるので,そういう制度を(表向きだけでも)利用できると大学は実績としてカウントできるので大学側はハッピーになると説得する
・ただし研究活動は大学の用務ではないので休業できるわけではなく(科研費の研究は育休できる),早い昇進で生活を安定させるためにも研究実績が必要で,夫氏が休んで育児に参加するより1本でも論文を書いて出してもらった方が冗談ぬきで1年後から数年後に収入が増えて生活が楽になる可能性はあるので覚悟は必要
・そういう大学の用意した制度や中期的な視点をもてない人なら,順調に出世できる資質も疑わしいので,よほど好きとかでないなら違う人探したほうがいい
・結婚式はいったん棚上げて子育てに向けて貯金すると割り切って,入籍はする.紙出すだけなのでほぼ0円でできる(戸籍謄本取得とかで経費はちょっとかかるけど1000円以下切り捨て)
・なお結婚式のおすすめは10年後とかバウリニューアルでと言っておくのがおすすめ
・特に10年後なら本当に大学に重宝されているなら少なくとも准教授にはなってるだろうからお金に余裕もでてくるはずで,新婚夫婦のやる盛大な結婚式より数ランク上の結婚式も難なく盛大にすることは可能
・盛大にとまでいかなくても,キッズスペース設ける費用もそんな負担にならずできて,同級生とかも子供大きくなってきた頃なので参加しやすいし,たぶん同級生からはすごく評判な結婚式にできる
・金銭的負担が心配なら結婚式などなしで紙出して一緒に住むのが名実ともに一番金銭的負担が少なくなる.この金銭的合理性に同意できないなら結婚的ない不安が別にあることなので話し合うか,よほど好きとかでないなら違う人探したほうがいい
・「寄り添えるのは俺以上に居ないと自負する」としながらも「遠距離恋愛はしたことがないから考え方が変わって、増田のことが好きでいられるか不安」の感性が謎
・大学に重宝されるほど優秀な理工系教員の基本的な思考ではプライベートでもそのような結論は安易に出さないし,未知なることへの探求に対して不安は覚えずむしろ挑戦的な傾向を示すorなんとかなるとする傾向が強い
・ただし,私調べ,理工系の業績がぱっとしない教員・間違いなく優秀な教員での比較,それぞれn=20±5,なおサンプルは国立の方が少し多めだが十分な私立教員含む
・優秀でもただ単に相手はそこまで本気でない可能性が十分に否定できないので,よく話し合うか,よほど好きとかでないなら違う人探したほうがいい
(追記)
邪推がすぎましたね.助教で間違いないのですね,失礼しました.また6年生学部とのことで,こちらも失礼しました.
ただ逆に本当に助教であるなら,より採用側の認識とご本人の認識に齟齬があるのではと思われる状況ですね.
分野によりますがAMEDの若手育成枠の採択目指せそうな実績でもあるのでしょうか.とてもとても不思議です.
(追記終わり)
いやー、けっこう真面目にアドバイスしてるのよ?
研究者だからって結婚してない人、子供いない人が多いかと言えば、別にそんなことない
確かに多くの研究者が、博士号取った後に海外でポスドクしてる(大体20代の終わりから30代)
そういう人たち、海外行く前のタイミングで結婚して、一緒に海外に行くパターンも多いです
で、海外で子供産んで育ててる(もちろん帰国後出産パターンもある)
「うちの子は英語圏で幼稚園まで過ごしてたのに、まったく英語話せないよ〜」なんて、研究者あるあるネタですね
なので、本気で結婚したい、子供を産みたいと思うのであれば、今のうちに籍を入れてしまい
それで断られるようなら、まあ決定的にライフプランが異なるので、無理ですね。次行きましょう
あと彼氏さんについて、他の増田も言ってますが、特定の大学の特定のポストが取れそうなんて、かなり楽観的ですね...
基本的に、競争力の高いまともな大学ほど、公募は公正です(そのはず...)
いくらその研究室のOBだろうと、より業績の強い人が来たら、その人にポストは渡りますからね
まあ、めちゃくちゃ狭い特殊な分野の研究室で、その筋の専門家がその研究室からしか誕生しない、みたいなケースもある...かもしれない
じゃあ一方で彼氏さんの今後の研究者人生が暗いのか、というと、そんなことはないと思います
ちゃんと海外に武者修行に行って、しっかり業績残せれば、日本で食いっぱぐれることはないんじゃないでしょうか
メジャーな分野で研究してるなら、関連する科研費とかプロジェクトつきの研究員(or特任助教or准教授)があるでしょうし、
そんなのやりながら、専任助教、准教授...などとステップアップしていくのは、それなりに現実的に思えます
それこそ、ドロップして企業行ってもいいですしね。良い待遇で雇われるのではないでしょうか
「引っ越し多すぎ!」というのは研究者の奥様からよく聞く愚痴です。それは覚悟してください
でも、食い詰めているという話はあまり聞きません
(もちろん、独立して研究者できるレベルの人材が私企業に行けば、2倍3倍の年収になるんですけどね...)
まとめると、双方が納得できるならさっさと結婚して良いと思います
それが決断できないなら、別れたほうがお互いのためです
恐縮する事しきりなのだが
従来コミュニケーションだとか、本来の仕事ができない分を人的能力で繕いとりあえず群れて飲んで騒いでいた人類が復活の兆しを見せている。
例えば日本国内にウィルスを持ち込んでジムで拡散させた人、スーパースプレッダとして激烈に他人を病魔に冒した人たち。
マスク一つとっても鼻を出してみたり、顎に下げたものを戻してみたり、シーリングが甘くてメガネを呼気で温める人々。
彼らはなぜのうのうと生きる事を許されたのだろう。
この国では非常事態になると非国民だとか地域社会からはじき出す等してきた歴史があるのだが、今回はそうはならなかった。
これを研究課題にしなければいけないのはもう少し時が経つのをまっていただきたい、あっ科研費に手を付けるのはおやめください。