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はてなキーワード: 古民家とは

2020-09-26

地方移住できなかった

3回も契約更新したマンションを遂に退去する。

ここまで住み続けたのは、殊更移住環境が良かった訳ではなく、ADHDで自堕落気質なので引っ越しが面倒くさかったから。

が、いい加減飽きてきたし、20平米すらない間取り可能性を潰されてきた事もあって、

ある日、特に引越し先も決めないまま発作的に「数ヶ月後に退去します」と電話をした。

実はだいぶ前から東京を出ようと思っていた。


と、凡そ地方移住するに当たっての好条件は揃っていたと思う。

もともと通勤時間を減らしたくて隣県から東京にやってきたのだが、その通勤が無くなって久しいし、

たまに職場での打ち上げや顔合わせ、飲み会に出る程度で、それも別に参加必須ではない。

もはや東京にいる意味がない。

過去契約更新時においてもそのタイミング地方移住検討したり、地方移住セミナーに通ってみたり、

複数地方都市に2週間ほど住んでみたり、今回の新幹線でも遠方まで内見に行ったりと、それなりには取り組んでいたとは思う。

※なおここで言う「地方」とは「東京23区外」程度の概念である内閣府定義だと地方=1都7県外らしいが、群馬栃木地方じゃないというのは違和感あるし(失礼)、東京でも新宿まで30分の立川家賃の安さや自然の近さなどが地方都市としての要件を満たしてると思う。 


ところが、新しい住居は東京のむしろ更なる都心、1Kで家賃約14万となった。

またもや地方移住できず、それどころか割高の物件に住むこととなった次第である

本人が良ければそれでよしなのだが、このコロナ禍の時代東京転出が久しぶりに転入を上回ったりと「地方移住」は一つのトレンドになっている。

その潮流に反する事をした以上、何かしら自分の中で言い訳を考えてみたい。


なぜ俺は地方移住できなかったのか。


縁やゆかりがなかった

ただの偏見データもないが、地方移住の多くのパターンが「地元に帰る」と思ってる。

この場合は「帰郷」という方が適切で、移住ハードルも当然低い。

しかし、それ以外の自分出身地でもない縁もゆかりもない土地に、わざわざ移り住むのは予想以上に難しい。

普通に理由がない。すべての県が北海道沖縄のような分かりやすい魅力を持ってる訳ではない。

これと同じ話題複数の人としたのだが、揃いも揃って全く同じ意見を持っていて、「確かに佐●とか群●とか福●とかに住めって言われても~w」と笑って言っていた。

別に●賀や●井を見下してるというより、単純にそもそも場所がよく分からないんだと思う。

帰りたくなる故郷もなかった。出身神奈川だが、海も山も遠い内陸の僻地である渋谷新宿の方が横浜より近いし、

遊びも通勤や通学も普通に東京だったので、神奈川県民としてのアイデンティティー希薄だった(もちろん都民とも思ってなかったが)。

そんな人間が仮に地方移住するとしたら、東京より家賃が安くて、東京と変わらない生活ができる大阪名古屋福岡神戸仙台、もしくは23区外の都市限定されてしまうし、

前に数週間ほど滞在して非常に良い印象を持った大阪以外は、ほぼ知らない所だったので選択肢に入らなかった。

もっと全国を旅行して見識を広くすべきだったと思う。

北海道に行くほど雪が好きでもなく沖縄に行くほどウェーイwwwでもないが、この紋切り型偏見こそまさに俺の世界観の狭さを示してると思う。

単身者だった

最初アラフォー独身であることは身軽であるとも思っていたが、子供の転校イベント考慮してもなお、実はファミリー世帯こそ地方移住に向いてるかもしれない。

単純に都心で1LDK以上の物件を求めると地方に比べてキチガイのように家賃が上がるからというのもあるが、子供達のために自然の多い環境に移り住みたい、という向きは非常に多いようだ。

そういえば俺の親も神奈川県の片田舎に家を買ったのは自然が多いからという動機だったらしい。

まあ移住して4-5年も経てば周囲の自然はどんどん開発されて無くなってしまった地域だが、それでもインドア派の父が往復3時間以上の通勤時間に耐えてまで神奈川のここを選んだのは理由があったのだろう。

もう天に召されたから当時の決断について尋ねたり感謝することもできないのだが。

マンションがなかった

俺に家を「建てる」「買う」という概念はない。2年単位契約で1年経てば解約できる賃貸もっとも気楽だ。

人生で一度も戸建てに住んだ事がなく、たまに友達の一軒家に遊びに行くと階段がすごく面倒に感じる。

ADHDなので(自分騒音は棚上げしつつ)他人騒音には敏感なので木造アパートも厳しい。というか、戸建てや低層階はどうしてもGがわく。

という訳で、タワマンとまでは行かなくてもマンションの中層階以上でないと住みたくない。

しか田舎マンションはない。

立川レベル都市でもマンション駅前に限られてしまい、アパートや一軒家になってしまう。ほんとの田舎だと古民家を借りたりリフォームしたりなど。

ここは大人しく戸建てに住むなどの覚悟必要だったかもしれない。

医療機関

ガチ田舎医療機関が貧弱らしいが、車を持ってない人間だとその辺りは厳しくなるだろう(なお田舎に住むなら当然ペーパードライバー卒業ぐらいはする覚悟はある)。

近年は年間100万円以上、無保険病院に通っているのだが、行きつけの複数医院東京都心にある。

月に1回程度通えばいいのでそこまで通院は苦ではないと思っていたが、一度大阪まで新幹線で日帰りで帰ってきたら片道3時間未満なのに一気に疲労もたまり、また正直、金銭的にも非常に痛かった。

別にブラックジャックみたいな名医(怪医か?)でもないので、少なくとも大阪なら同等もしくはそれ以上の医者を探せる確信はあったが、なんせADHDなので、病院を切り替えるのが面倒くさかったのである

動機が足りなかった

結局はこれに尽きる。

いくら家賃が半分になろうと、いくら海や山が近かろうと、いきなり地方に移り住むだけのモチベーションがなかった。それだけ。

ADHD一般的先延ばし癖があるのだが、面倒なことはしたくないか現状維持って指向性も強いんだろう。

今回の引っ越しでは立川大阪には魅力を感じたが、実行に移すだけの決断力が足りなかった。

ただ、(地域の変わる)引っ越しって、能動イベントというよりは、本人達の意に反してでも発生する強制イベントという先入観がある。

進学するから

就職するから

転勤するから

異動するから

離婚するから

被災たか

最後の2つ以外は、実は多くの企業が在宅業務を取り入れて、大学リモート講義になり、もしかしたらコロナ禍後もそれらが常態化する可能性がある時代においては古い慣習になりつつある。

短期的にはむしろコロナが人の移動を鈍くしてるのではないのだろうか。

実際、不動産仲介業者曰く今年は例年と比べても入学シーズンや転勤シーズンでも動きが鈍いらしい。

とはいえ東京一極集中時代の今だと、オフィス学校都内が多いだろうし、大抵の場合地方から東京に移り住むことを半ば強制していたのが実態だろう。

新しい時代においては、東京外に住んでる人は無理に東京に来なくてもいいよって感じにはなりそうだけど、その逆に今東京に住んでる人を地方に行かせるには、もう少し飴が必要かもしれない。

余談

話は逸れるが、今回の引っ越しにおいて検討した関東および関西新築・築浅のマンションのほぼ100%インターネット無料物件であり、その大半が個別契約が不可だった。

この雨後の筍のようにニョキニョキ建っているインターネット無料提供マンションは、高度経済成長期に作られたアスベスト建材のビルのように、今後の負の遺産となるかもしれない。

無料と言えば聞こえはいいが、結局は賃料や共益費に上乗せされており、むしろ入居者側に選択肢がないだけである

中にはものすごく回線が細いマンションもあるらしいが、少なくともコロナ禍で在宅勤務増加による回線逼迫を想定してない設備であるとは言える。

俺の場合グローバルIPの保持やポート開放の必要性があるのだが、この手のマンションがそれができる見込みはゼロに近い。

よって内見を申し込む度に「NTT東(西)日本と別途契約できますか?」と訊いたのだが、仲介業者も詳しくないので「大丈夫です!」と断言されたあと、実はダメという事もままあった。

それどころか、複数業者露骨に「そんなん知らんがな、面倒だから管理会社にも問い合わせはしない」みたいな態度で、あまりにも横柄だったので内見中「だったらお前の会社とは契約せんわ」と言って飛び出した事もある。

大抵の物件はどこ経由でも紹介可能なので、気に食わない業者は切るのも手である仲介業者は当たり外れも多く、中にはこいつは本当に社会人なのかと疑わざるを得ない奴もいる。

俺「失礼します、先程メールで問い合わせた○○区の■■■というマンションですが、インターネット設備に関しまして、管理会社から個別契約可能とも回答を頂いてるのですが…」

相手管理会社はできないと言ってるんですよね?」

俺「は?? いや、ですのでその、管理会社は、全戸提供以外でも、契約可…」

相手「ですから管理会社は使えないと言ってるんですよね? だったら使えないんじゃないですか?」

俺「(…なんだこのゴミは?? 話しても無駄だわ)ガチャ」

ただ、これに関しては俺の知識不足もあり、なんせVDSL/LAN/光回線区別もついてなかったし、低層階でもない限りファミリータイプ回線を引き込む事、

ビスや釘打ちなどを回避して工事するのも(基本的には)無理って知識もなかった。

ポート開放やグローバルIP所有ぐらいならVPN回避できる事、内見ときは真っ先に光コンセントの有無の確認をすべきって事も知らなかった。

仲介業者知識不足転嫁する前に自分で最低限の勉強を怠り、インターネット無料提供マンションを当初却下してしまった事も地方移住失敗の一因だった。

2020-08-20

anond:20200820113656

地方自治体空き家バンク一覧で写真見て一目瞭然。

味わい深い古民家じゃなくてあばら家・お化け屋敷一歩手前のオンパレード

田舎にはまともな家が無い

田舎にはまともな家が無い。特に自治体が「空き家バンク」に登録するような家は。

テレビに出てくるような風格ある古民家は家主が手放さないか、すでに誰かが手を付けており、残っているのは単なる安普請の「中古民家」だけだ。

戦後から昭和40年代にかけて作られたそのような家は、貧弱な設計と建材によって断熱性も気密性も低く、夏は暑く冬は寒い

外壁は一様に茶色トタン板で、屋根は青いトタン板。大家族での生活がまだあった時代のため、間取りは二間続きの十畳間など、不必要に広いものが多い。

またトイレ問題だ。下水道の無い集落では汲み取り式が標準で、ほんのちょっと改修してあっても簡易水洗式。どちらも外に突き出し臭い抜き煙突(臭突)でそれと分かる。

きちんと合併浄化槽にリフォームしたような家もあるが、そのような家は家主かその縁者が住んでおり、そもそも空き家にはならない。

さらに都会では引っ越しの際、家財道具はすべて運び出し、空っぽ状態で明け渡すのが常識だが、田舎はそうではない。空き家場合、なぜそこが空き家になったのかといえば、

息子や娘が次々に就職結婚で家を出て行き、最後に残った高齢者介護施設に入所したからだ。こうした場合高齢者は「いつか戻る家」をわざわざ片付けようとはしない。

息子や娘もそう考える。そうこうしているうちに高齢者施設死ぬ空き家となった家には高齢者家財道具がすべて残ったままだ。年に一回来るか来ないかの息子や娘も、

手間と金のかかる家財の処理を先送りにし続ける。家そのもの解体するにはもっと金がかかるし、更地にすれば固定資産税が上がる。

ただ放置することが合理的選択となり、中古民家は補修もされず、しだいにおんぼろ中古民家となる。

そんな無価値住宅を、都会から来るアホな移住希望者に当てがって賃料をとり、あわよくば売却しようというのが「空き家バンク」。

待っているのは貧弱な住環境の苦しみと、草刈り神事消防団、噂話への強制参加というストレスフルな日常だけだ。

2020-07-21

京都の幻の蕎麦屋

はてな京都話題が出ているのでまた蕎麦屋のことを思い出した。

15年くらい前に修学旅行で行った蕎麦屋がある。

詳細を忘れてしまった為に残っている記憶を頼りに時折ネットで探すのだけれど、土地勘もないので探してもわからない。閉店してしまってるのかもしれない。

雑誌るるぶのページ下のちっこい欄で、お好み焼き屋ジャンボの隣に並んでたからそのあたりの店なのだろうか?

霊園か寺の横にある細めの道を入ったところに店はあった。がっつり和風のお店で屋根付きの和風門があって、飛び石?が玄関まで続いている。店内は狭くはないがとても広い、という印象もなかった。

「御用蕎麦本家尾張屋」に外観の雰囲気は近い。けれどこんなにテーブル席がたくさんあった記憶がない。店の前の道の雰囲気もなんだか違うような。

平安神宮北野天満宮を見たあとに行った。タクシー移動だったのと記憶うろ覚えなのでこれはあまり当てにできない。

班の三人で各々ニシンそば海老そばを注文した。ニシンそばが美味しくて感動した記憶がある。中学生修学旅行予算を考えると蕎麦1つはそこまで高い値段ではないはず。(ランチ価格だろうし、高くても1200〜2500の間だと思う。当時の話だが)

店内の奥の方を見ると中庭が見えた。京都古民家あんな感じなのだと思う。

修学旅行から何年か経って記憶が朧気になっても、ニシンそばに感動したことだけは鮮明に覚えていたので、京都駅に寄ったときにはせめてと思ってそのあたりの店でニシンそばを注文した。こんなもんか、と思った。

母が子供のものは何でもとっておくタイプのため、実家に当時自分で書き込んだ行程表修学旅行のしおり)も保管してあるのではと思い聞いてみた。

あるとは思う、けれどどこに仕舞ってあるかはわからないと言われた。家のあちこちに分けて仕舞っているというので、それらのデジタル化に踏み切るまでは手を付けなさそうだ…。

2020-07-20

昭和クソデカ記念公園

https://anond.hatelabo.jp/20200719175126

を見ててクソデカ公園といえばやっぱり昭和記念公園だろと思ったら、敷地面積は昭和記念公園のほうが大きいのな。

多分見どころは他の人がいっぱい教えてくれると思うが、俺が気にいっているところを書く。

クソデカ

なんかデカい池がある。ウッドデッキがあったり葦とかも生えてて日が傾いてくると映えるぞ。

アヒルの足漕ぎボートとかあって、クソデカバブル時代トレンディな感じが哀愁を感じさせるのも良い。

クソデカ草原

いいよね…本当にあのバカみたいにデカ草原

どれだけ家族が詰めかけても抱え込む度量の広さがある。

クソデカ千本桜

クソデカ草原に隣接する桜も良い。千本桜ってところってとりあえずクソデカ感を出すためにデカい数を挙げてる感があるが、ここはリアル千本あるんじゃねぇの。

クソデカ花見会場なので酔っ払いとかがいても気にならない。とにかくクソデカで度量が広いのがこの公園のいいところだ。

クソデカチューリップ

ここもすごくいい。シーズンは本当にぼうだ…クソデカな種類の品種があってすごい楽しいぞ。

小川とかも流れててクソデカ情緒に溢れている。オランダか何かか?

クソデカ古民家

古民家デカい。整備されすぎてて作り物くさい感もあるが、風情もありいいぞ。

クソデカ日本庭園

ここもなんか作り物くさいんだけど、ジェネリックに楽しみたいクソデカ欲ばりセットな手合にはおすすめだ。

クソデカサイクリングロード

行ったことない。楽しそう。

2020-05-31

anond:20200530192430

コピペ改変だからしょうがないんだろうけど

破棄された古民家リフォームして家賃1万はちょっとリアリティに欠けるのでは?

遺棄されたレベルの家を住めるレベルリフォームするのってめちゃめちゃ金かかるから1万ぽっちで貸せるかな

2020-03-08

テレ東京都特集

日本文化を学びに来た外国人が、京都古民家ぶぶ漬けをお代わりしてた。

文化を学べたのだろうか?

2020-02-25

古民家宿の囲炉裏オガライト使ってて激萎え

なんでオガライト

備長炭とは言わないがせめて黒炭だろ

2020-02-22

お前の好きな動画!!!

教えて!!!

リンク多すぎると投稿できんのでhttps://は消してる

グルメ旅行

Epicurious

www.youtube.com/channel/UCcjhYlL1WRBjKaJsMH_h7Lg

Condé Nast(VOGUE刊行している米出版社)の運営するグルメwebメディアEpicuriousのYoutubeチャンネル.

"4 Levels of XXX" シリーズ素人,主婦(夫),プロが同じ料理を作って比べる.プロと何が違うのかを知ることが出来るのはめっちゃ便利.

滇西小哥 Dianxi Xiaoge

www.youtube.com/channel/UCQG_fzADCunBTV1KwjkfAQQ

雲南省(滇西)のにいちゃん(小哥)が運営する有名なチャンネル.

「ダワン!」が耳に残る,かわいい.

中華料理チャンネルなんだけど,絵と音がすごくいい.

日本じゃ見かけない料理ばかりなので,いつか雲南に行って食べてみたい.

Rick Steves' Europe

www.youtube.com/user/RickSteves/videos

ヨーロッパ旅行ならこのチャンネル.

人のいいおっちゃんがヨーロッパ各国を旅行する.

動画の量と質ともにgood.

Best Ever Food Review Show

www.youtube.com/channel/UCcAd5Np7fO8SeejB1FVKcYw

アメリカンおっさんグルメ番組.

世界ゲテモノ(アメリカ人視点)なものが多いんだが,アメリカ料理を扱っている回が好き.

www.youtube.com/watch?v=FjU_x1106pg

4K画像撮影されたニューヨーク旅行動画.

人間目線撮影されたニューヨークマンハッタンは,旅行で見たあの光景そのまま.

www.youtube.com/watch?v=PAeUC0-v5x4

The Last Ice Merchant | Made With Kickstarter | The New York Times

エクアドルの氷売りのドキュメンタリー.

時代と共に消えていくものの儚さを感じる.

とてもいい国なので旅行おすすめ.

ニュース

VICE

www.youtube.com/channel/UCn8zNIfYAQNdrFRrr8oibKw

日本TV,ネットではあまり見かけないようなネタを扱うデジタルメディア.

日本語版(VICE Japan www.youtube.com/user/VICEjpch)もある.

科学/ものづくり

jstsciencechannel

www.youtube.com/user/jstsciencechannel

科学技術振興機構(JST)が運営するチャンネル.

「THE MAKING」シリーズカメラ,自動車,ストッキング,原子力発電所,シャンプー,消しゴム,下水道管,カーブミラー,布粘着テープ,絵具,ドッグフード,自動販売機,コンタクトレンズと世の中のありとあらゆるものがどのように作られているのかを動画説明してくれる.

個人的には「歯車ができるまで」で一番好き. www.youtube.com/watch?v=Xtg1bbxrjIg

Tokyo Llama

www.youtube.com/channel/UCBQ3TEq5SrUuTJuMl1S_4ig

茨城県在住のJayaさんが古民家を購入してリフォームする動画.

今も月1くらいのペースで更新されているので見てる.

www.youtube.com/watch?v=GPdLEKzHd1g

地球そして生命誕生進化」.

地球すげえ,宇宙すげえ.

www.youtube.com/watch?v=40F8mALRukA

KVLY-TV塔(628m)を登る動画.

見ればわかる,目が離せなくなるから.

www.youtube.com/watch?v=2Dw8M_fnZ8c

「【TK-80】ドキュメンタリー 日本初のマイクロコンピュータ発売の挑戦」

古代コンピューター TK-80のドキュメント.

話には聞いたことあったがこんなのだったのか.

My Self Reliance

www.youtube.com/channel/UCIMXKin1fXXCeq2UJePJEog

カナダおっちゃんがやっているアウトドア,キャンプ動画.

自分で家を建てるってあこがれるなあ.

Timelapse film of the building of the Grayhound update February 2012

www.youtube.com/watch?v=HepAG8ziOyk

ヴァイキング船の建造動画.

機械のない時代によくこんなもん作れたなと思う.

www.youtube.com/watch?v=29mOXuVoE3o

www.youtube.com/watch?v=90uKGICMbAI

歴史

Ollie Bye

www.youtube.com/channel/UC6gNjP1W4FXWExT5QpYkmhQ/videos

世界史好き向け

国家,言語,貨幣,火薬がどのよう世界へ広まっていったのかを地図アニメーションで見せてくれる.

Atbing 24

www.youtube.com/channel/UClkYD49W1t59RPS1NEE8c5g/videos

こちらは"Ollie Bye"を言語に特化させたようなものです.

RankingsLAB

www.youtube.com/channel/UCWEQg74xdp_9ZDDFKmu3tPA/videos

GDP,農業生産額,工業生産額,携帯電話契約数,貿易輸出額の推移をアニメーションで見せてくれる.

ちゃんデータの出どころも明記してくれているのがいい.

だいたい世界銀行のデータ(World Bank Open Data)を使用してる.

中国インドの圧倒的な伸び(動画を見たら"復活"なんだなと納得できる)、日本の停滞を見せつけられる.

English Heritage

www.youtube.com/user/EnglishHeritageFilm

イギリス歴史紹介チャンネル.先史時代から中世,近世,現代まであらゆる時代カバーしている.

中でもビクトリア朝時代料理を紹介する「The Victorian Way」が一押し.

MichaelRogge

www.youtube.com/channel/UCSoPLkmWb7wLC3OXDWCietA

オランダ人写真家エイスブラント・ロッヘさんのチャンネル.

「あるオランダ人が見た昭和の日々」 http://fujifilmsquare.jp/detail/08082900.html

ハンス・ブリンクマンオランダ銀行の銀行員として、昭和25年来日しました.

その頃の日本終戦からまだわずか5年であり、復興への道をたどっている最中でありました.

それから5年後、同僚のエイスブラント・ロッヘがブリンクマンの働く神戸支店へ着任し、彼らはこの頃の日本の文化や家庭の風景に興味を持ち、二人は週末ごとに各地へ出かけ、当時の日本人の生活伝統芸能などを撮影しました.

日本人の目線ではなく外国人目線から見た、昭和2040年代日本の懐かしくも力強い写真の数々をお楽しみください.

この生映像Youtubeで見れる.1960年代前後を中心に世界各地の映像掲載されている.

サザエさん1969年放送開始なので、まさにこの時代映像 www.youtube.com/watch?v=Z6QLd8dcZHA

Omizan Sakamoto' Channel

www.youtube.com/channel/UCXNUoaki5SOHCPv315zUnsg

学校では学べない面白い国語あなたに.

国語ユーチューバー坂本小見山

現代語への長い道」では上代日本語から中古日本語,中世日本語,近世日本語をへて現代日本語にどのように変化していったのかを.

日本語の歴史」では更に未来日本語がどうなるかを紹介する.

ら抜き言葉考察は納得 www.youtube.com/watch?v=MZLVNYASfqI

www.youtube.com/watch?v=6yNBDCOGTpg

よし書き終わったからCiv6やるわ

2019-12-31

anond:20191231113153

まぁでも土間があってかまどで料理するとか素敵だなと思う

リビングには囲炉裏があってよくわからない汁物をずっと煮込んでて、焼き魚して、冬は寒くて夏は暑くて四季を感じる古民家

憧れってわけじゃないけど今住む8畳ワンルームより少しはマシかな

anond:20191231113153

古民家なんて道楽で買うものだろ

ボッロボロの車を買ってメンテナンスして走らせるのと同じ

住宅ローン組まないと古民家買えないくらいなら買うな現金で買え

古民家に憧れを持つのはよせ

ただ年数が経ったボロ家だぞ

明治末期頃の家だぞ

築45年の家が売り出されていてもほしくもないし、ましてやローン組んでまで買わないだろ

それが築150年になったら懐かしい憧れてほしいはおかしいだろ

木造家屋だということを忘れるな

2019-11-06

anond:20191105163909

目黒世田谷裏渋谷に限らず、「レトロナチュラル欧米テイスト個人経営こだわりカフェ」でメディアに出ているところってだいたい地雷

〇〇が谷の某カフェで、時間潰しで通りすがりにドアを開けた瞬間、不愛想なマスターの「いま席ないよ」の一言で瞬殺されたの思い出したわ。

「あ、そうですか・・・さーせん・・・」って中にも入らずに速攻店出たの、あの店くらいだわ。

あとで調べたらサブカル女子インスタ女子に人気の穴場カフェみたいだったけど、何がいいんだろうな。古民家雰囲気がいいのか?中の人がアレでも?

インスタ女子なんかあの怖いマスターにどちゃくそ叱られそうだけどな。

他にも数年前、某所で壁にべたべた「PC禁止」「子連れ禁止」「グループ利用禁止」「90分以上の長居禁止」「撮影禁止」って貼ってあるだけでなく、

わざわざ注文時に注意事項確認してくるウザ仕草マスターがいるカフェもあったな。

よほどこだわりがあるのかと思ったら、ごく普通コーヒー個人の感想です)でやんのw

しかもそんな感じだから店内の雰囲気殺伐感満載。居心地は最悪。

あんな「おれ商売嫌々やってます」感を前面に押し出している店、やっていけないんじゃね?こりゃ長くないな!と思って早々に出たけど

最近たまたま同じ場所を通りがかったら、まだやっていやがった!すごいね

あーいう癖のあるカフェって、昔はバール飲み屋でもあったような、客が店に何回も通って、常連になるまで攻略していく楽しさを味わう系の店なんだろうか。

2019-10-11

新たに観光地を増やすべき

日本は新たに観光地を増やすべきだし、政府もそれを考えている様子。

日本でもオーバーツーリズムが遅れて問題となってきた。

観光立国国策の一つとして日本はやってきて、外国人旅行客数は順調に伸びてきて、今後も伸ばす目標を立てている。

一部の観光地旅行客を沢山受け入れるのはもう無理なんだと思う。



https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kanko_vision/pdf/gaiyou.pdf

景観計画策定自治体を増やすことや、歴まち法の重点区域などで無電柱化推進や、温泉街地方都市活性化は、

京都などの有名な観光地旅行客が溢れているという問題もあって掲げている気がする。

日本中で魅力あふれる観光地を作って欲しい。古民家再生推進にもなると思う。

2019-09-16

故郷を思い出したので自分語りしてみる。

ふと生まれ育った町の情景を夢で見て、多少思うところがあったので気持ちを書き留めようと思う。

静かな入り江からさな漁船が海の彼方へ消えゆくような、そんな夢だった。

最近よく見かける「田舎で非知識階層に囲まれて育ったけど、地元に馴染めずなんだかんだで都会に出てきて過去ホームタウンを思い返すたびに多少絶望する」という散文的な自分語りであることを先に断っておく。

ただの個人経験であり、エスノグラフィのようなものだと思って読んでもらえれば嬉しい。

この日記結論はこうだ。

かに東京人間想像することも出来ないような社会」が日本のどこかには必ずあって、学ばないことが規範と化して社会再生産されているということ。

自分東海地方の海沿いの寂れた漁師町に生まれた。

名古屋まで電車で1時間半以上、文化的施設といえば聞いたことのない演歌歌手がたまに来る小さな市民ホールと、小さな本屋が2軒あった。

2軒の本屋万引き被害額が大きすぎて自分が町を出た後に潰れた(跡地はセレモニーホールという名の葬式場になった)。

1時間に一本しか電車のこない駅から伸びるメーンストリートで今でも開いている店は、年金暮らし年寄り趣味でやっている畳屋と宝くじしか無かった。

街中でスーツ姿の人は見たことがほとんどなかったし、そもそも人が出歩いている記憶すらない。

家族母親と母方の祖母のみ。

高卒で一度も町からたことのない母親は、漁師相手にする場末スナックで働いて自分を育てた。

同じ町で漁師をしていた父親フィリピンパブ出会ったフィリピーナに入れ込んで、小学2年生くらいの頃に母親離婚した。

それより前には「キミの父親不倫をしているんだ」と小学校の同級生母親から聞かされた。

相手は近所に住んでいた太ったおばさんだったので、あんデブとなぜだろうとその時は疑問に思ったけどすぐに忘れた。

最後父親と会ったのは、父親が家を出て半年後くらいに小遣いをやるからと呼び出された紫煙で視界の悪い雀荘だったと記憶している。

その後は行方不明で、風の噂では今はマニラに住んでいるらしい。

こんな家庭環境は、東京自分が属するコミュニティでは聞かない。

なぜそんなことにわざわざ触れたかというと、自分の家庭は何も特別ではなく、周囲を見渡せば程度の差はあれどどこもそんなものだったから。

親が大卒同級生なんてクラスに1割も居たかという感じだったし、自分が通った地元中学校には200人くらい同級生が居たがそのうち大学に進んだのは20人くらい。

自分博士まで進んだが、マスターレベルですら聞いたことがない。

あとで詳しく触れるが、そもそも勉強をするとか考えること自体忌避するという一貫したスタイルがあらゆる局面通底していた。

さて、シングルマザーの家庭はクラスに3割は居たし、両親が揃っていても母親父親違いの兄弟姉妹が居るなんて話も珍しくない。

世代職業漁業水産加工町工場自動車修理で、小中学校教諭公務員の子息は格の違いを醸し出すスーパーエリートの家庭扱いだったし、家も小綺麗だった。

スーパーエリート以外は、トタンの壁が海風茶色く錆びて、汲み取り式のトイレから伸びる煙突の先がクルクル風で回っている文化住宅か、古民家カフェを思いきりボロボロにしたような都内なら廃屋だと思われるような家に住んでいた。

町工場に勤めている人たちで指が無くなったなんて話もよく聞いたし、どこそこの家が生活保護受給とかという話もよく聞いた。

クラスメートが学校を翌日休む理由が、その前に起こした暴力事件家裁に呼び出されているからとかもよくある話だった。

そんな彼らが余暇にすることといえば、スナックフィリピンパブギャンブルセックスくらいしか聞いた限り思いつかない。

かに、成人した兄がいる同級生の家に遊びに行った時には、真昼間から居間同級生の兄と派手な格好をした若い女性がセックスをしていたし、パチンコ屋には毎朝人が並んでいた。

ギャンブルパチンコ電話投票する競馬が主流だったが、甲子園の季節になると地元暴力団が元締めをする高校野球賭博流行っていた。

暴力団偽ブランド品も売りさばいていて、軽自動車スウェット姿だけど鞄は高級ブランド(偽物)という出で立ちの女性をよく見かけたものである

まぁこんな感じでつらつらと思いつくまま挙げてみたが、自分身の回りで溢れていたのは、キーワードでいえば貧困、性、暴力ギャンブルだった。

そもそも大人たちがそんなスタイルだったので、子供達も似たような社会フラクタル図形のように構成していた。

小学校の頃には駄菓子屋コンビニでの万引きが横行していて、後に刑務所に入るような子供たちはその時代からすでに盗んだタバコを吸って、やっぱり盗んだバイクに乗っていた。

暴走族(ゾク)に入って大人たちを殴ったり大怪我するほどのゾク同士の喧嘩をする中学生たちが小学生のヒーローで、ゲリ便が出る時のような音を撒き散らすバイクに皆憧れていた。

そんな時に暴力的な彼らは、異質な存在排除することが大好きで、異質とみなされた同級生は徹底的に排除された。

小学6年生のとき教室に入ったらメガネをかけている子が素っ裸で椅子に縛り付けられて頭にバケツを被らされていた。

メガネは弱いもの象徴で、勉強議論をするような人間排除対象だった。

文革かって感じ。

反対に、野球が上手いか、足が早いかケンカが強ければヒエラルキーの上部に君臨できる。

動物的に強弱を判別できることがそのままヒエラルキーの源となっていたし、意思合意感情とその時の雰囲気で決まっていた。

そして中学生になると、今度は成績が良い人が排除対象となる。

真夏に水を飲まずに走りこんで泣きながら試合に負ける部活に打ち込むことがすべてに勝り、もしくは非行に走ることがある種の中学生らしさであるというコンセンサスを伴って正当化されていた。

授業中には廊下自転車が走り、思い出した頃に校庭に暴走族野良犬があらわれる。

トイレにはタバコの吸い殻が落ちているし、たまに窓ガラスは割られていた。

教師はたまに殴られたり、殴り返したり、車を壊されたりしていた。

一方で登校している生徒にとっては、校則フーコーパノプティコンも真っ青な規律自動化させるもので、髪型男子坊主女子は肩まで。

他にも細かい校則がたくさんあって、破れば容赦無く教員から殴られる世界だったし、皆が一緒であることを望んでいたので、逸脱すれば容赦無く告げ口されていた。

校則を破らなくても、目立てば排除対象になりうるので、いつしか自分も誰かが見張っていると意識して、いかに溶け込むかを重視するようになっていた。

そして積極的に学んだり考えることが嘲笑対象であったので、そこでもやはりセックスしたことがあるかとか、バイク知識があるかとか、そういう分かりやす尺度ヒエラルキー構成されていた。

授業中に教師から指名されて小難しい答えを言ったり、発音記号通りに英単語発音しようものなら3日は真似をされてイジられるのは御多分に洩れず自分地元も同じだった。

テスト期間は早く帰れるので皆喜んで下校後に遊ぶレベル勉強に対する姿勢で、将来は男子工業高校女子商業高校に通ってそのあとのことは何も考えないのが一般的だった。

ここまでは自分ライブで触れた15歳くらいまでの環境の話で、せいぜい15年くらい前の話だ。

はっきり言えば、そのような環境はまっぴら御免だし、そんなところで自分の子供を育てたくはない。

ただ、地元の話は中々難しい問題はらんでいる。

ここからは冒頭に述べた「社会再生産」について触れたい。

さて、経緯は知らないが、自分幼稚園の頃にIQテストを受けた。

そのあとに、あなたの息子は知能指数が高いから相応の教育を受けさせてあげてくださいと園長先生から母親コメントをもらったらしい。

大学のことすらよく知らない専門学校卒の母親だったが、自分都内海外の全寮制の学校小学生のうちから預けようとした。

だが、当時の自分はこともあろうに泣き叫んで拒み、結局は地元に残ることを選んだ。

当時のことはよく覚えていて、理由友達と離れたくなかったから。

その時に知りうる限りの世界を取り上げられることに対する極端な不安が何よりも勝っていて、母親は息子の気持ちを優しくも汲み取って折れた。

ただ、結論からいえば、自分結果的に完全に故郷を捨てた。

小学校に上がった時、小1か小2くらいの頃から、本を読み始めた。その頃に三島由紀夫島崎藤村やら、古い作品から新しい作品まで縦横無尽に慣れ親しんだ。

早朝に登校して空いた時間や、ジャンケンで負けて押し付けられた図書委員時間図書室でひたすら本を読んだ。

そのうちに、自分生活する社会根本的に異なる社会、つまり学び、考えることが重要であるという社会存在することを知った。

哲学思想系の本はもちろんのこと、西洋美術画集建築写真集に心を揺さぶられたし、マーラーCDを初めて聞いた時の感動は死ぬまで忘れないと思う。

めちゃイケを好むふりをして、自分加藤周一の羊の歌に感銘を受けて、とりあえず東大に行こうと中学の頃には考えていた。

そして周囲に迎合しつつも高校に進んだ。いわゆる地方公立トップ校だった。

他にも理由はあったと思うが、中3の時には成績が良いという理由ものを隠されたり上履きにガムが入っていたこともあった。

通っていた高校地元から電車を乗り継いで1時間は掛かる。

入学から1ヶ月もしないうちに、明らかに新たな社会社会階層自分は組み込まれたと自覚した。

同級生の親の職業は、医者弁護士会計士大企業社員ばかりだった。

誕生日には名古屋デパートの上層階のレストランだったり、どこぞで伊勢海老を食べるだのとそんな話もたまに聞いた(成金的な家はあまり無かったけど)。

彼らの親は旧帝国大学出身はざらにいたし、兄が東大、今はオックスフォード留学中とかそんな話も当たり前にあった。

幼い頃からピアノバイオリン書道バレエスイミングなんかをやっているのがマジョリティだったし、週末に美術館やコンサートホールに足を運んだという話も決してレアな話ではなかった。

彼らと出会ってとかく感動したのは、好きだった本や芸術の話を初めてリアル人間とできたことだった。

そして何より彼らは、自身解釈や、見解を示してくれたし、自分のくだらない議論にも向き合ってくれた。

もちろん性やギャンブル暴力ワンピースの話もたまにはあったが、それ自体享受するだけでなく、思考対象としても話題を取り上げることががあった。

高校以来、自分は学び、思考する人しか存在しないかのように振る舞う社会に身を置き続けている。

今にして思えば、もっと早く外の世界に出た方が良かったのではと素直に思う。

ただ、当時の自分には、その選択肢はなかった。

なぜなら、受動的に与えられたその社会自分のすべてだったから。

母親母親であるように、生まれ育った社会は生まれ育った社会であって、代替がきかない。

自分たまたま自分が立っていた社会と違う社会を知りうるきっかけを子供の頃に得たから今があるのであって、その機を逃せば一生地元に居ただろう。

なぜなら、考えることや知ることを拒むことが規範となる社会では、外の世界があるということ自体を知りようがないのだから

自分は考えることも、こうして頭の整理をすることも好きだ。

パチンコ新台や、友達奥さん不倫をして旦那相手と殴り合いの喧嘩をしたとか、そういう動物的な話題を「それ自体」をただ消費する社会に少なくとも自分は興味がない。

もちろん、そういった社会自分経験したような)を否定する理由はどこにもない。

ただ、自分故郷を捨てたように、その社会に残るのは、その社会適応しきった人々である

有り体にいえば、将来の選択肢存在すら意識できないのが自分体験した社会であり、どのような選択肢があるのか獲得しようする営みそのもの封建的否定される強い構造を伴っている。

からこそ、自分田舎はいつまでも同じ姿を留めることに成功しているのだと思う。

もちろん、その社会自体が恐ろしいぬるま湯であり、外には異なる社会存在することを予期している人も稀にはいることだろう。

幼い息子を外の世界に出そうと考えた母がそうだったように、おそらくそれに気付いた時に自身好転させるにはあまりにも遅い場合が大半である自分は思う。

そして、自分は今更何があったとしても、地元の彼らと交流することはできないし、するつもりは一切ない。

それくらいに共通言語がもはや異なっている。

母はもう二度と戻ってくるな、お前の居場所はもうここにはないと電話口でことあるごとに言う。

一方で、開成筑駒から東大に進んだ都内組は何も捨てることなく、安定的自分が望んだ社会享受してその上に今も生活を営んでいる。

それは誰でもそうであるように、最後最後に拠り所となり得る自らの地域的なアイデンティティをきちんと持っているということである

自分依拠すべき地域地元)を自己実現と引き換えに失ったのであって、願わくば我が子には地元を与えるか、もしくは地元がなかったとしてもサバルタンとなり得ない思想的な土台を築いて欲しいものである

そして同時に、自らの強みは故郷がない事であり、海外に出ることも辺境の地に赴くことも、自分さえ許せば可能となり得る。

今朝の夢に現れた、小さな漁船はきっと自分自身だったのであろう。

2019-09-07

古民家購入して風呂トイレキッチン綺麗にして全ての部屋の畳を張り替えるorフローリングにしたらいくらかかるんだろう

2019-08-23

anond:20190823001806

リア充系:男女混合で海とか山行ってBBQ、ただし湘南とかドゥンドゥンしてる場所じゃなくてちょっと離れたところに…

女友達しっとり系:女だけで東北古民家リノベーションしたところとか泊まって和服着たり陶芸とかガラス工芸自然散策なんかやる

音楽好きだよ系:夏だしフェスにいってビールとか飲んでウェイウェイする、泊まるとなおよし!

1人でも平気だよ系:1人旅してうまいもの食べまくる。海外で知らない人と友達になるとキラキラする気がする

がんばれ!

2019-08-22

anond:20190822132933

建物の維持は1000万円いじょうかかるからいずれ崩す

アベベストが飛散したり崩れたのに人や物が巻き込まれたら責任を問われる

雰囲気ある古民家みたいなのすら誰も活用せず解体するのだから

不便な場所にあるただの田舎建物なんて維持しない

2019-07-13

母が私と元彼を一緒に住まわせたいらしい

母が少し前に地元古民家を買ったらしいんだけど、「A君の連絡先知ってる?今ならみんな一緒に住めるんじゃないかしら。お母さん、面倒見てあげられるし」とメールが来て仰天した。

わたし現在32歳で、A君と付き合ってたのは高校の頃だ。

高校卒業して同棲していたがうまくいかず、すぐ別れた。いまは連絡先も知らないが、結婚して子どももいると共通の友人から聞いた。

母がA君を気に入っていたのは知ってるが、もう15年も前に付き合っていた人と今更連絡を取って、一緒に住みたいと言ってくることにさすがに怖くなった。

母に「A君はとっくに結婚しているよ。今さら連絡を取っても、彼の家庭もあるからやめておきましょう」と返信すると「分かりました。ありがとう」のみ。母にしては飲み込みが早すぎて更に怖い。

から変わった人だけど、これって何かの病気なのかな。

ちなみに母は私が5歳のころに離婚してて、男っ気は全くありません。

2019-06-15

初めて聞いた「村八分未満」

知人に、田舎の旧家を買い取って暮していた夫婦がいる。二人はもともと同じ県内出身で、旦那職人なので、その旧家に工房を作り、そこでものを作って暮していた。子供達は学校仕事で家を出ていて、夫婦二人、家の周囲の土地を耕し、最近言うところの半農半X実践していたわけだ。

そんなある日。突然の出火で家が全焼した。警察消防により検証の結果、出火原因は不明とのこと。古い家だったので、彼らが知らないところで電気配線の不備があったのか、老朽化が進んでいたのか。幸いなことに、とにかく凄い田舎だったし、周囲が畑だったこともあり、周囲への延焼は一切なかった旦那以外は皆家を出ていたところで、家族も含めて怪我ひとつなかったが、飼っていた犬と猫は焼け死んでしまった。家の工房仕事道具、全てが灰になってしまった。

市の方から最低限の生活物資、それに市営住宅提供してもらい、そこでとりあえずの生活が始まった。旦那の方はすぐに重機資格講習に行き、合格してすぐに家の片付けを始めた。友達の手伝いもあって、二か月程で、家の土地更地に戻しおおせたから大したものだ。しっかり火災保険もかけており、周辺の町に丁度同じような古民家を探し当て、保険金を充当して購入の手続きも済ませた。片付けも全て終えたわけで、彼らは早くも生活回復させるフェーズに入っている。

私は彼らから離れた土地に住んでいて、今回の件ではろくに手伝いをすることもできず、申し訳ない思いで一杯だったのだが、ようやく時間を作って、この間話をしていた。そのときにふとこう聞いたのだった。

 私:「そう言えば、近所の人にも色々と手伝ってもらったんじゃないの」

すると、ちょっとの間を置いて、こういう答が返ってきた。

旦那:「いや、何も」

 私:「え」

旦那:「何も……手伝ってもらってない」

聞くと、見舞いの挨拶にも来ないし、彼らと友人達が片付けの作業をやっている時にも、何一つ手を貸してくれることもなかったという。

私が言うのも変な話だが、彼らは極めて外交的人達である。何事にも無精な、その癖神経質なこの私と未だに付き合いがあるのだから、それはもう確かな話だ。その彼らに、何一つ手を貸さなかった、とは。

私は彼らに言った。

 私:「ねえ、村八分って知ってる」

旦那:「昔のアレだよね」

 私:「そう。あれさ、要するにシカトするわけだけど、それも十分のうちの八分で、残り二分は例外だというわけ」

旦那:「へえ。その残りって何なの」

 私:「葬式と……火事だよ」

旦那:「なるほど。村八分火事例外なんだ。でも、何故」

 私:「葬式は……手伝わないと遺体が腐るし、疫病のもとになったりしたら大変だから火事は、当然だけど類焼する危険があるから

旦那:「ふーん……でも、燃えてる最中も、誰も来なかったよ」

まり、彼らはその辺りでは「村八分未満」の扱いを受けていたことになる。

 私:「何か、トラブルとかあったの」

旦那:「いや、何も……でもね、田舎から。住むようになって、何やかにやで二十年以上経ったわけだけど、最初から今までずっとこんな感じ」

彼らにとっては、この地を出ることができたのは、むしろ良かったのかもしれないなあ、と思ったのだった。

世間ではよくUターンIターンだ、田舎に住んで……みたいな話がある。自治体も援助しているところが結構あるわけだが、このような状況を変えられなければ、そういうことも進まないだろうなあ、と実感した。私はこのとき夫人が新居の手付金をおろし郵便局に行こうとしたとき旦那夫人にかけた言葉が忘れられない。

旦那:「近所の局ではおろすな。町の方の大きなところまで行ってきてな」

旦那は私に向き直り、こういうこともすぐ話が伝わって、あそこの家は大金が入って……とか勘繰られるのよ、何だろうなあ、こっちは何もかも丸焼けになってるのにさあ、と言い、寂しそうに笑った。

追記

何か読み取れない人がいるようなので、発言者を明示しました。あと、

(1) 火事の後の片付けには、連日、彼らの知人達がたくさん来てくれました。逆にいうと、私が書いた外交的というのはそういうこと。ただ人当たりがいいだけとかい人達ではないわけです。しかし、近所の人は誰一人来なかったそうです。

(2) 彼らの子供達はこの辺りで育ったわけですが、近所の人達子供に対しては普通に接していたそうです。つまり子供はここで育ったからここの者、だけど親達は余所者、そういうことらしいです。

(3) 彼らが子供を外に出したのは、この気風に染まってもらいたくなかったというのもあったそうです。

最後に、私や私の友人を簡単サイコパス扱いしてくれなさんなよ。

2019-06-02

古民家再生に失敗した

古民家再生に失敗した

家なんて一度完成してるものの古い部品を交換するだけと思ってたんだが自転車の修理とはレベルが違った

まあナメてたので業者呼ばずに一人で週末に行っては交換したい部材のサイズを測って材木屋で買ってたんだけど

これはもう20年かかっても終わらないわと今日確信した

なんか修理したところが次々に壊れるのね

修理してないボロボロの所よりも俺が直した所のほうが弱い気がする

古民家再生してレストランを夢見てたがレストランどころかお化け屋敷になったwww

さてこれどうするべえかと考えてるんだが

いっそ全部燃やそうかな?

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