「否定形」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 否定形とは

2021-11-22

anond:20211117184420

方言を使ってもだいたいは通じるけど、いくらかは相手にとって意味が分からない言葉標準語を使うより出やすくて、それが邪魔くさいからだろうな。

実際、「“がんけ”って言われても、肯定形なのか否定形なのか、よぉ分からんし、どの程度の強さなのかも分からんな」と感じてしまうのよ。

2021-11-21

anond:20211120032022

ASDアスペルガー症候群)であれば「あくま仮定の話ですれども」と書いてさえいれば脅迫は成立しないと本気で考えるのはあり得ると思う。

最近も「妻は夫の性欲処理機ではない!」と否定形に見える文章であれば妻に対して無礼には当たらないと考えてそうな奴を見た。

2021-11-13

anond:20211113130430

「ある」の否定形なんてそんなんあらへんよな。

2021-10-13

anond:20211013094245

ラノベにおいても、

ブギポ発売直後の2000年前後否定形タイトルが増えたなら分かるが、

実際の流行2010年前後で、それは強いて言うなら俺妹の影響だよ。

それがさら漫画に影響を与えたかは定かではないけど。

anond:20211013092033

影響力で言うならジョジョのほうが遥かに大きいわな。

ただ作品の影響力と「タイトルをみんなが真似したか」は別の話で、

たとえばブギポと同じ異能バトルもの否定形タイトル流行ったならわかるが、

実際にはラブコメのほうが多いわけで、そこにブギポが与えた影響は限定的と考えざるを得ないだろ。

2021-08-16

見ないの否定形見ず+同じ値段でステーキをできらい!のらい

2021-07-19

お嬢様否定表現「~ませんわ」が消えるかもしれない?という話

突然だが、「~しない」「~できない」のことを「~しやん」「~できやん」と表現する方言をご存知だろうか。

から三重県和歌山県奈良県南部大阪府南部で使われている方言らしい。俺は大学時代三重出身お嬢様がやたらとやんやん言ってたので、三重県方言イメージだ。

実は最近関西お嬢様全体にこの方言が広がっているようなのだ

最近関西大学生と喋る機会が増えたのだが、学生出身地に関わらず、しやんできやんという表現をよく聞くようになった。

初めは大阪南部からじわじわ北上しているのかと思ったが、大阪から遠く離れた京都人神戸人のお嬢様でさえ使っていた。俺は神戸まれだが、神戸生粋方言でしやんできやんという表現はまず使うことはない。

なぜかと思いググって見ると興味深い論文が見つかった。

関西若年層の新しい否定形式「~ヤン」をめぐって

https://o.jo.ac.jp/naid/110009920476

2015年論文だが、関西お嬢様に急激に「~やん」という否定表現が広まっていることをデータで表している。

論文によると元々「見ませんわ」の方言の「見やん」という表現和歌山県奈良県南部三重県のみで使われていたのが、関西全体や徳島にまで広まっているというのだ(京阪神では「見ーへん/見ーひん」が本来表現)。

「来ませんわ」の方言の「来やん」に至っては三重県の一部地域のみで使われていたものが、関西全体に広まっているようだ(京阪神では「けーへん/きーひん/こーへん」が本来表現)。

また、本来お嬢様的な否定表現の「~ませんわ」の使用頻度自体下がっているようで、「やん」が使えない動詞否定形は「~ん」の使用頻度が上がっているようだ。

いま当たり前のように使っている「~ませんわ」が近い将来消滅してしまうのだろうか。

俺は自分が「~ませんわ」を使っている姿が想像できない。

anond:20210718201139

2021-07-18

関西弁否定表現「~へん」が消えるかもしれない?という話

突然だが、「~しない」「~できない」のことを「~しやん」「~できやん」と表現する方言をご存知だろうか。

から三重県和歌山県奈良県南部大阪府南部で使われている方言らしい。俺は大学時代三重出身友達がやたらとやんやん言ってたので、三重県方言イメージだ。

実は最近関西若者全体にこの方言が広がっているようなのだ

最近関西大学生と喋る機会が増えたのだが、学生出身地に関わらず、しやんできやんという表現をよく聞くようになった。

初めは大阪南部からじわじわ北上しているのかと思ったが、大阪から遠く離れた京都人神戸人の学生でさえ使っていた。俺は神戸まれだが、神戸生粋方言でしやんできやんという表現はまず使うことはない。

なぜかと思いググって見ると興味深い論文が見つかった。

関西若年層の新しい否定形式「~ヤン」をめぐって

https://ci.nii.ac.jp/naid/110009920476

2015年論文だが、関西若者に急激に「~やん」という否定表現が広まっていることをデータで表している。

論文によると元々「見ない」の方言の「見やん」という表現和歌山県奈良県南部三重県のみで使われていたのが、関西全体や徳島にまで広まっているというのだ(京阪神では「見ーへん/見ーひん」が本来表現)。

「来ない」の方言の「来やん」に至っては三重県の一部地域のみで使われていたものが、関西全体に広まっているようだ(京阪神では「けーへん/きーひん/こーへん」が本来表現)。

また、本来関西的な否定表現の「~へん」の使用頻度自体下がっているようで、「やん」が使えない動詞否定形は「~ん」の使用頻度が上がっているようだ。

いま当たり前のように使っている「~へん」が近い将来消滅してしまうのだろうか。

俺は自分が「~やん」を使っている姿が想像できない。

2021-07-14

anond:20210713201315

元増田自分自身の中にブレない価値観を持っているようで羨ましいが、そういう人間ばかりでもない

私も40代になった今なら、まあ自分不審者扱いされないことより2歳児が保護されることの方が大事かなと思えるが、それでも咄嗟に体が動くかどうかは微妙

これが20代の頃だったらば、自分価値観判断力に自信が無くて、何が大事で何がそうでないのか、何が正しく何が間違っているのか、そう簡単に決められなかっただろう

その頃の私なぞは馬鹿から非難されるようなこと=悪い行動だと思っていたし、否定形で何か言われる=非難だと思っていた

すなわち「不審者扱いされる=非難される=やってはいけないこと」となる

幼児保護するのがやった方が良いことなのは何となく分かっても、それが不審者扱いされるというやってはいけないこととバッティングしたら、どうしてよいかからなくなる

から不審者扱いはクソだとか、幼児保護しなくても仕方ないとかいう極論ではなくて

価値判断をそれなりに自信もってするためには、それなりの訓練やバックグラウンド必要だと思う、というのが言いたいこと

だって別に自信ができたからというよりは、単にそういう判断をすることに慣れてきて、深く考えなくなっただけのようにも思う

あるいは年を取って怒られる経験自体が減っため、怒られに対する恐怖心が薄れてきたのかもしれない

 

この訓練やバックグラウンド教育問題だというなら、まあそうかもしれない

しかし多くの人がああいった場面で逡巡を覚えるのなら、迷わず行動できる教育を受けた人間はむしろレアだということになるし

別に好き好んでおかし教育をしている親や学校もそうそう居らんだろうから、「良い」教育というのはかなりハードルが高いものなのであろう

2021-03-15

anond:20210315230038

そもそも、金が「ない」って否定形が入ってるから、何でもありなんだよね

から順に、KKO1、KKO2、KKO3、KKO4と定義してはどうか。

2021-02-06

anond:20210204112602

否定形表現てするだけで発言者対象から根本的に凌駕させてくれてかつ完全に理解した立場表現させてくれるから快感なんよな

お前は人間ことなんにも分かってない

っていうだけで人間の全てを知っているスタンスからそれのあるべき姿を知ってるって事までを言い表してる感に浸れる

から否定しかできない依存を生み出しがちだよ

人間の愚かさとかいっとけば人間の賢さを知ってるとか自分はその愚かな仲間じゃない感でるもんな

ありゃ一種中毒だよ

2021-01-27

anond:20210126143136

否定形場合特段もあるし別段もあって使い分けが難しいのだ

2020-11-04

anond:20201104085129

混同防止以外にも、読み方がユニークから直感的に分かりやすいという実用的意義がある。ゲーム内の用語としてソウサツを用いている例もあり広まっている。

というか、「正しく読む」ことにこだわるのがおかしいんだよ。正しくない読みの方が伝わりやすいなら、言葉は変わっていく。

間髪はかんはつの方が正しいが、言いにくいからかんぱつと読まれる事が多いだろう。

あり得るはありうるだが、ありえると言っても通じるだろう。否定形ときはありえないになるんだし。

舞台も一段落も、「だい」「ひと」と読んでも差し障りなかろう。

2020-11-02

まりフィクション作品で聞かない関西弁「やん」「やな」

「―やん」。否定形に使う「やん」。標準語の「ない」に相当。

・この肉硬あてよう食べやん(この肉は硬くてとても食べられない)

・去年は晴れやんかったから結局お祭りとかしやんくて(去年は晴れなかったから結局お祭りなどはしなくって)

「―やな」。標準語の「しないと」「しなきゃ」に相当。「―やな」だけでも、また「―やなあかん」のようにも使う。

・わざわざ一乗寺行くねやったらラーメン食べやな(わざわざ一乗寺に行くのであればラーメンを食べなくちゃ)

・夏場は急に雨降りよるから気いつけやなあかん(夏場は急に雨が降ってくるから気をつけなきゃいけない)

2020-10-09

anond:20201009111121

非モテ女「つらいんです」

非モテ男「いや、お前のなんて辛くねぇよ!俺が一番つらい」


人として嫌われるやつだよな。

上から目線で「いや~~」とか否定形で話始めて、形だけでも共感が一切出来ない奴。

2020-07-14

anond:20200714142835

ぞっとする:恐ろしい

ぞっとしない:面白くない

から否定形というのもちょっと違う

2020-06-25

anond:20200625122644

増田みたいなネット文章だと丁寧に読まず流し読みで要点的な部分だけ頭に入ってくるからそこまで気にしないか

語尾とかはまともに見てない

否定形とかそういう注目すべきワードじゃなければ無意識スキップしてる感じ

から簡単な誤入力とかあっても気づけなかったりもするし、読み違えてることもあるけど

2020-02-15

anond:20200215225140

な(否定形)がニャになることで意味が変わってしまうのか…

割と素で勉強になったにゃ(´・ω・`)

2020-01-22

anond:20200122112706

日本では値段の割にはおいしいというのは

おいしくないという意味だろう。

否定形を嫌う人がいるからそういう表現をする人もいる。

値段を加味しなければまずいという意味

2019-12-25

1度も褒められたことが無いってやつさ

褒められても聞いてないだけなんだよな。

本当に褒められてないやつは居るかもしれない。

だが、大多数は「褒められても自分が認めない」だけ。

そのくせ「他人が褒めてくれない」と嘆く。

そいつらの話は基本的ネガティブ

「でも」「だって」「ダメ」とか否定形ばかり。

「誰からも褒めてもらえない」といったその口で

誰の事も褒めることをしない。

理由は「お世辞は言いたくないし、自分も言われたくないから」

じゃぁ一生褒められないでください。

2019-12-23

運命の人」の歌詞がわからないだと!?

バスの揺れ方で人生意味がわかった日曜日

 でもさ君は運命の人から強く手を握るよ」

 

平易な文だが、わけがからない。「バスの揺れ方で」「人生意味がわかった」「日曜日」。それぞれの繋がりに全く論理性がない。

anond:20191220185809

運命の人」の冒頭部がわけがからない?とは僕にとって驚愕である。各々解釈の揺れ(それが良い詩の証明だろう)こそあれど全くそドラマを想定できないなんてことが日本語話者にあって良いものなのだろうか。こうやって個人妄想しかないものもっともらしく解説ぶって書き連ねるのは、作詞である草野さんに対する不遜なのは重々承知している。僕自身まり好きでない類だ。しかし全くわからないという人間を目にしてこの3日心のもやもやは晴れないままだった。心待ちにしたスターウォーズ鑑賞中も頭の中はスピッツだ。夜眠ろうにもはーしーるーはーるかーと頭の中でループする。

もういてもたってもいられない。ここに駄文を書き連ねる。

バスの揺れ方で人生意味が 解かった日曜日

バスの揺れ方」というのは不規則でとても強力なものだ。電車のような規則性はなく、タクシーのような微々たるものではない。乗客は常に見当もつかない方向から強い力で揺さぶられときにはその力でよろめく。

続く「人生意味がわかった日曜日」は、逆説的に言って、日曜日でなければ気がつかなかったということを表している。多くの人にとって日曜日休日である。つまり平日では行われないことがその日起こり、平日では気にとめなかっただろう些細なことがこの気づきをもたらしたのだ。

そして日曜日は週末である。日々の営みが7日で循環するよう設計された人間社会において、日曜日は一つの区切りになっている。労働や勉学に励む小市民ならば、7日間のうちに起こった悲喜交々はこの日を最後に一旦清算され、人々は次の1週間もまたひたむきに日々を過ごしていく。日曜日意識するこの歌詞主人公もまたそんな人間の一人だと言うことが読み取れる。

改めて一文を読むと「バスの揺れ方」が連用修飾語として「解った」に係り、「解った」は続く「日曜日」の連体修飾語になっているため、主人公バスに揺られていたのは「人生意味がわかった」のと同じ日であるといえる。それぞれが別の日であるなら、バスに揺られた日を示すためにさらに「バスの揺れ方」を修飾する必要がある。なお、バスの揺れかたはバス内部でなければ感じ取れないので、主人公日曜日バスに乗車しその日のうちに「人生意味」に気がついたと断定できる。

ここで一旦まとめると「バスの揺れ方で人生意味が 解かった日曜日」というのは、

毎日つつがなく規則正しい生活を過ごしている主人公が、休日が故に起きた特別出来事きっかけに思慮にふける。彼はこの日乗車したバスの不規則振動と、不意な出来事翻弄されることもある社会の悲哀を重ね合わせた。そして『人生意味』を悟る。」という内容である推定される。

不可解な点がまだ残るが歌詞の次行に進みたい。

でもさ君は運命の人から強く手を握るよ

歌詞を読むに彼は「君」の手を握れるほどそばにいることがわかる。注目するのは「でもさ」という否定形接続詞で、これにより主人公が「君」の手を強く握るという方法で「人生意味」に抗う姿勢が示された。

話が戻るが日曜日という日は週末であり曜日の中でも特異な地点であるあくまで僕の考えであるが、歌詞主人公からすれば日曜に思い巡らせたことは月曜にはリサイクルされてしまうので、「日曜日」に発見した「人生意味」がこの主人公の行動に影響を与えるのはその「日曜日」に限定されるはずなのだ。そういう意味でもなければわざわざ日曜を指定する必然がない。月曜でも水曜でも歌詞は成立する。よって「強く手を握る」ことで「人生意味」に抗うことが可能なのは人生意味がわかった」日と同日であると考えるのが自然ではないだろうか。

とすると彼はバスに揺られた日曜日に「君」と会って過ごしたということになる。おそらく彼と「君」は同じバスで揺られている。

そして「君」がバスの中でよろめいてその手を彼が支えるという場面があったのだろう。彼は「君」が人生翻弄されてもずっと支え続けていこうと心に決めるのだ。

まりバスの揺れ方で〜」のまとめで述べた"特別出来事"は、「君」と休日の行動を共にしていることなのではないだろうか。普段ならバスの揺れに不快な思いをしているはずなのに、君がいるときはなんだかそれを感じない、そのことが彼の日曜日特別にしたんじゃなかろうか。

出だしの2行を僕なりにまとめると

「週末に『君』とのデートをとりつけ心が弾む主人公普段なら不快バスの揺れも『君』が側にいれば全然苦でない。そのことに気がついた彼は、小市民として淡々と日々を過ごしているはずの自分にも時々ハプニングが降りかかるその人生理不尽さと不規則で激しいバス振動を重ね合わせた。『生きていて辛いことがあっても傍らのこの人がいればそんなことは全然気にならない。』彼はそれを確信する。その時またバスは揺れて『君』が大きくよろめいた。すかさず『君』の手をキャッチした彼。彼自身はその揺さぶりに動じないとしても、この相手は『運命の人から』挫けることがないように支えていかなければならないと決心する彼であった…」

なお直後3行目の「優しいだけじゃなく偉大な獣」は、この優しく相手を守り支える姿と、揺さぶりに翻弄されず過酷環境であっても生きていける野獣のようなタフネスという二面性を集約した言葉だと考えて僕は納得した。

かにこれらには何の確証論理性もない。しか聞き手の中にファンタジー想像させられれば詩はそれでいいんだと思う。

まだまだ書き続けたいが時間がないので書き控える。

ちなみに僕が好きな歌い出しはBLANKEY JET CITYの「ガソリン香りがしてる」だ。何もわからない。

余談だがスピッツの2ndアルバム名前をつけてやる」にはその名も「日曜日」という曲が収録されている。「運命の人」が可愛く思えるほどに奇々怪々な歌詞で「晴れた空だ日曜日戦車は二人をのせて」と言葉で歌は始まり、サビで「蜂になろうよ」と相手を誘う。それから6年が経ちデートちゃんバスを使うようになり、蜂への変身願望から偉大な獣になる誓いをたてるまでに成長したんだと思うと、なんと立派になって…と親戚のおばさんのような気分にならないこともない。

歌詞引用

  1. http://j-lyric.net/artist/a000603/l00002f.html
  2. http://j-lyric.net/artist/a000603/l00a5e1.html

2019-02-19

脳は否定形理解できない

体罰が悪い人間を作るのってお前は悪い人間だと言われることと暴力を与えられることにどんどん馴れていくからだよな

そんで罵倒暴力っていう二つの柱について考察が深まって学んだ結果を他人に返していく人間に育つんだよな

脳は否定形理解できないってそういうことだよな

2018-10-18

女性は、男性よりも付加疑問文をよく使う。

欧米女性肯定文(否定や疑問を示してはいけない)を使うことが好まれていた名残だとか

ところで日本ではやたら否定形で答える女性が多いように思うがこれは一体

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