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はてなキーワード: 日本新党とは

2020-05-24

anond:20200524115101

げふんげふん、若い者は知らんじゃろうけどのぉ、

1993年」「日本新党」ちゅう語句検索するんじゃ、おじいちゃんから忠告じゃ

2020-04-01

いい加減「新型コロナウィルス」って呼ぶの止めない?

ウィルスなんてこの瞬間にもどんどん新型が生まれてるわけで。

インフルエンザだって毎年のように新型が蔓延する。

SARSMARSに比べて正式名称が呼びにくいってのはあるけども。

新党さきがけ日本新党、けんちゃんラーメン新発売などなど…新が付くものは遠からずいつかは古くなる。 

どなたか、呼びやす呼称考えてくれませんか。

2020-03-10

何があっても(何も見てないので?)安倍支持という層が4割いるので、政権をひっくり返すには

残りの6割が結集しなくてはならない。それってつまり日本新党……って考えるとうーむとなるな。

2019-04-14

新のつく政党寿命

新○○党、○○新党

維新革新一新、創新を除く

議席を獲得したことがない政党ならもう少しあるが表に入れてない。

議席を獲得したことがある政党でも議員全員落選してからも続くケースもあり、それは表に入っている。期間も議員がいない期間込み。

まあ適当

党名設立解散
27.0年サラリーマン新党1983-05-082010-05-06
23.3年新社会党1996-01-01現存
13.7年新党大地(地域政党)2005-08-18現存
10.2年新政クラブ1980-07-081990-10-05
10.1年新自由クラブ1976-06-251986-08-15
9.4年新党日本2005-08-212015-01-31
8.6年新党さきがけ1993-06-212002-01-16
7.6年国民新党2005-08-172013-03-22
6.3年新党改革2010-04-232016-07-25
3.6年保守新党2000-04-032003-11-21
3.0年新進党1994-12-101997-12-27
2.7年新政会1917-10-011920-06-23
2.6年新正倶楽部1925-05-301928-01-21
2.5年日本新党1992-05-221994-12-09
2年ほど新党同志会19531955
1.5年新生党1993-06-231994-12-09
1年ほど自由党19481949
0.9年農民新党1948-12-291949-12-09
0.9年新党大地・真民主2012-01-052012-11-28
0.9年新党きづな2011-12-302012-11-15
0.8年新党平和1998-01-041998-11-07
0.75年ほど新党護憲リベラル1994-09-221995年6月
0.7年新党大地(国政政党)2012-11-282013-07-28
0.6年新党みらい1994-04-181994-12-09
0.3年新党友愛1998-01-051998-04-27
0.0年公明新党1994-12-051994-12-10
?新日本国民同盟1930年ごろ

anond:20190412185911 に触発された

2017-10-15

anond:20171014230038

言いたいことは大体言ってくれたって感じの演説

選挙自体自民党の大勝になりそうだけど、安倍さん支持率一時的なお祝い相場の後にまた下降傾向に入る気がするし、多分この人を軸に変動が起こりそう

派手なことばかりしたがる小池さんが消え、それに釣られた前原さんが消え、日本新党OB組で最後に残るのは地味だった枝野さん(あと野田さん)になるのだろうか

2017-09-28

anond:20170927194939

あー、その増田は別増田さんですが、日本新党以降の政治動向は、高校現代史で学ぶにも現代すぎる時期なのもあったり、

日本全体が暗黒期だったし、今の日本が抱えている問題の少なくない部分が、

問題の根っこはその前の自民党時代からずっとあって自民解決する気がなかったとはいえ、

この辺から「取り返しがつかなくなった」ターニングポイントだったりもするしね。

この際だから、お若い方も、「広告塔政治やらせ衆愚政治の経緯」と

それから続く今の体たらく」を知ってくれるといいなーとは思っている

2017-09-27

若い方は、小池百合子広告塔になった日本新党がその後どうなったか、ご存じなかろうから仕方があるまいが、

あれももう「歴史」と言って良い時間がたったことだし、ぐぐって学べばよいと思う。

無知は罪だとは言い切ることはしないが、知らないことがあることを知ってなお無知を貫くのならそれはやはり罪である

2015-11-02

選挙カーを待ちわびる老人(のような人)はいなくならないと思う理由

先日、『選挙カーがはた迷惑な大声で名前を連呼する理由を知った時のこと』という文章を書いた。

予想外の反響を得て、驚くとともに、うれしくも思う。

そもそも記事を書くきっかけとなったサイバーメガネさんも、さっそく内容をフォローするように

『無党派層はコスパが悪くて当てにならない』というエントリを書いてくださった。

なぜ、反響があったかといえば、おそらく、あの頃の自分と同じように選挙現場を見たことがなく、

「なぜ、反感を買うだけなのに、選挙カー騒音をまき散らしているのだろう」と疑問に思っていた人が多かったのだろう。

中には、「ああいうばあさんは、もうすぐいなくなるだろう」という趣旨コメントもあったが、僕はそうは思わない。

そもそも、あれはまだ橋本龍太郎総理大臣をやっていた頃の話だ。

まり、かれこれ20年近く前の話なのだが、その後も状況にさほど大きな変化はなかったことは、いくつかのブコメを見るだけでも分かる。

次の20年で変わるかといえば、そうでもないだろう。なぜそう思うかを、書いていこうと思う。

あの頃、「無党派層」という言葉はすでにメディアに登場していた。

wikiによれば、大阪府知事横山ノック東京都知事青島幸男当選するという「珍事」が起きた時に注目され、流行語大賞をとったそうである

その前に「日本新党ブーム」を経て、細川内閣誕生したころには、まだメディアではメジャー言葉ではなかったのか)。

無党派層に心情が近かった当時の僕も、「ああいうばあさんみたいなタイプの人は、いずれいなくなるのだろう」と思っていた。

だが、少なくとも20年程度では、いなくならなかった。

思い起こしてみれば、あの当時から、「応援しているのに、なぜウチのほうに選挙カーがこないのか」と苦情をいうのは、必ずしも年寄とは限らなかったのだ。


その渦中に身を投じてみれば分かるが、選挙というのは一種の「お祭りである

であれば、選挙カーという「神輿」は、自分の家の近所に来てくれたほうが楽しかろう。

お祭りというのは、参加する者にとっては楽しかろうが、部外者にとっては迷惑で騒々しいだけだ。ハロウィンを見ればわかる。

最近高知県では、新住民からの「よさこい祭りの練習の騒音がうるさい」という苦情が増えて、祭り伝統を守りたい人々は対応に苦慮しているらしい。

祭に参加して騒ぎたい人々と、外側にいて「うるさい」と感じる人とは、どうしても対立する。

それは、祭りルーツがどうとか、そんなこととは、おそらく関係がない。


僕はあの頃、お祭りに参加して盛り上がるのは年寄りのやることだと思っていた。

だが、実際にはそうでもなかった。

臭い祭りにはそっぽを向いても、なにか面白そうな新しいお祭りあれば、こぞって参加するという人たちが、世の中には相当程度いるのだ。

既成政党による「ドブ板選挙祭り」にはそっぽを向いている若者が、国会議事堂前SEALDs祭に参加したって、なんの不思議もない。

お祭りといえば、あの選挙事務所バイトをしていたとき幹部にわかに、ちょっとしたお祭り騒ぎになったことがあった。

総裁が応援演説に来てくれることになった」というのである

総裁とは誰のことなのか、僕はにわかに判じかねたが、それは当時、自民党総裁にして総理大臣でもあった橋本龍太郎のことであった。

事務所関係者は「総理」でも「首相」でも、ましてや「ハシリュウ」でもなく、「総裁」と呼んでいた。


総裁が応援しに来てくれるということは、つまり、その候補者選挙区を党本部が重視している証拠なのだが、、

事務所幹部が喜んだ理由は、それだけではない。

橋本龍太郎という人は日本の歴代総理には珍しく、その端正なルックス女性人気がきわめて高かった。

慶応大学在学中に第一期東宝ニューフェイスに誘われたこともあるというから、「政治家にしてはイケてる」というレベルではない。

当然、「集客力」も高く、事務所としては、願ってもない応援弁士なのである

今でいえば、小泉進次郎の人気が、近いものがあるのかもしれない。


当日は、それはもう「お祭り騒ぎ」だった。バイトも支持者も大勢駆り出された。

事務所幹部警察官やSPと打ち合わせに余念がなく、事務所の司令塔たる候補者の長女は、誇らしげな顔をしていた。

実際、当時の橋本龍太郎は、「本日、○時に、橋本龍太郎総裁が、応援演説に来られます!!」と呼びかければ、

制服女子高生までもが

「エッ、うそ!? マジ? こんなトコにハシモトソーリがくるの? じゃ、ちょっと見ていこうかな」

などと騒ぐほどの人気があった。


「もし、総裁演説している最中暴漢が襲いかかって、それをウチの先生が体を張って守って、ケガして運ばれたりしたら、明日新聞の一面になりますかね?」

「ああ。そうなったら先生は、もう当選確実だな。お前、いっちょやってみるか?」

僕らは、大分親しくなった事務所の下っ端幹部と、そんな軽口をたたいたりした。

定刻になると、ちょうどライブ最前列でファンを押さえるスタッフのように、バイト運動員群衆を抑えている前に、黒塗りの車列が到着した。

SPに囲まれながら降り立った橋本龍太郎は、思った以上に背が低かったが、確かに二枚目だった。

そして、さすがに、演説は「ウチの先生」より数段上手かった

「世の中には、選挙になると、消費税率は下げて福祉の水準は上げるなどと、夢のようなことを訴える政党もありますが、

私には、そんな魔法使いのようなお約束をすることはできません」

などと語りかけるイヤミ調子には、好き好きがあっただろうけれど。

当日、街頭には大勢の支持者が動員されていたけれど、それを上回る人々が足を止めた。

その人たちのうち、何人が実際に投票たかは分からないが、

たまたま橋本龍太郎握手する幸運に恵まれた人の中には、

それがきっかけで自民党候補者に投票したひともいるのではないだろうか?

だが、なにより、事務所に集う人々は、「総裁が来てくれた」「予想以上に人が集まった」という事実に興奮し、

ますます選挙運動にまい進するエネルギーを高めていた。

例のばあさんは、街頭には来ていなかっただろうが、

自分の支持する先生のために、橋本さんが応援に来てくれた」という事実に喜びを感じ、

ますます「近所の人に、投票してくれるように頼む」という彼女なりの方法で、お祭りを楽しんだことだろう。

お祭りには、共同体を盛り上げるエネルギーが、確実にある。


お祭りだなんて、とんでもない。選挙というのは、冷静に過去の実績や提示された政策比較検討して、適切な候補者投票すべきだ」

という人もいるだろう。それは、おそらく正論だ。

だが、そういう正論を唱える人たちが、政策とやらにどの程度つうじているのか。

数多ある課題の、すべての軽重を判断して、どれが適切な政策判断することが、果たして可能なのか。

それに、どんなに「政策」が素晴らしかったとて、口先だけでは何とでもいえる。

政策はもちろんのこと、きちんと有権者に呼びかけ、汗を流している人を選ぶべきではないのか、という話にもなる。

そもそも政策など判断しかねるという大多数の人は、「難しいことは分からないけれど、あの人ならば大丈夫」という人に、判断を託すことになろう。

そして、「あの人=政策作成判断し、実行する人」というのは、つまり権力者」だ。

かつての世の中では、文字通り血で血を洗う抗争をくぐり抜け、数多の屍の上に生き残った者が権力を握ったのだろうが、

そんなことで無闇に人の命が奪われるのはよろしくないということで、選挙というお祭り権力者を選ぶようになったというのが、つまり民主政治なのだと思う。

権力者自分が選ぶ。ワクワクするようなお祭りだ。

「あの、お偉い先生も、私の一票があるから、大きな顔をしていられる」「私の一票のために、頭を下げてくれる」

そのことに喜びを感じられる人が、選挙というお祭りに参加する。

選挙カーを待ちわびる老人(のような人)とは、そういう人たちではないかと思うのだ。

そして、「お祭り」を利用して権力上りつめようとする人間は、冷めた傍観者たちに参加を促すよりも、

お祭り気質」な人たちを盛り上げることに注力した方が、効率が良いことを知っている。


時に、「権力者」という個人ではなくて、「戦争法案をつぶす」とか、そういう思想だが理念だか、そんなようなものを「ご神体」にしてお祭りが催されることもあろう。

多分、それがSEALDsだ。

彼らは初期の目的を達することはできなかったが、多分、世の中を意図的に動かそうと思えば、お祭りのような手段を使ってエネルギー結集することが必要なのだと思う。

そんなこととは関係なしに、僕らから全く見えないどこかで、いつのまにか物事が決まっていく世の中は、多分、今の世より住みにくかろう。

僕はそんな世の中に住みたくないし、世の多くの人が、そう望んでいると思う。

から僕は、「選挙カーを待ちわびる老人(のような人)」は、そう簡単に消えないと思うのだ。

消えるべきではない、といえるかもしれない。


選挙のやり方は変わっていけば、騒音をまき散らす選挙カーのような方法は使われなくもなるだろう。

しかし、それはたぶん、「場所形態を変える」だけのことだ。

物理的な騒音は減るだろうが。


選挙ではないけれど、今もネットでは、「炎上」という名のお祭り騒ぎが日夜開催され、それに参加する人もいれば、眉を顰める人もいる。

僕の粗末な頭では具体的に想像できないけれど、仮にネット選挙が今より進化したとしても、

選挙カー連呼とは違う種類の「騒音」に悩まされ、うっとうしくなる日がくるのだろう。



ところで、僕はハロウィン仮装して参加したことがない。今後もたぶん、参加することはないだろう。

だが、心の片隅に、あの、屈託なく仮装して楽しんでいる人たちを羨ましく思う気持ちがないかと聞かれると、全くないとは言い切れない。

追記

選挙カー名前連呼する事象について言及すると「そもそも公職選挙法規定されているから、それしかできないのだ」とブコメトラバでご教示くださる方がいる。

親切には感謝するが、ことの本質はそこにはない。

仮に、連呼以外のことが認められ、選挙カー政策を訴えだしても、「うるさい」と思う人は「うるさい」と思うだろうし、

走り回る選挙カーから、「政策に興味のある意識が高い有権者」の判断材料になるほど意義のある複雑な内容が訴えられるとも思えない。

それでも、少なくとも現状では、支持者にアピールするために、選挙カー騒音を挙げて走り回ることだろう。

2011-08-27

日本新党出身の政治家総理にしてはいけない

今回の民主党代表選だが、なんと3人も日本新党出身の政治家がいる。

そもそも、日本新党ってどんな政党だったんだろうか。

90年代の「新党バブル」の頃に熊本県知事だった細川護煕によって立ち上げられた政党。当時は自民党社会党などの既存政党に対する不信感が強く(今と変わらない)、選挙の度に勢力を拡大(まるでどこかの党みたいだ)。宮澤内閣の「嘘つき解散」により実施された第40回総選挙では35議席を獲得。武村正義新党さきがけとともにキャスティングボートを握り、当初は分派により党制退潮した自民党と連立する予定だったが、細川小沢一郎により総理大臣に担ぎ出され非自民共産連立政権誕生することとなる。

争点だった小選挙区比例代表並立制を実現させると、政権目標を失い突如として「消費税を廃止し国民福祉税7%を導入」を連立与党合意を得ないままぶち上げる。これにより連求心力を失い、更に細川佐川急便から借入金問題や、小沢一郎武村正義の対立などもあり連立与党は分裂。263日で細川内閣総辞職することとなる。

まり政権ブン投げの元祖は、17年前の日本新党細川護煕首相元祖というわけだ。

その日本新党出身の政治家

小池百合子

ご存知「政界渡り鳥」。所属政党の数では鳩山邦夫に及ばないものの、日本新党新進党自由党保守党自民党と「その時に調子がいい政党」を渡り歩き、細川護熙小沢一郎二階俊博小泉純一郎安倍晋三中川秀直とその時の調子がいい権力者に取り入る。2009年総選挙では幸福実現党/幸福の科学選挙応援を依頼するも小選挙区落選twitterでの発言がすごい。国会議員というよりもネット右翼のような発言。

河村たかし

名古屋市長。2009年衆院議員を辞し名古屋市長選へ。住民税10%減税などをぶち上げるも、市議会と対立しさらには民主党とも対立するようになる。「市民に是非を問う」との理由で任期途中で市長を辞し、自らが先導した市議会リコール選挙に合わせて市長選に再び立候補当選。その後リコールされた市議選にも自ら率いる「減税日本から41名擁立し28当選する。第一党はとれたものの過半数に届かず、自ら仕掛けた政局騒動により民主党とも対立している。更にほとんど政治経験のない「素人集団」の減税日本もまともな政党として機能していない状態である。「中京都構想」「減税」「議員定数削減・議員定数カット」「歳出改革」など派手に政策をアピールするが具体性はなく、市役所に丸投げ状態である

中田宏

横浜市長。高秀秀信4選を阻止し市政の若返りをアピールし衆院議員を辞して市長立候補。当初は箱物行政の転換、市立大学改革、住基ネットの任意参加など「改革派」のイメージ無難に市政を回していたが、2期目に「横浜開国博」を開くも入場者は伸び悩み巨額の負債をかかえて失敗、任期途中で市政を投げ出す形で辞任。市長辞任後は新党ブームにのり「日本創新党」を結成し参院選立候補するも落選。近年は産経新聞への国防関連の寄稿など右旋回しつつ有る。また、高岡蒼甫韓流にかんする発言に同調するなどしている。

山田宏

杉並区長。杉並区長時代は石原伸晃を支援する。2010年中田宏と共に日本創新党を結成し参院選出馬するも落選区長時代からチャンネル桜番組を持っており、維新政党・新風から推薦も受けている。

目立つ政治家だけ並べてみたが、この他にも荒井聡キャミソール)、小沢鋭仁中韓から電力輸入発言)、渡辺浩一郎会派離脱騒動)など、とにかくひどい政治家ばかりだ。共通する特徴として

やはり、新党バブルに出てきたということでその程度なのだろう。そんな人達総理大臣にしてはいけない。

追記

枝野幸男という大物を忘れてたが、上に上げた面々と比べるとはるかにまともに見えるのは気のせいだろうか。

追記その2

さきがけは…

うーん、鳩菅があんまりにも目立ちすぎて結構地味な印象。途中で新党日本から先に上げた前原枝野キャミソール荒井・電力輸入小沢が合流。

社会党出身者や公明党出身者はそもそも総理候補はいない。

2010-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20100720100958

・最大の障害はおそらく自民党自民党納税者番号には賛成としているが、政府が法案出したら確実に反対に回るし協議にも応じるとは考えにくい。公明党微妙なのでそもそも参議院をどうやって通すのかが問題

公明公約にも給付つき税額控除はあるから微妙とはいえないだろう。自民谷垣は以前の総裁選税額控除を主張してたので反対派というわけでもない。ほかにも社民党立ち上がれ日本新党改革も給付つき税額控除公約してた。野党の反対はほぼないと見ていい。

2009-08-01

世界政権交代から 〜G8編〜

政権交代政権交代となにやらうるさい昨今でございますが、世界的な政権交代トレンドが気になったので調べてみました。


G8における過去50年間の政権交代回数の比較(付・大統領首相代数
日本アメリカイギリスフランスドイツカナダロシアイタリア
政権交代2回*16回5回3回*24回6回1回14回
交代人数23人11人10人5人8人11人9人31人*3


日本首相代わりすぎwwwwww

23人はハンパなさすぎ。アメリカの倍以上。

政権交代回数に関しては、フランス3回、ドイツ4回と意外に少ない。先進国的には10年に一度交代するかしないかくらいがトレンドっぽい。日本の場合政権交代の回数が少ないという問題よりも、首相の交代回数が政権交代数と比較してあまりにも多すぎるってのがちょっと異常じゃかなろうか。

まぁ、首相がころころ変わるのは戦前からの伝統なわけですが、もっと腰を落ち着かせないと他国の皆さんに日本の顔を覚えてもらえなくなるし、ある一定のビジョンにそった国家運営が困難になっちゃわない? というか、その結果がこの有様なんですけどね。

政権交代!」と叫ぶよりも、「首相任期をちゃんと全うします!」という事も言っていただきたいところです。



追記
イタリアパネェwww

G8にイタリアがいたことを忘れてました。というかイタリア政権首相も変わりまくりでウケるww ベルルスコーニ3回もでてくるし。

正直、ベルスコ以外のイタリア首相ってあまり覚えてないので、ころころ首相が変わると海外からの印象は薄くなりがちということをイタリアは身を以て証明してくれています。


*1 細川(日本新党)→羽田(新進党)、村山(社会党)→橋本(自民)は政権交代カウントせず

*2 大統領任期中の所属政党の遷移はカウントせず

*3 延べ人数

2008-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20080506132658

93年の政権交代は実質的には自民衛星政党だった日本新党やさきがけを首相椅子と引き替えに取り込んで無理矢理過半数にしたから、どっちかっつーと自民の内紛なんだよな。

自民共産以外はほぼすべて参加してる連立政権自民の内紛とみなすのは強引過ぎでしょ。

たった半年でコケたし、国民が選択したというものではないし、極めて例外的なケースだと思うよ。

自民過半数割れは明らかに国民の選択選挙の結果が国民洗濯じゃないならほかの国の世間交代だって国民の選択じゃなくなるでしょ。しかもその後はずっと連立政権が続いてるわけでこのときにすでに一党制的なのは終わったも同然。

公明党は創○の教義から「与党」の称号と引き替えに票を提供しているだけで、実質的には自民が全部仕切ってるわけだし。

自社さ政権でも自公政権でも自民単独ならやりそうもない政策してるわけで自民が仕切れてるとも思えないけど。それにもともとの自民党自体が政策的に幅のある政党55年体制のころから野党の主張も取り入れて政権維持してた。それをリーダーシップが足りないだの密室談合だと批判する独裁を待望してるかのようなへんな批判がされてたのが問題だったわけだけど。

独裁国でもガス抜き用に形式的な「野党」を作ったりするし、厳密な言葉として一党独裁ではないけど、そこはあまり本質的ではないかな。

欧米辺りから見たら細かいこと抜きで身も蓋もなく「自民が50年以上独裁している」って表現されて終わりだよ。

自民党ができたのが1955年だし、今より高い投票率選挙で勝ち続けてたわけで50年以上独裁とか言ってるのはただの無知。そういうのを相手にしても仕方がない。欧米は自分らに都合の悪い政権だと民主的でないとかけちつけるのはよくあること。

ただ、何だかんだで公共部門が大きく政権交代がほぼ無いために政府=自民政権であるこの国では、企業自民支持を打ち出さないと「死ぬ」ことになる。

日本の税負担率は先進国トップクラスの低さが続いてるし、人口当たり公務員数もトップクラスの少なさ。日本の公共部門が大きいというのは幻想。それに有力野党労働組合宗教ぐらいしかなかったわけで財界自民を支持し続けたのは自然なこととおもう。

公共部門の利権によって自民への投票事実上強制出来て、政権を握り続けることによって再生産的にその利権を安定化出来る、というのは基本的な図。

結局庶民もその体制で利益を得てきたからこそ政権を任せ続けたわけだ。

これはそうでもないよ。安定度で言えばずば抜けてるのは公明党だけど、民主は全然安定してない。自民が得票「不安定」なのは公明との選挙協力のせいだろう。

それは違う。公明との選挙協力がない比例区の票見ると自由党合併して以降の民主党は二千数百万でかなり安定してるし、逆に自民党は一千万票も増減してる。

地方の人は1票が重いから自民的にはつぎ込んでも元が取れちゃう。

地方は個別の財政的にも死んでるとこがほとんどだから、自民に反旗翻したら即夕張っちゃうので中々逆らえない。

その地方で民主が勝ったから今のねじれ国会があるわけだけど有張りみたいにされてるわけじゃない。

小泉が一旦全ておシャカにしないと後が続かないほど日本を酷い状態にしたのは、それまでの無責任自民への白紙委任であることも間違いない。

そもそも盤をひっくり返す必要すらなかったと思う。おそらく多くの国民55年体制が今でも続いてるほうが幸福だっただろう。失業率なり成長率見れば政界再編とか構造改革とかをやり始めた連立時代から日本はだめになっていったのは明らか。にもかかわらずなぜか自民単独政権続けたからだめになったというのが不思議。お釈迦にする必要もないのにそうしないと後が続かないと思い込んで酷い状況にしただけじゃないかと。

 
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