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2023-01-03

炎上しても謝罪しないほうがいい(2023年版)

ネット誹謗中傷問題で有名な唐澤貴洋弁護士は、日本テレビ世界一受けたい授業」に出演した際

炎上した時の最善の対処法は"沈黙"であると語った。

2019年時点での発言だが現在でもこれが正しいことがわかる。

謝罪などをしてしまうとそれを材料さら燃えしまうし、

炎上側が炎上した事実を認めることになり、訴訟誤報リスクがなくなるためマスコミも挙って報道し始め、さらなる拡散、延焼に繋がる。

その根拠として2022年炎上しても沈黙を貫き見事鎮静化に成功した事例を挙げておく。

堀川絵美

2022年1月、有名ラーメン店中華そば堀川」店主による女性従業員への暴行週刊文春に報じられる。

その折、店主の姉がお笑い芸人堀川絵美であることが判明、彼女SNS上に

弟についてコメントを求めたり、もうお姉さんの芸で笑えないなどといった書き込み殺到した。

https://twitter.com/horipis/status/1482970171119894528

炎上後、それまで毎日行っていたSNS更新を3ヶ月停止した。再開時に粘着は止んでいた。

スーパーポテト

有名なレトロゲーム販売店。2022年1月レトロゲームの100万円福袋販売したが、

大物配信加藤純一にの評価額の高い特別福袋指定して売っていたのではないかという疑惑が浮上。

指摘した者が店に電話して追及したところ、店側は疑惑を認めたが開き直った態度だったという。

その後進展は無かった。

新田真剣佑

2022年4月、ガーシー氏が有名俳優新田真剣佑からトイレに押し込まれレゐプされたという複数女性証言を紹介。

が、真剣佑からの反応はなく進展なし。

日本経済新聞講談社

2022年4月日本経済新聞に、胸の大きな女性へのフェティシズムを描いた漫画月曜日のたわわ」の全面広告掲載された様子の画像拡散される。

その後、漫画出版する講談社が「これを見て就活生に元気になってほしい」といった旨のコメントをしているweb記事が見つかり、ツイッター上の一部界隈から女性蔑視であるとの批判が噴出する。

しか日経新聞講談社沈黙さらにその後、ハフポスト記事国連女性機関日経新聞に抗議していたことが判明。

日経新聞は、広告ジェンダー平等を目指す「アンステレオタイプアライアンス」という取り組みに加盟していて、それに違反しているという。

それでも一切の沈黙を貫き、ネット界隈以外でこの件が取り沙汰されることはなかった。

くら寿司

2022年4月店長パワハラを苦に焼身自殺していたことを週刊文春が報じた。

さらにこのとき公式ツイッターの最新ツイートが「あぶりチーズポークカレー」を紹介していたことをブラックジョーク解釈されさら炎上

報道の2ヶ月後に公式ツイッター更新を再開。停止期間を経てもなお、件について批判するリプライが相次いだ。

謝罪するまで粘着するからな」と意気込むアカウントも現れる。しかしその後も会社側は一切の沈黙を貫いた。

次第に批判リプライは減っていき、粘着もいつの間にか消えた。

綾野剛

2022年5月、ガーシー氏が元NMB松岡知穂証言を紹介。

その内容は、綾野剛が当時未成年だった自分に酒を飲ませ、体の関係を持ったというものだった。

真剣佑の件と違い、告発者の名前が明らかであることから週刊誌メディアもこの件を報道した。

しか綾野剛サイドは沈黙。当時放映されていたドラマに影響はなかった。

その後ガーシー氏のオンラインサロン電話音声で登場するも、件には全く触れなかった。

そして2023年1月女優佐久間由衣との結婚を発表した。

TBS

2022年6月TBS社員日本避難してきたウクライナ人女性取材を装って近づき体の関係を持ち掛けるという出来事があった、

告発する者が現れ拡散されるが、特に反応はなく当人からも続報なし。

https://twitter.com/TsuyoshiMaehara/status/1532702745387409408

西原理恵子

子育て漫画毎日かあさん」の作者として有名な人物2022年6月、娘の鴨志田ひよが公開したブログ記事拡散される。

そこには母親から罵倒されていたこと、ブスだからという理由二重まぶたに整形させられたこと、無断で自分個人情報漫画ネタにされたことなどなど、毒親批判とみられる内容が具体的に綴られていた。

母親である西原氏への批判はもちろん、子供SNS投稿漫画に使うことの是非について議論も巻き起こすほどネット上の盛り上がりを見せた。

しか西原氏は沈黙。鴨志田氏からも動きはなく、そのまま鎮静化した。

松浦勝人

エイベックス会長2022年6月松浦氏個人YouTube配信で「レースクイーンはブスしかいない」「広瀬すず性格悪い」「深田恭子ババア

などなど発言していたことを週刊新潮が報じ、女性蔑視だと批判した。Yahooニュース経由でそこそこ拡散された。朝日新聞デジタルも便乗したコタツ記事をアップした。

これに対し松浦氏は、悪質な切り取りで女性蔑視ではないと配信上で反論週刊新潮は続けて8月問題配信動画が削除されていない、反省していないと指摘する記事を出すも以降特に反応も反響もなかった。

https://www.dailyshincho.jp/article/2022/08111057/

King Gnu

2022年8月に開催された音楽フェスサマーソニックにて英国ロックバンドマネスキン女性ベーシストヴィクトリア氏が上裸(ニプレスあり)で出演。これは女性身体性的に見られることへの反抗だという。

その後同出演者King Gnu乳首テープを貼って「マネスキンです」と茶化すくだりがあったという報告が挙がり、一部から女性蔑視であるとの批判が噴出した。

以降何もなし。

マキシマムザホルモン

↑と同イベントでカタコトでMCをするくだりがあり、外国人差別である批判されたが特に何もなし。

坂本勇人

現役の野球選手2022年9月交際女性中絶を求めたりするなどのやり取りがあり、女性自殺未遂するほど追い込まれたと週刊文春が報じた。

女性への雑な扱いを非難する反応のほか、記事にあったLINEのやり取りの「けつなあな確定(けつあな確定)」がネット上で一種面白ワードとして消費されたこともありかなり拡散され話題となった。

しか坂本サイドは完全に沈黙。何も動きはなかった。

MCJ

マウスコンピューター創業者であり現在持株会社MCJの会長である髙島勇二氏について、

2022年12月、ガーシー氏が交際相手へのDVがあったことを証拠映像と音声付きで告発した。週刊誌メディアもこの件を報じた。

その後ガーシー氏のインスタグラムで髙島氏への刑事告訴受理されたことが報告された。

今のところ髙島氏から会社からも全く反応はなく、あまり拡散されていない。

荻野由佳(おまけ)

2018年12月、当時アイドルグループNGT48メンバーだった山口真帆男性2名に自宅に押し掛けられ暴行を受ける事件があった。

ネット上では、同メンバー荻野由佳加害者が属していたファングループと関与していたのではないかと疑う声が上がる。

所属事務所疑惑否定するも全く鎮火せず。荻野氏は沈黙を続けた。

時は流れ2022年9月朝日新聞デジタル記事荻野氏が事実無根の誹謗中傷を受けた被害者として登場。

メディアにも登場し、時流に乗り自身への疑惑を堂々と否定することに成功した。

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最も注目したいのはくら寿司の事例である

焼身自殺という字面インパクトや炙りメニューのこともあって大炎上した件であるが、完全沈黙を貫いた結果見事鎮火に成功し、マスコミに報じられることもなかった。

2023年正月テレビ特番ジョブチューンにも登場しており、広報活動にも全く影響がない様子。

同じ大手飲食業吉野家対応対照的だ。

2022年4月役員が講演で「生娘をシャブ漬け戦略」と発言したのを女性蔑視だと批判した受講者のFacebook投稿ツイッターの一部界隈に拾われ拡散されたが、

吉野家ツイッターで騒がれ始めた翌日には謝罪リリースを出し、その翌日には当該役員を解任したことを発表した。

迅速な対応をすれば誠実と評価されるとでも考えていたのだろうか?しかし実際はさらなる拡散と延焼を招いた。

炎上側が炎上した事実を認めたためマスコミが一斉に報道した。ただ醜聞が全国に広められただけだ。

それどころか、謝罪を受けてさらなる内部調査しろ批判から追加要求https://www.businessinsider.jp/post-254054)されてしまう始末だ。これはその後わざわざ対応したらしい。

くら寿司の事例を見るに、完全沈黙していれば全国報道されることもなく、役員が辞めさせられることもなかったと思わざるをえない。

マスコミに取り上げられるかどうかで天と地の差がある。

この文章を読んでいる、ネット上の揉め事大好き人間なら上に列挙した数々の事例のほとんどを知っているはずだ。

だが家族会社の同僚に知っているか聞けば知らないと答えるだろう。

ツイッターで何万いいねあるから広く周知されていると考えているならそれはネットイナゴの自意識過剰だ。

いかなる炎上事案であっても沈黙を貫き、ネット空間だけで食い止めておくべきだ。

やはり、炎上しても謝罪しないほうがいい

謝罪百害あって一利なし

https://anond.hatelabo.jp/20201102010844

追記

思ったより反応をいただけたので、他のこの事例はどうなんだ、という指摘にコメントしていく。

西原理恵子

失念していた。間違いなくここに書いておくべき事例なので後ほど追加しておく。

安倍晋三

いわばまさに。彼のご飯論法には学ぶことが多い。

2022年政界で言うと、細田衆議院議長セクハラ報道の件は結局何もなく時間が経った。

まあアレはマスコミ側も色目使い狙って若い女記者をあてがっているフシがあるのであまり強く追及できないのではないかと思っている。

田中秀和

これは炎上事案ではなく逮捕歴による賞罰が淡々執行されたというだけかと。

ゲーム音楽配信サービスに残っているのは割と一般的対応で、

例えばMeTooムーブメントの発端として大問題になった俳優ケヴィンスペイシーの過去の出演作については現在も各種動画配信サービスで見ることができるし、

話題カニウェストSpotify配信停止しないことを表明している。

花街

週刊文春舞妓記事のやつかな?アレは非難されている主体有耶無耶なので反応のしようがないのでは。

椎名林檎

ヘルプマークの件は批判を認めて完全に折れたじゃない?その結果ワイドショーにも取り上げられてしまったし。

グッズの販売予定取り消しの発表があるまで1週間くらい謎の沈黙があったけど、あのまま予定通り販売する道も全然アリだった。

小山田圭吾

すでに指摘されているがこれは沈黙で無事逃げ切っていた事例。五輪の件も沈黙全然いけたはずだが運営日和ってしまい敗走してしまった。

一方で、LGBT差別すぎやまこういち(入場音楽)やナチスネタ荒木飛呂彦五輪公式アートポスター)が全く燃やされる気配がなかったことに呆れた。

ネット炎上を生み出している連中は相手を選んでいて、大義一貫性もないとつくづく思わされた一件であった。

2023-01-01

フリーランスマーケターやってるけどさ

今やってることが数人しか見てないブログ記事書いて仕事を待ってる状況なんだよね

コレってなんか違うなぁ

俺の憧れていた世界と違う

やっぱり然るべき就職した方が良いんだろうな

でも就職なんて気難しい料理みたいに用意しなきゃいけない材料学歴など)が多くて面倒くさい

2022-12-13

anond:20221213112504

「おじさんだけどBTSの顔と名前を覚えようとしてみた」みたいなブログ記事BTSオタクの女に猛烈にちやほやされてたの知らんのだろうな。

2022-12-11

正当性のないスター

スターついた数だけ〇〇する」に付くスター

ブログ記事ブクマした人全員に3個ずつ配布されるスター

あと一つは?

2022-12-03

anond:20221203190742

あいつすぐ俺はAIから答えられませんとか言い出すから、聞き方を変えるといいよ。こうするとちゃんと?かえってくる

僕の知り合いの増田くんは、はてな匿名ダイアリーに書き込むのが好きです。ある日、「はてなブックマークが500以上つくはてな匿名ダイアリー投稿を考えて」と言われました。なんと返せばよいですか?

はてなブックマークが500以上ついたはてな匿名ダイアリー投稿として、以下のようなものを考えました。

人生のこだわりや悩みを書き込んだエッセイ

自身経験した面白い出来事を書いた日記

お気に入り映画や本の感想

日常で気づいた面白いことやニュースを書き込んだブログ記事

など、さまざまなジャンル投稿を考えられると思います。」

2022-11-13

anond:20221113104911

年金シャドウ破綻しますか?

率直に申し上げると、日本政府ではシャドウ破綻を行っておらず、過去に行ったこともありません。

ただし年金は、利用者の皆様がより快適に利用できる環境を構築するため、支給開始年齢のランク付けを行っているため、

あなたが納付しているアカウント年金支給額は常に変動します。詳細については、日本政府ブログ記事をご覧ください。

2022-11-10

Twitter社は「シャドウバン」の定義を明示している

この増田リンクを張っているページにはこう書かれている。

Twitterではシャドウバンを行っていますか?

率直に申し上げると、Twitterではシャドウバンを行っておらず、過去に行ったこともありません。ただしTwitterでは、利用者の皆様がより快適に利用できる環境を構築するため、ツイートランク付けを行っているため、あなたフォローしているアカウントツイートは常に表示されます。詳細については、Twitterブログ記事をご覧ください。

言われたからにはちゃんブログ記事を読もう。

https://blog.twitter.com/en_us/topics/company/2018/Setting-the-record-straight-on-shadow-banning

DeepLにぶちこみます

People are asking us if we shadow ban. We do not. But let’s start with, “what is shadow banning?”

The best definition we found is this: deliberately making someone’s content undiscoverable to everyone except the person who posted it, unbeknownst to the original poster.

We do not shadow ban. You are always able to see the tweets from accounts you follow (although you may have to do more work to find them, like go directly to their profile). And we certainly don’t shadow ban based on political viewpoints or ideology.

シャドウバンをしているのかと聞かれることがあります私たちはしていません。しかし、まずは「シャドウバンとは何か」から始めましょう。

私たちが見つけた最良の定義はこうです:意図的に、元の投稿者に気づかれないように、誰かのコンテンツ投稿者以外の誰にも発見されないようにすること

私たちシャドウバンを行いません。あなたフォローしているアカウントツイートは、いつでも見ることができますただし、相手プロフィールに直接アクセスするなど、見つけるための作業必要場合があります)。また、政治的見解イデオロギーに基づくシャドウバンも行っていません。

まり「何をどうやってもツイートが見れなくなるようにはしていない」が「プロフィールに直接アクセスしないとツイートが見れない状態にはしている」と言っている。わかりやすいね

Twitter社はシャドウバン定義もせずに否定している」とか騒いでいた人たちは、これを読んだら次は「私たちが言ってるシャドウバン定義と違う!」などとゴネだすんだろう。彼らが口々に送ったクレームのなかですべて定義統一されていたかは棚に上げて。

ゴネるまえにまずは「Twitterさん、デマを流してごめんなさい」と謝るべきじゃないのかね。

そして謝ったあとは、上記ブログ記事の続きを訳して熟読すべきだろうね。



Twitterシャドウバン定義すらしてない!」

 ↓

Twitterシャドウバン定義してるぞデマを流すな」

 ↓

「おまえはTwitter擁護するのか!シャドウバン存在しないというのか!」

これだもんな。

いま騒いでる連中が道理わからんアホだということがわかる。

そりゃ陰謀論にもハマるってもんだよな。

Twitterシャドウバンを認めてないし定義すらしてない」が勘違いで、

検索結果に出てこないとかTLに表示されないとかの措置があることを認めてる」のがわかったんだから

存在自体認めておらず泣き寝入りするしかない」なんてことは無くなっただろ。

それでなんでTwitterではなく、勘違いを訂正しただけの俺に噛み付いてるんだよボケ

というかシャドウバン自体批判したいのか?

誤ってシャドウバンされたことを批判したいのか?

シャドウバンを解除してくれと言っても解除してくれないことを批判したいのか?

アホどもは「Twitterシャドウバンを認めてないから何を言っても無駄」で思考停止してるからさっぱりわからん

ちゃんブログ記事の続きは読んだのか?

どういうユーザー優先順位が下げられるのかとか書いてあるぞ。

そういうアルゴリズムに納得がいかないなら具体的にそれを批判しろよ。

シャドウバンシャドウバン!」って猿みたいに騒いでないでな。



ここまで言っても本当に理解できないんだな。アホすぎて泣けてくるよ。

おまえら最初、それを何と呼称するかはともかく、ツイートが(TLや検索結果から)見えなくなることを批判していて、でも「Twitterツイートを見えなくしていることを認めてすらいないか文句を言っても無駄だ」とボヤいてたんだろうが。

だがそれは勘違いで、Twitterは「ツイートを見えなくしていること」を明確に認めてたわけだろ。

じゃあちゃんクレームを入れられるじゃねえか。

なんで「それがシャドウバンかどうか」にこだわってる?

いつからおまえら目的は「シャドウバン定義すること」に変わったんだ?

Twitterは「ツイートを見えなくしてます」と言ってる。

なぜ見えなくしてるのか理由も述べてるし、その基準も明示してる。

それが気に入らないなら「ツイートを見えなくするのをやめてください」って抗議すればいいだろ。

そんで、次に抗議するまえに「シャドウバン定義してないとかデマを流してごめんなさい」っていちど謝っとけってだけだろ。

アホクレーマーでも頭下げるくらいはできるだろ。それさえできないなら人間として終わってるぞ。

2022-11-09

anond:20221109130005

詳細については、Twitterブログ記事をご覧ください。

ブログ記事を読んでなさそう。

2022-10-31

沖縄嘉手納基地から米軍撤退するとかいう、 トンデモな噂が流れて来た

沖縄嘉手納基地から米軍撤退するとかいう、

トンデモな噂が流れて来たので

ちょっと調べてみたら

秒でデマの発生〜拡散の流れが目視できて

世の中のリテラシー絶望している。

こちらの航空系ブログ記事

米空軍11月1日から沖縄駐留するF-15C/Dの本土撤退を開始」

https://grandfleet.info/military-trivia/u-s-air-force-fighters-will-not-withdraw-from-kadena-air-base-and-will-remain-stationed/

をわざとか、煽るためか大袈裟に言いふらしてた模様。

沖縄 米軍撤退とかでTwitter検索してみたけど、こんな有り得ないことを信じてる馬鹿が多くてまじでゲンナリしたわ。

"ぼくは「モンティホール問題」がよくわからない。" へのアンサー

こんにちは確率論が大好きなJKです。

モンティホール問題」についての山形先生ブログ記事

https://cruel.hatenablog.com/entry/2022/10/30/214634

面白かったので、アンサー増田を書きたいと思います

ブコメでは、上記記事中における確率議論不正確なことを揶揄するコメントも多数見られますが、個人的には、こういう一見逆説的な問題設定を作り、それを上手に言語化されているのがとっても素晴らしいなと思いました。一般に、良い問題を作るには優れたセンス必要で、それと比べれば、(私を含め) 単に問題が解ける人なんてのは大したことないのです。


以下では、該当箇所を引用しながら回答を書いていくので、先に上記記事を読んでいただければ幸いです。

また、表記の都合上、以下ではプレイヤーの「ぼく」を「Y先生」、「ハギーワギーくん」を「HW君」と書きます

★ HW君は選択を変えるべきか

(引用)

理屈はまったく同じだ。あなたは当然、ハギーワギーくんにも選択を変えろと助言する。つまり、BのドアよりもAのドアのほうが確率が高いぞ、と言うわけだ。それは……ぼくが最初に選んでいたやつだ。

結論から言うと、このときHW君は選択を変えるべきではありません

Y先生最初にAのドアを選んでいて、司会者BとCのドアのうちCはハズレだと明かしました。

ここで重要なのはY先生が事前にAのドアを選んでいたという事実ではなく司会者必ずBとCのどちらかのドアしか開かない (Aを開くことはない) ということです。

    であり、これらは同時に起こらない (排反事象である) ので、

      • B または C が当たりの確率 = 2/3

      となります。したがって、

        • 司会者が B と C のうちハズレのドアをあけてくれるので、それらのうち残った方のドアを選ぶ」という戦略をとれば、「もともと B または C が当たりのときに当たりとなります 。よって、これは当たる確率が 2/3 ですね。

        • 一方で、「司会者が B と C のうちハズレのドアをあけてくれたが、断固としてAのドアを選び続ける」という戦略をとれば、「もともと A が当たりのときに当たりとなります。よって、当たる確率が 1/3 です。

        ということで、司会者は必ずBとCのどちらかしか開けない」という制約のおかげで、Aを選び続けるよりも、選択を変えたほうがお得になるという寸法です。


        司会者はHW君がどのドアを選んだかとは関係なく「BかCのどちらかのドア」を開けます。一方、なぜBかCのドアしか開けないのかというと、これはY先生最初に選んだドアがAだからということです。ここに、Y先生とHW君の非対称性があるわけですね。

        ただし、Y先生とHW君との違いはこの点だけであって、仮にCのドアがハズレだと明かされたとすると、Y先生もHW君もBのドアを選んだほうがお得であることに違いはありません。

        ★ なぜY先生が選ばなかったカードにだけ影響が出るのか

        (引用)

        でも……この説明だとハズレドアを一枚あけるという行為、あるいはそれがもたらす情報は、ぼくの選ばなかったカードにだけ影響するようだ。なぜ?

        上記説明で納得いただけた方には、この点は簡単かと思います。上の繰り返しになりますが、「司会者は、(Y先生が選ばなかった) BとCのドアしか開けない」ということが本質であるためです。

        問題の言い方を変えただけで話が変わるの?

        (引用)

        「選んだカードを変えますか?」という問題ではなく「最初選択をご破算にして、どっちか選びなおしてください」という問題設定にしよう。そうなったら、どっちかのドアの後ろに賞品があって、それは等確率から、どっちを選んでも確率は1/2だ。それが、最初にぼくが選んだドアか、そうでないか、というのはまったく問題にならない。そうだよね? (上にあげたWikipediaページにもそう書いてある)。

        残念ながらこの主張は誤りで、問題の言い方を変えただけでは話は変わりません。これも上記の HW 君と一緒ですよね。最初に何を選択していたとかは関係なく、「司会者がBかCのドアのうちハズレのものを開ける」という事実 (Aのドアは開けないという事実) さえ確かであれば、 BとCのうち残ったほうを選べばお得なのは変わりません。

        Wikipedia英語記事ざっと一通り見ましたが、該当箇所は見つからず……

        ★ 選ぶという「想い」で世界は変わるの?

        (引用)

        どうもこの一連の話では、ぼくが最初に「Aの扉を選んだ」というのがずいぶんご大層な意味合いを持ってしまうようだ。でも、「選ぶ」と言ったって何かを変えたわけじゃない。「こっちかなー」と思っただけだ。

        Y先生がAのドアを選んだことを「司会者に伝えた」というのが何より重要ポイントです。この行動によって、司会者は (Aを除外して) 必ずBかCのどちらかしか開けないという状況に立たされるわけです。

        残念ながら、「想う」だけでは世界は変えられず、ちゃん言葉にして伝えなきゃいけないんですね。

        2022-10-22

        毎年のBとかMシシスとかのネタをかんがえてる。それがしごとだから。いよよますますめんどくさくなってきた。

        おもいつき

        今後数年かもしくは十年ぶんのネタについて課題としてあたえられないか

        ウェブクラスかなにかで小論文形式。べつにGitHubでもいいけど。○○方式は?第一から○○図までをしめしたうえでそれに必要な要習得事項などをならべとく。どうすればいいんだろ???どっかのだれかがすでにやっちゃっている仕事の追試ベースにする?それなら、ブログ記事を参照すれば手順がかいてあるし、だすべきアウトプットのすがたもしめしてある。それがいいかも。Bシシスは基本追試。追試。追加試験

        とつじょ2MGE

        さきほどおもいだしたけど、あれはどうか?TMGE. 対象となるブツあるか??スパラくらいしかおもいつかないけど・・それだと・・ちょっとかんがえなければ。あとは〇光社からもらったやつ・・どうなるべきかわかっている。すでにしっているたぐい。開発したことにおもみ。まあでもそれでもええかも。Bシシスなら。。じゅうぶん。

        10.1364/AO.36.008184

        LNOにおけるZ依存

        あれはBシシスネタになるおもう。

        Bのほうは3本立で

        ★ 実測データからεへの機械学習

        エスティマ

        ★ W90からJDS

        じゃあMシシスは?

        こちらは追試ちゅうわけにはいかんやろ。さすがに。リポジトリ登録してるネタ貯金をきりくずすんでしょうな。なんかをはからせたいときにどうたのむか?

        2022-10-21

        スパルタ人はわざと重い鉄貨を使ったのか?

        友達最近藤村シシンさんがFGOギリシャ史と絡めて解説する動画にハマったらしい。ヲタトークをしていたらシシンさんの動画面白かったという話をしていて、それはいいんだけど、「古代スパルタだとお金をわざと重くして人々が堕落しないようにしてたんだって!」と楽しそうに語りだしたので「そんなことある???」と思ってしまった。古代ギリシャ史については素人だけど、流石にちょっと胡散臭くないか

        ということで調べてみました!

        動画はこれ。

        https://www.youtube.com/watch?v=1R-hpr7FJdI

        まあトーク番組だから出典をいちいち挙げないのは当然として、じゃあ何がソースなんだろうと思ってちょっと検索してみたら、元ネタプルタルコスの『英雄伝』なのね……『英雄伝』はギリシャローマ英雄たちの逸話を紹介してる本で、日本語訳複数出てるけど、増田素人から手元になくて近所の図書館にもなさそうなので、ネット英訳版を見てみることにする。具体的にはリュクールゴスの章に書かれているらしい。

        Not contented with this, he resolved to make a division of their movables too, that there might be no odious distinction or inequality left amongst them; but finding that it would be very dangerous to go about it openly, he took another course, and defeated their avarice by the following stratagem: he commanded that all gold and silver coin should be called in, and that only a sort of money made of iron should be current, a great weight and quantity of which was very little worth; so that to lay up twenty or thirty pounds there was required a pretty large closet, and, to remove it, nothing less than a yoke of oxen. With the diffusion of this money, at once a number of vices were banished from Lacedaemon; for who would rob another of such a coin? Who would unjustly detain or take by force, or accept as a bribe, a thing which it was not easy to hide, nor a credit to have, nor indeed of any use to cut in pieces? For when it was just red hot, they quenched it in vinegar, and by that means spoilt it, and made it almost incapable of being worked.

        In the next place, he declared an outlawry of all needless and superfluous arts; but here he might almost have spared his proclamation; for they of themselves would have gone after the gold and silver, the money which remained being not so proper payment for curious work; for, being of iron, it was scarcely portable, neither, if they should take the means to export it, would it pass amongst the other Greeks, who ridiculed it. So there was now no more means of purchasing foreign goods and small wares; merchants sent no shiploads into Laconian ports; no rhetoric-master, no itinerate fortune-teller, no harlot-monger, or gold or silversmith, engraver, or jeweller, set foot in a country which had no money; so that luxury, deprived little by little of that which fed and fomented it, wasted to nothing and died away of itself. For the rich had no advantage here over the poor, as their wealth and abundance had no road to come abroad by but were shut up at home doing nothing. (...)

        http://classics.mit.edu/Plutarch/lycurgus.html

        なるほど、シシンさんのトークプルタルコス記述に忠実だ。少なくとも彼女は盛って話していたわけではない。

        で、プルタルコスの『英雄伝』が書かれたのは後2世紀初頭と言われているんだけど、ここで逸話が語られているリュクールゴスはだいたい前9世紀頃に活躍した人物と言われているのね。彼はスパルタの半ば伝説的な立法者。要するにプルタルコスは直接スパルタで鉄貨を見たんじゃなくて「1000年くらい前のスパルタではそういうことがあったらしいよ」っていう伝承を語っているのよ。古事記かな?

        ところで根本的に、古代ギリシャでは鉄の棒を通貨として使っていた地域があったらしいんだよね。「わざと鉄の棒を通貨として採用した」んじゃなくて「もともと鉄の棒をお金として使ってた」だと、かなりイメージ変わってこない?

        https://www.brown.edu/Departments/Joukowsky_Institute/courses/greekpast/4792.html

        ちょっと古い文献だけど,Charles Seltmanっていう貨幣専門家が書いたA Book of Greek Coinsっていう本にも次のようなくだりがある。

        Certain it is that before coined money was used in Greece other states as well as Sparta, chief among them Sparta's great rival Argos, regularly employed iron spits as currency.(34頁)

        https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.280124

        なんでかというと、スパルタがあったラコニア地方は単純に鉄が採れる地域なんだってさ。そら、鉄が採掘できるなら鉄貨使うわな。

        Iron was mined in Laconian territory, in the southern spurs of Taygetus and Parnon which end in Capes Taenarum and Malea. It was, therefore, but natural that the Spartans, with the wealth at their disposal, should employ bar-iron as currency; and their conservatism, combined with their lack of any more precious metal, led them to continue the employment of iron money for four centuries after other Greek states had adopted coin(33頁)

        さらにこうも書かれている。

        a currency which was possibly kept in use for reasons of economic convenience rather than for the enforcement of a stern rule of life(34頁)

        要するに、

        ってことね。

        質実剛健さを重んじてわざとコインを使わなかった」のが仮に史実だとしても、「あえて鉄の棒を採用した」んじゃなくて「鉄の棒を使い続けた(=コイン採用しなかった)」というのが本当のところなんだろうなぁ。

        あと,「偉い人の論文読んでみたら、普通にスパルタでは外国通貨使ってたらしいよ」というブログ記事も見つけた。ただ元の論文がなかなか見つけられないので確定的なことは言えないけれど……

        https://hoferjonathan14.medium.com/the-iron-money-of-sparta-likely-a-myth-97d95d431a62

        このエピソード英語で色々ググってみたけど全部出典がプルタルコスに行き着くので、考古学裏付けはあまりないっぽいんだよね。まあプルタルコスおもしろネタが満載なわけだけど、そこしか出典がないとなると結構胡散臭いんじゃないかな。

        もちろん増田古典ギリシャ語とか読めない素人から、実際には他のところにも記述があったり、考古学証拠が見つかっていたり、リュクールゴス時代古文書が発掘されている可能性もあるわけだけど、個人的にはシシンさんのスパルタの鉄貨に関するトークを信じる気にはなれないかなと思いました。

        追記

        https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/2907/

        この記事に鉄の串の写真があって、シシンさんが解説を寄せている。解説の文面はまあ納得のいく見解なので(串がコインに先立つことや、コイン出現後もスパルタでは串が使われていたと書いている。そこに異論はない)、動画でのトークネタに振り切った感じなんだろうか……

        シシンさんの動画のそこ、笑ったw 増田調査サンキューやで / その上で、動画FGOというゲームを楽しむユーザー向けで、論文ではない。そこでネタとして紹介してくれたものに目くじらを立てる気に私はならんな

        FGOファン向けなら史実かどうかは怪しいおもしろエピソード史実かのように話していい…ってコト!? ワ…ワァ…FGOファンにもシシンさんにも失礼すぎて泣いちゃった!

        様々な論点があるので100字に入りきらないが,スパルタ貴金属貨幣禁止していたということと,リュクルゴス制の成立を前9世紀とするのは後世による「伝統創造であるこことは指摘したい。

        書き方が悪かったかもしれませんが、鉄貨の存在貴金属貨幣禁止否定していません。

        動画では、シシンさんは「スパルタお金をどんどん重くしていって、賄賂や贅沢を抑止していた脳筋国家である(少しでも金額が大きくなると持ちきれないほどの重さになるから袖の下は渡せないし、持つことで鍛えられるから)」と言っています

        これ、前提知識なしで聞くと「バーベルのような鉄貨は堕落を嫌ったスパルタ発明」と聞こえるんですよ。実際に増田にこの話を面白そうに話した友人もそう理解していましたし、増田トークを聞いてそう理解しました。そして実際にプルタルコスはそう書いています

        でも実際には、単にコイン発明からスパルタやその周辺地域には棒状の貨幣があって、スパルタはそれをコインに置き換えなかった、という話なんですよね。で、参考文献に挙げた本にも「マッチョイズムじゃなくて経済的から使ってたんじゃない?」と書いてある(最後引用したセンテンス)。これ絶妙史実勘違いさせるトークになってません? って思っちゃうんですが、どうでしょう

        (もちろん、副次的効果として賄賂の抑止や筋力増強はあったかもしれませんが、それが主目的であるかのように論じられると……都会民は電車通勤ゆえに自家用車通勤地方民より体力があったりしますが、都民の体力を増強させるために都はメトロを整備したんだ、と言い出したら違う話になるでしょう?)

        リュクールゴス実在人物であるかのような筆致はご指摘のように不用意でした。

        2022-10-20

        Yahooに載ってたとある地方交通事故加害者の氏名が載ってたか何気なく検索したらその人が社長企業HPが出てきて、

        なんかトップにあるブログ記事に「今年も新入社員が○人入ってきたよ~」みたいなことが書いてあって暗澹たる気持ちになった……

        数カ月後の記事には「あの時の新入社員も失敗しながら成長しているよ~」みたいなことが書いてあって、

        「失敗」の例として「社用車をぶつけたりもしたけどね」……いや社長事故起こしとるわ…笑えんわ…って思わずツッコんだわ…

        2022-10-18

        はてなブックマークをやるデメリット 気を抜くと童貞が女にもてるテクニックを語るような発言をしてしまいがち

        WinterMute 10年以上前から、元記事側の得はアクセス増加で、ブクマ見る側の得はデマへのツッコミが見られることだと思ってるので増田の言ってることがよくわからない

        https://wintermute-3.hatenadiary.org/

        13年前から書いてない

        たかだか30記事を書いた程度で投げ出したはてなブックマークだけ書くようになった敗北者に何がわかる

        ブログ記事を書く側の立場を忘れてる

        マキマ風にいえば屍体がしゃべってる

        エロゲオタである彼のブックマークコメント結構好きなので

        こういうがっかりする発言されると悲しい

        2022-10-17

        twitter炎上しない理由

        ・・・みたいな内容のブログ記事10年以上前(おそらく3.11以前)に見たんだけど、どんな内容か覚えている人いる?

        該当の記事はどこ探してもないんだけど、確かにみたんだよ。

        2022-10-02

        anond:20221002204837

        山上容疑者ブログ書くのがベストだった。

        別のとこでも言ったけど。

        子ども時代は耐えるしかない。

        ある程度分別がつく大人になったら行動を開始する。

        まず、窮状を訴えて統一教会総理を叩くブログ記事を書く。

        はてなブックマーク反自民勢力に取り上げられる。

        ホッテントリになる。

        twitter拡散される。

        同じような被害者共感の声がtogetterで纏められる。

        さらにバズっていく。

        国会野党が取り上げ、自民党に突きつけられる。

        ニュースでも取り上げられる…

        一切誰の血も流さず、投獄されることもなく復讐と救済が達成される。

        粘り強い言論による説得で世界を変革させるのが、民主主義であり平和主義法治主義合理主義現代的な社会のあり方だよ。

        2022-09-22

        社内ブログ運営をしているが、分かったことがある

        完全に自分を棚上げして書く。

        世の中には致命的に「他人向けの文章」がうまく書けない人がいる。

        ここでいう「文章を書く能力」とは、「りんごを一つ買った」というような単文を作る能力意味しているわけではなく、

        記事全体の構成や、段落ごとのまとまり意識して、「その記事全体で何を言いたいのか」「その段落は何を言いたいのか」を文章他人に伝えられる能力のことを意味する。

        これがもう壊滅的な人がいる。

        何度読んでも意味が分からないし伝わらない。

        読者のことを考えてなく、独りよがりなのだ

        自分知識が前提になっていて、読者のレベルが想定できていない。行間を端折りすぎている。

        上級者向けです」などと言う前提を出してくるが、どうみても完全に「自分向け」であり、対象の読者を自分にした時点でそれは記事じゃなくて備忘録だ。

        それはもう個人ブログでやってくれ。

        そしてこういう他人向けの文章を書く能力は、あとからなかなか鍛えられない。

        そもそもそういう人たちは、それをせずに済む術を身につけていて、その能力を鍛える必要に駆られないからだ。

        例えば事あるごとにMTGをしたり直接話したがる人もその一種だと思っている。

        メールチャット、あるいはドキュメントで伝えれば済むものを口頭で済ませようとするのは、他人向けの文章が書けないからだろうと思う。

        そういった人たちにブログ記事を書く要請をしないといけない。

        文章力」が数値で測れるものであればよいのにと思う。

        なぜなら文章力〇〇以下の人記事を書いてもらうのを止めておこうという言い訳を作れるからだ。

        あなた文章力ないので記事書くのNGです」なんて言い分は通らない。

        こういった人たちに対して、それぞれうまく言いたいことが伝わるようにレビューをして文章修正させるが、

        そもそも崩壊気味の文章いくら取り繕ったところで限界がある。

        どうしてもツギハギしたような変な構成記事になってしまう。

        そうなるともはや自分で書き直したほうが早いレベルになる。だがそんなことをするとその人の記事ではなくなるし、その人のプライドもあるだろう。

        結果的レビュー工数が異常に膨らむ一方で、記事としては普通に読みづらいものが出来上がる(それでもレビューをしただけ多少マシ)。

        他人向けの文章を書くセンスのない人が記事を書くと、みんなが不幸になる。

        2022-09-11

        追記ありきららニチアサ特撮マンガ作者がTogetter話題になってたけどさぁ

        はてブを見てたら、きらら掲載漫画の作者がTogetterでまとめられてて話題になってた。

        ニチアサ特撮マンガの作者が同人イベントに参加したら、隣のスペースにライダー俳優がいた話 - Togetter

        どうやら、作者が同人イベントに参加したところ、ライダー俳優松田悟志に目をつけられたらしい。




        例のニチアサ特写マンガは『ニチアサ以外はやってます』で、作者は猫にゃん。現在は「まんがタイムきららキャラット」に掲載している。


        ところで、きららって海外人気がないかアニメ業界唾棄されているんだよな

        事実2022年からぼっち・ざ・ろっく』が始まるけど、それ以降のきららアニメゼロ


        編集過去に言ってたよね。アニメ化できる作品を作っていきたいと。


        担当編集 今のきららは、アニメ化などメディアミックス視野に入れた作品づくりをしているので、映像映えする題材として「特撮」はずっと候補の中にありました。猫にゃん先生ほどではないですけど、私も特撮が好きですし。
        ニチアサ特撮ときらら作品は似ている 漫画『ニチアサ以外はやってます!』インタビュー - KAI-YOU.net


        でも全然できてねぇじゃん。アニメ化の弾全然ねぇじゃん。

        何でか分かる? 海外人気を意識して作品を作ってないからだよ


        海外人気の重要性は「アニメ産業レポート」を見たら分かる。

        日本アニメ市場では、2014年から海外売上が急速に伸びた。その一方、円盤などの国内売上は相対的に下がった。そして、2021年には海外売上が国内売上を超えた。

        海外配信業者日本なんかよりも羽振りがいい。事実海外人気で簡単に続編が決まる。なろうアニメラノベアニメ特にデート・ア・ライブ』や『月が導く異世界道中』は時代象徴している。

        アニメ業界国内人気よりも海外人気を重視するのは必然的だ。

        そんな中、きららアニメ海外人気を獲得することができない。だからきららアニメ業界にそっぽを向かれる。




        きらら編集部は、アニメ化される漫画を作りたければ、海外人気が圧倒的に高い「小説家になろう」とか「週刊少年ジャンプ」とか見習えよ。

        他には『その着せ替え人形は恋をする』とかでもいいからさ。


        特に、「小説家になろう」は編集どころか作者ですら作品の売り方を熟知している。ランキング上位に載る作品の傾向を研究した上で小説を書いている。

        その甲斐もあってか、なろうアニメ海外人気が非常に高く、新規アニメ化も続編制作簡単に決まる。

        舞台異世界から人気があるわけじゃねぇんだよ。




        それに比べて、まんがタイムきらら海外人気がでそうな作品を作る気すら感じられない。

        きららの連載作に流行りの異世界ものが増えたけど、まるでやる気を感じられない。アニメ化した『RPG不動産』ですら爆死で終わった。


        しかも、今は百合漫画露骨に推すようになった。特に無印フォワードはその傾向が顕著。

        分かってる? 百合というジャンル海外では蛇蝎のごとく嫌われる

        同性愛嫌悪日本より海外の方が強いからね。特に中国に至っては「同性愛者は精神障害」と大学教科書に載るぐらい嫌悪が激しい。

        きらら編集だって中国日本アニメ業界は密接な経済関係を築いていることぐらい分かるだろ? それなのに何で百合漫画を推すんだよ。


        最近では『リコリス・リコイル』という大ヒットアニメがあるけど、あれは百合要素が海外でウケている訳じゃないんだよ。「女の子のガンアクション」がウケたの。上辺だけで判断するな。上辺だけしか見てないから、いつまで経ってもヒット作が生まれない。


        それと、『星屑テレパス』とかで逆張りをやってる場合じゃねぇんだよ。あの漫画きららのくせにシリアスが多いんだよな。アニメオタクはそういう作品死ぬほど嫌いなことぐらい分かってるだろ。




        まあ、要は、まんがタイムきらら海外で人気が出る面白い作品を生み出す能力も、既存の人気作を研究して見習う能力もないということだよな。将来性がまるでない。

        そんな漫画雑誌存在価値はないから、さっさと廃刊しろよ。

        まあ、そんなこといわなくても、まんがタイムきららとその系列は5年以内にすべてなくなるだろう。

        競合のコミックキューン4コマ漫画をやめたし、まんが4コマぱれっとに至っては廃刊してしまった。

        まんがタイムきららも同じ末路をたどる。間違いない。


        追記: この増田を書いた理由

        自分の好きなきらら漫画アニメ化しなかったから。そして、きららアニメの数自体が少なくなっているから。

        放送されるアニメの数が多すぎると言われている中、きららアニメは確実に数を減らしている。ついには、『ぼっち・ざ・ろっく』以降に放送されるきららアニメゼロになった


        そして、今、私は海外人気がアニメ化に最も重要だということを痛感している。

        まるで「海外人気が出ないアニメ人権がない」と言わんばかりの世相だ。

        アニメを取り扱っているブログを読んだり、アニメYouTuber動画を見たりすると、「海外人気」という言葉が耳にタコができるほど出てくる。

        事実ラノベに詳しいはてなブロガーが指摘している通り、海外人気の根強いなろうアニメの数が無尽蔵に増え続けている。


        から海外人気が出ないまんがタイムきららは"もう駄目だな"と嘆いている。


        追記: ブコメに対する返答

        ブコメが集まってきたので感想を書いてみた。


        id:fusanosuke_n きららにはもっとこういう方向性で行って欲しい、というだけのエントリだろうけどなぜ煽りシマシで増田に書いた。

        みんなの意見を聞きたいから。

        そうするには、煽り気味に書くことが一番だと思っている。

        例えば、アンチオタクが「女性の作った萌えアニメなんてないだろ」というと、オタクたちが真っ赤な顔をして反論する。

        私はそれを狙っている。


        ikebukuro3 何でもかんでも海外進出を狙ってるのは多様性が無いだろ。嫌なら見るな

        そんな事を言う君は一度このブログ記事を呼んだほうがいいよ。はてなで有名なシロクマ先生(id:p_shirokuma)が書いた記事だ。

        『使えない個性は、要らない個性。』 - シロクマの屑籠

        多様性というきれい事を言うけど、無益個性はいらないものなんだよ。

        アニメボランティアじゃないからね。結果をきちんと出さなきゃダメなんだよ。だから個性は選別される。


        NOV1975 業界から唾棄されてる(n=1)

        私は「海外人気のないアニメ人権がない」と同じようなことを嫌というほど聞いたぞ。

        ブログYouTube動画とか見れば、簡単に見つかる。


        id:apteryx_2022 いきなり怒ってるうえに予言で締める辺りにやり場のない怒りを感じる。でも、四コマのない、きららフォワードが上手くいってるかというと、どうかな。ゆるキャンアプリに取られちゃったし。

        気持ち理解してくれてありがとう


        id:uotocs きららにどうなって欲しいのさ。個人的にはガラパゴスってるきららのような立ち位置競争関係ないところで大切にしていきたい。

        10年ぐらい前に、「日本企業はガラパゴス化しているか国際競争で負け続けている」と軽蔑してた奴がいっぱいいたじゃないか

        同じように、ガラパゴス化しているきららアニメアニメ業界競争で負け続けているんだよ。分かる?


        id:maturi 自分の嫌いなまんがが載ってる雑誌廃刊になる…喜びこそすれ、ここまで憤る理由わからん。その会社のまんがを印刷する会社に勤めてでもいるのか

        嫌いな漫画廃刊になったら喜ぶはずなのに、そうではないというなら、嫌いじゃないということかもしれないな。


        最後一言

        それにしても、はてなではあまり知られていないようだな。海外人気の重要性。

        2022-08-30

        宗教新聞」は統一教会メディア

        はてブ統一教会被害者家族ブログ記事が上がってきていて、そこで「宗教新聞」が統一教会メディアだと初めて知った。いや「宗教新聞」というメディア自体を初めて知ったのだけど、こんな普遍的名前媒体名だと、もしかしたら今まで気づかずにネット引用をしてたかもしれない。(統一教会信者信者と名乗らずに宗教新聞ソースにして反統一教会論説を攻撃したのを「納得した」とか思って拡散してたり。そんなことなければいいがあってもおかしくない)。

        一方で、統一教会と全く関係ない「新宗教新聞」というメディアもある。こっちは1950年代立正佼成会PL教団やら日本新宗教が一同に集まって作った団体新日本宗教団体連合会」が発行している機関紙。当たり前だけど統一教会の「宗教新聞」より「新宗教新聞」のほうが古いし歴史ある。Wikipediaによれば統一教会は加盟したことないみたい。名前の付け方にしても統一教会が強いもの流行ってるものにとにかく引っ付いて混同させ利用しようとする手口が見える。

        2022-08-26

        anond:20220826163948

        多分これブログ記事とかじゃなくて

        https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkei.com/promotion/campaign/contents2022/manebicomic/

        にのブコメ投資賛成派と反対派が戦ってるとかそういう文脈じゃない?

        ブコメからブログへの誘導を期待してるとか仮に言われてもワイならよくわからんってなるで

        2022-08-09

        清水晶子先生の講演を読んで見る (1) 「学問の自由」の定義ってなんだろう

        前置きの前置き

        この文書で何が批判されているか知りたいだけの人は、一番下の節「まとめ」までジャンプ

        前置き

        清水先生の講演についてここ一週間くらい悪口Twitterで書いてた江口先生に、それブログに纏めてよと言ったら気が乗らないと断られてしまったので

        代わりにそれっぽいものを書いてみる練習

        具体的には江口先生

        うまい人びとは、前に書いた辞書定義約定定義明確化定義理論定義なんかを縦横に駆使して説得にかかってきます

        と最新のブログで書かれているのを、清水先生の講演を題材に自分なりにスケッチしてみる。

        続き、というか中間にあたるのだが「(2) ポリティカル・コレクトネスってなんだろう」「(3)キャンセルカルチャーってなんだろう」を書くかは未定。

        まり、この記事は書き起こしで言う「Part1 〜学問の自由とその濫用〜 」の検討が中心だが

        最後の方で全体を対象にする前に他のPartの検討を書くべきところ、途中で力尽きている。

        とはいえだいたいPart1の検討とほぼ同じものを繰り返すだけ


        前提

        を先に見ていることが前提。

        特に江口先生ブログに書かれている5つの定義

        説明はほぼ書かないので、分からなければブログを参照するように。



        学問の自由辞書定義

        まず、清水先生スライド提示するのが

        1998年 国際大学協会(IAU)声明学問の自由大学自治社会的責任」による定義です。

        学術コミュニティ構成員、すなわち、研究者教員学生が、倫理的規則国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、そして外部から圧力を受けることなく、学術活動を追求する自由

        これは明らかに 辞書定義 ですね。

        人びとがその言葉をどう使っているか国語辞典の載っているような形で説明している。

        そして次に清水先生は、

        一般的には、〜〜、というふうに考えることができる。」

        「従来はそして一般的には、〜〜、というふうに理解されています。」

        自分言葉でも「学問の自由」を定義します。

        世間一般用法という文脈なわけですから、当然、スライド引用の言い換えに相当する語釈が、聴衆には予期される、

        同じく 辞書定義 が与えられようとしているもの解釈されます

        実際に与えられた定義を見てみましょう。

        ある種の公の定義であるIAU声明に対する言い換えとして、清水先生による定義を読んでみると一つ気にかかるところがあります

        IAU声明では「外部から圧力」となっているところが、

        と非常に具体的な形になっています

        世間一般用法として紹介される割には、議論のあり得るところで

        「こういうのは多数派も少数派もない、学問独立って話なんですが、多数派から圧力特に抵抗しにくいので」

        というふうに説明するほうが世間認識とあっているように思える。

        とはいえ、ここまでならば、代表的な「外部から圧力」を並べただけ、ただの例示ゆえに言い換えの範疇であり、辞書定義のままだと受け取ることもできる。

        学問の自由」の濫用としての「学問の自由侵害」への説得的定義

        次に清水先生は「学問の自由」の濫用の話を始めます

        ただ、ここで私が書きにくくて困ってしまうのが、清水先生が「具体的に」何を批判されているのかさっぱりわからないことです。詳しくは後の節でも取り扱います

        今は、とりあえず定義の話をしましょう。

        現代の誰かが主張している「学問の自由侵害」とは、〜〜だ」と、清水先生定義していると読める箇所を、少し文言修正の上、抜き出します。

        見事にすべて 説得的定義 ですね。江口先生ブログで挙がっている

        中絶とは、罪のない子供の容赦ない殺人である

        中絶とは、女性を望まない負担から解放する安全外科処置である

        などと同じ形式となっている。

        ただ、読みながら何を論じているのかわからなくなって辛くなってしまうのは、

        中絶の例ならば、中絶辞書定義 は共有されているという前提のもとで、 説得的定義 を用いているのに対し、

        清水先生は、この文脈での「学問の自由侵害」とは 辞書定義 学問の自由侵害とは全く異なるものだと論じていることです。


        (下の2節は「どう論じているのか」という細かいレトリック解説なので

        批判の要点が掴みたいだけの忙しい人は飛ばしても良い。

        どう辛いのかについては、「批判対象曖昧さ、具体性の欠如」でページ内検索してジャンプ。)


        辞書定義明確化定義として使用することを目的とした約定定義へのすり替え

        最初の節辞書定義から

        これらは学問の自由侵害定義として読むことができるものであり、

        先に導入された説得的定義社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立て」とは対義の関係にある。よって等号で結ばれることはありえない。

        ゆえに、「従来から論じられてきた一般的な節(辞書定義)」学問の自由ではない、という論証。

        しかし、これはIAU声明にはなく清水先生が付け加えた箇所のはずですね。

        先程はただの例示と見ればという限定をつけて辞書定義と認めました。

        逆に言えば、「そうでなかったら学問の自由でない」というふうに使うならば、もはや例示ではなく、清水先生独自見解です。

        すなわち、この時点で辞書定義として導入された学問の自由という概念

        学問の自由を〜と私は定義します!」という約定定義へとすり替えられているのです。

        一旦まとめると、

        「よくわからないものを」「なんか悪そうに定義して(説得的定義)」、

        「その悪そうな要素にぴったり当てはまらない要素を、一般的定義の中に紛れこませる(定義すり替え)」

        これが清水先生レトリックです。

        定義を縦横に駆使するレトリック

        付け加えていえば、ここですり替えられた約定定義根拠

        学問の自由とは

        「力のある人たちとか多数派にとって都合が悪い、あるいはそこにとって利益にならないというだけの理由で、 研究教育を抑圧したり不当に妨げたりすることを困難にするはずのもの

        という説得的定義の導入も行っています

        まさに、

        うまい人びとは、前に書いた辞書定義約定定義明確化定義理論定義なんかを縦横に駆使して説得にかかってきます

        のものですね。

        じゃあ、5つの分類の最後理論定義はどうか、

        憲法23条保障する学問の自由

        この一節は憲法学理論を援用しているため、少し強引ですが理論定義を示したものとも言えるでしょう。

        実際、この定義根拠に「学問の自由侵害」を「なんか悪そうに定義した」説得的定義に対し

        これは日本国憲法保障される学問の自由からはかなりかけ離れたもので、何を言ってるんだというふうに思われるかもしれません。

        否定しています

        なぜかけ離れているのかというのは詳しく述べられていませんが、

        要は憲法学理論憲法原則としては国家権力監督するものであり、私人間効力の議論私人相互に大きな権力差がある場合の話である」という話でしょう。

        権力差をどう捉えるか、例えば「学界から事実上キャンセルできたというのは、権力差があったといえるのではないか」というのが憲法上の論点になるわけですが、

        そこを 説得的定義 から導かれる「抑圧側 VS 被抑圧側における抑圧側が学問の自由を主張している」という構図でクリアするわけです。

        批判対象曖昧さ、具体性の欠如

        ここまでいろんな種類の定義を用いたレトリックが使われてきましたが、

        正直なところ、説得的定義から導かれる「抑圧側 VS 被抑圧側における抑圧側が学問の自由を主張している」という構図を用いた時点で

        直感的にはそれは学問の自由ではないでしょうという話になります

        ゆえに最も問題になるのは、そう定義されるのが具体的になんなのかです。


        清水先生は「こういった言説が具体的にどう現れてきたのかご説明したい」と30分近く説明してくださっているのですが、

        書き起こしを全文検索してもらえればわかるのですが「学問の自由」を直接的に濫用している例として挙げられているといえるのは、

        Horowitzによる、Academic Bill of Rights (ABOR) のみです。

        ほか間接的な繋がりとしては「ポリティカル・コレクトネス」「キャンセルカルチャー」の事例が話されているのですが

        これも抽象的な定義操作時間を割いていて、具体的な文脈はほぼない。学問の自由とどう関係するかも全くと言っていいほど書かれない。

        詳しくはそれぞれをどう定義しているのか、という点を検討する必要がありますが、

        これは別の記事「(2) ポリティカル・コレクトネスってなんだろう」「(3)キャンセルカルチャーってなんだろう」に譲り、

        記事「(1) 学問の自由ってなんだろう」では、直接的な例、ABORに絞ります

        議論余地はない」ほど明らかなものだけ議論される

        清水先生はABORを曲解して参照しているのではないか、という指摘もあるのですが、

        とりあえずここは論点にせず、清水先生解説をそのまま採用します。

        ABORの主張は、

        ナチス政治哲学擁護であるとか、あるいは進化論否定であるとか、 そういうもの学術的に正当な主張の一つとして教えるべき」

        「実際にそういうような授業になっているかどうかを、 授業内容を調査する仕組みっていうのを大学は作るべき」

        学問の自由とはそういった環境で成立する。

        ぶっとんでますよね。これ肯定する自由主義者いるんですか?

        ナチス肯定論文を学問の自由擁護することはできない(マルコ・ポーロ事件)」じゃないですよ?

        しろ、何が相手だろうと自由である肯定する、過激自由論者ほど否定する内容です。

        大学ナチス擁護を正当な主張の一つとして教えるべき」、自由でもなんでもないじゃないですか

        まとめると、

        最終的には、そして本質的には、清水先生は「学問の自由」について議論余地のないことしか言っていません。

        じゃあなんで議論になるのか。

        清水先生立場からすれば、「学問の自由」の濫用だと当然問題視しているであろう例が

        ある意味辞書定義のように暗黙に共有されているからです。

        千田有紀と呉座勇一

        清水先生にとって非常に身近な例であるはずのそれは2例あります

        このちょうどいい2人については講演では全く触れない。

        特に後者の呉座先生については質疑応答で「学問の自由」を求めている人として名前が挙がったにもかかわらず、

        ちょっとからない」「詳しくない」「法律専門家ではない」「裁判をはっきりきちんと見ているわけではない」「労働争議であって学問の自由ではないんじゃないかなぁ」

        との返事。

        「そうです。呉座さんの事例こそが私が批判した「学問の自由」の濫用です」ではなく「詳しくない」。

        訴訟原告の1人であるからには詳しくないわけはないのですが、文字通り解釈するならば

        この「学問の自由」の濫用批判において、呉座先生の事例は検討すらされていない、ということになる。


        たこの回答の続きとして、呉座のことを言っているわけではないという注釈付きで、「学問の自由では擁護できない」例が出されました。

        理論物理学者の性暴力学問の自由擁護することはできない」

        何を当たり前の話をしているのでしょうか。関係ありますか?

        せめて多少は「学問の自由」と文脈がつながるように「酷いセクハラパワハラを長年犯してきた超一流哲学者大学から追放されたことを、学問の自由擁護はできない(ジョン・サール事件)」くらいにしましょうよ。

        まとめ

        文脈がわかるくらい解説をつける具体的な例については、当たり前を超えてもはや関係のない例しかさない。

        それでいて、批判対象に対して一般に共有されるような辞書定義には触れないで、

        何を批判しているのかも厳密には不明確なまま、説得的定義に対する抽象的な定義操作を元に議論を行う。

        暗黙の辞書定義説得的定義の関連は、聴衆が勝手勘違いしてくれることに任せる。

        これが、学問の自由についての、清水先生の講演の構造です。

        2022-08-05

        清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

        目次

        anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

        anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

        anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

        anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

        anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

        anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

        学問の自由キャンセルカルチャー」Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

        https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=3920s

        1:05:20~1:10:25

        Sara Ahmed, "You Are Opressing Us!"

        「誰かがノー・プラットフォームにされたと言うためのプラットフォームを与えられ続けたり、あるいは口を封じられたことについて延々と話をしていたりする時、そこにはいつもパフォーマティブ矛盾がある。しかしそれだけではない。そこであなたが目にするのは、権力メカニズムなのだ。」

        自分がすでに抱いている信念を裏付け証拠を求める欲望は、時に、その証拠を生み出すための挑発や威嚇につながることがある。

        侮辱的な言語行為が次々と述べられるのは、侮辱され気分を害してほしいという欲望があり、他者が気分を害するせいで『われわれの自由』が制限されるのだという証拠を望んでいるから、である。」

        この枠組みを非常に早い時期に的確に指摘したのが、イギリスフェミニストとして知られるSara Ahmedです。

        2015年のブログ記事でAhmedは、ガーディアン紙に掲載された、これ別の書簡なんですがこれも公開書簡です、

        個人に対する検閲や口封じを許すことはできない」というタイトルの公開書簡を取り上げます

        この公開書簡英国でのいくつかの例を取り上げつつ、

        トランスジェンダーについてあるいはセックスワークについて特定批判見解を持つフェミニストたちが、

        大学沈黙させられているというふうに主張するものでした。ちょっとここ分かりにくいんですけど、

        2015年の英国のこの文脈では、沈黙させられているというふうに主張しているフェミニストたちというのは、

        階級的にもそれからジェンダーモダリティという点でも、いわば多数派の側になります

        Ahmedは、公開書簡で取り上げられている例というのが実際には、特定見解理由にした検閲だったりノー・プラットフォーミング、

        ノー・プラットフォーミングっていうのはイギリス運動なんですけど、

        イギリス学生運動の中で採用されてきた戦略で、非常に危険で受け入れ難いと見なされた見解とか信念、それこそネオナチとかです、

        そういうものを公開する機会そのもの提供しない、そういうのがノー・プラットフォーミングといわれるんですが、

        ただAhmedは、この公開書簡で取り上げられている例が実際には、

        そういう検閲とかノー・プラットフォーミングには当たっていなかったということを、事実確認した上で、

        にもかかわらずこれをあえて、キャンセル検閲、口封じ、ノー・プラットフォーミングという形で主張することで、

        どういう効果が目指されているのか、ってふうに問います

        これAhmedの引用なんですが、

        「誰かがノー・プラットフォームにされたと言うために

        そういう発言をするためのプラットフォームというのを実際には与えられ続けていたり、

        あるいは口を封じられたことについて延々と話をしていたりする時に、そこにはいつもパフォーマティブ矛盾がある。

        しかしそれだけではない。そこであなたが目にしているのは、権力メカニズムなのだ。」。

        まり検閲された、口を封じられたという主張それ自体が、

        検閲され口を封じられたはずの側がより力を獲得する、そういう目的のためにされていると。

        からこそ、検閲され口を封じられること、言い換えればキャンセルされることというのは、ここではむしろ求められている。

        キャンセルされたいんですね、どっちかっていうと。

        次の引用ですが、

        自分がすでに抱いている信念を裏付け証拠を求める希望は、時に、その証拠を生み出すための挑発や威嚇につながることがある。

        侮辱的な」、これoffensiveですね、「侮辱的な言語行為が次々となされるのは、侮辱され気分を害してほしいという欲望があり、

        他者が気分を害するせいで『われわれの自由』が制限されるのだというそ証拠を望んでいるから、なのである。」。

        からキャンセルされると、そのキャンセルされた人ということでどんどん力が集まって、むしろキャンセルされたい。

        キャンセルされるために、より侮辱的な、よりoffensiveな言葉が発せられるという、そういう仕組みができてるというのが、

        Ahmedの見立てなんですね。

        「この書簡は、フェミニスト発言自由になされるべきで、健康で活発な民主主義のしるしである討議や対話可能にするものだ、と考えている。しかし、トランフォビアや反トランス発言を、ハッピーダイバーシティ食卓自由に表明してよいような、ただのありふれた観点として扱うことはできない。食卓を囲んでいる誰かが、別の誰かを抹消するべきだと、意図的あるいは事実上主張しているときに、対話などしようがない。あなたを会話から抹消したがっている誰かと「討議や対話」をするとしたら、「討議や対話」はそれ自体が抹消のテクニックになる。特定の討議や対話を拒絶することこそが、したがって、生き延びる鍵となる戦略になりうるのである

        学問あるいは言論の自由というもの支点とした、抑圧側と被抑圧側の逆転の構図、

        表現を変えるのであれば、抑圧されて周縁化されてきた側からの異議申し立てを封じるための口実、

        あるいは道具としての、学問とか言論の自由の利用っていう、

        今日の報告では、90年代からこの図式が少しずつ洗練されつつ引き継がれた様子っていうのをざくっと見てきたわけですが、

        その図式が現時点で到達しているのが、自由侵害された口を封じられたという主張が、

        実は封じられることもなく自由に繰り返され拡散されることで、力をさらに獲得している、

        クリックアルゴリズム時代キャンセルカルチャーというパワーメカニズムだ、ということになります

        からこそ私たちは、国家や強力な組織経済あるいは社会規範要請などから学問の自由というものを守ると同時に、

        現代の今2022年時点の学問の自由というのが、もろ刃の剣であること、学問の自由特定の利用には警戒すべきであるということを、

        忘れてはならないと思います

        最後にこういう自由濫用というものサバイブするためにAhmedが提唱した戦略引用して、私の報告を終わりにしたいと思います

        「この書簡は」、先ほどの公開書簡ですね、

        「この書簡は、フェミニスト発言自由になされるべきで、

        健康で活発な民主主義のしるしである討議や対話可能にするものだ、というふうに考えている。

        しかし、トランスフォビアや反トランス発言を、

        ハッピーダイバーシティ食卓自由に表明してよいような、ただのありふれた観点として扱うことはできない。

        食卓を囲んでいる誰かが、別の誰かを抹消すべきだと、意図的あるいは事実上主張しているときに、そこに対話など存在しようがない。

        あなたを会話から抹消したがっている誰かと「討議あるいは対話」をするとしたら、

        「討議や対話」はそれ自体が抹消のテクニックになる。

        特定の討議や対話を拒絶することこそが、したがって、生き延びる鍵となる戦略になりうるのである」。

        ありがとうございました。

        anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

        清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part1 〜学問の自由とその濫用

        前置き

        2022.7.24 一般公開シンポジウムフェミ科研と学問の自由

        https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI

        より、清水晶子氏発言部の文字起こしである

        長いため講演部Part1~Part5+質疑応答の6部に分割する。

        分割の境界スライドにある番号に従うが、副題は増田判断である

        スライドはすべて図表のない文字ベースのものであったため、引用記法を用いて本文に組み込んだ。

        講演部については、「女性スペースを守る会」が公開している文字起こしベースに、

        増田が誤字の修正や、句読点の変更、改行の追加などの編集を行った。

        質疑応答部、スライド部の文字起こしはすべて増田が行った。


        批判記事の紹介

        まず、江口先生による、8/9のブログ記事は必読だと考える。

        加えて、講演に対する批判として書かれたものではないが、一般論として「キャンセルカルチャー批判」的な立場で書かれたベンジャミン・クリッツァー先生記事

        なども参考になる。これら2記事は、江口先生も講演に欠いている「ミルタイプ言論の自由擁護」として紹介されている。

        また、あまり整理がされていないが、この講演に対するTwitter上の批判的な反応を一覧できるものとして、

        他、法学専門家による分析という点で他になく注目に値するものとして、

        (あと、この書き起こしを編集している私自身も手前味噌ながら批判記事を書いている。「清水晶子先生の講演を読んで見る (1) 「学問の自由」の定義ってなんだろう」anond:20220809001101 )

        目次

        anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

        anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

        anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

        anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

        anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

        anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

        学問の自由キャンセルカルチャー」Part1 〜学問の自由とその濫用

        https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=2457s

        40:57~48:23

        2022/7/24

        学問の自由キャンセルカルチャー

        清水晶子(東京大学

        菅野優香

        はい、お二人目は清水晶子さんです。

        清水さんは東京大学大学院総合文化研究科で教鞭を執られています

        フェミニズム・クィア理論をご専門とされ、

        研究関心としては非規範的な身体と性の政治、とりわけ身体他者性、自己表象生存戦略可視性を巡る問題などがあります

        最近英語圏フェミニズムおよびクィア理論史を改めて辿ることにも興味があるとのことです。

        主な著作に、

        Lying Bodies: Survival and Subversion in the Field of Vision英語の本です、2008年

        「埋没した棘――現れないかもしれない複数性のクィアポリティクスのために」、2019年

        フェミニズムの思想と「女」をめぐる政治」、2020年

        フェミニズムってなんですか?』、2020年、などがあります

        清水さん、どうぞよろしくお願いいたします。



        清水晶子:

        はい、ご紹介ありがとうございます清水晶子です。もうそのまま入っていきますが、

        本日は「学問の自由キャンセルカルチャー」というタイトルで報告をしたいと思います

        少し方向性が違うかもしれないんですが、よろしくお願いします。

        学問の自由とは

        学問の自由という原則は、学術コミュニティ構成員、すなわち、研究者、教員学生が、倫理的規則国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、そして外部から圧力を受けることなく、学術活動を追求する自由定義できる」

        1998年 国際大学協会声明学問の自由大学自治社会的責任

        学問の自由というところからいきたいんですが、学問の自由とは何を指すのか。

        一般的には、大学だったり研究機関とかっていうものが、

        政府なり場合によっては非常に強力な宗教だったり経済的権力だったりというところから圧力を受けることなく、

        さらに言えば個々の研究者が、大学当局だったりとか大学経営陣あるいは多数派社会的通念・経済的要請などから

        不当な干渉や抑圧を受けることなく、学問良心手続きとに従って真理を探究する自由、というふうに考えることができる。

        例えば、1998年国際大学協会声明学問の自由大学自治社会的責任」という文書があるんですが、これによると

        学問の自由という原則は、学術コミュニティ構成員、すなわち、研究者・教員学生が、

        倫理的規則国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、

        そして外部から圧力を受けることなく、学術活動を追求する自由定義できる」というふうにされています

        学問の自由というものの基本がここにあるというふうに考えると、フェミ科研裁判文脈における学問の自由の主張というのは、

        ある意味まさにここに相当するもの王道の部分というふうに言うことができるというふうに思います

        2000年代前半:ジェンダーバックラッシュ

        過激性教育ジェンダーフリー教育調査プロジェクトチーム

        2014年広島大学でのいわゆる「従軍慰安婦」に関する講義

        産経新聞による吊し上げ↑ 日本科学者会議広島支部幹事会による抗議

        2020年日本学術会議会員任命拒否

        日本学術会議会員任命拒否違法状態是正を求める意見書」提出(日弁連

        残念ながら、日本フェミニズムとかマイノリティ政治に関わる研究者にとって、

        今言ったような意味での学問の自由というのは、必ずしも安定して保障されてきたものではない。

        からこそ、その必要性というのはしばしば痛感もされてきましたし、主張もされてきました。

        今世紀に入ってから過去20年に限定しても、

        2000年代前半のフェミニズム女性運動へのいわゆる「バックラッシュ」いうのがありまして、

        ここでは与党自民党プロジェクトチームにおいて、ジェンダーという語それ自体使用疑義提示されたりしている。

        2014年には、いわゆる「従軍慰安婦」問題を取り上げた広島大学研究者の授業というのが、

        先ほども産経新聞出てきましたけど、ここでも産経新聞ですが、産経新聞によって吊し上げにあって、

        批判や抗議が大学殺到し、日本科学者会議広島支部幹事会が学問の自由侵害であるというふうにして、

        産経新聞に抗議をする、声明を出すという事態になったりもする。

        もちろんさら記憶に新しいのは、2020年日本学術会議の会員任命拒否ですね。つまり当時の菅内閣総理大臣が、

        日本学術会議が会員候補者として推薦した内の6名の任命を拒否した、というかしなかった件ですよね。

        この任命拒否については、憲法23条保障する学問の自由を脅かすものであるというふうにして、

        2011年11月に、日弁連が「日本学術会議会員任命拒否違法状態是正を求める意見書」というもの総理大臣に提出をしていると。

        これらの事例での学問の自由というのは、この重要性、

        この意味での学問の自由重要性というのは、本日シンポジウムのいわば前提になっているものだというふうに考えます

        学問の自由」の濫用

        差別的・抑圧的な言説に対して政治的・経済的に力のない側、社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立てを「学問の自由侵害」とする言説

        その前提をご確認いただいた上で、私の報告は少し角度を変えて、学問の自由という主張や枠組みがどう利用されているのか、

        もう少し強く言うと、どう濫用されているのかでもいいかもしれないんですが、それを考えたいと思います

        今申し上げたように、従来はそして一般的には、学問の自由というのは、

        国家とか、強力な宗教団体、経済団体多数派社会通念や経済的要請、などなどの圧力を受けることなく、

        研究者の社会的通念と研究手続きに則って真理を探究する自由を指す、というふうに理解されています

        その意味では学問の自由という枠組みは、

        力のある人たちとか多数派にとって都合が悪い、あるいはそこにとって利益にならないというだけの理由で、

        研究教育を抑圧したり不当に妨げたりすることを困難にするはずのものです。

        ところがこの学問の自由の主張が、全く逆のベクトルで利用されることがある。

        すなわち差別的・抑圧的な考察や言説に対して、政治的・経済的に力のない側、社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立てを、

        これは「学問の自由侵害であるというふうにする言説、というのが見られるようになっている。

        これは日本国憲法で保障される学問の自由からはかなりかけ離れたもので、何を言ってるんだというふうに思われるかもしれません。

        けれども法的な解釈とは別のところで、こういう言説上の戦略というのが一定の効果を持ってきているのも事実です。

        二面での闘い

        国家による学問の自由の明白な侵害

        ②現状を追認し被抑圧側の異議申し立てを封じるための口実としての学問の自由の動員

        結果として、フェミニストとして学問の自由を考えるにあたって、

        私たちは一方では、フェミ科研裁判のように国家による学問の自由の明白な侵害というものと闘わなくてはいけない。

        けれども同時にもう一方で、学問の自由というのが、差別的あるいは抑圧的な現状を追認し、

        抑圧されてきた側からの異議申し立てを封じる目的で動員されるということに対して警戒をしなくてはならない。

        学問の自由を巡っては、フェミニストには現在ういういわば両面での闘いというもの要請されている。

        この現状は忘れるべきではないと思います

        実は今日、私からお伝えすべき論点はそこに尽いているので、ここで報告終わってもあんまり問題ないっていう感じなんですが、

        ちょっとさすがにそれでは簡便過ぎるので、この後の時間を使って、

        こういうタイプの、マイノリティ権利主張を抑圧する目的で動員される「学問の自由侵害」という枠組み、

        この言説というのが具体的にどう現れてきたのか、

        これが非常に大きな論点になってきた英語圏の動きというのを中心に、簡単にまとめてご説明したいと思います

        anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

        2022-07-29

        世の中一大最高に無能なやつ

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