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はてなキーワード: 呉服屋とは

2020-05-13

anond:20200512230455

そりゃそっちのほうが企業イメージが良くなるからだよ。

これはZoffになるかハズキルーペになるかどっちがいい?って選択なんだよ?

だいたいねおっさんおばはんジジババ向けに舵をきるとネット受け最悪になる。

中高年高齢者の心に響くメッセージを追い求めると、

日本スゴイ系の歪んだ民族意識バブル期までの西洋白人文化至上主義家長制度に由来し現代ポリコレから乖離した旧態依然価値観昭和に対する退廃的な懐古趣味ニヒリズム権化のようなリベラルの上澄み…

さすずめこんなところに行き着きがち。

まりWebでのマーケティングと中高年以上が対象商品は相性が悪い。真っ当にターゲットの好みに近づけようとすると炎上商法になる。

ハズキルーペ武井咲がケツで踏んでキャって言ってるのも呉服屋が「ハーフの子を産みたい人に。」というコピーを掲げるのも今のアラフィフ以上は気にもとめないしむしろそういうアプローチのおかげで彼らの関心をあつめることに成功していた。

さらに踏み込んでいうと「若者向けの施策」っつうのは「これからWeb広告広報の主戦場から、もうそろそろうちも自前のサイトつくる以外のことで外に向けてもっとなんかやってきたいんだわ」っていうのの言い換えでしょ?

SNS動画でなんかやるための方便として若者ターゲットにしてるんだよ。倒錯してんね。

2020-01-13

結婚相談所

祖父が言いづらそうにしながら何か封筒を持ってきたんだけど、中身は結婚紹介所の案内だった。

自宅の固定電話あて勧誘電話があって、祖父がそれに乗ってしまい案内が郵送されてきたという。

どうやら呉服屋副業でやっているところらしい。まあ着物も売れん時代だし、いいところに目を付けたなとは思った。

会員登録はまだだから、へいへい言いながら放置しようと思っている。

というかうちの場合信仰問題があって一般から結婚相手をもらうのは難しいはずなんだが、祖父はそのへんの意識が薄く、母は時によって言うことが変わるからめんどくさい(一般は難しいと言いながら次の日は「彼女いないの?」とか…)。

それに、どちらかといえばぼくは男性がすきなんだ…

でも本当の気持ち自分でもわからないし、どうすればいいのかな。

成人式の思い出

もう随分昔になるけど、自分成人式ときのことを書いてみる。

それほど裕福な家庭というわけではないけど、せめて晴れ着くらいはと両親は知り合いの呉服屋に頼んで一揃え買ってくれた。大学卒業式の袴も無料レンタルというオプションがあって、それも一緒につけてもらった。今思えば成人式用でそれほどいいものでもないけど、思い出として大切に取ってある。

成人式当日はこれも呉服屋オプション着付け会場が決まっていて、成人式の会場で朝の7時くらいか着付けが始まった。スタイリストさんが言うには「早い子は5時頃からやってる」ということで、あちこちに晴れ着姿や髪だけセットアップしてもらっている子がいた。

その後、成人式まで時間があるので一度父の車で家に帰り、写真撮影大会が開かれる。どこでポーズしてとかそこに立ってろと父母がカメラを片手にバシャバシャ撮りまくる。早起きして眠いのもあり、この時点で結構疲れてくる。

成人式時間になり、再び会場へ向かう。会場には晴れ着姿の女性ばかりで、正直誰が誰なのかわからない。何人か中学同級生を見つけて「久しぶり~!」などと盛り上がる。

会場では中学ごとに席が決められていた。そういえば仲の良かった子が成人式実行委員会やってるとか言っていたなと思い出す。式が始まって、最初こそシーンとしていたが会の進行がかなりグダグダだったため、祝辞などよりも隣に座る旧友との昔話に花が咲いてしまう。一応大人として話を聞こうかとも思ったけど、真面目に何を言っているのかよくわからなかったので聞くことを放棄してしまった。なんか話が終わった後にレクリエーションがあります、みたいなアナウンスがあったけどほぼ参加した人はいなかったようで皆ロビーへ出ていって昔話の続きをしていた。

今思えば敗因は「若い人の手で作るナントカ」というのが流行っていた頃なので若い人に任せた結果、かなりグダグダになったのではないかと思っている。実行委員会というより、それを丸投げした市側にも相当問題があったのではないだろうか。

ロビーでこれまた懐かしい顔に何人か出会う。中でも印象に残っているのが「今お水やってんのー!」と言っていた友人。彼女とはそれきりだけど、今は何をしているんだろう。

家に帰ってくるとお祝いとして親戚を数人呼んで軽い食事会になっていた。この辺は着物に疲れていたのであまり覚えていない。食事会のあと着物を脱いで、ぼやーっと違う自治体成人式に出ている彼氏メールするなどする。

夜はクラス会があるということで参加。仲の良いクラスだったので出席率も90%くらいで楽しい夜だった。高校卒業して働いている奴とか妊娠している奴とかいろいろあって大変な奴とか面白かった。ただみんなこうやってそれぞれの道で大人になって行くんだなと思った。

クラス会の後は自然発生的にカラオケになった。徒歩で行けるカラオケ屋では既に他のクラスの2次会が行われていて、カラオケ屋全体が成人式の2次会のようなものになっていた。そこで中学時代1番仲の良かった友達に再開し、カラオケ屋のロビーアイスを食べながら駄べり、他のクラスの部屋に突入して「久しぶり~!」をかましたり、そんなこんなで駄べり倒したような気がする。

あんなにベタベタした夜はもう二度と訪れないと思っている。冬の寒さだけは身に染みるのに、気持ちだけ子供に返って、でも体はすっかり大人になってしまってそんな子供時代に別れを告る夜。今でもあの日食べたアイスの味は忘れられない。ただのソフトクリームなのに、すごく儚い味がした。ただそれだけ。

2020-01-03

26歳独身貯金なし無職になる

田舎貧乏育ち俺、26歳

両親は最終学歴中卒・高校中退で現トラック運転手水商売の絵にかいたような元ヤン

下に一回り離れた妹、弟がいる。

子どものころは男なのに母のお古を着せられたり、体操服やランドセル日用品の諸々は親戚のお古が当たり前なレベル貧乏だった。

正月にもらったお年玉はすぐさま回収されて子供たちの学費生活費に充てられていたので、お年玉ほしいものを買うとかい経験したことがない。

お年玉で買ったゲームソフトを見せ合う同級生たちがいつも羨ましかったけど家が貧乏なのはわかっていたので、新聞チラシの裏に俺が考えた最強のゲーム主人公を描いたり伝説の剣を作ったりして過ごした少年時代だった。

そうやって成長していったか貧乏の辛さはわかっていたし、将来はちゃんとした企業に入ってふつう生活ができる大人になろうと思ってたけど、貧乏な家に生まれた時点で将来もほぼ決まっている。

高校生で進路を決める時もちろん大学進学を希望したが、貧乏我が家では大学学費用を捻出することは不可能だ。

反対する親に「頑張ってバイトして学費を貯める、入学後の生活費自分で稼ぐ、金のことで迷惑はかけない」と訴えたけど、「そんな金があるなら実家に入れろ、家の状況をわかっているのか、妹と弟のためにも高卒で働け」と押し切られ、俺の大学進学の夢は散ってしまった。

元ヤンの親父はめちゃめちゃ怖くて、口答えすると鼻血が出るまでボコボコにされるからチキンな俺は怖くてそれ以上言えなかった。

同級生たちは将来の夢も決まってないけどとりあえず大学にいく、という奴が大半でそれがひどく妬ましかった。

みんな大学に進学できるという事のありがたさを何一つ分からず、ぬくぬくと親に守られ真っ当な人生を歩んでいく。

今思い返すと笑えるが、当時の俺は世界で誰よりも自分が不幸だと思っていた。

そうやって高校卒業した後は、地元携帯ショップ工場呉服屋などを転々としながら死んだ目で働き続けた。

田舎資格不要高卒可の仕事なので、月給は手取り10~13万ってとこかな。

そこから家へ6万、残りで自動車学校のローン返済や日々の車維持費、食費、日用品費などを捻出すると貯金もなかなか出来ない。

それでも3年ほど掛けて引っ越し代と当面の生活費を貯めて実家から逃げてきた。

それから5年たち、今の俺は26歳独身貯金なし無職だ。

色々あったので簡単に言うと安月給過労で体と心を壊し、先月退職してめでたく無職になったという感じか。

26年間生きてきて、いいことがあったかと言われると何も思い出せない。

親への感謝なんて毛ほども感じないし、大事ものも何一つ作れない人生だった。

唯一の救いは現在実家は若干だが裕福になったようで、妹弟は希望の進路に進み特に不自由なく暮らせていそうなところか。

とにかくもう疲れ果ててしまった。

真っ当に育ってきた人と話すと「貧乏でも努力すれば幸せになれるよ」「死ぬくらいなら頑張れば何でもできる」と言われるが、大体そういう人は家族に恵まれ自分の知らないところで色々な人に助けられて生きてきた人たちだ。

まれてきた環境ですべてが決められてしまうやるせなさや頑張っても頑張っても次々と困難にぶち当たる辛さを知らない。

死ぬ人間は本当に死にたかったわけじゃなくて、すべての事から逃げ出したくて最終的に死という手段しか残されていなかっただけだ。

幸せになれる人間幸せになれない人間最初から決まっている。

俺も幸せになるために、最後の手段を試そうと思う。

2019-11-01

anond:20191101121602

ラノベに書いてあることはすべて現実では起こりえないことだと思うタイプ

心中を題材とした歌舞伎は、1683年(天和3年)、大坂生玉の新町遊廓遊女大和屋市之丞と呉服屋御所の長右衛門による心中事件大坂の嵐座、荒木座、大和屋舞台化したのが最初であるといわれる。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E4%B8%AD%E7%89%A9

2019-09-23

ムロに卑弥呼がいた

ムロに大根取りに行くと、普段のすえた匂いではないものを感じた。

奥のちょっと広い空間に稲わらで丁寧に編まれたと覚しい筵があり、そこに片膝を立てて座る女がいた。

義務教育で習った通りの貫頭衣で、部分的に絹があしらわれている。

義務教育で習ったものとは異なり、服は薄汚れシミなども目立つ。

これは宮に籠められ、ほとんど衣服の交換がないことが原因と後で知る。

義務教育で習った銅鏡や珠を装飾として身につける。

女の周りには青白い燐光わずかに散り、時を超えた名残を示す。

筵の手前には幣や火鉢弥生土器!)、鉄器などの祭祀具がある。

何かを焚いており、それがムロのすえた匂いを変えていた。

女は弥生古墳時代日本語を話すものから何が何だかからない。

私もだんだんキレてきて「俺んちのムロは古墳じゃねーんだぞこのタコ助!」と現代語で応酬する。

女は偉そうに食料を要求してくるので、高度経済成長の成果を見せつけてやる。

ペヤングと、家の冷蔵庫にあったスーパー惣菜コロッケ唐揚げ)やごぼうのきんぴらなどとともに、電子レンジて温めた米を持っていく。

やっぱ弥生人には米でしょ! あとでハンバーガーガパオエビチリも食わせてやったが(楽天ペイで)。

ペットボトルお茶と、ドラッグストアで売ってるサンガリアいちごみるく(超うま)もセットだ。

その頃には俺も冷静になって、言葉はわからないけど身分いか漢字わかんないかなーと思って、適当に「卑弥呼」とか「景初三年」とか適当弥生人にトレンド言語を紙に書いて持って行った。

女は驚いて私から紙を奪って、それで書くもの要求した。意地悪して鉛筆渡した。

それで女が卑弥呼だってなんとなくわかったんだけど、あとで詳しく聴いてわかったことには本当は「壱与」らしい。

卑弥呼」は役割で、名前は別。

今は2駅離れたちょっと大きい駅の前で占いして生計立ててるよ。

今でも藁はあるからしめ縄は作れるし、服はシラミもいたので呉服屋にそれっぽいのを設えてもらって、香とか火鉢仏壇屋、亀の甲羅ペットショップで揃えて、勤労の義務について説明したらあとは自分から働きに行ったわ。

ガチっぽいか占い結構人気らしい。

2019-06-21

anond:20190621072427

つーか呉服屋外国人狙ってるし

若い人が着物着なくなってるから

盗用も糞もなく売り込んでるから

2019-06-17

anond:20190617005031

パンプス

パンプス屋が反対してんだろ

成人式廃止には呉服屋が反対していた

あと修理屋だな

 
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