はてなキーワード: 拡張とは
HTML5がやっと勧告とか良く分からない言葉になったが、ちゃんと現状を認識しておこう。
そもそも、HTML5の目的は、新しいHTMLなんかじゃない。
正確には、新しいHTMLなるための道標だったのだ。(過去形)
君たちは、window.alertという関数を知っているだろうか。
え?と思うかもしれない。でも、これこそがHTML5の役割だった。
ドキュメントにalertなんて在るはるがないのだ。
そうやってHTMLは分断されていた。
HTMLというドキュメントを操作するAPIとしてDOM。そして、それ以外のAPIは黙殺。
XHTML1.xでも、それは繰り返された。
XHTML2.0が失敗したのは当然ともいえる。分断されたままアプリケーションに拡張しようとしたのだ。
現状を省みずに、ただ夢を追った。
既にHTMLはドキュメントではなくアプリケーションであると。
アプリケーションとして見たHTMLには、windowというオブジェクトが存在している。
次に進むのに必要なのは新しい夢などではなく、現状の再認識だ。
そう、それがW3Cに採用され、君たちの知っているHTML5になった。
「HTMLからバージョンを消すことです。バージョニングなんて考えは古い。HTMLは常に更新されるものです。」
彼らはそう語っていた。
window.alertがクロスブラウザで使える。それがHTML5だった。
君たちは、気付いてるだろうか。
以前よりもクロスブラウザで悩まされることが減ったことに。
だが、それでも道を踏み外した。
また夢を盛り込もうとした。アプリケーションならアプリケーションなら。
新しいアプリケーションプラットフォームという肥料でまるまると太った豚になった。
豚は、そのままでは動かなかった。
「HTML5.1です。」
HTML5は、終わった。
何故かあえてそれをせずコアな部分を弄って自己満足に浸る。
ということでコアな部分を弄ったために、
ベースとなったフレームワークがバージョンアップしても容易には利用できなくなる。
便利な機能が追加されても利用できないわけだ。
そしてしばらくすると言語そのもののバージョンアップが必要になってくるが、
何せフレームワークを独自に弄ってしまったのでその頃には検証範囲が膨大になっている。
そもそも既存のフレームワークよりドキュメントが充実することはまずありえない。
父「MDウォークマンが壊れた。新しい"MDウォークマン"を買ってくれないか? ほら、今はインターネットで安い店が見つかるんだろ?」
と言われたことだ。ちなみに父はVHSレコーダーが壊れた時、新しいVHSレコーダーを買ってきた(@2005年)前科がある。
音楽好きな父がCD(物理)を買っているのは知っていたが、まさか当時(2012年)MDを使っているとは思わなかった。
父はTSUTAYAで借りてきたCDをせっせとMDに録音していたらしい。15年前なら分かる、うん。
私は『今はMP3で音楽を聴くのだ』という話をした。しかし父はMP3もiTunesも知らず、要領を得ない。
ふと、催眠商法で羽毛布団を買わされるお年寄りの姿が脳裏に浮かんだ。これは"チャンス"だ。
世間的にはiPodを買うのが安牌なのだろうが、私は当時局所的に話題をさらっていたNexus 7を選び、父のカネで買った。
理由は私が欲しかったからである。父にかこつけて物欲を満たそうとしたのだ。
Nexus 7と対面した父は「なんですの……これ?」という顔をしていたが、徐々に使い方を覚え、ついには一日中画面をつつくようになった。まぁ、年金生活者はニートみたいなもんだからね。
私としては面白くない。父が使っていない時に遊ぼうと思っていたのに、日がな一日占有されて手が出せないのだ。
2年、耐えた。
途中、iPhone 5s祭り時に投げ売りされていた無印5を『諭吉3人・オプションなし』で"買ったり"してなんとかガジェオタ魂を抑え込んできた。
しかし今月、Google先生がNexus 9というガジェオタ垂涎の上玉をぶっ込んできたではないか。
だが、聡明な私は再び妙案を思いついた。
新型iPad Air & mini 発表で値下がりしている旧式林檎タブを買い、父のNexus 7と交換するのだ。
iPad mini 初代16GBをヤフオクで買った。ほぼ新品が2万ちょい。初期不良ナシだからメーカー保証は要らん。ヤフオク万歳。
そして父には「泥ってマルウェアとかあって怖いよ。林檎は安全」と言い、私は成功裏のうちにNexus 7を奪取した。
Nexus 7の2012年モデルはモッサリしているが、カスROMをブチ込めば少しは使いものになる。
もしくは今度降ってくる炉裏に望みを託そう。ローエンドに優しいというから、ややもすると軽快になるかもしれない。
一番の懸案事項は泥ではなく父だ。
きっと拡張性ゼロの林檎にすぐ飽きるだろう。「返せ」と言ってくる可能性がある。
何か良い策はないだろうか。年金でNexus 9を買わせるとか。
うん、ない。
まとめ
これまで経済政策論争として多くを占めたリフレ・反リフレの間の論争が結論が出る前に現実の方がリフレで固まり少なくとも数年は続けられそうになってしまったため下火になり論争の中心が財政政策、公共事業の方へと移ってくるようになった。そこでポイントとなる点を備忘のためにまとめる。
景気対策としての公共事業を否定しても全ての公共事業を否定することにはならない。また公共事業の価値を認めたからといって景気対策としても有効であると認めることにはならないし矛盾しているわけでもない。
公共事業に限らず金融政策にしろ何にしろコストがかかる。ここでいう公共事業のコストとは公共事業によって引き起こされるマイナスの出来事に公共事業をやったために出来なくなってしまった機会損失を加えたもの。国の債務を家庭の債務と同様に考えるのは永続性を無視した誤解であるが、かといって国の債務は国民の資産であるので拡大しても何ら問題ないというのもまた国民の異質性・多様性(世代など)を無視した誤解である。過去に積み上げた債務を高齢者に逃げ切られないうちに一部返してもらおうというのが原因となって消費税増税がゼロ金利が続くなか急いで決められたといった財政の自由度の低下も異質性があるがゆえの公共事業のコストの一つである。
どのような社会的効用関数を想定するかは人それぞれで当然だが最終的には効用に結び付けて考える必要がある。いいかえればGDPではなく消費こそが重要であり失業の削減なども消費が増えるからこそ大切。また、今期の消費だけでなく将来の消費も重要になってくる。
以上の3点が考えるための大前提。
この3つめの考え方にたった上で公共事業を考えるときに外せないのが小野善康先生の論文(Yoshiyasu Ono, Fallacy of the Multiplier Effect: Correcting the Income Analysis, ISER Disscussion Paper, 2006. リンクは
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/library/dp/2006/DP0673.pdf)となる。(これはいわゆる小野理論として有名な貨幣の限界効用に正の下限があるというものとは別。)その中身は論文や小島寛之先生の解説(http://archive.wiredvision.co.jp/blog/kojima/200707/200707241130.html)などによるとして、簡潔に言葉を借りると
「乗数効果は、国民の所得を増やすという意味での景気対策には全く効果を持たず、また、その実質的効果は政府が投じた金額ではなく、作られた公共物の価値に依存する」
ということになる。つまりよく言われる穴を掘って埋めるようなものの場合、GDPは増えるが所得や消費を直接には増やさない。GDPが増えるのは政府支出はその支出分と同じだけの付加価値を生んでいると仮定する以外に付加価値の算出が困難というGDPという統計作成上の制約による仮定の産物に過ぎない。無駄が増えるのも経済にとって有用というのは誤りである。
このことが示すのはGDPが増えているからというだけでは公共事業には効果があったとは言えないということである。公共事業に効果があったというには、直接的に価値のあるものの生産が増えたか所得効果が働き消費を増やしていた必要があり、さらにそれらが公共事業のコストを上回っていないと望ましいとは言えない。
ここまでを踏まえた上で公共事業に効果がないという考え方、あるいは効果があるとしても小さくコストを上回れないという考え方について見る。財政政策に効果がないとする理由としてよく挙げられるのは
公共事業規模以外の影響を制御して考える必要がある。ただし公共事業の減少幅からすれば公共事業が雇用に主導的な影響を与えていたというのは難しい。
これは産業政策が平均的にはうまくいっていないのと同じ問題である。とりわけ景気対策として公共事業の総額が先に決まり事業の精査の時間が限られる場合にはより一層困難が高まる。
現在の状況においてマンデル・フレミング効果は公共事業の拡大に効果があるかないかの点であまり関係がない。
マンデル・フレミングモデルに基いても日本と海外の双方でゼロ金利が見られる状況では公共事業が金利を変化させ得ないので為替や純輸出は変化しない。ただ、これはいつまでも関係がないわけではなくさらにゼロ金利の壁があるために公共事業の拡張と緊縮ではマンデル・フレミング効果の発動は変わってくる。どこまでいっても金利が下がり得ないので緊縮をしても外需増加によるキャンセルアウトが得られない一方で拡張はある程度を越えると金利上昇予想にともなう円高で外需減少を招く。ただこの場合もマンデル・フレミングモデルを一部変更し公共事業の拡大・緊縮にかかわらず中央銀行は政策金利を一定にたもつというようにより現代的な仮定を導入するとゼロ金利を抜けてもいわゆるマンデル・フレミング効果は働かない。
土木建設業での人手不足や着工の先延ばし及び未消化工事残高の増加や公共事業入札の不調、あるいはその結果としての人件費や入札予定価格の引き上げの報道が相次いていることからすれば公共事業と親和性の高い業種で現実に供給制約が起きていると言える。
公共事業の規模や事業数が変わらなくても入札価格が上がっていけば上述のようにGDPは上昇するが雇用や社会厚生は直接には高まらない。マクロ経済への効果は単価の上昇にともない所得効果が働くことに依存する。しかし過去の給付金政策や租税変化の結果からすると所得効果はかなり小さい。(たとえば堀雅博, シェー=チャンタイ, 村田啓子, 清水谷諭, 90年代の経済政策と消費行動の研究1-地域振興券の消費刺激効果, ESRI Discussion Paper Series No.12. http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis012/e_dis012.html、あるいは渡辺努, 藪友良, 伊藤新, 制度情報を用いた財政乗数の計測, Working Paper Series No.28, Research Center for Price Dynamics, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, 2008. http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/10086/16306。)株価や地価の大幅上昇といった大規模なものでないと所得効果は意味のある効果量となりにくい。
供給制約に面している時には公共事業のコストが上がる。それによって民間の他の事業が行えなくというコストが大きくなるため。
供給制約に面していない業種に対する公共事業を増やせば供給制約問題はなくなるが産業政策と同種の困難さが高まる。
財政拡張が機能しない理由が供給制約によるもののとき、消費税引き上げのような財政緊縮は機能してしまう可能性がある。
供給制約は長期的には解消され得る。専門化・技能化している土木建設に即座に従事するのは難しくても時間があれば技能を習得してから就業することも可能となる。問題は技能習得に掛かる時間と景気循環の時間の大小および技能習得が無駄にならず将来性があることの保証をどのように行うか。
最近の建設業従業者数は興味深い。GDPの上では公共投資が大きな寄与を続ける一方で建設業従業者数は前年比マイナスが続いてきた。しかし最近はそのマイナスがかなり縮小してきており技能習得などが進んでいるのかも知れない。
最強の戦国武将は誰?(教えて!ウォッチャー) - goo ニュース
上杉謙信や武田信玄はその実力を証明する大舞台にとうとう立てなかった。歴史に「たられば」はない。「もし謙信が関ヶ原の戦いに参加していたら」「信玄が大坂の陣で戦っていれば」そういった仮定は無意味だ。最強の力を持っていたのだとしても、発揮する機会がなければ、それは無いのと同じなのだ。
それでは誰がその機会に恵まれたのか。やはり真田幸村をおいて他にないだろう。長きに渡る戦国時代の、最後にして最大の晴れ舞台において、最も活躍したのが幸村なのである。その一事はそれだけで彼を「最強」せしめるものであると考える。
大坂の陣においては毛利勝永を推す声もある。端的に言って幸村を疎むオタクの逆張りでしかないと思う。勝永の奮闘を否定するわけではないが活躍の度合いではやはり幸村が上だ。有名な「真田を云いて毛利を云わず」も幸村が一、勝永が二である前提での言であるし。
大坂の陣と並ぶ大舞台である関ヶ原の合戦において名声を高めたのは島津義弘であるが、こちらは敵中突破と言っても本陣を突くとみせかけて脇へ逃げたようなものであるし、大勢が決したあとで東軍も本気では追わなかったということもあるので、いくらか劣るように思われる。
「真田信繁」という呼称に妙にこだわる連中がいるが、通りの良い「幸村」で何ら問題ないだろう。
以下、二位と三位を挙げる。
先に島津義弘の名前を出したが、島津ではやはり家久が群を抜いている。耳川・沖田畷・戸次川の三戦での活躍(耳川では総大将ではなかったが)は、河越・厳島・桶狭間の三大合戦を一人でこなしたに等しい、と言っても過言ではない。結果的に九州内に留まる活躍に終わったため次点とするが、一部隊を率いての戦いでは最強であったのだろう。
大内・尼子といった大大名との戦いに明け暮れながらも自らが兵を率いれば不敗という戦勝率、小領主から身を興して中国地方を丸ごと次代に遺した領土拡張率は凄まじい。総合力での評価で言えば秀吉と並んで間違いなく最強の一角である。ただ、元就の強さはやはり戦術面にとどまらぬ謀略や政治的な部分が大きいわけであり、「戦術的な最強」という趣旨にはそぐわないために三位とする。
iPhoneが発売され、一般人に浸透した事によって、いわゆるApple"ニワカ"信者が巷にあふれる事になった。
奴らは一言目には「ジョブズ」といい、Appleストアをやたら神聖視する。
正直、鬱陶しい。そこで信仰度を試してやる事にした。
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Apple Iを持っている。
Lisa 1を持っている。
スパルタカスを定価で買った。(レシートもクリスタルも持っている)
So farを持っている。
Dyna Macを持っている。
jack hammerを持っている。
機能拡張フォルダを正確に説明し、コンフリクトが起きた場合は修正出来る。
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上記の物を持っていたり、即答出来た者だけが、信者だと思うなぁ。
個人的に一番簡単な信者判別法は"メールアドレスが@mac.comである。"だと思っているが、他に何か有れば追加よろしく〜
ASKAの詞の特徴の一つは、複雑な比喩を折り重ねていくことにある。そうした複雑な比喩の解読については、「On Your Mark」の楽曲分析で先日書いたところである(http://anond.hatelabo.jp/20140924014048)。
しかしながら、私はCHAGE&ASKAの熱烈なファンであるけれども、「比喩」の観点から歌詞を見ればASKAよりも巧者は他にもいると思っている。例えば、スピッツ。「ロビンソン」の印象派の絵画を思わせる複雑な比喩を見るとASKAに少々分が悪い。では人生の機敏という観点から見ればどうか? 私の考えでは、ASKAは中島みゆきに遠く及ばない。しかしそれゆえにASKAの歌詞は二流であるわけではない。
ASKAの詞はJ-POP史上稀に見る「音楽性」を持っている、というのが私の意見だ。「言葉が音楽性を持っている」とはどういうことか? 分かりやすい例として、まず"YAH YAH YAH"をとりあげて、それを説明したい。
「YAH YAH YAH」のサビは、ご存じのように、ひたすらYAH YAH YAHが繰り返されるだけである。しかし「YAH YAH YAH」という発音には極めて綿密で、天才的な直観があると私は考えている。仮に、YAH YAH YAHの部分を「ウ」でも「エ」でもよいが、別の母音に置き換えたものを想像してみると、「YAH YAH YAH」という曲そのものが成立しなくなることが了解されるだろう。YAH YAH YAHの発音の秘密はそれだけにとどまらない。その前の歌詞に注目する必要がある。
この部分を読むと、「イ」の発音が異様に多いことに気がつく。「イ」は、歯を食いしばって発声される。怒りを耐え忍ぶかのような身振りを発音が要求している。そして、サビに入る時に「ア」の開放的な音に切り替わる(殴りにいこう「か」)。サビの一個手前に、このような母音のドラマが隠されている。この「イ」と「ア」の動きをYAH YAH YAHというサビで何度も何度も再現するのである。なお、「今から一緒に」の前にある「勇気だ愛だと騒ぎ立てずに その気になればいい」では「イ」で終わっているので、まだ耐え忍ばなければならずYAH YAH YAHと叫ぶことができないように発声的にも規制されていることが分かる。こうして見てみると、一見単純に見えるYAH YAH YAHの歌詞には天才的な音楽的直観が働いていることが分かるだろう。
そうした作詞法はASKAの専売特許ではない。そうした作詞法を意識的に採用しているのは、ASKAも尊敬している井上陽水である。陽水は、「Tokyo」の冒頭部分「銀座へ鳩バスが走る」という歌詞の秘密を次のように語っている。
タモリ で、それを作りたいってことに、なんで銀座が浮かんできたわけ? しょっちゅう行ってるから?
陽水 いや、そういうことじゃなくてホラ…、東京でね、やっぱり一曲ね[作りたいと思ってたから]。で、「銀座へ~」っていうね、あのー、人によってね、いろいろ、発音でね、取り柄がある発音とあんま響かないのがある。「銀座へ~」っていうのが、この口にすごく合ってたの。「銀座へ~」、あ、響くなあ、って。
7:00-7:40頃 https://www.youtube.com/watch?v=szB9lhaX2XY
井上陽水の曲を聞いてみると、たしかに言葉の「音」に対する独特の"美意識"があることが分かる。これはこれで、余人には真似しがたい孤高の美をたたえている。「Tokyo」であれ「Make-up Shadow」であれ、言葉に対するきわめて繊細な美意識を私は感じる。
完全に余談だが、全世界的に流行した「Let It Go」の歌詞にも言葉の音に対するこだわりを強く感じるので紹介しておく。
My power flurries through the air into the ground
My soul is spiraling in frozen fractals all around
And one thought crystallizes like an icy blast
I'm never going back, the past is in the past
この部分は、一番の大サビに向かう、心躍る箇所だ。
歌い始めの「My power flurries through」の部分は、口をすぼめる内気な発音が多い。しかし、「the air」の所でやや反抗的な「エ」の発音がやってきて、「into the ground」で一回大きく開放的になるが、すぐに締められる。「My soul is spiraling in frozen」までは基本的にはやはり内気な発音が多い。「fractals」のところで「the air」とは別のしかたで(歌い方で)反抗的な様子を見せるが、これも「all around」の個所で一回開放的になるが閉じられる。こうした発音のドラマの最後に、「the past is in the past」の個所がやってくる。このようにして、まことに開放的で、ドラマチックな「ア」の発音がここに訪れるのである。
このように、言葉の音に対する意識は世界的に存在する。しかしながら、日本語は、世界の様々な言語と比べても「母音」の割合が非常に多いという特徴をもっている。日本のロックミュージシャンたちはこの母音に苦しめられてきたのだ、と言っても過言ではないだろう。そこで例えばサザンは子音に着目した。サザンは日本語における子音の可能性を大きく拡張したミュージシャンとして評価することができる。しかし、ASKAはあくまで「母音」の可能性にこだわったミュージシャンであると私は考えている。日本語の本来の特徴が「母音」にあるのだとしたら、その「母音」を徹底的に活用したのがASKAである。
こうやって私が言葉の音に対して敏感になったのは、チャゲアスの音楽を聴いてからだ。ASKAは、まず歌唱からして、母音を強調している。これは良くも悪くも「古さ」を感じる歌唱であろう。母音を強調する歌手として、例えば尾崎紀世彦や布施明を挙げることができる。彼らの歌唱には「昔ながらの情念」を感じる人が、とくに若い人になればなるほど多いのではないだろうか。一方、母音を強調しない歌手、小田和正の歌唱にはそうした「古さ」を感じることはないのではないか。母音は、本能的な部分に訴えかける、ほとんど呪術的と言える原始的な力をもっている。しかし、それを真に受け止めるためには現代人はいささかシャイなのだ、というのが私の持論だ。母音とは、一種の「ますらをぶり」である。ASKAは「ますらをぶり」のシンガーである。
私の見立てでは、ASKAが母音から歌詞を構成する方法を意識化したのは、だいたいシングル「WALK」以降である。「WALK」より前の曲には、母音に対する美意識を見出すことが難しかった。逆を言えば、WALK以降には母音に対する鋭敏な感覚をASKAの曲に感じる。国民的シンガーCHAGE&ASKAが出来上がったのは「SAY YES」であるが、「SAY YES」と同レベルの作品を量産できるようになったのはだいたいシングル「WALK」の時期からだ。一つ一つ楽曲分析をして証明をすることもできなくはないが、それをするとなると、ちょっと本格的にやらなくてはいけない。そこで、ASKAの曲の中でも、母音の使用がもっとも素晴らしいと思う楽曲を一つ見てみることにしよう。「はじまりはいつも雨」だ。
「はじまりはいつも雨」はASKAソロの曲だが、チャゲアスVer.も残されている。私の一番好きな音源である(https://www.youtube.com/watch?v=5mzj72QxrYo)。
「はじまりはいつも雨」は、メロディーと歌詞の二つが複雑なハーモニーを形成しており、決して不協和音をつくっていない。母音の使用法も極めて洗練されている。しかしながら、冒頭から母音の分析をはじめても感覚的に分かりづらいと思うので、もっとも分かりやすいところから見てみよう。それはサビの終わる所である。
失くした恋達の 足跡(あと)をつけて(二番)
まず気がつくのは、これら全ての終わりが「エ」で終わっているということである。仮にこれを「エ」以外の音だと考えてみよう。すると、この曲自体がぶち壊しになることが分かると思う。「ア」だと少々なさけない感じがするし、「イ」はやや幻想的になるかもしれないが悲痛な雰囲気も漂いそぐわず、「ウ」はそこで完結してしまい、「オ」では重すぎる。ここは「エ」でなければならない。暗い街中に消えていく複雑な余韻は、ここでは「エ」によってしかつくることができない(なお、似たような曲として井上陽水「帰れない二人」があることを指摘しておく。また、ASKAは「はじまりはいつも雨」を作る時にその曲を意識していると私は考えている)。
さて、この曲における母音でもっとも美しいと思うのはサビに入る前の「誰よりも 誰よりも」という箇所だ。J-POP広しといえども、このような「オ」の大胆な使い方をして、それが成功をおさめている例を私は他に知らない。この箇所は「ア」と「ウ」でも成り立たないことはない。しかし、「ア」だとあまりに開けっぴろげで楽観的すぎるし、「ウ」だと少しストーカーのようないやらしさを感じる。ここはやはり「オ」でなければならず、「オ」という少しくぐもった母音によっていささか内気な青年の、胸の奥底からやってくる高鳴る期待が的確に表現されていると私は考えている。言葉の「意味」ではなく「音」によってこんな複雑な操作をできるシンガーソングライターが今どこにいるだろうか? たいへん残念なことに私はASKA以外に知らない。
他にも「はじまりはいつも雨」には美しい母音が色々ある。例えば「今夜君のこと誘うから 空を見てた」の「と」の遠慮がちな「オ」とその後にメロディーとともに上を見た時にある開放の「ア」であったり(綺麗な夜空を見て嘆息つくような場景が思い浮かびます)。こういうことは言いすぎると野暮になることかもしれない。とりあえずは「はじまりはいつも雨」を聞いていただきたい。それから、「Say Yes」や「no no darlin'」などのチャゲアス名曲群から美しい母音たちを集めて、それぞれ言葉の音を解釈してみるのも一興だと思う。
ちょっとおかしくないですか? 若干旧聞ではありますが、やまもといちろう氏との一件でもやっと感じたことが、なんとなく形になってきたんで。
もともとリフレ派ってのは、リフレ政策に賛同することが唯一の要件であって、その余の話は問わない、ってーのが定義だったはず。リフレ政策の定義は、矢野浩一氏(が引く岩田規久男氏)の定義によれば、インタゲ+無制限長期国債買切りオペ。すなわち、インタゲ+無制限長期国債買切りオペに賛同するなら、他の政策についての賛否がどうであれ、リフレ派のはず。ところが最近では、消費税増税に賛成していると、反リフレ派扱いじゃん。やまもと氏もそうだったけど、黒田東彦氏や山本幸三氏も、消費税増税に賛成しているというだけで、彼らは皆リフレ政策には賛同しているというのに、よくて疑問符を打たれ、多くの場合確定的に、財務省の回し者の反リフレ派として扱われるばかりです。
百歩譲って、リフレ派=景気重視なんだから、前述の矢野・岩田両氏定義を拡張して、景気に悪影響を及ぼす政策に反対することをその定義に含めるのは合理的としましょう。でも、それなら、消費税増税+その悪影響を相殺するだけの財政出動だっていいじゃないですか。ところが、リフレ派と自認してツイートしたりブログを書いたりする人々は、その全員が消費税増税延期か、増税反対を主張するばかりで、消費税増税は必要だという人に対しては、じゃあ財出を増やさないとね、などと言うことなく、ひたすら景気悪化に目をつぶるバカと悪罵を投げるばかり(こちらのアンテナの感度が悪く、そうでない意見を見落としていたらごめんなさい)。いや、もちろん消費税増税に反対したっていいんだけど、それは「消費税増税反対派」として、リフレとは独立した議論としてやって欲しいんですよね、リフレ以外の話は不問だという甘言にも惹かれてリフレ派な自意識を持つようになった身としては。
世論調査の数字などを見る限り、世の中に相応に消費税増税に賛成な人々はいるはずで、もともとの定義通りのりフレ派であるなら、その中に一定の消費税増税に賛成な論者がいてもおかしくないはず(前述の拡張定義に従って、財出強化を合わせて主張することを求めるにせよ)。にもかかわらず、消費税増税反対一色に染められているようにしか見えない現状は、すごく不健全なんじゃないですか? リフレ政策に賛同さえするなら、本当にリフレ派になれるんですか? リフレ政策に賛同しているけど、消費税増税反対には意見を留保したい僕は、リフレ派なんですか?
まず、「解決策」にexcelDB化が存在しうることは否定しません。
しかし、その場合、考えうる「解決策」の幅ががかなり狭いことを無視されてますな。。また、どのぐらい狭いかを、その人たちでは分からないことですね。
エンジニアから見るに、「解決策」==excelDB化は、かなり間違っていることが多いです。
理由は、excelが表計算ソフトだから、という単純な理由ではありません。
システムは、ほぼすべてで「データ」がすべてです。excelは「データ」を扱うようにはなってません。「表計算ソフト」だからではなく、「データ」を扱うプラットフォームではないのです。
なのでexcelをDBとして使う、ということは拡張性ゼロのシステムを作ることと同じです。
私が使う場合はマクロは厳禁します。(サポートできませんので)
もちろん、例外は常にあります。が、そんならWebで簡単に作ったほうが楽です。。
仮想マシンをちょこっと作って、ruby on railsででも作っとけば、リモートからもメンテできるし、結構楽できるんですけどね。。
しかし、それをあっさり作れる人の単価が高いという。。
デフォルトのフィルターはあまり使えないから、abp_jp.txt( https://raw.githubusercontent.com/k2jp/abp-japanese-filters/master/abp_jp.txt )とabp_jp_element_hiding.txt( https://raw.githubusercontent.com/k2jp/abp-japanese-filters/master/abp_jp_element_hiding.txt )を追加するのをおすすめする。
トラッキング、ウェジェット、広告をある程度抑止できるChrome拡張。
Twitter、はてな関係のウィジェットだけブロックリストから外し、FBの(・∀・)イイネ!!だけブチ殺せる粋なアドオン。
パソコンの広告は比較的簡単にブロックできるけど、モバイルは難しい。
率直に言えば、これから書く対処法は気休め程度にしかならない。
だから、僕らを操っている広告への"聖戦"にそれほど興味がない人は、ここから先のエントリーは読まなくていい。
広告、トラッキング、ウェジェットをブロックするiPhoneアプリ。脱獄不要。
前出の『Adblock Plus』のAndroid版。
以前はGoogle PlayにあったのだけどBANされてしまった。
今は有志が野良アプリをアップデートして聖戦を続けている( https://adblockplus.org/en/android-install )
無数に存在するWeb広告ブローカー一社一社に「Cookie勝手に見んなボケ氏ね」とリクエストすることもできる( http://matome.naver.jp/odai/2136295595828806701 )
大変。でも現状ではどうにもならない。電博が支配するマスとは違う。ステークホルダーがあまりにも多い。
実は私、無料Webメディアで食ってる。だからこんなエントリー書くのは自分の首しめることになる。
構わない。
もう疲れたんだよ。ユーザーの属性、トラフィックの解析、ページをどこまでスクロールしたかまで分析する。
FBがパラメータいじってユーザーもてあそんだことニュースになったけど、似たようなことはどこでもやってる。
広告と大量消費社会のワンセットは、資本主義社会にとって必要悪なのだと思う。システムを維持するには仕方がないことなのだろう。
でも、だからと言って唯々諾々と広告が命令する通り消費にふけこんで良いのだろうか。僕らは消費者である前に人間だ。なんとしても人間性だけは護持しなければならないと思うのは僕だけだろうか。
痛みや苦しみがあってこそ、本当の価値がある。
これだけ選択肢に溢れた時代にわざわざ茨の道を往くなんて効率悪いしただのマゾヒストでしょ。
そりゃあそうでもしないと辿り着けないような場所ならいいよ?
でもさ、楽な道と過酷な道どっちも選べるんなら、過酷な道を選ぶメリットがないじゃん。
てめえが経験するわけでもない激痛を、それも無意味な激痛を女に強いるって馬鹿でしょ。
じゃあお腹痛めるどころか悪阻すら経験してないてめえらは子供を愛せないんだね。
うちの母は、お産の時聞いてたより楽だったって言ってたよ。
それでも立派に愛情注いでくれたよ。
https://www.youtube.com/watch?v=FS6xLpPmzlE
個人的に興味がわいたので、調べてみることにした。
調べてみれば見るほど、香ばしい感じになってきたので、そっと匿名に上げてみる。
ソースはだいたいここ
http://www.kouenirai.com/profile/768.htm
この時点でなんだか一般人ではない感じがする。
少なくともただのオッサンではなさそうだ。
以上だよ!内容薄いのは勘弁してね!
【追記 9/1 0:55】
@ukb0927 宣伝していただいているようですね。でも、のっけから、「漢字」が間違っているようで・・・と言うか、完全に「本名」だと名誉毀損になるから、「一字」変えて書き込みをしたヘタレの文章からの引用だからでしょうね(笑)
あ、申し訳ありません。名前間違えたのは素です。修正しますね。
それにしても、中立的に書いたつもりなのに、この噛み付きよう...余裕なさすぎでしょ。
なんかガッカリ。。
http://anond.hatelabo.jp/20140825071636
こういう記事があったけどさ、本州の学校の夏休みの自由課題って「自由研究」固定なの?
あ、全部自分語りというかブコメの拡張なので無視してください。
いや、自分の通ってた学校は、自由研究も、工作や書なんかのアート作品でもよかったからさ。
小学生だったのもう14年も前だから、今の学校の状況はわからないんだけど。
「研究」もいいけど、ゼロから物を作る(これも研究?なのか)のもすてきだよ。
そういうのを楽しめる子なら、子どものパトスにまかせるのも良いと思うんだけどなあ。
自分は作ることが大好きだったので、とにかくめっちゃ楽しんでた。
宿題(ドリル)は全く無計画なのに自由課題はスケジュール立てて計画を練るくらい。
ちょっと覚えてる限り回想する。
①工作キットは使わない。
②コンセプトとアイデアと実際の作業は親に頼らない。やり方は教えてもらう。アドバイスももらう。
③おもちゃとして遊べる&普段使いできるものを作る(小6で見事に破った。理由は後述、というより読めばわかる的な)
水族館に行ったので、絵日記と連動して水族館のペーパークラフトを作った。
お菓子の空き箱の内側に色を塗り、背景の魚や海藻、サンゴを作って貼る。
厚紙に魚を書いて切り抜き、糸を貼り付けて箱内部に吊るす。
透明なセロファンの一部に、青色のマジックで波模様を描き、箱に貼ってふさぐ(水色のセロファンが売ってなかった)
親からはセロファンに霧吹きで水をかけてピンと張る方法を教えてもらいました。
仕上がりは水族館じゃなくて海じゃねーか、とつっこまれまし。
小2冬 おべんとう入れ
なかよしの懸賞でソーイングセットが当たったのではっちゃけて母親に縫い物を教えろと要求。
キルティングの布を買い、裁ちばさみを借りて、お弁当入れを作った。
型紙不要の巾着にマチをつけただけ、裏地もなし。
でもこれが結構丈夫で、いまでも買い物袋入れとして使っている。
小3夏 リコーダー入れ
小3でリコーダーを習ったのではっちゃけてリコーダー入れを作る。
冬のキルティングのあまりで、長い巾着&スナップボタンで止めるタイプの2種類を制作。
小3冬 マスコット
手芸にはまる時期。かがり縫いをマスターしたのでフェルトマスコットを作った。
猫とウサギ。綿が入ってるのは頭と胴体だけで、耳や手足はぺらぺらだった。
小4の秋くらいにウサギの首が取れておおいにへこむ。
小4夏 ドールハウス
小3の時に作ったマスコットであそぶための家。空き箱を悪魔合体して紙造、2階、延べ800㎠くらいの家を作る。
一階は広めで、そこに2つに区切った箱を立てれば1階の壁と2階のできあがりである。
展示から持ち帰った際に派手にぶっこわれる。
マスコットとドールハウスを失った私を哀れみ、サンタさんが、シルバニアファミリーの人形2体、「おとぎの国のおかしのおうち」をくれる
しかし、お菓子の家になぞ住んでられるか! と再度ドールハウスに挑戦。シルバニアスケールで作る。(親ごめん)
家具には一部木などを使用。かまぼこ板、割り箸、彫刻刀でベッドを作ろうとして指を削る。
人形あそびに飽き、従姉妹(今思えば同人便せんとか作ってたんだなあの人)の影響で元々趣味だった絵描きの技術(カラー彩色)を覚えた私は、全部イラストのトランプを作ろうと試みる。
大きめの厚紙製プライスカードを購入し、イラストを描く計画。しかし、デザイン段階で枚数の多さに挫折し、絵札のみ絵を記入。ほかはマークで済ました。
にもかかわらず、12回の自由研究で一番面倒臭かった気がする。
絵を描いただけじゃねえか、といわれそうだったので、トランプゲームを多少調べてノートに書いて添えた。
小5冬 着せ替え人形
もう絵なんか描くか!と思って手芸に戻る。ちょうど小5で本格的な裁縫セットも買ったし。
本体をフェルト、服は春夏秋冬それぞれの服を布で作った。ちなみに、瞳をカラーフェルト、まぶたやまつげのラインを刺繍で再現した、完全にアニメ調の顔である。たぶんゼノギアスにはまってたせいだと思う。
小6夏 なべしきになる鍋つかみ
正方形に切ったキルティングに、正方形の角を一つ切り落とした5角形を重ねて、ループを挟んで縫った。
いまでも実家で使用している。端の処理にバイアステープを使用しており、自分的には完全にロストテクノロジーである。
そして問題の小6冬。
どういうわけか自 作 小 説 を 提 出 。
いや、夢水清志郎シリーズとか、2、3年前に見ていたスレイヤーズの原作本に手を出したりとか、アルセーヌルパンにはまったりとか、シャーマンキングとか東京ミュウミュウにはまったりとかしたもので。
たしか美少女怪盗もの。プロットというか話しの運び方はコナンのキッド回とルパンスペシャル&一応本家ルパンから学んだ。
ミステリというより犯罪エンターテイメント。というよりラノベ。
主人公は洋菓子をひらがなにした名前(ミュウミュウの影響)。猫耳である。
猫 耳 で あ る。(付け耳)
原稿用紙にペン書きしたものを袋とじで製本。自作絵の表紙をつけた。吐血。
この前帰省した際に今読み返してみた(どういう訳か本文のコピーをとってある)ところ、まあひどかったが良い意味で今では書けない勢いがあった。
日本語もままならないまま文字を書く仕事に就いてしまった今となっては、家に帰って文字を打つだけでも苦痛だと言うに。
というわけで絵を描いたり黒歴史作ったり、黒歴史作ったり、して楽しいので、もっと創作系自由研究は増えるべきだと思うね!(苦笑い)
ちなみに中学時代は文化系が「文化部」しかなく、文化祭の時に展示することが主な活動だったので、中1の時は例の小説の続編を晒したよ!(喀血)
あの人は"会社より自分の家庭が大事"って感じより、ただただ"自分が大事"って感じだろ。
出産後すぐに仕事してることとか、とにもかくにも自分の居場所を失わないために必死だった感。
子供のこととか一切考えてない。
勿論家族のことも考えられないような冷酷人間が従業員のことなんて考えられるわけがない。
後の色々な制度拡張はたのFacebookとか見て回りからの評価を上げるために同じようにしただけ。
たまたま黎明期のGoogleに居てメインメンバーになってただけでそれに乗っかって
後はちょっと綺麗だからちやほやされてあそこまで行っちゃった人だからな。
結局何の能力もない。
なお、「モテる」とは
「『彼女が1回もできたことないし童貞な人』に比べて『彼女もできたことあるしセックスだってそれなりにしている』のを(相対的に)『モテる』」とここでは定義します。
論外。結婚してる人を見たことが無い。
理由は書くまでもないよね。
特に上4つは「職業差別だ」とか「収入で人を差別するな」というご意見も最もですが、病や怪我といったよほど特段な事情でも無い限り
自分の周辺でも不景気のあおりで就職できなかった人、就職先が酷くて今無職な人はいっぱいいますが、そういう人たちとはちょっと違う雰囲気を醸し出しています。
この後の全ての項目もだいたい合ってます。むずかしいことばで「空気がよめない」
上記で馴れ馴れしく悩みを聞いた後、聞きに徹せず意見を押し付けるタイプの人。
最近のアニメやゲームに描かれる女性は、下ネタに対して寛容な上、かなり下ネタ大好きなキャラクターもいるため、
世の女性も男性並に下ネタ平気なのかなと勘違いする人は多いと思います。
蒼井そらは「男なら狩りに行け」と言ってた。それ聞いて俺もそうしようと思ったら、色々捗った。
だがそれは自分次第であり、例えばバーに行くとか、趣味のコミュニティを探すとか、友達の友達とか、
そういうことでいくらでも人間関係を拡張できるのであるというのはしばらくして学んだ。
家と会社の行き来だけで、土日はゲームしている人に彼女はできっこないし、何より彼女がいらないとしてもつまらないと思う。
あるいは、「人間関係が広まるとめんどくさいことも増える」という考え方。
自分が関わってきた人は、同性異性問わず、オタクであることはむしろ性格や特徴の1つとして歓迎されていた。
「アニメでも、ゲームでも、コンピュータでも、鉄道でも、何か1つを異常に突き詰めた人」あるいは
「飽きっぽいが何事にも興味を持つしとりあえずやってみちゃう人」は歓迎される傾向がある。
モテない人は好きなものを好きと誇れず、むしろ積極的に脱ヲタしようとして滑ってる人が多いと思う。
「近所の西友で普段売っているはずのアンパンが売ってなかった、食べたかったのに」という話題から「アンパン」だけを抜き出して、
突然「自分がこの間2chのまとめサイトで見たアンパンの作り方と、俺がどんなアンパンが好きか」の話を延々としだす人とか、
「俺ってあんこ嫌いなんだ」とか言い出す人なんかはかなり多いんじゃないかと思います。
日本では政治についてオープンに語り合うと白い目で見られます。
そういうのはどうかと思いますが、まだまだ日本は政治や宗教について考えをぶつけるのは敬遠されると思いますし、今後あと10年ぐらいもそれは変わらないと思います。
その状況はいいとは思えませんが、彼女を作るという目的を考えるならこらえるべきです。
特にmixiニュースで延々とニュース日記書いてる人は気をつけたほうがいいんじゃないですか。
オタク的であることと相反しますが、わずかにでも他には感心持ったほうがいいんじゃないですか。
俺もなよなよしていますが、彼女からするとやっぱり余裕のある男性が好きだそうです。だから頑張れと言われました。
「AKBがいかに嫌いか」という話より、「AKBの誰が好きか」が話せる人のほうが親しみが持てるんじゃないでしょうか。
ただ、これは全てにあてはまるわけではなく、嫌いなものが合致するとその時はかなり仲良くなれるんじゃないかなと思います。
自分と彼女はひねくれていて、AKBというか2chで叩かれているものがだいたい共通して嫌いなのでそのへんですごく話が盛り上がります。
テクノブレイク.jpという、エロ専用RSSサービスを公開しました。
これは、自分のお気に入りのエロサイトの更新動画を、サイトすべてに訪問して確認しなくてもチェックすることができる、というエロのための時間を効率化させるWebサービスです。
今年文系で大学を卒業し、まったくの未経験で大手IT企業に入社し、研修を経て初めてプログラミングを触ることになりました。
それでも少しはできるようになったため、「ゆとり」でも「未経験」でも「文系」でも自分でwebサービスが作れるんじゃないか?と思い至り、ちょっと力試しということでやってみるか!!!とこのサービスを作りました。
僕は以下のような人間ですが、「仕事」を通じてプログラミングを学びました。もちろん今も勉強中です。
まだまだ働き始めたばかりなので、僕はプログラミング初心者が数ヶ月勉強したという方と同じような人間です。
なので現在上記にあてはまる人でも作ろうと思えば「自分でサービスを作れる」ということがわかっていただけたらと思います。
僕はオナニーをする時は、スマホのアプリで必ずエロ動画を探すのですが、だいたい以下のようなステップを踏むんですよね。
このように1つの動画を見るために、9つのステップを踏むんです。
もう何がいやだって、(7)ですよ。これが面倒くさい。
それから(2)のブックマークからエロサイトを開くことも面倒じゃないですか。
だって(1)〜(9)をサイトごとにやらないといけないわけですから。
これらを簡単にすることができないもんかなと。
だから、毎回だらだら開発を進めると時間がかかり、最終的にモチベーションが下がり、何もしなくなってしまうんです。
プログラムだけじゃありません。デザインを考えたり、仕組みを考えたりしないといけません。
あとで、このプログラムじゃ、仕組みじゃダメだったな、ってわかり手直しをすることだってあります。
すべてをそこそこ、80%におさめてください。
最初はすべて80%です。
ここで言う100%とは、あなたの考える理想を100%叶える、という意味です。
そういった意味では100%はありませんが、あなたにとっての理想の100%はありますよね。
走りながら、目指してください。
早くリリースすればするほど、ユーザーからの声を早く拾うことができます。
ユーザーの声こそ、そのサービスの目指すべき姿のことが多いです。
80%完成してリリースすればいいのに、残りの20%を埋めようとあなたが頑張ったとします。
もしかしたらその自分勝手な20%は、ユーザーに取っては不必要な20%かもしれませんよね。
なぜならドメイン代を支払ってるんですから。その金を無駄にしたくないですよね。
で、サーバーは後、というのは開発が無駄に3ヶ月かかったとすると、その3ヶ月分のサーバー代金が無駄ですよね。
実サーバーテストは、テスト環境でテストを終えてからやればいいかなと思ってます。
まずどんなコンセプトか、どんな機能が必要か、どんなUIにすべきかという目標をたてましょう。
なぜこうするかというと、常に自分が何をすべきかが明確になるからです。
なにも決めずにやろうとすると、
なんてことになります。
だから、頑張りすぎなくていいんです。
Webスクレイピングとは、サイトのコンテンツから欲しいデータを取得する方法です。
僕がどうやってRSSサービスを作ったかというと、このwebスクレイピングのおかげなんです。
広告、注目動画、アーカイブなどのそのサイトのコンテンツははじきます。
で、その主要コンテンツから、記事の画像とタイトル、URLをゲットしてきます。
やり方としては、主要コンテンツからそのサイト内部のリンクが貼られたimgタグを探し出します。
そして、そのリンクのタイトルまたは記事のタイトルを取得します。
こうすることで、そのサイトの更新一覧から更新記事のURLとタイトル、画像がわかります。
BootstrapはウェブサイトやWebアプリケーションを作成するフリーソフトウェアツール集である。 タイポグラフィ、フォーム、ボタン、ナビゲーション、その他構成要素やJavaScript用拡張などがHTML及びCSSベースのデザインテンプレートとして用意されている。
これを利用すると、基本的なWebサイトのデザイン(htmlとcss)が手に入れることができ、そのまま利用できたりします。
デザインを作る上で、非常に助かります。なぜなら最初からすべて自分でコーディングする必要がないからです。
僕は以下の時間に開発をしてました
だと思います。
どうしているかというと、Readdleの「Downloads」というスマホアプリを利用しています。
これは写真やファイルをクラウド上に保存したり、Dropboxや外部サーバーとファイル共有をすることができるアプリです。
画面は小さくてストレスがかなーーーりありますが、僕は外出中はこれでプログラミングをしています。
通勤中にこれでプログラミングをし、降車した後の徒歩で続きのプログラミングをキリが良いところまでする、という感じです。
また、歩きながらでもテストはできると思うので、歩きながらプログラミングは難しいという方はテストだけでもやってみはどうでしょうか。
Webサービス俺もやってみようかなーと少しでも思ってくださった方へ、
僕は開発をしながら、本当にやりたいことがあったら、時間はいくらでもつくりだせるなって感じました。
歩いてるときだって、トイレにいるときだって、電車にいるときだって、いつだって今の時代はできるんですよ。
それだけ現代って便利で、生きやすくて、なんでも挑戦しやすい環境のある時代なんです。
恐らく、少し前の時代、スマホが出る前の時代では歩きながらプログラミングなんて考えられないと思います。
そう考えると数年前と今って格段に何かを始めることができやすい時代なんですよ。
それでも挑戦しないって、もったいないねーなーって思ったんですよね。
だから、なにか本当にやってやりたい!!!ってことがあれば、まず一歩を踏み出してみてください。
ググれば、一発ですよ。
こんなことGoogleが日本に来るまでは考えられないことですよ。
だって、昔の検索エンジンって十分に欲しい情報が手に入らなかったですもんね。
すてきなかっこで街練り歩く
ピチピチジーンズはじけそう
皮下脂肪率は50%
すっぱい臭いがその真髄
36010人並ぶ
幼稚園児さえ射程距離
モニター画面に大噴射
GO GO GO GO GO GO GO GO GO GO GO GO GO GO GO サンボ
萌えるファットに撮るファット
高い金払ってコーヒー飲んで
店員の前で奇妙な行為
乳乳尻尻うなじ鎖骨足へそ
カメ小の扱いもなれたもん
同業者を叩いてご満悦
強気になりゃいいってもんでもないぜ
300*300キャンパスに
全精力傾けエロ絵描く
それでも戦う奴等は神
2D2DTO3D
ひらぺったいあの娘今や3D
リアル女なぞもういらねえ
肉製のブスと フィギュアレディ
どっちっかっつったら シリコンボディ
こうなりゃ貫け純潔ボディ
近親相姦レッツゴー
大股開きでKOだ
やっぱり僕らはMSX
最強PCMSX
SCREEN7のスプライト
32Kのメインラム
MSX3はまだか
俺は待ってるぜ西和彦
ここにいけば何か見えてくるぜ
ヤオイの姉貴も手ほどきくれるぜ
化粧を覚えてモテ路線
取り戻せ僕らの失楽園