[MV] On Your Mark / CHAGE and ASKA https://www.youtube.com/watch?v=3Obh9kg6o_U
CHAGE&ASKAの「PRIDE」はJ-POPきっての名曲です。それについては先日、ライヴ聞き比べの記事を書きました(http://anond.hatelabo.jp/20140923002713)。
しかしCHAGE&ASKAには「PRIDE」と肩を並べる、もう一つの壮大なバラードが存在することを忘れてはいけません。それが「On Your Mark」です。この曲はCHAGE&ASKAの15周年記念シングル曲であると共に、アルバム「CODE NAME.2: SISTER MOON」のラストを飾る曲です。また、数億円を費やして宮崎駿にPVを作ってもらった曲でもあります。そのPVは短編映画扱いで「耳をすませば」と並んで上映されたこともあるので、そちらでご存じの方も多いかもしれません。
「On Your Mark」は間違いなくCHAGE&ASKAを代表する名曲で、「SAY YES」や「YAH YAH YAH」が忘れ去られても、この曲が歴史に埋もれてしまうことはないでしょう。相方CHAGEは、数あるASKAの曲のうちでも「On Your Mark」をもっとも好きな曲だとどこかで言っていましたが、それも頷けます。CHAGE&ASKA全盛期を告げる初めの曲が「WALK」「PRIDE」だとして、「SAY YES」「YAH YAH YAH」といった名曲を連発した全盛期を経たのちの「On Your Mark」は、それら名曲群をじゅうぶんに締めくくるに全く恥じることがない傑作だと言えるでしょう。
前回は「PRIDE」のライヴ聞き比べというマニアックな作業を公開しましたが、今回は「On Your Mark」の楽曲分析というこれはこれでマニアックな作業を行ってみようと思います。というのも、比喩に富んだ歌詞に、転調を次から次へと重ねていくこの曲をどう解釈すればいいのか自分自身分からなかったからです。以下、個人的な思い入れで解釈しているメモ書きです。
静かなシンセとピアノから曲は始まります。ASKAは決して楽観的には聞こえない調子で「On your mark」(位置について)と歌います。すると、曲は変ホ長調から嬰ヘ長調に転調し、ベースの八分の「ダンダンダンダン」というリズムが刻まれます。まさに、走り出したがごとくに。
J-POPを分析するときに調性を云々言うのは的外れと言われるかもしれないが、決してそんなことはないと思います。変ホ長調はベートーヴェンが「交響曲第3番(英雄)」で用いた「荘厳の響き」の調性、そして嬰ヘ長調は♯が6つ付いて、複雑で混沌とした響きを持つ。例えば、マーラーが「交響曲第10番」のアダージョで用いたのは嬰ヘ長調である。チャゲアスで変ホ長調の調性を探すと「PRIDE」や「Sons and Daughter~それよりも僕が伝えたいのは」を挙げることができます。ベートーヴェン「英雄」と同じく、どちらも荘厳の印象を私たちに与える曲です。しかしながら重要なのは、「On Your Mark」はこの荘厳の調性からすぐに転調する(=外れる)ということです。すなわち、この曲は、はじめから「英雄」からの「除け者」であり、「PRIDE」のように素朴かつ豪胆に歌い上げることさえ禁じられたものの歌なのです。したがって、「On Your Mark」ははじめからかなりひねくれた性格をもつ曲なのです。この冒頭の転調を聞いて、たしかに私たちはどこか言い知れぬ複雑さを覚えるのではないでしょうか。
埃にまみれた服を払った
この手を離せば 音さえたてない
落ちてゆくコインは 二度と帰らない
君と僕 並んで
「いつもの笑顔と姿で/埃にまみれた服を払」うというのは、強がりの笑いです。いろいろケチをつけられるが、それを「いつもの笑顔と姿」で何気なく払うのです。そして、大切なものを失う時(落ちてゆくコイン)、それは音さえたてません。静かになくなっていきます。「私」はそれさえも「いつもの笑顔と姿」で見送っていきます。
次に出てくる「君」というのは、むろん共に走っている人でしょう。この「君」が男性なのか女性なのかは不明です。つまり友情歌なのか恋愛歌なのか分かりません。周りの友人に尋ねてみましたが、「君」は男性だという意見と女性だという意見ではっきり分かれました。私は「けれど空は青」等につながる男性同士の友情歌だと認識しています。実際、宮崎駿もこの曲を使ってCHAGE&ASKAの二人を主人公としたPVをつくっていますし、CHAGE&ASKA自身のことを歌っていると考えるのがもっとも自然な解釈だと思います。
「夜明けを追い抜」くというのは面白いイメージだと思います。ASKAは「晴天を誉めるから夕暮れを待て」で、今晴天のように売れている自分をみんなチヤホヤしてくれているけど、「夕暮れ」時に誉めてほしいと取れるような歌詞を作っています。また「太陽と埃の中で」という曲もあるように、ASKAにとって太陽とは特別なものです。朝の冷たい風を切り、太陽という「絶対」に向かって自分の力で進んでいくのです。灼熱の太陽でもなく、沈みゆく太陽でもなく、夜明けの冷たい太陽というところが面白いところです。この冷たさが、決して順調ではないレース(On your Mark=位置について)を予感させます。
ところで、完全な偶然だと思うのですが、PVと同時上演された「耳をすませば」に、まさに「夜明けを追い抜いていく自転車」の描写がありますね。気になるところです。
On Your Mark いつも走り出せば
On Your Mark 僕らがそれでも止めないのは
夢の斜面見上げて 行けそうな気がするから
(夢の心臓めがけて 僕らと呼び合うため)
このサビに入ると、また転調し、調性はイ長調になります。Wikipediaによれば、「陽気で牧歌的」であると同時に「輝かしくはあるが、非常に攻撃的」であり、「気晴らしよりは、嘆き悲しむような情念の表現に向いている」という。調性の特徴にあまり拘るのはよくないかもしれませんが、この両義性は重要だと思います。それについては後述します。
AメロBメロの比喩の激しさに比べるとサビは解説的になっていて分かりやすいと思います。風邪にやられて駄目になりそうになるけど、「夜明けを追い抜く」ように、「僕ら=君と僕」は「夢(=太陽)」が頂上にある「斜面」を見上げて、いつか「夢(=太陽)」に行けそうな気がするのです。
答えを出さない それが答えのような
針の消えた時計の 文字を読むような
まだ若すぎる
調性はまた嬰ヘ長調に戻る。
この歌詞で面白い所は「心」の存在する位置です。通常、「心」というものは、個人のうちにあるものです。しかし、ここでは、「心」とは、「僕ら(=君と僕)」の二人が共有している「場」なのです。だから、二人はある程度「全てを認めている」といってもいいような深い関係にあることが分かります。
そんな「心」にある「小さな空き地」。この空き地からは、「NとLの野球帽」で歌われたような、工業地帯にある寂しげな空き地を思い浮かべます。そうした空き地は、基本的には大人たちの目の届かないところにある子供たちのテリトリーであり、遊び場です。一番の歌詞にある「そして僕らは いつもの笑顔と姿で埃にまみれた服を払った」というところにも感じるものですが、どことなく童心にかえっているような気がします。そんな秘密の遊び場で、二人は喧嘩をしてしまいます(「互いに振り落した 言葉の夕立」)。「夕立」という言葉から、たんに喧嘩をしていることだけではなく、「空き地」で喧嘩が終わった後に「夕立」に打たれながら無言で立ち尽くしている二人がいる、という場景を私は思い浮かべます。
その場景が次の「答えを出さない それが答えのような/ 針の消えた時計の 文字を読むような」という言葉につながっていきます。二人は夕立に打たれ髪がびしょ濡れになりながら、互いに見つめ合います。二人とも、本当はお互いのことを分かり合いたいと思っています。しかし、二人は何も言いません(「答えを出さない それが答えのような」)。時計の針が消えてしまい、永遠に続くような気まずい沈黙があります。「永遠の謎」がそこにはあります。相手が何を考えているのか分からず、また自分自身が何を求めているのかも分かりません。やはり、「全てを認めてしまうにはまだ若すぎ」たのかもしれないのです。
以後、サビが多少の変化を伴ってリフレインされる。分かり合うことなど不可能なのかもしれないけれども、それでもOn Your Mark(位置について)! 「走り出」すしか解決方法はないのです。
曲のラストは、冒頭と同じようなピアノとシンセの静かな曲調になります。ここでは調性はイ長調である。最後に歌われるのは
そして僕らは
です。この「そして僕らは」というのはきわめて両義的です。というのは、そこにあるのは希望だけではなく、苦しみや失敗も内包されているからです。イ長調の調性が「牧歌的」であると同時に「嘆き悲しむ情念」であることが特徴であるように、僕らの行く道は「希望」であるのか「失敗」であるのか、最後まで種明かしされることはありません。しかし、決して「僕ら」は走ることをやめません。ここに「On Your Mark」のもっている奥深さがあると私は思います。行く先がどうなるのかは決して分からないけれども、苦しみを背負って、夢を目指していつまでも走り続けるのです。
コメントをもらってジブリPV版について思ったことがあるので付け足します。
「On Your Mark」のPVは、ご存じのように原発事故や放射能事故を主題としています。その主題設定も手伝って、近年ふたたび注目されています。宮崎駿は「タイトルや歌詞をあえて曲解し悪意に満ちた映画に仕立て、いつか来る未来に生きる」ことをイメージしてPVを製作したと言います。どう「曲解」したらこの歌詞から原発の話になるのか今まで分かりませんでしたが、その答えは「夜明け」という言葉にあることに気がつきました。「夜明け」というのは「太陽」の出現を意味します。ところで、「原発」という装置は、原子の核分裂反応から巨大な力を得ています。太陽は原子の分裂ではなく融合によって光り輝いており、厳密には太陽と原発の力は全く異なるものではありますが、しかしながら、原発は「地上の太陽」と形容されることも多く、文化的コンテクストにおいて原発と太陽は密接に結びついています。宮崎監督が「原発」をテーマにすべく「曲解」したのは、まさに「夜明け」という言葉に他ならなかったのではないでしょうか。「On Your Mark」の歌詞だけを見れば、正直なところ、反核運動よりも原発肯定に親和性を持ちます(すなわち、吉本隆明の立場に近いのではないか、と私は思います)。宮崎駿はそれを見越した上で、「原発事故が実際に起こった世界でもOn Your Markと言うことは出来るのか?」と問うたのではないでしょうか。映像を見れば分かる通り、宮崎監督は「できる」と考えたのでしょう。しかし、当時と今では世界が違います。今の私たちはまさに宮崎監督のつくった世界の中にいるのです。その世界において、私たちは「On Your Mark」を聞いてどう感じるのか、「On Your Mark」と言うことができるのかと、再び考える時にあるのではないでしょうか。
チャゲアスといえば、ダブルミリオンを達成した「SAY YES」と「YAH YAH YAH」がやはり圧倒的に有名ですが、「PRIDE」はそのどちらと並べても決して劣ることのないどころか、全J-POP史上に...
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それはそれで、価値が有ることやけど 一般大衆は、2番聞くときに 1番の歌詞と照らし合わせながら聞くために歌を聞いてるわけじゃないと思うが