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2019-05-03

藤本タツキの「妹の姉」

ジャンプ掲載、って言うからぎょっとして「ワンピースが好きなちびっ子が間違って本屋さんで手に取ったらどうするの!」と思うかもしれないけどあれはジャンププラスというウェブ漫画サイトから安心してほしい

近いのはヤングジャンプか?サブカル色だったらヤンジャンより強いんじゃないだろうか

ファイアパンチエログロオンパレードだったし

「剥き出しの白鳥」「青のフラッグ」「ヘタリア」なんかも連載してたわけで

最初から週刊少年ジャンプとは全然立ち位置が違う


漫画の内容についてだけど

怒ってる人、学校教師漫画家も何もかもナメすぎでしょ


高橋留美子の「境界りんね」という漫画で、ヒロインの通う学校の生徒が悪い死神さらわれて数十人が行方不明になる、という話があった

しかしそれで警察学校に来るとかSNSで騒ぎになるとかニュースとして取り上げられるとかいうこともなく

「なんだか行方不明の生徒がいるらしいよ」と、まるで「最近校内で風邪流行ってるみたいだね」程度で済まされて

主人公が異空間さらわれていた生徒たちを解放することに成功しても生徒たちはのほほんと「なんだかよく分かんないけど助かったー」程度で各々が解散して学校に戻っていく

そういうものなのだ。この漫画はそういう世界観から

舞台現代日本だがこれは漫画でありノンフィクション作品でないのであくま漫画世界ファンタジー世界に過ぎないので現実価値観をあてはめてはいけないのである

読者は「ノリ軽っ!」「ありえねーw」「それでいいのかよ!」とツッコミを入れるが

この世界の、留美ワールドの住人は人が行方不明になっても別に大ごとにしない

この漫画は「そんなもの」「そういうもの」だと受け入れて読者はそれ以上何も感じないのだ

誰も「警察が来ないのはおかしい、警察無能に描いている、作者は公務員差別的感情があるに違いない、警察が来る描写を入れるべきだった」「どうして誰もSNS情報募集しようとしないのか?ヒロインもあまりにも危機感がない。作者が女性からか?男任せにして思考停止する最近若い女性を連想してイライラする」「クラスメイト行方不明になっているのに冷たすぎる、作者の倫理観の欠如の表れだ」などと憤ることはない


「妹の姉」だって同じはずだ

ヌードデッサンが頻繁に行われる美大でもないのに女子高生の裸の巨大な絵が生徒玄関に堂々と飾られるのがまずありえない(美大でも女子高生の裸はアウトだろう)

そのモデルが現役でその学校に通う女子生徒なのに堂々と飾られているのもありえない

モデルになった本人に許可を取っていない、本人が嫌がっているというのに飾り続けているのもありえない

嫌がる女子高生気持ち父親教師といった中年のおじさんたちがノンビリした感じで無視しているのもありえない

仕返しに妹の服を脱がせ全裸デッサンする姉もありえない

姉への憧憬が行き過ぎて想像で姉の裸を描きコンクールに応募する妹もありえない

学校や妹や親に働きかけて絵を取り下げることをやめて自分の裸の絵が飾られている学校に通い続けながら意趣返しに専念して結局自分の裸の絵をもう一枚この世に生み出すことを選ぶ姉もありえない

全部ありえない尽くしで作者は「これはありえないこと」「現実では倫理的によくないこと」とすべて分かった上で「漫画ファンタジー世界」を描いているのだ

いやもしかしたら自分の裸の絵が飾られるなんて嫌ですという女子高生を「伝統から」で一蹴する教師は昔はいたのかもしれないが今はいない、いるわけがない

はてなーねらーも今はどこも高齢化が激しいと言うからとうの昔に学校から離れた人たちはピンと来ないかもしれないが

今の学校現場は昔のような絶対的権力を持っていないし逆に生徒(とその保護者)の発言力、情報発信能力はかなり大きくなったので

挿入5秒前な姿の女子高生の裸の絵が飾られているなんて異常な状況が何日も野放しにされるわけがない

現実に起こったことのように憤っている読者、あれはフィクションでありえないことなので心配しないで欲しい

作者はありえない世界を描いている

現実ではありえないけど僕の漫画はこうです、という世界観を構築できている

作者はリアリティレベルを低く設定しているのに「現代日本学校舞台になっている」「女性が嫌がっている描写がある」というだけで日頃から被差別意識の強い高齢女性勝手リアリティレベルを高いもの勘違いして噴き上がってファンタジー漫画マジレスしてるだけ


というかこれ百合漫画であり近親漫画じゃん

姉妹妄執を描いた作品じゃん

サブキャラの男の言動とかどうでもいいだろう

あれを読んで百合をまったく感じることなく読み終わってまずすることがドキュメンタリー漫画だと錯覚しているかのような振る舞いで倫理法律を持ち出して女子高生をよしよしして男性犯罪者糾弾するって

こういう人らって漫画読んでて楽しいんだろうか?他の漫画にもそうやって「現実では~」「法律では~」と持ち出してファンタジーを楽しんでいる人に水を差しているのだろうか

人生損してるよなあ

自分のみならず人の人生にも損をさせようとしているのでああいう手合いは漫画を読まないで欲しいしドラマ映画も見ないで欲しい、これに尽きる

2019-05-02

天皇家男系なんて、絶対過去に途切れてるよね?

だって過去側室の中に、「天皇と並行して他の男ともやっちゃってた女」とか「実は無理矢理他の男に犯されてたんだけど、言えなくて黙ってた女」が一人もいないなんて、とうてい信じられない。

平安時代貴族皇族なんて、かなりセックスルーズだぜ?「浅き夢みし」ってマンガで読んだもん。

で、DNA鑑定はおろか、血液型知識もなければ、オギノ式による安全日とか危険日のことも分かってなかった時代の話でしょ? 女が黙ってれば、本当に自分の子供かどうか、男にはわからねーじゃん。

男系万世一系なんて、絶対ファンタジーに決まってる。

2019-05-01

anond:20190501213109

😞年下の場合相手から熱烈に告ってきても、気になりますよ。

相手からアクションがないなら、ファンタジーとして考えたほうがいいですよ。

2019-04-30

抗がん剤治療中に出会って救われた作品を挙げていく -本・漫画編-

ドラマ編はこれ

https://anond.hatelabo.jp/20190429201600

思ったより需要なさそうだけどせっかく途中まで書いたしコメントもらったので続き書く。

お陰様で経過は順調です。自分の癌は10年で寛解と言われてるけど、5年を無事経過して再発の可能性は大分低くなったと医者にも言われました。

漫画や本など、闘病記はたくさんあるけど、「癌になったけど家族が支えてくれたから立ち直れました。やっぱり家族は大切だよね、妻Love」みたいのが多くて、結婚していない子供もいない自分はどうすりゃいいんだと逆に落ち込んだりした。闘病記なら何でもいいわけではない。

あと闘病記って健康な人がお見舞に持ってくものではないと思うよ。これ読んで元気出したまえって何様だ。

あくま患者本人が自分意思で読むものではないかと。


漫画

アル中ワンダーランド

最近誰もがお察しの理由でまんしゅうきつこからまんきつに名前を変えたまんしゅうきつこさんの改名前の作品

自身アル中と、そこからの復帰を描いている。このひとの絶望を笑いに変えて昇華する力は本当にすごいし才能だと思う。

再飲せずにこれからもいい作品を描きつづけていって欲しい。


『僕と大家さん』

2018年4月時点で累計発行部数75万部を突破した、今更いうまでもないお笑い芸人カラテカ矢部エッセイ漫画

アパート大家さんである婦人矢部との心温まる交流を描いている。

ほのぼのとしたやり取りの中にも、戦争老い介護孤独といったテーマさりげなく混ぜ込まれている。


『元気になるシカ』『元気になるシカ2』

アラフォーBL漫画家藤河 るりさんの闘病記(1)から仕事復帰(2)まで。

病名で検索するのがやめられなくなってしまうなどの癌患者あるあるネタも多く、頑張りすぎない自然体の作者に共感できる。


海街diary

これもまた有名な吉田 秋生の名作。

漫画家ってすごいなあと思った。自分が死んだことがないのになぜ死ぬ人の気持ちがわかるんだろう。

話の途中で癌になったおばさんの話が出てきて、そこはさすがに辛いので飛ばして読んだ。



【本編】

昨夜のカレー、明日のパン

「すいか」とかのドラマで有名な脚本家木皿泉の初の小説

夫の入院からの帰り道、パン屋で焼きたてのパンを買った妻が「悲しいのに幸せにもなれるのだ」と思うシーンが忘れられない。

実は木皿泉夫婦ユニット名でご主人は脳出血でまひがある。そんな背景にも勝手シンパシーを感じていた。

もし癌が再発することがあったら、この本を母親に渡そうと密かに思っていた。

『ナミヤ雑貨店奇跡

東野圭吾の本で泣くなんて自分もヤキが回ったなあと思ったけど。

ファンタジー要素あるのはいいね現実逃避ができて。


あとはYoutubeにあがったお笑い動画とかよく観ていた。主にアンタッチャブル

転移してるかどうかの検査の結果待ちとか、もうどうしようもない時に観ていた。

よく「悲しくて胸が痛い」みたいな表現があるけど、辛すぎると本当に体が痛くなるのよ。

そんなときしょうもないお笑いをみてるとふっと体が楽になった。

やっぱり笑いの力ってすごい。アンタッチャブルまた活動してくれ。

こんなところからなあ。

よく考えたら映画が無かったけど、何でだろう。メッセージ性が強すぎるかな。

2019-04-29

抗がん剤治療中に出会って救われた作品を挙げていく

10連休暇なので書いてく。

丁度5年前癌になって手術したんだが、その後地獄抗がん剤治療8ヶ月が待っていた。

抗がん剤中でも上手に調整して出歩いてる人もいるみたいだけど、自分はずっと白血球値が低いままだったし体調も良くないし、メンタル的にもやばかったので病院に行く以外はほとんど出歩かなかった。今思うとちょっと鬱っぽかったのかもしれない。

で、その間に読んだり観たりして救われたと思う作品を挙げていく。

治療後に、これ治療中に知りたかったと思ったのも含まれているので時系列的におかしいとこもあるけど勘弁な。

治療中に下手な本読んだり映画を観たりして登場人物自分と同じ病気で死んだりするとダメージくらうし、かといって主人公が元気にはねまわってるのを観て今の自分境遇と比べて落ち込んだりするし、なかなか難しいんだよ。

病気療養中の人、あるいは周りに病気の人がいてお見舞いに本でも持ってこうかという人はよかったら参考にしてほしい。

ちなみに自分は以前はサスペンスとかホラーとか好きだったんだけど、癌になってからは一切受け付けなくなった。一番最初死ぬ登場人物感情移入してしまうので。

あと『きのこを食べたら癌が治った』みたいな本をお見舞いに持って行こうかと考えてるやつは自分が死んだらいいと思うよ。マジで


ドラマ編】

名探偵モンク

ちょうどHuluで公開されていてこれはマジでよかった。エミー賞も受賞したアメリカの人気ドラマ

主人公探偵モンクが重度の強迫性障害を持っているんだけど、同時にそれが事件の謎をとくヒントともなっているところがうまいモンクを取り巻く元上司警部看護師モンク強迫性障害に振り回されてうんざりしつつも暖かく見守っていくという構図になっている。

探偵ものなので当然殺人シーンはあるけどソフト表現されていて何とか大丈夫レベルシリーズになっていて話数が多いのも助かる。基本コメディ


『dinner』

江口洋介が主演の日本ドラマ

登場人物の一人ごとスポットを当てていく形式だけど、誰もスネに傷持つ訳ありの人ばかり。

さな希望を胸にまた明日も頑張ろうとする姿に励まされた。視聴率が悪くて話数が削られてしまったのは何とも残念。

ラスト一人ラジオ聞く江口洋介の姿に泣いた。サカナクション主題歌もいいよね。


カルテット

社会的には落ちこぼればかりの現実離れした夢の共同生活。明快な答えも解決策もない日々になぜかほっとして救われる。

例の前夜、ゲームやとりとめのない会話を楽しむ4人のシーンは何度も観てしまった。マキさんの「ちょっとトイレ」にも泣いた。

軽井沢に行きたくなっちゃうけどね。


鹿男あをによし

玉木 宏が鹿になっちゃうやつ。幻想的な作品なので現実逃避にもってこいだった。でも良くできてるよね。


行列48時間

國村隼主演のNHK

仕事定年退職したサラリーマンが妻と娘のため正月福袋行列に並ぶというドラマ。これも面白い


ドラマHulu配信されて入ればHuluで、なければ無料動画配信サイトで観てた。

あんまり褒められたことじゃないけど抗がん剤治療はとにかく金がかかるので大目にみてほしい。

癌の種類にもよるけど自分場合は1回あたり15000円、それを月3回8か月続けるのよ。

みんな生命保険大事だよ。元気なうちに入っとこうね。


あと漫画とか本も書こうと思ったけど以外と大変だし読んでくれる人もいるかからないのでここまでにしときます

需要ありそうなら続き書くわ。


--


漫画・本編こっちにまとめました。コメントくれた人ありがとう

あとドラマ編で『植物男子ベランダー』忘れてたわ。NHKの30分深夜ドラマおっさんマジ癒し。途中の変な小劇場飛ばしちゃうけどね。


お陰様で経過は順調です。自分の癌は10年で寛解と言われてるけど、5年を無事経過して再発の可能性は大分低くなったと医者にも言われました。

漫画や本など、闘病記はたくさんあるけど、「癌になったけど家族が支えてくれたから立ち直れました。やっぱり家族は大切だよね、妻Love」みたいのが多くて、結婚していない子供もいない自分はどうすりゃいいんだと逆に落ち込んだりした。闘病記なら何でもいいわけではない。

あと闘病記って健康な人がお見舞に持ってくものではないと思うよ。これ読んで元気出したまえって何様だ。

あくま患者本人が自分意思で読むものではないかと。


漫画

アル中ワンダーランド

最近誰もがお察しの理由でまんしゅうきつこからまんきつに名前を変えたまんしゅうきつこさんの改名前の作品

自身アル中と、そこからの復帰を描いている。このひとの絶望を笑いに変えて昇華する力は本当にすごいし才能だと思う。

再飲せずにこれからもいい作品を描きつづけていって欲しい。


大家さんと僕』

2018年4月時点で累計発行部数75万部を突破した、今更いうまでもないお笑い芸人カラテカ矢部エッセイ漫画

アパート大家さんである婦人矢部との心温まる交流を描いている。

ほのぼのとしたやり取りの中にも、戦争老い介護孤独といったテーマさりげなく混ぜ込まれている。


『元気になるシカ』『元気になるシカ2』

アラフォーBL漫画家藤河 るりさんの闘病記(1)から仕事復帰(2)まで。

病名で検索するのがやめられなくなってしまうなどの癌患者あるあるネタも多く、頑張りすぎない自然体の作者に共感できる。


海街diary

これもまた有名な吉田 秋生の名作。

漫画家ってすごいなあと思った。自分が死んだことがないのになぜ死ぬ人の気持ちがわかるんだろう。

話の途中で癌になったおばさんの話が出てきて、そこはさすがに辛いので飛ばして読んだ。


【本編】

昨夜のカレー、明日のパン

「すいか」とかのドラマで有名な脚本家木皿泉の初の小説

夫の入院からの帰り道、パン屋で焼きたてのパンを買った妻が「悲しいのに幸せにもなれるのだ」と思うシーンが忘れられない。

実は木皿泉夫婦ユニット名でご主人は脳出血でまひがある。そんな背景にも勝手シンパシーを感じていた。

もし癌が再発することがあったら、この本を母親に渡そうと密かに思っていた。


『ナミヤ雑貨店奇跡

東野圭吾の本で泣くなんて自分もヤキが回ったなあと思ったけど。

ファンタジー要素あるのはいいね現実逃避ができて。


あとはYoutubeにあがったお笑い動画とかよく観ていた。主にアンタッチャブル

転移してるかどうかの検査の結果待ちとか、もうどうしようもない時に観ていた。

よく「悲しくて胸が痛い」みたいな表現があるけど、辛すぎると本当に体が痛くなるのよ。

そんなときしょうもないお笑いをみてるとふっと体が楽になった。

やっぱり笑いの力ってすごい。アンタッチャブルまた活動してくれ。

こんなところからなあ。

よく考えたら映画が無かったけど、何でだろう。メッセージ性が強すぎるかな。

2019-04-28

ヒットポイント

RPGで用いられるヒットポイントは、その言葉の通り、そのユニットを行動不能に追い込むためにどれだけの有効打撃を加えなければならないか、を示すもの。体力や、生命力といった個人属性でもなければ、回避能力、防御力といった能力でもない。定義からして、対戦相手視点が前提とされている。

これを、日本語に訳す際に、体力や生命力と訳してしまうのは、誤訳といってもやむをえない。正しくは、戦闘継続能力とするのが良いだろう。もっというと、有効打撃を受けることで、戦闘継続能力が低下するのは、ケガをするからではない。

ボクシングでいえば、打撃で失神してしまい、倒れてしまったした状態テクニカルノックアウト)がHPゼロであるが、ケガをした場合、倒れてしまった状態とは限らない。

ファンタジー世界でいえば、有効打撃とは、打撃ももちろんだし、刺突、斬撃、射撃といった力学的な攻撃に加え、熱、電撃といった電磁気学熱力学的なエネルギーを用いた攻撃もあげられる。化学的なもの心理的精神的なものや、魔力的・霊的なものだって世界観によっては付け加えることができる。

また、対戦相手から見たヒットポイントという趣旨安易拡張すると誤解すると、間違いが生じることに注意したい。キャラクター個人戦闘継続能力はあっても、捕虜となったり、指揮権が失われたり、作戦意思がなくなった場合には、当然戦闘をすることができない場合があるが、これは対戦相手が「有効打撃により」そのキャラクター戦闘不能に追い込んだからではなく、捕縛したり、指揮能力を停止せしめた結果であるから戦闘継続能力は失われてない。つまりHPが失われたわけではない。阻害要因がなくなれば、戦闘継続できる。能力が失われたと解釈するのは、阻害要因能力喪失混同である

ヒットポイントゼロ状態

ダメージを受け、戦闘継続能力は失われた状態が、HP0となる。


応用例

ヒットポイントが下がると攻撃力が下がらないのか

戦闘継続能力とケガの関係は、上記で論じた通りである戦闘継続能力が低下すると、ケガの場合も多いだろう。それに限らず、打撃を受け足が止まり、視界がぼやけ、という状態になると、攻撃力も失われるのではないかと思われるかもしれない。しかし、このような状態は多くの場合、すでにHPゼロなのであり、攻撃などできていないと解釈すべきだ。逆に負傷したからと言って、攻撃能力が損なわれていない、戦意が旺盛なのであれば、戦闘継続能力は損なわれておらず、当然攻撃健康時と同じ状態でできるとする。

ただ、ヒットポイント上記定義である以上、ケガをして倒れてしまったら、HP0とみてよいのだと思う。

<参考>

http://beoline.nobody.jp/bandterm-ha.html

ヒットポイントの項参照

2019-04-27

マンガワン新連載「男殺しの音頃さん」が気持ち悪い…

サムネ童貞を殺す服に釣られて読んだ。

あーよくあるヘタレ主人公のお色気漫画かあって感じ。

セクハラ体育教師エロマッサージが始まり睡眠薬入り飲料を飲み眠ってしまう音頃さん、裸にされそうになりピンチ

が、飲み物は飲んでおらず、体育教師の「くそ女」「女なんぞ」という女性蔑視発言に腹を立て成敗する……。女男平等社会を実現するために闘ってるんだと。

令和はウーマン・リブ時代

真の女男平等ハーレムファンタジー

ウーマンリブ(笑)

女男平等(笑)

これ誰向けに描いてる漫画なんだろう。

少なくとも男女平等を目指す人たち向けではない事はわかる。反フェミ向けなんかな?

第2話は笑顔圧力で席を譲ってもらった妊婦が男に突き飛ばされ、「妊婦様wwww」って嘲笑してるところを成敗する話。

いい加減悪事を働くやつ=チンピラってテンプレやめへん…?

これ読む人どの登場人物感情移入すんだろ、席譲らされたサラリーマン?輩が成敗されたからってスカッとはしないよな。

まあファンタジーだもんな……。

誰向けの漫画なのかどう楽しむのかわからなくて気持ち悪い。

はてなフェミの人、反フェミの人が読んだ感想を知りたい。

ヘイト漫画家に囲まれしまった話

とてもとても長いので、ごめんな。

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自分もその道に身を置いている手前、日々会話するのもソシャゲ仲間も飲みに行くのも旅行に行くのも、みんな漫画家だ。

同人時代からの友人や、漫画家漫画家を呼ぶような繋がりでどんどん増えていった。

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最近、ある少女漫画家が「ジェンダーバイアスのかかったマンガは滅びればいい」、と作中とインタビューで語ったことが話題になった。

自分の周りの漫画家たちも、この件では賛否両論が起きた。

以前から、「表現の自由」と「人権配慮(性/暴力/犯罪/LGBTQ他)」に関して、たびたび紛糾してきた。

規制に反対し表現の自由を守りたい漫画家たち。

悪いものを悪として描かないなら描くべきでないという漫画家たち。

いやゾーニング対処するべきという漫画家たち。

様々な意見があった。

いずれも、漫画で何をどう描くのか、漫画という作品をどう扱うのか、自由権利に対する漫画家としての真摯な考えを見ることができて、自分も考えを新たにしなければ、と肝に命じた。

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しかし、あれ?と思うことも多かった。

漫画表現の以外の、日常場面では?

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先に言ってしまえば、自分の周りの漫画家たちはみな、軽々しくヘイトスピーチする。

他者を、性別を、人種を、国を、嗜好を、年齢を、仕事を、病を、弱者を、あらゆる属性を。

それは日常会話でも、Twitterの呟きでも、LINEグループでも、飲み会の席でも、ごくごく自然ヘイトスピーチをする。

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いくつかの、実話。

最初同調することも多いが、おかしな方向へ白熱することが多い例。

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漫画家Aは、国産アニメソシャゲ2.5次元舞台などが好きな成人向け漫画家

表現規制についてよく勉強しており、国産コンテンツを守りたい意欲が伝わってくる。

フォロワーとこう話す。

暴力だろうが性だろうが、多種多様ジャンル作品表現を産み出せる文化が好きだ」

白人文化白人が主導した主張がいつも最先端で正しいと思ってるコンプレックス恥ずかしい」

「さすが日本海外ならこうはいかない、特にお隣の国では」

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漫画家Bは、洋画アメコミ海外俳優が好きなファンタジー漫画家

metooや反ルッキズムなどに賛同して、海外から翻訳されたツイートをよくRTしている。

フォロワーとこう話す。

漫画表現国際感覚に遅れると恥ずかしい」

着物和柄萌えダサい国産アニメ邦画ダサい日本のものって遅れてて古くてダサい

日本終わってる、この国消えていいよ」

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漫画家Cは、犬猫大好き男性アイドルゲーム大好きなBL漫画家

動物保護里親探し、動物虐待注意喚起RTし、女性人権話題にも熱心。

フォロワーとこう話す。

女性が今まで迫害されてきた、その被害補填をこれからの男たちも負うべき」

二次以外の人間オスはみんなしねばいいのに」

推しは顔がいいから許す」

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漫画家Dはかつて一般誌で連載を持ちながらも現在ネームが通らない日々、同人出身

スポーツ観戦や映画漫画ソシャゲを広く楽しむが病気勝ちであまり社会的なことに興味はない。

フォロワーとこう話す。

自分幸せをなにより優先できる世の中がいい、結婚恋愛子供もいらない」

子供や子持ちや障害者年寄貧乏人や、そういう人に税金を使われるのが嫌だ」

「でも自分病気医療費は全部国で賄ってもらいたい、漫画で当てるまで出版社に養ってもらいたい、自分こそ本当の弱者だ」

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憤るような事件現実記事という形で流れてきた時に、自分も彼らも不快感を露にしてお互いの不快感の表明に「いいね」をすることがある。

だけど、そこから先の「だから□□は◯◯だ」、と属性人種なんかをまとめて貶すようになると、自分は「いいね」を押さなくなる。

彼らは「いいね」を押したフォロワーと、どんどん過激に何かについての属性を、貶めて攻撃し始める。

いつもこうだ、とうんざりしてしまう。

---

彼ら彼女らは、自分の好きなものに対してはそんなことはしない。

自分の好みから外れたもの、嫌いなものについての嫌な面だけRTして、

まずは「悪いものに対する”正当な”批判をする」

そして「嫌いなものに対する批判材料にする」

最終的に「嫌いなもの属性でまるごと否定する」

最初に正当な批判があるから、続くヘイト差別さえ「正当だ」と自信を持って放つのだ。

---

中にはそういったヘイトする仲間たちに、真正から苦言を呈する人もいた。

ある打ち上げの席、アメコミ洋画ファンアニメ邦画ファンが、興業収入ポスターデザイン話題からヒートアップし、お互いの好きなものを「知識として知りうる悪例を持ち出した正当な批判」で攻撃し始めた時だった。

「なんで大きな主語使ったの?攻撃材料に使ってない?それは差別だよ」

言った彼女は今はもう漫画家をやめてしまっているが、今でも彼女発言はハッとするものがある。

その時喧嘩をしていた二人は、それからも今でも、ことあるごとにアメリカ文化を、日本人を、大きな主語で罵りあっている。

しかし、変わった人もいた。

上に出てくる漫画化Cは、最近男性人権にも少し余裕を見せ始めた。

きっかけは、女性人権仲間がトランス女性女性から排除しようと差別した事だった。

その流れでLGBTQでも、生まれもった性別でだけ判断するべきという主張が暴走した。

彼女BL作家で、LGBTQ友好者として、許せなかったようだ。(BL嗜好者からのLGBTQへの態度や捉え方はまだまだ問題があるとしても)

いまでさえ男性嫌悪的な部分はまだまだ強いが、つい最近、「誰であっても、たか属性によって他人に決めつけられる事」への反対表明をしていてホッとした。

---

ここで余談であるが、自分純粋日本人ではない。育ったのは日本と、アメリカ

ルーツ母国に、こだわる感覚が少しばかり薄い。

からこそ、◯◯人は、あの国は、この国は、という言い方に抵抗を感じる。

自国の事だから言っていいものでも、ルーツがその国だから言っていいものでも、ましてや理由さえあれば他者の国について言っていいものでもない。

自分も、制度政治や仕組みや慣習について、変えてほしい、これはおかしい、とよく言っている。

けれど、大きな主語属性を指して貶めることはけしてしないように注意している。

それとこれとは別だからだ。

それを指して全てをダメだと終わらせるのは、変えたいという前向きな人達まで否定してしまう、それが、先の漫画家たちのように好き嫌いという個人の嗜好で行われているならなおさら

じゃあ問題に対して声をそもそもあげなければいい、と言うかもしれないが、被害者の口を塞ぐものであってはならない。

正当な怒りや正当な批判という入り口自体は間違っていないと思っている。出口がヘイトにすり変わっているだけで。

---

自分の周りは漫画家だらけなので嗜好が見えやすく、こういう内容になったが、あらゆるグループ集団のなかでも行われているであろうと想像する。

これを、ここまで読んでくれた人達の身近ではどうだろうか。

嫌いな人の人権に対する態度、でその人の人権意識が分かる、と自分は思う。

好きな人人権を守りたいのは当然だか、嫌いな人に対してはどうだろう。

人権は誰にでもあるものだと忘れてないだろうか。

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最後に、

これを読んで「漫画家ってそうなんだ」って思った人がいたら、それは違う。

それこそが、都合のいい例を使って属性で決めつける差別に他ならないからだ。

漫画家人間で、個人で、個々に人格がある。

この「自分の周りの漫画家の話」は事実であるか、それとも作り話であるか、読んでいる人にはきっと永遠にからない。都合の良い実例としても、とても杜撰な例でしかない。

自分漫画家だが、こんなヘイト差別もしない!」

そう、思った漫画家がいたらぜひそれを表明してほしい。

属性で大きな主語で、自分の嗜好を理由差別をしない、その表明はとてもとても大切なものだ。

どうかどうか大きな声で言ってほしい。

2019-04-25

安易潮吹きに頼らないエロ漫画家

敬意を表する。

潮吹きってエロ漫画表現ではこの上なく女性快楽を示す記号になってるけど、実際はそんなことは無いわけで。

そんなファンタジー的な表現ではなくシンプル女の子快楽について表現している漫画家は素晴らしいと思う。

2019-04-23

わたし平成ビデオゲーム個人史(追記

1990年平成2年

爆誕

初めてのビデオゲームスーパーファミコン

1998年

スーパーマリオカート

親戚が置いていったのを借りて遊んだキノピオが扱いやすくて好きだった。

スーパーマリオワールド

SFCの楽しさを知ったのでブックオフで買ってもらった。当時は確かスペシャルコース挫折したが、後にリメイク版(GBA)で裏世界到達を果たして満足し、カートリッジステージ中央に置いて引退

Nintendo64ゲームボーイカラーとの出会い、そして別れ

1999年

ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ

ロクヨン」というやつが面白いと聞いてクリスマスに買ってもらう。(トイザらス限定金色

当時小学校の近くに住んでおり、「スマブラ」があると聞きつけた同級生たちが連日押し掛け、人生絶頂期を迎える。

ポケットモンスターシリーズ

同年、ゲームボーイカラーポケモン金に出会いビデオゲーム好きを決定づけられる。相棒オーダイル背中に乗って旅する夢を見る。

その後、銀・クリスタル・赤・ピカチュウプレイして金のポケモン図鑑をコンプリート

ドラゴンクエストⅠ・Ⅱ

ドラゴンクエスト

ファンタジーの高揚感と旅の寂寥感を知る。ロンダルキアの雪原でアークデーモン対峙する夢を見る。

まりにもハマりすぎたためある日親がブチ切れ、ビデオゲームの類はすべて鍵付きトランク収監プレイも土日のみに制限され、スマブラ目当ての同級生たちも遠ざかり、人生絶頂期が早くも終焉

ゲームキューブとの出会い、そして別れ

2001年

大乱闘スマッシュブラザーズDX

念願の「スマブラDX」を買ってもらうも、既に非社交性を存分に発揮していたため64時代栄光を取り戻すことかなわず

加えて、ある日帰宅するとビデオゲームが全てブックオフに売却されており、その夜焼肉に連れて行かれた。母は「ゲームを売ったお金よ」と言ったが、あれが事実なのか質の悪いジョークなのかは未だに分からない。泣きながら口に押し込んだタン塩はどこか塩辛く、しかし胃袋は正直であった。

追記

上記事件は私が「ゲームは土日のみ」という約束を破り、トランクの鍵をハックしてこっそり遊んでたことが発覚したせいなので、普通に私が100%、いや99%悪いです。あと親子仲は普通に良いです。

このブックオフ焼肉事変の影響で「時のオカリナ」「ムジュラの仮面」「マリオ64」「バテン・カイトス」など任天堂据え置き機の名作をプレイする機会を失ったのが個人的コンプレックスになっている。Switchバーチャルコンソールはよ(今ややる時間がない)

2003~2008年

中高時代、懲りずにお小遣いを貯めてこっそりゲームボーイアドバンスSP(名機)を購入。買い漁った中古ソフトを、バックライト恩恵にあずかって布団に隠れてプレイし、ド近眼になる。ファミコンミニシリーズレトロゲームにも触れる(初代ゼルダスーパーマリオブラザーズetc)。

大学:本気(マジ)で留年(ダブ)る5秒前

2009年

大学受験日程を全て消化した瞬間、ニンテンドーDS Liteポケモンプラチナを購入し欲望のままに徹夜プレイDSクロノトリガーに大感激してゲーム音楽に目覚め、光田康典繋がりでソーマブリンガープレイし、DSドラクエ5デボラ派に鞍替えする。

2010年

初めてのソニー機・PSPMHP2Gを購入。大剣太刀片手剣を1000時間振り回し無事留年

この頃ニコニコ動画The Elder Scrolls 4: Oblivion存在を知る。PC洋ゲーとのほぼファーストコンタクト。初めての日本語化・初めてのmod導入(受験英語でもそこそこちゃんと勉強していた過去自分感謝)、初めてのオープンワールドRPG。RAM4GBオンボード最低画質でも20FPS前後だったのにようやってたなほんとに。

Fallout3プレイし、Bethesda神とHavok神への信仰心を獲得する。

ゲーミングPCへの憧れを抱く。

2011年

ゼノブレイドの評判を聞きつけてWiiを購入。ダンバンのあまりのかっこよさにJRPG熱が再燃する。

メリアと出会い長命種族との異種間恋愛概念を獲得する。

2012年

この頃から心身を病みビデオゲームから離れたため、Wii UやPS3流行に乗れず、第2のコンプレックスを抱える。

2014年

精神に凪が訪れ、Newニンテンドー3DSLLを購入しポケモンモンハンを一通りプレイするも、さすがにもう限度を弁えていたため事なきを得る。

社会人:安定収入は実質向精神薬

2015年

なんやかんやあって卒業就職初任給を全額はたいてBTOゲーミングPCを買うも、なぜか初任給がなくなってしまったのでPCを抱いたまま餓死しかける。

最高画質modシマシでTES4やFallout3を遊び直したり、

帰宅後の限られた時間でも遊べるインディーゲームを買い集める。

Unity存在を知り、自分でも触ってみる。

→「Unity完全に理解した」(1週間後)

→「Unity全然分からん」(1ヶ月後)

ゲーム制作生業にすることの凄まじさを身をもって知る。

2017年

Nintendo Switch購入。ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルドにドハマりし、続けてスプラトゥーン2にドハマりする。プライムデュアル時々スシコラ洗濯機

2019年平成31年/令和元年)

SteamOriginUplayNintendo SwitchPS4 Proその他諸々に囲まれてあへあへ積みゲーオタクなう

―――――――――――――――

みんなの平成ビデオゲーム個人史も聞きたいな。聞かせてくれ。

2019-04-22

これが他人の始まり

夫婦結婚記念日おめでとうメールを送った、親元アラフォー独身女子だけど、見事に返信がない。

あと、昨年はお中元送ったけど、

「みっちゃんが気を使うから送らないで」と返事が。

今年は今年で向こうが出産したので、お祝いを包んだんだけど、お祝いが結婚式の時の水引きで、結び切りから縁起悪いと、怒られた。

お金はきっちりと貰われてしまったが。

両親はいずれあんたはお世話になるんだから、今のうちにそう言う付き合いはきちんとしとくのよと言われたんだし、別にそれはなしで、交流はしたいなと思ったけど、弟のお嫁さんにしてみれば、

介護よろしく、でも擦り寄るな!

って気分なんだろな。

両親のうちの子供たちは仲良しファンタジーは壊したくないから、はいはいと言ってるけどね。

2019-04-21

anond:20190421214651

おやこれは失敬。

じゃあ君は普段何を読んでいるんだい?

小説か、漫画か、ゲームのサブストーリーか?

映画なりテレビなりでもまあ別に良い。

多分それらを理解して噛み砕く理解力があれば同等あるいはそれ以下の労力で読めるだろうさ。


まあとりあえず一回読んでみようぜ。

最初は空いた時間からで良い。

徳川将軍を紹介しながらオ◯ニーする話だって良い。

コンニャク人形顔面を殴られる話だって良い。

もうちょっと真面目な話やファンタジーからでも良い。

気になったジャンルがあれば作品も紹介してやるから、まあ読んでみよう。な?

2019-04-20

レズ百合中間ワード教えて

女性向けBL(ML)のレズビアン版みたいなのを求めているんだが、とても探しづらい。

レズ」は男性向けエロすぎるし、「百合」は2次元ファンタジーすぎる……「ビアン」だとリアルすぎて創作物が出てこない……

社会人百合」は内容は割と好みに合うけど、限定されすぎてる。社会人だし二次元だけだし。

媒体はなんでもいいし二次元でも三次元でもいいんだけど、なんか良い感じにジャンル化されてくれないかな……

アメリカ青年精神

漫画ばっかり読んでスタンドだの念だの気だのと寝物語に耽溺してる日本と違い、知力と体力で難局を攻略する文学ばかりを読むのが一般的青年像だとしたら…ありもしないファンタジー努力勝利友情と言いつつ、特殊能力でバトルを脳内で繰り返す俺たちゃ勝てるワケないぜ。

2019-04-17

anond:20180224153803

女の子に好かれる系漫画ファンタジーな部分って女の子以上に好かれる男の子の方だと思う

例えば、ある程度の所まで進んでも男の方は無反応みたいなのって流石におかしいのではと思う

漫画的に話が進まない(進みすぎてしまう)からなんだろうけど

性的ラインを超えてしまってリアルになってしまうという事もあるし

2019-04-16

ゴールデンウィーク増田予定はイテ夜出す間のクーィ運でルーゴ(回文

おはようございます

ゴールデンウィークの予定考えるの楽しいわよね!

みんなはなにする?

と今更遠出はどうしようかと迷ってるんだけど

たぶん遠出はしないかも知れないわ。

どこも人大杉漣!だしね

近所でお散歩三昧か、

家で息を潜めてたまってる本を読み漁るかこち亀全巻制覇するか、

最近導入した製麺機と向き合うかってところかしら?

たまってる録画も消化しまくりまくまくりすてぃーだし、

お部屋のお片付けもいい加減したいわよね。

65535件未読のメールボックスも整理したいわ。

話それるけど、

iPhoneアプリの通知がアイコンの横に赤い丸で囲まれ数字で出てくるじゃない、

あれって65535が最大なのよ知ってた?

ウソだけど。

それはさておき話戻すと

そう考えるとゴールデンウィーク中、

なんかやることいっぱーいな感じするけど。

くれぐれも前半ぐだーっとだらけて

最終日あたりでこれもしたかった!あれもしたかった!って陥らないようにしたいわね。

久しく映画館も行ってないし

映画もいいかもしれないわね

1日何本映画館映画たことある

私はさすがになんか1日2本が最高なんだけど、

なんか映画館出たあとの余韻を楽しみたいわよね。

そう思うと1日1映画ってところかしら。

1回やってみたいと思っている、

いつも乗る電車絶対行かない反対方向に乗って行くってやつ。

それもそれで結構

おいでファンタジー好きさミステリーって感じで、

アドベンチャーだわ。

そうね反対方向の電車に乗って終着駅に行ってみるって事に執着していきたいわ。

イルカも見に行きたいとか急にまた思いつきで思っちゃったりするし、

結局遠出?かしらね

うふふ。


今日朝ご飯

トマトジュートのみにしてみました。

おにぎり買っておいたんだけど食べ損なった感よ。

お昼はしっかり食べたいわね。

デトックスウォーター

ちょっと寒かったか

レモン白湯ウォーラーしました。

レモン白湯ってワード今までたくさん出てきてると思ったら

意外とレモン白湯って字面は初めてみたいよ。

そんなレモン白湯ウォーラーをホッツでいただきました。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2019-04-15

anond:20190415042641

本当に1990年代から2000年代前半ごろのエロゲ

オタクサブカル最前線という地位」だったとして

その理由は何か?

エロゲクリエイターで今でも形を変えて繁盛してる型月とかニトロプラスとか見るに

「最低限エロが入ってれば何をやってもOK」な自由プラットフォームだった点だと思う

1970年代末の自販機エロ本の編集者もそんな感じだったらしい)

本当は泣かせる文芸ものがやりたいとか、ハードアクションがやりたいとか

凝りに凝りまくったオリジナル設定のファンタジー物がやりたいとか

そういう連中がエロゲーに関わってたのだと思う

奈須や麻枝や虚淵みたいな1970年代まれ団塊ジュニアクリエイター志望者は数が多かった

静止画シナリオ場合によってはCV無しでも可)で成立するエロゲ

金をかけずに表現できる最良の手段だったんだろう

――が、2000年代後半に入ると、クリエイター志望のオタの表現手段の幅も多様化した

ニコ動とかネット動画の台頭、ラノベレーベルの乱立でデビュー窓口も増えた

なろう系みたいな投稿サイトも出てきた

それで2000年代前半までならエロゲ業界に行ってた層の人材

ジャンルに行くようになったんじゃないかなあ、と

かには、もっと単純に

学生で暇で長大シナリオプレイできた層が就職して時間が無くなった

作品消費からイベント消費(声優ライブなど)への嗜好の変化

・高額なパッケージソフト全般の売れ行き不振

・実況動画サイトなどで手早く内容がわかるようになった

スマホの普及によるPC利用の衰退

などなどの即物的理由があるんだろうけど

2019-04-09

anond:20190409175715

中途半端マジレスすると

体重を半分にした上で、その体重の半分が背筋というぐらいに羽根の根元に筋肉がないと飛べない

鳥とか昆虫てほんとにそんな肉体構造なんよ

ファンタジー物に出てくるフェアリーとか天使は本当に背中羽根物理的な揚力だけで飛んでるんじゃなくて、重力中和超能力的なものを身につけてるとしか思えん

――と書くと超つまらいね

anond:20190408143752

おもしろいね

いつもの質問厨か設定煽りかと思ったら考察リストだったしw

ドラゴンファンタジー(Grailquest)で学生時代を過ごしたおっちゃん的には「火吹き男派」だったんだけど、これ読むと確かに色々あるしそもそも物見た事ないもんなぁって思ったよ(笑)

心情的には可燃性ガス魔法強化&プロテクトとかであって欲しいか

漫画とか見ると鼻から出てる派と口から吐いてる派もあったりするよね

現実的にはコモドオオトカゲなら唾液だけで焼けつくような痛みがっ、とかありそうだし、毒性が新たに解明されたりもしてるから火のような吐息を吐く恐竜のような生物、とか居てもよかった気はする

でも恐竜の生息時代人間と被らせるのはかなり苦しいらしいから、やっぱりファンタジー遺伝子操作で新たに作るSFしかないよね

おっちゃんは一度でいいかドラゴンライダーになってみたかったなぁ…w

anond:20190408230305

人が動物の上に立つモチーフイルカアシカイエイヌが、けもフレ1以後の「人間がいなくなってる世界」でそれを強調されることが視聴者にとって不快で、それを書くなら悲劇性や罪悪感も書くべきだ、との主張でしたね。誤解していました。失礼しました。そうするとリョコウバトは構わないのでは。けもフレ1でもトキ絶滅していますが、人が上に立っているわけではないので問題ない。リョコウバトも同じ扱いでいいのではと思います

けもフレ2における、人間動物迷惑をかける点ですが、フウチョウたちが「確かにヒトのおかげで助かったケモノもいるが、ヒトが不用意に近づいたばかりに、迷惑するケモノもいたかもしれんぞ」と明確に問いかけてるんですよね。これに対するアンサーは必要であり「テーマとして昇華していない程度の示唆」で終わらせるのは無理があります

リョコウバトとトキ比較ですが、けもフレ1のトキ場合絶滅危惧動物であること、人間によって傷つけられたことに関する言及はないわけです。一方、リョコウバトの場合絶滅を暗示する演出がいくつもあり、先のフウチョウの問いかけもあったわけです。

イルカアシカについてですが、ネットを眺めた体感では、そこまで気にされてないように思うので、これが気になるのは俺自身問題であって、そこまで気にしなくても良いかもしれません。

ただし、フウチョウの問いかけにある通り、全体的に人間動物関係性の負の面に掘り下げるならば、イルカアシカも一緒に掘り下げたほうが脚本の完成度が上がるでしょう。

イエイヌについては、あれは監督交代のいざこざ抜きでも、居心地悪いかと。

詳しくないのですがハリウッドヒーロー物では技名宣言は少ないのではないでしょうか。国内で閉じるローカルルールに縛られずによりリアル表現模索したのでしょう。

マーベルやDC映画場合叫び声でパワーアップはしないわけですが、強敵との戦いをどう盛り上げるか、逆転を、どう印象づけるかの工夫がありますフレンズセルリアンとの戦いは、あまりそうした工夫がなく、盛り上がらなかったです。それなら誰かが「野生解放!」と叫んだほうがわかりやすいでしょう。

まあファンタジー蔑称ということもないのでしょうが、多くをノリで処理すべき寓話世界観というほどには、けもフレ2は堕していないと思います

まず私の立場は「多分、脚本の穴だろうが、寓話世界観と取れないこともない」というものです。ラストバトル前の葛藤(フウチョウ)と、ラストバトル勝利ギミックビースト)という重要な部分の両方が、ファンタジーな流れで解決されるので、その印象が非常に強いんですよ。

しかし、たつき監督けもフレ2をやっていたらそのカット問題にならないわけでしょう。監督が代わるごとに構図被りに難癖つけられるなら、正解は作らない一択ですよ。俺は野生解放こそ失念していましたが、かの名シーンの存在は覚えていて、でもその被りには気づきませんでした。観客が悪意を持ってアラ捜ししていることまで計算に入れて作っていかなきゃならないなら、アニメ制作者が家に帰らない期間は年単位で増えていくでしょう。観ると決めたら、ある程度製作者を信用することは視聴者側の責任だと考えています

点が三つあると人の顔に見える、と言う話がありますが、人間は、基本的意味のないところにも意味を捜す生き物です。現実には意味のないことは幾らでもあるのですが、作劇でそういう部分を作ると、視聴者は無理矢理意味を見いだそうとし、結果、制作者にとって不本意な受け取り方をされることがある。それを避けるためには、意味・印象が散漫なシーンを作らないことです。

結局、セルリアン型フレンズにあまり意味がなく、戦闘も盛り上がっていないのが、あら探しされやすい大きな原因だと思いますフレンズ型になった意味もさほどなく、あまり怖い印象もなく、なんとなく倒されていくという(このへんは脚本だけでなくアクションシーンの問題でもあります)。

けもフレ1の集合シーンは、ここからフレンズが、それぞれの個性を生かした連係攻撃を開始するわけです。例えば、それを踏まえて、セルリアンが巧みな連携を仕掛けてきて、「これまでのセルリアンと違う! なんて強いんだ!」とすれば、そこには一つ意味が生まれます

そういった点をクリアしても、ケチつけられる可能性は否定しません。結局、最終話評価は、それまでの1~11話の評価と切り離せないものですので。視聴者に信用されるために、制作者側は信用を積み重ねる必要がありますが、そこがうまくいってないわけです。

この先奇跡的にけもフレ2の人気が反転して評価が逆転したら繰り上がって「優しい世界」になるのでしょうか。だとすると「優しい世界」は「感じが良くて人気だった」くらいの概念になってしまうでしょう。

「優しい世界」に込める意味は、人それぞれで、深く考えてない人も多いでしょう。なので、最大公約数を取れば、まさしく「感じが良くて人気だった」くらいの意味になると思います批評として使うなら、定義必要になるでしょう。

私自身が「優しい世界」という言葉を使ったのは、「素直なキャラ面白いドラマを作ること」くらいの意味です。

けもフレ2でギスギスが解禁されたことで、G・ロードランナーやフウチョウ、イエイヌなど、けもフレ1に収まりきらなかっただろうフレンズへの間口が開かれました。

スギスした作品はギスギスした作品で楽しめる人も、癒やし系作品の続編として出されると「思ったのと違う」ってなりますよね。ラーメン屋いったらサンドイッチが出てきたみたいなもんで。ギスギスを狙ったのなら、作品の出来とは別にマーケティングミスです。そういうのは事前に告知して心の準備をさせるのが良いかと。

逆に言うと、ここまでギスギスな作品だと受け取られる、とは制作側は思ってなかったんでしょうね。

論理同意できません。自由意思はどちらの選択をとっても自由ときにのみ現れるものです。

そこはおっしゃるとおりですね。書いたことに矛盾があったので書き直します。

まず、1話からのヒキである、キュルルのおうちが、見付からなかったことに、消化不良があります。次に、キュルルが「おうち」を諦めるに至る過程曖昧なので、ドラマが盛り上がりません。

キュルルが「おうち」を捜す動機として、フウチョウに対して、「そこには、僕にとって大事な、なんかすごく大切なものがあった……気がする……」と言ってるんですよね。この「大事な大切なもの」が不明なまま、おうちより仲間と言われても、とってつけた感が出ます

それがパークのどこにもなく手がかりの絵も尽きて絶望したことが示されているので

何話か見返したのですが「キュルルの手がかりの絵が尽きた」ことが描かれたシーンが見当たりませんでした。教えていただけると幸いです。

でもそうするとセンちゃんアルマーさんを入れる尺がなくなりませんか。誤解させるための設定も用意しなくちゃならない。というかイエイヌちゃん完全に救われちゃってますよね。

思いつきプロットですので、詳細まで詰めてないのはご容赦ください。作劇において、尺やバランス問題は常につきまとうので、やりたいことの優先順位を決めて整理すれば良いかと。

優先すべきものイエイヌとキュルルの関係なら、他のキャラの出番を減らして調整しますよね。逆にカラカルとキュルルが仲直りして関係性を深めるほうがメインなら、プロットが重くなりやすイエイヌでなくて、別の困ったフレンズにしたほうが、すっきりするかもしれません。

キュルルちゃんホテルで海に落下させるためにイエイヌ回で下げたのではないでしょうか。落ちたときニコニコ動画では「ざまああwwww」が連発されましたが、あれは制作の狙いだったと考えています。そして必然的落下からのフウチョウ説教・海底火山紹介に自然につながります

通常、主人公とは「こいつがどうなるか見届けたい」と視聴者に思わせて、物語ドライブする存在です。そのためには視聴者を引きつける魅力が必要になります。魅力がないと、作品を見続けるモチベーションが湧かない=つまらないとなるわけです。魅力としては「いいやつ」から「かっこいい悪」「人間欠点があるが、どこか憎めないボンクラ」まで様々です。

さてキュルルは、別に「かっこいい悪」や「憎めないボンクラキャラではなく、概ね、フレンズを助ける心優しいキャラとして描かれてたわけで、それをこういう下げ方したら、キュルル自体の魅力が損なわれ、作品自体への評価が下がります。さすがに制作者が意図してそういう風には描かないと思います

キュルルが落っこちた回でニコ動アンケートちょっと上がったのは知ってますが、主人公がそこまで嫌われてる時点で、作品としては末期症状でしょう。

しろ話の流れのメインだったのは”スケッチブック最後のページの行方”だったと思います。すべてのドラマスケッチブックに沿って展開され、最後の絵は破られていたことは最初の話で既に明らかにされていて、ホテル海上で悩むキュルルちゃんは千切られたページの跡を見つめていました。

長い時を生きてミライさん時代からパークを見守ってきたイエイヌに対してキュルルちゃんが「おうちにお帰り」を言い、逆にイエイヌ彼女から送られた絵をみて(観念的に)おかえりを言うわけです(実際に口にはしてないけど、まあ立場的に)。キュルルちゃんはそのシーンを持って本当におうちに帰った、受け入れられた。それを最後のワンカットで示すのが強い、と思うのですがいかがでしょう。

この解釈は私が気づかなかったもので、なるほど、と、思いました。

ただ、「スケッチブック最後のページの行方」がメインだったとすると、エピローグ的な部分で登場しても、もうその時点では、セルリアンは倒され、キュルルのおうち探しも終わっており、ドラマとして盛り上がらないかと。

イエイヌの「おうちへおかえり」と、キュルルの「おかえり」を重ねて、メインテーマに結末をつけたいのであれば、もうちょっとそこに重点を置いた作劇にしないと視聴者に伝わらないと思います

一般的エンタメの作劇上のセオリー評価できないというのはわかりましたが、しかしそのセオリーに従わなければいけない強い理由があるのですか。

作品の出来、不出来は、究極的には個人の好みになります。その上で、「多くの人が好む/嫌う最大公約数」というものもあります。それをまとめたのが、エンタメセオリーと呼ばれるものです。

けもフレ2の一般的評価が低い論拠として、そうしたセオリーを守れてないから、という点を指摘しているわけです。

もちろん、セオリーをぶっちぎって、面白い作品はあります。私から見る範囲で、けもフレ2に、セオリー無視したが故に面白くなってる点は見当たりませんでした。ただこれは私の意見なので、「そうではない。ここが面白い」という意見は拝聴します。

2019-04-08

anond:20190408180028

人が動物の上に立つモチーフイルカアシカイエイヌが、けもフレ1以後の「人間がいなくなってる世界」でそれを強調されることが視聴者にとって不快で、それを書くなら悲劇性や罪悪感も書くべきだ、との主張でしたね。誤解していました。失礼しました。そうするとリョコウバトは構わないのでは。けもフレ1でもトキ絶滅していますが、人が上に立っているわけではないので問題ない。リョコウバトも同じ扱いでいいのではと思いますしかけもフレ1でカフェを訪れるフレンズは別の鳥でも良かったわけで、トキ選択されたのは何らかの意図があるでしょう。以前に書いたような「テーマとして昇華していない程度の示唆」でとどめても善いのではと思います不快になるまで強調されるならドラマに絡めて決着を付けるべきだということですね。ならばイルカアシカイエイヌでそこまで不快になるということ自体製作者の想定外なのではないでしょうか。俺もグロテスクさは感じましたが話が入ってこないほどは気にならなかったです。「そこに居心地の悪さを感じるのは当たり前」とおっしゃいましたが、監督交代のいざこざ抜きでもそう言えると断言できますか。

ヒーローがなんか技名叫んでパワーアップ」は、戦隊ものでもプリキュアでもアンパンマンでもあるので、そうそう引っかからない

これまでそういう表現が主流だったというだけです。戦闘ときに技名を叫ぶのはフィクション的です。攻撃タイミングがバレてしまうし、叫びに使うエネルギーを拳の乗せろよ、です。詳しくないのですがハリウッドヒーロー物では技名宣言は少ないのではないでしょうか。国内で閉じるローカルルールに縛られずによりリアル表現模索したのでしょう。「サーバルの目が光ると、ビーストも同じように目が光るカットがあるので、『同じ系統のパワー』に見えるんですよね。」とのことですが、同じ系統でよいと思います。常時強制的に野生部分が開放されているのがビーストだと俺は捉えてます

私の意見は「内面世界の外への進出自体は、多くの作品共通する、いわゆる「盛り上がる」部分です。ただ、その進出の仕方に、世界現実の仕組みに矛盾しない理屈がある場合と、理屈なしでイメージが直結する場合がある。ケムリクサは前者で、けもフレ2は、後者のように見えるという話です。

俺はケムリクサの最終話での細かいつじつま合わせに納得していません。「盛り上がり」とはリンが赤い木に対峙するシーンからですよね。ケムリクサでは草周りが特に緻密に組んであるので引っかかっているのかもしれませんが、矛盾していてノリで処理するの範疇に入っていますけもフレ2でのキュルルちゃん葛藤は「盛り上がる」部分ということでいいですね。とすると問題はフウチョウよりむしろ吹っ切れた後にタイミングよく飛んでくるビーストのような気がしますが… ただそこに至るまでに作品評価は決してしまっていたし、葛藤をフウチョウという便利な舞台装置で処理したところで全体がファンタジーということにはならないのでは。むしろケムリクサは柔軟性のあるギミックやしがらみのないプレーン舞台を用意していることで矛盾をでなくしているように思います。まあファンタジー蔑称ということもないのでしょうが、多くをノリで処理すべき寓話世界観というほどには、けもフレ2は堕していないと思います

1と2の共通するクライマックス部分で、似た構図の印象的なカットを出して、共通性を感じないわけがないです。そこは制作者は気づくべきです。

しかし、たつき監督けもフレ2をやっていたらそのカット問題にならないわけでしょう。監督が代わるごとに構図被りに難癖つけられるなら、正解は作らない一択ですよ。俺は野生解放こそ失念していましたが、かの名シーンの存在は覚えていて、でもその被りには気づきませんでした。観客が悪意を持ってアラ捜ししていることまで計算に入れて作っていかなきゃならないなら、アニメ制作者が家に帰らない期間は年単位で増えていくでしょう。観ると決めたら、ある程度製作者を信用することは視聴者側の責任だと考えています

視聴者視点では行動が横暴に見える」のであれば、それは「優しい世界」「癒やしとしての芸術表現」として失敗してるのではないかと思います。...(中略)...「優しい世界」というのは、面白かった作品への誉め言葉として使われているように思えます

この先奇跡的にけもフレ2の人気が反転して評価が逆転したら繰り上がって「優しい世界」になるのでしょうか。だとすると「優しい世界」は「感じが良くて人気だった」くらいの概念になってしまうでしょう。批評文脈でそのようなものを論じるのは意味がないのでは。作品制作において(俺は関係ないですが)、優しい世界を目指すというのは単に売れるよう頑張る以上のものであって、今のところは曖昧ですが、これから更に研究していく必要があるほど奥の深い領域だと考えていますけもフレ2でギスギスが解禁されたことで、G・ロードランナーやフウチョウ、イエイヌなど、けもフレ1に収まりきらなかっただろうフレンズへの間口が開かれました。そこはメリットだったのですが他方優しい世界性は減じてしまったということです。スピリットは二作品継承されましたが、休日リピートして癒やされるのはやっぱり一期ですよね。

話が前後して申し訳ないのですが、作劇論について…

ドラマとして盛り上がる重要ポイントで誤解を与えてはいけない

なるほどこれまで俺は不備を、設定の矛盾のようなものに絞っていましたが、重く捉えてらっしゃるのはプロット上の未消化や演出上の目論見の失敗、などですね。この方面は完全に素人なのですが、胸をお借りするつもりで議論に足を踏み込ませていただきます

「おうち探し」がテーマで、「仲間と一緒のここがおうちだった」に落とすためには、通常、「おうちは見つかったが、その上で、仲間と一緒にいることを選ぶ」というプロットします。そうしたほうが「自分意志で選んだ」感が出るからです。「おうち」が見付かったけど、廃墟だったとか、「おうち」側から同胞と認められなかったとかでショックを受けて、その後、決心するとかが基本パターンですね。そこが全くないので響かないんですよね。

論理同意できません。自由意思はどちらの選択をとっても自由ときにのみ現れるものです。事実上その選択しかないのにそれを選ぶのを決心するのは意思ではなくて屈服ですよ。敗北したのではなく自分で選んだと言い聞かせるために自分発破をかけているわけでしょう。けもフレ2のキュルルちゃんは諦める必要がないときに諦めの決断をしているので、そこに確かに彼女自由意志があると判るはずです。響くか響かないかは決意の重さを事前に示しているかでしょう。リリの「会えないのはもっと嫌だ!」は赤い木を生み出した(観念的な)責任彼女にあるし、あそこで「好きに生きて」などいわれて逃されて、わかりました楽しく生きますは納得感が全く無いので、戦線復帰が可能だとわかった時点で行動は一択なわけです。でもワカバとの日々でお化けになることを怖がったり、ワカバが倒れるのを心配したりしていたので、彼女自身が消えることの怖ろしさは十分に示されてる。それでも積極的に行くところに決意の強さが見て取れるわけですよね。キュルルちゃんはそれまで三人でおうちを探して旅をしてきて最後に、それがパークのどこにもなく手がかりの絵も尽きて絶望したことが示されているので、諦めるということがそれなりに重い決定であることは判っているわけです。それで充分だとは思いますが、まあ死ぬほどの重みではない。先々週にリリの決断をみているのでそこからすると見劣るのは否定できないです。

増田さんのプロット案は面白いですね… そっちのバリエーションも観たかたかも(実はプロの人なの?)。

最初イエイヌが、キュルルを、去って行った飼い主と完全に誤解している。キュルルや他のフレンズの助けで、イエイヌが元の飼い主のことをきちんと思い出す。その時、元の飼い主がイエイヌと別れた時に、安易に捨てたわけではなかったことがわかる。キュルルはイエイヌの寂しさを受け止めつつも、今の自分に出来ることはないので、別れる。一人のイエイヌの家に、他のフレンズが遊びに来る、などとします。

でもそうするとセンちゃんアルマーさんを入れる尺がなくなりませんか。誤解させるための設定も用意しなくちゃならない。というかイエイヌちゃん完全に救われちゃってますよね。このときのキュルルちゃんが横暴に見える、とまでは俺は思っていませんが、視聴者の多くはそう捉えたようです。おかしいと思わない人はサイコパスとまで言われていました。素人考えなんですけど、あそこでキュルルちゃんが(観点的な)非道を働いてしまうことには狙いがあったのではと思いますお話の上でキャラクターが何らかのミス悪事を働いて被害を作ってしまった場合、それに悪意がなくても、天災的な事故観念的な罰を受ける。視聴者の溜飲を下ろすためなのか、そういう処遇はよくあると思います。でないと消えざるを得なかったリリ・ワカバがただひたすら不遇ということになってしまう。キュルルちゃんホテルで海に落下させるためにイエイヌ回で下げたのではないでしょうか。落ちたときニコニコ動画では「ざまああwwww」が連発されましたが、あれは制作の狙いだったと考えています。そして必然的落下からのフウチョウ説教・海底火山紹介に自然につながります

肩すかしなのは、キュルルちゃん出自と、最終話に至るドラマキャラ動機等が、特に関連しなかったからです。キュルルちゃんがキュルルちゃん本人のフレンズで、疑似不老不死だったことを眼目とするなら、それが何かと絡む必要があります

キュルルちゃん疑似不老不死説は俺の自説で、そこまでの確証はないことは一応留意してください。むしろ話の流れのメインだったのは”スケッチブック最後のページの行方”だったと思います。すべてのドラマスケッチブックに沿って展開され、最後の絵は破られていたことは最初の話で既に明らかにされていて、ホテル海上で悩むキュルルちゃんは千切られたページの跡を見つめていました。長い時を生きてミライさん時代からパークを見守ってきたイエイヌに対してキュルルちゃんが「おうちにお帰り」を言い、逆にイエイヌ彼女から送られた絵をみて(観念的に)おかえりを言うわけです(実際に口にはしてないけど、まあ立場的に)。キュルルちゃんはそのシーンを持って本当におうちに帰った、受け入れられた。それを最後のワンカットで示すのが強い、と思うのですがいかがでしょう。

通常、作品における伏線・回収は、プロット重要なメインの部分についてやるものだと思います

一般的エンタメの作劇上のセオリー評価できないというのはわかりましたが、しかしそのセオリーに従わなければいけない強い理由があるのですか。不勉強ながら俺はそれを知らなかったし、多くのファンも同じではないでしょうか。視聴者には考察班的に楽しむ人もいるし、癒やし目的カジュアルに流し見る人もいるでしょう。教科書的な表現から逸脱することで芸術進歩してきたのではないですか。

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