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はてなキーワード: 伝統文化とは

2021-08-04

anond:20210804011826

あの人も長いよね

私は声が苦手だから見てないけど、顔見ると懐かしい気持ちには確かになるかな

伝統文化ってやつだよねこれも

2021-05-06

anond:20210504195928

友達の女もこの作品嫌ってたなぁ 

 

何が嫌いか当ててやるよ

伝統文化に名を借りた古い恋愛規範結婚観がテーマにある作品

その抑圧的な社会構造肯定的(作者のフェティッシズム、個人的趣味あいまって)

に描いてるからだろ?

 

まあ今の時代ウケる題材ではないな

JK家に住まわせる系ラノベ好きオッサンが、女気分でチクニーしながら読んでる作品

って感想

2021-04-14

anond:20210413091912

日本の古くから伝統文化でそういわないといけないことが決まっている

2021-03-30

オタクリベラルうんざりするよ

他人の大切にしてるもの尊重しろ

萌え萌えエロ絵にも平等表現の自由

と、オタクは我々に他者尊重押し付け文化相対主義を我々に押し付けリベラル、つまり自由押し付けてくる。

少しでもエロ絵をキモいと叩けば、批判が大殺到

オタクキモイといえば差別レイシストだと市井の人間にポリティカルコレクト発言を求めてくる。

まさにポリコレファシズムとはオタクのことだ。

 

萌え萌えエロ絵は、公共良俗に違反し、公益性がない、まさに百害あって一利なしのものである。それを、相対化して認めろというのは暴力ではないか日本には、古くから、それこそアニメなんかよりもずっと前から挙動不審おかしものに執着するいい歳の独身は気色悪いという文化がある。こういった伝統文化尊重せずに、自らの文化尊重せよというのは矛盾している。

さらに、家父長制という日本伝統的な考え方によって考えても、オタクいくら萌え萌えエロ絵を大事に思っていたとしても、萌え萌えエロ絵好きは卒業するのが本人のためであると言える。妻子を養い家を維持するという伝統義務邪魔となる萌え萌え絵を愛好すべきでない。間違えないで欲しいのは、これは”あなたのために言ってあげている”言葉である。けして、攻撃しているなどと思い込んで、フェミニストのように反発するのはやめていただきたい。

我々は今、オタクとなのるリベラルの一派による激しい攻撃を受けている。日本伝統を守るためにもこうした悪とは戦わねばなるまい。

2021-03-23

anond:20210323022149

村八分は、

協調性の無い構成員

同調圧力排除する

ジャップ伝統文化

黒人差別は、奴隷船で

他国から連れてきた他人種

労働者 (元奴隷) を肌の色で迫害

したこと

俺は、アイヌ差別は前者だと

言っているだけなんだよ

文句があるなら

これに反論をしてくれ、

独り言じゃなくてな (笑)

2021-03-22

anond:20210322182304

付き合ってあげましょう。正直、圧勝過ぎてつまらないのですが

アメリカ黒人差別に擬えて、アイヌ差別と言われているものは、ジャップ伝統文化だと


あなたがいう「ジャップ伝統文化」が何を指しているのかが一切説明されていません。ジャップ伝統文化とは具体的に何を意味しますか?

わかるかっていいますが、そもそもあなたの頭の中にしかない概念をどう理解すれば良いんでしょうか?

まず相手に分かる話をして、それを相手質問してきたら答える。そこでしょう?

相手がわからないことを「逃げ」と打って自分が勝ってると思いこむのは、浅はかです。

さて質問です。その伝統文化とはなんですか?

anond:20210322153821

お前は、ただ言いがかり

つけたいだけになっているぞ?

アイヌ末裔

アメリカ黒人差別に擬えて

アイヌ差別と言われているもの

は、ジャップ伝統文化だと

俺は言っているのだ?

まずここ、理解できるか?

2021-02-28

続・ツイフェミを観察して大まかな生態が分かってきたので記したい。

ツイフェミを観察して大まかな生態が分かってきたので記したい。

https://anond.hatelabo.jp/20210223230157

上記を書いた増田だ。変な意味反響を頂いたので続編を記したいと思う。

まずは前回ありきの内容なので上記をまだ読んでない人は先に読んで欲しい。


4.洋画ツイフェミ

映画というフィルターを何十層もかかりまくったコンテンツに触れる事で海外を知ったような気分になり

そんな私は先進的だと錯覚してしまう生態がいる。それが洋画ツイフェミである

この生態は海外が生みだしたコンテンツ妄信してしまう傾向が強いように思える。(洋ドラマと韓国映画ドラマも含む)

ハリウッド映画ポリコレ的にもLGBT的にも配慮するようになってきたのは事実ではあるが(とはいえエンドゲーム女性ヒーローだけいきなり集まるシーンは不自然だったと個人的に思う)

それはあくまでも映画内の話であって現実ではまだまだ差別偏見が強く蔓延っているのは海外ニュースを見ていれば痛感するはずだ。

それでも洋画だけ見てその現実直視せず海外先進的だと思い込み、このまま日本は遅れており家父長制だとかホモソだとかの批判を始めてしまう。

これは昔から海外留学滞在して「これだから日本は・・・」と帰国してから言い出す症候群のようなものでもはや伝統文化でもあるが

ずっと日本にいて海外に行った事ないのに洋画だけ見てコレダカラ日本症候群を患ってしまうのはちょっと落ち着いて欲しいとは思う。

邦画も嗜む人もいるが基本的邦画女性搾取する要素が多いと(そう思い込んでいて)見下しているのだが

こないだ「テネット」という映画が公開され、俺も観に行ったのだが下手に口するとネタバレになるので超大雑把に言うと悪党家庭内DVを振るっている場面があった。

これに関して洋画ツイフェミはどう反応したのかというとスルーなのであるスルーした上でテネット出演者画像gifをペタペタ張り付けて尊い…と言って終わりである

映画好きな人はなんで画像はともかくgifを貼りたがるんだろう?と思いつつ、映画の中でも都合の悪い現実は見ないのだろうかと思い知らされた。

あと女性蔑視に対してはとても敏感なのに映画の中で男性が辛い目にあったり、男性ではならの苦悩に苛まれているシーンに対して「苦しんでいる姿が素敵…」とウットリするのは何とも謎である

鍛えている男優は多いのでムキムキだと「雄っぱいありがたや…(合掌マーク)」と、もし男が女優おっぱいありがたや…と言ったら叩くよねそれ?と先進的でありながら性欲に介しては後進的なのも謎である

ハリウッド業界活躍する俳優実力主義世界で勝ち取り、ルックスキャリアも素晴らしく自立した人間として完璧でこれ以上のない理想像であるのは間違いない。

しかしその理想像はその俳優の頑張りであってあなたの頑張りではないのだ。それにおんぶ抱っこするのは俳優に対して失礼でもあり

自分を成長する機会も見失ってしまうので俳優画像を張り付けて満足して終わらないようにしてみてはどうだろうか。


5.風俗嬢ツイフェミ

正直言うと難しいのである。どう難しいかと言うと彼女らは間違いなく性的に消費されている立場なのだ

事情が本当に一人一人違うので「わかっててその道を選んだよね?」なんて言葉は言えないのである

自業自得な人もいれば本当に運がなくてこの道を選んでしまった人もいるからだ。

商売とはいえ客を選べないのが辛い所で様々な男性の嫌な面を見てきて男性嫌悪悪化してしまうケースは少なくない。

そこは同情もするのだが男性嫌悪が行き過ぎて客からLINETwitter晒し上げたり客からプレゼントをそのまま売ってレシートを公開するのは

ストレス発散として多少考慮する所はあるとはいえ、それをTwitter上で行えて特に批難されないというのは女性特権行使しているともいえる。

から指定が来るまでは待機なのでその間にスマホ触る時間が多いからかTwitter上ではとにかく男性嫌悪フェミニスト的なツイートRTしまくってるのだが

正直これもストレス発散であり、思想としてそこまで強い拘りがあるわけでもなくただ男性を叩くツイートフリスクを食べる感覚RTしているだけのように思える。

男性嫌悪しながらその男性を性的奉仕するという矛盾精神衛生上よろしくないのは間違いはないし本人の為にもならない。

金銭的に困っていなければ風俗引退して一人の人間として見てくれる相手を探して欲しいのだが、結局ホストに走ってしまう。


6.エコーチェンバー系ツイフェミ

エコーチェンバーについてはググって調べて欲しい。もし俺の口から説明したら矛盾するからだ。

俺が最初出会ったツイフェミであり、俺がツイフェミを観察しようと思ったきっかけでもある。

そしてTwitterにいるツイフェミの大半はこれなんじゃないかと俺は思う。

恐らく最初は軽い気持ちフェミニスト関係の人をフォローたかRTしてきっかけを持ったに過ぎないと思う。

しかしその最初フォローしたフェミニストが発信する情報の中に別のフェミニストがいてそれに関心を持ち始め、またフォローしていく。

そうして連鎖的に増えて行ってついにはフォローしているフェミニストの割合が3割超えた辺りから、その人はツイフェミと化してしまうのだ。

最初フェミニストに関心もなかったし、趣味の事で話せたらと始めたはずのTwitterだったのに気が付けばツイフェミと変わり果ててしまった人は少なくはない。

実を言うとこれは他人事ではない。身内が陰謀論に目覚めたとか、反ワクチンアメリカ大統領選挙不正などを信仰してしまうように

ネットに触れる事で変わり果ててしまう人は昔から存在しており、今もなお増加しているのだ。

ここで勘違いして欲しくないのがフェミニズムを陰謀論と同じ扱いにしているのではない。情報が偏り過ぎてバイアスが起きてしまっていることに対して警鐘を鳴らしているのである

ここから個人的な話になるのだが上記の話は俺のフォロワーでもあった人の経過でもある。最初趣味を通して知り合ったはずなのだ

気が付けば彼女はツイフェミに変わり果ててしまった。彼女はようやく本当の自分になれた気がしたと呟いたが、趣味を楽しんでいた時が一番貴方しかったと思う。

趣味の呟き頻度は少なくなり毎日男性に対する攻撃ツイートRTが続いていき、ついに俺はブロック解除してしまった。彼女は悪くはない。

そうして最初リストにひっそりといれ、少しずつ増やしていったのが俺の観察の始まりだ。


ひとまずはこれで記すのは以上にしたいと思う。

リストの中でもツイフェミから離れて自分らしさを取り戻せた人はたまにいて

その時はリストから解除しているようにしている。

未だに1番目にいる彼女リストから解除できる日が来る事を祈って、これにて終わりにしたいと思う。

良きTwitterライフを。

2021-02-16

anond:20210216171808

インドネシア人に失礼

彼らは中には先祖代々の狩猟技術とか保持してたりそれで暮らしてたりと

伝統文化とかアナログのものを大切にしてるだろ?

日本人未来志向は嫌いで変化は面倒だから、でも伝統文化とかを守る気はないってのばっかじゃん

変化を嫌うならアナログ利活用するとかするのが普通なのに

それさえしない

正直土人以下

金にもならないしバカにされても海外技術キャッチアップして追ってる増田の方がよっぽど尊敬できると思う

2020-12-30

anond:20201230204555

1.餅窒息といい、伝統文化における病気スルーされる傾向

2.みんな飽きた

2020-12-27

英国人日本文化論が「正しすぎる」「ぐぅの音も出ない」と話題

英国人日本文化論が「正しすぎる」「ぐぅの音も出ない」と話題

https://withnews.jp/article/f0150507002qq000000000000000G0010701qq000011716A

 そもそも伝統伝統になる前は、ちゃんビジネスになっていたはずなんです。消費者意向を探り、自ら変わり続けた。だから伝統になれた。着物が存続するためには、真っ当なビジネスにするしかありません。もっと価格を下げて、手に取りやす着物を増やす取り組みが、最低限必要だと思います

その通りだと思う。

伝統文化を広く大衆に売り込んでいく、手が出しやすくする努力はやっぱり必要だと思った。

寿司だってスーパーの安い寿司、高級寿司もあるし。

パソコンだってハイスペックから手ごろな値段のものがあるしね。

2020-11-08

anond:20201108121917

しろ上の三つは女らしさロールを内面化した人向けで、それがホモソの中から日本近代文化的婦人」ロールを理解しない近頃の若者に怒ってるイメージ

舞台や筋書きも明治大正期の日本発展途上国侵略したり国内インフラ近代化したりしていた時期に、伝統文化の中で突然発生した異常にオープン教育水準が高い人物近代文明と融和する内容が多い

作者がどういう意図で描いてるかは知らないけど極右的な何かにこじつけて論じることはできそう

2020-11-07

anond:20201107191312

そうしたらアンチフェミの半分がフェミになる。伝統文化というのはそうやって築かれる

2020-08-27

コロナウイルスがもたらす日本人文学危機

コロナ人文学ヤバい

といっても哲学とかそういうのじゃなく、歴史学とかがヤバい

もうちょっと言うと、日本史とか日本文学とかはぜんぜん大丈夫なんだが、西洋史とか東洋史とか、要するに外国のことを調べる学問ヤバい

今はまだ大丈夫だけど、じきに破綻する。

なぜかといえば非常に単純な話で、研究を進める上で必要資料アクセスできないからだ。

歴史学根本は、オリジナル資料(=一次史料)にあたることにある。一次史料には色々な形態があるわけだが、歴史上の出来事の背景とかを実証的に調べようと思ったら、公文書館にある史料を使うことが不可欠だ。

そして公文書館というのは行政機関なので、日本国立公文書館外務省外交史料館東京にあるように、あるいはイギリス国立公文書館キューにありアメリカ国立公文書記録管理局ワシントンDCにあるように、当然ながらそれを管轄している国や地方自治体に設置されている。

そう、公文書館に行けないである

コロナが2~3年で過ぎ去り、その後はすべてが元通りになるなら、その数年を耐え忍べばいい。数年が過ぎればまたヨーロッパなり世界の他の国なりに行けるようになる。当然、歴史学も元通りだ!

でも残念ながら、中東諸国の割安の航空券ヨーロッパ渡航できる日々は、もう戻ってはこないかもしれない。航空券が割高になるだけではなく、全世界的に航空産業が縮小し、これまでであれば容易にアクセスできていた史料アクセスできなくなるかもしれない。

明治維新以降、政府が雇ったお雇い外国人たちによって、ランケに始まる近代歴史学日本に持ち込まれた。だが初期の日本歴史学はあまりにお粗末なものだった――現在の水準からすれば。

オリジナル史料を見ずに、西洋人の書いた歴史書を読んでそれを日本語で紹介して論文を書き、吾は教授でございと偉そうな顔をしている。英語フランス語ドイツ語の文献だけを読んでヨーロッパ史全体を講じるなんていう無謀なことが平気でまかり通っていた。

けれど、そのような稚拙な「論文」も必要だったのだ。日本歴史学が独り立ちするためには。

やがて、それらの先人たちの業績を踏み台にして、きちんと史料集(=オリジナル史料を集めてまとめた本)にあたって論文を書く人や、英仏独だけではない色々なマイナー言語習得して研究する人が増えてくる。そして、交通技術の発展に伴って海外旅行安価になるにつれ、国外文書館アクセスして論文を書く人が増え、英仏独以外の言語を学ぶ人が増え、留学して現地で学位を取る人も増え、日本歴史学レベルはどんどん上がっていった。

2000年代から2010年代にかけての日本歴史学界で生み出された外国研究レベルの高さは誇るに値する。もはや横のものを縦にしただけではまともな論文とは見做され得ない。現地の言語を読めることが最低条件で、その上でどのようにオリジナル面白い研究成果を積み上げるか。多くの研究者たちが競うように優れた論文や著書を生み出してきた。

そこをCOVID-19パンデミックが直撃したのだ。

留学の予定も史料収集計画も、すべてが白紙になってしまった。

分野によって違うと思うが、外国史を学ぶ者は多くの場合修士課程博士課程で留学をする。これは現地で史料収集したり、現地で言葉勉強したり、現地の研究者と触れ合ったりするきわめて重要プロセスで、修士卒ならともかく博士号を獲ろうと思うなら避けては通れない。多くの研究者はだいたい1年から3年くらいの留学を経て、外国歴史に興味がある若者から若手の歴史研究者へと成長する。

COVID-19直撃世代は、この留学経験を持てない。彼らは外国研究者として足腰を鍛える機会を奪われることになる。

2~3年でコロナ禍が終熄するなら、この世代が数年間のハンデを背負うだけで済む(たとえば、留学することな博士課程の年限が来てしまったとか、在学を引き伸ばす羽目になり学費が余計にかかったり就職市場に参入するのが遅れたとか、せっかく学振DCを取ったのに海外調査をすることな任期が過ぎてしまったとか、そういう悲劇が量産されることだろう――外国研究者は学振研究費のかなりの割合出張費に充てている)。

けれど、コロナ禍が終熄しなかったら、あるいは終熄後に海外調査ハードルものすごく高くなってしまっていたら、日本外国研究は大きな打撃を受けるだろう。

そりゃ、留学終えてる組は今すぐに困るってことはない。彼らはもう現地語ペラペラだし、これまでの現地滞在史料たっぷり集めてるだろうから、当面はそれを消化しながら外国研究者とオンライン会議すればいい。

でも、これから留学しようとする人たちは、現地に長期滞在して外国能力を鍛える機会を奪われ、史料を集めることもできず、中途半端研究能力しか持てないままに博士課程を終えざるを得ないことになる。

もちろん、先行世代よりマシな点もある。デジタルアーカイブの発展によって、従来は現地の図書館に行かないと見られなかった古書や古新聞が自宅にいながらにして読めるようになった。中には所蔵している史料ウェブで見せてくれる親切な公文書館もある。外国雑誌だってオンラインで入手できるし、何なら研究書をkindleで読んだっていい。そういえば友達ドイツ語学術書kindle版で引用していた。

から研究の水準が明治時代に戻るということには、おそらくならない。

ただし、その方向性限定される。

どのような種類の史料必要かは、結局研究テーマに左右されるのだ。もしも「ドイツにおける日本人のイメージ歴史」を調べたかったら、古書や古新聞を徹底的に調べればそれでいい。けれど、「1960年代における西ドイツ政策決定過程」みたいなテーマを扱おうと思ったら、公文書館史料を見なければお話にならない。

現代日本で考えてみればよくわかる。「安倍首相メディアでどう扱われているか」と「安倍内閣の内側ではどんなふうに物事が決められているか」とでは、立論に使うべき資料全然違う。前者は新聞ネットを見ればそれでいいが、後者情報公開請求必要だし、『朝日新聞』や『週刊文春』だけを見て後者を論じたら手抜きだと謗られるだろう。

そして歴史学とは「昔のことなら何でも扱う学問」であり、内部には表象を論じる研究から外交政策を調べる研究者まで色々いるのだが、後者のような人たち――つまり研究のために文書館史料必要とする人たち――の研究はずいぶんやりにくくなるだろう。外国研究において、思想史文化史古代史の割合が高くなるかもしれない。

(いやでも、ガチ思想史文化史をやろうと思ったら文書館史料を見ないといけない局面も割と出てくるので、思想史なら文書館行かなくてもいいでしょ、という話にはならないんだよな……明治時代知識人留学先の国に出かけてその国の文書館史料使って明治期の思想についての本書いた人とかいからな……逆にある程度昔の外交史だと関係する史料ほとんど翻刻されてたりするし……)

逆に、先行世代よりも悲惨な点は何か。

それは研究レベルが上がってしまたことだ。

ネット上で読める範囲古書や古新聞だけを史料として使って「18世紀におけるドイツ諸邦の外交」みたいな研究をまとめたとして、明治時代ならこんな多くの一次史料を使うなんて素晴らしい研究だと大絶賛され東京帝大の教授になれるかもしれない。でも現代では、研究レベルが上がってしまった現代では、「新聞しか見てないじゃん。文書館史料使ったの? え? 使ってない? レベルいね」と一蹴されてしまう。論文英訳なり独訳なりして海外ジャーナル投稿しても、それなりのレベル雑誌からは軒並み落とされるだろう(というか、国内でも有力学術誌の査読を通過できるとは思えない)

ふんだんに文書館史料を使う質の高い研究に慣らされてしまったら、今更横のものを縦にすれば教授になれていた時代研究水準には戻れないのだ。

ハードルを下げる?

外国最先端研究成果がワンクリックで手に入るこの時代に?

つい去年まで史料調査のために渡航するのが当たり前で、今アラサー以上の人たちは研究水準が高かった時代を身を持って知っているのに?

コロナ禍の影響が数年で収まるのなら、業績の不足で苦しむのは直撃世代だけで済む。だが、もしもコロナ禍の後遺症が何十年も続くのであれば、外国史を研究する歴史家たちは困難な撤退戦を強いられることになるだろう。

それはより史料入手の容易なテーマへの撤退戦であるかもしれないし(政治史ハードルが高いから、表象歴史とかを研究しよう)、より史料入手の容易な国への撤退戦であるかもしれない(○○国と比べて××国の方がデジタルアーカイブが充実してるから、○○史じゃなくて××史をやろう)。

ともかく、これまで日本歴史学が積み上げてきた多様性は、徐々に失われていくことになるだろう。

日本外国研究にとって、冬の時代が迫っているのかもしれない。

まあそうは言っても史料さえどうにかなれば研究はできるので文化人類学記述言語学よりはまだマシ。これらの学問では現地に長期間滞在して現地人の間に分け入って調査する必要があるので、現在レベル渡航制限が長続きすると文字通り危機に瀕する。これらの分野では伝統的に外国に関する研究が盛んで、オセアニア島国アフリカの奥地で調査してきた日本人が何人もいるのだ。今後、外国舞台にした文化人類学記述言語学は消滅し、国内対象として細々と生き延びるほかなくなるのかもしれない……

(まあ、国内伝統文化方言を保存するために、一度外国文化言語記述するのに使っているエネルギーを全部日本に関する研究に注ぎ込むのもアリかもしれない……でもCOVID-19で次々と伝統的なお祭りやら寄り合いやらが中止になっているし、うかつに都会の大学修行する若手研究者が離島山村に出かけてお年寄りのインフォーマントと接触するのもはばかられるよなぁ……)

ブコメにお返事

日本だけの問題では無さそうなのでよりデジタル化したりオンラインで閲覧する仕組みが出来そうだけど

デジタルアーカイブの発達はうながされるだろうけど、そんなに急速には進展しないだろう。それには2つの理由がある。

第1に、単純にデジタル化はすごい大変なのだマトモな国なら行政の作った公文書は破棄されずに何十年にもわたって保管されているのが普通で、それらすべてをデジタル化するのは労力がかかるというのは納得してもらえると思う(国だけじゃなく地方自治体にもその自治体公文書集める公文書館があったりするからね。連邦制の国だと連邦レベル・州レベル・市レベル文書館が別々に設置されていたり)。優先順位をつけてやっていくほかないけど(「まずは外交関係公文書を先にデジタル化しよう。環境保護関係は後回しだ」)、優先順位の低いテーマ研究しようと思ったらそれでは困る。

第2に、困るのは外国研究者だけで、本国研究者はそんなに困らないのだ。

日本人がイギリスドイツ調査に行けなくなっても、イギリス人やドイツ人の歴史家は何も困らない。彼らは渡航制限など気にせず自国にある公文書館アクセスできる。これは日本のことを研究する日本人の歴史家にとっても同じだ。仮に外務省外交史料館から外国研究者の姿が消えたとして、いったい日本研究者になんの不都合があるのだろう?

(ここでは「外国人」と書いたが、厳密には、外国拠点を置く研究者と言った方がいいだろう。日本大学で教鞭を執っている中国人日本史研究者はなんにも困らない。逆にうっかり日本学の専門家として英米大学就職しちゃった日本研究者は大変だ。また、日本研究する歴史家がなにも困らないというわけではない。日米関係歴史研究しようと思ったら当然アメリカに行かなければいけないし、国内政治だけを研究する場合であっても、日本政府公文書管理がザルすぎるせいで重要史料日本じゃなくアメリカにあるみたいな状況もありえるので……)

まり世界的に、自国研究する研究者にとってはあんまり困らないが、外国研究する研究者はめちゃくちゃ困る、という状況が訪れると思われる。外国研究者への配慮が、果たして自国公的施設デジタル化への強い圧力となるだろうか? 正直疑問だ。

資料を集めたり読んだりするのはその国の研究者に依頼する、というのはダメなの?現地に行く必要性がよくわからなかっった。

第1に、それ本国研究者に何のメリットがあるの? お金を払ってやってもらうとして、その人件費渡航費よりも安上がりだとはとても思えないんだけど…

第2に、史料の山に埋もれて色々探していく中でお目当ての史料を見つけるコツとか時代ごとの史料の特徴を見分ける目とか崩し字の読み方とかそういった歴史家としての技倆が養われるので、単純に他人に任せればよいという話ではない(「時代ごとの公文書形式の違い」みたいなのも当然論文テーマになるけど、これ書くためにどのくらいの史料読む必要があると思う?)。

ていうか、なんか勘違いされてるフシがあるけど、読んだ史料が全部研究に使えるわけじゃないからね。目録面白そうな史料があったか地方文書館に足を運んで閲覧してみたけど期待ハズレで全然使えませんでした、とか、膨大な史料の山を探しまわってようやく使えそうな史料の一群を見つけました、とか、何気なくパラパラめくってた史料の片隅にさり気なく重大なことが書いてありました、とか、そういうのあるあるなので。お目当ての史料だけ外人コピーしてもらえばいいじゃん! なんて夢物語しかない。

第3に、そもそも論としてなんで自分研究オリジナリティの源泉たる史料の入手を現地人任せにするのか。現地の文書館に通って現地人がちっとも注目してないけど重要史料を発掘したなんてこともあるわけだけど、そんな史料を現地の研究者にコピーさせられるわけないだろ、常識的に考えて……論文で発表するまで史料存在をひた隠しにするわ……(現地人が自力でたどり着く分には止められないけど、わざわざここにこんな重要史料がありますと教えてさしあげる必要はどこにもない)

日本史であっても一次史料海外にある日本キリシタン史では、史料アクセスハードルが以前から言及されていたのを思い出した。

なおアジアアフリカの旧植民地ではそういう状況がデフォルトの模様。日本史研究する日本人の歴史家は日本国内研究を完結させられる余地があるけど、インドネシア史を研究するインドネシア人の歴史家がオランダに行けませんとか、インド史を研究するインド人の歴史家がイギリス(ryとか、台湾史を研究する台湾人の歴史家が日本(ryとか、そういうのはマジで研究に支障が出るよなあ……

そもそも論だが、「日本人が」イギリス政治史とかドイツ経済史とかを研究する意義が不明。「現地の研究者に任せる」だと何故駄目なのか?

それな! ぜひ同じことをドナルド・キーンロナルド・ドーアケネス・ポメランツイアン・ニッシュJ・ヴィクター・コシュマンブレット・ウォーカーにも言ってきて!

2020-08-21

anond:20200821215039

京都の禅寺で修行体験したけど結構マジだった

2000くらいで泊まりで二食くらいついたか

フランス人のおねーちゃん座禅くんだよ

伝統文化楽しむと良いよ。まあコロナで中止中かもだけど。

anond:20200821214630

伝統文化方面は興味ない? せっかく京都が近いのだから行ってみたら

2020-06-30

伝統文化なんて国が保護しなくていい

勿論わざわざ破壊する必要もないが、税金を使って保護する必要はない

必要がないから廃れるわけだから

2020-06-24

anond:20200624121600

労働力としてみれば負債だし、貯蓄優先で経済を回さないって意味でも負債だし、ニュースで取り上げられる老害負債だし、免許返納しない暴走老人負債だけど、伝統文化とか戦争語り部とか技術職人とか旧言語ITエンジニアとか、各分野のエキスパート高齢者死滅すると失うものも多い。

2020-06-20

表現の自由戦士自民党を支持するのは当然

よく「表現の自由戦士表現規制をする自民党を支持するのはおかしい」と言われるが、戦士の一人としてはっきり言っておきたいことがある。

貴様らは我々表現の自由戦士の奥深い戦略性をまるで理解していない。一から教えてやるからしっかり聞け。


本当に欲しいのは自由ではなく特権

ひかえめに言って我々表現の自由戦士キモオタクが非常に多い。ほとんどの者がアニメ漫画アイドルをはじめとするサブカルチャー文化を好んでいる。

かつてこれらの趣味はただ嗜んでいるだけでも侮蔑対象となり、中堅のスクールカーストを維持していた者もひとたび露見すればただちに最下層に突き落とされるほどひどい扱いを受けていた。

まりこういう趣味を持っていること自体キモいとされた。

しか時代は変わるものである。いまやサブカルチャー文化は広く浸透し、これらの文化に接することは何も特別なことではない。偏見は解消された。

が、表現の自由戦士・ザ・キモオタクにとっては辛い。我々はキモいからだ。たとえサブカルチャー文化に接していようが接していまいが、無関係に振る舞いや容姿言動キモいからだ。

我々にとってサブカルチャー文化が種々の偏見から解き放たれたり、法的に自由保障され大っぴらに楽しめるということは大してありがたくない。むしろ自分キモさが100%自己責任になってしまう、とんでもない毒リンゴだ。

立憲民主党共産党社民党はおそらく表現の自由を守ってくれはするだろう。しかし、それ以上のことはしない。キモくて金もなく、今となっては若さも失われつつある者多数の表現の自由戦士にとってこれは、いまいち魅力に欠ける話だ。

しか自民党は違う。自民党は得をさせてくれる者を贔屓する。法律ねじ曲げてでも厚遇してくれる。変なフェアネス精神に酔った野党キモいおっさんは救えない。公平ではダメだ。特別扱いがいい。自分だけチートがほしい。

自民党サブカルチャー文化を贔屓すると得があると思わせ、これらを伝統文化やらなんやらとして祭り上げてもらい、国家代表的文化を愛好する者として見なされたい。

能楽やら歌舞伎やら国文学やらを嗜んでいるいけ好かない連中が少しばかり挙動不審でも個性として尊敬されるように、我々キモオタクも尊敬を受けたいのだ。

自民党が色々と不正を働いていることは知っている。しかし我々がそれを見て思うのは「自分たちも同じように保護されたい!」だ。なぜそう思ってはいけない?


エロアニメ漫画以外の自由はどうでもいいのかって?それは違う

どうでもよくはない。むしろ自分に関心がある表現以外は弾圧してほしい。そういう点でも自民党には期待している。

意識高そうな純文学だとか、反体制的だったりメッセージ性のある映画だとか、こういうのが存在するからアニメを観てる時にいつまでも微妙な後ろめたさを感じてしまう。

よく「エロとかアニメ以外には無関心なんだろ」みたいに煽られるが、ある意味で関心はある。はっきり言って、我々表現の自由戦士はめちゃくちゃ他の表現を憎んでいる。

無関心なんてとんでもない。奴らがこういう頭が良さそうだったりリア充っぽい作品を発表するたびに我々表現の自由戦士は深く傷つけられているのだ。もっと配慮してほしい。


ネット論客は役に立つ

青なんとかとか、まんじゅうみたいなアイコンのやつとか、あとなんか名前忘れたけど変な名前のやつ。彼らは非常に役に立っている。

彼らがいけ好かないリベラル連中を言い負かしてくれるおかげで我々戦士も便乗して叩きやすくなっているし、ネット上における我々の発言力は確実に拡大している。

我々戦士の側のやらかしにはほとんど目をつぶってくれるしな。

俺もよく保守批判されている時は「表現の抑圧だ!」と言うし、リベラル批判されている時は「批判表現の自由だ!」と言ってあらゆる表現の自由擁護しているよ。

でも隙あらばnoteとか講演会とかで金稼ぎしようとしているのはムカつく。


最後

我々、表現の自由戦士は今後も増え続けるであろう。すべてはリベラルどもが我々のプライドを傷つけたからだ。公平であればいいだろうというそ無自覚傲慢さが我々を怒らせたのだ。

それを忘れるな。





 

2020-04-19

ABEMAトナメ将棋界がお祭りになってる件

将棋AbemaTVトーナメントが先々週あたりから放送されているのだが、これが尋常でない面白さなである。ひねくれたファンが多い将棋ギャラリー界においても今のところ「収録順と放送順が違うのではないか」というぐらいの批判(なのか?)しかされていない。コロナで各棋戦が延期になり、みんなが家にいるという状況も手伝い、将棋界ではもはやこれを観ていないと人権が確保されないところまで盛り上がっている。しかし世情が影響しているとはいえ、この盛り上がりはトーナメント自体がとんでもなく面白いという理由を抜きにしては語れない。以下では、何がそんなに面白いのかを非常に偏った視点から解説する。

AbemaTVトーナメントとは

持ち時間5分+一手ごとに5秒加算という超早指しの棋戦である。この棋戦が出てくるまで早指しの代名詞であったNHK杯20分が切れたら一手30秒という感じ(厳密には違うが)なので、文字通り桁が違う早指しである。ちなみに持ち時間が最長の棋戦は名人を決める決勝の9時間である

それに加えて今回の第3回では、棋士同士のチーム戦という要素も加わる。タイトルホルダーと順位戦Top10棋士ドラフト形式で2名を指名し3人のチームで戦う。過去二回のトーナメントでは二回とも藤井聡太が優勝している(ヤバい)のですが、ドラフト採用していることにより、「そりゃ藤井くん指名したいけど抽選で外れて改めて指名し直すよりは他の人と被らなそうな有望株を指名したほうがいいな…」あるいは「それでも俺は藤井くん指名するぜ」という力学が働き、各チームの特色が生まれることになる。

超早指しが教えてくれたこ

Abemaトーナメントを観たことのない人はまずこの映像の18:30あたりから1分くらい観てほしい。昨日放送された、今の棋界で間違いなく最強・豊島竜王名人と、今の若手で勢いは一番・本田奎五段の対局である。場面は両者残り時間20秒を切りお互いに攻める手は色々見えるけど勝ちに結びつくかは相当読まないと無理な局面

https://abema.tv/video/episode/288-23_s30_p17

さて、観ましたね?頭良さそうな顔をした人たちがチェスクロックを叩き壊さんばかりの勢いで叩いてそれに対して外野がわーわー言ってましたね(将棋界では本当にひえーと言うこともわかったと思います)。このスピード感と荒々しさは今までの将棋界にはまったくなかったものである普通将棋中継は眠くて観ていられない人(将棋ファンにもよくいます)でもこれは面白いという人は多い。しかし、ABEMAトーナメント面白いのは単にスピードが速いという理由だけではないと私は思っている。

これから私は自分変態性を告白しますが、普段扇子パタパタしながら難しいことを考えていそうな顔(まあ考えているのだろう)をしている棋士たちが、1秒を惜しむ必死な手付きでチェスクロックを叩きあっているのを見るのは正直にいって痛快である。この暗い愉しみはいかに趣味の悪いものではあるが、ABEMAトーナメントを観ている人間であれば誰であれ多少なりともその愉しみを感じてしまっているいるということは否定できないはずである。このことが明らかにしたのは、たとえばボクシングコロッセオでの奴隷同士の戦いを眺める貴族の遊びの系譜に連なることは明らかであるが、将棋というマインドスポーツもまたその系譜にあるということである。つまり将棋はいかにも「お上品なインテリ伝統文化でござい!」みたいな顔をしているけど、実は相当野蛮なものであるということである。まあ改めて考えてみれば他人戦争を指揮して戦っているのを上空から眺めるという行いが趣味の良いものであるはずはなかったのだが。

話は変わるが、これまで「将棋インターネットと相性が良い」ということがしばしば語られる際、それはたいてい将棋の長時間性とインターネットの無時間性が引き合いに出されてきた。わざわざテレビ向けにルールが作られたNHK杯とかを除けば、将棋の楽しみは長時間棋士が頭を絞って考えるところにあり、そんなものインターネットしかまるごと放送できない、ということである

後知恵になるが、今やそれが間違っていたことは明白である将棋は持ち時間が長かろうが短かろうがインターネットと相性が良い。要するに面白コンテンツインターネットと相性が良いというただそれだけのことでしかなかったのである将棋ファン棋士が思っていたより面白かった。それがこの超早指し棋戦が教えてくれたこである。そして、更にその面白さを補強するのがチーム戦という要素である

棋士のチーム戦

棋士というのは究極の個人商売である。これまでに棋士同士がチームを組んで戦ったのは、コンピューターvs人類という枠組みがあった電王戦ぐらいのものであろう。そのことを、第2回電王戦コンピューターと劇的な泥仕合を繰り広げ引き分けに持ち込んだ塚田泰明はこう語っている。

「なぜ涙が出たのか、ですか? 負け越さずに三浦さんにつなぐことができた、その安堵からです。

もちろん、投了すべきかとも思いました。批判があることも知っています。でも、どんな形であれ、自分はチームのことを考え、最優先したんだ、そう思うと……。

どうも『チーム戦』という言葉に弱いみたいです。その言葉を口にすると、ううっ、と来るんです」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/35787?page=3

普段まったくチームというものから離れているからこその純粋さであろう。今回のように棋士同士がチームを組み棋士と戦う、というのはもしかしたら将棋歴史史上初かもしれない(まあテレビ企画リレー対局とかはあったけどね)。

これまで我々関係性厨は、限られたリソース師弟関係出身地出身道場、共著、対談、解説イベントでの共演、自戦記や観戦記に書かれたちょっとしたエピソード等、結構あるな!)から棋士関係性を類推することしかできなかった。そのせいで「あの棋士とあの棋士は仲がいい!だって同じコマにいた!」状態になっている人もしばしば見かけた。というかさっきも2ch名人コメント欄で見た。

そこに来てトップ棋士によるドラフトという心理的駆け引きのあるチーム編成であるドラフトは「他の人はそこまで評価してなくても自分が高く評価している棋士」を選ぶ力学が働く。つまり「他のヤツらは分かってないけど俺だけはアイツのいいところを知ってるぜ」な棋士が選ばれる可能性が高い、というか実際そうなった。これは公式からカップリングお墨付きが出たようなものである

先程の映像でも「勝ってると思います勝ってると思います打ってください打ってくださいとりあえず打て!」と、お前そんな早口できたんかというほどの早口野球を観戦しているおっさんと化している三浦九段が映されてしまっていたが、棋士棋士応援する、という光景電王戦以来久しく見ることができなかったものである私生活でどれほど仲良くても盤を挟んでしまえば(あるいは挟んでいない時でも常に)敵なのである。書いてて思ったけどこの関係尊いよね…。いや、それはそれとして、逆から見れば仲のいい棋士が戦っている相手もまた同じ将棋界の同士であるので(それも尊い)、普通棋士棋士応援を公にするということはない。我々ファンは「あの棋士祝勝会/残念会にあの棋士が来たらしい」などというエピソードニコ生で聞いては悶えるだけだったのである

しかし今回は。堂々と棋士棋士応援しているのであるしかしそれは我々が見るのは初めてであっても、きっと棋士本人にとっては仲のいい棋士に対して心の内でいつも思っていることのはずで。それって普通Pixivの〇〇視点SSとかでしか摂取できない成分のはずなのだがなぜか今回は公式にそれが提供されている。関係性の過剰摂取死ぬ

さらに、である。アベマはコンテンツの活かし方をわかっている、というレベルを遥かに超えてプロ(何のだ)が中の人にいるとしか思えない手を指してくる。それが一局分丸々の控室の未公開映像(アベマプレミアム960円登録すれば無料で見られる)と、チーム戦前バラエティ的な親睦会映像、そしてチームのTwitterである。出色なのがTwitterで、チーム佐藤康光さながらレジェンド棋士同士のフランク交換日記様相を呈している。棋士イチャイチャしてるのを現在進行形無限に見ていられるのである死ぬ

からでも間に合う第3回AbemaTVトーナメント

まずはAbemaプレミアム月960円、999999999億円の価値がある未公開映像過去回が観られるので実質無料)に登録して過去回(と言ってもドラフトと先週分しか無い)や先に述べたような映像コンテンツを観ましょう。煽りVや実況解説があるので棋士を知らなくても楽しめます。そしてチームのTwitterフォローしましょう。

いきなり金を払うのは…、という人も無料で観られるコンテンツ(昨日分とか親睦会とか)も多いのでとりあえずAbemaのページに行きましょう。

https://abema.tv/video/title/288-23

あなたはもしかしたらそのうちにAbemaプレミアム初月無料という文字列を発見するかもしれません。その際は「絶対解約し忘れを狙ってるやろ」とか「初回無料とかドラッグの売人とやり口が同じやんけ」などと思わず、素直に登録しましょう。先程も述べたように960円取られても実質無料ですので。

Abemaトーナメントは全何週あるのかわかりませんがまだ昨日で3週目です。将棋でいうとまだ7六歩です。今からでも全然間に合いますので皆さんで盛り上がっていきましょう。

(2021/2/7追記)書きました anond:20210207093448

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