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2017-11-24

私の息子が産まれときの話~嫁side

※元の日記では「胎児」「赤ちゃん」はすべて名前です

09:30

今朝起きたらまた鮮血のおしるしが出ていた。

前駆陣痛も続いていたから、「がんばっていたんだね。残りはお母さんやみんなでサポートするからね」という気持ちで家を出発。

快晴でとてもいい日。

10:00

到着後の内診でかなり子宮口を強くかき回して刺激され、その刺激で破水

周りのスタッフさんが若干わたわたする中当人は「ああ、これが破水なんだ……」と思っていた。

そこから、部屋に移動して促進剤投与を始めた。

促進剤は、それによって産まれる、という効能ではなく、子宮を柔らかくして子宮口を緩めてそこから陣痛を呼び込むためのものだそうで、20からstart、120まで上げても進まない人もいるよー、と。

とにかく無事に産まれられれば、と、「何でもいいからお産に繋がりますように」という気持ちでどんどん追加されていく促進剤の値を見ながら過ごしていた。

11:00

胎児心拍が落ちることが何度かあり、酸素マスクをつけて深呼吸をする時はさすがに緊張した。

でもまた数値が戻ったのを見て安心して「私がリラックスしなきゃ子宮も柔らかくならない」と過ごしていた。

15:00

100あたりまでは前駆陣痛の痛みとあまり変わらなかったけど、そこからは前駆陣痛は越えた痛みが始まった。

でも120まで投与しても本陣痛は来ず。

17:00

看護師さんに「今日は一旦終わりにして様子を見て明日またやって、経過によっては帝王切開で産んであげることになるかもね」と言われて投与は一旦stopした。

投与してもあまり変わらず、「私が堅いことで子宮口が開かないんだ」「私がリラックスできないか入院の日が増えてお金をかけさせてしまうんだ」と「私のせいだ」の思考が一時止まらなくなって涙が出た。

胎児心拍が落ちること、胎便が羊水にかなり混じっていること、心拍が急に上がること、陣痛がこないこと、いろんな焦りや不安に対して「母の私が◯◯しないからだ」という思考が出てしまったけど、そんな中でも夫が一緒にいて笑ってくれていることに本当に救われて、いろんな不安もあったけれど1日過ごすことができた。

20:00

母が夫を迎えにきて帰宅。体勢変えたりしながら、落ち着いてから21時過ぎに寝る体勢に。

21:08

寝につこうといい姿勢を探して動いていた時に胎児心拍低下。

何人も看護師さんが入ってきて再度酸素マスクをつけ、内診をしてもらい、「もう赤ちゃん負担が大きい」ということで、クリニックの先生にも診てもらった上で、緊急帝王切開をして胎児を出してあげることに。

21:32

酸素マスクをつけて深呼吸をして「帝王切開になります、急いでパパを呼んで」と言われ、さすがに焦りすぐさま夫に電話をして来てもらい。

色々なリスク説明も受けたが、もう皆どうでもよくて、ただただ「無事に産まれられればそれ以外は私の子宮やら体やら命やらどうなってもいいから」という気持ちで、早く外に出してあげてほしくて、急ぎ足でope室に入って横になった。

22:00

何かの数値に対して先生スタッフの方々が緊張した面持ちで観察して指示を出したり動いたりしていたが、あれはなんだったんだろう。

から考えると胎児心拍だろうか。

バタバタが続いてすぐには開始しないことに不安を感じつつ、その間に落ち着いて来て「もうすぐ会えるんだ」「やっと会える、がんばろうね、大丈夫だよ」と幸せ気持ちが高まり、ope開始後も私はずっと笑顔で耳を澄ませ。

麻酔が効いてくると血圧の変化によるのか、頭もぼーっとしてきた。目を瞑ることに吸い込まれるような。

コッヘル、クーパー、などの機械出しの指示でなんとなく何を切開しているのか把握しつつ、足から胸にかけての感覚はもうないのに何か自分の中を弄られているような感触に奇怪な感じを抱きつつ。

22:57

胎児を取り出す時になると胴体を中から大きく揺さぶられ(感覚はないけど子宮を直接揺らされているのはすごくわかった)、少し泣き声が聞こえたのと同時に「おめでとうございます〜!男の子ですよ!」と。

その瞬間ザーッと涙が出そうになったものの、最初の一瞬の後に全く泣き声が続かないので瞬時に不安感に襲われ、産まれた喜びを味わいつつもそれだけの気持ちは束の間、取り上げられてもしばらく泣かない赤ちゃん心配で気が気でなくなった。

自分からは布で隠れて見えないけど、向こう側で明らかにスタッフさんたちが焦って赤ちゃん背中を叩いて刺激していたり懸命に気管内の吸引をしていたりしている。

先生も、取り上げた後はすぐに私の縫合に取り掛かりつつも、赤ちゃんを見て緊迫した声色と口調で指示を続ける。

「サチュレーション反応しません」「小さい方に切り替えて」「小さい方反応ありました」「こっちはどう!?」「◯◯じゃないよ、そっちを◯◯して」「◯◯さんこっちきて!」と何人ものスタッフさんが赤ちゃんの方から私の頭上まで動き回る。その間も赤ちゃんは泣き声ほとんどなく、たまに「ふぇっ」と聞こえるか聞こえないかくらい。

赤ちゃんが泣かない。泣かない=呼吸ができない。呼吸ができない=酸素いかない。酸素いかない=死んでしまう。

一瞬でそんな考えが脳内を駆け巡り、「私はお腹開いた母でも放っておいていいからみんな赤ちゃんを早く助けて下さい!」と叫びたい気持ちを抑えながらこわくて仕方がなくて、「赤ちゃん大丈夫ですか」と何度か聞いた以外ただただその場を見守っていた。

そのうちになんだか意識が遠のいていくような感覚から強い吐き気が出て何度か嘔吐し、そこからは遠目に赤ちゃんの様子を見つつぼーっと手術の終わりを待つしかなかった。

私の腹部縫合中、赤ちゃんの泣き声が聞こえない時間。きっと数十分あったかなかったかくらいだったろうけれど、この時間がこの1日の中で一番長く感じられた。私には何時間も縫合されているように感じられた。

23:10

私の腹部縫合が全て終わり、ope室を出る時にスタッフさんがぱっと赤ちゃんのお顔を私の方に向けて見せてくれた。

むちむちでまあるくて髪がフサフサでかわいい。濃い顔じゃなくて私似?なんて思いながらope室を離れる。

23:20

外では夫と母が待っていたけど、熱発もあったからかとにかく頭がぼーっとして「目を閉じたい、でも赤ちゃんが気がかりだ、でも目を開けていられない」というぼやけた意識で過ごしていた。

時系列はきちんと記憶できてないが、部屋に戻ってから夫と母が荷物を運びつつ座っていてくれて、赤ちゃんの顔の話などをした気がする。

自分で何を話したかよくて思い出せないけど、夫が深く呼吸して緊張していたことはすごく覚えている。

今思うと、私は赤ちゃんのことも考えつつ意識がぼやけていたので、その場を冷静に見れていた夫は本当に不安だっただろう。

24:10

術後は姿勢不快さが強く、度々左右に体位交換をしてもらった。

赤ちゃん救急搬送することに決まったと先生から話を受け、夫たちは救急車より早く出て向かってあちらで対応すると。

お腹を切った身と言えど、この状況で動けず何もできずに横になっているのが悔しかった。

無駄だとは分かりながらも、麻酔で動かない・司令の伝わらない脚先を動かそうと何度もやってみたけど全く足は動かなかった。私の分まで夫に託して手を握ってお願いした。

夫と母を見送ったら一気に意識が遠のいて来て、そのあとまた夫が来たような来なかったような……

そんな中、救急車赤ちゃんを乗せる直前に助産師さん(看護師さん?)が赤ちゃんを抱っこして私に会わせに来てくれた。

移動前に目の前で会えるなんて思ってもいなかったか歓喜して一瞬で意識が戻り、赤ちゃんをぎゅっとしてちゅーして「がんばろうね!」とほっぺを撫でて送り出した。

涙が止まらなかった。

24:30

救急車が中々出発しないこと、その後の救急車サイレン音。

サイレンの音の位置赤ちゃんと私の距離を表しているから、サイレンが遠のいていくと赤ちゃんとの距離を感じて、ただただ「がんばれ!お父さんもお母さんもいるからね」と祈ることしかできなかった。

25:00

その後また意識がぼーっとして、何度か看護師さんが巡回に来てくれたのもあまり覚えていない……

2時台にiPhoneが遠くに移されたのでLINE確認できずそわそわ。

体位交換をお願いしたりしながらいつの間にか寝ていた。2時間ほど寝ただろうか。

28:20

起きてからからLINE気づき赤ちゃんが無事なことを確認して本当にほっとした。

こんなに遅くまで夫と母が対応してくれているとは。本当におつかれさま、ありがとう、それしか出て来なかった。

から送られて来た赤ちゃん写真がかわいすぎて、うるうるしながらしばらくずっと見ていた。

かわいすぎていくら見ても見飽きない。早速待ち受け画面に設定した。

夫がもう帰路にあると分かって安心して私もまた休憩。

でも頭が冴えてしまってもう眠れず……

29:00

巡回夜勤看護師さん&助産師さん達が検温や創部の観察をしに来つつ何度も話しかけてくれて、明るく笑わせてくれて元気付けてくれた。

看護師さんたちと笑えたのがこの時本当にありがたかった。

もう麻酔は切れていたので、「どんどん回復して赤ちゃん会いに行こう!」と勝手にベッド上でリハビリ開始。足の指先から体幹から、痛み・貧血血圧を観察しながら進めた。

外が明るくなって落ち着いて来ると、赤ちゃんが無事に産まれてきたことの安堵感、今生きているのかどうかという不安感が一気に現実味を帯びて心に流れて来て、赤ちゃん写真を見ながら唇を噛み締めて泣いていた。

それに気づいた看護師さんが私のそばに寄り添ってくれ、スタッフのみなさんが赤ちゃんをその後も気にかけてくれていたこと、その方もお子さんが苦しい状態で産まれて来たこと、昨夜赤ちゃんの直後にもう一人赤ちゃん病院で産まれて、そのあと陣痛の人が来て不思議とお産が重なったことなどを明るく優しく温かく話してくれた。

「泣きたい時は泣いていいんだから心配だよね、泣いていいんだよ。」と言ってくれて一気に号泣して、話をして落ち着いた。

日勤に交代する時間帯、夜勤助産師さんが何人か来てくれて赤ちゃん写真を見て「母そっくりよね!」「かわいい〜❤️」「がんばるしかいね赤ちゃんくん!」と声をかけてくれた。それと一緒に絶対安心する温かい言葉もかけてくれる。その度にうるんでしまった。

私は術後あまり痛みを感じず動くのが得意なようで、夜中に自分でクッションを動かして体位交換したり足を動かす練習を始めたりしているのを褒められた。

どんどん動いて行くぞ。

赤ちゃんもがんばっているんだ。私も明るくがんばるしかない。


https://anond.hatelabo.jp/20171121162134増田です。

嫁も出産当日(大半は思い起こしながら翌日)に日記を残していたとのことで。

本人の希望もあってここに記そうと思います

ちなみに嫁は上の2日後にリハビリ急ピッチで終え、大型病院への通院/息子との対面を果たしました。

NICUでの初対面の光景は今でも忘れません。

2017-11-21

私の息子が産まれときの話

10:00

この日段階で予定日を10日過ぎていた。これ以上は延ばせないということでクリニックに入院開始。診察中に破水先生方慌てるものの嫁は平常心。

診察の途中から私も参加、促進剤についての同意書にサイン入院部屋に行く。

部屋はワンルームをやや狭くしたくらいの場所

3人部屋だがカーテンで仕切られており、なにより今は私ら夫婦しかいない。

窮屈さはないし清潔感あって居心地悪くない。

入って早々地元訛りの助産師さんから説明、促進剤の点滴開始。まずは20mlから

 

11:00

10mlずつ増加させるものの変化なし。

自体は当面は動きそうにないので、ここで一人散歩に出かける。薬局マスク買ってファミレスカツ煮定食を食す。アラサーカツ煮定食コスパに感動。

途中で胎児心拍低下による促進剤停止という事態があり飛んで戻る。

 

12:00

ランチ野菜カレーカレイの揚げ浸し、スープサラダパイナッポー。目を閉じ多幸感に包まれながら食事を楽しむ嫁。

まりに美味し過ぎたためか完食した嫁、お腹いっぱいになりすぎその後やや後悔したようだ。

 

13:00

Toco値(なんの値かよくわからなかったが出産までの進行度合いと解釈した)を注視してみたが高い値になっても「生理痛よりはマシ」とのこと。

やはり痛覚は個人差あるのかな。

入院開始時は前駆陣痛が5〜7分間隔だったものがこの時点で3分間隔に。まだまだ笑顔。この時点で促進剤60ml。

 

14:00

2度目の外出。動けない嫁に雑誌を買おうと近くのコンビニを探す。

地元で有名な産科が近いからか出産関係雑誌が1角を占める。澤穂希表紙が目立つ。

めぼしい雑誌はなくクリニックに戻ると駐車場から車が消えていた。どうやらこの日は通院する人が少ないようだ。

 

15:00

促進剤追加。現在100ml。

痛みが生理痛をやや超えるレベルになってきたとのこと。

Toco値がMAX127なのは何か意味があるのだろうか。

本日中の出産可能性低そうだと看護師さんと会話する。

 

16:00

本日3度目の散歩。最寄り駅まで歩いてみる。

その間嫁は昼寝しながらラジオリラックスできている。

 

18:00

嫁と食べ物縛りしりとりをしたりアキネイターごっこをしたりして穏やかに過ごす。

 

20:00

面会時間が終わったためお義母さんに送ってもらい一時帰宅明日再度促進剤投与をする方針になった。

 

21:32

から電話胎児への負担考慮して急遽緊急帝王切開を取ることになったと嫁。

一時的心拍がかなり下がったこともあり無理はできないという医師判断だった。

急行

ハンカチある?ないなら貸すね。何用かって?出産後に感動した時用よ」とお義母さん。ハンカチを受け取る。

 

22:00

オペの説明を受けて嫁は早速手術場へ。

元々立会い出産希望ビデオカメラを持参していたが、使うこともなさそうだ。

廊下オロオロしながら歩き回る昔ドラマでよく見た典型的なパパっぽい感じになる。

 

22:17

手術開始。手術室前のロビーにてお義母さんと二人。時間永遠に感じる。

 

23:20

手術が終わったらしく先生から説明を受ける。

手術は成功。嫁の出血も少なく終わった。

しか胎児への負荷が大きかったようで、胎児に呼吸器をつけてなんとか酸素補給をしている状態とのこと。

状況によっては緊急搬送もあると説明される。

 

23:50

赤ちゃんに会いますか」と看護師さん。

手術後の胎児に対面する。

顔が青ざめており、ひゃっくりのような小さな呼吸をかろうじてしている状態

我が子への最初の声掛けは「頑張れ」だった。

 

24:10

産後の嫁に付き添う。労いの言葉胎児の容態が気になりトーンダウン。もうここは祈るしかない。

しばらくして先生から緊急搬送を取ることにしたと説明救急車で隣町の大型病院へ。

 

25:30

大型病院到着、胎児の無事を待つ。

義母さんの運転が優秀だったのか、救急車より早く着きすぎる。書類記載して提出。

緊急病院の待合室は独特のピリピリ感があって苦手だ。

この日はなぜかオカマさん(顔以外は限りなく女性に近い)がいて視線を奪われる。

 

26:23

係りの方に呼ばれる、NICUがあるエリアへ。

胎児の容態についてネガティヴ思考が強まっていった時間帯。

 

26:33

カンファレンスルームへ。ここからどれくらい待っただろう……時間永遠のように感じられた。

部屋には山ほどの赤ちゃん関係の本が。その中には「赤ちゃんの死を乗り越える」というタイトルのものもあり思考ネガティヴループが加速する。

気づいたら私もお義母さんも文字通り祈るポーズをとる。ただただ生きていてくれ。ネガティヴモードを振り切ろうと廊下散歩する。

 

27:30

病院看護師さんに呼ばれて私一人でNICUへ。熱を計り徹底的に手を洗い清潔な状態で入室。

 

胎児は全身を管に繋がれながらもさっきより顔色のいい状態スヤスヤ寝ていた。なんと可愛い寝顔だろう。

全体的にむっちりしていて丸顔で。天使ってほんとうにいるのだなと確信した。

「触ってあげてください」と看護師さんに促され頭を撫でる。剛毛で真っ黒でややパーマ。これはお母さん似かな。

よく頑張ったねと声が自然と口から漏れた。看護師さんも笑顔だ。

 

息子は「胎便吸引症候群」により体に強く負荷がかかり、更に肺炎を併発させて窒息ぎりぎり手前状態だったという。

クリニックの先生の緊急搬送判断(別のお母さんがその時間に手術予定だったが、我が家を繰り上げで対応して下さったよう。感謝しかない)、

大型病院のベッド空き状況/立地……などなど様々な幸運が重なったことによって生きることができた息子。

まだ頑張るところだがまずは人生スタートラインに立てたぞ。本当によかった。

 

27:50

NICU責任者先生から契約書類説明を受けサイン。息子の名前を初めて書面に記す。出生届よりも先に書くことになるとは。

「**(名前、産前にもう決めていた)っていい名前ですね!私の親友が同じ名前なのですよ。いいやつでね……」と先生。この人は信頼できるとなんとなく感じた。

具体的な検査結果は翌AM11時に説明させてくださいと先生先生寝る時間ほとんどないじゃないですか……おつかれさまです。

看護師さんから書類を受け取ったのち「忘れてた!」と息子の写真を渡してくれた。

処置中は目を開けてて「ここはどこなんだろー」って周りをキョロキョロしていたんですけどねー」と目をつむった胎児写真説明する看護師さん。

ここにいる人はみんな味方だ。

 

28:30

一通り手続きが終わり、お義母さんと一緒に里帰り先に帰る。

気持ちハイになっているのか眠気は全くない。

安心感からか涙が滴り落ちる。自身がめちゃくちゃ強張っていたことにやっと気づく。

iPhoneを起動、嫁と使っていた妊娠/出産情報管理アプリを開くと表紙が親子3人になっていてまた涙。

ハンカチ、ここで使うべきなんですかね」と涙を拭いた。

 

 

 


上記は息子が産まれときメモとして残していた日記

その後息子2ヶ月弱の入院を経て帰宅、順調に成長し、障害もなく元気に育ってる。

先日1歳の誕生日を無事迎えた際に懐かしくなったのと、コウノドリで近い例のお話があったので……増田投稿してみた。

出産にはこんな例もありますよってのを知ってもらえれば。

2017-11-15

anond:20171115092232

あんた偉いよ。

自分が鬱で苦しんでいるのに、それでも困っている他人を何とかしようと試みている。(その点は尊敬するよ)

 

だが、残念な事にあまり頭が良い方じゃないみたいだね?

まずは、自分の鬱を管理しよう。要は浮き沈みをフラットにすればいい。感情の起伏が激しいと沈んだ時に鬱になるんだよ。

鬱は薬じゃ治らない。薬は対処療法一時的に浮き沈みをフラットにするだけ。病院に行ったら、製薬会社が儲けるために薬漬けにされる。

薬を長期間飲んでいたら、肝臓で分解するから肝臓負担がかかり、だんだん体調が悪くなって行く。ジワジワと体を蝕むよ。

いきなり断薬できなければ、徐々に依存を減らすために準備をしたらいい。

 

馬鹿の一つ覚えみたいに「運動瞑想睡眠野菜」と言ってる某xevraじゃないけど、やらないよりやった方がましだよ。

要するに健康のための必要十分条件を揃えないとダメだってこと。

やってみれば簡単ことなんだけど、意外と盲点で忘れてる人が多い。

 

運動:まずは歩くだけでも十分。1日20分以上が目標筋トレやるなら自重トレーニングからOK水泳は全身運動なのでお勧め

瞑想瞑想には集中型とリラックス型の2タイプがある。

睡眠:体を休息させる方法はいろいろある。

野菜ファイトケミカルという成分を補充したい。サプリより生で。

それぞれ良い解説書があるから探してみて。

 

補足:瞑想は分かりづらいと思う。初心者には上座部仏教の「アーナパーナサティー」が簡単かな?(鼻に意識を集中してゆっくり深呼吸)。

人間の体は「随意筋」と「不随意筋」がある。普通、不随意筋は動かせない。呼吸は随意筋と不随意筋の両方の性質がある。=自動的に呼吸もしてるけど、意識して呼吸を止めたり吸ったりもできる。

呼吸は不随意筋を随意筋に変えて行く入口になっている。(※これ重要

 

呼吸法を鍛錬すると自分の体を自分意識コントロールできるようになる。

(呼吸をコントロールできるようになったら、次は心臓心拍コントロールできるようになるけど、鬱病を治す程度なら呼吸レベルでも十分かな?)

呼吸をコントロールできるようになったら、脳波もある程度コントロールできるようになり、感情の起伏もコントロールできるようになる。

感情自分コントロールできる人は鬱病にならない。

2017-11-05

ディヴィッド・チャーマーズの「情報の二相理論」

友人と話がかみ合わなかった原因も、「議論領域」の分割・設定がうまくなかったからかも?

もっと素朴なレベル物心二元論だよ。

 

「仮説」と「事実」の峻別

ディヴィッド・チャーマーズ意見はご存知なんですね?

彼の著作難解なところもあるので、文系の方は準備段階として「様相論理学」という数学を学び論理構築や証明練習を行うか、村上陽一郎あたりの科学入門書を読むと参考になると思います

「死後の世界がある」という仮説(命題)に対して、その証明方法がなければ「事実」として人々が共有できないので、「あるともないとも言えない、分からない」(不可知論)という段階で留まるのが論理的には正解だと思います。(死んだことのない人には「死んだら何も無い」と「証明する方法」がない。自分経験していないこと=存在しない、という論理は成立しない)

ポイントは、証明方法が(1)他人と共有できるものか、(2)個人的経験他人とは共有できない)に留まっているか、の違いです。

で、それを突破ちゃうのが宗教東洋宗教道教仏教など)は「個人的経験証明)する」という論法を使ってます

 

三昧

仏教ヒンドゥー教における瞑想で、精神集中が深まりきった状態のことをいう。

長期の訓練を積めば薬物等を使わず呼吸法等で肉体をコントロールできます

リラックスした状態で、呼吸と心拍の停止を数時間から数日に渡り経験することによって、彼らは「肉体が停止しても意識活動できる」と言ってます。(医学的には「呼吸停止」と「心拍停止」と「瞳孔散大」の3条件が揃うと死と判定)

三昧のやり方は「ヨーガスートラ」という本で紹介されています

インスタントに慣れた現代人は、わざわざ長期のトレーニングに取り組み三昧の練習をする人は少ないです。

もしも三昧の練習をするなら危険も伴うので、大学等で医学を学んでおく必要があるでしょう。(自分の肉体に起こる変化を自分理解できる必要があるため)

インドでは三昧の実験を公開して、三昧に入れない人と間接的に共有する方法採用しています

そこまではOKなんだけど、問題他人いくら経験してもそれは自分経験ではないという事実。(経験をそのまま他人転送コピーする方法がない以上は、最終的には自分経験する以外に方法がない)

生きている間に三昧に入るのはハードルが高いけど、いずれ死ねば分かることなので、無闇に焦る必要もないでしょうか?

 

神の存在証明

「神は存在する」という「仮説」も同様の論理構造はらんでいます

誰かが「神は存在する」と言ったら、その証明として「神がいるなら目の前に連れて来て」と言えばOK

他人には見えない神が存在している」という人がいたら、それは個人的体験証明方法で留まっており、他人と共有できない証明方法だと明言しておきましょう。

神学では亜種として「理神論」という屁理屈も用意されましたが、これも他人と共有できる証明方法ではありません。

 

人間の死後も魂は残る(幽霊になる)」という話に対して、

  1. 「仮説」と「事実」の峻別
  2. 個人的証明」(個人的体験)と「共有できる証明」(再現方法があり共有できる)の峻別
  3. 三昧(一時的な死の状態)に入れるなら、肉体の状態第三者医学的に測定可能
  4. 他人が三昧に入っても、それは自分経験ではない(三昧の状態を外から見てるだけ)

という点を確認すれば、齟齬が減るでしょう。

 

こういう話題って、日本人同士だと話しづらいデリケート話題かも?

ちなみに私はデイヴィッド・チャーマーズが列挙してる各論は援用するけど、彼の見解(汎心論など)には同意してません。また、一神教ユダヤキリストイスラム等)も間違っている部分があると思っています

科学でも宗教でも、「仮説」を「事実」としてゴリ押ししてくる人は結構多いので、論理破綻していないか証明方法は何か?常にチェックする必要がありますね。

2017-10-19

anond:20171019231338

ついでに無呼吸とかも、無線のロガーを胸か顔に取り付けて、音量と心拍と体温と傾きだけ検出してればいいし。

そういうシステマチックにしっかり管理された無認可保育所があればいいな。

2017-10-03

化学流産した

化学流産は、妊娠のごく初期に妊娠検査薬では陽性が出たもの継続せず、胎嚢や心拍確認できないまま流れることらしい。

検査薬を使わなければわからないので「化学流産というそうな。

で、それになった。

まだ生理が7日遅れているだけで出血はしていないけど、検査薬の反応から99%確定。

は~…落ち込むわ。

何がって、両家の親に言っちゃったんだよね。。妊娠たかもって…

今週末に予定があって、妊娠してたら参加できないから早めに言わないといけない、

でもこんな初期段階で言ってダメだったらどうすんだ…

散々逡巡して、でも一か八かで言ったらこれですよ。

は~…

無駄に期待させちゃって申し訳ない。

ダメだったと告げたらさぞがっかりするだろうな。。あぁ…ごめんよぅ…

あと、単純に悲しい。つらい。妊娠できたー嬉しい!と思ったのになぁ。あーあ。

気分が沈みまくってるから、もうお酒でも飲みながら仕事しようと思ったけど

思いとどまって、のんある気分飲んで仕事している自分を褒めてあげたい。

えらいよ私。頑張ってる私。えらいえらい。

あと1時間だけ仕事しよう。

本当はお酒飲んで色々忘れて、お風呂に入って寝たいんだけど仕事が詰まってる。

がんばろー

2017-08-26

中絶手術のエントリー読んだ。

私も三週間前の日曜、掻爬手術をした。

中絶じゃなくて、心拍確認できないけいりゅう流産

中絶手術と流産の手術は手順は全く一緒。

朝来てラミナリアを入れて、昼から10分間の手術をして、夕方には帰る。

帰りは夫の車で帰って途中でマックに寄った。家で大粒の涙をこぼしながらポテトを食べた。

自分で産まないことを選んでも、育ってくれなくても、きっとこの日の痛みは一緒だと思う。

半身をもがれたような、えもいわれぬ喪失感

でも、生きていかなきゃいけない。

この日を経験した女性しかからないなにかがあると思う。

私は、例のエントリーからそれを感じた。

色々な事情があると思うし、手術を経て彼との関係自分気持ちも様々揺れ動いたと思うけど、幸せになってほしい。

今度は望んだタイミングで授かることを心から願う。

私も、また同じ子に会えればいいなって思う。その気持ち絶対嘘じゃない。

2017-08-16

妊娠したらつわり病気コンボで思った以上に辛い

https://anond.hatelabo.jp/20170816125019

増田なんだけど、現状把握メンタル落ち着けるために、今日までの経緯を書き残しておきたいと思う。

まず前提として、増田統合失調症である発症した時と比べてすごく良くなっているが、再発防止のためにセロクエルを主剤としてその他いくつかの薬を飲んでいる。そして、81kgの肥満でもある。

で、妊娠した。そうしたら5wくらいかつわり結構ひどくて、水を飲んでも吐くような日もあり点滴をしてもらうなどしてきた。けれども食べることがちょっと辛くて、妊娠前81kgあった体重が13wの今は74kg台にまで減っている。いい感じにダイエット成功していると思いたい数字だけど、ちょっとばかり不安

また、メンタルを患っており肥満でもあるハイリスク自分でもわかっているので、産科精神科もある大きな総合病院産婦人科にお世話になることにした。

そして、11wの検診の血液検査血糖値が引っかかり、12wの時点で血糖値の推移の検査もしたところ、妊娠糖尿病だと診断された。糖尿の専門医による詳しい診察は二週間後。そんなに大きく基準オーバーした値ではないので、それまでは食事制限をせず、つわりでも食べられるものを食べてくれ、との話だった。

そのことをメンタルの方の主治医に話すと、困ったなあという反応。聞いてみたら、セロクエル糖尿病の人には禁忌の薬らしい。でも、セロクエルにたどり着くまで相当色々試行錯誤した経緯と、血糖値基準値をそう大きくオーバーしているわけではないと言うことで、まだしばらくセロクエルを使うことにした。

それに加えて、血糖値の推移の検査をした日辺りから喉が痛む風邪をひいた。でも産科でお世話になっている総合病院に連絡したら風邪くらいなら他で受けてくれ、と言われたので、地元内科先生に診てもらって、トラネキサム酸を処方してもらった。一時は良くなったのだけれどぶり返してしまい、それからはトラネキサム酸が効かない。風邪を引き始めてから5日経っても治らない。夜中になっても喉の痛みと咳でろくに寝られない上に、私の咳で夫も寝られず寝不足自分だけじゃなくて夫にも迷惑をかけてしまい辛い。多分風邪が長引いているのは、つわりでろくにものが食べられなくて体力が落ちてるからだと思う。

からまた内科にかかろうとしたが、今週いっぱいその内科お盆休み。仕方がないので再び総合病院に連絡し、今週の月曜日産婦人科先生風邪を見てもらえることになった。そうしたらPLなんとかという粉薬と咳止めをもらい、木曜日になっても治らなかったらまた連絡してくれ、と言われた。

が、今日になって赤い糸みたいなものが模様のように入った痰が出て、咳をしてもお腹や胸が痛むようになってきて、これはまずいのではと午前中に総合病院に連絡。そうしたらなんとか明日呼吸器内科に予約を入れてもらえたが、それでも喉が痛いままなのは当然変わらないので辛い。この時点で上の増田を書いた。

辛いので横になっていたのだけれど、午後になってから左腕がピリピリと痺れ始める。ナニコレと思いつつ様子を見てたら右腕も痺れ始め、怖いので総合病院に連絡したいが今でも相当横紙破りな診察をしてもらっているのにまた迷惑をかけるのも気が引けて、まずは#7119に連絡することにした。

電話で問診を受け、妊婦であることも統合失調症があることも妊娠糖尿病であることも話し、そうしたらなるべく早く病院にかかれ、もし足まで痺れてきたら救急車を呼んでもいい、と言われた。

なのでその結果を持って再びかかりつけの産科のある総合病院に連絡。そうしたら、産科先生に診てもらえることになり病院に向かった。向かっている途中、足まで痺れてきて本格的に不安になる。

産科先生に今までの経緯を話し、最初に痺れ始めた左腕は手首にとても違和感を感じるくらいになっているということや、足も痺れてきて、特に右足首の痺れが強いことを伝える。

だが、痺れは息のしすぎで出ているものではないだろうか?と言われ、喉については明日の呼吸器内科で詳しく診てもらってくれ、という話で、この二つの症状については処置検査特に何もなしだった。でも、お腹赤ちゃんについてはちゃんと診てくれて、心拍もはっきりしているし元気だと言われ、そして帰された。

で、今また部屋で安静にしているのだが、手足の痺れは相変わらず、今こうしてキーボードを打っていても違和感は拭えない。

夫には会社から早めに帰ってきてもらったが、夫は手足の痺れについても、医者が何もしなかったのなら大丈夫なのだろう、というように鷹揚に構えている。

でも私は大変不安である

だって喉が痛いのは変わらないし咳だって出るしなぜか手足は痺れている。病院でもあまりちゃんと診てもらえなかった。後から調べたら糖尿で手足が痺れるとあるのに産科先生はその点にすら言及しなかったし。

なので不安不安定で泣き出したりし始めているが夫は持ち帰りの仕事で忙しく話を聞いてもらいづらいので、最初にも書いたが自分を落ち着かせるためにこの増田を書いた。

書いているうちに涙は止まったが、やはり不安は尽きない。

こんな状況でも元気でいてくれる赤ちゃんに励まされるが、しかしこうやって書き連ねてみると本当に大丈夫なのか色々と心配になるレベル

しかしながら、この乱文をここまでお読みいただいた皆様に感謝します。

2017-07-07

愛犬がお星さまになった。

今日、十四年飼っていた犬が死んだ。ミニチュアダックスフンドのオス。名前は書かないでおく。

耳の中に腫瘍ができていて、摘出には手術が必要だったけれど年齢的に全身麻酔は厳しかったこともあり、消毒と薬でこれ以上大きくならないように対処していた。

視力大分落ちて、いろんなところにぶつかりつつノロノロと家の中を歩いたり、自分で排泄することはできていたけれど、十日ほど前からそれもできなくなった。

一日のほとんどを寝て過ごしていた。頭を撫でると顔を上げて、床に這ったしっぽが左右に揺れたりした。水飲み場にも自分で行けなかったので、こまめにお皿に入れた水を口元に持って行っては飲みたいかどうか確かめていた。

四日ぐらい前から排泄したい、というアクションもなくなって、寝たままおしっこをするようになった。トイレシートを何枚も重ねて引いて、その上に犬を寝かせた。

おしっこをしたらシートを取り換えて、汚れた体を拭いて、また寝かせた。

耳の腫瘍のせいだと思うけれど、体液が耳から鼻へ流れて呼吸が苦しそうだった。鼻水が垂れるたびに拭った。

毎日今日死ぬかもしれないと思ったし、こんな状況だけど寝ているだけだからまだまだ生きれるんじゃないかと思った。

呼吸する犬の胸に耳を近づけて、人間のよりもずっと早い心拍の音を聞いていた。

六日の夜、自分が寝る前に犬を撫でた。痩せて、撫でると骨の形がわかる。固形ごはんを受け付けず、痩せぎすな体だけど、温かくて、心臓が動いてて、呼吸していた。

撫でたのは深夜一時過ぎ。犬の短い呼吸を聞いて、それから自分も寝た。

七日の朝四時過ぎ。家族が泣きながら自分を起こした。犬が息をしていないという。

犬に触ると死後硬直が始まっていて、体が硬かった。あー死んじゃったんだ、と思った。動けなくても、寝てばっかりでも、ずっと生きてくれるんじゃないかって思ってたけどそんなことはなかった。

体を撫でても温かくない。でも毛並は変わらなかった。この十四年、撫で続けた愛犬の感触だった。

家族で犬を囲んで撫で合った。それから犬とのお別れ方法を話し合った。結果、市のゴミ処理場のペット火葬してもらう部署へ連れて行くことにした。

ダンボールに犬と、犬の好きだったおもちゃをいれた。

九時前にゴミ処理場を訪れて、犬を預かってもらった。大きい冷蔵庫に案内されて、その一角に犬を置いた。「ばいばい○○」と名前を呼んでお別れした。

アッサリ犬を置いて冷蔵庫から出てきたけど、犬を預ける料金を支払ったり署名をしたりするときに本当にこれでお別れだと思ったら泣けてきた。


今日一日、犬のいない家に帰るのを無意識に避けていたみたいで、映画を見て時間を潰したり、本屋を何軒もまわったり、用もないのに車を出して出かけたりした。

それでも帰らないわけにはいかないから、帰ってきたけど、犬がいないのはショックだった。

毎日犬に話しかけて生活していた。家族がまだ帰ってきてなくても、留守番している犬にただいまって声をかけて頭を撫でていた。もういない。

ついさっきスマホの待ち受けが愛犬だったことに気付いて、可愛らしくカメラ目線を向けている(正しくは自分が犬の視線カメラを持っていったんだけれど)写真を見ながら泣いた。

随分前から同じ待ち受けにしてたから、犬が生きてる時にはそんなに気に留めてなかったんだろう。

スマホの中に保存されている犬の写真を眺めてまた泣いた。


悲しくて、苦しくて、誰かに聞いてほしくて匿名投稿することにした。

自分ツイッターに書くことはまだ出来ない。ツイッターを開くたびに泣いてしまいそうだから

十四年、よく生きてくれたと思う。犬に噛まれて血が出たことも何度もあったし、腹が立ったことも数えきれないぐらいある。

なんで犬なんか飼ってるんだってイライラする時もあったけど、でも楽しくて笑い転げる時間の方が多かった。

今は寂しいし、本当に悲しいけれど、泣いてばかりいても生きるのが楽しくないだろうから早く笑顔で犬のことを思い出せる日がくるといいなと思う。


ばいばい○○。十四年間本当にありがとう。とっても楽しかった。ずっとずっと忘れないよ。お星さまになって、みまもっててね。それで私が死んだら、むかえに来てね。

2017-04-07

稽留流産した

妊娠8週目で、前回の検診から胎芽(胎児の前段階を指すそうだ)が育ってないし心拍確認出来ない……ということで流産

多くは胎芽側に原因があって妊娠初期の6人に1人くらいの割合で起こるものだと聞いて、真っ先に「今やってるソシャゲガチャで少しレアカードを引き当てるよりも高確率で発生するんだなー」と思ってしまった。

もちろん悲しいけど、今回で、運が悪かったんだなーとそれほど落ち込まずにいられるのは救いかもしれない。

2017-03-27

妊娠した。全然安心できない。

やっと妊娠3ヶ月、9週目を迎えた。

6週目の初診で心拍確認できて、次の予約を約二週間後に取った。

が、いろいろと心配な症状に襲われて、予約外で二回も病院に駆け込んでしまった。

一回目は茶色いおりものと腹痛が少しだけ気になったから。

二回目は生理並みの出血に襲われたから。


この二回目が大変だった。精神的に大変だった。

トイレで用を足して股を拭いたらペーパーが真っ赤。「今日から生理か〜」と判断するレベルの量。でもこちとら妊娠中だ。生理が来るはずがない。数秒フリーズ。なんだこれ……?

生理みたいな出血危険から病院連絡してね」と助産師さんに言われたことをやっと思い出して、血の気が引いた。

ガクガク震えながらトイレから転がり出て、旦那に「血、血出た……」としがみついた。朝一番で助かった。家に一人だったらどうなっていたかからない。旦那は「昨日買い物行って歩いたからかな〜。大丈夫大丈夫」と背中をぽんぽんして落ち着かせようとしてくれた。そんな悠長にしてんな! と思ったけれど、一緒にパニクられるよりは全然良かったと今では思う。

病院が開く時間まで布団の中で「こども……りゅうざ……(最後まで言えない)」と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら呻いてた。こんなに泣いたの父さんが死んだ時以来では? レベルで涙が止まらない。

妊娠初期の流産は卵自身に原因があることが多く母親のせいではない」みたいな知識はあったが、それでも「我が子が死ぬ」ことに変わりはない。エコーしか見えない一センチの我が子でも大切な存在に変わりはない。なに考えてもマイナス思考で死にそうだった。死んだ方が楽ではという心理状態だった。

やっと八時になって病院に行った。「何か」あったら帰り道で道路に飛び出しそうだったか旦那にも付き添ってもらった。予約外だから診察まで一時間弱待たされたが、待合室では意外と冷静。涙も出ない。今更足掻いても結果は変わらない……どうしようもない……。覚悟を決めたというより、なにも考えないようにしていた気がする。

そしてやっと名が呼ばれて、内診。

「ちゃんと動いてますよ!」

嬉しくて泣きました。

生きててよかった…………私は子供を殺してなかった……………………。

動いてるエコーを初めて見た旦那も、ホッとしつつ、嬉しそうに画面を見ていた。

「胎嚢の周りの血の塊が前より小さくなってるねー。これが出たんだと思うよ」と言われたけど血の塊があったなんて初耳だ。心配させまいと前回は言わなかったのだろうか。切迫流産とまでは言われなかったが、「今は薬も出せないから安静にするしかないです」とのことで即パート先に電話。一週間長のお休みを獲得。プチ繁忙期のこの時期に申し訳ないが、子供の方が何倍も大切だからなりふり構っていられない。

子供も無事だったしと、大きさを測って予定日の確定までしてもらった。10月末。

まだ、先が長い…………。


胎嚢確認心拍確認、と安心しつつあった矢先の出血。まだなにも安心できないなと痛感した。緊張状態はずっと続く。安定期すらまだまだ先だ。

変な言い方だが、早く産まれ生命可視化できるようになってほしい。せめて胎動を感じたい。お腹の中にいてもどうなってるか分からない今の時期は本当に不安だ。信じることしかできない。信じてたってこんなことも起きてしまう。

ともあれ、子供が生きていて、本当に良かった!

次の診察は二週間後。無理はせず、何のトラブルもなく、その日を迎えられることを祈っている。

2017-02-26

妊娠した。緊張してる。

妊娠検査薬で初めて陽性が出て「おお…」って呟いた。

予想に反して、飛び跳ねて喜んだりはしなかった。

妊活始めてから半年、毎月検査薬を数本無駄にしていた。生理の時期になると「わたしが考えるつわり」症状に襲われては検査して撃沈してを繰り返していた。生理も遅れがちになっていた。身体妊娠していないことを認めようとしなかったのだろう。

さてさて。

その日のうちに婦人科に駆け込んだ。

……時期が早すぎて受診できなかった。

そうだね、生理予定日当日のフライング検査からね。見ようとしても何も見えない時期だからお金無駄からまた来週おいでと優しく言われた。

一週間待たないといけない…………。

とてつもなく長い。

正常な妊娠かもわからない。このまま流産してしま可能性も高い。わたしの母も旦那の母も流産経験者で苦しんだと聞く。

まずは袋が見えるまで。

次に心拍確認できるまで。

安定期に入るまで。

まれるまで。

まだなんにも安心できないんだな。

妊活中は生理が来たら「リセット!」で来月頑張っていこ〜の気持ちに切り替えられた。妊娠したら、産むまでひたすら緊張しなきゃいけないんだな。産んでからももちろん大変だし。

妊活中も辛かったけど今からも辛いことだらけなんだ……。妊娠目標だったから忘れてたよ馬鹿野郎……。

とりあえずいまの目標は、一週間後、「正常な妊娠でいまのところ大丈夫やった〜!」ってはしゃぐこと。まだ緊張しすぎてなにもできてないか

たまごクラブとか買いたいな。

がんばってくれ私たちの子供よ。

2017-02-08

プレママ友達ネガティブ攻撃がつらかった

無事に保活を終えて働きだしてからしばらく経ったので書く。

高校以来の友だちとほぼ同時期に妊娠した。比較若い年で妊娠したので、わたしたちの年代で同じ境遇にいるひとはまず周りにはいなかった。お互いを、心強い味方だと思いあっていた。

からこそなのか、「プレママ友達」と化したその友人はことあるごとに、妊娠育児に対するネガティブ不安わたしに漏らすようになった。そして当時のわたしも、その後ろ向きな言葉にアテられてるようにして、不安焦燥感から逃れられなくなってしまった。

心拍確認できても、流産するときはしちゃうらしい」

「周りに妊娠報告したあと流れちゃったらどうしよう、気まずい」

保育園入れるか不安すぎて今からもうやだ」

「安定期前に職場に報告して浮かれてると思われたらどうしよう、でも、報告せずにいると業務しづらい」

無痛分娩じゃなきゃこわいけど、24時間体制の産院じゃないから、もし何か起こったら自然分娩になっちゃうのがこわい」

はじめての出産を迎える、孤独わたしたち。「不安だね」「そうだよね」は合言葉だった。そこにしかまれない奇妙な連帯感が、その恐怖たちを加速させていく気がした。

不安感をいたずらに煽る友人のことばを受けるたび、心にどす黒い雲がかかるようになっていった。そのことに自覚的になっても、唯一のプレママ友達という絆ゆえ、友人から離れることはできなかった。待望の赤ちゃんがこんなにも近くにいるのに、心が暗くなっていって、つらかった。

いま妊娠してるひとへお願いしたい。(とくに初産の)妊婦同士で、不安煽りあわないでほしい。不安をぶちまけるべき相手は、同じ不安を抱えているひとではない。その不安を乗り越えたことのあるひと、もしくは、不安いちばん近くで一緒に乗り越えてくれるひとだ。

「ま、あとから振り返ってみて思うけど、何でもどうにでもなるよ!」とカラッと笑い飛ばしてくれるような先輩のお母さんたちに、わたしは後からずいぶん救われた。

前に進もうとアクションを起こし続ける夫にもとても救われた。産院を熱心に調べてくれたり、生活サポートをしてくれたり、保育園情報を片っ端から整理してくれたり。

不安を口にすることは、ほぼ何の歩みにもならないと知った。不安自覚的になるだけで何かが進んだ気になったり、あるいは他人との強い共鳴がある種の安心感を産んだりする。でもそれは、自ら不安を招き入れている行為だろう。

「なんかよく分からないけど、なんか、どうにかなりそう!?」っていう根拠のない楽観のほうが、よほど衛生的だ。

今思えば、友人はうつに近い症状だったのかもしれない。もしくはそう考えれば、「しかたなかった」とわたしも割り切れるかもしれない。でも、実際にアテられた期間はなんだかものすごく、つらかった。無性に不安だったし、つねに心に影が指す感覚がべとっとまとわりついていて、いやだった。

と、書き綴り終わったところであらためて願う。すべての妊娠出産育児が、おだやかにゆますように!祝福されますように!「なんとかなる」で、なんとかなってゆきますように!!

だって、じぶんのこども、もうはちゃめちゃにかわいいよーーー!!こどもは、いいぞ・・・

2017-01-08

「脳のしくみ」の読メモ

下記書籍を読んだ。今後のために、得られたことを整理して文字列化した。発信したくなったか匿名ダイアリー投稿高木 繁治 (監修),"脳のしくみ―脳の基本構造から記憶のあり方まで",主婦の友社,2010.


脳
  人間生命活動総合的に制御する重要な器官
  大きく分けて
    大脳
      人間知的活動にとって最も重要な,思考・知覚・記憶言語運動などの働きを担う
    小脳
      身体各部運動が正確に行われるよう調整するのが主な役割, 平衡感覚脳幹
      呼吸、血液循環、体温調整、代謝など、生命活動の維持
  神経細胞ニューロン)、それらをつなぐ神経線維が多数
  支持・栄養補給グリア細胞

大脳
  三層
    古皮質
    旧皮質
    新皮質
  古:爬虫類の脳, 旧:旧哺乳類の脳
    本能的な情動にかかわる大脳辺縁系
    運動にかかわる大脳基底核
  新:最も人間的な部分
  大脳辺縁系
    細かく見ていく
      短期記憶蓄積 海馬
      好き嫌いや怒りなどの感情 偏桃体
      意欲に関係深い 側坐核、透明中隔
      快・不快で行動意欲につなげる 帯状回
      各器官をつなぐ 脳弓
    食欲や性欲などの生存本能
    恐怖や好き嫌いなど人間本能的な感情
    偏桃体は「情動の中枢」、好き嫌い、快不快原始的動物感情を生む
  左脳右脳

小脳
  身体を使って覚えたことは小脳記憶
  反復練習で正確に

脳幹
  命の座
  大脳小脳、延髄をつなぐ
  器官
    間脳(視床視床下部中脳
    橋
    延髄
    など
  心拍、呼吸、血液循環、体温調整
  大脳意識的活動の中枢であるのに対し、脳幹無意識的な生命活動の中枢
  視床下部にぶらさがる脳下垂体
    視床下部の指示のもと、ホルモン分泌
    前葉
      成長ホルモン
      甲状腺刺激ホルモン
      副腎皮質刺激ホルモン
      生殖腺刺激ホルモン
      プロラクチン
    後葉
      オキシトシン
      バゾプレッシン

その他
  利き手
  男女の脳
    脳梁 女性のほうが太い
    前交連 視床間橋も
    左脳右脳両方を連携して話す, コミュ力高
    など

神経細胞, グリア細胞
  情報伝達
  神経細胞
    大脳に140億
    小脳1000億
    脳全体 千数百億
    情報ネットワーク形成
    構成
      樹状突起, 他の神経細胞から情報を受け取る
      軸索      樹状突起の一番長もの、他の神経細胞との連絡, 神経細胞同士が結びついて情報が伝達され、新たな結びつきができることで”記憶”として蓄えられる
      細胞心臓グリア細胞
    接着剤
    サポート
    最近研究では、グリア細胞情報伝達に加担?

神経細胞
  情報伝達
    電気信号
    軸索
    シナプス
    神経伝達物質
  電気信号の伝播
    細胞膜
    イオン
    チャンネル開閉
    膜内と膜外とで電位差
    電位差が隣に影響を与えそっちでも電位差
    軸索を伝搬
    軸索髄鞘が覆っているかどうかで、伝搬速度も変化
  情報伝達2
    単一神経細胞内においては電気信号で伝達
    神経細胞間のシナプス間隙では神経伝達物質で伝達

神経系
  中枢神経
    脳
    脊髄
  末梢神経
    体性神感覚神経
      運動神経
    自律神経 相反する2種の拮抗バランス ホメオスタシス
      交感神経    興奮緊張
      副交感神経  弛緩抑制人間の心はどこにあるか
    近代に入るまで:心臓
    今:脳が重要
  感情
    人間けがもつ特有のもの
      親しみ
      同情
      憎しみ
      羞恥心
    動物的なもの
      空腹が満たされたとき快感
      睡眠不足不快感
      生命を脅かすものにあったときの恐怖、不安闘争心
      人間的な感情区別して”情動”と呼ぶ
  情動
    視床下部
      生物としての欲求生存本能
        食欲
        睡眠欲
        性欲
    偏桃体
      快
      不快
      怒り
      恐れ
    視床下部×偏桃体×海馬×外部から情報情動
  怒りや恐れで生理的変化
      交感 増
    副交感 減
  情動だけでは暴走してしまう。大脳前頭連合野理性的制御
  感情情報大脳に伝える
    偏桃体が喜怒哀楽などの感情判断すると、脳内ホルモンという神経伝達物質によって、大脳皮質まで伝達
    脳内ホルモンの分泌コントロール:モノアミン系 神経細胞の集合
    モノアミン系
      A
        1-7 ノルアドレナリン
        8-12 ドーパミン
        6は怒りの中枢
        10人間しかない
      C
        アドレナリン
      B
        A,Cを抑える
    ホルモン脳内に伝わって、緊張や興奮などの生理的変化を身体にもたらす
    感情脳内ホルモンによって引き起こされるといってもよい
    役割
      ドーパミン  快感幸福感を増幅、意欲・運動調節・ホルモン調節
      ノルアドレナリン 怒り、不安、恐怖の感情覚醒記憶
      アドレナリン 恐怖
      これらにたいして抑止的に作用する神経伝達物質
        セロトニン
          睡眠、体温調節、生理的機能、過剰な興奮や衝動抑うつ感の軽減
          不足するとうつ状態
          片頭痛発症にも関与?
    幸福感の源
      本能的な欲求が満たされたとき動物全般にみられる
      ほめられる、試験合格コンテスト優勝、新しい知識獲得
      目標達成。小説が波乱万丈の末にハッピーエンド
      快の感情を追求することが、まさに人間らしい幸福感であり、ひいては人類進化につながる
      ドーパミンがその原動力
    主な神経伝達物質
      モノアミン  ドーパミン
                  ノルアドレナリン
                  セロトニン
      βエンドルフィン
      アミノ酸    γ網の酪酸ギャバグルタミン酸
      アセチルコリン
      神経ペプチド
    ストレス
      ホメオスタシス
      病気やケガ、不快環境トラブル経済的不安といった原因(ストレッサーから何らかの圧力を受けていると感じ、それに反応して心身が緊張している状態を指すのがストレス
      ストレスを感じると
        脳内ホルモン分泌  → グルコース身体エネルギー源)の生成を促進
        交感神経活性化    → 緊張が高まり、はたらきが活性化
      ストレスから抜け出せず、長期間バランスを崩していると
        睡眠障害学習能力低下、集中力低下、感染症など
        心拍数増加、血圧血糖値の上昇、気管支拡張思考力低下
      ストレスの進行度
        1. 警告期  ストレスに備えるべく活性化
        2. 抵抗期   ストレスの原因と闘う時期
        3. 疲労期  ストレスから抜け出せないと疲労期。糖質コルチコイドやアドレナリンノルアドレナリンなどが過剰に分泌されるために起こる。私たちストレスを強く意識するのはこの時が多い
      ストレス本来、外から物理的、心理的圧力に備え、克服するための脳や身体の反応
      ストレス日常的にあっても不自然ではない
      ストレスレベルが高すぎても低すぎても生産性は落ちることが証明済み
      適度なストレス必要
      定年後に燃え尽きてしまう人は、ストレスが少なすぎだからかも
      必要ストレスでも、慢性化すると心身に変調
        不安障害
        強い恐怖感
        動悸 息苦しさ めまい
        パニック障害
        強迫観念へのとらわれ
        強迫性障害
        PTSD
      人間幸福を感じるとき大脳辺縁系帯状回にあるスピンドルニューロンという神経細胞活性化し、細胞が伸長する
        いったん長くなると、不幸があっても縮まない
        長い分だけ幸福感が持続する
        幸福体験を重ねるほど伸び続ける
        ストレスに対しても強い抵抗力を持つ
        と言われている
        くよくよしないで前向きに考えることは脳を活性化し、免疫力を高め、病気悪化させない効果につながる
    恋愛
      性欲 視床下部
        第一性欲中枢  セックスを求める機能
        第二性欲中枢  セックスを行うための機能
      第一: 男 >> 女
      第二(男):摂食中枢のそば。空腹で生命危機だと性欲高
      第二(女):満腹中枢のそば。失恋でやけ食いはこのため?
      人間けがもつ感情の一つに、恋愛に関する感情
      恋愛感情を起こすのは主として性欲の情動だが、それだけではない
      恋愛対象としてふさわしいか総合的に判断するのは前頭葉にある前頭連合野

言語
  すべての民族に備わっている

記憶
  短期記憶  作業メモリ
  長期記憶  ストレージ
    陳述記憶
      意味記憶        一般的知識
      エピソード記憶  出来事
    非陳述記憶
      手続き記憶        身体習得する記憶
      プライミング記憶  無意識のうちに思い起こす記憶
  エピソード記憶は、意識すれば比較的容易に思い出せる、意味記憶きっかけがないとなかなか思い出せない
  頭の中に画像を描いたり、メロディをつけたり、音読したり、語呂合わせにしたり、物語にしたてる、五感を駆使するなどすれば、意味記憶も同様に定着が可能

睡眠
  体と脳の休息
  夢
    睡眠中に脳内で起こる仮想体験

五感
  略

脳の発達・進化・老化
  系統樹
    魚類
    両生類
    爬虫類
    鳥類
    哺乳類
    人類
  大脳神経細胞受精後四か月=成人
  誕生後に神経ネットワークを構築
  20歳ころに完成
  脳の老化は、神経細胞の変形と、脳内における密度の低下によるもの
  大脳皮質細胞数はあまり減少しない
  脳幹黒質では大きく減少、黒質運動調節・ドーパミンを分泌、運動能力・意欲の低下
  神経細胞同士をつなぐシナプスは増えることはあっても、減ることはない。記憶力や運動能力は衰えるが、思考力や判断力は衰えない
  植物状態大脳機能停止。脳幹機能

脳の病気
  略


以上

2016-11-14

初めて妊娠して初めて流産経験しそう

妊娠した。

まあずっと妊娠たかったっていうか、妊娠でもしなけりゃ今の相手とは結婚できないだろうし、このままならダラダラ付き合い続けてもろもろの適齢期を逃し、お互い実家に戻るときに別れるか自然消滅かなって思ってた。付き合いはじめは彼のほうが結婚結婚言ってたものの、気持ち落ち着けさらりと躱されるようになってしまった。こんなもんだよね。

こちらはさっさと結婚して欲しかったけどね。めっちゃタイプだしさ。あとアラサー

そんなこんなで同棲一年半。

いわゆる着床を感じた。まあはじめて危険日?に事故が発生したから、身体が敏感になってたのもあるけど、明らかに体調がおかしかった。着床してそうな日から風邪と疲れのダブルパンチを食らったような状態生理前なので体温の上昇は当然。PMSでもともと眠気吐き気腰痛頭痛はおこるものの全症状がやたら重い。とにかくだるい。もちろんすぐにピンときたので余計な薬は飲まず、黙って葉酸を摂り始めた。

薬局に売ってる妊娠検査薬生理予定日の一週間後から使えるやつが一般的。まだはやい。が、ドキドキが抑えられずフライング検査をしてみた。

陰性。

今までにも何度か生理が遅れていたときに使っていた検査薬。陰性がでてああ、なんだ、と思えば3日以内に生理がきてた。

だけど今回は身体からサインがはっきりしていたから、陰性の表示をみても、そんなはずはない早すぎた、と断言できた。

ゴミ箱に投げ込んでその日は就寝。彼氏には黙っていた。

翌日、ゴミ回収日のためゴミ箱をガサガサ分別していたら、昨日のあいつがポロと転がってきた。

あれ、陽性になってる….。

こんな時間差アリかよ?!って思いつつもまあでもストンと納得した。っていうかですよね!って感じ。

そっからじわじわとツワリがはじまった。身近で出産した方がほぼ無症状で出産までいってたから、なんとなく私もいけるやろ!!って思ってた。甘かった…。

吐くまではいかずも常に吐き気が伴う。お腹すいても気持ちわるい、食べ終われば気持ち悪い。食べてる時間が一番楽だった。これを食べづわりと言うらしい。ニオイにはそこまで敏感ではないけど、日常のあらゆるニオイが気になるようになった。あと眠い

産婦人科にいって、胎嚢を確認心拍はまだわからずまた二週間後に、とのこと。彼氏覚悟決めた、と笑いながら肩を抱いてくれた。そして照れ屋の彼は幸せにするよ、と棒読みで。プロポーズはいつがいい?と冗談みたいに本気で聞いてきたりゼクシィ買ったり引っ越しのはなしをしたりソコソコ幸せだった。女になったなあと思ったよ。

そして、昨日の夜中ことだ。

トイレはいって小さく悲鳴をあげた。血だ…。

そういえば今日基礎体温低めだった。お腹も痛かった気がする。ちょっとくらいの出血なら妊娠初期にはよくあること?鮮血腹痛は危険?ぐるぐるいろんな情報が頭を巡った。服も半端なままトイレを飛び出し病院電話。その時点で出血もあまりなくなって、痛みもさほど感じない。病院へは朝向かうことにした。彼には悪いことをした。明日は朝から仕事だというのに大丈夫だよ、と何度も抱きしめてくれた。私はわんわん泣いた。もう赤ちゃんはいなくなるんだろうと思った。

先生は優しく教えてくれた。どうやら、恐らく妊娠継続は難しいだろうとのこと。出血も多く、成長が止まっているようだと。そして一週間の安静。来週また来てくださいね、と。

付き添ってくれた母は色々話しかけてくれ、私の気を紛らわそうとしているようだった。母の方がよっぽど辛そうだったが、私は家族の前では泣けないのだ。病院から静かにしろと、私は母に何度も注意した。

その時はまだ希望があるからこその一週間安静、と言われたんだと思った。恐らく違うんだろう。

そのうち、お腹の中で育たなくなった赤ちゃんと、赤ちゃんのための組織は流れ出てくることがある。自然流産というやつだろうか?それが出てこず子宮内に残るなら手術が必要になるのではないかと。それを確かめるための一週間。そういうことじゃないか、と思った。

調べれば調べるほど納得と不安とで吐きそうになっている。

妊娠初期の流産ほとんどが遺伝子になんらかのエラーが起きているせいで、母体のせいではないだとか、不安をやわらげてくれる内容の記事とともに出てくる、流産経験した方々の体験談

人によっては陣痛のような痛みと生理以上の多量の出血があるのだとか。

赤ちゃんの入った袋が出て来るのを確認できる人もいるのだとか。

そんなのこわくてお風呂に入れないじゃないか

まだ出血は続いている。痛みは断続的にじわじわと。着床後にあった痛みとは多分ちがう。希望はもうば捨てたいけど、もしかしてもしかしてと、脳は思ってる。決して少なくはないはずの流産まさか私に、とどこかでまだ思ってる。

実感なんてつわりくらいしかほぼなかったけど。ただ今は不安で悲しくてしょうがないよ。迷惑かもしれないけど、彼には今すぐ仕事から帰ってきて欲しいよ。

それと、決まりかけた、大好きなあなたとの将来はいったんリセットで、もしかしたら…と思うともうどうしようもない。画面も滲んでよく見えない。

2016-11-05

流産2回目ほぼ確定

不妊治療をやめて数年前に一度妊娠したものの、心拍確認後に流産

今回妊娠した時はあまりぬか喜びしないようにしたけど、先日心拍確認

しか出血して病院に行ったら胎嚢の中身が見えないとのこと。

まだ確定はしていないけど、ほぼ流産確定だろう。40近いし、もう不妊治療はしないと決めているのでこれが最後妊娠だったかもしれない。

またダメかもしれないと思ってはいたが、やはり涙が出て止まらない。病院から帰ってきてずっと泣いている。

そもそも自分子どもがそんなに欲しいとは思っていなかったけど夫はすごく欲しそうだったので、こんなことになって夫にも申し訳ないし、

離婚という考えもよぎっている。

流産したという人のブログ検索しても、大体が「●回流産したけど無事出産しました」というものが多く、かえって精神的にきつい。

そしてこういう時に限って会社の同僚は出産をするために休みを取っていたり。

不育症検査をしても、また流れてこんなに悲しい思いをするのならかえってやらないような気もする。

前回流産した時もふと思い出しては泣いていたりして、立ち直るのに1年以上はかかったから今回もしばらく引きずるのだろう。

これから手術しなきゃいけないかもしれないし、こんなことな妊娠しない方が良かったと思ってしまう。

私にとって妊娠とはつらい思い出しかない

追記

あたたか言葉をかけてくださった方ありがとうございます

今日は「この出来損ない」「役立たず」という心の声が聞こえてきて寝ながら泣いている状態

もう生きてないのに喉はとても乾くのがつらい。

これからまた流産確定させて手術しなければいけないとか思うと全然立ち直れそうな気配がない。

2016-10-27

赤ちゃん夜泣き対策、その具体的な手段について

日本の子育てでは「寝かしつけ」という単語がごく当たり前に使われる。

どの夫婦も、この「寝かしつけ」で非常に苦労している。

こうなると大人も眠れなくてイライラが募り、子育てにも生活にも余裕がなくなる。

夫婦間のコミュニケーションもギクシャクしてしまうだろう。

それは我々大人にとってだけでなく、子供にとっても大変不幸なことである

というわけで、我が家の「寝かしつけ」というか、夜泣き対策を紹介したい。

「寝かしつけ」をやめる

夜になったら、赤ちゃんを一人で寝かせる。

電気を消して、静かな部屋で、一人ベビーベッドで寝かせるのだ。

多少泣くくらいで様子を見に行かず放っておくこと。

これによって、うちの家では夜泣きもすぐに終わった。

今では寝かしつけを父親母親祖父母も、誰もやっていない。

とても楽ちんである

なぜこれが夜泣き対策として効果的か?

子供は、寂しかったら泣けば誰かが来てくれると学習してしまうからだ。

なので、夜泣きしてすぐに様子を見に行ってしまうと、夜泣きエスカレートする。

子供は、大人が隣で寝てるから起きるし、夜泣きもする。

誰もいなければ、それは子供にもわかるので、多少泣いたとしても諦めて寝る。

同じ「何もしない」でも、近くにいるのといないのとでは全然違うのだ。

近くにいて「何もしてくれない」になると、それは無視されていることになる。

無視されると生死に関わるので、子供必死で抵抗する。さまざまな手段で親の気を引こうとしてくる。

これが夜泣きの一つの原因になっている。

どうしても不安だという方は

ネットワークカメラなどを設置して、子供の様子を別室から確認する。

それでも心配だという場合は、体温や心拍や呼吸数などを確認できるデバイスを付ける。

注意点

当然だが、子供は体調が悪いなどの理由で夜に泣く場合もある。

もし普段の泣き方と違うとか、延々と泣き続けるようなら、様子を確認した方が良い。

あと、夜間の室温や湿度の調整にも気を使うこと。

子供は布団をかけたり剥いだり、服を脱いだり着たりが上手にできないので。

それでは、皆で「寝かしつけ」って単語死語にしていきましょう。

余談

こういうエントリ顕名で書けない今の日本の状況って怖いよね。

2016-10-03

愛犬が亡くなったという話

まず最初に、とても長い。意味もないと思う。

同じ風に感じている方がいるなら、今いる子を可愛がって欲しいと、そう思う。

あと、決して後味のいい話ではない。



愛犬、と言いながら、実際に愛していたかといえば、怪しいものであった。

というのも、この犬は自分人生で2匹目の被害者からだ。


中学生とき飼い始めた小型犬は、自分のしつけと世話がへたくそだったおかげで

お座りと伏せと待てしかできず、あまりにひどい有様に

飼い始めて5年後くらいに父の実家祖母に飼われることになった。

散歩がろくにできないこと、糞尿の処理が面倒だったこと、

頻繁に洗えなかったこと、そしてその汚れや臭いで、

更に近づこう、触れようという気持ちが遠ざかることの悪循環だった。


何よりワクチン狂犬病予防接種に行かせていなかった。

全てにおいて未熟そのもので、そして同じく犬を買い与えた親ですら

毎年狂犬病予防接種義務付けられていることを知らずにいた。

その間フィラリアに掛らなかったのは奇跡だったと思う。


汚れて狭いケージで過ごした5年間は、彼にとってはさぞかし地獄だったろうと思う。

あれはまぎれもない虐待だったと思う(ネグレクトだそうだ)。


祖母に引き取られてからの8年間は、ケージの中でなく、自由に家の中を歩く事ができ、

1日2回の散歩に連れていってもらい、月1回のトリミングシャンプー

不潔であることはなくなった。当たり前のことだった。

引き取った頃はガリガリに痩せていて、カーテンや畳に尿をかけて大変だったと聞いた。


祖母を信頼するようになったら、徐々にそういったことが減り、

よく『笑う』し返事するようになった。

(愛されている犬の写真というものは毛並がきれいとか、瞳が輝いているとか、

それ以外にも、『表情が笑っている』ように自分には見える。)


祖母に引き取られた後も、時々顔を見せるようにしていたが、

あんなにひどい環境に置かれていたにもかかわらず、

彼は自分祖母宅に訪れると大喜びで走ってくる。

久し振りだね、元気にしてた?遊んでよ、と寄ってくる。

自分ますます彼をきちんと世話できなかったことで自分を責めた。


でも、彼にとっては自分から愛情がほしかったのだろうとおもう。

祖母のことは好いていたけれど、それとは別に自分から愛情が。

あれだけ酷い仕打ちをした自分に、尻尾を振る彼の様子を見て、

祖母はたまに嫌味を言ったが、それでもこんなに笑って幸せそうに暮らしているのなら

彼にとってはそのほうがずっとずっといいと思っていた。

あんな飼い方をするより、嫌味を言われるくらいどうということはないと思った。

(その後その犬は胃を患って、ご飯が食べられなくなり、今から5年前に息を引き取った。

可愛がっていた祖母はたいそう悲しんでいた。)


その犬が祖母に引き取られて数年たたないうちに、

また親が別の犬を家に連れてきた。

同じ職場ブリーダーがいて、このほど子犬が生まれたのだという。

ブリーダーのもとで生まれたある犬種の純血種。

もしペットショップなどで購入したら30万くらいだろうと思う。

それを20万で譲ってくれるというのだ、試しに1日だけ家で見てみないかと、

親に提案されたが、この時ばかりは自分は大反対した。

絶対にこの犬は幸せになれないと思ったからだ。


祖母に引き取られた犬があれだけ荒れていたことを忘れたのか。

自分は世話ができないので、全て親が見るのならいいが、

そうでないのなら飼うべきでない。こんなにかわいいのなら他に飼い手が見つかる。

絶対に返してきて、そう何度も念を押した。

その次の日、自分は遠出の予定があり、外泊したため家に2日ほど帰らなかった。

帰宅したらどうだ、察しの通りあの犬はまだ家にいた。

飼うことに決めたのだと。今度は狂犬病予防もワクチンフィラリア知識もある、

散歩も協力して行こう、ということで支払が済んでしまっていた。


それから10年、やはり親は忙しいという理由散歩にいくことはしなかった。

一匹目とまったく、とはいわないが、ほとんど同じだった。

1畳ほどの狭いサークルの中にベッドとトイレ

家に人が尋ねれば、誰かが来たことにワンワン鳴いた。

犬のいる部屋で家族の誰かと誰かが触れ合ったりすると、羨ましがってワンワン鳴いた。

洗濯かごを持てば、また部屋に人が戻ってくることが分かっていたから、やはりワンワン鳴いた。

あんなに放置しているのに、なぜだか親に一番尻尾を振っていた。

自分は多分2番目だったと思う。

この犬もやはり、誰の愛でもなくて親の愛が一番欲しかったのだと思う。


その犬を飼い始めて3年後、大学最後の1年だけ単位が足りず恥ずかしながら

留年してしまったため親に借金を作ってしまった。

就職したとき、きちんとお金で返すと伝えたが、お金は要らないが、

代わりに犬の世話をしろ命令され、仕方なくやっていた。

1日いくらなのか、どれほどの期間世話をしたら元が取れるのか、

結局そのあたりの協議あいまいなままだったため、最後まで自分が世話係だった。

休日の日くらい散歩をしてくれと頼んでも

あなたお金を払ってやってもらっているのだからやれと言われただけだった。


狂犬病予防注射ワクチンの接種、フィラリアの投薬等、

犬を飼育する上で最低限のことは欠かさずやっていたが

日常生活においてはたまに(1.5か月に1回ほど)洗って、爪を切って、

そのまま散歩したり遊んであげたりするだけで

毎日散歩などしたことがなかった。ひと月に1~2回、あればいい方だった。

生かさず殺さず、ただ狭いサークルの中で、生き地獄だったろうと思う。


4年前の今頃、ある朝ご飯を食べたがらなかった。

カリカリでも、おやつでなくても、残さず平らげていた子が珍しいなと感じ、

食べたくないならおやつだけでもいいよ、とジャーキーを数枚

普通のご飯の上に置いて仕事に出かけた。


その日なんとなく、仕事の休憩中に今の犬も広義にはネグレクトなのでは、と思い

ぼんやり犬の飼育のことについて調べていた。


動物愛護団体に賛成するような人の、立派に犬を可愛がって育てている飼い主の意見が沢山でてきた。

それと同時に、こうしてサークルケージの中で一生を終える犬が1/4くらいいることも知った。

ますます責められているように感じて、帰宅したら散歩に連れていこうと思った。


帰宅したら、おやつはなくなっていたが、ご飯を全部食べておらず、

お水も飲めなかったのか鼻が乾いていて呼吸が浅く、ぐったりとして、明らかに普通ではなかった。


残業して、コンビニに寄って帰ったことを後悔した。

最寄りの動物病院はすでに終わってしまっていて、電話をしてもなしのつぶてだった。

しかしながら、時間外でもたまに電気がついていることがあったので、

親の帰りを数分待ってからダメ元でも直接尋ねてみることにした。


親が病院の裏口に先生を呼びに行ってすぐ、犬の咳が激しくなった。

今まで聞いたことのないタイプの咳だった。包んだタオルに薄い血がついた。

しばらくして、先生助手の方が玄関を開けてくれた。

処置室に運んですぐ、鼻と口から血を出して、突如首の力が抜けた。

もうダメかもしれません、覚悟してください、とお医者様が言った。

心拍を測る金属製ピンチを足の付け根の皮膚が薄いところにつけ、

血を吐かせて、心臓マッサージ酸素吸入をしたら、再びもがくように動いた。

そのまま酸素を嗅がせているだけで違うと言われ、吸入器を鼻に近づけ続けた。


肺水腫あるいは心臓疾患と診断された。

肺に水が溜まり、充分な酸素が取り込めず、呼吸困難に陥っているという。

強力な利尿剤を用いて下から水を排出できれば、なんとかなるかもしれない、

でも今日かもしれないので覚悟はしてください。

その間血液検査をしたり、レントゲンを撮ったりしながら様子を見ていた。


時折苦しそうに口から血の混じった水を吐きだしたが、

意識がはっきりして目がうごき、こちらを見る余裕がある瞬間もあった。

2回ほど呼吸が止まり、挿管して気道を確保したりした。

さな体の半分ほどの長さもある管を、入れられる様は言葉にならなかった。

もうやれることは全てやりましたので、あとは酸素室に入れて薬が効くのを待って、

明日の朝まで経過を見ましょう、そういって酸素室に入れた。


今後の説明ガラス張りの酸素室の前で聞いている間、

ずっと犬は自分と親の顔を不安そうに見つめていた。

数分と無かったと思う、突如よろよろ立ち上がり、そして酸素室の奥へ行き、

それから動かなくなった。


大量に血を吐いていた。


診察台に戻し、心拍数を測りながら、心臓マッサージ酸素吸入を続けたが、

ほどなくしてそのまま動かなくなった。


医者様が何度も、力になれず申し訳ございませんと、頭を下げた。

それ以上に、時間外でも嫌な顔をせず、ここまで処置をしてくれたことを

有難く、本当に申し訳なく感じて、ただ、ありがとうございましたと伝えた。


さな箱に入れて、亡骸を渡されるまで、待合室で、

彼が生きた人生はどうであったろうかと考えていた。

親に「もう犬は飼わないで」と伝えた。

自分にも、悲しむ権利などないのではないかと思った。


人生の8割くらいを、あのトイレ寝床とエサ入れと水入れしかないサークルで過ごし、

どんなに寂しい想いをしただろう。構ってほしくて吠えただろう。

あの時急変したのは、お医者様に預けて、帰ってしまいそうな自分たちを見て

1人で逝きたくなかったから、酸素からたかたからではないだろうか。


ペットを愛している方から、後悔するくらいなら親などあてにせず、

あなたが誠心誠意世話をすればよかったじゃないか、と

怒りをぶつけられても仕方のないことと思う。


何故こんなことを書き綴っているのかもよくわからない。罪から逃れたいのだろうか。

親のせいにして、自分のせいにしたくなくて。

頭では、命を預かる責任家族全員にあると分かっている。

けれど、どうして救えなかったのか、愛せなかったのかを考え続けている。


友人に犬が亡くなったことを知らせたら、「愛されて幸せだったと思うよ」と言った。

社交辞令なのは重々承知だった。

けど、そうではない、愛されていたら、こんな終りではなかったはずだ。

今朝餌を食べたがらなかった時点で、医者に連れていけたはずだ。


その日の夜に、合同葬の予約を取り付けて、夜眠れなくて階下に降りたら、

玄関口に安置していたはずの亡骸の入った箱がなくなっていて驚いた。

親が自身の枕元に持っていっていた。

一人で寂しいだろうから、と言った。泣いていた。


彼は生きているうちに、ずっとそうしたかったんじゃないだろうか。

生きているうちに、親の布団で一緒に眠れたら、よかったのではないだろうか。

毛が付くから、犬臭いから、そんな理由をつけて、一度もそうしなかった。

彼は他でもない、誰よりも親の愛がほしかったはずなのに。


泣くくらいなら、毎週のように旅行になんて行かず、

休日の朝にでも散歩に連れて行ってやればよかったのに。

朝餌を食べない事くらい、自分ですら容易に気が付けたはずなのに。

追い打ちをかける言葉ばかりが出て、結局黙っているしかなかった。


もっとちゃんと、絶対に飼ってはいけないと反論できていれば。

あの日、強く反対していれば。


火葬場へは、やはり親は仕事で同席できなかった。

自分はただ、やるせない気持ちだけで申込書にサインをした。

手続きを終えて、支払を済ませ、あとはお別れをしてきてくださいね、と受付の方に言われた。


祭壇の部屋で、安置された亡骸に、

ただ寂しい思いをさせて申し訳ない、

次はもっとちゃんと愛してくれる人のところへ生まれてくるようにと

一人で手を合わせた。


そのときもやはり、自分には悲しむ権利はないと思った。

2016-09-28

IoT化ってもう日本は手遅れなのかも

電動スケボーやら電動ベッドやら睡眠デバイスやらと、いろいろなIoTデバイスが登場し始めて数年

まだまだいろいろ出るだろうけれど

最近海外のほうがよっぽど革新的製品を小さなメーカーがつくっている

日本メーカー資金力があるのに全然スピードも何も遅すぎる

まじめに、すぐに耐久性とか言うけど、そんなにもたなくてもいいんじゃないの?

結局、電動スケボーでも全然乗れる場所ないし

電気用品安全法や消費生活製品安全法などの障害もあるのだろうけど

とにかく日本では開発が遅れがち

せっかく作っても使えないのであれば、作る人もモチベーションあがらないよね

日本で開発が進まないのはIoT関連の法整備の遅れが原因という部分もありそう

なんか、人のこころが温まるような何かみたいな、心拍センサー使ってやる何かくらいの緩い方向性デバイス作るくらいしか日本は戦えていないのは本当につまらない。

電化製品関連だけではなく、道路交通法などいろんなものを早くまきこまないと、すぐ手遅れになるだろうし、もう既に手遅れなのかもしれない。

2016-07-29

国民全員にGPS埋め込みを義務化しよう。

性犯罪者などの前科持ちや殺人予告犯だけ埋め込むのは差別からこそ、国民全員にマイナンバーリンクしたGPSタグを埋め込めば公平性観点から見ても問題ないだろう。

これから独居老人が増える。心拍リンクさせれば独居老人遺体の早期発見にも役立て、導入しない理由はないと思われる。

相も変わらずはてなーは反対ばっかりで呆れるが、それはお前らが埋め込まれてないからだぞ。

国民全員にGPSが埋め込まれていれば、より平和になることはわかりきっているはずだ。

相互監視社会の方が、絶対いい。

http://b.hatena.ne.jp/entry/headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20160728-00000044-ann-pol

2016-05-01

二度と産まない

予定日より2週間早くおしるし出血があり、陣痛が始まり、夜中に入院

破水があり、分娩室で頑張ったものの、赤ちゃんは出てこない。

医師が吸引を試みるも、やっぱり出てこない。

赤ちゃん心拍が弱くなり「帝王切開に切り替えます」という医師の声。

スタッフが慌ただしく手術の準備をする中、看護師からあなたは十分頑張ったわ、あとはこちらに任せてね」と言われた。

夜中の入院から7時間以上経過しており、眠っていない私の意識朦朧としていた。

麻酔科から質問にもうまく答えられず、付き添いの母が代わりに答えてサインしていたようだ。

とにかく、陣痛の痛みを何とかしてほしいのと、赤ちゃんを助けてほしいだけ。

手術室に移動して、腰に痛み止めの注射麻酔を打った。

しばらく待って麻酔の効き具合を確認され、感覚が残っている箇所があったけれど、赤ちゃんが危ないので切開することに。

メスを入れられたのは分かった。

でも、陣痛の痛みを経験したせいか、痛いとは思わなかった。

下に降りていた赤ちゃんをグイッと取り出すのも分かった。

赤ちゃんは無事に誕生して、早速新生児室へ移動。

私は後処理と縫合。

少し痛みを感じて、麻酔を追加で吸入した。

麻酔科医がずーっと話しかけて、眠くて仕方なかったので「眠っていいですか?」と聞いたら「ダメです」と言われた。

手術が終わり、医師からあなたは今後も普通分娩では産めないから、次は2年ぐらい空けるように」と言われた。

頭骨盤不適合とのこと。

やっと病室に戻れたものの、しばらくは麻酔チューブが付いたまま、体を起こすこともできない。

医師新生児室で赤ちゃん写真撮って持って来てくれたので、それをずっと眺めていた。

夜、夫から電話がかかってきた。

「おまえ、頑張りが足りなかったね」

第一声にわが耳を疑った。

お疲れ様でも、ありがとうでもなく、頑張りが足りなかったと。

頑張りが足りなかったか普通に産めなかったんだと。

電話を切ったあと、涙が止まらなかった。

この人の子どもは二度と産まないと心に誓った。

入院中、姑は仕事の昼休み毎日やって来た。

私のいた病院では、帝王切開だと点滴が外れるまでの間、赤ちゃん新生児室で過ごし、母乳時間だけ看護師さんが連れて来るというスタイルだった。

ある日、たまたま病室に来ていた看護師さんに姑が聞いた。

「この部屋にはどうして赤ちゃんがいないの?」

看護師さんが病院方針説明すると

「ふーん、部屋に赤ちゃんがいないから産んだ気がしないでしょう?」と私を向いて言った。

看護師さんの表情は固まり、私はこの人の孫は二度と産まないと心に誓った。

子ども誕生日が来ると毎年思い出す、悲しい記憶

2016-03-31

流産した

31歳既婚女性会社員です。

初めての妊娠流産してしまいました。


2月10日頃、生理の遅れから妊娠たかもしれないと思う。

2月14日妊娠検査薬で陽性。

2月18日、初診。胎嚢らしき黒い丸は見えたもののはっきりしないとのことで尿検査だけで帰宅

2月26日、2回目の診察。胎嚢と心拍確認

3月25日、3回目の診察。心拍確認できず「稽留流産の可能性が高い」と言われる。

3月27日、夜から早朝にかけて自宅でこれまで経験したことのないような激しい腹痛と大量の出血。臓器のようなかたまりが出てくる。

3月28日、4回目の診察。子宮収縮剤と抗生剤を処方される。


こうやって書いてみるとまだ妊娠がわかってからまだ2カ月もたっていないのですが、気持ちの上ではとても長かったです。


少しの眠気とだるさだけで、食欲もあり、吐き気などはまったくありませんでした。

妊娠したことは夫、友人4人、職場上長1人だけに伝えていました。

もともとお酒をよく飲むほうだったので(飲まないことはさほど苦ではなかったのですが)飲まない理由を周囲になんと言うか毎回迷いました。


現在は薬の副作用で多少体調が悪いものの、ほぼ会社も休むこともなく、いつも通りに過ごしています

ショックはショックですが、まだあまり実感がないというのが正直なところです。

移動中や寝る前に時間ができると、「流産 体験談」「流産後 過ごし方」など検索してブログ掲示板を読んでいます


妊婦のうち15%が流産し、その原因のほとんどが染色体異常など自然淘汰らしいです。

そのうち胎児心拍確認後に流産する人は5%だとどこかで読んで、5%というわずかな中に入ってしまったんだなって、じわじわかなしい気持ちがわいてきます


もし自分が人から流産した話をされたらなんて言ったらいいかわからないな、そんなに重いものを背負わせたくないな、と思ってあまり人に言っていません。

それで今ここに書いています

読んでくれてありがとうございます

2016-03-03

終わった

結局心拍確認はできず、手術をすることになった。

だけど、昨日から進行流産。終わった。

この3週間、何度もシミュレーションしたりして覚悟をきめていたつもりだったけど

上司に再報告したり、健診で処置があったりするたび、

どうにもこうにも感情が高ぶって、涙が出る。

※さすがに職場では泣きませんが

明日からまた会社だ。

既婚者が具合悪いと、もしかしてつわり?とか…なんとかならんかな。

2人目そろそろですか?とか。

もちろん悪意のない雑談なんだから、流せばいいだけなんだけれども。

気分も戻らないししばらく休みたいけど、休むのには上司以外にも事情を話す必要があるし

そんなことまで話したくないし、はげまされたいわけでもないから

やはり何食わぬ顔をして、働くしかないのだろうな。

明日朝起きたら、元気になれますように。

はー。

また会えるといいな…

会いたいなぁ…

2016-02-27

心拍を測定できる機器中国から転売費用含めて4000円程度。一方、日本

2016-02-15

2週間後が怖い

妊娠して3度目の健診。

7週すぎたのに心拍確認できなかった。

女医さんは、少し遠回しに、一応来週か再来週にまた見てみましょう、と言っただけで、

悲観的なコメントはなかったのだけれど。

そういえば、今回はつわりは5週の頃にはあったけど、6週後半にはほとんどなかった。

冷蔵庫匂いも、ごはんの炊き上がる湯気も、全然平気だった。

2回目だから軽いんだなー、と楽観的に思いすぎていたのか。

結局健診を再来週にしたけど、この悶々とした気持ちで、1日が長い。

たぶんダメなんだろうな。

体の調子も、なんか妊娠前のとき全然変わらないし…

つい数日前に母子手帳もらったばっかりでだったのにな。

悲しいな…

よくあることだよ、誰のせいでもないよ、そういうもんだったんだよ。

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