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はてなキーワード: 心拍とは

2018-09-15

anond:20180915032043

時間は変化によって生じている。

変化がなくなった状態では時間は停止、消滅している。

変化がなくなっても「観察」は可能。=動画を止めて、静止画を見ている状態

呼吸と心拍を止める三昧に入れば、自分自分を観察することはできる。無熟考にして有吟味状態だね?

2018-07-29

のろけ

誰に聞かせる話でもないから1人で喋ってから寝る

短めの眉毛れいにしてるところと睫毛が下向きで長いところと口が小さくてちょんってしてるところとわしゃわしゃするとかたい髪の毛が好き

から唇と顎にかけてがまっすぐきれいなところといつも同じ場所に剃り残しがあるヒゲと、あと虹彩が真っ黒な目も焼けすぎてサーファーみたいになってる肌も、遅い心拍自分より1℃も高い体温で包んでくれる腕の太さが愛しい

頭がたぶんすごく良い、周りに流されないで実はクソ真面目なところと赤ちゃん言葉が似合うとろんとした喋り方とすぐヨシヨシしてくるのに結局おっぱいには勝てないところ、酒飲むとすぐ真っ赤になって偏差値が下がるところ、朝起きて一番に電話かけてくるところも眠いと急にわがままになるところも全部可愛い

全部まるごとぎゅってしてあげたくなる.. 頭がおかしい...

2018-07-04

anond:20180703151442

心拍の数がかわっとるwww

直すのは構わんがもうちょい調べてから書けやwww

はいはい嘘松嘘松

2018-07-03

思い出のこと

 BPM128の4つ打ちキック心拍音。

 そんなクッソどーでもいいトリビアが、なんでかアタシの頭に引っ掛かり続ける。

「お客さん、意味分かんないよ」

 あきらかにくたびれたふうのサラリーマン。下からのぞく息子のよそおいも、割と似たり寄ったりだ。

 まーた面倒くさい客だよ、オーナーもいいかげん、どんだけアタシを廃品処理に回すのが好きなんだ。

 客が仕切りの向こう、天井に掛かるスピーカーを指差す。

 ずんどこやかましいダンスミュージュクが、アタシの脳天をゆっさゆっさと揺さぶってくる。

 きっと揺さぶられすぎて、あの頃のアタシは脳しんとうにでもなってたんだろう。

「あれな。ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンって言ってんじゃん」

「それがキック?」

「そう。まぁ床を足で踏み鳴らすみたいだし、キックそいつが1分間に128回。ダンスミュージックって、これより速くも、遅くもない」

「へー。で?」

 もう全然興味わかない。けど、奴はそのまま続けてくる。

人間心臓って、だいたいこの半分、1分間に64回打つらしい。つまりダンスミュージックって、割と人体のテンポにぴったりなんだよ」

 へー。

 ほー。

「だからさ、」

 客が、ぐい、とアタシに顔を近づける。

「してみてくんねえ? このテンポで、手こき」

「はあ?」

 変な声上げちゃいましたよね、思わずね。

 いや、やらせろ、って言ってくる客に比べたら、むしろ楽でいいんだけどさ。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドン

 音に合わせて、シュッ、シュッ、シュッ、シュ。

 ピンサロがどういう所か、ってのの説明から、一応しといた方がいいかな。

 腰ぐらいの高さの仕切りで区切られた、二メートル四方くらいの空間。立ち上がれば、割と隣のペアプレイまる見えだし、会話の内容もまる聞こえだったりする。スペースの中はソファみたいな床なことが多いかな。他のお店じゃ畳だったこともあった。そこでいい年こいたオッサンが、女にこかれてアヘアヘ言う感じの場所

 まぁ、こんなとこに関わったら一発で男のこと嫌いになるの請け合いだよね。控え室の話題だっていちばん盛り上がるのは客の悪口だしさ。

 さて、アタシが掴まされた変な客。

 奴のチンコはなかなかの難物で、一気に元気になったりはしない。けど、手の中で、ゆっくりと固く、太くはなってきた。

 サイズのものは、それ程インパクトがあるわけじゃない。けど、言われたことが意味不明すぎたせいで、あのチンコ結構今でもすぐに思い出せる。

 むしろあいつの顔なんかは全然思い出せない。

「俺さー、小学生の頃、悟っちゃってさ」

「何を?」

 興味があるわけじゃない。ただ、返事しなきゃ間が持たない。だから、とりあえず返す。

チンコってさ、単純な刺激でイクんだよ」

「あー、イクねー。楽させてもらってます

「何? そんな速い奴いんの?」

「速いのは速いよー。ほっといても勝手に興奮してくるし」

「そっかー、羨ましいわ」

 チンコをしごくと、だいたいの奴は声を出したりする。まーなんて言うか、白々しい。

 なにせ、こちとら感じるフリのプロですからね。申し訳ないけど、お前たちの演技にゃ敏感ですよ。

 ただ、あの時の奴ときたら、もうビクともしない。演じるつもりもない。

 ずんどこ響くキック? に合わせて上下させるアタシのテンポに、むしろ合いの手を入れてくる。

「いやさ、イケよいいから。めんどくせーな」

 思わず本音漏れる。そしたらアイツは、にやりと笑った。

「やだよ。なんでお前らのルーチンに付き合ってやんなきゃいけねえんだ。金払ってんだから、楽しませろよ」

「知らねーよ」

 あんまりにも失礼すぎて、けどこっちがお仕事ぶん投げる必要もない感じで、なんつーか、楽だった。その意味じゃ、相性がよかったのかもしれない。

「で? 単純な刺激がなんだって?」

 話が途切れかけたときには、前の話題を掘り起こすに限る。おう、ってやけに偉そうに、そいつが鼻を鳴らす。

セックス快感ってよ。生殖行為への理由づけなんだと思うわけよ。つまり、メスの子宮に、どうオスに射精させるか、こそが重要なわけだ。そのために、どう効率的チンコをイかせるか、のためのメカニズムが、オスとメスとの間で組み立てられた」

「えーと、要するにアタシのマンコに突っ込みたいと?」

「ちげーよ。そう言う本能的なあれこれをぶっ飛ばすのが、おもしれーって話だ」

「いやよく分かんない。つーかフェラじゃなくていいの?」

「アレ気持ちいいって思ったことないんだよ。どう考えても手のほうが器用だろ」

「えー。みんなすぐくわえてって言ってくるよ」

「そりゃ支配欲だろ。所詮チンコなんか汚ねえしな。そいつわざわざくわえさすとか、相手屈服させたみてえな感じじゃん。でもあんたらって、金が入るからくわえるだけだろ? それって全然屈服じゃねー。むしろ、よくそんなポーズ快感覚えるよなーって思う」

 なんてことを言ってる内に、奴のチンコがすっかり固くなる。

 あーこれ、語ることでできあがってく奴か。

 いいんだけどさ、聞いて擦っててだけしてりゃオッケーなんだし。

 オマケ愛想笑いまでしなくていいとか。

「だから、気付きましたよね。俺は選ばれしオナニーエリートなんです」

 さすがに噴く。

「ちょ、何それ。不意打ちすぎるんだけど」

「いやもう、今までのお話のまとめよ。男ってさ、本来チンコしごくだけでイケる訳じゃん。なのに、なんで女体が必要なのか、相手必要なのか、って話ですよ。それって大概が支配欲とか所有欲とかなんじゃねーかと思うわけ」

 うっかり、うなずきそうになった。

 面倒くせー客の殆どは、アタシのことを買い取った、みたいな態度で迫ってくる。今の時間は俺のものだ、だから好きにさせろ、だからやらせろ。

 知らねーよ。お前はレンタルしたエロDVDを傷つけたり割ったりして返却すんのかよ。何回か言いかけたし、っつーか出禁待ったなしの奴には、むしろ直で言い放ったりもしてた。

 まぁ、「金払ってんだからしませろ」ってのはこいつも言ってきたけど、少なくとも、アタシの粘膜への危害はない分、ずっとマシだ。

「で、女を知る前にオナニー快楽を知った俺は、その支配から切り離され、こうしてあんたの前にチンコ晒し代理オナニーをして頂いてるわけです」

 言いながら、時々ぴく、って跳ねる。感じちゃいるらしかった。

「つーかさ、それならそれこそ家でこいてた方がよくね? わざわざこんなとこで他人にさせるのって、時間金も無駄な気がするけど」

 テンポに合わせて擦る内、何となくツボみたいなのが分かってくる。スピード、握る強さ、角度。そのなかで、相手の反応が特に大きい奴を探り当てる。「おぅっ」とか洩れるのを聞けば、ちょっとした達成感を覚えないでもない。

「それがいいんじゃねーの。思い通りになるオナニーばっかじゃつまんねーんだよ。いい? ダンスってのはビートに乗ることだ。つまり調和だ。そして俺とアンタは今、ビートに乗って弾んでる。いや、弾ませてもらってる、か」

「え? なに? アタシ今、アンタとダンスしてんの?」

「そういうこと」

「えー、キモ

キモくねえから!」

 食い気味のツッコミじゃあったが、あくま笑顔のもの。言われて、こっちもだんだんノリノリになってくる。

 やがて音楽ブレイク差し掛かる。キックドンっ、ドンっ、からドンドンドンドンさらにドドドドドドドってだんだん速くなっていく、あれだ。ちらりと客の顔を見たら頷いてきた。

 よっしゃ、やったりますよ。キックに合わせて手こきも二倍速、四倍速。

 そしてブレイクしたところで、発射!

「すげぇ、飛んだよ。久々に見た」

「だろ? この日の為にしばらくオナ禁してたしな」

「マジかよ。無駄努力してんねー」

 チンコにつく精液を丁寧にふき取り、次いで自分の手をふく。マットにとんだ精液は、その次。

「いやぁ、けど有意義でしたよ。セッション楽しいな」

「いやいや、アタシそんな楽しくなかったんだけど」

「嘘だろ!?

「なんで今さら嘘言わなきゃいけないのさ」

 あからさまにショック受けた風でいたのが、ちょっと面白かった。ちくしょうなんだよお前、来る時よりつやつやしやがってさ。こっちは一仕事終えるたびに割とげんなりなんですけど。

「なんてね。まぁ、アンタについてはちょっと面白かったよ。ちょっと待っててね、片付けしてくるから

 手ふきとかウーロン茶の入ったグラスだとかを持って、いったん控室に戻る。

 時間中、アイツはぜんぜんこっちに触れてくることもなかった。

 だいたいの場合、べっとべとの手で触られまくるわけだし、タオルで全身ふかなきゃいけないんだけど、あの時は全然その必要無し。ただまぁフロアって、裸でいても大丈夫なように暖房は掛かってるから、じっとりと汗ばみはしてる。そこは気持ち悪いので、さすがにふいておく。

「ねえ、なんかすっげー盛り上がってなかった?」

 隣のブースにいた子が聞いてきた。

「いやー、全然そう言うんじゃなかった。つーか怖かったよ。意味わかんねーんだもん」

「うっそ。の割になんか楽しそうだけど」

「んー、楽しかった、のかな? どうなんだろ」

 いつものクセでポーチから名刺を取り出す。で、はたと止まる。

 あいつ、名刺かいるのかな? 返りとかなさそう。

 けど、まいっか。

“話はよくわかんなかったけど、

 オナニーバトルなら受けて立つ!

 再挑戦、待ってるよ”

 出勤日情報とかも一応書いて、ブースの方へ。

 すげえ。この短時間で、もうネクタイまできっちり締めてる。

「お待たせ。要るかどうかわかんなかったけど、はいこれ、名刺

「お、ありがと……って俺が挑戦者なのかよ」

「そりゃそうでしょ。だって発射したじゃん。アンタの負け」

「なにその基準!? 俺不利すぎじゃね?」

 そんなこと話しながら、入り口まで向かった。

 だいたいは手を繋いで向かうんだけど、ここでもやっぱり、触れてこない。何なんだこいつ、潔癖なのかな。潔癖のくせにこんな店に来るとか頭おかしいのかな。そんなことを、ちらっと考えた。

「これからまた仕事?」

「いや、帰って寝る」

マジで? アタシも寝たいんだけどー」

「じゃ、アンタの分も寝とくよ」

「ふざけんな」

 そんなこと言いながらのお別れだったんだが、最後最後、突然そいつキスしてきやがった。

 しかも舌入り。びっくりしたけど、悔しい事に、これがまたうまい

 ちょっととろんとしかけたところで、唇が離れる。

「じゃ、またな」

 言って、そいつエレベータに乗った。

 ドアが閉まるまで手を振り、見送る。

 まぁ、こうやって今も話せるんだもんね。

 インパクトはやっぱりあったよ。

 けどそいつ、結局二回目はなかった。

 だから、アタシの中に残ってるのは最初に話した言葉くらい。

 その後卒業するまで、何回か持ちネタにはさせてもらったかな。

 そう言う意味じゃ、感謝はしてるんだけどね。

2018-05-19

anond:20180519030525

元増田です。

ありがとうございます。後から調べて「間違ってなかった、よな…」と自分を納得させていたのですが、専門家の方から直接そう言っていただけて、とても安心しました。

時間の記録についても、

心停止心拍再開の時刻がわかれば、脳のダメージがある程度予測できます

という事情なのですね。

「開始した時刻を記録する」ということしか覚えておらず、倒れてから開始までの時間が知りたいんだろうな、という理解しかありませんでした。

心臓マッサージする判断し開始をするまで(具体的には、何か服の下にコルセットなど付けていたら効果が薄まるかと、倒れた方のシャツを開いて確認したところまで)はある程度周囲の状況も見えていたのですが、

いざ手を胸に置いて、実際に心臓マッサージを始めた時からは本当に必死で、倒れた方の顔から胸にかけての視界と、自分の手の感触と、元のエントリに書いたような諸々の考えに呑まれしまい、

実際のところどれくらいの間心臓マッサージをしていたのか、あまりわかりません。

時間を1,2分と伝えたのは、お連れの方の「あ…」という声がふと耳に入り「あ、そろそろ交代してくれるのかな?」と思ったのを覚えていたからで、後から体感時間を思い返しても、30秒程度だったような気も、交代を考える程度には時間が経っていたような気もして、よくわかりません。

2分を超えて交代なしでしている体力は絶対にないので、最大でも2分だろうというほぼ推測での時間になってしまいました。

次回もし遭遇することがあったら、時間の記録係を指名することも想定に入れようと思います。…余裕があれば。

駅員さんたちの行動は、おそらく倒れてから20秒くらいで呼吸の有無を確認心臓マッサージ提案を私がした、その後から駅員さんが登場したために、

既に私がその場の指示をするような雰囲気を感じとられて指示待ちモードに入ってしまわれたのかな、と思います

こちらは駅など人が倒れるのは茶飯事だろうし、AED救急車は当然に用意されるだろうと過信してしまい何も言わなかったので、今回のようなことになってしまいました。

人が倒れることがよくある場所にいる人たちでもこうなってしまうということは、普通の街中で人が倒れたときなど「AEDは誰かが持ってきてくれるだろう」は絶対通用しないだろうことを痛感しました。

次にもし遭遇したら、教えていただいたことを生かして、より適切な行動が取れるようにしたいと思います

教えていただき、そして次回も安心して同じようにしていいんだと思わせていただき本当にありがとうございました

anond:20180518184020

ICU看護師です。

(※夜中に記事を見て勢いで書いていますので、最新のガイドライン準拠した内容である査読していません。蘇生に実際に携わった経験複数回あり、ICLSで複数回トレーニングを行っている者が経験記憶を元に書いていることをご了承ください)

現時点では専門家としてのコメントが見当たらなかったので少しだけ書きたいと思います

救命専門家かと言われると自信はありませんが、院内でも心停止心臓マッサージとなると、蘇生後(あるいは蘇生しながら)ICUに入るのがセオリーです。当然、院外から運び込まれますもつまり私たちは「蘇生がうまくいった人」「蘇生いまいちだった人」「蘇生がうまく行かなかった人」のその後を実際に見ている立場です。

まずは、倒れた方が速やかに蘇生して何よりです。搬送されたその後は気になりますが、いろいろな意味で、これが一番良かったことです。

次に、大変お疲れ様でした。とても疲れられたと思います

僕たちは定期的に、より高度な人形(胸を押す深さを記録したり、電気ショックを実際に行うことができるなど)でトレーニングを行いますし、実際に院内心停止対応したことも一度や二度ではありません。

慣れている僕たちでも、単純な運動としてもかなり疲れますし、頭をフル回転させて原因検索現場マネージメントを行うので、終わった後はどっと疲れます。慣れない一般の方であれば、アドレナリンがドバドバ出て、興奮が冷めたころにものすごい疲労を感じられたのではないかと思います。本当にお疲れ様でした。

そして、文面を見る限りでは、バイスタンダー(居合わせた人)としてのあなた対応は間違っておらず、正しい処置をされています安心して下さい。一番言いたかたことはこれです。

・脈拍について

もし本当に心臓が止まっていたら、あるいはとても弱い拍出しかなかったら「脈は触れない」ので探す必要はありません。

例えば、熟練者が1~2秒で「脈があるorない」と判断し即座に心臓マッサージを開始するのであればそれでもいいかもしれませんが、反応と呼吸がない(もしくは死戦期呼吸という喘いでいるよな呼吸)の時点で心停止とみなすため、特に熟練者では今回の対応が正しかったと言えます

救急隊の方の発言真意はわかりません。

肋骨骨折について

私は肋骨どころか胸骨を折ったこともあります。仕方ありません。何もしなければ死んでしまうので、よくぞ続けてくれました、という所存です。

患者さんはICUで「胸が痛い」と言います。実際かなり痛そうです。いろいろな痛み止めの薬などで対応しますが、リハビリをし、退院されていきます。それは初期対応が的確になされ、障害がないあるいは軽微であったからこそです。

時間を記録していること

大相撲の件でもどなたかDrが言及していましたが、心停止蘇生の時刻を記録しているのは非常に重要なことです。心停止時間が長くなれば、心拍や呼吸が戻ったとしても、脳がダメージを受けて植物状態のように意識が戻らない方もいます心停止心拍再開の時刻がわかれば、脳のダメージがある程度予測できますしかし、一般の方がムリに記録する必要はないと思います。できるだけ早く心臓マッサージを始めること、良質な心臓マッサージ可能な限り絶え間なく続けること、AEDを適切に使用できること、これが優先です。余裕があれば時間の記録をお願いします。

心臓マッサージはもちろん生死の問題です。しかし、同時に社会復帰できるかの問題でもあります

蘇生までの時間が長かったとき上記のように、身体は生きていても意識は戻らずずっと寝たきりのままになるかもしれません。

あるいは脳がダメージを受け、言葉がうまく使えなかったり、身体が十分に動かなかったりするかもしれません。

早くAEDにつなぎ、電気ショック心拍再開することや、心拍再開するまでに胸骨圧迫が上手に行われて脳に血液が通っていることで、こういった可能性、程度が少なくなるということです。

そういう意味において、今回のケースは、蘇生が早かったこと、そしてバイスタンダーであるあなたが速やかに適切な処置ができていたこと、倒れられた方にとって幸運だったと思います

最後に、環境について(誰も交代しようとする人がいなかったこと、駅員さんの情報共有?など)は残念に思うことがいくつかあります

特に、駅員さんを含めて誰も心臓マッサージを交代しようとしなかったこと、AEDを持ってきてくれなかったことです。

今回のようにすぐに心拍再開しなかった場合、5分も経たずにあなた心臓マッサージは「有効もの」ではなくなります。そして、AEDの装着と解析はできるだけ早いほうがいい。

今回の記事が良い形で広まりあなたのように適切な初期対応ができる方が増えることを期待します。

お疲れのところ、詳細な日記をお書きくださりありがとうございました。

2018-05-15

化学流産した

妻(わたし)30代前半、夫は妻の6歳年上。
不妊治療を始めてから2年、半年ほど前からは顕微授精に挑戦している。
採卵3回、移植3回を経て、やっと先日「妊娠している」と医師から判定をいただくことができた。

もちろんとても嬉しかったのだが、何より夫がとても喜んでくれた。
妊娠しているとわかってから、夫はわたしの体調をとても気遣ってくれ、わたしが飲むもの・食べるものも常に心配りしてくれた。
こんなに喜んでくれる夫を見られたことが本当に嬉しかった。

が、先日胎児が5週の頃にクリニックへいったところ胎嚢確認できず、妊娠したら出るはずのホルモンの値も下がっていた。
着床には至ったものの、何らかの原因で胎嚢が育つ前に胚が死んでしま化学流産と診断された。

化学流産はよくあることで、ほとんどの場合受精卵の染色体異常が原因。わたしたちにはどうすることもできないらしい。
不妊治療に関する記事などを見ていると、多くの人が化学流産しているので、決して珍しいことではない。
胎嚢確認心拍確認できてから残念ながら初期流産となってしまった方に比べると、心身ともにダメージも軽いほうだと思う。

ただ、とても悲しかったし、あんなに喜んでくれた夫に申し訳ない気持ちが出てきて仕方なかった。
本当は夫も泣きたいだろうに、何をしていても涙が出てしまわたしの話をゆっくり聞いてくれ、寄り添ってくれた。感謝しかない。

わたし不妊治療を経て自分の体のホルモン分泌系がとても弱いことを知っているし、着床障害の原因となるホルモンの異常があることも知っている。(投薬して治療しているが)
もしかしてわたしにまだ何か明かされていない他の原因があって、それがなければ化学流産せずに無事に育てて産んであげられたのではないか
移植したとして、また化学流産になったらどうしよう。
そもそも着床自体しなかったらどうしよう。
凍結している受精卵がすべてなくなったらどうしよう。
また医師相談するつもりだけれど、今後を思うと不安で悲しくて仕方ない。

2018-04-28

体外受精子供を授かった

子作り始めて4年。不妊治療専門のクリニックに通い始めて2年半。

10回の人工授精と2回の体外受精を経てようやく子供を授かった。

正直な話、今日涙声の嫁さんから心拍確認できたよ」と伝えられた時、自然と湧き上がった気持ちは、嬉しさではなくて解放感だった。

結婚してから止まっていた時間がやっと動き始めたよ。

2年半の間に4回転院した。

自分にも嫁さんにも一般不妊検査確認できる範囲では特段問題もなく、年齢も20代後半だから

診察する医者は皆、口を揃えて「若いしすぐにできますよ」と言っていた。そんな甘い言葉に騙された。

毎月毎月治療をして毎月毎月悲しむことを、かれこれ35セット繰り返したよ。

嫁さんは生理の期間以外は毎日薬漬けで、自分自身も少しでも精子の質が良くなるならと精索静脈瘤の手術も受けたんだ。

それでも妊娠しないんだよね。何も悪いところがないって言われるのにね。

子供のできないことの何が辛いって、その苦しみを誰かと共有できないことが一番辛いんだと個人的には思っている。

子供って普通望めばできるもんだし、我々みたいに高度不妊治療に頼らなくても自然に愛し合って授かるもんなんですよ。

この辛さは同じ不妊治療をした人にしか理解できないんだろうね。わかってって言ってもわからないと思う。

街で子供を見かけると胸が痛んで、何気ない親族言葉に心を抉られて、喜ばしいはずの友人の妊娠報告ですら引き裂かれる思いがして。

なんでみんなが普通に感じられる幸せ自分たちは手に入れられないんだろうって。欠陥品なのかなって。

結果が絶対出るってわかってるならまだ頑張れるけれど、それすらもない中で相当な時間お金をつぎ込んでいくんですよ。

いやぁ、苦しいよほんとに。

いままでかかった費用が200万くらいなのかなぁ。うち120万くらいが体外受精にかかった費用かな。精索静脈瘤の結紮術は保険治療ができて3万だった。

お金はまだいいけど、不妊治療を優先して仕事のチャンスを見送ったことが今でも悔やまれる。仕方がないのだけれど。

ここまで書くとネガティブすぎるからダメなんだよって思われるよね。

いや実際その通りだけど、それだけ子供を望んでもできない人って辛いんだなぁってやさしく見守ってあげてほしい。

自分はまだ2回目の体外受精で授かったから運がいい方。もっと長く治療を続けている人の気持ちを考えると本当に胸が苦しいよ。

2018-03-01

胃カメラ検査

毎年の健康診断胃カメラが苦しい。げえげえ言いながらヨダレと涙を垂らして耐える苦痛の20分間(くらい)。

妻に聞くと「ぜんぜん苦しくない」とのことで、胃カメラ飲むにもコツとか体質とかあるのか、俺はダメだな、と諦めていた。

プロポフォールという麻酔を使い、意識を失っている間に検査を済ませる、という選択肢もあるのだが、意識を失うことに

強い恐怖心があるのでこれもやだ。普通に眠るのは怖くないんだが。

そして今年も覚悟を決めて胃カメラ検査に臨んだのだ。

ノドに局所麻酔薬をスプレーされたその時点でもう吐きそう。診察台に横向きに寝かされ、中空のマウスピースを噛みしめる。

本当は体の力を抜かなくてはいけないのだが…緊張するし心拍は上がるし生きた心地がしない。

医師胃カメラを挿入してくる。マウスピースがあるので阻止できない。喉の奥にカメラが当たる強烈な違和感

指を突っ込んで無理やりゲロを吐くとき嘔吐感がこみ上げる。

しかしその時、視界の先に看護士さんの尻が入ってきた。向こう向きで何か機械操作をしているのだろうか?

よくよく目をこらすとパンスジも見えそうだ。と思った瞬間、尻は視界から消えた。と間もなく再び元の位置に戻った。

今度は角度が良いのか、確かに見える。尻肉に食い込んだパンスジがはっきりと見える。躍動している。

と熱心に見ている間にカメラは胃に到達し、医師は観察を始めた。ここまで入ってしまえば嘔吐感はもうない。

またカメラを抜く際は一瞬なので特段の苦痛は無い。

例年になく平穏に済んだ胃カメラ検査。やはり、尻は胃カメラ負担を減らす有力な手段だったのだ。

2018-02-13

anond:20180212235614

腕時計型の機器で取れるデータ(心拍etc)でネガティブ気持ちを判定できたら、現状の機器でもそういうサービスできそうね。

そして確かにその AI に恋しそうだな。

2018-01-22

電話をすると精神がすり減る

電話した後はどっと疲弊する。

仕事でも私生活でも極力電話を使いたくない。

電話かけなきゃいけないときは一大決心してからじゃないと手が動かないし、急にスマホ電話が来ると心拍がめちゃ上がる。


何でこんなに電話が苦手なんだろう。私だけだろうか?

2018-01-15

スポーツクラブトレーナーがすごい。

わたしはかなり人見知りな方なんだがトレーナーに何か聞かれるとなんでもポンポンと取り繕うこと無く本当のことを話してしまう。

食生活とか筒抜け。

このトレーナー若いのに凄腕だなあと思っていたが、もしかしたら心拍上がってたら心の壁のようなものが取り払われちゃうんじゃ?ということに気がついた。

あと、なんかトレーナーはもちろんジムに来てる男の人はおっさんであろうとある程度格好良く見えるんだよ。

たぶん、心拍が150位の状態だったら初対面の人に「ちょっとセックスしない?」と、聞かれても簡単OKしてしまいそうで怖い。

セックスしてやってもいい条件を聞いてる人はまず女性と一緒に心拍数を160くらいにすればいいんじゃないの?

でもさ、二人で一緒に心拍160超の状態ってセックス以外にないかもね。

2017-12-31

anond:20171231110517

私もかつて温泉勤務でした。当時二十代半ば女性です。私のところは大手旅館だったので、見回り業務は男女各一名づつ全時間帯用意できましたが、小さいところは辛いですね。営業時間が15時間/日だとすると、一日二人追加シフトでしょうから、月40万くらい負担増でしょうか。客単価の安い温泉では賄えないのが想像できます。こういうの、将来的にはロボットが見回って心拍とか感知してほしいですね。

ところでお伝えしたかったのは、本当に温泉では人が倒れるという情報同意です。特にサウナ、脱衣場、温度差が駄目なのか、男女問わず倒られまくりでした。三十分に1回見回りしていましたが、クローズ間際で無人と思っていた浴室内で女性が一人で倒れていたときなんて、お客さんの命が自分のこれからの行動次第だと思うと気が狂いそうになるほど怖かったです。(なんとか無事でした)先輩から男性同僚からも似たような話を日常的に聞きました。

というわけで、皆さんお気をつけください。飲酒後の一人での入浴、掛湯をしないでのいきなりの入湯、一人きりでのサウナ、無理はしないでください。見回りのおばちゃんのことは、ディズニーランドキャラクターくらいの気持ちでいてください。異性の裸も見慣れれば洋服と同じです。みんな違ってみんな良い。

ちなみに私が一番好きな温泉は、箱根天山の右側です。

2017-12-14

死を体験して観察する方法

随意筋を随意筋に変える鍛錬が必要。(呼吸は随意筋と不随意筋の中間にある)

自分で呼吸と心拍コントロールできる者のみが、安全に死の扉を開いて、その状態を観察できる。

生きている間に死の実体を知った者は幸いである。一切の恐怖から解放される。苦しみの1/3が消滅できる。(クイズ:残りの2/3は何でしょうか?)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%98%A7

種子三昧(ニルビージャ・サマーディ)

真智(直感智)さえも止まり、すべての心作用が止滅した時に生じる三昧。

2017-11-24

私の息子が産まれときの話~嫁side

※元の日記では「胎児」「赤ちゃん」はすべて名前です

09:30

今朝起きたらまた鮮血のおしるしが出ていた。

前駆陣痛も続いていたから、「がんばっていたんだね。残りはお母さんやみんなでサポートするからね」という気持ちで家を出発。

快晴でとてもいい日。

10:00

到着後の内診でかなり子宮口を強くかき回して刺激され、その刺激で破水

周りのスタッフさんが若干わたわたする中当人は「ああ、これが破水なんだ……」と思っていた。

そこから、部屋に移動して促進剤投与を始めた。

促進剤は、それによって産まれる、という効能ではなく、子宮を柔らかくして子宮口を緩めてそこから陣痛を呼び込むためのものだそうで、20からstart、120まで上げても進まない人もいるよー、と。

とにかく無事に産まれられれば、と、「何でもいいからお産に繋がりますように」という気持ちでどんどん追加されていく促進剤の値を見ながら過ごしていた。

11:00

胎児心拍が落ちることが何度かあり、酸素マスクをつけて深呼吸をする時はさすがに緊張した。

でもまた数値が戻ったのを見て安心して「私がリラックスしなきゃ子宮も柔らかくならない」と過ごしていた。

15:00

100あたりまでは前駆陣痛の痛みとあまり変わらなかったけど、そこからは前駆陣痛は越えた痛みが始まった。

でも120まで投与しても本陣痛は来ず。

17:00

看護師さんに「今日は一旦終わりにして様子を見て明日またやって、経過によっては帝王切開で産んであげることになるかもね」と言われて投与は一旦stopした。

投与してもあまり変わらず、「私が堅いことで子宮口が開かないんだ」「私がリラックスできないか入院の日が増えてお金をかけさせてしまうんだ」と「私のせいだ」の思考が一時止まらなくなって涙が出た。

胎児心拍が落ちること、胎便が羊水にかなり混じっていること、心拍が急に上がること、陣痛がこないこと、いろんな焦りや不安に対して「母の私が◯◯しないからだ」という思考が出てしまったけど、そんな中でも夫が一緒にいて笑ってくれていることに本当に救われて、いろんな不安もあったけれど1日過ごすことができた。

20:00

母が夫を迎えにきて帰宅。体勢変えたりしながら、落ち着いてから21時過ぎに寝る体勢に。

21:08

寝につこうといい姿勢を探して動いていた時に胎児心拍低下。

何人も看護師さんが入ってきて再度酸素マスクをつけ、内診をしてもらい、「もう赤ちゃん負担が大きい」ということで、クリニックの先生にも診てもらった上で、緊急帝王切開をして胎児を出してあげることに。

21:32

酸素マスクをつけて深呼吸をして「帝王切開になります、急いでパパを呼んで」と言われ、さすがに焦りすぐさま夫に電話をして来てもらい。

色々なリスク説明も受けたが、もう皆どうでもよくて、ただただ「無事に産まれられればそれ以外は私の子宮やら体やら命やらどうなってもいいから」という気持ちで、早く外に出してあげてほしくて、急ぎ足でope室に入って横になった。

22:00

何かの数値に対して先生スタッフの方々が緊張した面持ちで観察して指示を出したり動いたりしていたが、あれはなんだったんだろう。

から考えると胎児心拍だろうか。

バタバタが続いてすぐには開始しないことに不安を感じつつ、その間に落ち着いて来て「もうすぐ会えるんだ」「やっと会える、がんばろうね、大丈夫だよ」と幸せ気持ちが高まり、ope開始後も私はずっと笑顔で耳を澄ませ。

麻酔が効いてくると血圧の変化によるのか、頭もぼーっとしてきた。目を瞑ることに吸い込まれるような。

コッヘル、クーパー、などの機械出しの指示でなんとなく何を切開しているのか把握しつつ、足から胸にかけての感覚はもうないのに何か自分の中を弄られているような感触に奇怪な感じを抱きつつ。

22:57

胎児を取り出す時になると胴体を中から大きく揺さぶられ(感覚はないけど子宮を直接揺らされているのはすごくわかった)、少し泣き声が聞こえたのと同時に「おめでとうございます〜!男の子ですよ!」と。

その瞬間ザーッと涙が出そうになったものの、最初の一瞬の後に全く泣き声が続かないので瞬時に不安感に襲われ、産まれた喜びを味わいつつもそれだけの気持ちは束の間、取り上げられてもしばらく泣かない赤ちゃん心配で気が気でなくなった。

自分からは布で隠れて見えないけど、向こう側で明らかにスタッフさんたちが焦って赤ちゃん背中を叩いて刺激していたり懸命に気管内の吸引をしていたりしている。

先生も、取り上げた後はすぐに私の縫合に取り掛かりつつも、赤ちゃんを見て緊迫した声色と口調で指示を続ける。

「サチュレーション反応しません」「小さい方に切り替えて」「小さい方反応ありました」「こっちはどう!?」「◯◯じゃないよ、そっちを◯◯して」「◯◯さんこっちきて!」と何人ものスタッフさんが赤ちゃんの方から私の頭上まで動き回る。その間も赤ちゃんは泣き声ほとんどなく、たまに「ふぇっ」と聞こえるか聞こえないかくらい。

赤ちゃんが泣かない。泣かない=呼吸ができない。呼吸ができない=酸素いかない。酸素いかない=死んでしまう。

一瞬でそんな考えが脳内を駆け巡り、「私はお腹開いた母でも放っておいていいからみんな赤ちゃんを早く助けて下さい!」と叫びたい気持ちを抑えながらこわくて仕方がなくて、「赤ちゃん大丈夫ですか」と何度か聞いた以外ただただその場を見守っていた。

そのうちになんだか意識が遠のいていくような感覚から強い吐き気が出て何度か嘔吐し、そこからは遠目に赤ちゃんの様子を見つつぼーっと手術の終わりを待つしかなかった。

私の腹部縫合中、赤ちゃんの泣き声が聞こえない時間。きっと数十分あったかなかったかくらいだったろうけれど、この時間がこの1日の中で一番長く感じられた。私には何時間も縫合されているように感じられた。

23:10

私の腹部縫合が全て終わり、ope室を出る時にスタッフさんがぱっと赤ちゃんのお顔を私の方に向けて見せてくれた。

むちむちでまあるくて髪がフサフサでかわいい。濃い顔じゃなくて私似?なんて思いながらope室を離れる。

23:20

外では夫と母が待っていたけど、熱発もあったからかとにかく頭がぼーっとして「目を閉じたい、でも赤ちゃんが気がかりだ、でも目を開けていられない」というぼやけた意識で過ごしていた。

時系列はきちんと記憶できてないが、部屋に戻ってから夫と母が荷物を運びつつ座っていてくれて、赤ちゃんの顔の話などをした気がする。

自分で何を話したかよくて思い出せないけど、夫が深く呼吸して緊張していたことはすごく覚えている。

今思うと、私は赤ちゃんのことも考えつつ意識がぼやけていたので、その場を冷静に見れていた夫は本当に不安だっただろう。

24:10

術後は姿勢不快さが強く、度々左右に体位交換をしてもらった。

赤ちゃん救急搬送することに決まったと先生から話を受け、夫たちは救急車より早く出て向かってあちらで対応すると。

お腹を切った身と言えど、この状況で動けず何もできずに横になっているのが悔しかった。

無駄だとは分かりながらも、麻酔で動かない・司令の伝わらない脚先を動かそうと何度もやってみたけど全く足は動かなかった。私の分まで夫に託して手を握ってお願いした。

夫と母を見送ったら一気に意識が遠のいて来て、そのあとまた夫が来たような来なかったような……

そんな中、救急車赤ちゃんを乗せる直前に助産師さん(看護師さん?)が赤ちゃんを抱っこして私に会わせに来てくれた。

移動前に目の前で会えるなんて思ってもいなかったか歓喜して一瞬で意識が戻り、赤ちゃんをぎゅっとしてちゅーして「がんばろうね!」とほっぺを撫でて送り出した。

涙が止まらなかった。

24:30

救急車が中々出発しないこと、その後の救急車サイレン音。

サイレンの音の位置赤ちゃんと私の距離を表しているから、サイレンが遠のいていくと赤ちゃんとの距離を感じて、ただただ「がんばれ!お父さんもお母さんもいるからね」と祈ることしかできなかった。

25:00

その後また意識がぼーっとして、何度か看護師さんが巡回に来てくれたのもあまり覚えていない……

2時台にiPhoneが遠くに移されたのでLINE確認できずそわそわ。

体位交換をお願いしたりしながらいつの間にか寝ていた。2時間ほど寝ただろうか。

28:20

起きてからからLINE気づき赤ちゃんが無事なことを確認して本当にほっとした。

こんなに遅くまで夫と母が対応してくれているとは。本当におつかれさま、ありがとう、それしか出て来なかった。

から送られて来た赤ちゃん写真がかわいすぎて、うるうるしながらしばらくずっと見ていた。

かわいすぎていくら見ても見飽きない。早速待ち受け画面に設定した。

夫がもう帰路にあると分かって安心して私もまた休憩。

でも頭が冴えてしまってもう眠れず……

29:00

巡回夜勤看護師さん&助産師さん達が検温や創部の観察をしに来つつ何度も話しかけてくれて、明るく笑わせてくれて元気付けてくれた。

看護師さんたちと笑えたのがこの時本当にありがたかった。

もう麻酔は切れていたので、「どんどん回復して赤ちゃん会いに行こう!」と勝手にベッド上でリハビリ開始。足の指先から体幹から、痛み・貧血血圧を観察しながら進めた。

外が明るくなって落ち着いて来ると、赤ちゃんが無事に産まれてきたことの安堵感、今生きているのかどうかという不安感が一気に現実味を帯びて心に流れて来て、赤ちゃん写真を見ながら唇を噛み締めて泣いていた。

それに気づいた看護師さんが私のそばに寄り添ってくれ、スタッフのみなさんが赤ちゃんをその後も気にかけてくれていたこと、その方もお子さんが苦しい状態で産まれて来たこと、昨夜赤ちゃんの直後にもう一人赤ちゃん病院で産まれて、そのあと陣痛の人が来て不思議とお産が重なったことなどを明るく優しく温かく話してくれた。

「泣きたい時は泣いていいんだから心配だよね、泣いていいんだよ。」と言ってくれて一気に号泣して、話をして落ち着いた。

日勤に交代する時間帯、夜勤助産師さんが何人か来てくれて赤ちゃん写真を見て「母そっくりよね!」「かわいい〜❤️」「がんばるしかいね赤ちゃんくん!」と声をかけてくれた。それと一緒に絶対安心する温かい言葉もかけてくれる。その度にうるんでしまった。

私は術後あまり痛みを感じず動くのが得意なようで、夜中に自分でクッションを動かして体位交換したり足を動かす練習を始めたりしているのを褒められた。

どんどん動いて行くぞ。

赤ちゃんもがんばっているんだ。私も明るくがんばるしかない。


https://anond.hatelabo.jp/20171121162134増田です。

嫁も出産当日(大半は思い起こしながら翌日)に日記を残していたとのことで。

本人の希望もあってここに記そうと思います

ちなみに嫁は上の2日後にリハビリ急ピッチで終え、大型病院への通院/息子との対面を果たしました。

NICUでの初対面の光景は今でも忘れません。

2017-11-21

私の息子が産まれときの話

10:00

この日段階で予定日を10日過ぎていた。これ以上は延ばせないということでクリニックに入院開始。診察中に破水先生方慌てるものの嫁は平常心。

診察の途中から私も参加、促進剤についての同意書にサイン入院部屋に行く。

部屋はワンルームをやや狭くしたくらいの場所

3人部屋だがカーテンで仕切られており、なにより今は私ら夫婦しかいない。

窮屈さはないし清潔感あって居心地悪くない。

入って早々地元訛りの助産師さんから説明、促進剤の点滴開始。まずは20mlから

 

11:00

10mlずつ増加させるものの変化なし。

自体は当面は動きそうにないので、ここで一人散歩に出かける。薬局マスク買ってファミレスカツ煮定食を食す。アラサーカツ煮定食コスパに感動。

途中で胎児心拍低下による促進剤停止という事態があり飛んで戻る。

 

12:00

ランチ野菜カレーカレイの揚げ浸し、スープサラダパイナッポー。目を閉じ多幸感に包まれながら食事を楽しむ嫁。

まりに美味し過ぎたためか完食した嫁、お腹いっぱいになりすぎその後やや後悔したようだ。

 

13:00

Toco値(なんの値かよくわからなかったが出産までの進行度合いと解釈した)を注視してみたが高い値になっても「生理痛よりはマシ」とのこと。

やはり痛覚は個人差あるのかな。

入院開始時は前駆陣痛が5〜7分間隔だったものがこの時点で3分間隔に。まだまだ笑顔。この時点で促進剤60ml。

 

14:00

2度目の外出。動けない嫁に雑誌を買おうと近くのコンビニを探す。

地元で有名な産科が近いからか出産関係雑誌が1角を占める。澤穂希表紙が目立つ。

めぼしい雑誌はなくクリニックに戻ると駐車場から車が消えていた。どうやらこの日は通院する人が少ないようだ。

 

15:00

促進剤追加。現在100ml。

痛みが生理痛をやや超えるレベルになってきたとのこと。

Toco値がMAX127なのは何か意味があるのだろうか。

本日中の出産可能性低そうだと看護師さんと会話する。

 

16:00

本日3度目の散歩。最寄り駅まで歩いてみる。

その間嫁は昼寝しながらラジオリラックスできている。

 

18:00

嫁と食べ物縛りしりとりをしたりアキネイターごっこをしたりして穏やかに過ごす。

 

20:00

面会時間が終わったためお義母さんに送ってもらい一時帰宅明日再度促進剤投与をする方針になった。

 

21:32

から電話胎児への負担考慮して急遽緊急帝王切開を取ることになったと嫁。

一時的心拍がかなり下がったこともあり無理はできないという医師判断だった。

急行

ハンカチある?ないなら貸すね。何用かって?出産後に感動した時用よ」とお義母さん。ハンカチを受け取る。

 

22:00

オペの説明を受けて嫁は早速手術場へ。

元々立会い出産希望ビデオカメラを持参していたが、使うこともなさそうだ。

廊下オロオロしながら歩き回る昔ドラマでよく見た典型的なパパっぽい感じになる。

 

22:17

手術開始。手術室前のロビーにてお義母さんと二人。時間永遠に感じる。

 

23:20

手術が終わったらしく先生から説明を受ける。

手術は成功。嫁の出血も少なく終わった。

しか胎児への負荷が大きかったようで、胎児に呼吸器をつけてなんとか酸素補給をしている状態とのこと。

状況によっては緊急搬送もあると説明される。

 

23:50

赤ちゃんに会いますか」と看護師さん。

手術後の胎児に対面する。

顔が青ざめており、ひゃっくりのような小さな呼吸をかろうじてしている状態

我が子への最初の声掛けは「頑張れ」だった。

 

24:10

産後の嫁に付き添う。労いの言葉胎児の容態が気になりトーンダウン。もうここは祈るしかない。

しばらくして先生から緊急搬送を取ることにしたと説明救急車で隣町の大型病院へ。

 

25:30

大型病院到着、胎児の無事を待つ。

義母さんの運転が優秀だったのか、救急車より早く着きすぎる。書類記載して提出。

緊急病院の待合室は独特のピリピリ感があって苦手だ。

この日はなぜかオカマさん(顔以外は限りなく女性に近い)がいて視線を奪われる。

 

26:23

係りの方に呼ばれる、NICUがあるエリアへ。

胎児の容態についてネガティヴ思考が強まっていった時間帯。

 

26:33

カンファレンスルームへ。ここからどれくらい待っただろう……時間永遠のように感じられた。

部屋には山ほどの赤ちゃん関係の本が。その中には「赤ちゃんの死を乗り越える」というタイトルのものもあり思考ネガティヴループが加速する。

気づいたら私もお義母さんも文字通り祈るポーズをとる。ただただ生きていてくれ。ネガティヴモードを振り切ろうと廊下散歩する。

 

27:30

病院看護師さんに呼ばれて私一人でNICUへ。熱を計り徹底的に手を洗い清潔な状態で入室。

 

胎児は全身を管に繋がれながらもさっきより顔色のいい状態スヤスヤ寝ていた。なんと可愛い寝顔だろう。

全体的にむっちりしていて丸顔で。天使ってほんとうにいるのだなと確信した。

「触ってあげてください」と看護師さんに促され頭を撫でる。剛毛で真っ黒でややパーマ。これはお母さん似かな。

よく頑張ったねと声が自然と口から漏れた。看護師さんも笑顔だ。

 

息子は「胎便吸引症候群」により体に強く負荷がかかり、更に肺炎を併発させて窒息ぎりぎり手前状態だったという。

クリニックの先生の緊急搬送判断(別のお母さんがその時間に手術予定だったが、我が家を繰り上げで対応して下さったよう。感謝しかない)、

大型病院のベッド空き状況/立地……などなど様々な幸運が重なったことによって生きることができた息子。

まだ頑張るところだがまずは人生スタートラインに立てたぞ。本当によかった。

 

27:50

NICU責任者先生から契約書類説明を受けサイン。息子の名前を初めて書面に記す。出生届よりも先に書くことになるとは。

「**(名前、産前にもう決めていた)っていい名前ですね!私の親友が同じ名前なのですよ。いいやつでね……」と先生。この人は信頼できるとなんとなく感じた。

具体的な検査結果は翌AM11時に説明させてくださいと先生先生寝る時間ほとんどないじゃないですか……おつかれさまです。

看護師さんから書類を受け取ったのち「忘れてた!」と息子の写真を渡してくれた。

処置中は目を開けてて「ここはどこなんだろー」って周りをキョロキョロしていたんですけどねー」と目をつむった胎児写真説明する看護師さん。

ここにいる人はみんな味方だ。

 

28:30

一通り手続きが終わり、お義母さんと一緒に里帰り先に帰る。

気持ちハイになっているのか眠気は全くない。

安心感からか涙が滴り落ちる。自身がめちゃくちゃ強張っていたことにやっと気づく。

iPhoneを起動、嫁と使っていた妊娠/出産情報管理アプリを開くと表紙が親子3人になっていてまた涙。

ハンカチ、ここで使うべきなんですかね」と涙を拭いた。

 

 

 


上記は息子が産まれときメモとして残していた日記

その後息子2ヶ月弱の入院を経て帰宅、順調に成長し、障害もなく元気に育ってる。

先日1歳の誕生日を無事迎えた際に懐かしくなったのと、コウノドリで近い例のお話があったので……増田投稿してみた。

出産にはこんな例もありますよってのを知ってもらえれば。

2017-11-15

anond:20171115092232

あんた偉いよ。

自分が鬱で苦しんでいるのに、それでも困っている他人を何とかしようと試みている。(その点は尊敬するよ)

 

だが、残念な事にあまり頭が良い方じゃないみたいだね?

まずは、自分の鬱を管理しよう。要は浮き沈みをフラットにすればいい。感情の起伏が激しいと沈んだ時に鬱になるんだよ。

鬱は薬じゃ治らない。薬は対処療法一時的に浮き沈みをフラットにするだけ。病院に行ったら、製薬会社が儲けるために薬漬けにされる。

薬を長期間飲んでいたら、肝臓で分解するから肝臓負担がかかり、だんだん体調が悪くなって行く。ジワジワと体を蝕むよ。

いきなり断薬できなければ、徐々に依存を減らすために準備をしたらいい。

 

馬鹿の一つ覚えみたいに「運動瞑想睡眠野菜」と言ってる某xevraじゃないけど、やらないよりやった方がましだよ。

要するに健康のための必要十分条件を揃えないとダメだってこと。

やってみれば簡単ことなんだけど、意外と盲点で忘れてる人が多い。

 

運動:まずは歩くだけでも十分。1日20分以上が目標筋トレやるなら自重トレーニングからOK水泳は全身運動なのでお勧め

瞑想瞑想には集中型とリラックス型の2タイプがある。

睡眠:体を休息させる方法はいろいろある。

野菜ファイトケミカルという成分を補充したい。サプリより生で。

それぞれ良い解説書があるから探してみて。

 

補足:瞑想は分かりづらいと思う。初心者には上座部仏教の「アーナパーナサティー」が簡単かな?(鼻に意識を集中してゆっくり深呼吸)。

人間の体は「随意筋」と「不随意筋」がある。普通、不随意筋は動かせない。呼吸は随意筋と不随意筋の両方の性質がある。=自動的に呼吸もしてるけど、意識して呼吸を止めたり吸ったりもできる。

呼吸は不随意筋を随意筋に変えて行く入口になっている。(※これ重要

 

呼吸法を鍛錬すると自分の体を自分意識コントロールできるようになる。

(呼吸をコントロールできるようになったら、次は心臓心拍コントロールできるようになるけど、鬱病を治す程度なら呼吸レベルでも十分かな?)

呼吸をコントロールできるようになったら、脳波もある程度コントロールできるようになり、感情の起伏もコントロールできるようになる。

感情自分コントロールできる人は鬱病にならない。

2017-11-05

ディヴィッド・チャーマーズの「情報の二相理論」

友人と話がかみ合わなかった原因も、「議論領域」の分割・設定がうまくなかったからかも?

もっと素朴なレベル物心二元論だよ。

 

「仮説」と「事実」の峻別

ディヴィッド・チャーマーズ意見はご存知なんですね?

彼の著作難解なところもあるので、文系の方は準備段階として「様相論理学」という数学を学び論理構築や証明練習を行うか、村上陽一郎あたりの科学入門書を読むと参考になると思います

「死後の世界がある」という仮説(命題)に対して、その証明方法がなければ「事実」として人々が共有できないので、「あるともないとも言えない、分からない」(不可知論)という段階で留まるのが論理的には正解だと思います。(死んだことのない人には「死んだら何も無い」と「証明する方法」がない。自分経験していないこと=存在しない、という論理は成立しない)

ポイントは、証明方法が(1)他人と共有できるものか、(2)個人的経験他人とは共有できない)に留まっているか、の違いです。

で、それを突破ちゃうのが宗教東洋宗教道教仏教など)は「個人的経験証明)する」という論法を使ってます

 

三昧

仏教ヒンドゥー教における瞑想で、精神集中が深まりきった状態のことをいう。

長期の訓練を積めば薬物等を使わず呼吸法等で肉体をコントロールできます

リラックスした状態で、呼吸と心拍の停止を数時間から数日に渡り経験することによって、彼らは「肉体が停止しても意識活動できる」と言ってます。(医学的には「呼吸停止」と「心拍停止」と「瞳孔散大」の3条件が揃うと死と判定)

三昧のやり方は「ヨーガスートラ」という本で紹介されています

インスタントに慣れた現代人は、わざわざ長期のトレーニングに取り組み三昧の練習をする人は少ないです。

もしも三昧の練習をするなら危険も伴うので、大学等で医学を学んでおく必要があるでしょう。(自分の肉体に起こる変化を自分理解できる必要があるため)

インドでは三昧の実験を公開して、三昧に入れない人と間接的に共有する方法採用しています

そこまではOKなんだけど、問題他人いくら経験してもそれは自分経験ではないという事実。(経験をそのまま他人転送コピーする方法がない以上は、最終的には自分経験する以外に方法がない)

生きている間に三昧に入るのはハードルが高いけど、いずれ死ねば分かることなので、無闇に焦る必要もないでしょうか?

 

神の存在証明

「神は存在する」という「仮説」も同様の論理構造はらんでいます

誰かが「神は存在する」と言ったら、その証明として「神がいるなら目の前に連れて来て」と言えばOK

他人には見えない神が存在している」という人がいたら、それは個人的体験証明方法で留まっており、他人と共有できない証明方法だと明言しておきましょう。

神学では亜種として「理神論」という屁理屈も用意されましたが、これも他人と共有できる証明方法ではありません。

 

人間の死後も魂は残る(幽霊になる)」という話に対して、

  1. 「仮説」と「事実」の峻別
  2. 個人的証明」(個人的体験)と「共有できる証明」(再現方法があり共有できる)の峻別
  3. 三昧(一時的な死の状態)に入れるなら、肉体の状態第三者医学的に測定可能
  4. 他人が三昧に入っても、それは自分経験ではない(三昧の状態を外から見てるだけ)

という点を確認すれば、齟齬が減るでしょう。

 

こういう話題って、日本人同士だと話しづらいデリケート話題かも?

ちなみに私はデイヴィッド・チャーマーズが列挙してる各論は援用するけど、彼の見解(汎心論など)には同意してません。また、一神教ユダヤキリストイスラム等)も間違っている部分があると思っています

科学でも宗教でも、「仮説」を「事実」としてゴリ押ししてくる人は結構多いので、論理破綻していないか証明方法は何か?常にチェックする必要がありますね。

2017-10-19

anond:20171019231338

ついでに無呼吸とかも、無線のロガーを胸か顔に取り付けて、音量と心拍と体温と傾きだけ検出してればいいし。

そういうシステマチックにしっかり管理された無認可保育所があればいいな。

2017-10-03

化学流産した

化学流産は、妊娠のごく初期に妊娠検査薬では陽性が出たもの継続せず、胎嚢や心拍確認できないまま流れることらしい。

検査薬を使わなければわからないので「化学流産というそうな。

で、それになった。

まだ生理が7日遅れているだけで出血はしていないけど、検査薬の反応から99%確定。

は~…落ち込むわ。

何がって、両家の親に言っちゃったんだよね。。妊娠たかもって…

今週末に予定があって、妊娠してたら参加できないから早めに言わないといけない、

でもこんな初期段階で言ってダメだったらどうすんだ…

散々逡巡して、でも一か八かで言ったらこれですよ。

は~…

無駄に期待させちゃって申し訳ない。

ダメだったと告げたらさぞがっかりするだろうな。。あぁ…ごめんよぅ…

あと、単純に悲しい。つらい。妊娠できたー嬉しい!と思ったのになぁ。あーあ。

気分が沈みまくってるから、もうお酒でも飲みながら仕事しようと思ったけど

思いとどまって、のんある気分飲んで仕事している自分を褒めてあげたい。

えらいよ私。頑張ってる私。えらいえらい。

あと1時間だけ仕事しよう。

本当はお酒飲んで色々忘れて、お風呂に入って寝たいんだけど仕事が詰まってる。

がんばろー

2017-08-26

中絶手術のエントリー読んだ。

私も三週間前の日曜、掻爬手術をした。

中絶じゃなくて、心拍確認できないけいりゅう流産

中絶手術と流産の手術は手順は全く一緒。

朝来てラミナリアを入れて、昼から10分間の手術をして、夕方には帰る。

帰りは夫の車で帰って途中でマックに寄った。家で大粒の涙をこぼしながらポテトを食べた。

自分で産まないことを選んでも、育ってくれなくても、きっとこの日の痛みは一緒だと思う。

半身をもがれたような、えもいわれぬ喪失感

でも、生きていかなきゃいけない。

この日を経験した女性しかからないなにかがあると思う。

私は、例のエントリーからそれを感じた。

色々な事情があると思うし、手術を経て彼との関係自分気持ちも様々揺れ動いたと思うけど、幸せになってほしい。

今度は望んだタイミングで授かることを心から願う。

私も、また同じ子に会えればいいなって思う。その気持ち絶対嘘じゃない。

2017-08-16

妊娠したらつわり病気コンボで思った以上に辛い

https://anond.hatelabo.jp/20170816125019

増田なんだけど、現状把握メンタル落ち着けるために、今日までの経緯を書き残しておきたいと思う。

まず前提として、増田統合失調症である発症した時と比べてすごく良くなっているが、再発防止のためにセロクエルを主剤としてその他いくつかの薬を飲んでいる。そして、81kgの肥満でもある。

で、妊娠した。そうしたら5wくらいかつわり結構ひどくて、水を飲んでも吐くような日もあり点滴をしてもらうなどしてきた。けれども食べることがちょっと辛くて、妊娠前81kgあった体重が13wの今は74kg台にまで減っている。いい感じにダイエット成功していると思いたい数字だけど、ちょっとばかり不安

また、メンタルを患っており肥満でもあるハイリスク自分でもわかっているので、産科精神科もある大きな総合病院産婦人科にお世話になることにした。

そして、11wの検診の血液検査血糖値が引っかかり、12wの時点で血糖値の推移の検査もしたところ、妊娠糖尿病だと診断された。糖尿の専門医による詳しい診察は二週間後。そんなに大きく基準オーバーした値ではないので、それまでは食事制限をせず、つわりでも食べられるものを食べてくれ、との話だった。

そのことをメンタルの方の主治医に話すと、困ったなあという反応。聞いてみたら、セロクエル糖尿病の人には禁忌の薬らしい。でも、セロクエルにたどり着くまで相当色々試行錯誤した経緯と、血糖値基準値をそう大きくオーバーしているわけではないと言うことで、まだしばらくセロクエルを使うことにした。

それに加えて、血糖値の推移の検査をした日辺りから喉が痛む風邪をひいた。でも産科でお世話になっている総合病院に連絡したら風邪くらいなら他で受けてくれ、と言われたので、地元内科先生に診てもらって、トラネキサム酸を処方してもらった。一時は良くなったのだけれどぶり返してしまい、それからはトラネキサム酸が効かない。風邪を引き始めてから5日経っても治らない。夜中になっても喉の痛みと咳でろくに寝られない上に、私の咳で夫も寝られず寝不足自分だけじゃなくて夫にも迷惑をかけてしまい辛い。多分風邪が長引いているのは、つわりでろくにものが食べられなくて体力が落ちてるからだと思う。

からまた内科にかかろうとしたが、今週いっぱいその内科お盆休み。仕方がないので再び総合病院に連絡し、今週の月曜日産婦人科先生風邪を見てもらえることになった。そうしたらPLなんとかという粉薬と咳止めをもらい、木曜日になっても治らなかったらまた連絡してくれ、と言われた。

が、今日になって赤い糸みたいなものが模様のように入った痰が出て、咳をしてもお腹や胸が痛むようになってきて、これはまずいのではと午前中に総合病院に連絡。そうしたらなんとか明日呼吸器内科に予約を入れてもらえたが、それでも喉が痛いままなのは当然変わらないので辛い。この時点で上の増田を書いた。

辛いので横になっていたのだけれど、午後になってから左腕がピリピリと痺れ始める。ナニコレと思いつつ様子を見てたら右腕も痺れ始め、怖いので総合病院に連絡したいが今でも相当横紙破りな診察をしてもらっているのにまた迷惑をかけるのも気が引けて、まずは#7119に連絡することにした。

電話で問診を受け、妊婦であることも統合失調症があることも妊娠糖尿病であることも話し、そうしたらなるべく早く病院にかかれ、もし足まで痺れてきたら救急車を呼んでもいい、と言われた。

なのでその結果を持って再びかかりつけの産科のある総合病院に連絡。そうしたら、産科先生に診てもらえることになり病院に向かった。向かっている途中、足まで痺れてきて本格的に不安になる。

産科先生に今までの経緯を話し、最初に痺れ始めた左腕は手首にとても違和感を感じるくらいになっているということや、足も痺れてきて、特に右足首の痺れが強いことを伝える。

だが、痺れは息のしすぎで出ているものではないだろうか?と言われ、喉については明日の呼吸器内科で詳しく診てもらってくれ、という話で、この二つの症状については処置検査特に何もなしだった。でも、お腹赤ちゃんについてはちゃんと診てくれて、心拍もはっきりしているし元気だと言われ、そして帰された。

で、今また部屋で安静にしているのだが、手足の痺れは相変わらず、今こうしてキーボードを打っていても違和感は拭えない。

夫には会社から早めに帰ってきてもらったが、夫は手足の痺れについても、医者が何もしなかったのなら大丈夫なのだろう、というように鷹揚に構えている。

でも私は大変不安である

だって喉が痛いのは変わらないし咳だって出るしなぜか手足は痺れている。病院でもあまりちゃんと診てもらえなかった。後から調べたら糖尿で手足が痺れるとあるのに産科先生はその点にすら言及しなかったし。

なので不安不安定で泣き出したりし始めているが夫は持ち帰りの仕事で忙しく話を聞いてもらいづらいので、最初にも書いたが自分を落ち着かせるためにこの増田を書いた。

書いているうちに涙は止まったが、やはり不安は尽きない。

こんな状況でも元気でいてくれる赤ちゃんに励まされるが、しかしこうやって書き連ねてみると本当に大丈夫なのか色々と心配になるレベル

しかしながら、この乱文をここまでお読みいただいた皆様に感謝します。

2017-07-07

愛犬がお星さまになった。

今日、十四年飼っていた犬が死んだ。ミニチュアダックスフンドのオス。名前は書かないでおく。

耳の中に腫瘍ができていて、摘出には手術が必要だったけれど年齢的に全身麻酔は厳しかったこともあり、消毒と薬でこれ以上大きくならないように対処していた。

視力大分落ちて、いろんなところにぶつかりつつノロノロと家の中を歩いたり、自分で排泄することはできていたけれど、十日ほど前からそれもできなくなった。

一日のほとんどを寝て過ごしていた。頭を撫でると顔を上げて、床に這ったしっぽが左右に揺れたりした。水飲み場にも自分で行けなかったので、こまめにお皿に入れた水を口元に持って行っては飲みたいかどうか確かめていた。

四日ぐらい前から排泄したい、というアクションもなくなって、寝たままおしっこをするようになった。トイレシートを何枚も重ねて引いて、その上に犬を寝かせた。

おしっこをしたらシートを取り換えて、汚れた体を拭いて、また寝かせた。

耳の腫瘍のせいだと思うけれど、体液が耳から鼻へ流れて呼吸が苦しそうだった。鼻水が垂れるたびに拭った。

毎日今日死ぬかもしれないと思ったし、こんな状況だけど寝ているだけだからまだまだ生きれるんじゃないかと思った。

呼吸する犬の胸に耳を近づけて、人間のよりもずっと早い心拍の音を聞いていた。

六日の夜、自分が寝る前に犬を撫でた。痩せて、撫でると骨の形がわかる。固形ごはんを受け付けず、痩せぎすな体だけど、温かくて、心臓が動いてて、呼吸していた。

撫でたのは深夜一時過ぎ。犬の短い呼吸を聞いて、それから自分も寝た。

七日の朝四時過ぎ。家族が泣きながら自分を起こした。犬が息をしていないという。

犬に触ると死後硬直が始まっていて、体が硬かった。あー死んじゃったんだ、と思った。動けなくても、寝てばっかりでも、ずっと生きてくれるんじゃないかって思ってたけどそんなことはなかった。

体を撫でても温かくない。でも毛並は変わらなかった。この十四年、撫で続けた愛犬の感触だった。

家族で犬を囲んで撫で合った。それから犬とのお別れ方法を話し合った。結果、市のゴミ処理場のペット火葬してもらう部署へ連れて行くことにした。

ダンボールに犬と、犬の好きだったおもちゃをいれた。

九時前にゴミ処理場を訪れて、犬を預かってもらった。大きい冷蔵庫に案内されて、その一角に犬を置いた。「ばいばい○○」と名前を呼んでお別れした。

アッサリ犬を置いて冷蔵庫から出てきたけど、犬を預ける料金を支払ったり署名をしたりするときに本当にこれでお別れだと思ったら泣けてきた。


今日一日、犬のいない家に帰るのを無意識に避けていたみたいで、映画を見て時間を潰したり、本屋を何軒もまわったり、用もないのに車を出して出かけたりした。

それでも帰らないわけにはいかないから、帰ってきたけど、犬がいないのはショックだった。

毎日犬に話しかけて生活していた。家族がまだ帰ってきてなくても、留守番している犬にただいまって声をかけて頭を撫でていた。もういない。

ついさっきスマホの待ち受けが愛犬だったことに気付いて、可愛らしくカメラ目線を向けている(正しくは自分が犬の視線カメラを持っていったんだけれど)写真を見ながら泣いた。

随分前から同じ待ち受けにしてたから、犬が生きてる時にはそんなに気に留めてなかったんだろう。

スマホの中に保存されている犬の写真を眺めてまた泣いた。


悲しくて、苦しくて、誰かに聞いてほしくて匿名投稿することにした。

自分ツイッターに書くことはまだ出来ない。ツイッターを開くたびに泣いてしまいそうだから

十四年、よく生きてくれたと思う。犬に噛まれて血が出たことも何度もあったし、腹が立ったことも数えきれないぐらいある。

なんで犬なんか飼ってるんだってイライラする時もあったけど、でも楽しくて笑い転げる時間の方が多かった。

今は寂しいし、本当に悲しいけれど、泣いてばかりいても生きるのが楽しくないだろうから早く笑顔で犬のことを思い出せる日がくるといいなと思う。


ばいばい○○。十四年間本当にありがとう。とっても楽しかった。ずっとずっと忘れないよ。お星さまになって、みまもっててね。それで私が死んだら、むかえに来てね。

2017-04-07

稽留流産した

妊娠8週目で、前回の検診から胎芽(胎児の前段階を指すそうだ)が育ってないし心拍確認出来ない……ということで流産

多くは胎芽側に原因があって妊娠初期の6人に1人くらいの割合で起こるものだと聞いて、真っ先に「今やってるソシャゲガチャで少しレアカードを引き当てるよりも高確率で発生するんだなー」と思ってしまった。

もちろん悲しいけど、今回で、運が悪かったんだなーとそれほど落ち込まずにいられるのは救いかもしれない。

2017-03-27

妊娠した。全然安心できない。

やっと妊娠3ヶ月、9週目を迎えた。

6週目の初診で心拍確認できて、次の予約を約二週間後に取った。

が、いろいろと心配な症状に襲われて、予約外で二回も病院に駆け込んでしまった。

一回目は茶色いおりものと腹痛が少しだけ気になったから。

二回目は生理並みの出血に襲われたから。


この二回目が大変だった。精神的に大変だった。

トイレで用を足して股を拭いたらペーパーが真っ赤。「今日から生理か〜」と判断するレベルの量。でもこちとら妊娠中だ。生理が来るはずがない。数秒フリーズ。なんだこれ……?

生理みたいな出血危険から病院連絡してね」と助産師さんに言われたことをやっと思い出して、血の気が引いた。

ガクガク震えながらトイレから転がり出て、旦那に「血、血出た……」としがみついた。朝一番で助かった。家に一人だったらどうなっていたかからない。旦那は「昨日買い物行って歩いたからかな〜。大丈夫大丈夫」と背中をぽんぽんして落ち着かせようとしてくれた。そんな悠長にしてんな! と思ったけれど、一緒にパニクられるよりは全然良かったと今では思う。

病院が開く時間まで布団の中で「こども……りゅうざ……(最後まで言えない)」と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら呻いてた。こんなに泣いたの父さんが死んだ時以来では? レベルで涙が止まらない。

妊娠初期の流産は卵自身に原因があることが多く母親のせいではない」みたいな知識はあったが、それでも「我が子が死ぬ」ことに変わりはない。エコーしか見えない一センチの我が子でも大切な存在に変わりはない。なに考えてもマイナス思考で死にそうだった。死んだ方が楽ではという心理状態だった。

やっと八時になって病院に行った。「何か」あったら帰り道で道路に飛び出しそうだったか旦那にも付き添ってもらった。予約外だから診察まで一時間弱待たされたが、待合室では意外と冷静。涙も出ない。今更足掻いても結果は変わらない……どうしようもない……。覚悟を決めたというより、なにも考えないようにしていた気がする。

そしてやっと名が呼ばれて、内診。

「ちゃんと動いてますよ!」

嬉しくて泣きました。

生きててよかった…………私は子供を殺してなかった……………………。

動いてるエコーを初めて見た旦那も、ホッとしつつ、嬉しそうに画面を見ていた。

「胎嚢の周りの血の塊が前より小さくなってるねー。これが出たんだと思うよ」と言われたけど血の塊があったなんて初耳だ。心配させまいと前回は言わなかったのだろうか。切迫流産とまでは言われなかったが、「今は薬も出せないから安静にするしかないです」とのことで即パート先に電話。一週間長のお休みを獲得。プチ繁忙期のこの時期に申し訳ないが、子供の方が何倍も大切だからなりふり構っていられない。

子供も無事だったしと、大きさを測って予定日の確定までしてもらった。10月末。

まだ、先が長い…………。


胎嚢確認心拍確認、と安心しつつあった矢先の出血。まだなにも安心できないなと痛感した。緊張状態はずっと続く。安定期すらまだまだ先だ。

変な言い方だが、早く産まれ生命可視化できるようになってほしい。せめて胎動を感じたい。お腹の中にいてもどうなってるか分からない今の時期は本当に不安だ。信じることしかできない。信じてたってこんなことも起きてしまう。

ともあれ、子供が生きていて、本当に良かった!

次の診察は二週間後。無理はせず、何のトラブルもなく、その日を迎えられることを祈っている。

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