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はてなキーワード: NICUとは

2018-12-22

はてなー医療リテラシー低過ぎィ

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1300782

大事なことに気づいてほしい。医療の質はどんな飯を食わせるかではなく、麻酔科医がいるところで管理されていて、内科系の医師サポートもきちんと得られ、その病院安全出産が行われるかにある。

ほんそれ。

それを十分分かってたから、何のリスクもない健康妊婦だったけどこういうラグジュアリー()系産院なんかスルー

産科複数在籍&麻酔科医も当然いてNICU完備の総合病院を速攻予約したよ。

総合病院の方が人気あるからうちの周りは妊娠発覚直後でないとどこも予約出来ないけどね。

最初から紹介状ありのハイリスク妊婦しか受け入れない所も多いし、一般妊婦受け入れある所も枠が相当小さいと思われる)

自分子供の命と安全には代えられませんわ。

こういう産院に冷ややかな人って、なんで田舎には高度医療がないのが前提なの?地方でもリスクの高い妊婦なら最初から大学総合病院へ送られる。健康なお産だからこそ産院が選べるのよ

健康なお産」なんか存在しない。出産は全てリスクがある。

特にハイリスクではないとされて個人産院で出産してそこじゃ手をつけられない事態になって大病院に緊急搬送される事なんかいくらでもある。

はてなってこういう事よーく分かってる人が多いと思ってたけど

ほんとリテラシーレベル下がったんだなと思う。

飯美味くて部屋が綺麗な個人産院なんか地方でもいくらでもあるよ。

個人産院は安全性では大病院には絶対に敵わないから、こういう所でアピールするしかいからね。

あと母子別室ってのも

母乳育児が上手く行かずに退院後に深夜に眠い目擦ってミルク調乳する羽目になる

特に第一子の場合看護師助産師子供の世話をしてくれる=世話の仕方がよく分からないまま退院となって自宅で地獄を見る

母子同室で子供の世話のやり方をがっつりトレーニングすれば帰宅後もさほど困らないが、分からないまま退院したら誰も教えてくれる人などいない)

って事になりがちなんで気を付けてね。

2018-04-07

anond:20180407074750

臨月でそんな人いないでしょ、飛行機も乗れないし大体にしてそんな体調でもない

早産になったなら最初からNICU行きで取り違えられるわけないし

2017-11-24

私の息子が産まれときの話~嫁side

※元の日記では「胎児」「赤ちゃん」はすべて名前です

09:30

今朝起きたらまた鮮血のおしるしが出ていた。

前駆陣痛も続いていたから、「がんばっていたんだね。残りはお母さんやみんなでサポートするからね」という気持ちで家を出発。

快晴でとてもいい日。

10:00

到着後の内診でかなり子宮口を強くかき回して刺激され、その刺激で破水

周りのスタッフさんが若干わたわたする中当人は「ああ、これが破水なんだ……」と思っていた。

そこから、部屋に移動して促進剤投与を始めた。

促進剤は、それによって産まれる、という効能ではなく、子宮を柔らかくして子宮口を緩めてそこから陣痛を呼び込むためのものだそうで、20からstart、120まで上げても進まない人もいるよー、と。

とにかく無事に産まれられれば、と、「何でもいいからお産に繋がりますように」という気持ちでどんどん追加されていく促進剤の値を見ながら過ごしていた。

11:00

胎児心拍が落ちることが何度かあり、酸素マスクをつけて深呼吸をする時はさすがに緊張した。

でもまた数値が戻ったのを見て安心して「私がリラックスしなきゃ子宮も柔らかくならない」と過ごしていた。

15:00

100あたりまでは前駆陣痛の痛みとあまり変わらなかったけど、そこからは前駆陣痛は越えた痛みが始まった。

でも120まで投与しても本陣痛は来ず。

17:00

看護師さんに「今日は一旦終わりにして様子を見て明日またやって、経過によっては帝王切開で産んであげることになるかもね」と言われて投与は一旦stopした。

投与してもあまり変わらず、「私が堅いことで子宮口が開かないんだ」「私がリラックスできないか入院の日が増えてお金をかけさせてしまうんだ」と「私のせいだ」の思考が一時止まらなくなって涙が出た。

胎児心拍が落ちること、胎便が羊水にかなり混じっていること、心拍が急に上がること、陣痛がこないこと、いろんな焦りや不安に対して「母の私が◯◯しないからだ」という思考が出てしまったけど、そんな中でも夫が一緒にいて笑ってくれていることに本当に救われて、いろんな不安もあったけれど1日過ごすことができた。

20:00

母が夫を迎えにきて帰宅。体勢変えたりしながら、落ち着いてから21時過ぎに寝る体勢に。

21:08

寝につこうといい姿勢を探して動いていた時に胎児心拍低下。

何人も看護師さんが入ってきて再度酸素マスクをつけ、内診をしてもらい、「もう赤ちゃん負担が大きい」ということで、クリニックの先生にも診てもらった上で、緊急帝王切開をして胎児を出してあげることに。

21:32

酸素マスクをつけて深呼吸をして「帝王切開になります、急いでパパを呼んで」と言われ、さすがに焦りすぐさま夫に電話をして来てもらい。

色々なリスク説明も受けたが、もう皆どうでもよくて、ただただ「無事に産まれられればそれ以外は私の子宮やら体やら命やらどうなってもいいから」という気持ちで、早く外に出してあげてほしくて、急ぎ足でope室に入って横になった。

22:00

何かの数値に対して先生スタッフの方々が緊張した面持ちで観察して指示を出したり動いたりしていたが、あれはなんだったんだろう。

から考えると胎児心拍だろうか。

バタバタが続いてすぐには開始しないことに不安を感じつつ、その間に落ち着いて来て「もうすぐ会えるんだ」「やっと会える、がんばろうね、大丈夫だよ」と幸せ気持ちが高まり、ope開始後も私はずっと笑顔で耳を澄ませ。

麻酔が効いてくると血圧の変化によるのか、頭もぼーっとしてきた。目を瞑ることに吸い込まれるような。

コッヘル、クーパー、などの機械出しの指示でなんとなく何を切開しているのか把握しつつ、足から胸にかけての感覚はもうないのに何か自分の中を弄られているような感触に奇怪な感じを抱きつつ。

22:57

胎児を取り出す時になると胴体を中から大きく揺さぶられ(感覚はないけど子宮を直接揺らされているのはすごくわかった)、少し泣き声が聞こえたのと同時に「おめでとうございます〜!男の子ですよ!」と。

その瞬間ザーッと涙が出そうになったものの、最初の一瞬の後に全く泣き声が続かないので瞬時に不安感に襲われ、産まれた喜びを味わいつつもそれだけの気持ちは束の間、取り上げられてもしばらく泣かない赤ちゃん心配で気が気でなくなった。

自分からは布で隠れて見えないけど、向こう側で明らかにスタッフさんたちが焦って赤ちゃん背中を叩いて刺激していたり懸命に気管内の吸引をしていたりしている。

先生も、取り上げた後はすぐに私の縫合に取り掛かりつつも、赤ちゃんを見て緊迫した声色と口調で指示を続ける。

「サチュレーション反応しません」「小さい方に切り替えて」「小さい方反応ありました」「こっちはどう!?」「◯◯じゃないよ、そっちを◯◯して」「◯◯さんこっちきて!」と何人ものスタッフさんが赤ちゃんの方から私の頭上まで動き回る。その間も赤ちゃんは泣き声ほとんどなく、たまに「ふぇっ」と聞こえるか聞こえないかくらい。

赤ちゃんが泣かない。泣かない=呼吸ができない。呼吸ができない=酸素いかない。酸素いかない=死んでしまう。

一瞬でそんな考えが脳内を駆け巡り、「私はお腹開いた母でも放っておいていいからみんな赤ちゃんを早く助けて下さい!」と叫びたい気持ちを抑えながらこわくて仕方がなくて、「赤ちゃん大丈夫ですか」と何度か聞いた以外ただただその場を見守っていた。

そのうちになんだか意識が遠のいていくような感覚から強い吐き気が出て何度か嘔吐し、そこからは遠目に赤ちゃんの様子を見つつぼーっと手術の終わりを待つしかなかった。

私の腹部縫合中、赤ちゃんの泣き声が聞こえない時間。きっと数十分あったかなかったかくらいだったろうけれど、この時間がこの1日の中で一番長く感じられた。私には何時間も縫合されているように感じられた。

23:10

私の腹部縫合が全て終わり、ope室を出る時にスタッフさんがぱっと赤ちゃんのお顔を私の方に向けて見せてくれた。

むちむちでまあるくて髪がフサフサでかわいい。濃い顔じゃなくて私似?なんて思いながらope室を離れる。

23:20

外では夫と母が待っていたけど、熱発もあったからかとにかく頭がぼーっとして「目を閉じたい、でも赤ちゃんが気がかりだ、でも目を開けていられない」というぼやけた意識で過ごしていた。

時系列はきちんと記憶できてないが、部屋に戻ってから夫と母が荷物を運びつつ座っていてくれて、赤ちゃんの顔の話などをした気がする。

自分で何を話したかよくて思い出せないけど、夫が深く呼吸して緊張していたことはすごく覚えている。

今思うと、私は赤ちゃんのことも考えつつ意識がぼやけていたので、その場を冷静に見れていた夫は本当に不安だっただろう。

24:10

術後は姿勢不快さが強く、度々左右に体位交換をしてもらった。

赤ちゃん救急搬送することに決まったと先生から話を受け、夫たちは救急車より早く出て向かってあちらで対応すると。

お腹を切った身と言えど、この状況で動けず何もできずに横になっているのが悔しかった。

無駄だとは分かりながらも、麻酔で動かない・司令の伝わらない脚先を動かそうと何度もやってみたけど全く足は動かなかった。私の分まで夫に託して手を握ってお願いした。

夫と母を見送ったら一気に意識が遠のいて来て、そのあとまた夫が来たような来なかったような……

そんな中、救急車赤ちゃんを乗せる直前に助産師さん(看護師さん?)が赤ちゃんを抱っこして私に会わせに来てくれた。

移動前に目の前で会えるなんて思ってもいなかったか歓喜して一瞬で意識が戻り、赤ちゃんをぎゅっとしてちゅーして「がんばろうね!」とほっぺを撫でて送り出した。

涙が止まらなかった。

24:30

救急車が中々出発しないこと、その後の救急車サイレン音。

サイレンの音の位置赤ちゃんと私の距離を表しているから、サイレンが遠のいていくと赤ちゃんとの距離を感じて、ただただ「がんばれ!お父さんもお母さんもいるからね」と祈ることしかできなかった。

25:00

その後また意識がぼーっとして、何度か看護師さんが巡回に来てくれたのもあまり覚えていない……

2時台にiPhoneが遠くに移されたのでLINE確認できずそわそわ。

体位交換をお願いしたりしながらいつの間にか寝ていた。2時間ほど寝ただろうか。

28:20

起きてからからLINE気づき赤ちゃんが無事なことを確認して本当にほっとした。

こんなに遅くまで夫と母が対応してくれているとは。本当におつかれさま、ありがとう、それしか出て来なかった。

から送られて来た赤ちゃん写真がかわいすぎて、うるうるしながらしばらくずっと見ていた。

かわいすぎていくら見ても見飽きない。早速待ち受け画面に設定した。

夫がもう帰路にあると分かって安心して私もまた休憩。

でも頭が冴えてしまってもう眠れず……

29:00

巡回夜勤看護師さん&助産師さん達が検温や創部の観察をしに来つつ何度も話しかけてくれて、明るく笑わせてくれて元気付けてくれた。

看護師さんたちと笑えたのがこの時本当にありがたかった。

もう麻酔は切れていたので、「どんどん回復して赤ちゃん会いに行こう!」と勝手にベッド上でリハビリ開始。足の指先から体幹から、痛み・貧血血圧を観察しながら進めた。

外が明るくなって落ち着いて来ると、赤ちゃんが無事に産まれてきたことの安堵感、今生きているのかどうかという不安感が一気に現実味を帯びて心に流れて来て、赤ちゃん写真を見ながら唇を噛み締めて泣いていた。

それに気づいた看護師さんが私のそばに寄り添ってくれ、スタッフのみなさんが赤ちゃんをその後も気にかけてくれていたこと、その方もお子さんが苦しい状態で産まれて来たこと、昨夜赤ちゃんの直後にもう一人赤ちゃん病院で産まれて、そのあと陣痛の人が来て不思議とお産が重なったことなどを明るく優しく温かく話してくれた。

「泣きたい時は泣いていいんだから心配だよね、泣いていいんだよ。」と言ってくれて一気に号泣して、話をして落ち着いた。

日勤に交代する時間帯、夜勤助産師さんが何人か来てくれて赤ちゃん写真を見て「母そっくりよね!」「かわいい〜❤️」「がんばるしかいね赤ちゃんくん!」と声をかけてくれた。それと一緒に絶対安心する温かい言葉もかけてくれる。その度にうるんでしまった。

私は術後あまり痛みを感じず動くのが得意なようで、夜中に自分でクッションを動かして体位交換したり足を動かす練習を始めたりしているのを褒められた。

どんどん動いて行くぞ。

赤ちゃんもがんばっているんだ。私も明るくがんばるしかない。


https://anond.hatelabo.jp/20171121162134増田です。

嫁も出産当日(大半は思い起こしながら翌日)に日記を残していたとのことで。

本人の希望もあってここに記そうと思います

ちなみに嫁は上の2日後にリハビリ急ピッチで終え、大型病院への通院/息子との対面を果たしました。

NICUでの初対面の光景は今でも忘れません。

2017-11-21

私の息子が産まれときの話

10:00

この日段階で予定日を10日過ぎていた。これ以上は延ばせないということでクリニックに入院開始。診察中に破水先生方慌てるものの嫁は平常心。

診察の途中から私も参加、促進剤についての同意書にサイン入院部屋に行く。

部屋はワンルームをやや狭くしたくらいの場所

3人部屋だがカーテンで仕切られており、なにより今は私ら夫婦しかいない。

窮屈さはないし清潔感あって居心地悪くない。

入って早々地元訛りの助産師さんから説明、促進剤の点滴開始。まずは20mlから

 

11:00

10mlずつ増加させるものの変化なし。

自体は当面は動きそうにないので、ここで一人散歩に出かける。薬局マスク買ってファミレスカツ煮定食を食す。アラサーカツ煮定食コスパに感動。

途中で胎児心拍低下による促進剤停止という事態があり飛んで戻る。

 

12:00

ランチ野菜カレーカレイの揚げ浸し、スープサラダパイナッポー。目を閉じ多幸感に包まれながら食事を楽しむ嫁。

まりに美味し過ぎたためか完食した嫁、お腹いっぱいになりすぎその後やや後悔したようだ。

 

13:00

Toco値(なんの値かよくわからなかったが出産までの進行度合いと解釈した)を注視してみたが高い値になっても「生理痛よりはマシ」とのこと。

やはり痛覚は個人差あるのかな。

入院開始時は前駆陣痛が5〜7分間隔だったものがこの時点で3分間隔に。まだまだ笑顔。この時点で促進剤60ml。

 

14:00

2度目の外出。動けない嫁に雑誌を買おうと近くのコンビニを探す。

地元で有名な産科が近いからか出産関係雑誌が1角を占める。澤穂希表紙が目立つ。

めぼしい雑誌はなくクリニックに戻ると駐車場から車が消えていた。どうやらこの日は通院する人が少ないようだ。

 

15:00

促進剤追加。現在100ml。

痛みが生理痛をやや超えるレベルになってきたとのこと。

Toco値がMAX127なのは何か意味があるのだろうか。

本日中の出産可能性低そうだと看護師さんと会話する。

 

16:00

本日3度目の散歩。最寄り駅まで歩いてみる。

その間嫁は昼寝しながらラジオリラックスできている。

 

18:00

嫁と食べ物縛りしりとりをしたりアキネイターごっこをしたりして穏やかに過ごす。

 

20:00

面会時間が終わったためお義母さんに送ってもらい一時帰宅明日再度促進剤投与をする方針になった。

 

21:32

から電話胎児への負担考慮して急遽緊急帝王切開を取ることになったと嫁。

一時的心拍がかなり下がったこともあり無理はできないという医師判断だった。

急行

ハンカチある?ないなら貸すね。何用かって?出産後に感動した時用よ」とお義母さん。ハンカチを受け取る。

 

22:00

オペの説明を受けて嫁は早速手術場へ。

元々立会い出産希望ビデオカメラを持参していたが、使うこともなさそうだ。

廊下オロオロしながら歩き回る昔ドラマでよく見た典型的なパパっぽい感じになる。

 

22:17

手術開始。手術室前のロビーにてお義母さんと二人。時間永遠に感じる。

 

23:20

手術が終わったらしく先生から説明を受ける。

手術は成功。嫁の出血も少なく終わった。

しか胎児への負荷が大きかったようで、胎児に呼吸器をつけてなんとか酸素補給をしている状態とのこと。

状況によっては緊急搬送もあると説明される。

 

23:50

赤ちゃんに会いますか」と看護師さん。

手術後の胎児に対面する。

顔が青ざめており、ひゃっくりのような小さな呼吸をかろうじてしている状態

我が子への最初の声掛けは「頑張れ」だった。

 

24:10

産後の嫁に付き添う。労いの言葉胎児の容態が気になりトーンダウン。もうここは祈るしかない。

しばらくして先生から緊急搬送を取ることにしたと説明救急車で隣町の大型病院へ。

 

25:30

大型病院到着、胎児の無事を待つ。

義母さんの運転が優秀だったのか、救急車より早く着きすぎる。書類記載して提出。

緊急病院の待合室は独特のピリピリ感があって苦手だ。

この日はなぜかオカマさん(顔以外は限りなく女性に近い)がいて視線を奪われる。

 

26:23

係りの方に呼ばれる、NICUがあるエリアへ。

胎児の容態についてネガティヴ思考が強まっていった時間帯。

 

26:33

カンファレンスルームへ。ここからどれくらい待っただろう……時間永遠のように感じられた。

部屋には山ほどの赤ちゃん関係の本が。その中には「赤ちゃんの死を乗り越える」というタイトルのものもあり思考ネガティヴループが加速する。

気づいたら私もお義母さんも文字通り祈るポーズをとる。ただただ生きていてくれ。ネガティヴモードを振り切ろうと廊下散歩する。

 

27:30

病院看護師さんに呼ばれて私一人でNICUへ。熱を計り徹底的に手を洗い清潔な状態で入室。

 

胎児は全身を管に繋がれながらもさっきより顔色のいい状態スヤスヤ寝ていた。なんと可愛い寝顔だろう。

全体的にむっちりしていて丸顔で。天使ってほんとうにいるのだなと確信した。

「触ってあげてください」と看護師さんに促され頭を撫でる。剛毛で真っ黒でややパーマ。これはお母さん似かな。

よく頑張ったねと声が自然と口から漏れた。看護師さんも笑顔だ。

 

息子は「胎便吸引症候群」により体に強く負荷がかかり、更に肺炎を併発させて窒息ぎりぎり手前状態だったという。

クリニックの先生の緊急搬送判断(別のお母さんがその時間に手術予定だったが、我が家を繰り上げで対応して下さったよう。感謝しかない)、

大型病院のベッド空き状況/立地……などなど様々な幸運が重なったことによって生きることができた息子。

まだ頑張るところだがまずは人生スタートラインに立てたぞ。本当によかった。

 

27:50

NICU責任者先生から契約書類説明を受けサイン。息子の名前を初めて書面に記す。出生届よりも先に書くことになるとは。

「**(名前、産前にもう決めていた)っていい名前ですね!私の親友が同じ名前なのですよ。いいやつでね……」と先生。この人は信頼できるとなんとなく感じた。

具体的な検査結果は翌AM11時に説明させてくださいと先生先生寝る時間ほとんどないじゃないですか……おつかれさまです。

看護師さんから書類を受け取ったのち「忘れてた!」と息子の写真を渡してくれた。

処置中は目を開けてて「ここはどこなんだろー」って周りをキョロキョロしていたんですけどねー」と目をつむった胎児写真説明する看護師さん。

ここにいる人はみんな味方だ。

 

28:30

一通り手続きが終わり、お義母さんと一緒に里帰り先に帰る。

気持ちハイになっているのか眠気は全くない。

安心感からか涙が滴り落ちる。自身がめちゃくちゃ強張っていたことにやっと気づく。

iPhoneを起動、嫁と使っていた妊娠/出産情報管理アプリを開くと表紙が親子3人になっていてまた涙。

ハンカチ、ここで使うべきなんですかね」と涙を拭いた。

 

 

 


上記は息子が産まれときメモとして残していた日記

その後息子2ヶ月弱の入院を経て帰宅、順調に成長し、障害もなく元気に育ってる。

先日1歳の誕生日を無事迎えた際に懐かしくなったのと、コウノドリで近い例のお話があったので……増田投稿してみた。

出産にはこんな例もありますよってのを知ってもらえれば。

2017-11-06

anond:20171106122647

いえ、医学用語というか、文字通り物理的に「見えない」という意味です。後のツイートでも

小児科医、小児外科医はそういう長いカテーテルを食道〜腸管に使うような手技は透視下にレントゲン使ってやると思ってたんだけど。NICUで腸閉塞リスクの児に盲目的にやるときでもきちんと観察してる。

家でやって、99人に大丈夫でも1人が腸管穿孔でも起こして運ばれたときには救われないな。

と。

医療文脈で体内に関する施術について「盲目的に」と言ったら、そういう意味のことが多いですね

件の発言医師はい個人アカウントツイートなので、註釈がないのは仕方ないですね

 

100人に1人でも穿孔あったら洒落にならんし、こんな長いカテーテル素人が家庭で腸管に挿入とかナイワー」って文脈です

2017-10-18

この間子どもを産んだよ。

新しくてきれいな病院で産むつもりだったよ。

でも、なんか突然破水して救急車総合病院に運ばれて出産する羽目になっちゃったよ。

早産だからって子どもNICUに入ったよ。新生児集中治療室って言うんだって

なんでだろうね。産む3日前の妊婦健診では「順調ですね」なんて言われたっつーのにね。

まれ子どもを見て、

うちの子めっちゃ小さいw管だらけw超かわいいwww

なんて思いつつも、なぜこうなった!?って思ったよね。

私の入院中、退院後のうんたらかんたらなんて話を聞くために

同時期に子どもを産んだお母さんたちが集められたよ。

そこで助産師さんが

「どうせだから自己紹介しましょうかー。

どんなお産だったかとかお話してくださーい」

なんて言い出して、おいおい私救急車で早産でーす、なんて恥ずかしくて

言いたくないわとか思ったよ。

でも話し出したら、その場にいた全員トラブル抱えた出産だったわ。

前置胎盤帝王切開、切迫流早産で5ヶ月以上管理入院、五十路間近での出産

私と同じく突然破水救急車のお母さんもいたよ。

あー、そりゃそうよねー、ここ総合病院からねー。

逆に元気に何事もなく産む人のほうが少ないんだねきっと。

っつーか、何事もなく普通に産めると思っていた自分は思い上がりも

はなはだしかったのではないかと。

何を持って十月十日お腹の中で育てて、ひっひっふーで安産で埋めると思っていたのかと。

とりあえず子どもの命があってよかった。

早く家に連れて帰りたい。

2017-09-08

SIDSと窒息を混同してる人が多いのでまとめてみる

ベッドガード事故記事ブコメを見ていたら、SIDS認知が低いなぁと思ったので。(あの事故は窒息のようだが)

私は医療従事者でなく、うちの子が他の子よりもSIDSリスクが高いと主治医に言われ、ネットや本で調べまくっただけの素人です。間違いがあればご指摘を。

(ちなみに、うちの子NICU入院から原因不明に血中酸素濃度を頻回に下げるという謎現象を起こす問題児でした。数ヶ月たった今も寝るときには医療モニターしてますが、治りません…。)

SIDS乳幼児突然死症候群)とは?

原因不明で、赤ちゃんが呼吸を停止する。

死後解剖すると窒息かどうか判断出来るよう。

◎いつからいつまでなるの?

〜6ヶ月までが8割。〜1歳までが9割。逆にいうと1歳以降も、1割の可能性で起きる。

3歳過ぎてもなるときはなる、と主治医には言われたので気を抜かないようにしようと思っている。

◎原因は?

不明。窒息や息苦しさはひとつきっかけ?

熱があると起きやすいため体温調節のバグなのではという説や、遺伝的に呼吸を司るセロトニントランスポーターが上手く働かない説など。未熟児男児リスク高。

対策

基本は窒息の対策と同じ。うつぶせしない。柔らかいところに寝かせない。顔周りに布をおかない。添い寝、添い乳しない。

プラスアルファで、室温を適切にする。着せすぎて温めすぎない。母乳育児(消化がよく、頻回に起き眠りが深くならないため)。禁煙

ベビーセンサーおしゃぶり使用などは民間療法の枠をでない。

ベビーベッドと布団どちらが良いか

アメリカ小児学会ガイドラインは、ベビーベッド推奨している。風通しの良さもポイントのようで、柵カバーは非推奨。

布団は日本文化のためか言及なし。個人的には柔らかすぎるので止めたほうが良いと思っている。SIDS配慮されたマットレスを触ると分かるが、布団の比じゃなくかなり固い。

ベビーベッドで寝ないって人は、ママ布団の隣に赤ちゃん用マットレスを敷くのを試してみてほしい。でも、赤ちゃんマット固いから寝ないんだよね…

個人的に、通気性の良いブレスエアのマットレスが気になってる。硬さが充分か分からないので、早く世界標準になっていろいろ実験してほしい)

大事なこと

心肺蘇生法とAED場所を頭に叩き込む。http://aed.jaam.jp/option.html

ママだけでリスクを下げるのは難しい。育児に慣れない3ヶ月位までは複数人で見守るの大事男性の育休取得賛成。

2016-11-17

僕は何度でも泣いてしま

僕には父親がいない。

結婚するということがどういうものかよくわからなかった。

大人になって、特に子どもが嫌いというわけでもなく、好きでもなかった。

から自分子どもが出来たと知った時、正直不安だった。

「僕は自分の子どもを好きになれるのだろうか」

「僕はちゃんと父親になれるのだろうか」

父親とはどうあるべきなのだろうか」

「これから何をすれば良いのだろうか」

大人が何なのか分かっていないのに子どもなんて育てられるのだろうか」

そんな不安な日々が続き、僕は奥さんを気遣うことができなくなってしまった。

初めて見た子ども3D映像でも、実感は沸かなかった。

ある日、奥さんとケンカした。

なんでケンカしたのかはもう覚えていない。

気まずい朝を迎え、僕はそそくさと出勤した。

しばらくして、お昼を過ぎたあたりだっただろうか。

奥さんからLINEで連絡があった。

入院することになった」

ケンカしてすっかり忘れていたけれど、検診の日だった。

検診で血圧が高くなりすぎてしまったので、入院することになった、と。

産婦人科では血圧のことは言われていた。

血圧計まで買って、毎日血圧を計っていたけど下がらないので、産婦人科のおじいちゃん先生から紹介状書くからすぐに大学病院に行けと言われて翌日行った。

だけど、大学病院先生には少し呆れ顔で、まだ大丈夫だと言われた。

産婦人科のおじいちゃん先生が、危険かもしれないと判断したけど、大学病院先生問題ないレベルだと言ったのだ。

そんなことを思い出しながら、僕は急いで病院に向かった。

病院に向かう途中、何故入院になったのだ、いやきっと大丈夫ケンカしたせいかもしれない、いやきっと大丈夫

そんな自問自答を繰り返した。

病院につくと、大丈夫だと言っていた先生から検査入院」だと言われた。

やっぱり血圧下がっていない、と。

から、安静のために入院してほしいと言われた。その時、子どもはまだ31週だった。

まれるにはまだ2ヶ月くらい早かった。

僕は少し安心しつつも、これから2ヶ月間しばらくは病院いかなと思いながら家に帰った。

奥さんからは、「部屋が暗い」だの、「周りがうるさい」だの、「安静にしなきゃいけない妊婦ばかりで気が滅入る」だの、文句ばかりのLINEが送られてきた。

まりそういうことをLINEで送ってくるような人じゃないので、きっと精神的に疲れているのだろうと思ったのを覚えている。

3日後。

朝、電車会社最寄り駅に着いてすぐに、奥さんからLINEが送られてきた。

今日帝王切開することになった」

僕はパニックになった。

理解ができなかった。

もの凄い不安になった。

とにかく病院に急いで向かい担当から説明を受けた。

血圧が下がらず、最悪は胎盤が剥がれて、赤ちゃん酸素が行かなくなり危険になってしまう。

また、お母さんも血圧が上がりすぎて良い状態じゃないので、妊娠を終了させるためにも今日帝王切開します。と言われた。

訳がわからなかったが、先生を信じるしかないと思った。

その時丁度妊娠32週目の日だった。

僕は子ども名前も考えてなかった。いや、二人で大体考えていたけれど、年末ゆっくり考えればよいかと思って、まだちゃんとは考えてなかった。

義理のお母さんがやってきた。

何を話したかは覚えていない。だけど、最悪なことも考えないといけないとは言われた。私たちがしっかりしないといけないと言われたのを覚えている。

帝王切開出産したということはよくあるだろう。

だけど、早く産まれしまったというのは僕の周りでは聞いたことがなかった。

調べなくても良いのに、僕は思わず妊娠高血圧症候群について調べてしまった。

胎盤剥離が発生すると、数十パーセント確率赤ちゃんは亡くなってしまうこと、10%の確率で奥さんが亡くなってしまうこと、数%の確率でどちらも亡くなってしまうことを知った。

僕は絶望的な気持ちになりかけたけれど、やっぱり先生を信じるしかないと思い、マイナス考えるのをやめた

夕方予定されていた手術は17時までずれ込んだ。

それまで僕は祈る以外に出来ることがなかったので、子ども名前を考えた。

そして、待合室で祈った。

18時過ぎ。

待合室の他の患者親族の人から、「◯◯さん、今赤ちゃん通りましたよ!」と言われて、慌てて廊下にでると、そこにはとても小さな赤ちゃんがケースに入っていた。

赤ちゃんは小さな声だったけど、ちゃんと泣きましたよ」「これからちゃんと検査しまからね」「お母さんも元気です」と言われた。

僕はその場で泣いた。

暫くして、奥さんが運ばれてきた。帝王切開は半身麻酔らしく、意識はあったけどぐったりしていた。

先生から胎盤が剥がれかかっていて、いつ全部剥がれていてもおかしくなかったこと、剥がれる前に出産できたからまずは安心だということを言われた。

それから時間して、NICU先生から説明を受けた。

まず、最初検査では問題は無かったけど、これからもう少し詳しく調べますということ。赤ちゃんは産まれて3日間が一番大きく変化があること、その3日間で問題が発生する可能性があることを聞いた。

かなりの数の承諾書サインをして、唯一肉親の僕だけがNICUへの入室を許可された。

時間はもう21時。

NICUは僕の想像していた赤ちゃんの部屋とはまるで違う世界だった。

暗く、無数のセンサーやランプが繰り返し点滅し、頻繁にアラート音がなるような場所だった。

僕のこどもも、大きなセンサーがつけられた保育器の中で寝ていた。

触って良いと言われ、アルコールで消毒したあと、僕は自分の子どもに初めて触れた。

とても小さく、脂肪殆ど無い身体だった。

どこを触っていいかからず、足だけを触っていたら、子どもが小さな声で泣き出してしまった。

どうして良いかからず、看護師さんに助けを求めたら「大丈夫ですよ」と言われ、安心した。

しばらく触れていたら、また涙が出てきた。

僕は何を不安に思っていたのだろうか。何も悩むことなんてなかった。

僕はこの子を守るために生きるんだと。どんなことがあっても守るんだと心の底から思った。

自分想像していた父親像とかどうでも良かった。ただ、子どもを守るために頑張るだけだった。

帰りの電車

大学病院からは数駅だけだったけれど、電車の中で僕はまた泣いた。

家に帰って、布団の中で僕はまた泣いた。

不安もあったけれど、安心の方が大きかった。





あれから2年。

息子はもうすぐ2歳になる。

まれとき体重が1,600gしかなかったのに、いまでは11kgくらいある。

まれ半年で平均に追いつき、すくすく育ってくれた。

もう抱っこするのもしんどいくらいだ。

今では車が大好きで、おもちゃミニカーばかり。

毎日「はたらくくるま」を歌っている。

息子と散歩に出かけては成長を感じて泣いてしまう。

息子がお昼寝のときに、突然起きて泣いてしまうのを見て僕も泣いてしまう。

2年前のこのことをふと思い出しては泣いてしまう。


僕は泣いてばかりだ。

でも、息子も奥さんも元気だから良かった。

ただ、それだけ。

2016-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20160229202916

このブログhttp://anond.hatelabo.jp/20160229202916

)を書いた方へ、

はじめましてTBS記者をしている川畑恵美子と申します。

今、医療ケア児の取材をしています

障害児保育のヘレンの取材もしています

私は以前NICU取材をしたことがあります

そのときからNICUを出た後の子どもたちのことを深く取材したいと思っていました。

このブログを書いたときの思いについて、一度お話を聞かせていただけませんか?

tbskawabata@gmail.com

まで連絡いただけないでしょうか?ご検討ください。

http://anond.hatelabo.jp/20160229202916

2016-02-16

もう子供ほしくないかも

現在一児の母。4ヶ月の子供。

子供は二人はほしいね~と旦那と話してたけど、一人でいいかもしれないと思い始めた。


妊娠大変。

私は生理がこない(排卵しない)理由不妊だった。

排卵誘発の注射毎日打って、体外受精妊娠だった。

幸いにも一回で妊娠できたが、通院の辛さ、治療しても妊娠しないかもしれない不安で、心が大変だった。

もともとは生理がきてたし、生理がこない理由ホルモンバランスの乱れ=冷えとストレスだったので、

体質変わって生理普通にくるようになれば治療必要ないかもだけど、

また、毎日注射打ちにいくのむりー。

子供が一人いるのでなおさらむりーーー。


妊婦生活大変。

つわりは重くなかったが、体は重いし、足は二日に1回攣るし、だるいし、眠れなくなるし。

体がつらい。早く生んで元気になりたかった。

精神面も辛い。

安定期入るまでは、流産したらどうしよう、という不安でいっぱいだった。

安定期入っても、もし階段を踏み外したら、流産の可能性も0じゃないししたらどうしよう、という不安でいっぱいだった。

臨月入っても、臨月死産という例もあるし、生まれ子供が重度の障害があったらどうしよう、という不安でいっぱいだった。


出産大変。

陣痛地獄のようだった。

子供生んだときに、呼吸の異常でNICUに行って、出産の喜びより不安で仕方なかった。

まれて10時間もたたないうちに子供は戻ってきたので、大丈夫だったが。

あと痔になった。またもクソ痛いし、血がダラダラ出てくるし。


育児大変。

痔なので据わってると痛いし、またはヒリヒリするし、母乳なので乳首が擦り切れて痛いし、3時間おきには授乳しなきゃいけないからぜんぜん寝れない。

授乳になれて、まとまって寝てくれるようになるまで辛かった。

今も腰が痛い、手首痛い。

精神面も辛い。

子供と二人っきりの生活

テレビブルーライト子供にはよくないと育児書に書いてあるので、それらを付けずに無音の生活

旦那帰宅が遅いので、ほぼ一人で育児


人付き合いが大変。

内祝いを返したり、お互いの両親に孫を見せにいったり、お宮参りや百日食いなどのイベントもこなしたり。

めちゃ大変じゃないけど、いろいろ角を立てずに付き合うのが煩わしく思うときもある。


将来が大変。

保育園は入れるの?幼稚園は入れるの?

子供をちゃんと育てられるの?

わたし仕事ってどうなるの?

ずっと育児のことばかり?

子供優先なのは分かってるけど、子供が手がかからなくなったとき仕事復帰できるの?



一人でもいっぱいいっぱいなのに、もう一人か…。

もう一回妊娠出産しか子供一人の面倒を見ながら)か…。

そう思うと、安易にもう一人ほしいとは思えなくなった。

自分自身兄弟がいてよかったとは思うけど、不安

旦那にもこの気持ちは伝えてないが、二人目はもういいかなと思い始めている。

2015-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20150824160304

既婚子持ち女だけど

予定日過ぎて3カ月たっても生まれないこともあるし

どこ情報だアホ。

大体予定日過ぎて2週間くらいが限度と言われてる。多くはそれより前に促進剤なり帝王切開で出す。胎盤が持たず危険からね。

早産ということにしておけば妊娠8か月で生まれちゃって~で済む。

8か月の早産って大ごとだよ。NICUに即入院だよ。後で障害残る可能性もあるよ。

そんな事になったら「生まれちゃって~」じゃ済まないよ。

2015-07-10

完全ミルク栄養になってわかったこと

嫁:26歳、もと看護師小児科外来で働いていた時期あり

自分28歳、子どもに関わる仕事

息子:8カ月、かわい過ぎる

初めての子どもが産まれて、嫁はしばらく母乳で頑張ろうとしていた。でも駄目だった。ここの経緯は省く。緊急帝王切開だったこと、2週間くらい息子がNICU入院していたことが関係しているのかもしれない。よくわからない。

嫁はひどく落ち込んだ。本人は認めないだろうが、一時はノイローゼ気味だったと思う。いや、離乳食が進んできた今でもそうだ。他人ミルクの話をすることにすごく抵抗があるし、息子に対して罪悪感を抱いていると思う。

空気の読めない親戚のおっさん法事の場で「あれ、母乳じゃないの? うちの娘は母乳でね……」と言われるくらいは想定内だけど、ブックファースト(自治体が生後半年くらいで最初の一冊の絵本を、とプレゼントしてくれる事業)で、市の保健師からあなた母乳をあげられていないのだから、せめて絵本を読んで愛情を与えなさい」って言われるこんな世の中じゃ、まあミルク派は胸を張って生きてはいけない。

嫁も自分も下手に仕事関係母乳メリットを知り尽くしているというのもある。そう、たしか母乳は素晴らしいものだ。愛着形成にも重要だし、新生児から乳児早期の免疫にも関わっている。今、母乳にしようかミルクにしようか、選べる立場母親がいれば、迷わず母乳を進める。しかし、ミルクしか選択肢がなくなった時に、逃げ道なく追いつめられる今の社会は生き辛すぎる。

そこで自分が感じるミルクメリットだ!

母じゃなくても授乳できる

これが最強にして最大。もちろん母子関係は大切だけど、24時間付きっきりは精神的にきついこともある。そんな時、父親でも預かれるのは、母はリラックスタイム、父は子育てへの自身が得られて良いこともある。とにかくそうなったら違う部屋に移動でもいいから母を子から離すのがポイントだと思う。

ある程度間隔を開けざるを得ない

母乳赤ちゃんが飲みたいだけ出るものからいくらあげてもよい、でもミルクは飲ませすぎると体に悪いからちゃんと3時間あけなさい、と指導された。これは最初は凹んだ。2時間経ってギャン泣きしていても抱っこしかしてあげられないのだ。でもそのうち開き直って、どうせ3時間後まであげられないならと、積極的に外出することにした。よくミルクだと荷物が多くて、と言われるけど、例えば15時に飲ませたら18時までに帰ってこれる範囲であればオムツとおしり拭きさえ持てば外食でも何でも出かけられる。そのうち、外出自体に自信がついて、精神衛生上も良かったと思う。

ミルク栄養同士での付き合いが深くなる

喫煙所での喫煙者同士の結びつき」って喩えしたら、八方から矢が飛んできそうだけど、そういう面はある。育児サークルでも嫁が友達になるのはミルク派が圧倒的に多いと思う。特に「あたし母乳めんどくさいからミルクでー」とかあっけらかんと宣言するギャルっぽいママとかだと、話がしやすいと言っていた。母乳だと公言できない人たちのコミュニティはその分深まるのかもしれない。母乳派のことは知らないけど。

繰り返すけど、母乳の方がミルクよりいいのは充分わかっている。でもミルク派の人が子育てして良かったな、って思える情報もっとあっていいんじゃないか。

2014-04-18

里帰り出産についてうちのケース。

出産について、里帰り出産が全力で推されるケースを目にするが、

うちはしなくて正解だったと思う。

なんだかんだ出産育児というのは結果論で、

どんなに努力して、考え抜いてリスクを低くしても残念な結果になることもあるし、

努力なんて毛ほどもせずにノリと勢いのいきあたりばったりでも五体満足で生まれたあげく、

手のかからない子供でそのままスルッと成人できちゃいましたなんてケースもある、

うちも、里帰りしていても結果的には大差なかった可能性もあるのだけれど、

里帰り出産デメリットについてあまり語られることがないようなので

うちのケースを残しておこうと思った。

里帰り出産をしたくなかった理由は複数あった。

主な理由としては4つ。

母親学級マタ旅危険性について聞かされたこと

私の実家は今の住まいから移動で1日は潰される田舎で、おまけに冬には降雪がある。

毒親ではないものの、相性がぴったりではない実親との関係

父は気分屋で虫の居所が悪い時に目撃されるとあたりちらされる

(虫の居所が悪い時に目撃されるのがまずいだけなので物理的な距離があれば好々爺といっていい)

母はなんというか……愛が重い。

看病張り切りすぎて自分の体を壊した前科が何件か。

あと、重要なことを「慮って」隠す。

命に係わる事柄を本人含む関係者に伝えない。本人に余命を伝えずにこころ穏やかなまま死なせたがったり

親類が危篤でも、亡くなっても、すぐに縁者に伝えずに数か月情報を寝かせておいたりする…。

ので、産んだ子供NICU行きになった場合も出来る限り伝えないよう医者ゴリ押しする可能性があるし

私の旦那にも伝えず隠しておく可能性あるなと思った。

生まれる子供と私の旦那がこれから築いていく人間関係

旦那性格的に生まれたてみせといたほうがいいだろうと思った。

きょうだいは作らない予定なので彼が新生児と暮らせるタイミングはここしかない。

本当にすまんが一緒に苦労しようや……

土地利便性

実家から最寄の産院まで片道車で20分、これはいいとして

町につづく道が一本しかないため

雪道甘く見てチェーン巻いてない観光客が立ち往生してた場合ほぼ詰み(滅多にないが)

また、免許持ってる人間は全員働いており、最寄りの病院まで歩いていける距離にないので

万一があった場合フットワーク都市より大幅に劣る。


現在子供は四か月。

旦那との産後クライシスも今のところなく、子供は(ひどくつかれることもあるけど)可愛い

実家との仲が微妙にこじれた以外はほぼ良好な感じです。

(娘が里帰りしない世間体について愚痴られたりしたけど私は田舎世間体より私の体と子供の体が大事です)

経膣分娩の予定が緊急帝王切開で産むことになったり

(これはなんとなくそうなる気が私はしていて、里帰りしたくなかった理由のひとつでもあった)

生まれるまではバタバタしたけど生まれてからは発育も問題なく

育てやすい部類の子だったっていうラッキーもあったので

里帰りしたくない人全員が里帰りしなくてよかったねって結果にはならないと思うんだけど

すべての出産において里帰りが推奨されるわけでもないので

まず里帰りありきじゃなくて

メリットデメリットよく天秤にかけたほうがいいんじゃないかと思う次第。

ただ初めから完母で育てたい人は里帰りがお勧め

アレはなんかすごくブラック匂いします…

うちは最初は混合寄りの母乳、今は母乳寄りの混合です。

あと本文と関係ありませんがコウノドリおもしろいです

ドラマ化ヒソヒソされてるけどアニメのほうがいいとおもうなぁ

出てくる赤さん基本的新生児低出生体重児だし

2014-01-28

親としての幸せ

うちの息子さー2ヶ月早く生まれて、超低体重児だったので1月以上保育器入ってたんよ。

仕事帰りにNICU行って、白衣着てアルコールで消毒した手を保育器に突っ込んで撫でることしかできなかった。

すごい小さい背中と細い腕。両手で抱えられたのを覚えてる。

そんな息子も1月で3歳になり発達検査を受けてきた。

結果は、修正月齢外しても大丈夫ですよというもので親として本当に安心した。

言語能力記憶力を褒められたと嫁に言われ息子は照れていた。

今の息子は、恐竜宇宙ジブリピタゴラスイッチデザインあで出来ている。

この前も、月ができたジャイアントインパクト説について教えてくれた。

将来は車のデザイナーになりたいそうだ。

自分が昇進した時よりも嬉しいなとしみじみ思った。

2013-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20130406000413

あれごめん記憶いかな? 確かに最初のケースは妊婦が死亡してたのは覚えてる。

当時似たような事件が何度か騒がれた。

うそう。 で、私が記憶しているのが死産だったケース。

君は「訴訟インパクト比較的少ない」という認識なの?

産科医がいなくなる!FACTA online

http://facta.co.jp/article/200606057.html

東京地裁民事部は国内医療訴訟を最も多く扱っているが、受理件数は年々増え、

93年に442件だったのが今では1千件を超えている。

02年に受け付けた訴訟896件のうち、内科26%、外科23%、整形外科15%に次いで、

産婦人科12・25%。このうち胎児管理胎児仮死など産科領域が圧倒的に多い。

一般に周産期医療をめぐる訴訟の3割以上は産婦人科関連といわれ、産科領域訴訟は少なくないのだ。

家庭での自然分娩が大半だった昔に比べ、今はクリニックや病院での出産が増え、周産期死亡率世界で最も低い。

にもかかわらず、訴訟につながるトラブルは増加している。

妊娠出産育児は順調なのが当然とされ、

少しでも結果が悪ければ過失(過誤)が原因ではないか、と紛争が起きやすい。

訴訟に至らないまでも、各医師会が準備している医療補償費用の半分を5%の産科医が使っているといわれるほどだ。 

ちょっと話がずれるが下記のような話もある。

体外受精に代表される生殖補助医療の急速な発達も、日本産科医不足に影を落としている。

体外受精で生まれる新生児は年間1万3千人を超えるが、

それに伴い出生体重1500グラム未満の極小未熟児、超未熟児新生児の0・7%(約8千人)と、

体外受精導入以前の2倍に増加している。

多数の専門医と専門看護師による24時間監視・勤務体制の新生児集中治療室NICU)でしか

脆弱未熟児は育たないが、それが産科医不足に輪をかける。

双子・三つ子などの多胎、早・流産も増え、

染色体異常、成長障害など多様な問題をはらんでいる。

増えている高齢出産でも、35歳以上の初産児出産母子ともに急激なリスク上昇を伴う。

近い将来、周産期死亡率の悪化を招く恐れがある。

高齢に伴って妊娠しにくくなる事を考えると、高齢出産の影響も考えられる。

2013-01-25

産後鬱と離婚願望

2人目を産んで2ヶ月。
多分産後鬱?育児ノイローゼ?もあるんだろう。
嫌なことしか考えられない。

結婚したとたん態度が急変した
理不尽わがままで嘘つきな夫と、
なんとか仲良くやっていこうと頑張ってきたけど努力は報われない。

2人目妊娠中の朝、破水した。
すぐに病院にくるよう言われ、
夫に仕事遅刻して協力してほしいと頼んだが、
自分弁当心配をするだけだった。
破水したまま弁当を作って、タクシー保育園に寄ってそれから病院に行った。
旦那さんは?と聞かれ、本当のことが言えなかった。
「もう仕事に出た後で連絡つかなくて」 

まだ産むには早い時期だったので、
そこから救急車NICUのある病院搬送され、入院することになった。

平日は実母が有給を使って上の子を預かってくれた。
本来なら夫がするべきことを親の好意で手伝ってくれてるわけだから独身気分満喫してもしもの時に役に立たないなんてことだけは
絶対にやめてほしいと頼んでいた。

結局、入院から一週間後の夜、陣痛が来た。
何度電話しても連絡が取れなかった。

陣痛室は個室ではなく普通の病室と同じようにカーテンで区切られているだけだった。
その晩はベットは全て埋まっていて、
付き添いがいないのはどうやら私だけのようだった。

 
結局翌朝、小さいながらも元気な子どもがうまれた。
全てが終わって朝食を食べているときにやっと夫から電話があった。

面会に来た夫は、酷く酒臭かった。

その後も仕事の飲みだと言ってコンパに出かけようとしていたり、
飲み会の日に雨が降って、迎えに行くと約束時間すぎても全く連絡がとれず、諦めて帰ったこともあった。

裏切られるたびに傷つくし、
慰めたり励ましたり労ってくれたりするような人ではないし、
むしろモラハラ発言が多くて、
一緒にいて幸せだと思う時も少なくなってしまった。

もうさすがに別れたい気持ちもかなりある。
ただ、この鬱状態で1人で育てられる自信がない。
出かける気力もないけど、密室育児は息がつまる。
2人の子どもを置き去りにしたあの事件の母親の気持ちもわからないではない。
こんな夫でも、言葉が通じるとか、
外の空気を持って入ってくれるとか、
子どもしかいない空間を変えてくれるという面で頼りにしている自分もいる。

1人目の時も産後鬱だったと思うけど3ヶ月くらいしたら家事完璧にこなせるくらい回復したし、
今回も時が過ぎるのを待っていれば楽になるのかな。

夫はお金を運んでくるだけの人だと割り切ってる人達も多くいるし、
そうなってしまえばいちいち傷つかず、
何を言われてもスルーできるのかもしれない。
私は未熟だからそれができないのかな。
 

2009-01-23

医療用語の解説

医師数の国際比較

日本医師数(100ベッド当たり)は13.7人と、先進5カ国の中では最低です。そのため“3時間待ち3分診療”の実態が発生しているのです。医療スタッフの増員には診療報酬改善が欠かせません。

こんなことが書いてあるのに、厚生労働省有識者懇談会では新生児集中治療室NICU)を増やすといっているんだよねえ。

リンク先でいっているように 100ベッドの医師数が余計に足りなくなるだけなんじゃね?

http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/12/nicu-nicu-feda.html

2008-12-03

なぜNICUは足りないのか

私的なメモとして。

医師助産師が足りないのでこれ以上増やせない。

 (あるいは増やしても診れないので無意味など。

  道路予算削って云々とほざいたコメンテーター氏ね

  NICUだってハコモノと同じ。人がいなきゃ診れねぇって。)

高齢出産が増えて早産などリスクの大きい分娩が増えた。

 (以前なら通常分娩でなんとか対応してきたケースまでNICUを使うことになってしまった。

  よってNICUが足りなくなる)

・でき婚の場合、母体の問題が多いので早産などリスクの大きい出産が増えた。

 (低年齢出産喫煙者などなど… ぶっちゃけて言うと低脳DQNが多いので出産に関して

  リスクコントロールを自ら行えない。よってリスクの大きい分娩が増えた。

  でき婚マンセーみたいな風潮は(・Δ・)イクナイ!)

助成金の問題

 (利用率などのパラメータ如何によって補助金なり助成金なりは出る。

  むやみにNICUを増やしても、利用率が低ければ病院は赤字。

  よってほぼ満床状態にしておくしかない。

  その結果、自院内の妊婦さん優先となり、救急では受けれない。

  NICUを使うことになりそうな妊婦さんは早めに(22週以降)入院してもらうしかない)

以上は推論、伝聞などなどにより構成されるのでウソウソと見抜けない人は(以下ry

2008-10-24

墨東産婦人科事件について

医療崩壊の基本的な知識と経緯は大体知っている人向けの細かい補足。

東京医療崩壊?と言ってるが

墨田江東地区はそもそも総合病院が墨東病院しかない医療過疎地域。今に始まった話では無い。

初期臨床研修制度始まって、都心医師人口は増えている。それでも、充足するにはほど遠いのはあるけれど。

君らが住んでる東京の真ん中の方は安心です。文京区に至っては大学病院4個あるし。

・墨東の産婦人科って?

壊滅的。でも、これは東京全体の問題じゃなく都立病院待遇の悪さの問題。

給与低い、忙しい、患者の質悪い、看護師働かない。そんな所。

ここは日本医大が派遣に来てたときは確か常勤7人位+後期研修医(3-5年目)2-4人で廻してたはず。あまりの仕事待遇の悪さで日医が2年前に撤退したのが運の尽き。他の大学にも当たったけど派遣に出してくれそうな所は無くて今は部長クラス2人+後期専修医1人と言う未確認情報。これでも、平日2人当直だと3日にいっぺん家に帰れれば良い方だし、その間全く寝られない恐れもある。産科縮小したはずだから、夜のお産でずっと起きてるって事も無いだろうけど、ここら辺は不明。

・当直してたのは研修医?

これは都立が初期研修を終えた後の研修システムを「後期研修」と言ったり「シニアレジデント」と言ったり「専修医」と言ったり用語が安定しない。

一般的に「研修医」と言ったら最初の二年間の研修をしているヒヨっこの事を指す。

研修医も産婦人科廻るけど、1ヶ月とかだけだし、電話応対なんて出来る訳無いから当直してたのは「後期研修医」。一応、専門を産婦人科にして1-2年研修した後の医者だろうからそれなりの判断力はあると思われる。

ドロッポして開業した「医療ブロガー(笑)」はここら辺のシステムが良く分かってなくて見当外れな指摘をしている人がいるから注意。

ERって?

ERと今回の事件は全く別問題。ERは1次-2次救急の診療及び振り分けをするところ。イメージとしては「夜間にお腹が痛くてどうしようもない」「喘息発作でタクシーで来院」「転んで骨折った」「吐血してフラフラして救急車呼んだ」「睡眠薬服薬して救急車で運ばれてきた」辺りが守備範囲。この辺りをERで見てERで返す。吐血とかは入院しなきゃいけないから内科の当直医を呼んでぶっ込む。

ERは各内科外科系の下っぱとか研修医がローテーションしながら当直。内科系2人、外科系2人とか。今回みたいにあらかじめ産婦人科領域って分かっている患者については専門家が見ないとどうしようもないからERは全くタッチしない。

「若い女性で凄くお腹痛がっているけど原因となりうる所見が無い」とかだと一応婦人科疾患を否定しなければいけないから産婦人科の当直が呼ばれて1回専門的診察をお願いすると言う場合がある。

逆に言えば、ERみたいなのがあるからどうでも良い腹痛に産婦人科専門性がすり減らされているとの見方も出来る。まぁ妊娠反応陽性でも出ないと文化的に産婦人科医呼ばないけどね。

脳出血妊産婦を救うのは大変?

大変。でも、総合病院なら普通リソースがちゃんとある(外野としての意見ね、実際診療に携わる先生は大変だろうけど)

麻酔科が脊椎麻酔かけて帝王切開して、その後全身麻酔に移行して頭の手術して、ベイビーはNICUへ(でも、今回の場合は出産間近だったとの事でリスクは少ない)、産婦はICUへ。

それぞれの処置は定型通り。1+1の負担がせいぜい2.5位になってるだけで、決して10とかになる訳じゃない。

都内の総合病院麻酔科も脳外科も産婦人科も当直してる。あるとすれば偶発的にICUNICUが埋まってる場合で万床って場合が良くある。

産婦人科の場合はオペ入っちゃうと身動き取れなくて病棟で何かあった時大変だから1人当直の時はオペになると分かっている妊婦を取らないとの選択は正解。

脳出血について

国内の症例検討を元に考えると搬送がどうあれ救命しえなかった可能性が高い。http://obgy.typepad.jp/blog/2007/09/post_bc04.html

原文は全く読んでないし海外の文献も探してないから信じるかどうかはご勝手に。人に文句言ったりdisったりする人はちゃんと原典を当たりましょう。

一般的に後遺症残さずに助かる脳出血は硬膜外、硬膜下、くも膜下とかで脳内出血の場合は場所によっては出血した時点でアウト。ましてや妊婦は凝固線溶系が崩れてるのでハイリスク。

・今回の事件について?

中の人はみんな上の事分かってどうしよっかって考えてる。

実際の権限を持ってる東京都の上の事務がどれくらいまで分かってるかは不明。

石原は全く理解してない。

マスコミは論外。

医者とか墨東叩いている人達は相手にしても時間無駄なので無視。

はてな村人達は比較的同情的だけど、上に書いてある細かなニュアンスとか分からずに定型的な医療崩壊ネタに結びつけてるからどうぞ勝手に騒いでくださいって所。

・最後に

亡くなった方の御冥福をお祈りします。

2007-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20070927174011

妊婦が通院していた荒川区の産婦人科医院によると

とあるので、この妊婦はちゃんとかかりつけ医を持って健診も受けていたんだろ。

NICUがある病院への輸送が必要だったからこの医院へは運べなかっただけで。

 
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