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はてなキーワード: 平和教育とは

2020-02-16

50代リベラルネトウヨ

アラフォーくらいの、2ちゃんねるの創設期と大学生活が重なった世代リアルタイムネトウヨ誕生を観察してきた世代だと、「自分たちの受けた平和教育人権教育は間違っていた、左翼偏向教育だった」と「気付いて」「自分勉強して(真実に目覚めて)」愛国者誕生した、というネトウヨ発生論が常識だと思うんだけど、(ちょうど2ちゃんねるが産まれた頃は、『ゴー宣』や新しい歴史教科書をつくる会の『教科書が教えない歴史』がベストセラーになっていた)、50代くらいで最近ネットを始めたような世代リベラルだと、「学校右翼教育を受けたor平和人権教育が行われなくなった」から子供右傾化ネット右翼誕生したという歴史観の人がいるんだとツイッター見てて気付いた。

そういう人は、左派教育をすれば左派人間が育つ、右派教育をすれば右派人間が出てくると単純に信じているし、学校教育を信頼しているんだよね。学校教育への反発から学校で習わない「真実」に目覚めた、という構造が思い付かないみたい。たぶんその人自身自分の受けた教育を疑っていなんだろうな。

あと、ついでに。

中学高校でひどい左翼偏向教育を受けた!と言っている「保守」は多いんだけど、大学左翼教育を受けた!だが自分勉強して「真実」に目覚めたって言っている人はほとんどいないよな。中学高校教師よりも大学教師の方が左翼リベラルは多いと思うし、大学の授業の方が中立性は低いのに。

きっと大学で「左翼教育」を受けても、学生は聞き流すだけで反発すら覚えないんだろうな。中学高校管理教育とセットで「平和人権教育」を受けると、あとですごい反発が起きる。

ネトウヨ左翼偏向教育を受けたと被害を訴えるその本質とは、実は教育内容そのものではなく、人権を抑圧する機関としての学校で過ごしたネガティブな思い出なんだろう。

ふだん生徒をガチガチに抑圧している教師が、「在日」やら「同和」の人権を説いたところで、反発が生まれるのは当然。

ま、90年代の話ですが。

2020-02-06

左翼バラバラになった男女を見てよしとされた

1人1フェミニズムと言うくらいにまとまりがなさそうなのかフェミニズムという思想なんだが、国家解体を目指す左翼ノウハウ集大成だと思っている。

なんでそうかと言うと彼らの論理作戦がかつての左翼たちとそっくり

例えばよくわからん文字を並べてだから日本は云々言ったり、よくわからん四字熟語を作ってその図式で考えたり、思想賛同しない人にはレッテル張って徹底的に弾圧したり、やってる事がそっくりだ。

さて、そんなフェミニズムだが、個人的にはこの思想バラバラなのではなく、ある一つの軸があるのだと思っている。

それは、歴史は男女の闘争歴史であり、女性はそれに敗れ、男性の不当な支配に苦しめられている

と言うものだ。

資本家による搾取、とか、そう言うのともろかぶりやんか、俺はよくこう思う。

ただ、今回巧妙なのは社会的弱者女性を救済している(ことになっている)、と言う点だ。

もう一つ巧妙なのは思想を体系化しないことでその根源を隠しているところだ。

かつて女性は体力的にも社会的にも弱かった。ここは誰が否定しても仕方がない。

仮に男女が分かれて体力ベースのなんでもいいがトーナメントをしたら決勝トーナメントに残れる女性はいないだろう。予選を勝ち抜く女性はいるだろうがそれも早々に敗退するだろう。

そして専業主婦であるが故に経済的にも弱かったし、女性仕事は変えのき単純労働がおおく、給料も安かった。

そして左翼由来のフェミニズムはここに付け入る。

「この社会は男たちが旨い汁を吸い続けるために仕組んでいる、女たちは不当に支配されている」

からしたらたまったものではない。家庭に対する全責任との交換によって社会的コンセンサスの取れた立場であったのにいつのまにか不当な支配者にされている。

そして世界男と女闘争と言う単純な対立軸に落とし込まれ、賛成しないもの思想的な弾圧を受け、賛成しても搾取されるだけの存在に成り下がる。

女も男と同様に社会責任を取れるように改革をしよう、法制度、働き方、人々の考え方云々変えていこう

こう言うことを言ったフェミニストを俺はまだ知らないし、実行してるフェミニストも知らない。

この辺もかつての左翼たちと同じだ。

ひたすらルサンチマンを溜め込み、社会に対する不満を煮詰めていくがちっとも改革しようとしない。もっと言うなら何が問題かなんて誰も明確にしようとしない。そして北欧男女平等ユートピア!とか言い出す始末だ。

福祉社会生活現実なんか誰も見ようとしない。

最近トピックに宇崎ちゃんポスターがあった。フェミニストが一つ気づかなくてはならないのは、男にも女にも無関心から問題意識を感じる人がいたと言うことだ。積極的にやる人から消極的な人がいたと言うことだ。これはセクハラ痴漢についても言えることだ。

女性が抑圧されている根拠はこう言った性的認識の不一致につけ込むことでそれっぽく語られているが、その軸は男女の間にではなく、もっとグラデーションのあるものだ。

何かの統一的な理論に基づいた軸なんかない

だが、フェミニズムは男女の対立がその根拠なのでこれを変えることはできないし間違っても直視するわけにはいかない。思想無謬でなくてはならない。思想に与しないものはなんらかの形で排斥しなくてはならない。

そこで言い出したのが、名誉男性だ。これを初めて見たのは小林よしのり漫画だけど、この時は女としての意地も思想もなく男に取り入るだらしない奴らと言う意味合いだったが、これがいつの間にかフェミニズム同意しない女になっていた。

次に、賛同する男だ。これはフェミニストたちの勝利、成果としてアップデートされた男たちと言う称号を得ている。だが、それによって彼らは何か得られたのか?単に搾取されるだけの存在に成り下がってないかますます消耗品にされてないか

最後賛同しない男たちだ。これがフェミニストたちの敵だ。

興味がないといえば、消費する側だもんねと言われる

反論すれば一足度に差別主義者とレッテルばりされて袋叩きに合う

たしなめようとしても同じだ。

過去歴史を紐解いてみたところでそんなのは信じない、嘘だ、偽書に踊らされるかわいそうな男にされる。

ここまで書いてわかるかは知らんが、手口が左翼のそれそのまんまなんだよ。

まりフェミニズム左翼2.0なんだよ

さて、かつての共産主義者たちはすっかり鳴りを潜めた。まだあるはあるようだが日常であまり見る機会はなくなった。が、その思想社会根付いた。

世界同時革命なんかもう実は日本では起きてると思っている。言葉的に矛盾してるが。

からもう別にいいんだよ。

さら国民バラバラな自立した民の集まりにするために目をつけたのがフェミニズムだったと思っている。

だが、そろそろもういいんじゃないかな。今年の後半くらいから急にフェミニストたちはその思想を爪痕として残したままいなくなるか別の分野に引っ越してると思う。

次に来るのはなんだろうか。

社会国民は分断されている。お上意識伝統的に持ってることにされてる国民からここはすでに乗り越えている。

戦後反戦平和教育によって世代バラバラにされた

労働組合のあくなき闘争によって雇用者労働者バラバラに出来た

男と女バラバラだ、つまり家庭はバラバラだし、フェミニズムによって女もバラバラに出来た。

彼らが選ぶ次に解体する時間はなんだろうか?

個人的には男をバラバラにするんじゃないだろうかと思っている。

要はマスキュリズムだ。フェミニズムと同じことを今度は男に対して行う。

2020年日本にマスキュリズム元年が訪れるだろう。

ここで「いや俺は、私はそんなの染まってないぞ?」と思った人らは一度自分たち行為言動客観的に見るといい。自分が思ってるよりもはるかに染まってるから

マルクス社会主義よあれと言った、マルキシズムがそこにあった

2日目、歴史偉人身分を固定した。

3日目、日教組反戦平和教育を行うことで世代は分断された

4日目、日労組団体交渉を行うことで労使は分断された

5日目、何者かがフェミニズムを広めることで男女と女は分断された、家庭は結束が緩んだ、男の家庭感はなかったからだ

6日目、何者かがマスキュリズムを広めることで家庭は決定的に分断された。男女の分断は取り返しがつかなくなり、男も分断された

7日目にあらゆる軸に基づいて完全に自立したように見える人々を見て何者かが満足した。

と言うことなのかもしれない。おー怖い。

だが、一つ誤算があった気がしている。SNSじゃない。あんなのはアカウント作りまくって数の暴力でどうとでもできる。

若者が予想以上に自立してしま日本を出るようになった事だ。大学から先の課程に進むようになったことだ。

今後社会では国民いかに国からさないかいかモラトリアムだけ経験させるかに必死になるかもしれない。世の共産主義国家が特に気を使うのは情報だ。

2019-10-31

首里城火災ってまず放火だよな…

しか放火だとして理由がよく分からん。どっちかってーと平和教育かによくつかわれる建物から正方向のヘイトあんまりまらないやつの筈なんだが。

2019-09-01

anond:20190901204514

自分平和教育絶対必要だと思うし、自分メンタルの弱さのせいだとは思うんだけど、画像とか直接的な表現は苦手な人はその部分は受けなくてもいい、みたいな配慮は欲しかったとは思う。そういうのが苦手な人って、それがおぞましくて、避けるべきものだっていうのは理解してるわけだし。

anond:20190901202910

平和教育というんは、良かれと思って二度と大量の死者を出す悲劇を繰り返さないようにリベラル価値観から行なっているものなのだけど

残念ながら副作用が全く存在しないとも言い切れなくて、歴史文脈と切り離される形で、死体ほかグロテスクと見なされる表象が受講者の心的負担になってしまうケースがあるようだ

かといって生温い表現では悲劇が伝わりきらない可能性もあるし…複雑だわ

2019-08-18

ベトナム戦争時の韓国軍による民間人虐殺謝罪し、被害者慰霊する像が、ベトナム韓国に設置される。正式名称ベトナムピエタ」は、2011年ソウル中心部駐韓日本大使館の向かいに建つ慰安婦像(「平和少女像」)をつくった彫刻家のキム・ソギョン(51)、キム・ウンソン(52)夫妻が構想した。「ベトナムピエタ」は平和教育と市民募金を経て、2016年中にベトナム民間人虐殺があった地域韓国内に設置される予定だ。

キム・ソギョン、キム・ウンソン夫妻は1月12日韓国紙「ハンギョレ」とのインタビューで「韓国政府は、旧日本軍慰安婦問題について、日本政府に正確に謝罪要求し、謝罪を受けなければならない。また、ベトナム戦争民間人虐殺にも正確に謝罪しなければならない。今の政府は、両方とも本来役割果たしていない」と述べた。

2019-08-03

anond:20190803232256

すまん

原爆県生まれだが同じだとは思えない

こっちは70年平和教育みっちり作ってきたんだわ(それにはあまり賛同しないが)

史実的な価値科学的な価値もある資料館と、芸術()像を一緒にはできない

芸術感情には訴えかけられるかもしれないが、事実内包した価値は持っていない

2019-07-22

左派若者から支持されなくなった理由

若者は皆、多かれ少なかれ、生まれとき左派である

何を言っているのかと思われるかもしれないし、明確な統計データを持っている訳ではないか体感に過ぎないけれど、

中学校教育現場に携わっていると、少なくとも小中学生の大半は左派思想である

何故なら、学校教育バリバリ平和教育を行い、戦争を先導した右派批判を行っているからで、

例えば沖縄への修学旅行後、米軍基地問題感想文やレポートを書かせれば、9割以上の児童米軍反対の旨を記す。

では何故、それが選挙権を得る頃になると若者右派支持率が逆転するようになってきたかと言えば、

これもあくまで推測の域を出ないけれども、学校教育以外のネット等に影響されて右派になるからだろう。

ここで重要なのは若者左派から右派になる動機理由である

左派の方々は「馬鹿右派に騙されてるからだ!」と思っておられるかもしれないけれど、

個人的にはむしろ「化けの皮が剥がれた左派に幻滅したから」という理由が多いと思う。

実際、単純に若者右傾化しているだけなら若者投票率もっと伸びてもおかしくないはずだが、

若者投票率が低いままなのは、単純に右派にも左派にも、政治のものに幻滅している人が多いから…かもしれない。


例えば私の場合、少なくとも高校生の頃までは典型的左派であった。

良くも悪くも先生のことを盲信する真面目な児童だったから、ホント典型的左派だったと思われる。

大学に入ってから憲法9条の会などに参加したことがあったし、下手すりゃ天皇制にも反対だった。

そんな私の、学校教育を真に受けた右派左派イメージはと言えば、

右派攻撃的,戦前に「売国奴」などと罵る,街宣車等怖い,粗暴な人達イメージ

左派理性的平和思想体現したような優しい人達,良い先生イメージ

といった感じであった。

馬鹿みたいな話かと思われるかもしれないが、学校教育のみを真に受けてればこうなる。

ところが今の時代ネットで多様な情報が入ってくるのである

右派の酷い情報も入ってくるが、右派期待値は元々酷いものなので「やっぱり!」としかならない。

が、

左派の酷い情報は「え?あれ?私の思ってた左派と違う…」とパラダイム転換を迫られる。

例えば、先日話題になった遊戯王の作者のインスタでの投稿に「売国」というワードがあったけれど、

これは学校教育的にはいわば「忌避すべき右派」を象徴するワードであって、これを左派が使ってはいけなかった。

独裁」というワードだって日本のみを見れば一理あるとしても、

普通選挙が無くてデモが起きている香港や、政権批判をすれば捕まる監視社会中国リアルと比べれば、些か言葉が強すぎる。

沖縄米軍基地問題でも、毅然と、粛々と平和を訴えているのかと思いきや、

実際には犯罪紛いの強硬手段暴力強迫行為に手を出す左派情報が、今では飛び込んでくる。

首相演説妨害するレベルの「安倍やめろ」コールもそうだし、

山本太郎議員が最高の言論機関である国会で、マイクやペーパーを奪って実力行使で採決を止めようとした光景もそうだし、

「優しい理性的イメージだった先生が、その裏では実は粗暴で口汚く攻撃的だった」という衝撃が走る位、

左派に幻滅するに足る情報は、学校教育で培われた左派イメージが崩れる情報は、今の時代いくらでも飛び込んでくる。

『「武力を持たなくたって、話し合いで解決できる!」と主張している人達が、

同じ国の中ですら野蛮な実力行使に出ているのに、まして違う国の言葉文化も異なる相手を、どう話し合いで解決できるんだ』とも思われるだろう。

そうして左派に幻滅するだけならまだしも、盗人にも三分の理があるように、そのタイミングで、

学校教育では全く触れられなかった、右派の中でも比較理性的な主張にも触れれば、今度は不良にも実は優しい側面があった的な逆転現象が生じかねない。

良き隣国だと思っていた韓国が、レーダー照射問題慰安婦合意撤回等々の無茶を通してくる様を目の当たりにすれば、

左派の理しか教えられず、右派の毒に耐性を持たない若者が「学校教育に騙された!」という短絡的思考に走り、右派に翻っても無理はない。


もっとも、だからといって左派全てが攻撃的だというつもりはない。

これは香港デモや、右派左派わず共通して頭を抱えている問題だと思うけれども、一部の攻撃的な暴徒化した勢力のせいで、

全体のイメージ毀損されるのは、一部の過激情報が悪目立ちしやすネット社会の問題だと思う。

呉越同舟で「一応共通仮想敵を見据えているのに、同じ船の上で内輪もめしてる場合じゃねぇ!」

…という理由から攻撃とはいえ、腐っても同じ方向を向いている身内を表立って批判しにくい気持ちも分からなくはない。

ただ、学校教育という折角の明確なアドバンテージ確立できている左派は、それを活かそうとするならば、

右派以上にそうしたイメージ戦略に気を遣わなければならないと思う。

それは逆転現象を生みかねない諸刃の剣でもあるし、昨今の右傾化云々は、まさにその産物なのではないかと、個人的には感じている。

2018-08-03

anond:20180803165102

長崎出身で親戚にも普通に被爆者がいるけれど、ICBM addressというhacker slangにそんなに抵抗感無いなぁ。

動詞としてnukeを使うのもそんなに嫌じゃ無い私はもっと平和教育されるべきだったんだろうか。

原爆資料館

嫁さんが子供を連れて実家に帰っているのだが、どうも子供達を連れて原爆資料館に行ったらしい

まだ8歳と4歳だぞ

の子勉強したいと言ったから連れて行ったと

それでも早過ぎる

核兵器なんて、人間の業と悪意の塊みたいなものだぞ

これで嫁とケンカになってるのも嫌だし、子供達をどうフォローして歴史教育平和教育するかも悩む

追記

多くのコメントありがとう

個別に返信できないけど読ませていただいてます

嫁さんと話し合いながら、子供達へのフォロー教育をやりたいと思います

2018-06-13

日本平和教育が間違ってると思う前提条件

敵国がいない。

殺すのは日本不埒な事を考えた権力者によって第二次大戦をなぞるように、外国侵略して国民徴兵されて死ぬ。国にマインドコントロールされた国民自死を求められる。日本は負け続けて空襲され国土ボロボロになる。

自分たちが間違ったことをしなければ、平和で暮らせると思っている。

自分たちが殺す側に立つと思っていない。

平和教育で見せられるのは事後の廃墟だ。もしくは逃げ惑う市民たちだ。だけど、実際の戦場はニ〇三高地のように平和を愛し、敵兵と心を交わす紳士も鬼になる。

ベトナムアフガンイラク心理的後遺症が残った兵士は多い。

平和教育は自分達を律するだけで、何らかの理由で発生する敵がいない。自分達は無垢被害者しかならないと思っている。他人や他の国も同じだと思っている。

多分、それじゃこれからダメだと思うのだ。ふとしたこと生命ギリギリに追い込んだり、敵意を持たれたりするのだ。ダイバーシティ的な考えがこれから必要なんじゃないだろうか。

2018-03-06

津田氏とゴーゴーカレーの件の雑感

自分信条に合わない企業を使わないのも、それを公言するのも個人自由だし、まったく批判される謂われはないし

また、遊就館は濃厚な政治的メッセージを含有しているのは間違いないので、そんなところに新入社員連れて行くのはパワハラ一種だろうし

津田氏を批判する側が差別多様性問題を持ち出すのは取り違えもいいとこだと思う。

その上で遊就館研修批判している側が、歴史教科書問題前後流行していた、中学高校生韓国中国に連れて行って「日帝蛮行」記念館を見せたり、

被害者」の講演を聴かせて謝罪させる教育。あっちは容認してないのか気になる。

平和教育までは否定しないが、そうした侵略謝罪旅行

①それらが反日プロパガンダや非中立的な曲筆・誇張を含んでいる事を同時に教えない。

子供らに歪んだ(憎悪を含んだ)トラウマを刷り込むことを意図。心を傷つけることに鈍感。

③多くの場合侵略教育イベント回避できない。したら白い目で見られるなどの圧力がある。

教員自分思想信条権限を利用して子供らに押しつけるパワハラ性含む。

などの問題を抱えていたのだけれど

実際初期の「ネトウヨ」の潮流を作り上げたエネルギーは、歴史教科書問題謝罪教育世代自分たちが受けた教育へのルサンチマンだったし

(このあたり「ネトウヨ批判側はわりと目を背けてる。今まとめサイトに群がる「ネトウヨ」はそれの劣化コピーだが)。

これに比べれば、そういう会社と分かって入社した成人が対象ゴーゴーカレーはまだ罪が軽いのではないか

日本蛮行子供に教えることは当時「正しいもの」だという空気はあったか遊就館研修よりは当時の常識範囲内ではあるけれど

個人的には「両方やり過ぎで同種のパワハラ」って思っている。

2017-07-24

ネトウヨ反動主義的だけど、生まれてこのかた、戦争平和戦後文字が踊らない夏というのを過ごしたことがないから、そういうのに対する反発はあるよ。

まれてすらない、世代も一回りどころか二回り違う時代陰鬱な話をいつまでも引っ張ってんじゃねえ、という感情が根幹にあると思う。

こうの史代なんかもその辺の戦後平和教育に対する違和感をよくテーマにしている。

2017-05-11

学校労働法の授業を!

厚労省労働基準関係法令違反に係る公表事案ってのを出した

http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/dl/170510-01.pdf

いろいろな意見があるが、経営者労働者も、労働法をある程度理解していなきゃいけないと感じた。

そこで提案

その昔、左翼的教員平和教育だとか労働運動教育だとかを一生懸命やっていた印象があるが、労働法一般論を生徒に教えたらどうか。

将来労働者になる一般的な生徒だけでなく、将来経営者になるかも知れない生徒にも有益だろう。

教員が教えられなければ労基署から講師を招いて教えればいい。

働き方改革の一環として若い世代意識改革としてやれば厚労省労働基準監督署も動きやすいのでは?

労基署厚労省エロい人見てる?

2016-12-14

女子高生オスプレイ

先日、旅行沖縄を訪れた。

嘉手納基地の横には「道の駅かでな」があり、そこの展望から基地の滑走路が一望できる。

戦闘機が訓練で離着陸を繰り返しており、爆音と共に普段見ることのない米軍戦闘機や大型の輸送機に私はなかなか感銘を覚えていた。

12月初旬は、修学旅行シーズンらしく、ひめゆりの塔国際通りもそうだったが、この道の駅観光バスの休憩スポットとして多くの修学旅行生が訪れる。

女子高生集団展望台に来るなり、「オスプレイはw?オスプレイないの??」とはしゃいでいた。

それは思想信条関係ない、純粋無垢好奇心から発せられるものだった。


平和教育がどうこう、という意見や風潮があるが私は良くも悪くもこの程度の軽い認識でかまわないと考えている。

しろそこらへんの女子高生米軍兵器名前を知っているだけでもすごいことではないか

剥き出しの好奇心楽しい思い出や経験に変えてこそ学生だ。不釣り合いな思想信条に縛られた思春期は、いささか寂しい。


12月とは思えない熱を帯びた風と共に、沖縄の空にまた一機戦闘機が飛び立っていった。

2016-08-15

生き残りたい

夏になると思い出す話があるので書く。

小学校中学年のとき平和教育の一環で、近所の戦争体験者のおばあさんの話を聞くという授業があった。暑い暑い体育館で、静まり返って話を聞いた。

その後、クラス全員でおばあさんにお礼と感想を兼ねた手紙を書いて送ったところ、おばあさんから返事があって、それを先生がしばらく教室後ろの黒板に貼り出していた。

おばあさんの手紙最後にはこう書いてあって、とにかく今も忘れられない。

「これから戦争核戦争なのでもう助かりません。戦争はこわいですね」

これを初めて読んだとき、なんて無責任ババアだと思った。

おばあさんはもう老い先短いかもしれないけど、私達にはこれからがある、戦争のなくし方も生き残り方も教えてくれなくてただ怖いですねで終わらせるなんて、無責任ババアだと。

そして私もアラサーになって、身の回りの親しい人間がいろんな理由でどんどん死んでいくようになった。

あの時感じた子供の頃の死への得体の知れない恐怖感も、死んでもいいと思う無鉄砲若さも失って、それを見てると今はとにかく死にたくないと思う。

病気になっても、地震が来ても、日本がまた戦争をしようがしまいが、核兵器火の海に曝されても、私は絶対死にたくない。

まあそんな論理が飛躍した話は置いといても、おばあさんの言うとおり戦争が怖いだけじゃどうにもならないから、なんとかしたいと思って省庁で働いてるけど、色んな個人的感情を持ってたら混乱するばかりでまだ何にもわからない。

ただ、私が何歳になっても、絶対絶対最期まで生き残りたい。私も、親しい人も、それ以外の人もあのおばあさんも全員生き残らせたい。この思いだけはどこかで持ってたい。

2016-02-27

ガルパン劇場版見たんだけど

 正直あんまり……。

 いやいいところは大いにあったよ、みんなが仲間になるアベンジャーズ展開とか好きだし贅沢だし、絵はもちろん整ってるし構図も面白くて、音なんかは爆音上映をやるところもあるだけあってほんと良かったんだけどさ。

 でも明確な不満点が結構大きかった。

 不満点の一番は、チハタン継続っていう味方側の新キャラ2勢力が魅力なかったこと。魅力なかったっていうかハッキリ言って不快だった。

 チハタンはもう、バカすぎてイラつく。

 洋画のギャーギャー騒いで事態悪化させる子供キャラって嫌われやすいけど、私の中でチハタンはそれと同ポジションだった。

 オタク馬鹿キャラを嫌いすぎる傾向にあるし、私もその性質があるから、できるだけ広い心でキャラに接しようとは思ってるものの、それでもチハタンには苛立ってしかたなかった。

 大洗のみんなも、テレビ版の序盤ではポンコツで、「真面目にやってくれよー!」と全く思わなかったと言えば嘘になるんだけど、でもがんばれベアーズ系としてはお約束だし、こういう作品群の中ではもどかしさがかなり少ない方で見心地がよかったんだ。

 その見心地のよさは、バカさのレベルがほどほどだみたいな話ではなく、私にはよくわからないけど何か演出でうまくやってたり、キャラの魅力でカバーリングしてたり、そういうことで絶妙に飲み込みやすくしてるんだと思う。

 でもチハタンはそういう心地よさがなかった。

 テレビ版を終えての試合、ってていで始まったから、大洗の子らは凄く成長したし、他校はもとよりレベル高くて、一段上のステージでのハイレベルな争いを見れると思ったのよ。

 野球で言えば日本シリーズ、とびっきりの最強vs最強、全ジャンル最強決定戦、スタローンとジャン・クロード・バンダムどっちが強い、そういうワクワクをかき立てられた。

 なのにチハタンだけ馬鹿なのが、ハイレベルなカッコヨサや美しさを見せてくれそうなところをグッと押し下げて、大洗の足も引っ張ってるし、それどころか戦闘全体の足も引っ張ってるように感じられてなんだか悲しくなってしまった。

 好試合がしょっぱく台無しにされちゃったような感覚

 もちろん、お話の流れとしてある程度ルーキーキャラがいた方が作りやすいのはわかる。

 ゲームでも続編ではレベルからだし、ロックマンロックバスターのみ、スネークだってほぼ無装備からランスも毎回怠けて弱くなってる。(この辺にも賛否はあったりするけど)

 そういう事情はわかるけど、わかっててもチハタンダメ

 キャラの魅力でカバーしてくれたらよかったのかもしれないが、とにかくまあ尺がなくて、既存キャラたちの描写も食い足りないくらいなわけで、チハタン事情立ち位置キャラもよくわからないポッと出の迷惑な子らって見えてしまった。

 おまけに旧日本軍パロってのが、輪をかけて校風萌えキャラ萌えしづらくさせてる。

 ガルパンってただでさえミリタリー軍事武力戦争萌えのキワキワを歩いてて、色んな議論があるわけですよ。

 平和教育受けた私としても多少抵抗があって、でも周囲の盛り上がりで試しにテレビ版を見はじめてみたら、上手にオブラートに包んでくれてたし、ほかの魅力が大きくって結局大好きになった。

 でも日本軍パロは、かなりド真ん中じゃん。触れづらいとこに切り込んでるじゃん。

 それが軍事賛美やオタク右傾化に繋がるとは思わないけど、咀嚼するのに多少顎の力と喉の力が必要だ。スクリーンを見てて、外国パロに比べてどうしても色々考えてしまう。私の日本の軍備への屈託も煽られるし、「ああー、これっていろんな議論ネタになるだろうな」というファンダムについての余計な懸念も想起されてしまう。

 とはいえ、だから創作において日本軍パロは控えるべきだ、とは思わない、そうするとますますタブーアンタッチャブルなっちゃうし、それがよいことだとは感じないから。でも現状では私が身構える属性なので、この属性を組み合わせるキャラは受け入れやすものにしてくれてる方が嬉しい。

 しかし実際に旧日本軍パロをしたのはチハタンですよ。めっちゃ足を引っ張るってだけでイラつのに、おまけに日本軍パロで、食べづらい+食べづらいで、まったくもうやりづらいんすよ。イラ立つから好きになりづらくて、でも旧日本軍パロなせいで「あいつらホント駄目だな!」と本気で嫌悪するのもキツめの左翼の人っぽくて嫌だし、けれど一方で「も~、バカな子カワイイ♥」と頑張って萌えるには旧日本軍への悪印象が強くてやりづらいし、ホント扱いに困る。

 なのでチハタンが、複雑に嫌い。

 後半ある程度活躍してたけど、それも前半の悪印象を覆すことはありませんでした。ダメな子たちが成長する魅力はテレビ本編の大洗の子らに遥かに及ばず。

 成長を描くんだったらチハタンよりもオタクチームや風紀チームを、「優勝に貢献はしたけど他に比べるとまだ今一歩 → 完全に頼れる仲間に」とか、ウサギさんチームが次期エース格にとか、その辺の大洗の子らをもっと描いてくれた方がずっとありがたかった。

 あと継続高校ね、継続高校も好きじゃない。

 具体的には隊長スナフキンが盛り下げまくりでお前なんなんだよ!

 ネットでもたくさん言われてるだろうけど、否定から入りすぎ!

 そういうキャラ付けもありだとは思うけど、やりすぎで盛り下げすぎ! チハタンとは違う意味でしょっぱくしてる!

 ガルパンTVOVAは、否定に傾いてめんどくさく陰気に考えちゃいそうなところを、適度なしんみりさでうまく抑えてくれたのが私は好きだったんですね。片眼鏡なんかに対して、ほかのメンバーが不満をため込んでやる気をなくしたりしそうなのに、そこで否定的なことを言うキャラがいない。好みはあるだろうけど、ガルパンにおいてはそういう優しい世界だったのが私は見ていて楽しかった。

 けど能登スナフキンヤバイ。そんなの気にしない。否定しまくり。ひねくれてるとかムーミンパロとかそれだけじゃ片づけられない否定。ヤバすぎ。

 継続高校校風説明ポジション説明、各キャラクター説明がなかったのも痛いです。それらがうまくやられてれば、あの厭世的なキャラ付けもきっと愛せたと思うんだけど、なかった。どこの国をモチーフにしたのかもよくわかってない。

 北欧? なの? みたいな。

 CV石田みたいに出てきて思わせぶりに盛り下げること言ってなぜか参戦してきて戦闘シーンだけやたらカッコイイ動きして静かに退場したかと思ったら最後セリフも持ってった。ホントなんなんだあいつら。

 この2陣営への鬱陶しさが魚の小骨みたいにずっと邪魔で、気持ちよく味わえなかったのが非常に残念。

 同じ新キャラでも、大学選抜の子らは、やっぱりキャラ描写薄いのでめっちゃ好きとはならなかったけど、決して不快ではなく嫌いでもないです。

 ローズヒップはクソカワイイ

2016-01-11

毎年、平和教育しているあの県って本当に左翼に毒されてるんだなーと子供の頃からしみじみ思ってたな。

2015-08-17

http://anond.hatelabo.jp/20150817140431

警察ですら犯罪者が人を殺そうとしたら射殺する権限あるのに。

ああ、無辜の人が死ぬことよりも、威嚇射撃の方が大事なんだね。

戦争中に敵の完全武装の兵士が攻めてきてるの掃射したら虐殺とか笑うわ

平和教育ってすごいね

2015-08-10

なんで平和教育=左翼扱いなんだろ?

ウヨとサヨが交差する世界はてなへようこそ!

んでもどっちかというとサヨ側(北の地にて北海道新聞を読んで育ち、内地に来てから朝日新聞だった)の人な私ですが、時々意味わからん人がいるのよね。

いや、まぁ中国とか韓国とかについて、ちゃんとケリはつけた方がいいんじゃねと思うんやけど、なんでそれが共産主義マンセーやら日本卑下とかになるんやろ。

敗戦の結果として国民全体に「排他的ナショナリズム」に嫌悪感を持つようになって、そうじゃない国として日本戦後振舞ってきたわけでしょ。

から今後もそうあってほしいと思うのが普通感覚じゃないのだろうか。

名前をつけるなら中道左派とかそういう感じなんかな。もしくは日本的リベラル

自分定義の「オレ左翼」を作って、勝手に人をその枠に入れて批判するのはやめて欲しいなぁ。

2015-08-04

広島原爆と退屈と平和について

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150803/k10010176121000.html

これは非常に興味深い。

特にこの部分

『「アメリカ原爆を投下したことについて現在、どう考えていますか」と聞いたところ、

「今でも許せない」と答えた人は、広島で43%、長崎で46%、全国で49%でした。

一方、「やむを得なかった」と答えた人は、広島で44%、長崎で41%、全国で40%で、

広島では、ごく僅かですが、数字の上では「やむを得なかった」と答えた人が、「許せない」と答えた人を上回りました。』

小学生まで広島にいて、中学生から関西進学校に通った個人的経験から思うことを書いてみる。

(僕の小学校だけではなく広島がそんな感じだった、のを前提とする。経験からおそらく正しい)

まず、中学生の時に驚いたのは、同級生原爆が落ちた日を知らなかったことだ。

もちろん全く知らないわけじゃなかったが、知ってる人でも、笑いながらあれ広島9日だったっけ?

というようなレベルだった。

広島公立小学校では、ほとんど全員知っていたし、知らなかったとしてもそれが何か恥ずかしいことである、という雰囲気があった。

それが、知的レベルが相当高いはずの進学校でこんな感じなのか、というのは、良い悪いではなく、単純に驚いた。

広島原爆が落ちた日、というのを他のことで例えるなら、たとえば、阪神大震災が起こった日、東日本大震災が起こった日。

それが近いと思う。その地方にいた人はおそらく起こった時間まで覚えているだろう。

それと同じ。広島では小学生でも、原爆が落ちた時間まで覚えている。

広島では小学生はどんな感じだったかといえば、ことあるごとに原爆の話を聞くし、戦争についての話も聞くことが多い。

被爆者学校に来て講演をすることもあった。

それは、反戦教育、という言い方になるのかもしれないが、小学生からしたら客観視はできないし当たり前のことのようにその中で育った。

中でも、僕の小学校では、僕が3年生の時から平和集会」というイベントが1年に1回開催された。

それまでは学年ごちゃ混ぜの運動会みたいなものが開催されていたのだが。

平和集会というのは、各クラスで、平和に関するプレゼンをしあうものだ。歌や劇や朗読方法自由

その結果、僕はどうなったか

ほんとうにうんざりした。

平和平和うるせー、と思うようになった。

それは小学校6年生の作文に書いてあったのをこの前見つけた。(写真で出しても良いぐらいだ)

クラスプレゼンを何十個も毎年見るわけだ。

何年も続けてやってたら、同じ話ばかりだしプレゼン作るのもうんざりする。

おそらくこれは僕だけではなかったと思う。

つの例として、小学校6年生の時に、湾岸戦争が始まったのだが、その時クラス男子何人かは「やったー」と叫んでいた。

僕は叫ばなかった。そして、女子はもちろんたしなめたが。

しかし、どこか共感できる雰囲気は間違いなくあったと思う。

それは単純に幼さとも言えるが、その背景に平和教育への反発があった気がしてならない。

やりすぎは良くないのではないか、と思っていた。

原爆に関しても、そんな感じだった。

原爆原爆うるさいよ、と。そんなに言ったって、落とされる方にも問題はあっただろ、と。

そんな気持ちになっていた。

で、このアンケートの結果。

しかしたら、そういうことなんじゃないか、という気がしてしまうのだ。

原爆落とされた日はもちろんおぼえているけど、だからって今でも許せないとは言い切れない。そんな空気を感じてしまう。

一応、これでは終わらない。終われない(笑)

中学生ぐらいまでは、そんな風に、今言われているのとは違う意味での「自虐史観」のようなものを持っていた。

しかし、最近はまた違う印象を持っている。

僕が大学に入った頃、98年ぐらいから右傾化ブームが訪れる。きっかけはおそらく小林よしのりの「戦争論」だろう。

僕もなんとなく読んだし、そんな雰囲気自分にも周りにもあった気がする。京都大学でも。

そうすると、だんだん核武装論みたいなことをいう人も出てきて、口に出してもおかしくない雰囲気が出来てきた。

それはおそらく今にまで続いているだろう。

たとえば、石原慎太郎なんかが言ったりする。

ところがだ。

さすがにこれは僕は承服しかねる。

核武装については完全に反対だ。

よく言われるのは、持っても誰も使えないんだから大丈夫国際的地位を高めるためだけだ、という理屈

でもそれは明らかにおかしい。本当に使えないなら初めから核の脅威などない。本当に使えないなら持つ意味もない。

で、持ったとして、もしも打たれたら打ち返すのか。ちょっと待ってくれ、と思う。

「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」という原爆死没者慰霊碑の碑文がある。

時に右寄りの人から、これは我々は被害者であり自虐史観だ、という意見を聞くことがある。

それは違うと思う。

原爆というのは、誰がやったとか、誰が被害者だとか、そういうレベルの話ではないのだ。もう絶対的破滅的な悲劇なのであって、その点において人類全員の罪なのだ

そういう発想なのだと思う。って今調べたら、広島市ホームページにもそう書いてあった。

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1137568968454/index.html

ということは、だ。これは、仮にもう一度原爆を落とされたとしても、自分たちが打ち返す、なんてことはありえない、という意味であるはずだ。

誰が落とすとかではなく、もう一度原爆が落ちる、ということ自体否定する、そういう気持ちを表しているはずだ。

なんなら、どこかの国がどうしてもどこかに落とすというのなら、それならもう一度ここに落としてくれ、と。そんな気持ちにすらなる。

もう一度、原爆が落とされるような世界なら、もうここにはいたくない。そんな気持ちにもなる。

で、ここが重要なところ。

僕がこんなことを思えるのは、おそらく、本当にうんざりするほど、勢い余って落とされても仕方なかったんじゃないか、と思ってしまうほどに、

原爆について、その悲惨、ありえなさ、どうしようもなさ、を叩き込まれたからではなかろうか。

体験こそもちろんしてはいないが、理屈ではなく、肌感覚としてそれを学んだからではなかろうか、と。

そんな気がするのである

そうでなければ、ちょっと自分気持ちが説明がつかない。

実は僕は自衛隊を持つことには一概に反対はしない。だが、核武装絶対反対だ。

これを説明するには、たぶん刷り込まれた肌感覚しか言いようがない気がする。

ということで、この理論裏付けるための一つの予言をしてみよう。

このアンケートにできれば、もう一つ質問を付け加えてほしい。

日本核武装に賛成ですか」

これに関しては、広島長崎絶対に全国を下回るはずだ。

おそらくかなりの数、下回ると思う。

まあ、だから具体的にどうするべきか、まではわからないが。

2015-04-07

平和教育のズレ

被害者の話やら映像やらを見せて、こんなにひどくて悲しいことだから戦争ダメなんだよってのは、

今思うとズレてたきがする。

一発ぶん殴って、ほら痛いでしょ?だから殴り合いはダメなのよっていうのは違うだろ?

単に怖がらせたり脅したりして忌避感を煽るだけのもの教育じゃなくて洗脳だろう。

どこぞのお国を笑えないレベルだよ。

子どもに対してはそれが一番手っ取り早いからっていって、だから洗脳するってのは違うだろう。

つの花とかさあ。おとなになれなかったおとうとたちにとかさあ。

悲惨で救いようがないものだけ押し付けられてどないせーっちゅーねん。

そんで模範解答として「戦争はいけないんだと思いましたまる」とか書かせるんだろう?

答えのわかりきったものをやらされることほど無駄なことはないよ。

子どもはそこまで馬鹿じゃない。

やるなら合わせて国のお偉方レベル戦争をしないためにはどうしたらいいかってのを考える必要があるだろう。

模擬裁判とか模擬国連とかだよ。

いち国民として大衆レベルでこわいねーいやだねー戦争ダメだねーなんてだけで終わる教育は、押し付ける側の自己満足にすぎない。

もっと建設的な内容に変えるべき。

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