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はてなキーワード: 郵便受けとは

2018-07-11

anond:20180711110849

テプラを門扉に貼ってから五月蠅くなくなりました。

飛び込み営業来なくなった。

たぶん8割くらい減。郵便受け名刺カタログ入れてくるのはあるけど。玄関先での対応しないで済むようになりました。

営業勧誘・一切お断り配達自治会公務来訪の方は、玄関ドア前までお進みください。」

金色テプラ文字は黒。

ちなみに郵便受けに「広告一切入れるな」というのも効果があるらしいです(そこまではしてないけど)

2018-07-10

anond:20180710091504

書いていても、お隣の郵便受けねじまれていた事や、他の家の郵便物が床に落ちていたことがありました。

ポスティング業者さん、集合住宅の小さい郵便受けにギューギューいれるの止めて欲しかったです。

自室のドアについてる郵便受けは間違えは少なかったですが、女の子名前だと用心したほうがいいのかも。

2018-06-14

anond:20180614070331

横だけど

うちのアパート放火事件(ぼや)があってからアポストが全部フタされたわ

なお代わりの郵便受けは未設置…

2018-06-01

生保レディーとエッチするみたいな話ってあるけど

生保レディーっておばさんばっかりで若い人見たことないんだけど。

都市伝説

大昔「〇〇生命の〇〇と申します。生保レディーになったばかりです。よろしくお願いします」みたいなかわいいイラスト付きの手書きのチラシが郵便受けに入ってたことがあったけど、そのまま捨てたから実際に若いわからんかった。

2018-05-28

増田の夢診断

ボロアパートに住んでいる設定

ガサガサって音がして夢の中で目が覚める

ドアの郵便受けから、張り合わせた封が剥がれかけているバカデカ封筒がのぞいている

引っ張り出してみると完全に剥がれて中身がポロリ

ビバ馬毛島とか書かれたストラップマリンブルー? 鮮やかな青)が入ってた

何なのなの

2018-05-23

父は72歳の5歳児になった

父が認知症になったのは3年前のことだ。悪化したのが2年前の夏で、そこから2年で要介護認定を受けた。70歳台前半でこの状態というのは平均よりも早く、進行も速いらしい。

2018年になり、私は実家に戻ることになった。親と同居するのは10年ぶりになる。認知症になってからの父と暮らすのは初めてだ。帰省で2、3日いるのとはわけが違う。

母は介護家事仕事疲弊していた。介護士の人に母の外出中だけ父を見てもらっているが、彼らのいない朝や夜ほどやることは多い。私も仕事があるので、母のいない日中カバーすることはできない。ワンオペから脱しただけでも御の字と母は言うが、どこまで力になれているかは疑問だ。

父は家族に対しては何処までも優しく、一度も怒鳴ることも手をあげることもなく、料理日曜大工植物の世話が好きで、グルメワイン好きで、読書家で博識で、母が昔病気をした時は付きっきりで看病したり家事をこなす、こうやって並べるとちょっと信じられないくらい良き家庭人であり、知識人だった。それは今も変わらない。ただ本が読めなくなり、包丁が持てなくなり、服に頓着しなくなり、会話が成り立たなくなり、自分で服を着たり用を足したり風呂に入ったりできなくなった。前半は習慣から消え去り、後半は母が介助している。

認知症タンパク質が変質し、脳が萎縮していく病気だ。萎縮する箇所や速度は人それぞれで、予測することはできない。萎縮による記憶能力の衰退も、人格活動の変化も顕出するまで分からない。もちろん治療法もない。ただ、いくつかの傾向はあるらしい。父の場合は次の2つが表れた。ひとつめは一日に独自ルーティーンを作ること、ふたつめは何に対しても否定から入り、気難しくなったことだ。どちらも典型的認知症の症状だ。

父は毎日カフェに朝食を買いに行く。毎日同じものを頼むが、ストローをもらえなかったり店員の態度が気に食わないと不機嫌になり、店に迷惑をかけたこともあるそうだ。だが母が一緒に行くとそういうことはないという。

父は毎日、昼食を同じ店に食べに行く。時計の進みが正確に把握できないので、毎日開店前に行っては入店を断られ、やはり不機嫌になって帰ってくる。でもしばらくするとそれを忘れてまた足を向け、食べて帰ってくる。

父は毎日ケーブルテレビを見ている。大好きな洋ドラはおとなしく見ているが、CMに入ったり日本ドラマに切り替わると文句を言いはじめる。でもお手洗いに行っている間に録画しておいた洋ドラに変えておけば、けろりとそれを見ている。

父は白身の刺身を食べなくなった。鯛やかんぱちという魚が分からいからだ。風呂にひとりで入れなくなったのは身体を洗う順番が分からいから。文字は読めるが新しい知識は入らない。郵便受け手紙を取りに行くことは覚えているが、その後どうすれば分からいからその場で捨ててしまう。食後には皿を片付けてくれるが、洗うことを忘れているのでそのまま戸棚にしまおうとする。

ルーティーンはある日突然変わったり、じわじわ増えたり減ったりする。そのタイミングは本人にも家族にも、医者にも分からない。毎日の観察が大切だが、一日中目を離さずにいるのは難しい。

父は会話というものが分からなくなった。人の話を遮って喋り出す。それを諌めても、話題を変えようと質問しても自分の話をやめない。記憶に残っていることを喋るから話題はいつも同じだ。機嫌のいい時は相手の話を聞いたり、上手くやりとりが進むこともあるが、都合が悪くなるとおどけて誤魔化そうとする。何故かアイシタインの変顔の真似をするのだ。その無邪気な笑顔を見て、私は父が72歳の5歳児になったのだと思った。自我はあるが社会生活を営むには不十分で、言葉の力無自覚で、物事因果感情の律し方も分からず、大人監視と補助が必要な5歳児。それが私が今一緒に住んでいる、大好きな大好きな父だ。

実際の5歳児と違うのは、これから先、父が成長することはないということ。代わりに72年分の(穴抜けになった)記憶を抱えているが、その記憶も徐々に失われ、人格は変わり、最後には脳が不随意筋の動かし方を忘れて死ぬ認知症とはそういう病気だ。

父が私を覚えているうちに、また一緒に暮らせて良かったと思う。

2018-05-15

妹のゴミ部屋を掃除した

妹が一人暮らししていたゴミ屋敷のような部屋を、この3日間をかけて片付けた。
とにかく吐き出して残したいという思い9割、誰かの役に立つかもしれないという雑な期待1割で書きます

経緯

2009年春に妹が地方大学へ進学し、それからアパート一人暮らししていた。
その後いろいろあって、3年前の4月に突如実家に帰ってきて、実家ニートに転身した。もともと内にこもりがちの性格であったが、在学中にうつ病も患っていたらしい。3年近い休学を経て、結局退学した。今もそれほど状況は好転していない。
それ以降、アパートに戻っておらず、契約けが残る状態が続いていた。

丸3年放置されていたため、さすがにだめだろうと父へ打診し、今年の5月に父と僕で片付けと解約を行った。この件については妹は一言も口を聞かなかったので、二人で強行した。
大人二人いればなんとかなるだろうと2泊3日で予定を組み、自分が先行して部屋に入って片付けを先行する手はずになった。
この件については全く頑なな妹の態度から、「人が死んでるのかな?」とか、「異臭騒ぎになっているはずだからバラバラにして冷凍されているかも」とか、「郵便受けに大量の督促状とか入ってたらどうしよう」とか、出発までの数日間はそんなことを勘ぐり、心中穏やかではなかった。
父が出発当日に妹に声をかけたが、部屋に引きこもって出てこなかったらしいので、結局父と二人で作業も行うこととなった。

大家さんに借りた鍵(妹は持っているとも無くしたとも、何も言わなかったらしい)を使い、ドアを開ける。
アパートはよくあるタイプの1Kで、玄関から入るとキッチンがあり、扉を挟んで左にユニットバス、奥の戸を開けると6畳の居間があるという構造自分は妹のアパートにこの時初めて入ったが、大学時代は全く同じ間取りアパートを借りていたので、。

開けた瞬間、なんとも言えない臭いが真っ先に鼻についた。多分、配管の中の水が蒸発しきって、下水臭いが逆流していたのだろうと思う。3年間開けていたのでこんなものかもしれない。
玄関は、空き缶が詰められた大きなゴミ袋(45Lくらい)と、紐でくくられた雑誌が何束か、それと買ってきたであろう掃除用具が転がっていた。
次に、左側のユニットバスの扉を開ける(内心、かなりビビっていた)。ゴキブリカマドウマ死体が転がっていたり、シャワーカーテンが真っ黒にカビていたり、臭いも更にきつかったけど、思っていたほどではなかった(シャワーカーテンなんかは消耗品だし)。とはいえ、ここで用を足す気には全くなれなかった。

最後居間の戸を開ける。が、30cm位しか開かない。何かがつっかえているらしい。30cmの隙間からは、ゴミ部屋が広がっていた。テレビで見た、あのゴミ屋敷のような部屋だった。
床が見えなかった。ベッドと同じ高さまでゴミが層に積み重なっており、畳なのかフローリングなのか、カーペットを敷いているのかどうかとかは全くわからなかった(ちなみにフローリングの上にカーペットが敷かれていた)。

その後合流した父と3日間(作業時間は丸2日)をかけて、なんとか片付けを終え、解約までこぎつくことができた。
可燃ごみは45Lのゴミ袋で40袋弱、ビン・缶が10袋程度、ペットボトルも同じくらいで10袋、粗大ごみが約100kg、これに加えて冷蔵庫洗濯機リサイクル家電処分した。

教訓と考察

ゴミ屋敷の片付け作業において

片付け作業でのポイントを忘れないように記録します。もう二度とやることは無いかもしれませんし、そう願っていますが。

事前に”どの程度の”状況なのかは把握したい。
妹がこの件については全く口を割らず、また僕も父も部屋に入ったことが無かったので、状況がわからず、準備も中途半端になってしまった。
もし屋敷と言えるくらいの広さだったり、糞尿があるようなら、心身の衛生のためにも、専門業者に頼んだほうが良いと思う。今回はそういうのが無かったので、なんとかなった。運が良かった(?)。

二人以上で作業するのは必須だと思った。一人では絶対心が折れる
僕は心が折れた。居間をひと目見ただけで、頭の中が真っ白になり、10分くらい部屋の前で狼狽していた。動転していた中、「とにかく十分な装備が要る」と思い、部屋からいったん離れて近くのスーパーマスクゴム手袋軍手ウェットティッシュ調達した。部屋に戻り、まずは何かに着手しようと玄関に散らばっていたカタログ雑誌を、紙紐(転がっていた掃除用品の中にあった)で縛り始めた。雨が降りしきり、薄暗い玄関で黙々と作業しながら、「妹はこんなところで6年間も住んでいたのだろうか」「こんなところにいたら頭がおかしくなるに決まってるやろ」「こんなしょうもないものに囲まれて、6年間で何が得られたんだろう」「玄関にあった掃除用品は自分でなんとかしたかったけど、どうにもならなかったのだろう、自分を恨んだり呪ったりしたかもしれない」「なぜ助けを求められなかったんだろう」「今もそう、どんな思いで、どんな気分で生きているんだろう」「なんでこうなったんやろ、なんでやろ」と頭がぐるぐるし、だんだん悲しくなり、終いには泣きそうになっていた。作業したくない言い訳かもしれない。その後、父が到着するまでの間、恥ずかしいことに作業を投げ出して近くのカフェに逃げ込んで、清掃業者を調べていた、というか茫然としてしまっていた。
父が加勢してからは、とにかく話しながら作業した。話すことがなければ、「オラオラオラ」とか「うげーなんじゃこりゃ」とかなんでも良いか独り言を出して、”黙々”という状況をなるだけ避けた。そうして余計なことを考えないようにした。独り言は案外一人では言えないものなんだな、というのも初めて得た気付きだった。

できれば一緒に作業する人は年長者が良いかもしれない。
僕の父は、僕ら兄妹の引っ越し祖母遺品整理などを手伝っていたので、片付けは手慣れたもので、そういった作業用キット(父曰く「いつものやつ」)を自前で作って実家から駆けつけてくれた。僕が狼狽して入れなかった居間を見ても、「おうおう、アイツ(妹)、なんちゅう散らかしようや。ちょっと中入ってつっかえてるもん取って」と怯まなかった。「あ、このおっさん、やる気やな」と、自分もここで覚悟を決めた。

車も必須可能なら、軽トラなどを借りておきたい(量が多いのと、ゴミなので車内を汚したり臭いをつけたりするため)。
借りるときは、片付けている部屋から持ち込み可能自治体清掃センターがどの程度離れているのか、といったところから積載量も考えた方が良いかもしれない(遠いとこまめに運んだときタイムロスになるため)。

土足で作業すること。そうでないと身動きが取れない。靴もできれば底が頑丈な登山靴や安全靴が望ましい。ゴミの下に鏡などがある(今回はゴミの下から合計5枚、そのうち2枚が割れていた)。自分も気づかずにそれを踏み抜いたが、軽登山可能な厚手のスニーカーだったので助かった。
土足に加えて、ゴム手袋マスクメガネ(花粉症用の装備が良いかもしれない)は必須。3年人が住んでいなかったので臭いはそこまでだったが、代わりに埃っぽさが酷く、メガネが無いと危険だった。実際、作業が終わるころにはレンズホコリで白くぼやけていた。衛生面でダメージを受けるとモチベーションがすっごい下がるし、何より感染病とかが心配になってくる。

作業スペースが限定されるので、二人で作業するときはきっちり役割分担をすること。
居間ゴミ処分作業の中心になるが、動けるスペース・何かを置いておけるスペースが全く無かったので、二人が作業するためには何らかの作戦必要になった。
そこで、僕がとにかく可燃ごみ・ビン・缶をゴミ袋に詰め込みまくって部屋を原状復帰させること、父がダンボール分別必要もの解体や、分別必要ゴミの分解、雑誌などの資源ごみの紐括りなどを担当することにした。そうすることで、足の踏み場がない居間には僕、玄関には父という配置で、前衛の僕が分別できないゴミ玄関に投げ、後衛の父が投げられたゴミを処理するというフローができるので、二人の動線干渉せず、効率的作業できた。

進捗は正義
床に敷かれたカーペットが少し見えたときは「このゴミ無限ではなく作業意味があるんだ」と勇気づけられたし、いっぱいにしたゴミ袋の数を数えるのが少なくともそのときは僕にとっての勲章だった。2日目の午前、居間の奥の窓まで到達し、締め切られていたカーテンと窓を開け、光と風が差し込んだときは「ライン川を渡った連合国軍兵士はこんな気分だったのか」と思いながら、ガッツポーズをしていた。完全に頭が湧いているけども、何にせよ進捗をあげている気分になれないと、無限に続くような作業に耐えきれなかった。

一番ゴミが多いのはベッドの周り。
ゴミ屋敷になってくるとベッドの上は最後生活圏になるので、燃えるゴミの大半はここから出るのだろう。実際、ゴミ袋に詰め込む作業時間の7割程度は、ベッドの周りに関わっていたと思う。逆にベッドからというところのゴミは、実はベッド際ほど層が高くなかった(放り出された空のダンボールが折り重なって、最初は見えなかったが)。
ちなみにベッドの周りのゴミの中に、(合算すると)現金十数万円が埋もれていた。大事な物もきっとベッドの付近で見つかるのだろう。「こうして廃棄品から千万が見つかることになるんやなー」と父がのん気にぼやいてた。そのとおりだと思う。

ゴミ屋敷にしないためにできることはなんだろうか

延々と続く作業の中で、「なぜこうなってしまったのだろう?」と考えていた。
妹が精神的に患っていたこともあって決して一般論ではないですが、自分一人暮らし経験とも照らし合わせながら、整理したい。

ベッドの周りのゴミの中で特に多かったのは、ティッシュビニール袋、綿棒、割り箸から揚げ棒や焼鳥の串、500mlの牛乳パック、レシートアイスの棒とカップ、コンドーム(もちろん全て使用済み)。要するに、普通は捨てることに一切躊躇しない物がほとんどだった。
でも人によっては、ビニール袋は「何かに使うかも」とか、レシートは「いくら使ったのかわからなくなるのが不安」とか、そういう(場合によっては無意識的な)抵抗が働くかもしれない。捨てるときには、その都度、軽重異なるが判断が求められるし、捨てて得られるものも無いので"保留"という形で、なんとなくそのへんにうにゃむにゃしてしまうのかもしれない。
上でも述べたとおり、ベッドの周り(特に上層)はもはやゴミ屋敷化してしまった状態での行動を反映していると考えられる。この時点では、もう何かを判断する力を失っていたのだろう。ベッドの周りには大量のバファリンもあった。ゴミ屋敷とかそれ以前に、妹がそうなってしまう前に手立てを打ちたかった。悔やみきれない。
「余計なものを買うから、ああなるんだ」と思い込んでいたが、そうではなく「本当にしょうもないものも捨てられないから、こうなるんだ」という当たり前の気づきもあった。

あれだけ汚い居間の中で、中身の入ったゴミ箱・ゴミ袋の類が不思議と見当たらなかった(未開封の市指定ゴミ袋は片付けの途中で見つかった)。
捨てることがシステムの中に組み込まれておらず、捨てるハードルを高くしてしまっているというのもわかった(これは自分一人暮らしの中で覚えがあって、生ゴミ用に蓋付きのゴミ箱を買ったが、ゴミを放り込むのも、袋を出して捨てて入れ替えるのも面倒になって使わなくなったことがあった)。
ゴミ箱なんて使わずに、不格好でもそのままくくって捨てられるように市指定ゴミ袋を部屋に転がしておき、そのゴミ袋の下とか横にでも換えのゴミ袋を置いておくなど、とにかく「捨てやすい、ゴミ出ししやすい」を状況を作ることが大事なのだと思った。

捨てられない人にとって、通販は敵。
ダンボール処分に困る。解体担当の父もうんざりしていた(任せきりですまんかった)。硬くて解体しくいし、資源ごみだし。中身の方を早く取り出したくてダンボール処分どころではないかもしれない。
特にひどいなと思ったのはニッセンで、ゼクシィみたいな分厚いカタログが何冊も何冊もゴミの山から出てきた(発狂するかと思った)。体積的には、ニッセンで買ったものより多かったのではないだろうか。資源ごみは回収日が限られていて、しかも包装ビニールから取り出して紙紐で縛るなど手間がかかるので、捨てられない人間はあっという間に溜まる(自分定期購読した雑誌を、未開封状態積読した覚えがある)。
ゴミの下層の方に多く見られたのも、もともと捨てる手間が大きく、また捨てるメリットも少ない(生物のように腐ったりしないし)ので、まだ正常な判断ができる初期の時期でもなかなか捨てられず、結果、ゴミ屋敷へのトリガーとなるのだろう。

仕送りも敵。
ごみの下層でほったらかしにされたダンボールの中には、自分も見覚えのあるものメーカーのもの散見された。送り主は母で、仕送りされたものだった(僕も同じ時期に別の地方大学へ進学し、一人暮らしをしていたときに送られてきていた)。
中身はマヨネーズとか、ごま油とか、缶詰とか、そういうどこでも買えるような食品だったが、台所を片付けていたときほとんど未開封なのに気づいた。確かに、そのへんで買えるもので、しか調理しないと使えないようなものなど邪魔しかない(僕は強く「仕送りをやめろ、やるなら現金にしてくれ」と伝えていた)。
送られた品というのはなんであっても捨てにくいものだし、ましてやそれが一人暮らし栄養状態心配する母なのだからなおさらだありがた迷惑とはまさにこのことなのだろう。残念ながらこれもゴミ屋敷トリガーとなっていたと思える。

これは僕の直感なのだけど、一面床が見えなくなったらおしまいで、誰かに助けを求めたり介入したほうが良い。
床にゴミがある状態というのは、心理的ストレスが高い。捨てたくなるはず。だけど、一回ゴミで覆い尽くされたら、あとは高さしか変わらないのでゴミが増えたことを認知できない。そしてその期間が長くなるほど、もはや変えられない事実になる。ちょうど僕が初めて居間を見て「これは専門業者に頼むしかない」と感じたときと同じ絶望に、毎日毎日曝される。
この状況を打破するためには、他の誰かの助けがいるのだと思う。

どうでもいいこと(なんか汚い話)

初日に父がアパートに到着したときのこと。ユニットバスを見ると「うわーきたなー」と言いながら、そのまま入って、じょぼじょぼじょぼとおしっこをしていた。ちなみに2日目には自分大事荷物ユニットバスに置き、3日目には大の方もしていた。団塊世代の衛生感覚、恐るべし。僕は最後まで我慢してしまった。

意外とゴキブリは居らず、生きているのは1匹も見なかった(これは地域特性かもしれない)。
その代わり、5ミリくらいのうねうねした、尺取り虫のような、ちっちゃなムカデのような虫がそこかしこで這っていた。なんだったんだろう。

賞味期限が5年前に切れた卵の処理は簡単乾燥しきっているので液体ではなくなっていた(冷蔵庫の中だからかも)。

2018-05-08

目ざめよ!」という冊子

アマゾンかと思って玄関を出ると、「目ざめよ!」っていう冊子を配ってるというおじさんだった。

宗教の勧誘はしつこいという先入観があったのだけど、このおじさんはとてもあっさりしてる。

冊子を受け取ったらすぐに踵を返して去っていった。

その後、何度かおじさんは冊子を配りにやってきた。

いつもあっさりしてる。

はい、あ、今出ますからちょっとだけ待っててください」

「あ、お忙しいならいいです。郵便受けに入れておきまーす」

という具合で、最近では対面すら求めず、まったくもって勧誘してくる気配がない。

冊子を配るノルマ達成さえできれば、どうだっていいのだろうか。

2018-04-18

勝手再配達するのを本当にやめてほしい

今回自分全面的に悪いのはわかってるけど、わかってはいるんだけど、

どうしても不満が浮かんでしまうのと、同じミスをする人がでなければいいなと。

去年就職東京引っ越してきたんだけど、宅配ボックスなんていいものはついてないから、基本的時間指定できない荷物は受け取れない。

もちろん不在票を入れてくれる。

ここで私は、確実に、余裕を持って来るのを待てる時間指定するために、すぐに再配達の依頼はしない。

仕事残業予測がつかないし、早いうちから休みの日の受け取りを指定したら行動が制限されてしまうし。

自分勝手だとは思うけど、万が一再配達を受け取れなかったら申し訳なくてしょうがいから。

そしたら、東京はそれが普通なのかな、再配達を依頼しなくても必ず2,3度配達される。

もちろんそれで不利益は被らないし、調べても普通なことのようだったから気にしてはいなかった。

でも気づけばそれが自分のなかで普通になっていた。それが落とし穴だった。

GWまでに欲しいなと思って、3月の末頃にクレジットカードを申し込みました。審査はすぐに通って、来るのを今か今かと待っていました。

申し込みのときに、クレジットとは別のサービスカードも申し込みました。(ETCカードとかデビットカードのような)

1週間ほどで、郵便受けに不在票が入っていました。例のごとく、すぐに再配達の申し込みはしませんでした。

次の日、また不在票が入っていました。

私はすぐにでもクレジットカードが欲しかったので、次の日、確認せず、「その」不在票を持って郵便局に行きました。

受け取れたのは別サービスカードでした。

こっちの方が早いなんてこともあるんだな、と納得して、クレジットカードが届くのを待ち続けました。

こんなにもかかるのかとは思いました。ただ、クレジットの発行は時間がかかる場合も多いという話をたくさん見かけて、待ち続けました。

そのカードで予約したい飛行機を、予約せずに待ち続けました。

今日、嫌な予感がして、捨てずに取っておいた「1回目の」不在票を確認しました。

そして、受け取った別サービスカード封筒の番号と見比べました。

違いました。

再配達を申し込まなくても勝手再配達されるから、同じものだと、勝手に思い込んでいました。

保管期限はとうに過ぎています

ついさっきカード会社に電話をかけたけど、受付時間外と言われました。

再三言いますが、確認しなかった自分が悪いのは分かっています。ただ、やり場のない憤りがあるので、ここに吐き出しました。

きっと、依頼されなくても配達したらいる場合がそれなりにあるんでしょう。その方が荷物も減らせるし楽なんでしょう。不在票に気づかずに返送になる荷物も減らせるんでしょう。

わかってます。わかってるんです。

でも、いつもいつも勝手再配達されていなければ、こんな勘違いしなかったのにと、どうしても思ってしまます

もし、いつも勝手再配達されるという方がいれば、番号を確認するように気をつけてください。

そして願わくば勝手再配達拒否するようなシステムができて欲しいです。

後輩がいなくて、新聞が入口に置きっぱなしになっていた。

すっかり忘れて放置していたら上司から

「後輩さんがいなくても新聞ちゃんと入れて」と注意された。

まるで自分雑用を全部後輩に押し付けているような言い方にカチンときたが

実際新聞放置してしまっていたのだから仕方ないとは思いつつ……

 

でもさぁ総務側の後輩と経理側の自分で、普段後輩の仕事である郵便受け郵便物取りに行ったり

社内の棚だの給湯室だのの整理したり掃除したり新人の来客対応だの電話対応だの

お茶汲みの仕方だの教育したり、そういうのこっちが全部やってるんだけどね、

後輩に何度言ってもやらないし自分仕事だと思ってないか

まぁおっさん自分の見たいものしか見ないわな……

 

どうせ上司に言っても「仲良くやりなよ」とか言って女同士の争いみたいにされるんだよ

2018-03-20

anond:20180320152526

もし家を建てる時に郵便受けを付けなかったらどうすんのかな。

2018-03-10

郵便受けの中

ピザとか下水道修理のチラシは問答無用ゴミ箱行きだけど、

町内会手書きゆるキャラ風のイラストが描かれてたりする地域防災イベントのチラシなんかは捨てるのをためらってしまう。

でも、地域防災イベント行かないんだ、

ごめんね、と思いながら捨てる。

2018-03-07

anond:20180307181953

今さっきうちの郵便受け全然宛先が違う某大学から速達が入ってたんだけど

これって捨てていいよね?入学手続き書類在中って書いてあるんだけど

配達間違えた奴が悪いんだしどう処理しようと配達責任だろうし

今さっきうちの郵便受け全然宛先が違うハガキ入ってたんだけど

これって捨てていいよね?

配達間違えた奴が悪いんだしどう処理しようと配達責任だろうし

anond:20180307101345

集合ポストある所だとドアについてる郵便受けって百害あって一利なしだよな

セキュリティホールみたいなもんだしとっとと廃止してほしい

anond:20180307100748

風呂に入ってる若い女の一人暮らしのガス栓を閉じて

慌てて出てくる様子を郵便受けから覗く痴漢の手口を聞いたことがある。

2018-01-31

日本郵政がまどろっこしい件

出勤前

プルルルル

ヨドバシカメラから配送のものなんですけど、本日10から14時頃はご在宅ですか?」

「いえ、仕事ですけど。夜にしてもらえますか?」

「いやあ、今日の夜はいっぱいで。明日はどうですか?」

以下略

おかし電話だった。

ヨドバシだといつもヤマト日本郵政かなんだけど、ヤマトで夜はいっぱいとか言われたことはないし、日本郵政だろうか。

というか、名乗らないってなんなんだろうか。

ヤマトでも日本郵政でもない、デリバリープロバイダみたいなやつだろうか。

帰宅後。

ゆうパックの不在票が郵便受けの中に。

日本郵政だったのか!

なんのための電話だよ!

仕方なく電話

「追跡番号をお願いします」

「xxx xxx xxx xxx」

「ご本人様確認のために、お名前と住所と電話番号をお願いします」

「え、なんで(なんのための追跡番号?)」

「そういう規則になっておりますので」

今日は午後からならいます

「持って出てしまってるようです。午前中に届くかもしれません」

「(なに言ってるんだコイツ、伝えればいいだけだろ)はあ」

「不在票が届くかもしれませんが、戻り次第お伝えしておきます

やっぱり高くてもヤマト指定するべきだったかなあ。

2018-01-14

anond:20180114142453

これをプリントアウトして、透明なクリアファイルに入れて郵便受けに投かんしておけば読んでくれるのではないでしょうか。

干してたたくだけでは逆効果 布団ダニの退治法

https://style.nikkei.com/article/DGXDZO78519080X11C14A0W02001

普通の折り込み広告のようにそのまま入れると読んでもらえず捨てられる可能性があるので、

広告を抜けば、クリアファイルが使えるという付加価値として、読んでもらえるようにします。

正直逆効果で、周囲はうるさいし、叩いている人の周囲は布団の奥に眠るダニさら拡散させていて不潔極まりない徒労と知れば、

まともな人ならやめてくださると思います。ご存じない、昔ながらの習慣で清潔と思ってなさっているのですから

効果が無かったら、管理会社にこの記事を渡して、掲示板に貼ってもらうとか。増田さんがわざわざ名乗る必要はないでしょう。

2017-12-05

喪中はがきが来る季節

年賀状は好きだ。望んで交流を断ったわけではなく、環境地理的に離れてしま没交渉になった気のおけない友人知人と、年に一度だけモールス信号を送り合うような機会だから。トン、トン、ツー。

小さい頃はもっと好きだった。学校に通っていたころ。あと何日かしたら会える友達に向けて、去年はあれが楽しかった、実はあのときこう思っていた、なんてちょっと心のうちを明かす機会。好きな子から届いた年賀状は、そっけない文面でも顔が浮かんで嬉しくて、枕の下に入れて眠るくらいだった。

私にはまだ喪中はがきは届かない。届いても、友人のおばあちゃまおじいちゃまなんかで、正直そう悲しみを背負って辞退しているとは思えない。

両親にはこの時期から喪中はがき毎日届く。姉が亡くなりました、妻が他界しました、娘が、母が、義理の父が。昔は気にも留めなかったけれど、12月は知己の悲しみを知る一ヶ月。若いころ一緒に楽しんだ家族ぐるみのつきあいが思い出されるだろう。父は無言ではがきを重ねてトントン揃え、部屋の一角に積み上げていく。

死が近づくのはどのくらい怖いことだろうか。父母の気持ちを慮る。耳が遠くなり、計算がすぐにできなくなる。目をこらして読む新聞には高齢者社会負担になる話が多く肩身が狭い。そんななかに届く喪中はがきは、命のカウントダウンのようだろう。

私にもいつか喪中はがきが届くようになる。むしろ私が喪中はがきを出すかもしれない。グレーがかった紙を郵便受けから引き出すたびに考える。あとどのくらいでカウントダウンが始まるだろう。それまでに何かできるだろうか。

2017-10-12

隣の部屋から物音が全く聞こえなくなった

8月遅くに夏休みをとって自室に戻ってから隣に人の気配を感じない

学生だし長い夏休みなんだろうと思っていたがもう10月だ

郵便受けネームプレートがそのままのことを思えば引っ越したわけでもないようだ

静かなのはいいことだが何故だろう

2017-09-09

タバコが好きだ

元カレと付き合ってた時に始めたタバコ

元カレに合わせて女だてらにマルボロなんて吸ってた。

別れて最初にはじめたのは銘柄を変えることだった。

色々試して結局ラークに落ち着いた。ピアニッシモとかじゃ軽かったし、銘柄決めるのに男受けまで考えたくなかったし。

ある日の朝。郵便受けを除くと見慣れない小包が。中を開くと元カレの吸ってたタバコだった。そういえば、元カレの名義でうちの住所をJT登録してたんだった(たまーにサンプルが届くからそれでタバコ代浮かしてた)

吸ってもいいけど、彼のことを思い出したくなかった。人の記憶って匂いと鮮明に結びついてるっていうし。

考えた結果駅前喫煙所にこっそり置いていくことにした。

駅前喫煙所電車が来る15分前についてタバコを吸うのが習慣になってた。

そこで、いつも見かけるサラリーマンを見かけた。

決められた時間に決められた人間だけで集まると、顔なんて覚えてしまもので。

普段は落ち着いた雰囲気タバコをふかす彼が、その日はやけに慌てていた。

どうやら、タバコを忘れたらしかった。

外見は私より年上っぽかったけど、喫煙所の脇にタバコ自販機があることにも気づかずに慌ててるのを見て少し可愛いなって思ってしまった。

ただ置いてくよりはいいかと思って私は彼に持っていたマルボロ差し出した。

「これよかったらどうぞ。間違って買ってしまって処分に困ってたので」

「え! あ、すいません……ありがとうございます

こんな感じで彼はいきなりの施しに戸惑っていたようだった。

翌日、彼にラークの新品を渡された。

私の吸ってる銘柄と同じだった。

少し焦ったし驚いたけどそれ以上に嬉しかった。

当時の私は未だに彼のことを引きずっていた。

誰も、会社も友人も、家族でさえも。

私に価値見出してないんじゃないか。私を必要としていないんじゃないか

そんな被害妄想に陥っていた。

そんな中で、彼は私を見ていてくれていた。

我ながら単純だと思うけど、性分だから仕方ない。

私はそこで恋に落ちたのだ。

そこから、朝に短い会話を交わすようになった。

彼の方が早く来ていることを知り、私も早く来るようになった。

共通趣味映画なことを知って、月末に封切りされる話題作を見に行く約束を決めた。

スーツを着ていなかった彼はやっぱり年相応だったけど、それでも格好よく見えて。

スーツじゃなくてもかっこいいな」なんてことを思ったその時に、私は恋を自覚した。

そこから3度目のデート告白されて、私達は付き合うことになった。

彼の家のベランダで並んでタバコを吸ってる時の告白で、私達らしいねなんて言って笑いあった。

今日、日付が変わったから昨日か。

帰り道(付き合い出してからは帰る時間を合わせるようにした。最寄り駅同じだし。会う時間作りたかったし)に喫煙所に寄った時に、彼から新品のマルボロ(彼と付き合い出してから戻した)を渡された。

やけに軽いと思ってビニールを開けたら中に指輪が入ってた。

「なにこれ。どうしたの」

「そこくり抜いてタバコ抜いてまたセロテープで貼り直した」

「そうじゃなくて」

「……俺と、結婚してください」

びっくりした。けど嬉しかった。

この人となら幸せになれると思った。

でも、プロポーズ場所は選んで欲しかったな。そう言うと彼は「初めて会った場所だったから」って。

変なとこでロマンチックだけどちょっとズレてて。そんな彼が大好きだ。

流れでわかると思うけどこのプロボーズは受けました。

今度2人で籍を入れに行きます

タバコが好きだ。

マルボロよ。ラークよ。その他今まで吸ってきた色んな銘柄達よ。

私と彼を引き合わせてくれてありがとう

タバコきっかけで始まった縁が色々とひと段落ついたので後で読み返してニヤニヤするために残しておくことにします。

2017-08-31

https://anond.hatelabo.jp/20170831105135

前の佐川担当によくやられたわ。

扉についてる郵便受けに入れると音がしてバレるから

不在票をドアの隙間に挟んでいくという・・・

2017-08-18

彼氏と違う人がいます?というニュース

http://www.asahi.com/articles/ASK8K5WW6K8KONFB00V.html

ひとつからない。

1:チャットで知り合う男女。男は写真を別人にしていた。

2:女が会いたいという、男は友達の家に行ってと伝える

3:女が友達の家に行く、家には男(友達を装う)がいる。

4:淫らな行為をする。5日過ごす。

5:女が郵便受けをみて友達の家じゃなく本人の家だと知る。

6:警察通報

7:逮捕

4が不可解、女は写真の男に会いに行ったのに友達(と思ってる)男とと淫らな行為をしたのか?

しかも5日過ごす?

まあどちらにしろ17歳なので逮捕なんだが

2017-08-11

昔、優先席のことをシルバーシートと言っていた時代があってだな。

シルバーと言えば、老人を想起したものじゃったのよ。

昭和の時に作られた制度呼称じゃよ。

  

ネタマジレスして、恥ずかしいのう。

http://www.zsjc.or.jp

公益社団法人 シルバー人材センターというもんがあるんじゃよ。

地元の市政だより・区報などの広報誌に掲載とかされてる記憶はないか

オートロック住まい若いもんの郵便受けは、ピザ屋のチラシに埋もれとるかもしれんのう。

  

君も、遠い将来には登録するのじゃよ。

  

https://anond.hatelabo.jp/20170811120715

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