はてなキーワード: 明日へとは
例えば好きなアーティストやアイドルのライブ。例えば仲の良い友達と会うこと。例えばディズニーランドに遊びに行くこと。他にも映画とかスポーツの試合とか人それぞれに楽しみってあると思うんだけど、最近その「楽しみ」が明日への活力になっていないことに気が付いた。
楽しみにたどり着くまでは「〇〇日にあれがあるから…」「あと〇日耐えれば楽しみが待ってるから…」で乗り越えられても、それが終わってしまえば「あーあ終わっちゃった…もう楽しみないや…」になってしまう。ライブ楽しかった!明日からも頑張ろ!と思えない自分がいる。
以前とあるライブに行った時、メンバーの1人が「これからの日々、嫌なことや辛いことがあった時に今日を思い出して乗り越えて欲しい」というようなことを言っていた。周りはワー!と盛り上がったし、自分自身も「こんなに楽しい記憶があれば明日からも頑張れる」と思った。確かにそう思った。
辛いものは辛い。嫌なものは嫌。楽しくないものは楽しくない。あんなに楽しかったライブ。ファンを応援してくれた推したち。明日からも頑張れると思えたはずの自分。全部はっきり思い出せるのに、全然楽しくないし活力にもならない。むしろ「昨日は楽しかったのに今日は…」で嫌になる一方だった。
前までは「昨日楽しかったなー今日からまた頑張ろう」と思えていた気がするのだが、最近どうもダメで悲しい。趣味への愛が足りない?ちゃんとストレス解消が出来ていない?最近の自分にとって「楽しいこと」は麻酔のようなもので、一定の時間がくれば忘れていた痛みは容赦なくぶり返す。薬のように病を治してはくれないし食事のように栄養になってもくれない。
楽しいことをただ消費するだけで、それをエネルギーに換えることが出来なくなっている自分が悲しくて、前向きに生きる方法が知りたい。
グレッグ・ガットフェルド:バド・ライトはインフルエンサーに頼るというばかげた決定を下した
Gutfeld は、Bud Light と Dylan Mulvaney のパートナーシップは「台無し」だったと言います
グレッグ・ガットフェルド グレッグ ・ガットフェルド | フォック
https://www.foxnews.com/opinion/greg-gutfeld-bud-light-made-idiotic-decision-rely-influencers
皆さん、ハッピーマンデー。したがって、アンハイザー・ブッシュは今すぐ飲み物と、ツガのようなバドライトよりも強い飲み物や、列車の脱線事故の近くの湧き水などのよりおいしいものを使用することができます. 同社は、ディラン・マルバニーの論争をきっかけに、大量のお金を失いました。彼らは、女性の顔をフィーチャーした最初の記念缶を私たちに与えました。売上げは、ポルノ劇場でのハンター・バイデンのズボンよりも速く急落している. そして、ケビン・スペイシーの寝泊まりキャンプよりも多くのボイコットが見られます. それは大丈夫。私がそう言ったのは大丈夫です。冗談です。しかし、私にはこれは間違っています。なぜなら、会社が失敗したときに大衆からメッセージを受け取るのは良いことだと思いますが、ボイコットは通常、生計を立てていた人々を傷つけるからです。
もちろん、左派は常に良いボイコットを好みます。なぜなら、彼らは自分たちよりも楽しんでいる人、つまりすべての人に報復を求めるからです。しかし、私たちは違います。私たちは楽しいです。Budweiser が教訓を学んだことをうれしく思います。他の企業が流行に流されないことを学ぶことを願っています。でも、それで十分ですよね?アンハイザー・ブッシュのブレンダン・ウィットワース最高経営責任者(CEO)は、 「アメリカに対する私たちの責任」という声明を発表しました。「165年以上前にアメリカの中心地で設立された会社のCEOとして、私はすべての消費者が私たちが醸造したビールを誇りに思うようにする責任があります.私たちはこの国の構造の一部であることを光栄に思っています.」
ええ、それが、ほとんどの消費者が一度に 8 ~ 10 個のバッドを飲む理由です。アメリカの誇りを感じるためです。実は違う。それは、娘のローラが今はラリーだと発表したとき、拍手喝采をしなかったことで彼らを国内テロリストと呼ぶナッツバッグ大統領によって運営されている国で、給料から給料への生活の苦痛を麻痺させるためです. 私たちはアメリカ人だから飲むのではありません。私たちが飲むのは、アメリカを失っているからです。話は続きますが、まとめます。1) バドワイザーはビールをたくさん作ります。2) ブレンダン・ウィットワースは海兵隊にいて、彼にとって良い人でした。3) アメリカ。Pete Hegseth のポケットチーフの 1 つからより良い PR ステートメントを得ることができます.
でも大丈夫です。同社はまた、大失敗に対応して新しい広告を出しました。アメリカの中心に根ざし、挑戦にチャンスと明日への希望を見いだした人たちのために醸造されたビールだと彼らが言わないことを願っています.
私はほとんど缶を私のa **に押し込みたいと思っています。ともかく。つまり、なぜそんなことを言ったのかわからない。私が愛国心を感じると、それが起こるようです。とにかく、彼らがクライズデールを使ってくれてうれしい、彼らが代名詞を求めない限り。彼らにドラッグ クイーンのストーリー アワーをやらせるのは十分に悪いことです。そうです、これは大失敗でした。しかし、それは本当にオンですか、バッド? 私はそうは思わない。それは私たちの文化にあると思います。実際の能力よりもパフォーマンス ドラマを高める文化です。そして、それはどこにでもあります。私たちは物事をしません。私たちは物事をするふりをします。あなたが消防士を演じる俳優になれるのに、誰が消防士になりたいですか? したがって、問題はトランスではありません。その問題がどれだけ私たちに押し付けられていても。結局のところ、私たちは何年にもわたって多くのトランスジェンダーの人々を見てきました. 地獄、私も雇った。ええ、私もそうかもしれません。それが彼女の新しい本の第二章です。
代わりに、インフルエンサーに頼るのはばかげた決断でした。あなたは彼らについてよく耳にします。ある意味で、彼らは信頼性を求めて有名人や高揚するブランドに取って代わりました. 問題は、インフルエンサーの信頼性が、彼らが自分自身に向けた注目のみに基づいていることです。しかし、ソーシャル メディアで何百万人ものフォロワーを獲得しているなら、正しいことを知っている必要があります。間違い。インフルエンサーは何も知りません。それは仕事ではありません。それは能力よりも注意です。そして今、注意は能力になります。その基準では、お尻で火をつける地下鉄のフラッシャーがバッドの次の候補になる可能性があります. それは私です。では、インフルエンサーを採用することは、企業の収益にとって良いことなのでしょうか?
代わりに、インフルエンサーに頼るのはばかげた決断でした。あなたは彼らについてよく耳にします。ある意味で、彼らは信頼性を求めて有名人や高揚するブランドに取って代わりました. 問題は、インフルエンサーの信頼性が、彼らが自分自身に向けた注目のみに基づいていることです。しかし、ソーシャル メディアで何百万人ものフォロワーを獲得しているなら、正しいことを知っている必要があります。間違い。インフルエンサーは何も知りません。それは仕事ではありません。それは能力よりも注意です。そして今、注意は能力になります。その基準では、お尻で火をつける地下鉄のフラッシャーがバッドの次の候補になる可能性があります. それは私です。では、インフルエンサーを採用することは、企業の収益にとって良いことなのでしょうか?
バド・ライトによるトランスジェンダーの活動家ディラン・マルヴァニーの宣伝は、アメリカ人の二極化を続けています。
赤い色が好きな場合や、潮のポッドを飲み込んでいる子供に尋ねた場合、彼がまだ生きているかどうか. おそらく、Anheuser-Buschの無知なコジャーは、「ねえ、このかわいい小さな牝馬が誰なのかはわかりませんが、若いマーケティングクリエイティブタイプを信頼しています. キャンペーンの準備ができたらお知らせください。ガラケーで調べます。」しかし、あなたが知らない誰かがあなたの製品の良いスポークスマンになるだろうと思い込むのは怠惰で愚かでした. 審査は重要なので、1993年より前に生まれた人に少し審査をしてもらうかもしれません。フォックスはしませんでした。そして、何が起こったのか見てください。
しかし、何かポジティブなことをするようにあなたに影響を与えたインフルエンサーは誰ですか? Mulvaney は Bud の顧客に St. Pauli Girl に切り替えるよう影響を与えました。要するに、インフルエンサーは私たちに彼らが推奨することとは反対のことをするように影響を与えます。彼らは最悪です。確かに、今週重要だと思う社会問題について人々を黙らせることはできますが、スポークスパーソンを見るためだけにビールゴーグルが必要な場合でも、人々を恥じてビールを買うことはできません.
【続きのようなもの anond:20230328202632】
三年前に祖母が亡くなったとき、私は孫代表スピーチを頼まれた。それで葬儀に出るまでの短い間におばあちゃんとの思いでをふりかえることになった。
そのころ大好きだったアイドルが載っていたMyojoやPOTATOを見せて、おばあちゃんに誰が好みか聞くと、「みんなすてきでかっこいいけど、この子が明るい感じでお話がしやすそう」といって、当時の私の推しを選んでくれた。
画家だった曾祖父の描いた、ふたつのあけびが木になるままにはじける刹那をとらえた、グロテスクで美しい日本画をいつもいとおしそうにながめていた。
横山大観の展覧会に行きたいというから、じゃあ一緒に行こうと博多駅で待ち合わせをした。前日に何度も何度も電話で確認したホームにおばあちゃんはいなくて、慌てて必死に探したら、私の母が以前に贈ったあみめの大きなベージュのレースのよそ着をきて、博多口のすみっこにぽつんと立っていた。
ずっと戦争の話をしなかったのに、終戦70年の年だけは、学徒の鉢巻きを巻いて軍需工場に潜水艦の部品をつくりにいっていたこと、午前中から午後の四時半まで作業して、だからろくに学校にいけないまま学齢を終えてしまったことがとてもくやしく、今もかなしく思うことを、ぽつりぽつりとはなしてくれた。
彼女は何らかの情感を込めて、何かを語り伝えようとして話した様子ではなかった。そのとき自分の身におこっていたことを「それ以上でも以下でもない、ただ覚えていること」として恬淡と、他の話題と何もかわらない調子で話すものだから、太平洋戦争は決して歴史上の出来事ではなく、今日につらなる地続きの事実であり、たった今目の前にいる彼女や誰かの人生なのだなと私は思った。
さきの戦争は、今ここにあり、明日へ続く祖母のきた道の最初の方にあることで、彼女にとっては、そのときすごした日常にほかならないのだと。
そして、桜の咲く時期にみやまの清水寺に行こうねとずっと話していたのに、とうとう行かずじまいになってしまった。
またいつか会える日があれば、絶対に行きたいと思っている。
そういうことを、ひとつひとつ言葉にしながら思い出していったのだけど、そのときその話をきいてくれていた男性と私は、まさにセックスを行おうとしており、私は話しながらも彼の乳首をいじりまくっていた。
彼は私の話をしばらくしんぼうづよく聞いてくれた後、「ごめん、気持ちいいのとしんみりするので感情がくちゃくちゃになる。集中できないので乳首かおばあちゃんの思い出話かどちらかにしてほしい」というようなことを言った。
わたしはそれもそうだなと納得したので「ごめん、確かにしんみり乳首はよくないね」と反省の意を示した。それでしまいのつもりだった。
ところが大変なゲラである男性は、「しんみり乳首」ということばがどうにもツボに入ってしまったようで、ひとしきりげらげらと笑った後、怒り出してしまった。
彼は、エロとしんみりの相性がいかに悪いかということ、自分の考えをまとめるためにしゃべりながら手すさびのように他人の性感帯をさわるのはよくないこと、自分がされて嫌なことを人にしてはならないこと、エロと笑いの相性はエロとしんみりの相性よりもさらに悪いのだから、しんみり乳首などという単語を創出するなということを、怒りながらひとつひとつ述べた。
もう今日はそういう気分がそがれてしまったので一回寝る、よくよく反省したまえ、というようなことを最後にいわれてお説教は終わった。
私はそのひとつひとつのことばに反論するすべをまったくもちあわせておらず、しかし性行為への未練があったためにちょっとはぷーぷー言てみたが、男性の、今日はもうそういうことはしない、という決意が翻らないとみるや、おとなしく就寝した。
セックスは翌朝にした。
そして昨日も、私はその男性と性行為を行おうとしていた。(この3年間恒常的に会っていた)
生理で少し間が開いていつもよりむらむらしていたし、世間話をしながらこたつの中で足をもちゃっとさわりあったりしていたので、頃合いもよいだろうと、私は「乳首が吸いたい」と切り出した。
しかし彼は、勤務先の広報誌の自分が載っているページのことについて話したかったらしく、私の「乳首が吸いたい」という言葉を全く無視して、広報誌を広げて「このページの…」と、しゃべろうとする。
まだそういう気分でないのであれば、その旨を一言述べてくれれば私も一度は引き下がり、そのまま広報誌の話でもなんでもきく用意はある。
が、そういう打診がいっさいなかったので、私は男性の言葉をさえぎり「乳首が吸いたい」と再度申し出た。
男性はやはりその言葉をまるできこえていないかのように無視して、広報誌の話をしようとする。
そのやりとりが4・5回あったところで、私の方が一旦折れ、しかたがないので広報誌の記事についてひとしきり語り合った。
その後、実際に男性の乳首を吸う段になって、私はさきほど「乳首が吸いたい」という申し出をさんざん無視されたことについての苦情を述べた。
別に一言ことわってくれればいくらでも話をきくのに、なぜ乳首が吸いたいという私の言葉を無視するのか。人の言葉を無視するのは人権侵害だ! というようなことを乳首をちゅぱつく合間に言いつのっていたのだが、私はそこでハッと気づいた。
これはもしかしなくとも、三年前の状況に酷似しているのではないか。乳首をいじりながら別のことをしゃべると気がそがれると怒られたあの状況に。
思わず、「あっ、人権侵害だとかいいながら乳首すってたら、またしんみり乳首のときみたいに怒られちゃう。人権乳首じゃん。人権乳首で怒られる!」とあたまに思い浮かぶままにしゃべると、それまであんあんいっていた男性は急に「人権乳首!!」と短く叫び、あのときと同じようにげらげら笑いだした。
男性は「人権乳首ってなんなんや!」(関西人)と笑いながらいうので、「しんみり乳首のときと同じだよ。しんみりした話をしながら乳首をさわらせてもらえないように、人権侵害を訴えながら乳首をさわらせてもらうことはできないっていう事象だよ」と答えると、男性は私の肩をつかんでぐいぐいと遠ざけ、ひとしきりひいひい笑ってから「ちょっと一回お茶飲む」といって寝床から出て行ってしまった。
さすがの私も学習している。このままではセックスできない。だが私は絶対にセックスがしたかった。なのでお茶を飲んで仕切り直し、寝床にもどってきた男性に有無を言わさず襲い掛かり、喘ぎ声を除いて無言の時間の比率を増やすことで笑いのツボを絶対に刺激しないように気を付け、無事に本懐を遂げた。
しんみり乳首のときは私に全面的に非があったのはみとめるけれど、人権乳首に関しては私の言い分に一理あるのではないかというのはちょっと思うが、どっちに理があるにしても相手の気分をそぐとセックスはできないという、ごく当たり前のことを感じた一日だった。
毎年誕生日にはGalileo Galileiの"Birthday"とBUMP OF CHICKENの"HAPPY"を聴くと決めている。今年も日付が変わってすぐ聴き感慨に耽っていた時、YouTubeのおすすめ欄の流れでふと目に止まった手嶌葵の"明日への手紙"を聴いて涙をこぼしてしまった。主題歌だったドラマを当時見ていたこともあるが、歌詞がちょうど今の自分に当てはまるように感じた。
幼い頃、歳の離れた兄が進学で家を出た。小さい時はそんな歳で家を出るのは早すぎると思っていた自分も、結局兄と同じ年齢で家を出た。比較的良い両親だったが、思春期の頃の自分には実家特有の締め付けがきつく、受験期のモチベーションは家を出ることだった。地元の友人はみんな実家から通学していて、自分のような人間は数少ない。
家を出てみてからようやく親のありがたみはわかるもので、心が苦しい時期に電話で話を聞いてもらったり慰めてもらったりした。色んなことが家を出てからの2年の間にあったことが"明日への手紙"を聞いて思い出され、涙腺が緩んだ。
いくら遠くへ行っても私のふるさとはあの街だけ。いくら時が経とうと両親、兄弟、祖母は私を見守っていてくれる。短いようで長い20年。人生はまだまだ続いていく予定なので精いっぱい楽しみたい。
この世にありふれている悲劇とわかっている出来事でも、いざ自分の身に降りかかると、気持ちの整理に時間がかかるもので。
先日、自分が推していたコンカフェキャストが卒業した。コンカフェというものに初めて訪れて、初対面で気に入ったキャストだったので、今後その娘以上に特別な存在は現れないだろうと思えるほど、素敵なキャストだった。自分にとってのコンカフェとは、その娘のいる空間のことだった。
喪失の悲しみと向き合うために、今の自分の感情を整理する必要があると思い、コンカフェに通う中であった悲喜交々を文章としてアウトプットすることにした。取るにたらないオタクの身辺雑記でしかないが、今コンカフェに推しがいるヒト、推しの卒業が迫っているヒトにとっての一つの導になれば良いなと思う。
元々コンカフェというものに興味があって、職場の同僚と飲んだ後に、「一度寄ってみたいんだ」と誘い、とりあえず最寄りの評価が高そうな店を訪れたのがきっかけだった。前提知識がない状態で入店し、そこでたくさんお話をしてくれたのが推しだった。
推しの魅力はなんといっても人間離れした美しい顔立ちとプロポーション、そしてコンカフェ嬢らしからぬ素朴さにあるのだが、これは万の言葉を尽くしても伝え切れるものではないので置いておく。
推しと出会ってから卒業までの1年と数ヶ月、ほとんど欠かすことなく通い続け、多い時では週に4〜5回行っていたこともあった。店が帰路の途上にあるのでアクセスが良く、推しの出勤日は帰宅時に必ず寄るようにしていた。
仕事の疲れや日々の嫌気は、推しと接することで解消され、明日への活力になった。推しと出会ってから仕事のパフォーマンスも向上した実感がある。職場でも、コンカフェに通っていてこんなに可愛い推しがいるんだと喧伝していたので、良いイジられのネタにもなって、コミュニケーションも活性化した。「今日は推しの出勤日なので」といえば、残業も切り上げられ、飲みに誘われることもなかった。コンカフェに通っている間は、私生活にも良い影響が多分に出ていて、「推しは精神安定剤」とはよく言ったものだと実感した。
それくらい、自分の日常の中に推しは溶け込み、なくてはならない存在になっていた。一年という期間は、推し活としては恐らく長いものではないのだろうが、ヒト一人の生活を変えるには充分な期間といえる。
推しのおかげで、自分の人生は間違いなく好転した。そのことについては、ただただ感謝したい。
ここからは少し愚痴っぽい話になる。推しは素晴らしいという前提は当然のものとして、コンカフェというシステム上、どうしてもつきまとう歯痒さというものがあって、これはいくらか共感を得られるのではなかろうかと思っている。
前述の通り、自分は推しの出勤日には必ず店に行くようにしていて、所謂全通オタク状態だった。滞在時間も大体2時間程度で、顔出しだけして帰るということは極力ないようにしていた。それは推しへの目配せとかではなく、単純に自分が少しでも長く多く、推しを見ていたかっただけだから、必然そうなってしまったのだ。
自分の知る限り、他に全通している推しのオタクはいなかったように思う。他のキャストからも「推しちゃんのお客さんと言えば貴方ですよね」という話をされて、嬉しかった記憶がある。店自体が、あまり単価の安いところではないので、足繁く通うことにたしかに抵抗はあったのだが、それを差し置いてでも通いたくなるほど、推しは魅力的だった。
しかし、会う頻度が高いほど、話す時間が長いほど、注ぎ込む金額が多いほど、推しの中での自分の存在は希釈されていく。これが避けようのないジレンマだった。
毎日顔を見る人間と、月に一度しか会わない人間、どちらとの時間を優先するかと言われると、それは後者だろう。1ヶ月ぶりにコンカフェに行ったのに、常連ばかりを相手にして自分は放置となれば、店や推しに愛想を尽かされてしまう。なので、毎日居て、いつでも話ができる自分のような存在はどうしても後回しになってしまう。
推しは客に対して非常にフラットな接し方をするタイプで、誰か一人を贔屓することはなかった。自分に会いに来る客は皆等しく対応し、新規の客にも積極的にアプローチしていた。これは自分が都合のいい解釈をしているだけで、ただ単に相手をするのが厄介だから干されていたという可能性も決してなくはないのだが、それを想定するのはあまりにも辛いので、見えないふりをしておく。
ともかく、通えば通うほど推しからの優先度が上がるというわけでもないので、実のところ、金額に対する満足感というのは求めるべくもなかった。他に全く客がいない、あるいは他キャストの担当しかいない状況であれば、推しと長く話すことはできたが、そうでない場合は、推しが自分のところにいてくれた時間というのは、決して長くはなかった。
それを不満と思うのであれば、コンカフェという、キャストにある程度接客の裁量が委ねられている業態の店に行くべきではないので、不満ではないのだという自己欺瞞は絶やさずにいた。
言い得て妙な話だが、キャバクラやガールズバーはお金を払って女性にチヤホヤされに行くところだが、コンカフェはお金を払って女の子をチヤホヤしに行くところなのだ。そこに気付くと、自分の立場が俯瞰できる。そういう業態の店をわざわざ選んで行っているのだから、甘んじて受け入れるべきだ。そう自身に言い聞かせることで、ジレンマと向き合っていた。
そんな、迂遠な理屈を介してでも行きたくなるほどに、推しは魅力的だったのだ。
推しは学生なので、学業及び就職活動に専念するために卒業する、というのが名目だ。
最終日、自分はオープン前から店前に待機し、一番乗りで入店し、ラストまでの8時間店に居続けた。
店で最高額のシャンパンと推しのオリシャンを一本ずつ入れ、フラワースタンドも発注し、細やかな誕生日プレゼントを渡し、物販のグッズは全て買い占め、ランダムのアイテムも全てゲットした。結果的に冬のボーナスを全て注ぎ込んでも足りない程の会計となったが、最後の花火なので、後悔はない。
シャンパンを開ける時も、フラワースタンドが搬入された時も、推しは喜んでくれた。推しのコンカフェ人生の集大成に、多少の花が添えられたなら、これに勝る喜びない。
最終日の8時間の内、推しと会話ができた時間はおそらく30分にも満たなかった。対面で5分以上連続で話したタイミングは一度もなかった。
推しほどのポテンシャルがあるキャストの生誕卒なので、当然ながら店は盛況を極めた。推しは絶えず各席を回り、オタク達に別れを告げ、思い出話に花を咲かせ、これからの人生の展望を語っていた。
それを横目で追いながら、机上に増えていくグッズを眺めることしかできなかったことが、とても寂しかった。
ほんの10分程度でも積もり積もった思い出を語らう時間があれば、この寂しさを覚えることはなかっただろう、ということはきっとなく、ヒトの欲に際限はないので、10分あったならばもう5分、さらに5分と、より長い語らいを求めていただろう。なので、この寂しさは決して埋まることはなかったのだ。最終日を迎える時点で、抱えるべくして抱えた当然の帰結だった。
ただ、しかしただ、ほんの少しでも、この一年と少しの期間の思い出が報われる時間が欲しかったと思うのは、贅沢なのだろうか。推しのために誰よりもお金を使った。自分は高給取りではないので、決して平然と出せる金額ではなかった。当日も、誰よりもイベントを盛り上げるべく尽力したつもりだって。誰よりも推しと長い時間を過ごしてきた。そんな自分が、多少でも特別扱いを求めるのは、傲慢だったのか。
推しのオリシャンは、閉店1時間前に急遽下ろしたものだった。店長には「せめて、推しのコンカフェ人生最後のポンは、自分にさせて欲しい」と頼んだ。自分のオリシャンが空いた数分後に、別卓でも軽快な破裂音が鳴っていた。自分は、横に座っていた会社の同僚の肩を叩きながら、腹を抱えて笑った。周りにいたキャストが引き気味に目線を寄越すくらいには、大声で笑った。おかしくて仕方がなかった。
その後、店長が気を遣ってか、「一番最後に退店してもらうので、席に残っててください」と声をかけてくれた。
自分と、会社の同僚と、地元の友人の3人で店を出る間際、もうここしかタイミングがないと思い、「少しだけ語らせてほしい」と推しに声をかけた。とにかく何かしら思い出を語ろうと思ったが、酔いが回っていて、うまく言葉が出てこなかった。ヘラヘラ笑いながら「これからも頑張ってね」的なニュアンスを伝えた気がする。みっともない限りだった。
それで、終了だった。
こうして文章にしてみて、自分は結局最終日に構ってもらえなかったことが悔しかったという、それだけが言いたかったのだと気付いた。
お金と時間を費やせばそれだけ推しにとって特別な存在になれるのだと勘違いしていたその結果の醜態だった。
当然、そんなわけはない。コンカフェとは、支払った分の見返りを求めて通うところではないのだと、自分は最後の日まで気付くことが出来なかった。理屈としてはわかっているつもりだったが、その日まで実感を得ることができなかった。
あるいは自分がもっと、ヒトとして魅力があって、喋りも達者で、推しを楽しませることができる人間だったら結末は違っていたのだろうかと、詮無いことを考えてしまう。ただ座って会話もままならない状態で金だけ注ぎ込んでいたら、それは養分になって当然だ。
自分の非を治そうともせず、そんなところで延々愚痴を垂れ流すことしかできない下らない人間なのだから、相応の結果だったのだろう。
推しが居ない生活に戻って、自分はこれからどうなるのか、今はまだよくわからない。
願わくば、推しの今後の人生で、ほんの一瞬でも自分のことを思い出す時間があれば良いなと思う。それが少しでも良い思い出としてだったなら、多少は報われるだろうかと思う。
https://anond.hatelabo.jp/20221006071821
なんか「世界が2chみたいになった」という増田が上がっていたので言及するんだが、まず大前提として、そういうことを日常的に感じているならそれはかなり歪んだ世界観なので危機意識を持った方がいいです。
多くの家庭や職場は昨日から明日へと変わらない日常が続いているし、そこに大した不和はありません。
いくら世の中が弱肉強食と言っても、野生動物が普段は昼寝をしているように、人間社会だって生活の殆どをのほほんと暮らしています。
そんなこと当たり前じゃん、と思うかもしれないけれど、ネット上の言論に浸っている人はわりとその辺の認知が誤っています。
世界は常に争いに満ちており、それらの言論の根底にはその人たちの怒りや憎しみが渦巻いていると考えています。
でも実際には(少なくとも日本においては)犯罪は減っているし、治安は悪くありません。
物価が上がって生活が苦しくなったと言っても飢える人が出るような社会ではなく、また、コロナで自殺者がある程度増えてもそれは一時的なもので、長い目で見ればまた減っていくと思われます。
モラルだって昭和の頃からずっとずっと良くなって生きやすくなっている筈です。
メディアという媒体の性質上、そこで取り上げられる話題はネガティヴなものが多いですが、それらは実態社会を体現しているわけではありません。
その上、ネットにおける発言者は日常生活の様々な鬱憤をその話題に乗せて発信するわけですから、そこで起きている論争はある種の天災のようなもので、ロジックによって自らの内面と結び付けるべきものではありません。
少し前から唱えられるようになった「社会問題を自分事として考える」なんて風潮は大衆を政治に巻き込むための口実です。
惑わされないでください。
社会人の大半はそうした論争に関わる暇はありませんし、自分の生活で手一杯です。
間違っているのはネット上の言論の方向性ではなく、そこにフォーカスして世界を観測する自らの認識そのものです。
元増田の懸念は2ch全盛期の頃にワイドショーを見て嘆くことと変わりありません。
そういう世界ばかり見るのはやめて、明るい面を向きましょう。
当然一人で表現の自由を守ることはできません。
一人でも辛い旅も、隣に寄り添ってくれる人がいれば乗り越えられる、UQホルダー大好きです。
あの作品のように、色々な仲間を揃えて共に表現の自由を守りましょう。
なので、同じ「赤」の力を持った仲間達を集めました。
赤松健先生の中に蠢いている「赤」の力が共鳴するので、仲間であることがわかります。
「赤」の力を持つ理由と、表現の自由の戦いで繰り出せる必殺技を紹介します。
かぐや様も推しの子と二つの作品を同時に連載できる程の漫画力の源である苗字と名前の両方に「赤」の力が仲間の証明。
必殺技のわたモテ田村ゆり番外編でTwitterの馴れ合いの延長線でアンソロジーまで書いているアイツらを一網打尽だ!
僕は、うちもこ派です。
コミケ100記念にこみっくパーティ同人誌を頒布してくださった過去を大事する漫画家。
名前に赤が入ってる上に、メインヒロインの高瀬瑞樹は赤毛なので間違いなく「赤」仲間。
必殺技は「ぶっちゃけ、蛸壺屋の同人誌の方が公式感あったよなあ」とかいう意味不明な回想をするオタクを蟯虫検査します。
僕は、すばる派です。
政治に関係する漫画や、成年向け漫画を書いており、多種多様な表現をされている。
レッドってタイトルの漫画を書いてるから、仲間っぽいしなんか山本太郎と名前が似てるから多分政治パワーもあるんじゃね?
必殺技は「ぶっちゃけ、蛸壺屋の氷菓の同人誌の方が面白かったよなあ」とかいう意味不明なオタクにすいとんを振る舞います。
僕は、ナコルル先輩派です。
うなー! 漫画家。
うなー! うなー! うなー!
必殺技は、うなー!
僕は、うなー!
レジェンド声優、漫画家だけでなく声優も表現をする以上、当然表現の自由の戦いに参加する権利がある。
必殺技は、俺はパーを出したぞ。
僕は、オマツリ男爵派です。
あかほりさとるチルドレンの代表者、漫画家や声優だけでなく脚本家も当然表現の自由を守った方がよい。
必殺技は、信じていたい見つめていたい誰も止められないこの想いを転んでも起き上がる勇気、君に胸を張れる生き方、全て明日へと羽ばたけ、パワー、オブ、ドリーム!
僕は、阿智太郎派です。
漫画家とVTuberの二足の草鞋を見事に成し遂げている今一番僕が好きな配信者。
赤が付いてればなんでもいいので仲間。
僕は、男の娘派です。
https://m.youtube.com/c/赤佐たぬ/videos
表現を行う側だけでなく、表現を享受する側が、表現の自由を守る立場に立つことも大切である。
太陽は赤いし、ファイバードには赤い炎の意匠があるから、ファイバードが大好きな彼は仲間に違いない。
必殺技は、2万5000円。
僕は、ダグオン派です。
赤福には赤が入っており、半年に一回は食べてるから資格があるに違いない。
必殺技は、耳が長くてウサギちゃん! 首が長くてキリンさん! 増田が面白くて俺! 俺だ俺だ! 俺だった!!!
僕は、mouseionさんのアニメ感想ブログが面白いと思っています。アニシャドFのエッチなスクショ助かるし。
SHUFFLEのYOUの「キミの大切な思い出にどうか私も居ますように」のところ好き。
ダ・カーポセカンドシーズンのサクライロノキセツの「階段登っていく愛のゴールを信じていく」のところ好き。
はぴねす! のマジカルジェネレーションの「女の子はみんな魔法が使える特別な存在」のところ好き。
恋と選挙とチョコレートのシグナルグラフの「眩しい光が背中を押すように広がる」のところ好き。