はてなキーワード: 一目惚れとは
俺氏、30代後半大手メーカー勤務のサラリーマン。年収約700万。そろそろマイホームでも持つか思って動いてみた。
駅からの距離は微妙だけど、スーパーとか周りの環境が最高で内装保存状態超良好な一目惚れ3LDK中古マンション2000万。フルローンで購入決定。
「お客さんの会社と年収ならその倍は借りれますよー」不動産からも言われてたし、ローンの審査も余裕で通過…
…と思いきや、ここに罠が潜んでた。
ローンを組むのに必要な団体信用保険、略して団信、その審査書類。そこにはこう書かれてた。
「過去3年以内に精神病で2週間以上の通院歴があるお友達ーーーー!正直に吐いてね!!(^-^)」
2年前に俺、仕事のストレスで体調崩して心療内科通ったことあったのね。
ちょうど2週間の間に3日だけ。診断名は適応障害。投薬はナシ。
先生に人生相談みたいなのしてたらスッキリして元気になって、その後行かなくなった軽い通院。
この程度でなんか言われるわけないでしょー。困ったとき後からココでアヤつけられて、必要な保証受けられなかったら困るしね!と思い、正直に書く。
するとーーーーー!!
俺の条件で落ちるとか心療内科の一件以外絶対あり得ないし、なんだよそれ…
「風邪ひいたら内科いくでしょ?心療内科もそれと同じだよ!(^-^)」
ってお前らがみんな言ってるから気軽に行ったらなんなんこの仕打ち?全然風邪ちゃうやん?
おかげ様でメッチャ気に入ってた不動産の話、全部白紙でパーですよ。
最終通院日から3年経てば告知義務なくなるからとりあえずそれまで待つことにしたけど、同じ物件もう残ってるわけないしな。
印紙代とかなんだかんだで取られた諸費用も返ってこないしな!物件探しに費やした時間もな!とっくに引っ越してるハズだった今のアパートにこれから1年支払う無駄家賃もな!
将来不動産購入を考えてるそこのお前。心療内科行こうとしてるならそれ本当に必要か、1回よく考えたほうがいい。
俺程度の通院歴でさえアウトなんだから、正直に書いたら100%アウトになると見て間違いない。
ぶっちゃけ不動産も医者も「書かなきゃバレないし書かないほうがいいですよ」言ってたんだけど、それやって万が一のときリスクを被るのは自分だからな。
ちなみにワイド団信っていうのもあって、それ使えばこの程度の通院歴なら大丈夫らしいんだけど、そっちの方はよく分からない。
不動産も俺も、まさか落ちるとは思ってなかったから審査出したの資金準備期限ギリギリだったし、改めて書類審査出す時間もなくそれで時間切れ終了になったから。
とにかく心療内科、「ちょっと落ち込んだら風邪みたいに気軽に受診すればいい」的な巷の妄言真に受けて、ホントに気軽に受診するとこういう目に遭うからな!
酒は人類の友! しかしついつい仲良くしすぎて(飲み過ぎて)しまい、 翌日、どんより後悔!してしまいガチで悩んでいます。Lさんは酒の達人と伺っています。上手な付き合い方、秘訣を教えてください。
こいつは酒呑み連中にとってはいつだって切実な問題だな、と思ったね。そしてオレが長いこと追求してきたテーマでもある。それで、頑張って回答をぱたぱた書いてたらよ、いつのまにかぎょうさん長くなっちまったんで、マシュマロでこの場をかりてお答えさせてもらおうってわけだ。
くだんのお悩みについてはよ、自他ともに認める酒好きであるオレもそりゃあ長えこと悩んできたしな、対策も練ったし、言ってみりゃトライ&エラーを繰り返してきた。それで世の多くの呑み助諸氏――ここは可愛くそう呼んでおきましょうぜ――も多かれ少なかれ、長え歴史の中でこの手の悩みと向き合い、敗れてきたにちがいねえ。
それで酔い、もとい良い機会だからな、オレなりの「酒との付き合い方」ちゅうもんを一気呵成に記してやろうと思ってな。何せおよそ20年近く「呑み助」として歩んで来たオレの長年のノウハウを一挙に列挙するからよ、いささか長回答になっちまうかもしれねえが、最後まで付き合ってくれ。損はさせねえからニャオ。じゃあ行くぜ。
あんたが普段、どの程度お酒をきこしめしていらっしゃるのかオレニャアさっぱり判らねえけどな、まずオレに関して言えば、ほぼ毎日呑んでる。わかるか? 毎日よ。だからな、「翌日にどんより後悔するほど」呑んじまうと、「翌日は呑めず」ちゅう由々しき事態を招いちまうわけだ。厳格な酒徒たるオレにとって、こいつはちょっとぞっとしねえ。まずあんたと酒子ちゃんの「目的」をしっかと見定めることが大切だとオレは言いたい。もし酒子ちゃんと週末だけの深い付き合いをしてえなら、恥も外聞も気にせずべったり一緒にいて、周りの連中が引くくらい仲良くしてりゃあいい。翌日ベッドから起き上がれなくなるくらいイチャイチャすりゃあいい。
かく言うオレにもそんなような時代があった。ただ、それは酒子ちゃんとウィークエンド・ラバーだった頃の話な。酒子ちゃんと毎日上手に付きあうんだったら、「どんだけ愛しあっても、最後の一線はけっして崩さねえ」。そんなジェントルなスタンスが求められるわけよ。似合わねえ? だよな。でも、これも酒子ちゃんをこよなく愛してやまねえからこそってもんよ。
だからな、あんたにゃ、翌日も新鮮な気持ちで愛しあえるギリギリの交わりっつーか、アッチッチ!の限界で自分らにストップ!かける客観性ちゅうの? 節度ちゅうの? そういうのが必要よ。あんたもご存知の通り、酒子ちゃんはいつだって付き合い始めの恋人なみにアッツアツで依存性の高えやつだからな、そりゃあ、それなりの意思の力が必要だろうよ。けどな、とにかく酒子ちゃんといちゃついてる時、常にあんたが念頭に置くべきことは「明日もこいつと新鮮な気持ちで愛し合えるか?」だぜ。忘れんな。
てめえの酒量リミットをおおまかにでも見定めておくことはめっちゃ大事だ。オレだってそれほど酒に強いわけじゃねえが――とりま、「3杯」がひとつの目安になっちょん。
こいつぁつまり、ビールなら小瓶1本(350ml)。日本酒なら徳利1本(180ml)。ワインならグラス1杯(180m)。おっと、ワインバーなんかでは1杯120mlが標準的らしいがな。まったくケチケチしてやがる。焼酎なら90ml、ウィスキーやウォッカならワンショット(45ml)を「1杯」ってことにしてな、「3杯」を1日に呑むリミットにしてるってことよ。や、あくまで「おおまか」だからな、実際にゃあこれより下回ることも上回ることも時々あるけどよ(や、たいてい上回っているか……)。
もちろん、「適切な酒量」ちゅうのはその日のあんたの健康状態によっても変わってくるからな――オレは専門医じゃねえんだからそこまで言わせんなよ――そのあたりはてめえの身体と相談しながらきこしめしてくれ。1週間程度、てめえの呑んだ酒の量と翌朝の体調のメモなんかつけてみると判りやすいかもしれん。オレはマメじゃねえから、そんなチンケなこたぁしねえが。
ただなあ、「おいおい、呑む時にいちいち酒の量を量ったり、自分を見張ってたらせっかくの酒がまずくならあ!」あんただって思うよな。実はオレもそう思ってる。だから酒の量にそこまで厳密になんなくても翌日に酔いを持ち越さずに済むテクニックをさらに5つばかり教えてやるから、両耳の穴かっぽじってよく聞け。
酒の合間合間で水を摂ることを心がける。よく聞く話? だよな。でもな、わかっていながらなかなかできねえ。だろ? でもな、日本酒だの蒸留酒だのをたっぷり呑む際はチェイサー(日本酒専門店では「和らぎ水」とか言うらしい)必須だぜ。ためしに今日から1杯(1合)につき、コップ1杯(約120ml)の水を飲んでみい。
とはいえ、こいつもかっちり決める必要はねえよ。酒席で、傍らにコップ1杯、あるいはペットボトル1本の水を置いておくことを意識するだけでも翌朝の目覚めがだいぶん変わってくるって話よ。べつに水道水でもいいっちゃあいいけど、ミネラルウォーターやら浄水器通した系の水だとなお効果が高いとオレは思うが、まあ錯覚かもしれねえ。まあ、とにかく酒を呑むならちょっとでいいから水飲め。忘れんな。
「あて」を取りながら呑め。これも昔から推奨されてきた呑み方だ。だがなあ……。
かねてより、酒呑みは呑む時は召し上がらないものと相場が決まってんだ。たしかにオレも究極的には「酒のみ」で頂くのがやっぱ本来的に感じる。それがもっとも美味しく呑めるっちゅう酒呑みはけっして少なくねえだろう。
だがな、ポン酒なら冷奴か焼き味噌(旨い焼き味噌とポン酒の組み合わせはカクベツなんだよ)、ワインならオリーブかチーズ(旨いチーズとワインの組み合わせはカクベツなんだよ)ウィスキーにナッツかドライフルーツ(焼酎なら梅干し所望!)くらいは率先して摂ってもらいてえ。もし家で呑んでて冷蔵庫空っぽなら、呑む前に茶碗1杯のコメ食っとくだけでも、身体に良いって聞くぜ。故・杉浦日向子女史もエッセイで「呑む前の赤だしとおむすび」を薦めてたから間違いねえ。
さて、こいつぁ余談だが――かつてのオレがすっげえ衝撃を受けたのは、早朝、まだ何も食ってねえ状態で果物を「あて」にして飲むワイン。これな。無論、オレら庶民にはそうそう簡単にできることじゃねえ。が、何といってもこの呑み方はワインと果物の味を30倍くらい引き立ててくれんだよ。たぶん起き抜けの舌が1日でもっとも敏感っちゅうこともあるんだろう。ワイン通の洒落たダチに教えてもらってよ、初めて試した時――たしかニュージーランド産のピノなんとかと林檎と白葡萄だったな――、あまりの美味しさに全身の肌が粟立った。あれは忘れらんねえ。
これがオレが個人的にもっとも強調してえ方策かもしれん。ここでいう「ながら」ってのは、飲み食い以外の行為よ。つまり、テレビやらDVDやら見たり、本を開いたり、スマホいじったり、誰かとくっちゃべることも無論含むからな。
あんたのお家、それか居酒屋のカウンターかバーで黙って、酒(とあて)のみと対峙して呑め。そやって呑んでりゃあ、どんくらいの量の酒がどんなふうにてめえに働きかけてんのか、また、どこで許容量を超えちまったのか、バッチリ掴めっから。
オレは時おり、自室で目え瞑って耳栓してな、座禅組むんよ。そんで傍らに酒を置いて呑む――そういう時ぁたいていポン酒だな。一番サマになるからよ――そういうことをやる。酒とてめえ以外のイッサイガッサイを遮断した状態で呑んでると(たいてい3合で眠くなって横になっちまうけどな)、次の日に二日酔いになることはだいぶん少なくなる。まちがいねえ。
ただ誤解すんなよ、オレだって酒を飲みながらダチと話したりよ、音楽聴くのも嫌いじゃねえっちゅうか大好きだからな、いつだってそうやってストイックに酒呑んでるわけじゃねえ。オレの場合、心を許した相手との酒で二日酔いになるのは全然かまわねえ。だがな、気の合わない相手とどうにかこうにかやりすごすために無理に酒食らった翌日はな、きまってそりゃもう粘り気あるイヤーな二日酔いになるね。こんなことだったら、1人で座禅組んで呑んでりゃよかった……って心底思うわ。酒の量とは無関係に「居心地良い状態で呑む」ってのは呑み助にとってもっとも大切なんよ。こいつはしっかり胸に刻み込んでおけ。
「チャンポン(判ると思うが、違う種類の酒をいちどきに呑むことな。ワイン飲んだ後、テキーラ食らって、チェイサーにコロナ飲んでジントニック飲んで……みたいなやつ)すると二日酔いになりやすい」っつう俗説がまかり通ってるが、信憑性あると思うか?
オレの長年の経験から言うと、めっちゃあるある思うね。科学的コンキョは寡聞にしてよく知らねえが、チャンポン呑み、これは全くお薦めできねえ。たしかに酷い二日酔いを招いてきたし、酔いが良い心地じゃねえのよ。なんでかって?
以下、オレの仮説っちゅうか思いこみなんで適当に流してくれ。
「酒」っちゅうのは「酒」っちゅう名称でひと括りにされてるが、同じ「酒」でも原材料によって、造り方によって、産地によって、「酒精の質」なるもんが異なるんよ。たとえばな、アルコール14℃のシャルドネの白ワインと、同じくアルコール14℃の山田錦で造った純米酒じゃあ、同じ「アルコール」で同じ度数でも、体感じゃまったく別もんに感じる。もちろんテキーラとウィスキーも違えし、ラムとビールも然り。それぞれの原料が、産地が、造り方(造り手)が、それぞれ全く別の酒精を生み出す。これって考えてみりゃ当たり前だよな。イヌだって同じ形してるけど、イヌそれぞれ全然まったく違うだろ。
でな、異なった酒精は体内で喧嘩する。たとえば、ビールの酒精とテキーラの酒精と日本酒の酒精とジンの酒精が戦ったらどうなる? そりゃあもぉ、てんやわんやの大戦場、翌日は「二日酔い」っちゅう名の凄惨たる祭りの後ですわ。
それを知ってるからか? アイルランドの生粋の呑み助たちわな、週末にパブで過ごす時、最初から最後まで同じ酒を飲む方が多いんだってよ。1杯目にギネスを飲んだららその晩はひたすらギネス。アイリッシュ・ウィスキーで始めたら、水で割ったり、氷を加えることはあっても、ラムやテキーラに切り替えることは決してしねえ。たぶん酒精に喧嘩されたくないからだろうよ。
まあ、そこまでは極端としてもな、全然別種の酒を混ぜ合わせて作る「カクテル」ちゅう飲みもの……あれはぜってえ良くねえわ。うら若き男女が速やかに効率良く酔っぱらうためには最適かもしれんが、翌朝の安全は全く保証しねえからくれぐれも用心せい。ちなみにオレは自慢じゃねえが、バーでもジントニックとかハイボールみたいな単一酒で作ったカクテル以外は呑まねえようにしてる。だいいち、あれこれ混ぜたもんはそれほど旨くねえし、これまでさんざん痛い目に合ってきたからよ。
繰り返しになるが、お前さんが長く、二日酔いにならないようにして呑み続けたいなら、同じ種の酒をじっくり呑め。せいぜい冷たいビールを1杯飲んだら、後はポン酒ならポン酒、葡萄酒なら葡萄酒、芋焼酎なら芋焼酎だけを浮気せずに呑め。飽きたらその日は杯を置け。わかったか。わかったな。
オレぁ葡萄酒とポン酒が大好きなんだが、スペインのテンプラリーニョだったかニーリョだったか、あとカヴェルネ・ソーヴィニヨンちゅう品種がどしても身体に合わなくてな、2杯もかっ食らうとヘロヘロになっちまう(カクテル同様、手っ取り早く酔うには良いだろうが)。他方(って言葉をいっぺん使ってみたかったんよ)、ボジョレーヌーボーに使われるガメイやピノなんちゃらだとな、てめえ1人でボトル1本開けてもまだ呑める感じするんよ。ポン酒だと、兵庫の「山田錦」ちゅう米で造った純米酒が身体に滲み入る感じがすんだな。
酒にはだな、飲み手との「相性」なるもんが確実に存在する。もちろん、その相性は人それぞれ違う。じゃあどうやって相性を見極めれば良いのか?
教えてやる。
「人」と同じよ。呑んでて、あんたの身体にすぅっと滲み渡るような、どっしり落ち着くような、きゃっきゃ喜んでいるような感じのする酒、それがあんたに合う酒だ。逆に相性が良くなきゃ、口に入れると違和感っちゅうの? ヘンな感じの後、しばらくして身体が拒否反応(とまではいかなくても不快感)を示すだろうよ。相性の良い酒でありゃあ、いつまでだって呑んでいることができる、いや、実際にはできねえだろうが、できるような感じすんだよ。
まとめるとだな、この世にそりゃもぉたくさんさんさん在る酒ん中から手前の心と身体にぴたりと合う酒を見つけることができりゃあ、そいつを自宅で呑む、またはそいつを出してくれる、ありがてえ店を見つけることができりゃあ、結果、二日酔いの頻度を減らすことができるだろう。
そのためにも数多くのポン酒を、色んな品種の葡萄酒を試してみようぜ。高価な酒を買う必要はまったくねえ。たしかにワインの場合、値段と品質はかなり比例するらしいが、高えからと言って、あんたとの相性が良いとは限らねえからな。オレだって高級ワインでひでえ二日酔いになって、旨安ワインで翌朝すっきりちゅうことはぎょうさんある。
あと、どっかの店で飲む場合、めんこい店員ちゃんだのソムリエさんだのに薦められたからって、合わねえ酒を無理に飲む必要はないからな。これも勉強と思ってだな、「すみません、ちょっと口に合いませんでした」とか何とか言って思いきり残しちまえばいい。店の人だってその方が勉強になるんよ。あんたに合う酒はだな、まるで一目ぼれのように(一目惚れ、したことあるよな?)「これだ!」って判んだろう。あんたの人生は、あんたの酒子と巡り合うための旅だと思って飲食店を巡って、酒屋で買って、自宅でも店でも、呑んだ酒とてめえの相性を毎回つぶさに観察してみろ。自分を大五郎、じゃねえ、伸二郎、じゃねえ、信じろ。
ありゃりゃ、やったら長くなっちまったな。。こりゃ誰も最後まで読まんだろうな。まあ、酒呑みのオレにとっては普遍的かつ切実なテーマだったから、しゃあねえ。
そんで、こんだけ偉そうなことをたっぷり記しときながら、オレとしたことが、今夜はいささか呑みすぎちまったらしい……明日は久しぶりの二日酔いだろうよ。これもまあ、しゃあねえ。酒呑みの定めちゅうもんよ。
さて、これからはあんたが翌日の二日酔いとはなるべく無縁の快い酒徒人生を送れますように! 心からそう祈ってるぜ。じゃあオレぁ酔っ払いついでに台所でもう1杯きこしめしてくるからな。あばよっと
恋人が欲しいけど出会いがないと相談すると、出会いを増やせと言う回答が多い。外に出ろと。
そのとき、街コンや婚活パーティーの様に、出会いを求める同じ境遇の人が集まるところへ出かけるのは問題ない。
スポーツのサークルや、趣味の習い事などは、確かに出会いがある。でも、習い事やサークルは活動を継続しないといけないから人間関係を気にしないといけなくなって、おいそれと手を出せなくなり、一歩踏み込めないまま当たり障りのない人間関係を続けてしまうのだ。
なので、お互い一目惚れとか、最初から第一印象がいい人など、元々モテて出会いに困らない人以外は、恋愛の舞台に上がれない。
なので、最初から下心があっても問題ない集まりに参加した方がいい。
でも、そう言う集まりに来る人にまともな人は少ないけどね。
34歳にもなって独身の俺だが、実は12年前の22歳のときに彼女という幻の存在がいたことがあるんだ。
お相手はマホちゃん(20)。当時入ってたよさこいサークルの後輩でタレ目で黒髪ロングで巨乳という童貞俺にとっては夢のような女の子!
とくに好きだったのが暗い表情だ。
この世の終わりを23回は見ているに違いないというぐらい暗い。言葉の端からは「こいつは私より幸福だ」というふいんきがダラダラ溢れ出ていた。
ベラベラ過去を喋っていたところ、実はお互い両親に虐待されて児童相談所から養護施設にぶち込まれていたという過去まで一致!
意気投合してなんだかんだで付き合うことになった。あれほど施設送りの過去に感謝したこともなかったな。
当時、マホちゃんはいわゆるメンヘラというやつで手首はズタズタだったし何なら太ももまでズタズタだったわけだが、同じ過去を共有する俺としてはその対処法もよく分かっていた。
俺と付き合ってからの彼女は絶好調!笑顔も増えたしカッターを持ち歩く必要もなくなったんだ。
ありきたりだけども、よく二人で語り合ったのが結婚して二人で同じ墓に入るという話だった。
「私が先に死んだら骨の一部をペンダントにして他の骨はお墓に入れてね。なおくんが死んだら同じお墓に入ろうね」
俺は分かった、と笑顔で言った。彼女は嬉しそうに絶対だよ、と念を押した。
死に方については書かない。とにかくドタバタした。
マホちゃんには身寄りがほとんど無かったので自治体と俺で費用を出して簡単な葬儀をした。
遺骨は俺が引き取らなかったら無縁仏として合祀されるというので引き取った。
ペンダントにするのはすぐにできたが、墓をたてるのには時間がかかった。それなりに良いところをと考え金をためているうちについぞ12年も経った。
とにかく嬉しいのはついに墓をたてれて、あのときの約束を守れるということだ。
だから、本当に嬉しい。
かなり公言してるから、身バレするかもしれないが、言わずにいられない。
昔から、まぶたが重い(一重+はれぼったい)女が大好きだ。
なぜか、惹かれてしまうんだ。
パッとみて一目惚れするし、抱きたいと思う。
世の中には、
整形とかアイプチとかで、一重まぶたを二重にするのって、当たり前の風潮があるよな。
まあ、わからないでもない。
しかしだ。
美人だとか、美しい顔立ちとか、そんなの「美」の価値はあるが、それだけだ。
色気を感じるかどうかは、また別のことだ。
美人=抱きたい女、ではない。
俺が言いたいのは、
まぶたの重い女=色気のある女=抱きたい女、という女として最上の価値をもつ女
ということ。
そうだろ? ブラザー
それとも、単なる俺ひとりだけの、好みの問題なのか?
歌手や女優で言えば、中島美嘉、西内まりあ、のまぶたは最高だ。
至高のまぶたと言える。
ところがだ。
中島美嘉は、どうも自分の重い腫れぼったいまぶたがお気に召さないようだ。
いろいろとべたべた塗ったくっている。やめてくれ。
あなたの、そのままのまぶたを見せてくれ。メシウマなまぶたを。
西内まりあも怪しい動きをしている。
なんか、無理くり二重っぽさをだそうとしているように、思える。
(Instagramをちょこっとチェックしているだけだが)
やめてくれ。メシマズだ。
しかし、整形大国・韓国のためか、大変にもったいないことになっている。
みんな同じようなぱっちり二重になってしまっているのだ。
国家的な損失と言えよう。
ということで、俺と同じ「重いまぶた」「腫れぼったいまぶた」フェチの同志諸君。
堂々と名乗り出てくれたまえ。
かなり公言してるから、身バレするかもしれないが、言わずにいられない。
昔から、まぶたが重い(一重+はれぼったい)女が大好きだ。
なぜか、惹かれてしまうんだ。
パッとみて一目惚れするし、抱きたいと思う。
世の中には、
整形とかアイプチとかで、一重まぶたを二重にするのって、当たり前の風潮があるよな。
まあ、わからないでもない。
しかしだ。
美人だとか、美しい顔立ちとか、そんなの「美」の価値はあるが、それだけだ。
色気を感じるかどうかは、また別のことだ。
美人=抱きたい女、ではない。
俺が言いたいのは、
まぶたの重い女=色気のある女=抱きたい女、という女として最上の価値をもつ女
ということ。
そうだろ? ブラザー
それとも、単なる俺ひとりだけの、好みの問題なのか?
歌手や女優で言えば、中島美嘉、西内まりあ、のまぶたは最高だ。
至高のまぶたと言える。
ところがだ。
中島美嘉は、どうも自分の重い腫れぼったいまぶたがお気に召さないようだ。
いろいろとべたべた塗ったくっている。やめてくれ。
あなたの、そのままのまぶたを見せてくれ。メシウマなまぶたを。
西内まりあも怪しい動きをしている。
なんか、無理くり二重っぽさをだそうとしているように、思える。
(Instagramをちょこっとチェックしているだけだが)
やめてくれ。メシマズだ。
しかし、整形大国・韓国のためか、大変にもったいないことになっている。
みんな同じようなぱっちり二重になってしまっているのだ。
国家的な損失と言えよう。
ということで、俺と同じ「重いまぶた」「腫れぼったいまぶた」フェチの同志諸君。
堂々と名乗り出てくれたまえ。
初めて夢見りあむを見た時、僕は衝撃を受けた。
僕は既にアイマス内に複数の担当アイドルを持っているが、シンデレラガールズの担当は1人だけ。
総選挙というイベントがある限り複数担当になっても本気で応援するにはどちらかを切り捨てなければいけないので好きなキャラがいてもデレマスの担当を増やす気にはならなかった。
話を戻そう。
僕はりあむに一目惚れのような形で好印象を抱いたが、僕にはその程度の要素で担当にする選択肢はなかった。
彼女に興味を持った僕は普段あまり開かないモバマスを開き、カードを手に入れたりセリフを見たりした。
とにかく傷付きたくない。
後先考えず炎上商法で売ってほしい。
アイドル活動がダメだった時の保険の為か、プロフィールはボカしまくり。
デレステのコミュではアイドルは努力をするものが尊いなどと言っていたが、ぷちデレラを見ると本人は余り努力をしたがらない。
しかし、欠点が丸見えでどうすればいいかがわかりやすいほど庇護欲のようなものは強くなっていく。
これなら素直に面倒を見たくなるかと思うとそうではない。
話を聞くと社会にうまく適合できず、彼女の未来はプロデューサーが握っていて、別の道は諦めているのだ。
このまま面倒を見ていると、コイツはプロデューサーに依存してしまうんじゃないか?
僕はそんなアイドルは育てたくない。
デビューしたでれぽでは、せっかくフォローしてくれた蘭子に歩み寄る気配も見せずに、受け取る相手のことを考えていない返信を送ってしまう。
SNSを見ているとりあむを好む人間はその胸しか見ていない性欲の塊か、心の弱さを自分に重ねて語りたい承認要求の権化しか見えない。
僕はそれらと同等に見られるのが嫌過ぎてすっかり素直に声に出して応援する気が失せてしまった。
でも彼女の成長は見ていたい気持ちは消えてくれなかったので、りあむのキャラの強みである炎上要素を利用し、ネガキャンや人間としてクソな所を挙げ、面白がりながら細かく彼女のセリフを見続けた。
この文章もその一部かもしれない。
そして遂にこの習慣が身に付き、新しいセリフが出ると積極的に見に行き、SNSでそのセリフについて呟き、りあむの人間性の理解を進める。
いつの間にか自分の中での受け取り方を担当アイドルのような扱いになってしまったのだ。
最初に書いた通り、あまりデレマスの担当アイドルを増やしたくなかった僕は、しばらく悩んだ末に人間性を嫌っていていつでも切り捨てられるというのを言い訳に担当であると受け止めることにし、持っていた投票券を全て夢見りあむに突っ込んだ。
結果は見ての通りだ。
面白半分で投票した者、下心のある者、承認要求の身代わりにする者。
大半がその様な者に投票されているというのがTwitterでの見識だが僕はここでそれだけの理由で応援してるわけではない。
不器用ながらも応援したい人間がここにいることをアピールしたい。
というわけで僕はこの類いのお気持ち表明の例に従ってここに書き綴ることにする。
私はボイスもない、総選挙はいつも圏外のアイドルを推している。
彼女は美しく気高い。妥協を許さず自分を魅せるために努力し続けている。
しかし、このまま彼女に投票し続けていても未来がないように思えて仕方なかった。
彼女はどうしても人気が出ない。
いきなりお気持ち表明ブログの定型文を使ってしまって申し訳ない。
このブログは夢見りあむdisではない。それだけは最初に述べておく。
たくさんのプロデューサー達がその場のノリで投票するような雰囲気を作り出さなければ、ボイスなしの圏外アイドルはシンデレラにはなれない。
例えば7thの時のウサミンが良い例だろう。
しかしそれは非常に難しい。
ウサミンには元々ある程度の人気があったからこそ成しえた偉業だ。
総勢200人近いアイドルの中から頭一つ飛びぬけるような魅力が彼女にあるだろうか。
そうは言いつつも三桁近く担当に放り込んだ。
今回は本田未央あたりがシンデレラになるんだろう、と諦めや嫉妬を感じつつ中間発表を見て驚いた。
あれだけ好みが分かれると言われていた夢見りあむが全体3位に輝いていたのだ。
確かに選挙が始まってからもじわじわとイラストも増え、彼女を肯定的に捉える雰囲気が出てきていた。
正直私は夢見りあむのことがあまり好きではなかった。
何故そんな私が夢見りあむを推すに至ったのか、ということについて書いていきたいと思う。
まず、下世話な話にはなるが夢見りあむは胸がデカい。私はそれだけでもう好きになってしまう。かなしい。
また、ただのメンヘラかと思ったら予想以上に強メンタルというギャップにハマってしまった人もいるのではないか。
私は中間発表のあとすぐ夢見りあむをモバマス、デレステ両方でプロデュースした。
「Pサマだけはりあむがいいって言って!推し変せずずっとずっとりあむを推してほしい!」という彼女の叫びに私は屈してしまった。
ああ、夢見りあむならこの腐った総選挙に革命をもたらすことが出来るのではないかと。
それが運営の思うツボだったとしても私は構わない。
アイドルは使い捨てられると分かっていてなおアイドルに夢見る夢見りあむなら、我々の醜い嫉妬心を理解して許してくれるのではないか。
いや、許してほしい。
夢見りあむへそんな汚い票を入れないでくれ、というプロデューサーのブログも読んだ。言いたいことはよく分かる。
汚れたガラスの靴は履かせたくないと、そのプロデューサーは言う。
しかし私が今まで推してきたアイドルはどう転んでも汚いガラスの靴ですら履くことが叶わないのだ。
汚い票を入れるな?そんなのは贅沢だ。夢見りあむは今しかシンデレラにはなれない。
彼女はどうしたってブームが過ぎたら使い捨てられるアイドルだ。
ならば一度くらいは夢見りあむの夢想を現実にしてやってもいいじゃないか。
童話のシンデレラは謙虚な姫だ。姉たちにいじめられ、お城へ行けなくても文句ひとつ言わず黙って家事をする。そして偶然に偶然が重なり王子と結婚する。
彼女は何一つ努力していない。魔女と出会い、王子に一目惚れされたという偶然に甘え、醜い闘争心嫉妬心を見せもしない。私は昔からシンデレラが大嫌いだ。
シンデレラストーリーを日本で実現した女と言えば洞松院だろう。
洞松院は細川勝元の娘として生まれたにもかかわらずあまりにも顔が不器量だったために尼として寺に放り込まれてしまう。
しかし偶然にも30歳を過ぎたころ還俗し、他の家へ嫁ぐことになる。当時30歳で嫁ぐこと自体が珍しかった。そこからが彼女の始まりだ。
詳しいことは長くなってしまうので省くが、彼女は自らの手腕や実家の権力という持てる力を生かし最終的に一国の主へと登り詰める。
この闘争心丸出しのシンデレラストーリーこそ現代に求められているのではないか、と私は思う。
もっと自分を認めてほしい、見捨てないでほしい。とここまで自分をさらけ出したアイドルが他にいただろうか。
チヤホヤされたいと欲望を丸出しにしたアイドルが他にいただろうか。
夢見りあむはそんな現代のシンデレラストーリーを実現してくれる希望ではないか。
私が本当に推しているアイドルはそんな醜い姿は決して見せない。彼女は高潔だ。
正直なところ夢を見れない本当の担当アイドルを推し続けることに疲れたのだ。
同担達は口にこそ出さないが、今回も総選挙は無理じゃないかという絶望感が漂っている。
もう限界だろう。私は限界が一足早く来てしまった。本当に申し訳ない。同担はリムった。
我々の醜い嫉妬心が詰まった票も、純粋な気持ちで夢見りあむに入れた票も、票は票だ。
夢見りあむならそんな票に後押しされてシンデレラになったとしても「オタクはチョロいな!もっとぼくをすこれ!」と笑い飛ばしてくれるだろう。
絶望を知っている彼女ならば我々の嫉妬も、諦めも、そして本当に推しているアイドルを応援し続けられなかった弱い心も許してくれるはずだ。
好きな人が出来た。
いつもにこやかだけど、真意がつかめない(めちゃくちゃ空気読んでそう、気を遣ってそうなタイプ)。
連絡先も知ってるし、電話したこともあるし、毎月4回くらいは顔を合わせている。ただしプライベートではない。
自分は絶望的な出っ歯で、中学校まで矯正をしていた。ニキビがひどく、体はつるぺたでガリガリで、髪はへんなショートカット、根暗でいじめられっ子だった。多分、クラスにいたどんなに優しい女の子にも一度は「出っ歯」あるいはさんまと言われた。あの頃は、で、という音が聞こえるだけで全身に緊張が走ったものだ。この経験があるから、人の外見に言及しないことにしている。また、どんなに良い人でも、ハゲとかデブとか肌荒れすごいとか言っている人は、心の中で静かに締め出すことにしている。
話が逸れてしまった。
あの頃、入った部活で「今日は可愛い子誰もいないじゃん!やる気でねぇ〜」とか言われて、その場にいた新入部員全員で萎縮したことがあった。また、先輩に廊下で挨拶したら「キモ」と言われたこともあった。また、母と二人で街を歩いていたとき、ウェーイ系の人たちが後ろから来て、自分の顔を見て「うわブスだった!外れ外れ!」といって笑いながら走っていったこともあった。母は若い頃結構美人で、父も昔はどちらかというと整っている方だったので、なんでこんな糞ブスが産まれちゃったんだろうと申し訳なくて、でも泣きたくなくて辛かった。
高校でもニキビはあったけど、矯正が終わって生理も来て髪を伸ばしたらいきなりモテるようになった。最初は新手のいじめとか、あるいは罰ゲームかと思ったけど違った。一目惚れされたこともあった(自分にはどう見ても美人要素がないので、たぶん趣味が変わっている人だったのだと思う)。
大学は女子が少ない学部だったので、そうした環境のおかげでモテた。
しかし、中学校までの負の経験が大きすぎて、人間に期待できなくなっていた。いじめられる前までは、もっと素直に人を信じることができていたと思う。でも、クラスメイトからいじめられ、異性からキモいブスと言われてきたから、
心のどこかにある自分の基地みたいなところにいつも片足をつっこんで、人とは半分の自分で接して、傷ついても大丈夫なようにするという処世術をしっかりと身につけてしまった。自分のあやし方ばかり上手くなってしまった。
だから人とある一定以上の親密な関係を築くことができない。親友や恋人というのは自分自身をある意味さらけ出す仲だと聞いた。
彼氏とおぼしき人を、エスカレーターに乗りながら振り返って至近距離で見つめたり、電車の中でお互い向き合って顔を寄せ合ったりしている幸福そうな顔をした女の子は、こんなこと思ったりしないんだろうなと考えると苦しくなる。
好きな人はとても優しくて良い人だ。多分、老若男女に優しくすることに慣れているのだという気がする。
さっき書いたように読めないタイプだけど、会う前はすごく緊張するのに、いざ会うと空気みたいで安らいだ気分になって、よく分からないけど満たされたような感じがする。
自分は淋しさというものをずっと感じたことがなかったのだが、ここ最近淋しいということがどういうことか少しわかったような気がしている。うまく言語化はできないけど。
“私には、あなたのために、その淋しさを根元から引き抜いて上げるだけの力がないんだから。”
と言っていたけど、
その人は淋しさの原因でもあるのだけど、その淋しさを引き抜いてくれるのではないかと期待してしまうような雰囲気を持っているのだ。
今日は少しでもしゃべろう、雑談みたいなこともしてみよう、私も親しげにしてみよう、バスで乗り合わせたら隣は無理だけどすぐ後ろに座ってちょっとしゃべったりしよう、道を歩いてて遠くにもしその人が見えたら手は振れないけど気づいたよって合図したほうがいいって思うのに、
いざその時になると、いや、気持ち悪くない?馴れ馴れしいって思われたら?勘違いしてて本当は迷惑なんじゃないの?
と誰かが、多分昔の自分がささやいて、私はいつも通り無口になって、ときどきしか笑うことができなくて、用意してた雑談も話せなくて、バスに乗り合わせても遠くに見えても気づかないふりをしてしまう。
あんな過去がなかったらこんな風に萎縮しないで済んだのかもしれないな、と思う。キモい根暗なブスだった私が悪いんだけど。キモいとかブスは言われなくなっても、根暗なのは変わってないけど。出っ歯は直ったが、前歯がでかいのは変わってないけど。
そうやって私は何も行動をおこせずに終わってしまうんだと思う。このままでは。
どうやって萎縮する気持ちを持ち直せばいいと思いますか?それとも身の程知らずだからこのまま大人しくしてたほうがよいでしょうか。
リアルで誰にも相談できないのでここに書き捨てていく。フェイクあり。
その相手は、今も親しく家族ぐるみで付き合ってる私の親友だった。
という内容の超長文です。
頑張って書いたけど、長すぎて目が滑るゼ☆って人は登場人物だけ読んで最後の見出しに飛んでください。
旦那…私の旦那。押しに弱い。顔は嵐の相葉さんに似てる。高校まで男子校だったので女性に免疫のないウブなやつ。
友子…私の大事な親友。モデルやるくらい可愛くて、とても性格の良い子。滝沢カレンさんに似てる。
友旦…友子の旦那。塩顔イケメンで綾野剛さんに似てる。この話の中では空気。
4人は全員20代で大学時代のサークル仲間。私だけ入部が1年遅い。
どちらの家庭も既に子持ち。
男女混合で仲良くやっていたグループに3人とも属し、仲を深める。
1年間のサークル活動や合宿などを経て、友子が友旦といい感じになり、秋ごろ周りには内緒で付き合いだす。
そんなこととは知らない旦那、実は一目惚れだった友子への恋を温めに温めていた。なんと初恋だったらしい。
冬に勇気を振り絞ってひっそり告白するも、「好きな人がいるのでゴメンナサイ」と軽くフられる。
旦那もその時はそれで納得して引き下がり、グループ内の仲間付き合いはぬるく継続する関係に。
春。ここで私入部。
サークル活動中、この仲間グループに混ぜてもらい、中でも友子とは二人で旅行に行くくらい仲良くなる。
この頃には友子と友旦の交際はオープンになっており、旦那の中で燃え上がった気持ちも少し落ち着きつつあった模様。
この時の旦那は、学業の事情で活動頻度を極端に減らしており、サークルや飲み会には月1で顔を出しに来るか来ないか…な感じ。
そんなSSRキャラの旦那に興味を持った私は、誰にも内緒で猛アタック。1年をかけ、押しに弱い旦那のOKをもぎとる。
最初は私の押しの強さに負けた旦那も、次第に私のことを大切に思うようになり、
私も活動をあまりしていない旦那にサークル内の話(≒友子の話)を積極的にすることはなかったので、
ちなみにこの時の私はといえば、友子からは別に何も言われず、旦那も過去の恋愛に固く口を閉ざしていたので、
旦那と友子の過去の告白は知らないまま過ごして、サークルを卒業した。
サークル(大学)を卒業して全員就職すると同時に、友子・友旦が結婚。
仕事が忙しくなったので、私と友子は直接会う頻度が減り、旦那との会話にも友子の話題はほとんど出なくなった。
…が、旦那にとって想定外だったのは、友子一家が転職に伴い、数年前に私達の住む県の隣に引っ越ししてきたこと。
私と友子が連絡を取り合って盛り上がった結果、お互い既婚だけど、どうせ4人とも知り合いなんだから全員で遊ぼうー!とBBQやらプールやら花見やらを企画。
家まで電車で1時間もしないし、大学時代のサークルのノリの延長みたいな感じで、私としてはとても楽しかった。
そのうち同じ学年産まれの子もでき、私と友子としては今後も家族ぐるみで遊びたいね!と益々張り切って企画を考えてキャピキャピする日々。
そんな最近、旦那が「実はこの状況が大変しんどい」と上記の諸々を打ち明けてきた。
旦那としては、ふられた初恋の相手の近況を今も逐一知り得る状況にあるのが辛いのだそう。
私と友子の友情は、卒業して仕事が忙しくなるにつれてフェードアウトしたのだと思っていたのに、
まさか初恋相手(しかも告白してサクッとふられてる)と、これからも家族ぐるみで付き合い続けるなんてどんな拷問なのか、と。
子どももできて今後更にずぶずぶ関係を続けていくなんて俺には無理だ、友子はどうしてるかなとたまに思い出すくらいの憧れの存在でいてほしかったのに、と。
普段大人しい旦那が珍しく饒舌に、俺の辛さがわかるか!?と語りだしたので、内容よりそのことに呆気にとられてしまった。
一通り旦那の気持ちを聞いた後で、とりあえず今日は寝なはれや…と、子と一緒に寝かしつけた後でこの文を書いている。
以上、流れとしてはこんな感じです。読みづらかったらすみません。
母親同士が仲良いからと言って、子ども同士も絶対仲良くしてほしい!とは思わないけど、
どうせなら小さい頃から遊んでいた腐れ縁というか、幼馴染のような関係になったらいいなぁと友子とも話している。
だから、頻度は落としても、年に数回は家族ぐるみで一緒に遊びたいのだ。私は。
子どもを何より溺愛してるのでこれは信じる。
だけど、友子と会うたびに旦那の中で叶わなかった初恋の思い出が蘇るのが嫌なんだと。
今更何をしたいわけでもないのに、目の前の子持ち人妻にザワザワした想いを抱えて、心をかき乱される自分が嫌なんだと。
でも今後しばらくの間、私が友子と遊ぶときは基本子連れだろうし、
子ども同士がどんどん仲良くなっていくってことは家族ぐるみで遊ぶ機会のほうが多くなるわけで。
友子は旦那のことを完璧過去のことだと思ってるから、何も思わず家族ぐるみでと誘ってくれてるわけで。
私と友子が毎回二人で遊ぶ方向にもっていっても、その間は旦那・友旦に子を見ててもらわないといけないけど、
上記の理由によりご協力お願いします…なんて友子と友旦には言えないわけで。
元から大勢で遊ぶのが好きってわけではないのに、本心を隠して今まで付き合ってくれた旦那には心から感謝している。
でもだからと言って、今まで会ってた時は楽しそうにしてたよね…?と聞けば、
実際会っちゃえばどうにでもなれって感じで大丈夫なんだけど、いや自分でもメンヘラかなって思うくらいだけど、でも会うの嫌だ…などとのたまう。
友子一家と遊ぶ約束をした日が近づくにつれ、旦那の気分がどんどん盛り下がっていくのを肌で感じる。
私は一人、堂々巡りの自分の気持ちを抱えてどうしたらいいのかわからずにいる。
反応してくださった方々、ありがとう。心中お察し頂いて嬉しいです。
旦那と友人関係が被りまくってるので、本当にリアルで誰にも相談できなくて…
友旦は、多分だけど、旦那が友子に告白したことはリアルタイムで知ってると思う。
友子も友旦も大層おモテになる民族なので、不愉快というより、過去のことは過去のことだし他人の気持ちは他人の気持ち、として割り切ってる(というかむしろ忘れてる)気がするな。
友旦からは何も聞いたことないし、きっとこれからも聞けないから、真偽のほどは不明。
でも、旦那が今後もこの気持ちを胸に秘めて、一線を越えようとしない限り、友旦は同じ男として旦那の気持ちを尊重してくれると思う。友旦トテモイイヒト。
あと、私も旦那の嫌がることはしたくない、というのはもちろん大前提なのだけど、
そもそも旦那が「また次会おう!」とか友子・友旦に言うから、上記を聞くまでは私も純粋に家族ぐるみでのイベントを楽しんでくれてるのかと思ってた。
その場を盛り上げたくて、つい思ってもないこと言ってしまうような、口が滑る人っているじゃないですか。で、後から後悔する。うちの旦那、そのタイプ。
友子も友旦もBBQグッズ用意してくれたりして結構本格的にやる人達だから、その時はそれなりにイベントを楽しめるし、次のイベントも大丈夫かもって思っちゃうんじゃないかな。
友子一家は純粋に楽しみを求めて家族ぐるみで…と誘ってくれてるので、恋愛経験の少ない旦那だけが、
「初恋の相手は思い出の中で大事にしたかったのに」「理性では分かってるのに、目の前にするとやっぱり可愛いなって思ってしまう」
「そんな自分が心底嫌になるから、もう会いたくない」「なんでまた会おうって言っちゃったんだ俺のバカ」と鬱々としてるというか。
友子は本当にルックスも性格も可愛さを擬人化した女性なので、女の私でもキュンってする時あるし、可愛いと思わざるを得ない旦那の気持ちは分かる。
………分かるのだが、そこと家族ぐるみの付き合いは分けて考えられないものなのかなぁ。「叶わなかった初恋」ってそんなに大事かなぁ。
なんというか、友達と会う約束をしたけど約束の日が近づくにつれて段々行く気がなくなってしまう現象?に似ている気がする。
皆さん、こういう時どうやって乗り切ってるんですかね。
※タイトルから察せる通り、以下はMCU作品群(特にエンドゲーム)の重大なネタバレを含むので、自己責任で読んでくれ。
まず始めに言っておくと、この記事は通りすがりの他人のクソデカ感情を吐き出すために書いたお気持ちブログであることを承知の上で読んでほしい。
暇でもなんでもいい、別に誰一人として読まれなくてもぜんぜん構わないけど、自分一人で抱えるには大きすぎる感情のジェットコースターを体験した私が気持ちを整理するためのもので、読み終わった後に胸くそ悪くなったとか、そんなどうでも良いことで喚くなとかいう苦情は受け付けてない。
私が私のために書く私の気持ちを整理するお気持ちブログだ。ここまでで、なんだコイツと思ったヤツは悪いが帰ってほしい。
まず始めに言うと、このたび2019/04/26(日本公開)の「アベンジャーズ エンドゲーム」は最高の映画だった。
私は前作「インフィニティー・ウォー」を劇場で見てから「エンドゲーム」が公開されるこの日を、ずっと待ち遠しにしてきた。と同時に、死刑宣告を言い渡される日だと思ってきた。
そこについての詳しい話しは後ほどとして、弊推しはキャプテン・アメリカだ。ここからは8割かれの話しになるので、それを念頭に置いて読んでほしい。
上映が始まり、私はすぐにこう思った。
最高だ。
キャプテン・アメリカのカットはかなり多い方だと言って良いし、何よりその美しい顔面が際立つシーンが多くて終始動悸が止まらなかった。
登場初っぱなの髭を剃り終わったシーンなんかは大変興奮した。鏡越しに送られる目線にゾクゾクした。青い瞳が堪らなく美しかった。
過去に跳んだ先で、「アメリカの尻」と揶揄され腰からのヒップラインがドアップになって私が失神しそうになったり、宿敵のフリをするために「Heil HYDRA」と言って見せたり(!)、タイミング悪く過去の自分VS.現在の自分の凄まじい戦闘を繰り広げたり。
最終決戦なんかムジョルニアを使って(持てたの!知ってた!!でも公式でやると思ってなかった!!)、盾とのコラボ技を披露して無双するシーンなんかもあって、私は終始死にそうだった。
公式で見られないだろうから、二次創作に期待していたアレやソレがすべて公式で起こった。
何を言っているかわからないだろうが私にも未だによくわからない。公式が最大手だった。
上映中、頭に過ぎるのは命日の二文字だけで、あまりの怒濤の展開に呆然とスクリーンを見守るしかなかった。
こんなにも美しくもたくましい推しの姿をこんな大画面で見てしまって良いんだろうか。私は明日死ぬんじゃないだろうか。
決戦が終わったとき、私は本当にそう思ってたし、うぉーがしびってあれこれの解消し切れてない部分も、これなら許せそうだと思った。
あまりにも美しい終わりに涙すら出そうになった。
そう思ったこの瞬間の私をぶん殴ってやりたい。
私の地獄は、このおおよそ2時間半が終わり、あとはちょっとしたエピローグと、長い長いエンドロールだけだろうというタイミングで始まった。
彼は“キャプテン・アメリカ”の仕事として最後の後始末を受け持った。それはインフィニティー・ストーンを過去へ戻す仕事だ。
なるほど、それは重要だな。
このときまだ、呑気にも私はそう思っていた。今すぐそこで見るのを辞めろ。
しかし、装置を作動させても彼は戻ってこない。訝しんで、彼を見つけて。
彼は年老いて戻ってきていた。近くのベンチに座って。だから帰還に気付かなかった。
「もう自分の人生を歩んでも良いんじゃないかと思った」彼がそういった。
目の前が真っ暗になった。
自分の人生を歩むこと自体が悪いことではない。それは私が何処かで迎える彼のハッピーエンドだと思っていたから。
しかし、そうじゃない。そうじゃないんだ。
“自分の人生を歩む”と言っていいのは、戻ってきて、この先の未来を生きての話しではないのか?
なんで?
どうして?
彼が過去をやり直して戻ったと言うことは、“キャプテン・アメリカ”として行った任務を、石を返した時点で完遂したと自己判断し放棄して、過去を改竄して戻ってきたということだ。
MCUが何処までマルチバースを採用していて、タイムトラベルによる世界の分岐やパラレルワールドを取り扱っているのかはわからない。
あの正規の世界線の歴史が変わったわけではないのかも知れない。
それでも、だ。
吐き気すらも覚えた。
散々、タイムトラベルで過去を変えるコトは禁忌であるという下地を本作で作った上での、コレ。
キャプテン・アメリカというキャラクターを馬鹿にされているのかと思った。
頑固で考え方が古いかも知れないが、高潔なる精神の持ち主ではなかったのか。
自分が幸せになるために歴史を書き換えるような、そんな軽率な人間であったのか?
彼の信念は何処に行ってしまったんだろう? 呆然としてしまった。
私の知識はまだまだ浅い方だ。アメコミという沼はあまりに深すぎて年浅い私にはまだまだ知らないことの方が多いだろう。
それでも、複数の媒体から感じ取った「キャプテン・アメリカ」の信念と、今回の彼の行動はあまりにかけ離れていたと思う。
彼は、犠牲を尊んで、彼らのためにも前を向いて歩くタイプの人間ではなかったのか?
今までのMCUでの彼の扱いは、キャラ解釈の違いで殺されるかと思ったシーンが幾度もあった。(それもすべてエンドゲームの監督の作品だ)
それもコレも今日で終わりだと思った。そのはずだった。「シビル・ウォー」からずっと抱えてきたモヤモヤが解放されると思っていた。
まさか最後の最後で私が彼を好きになった信念そのものをたたき折られるとは思ってなかった。
この事実を認識した途端に、私は堪らなくトニー・スタークに嫉妬した。
怒りを感じたと言っても良い。但しこちらは、制作陣に対して、だが。
確かにトニーの最後は、ハッピーエンドではなかったかもしれない。
それでも、彼は誰にも害のない形で己の幸せを享受した上で、自己の“ヒーローである信念”を貫き通して死んだのだ。
誰にも疑いようのない唯一無二の英雄となったのだ。
それに比べて、彼は、スティーブは?
制作陣の都合で言いように改変を繰り返されて、彼のズタズタになった信念を、きっとこの最後で修復してくれるんだと思った。
そうじゃなかった。作品を丸く収めるために良いように使われただけだった。何一つ変わらないどころか、より最悪の形で悪化した。
彼だけではない、ソーだって、前三作で作られてきた彼をすべて壊して何事もなかったように進んだ。
スティーブよりは違和感は少なかったかも知れないが、何故このタイミングで、と言う気持ちが拭えなかった。
ツイッターでは英雄が一般人となって自己の幸せを歩んだ作品だとか、脱マッチョイズムだとか言われてたけど。
だからなんだ?
それって既存のキャラクターの基盤をぶち壊しにしてまで展開してイイモノなのか? しなければいけないものなのか?
仮にやるとしてもこの集大成とも言える全員揃う映画でやるべきコトではないんじゃないだろうか。
本当に、今も怒りで視界が赤くなる。
この映画は巨大なトニー・スターク賛美のための墓場となったのだ。
トニー・スタークを恨むモノは誰もいない。
これほどまでにキャラクターを理解され、制作陣に愛されていた。
本当に本当に妬みで爆発しそうなほどだった。
それなのにトニー派の連中はスティーブを薄情者だといって責める。
スティーブの劇中での言動は推しの私でもフォロー仕切れないところがある(だからといって全面的にトニーを擁護も全く出来ないが)。
だからそれ自体は、特に訂正しようとか思わない。どんな思惑に巻き込まれて信念がたたき折られたとしても、それは“現実”(そと)のはなしであって、“MCUの世界”(なか)には関係ないはなしだから。
それはまるっと彼の罪なのだ。
それでも。
心底羨ましいよ。
脳の神経がすり切れそうなほど羨ましい。
なんで、彼ら彼女らはこんなにも恵まれていて、私はこんなにも苦しんでいるんだろう。
私は作中に責めることの出来る人間などいない。あえて言うならキャプテン・アメリカ本人だが、自分の推しを悪意的に見るほど苦痛なことなどない。
悪人が悪人である所以を好きになったというなら、また話しは違うだろうが、生憎私が好きになったのはヒーローの彼なのだ。
多少の欠点の他に、悪意的に捉えられるところなど、少ないはずなんだ、本来なら。
「エンドゲーム」を見てから、一晩経った今でもずっと脳内をこの言葉が占めている。
私に過去に戻る力があるなら今からでも「ウィンター・ソルジャー」の撮影まで戻ってあの監督を始末してしまいたい。
彼の、キャプテン・アメリカのこのエンディングは、「エンドゲーム」で一区切り(実際は次作スパイダーマンで区切りだが)着くMCUという作品群を丸く収め、また次のフェーズ4に繋げるためには必要で、全体的に見れば“正解”であり、納得のいくモノだったのかも知れない。他人様の感想を読んでいて、そういう気持ちに全く為らないという訳ではない。
でも、理解が出来たからといって、納得が出来るからといって、許容できる訳ではないのだ。
だって彼は、すべての人を置き去りにして、己の幸せに走ったあの男は、もはやヒーローではないのだから。
それは、私の好きになった彼ではないのだ。
信念を貫くことを辞めた人間は、大体にしてこう言われる。
「昔とは別人だ」
MCUの世界では彼にそうなる資格があると思っている人間が多かった。だからこそ中の世界では受け入れられたんだろうが、確かに人は変わってしまっているのだ。
別人なのだ。
私はそれが受け入れられない。
ヒーローを辞めた彼には、もうムジョルニアを持つ資格はないだろう。
だからこその二代目、なのかもしれないが。
今一度言うが、私の推しはキャプテン・アメリカだ。
そもそものMARVEL作品を見始めた切っ掛けとして、彼の単独シリーズの第一作「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト アベンジャー」を見て、彼に一目惚れしたからだ。
そんな私の推しの彼を演じるクリス・エバンスは「エンドゲーム」を最後にMCUから卒業すると宣言していた。冒頭でこの日が死刑宣告の日だと言ったのは、そういう理由だ。
もう二度と推しを見ることは出来ないのだから、私は死ぬんだと思っていた。
だけど、違った。死んだのは私ではなかった。
死んだのはキャプテン・アメリカの信念だ。
巨大なトニー・スタークの墓場の奥深く下に虐げられ、無残にもうち捨てられた彼の正義が崩れ去った日となってしまったのだ。
キャプテン・アメリカの信念はすでに散々あのクソ監督兄弟に改変されまくって、ボロボロで、もう雀の涙ほどだったけど。
それでもわたしはかれらしいさいごをのぞんでいた。
一生消えないだろう傷を負った。
それなのに周りには「エンドゲーム」を賞賛する声しか聞こえてこない。
私にとっては、それこそが何よりの“彼が死んだ証明”だった。
私の推しの新作がもう来ることはない。
この先、カメオで出演するとしても、マルチバースの信念の折れてない彼でもない限りはそれは彼ではない。
この記事を投稿することによって私はキャプテン・アメリカの、スティーブ・ロジャースの死した信念への手向けとする。
■こっちにもリンク貼ったほうがいいよって言われたので2022年の現状を書く追記はコチラから
↓2019年の文章です。
キモくて金のないオッサンです。
地方在住、腹が出ててチビで、手取り20万行くか行かないかのオッサンです。
アラフォーにもなるのにお付き合いした人数は一人。
そんな恋愛偏差値最底辺なもんだからか、何気なく呼んだデリヘル嬢にまんまと恋をしてしまいました。
初めて呼んだのは2018年の年末でした。
デリヘル店員のおっさんに「入ったばかりの女の子なんですけど、オススメですよ」と言われ、デリヘル店員のオススメなんて基本的に嘘だろうと思いつつ、それに従って頼んでみました。
部屋に来た女の子は、見た目だけで言えば好みどストライクでした。さらに性格も明るくかわいい。いやもちろん、仕事だからね。明るく振る舞ってくれてるんですけどね。
結果、一目惚れとは言わないが、「また近々お願いしよう」と思うくらいにはお気に入りになりました。それから人肌恋しい季節ということもあってか、結構なペースで呼ぶように。
おかげですっかり顔馴染みになり、そういうサービスだけでなくお互いの色々な話をするようになりました。
その間、デリヘル嬢は入店してから数ヶ月で案の定というかどんどん人気が出てきている様子です。それ自体は彼女の実力ですので、素直に応援しています。
昨日の事、作業BGMとしてYouTubeであいみょんを垂れ流してました。
そこで「どうせ死ぬなら」という曲を耳にしました。むーぎわらーのーが印象的な「マリーゴールド」とは全然雰囲気の違う曲でした。
そう、どうせ僕はこのまま死んでいくのです。
もう40歳手前、仕事と家の往復です。こんな感情を持つなんて思ってもいなかった。
死ぬまでにあと何度、恋をできるのだろう。
分かっています。10歳も年下のお金だけでつながっている相手だということも。彼女の時間とサービスをお金で買うという最悪な行為をしている事も。全て分かってます。
こんな気持ちを相手にぶつけても困らせてしまうだけでしょう。もしかしたらこのままの関係がベストなのかもしれません。
でも彼女から2万円で買っている90分という時間が終わった後に訪れる形容し難いこの感情をどうすれば良いのでしょう。
こんな人間になるなんて思ってもいなかった。
そして、また彼女と出会う前の何もない生活を明日から繰り返すとします。
なんかヤバイ事件でも起こすんじゃないかと心配させてしまったようですが、そんなつもりでは書いてません。書き方わるかったかな。ごめんなさい。
今日ですが思わせぶりな書き方したわりには、大したことも起きませんでした。(小心者すぎて起こせなかったとも言える)
それとなくデートに誘ってみたものの、上手にかわされました。さすがです。その代わり、お店の人の公認で連絡先の交換をすることになりました。
細かいことは省略しますが、簡単に言うと、連絡先交換するんだから今まで以上に彼女(とお店)の養分になって欲しいと言われた感じです。
まぁ、自分の立場をわきまえて今までと変わらずの関係で接していくしかないようです。
で、コメントでも頂いてますが、仕事や副業を頑張って収入を上げるように計画的に生きていこうと思います。どこまで出来るかは分かりませんが。
今までは自分の身の回りのことと親への少しの仕送りで足りる分しか稼ぐ気が起きませんでしたが、もう少しだけ欲張って見たいと思います。
でも人生こんなもんですよね。
先日FGOにて実装されたカーマのパッケージ詐欺を食らって引退しようと思ったので備忘録的にまとめ
まず前提として殆どのソシャゲ(アプリ含む)はキャラクターゲームであり、イラストや固有のセリフ(ボイス)、設定なんかが商材になっているということがある
FGOの場合その商材はカードイラスト4枚、セリフ(ボイス)、マテリアル(設定テキスト)に分けられる(絆礼装はマテリアル属?)
カーマの場合イラストは1:3、セリフは1:2、マテリアルは共通という形になると思われる
この比率は未プレイだと分からない話になるが別キャラクター同然に変化するという意味で分けたものになる
2臨と3臨以降を別と分ける人もいるかもしれないがひとまず同じとしておきたい
この別キャラクター同然に変化するというのが引退を決めたキモになる
カーマが実装される数日前のイベントステージにて今後の予定としてゲーム内イベントの情報がお披露目された
PVの公開やちょっとした情報の他、これが実装されますという形でカーマの初期の姿が公開されたのである
前述の比率の通り、初期の姿は全体の1/3の要素であり最終段階がいわゆる完成形の状態である以上、本質的な部分ではない
にもかかわらずイベントステージで公開されたのはそのガワであり、再臨(進化)段階で演出と宝具名称が変わるという情報のみだった
そして実装当日の告知にも同様の形で情報が掲載されガチャが実装された
私はイベントを触る前にガチャを回し、再臨させて上記の事実を知りそのままフェードアウトしてしまったが、時限式シナリオとの記載があったので恐らくイベント上でも数日はこの再臨による変化は明かされないのだろう
キャラクターを売り物にする上で「初出のキャラクターで」「宣伝に出した見た目が」「実際には別物に化ける」というのは消費者を馬鹿にしていると私は思う
過去の例で言えば同じくシナリオ上のギミックになる(と思われる)キアラの様に後から追加される、だとか
カーマと同様に別キャラクターのように外見が変化するサリエリの様に登場シナリオをクリア後に追加される、だとかなら私は何も言わない
初登場の時点でガチャという商品に追加したなら「外見で気に入る」か「なんとなく」で回すくらいしかないのにその外見を裏切る行為をまともだとは思えない
FGOというタイトルはシナリオを売りにしていることもあり、これが今回のイベント及び次の2部シナリオにおけるシナリオギミックであろうことは理解する
だがその上で提供者の「やりたい」の為に消費者に犠牲を強いることが真っ当な行いだろうか
過去の例と同様に後からの追加で良かったではないか、商業的にはマイナスでもメインシナリオを年内にやりたいからとクリスマスを前倒しにしたFGOなら出来たではないかと思うのだ
カーマの依代肉体年齢は不詳なのでキリよく10歳とするが、10歳から20歳、20歳から30歳、30歳から40歳と成長するにあたり、一番が意見変化が大きいのは「子供から大人」であるのは誰でも分かる
現実的にも成長期を介する時点で人によっては「これ誰?」くらいの変化があるのは経験しているだろう
子供から大人に変化するというのは壮年から老齢に変化するような大きな話なのだ
初見で一目惚れしたキャラクターが再臨した瞬間、老人になったら素直に「やったぜ」と言えるだろうか
リアルな人間の付き合いなら外見の変化は些細なことかもしれないが、付き合いすら発生していないキャラクタービジネスでやられても困る
正直今回の件について怒りを覚えているのはごく少数ではあると思う
大多数の人には「なにキレてんだコイツ」としか見えないだろうし理解もされないと思う
「初登場キャラクターの見た目を気に入って、無償石ではなく有償石を購入し、手に入れたものは外見が大きく別物になるものだった」などという体験は通常ほぼできないというのもある
FGOにおける再臨はごく一部のケースを除いて服装が変わる程度のもので告知にも宝具の演出と名前が変わるとあった、という「常識的にこうなるだろう」という思い込みもあった
それでも私にとって今回の事案は詐欺でしかなく、運営元の両社はこういった行いを平然とするものだと認識をしたのでこの備忘録を持って引退とする
ミュージカル好きな母や友人、ツイッターに思いの丈を吐き出してもまだ足りない。一月前くらいからずっと抱えていた怒りやモヤモヤ。
推しの写真を見ても癒されず、むしろ雑誌のインタビューを読むたびに虚無感が増す。
あまりにも虚無だった。
まだしばらく虚無を引きずってしまう自分が見える。よってこんなところに吐き出しています。
暫く前に2.5の舞台界隈で虚無リンピックというものが流行っていた。
わたしは幸運なことに、舞台を見たことを後悔するほどの虚無にぶつかったことはなかった。
いや正確には一度あったが、すっかり忘れていたそれまで思い出されてしまうほどの衝撃だった。
先日、ミュージカル ロミオ&ジュリエットが個人的虚無リンピックの堂々たる一位に君臨した。
他のミュージカル音楽を垂れ流して聴かないと癒されないほどの虚無である。とにかく虚無だった。
演者さんは悪くない。歌も別に悪くない。というかむしろ良かったんではないかと思う。エメ大好き。
演出がとにかくクソだった。
わたしは演出の小池修一郎先生のことを凄い人だと陰ながら尊敬していたし、本当にすごいひとだし(なんせ第一線で活躍し続けている演出家である)しかしこのたった一公演でその印象が逆転するほどのクソさだった。
わたしは、これからミュージカルを観に行こう、チケットを買おう、という方々に、このロミオ&ジュリエットは絶対にお勧めしない。これがミュージカルだと思われたら困る。もっと素晴らしいミュージカルは山ほどある。なんならあの空耳ミュージカルテニスの王子様の方がずっと面白い。
そしてシェイクスピアに謝罪したくなってしまった。2019年の日本にこのようなミュージカルがあることを。ホント、ごめんシェイクスピア。
ミュージカル ロミオ&ジュリエット を知っていますか。今年は東京から三都市を巡り公演し、先日千秋楽を迎えたミュージカルです。
様々な国で上演されており、日本では今回のミュージカルの他に宝塚でも公演していました。宝塚のもののほうが有名だと思います。
そして多分、今回のものでなければ演出はかなり普通だと思う。多分。
ですがもし、この前そのミュージカルを見て感動した!という方は下の文を読まないで下さい。読んだらだめです。批判しかしていません。気分を害すだけです。道端のウンコに好き好んで足を突っ込むようなものです。
前書き、経緯を説明しますと、わたしはシェイクスピアに興味があるわけではありません。シェイクスピアと友達なわけでもない。
ロミオ&ジュリエットを観に行ったのは、推しの俳優が出ていたからです。
小池先生の演出だし、あまりにも有名な作品だし、履修しておくか、という軽い気持ちだった。
歌は城田優が俺たちが王になる〜みたいな曲をどっかの番組で歌っていたのを聞いたことがあるかな、ぐらいの印象。
原作を読んだことがないのは失礼かと思い観劇前、本屋にロミオとジュリエットの日本語訳を買いに行った。読んだ。結果は撃沈だった。
原文がどうなってるのか知らないが、難解だ難解だと聞くので原文も難しいんだろう。日本語訳も下手くそなのか、その辺はわからないのだがたった数十ページ読んだだけで読み進める気はなくなってしまった。シェイクスピアさんごめんなさい。わたしには無理でした。
ただ、ロミオとジュリエットの内容はよく高校の演劇でもやっているくらいとても有名だし、Wikipediaに載っている内容を改めて見ても理解の難しいものではない。
だから言い回しの問題さえ解決できれば、みんなシェイクスピアに興味が持てると思うし、読みやすくなると思う。
自分のことを棚に上げてなんだけど、もっと誰か理解しやすくしてくれないだろうかとミュージカルに行く前にひっそり思っていた。
歌舞伎だって言い回しが小難しくて投げてしまったのだが、現代語訳されたものはとても面白くて楽しめたのと一緒で。
だからロミジュリの歌唱披露をYoutubeで見たときに、不安を感じつつも期待があった。演者たちはジーンズを履いていて、ジュリエットも可愛い感じのドレスを着ている。若者向けっぽかった。内容をわかりやすくしてくれてるんだろうなと思ってしまった。
あとミュージカルロミジュリは今まで何公演も重ねてきたミュージカルで、支持する人が多くいたようなのでそういう意味でも安心していた。
はじまると、ダンサーたちのダンスと衣装と髪色に度肝を抜かれてしまった。緑、青、グレー、赤。
モンタギュー家の旗とキャピュレット家の旗を鉄格子の上で振り回す若者。いかにも安そうな、場末のバンドマンが持っていそうなロゴ入りの旗である。
え、安いテリトリー争い?なんだこれ。
どう見てもみんなパリピみたいな、ストリート系の格好をしている。めっちゃかっこいいダンスで抗争してる。
これ両家の深い確執と恋の話じゃなかったっけ?わたしHiGH&LOW見てるもしかして?縄張り争いするヤンキーたちの話?懐かしの魔法のiらんどの実写?映画館きた?
衣装のデザイナーさんとセンスが、破滅的なほどセンスが合わない。これなに?ほんとにシェイクスピア???
べつにテニスウェアを着てようが貴族のカツラ被ってようがどちらもミュージカルなので格好はぶっちゃけどうでもいいのだが、これは原作シェイクスピアである。何度も言う。
ティボルトが颯爽と出てきて歌い出す、モンタギュー家の若者と喧嘩をしている、しかし彼らがしているのは地方のヤンキーの領土争いにしか見えない。あるはずのない改造バイクの幻影までもが見えそうだ。
しょっぱなからこんな演出で、キャピュレット夫人やモンタギュー夫人が、争いは不毛で我々は生まれた時からあの家への敵意を植え付けられ教育されるの〜もうやめて〜と歌っても、たとえ歌がうまかろうが虚無である。演出が安いからだ。悲壮感ゼロ。確執とは。
この確執が安くなると、なんでロミオとジュリエットが結婚できないのか、そこらへんの理由づけたる物語の根幹がぺらっっぺらのコピー用紙のような薄さになってしまう。つまり全部が虚無と化す。
いなくなったロミオを森に探しに行くシーンがあるのだが、ここで携帯電話初出である。え、シェイクスピアの登場人物がスマホ持ってるんですけど。
ロミオいないから探して、送信!っと!とマーキューシオ?が言うのだが、そこでもええ‥と虚無に陥った。
ツイッターかラインのグループか知らないが、ここは一体どこの時代設定なんですか。ロミオ探しってインスタのハッシュタグだったりしてね。あとからモンタギューのポラロイド写真も出てきたし。
#ロミオをさがして #大切な仲間 とかつけてたら想像だけで虚無。わたしの心が死んだ。泣きたい。でもそんくらい時代設定がグズグズだった。
その後ロミオが、俺のために生まれてきた女の子を探しているんだ‥と夢見がちなことを言うのだが、携帯電話を持ち合わせているのだから何も街の女の子から運命を探さず出会い系サイトでも登録して女漁りをすればいいのである。どこにでもナンパにいきたまえよ。なんでそこだけ昭和なの。
ちなみに一番最初に出てきたジュリエットも、ドレスにスカジャンを着ていました。スカジャン。
これ魔法のiらんどで履修した内容に沿って解説しますと、彼女は敵対してるヤンキーグループのリーダーの美少女妹ですね。
ティボルトはずっとジュリエットのことが好きだったと歌うのだが、不憫萌えのジャンルを開拓しにきているので魔法のiらんどの履修内容だとSSが一本書けるタイプの登場人物です。
そのあともヤンキーたちの集団がお前どっかのロッカーかよ、と言ったり、走れメロスかよ〜と突っ込んだり、些細なセリフでここはどこの国でしたっけ?これ、どこの時代でしたっけ?と虚無に陥る。
現代っぽくわかりやすくしてくれるのはいいんだけど、全てに一貫性を持たせないと全体の印象がぐちゃぐちゃになる。やりたいことがわからない。
そのくせロミオとジュリエットが出会うのはやはり仮面舞踏会である。婚活パーティーで出会ったほうがよほどわかりやすいのに。
きらきらのネオンと安そうな膝丈ドレス。なんでこの衣装とセットにしたんだ。やっぱ婚活パーティーだろここ。
こんな頭の悪そうな、品性のかけらもなさそうな坊やたちの仮面舞踏会。虚無。
チェーンメールを回してみたり、ロミオとジュリエットの結婚の噂も携帯から回ったり。挙げ句の果てにはロミオがジュリエットに君の番号教えて?と聞く。
この2人の場合は両一目惚れなので当てはまらないかもしれないが、一目惚れした〜かわいい〜きみの番号教えて、と迫る謎のナンパ師は今でも池袋に存在する。
目眩。まじで。
ジュリエットには時間がないとはいえ、わたしが彼女の乳母ならそんなバカそうな男は絶対にダメだと忠告している。家柄とかじゃない。バカだからだ。
こんな感じで、登場人物の知能指数が全体的に低すぎる。賢い人間が存在しない。
こんなやつらから世界が展開しているのだから、いがみ合って殺されようが感動なんてゼロだ。地方のヤンキーの抗争に世間の目が冷たいのと同じである。
お前らが馬鹿だからベンヴォーリオもティボルトもロミオもジュリエットも死にます。
おお神よ〜運命よ〜ってわかるじゃん。お前らがバカだからじゃん。
司教お前もだよ。大事なことはちゃんと電話しろってママに教わらなかったの。
ジュリエットが仮死状態になることロミオにメールしとくね〜迎えきてねって!あれ返事ないなぁ〜!ロミオ〜?じゃねえんだよ馬鹿愚か。電話しろ早く。
街を追放された時に既存の連絡先全部消してたらあんな衝撃的な顔をしないので、人を1人殺してもロミオは今までの交友関係を携帯電話に残して大事にするつもりだったということである。いつか街戻る気満々じゃねえか。携帯処分させなかった大公やっぱり処分甘すぎるんとちゃいますか?!
ツッコミが追いつかない
死体の前で泣いてないで全員並べ。泣きたいのはわたしのほうだよ。
推しの知能指数も30になっているので見ていて虚無である。推しがバカになっている。
どうして。
ロミオ&ジュリエットの演出がクソだからです。こんな内容でDVDとか、推しが出ていても買いたくない。
多分、あの携帯電話がないだけで随分マシになる。
もしくはもうロミジュリって名前をつけないでほしい。懐かしの魔法のiらんどのミュージカルですって言われたら何も文句はない。そのわりには歌もダンスも上手いですけど。
ロミジュリの言い回し簡単にしてほしいって思ってたよ、思ってました!だけどここまで中学生向けにしろって、誰が求めてたわけ。
わたしはシェイクスピアと友達じゃない、ろくに読んだことすらない。でもシェイクスピアが可哀想。こんなに安くされて。シェイクスピアの叩き売りかよ。
学芸会じゃないんだからもっとちゃんとシェイクスピアにしてほしい。これじゃ登場人物みんなチンパン。
ファッキンクソ。2.5でも原作をここまで蔑ろにしているのではと思ってしまう作品に出会ったことはない。モーツァルト!やマリーアントワネットだって、過去の実在の人物へのリスペクトあってこそのミュージカルなのである。
シェイクスピアの原作はもっとマトモであり感動できるはず、でなければここまで名作扱いされていないと思うので、シェイクスピアの原作を理解しようとこれからきちんとつとめようと思います。とにかくこれを吐き出したかった
ただそれだけです
そのアプリはだいたい1年くらい配信されてて、わりとキッズも多い
内容の掘り下げとかストーリーモードとかは初期キャラぐらいにしかないんだけど、ある程度のキャラ説明はあって、不遇な家庭環境の女の子が好きになった
自分的にはその女の子は気弱で頭が悪くて敬語系のキャラと思ってたし、それで萌えてた
実際のところ賢くて気が強そうで姉御っぽい感じのしゃべりと内容だった
ずっと〇〇ちゃんかわいい!ってはしゃいでたフォロワーも賢い〇〇ちゃんだ!最高って掌を返した
自分が好きなのは、公式の〇〇ちゃんじゃなくて、気弱で敬語で頭が悪い〇〇ちゃんであって ガワだけが同じの別人にまっっっっっっったく萌えられない
気弱だから萌えてたのに おまえらだって今まで萌えてたくせに なんですぐ順応できるのかがわからない
根がいわゆる公式厨だから割り切ることもできない ふざけんなよ 今まで無難なキャラ設定しか発表してこなかったくせになんで固まったところでぶち壊そうとしてくるんだよ