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はてなキーワード: 一助とは

2021-08-16

anond:20210816173005

歴史書より先に、地政学関連の書籍を読んだ方が見通しが良くなると思う。

やや古いけれど中公新書の『地政学入門』とか読んでみてはどうだろうか?西欧大国にとってのアフガニスタン周辺地域重要評価や、それを巡る思惑を掴むと、理解一助になると思う。

2021-07-28

anond:20210728144354

しょうがないと思う。女という価値を捨てた結果、女と言う概念曖昧になりスポーツでは活躍できなくなる。

それは実際女子がやっていたのは(器械体操体操フィギア系を除き)『女子スポーツ』であって

女子スポーツ女性男性性獲得の一助となったのは長い時代の一部だったんだろう

資本主義社会は「一点において」差別し優秀な人材を手に入れるものなのだから

女子スポーツ女子しか活躍できないようなスポーツを発掘していくべきだし、結果的にいろいろな器具もの女性向けに開発されるきっかけになるんじゃないか

2021-07-27

いかげん、五輪中止を叫ぶはてサ諸氏は、負けを認めろよ

はっきり断言するが、いまここで東京五輪を中止すれば、コロナ感染者はむしろ激増するよ。

未だに五輪中止を叫ぶはてサ諸氏には気の毒だが、すでに局面は完全に変わった。

そもそもコロナ予防の特効薬は「外出自粛」だが、既報の通り緊急事態宣言による外出自粛の効果はほぼなくなっている。

●【独自都民の「外出自粛率」どんどん低下、流行前と同程度に…目立つ10~20代

https://www.yomiuri.co.jp/national/20210709-OYT1T50079/

本来7,8月は行楽シーズンなわけで、実際、今朝(7/27)のテレビ朝日モーニングショーによれば、人出が羽田空港で15%増、栃木日光で32%増、長野上高地で69%増だそうだ。

この、一年で最も人出が増す行楽シーズンに、如何に「外出自粛」を実現するかだが、強力なコンテンツとして五輪観戦がある。。。というかそれしかない。

実際、あれほど五輪中止が叫ばれて、例えば五輪ボランティアの方々は「石をぶつけられるんじゃないか」と懸念される方もいらっしゃったようだが、蓋を開けてみれば五輪関連の視聴率は恐るべき数字を叩き出している。

例えば、北野武がこき下ろした五輪開会式で56.4%。単純計算で7062万人が鑑賞したことになるらしい。これはリオ五輪の2倍だ。

東京五輪開会式生放送を見た人は約7062万人 ビデオリサーチ推計

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2107/26/news123.html

開会式視聴率56・4%、リオの2倍以上…1964年の東京五輪に迫る

https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210726-OYT1T50143/

昨日(7/26)で言えば、水谷伊藤金メダルを取った卓球混合ダブルス決勝で、なんと最高視聴率40%。

卓球金メダル決定の瞬間、最高視聴率は40%超

https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210727-OYT1T50228/

他、軒並み高視聴率を叩き出している。

●『東京2020オリンピックサッカー柔道ソフトボールなど高視聴率

https://news.mynavi.jp/article/20210726-1930776/

現実に、五輪が開幕し東京都心の人出は減少したようで、先のモーニングショーによれば、日曜(7/25)午後3時の人出は前週同時間帯比で、渋谷駅14%減、新宿駅17%減、銀座18%減だそうだ。

東京都心への人出減少は、行楽地へ遠出したからとの説もあるようだが、「明日銀座へ行かずに日光に行こ!」とかいう人なんているか?)

現在において、『自宅での五輪観戦』にかわる「外出自粛」を実現できるコンテンツがあるなら紹介してほしい。

逆に今時の感染拡大の主要因は、五輪開催前に接触する機会があった人か、連休中に五輪を嫌って行楽地へ行った人だとも言えるだろう。

もっと言えば、五輪中止を叫び五輪を嫌わせた結果、はてサ諸氏はむしろコロナ感染拡大に一助たかもしれないのだ。

もう一度はっきり言おう。コロナ感染拡大防止の特効薬は『自宅での五輪観戦』だと。

しろコロナ感染拡大防止を真剣に訴えているはてサ諸氏こそが、『五輪継続』と『自宅での五輪観戦』を推進すべきではないのか。

2021-07-22

anond:20210722083131

相手側の指示が気持ちがわからないってのが根本なんだから相手側の気持ち想像できる一助になればという話だったんだが言葉足らずだったな

それでも俺は人々の物語愛を信じている

今、はてな小山田批判の次くらいに熱い、ルックバック統合失調症患者問題

俺は基本的にあの批判に関しては否定的に見ている。

ただ、一方で、漫画描写統合失調症患者偏見を強めるという意見に関しては完全に否定できるモノではないとも思っている。

統合失調症患者描写に限らず、また「差別助長する」と言われるような描写に限らず、あらゆる物語は正負を問わず人に影響を及ぼし、社会価値観形成一助になるだけの力を持っているモノだ。

その力を無視して「漫画描写偏見助長することなどない!」というのは、あまりにもご都合が過ぎるだろう。

だが、それでも俺は「差別助長するのでああい描写はするべきではない」という意見には頷かない。頷けない。

それは身も蓋もない話だが、物語の持つ悪影響ということを言い出したら際限がなくなってしまうからだ。

マンガに男の殺人鬼が出てきたからといって「男は全員殺人鬼だ」と思う奴はいない(anond:20210719195613

追記 引用元を間違えていた。正しくは → anond:20210719205459

という意見は極論ではあるが、同時に本質でもあると思う。

どんな属性人間が悪役と描かれていたって、それはその属性=悪とする歪んだ価値観固定化に繋がる可能性は十分にあり得る。

あるいはどんな作品だってわずかな敵キャラの悪行の描写から読者に悪徳を学ばせ得るし、可愛い女の子キャラクターの姿が視聴者に不健全な形での性的衝動を呼び起こす可能性はあるし、不健康嗜好品を嗜む姿で閲覧者に自分もと思わせてしま危険性はある。

もし、そうした可能性を逐一あげつらって許さないと言っていたら、世の中の物語の9割以上が死に絶える。

大人気ヒット作も、歴史的な名著も、殺され尽くす。残るのは道徳教科書教育的な物語くらいではないか

いや、度々、道徳とは何かという議論が起きていることを思えば、人々の考える正義の違いによってそうした物語も誰かにアウト認定されるだろうか。

「それは暴論だ、程度の問題がある」という人もいるだろう。

だけど、「程度の問題」なんて言うのは大嘘だ。

そもそもルックバックの描写が『程度』を大きく逸して邪悪描写をしていたかと言われたら、そんなことはないだろう。

素直に読めば、あの殺人犯物語においてただ理不尽な死を与えてくる存在というだけで、それ以上にフォーカスされるような点はないキャラクターだ。

批判している人たちだって、おそらくその半分くらいは批判のバズりを目にしていなかったら気にも留めなかっただろうし、多少「ん?」と描写に引っ掛かりを覚えた人だってこれが無名新人作品だったらわざわざ声をあげなかった人がほとんどなのではないだろうか?

ハッキリ言って、あの程度で許されざる描写認定してしまうなら、どんな物語からでもいくらだって批判点を見つけることができてしまうハズだ。

結局、批判やり玉にあがるかどうかに『程度』なんて基準はなく、流行ものの人気作だから、人気がなくて誰かも擁護されないから、インフルエンサー批判しているから、マスメディア擁護しているから、キモオタしか読んでないから、馬鹿大衆しか持ち上げていないから、芸術的価値がないから、評論家気取りが持ち上げているから、俺が気に入らないから──、人々のそんなお気持ち次第でどうとでもなってしまものなのだ

もしも本気で人々に悪影響を及ぼす描写規制を考えるなら、そのような恣意的極まる基準規制することは断じて許されない。

少しでも偏見や加害や悪徳を生む描写は一律禁止にするしかない。

だが、果たして世の人々はそんな社会を望むだろうか?

もしも、あなたが「偏見を生まないためなら、あらゆる物語を殺して回るべきだ」というのなら、それはそれで良い。

それは筋の通った一つの意見だ。

だけど俺は僅かな偏見の種を積むためだけに人々から物語を奪うことの方がより重篤人権侵害だと考える。

そして、人々がこのどちらの意見を支持するか考えた時、俺は人々は物語を守る方を選んでくれると信じている。

まだ人類言葉すら持っていない頃から物語は連綿と紡がれ続け、今日まで人々に愛され続け、生み出され続けてきた。

そんな物語人類が手放す日はけっして来ないと俺は信じている。

ルックバックの描写一つではなく、あらゆる物語の『正しくない』描写全てを秤にかけた時、人々が物語を守る方向に傾いていくれることを願っている。

からルックバック批判に関しては、俺は一人の物語愛好家として強く否定をするし、もしもあなたルックバックの殺人犯描写批判するというのなら、その時、あなたの好きな作品も含めたあらゆる物語を殺し尽くすだけの覚悟があってその批判を行っているのか考え直してほしいとも思う。




追記

様々なご意見をいただいている中で、気になったこと、というか聞きたいことがあったので追記

表現の自由批判も認められるべき」という中立的意見が幾つも出てきているけど、そういう意見人達はどこに落とし所を想定しているのだろう?

「その表現は人々や社会に悪影響を及ぼす良くない表現だ」という批判は、その表現存在のものを悪と認定するものだと俺は思っているのだけど、中立派はそうは思ってはいないのだろうか?

それとも、「邪悪だけど存在は許すよ」という立場なのだろうか?

自身表現の及ぼす悪影響というモノは認める立場だけど、でもその悪影響をあって当たり前のことと受け入れるのではなく批判という対応を取るのなら、それは「その表現を許さない」という表現への殺意の表明なのではないかと受け止めている。

言い方は悪いが、「悪だとは叩くけど、その表現の命に自分から手をくだすつもりはありませんよ」という態度は、卑怯責任逃れなんじゃないかとさえ思う。

自分なりの落とし所を持っている人がいたら教えてほしい。


shinonomen 批判=表現規制ではない。批判のお陰で読者は統合失調症への偏見留意することができた。自由創作批判の双方を享受できる状態が最も健全だ。

あと、特に気になったのはこの意見

統合失調症への偏見留意する」機会を作るなら、「この表現は良くない」と批判するのではなく、「統合失調症の人もそうでない人と同じで、人を殺す人もいればそうでない人もいますよ」とフラット啓蒙するだけで良くない?

なんでそのために作品を叩くというネガティブ方法を取ってしまうのだろう。

もっとポジティブ方法はないのだろうか?

どうせならその啓蒙が「普通統合失調症患者」の物語を描くという手法だったら、物語好きとしては素敵だなと思うけど。

2021-07-21

ゴンドゥー続投するってよ

これで真摯子どもたちが音楽を楽しむ一助となる番組作りなんてできるんですか?

いやーこれは担当者〇〇喰らえですねえ。

これはフィクションです。勿論実在人物とは関係ありませんよ。

2021-07-13

anond:20210713061303

4chanとかRedditに入り浸ってる勢は「Vaporwaveこそ」って言いすぎで、元増田オタク文化こそとどっこいどっこいだ。

結局増田レベルデマ増幅。



物事には順番とか時系列というものがあって、それの辻褄が合わないのは、バイアスではなく、間違いかウソです。「vaporwaveは4chanとかreddit発の文化」という主張には、バイアスはかかってるかもしれないけど、少なくともウソではありません。でも、

それはすべてアニメゲームライトノベルを筆頭とするおたくカルチャーに付随して流行したものだ。

40歳以上のおたくカルチャーを毛嫌いしている人が多い世代には理解しがたいかもしれないがそれ以外に原因はない。

Vaporwaveもシティポップも全部海外オタクカルチャーに興味があったり、オタクの人が広めたものだ。

は、明らかに虚偽です。このあたりの音楽を聞いてきた人なら、シティポップやvaporwaveをろくに知らない(たぶんまともに聞いてもいない)書き手一知半解で書いてるのがすぐわかります

シティポップもvaporwaveも知らない奴を騙して、オタク文化賞揚の一助にしたい」という動機増田自身にあるのか、誰か別の人の言説をそのまま鵜呑みにして繰り返しているのか、どっちなのかはわかりませんが、少なくともこういう人達基本的認識の誤りを指摘したとき

4chanとかRedditに入り浸ってる勢は「Vaporwaveこそ」って言いすぎで、元増田オタク文化こそとどっこいどっこいだ。

結局増田レベルデマ増幅。

なんて言われる筋合いはないと思います4chanとかRedditに入り浸ってる勢が元増田オタク文化とどっこいどっこいだというなら「4chanreddit発の文化なんてくだらない、相手にするな」と言えばいいじゃないですか。なぜ自分が軽視している文化の中で、自分が好む趣味フォーカスされたときに、そのことを自分趣味の「良さ」の証拠として持ち出すんですか? 他のコミュニティ文化に認められたい、認めてもらって嬉しいという気持ちがあるなら、まず自分が他のコミュニティ文化を認めましょうよ。

先にも書いたように、vaporwareオタク文化と密接な繋がりがあります。でも、少なくともvaporwave末期までは、その中でアニメ重要リファレンスではありませんでした。初期〜中期のvaporwaveムーブメントには、techgeekやレトロ映像フェチなど、アニオタとは畑違いのジャンルオタク達が深く関わっていました。そういう人々の存在を消し去りながら、「アニメラノベがvaporwave含めシティポップ隆盛の原動力になっていた」という虚偽のストーリーを流布するのは、オタク文化全体への敬意が欠ける行為だと思いませんか。

アニメオタクラノベオタク趣味の素晴らしさを承認してほしいという気持ちから完全な歴史的虚構を作り出し、それを信じ込むことは、他ジャンルオタクたちの活動実態や熱意を無視し、その創作物価値簒奪する行為でもあります。つまりオタク自己承認のためにやっていることが、結局はオタクとしての自己否定を招くことになるのです。そのことの意味を、元増田にはよく考えてほしいですね。

2021-07-12

病気」と診断を受ける意味

かつて自分ネットで絡まれた奴の一人にやべーやつがいた。

そいつは一つの国語表現固執するあまり不特定多数に自説を吹聴して回り、

あまつさえ特定国語学者のアンチまで務めるという壊れっぷりであった。

自分国語表現の正しさには素人なりに厳しいつもりであるが、

流石に目に余るのでそいつプロフィールを見たところ「発達障害」という文字列が入っていた、

ああそういうことね、と冷たくレスを返してみると、案の定相手がいきり立ったものである

ひたすら自説の正当性大義名分を主張しヒートアップしていく一方、

発達障害のものには一言も触れることはなかった。


私はそれを見て、かわいそうなやつだなと思った一方、

「なんのためにこいつは発達障害自称しているのか」と思ったものである

自分素人なので詳しいことは知らんが、ネットちょっと調べた限りでは、

発達障害はどうでもいいことに固執する傾向がある」というような話があった。

(下手に曲解するといけないので、そういうふわふわした理解にとどめておく。)

その性質自覚しているなら、そうなっていると指摘された時に、

「すまんな」「ええんやで」とならなくては意味がないのではないか

逆に言えば、それができないのが発達障害なのかもしれんが。

いずれにしろ、彼が発達障害と診断された意味微塵も感じられなかったのである




そういえばもう一つ、「病気の診断」に関して思うことがあった。

一昔前に「新型うつ」という概念流行たころ、それを否定する風潮が強かった。

お茶の間にとって「うつ」とは「常に気分が落ち込んでいるべきもの」という偏見があった時代で、

(あるいは今もそう変わってはいないのかもしれないが、少なくともメディアの扱い方は違う気もする)

「やるべきことに直面すると落ち込む、解放されると嘘みたいに明るくなる」という新型うつを見て、

「甘え」や「仮病」の二文字が頭に浮かぶ人は少なくなかったであろうと思われる。

その様子を見ていた自分は当時まだ子供であったが、子供なりにその風潮を憂えたものであった。


いざ自身大人になってみると、うつ病の人が周囲にちらほら出てくるようになる。

私の交友関係はだいぶ狭いほうだが、それでもあんな人やこんな人がカウンセリングを受けている。

仕事で心を破壊された気の毒な人もいれば、体育大学に通いながら精神を病んでしまった人もいる。

健全精神健全な肉体に宿れかし。そう思わずはいられない。

無知の知ではないが、うつ病とはわからものだなという事だけがわかってくる一方、

彼らが日々己の心身と闘っている様子が切実に見えてくるものである


しかしながら、うつ病患者からといって100%同情されるわけでもない。

知人のとあるうつ病患者は、日々の体調管理すら苦労している様子が見て取れる一方、

もともと愚痴が多いうえに「かわいそうな自分」に酔うタイプであった。

それを日々聞かされる周囲の人はだんだんと耐えられなくなり、距離を置くようになってしまっていた。

うつ病であることそのものではなく、自分に酔うことを苦々しく見られていたのである


私の身内にも距離を置かれているうつ病患者がいる。

元々ヒステリックな部分があり、機嫌がコロコロ変わりやすく、

子供のころから見ていた自分は「こいつ病気なんじゃね」と思っていた。

私が大人になるにつれて傾向は見えてくるようになり、

どうやら忙しいだとか面倒なことが控えると機嫌が悪くなり、

思うようにならないことがあると、それをしばらく引きずる形でまた機嫌が悪くなるようであった。

それにもかかわらず自身勝手なこだわりでタスクを増やし、

頼れるものに頼ろうとしても結局文句ばかりで一向に楽になろうとせず、

そうして忙しくなるとまた機嫌が悪くなるというマッチポンプばかりをしていた。

ネットを通して「そういう人もいる」という知見を得て、そういう人なら仕方ないなと思っていた矢先、

本人からうつ病であると打ち明けられたのである診断書を見せられるでもなく。

そのとき私が抱いた感情は「かわいそう」とか「お気の毒」ではなく、

申し訳ないが「それ見たことか」「何を今更」「で?これからどうする?」という気持ちであり、

正直言って同情は一切わかなかったものであった。

なぜなら自らを病に落とし込んでいるようにしか見えなかったかである




近年は様々な病気、あるいはナントカ症というものが多数生まれてきている。

先日某ラジオでも取り上げられていたが、とくに恐怖症になると枚挙にいとまがない。

お酒恐怖症でーす!なぜなら目の前にあったら飲んじゃうから!違うかw」という投稿には個人的にムカついたが、

ほとんどは「落ち着きをなくす」「立っていられなくなる」のような割と切実な訴えであったし、

自身の友人知からもそういう話は聞いたり、あるいは付き合ってきたものである

そうした新たな病気やらなにやらというものの周知が試みられているのもまた現代であるが、

じゃあすべて見て聞いて覚えられるかと言えば、そんな余裕は多忙な一個人にはないし、

公の場で突然異変を起こした人を「あ!これネットで見たやつだ!」と100%適切に助けられる自信もない。

ましてや「病気認定差別的ものになりうることは過去現代も同じであり、

無垢マイノリティの方々が切実な訴えをなさっては、様々な人間が入り乱れて大騒ぎになるところである


では「病気」という診断は何のために存在するのか?百害あって一利なしなのか?

そもそも病気」は「病気」のレベルでなければいけないのか?

私はそうは思わない、というか、「病気」だけが特別である必要がないと思う。




西川貴教という歌手がいる。

彼はかなり前に、声帯ポリープ発見されたことがあったらしい。

声を出すお仕事の人にとっては特に厄介な病気であり、切除をしてしばらくお休みをいただくのが常である

しかし彼は「付き合っていけば味になる」と割り切り、手術をしなかったというのである

そのせいもあってか度々喉の不調で活動休止ということもあったようなのだが、

2011年の時には「プロとして情けない」とツイートした履歴もある。

そういう心持ちでいらっしゃることがまさしくプロである


身体と心の不調では話が違う、と言われるかもしれない。

しかしながら私が言いたいのは、彼はある種の病を「個性」として受け入れたということである

先ほど述べたように現代病気の種類が増えていく一方で、

病気とまでは言われないものや、単なる性格に過ぎないものも細分化されつつあるように感じる。

あなたはこだわり屋さんです」とか「あなたネガティブです」とか言われても、

それは正式病気や障碍ではないし、なんらかの公的な援助が受けられるわけでもない。

あるいは病気や障碍とまでは言い切れない「グレーゾーン」なるもの存在するようである

そういう「個性」が明らかになったときに、自分はどうするのか?

自分がその個性とどう「付き合ってい」くか考えていくべきなのではないか


もちろん病気や障碍には「どうにもならない」「仕方がない」部分はあるし、それに伴う人並み以上の苦労もある。

では病気や障碍であるからといって何もかも許されるのか?

自身身体コントロールできない病なら、どんなに偉そうにして厚かまし要求をしてもいいのか?

自身精神コントロールできない病なら、コントロールを諦めて好き勝手罵詈雑言を吐いてもいいのか?

一般人にとっては、大義名分があるから批判することは難しい。でも人として嫌な思いはする。

そうして直言を受けることなく、一部の優しい人に甘やかされ続け、他の人からは疎まれ

傍若無人にしてある種の孤独モンスター、言い換えれば「裸の王様」が生まれる。

とくにマイノリティにおける過激派は、どいつもこいつもこうなってはいいか




実は私も一度だけ、カウンセリングをすすめられたことがある。

相手は肉親でも何でもない、大学一助教授であった。

大学の授業に通えていない現状を憂えてのことであったと思われる。

当時の自分は「怠けているだけなのに病院に行かせてくださいだなんて…」と、

周囲に言い訳がつかないからと助言を封殺したのであるが、

今思うと「たとえ病気でなくても」医者にかかったほうがよかったのではないかと思っている。

自分が怠けてしまう原因を明らかにできたかもしれないから。


結局二度と機会は訪れなかった私であるが、

大学時代におけるリアルネット交流を通じて多くのことを学び、

時には大きなトラブルを起こして教訓を肝に銘じ、

また時には友人からの諫言も受けつつ自分自分なりに成長させることができた。

かつては絵に描いたような「メンヘラ」だった私も、

今では精神疾患を冷静に分析し、自身客観的に見られるようになり始めた、と思う。

そうか?と思われるかもしれないが、少なくとも昔よりはマシである

なぜなら今思い返すと「昔の自分」が恥ずかしくて仕方ないかである

未だに昔の自分に同情する部分もないわけではないが、

一方で人の振り見て我が振り直すことも多くなった。

それだけ人の、自身の「醜さ」というものをより理解できるようになったのである

自身の気分の落ち込みも「これは見苦しいな」「こうすればおさまる」と自己分析し、

専門家によらないセルフコントロール自分なりに築き上げてきた。

そんな自分から見ると、コントロールのもの放棄している人が理解できないのである




現代科学西洋医学時代であり、「病気を治す」ことに邁進しているものと思う。

しかし一方で、「付き合っていく病気」というものは決して無くなるものではない。

今のコロナ禍においてもワクチン接種が進む一方で感染は防げない!と言われたり、

変異株に対する懸念が未だワイドショーをにぎわせている。

一方で人類は今まで毎年インフルエンザと付き合ってきており、

新たな生活習慣においては鳴りを潜めたことで、日々の感染対策重要性が浮き彫りになった。

ワクチン打てばかからない!でもなければ、タミフル飲めば大丈夫!でもなく、

自分ができることをして病気と付き合っていくことこそが大事であると改めて示されたものと思っている。


以前ネット上で「自分の機嫌は自分で取る」という言い回し話題になった時には、

元ネタを離れた曲解もあってか賛否両論を呼んだようであるが、

それができるかどうかはさておき、やろうと思わなければ始まらないのである

不機嫌な自分正当化するだけでは、だだをこねる子供と変わらないのである

自分の心をなだめてあげること。

心の不調の原因に向きあうこと。

それをやらずして「病気」に甘んじていては何の意味もないのである


人はたいてい、何かしらのハンデを抱えている。

それでも人は、一般人に混じって生きていかなくてはならない。

病気や障碍を隠して生きるよりかは、カミングアウトできる世の中であってほしいが、

カミングアウト免罪符と誤解している人間は、その秩序を乱してしまう。


自分に対しては、病気個性を認め、なるべくコントロールしてみよう。

他人に対しては、病気個性を認め、なるべく受け入れてあげよう。

それらが並立して初めて、やさしい世界体現できるのではないか




そんな自分の願望を尻目に、今日ネットの「病人」たちはレスバトルにいそしむのであった。

2021-07-11

子持ち専業主婦日記で書き散らしてた冨樫義博周りの妄言を公開する

10:56

冨樫義博作家性って誰か書いてないのかな

あの人の話って(ないことにされてる)デビューから最新作まで、何かしら通じるテーマ、また一貫性がある

てんで性悪キューピットからレベルEまで、話のオチっておんなじなのよ

例えば幽遊白書なら、人間界妖怪世界、二つの世界生き方、また価値観の相違があって、その架け橋になるのが主人公たちなのよね

で、結局その二つの世界と“人々”が行き交い繋がり合うところで幕が降りる

先生白書のほうでは、元アシスタントさんが冨樫先生は、「子供たちを楽しませるために書く」って明言してた箇所がある

の子供を楽しませる、という言葉意味を深掘りしてみると、また違った読み方が可能になる

もちろん少年漫画としてのフォーマットで、緊迫のバトルシーン、また友情努力勝利理想的少年少女像も描かれる

とはいえ、あの人の描写大人が見てもえげつなさを感じるものが多々ある

児童心理学のほうでは、子供にとって最も恐ろしいのは、自分世界情報から遮断されてると感じること…なんて言われてる

あの人は子供を楽しませるために、の他に、また別の主題があるんじゃないだろうか

砂糖をまぶしたようなユートピア的なおもしろおかし漫画でなく、現実で実際に起こってる恐ろしい事件出来事ファンタジー世界に落とし込んで描く

彼は真に子供たちのためを思って、あえて大人でも重いテーマ、また描写を繰り返し描いてるんじゃないだろうか

最近特に多様性ブーム”、“LGBTブーム”だなんて言われてるけど、彼は90年代からトランスジェンダー高校生主人公スポーツ漫画を書こうとしていた

レベルEでは(おそらく)インターセクシャルキャラや、またレズビアンについて踏み込んだ一章がある

この世界があまりいいもんじゃないのも、人間関係なんてめんどくさいだけなのも、人生が惨めなのも、そんなことある一定の年を重ねれば皆分かってるよね

でもだからこそ、理想に向けて努力すること、お互いを尊重し合いながら対話を重ねることが重要視される

冨樫先生はかなり初期から文化多元主義ジェンダー論、クィアスタディーズ先進国途上国搾取してゴミ押し付けること(この辺りはバーゼル条約環境レイシズムとか、流星街辺りの問題かな)などなど、いろんな社会問題に切り込んで来た作家だと思う

その作風はきっと、この惨めで誰も救われない世界で、子供たちがなんとか問題に立ち向かって、また世界をより良くして行くための一助になる、そんな後押しをするためのものだったのかと思う

まぁあと、大人としての責任感という見方も出来るかな

だってこのいびつ社会を作ったのは他ならない私たち大人だもん

少年ジャンプターゲット層は小学生から30代ぐらいの大人だって聞いた

大人として読む(また創り描く)としたら、作品内での残酷描写は避けられないだろう

またその意思無視して読むとしたら、受け手として無礼じゃないかとも思う

12:26

蟻篇あとのヒソカ人気下落、あれって選挙篇辺りがつまらない…よりかは、蟻篇が突出してたからじゃないか

まず蟻篇だとメルエムコムギ本来“分かり合えない”者同士が友愛で結ばれる、またコムギのような視覚障害者が才能を発揮する…とか、大切な友達を助けるために自分の命も惜しまない、弱い者を助けるために強い者が立ち上がる、もし罪を犯したとしても更生することが出来る、どんな姿になり果てても親子の情愛は不変のもの、そういう至極まっとうだけどいざ自分でやるとなったら難しい物事、ある種の人類普遍理想を描いちゃったからじゃないか

その後でヒソカとイルミがキルアたちを追い掛ける話なんて読んだら、大の大人子供相手に何してんの?って感じられても仕方ない…

それにヒソカは確かにキャラだったけど、王様とか会長には敵わなさそうじゃん

その上会長がもう常人には理解不可能な域まで修行でイッちゃって、ヒソカより手強い狂人キャラが出て来ちゃったわけだもん

ヒソカサイコパス診断で測れるタイプだけど、会長のはもうヤバいとこ行きまくりで誰も理解出来ないでしょ、感謝の正拳突きとかマジで意味不明じゃん…

あと、ネット上で書き込んでる人たちが大人として成長したって見方も出来るかな

中高生ぐらいで読んでたら頭が切れてヤバいことなんでもやっちゃえて、世間の枠組みから外れてもたった一人で生きてける…そんなアウトサイダーに惹かれるのは当然だろうしさ

でも今メインでハンタ追ってるのってとっくに成人済みの人たちでしょ

身も蓋もないこと言えばあれ単に人殺しだもんな

最近ヒソカへの幻滅って、別に悪いことじゃないし、今後のエピソードに期待大って印象かな

体とか心壊してんなら仕方ないけど、ただ面倒なだけなら冨樫仕事しろ

2021-07-05

スマホアプリ会社って根っからの転バイヤー精神なんだな

本来他の人が受けられたものをパクってきて、自分たちが施したかのようにニュースリリースに使う

ワクチン不足のなかこういうニュースリリースを出せばどういう反感を生むかも想像できない経営

こういう会社日本のあちこちにあるから、職域接種の新規受け入れ中止に陥ったのだろうよ

なにが炊き出しだよ

実際雇用している従業員の何倍ものワクチンをガメただけだろう?

日本のあちこち精査してみたら、うちの会社契約してくれたら我社の職域接種の枠で接種できますよって会社があってもおかしくない

コロナ禍において従業員及びスマートニュース関係者健康維持、そして地域社会への貢献を考え、職域接種の実施を決定しました。

特に地域の方々に対しては、「炊き出し精神」でワクチン接種を希望する方を受け入れ、職域接種を通じて新型コロナウイルス感染症の新たな発生を防ぎ、コロナ禍の収束に向けた一助になりたいと考えています

2021-06-29

anond:20210629132457

度々ご返信ありがとうございます

とてもご聡明増田さんにご指導ありがたいです。

文章力のなさゆえに伝わってるのか今一歩確信えないですが、そう「どういう対象として抽象化されているのか」のおそらく抽象化手法の種類が知りたい感じなんです。

でもないんですね。

そしてそれらはだいたい数学の中に内包されてるという前提でお話しなんですね。

自分としてはそういう見方を知る事が効率化の一助になるかなくらいの軽い気持ち質問したんですが、広大な数学理解していく事を考えるとむしろ遠回りになりそうです…

構造という言葉をそういう風に捉えた事はなかったですが、そう表現されるのもわかります

2021-06-18

anond:20210618004829

そうかもしれません。オタク生産者から受け取ったものをカタチにして情報を発信できれば、文化を耕す一助になり得ますね。

2021-06-06

適応障害悪化して死んでる時にSNSとか見るのやめよ。あと採用サイトアプリ消したしログアウトした。会社採用で使ってるから何かの一助になればと思ってみるようにしてたけど、害悪しかないわ。

いや、情報収集には役に立ったのでよかったよ。うん。

2021-05-25

anond:20210525001327

私もトラバしたのが多少なりとも言語化一助となったようでよかった。

だが夫が求めているものはおそらく永遠に手に入らないものなのだろう。

(もちろん何かがきっかけで急転直下の激変があるかもしれないが、見込みは相当薄いと言わざるを得ない。そうなれば一番良いに決まっているが)

気休めの希望など言っても仕方がない。

性欲モンスターと受け取ってしまう夫の感受性の強さもどうかと思うが、

まあ妻をなるべく悪者にしたくないという配慮から自責なのだろう。

だがスキンシップさえペットアウトソーシングしたがる妻の態度は、現実としてどうにも否定しようがないだろう。

口先だけ大人ぶって「このツラい壁を私が乗り越えれば全てが解決するのだろう」と殉教者ばりの決定も選択肢としてあるだろうが、

既に言及の通り、形式的にそれをやったところで心は絶対に偽れない。

なぜ夫はそこまでセックスをしたがり、なぜ妻はそこまでセックスをしたがらないのか・・・

あとは「真剣な悩み」を「セックスできなくて不機嫌」と処理する妻に若干のすれ違いはなくはないという余地はある気もする。

だとすれば単純な性欲の処理としてのセックスではなく、

あなたではなくてはダメなのだというような伝え方がまあ最後残っていなくはないのかもしれないけれど。

夫にせよ妻にせよ「セックスとは何か」という了解がお互いになく、

下手したらそれぞれ自身セックスとは何かがわかっていないのかもしれない。

まあ・・・セックスとは何か、がわかっている人なんて、大人でも誰もいないのかもしれないけれど。

妻はセックス自体忌避感があるのか、それとも理想セックス像はありながら夫がそれを提供できていないのか。

セックスに焦点を当てればいくらでも検討余地はあるだろうけれど、

・・・セックスをそこまで真摯に、誠実に語り合える夫婦というのは、実は、数えるほどしかいないのかもしれない。

誰もそれを語らず、確認もせず、

すれ違いながら、それでも社会的には何とか成立できるような夫婦関係家族関係を、かろうじて成立させているのかもしれない。

誰も、こんな話、してくれないよな。

夫婦ですらしないんだ。

赤の他人には、できないだろうな

2021-05-21

DJ社長の件ね。

結局は社会の仕組み・お金の仕組みを知らなかったのでイイようにやられてしまいました、ってことなんだろうけれど。

まあまずそもそも芸能界の話なんてフィールド自体庶民から隔絶浮遊しているところだからね。

"庶民感覚"(笑)で訴えかけようとしているのがまず第一ゲスというか、都合がいいというか、創業株主とおんなじくらいイノセンスな強欲じゃね?ってとこ。

で、大抵こういう話になると、庶民感覚(笑)煽動された頭でっかち庶民様が、仕組みがおかしい仕組みがおかしいって話をするんだよね。

仕組み自体理屈構造を全く理解しようとせずに。

ワクチンなんかでも繰り返されているけど、ではその仕組や構造がどうして出来上がっているのかっていうことに対するリスペクトがないわけよ。

既に問題なく動いている秩序に対するリスペクトね。

普段インフラ系で問題なく動くのが当たり前で問題が起きたら一斉に叩く"庶民"に猛烈に怒るくせにね。

結局自分立場しかものを考えられないか想像力他者存在の仕組みや理屈理解できない。

多様性が聞いて呆れるって話になっちゃうでしょ。

当たり前に動いてきた秩序に功罪があって、

みんな罪の部分が浮き上がってすぐにそこだけ目を向けて一斉に叩き始める。

そうなると罪を叩くことが目的化していて、

当たり前に動かす仕組みを構築してくれている功の部分を全く無視することばかり起きるんだよね。

からそういう経緯で起きる革命は必ず破壊しかない。

リベラル系の恐ろしいところは罪破壊原動力にしているところなんだよね。

功を求めて組み立てることをしない。

そもそも、今回っている社会の仕組みを理解しようとすらしない。

その仕組を下地にしなければ罪の改善もうまくいくわけがないんだな。

そしてその下地理解するのはとても苦労が要る。

…そのための理解の手助け・補助線としてネットがあるはずなんだが、

破壊機能ばかりが強化されて、功の仕組みを知る一助という機能は消え細る一方だ。

2021-05-11

オリンピック絶対やろうな!

俺の地元である沖縄では、代表校が甲子園で勝ち上がるたびに街から人が消えるのよ。みんな家でテレビ見てる。決勝の日に俺のスケジュールを抑えようとするフラー絶対に◯なす!という気持ち

からね、是非ともめちゃめちゃ面白いオリンピックにして人々をテレビに釘付け、外出抑制一助としてほしい。「こんな時期に...」なんて言わずに、こんな時期だからこそオリンピック感染防止に利用してほしいよ。面白い大会にして、面白いテレビ作ってくれ...

スポーツバーみたいなとこで集団応援するのは危ないな...その辺の対策よろしく

2021-05-05

anond:20210505041540

人間関係は同性間含め自由意志によって構築されて、

その自由意志によって苦しんでるのが弱者男性なんだと思うんだよね。

でもその自由意志現代じゃ差別とは呼べないし、しかしそこには確実に苦しむ弱者存在して、

からこそ難しいんだよね。リベラルには見えないバグみたいな弱者存在

人間関係的な弱者をどう救うか?って矮小化しては行けないと思う。

どうしてほしいの?って解決法は模索するしかないよ。

男女の経済格差是正されれば少なくとも経済的理由結婚できない男女が減るかもしれないし、逆かもしれない。

技術革新セクサロイドみたいなのが性的弱者の解消の一助になるかもしれないし、

少なくとも今何が差別かっていったら貴方みたいに弱者存在しないとか宣って連投で荒らすことかなぁ。

2021-05-03

コロナもだが虫歯菌を撲滅せよ

医療費削減(自己負担でない7割が別のものに回せる)

歯科医師仕事は無くならない(事故で歯が折れる等)

歯が痛くなくなる

性交渉台無しにしない

スメハラ対策一助

子供の泣き声はうんざり

歯列矯正安全になる

虫歯菌人類の敵である

歯科医師虫歯を直さなくても役割がある

歯科医師は最高の職業の一つだしモテるだろう

虫歯菌フリーの最高の世界をめざそう

2021-04-18

コロナ疲れだけではなく、コロナ元気もある

オフィスに出勤できず、仲間と会いづらく、顔を合わせづらい現状。

最高の社会が来たなと思っている。

 

もちろん観光飲食エンターテイメントなどに多大なダメージがあり、経済的にも疫学的にもメチャクチャやばいので、速いところ収束してほしいのは間違いない。

「最高の社会」というのも、コロナでみんなが苦しんでいる社会が最高!と言うことではなく、「出勤しなくていい」「飲み会に行かなくていい」「社会人の雑談をしなくていい」「会議も余計な話題が出ない」「完全成果主義

これらの点があまりにも性に合っていて、前よりも生き生きと仕事ができているという事だ。

要するに生きやすいのである

 

まあ社会不適合者とか、コミュニケーションに難ありということではあるのだが、「今のほうが楽だ」という声が取り上げられることは少ない。

業種的にもむしろ儲かっているような業種だし、「みんながみんな辛いんです!」というような論調を見ると「なんだかなあ」という気持ちになる。

 

新型コロナ流行経済的にと言うよりは精神的につらい人がほとんどだと思うが、今感じている苦しみを以前のようなの社会の時に我々は感じていたということをなんとなく感じてもらえれば良いなと思う。

謝罪を求めるとかマウントを取るとかそういう話ではなく、価値観の違う他者理解する一助としたいというところである

2021-04-11

いっそみんな高校生子供産んだらいいんじゃね?

そしたら就職活動までにある程度大きくなってるじゃない?

託児所だったら学校の空き教室

作れば休み時間授乳もできるし

校医さんもいるしさあ

追記

これは少女漫画逃げ恥」のコピペです。

個人的には高校じゃなくて大学のほうがいいと思う。

母子ともにリスクが最も少なく、かつ就職前に最も手のかかる乳児の育成が終わる。

そもそも就職っていうのが23歳で男女平等に、ってのがおかしい。

女性女性幸せがあるんだから28歳とかに引き上げるべきだろ。

そんときまでに2人でも作っときゃいい。これでキャリア子育ても両立でみんなハッピー

なあにが男女平等雇用機会均等法だよ。ていのいい人権無視だろ。アホか。

追記2>

男性なんでこれまで女性社会進出出産育児の両立、ってことにあまり興味がなかった。

しか匿名ダイアリーを見ていると、とにかく女性にとって

結婚出産育児は一大事で、かつ政治から社会進出しろと迫られている。

こりゃ大変だと。

なのでバイオロジカル性差立脚した女性権利を最大化しつつ、

ソーシャルには平等で公平に才能が発揮できる世界理想だと思う。

たとえば、原則として28歳までは出産育児をフルサポートする社会にする。

これは時短出勤といった中途半端ものではなく、

助成金の引き上げや、企業学校育児施設の拡充など、やれることはたくさんある。

28歳以降はそうしたサポートは受けられない。

となると出生率は爆上げになるだろう。

税金青色申告を100倍にしたようなもので、申請すればオトクだし、

申請しなければそれはそれでいいけど後がつらいよ、みたいなもんだろうか。

しか出生率の向上と早婚・早産によるデメリットが、女性教育水準の低下

であることは歴史的証明されている。

たとえば現在70歳以上で、大学にいけた人は少ない。

女性がその教育権利行使できるようになったのは、つい最近なのである

なので28歳以下への出産サポートという政策においては、おもに

教育水準キープというのが最重要課題となる。

それにはテレワークモデル一助となるだろう。

通信教育などで一般大学と同等の教育を行えるかがカギとなる。

反論として、「吸収することの多い大学生の間に育児をしたら留学などができない」

といった意見散見されるが、それは結局「遊びたいから」という言い回しを変えただけである

自分の近くにも、子持ちの留学生とかたくさんいたわけだが。

結局若いころに遊んでしまったがために、男に捨てられたり相手を決めきれなかったり、

その後の60年なりをフェミとして匿名ダイアリーにぶちまける人生になる。

一方で、出産育児という大イベント若いうちに早めにすませれば、

バイオロジカル幸福担保しつつ、ソーシャルキャリアは28歳から本格的に開始し、

女性としても人間としても成長し幸福人生を送ることができる。

企業としても子持ちであればセクハラ問題もなくなり平等視点採用できる。

いろんな企業を見てきたが、とくに東京に多いのだが、パワハラ気質企業は、

新卒女性秘書や小娘のように扱う。これに個人的に不満を覚えていた。

もし初期の子育てをすませた女性であれば、そうした問題は避けられるはずである

匿名ダイアリーを見ていると、本当に女性にとって結婚生活とは一大事なのだと知った。

そして多くのトラブルは、出産育児負担(とその過去記憶からきている。

もしそれが早期に解決できれば、という提言として、「逃げ恥」の作者は鋭敏な視点をもっていた。

さすがに漫画家として成功する人間は違う。

人生は一度きりでUターンができないがために、政府真剣にこの問題に取り組んで頂きたい。

2021-04-01

テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン

趣旨労働者情報通信技術を利用して行う事業場外勤務(以下「テレワーク」という。)には、オフィスでの勤務に比べて、働く時間場所を柔軟に活用することが可能であり、通勤時間の短縮及びこれに伴う心身の負担の軽減、仕事に集中できる環境での業務実施による業務効率化につながり、それに伴う時間労働の削減、育児介護仕事の両立の一助となる等、労働者にとって仕事生活調和を図ることが可能となるといったメリットがある。また、使用者にとっても、業務効率化による生産性の向上にも資すること、育児介護等を理由とした労働者の離職の防止や、遠隔地の優秀な人材の確保、オフィスコストの削減等のメリットがある。テレワークは、ウィズコロナポストコロナの「新たな日常」、「新しい生活様式」に対応した働き方であると同時に、働く時間場所を柔軟に活用することのできる働き方として、更なる導入・定着を図ることが重要である。本ガイドラインは、使用者が適切に労務管理を行い、労働者安心して働くことができる良質なテレワークを推進するため、テレワークの導入及び実施に当たり、労務管理を中心に、労使双方にとって留意すべき点、望ましい取組等を明らかにしたものである。本ガイドラインを参考として、労使で十分に話し合いが行われ、良質なテレワークが導入され、定着していくことが期待される。2 テレワーク形態テレワーク形態は、業務を行う場所に応じて、労働者の自宅で行う在宅勤務、労働者の属するメインのオフィス以外に設けられたオフィスを利用するサテライトオフィス勤務、ノートパソコン携帯電話等を活用して臨機応変選択した場所で行うモバイル勤務に分類される。テレワーク形態ごとの特徴として以下の点が挙げられる。① 在宅勤務通勤を要しないことから事業場での勤務の場合通勤に要する時間を柔軟に活用できる。また、例えば育児休業明けの労働者が短時間勤務等と組み合わせて勤務することが可能となること、保育所の近くで働くことが可能となること等から仕事と家庭生活との両立に資する働き方である。② サテライトオフィス勤務自宅の近くや通勤途中の場所等に設けられたサテライトオフィスシェアオフィスコワーキングスペースを含む。)での勤務は、通勤時間を短縮しつつ、在宅勤務やモバイル勤務以上に作業環境の整った場所就労可能な働き方である。③ モバイル勤務労働者自由に働く場所選択できる、外勤における移動時間を利用できる等、働く場所を柔軟にすることで業務効率化を図ることが可能な働き方である。このほか、テレワーク等を活用し、普段オフィスとは異なる場所余暇を楽しみつつ仕事を行う、いわゆる「ワーケーション」についても、情報通信技術を利用して仕事を行う場合には、モバイル勤務、サテライトオフィス勤務の一形態として分類することができる。3 テレワークの導入に際しての留意点(1) テレワークの推進に当たってテレワークの推進は、労使双方にとってプラスものとなるよう、働き方改革の推進の観点にも配意して行うことが有益であり、使用者が適切に労務管理を行い、労働者安心して働くことのできる良質なテレワークとすることが求められる。なお、テレワークを推進するなかで、従来の業務遂行方法労務管理の在り方等について改めて見直しを行うことも、生産性の向上に資するものであり、テレワーク実施する労働者だけでなく、企業にとってもメリットのあるものであるテレワークを円滑かつ適切に、制度として導入し、実施するに当たっては、導入目的対象業務対象となり得る労働者範囲実施場所テレワーク可能日(労働者希望、当番制、頻度等)、申請等の手続費用負担労働時間管理方法中抜け時間の取扱い、通常又は緊急時の連絡方法等について、あらかじめ労使で十分に話し合い、ルールを定めておくことが重要である。(2) テレワーク対象業務例えば、いわゆるエッセンシャルワーカーなどが従事する業務等、その性格テレワーク実施することが難しい業種・職種があると考えられるが、一般テレワーク実施することが難しいと考えられる業種・職種であっても個別業務によっては実施できる場合があり、必ずしもそれまでの業務の在り方を前提にテレワーク対象業務を選定するのではなく、仕事内容の本質的見直しを行うことが有用場合がある。テレワークに向かないと安易結論づけるのではなく、管理職側の意識を変えることや、業務遂行方法見直し検討することが望ましい。なお、オフィスに出勤する労働者のみに業務が偏らないよう、留意することが必要である。(3) テレワーク対象者等テレワークの契機は様々であり、労働者テレワーク希望する場合や、使用者が指示する場合があるが、いずれにしても実際にテレワーク実施するに当たっては、労働者本人の納得の上で、対応を図る必要がある。また、短時間労働者及び有期雇用労働者雇用管理改善等に関する法律平成5年法律第76 号)及び労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者保護等に関する法律昭和60年法律第88号)に基づき、正規雇用労働者非正規雇用労働者との間で、あらゆる待遇について不合理な待遇差を設けてはならないこととされている。テレワーク対象者を選定するに当たっては、正規雇用労働者非正規雇用労働者といった雇用形態の違いのみを理由としてテレワーク対象から除外することのないよう留意する必要がある。 派遣労働者テレワークを行うに当たっては、厚生労働省ホームページ掲載している「派遣労働者等に係るテレワークに関するQ&A」を参照されたい。 雇用形態にかかわらず、業務等の要因により、企業内でテレワーク実施できる者に偏りが生じてしま場合においては、労働者間で納得感を得られるよう、テレワーク実施する者の優先順位テレワークを行う頻度等について、あらかじめ労使で十分に話し合うことが望ましい。 また、在宅での勤務は生活仕事の線引きが困難になる等の理由から在宅勤務を希望しない労働者について、サテライトオフィス勤務やモバイル勤務を利用することも考えられる。特に新入社員中途採用社員及び異動直後の社員は、業務について上司や同僚等に聞きたいことが多く、不安が大きい場合がある。このため、業務を円滑に進める観点からテレワーク実施に当たっては、コミュニケーションの円滑化に特段の配慮をすることが望ましい。(4) 導入に当たっての望ましい取組テレワークの推進に当たっては、以下のような取組を行うことが望ましい。・ 既存業務見直し点検テレワークをしやすい業種・職種であっても、不必要な押印や署名、対面での会議必須とする、資料を紙で上司説明する等の仕事の進め方がテレワークの導入・実施障壁となっているケースがある。そのため、不必要な押印や署名廃止書類のペーパーレス化、決裁の電子化オンライン会議の導入等が有効である。また、職場内の意識改革をはじめ、業務の進め方の見直しに取り組むことが望ましい。・ 円滑なコミュニケーション円滑に業務遂行する観点からは、働き方が変化する中でも、労働者企業の状況に応じた適切なコミュニケーションを促進するための取組を行うことが望ましい。職場と同様にコミュニケーションを取ることができるソフトウェア導入等も考えられる。・ グループ企業単位等での実施検討職場雰囲気等でテレワーク実施することが難しい場合もあるため、企業トップ経営層がテレワーク必要性を十分に理解し、方針を示すなど企業全体として取り組む必要がある。また、職場での関係取引先との関係により、一個人、一企業のみでテレワークを推進することが困難な場合がある。そのため、グループ企業や、業界単位などを含めたテレワーク実施の呼びかけを行うことも望ましい。4 労務管理上の留意点(1) テレワークにおける人事評価制度テレワークは、非対面の働き方であるため、個々の労働者業務遂行状況や、成果を生み出す過程で発揮される能力を把握しづらい側面があるとの指摘があるが、人事評価は、企業労働者に対してどのような働きを求め、どう処遇に反映するかといった観点から企業がその手法を工夫して、適切に実施することが基本である。例えば、上司は、部下に求める内容や水準等をあらかじめ具体的に示しておくとともに、評価対象間中には、必要に応じてその達成状況について労使共通認識を持つための機会を柔軟に設けることが望ましい。特に行動面や勤務意欲、態度等の情意面を評価する企業は、評価対象となる具体的な行動等の内容や評価方法をあらかじめ見える化し、示すことが望ましい。加えて、人事評価評価者に対しても、非対面の働き方において適正な評価実施できるよう、評価者に対する訓練等の機会を設ける等の工夫が考えられる。また、テレワーク実施している者に対し、時間外、休日又は所定外深夜(以下「時間外等」という。)のメール等に対応しなかったことを理由として不利益な人事評価を行うことは適切な人事評価とはいえない。なお、テレワークを行う場合評価方法を、オフィスでの勤務の場合評価方法区別する際には、誰もがテレワークを行えるようにすることを妨げないように工夫を行うとともに、あらかじめテレワーク選択しようとする労働者に対して当該取扱いの内容を説明することが望ましい。(テレワーク実施頻度が労働者に委ねられている場合などにあっては)テレワーク実施せずにオフィスで勤務していることを理由として、オフィスに出勤している労働者を高く評価すること等も、労働者テレワークを行おうとすることの妨げになるものであり、適切な人事評価とはいえない。(2) テレワークに要する費用負担の取扱いテレワークを行うことによって労働者に過度の負担が生じることは望ましくない。個々の企業ごとの業務内容、物品の貸与状況等により、費用負担の取扱いは様々であるため、労使のどちらがどのように負担するか、また、使用者負担する場合における限度額、労働者使用者費用請求する場合請求方法等については、あらかじめ労使で十分に話し合い、企業ごとの状況に応じたルールを定め、就業規則等において規定しておくことが望ましい。特に労働者情報通信機器作業用品その他の負担をさせる定めをする場合には、当該事項について就業規則規定しなければならないこととされている(労働基準法昭和22年法律第49号)第89条第5号)。在宅勤務に伴い、労働者個人契約した電話回線等を用いて業務を行わせる場合通話料インターネット利用料などの通信費が増加する場合や、労働者の自宅の電気料金等が増加する場合、実際の費用のうち業務に要した実費の金額を在宅勤務の実態(勤務時間等)を踏まえて合理的客観的計算し、支給することも考えられる。なお、在宅勤務に係る費用負担等に関する源泉所得税課税関係については、国税庁作成した「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」(令和3年1月15日)を参照されたい。(3) テレワーク状況下における人材育成テレワークを推進する上で、社内教育等についてもオンライン実施することも有効であるオンラインでの人材育成は、例えば、「他の社員営業の姿を大人数の後輩社員オンラインで見て学ぶ」「動画にしていつでも学べるようにする」等の、オンラインならではの利点を持っているため、その利点を活かす工夫をすることも有用である。このほか、テレワーク実施する際には、新たな機器オンライン会議ツール等を使用する場合があり、一定スキル習得必要となる場合があることから特にテレワークを導入した初期あるいは機材を新規導入したとき等には、必要研修等を行うことも有用である。また、テレワークを行う労働者について、社内教育研修制度に関する定めをする場合には、当該事項について就業規則規定しなければならないこととされている(労働基準法第89条第7号)。(4) テレワーク効果的に実施するための人材育成テレワーク特性を踏まえると、勤務する時間帯や自らの健康に十分に注意を払いつつ、作業能率を勘案して、自律的業務遂行できることがテレワーク効果的な実施に適しており、企業は、各労働者自律的業務遂行できるよう仕事の進め方の工夫や社内教育等によって人材の育成に取り組むことが望ましい。併せて、労働者自律的に働くことができるよう、管理職による適切なマネジメントが行われることが重要であり、テレワーク実施する際にも適切な業務指示ができるようにする等、管理職のマネジメント能力向上に取り組むことも望ましい。例えば、テレワークを行うに当たっては、管理職へのマネジメント研修を行うことや、仕事の進め方として最初に大枠の方針を示す等、部下が自律的仕事を進めることができるような指示の仕方を可能とすること等が考えられる。5 テレワークルール策定と周知(1) 労働基準関係法令適用労働基準法上の労働者については、テレワークを行う場合においても、労働基準法最低賃金法昭和34年法律第137 号)、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)等の労働基準関係法令適用される。(2) 就業規則の整備テレワークを円滑に実施するためには、使用者は労使で協議して策定したテレワークルール就業規則に定め、労働者に適切に周知することが望ましい。テレワークを行う場所について、労働者が専らモバイル勤務をする場合や、いわゆる「ワーケーション」の場合など、労働者の都合に合わせて柔軟に選択することができる場合には、使用者許可基準を示した上で、「使用者許可する場所」においてテレワーク可能である旨を定めておくことが考えられる。なお、テレワークを行う場所の如何に関わらず、テレワークを行う労働

2021-03-02

anond:20210302112759

公言公然での発言情報の発信と伝達を目的にしていますよね

自分がそうであるという情報を発信してレスポンスを求めているのではないですか?

これは自分情報を発信したいという、情報を体から発することで得られる感覚を求めているわけではなくて

あなたが「周りからそういう目で見られる、扱いをうける、意に沿った扱いをしてもらえる」事を期待しているのではないですか?

自分が誰かを嫌いだ、と言いたいのではなくて、嫌いであるという意思について、対処を求めて、その対処必要が発信者である自分にはあるけれども、という問いかけを

「その扱いをしてくれる何か・誰か」に受け取ってもらいその結果を受けられることを期待して、しかしその依頼先が自分では認識できていないため

公共の場を利用している第三者のうちのだれかにそれを伝達する仲介を頼みたいないしはそこに期待する人物や団体、層があることを期待して」情報を発信しているのではないですか?

夕日に向かって叫びたい、のであればプライベートビーチや人のいない海岸、葦の生えそろった河原に穴を掘って叫んだりしても良いのではないですか?

その情報で行動をする人が出てくることを、自分としては自分に寄り添ってくれるだけでいいと思うのですが、「障害排除してやろう」とか「その利権は私も求めていた」という人が寄り添ってきたり

望んでいない結果に至らせようという行動の一助としてその声を利用したりする可能性があると思います

純粋あなた心のケアのために故も知らぬ誰かの前で、公然気持ち吐露する必要性が、関係のない第三者あなた普段見せ得ない内部を露呈させることに快感をもっている人でない限り好きとか嫌いとか言う欲求が言いたいという欲求のみであるとは思いにくいのですが、もしあるのならばそうであると言っていただけると、それは仕方のないことだと私も納得しま

拳銃刃物を隠し持っていても実際に使わなければいかにそれを隠れて使用したり練習したりして練度が高まっていても取り締まられることはまずないと思います

検査をされる場所であったり、されるような行動をしていて呼び止められたとき問題になるかもしれません

公然でそれを使用しようとしたり、実際に使用するとすぐにそれを抑止しその行動を抑圧し停止させ妨害しようとする動きに遭遇すると思います

それは「なにかしらの自由とやら」を侵害したり喪失させたり抑圧する目的ではないですよね

使用した結果が発生しないように」他者のなにかしらの多様な自由権利を守るためにそれらを損なわせないために取られる措置は「自由蹂躙する差別」とは呼ばれず「治安行為」とされますよね

なぜ人を殺す自由を阻害されるのか、差別発言して他者の行動を発生させる原因を作る自由問題とされるのか、自由とはなにかみたいな事になるかとおもいます

自由とはあなたが思ったことをなんでも解放していい という事ではなくて

自分自身がどうあるべきかを選択できるということ

ではないでしょうか

犯罪者にもなれます差別者にもなれます 結局行動はできるわけで他者自由権利あなたの行動を阻害する要因とはなりえません

自身の考える倫理道徳にしたがって行動をすることができます 両手が拘束されているわけでもなく外にでたら警察が後ろをついて回るわけでもありませんから

これは「していい」ではなくて「した結果どうなるかを得る事ができる」自由なのではないですか?

もちろんそのためには「する」必要があるわけで、他者に影響のある場所で行動をすると他者はその行動について何らかの影響を受けるはずです

あなたが影響をあたえてだれかが影響をうけて、だれかが影響をあたえようとしてあながた影響をうける、これらの行動をする自由と結果を得られるのは自由です

あなたが損をしないために、不自由を感じたりしないために、自由であるために、行動を選択しましょう、と言っているのは抑圧でも規制でもなく、自由拡張満喫するためのガイドとなっていると思います

想像したり感じたりすることはまったく規制がありません

もしそれを行動にうつしたらどうなるのか、ということを実際の行動以外で表現する手段アートという形で認められています

そこまで出来てなぜ実際に行動してはならないのか といわれると してもいい けれども結果如何では社会的あなた自由を「抑制なき行動で他者権利自由を損なわせる可能性がある」ことから遠ざけるべきだと措置をされる可能性もあるということです

あなたが嫌いだと行動したその目的と同じことを、あなた自身が受ける可能性があるということです

人を呪わば穴二つ、とはことのことですね

他者墓穴を掘る分にはかまわないのですが、そこに人を落とし込んだら、そういう行動をする人むけにあらかじめ墓穴が用意されているのでそこにあなたが押し込められる

人を憎しと殺したら、殺すような人はいかしておけないと殺されてしま

そういうことではないでしょうか

2021-03-01

夫婦別姓婚の当事者に聞く、子供の姓をどうするか(2032年3月

 早いもので、2020年代の初頭に選択夫婦別姓法律で認可されて以来もう数年が経とうとしています

 市役所調査によりますと、現在では別姓婚を選択した人は32%と、かなり社会に浸透しているように感じられます現在婚約をされている方の中にも、別姓婚を選択しようと考えている方も多いのではないでしょうか。

 さて、そこで見落としがちなのが子供の姓です。父親母親の姓は別、では子供の姓はどうするのか。意外とそこで夫婦間の意見に食い違いが起きる場合があるようです。

 予め子供の姓について話し合いがあっても、例えば一人目や二人目までは決めていても三人目をどうするかで揉めたり、あるいは経済的子供を作らない選択をしていた人が、昨今の好景気子供を作る方針に変えた結果、姓の方針議論が起きたりなど――。

 そこで今回は子供の姓に悩む皆様の参考になればと、夫婦別姓選択したうえで第三の選択を選んだ、譲さん真矢さんのご夫妻に話を伺いました。


 ―― 初めまして。譲さんと真矢さんはお子様に、お二人の姓とは別の、まったく新しい姓をつけたとお伺いしました。法律で認められているとはいえ夫婦どちらでもないまったく別の姓を付ける方は珍しいそうです。その新しい姓は、どなたがお決めになったのでしょう?

 真矢さん 分からないんです。

 ―― 分からない、とは?

 譲さん 最初は、私たちは全く新しい姓を付けるつもりはなかったんです。夫婦で話し合った結果、私の姓を子供に与えるつもりでした。ですが……。

 真矢さん この子が生まれときのことです。私たちは人工子宮による妊娠を選んだので、産科医の先生に呼ばれて二人で出産に立ち会いました。手術医をいただいて、子宮が切開されるところを見守っていたら、息子の顔が見えたところで――。

 譲さん 息子が、自分の姓を宣言したんです。

 ―― なんと。失礼ですが、それは聞き間違いや勘違いなどではなく?

 真矢さん はっきりとした発声でした。産科医の先生証言してくださったので、間違いはないと思います

 ―― なるほど、それで、今までの話し合いを捨て、赤ちゃん宣言した姓を選んだという事ですね。

 譲さん はい、息子の意思尊重しました。できれば名前の方も意思確認たかったのですが、それ以来まだ息子ははっきりとした言葉を喋っていないので夫婦暫定的つけました。

 ―― それにより、何か変わったことはありましたか

 真矢さん 目立ったことはないと思います。夫の両親も私の両親も、私達の選択尊重してくれました。ただ、時々自分の子供がほんとうに自分の子供なのか、分からなくなることがあるんです。

 ―― それは、夫婦どちらとも姓が異なるという理由ですか?

 譲さん いいえ。姓が異なるという事は問題ではありません。ただ、子供自分で姓を宣言したという事は、私達でなくほかの誰かから事前に姓を付けられていたのでは、と考えてしまうのです。そして私たちから与えられる姓を拒絶した、とも。

 真矢さん そうなると、この子には両親より大切な「自分に姓を与えた誰か」がいて、真の両親とはそちらの方なのではないか、と考えてしまうんです。

 ―― なるほど。名前とは親が最初に与える子供へのプレゼント、という考え方ですね。大変興味深いです。本日ありがとうございました。

 いかがでしたでしょうか。子供名前と姓、それらを取り巻く複雑な問題について読者の方の理解一助になれば幸いです。

 人生においては様々な選択と、それに伴う後悔が付きまとうものです。少なくとも姓の選択においては、両親だけでなく子供にも後悔のない選択が選ばれるように祈っております

 (了)

 (写真は穏やかな顔で眠る天上天下唯我独尊 仏陀ちゃん(1歳))

2021-02-27

一助

今までイッスケって読んでた。

恥ずかちぃ

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