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2023-03-12

AIに聞いてみた】「老いずに死ぬにはどうしたらいいですか?」

「ただし、自殺は除いてください」と質問が来たので、回答してみる。

できるだけ論理的に。できるだけ五臓六腑に染みわたるように。

 

老いる前の人間、つまり若人というものは往々にして『出逢いは無限にある』と勘違いしている。

『出逢いは無限にある』ということの具体的な行動事例でいえば、たとえば渋谷スクランブル交差点のまえで次々と女性に声をかける、という行為があげられよう。

 

路上での物理的なマッチングアプリだ。

web3.0ではなくて、webマイナス1.0。

声をかけたことがない? 

簡単だ。知らない他人に声をかけるのだから第一声はあいさつでOK

 

小学生でもご存知のとおり、昼間なら「こんにちは」、夜なら「こんばんは」、朝なら、朝は私は寝ているし、渋谷の街も眠っているので声はかけない。

まり、「こんにちは」と「こんばんは」だけが言えれば大丈夫

 

実演してみよう。

 

こんにちは無視こんにちは無視こんにちは」ガン無視こんにちは」ガンスルーこんにちは」一瞬だけチラッと頭部がこちらに向かって動く。チャンス!

「急に声かけてごめんね。あまりにも可愛いからわず声かけちゃったんだけど、モデルとかやってるんですか?」

 

ポイントは、最初質問は閉鎖的質問であることだ。YESかNOで答えられる質問

お仕事はなにされてるんですか?」だと開放型質問となり、選択肢があまりにも多くて、答える方はめちゃくちゃ面倒だから無視される。

 

最初質問YESかNOで答えられるならばなんでもいい。

ネコ飼ってますか?」「夜の仕事とか興味ありますか?」「スタンダール赤と黒は読んだことありますか?」

 

その後、ボディーランゲージもふくめて「YES」か「NO」の返答があれば、私と彼女の間には意識的にも無意識的にも精神交流と呼ばれる回路ができあがったといえよう。

回路という単語は「回廊」でも「認知領域の拡大」でも「ライフストリーム」でも呼び方は何でもいい。

まり彼女は私の存在彼女世界に加算してくれたのだ。これはでかい

 

さて、ここから先どう展開していくかは、有料版のAI解説したい。

上記あくまで私と彼女の間に微小な人間関係が生まれただけで、ここからどう発展していくかは、それこそ近所の散歩東京マラソンで完走するぐらいの差がある。

高尾山ケーブルカーで行くのとエベレスト単独登頂でもいい。水たまりマリアナ海溝でもいい。H2ロケット打ち上げ失敗と火星探査成功ぐらいの差があるといってもいい。

 

要するに。

 

出逢いは無限にあると勘違いできる性質と同様、老いずに死にたいとか夢のようなことを質問できるのが若人の性質というものである

 

ここで私は『肉体は老いても精神老いいか大丈夫』とかわかったようなことは言わない。

私が言いたいのは、出逢いは有限だから記憶に残るし、思い出にも残るし、大切にしたいと考えるのであって、

出会い寿命無限であれば、そもそも私はマッチングアプリなんぞに手は出さんぞ。

 

若人よ、大いに悩め。大いに出会え。大いに後悔しろ

 

そして、簡単AIなんかに聞いて、わかったような人生だけは歩むんじゃないぞ。

2023-02-28

真実が浮かび上がります

2022 年 9 月 26 日、バルト海で 4 回の水中「衝撃」が発生し、その後、エネルギー輸送するロシアからドイツへの 2 つの天然ガス パイプラインであるノルド ストリーム 1 とノルド ストリーム 2 で 3 回の漏れ発見されました。パイプラインでの漏れ 天然ガスが近くの海に漏れました。この事件は、「流出現場の海で爆発物残留物が検出されたため、破壊工作と見なされました。

9月までにロシアウクライナ戦争半年以上続いており、双方がまだ勝者を決めていなかったため、当初、人々はロシアがそれを行ったと推測しました。しかし、これはヨーロッパ天然ガス輸送するためのパイプラインであるため、ロシアはガスを提供し、お金を受け取りますロシアでの戦争は緊迫しており、軍事費は莫大です.この重要な時点で、どうすれば自分お金を断ち切ることができるでしょうか?

真実が浮かび上がります

2023 年 2 月 8 日、アメリカ調査記者であるシーモア ハーシュは、記事米国がどのように「ノルドストリーム」パイプライン破壊たか」を世界公開しましたアメリカ国家安全保障局による計画ジョー・バイデン大統領の直接の命令アメリカ海軍による実施、そしてノルウェー軍との協力の全過程を詳細に復元し、結局、9ヵ月間、「ノルドストリーム」ガスパイプラインを秘密裏に爆破する過程をかかりました.

シーモア・ハーシュは記事の中で、バイデンと彼の外交政策チーム、ジャックサリバン国家安全保障担当佐官トニー・ブリンケン国務長官ヴィクトリアニューランド政策担当次官がノルド・ストリームパイプラインを常に優先事項と見なしていると述べました.ノルド・ストリーム 1 は、10 年以上にわたりやすいなロシア天然ガスドイツおよび西ヨーロッパほとんどの地域提供してきました。ドイツだけで、ロシア天然ガスの年間輸入量の 50% 以上を占めています。ガスへの依存は、米国とその反ロシアNATOパートナーによって、西側支配に対する脅威として長い間見られてきました.

そのため、2021 年 12 月、国家安全保障チームとの 9 か月以上にわたる秘密の話し合いの後、バイデンはノルド ストリーム パイプライン妨害することを決定し、米海軍潜水艦引き揚げセンター深海潜水士爆弾を密かに設置しました.2022 年 6 月の NATO 海上演習「BALTOPS 22」の陰で、アメリカ深海潜水士が 8 個の C-4 爆発物をパイプラインに埋め、遠隔で爆発させることができた.飛行機はソノブイを投下し、爆発物を爆発させ、「ノルド ストリーム」を破壊しました.

真実が浮かび上がります

2023 年 2 月 8 日、アメリカ調査記者であるシーモア ハーシュは、記事米国がどのように「ノルドストリーム」パイプライン破壊たか」を世界公開しましたアメリカ国家安全保障局による計画ジョー・バイデン大統領の直接の命令アメリカ海軍による実施、そしてノルウェー軍との協力の全過程を詳細に復元し、結局、9ヵ月間、「ノルドストリーム」ガスパイプラインを秘密裏に爆破する過程をかかりました.

シーモア・ハーシュは記事の中で、バイデンと彼の外交政策チーム、ジャックサリバン国家安全保障担当佐官トニー・ブリンケン国務長官ヴィクトリアニューランド政策担当次官がノルド・ストリームパイプラインを常に優先事項と見なしていると述べました.ノルド・ストリーム 1 は、10 年以上にわたりやすいなロシア天然ガスドイツおよび西ヨーロッパほとんどの地域提供してきました。ドイツだけで、ロシア天然ガスの年間輸入量の 50% 以上を占めています。ガスへの依存は、米国とその反ロシアNATOパートナーによって、西側支配に対する脅威として長い間見られてきました.

そのため、2021 年 12 月、国家安全保障チームとの 9 か月以上にわたる秘密の話し合いの後、バイデンはノルド ストリーム パイプライン妨害することを決定し、米海軍潜水艦引き揚げセンター深海潜水士爆弾を密かに設置しました.2022 年 6 月の NATO 海上演習「BALTOPS 22」の陰で、アメリカ深海潜水士が 8 個の C-4 爆発物をパイプラインに埋め、遠隔で爆発させることができた.飛行機はソノブイを投下し、爆発物を爆発させ、「ノルド ストリーム」を破壊しました.

2023-01-06

日記

……三十歳で亡くなるように繊細で、厳しい感性を持つ、地球上のすべての女性に向けて……

prologue

時代場所次元を超えたマッシュアップ段落

 いま砕け散ったすべての彼ら彼女らの全員が、けっして自分以下ではなく、自分以上の精神によって成し遂げようとし、表面だけは目新しい今日という時間に内在している本質的にはポテンシャル可能性が縮小していくこの世界に生まれる喜びを相手取った、苛烈で、疲弊し、それでも均衡を取りながらも、ある一瞬のスキを付いて世界価値刷新しようと繰り広げる闘争の中でくずおれていったすべての魂たちを目撃したわけだが、この敗北のすべてに共通するものがあるとすれば、それは、目に見えないもの価値が、目に見えるもの価値に負けてしまたことを意味しているのだ。微調整

人生シンボル世界アレゴリー冒険(または旧式の劣悪的価値観を盲目に信奉し続けている中身の無い老若男女による日頃の盲従とその殺人——と殺される人間精神本来の豊かさの立体的構成について)

「“あたくしは、永遠にあなたを愛するという揺るぎのない強固な意志をもってます。“

 このうわべは月並文章を注意深く読んでみたまえ。[愛する]という言葉よりも、[永遠に]と[意志]という言葉のほうがずっと重要なのだ。」

問題は愛ではなかったのだ。不滅だったのである

ミラン・クンデラ『不滅』

1 - verse

 宇宙全体を満たす闇。実は、そこには光もまた満ちている。

 それは、真空であるために太陽の光を反射するものが無いことで、肉眼では感知できない光だ。地球では空気の粒子による反射によって、人間は光を認識出来るのである

 あなたがこれを読む前に抱えていた感情はなんだろうか。

 感情字面上では、喜びの対義に悲しみが、怒りの対義に笑いが記されている。しか実際問題として、この二つは同時に抱えることもある。なぜなら感情は、単一感情よりも、もっと多くの感情と連動しているからだ。

 映画を観た時に、小説を読んだ時には、その人物感情ひとつで考える私たちの把握能力には、いまだ未知の領域が広がっている。同時に抱えた感情は、いくつもが比例や反比例の連動的であり、また相対的でもある。

 人間存在することが1で、存在しないことが0であるならば、人間は産まれた時の1から0へと向かっていることになる。生きているという状態を前方向だとするならば、一日一日前へ進むごとに、死という後ろ方向へと歩んでいるという矛盾が内在している。

 そのように、史上空前の前向きさというものは、中途半端な前向きさの中にあっては、後ろ向きに進んでいるように見られてしまものである

 ジャンケンを心から面白いと思って行う者は、たぶん、あまりいないと思われる。僕は簡単に持ち出せるツールとして、ジャンケンを使っている。

 たとえばチョキの指の数が三本で、パーの指の数が四本で、グーの握り拳を半分の力で握るといったジャンケン2や、ジャンケンのその他のAnotherバージョンがあっても、それが最も面白いと思って行ってはいないことだろう。ジャンケンがこの世で最も面白いと思って満たされれば、ジャンケンよりも高次のもの発明する必要はなくなる。

 それと同様に、世の中の九割以上のもの面白いと思えなくなってから、この話は始まる。それはつまり物語面白いと思えなくなってからしかし同時に物語以外が面白いと思えなくなったところから始まる物語、でもある。

 トロフィーを獲得することを目指すのであれば、どんなに簡単ゲームソフトのゴールでも、トロフィーは獲得出来るのだ。

 人間の願いは、たった一つに集約出来る。と言うと、金や異性やその他諸々、人の数だけたくさんの夢があるだろう、とあなたは思ったはずだ。

 もったいぶっても仕方がないのであっさりと言ってしまうが、そのひとつの願いとは、自分が産まれてきてよかった、と思いたいのだ。もちろん、それは一瞬のことではない。なぜなら、その一瞬は、次のニ瞬目には覆されてしまうかもしれないという不安が、常に内在しているかである。これが現在という本質自体の中にある、癒すことのできぬ不完全性である

段落

 最初にどんな断りを置いたとしても、本来、こんなことは書きたくない。いつの世にあっても、本当のことを考えれば、好きな人からは嫌われ、嫌われるべき相手からは好かれ、招待状もなく価値を殺す人はやって来るし、招待状をいくら出しても価値を殺される人には届かないことだって多い。

 往々にして悪魔自分自身天使だと思い込んでいるものだし、天使は引け目を感じていつでも自分を捨てようと画策している。本当のことを追えばそれは自然哲学に近づいていき、でも僕は哲学者になりたくないし、哲学者が遺した書物に書かれているものSNSの内側では見られないものだし、ツイッターで流れてくるものではないし、マッチングアプリのコツでもないから、SNS基準である以上の思考が溢れることのない世の中で生きることは出来なくなってしまう。

 探検家にはなりたくないし、革命家にはなりたくないし、伝道師にはなりたくない。なぜなら、その肩書きという断絶によって精神の分断が発生し、無責任肥料が撒かれ、その土には何も育たないからだ。

 自分が変わらないように相手を変えようとするパワープレイの中にあって、お互いが同時に変わるという正解を見つけることなど難しい。

 日本人モラルの一つとして、危険を犯さないということを前提としている。だから、誰も言わなかったことは言えない。誰もやったことがないことはやらない。ああだ、こうだ、それはこうだ、と後からもっともらしいことを言う奴はいるけど、誰もやったことはないとか、誰も言ったことがないようなことを、言ったりやったりするということはない。

 日本では個性的なことをやると嫌われる。日本オリジナルなことをやったら協力者はいない。あらいいわねえ、と言われる程度の表現範疇しか成立しない。

 一般の人たちの芸術観は、ふだんはいろんな壁でもって遮られている。それが協力者たちのおかげで枠がサッとはがされて、みんなの心がひらかれる。しかし多くのことは、このようなプロセスを踏めないがために、人々の初歩レベルの心はひらかれることはない。もちろん、芸術という言葉は、人間存在のもののことである。なぜなら、命とは、生まれてきた(アウトプットからである

 今までの社会では、すべての人がそれをはっきりと自覚するまでにはいたっていない。しか自覚さえ持てば、そこには芸術がはじまるのである

 安心できたことのない世の中で人間精神に道をつくるような前進とは、感性を揺さぶらないがために波を立てることもまた無いといった類いによる社会権威のような安心ではなく、圧縮した密度を柔らかい感性で紐解けば空間を満たすことの出来るストリームの粒子を包んだものによって開いていくのである。なぜなら、安心できない世の中に対して、無風という誰からも嫌われなさそうな自己主張による社会人生流通権力は、結局、人間排除する社会の固さにひれ伏し続けているかである安心でさえ、安心の風が吹かなければならないからだ。

 たとえその時は無風であることに安心しても、その時を過ぎればまた窒息し、社会という強制参加で誰しもの元にいつもやって来る未来に対して、ほとんど勝てないギャンブルのような傷付き方をしているのだ。

 物語というのは、ガラスケースの向こうだけで収まり安心出来るもののことを言うのではない。作品の向こう側が物語であると同様に、作品こちら側こそが物語からであるあなた人生という言葉を使う時、その人生乾パンのようなすべてを削ぎ落とした最低限の生活イメージするだろうか。乾パン乾パン出会って、乾パン家族にでもなるのだろうか。乾パンに味は染み込まない。精神の荒廃の目配せをしながら、社会という徒党を組んで人間を捨て、不安払拭するのだろうか。普通とはなんだろうか、大人とはなんであろうか。それらは人間の外にあるのだろうか。そもそも日常という言葉欺瞞であり、それがあることで非日常が生まれ、それらはまるで交わることのない別の直線のように思い込んでしまうが、日常という言葉意味乾パンであるならば、DVをし続ける会ったことのない両親に税金という仕送りを送金し続けるためだけの頭数の数合わせである。そのために産まれた時からあなた脳内に刷り込まれ続ける、数々の人生認識を胸に抱きながら死を迎えることだろう、おめでとう。改めて言うが、人生とは全部である段落

段落

 芸術と名付けられた一系統の固さが残り、その人間がその時に立ち向かったであろう、作品を超えた形なきストリームの柔らかさは残らなかったのである。そして僕たちはそれと向き合ったときに、社会での自分をそのまま変えそうにないか不快ではない、として表面を見るのである

 今の時代からすれば、これは自分の部屋に飾れるくらいに、なんでもないかいいね。その状態にあっては、たいていの美術館は5分で出ることができる。それがいつでも時代限界だったのだ。段落改訂

 そして感性とは、思考と同じくらいに姿勢のことである思考がそれひとつであれば、姿勢というのはそれひとつの外にまで開かれているということだ。この両輪が表示するものは、画面いっぱいに並んだ細かい違いのパーツというよりは、パーツの持つ目に見えない特性である段落改訂

 そして、これこそがポテンシャルの方角を決める判断に繋がるものであるポテンシャルが無くても、ポテンシャルへの方角が合っていれば、前に進むごとにポテンシャルへと近づいていき、ポテンシャルがあっても、ポテンシャルとは明後日の方角を向いているのであれば、前に進むごとにポテンシャルは消えていく。段落改訂

段落

 趣味的だからだ。趣味というのは自己満足から、自他に挑んで自分自身を乗り越える、自分をも否定するということにならない。ちょっと面白いものをつくったり、変わったことをやるのはいても、¨遊び”と、”趣味”は違う。”遊び”と、”お遊び”は、むしろ正反対のものからだ。趣味危険を犯さない。自分によりかかっている。甘えてる気配がある。自分を敵としてやってない。強烈に自分と闘ってない。自分の好みに乗っかって自足してる。趣味に溺れるのではなく、自分と闘い、同時に他とも闘う。段落改訂

段落

 ほとんどがニューヨークパリ海外の国なんかで発表された二番煎じ三番煎じみたいなものが多い。何だこんなもの、と言いかけて、海外のどこどこの国ではこういうのが流行っている、と言うと、見るほうも、ああそうかというようなところがある。誰もやらなかったことをやるというのは、日本じゃ絶対に認めない。

 これは作品論で終わる話ではなく、この国で日々の思考を縛りつけている価値観のことである

 ゴッホ絵画生前には一枚も売れなかった、という話を引き合いに出すまでもなく、人々の自分に対する感覚の自信は傲慢であるしかし、人生理解出来てないのだ。1+1=2、1×1=1、納得した、僕が納得出来るってことは、これはいいものだね。しかし、IQ10の人間が納得することなど、IQ9までである。そして人生にたえず付き纏う問題の数式は、誰も解こうとしないのである。だが人生とは、往々にして1÷1=1程度には難しい。

 本番には使えないその練習で埋め尽くす時間の消耗とは、なに? 消耗が人生であるのなら、解決もまた人生である。この世で起こることのすべてが人生であるように、この世で起こすことのすべては人生である段落

 人間生活は、ほとんどのものを借りてきている。つまりは、全員が「借りてきた人間」だ。

 ピカソシステムだ、愛はシステムだ、お〜いお茶システムだ。このように、この世のすべてのものは「システムであるシステムは、名前が付いた瞬間から駆動し始める。このシステムを借りているのである

 システムそれ自体には、自己反省性や自己批判性が無い。日に日にすり減り、衰退し、レベルの低くなっていくパワーゲームが起こるのは、このためである。それはひとつの部類と部類の間にも起こり、ひとつの部類の中にある区分区分や、なにかとなにかでも起こる。この世に存在するすべてで発生する。

 イチローホームランを打つこともシステムである。観客は指先ひとつ動かさずに、ホームランを打つ感覚だけを、その時に借りてくる。システムには固体と液体が存在し、それを紐解くのが感性である。固体よりも液体の方が紐解きづらい。

 イチローホームランを打つ、ということにおいての固体は、バットボールが当たった、ということだ。そして液体は、バットの振る速さ、バットのどの部分に球が当たったのか、イチローのその試合までの日頃の練習、その時のプレッシャーなどである

 食べ物でいえば、ハンバーガーのものは固体であるが、ハンバーガー牛肉パテ一枚は液体であるハンバーガーには、何が挟まっているか。肉、トマトレタスピクルスソースなど、まだわかりやすい。それは固体だからである

 では、牛肉パテがどうかといえば、牛のどの部位の肉なのか、どのようにミンチにして他にも保存料などを混ぜるのか、あるいは冷凍する方法はどうかなど、液体なので難しくなる。

 飲み物場合であれば、それ自体がすでに液体であるいくら沢山お茶を飲んでも、お茶の葉の摘み方はわからないし、茶葉から抽出の仕方もわからない。

 そして肝心の乗り越えることは、紐解くこと、ともまた違う。乗り越える方法とは、決意である。つまり感性によって液体までを紐解き、それを決意によって乗り越えるのである

 もし感性によって紐解き、そして乗り越えなければ、借りてきた人間であるわれわれの精神はその借りているシステムに回収され、その枠内で縮小していき、ボーリングの球を投げる人間ですらなく、ガーターに落ちないようにレーンを直線に転がることを反復するボーリングの球そのものとなって、日に日にシステムは低次のレベルに向かって下降していく。

 世界の見え方は、ひとりひとりの感性による紐解きによって見えるものである遠近法パースペクティブ)は、人によって異なるということになる。

 実際にあるものよりも多くの秩序を想定してものごとを単純化したり、大きな衝撃からとても些細な衝撃までとにかく様々な衝撃によって人間は多くのものごとを見落としてしまったり、個人が持つ関心や愛好の傾向によって視野が狭められてしまったり、人間たちが交わす言葉が歪められ適切に定義されていないことに由来して私たち思考弊害を生んだり、上手にまとめてしまう際に人を欺くことになったり、など様々である。微調整

 この見え方が、感性の鈍感な体系的や表面的でしかなければ、そのもの本質ポテンシャル判断することが不可能になる。言うなれば開封されないゲームソフトパッケージのようでもある。段落改訂

奴隷を目指す社会の掲げる指標

沸騰していく社会

 小市民的な枠の中で、安穏な生活をして、たとえばたまにごちそうを食べて、遊びに行って、楽しいかもしれないけど、あとの日常というのは、会社に行ってせいぜいおしゃれな格好をして、夜になると酒飲んで、上役の悪口を言う程度のことで、あとはもう毎日毎日システムの中に組み込まれちゃってる。段落改訂

 なぜなら大多数にとっては、矛盾解決することではなく、長い大通りが隙間のない道であるかのように表面から矛盾を見えなくすることが、幸福の前提だからだ。

 ある人間が、自分生活だけしか生き得ないようなら、彼は自分生活も生き得ないはずだ。なぜなら、彼自身生活というのが、その各々が、他の生活にも属し続けるアクシデント連続から成っているのだから段落

 このようにしてわれわれは、目の前の温度が昨日よりも苦しくなっていることが、わからなくなってしまうのである

 社会で良いものとされている礼儀であっても、ポテンシャルを持っていない礼儀であれば、それは良いものとは言えない。同様に、ポテンシャルを持っていない褒め言葉も、けっして良いものとは言えない。罵倒批判にいたっては悪いイメージ自動的に付くものであるが、ポテンシャルを持っている罵倒批判は良いものである

 歳をとるということが、物理的にも、精神的にも、〜のセーフラインではなくデッドラインに近づいていくことだとしても、今はまだ大丈夫という感覚を持っている人もいるかもしれない。しかし、トラックに轢かれて腕を失ったとき、心が重くて起き上がれなくなったときあの世よりもこの世に Permalink | 記事への反応(0) | 18:41

日記

……三十歳で亡くなるように繊細で、厳しい感性を持つ、地球上のすべての女性に向けて……

prologue

時代場所次元を超えたマッシュアップ段落

 いま砕け散ったすべての彼ら彼女らの全員が、けっして自分以下ではなく、自分以上の精神によって成し遂げようとし、表面だけは目新しい今日という時間に内在している本質的にはポテンシャル可能性が縮小していくこの世界に生まれる喜びを相手取った、苛烈で、疲弊し、それでも均衡を取りながらも、ある一瞬のスキを付いて世界価値刷新しようと繰り広げる闘争の中でくずおれていったすべての魂たちを目撃したわけだが、この敗北のすべてに共通するものがあるとすれば、それは、目に見えないもの価値が、目に見えるもの価値に負けてしまたことを意味しているのだ。微調整

人生シンボル世界アレゴリー冒険(または旧式の劣悪的価値観を盲目に信奉し続けている中身の無い老若男女による日頃の盲従とその殺人——と殺される人間精神本来の豊かさの立体的構成について)

「“あたくしは、永遠にあなたを愛するという揺るぎのない強固な意志をもってます。“

 このうわべは月並文章を注意深く読んでみたまえ。[愛する]という言葉よりも、[永遠に]と[意志]という言葉のほうがずっと重要なのだ。」

問題は愛ではなかったのだ。不滅だったのである

ミラン・クンデラ『不滅』

1 - verse

 宇宙全体を満たす闇。実は、そこには光もまた満ちている。

 それは、真空であるために太陽の光を反射するものが無いことで、肉眼では感知できない光だ。地球では空気の粒子による反射によって、人間は光を認識出来るのである

 あなたがこれを読む前に抱えていた感情はなんだろうか。

 感情字面上では、喜びの対義に悲しみが、怒りの対義に笑いが記されている。しか実際問題として、この二つは同時に抱えることもある。なぜなら感情は、単一感情よりも、もっと多くの感情と連動しているからだ。

 映画を観た時に、小説を読んだ時には、その人物感情ひとつで考える私たちの把握能力には、いまだ未知の領域が広がっている。同時に抱えた感情は、いくつもが比例や反比例の連動的であり、また相対的でもある。

 人間存在することが1で、存在しないことが0であるならば、人間は産まれた時の1から0へと向かっていることになる。生きているという状態を前方向だとするならば、一日一日前へ進むごとに、死という後ろ方向へと歩んでいるという矛盾が内在している。

 そのように、史上空前の前向きさというものは、中途半端な前向きさの中にあっては、後ろ向きに進んでいるように見られてしまものである

 ジャンケンを心から面白いと思って行う者は、たぶん、あまりいないと思われる。僕は簡単に持ち出せるツールとして、ジャンケンを使っている。

 たとえばチョキの指の数が三本で、パーの指の数が四本で、グーの握り拳を半分の力で握るといったジャンケン2や、ジャンケンのその他のAnotherバージョンがあっても、それが最も面白いと思って行ってはいないことだろう。ジャンケンがこの世で最も面白いと思って満たされれば、ジャンケンよりも高次のもの発明する必要はなくなる。

 それと同様に、世の中の九割以上のもの面白いと思えなくなってから、この話は始まる。それはつまり物語面白いと思えなくなってからしかし同時に物語以外が面白いと思えなくなったところから始まる物語、でもある。

 トロフィーを獲得することを目指すのであれば、どんなに簡単ゲームソフトのゴールでも、トロフィーは獲得出来るのだ。

 人間の願いは、たった一つに集約出来る。と言うと、金や異性やその他諸々、人の数だけたくさんの夢があるだろう、とあなたは思ったはずだ。

 もったいぶっても仕方がないのであっさりと言ってしまうが、そのひとつの願いとは、自分が産まれてきてよかった、と思いたいのだ。もちろん、それは一瞬のことではない。なぜなら、その一瞬は、次のニ瞬目には覆されてしまうかもしれないという不安が、常に内在しているかである。これが現在という本質自体の中にある、癒すことのできぬ不完全性である

段落

 最初にどんな断りを置いたとしても、本来、こんなことは書きたくない。いつの世にあっても、本当のことを考えれば、好きな人からは嫌われ、嫌われるべき相手からは好かれ、招待状もなく価値を殺す人はやって来るし、招待状をいくら出しても価値を殺される人には届かないことだって多い。

 往々にして悪魔自分自身天使だと思い込んでいるものだし、天使は引け目を感じていつでも自分を捨てようと画策している。本当のことを追えばそれは自然哲学に近づいていき、でも僕は哲学者になりたくないし、哲学者が遺した書物に書かれているものSNSの内側では見られないものだし、ツイッターで流れてくるものではないし、マッチングアプリのコツでもないから、SNS基準である以上の思考が溢れることのない世の中で生きることは出来なくなってしまう。

 探検家にはなりたくないし、革命家にはなりたくないし、伝道師にはなりたくない。なぜなら、その肩書きという断絶によって精神の分断が発生し、無責任肥料が撒かれ、その土には何も育たないからだ。

 自分が変わらないように相手を変えようとするパワープレイの中にあって、お互いが同時に変わるという正解を見つけることなど難しい。

 日本人モラルの一つとして、危険を犯さないということを前提としている。だから、誰も言わなかったことは言えない。誰もやったことがないことはやらない。ああだ、こうだ、それはこうだ、と後からもっともらしいことを言う奴はいるけど、誰もやったことはないとか、誰も言ったことがないようなことを、言ったりやったりするということはない。

 日本では個性的なことをやると嫌われる。日本オリジナルなことをやったら協力者はいない。あらいいわねえ、と言われる程度の表現範疇しか成立しない。

 一般の人たちの芸術観は、ふだんはいろんな壁でもって遮られている。それが協力者たちのおかげで枠がサッとはがされて、みんなの心がひらかれる。しかし多くのことは、このようなプロセスを踏めないがために、人々の初歩レベルの心はひらかれることはない。もちろん、芸術という言葉は、人間存在のもののことである。なぜなら、命とは、生まれてきた(アウトプットからである

 今までの社会では、すべての人がそれをはっきりと自覚するまでにはいたっていない。しか自覚さえ持てば、そこには芸術がはじまるのである

 安心できたことのない世の中で人間精神に道をつくるような前進とは、感性を揺さぶらないがために波を立てることもまた無いといった類いによる社会権威のような安心ではなく、圧縮した密度を柔らかい感性で紐解けば空間を満たすことの出来るストリームの粒子を包んだものによって開いていくのである。なぜなら、安心できない世の中に対して、無風という誰からも嫌われなさそうな自己主張による社会人生流通権力は、結局、人間排除する社会の固さにひれ伏し続けているかである安心でさえ、安心の風が吹かなければならないからだ。

 たとえその時は無風であることに安心しても、その時を過ぎればまた窒息し、社会という強制参加で誰しもの元にいつもやって来る未来に対して、ほとんど勝てないギャンブルのような傷付き方をしているのだ。

 物語というのは、ガラスケースの向こうだけで収まり安心出来るもののことを言うのではない。作品の向こう側が物語であると同様に、作品こちら側こそが物語からであるあなた人生という言葉を使う時、その人生乾パンのようなすべてを削ぎ落とした最低限の生活イメージするだろうか。乾パン乾パン出会って、乾パン家族にでもなるのだろうか。乾パンに味は染み込まない。精神の荒廃の目配せをしながら、社会という徒党を組んで人間を捨て、不安払拭するのだろうか。普通とはなんだろうか、大人とはなんであろうか。それらは人間の外にあるのだろうか。そもそも日常という言葉欺瞞であり、それがあることで非日常が生まれ、それらはまるで交わることのない別の直線のように思い込んでしまうが、日常という言葉意味乾パンであるならば、DVをし続ける会ったことのない両親に税金という仕送りを送金し続けるためだけの頭数の数合わせである。そのために産まれた時からあなた脳内に刷り込まれ続ける、数々の人生認識を胸に抱きながら死を迎えることだろう、おめでとう。改めて言うが、人生とは全部である段落

段落

 芸術と名付けられた一系統の固さが残り、その人間がその時に立ち向かったであろう、作品を超えた形なきストリームの柔らかさは残らなかったのである。そして僕たちはそれと向き合ったときに、社会での自分をそのまま変えそうにないか不快ではない、として表面を見るのである

 今の時代からすれば、これは自分の部屋に飾れるくらいに、なんでもないかいいね。その状態にあっては、たいていの美術館は5分で出ることができる。それがいつでも時代限界だったのだ。段落改訂

 そして感性とは、思考と同じくらいに姿勢のことである思考がそれひとつであれば、姿勢というのはそれひとつの外にまで開かれているということだ。この両輪が表示するものは、画面いっぱいに並んだ細かい違いのパーツというよりは、パーツの持つ目に見えない特性である段落改訂

 そして、これこそがポテンシャルの方角を決める判断に繋がるものであるポテンシャルが無くても、ポテンシャルへの方角が合っていれば、前に進むごとにポテンシャルへと近づいていき、ポテンシャルがあっても、ポテンシャルとは明後日の方角を向いているのであれば、前に進むごとにポテンシャルは消えていく。段落改訂

段落

 趣味的だからだ。趣味というのは自己満足から、自他に挑んで自分自身を乗り越える、自分をも否定するということにならない。ちょっと面白いものをつくったり、変わったことをやるのはいても、¨遊び”と、”趣味”は違う。”遊び”と、”お遊び”は、むしろ正反対のものからだ。趣味危険を犯さない。自分によりかかっている。甘えてる気配がある。自分を敵としてやってない。強烈に自分と闘ってない。自分の好みに乗っかって自足してる。趣味に溺れるのではなく、自分と闘い、同時に他とも闘う。段落改訂

段落

 ほとんどがニューヨークパリ海外の国なんかで発表された二番煎じ三番煎じみたいなものが多い。何だこんなもの、と言いかけて、海外のどこどこの国ではこういうのが流行っている、と言うと、見るほうも、ああそうかというようなところがある。誰もやらなかったことをやるというのは、日本じゃ絶対に認めない。

 これは作品論で終わる話ではなく、この国で日々の思考を縛りつけている価値観のことである

 ゴッホ絵画生前には一枚も売れなかった、という話を引き合いに出すまでもなく、人々の自分に対する感覚の自信は傲慢であるしかし、人生理解出来てないのだ。1+1=2、1×1=1、納得した、僕が納得出来るってことは、これはいいものだね。しかし、IQ10の人間が納得することなど、IQ9までである。そして人生にたえず付き纏う問題の数式は、誰も解こうとしないのである。だが人生とは、往々にして1÷1=1程度には難しい。

 本番には使えないその練習で埋め尽くす時間の消耗とは、なに? 消耗が人生であるのなら、解決もまた人生である。この世で起こることのすべてが人生であるように、この世で起こすことのすべては人生である段落

 人間生活は、ほとんどのものを借りてきている。つまりは、全員が「借りてきた人間」だ。

 ピカソシステムだ、愛はシステムだ、お〜いお茶システムだ。このように、この世のすべてのものは「システムであるシステムは、名前が付いた瞬間から駆動し始める。このシステムを借りているのである

 システムそれ自体には、自己反省性や自己批判性が無い。日に日にすり減り、衰退し、レベルの低くなっていくパワーゲームが起こるのは、このためである。それはひとつの部類と部類の間にも起こり、ひとつの部類の中にある区分区分や、なにかとなにかでも起こる。この世に存在するすべてで発生する。

 イチローホームランを打つこともシステムである。観客は指先ひとつ動かさずに、ホームランを打つ感覚だけを、その時に借りてくる。システムには固体と液体が存在し、それを紐解くのが感性である。固体よりも液体の方が紐解きづらい。

 イチローホームランを打つ、ということにおいての固体は、バットボールが当たった、ということだ。そして液体は、バットの振る速さ、バットのどの部分に球が当たったのか、イチローのその試合までの日頃の練習、その時のプレッシャーなどである

 食べ物でいえば、ハンバーガーのものは固体であるが、ハンバーガー牛肉パテ一枚は液体であるハンバーガーには、何が挟まっているか。肉、トマトレタスピクルスソースなど、まだわかりやすい。それは固体だからである

 では、牛肉パテがどうかといえば、牛のどの部位の肉なのか、どのようにミンチにして他にも保存料などを混ぜるのか、あるいは冷凍する方法はどうかなど、液体なので難しくなる。

 飲み物場合であれば、それ自体がすでに液体であるいくら沢山お茶を飲んでも、お茶の葉の摘み方はわからないし、茶葉から抽出の仕方もわからない。

 そして肝心の乗り越えることは、紐解くこと、ともまた違う。乗り越える方法とは、決意である。つまり感性によって液体までを紐解き、それを決意によって乗り越えるのである

 もし感性によって紐解き、そして乗り越えなければ、借りてきた人間であるわれわれの精神はその借りているシステムに回収され、その枠内で縮小していき、ボーリングの球を投げる人間ですらなく、ガーターに落ちないようにレーンを直線に転がることを反復するボーリングの球そのものとなって、日に日にシステムは低次のレベルに向かって下降していく。

 世界の見え方は、ひとりひとりの感性による紐解きによって見えるものである遠近法パースペクティブ)は、人によって異なるということになる。

 実際にあるものよりも多くの秩序を想定してものごとを単純化したり、大きな衝撃からとても些細な衝撃までとにかく様々な衝撃によって人間は多くのものごとを見落としてしまったり、個人が持つ関心や愛好の傾向によって視野が狭められてしまったり、人間たちが交わす言葉が歪められ適切に定義されていないことに由来して私たち思考弊害を生んだり、上手にまとめてしまう際に人を欺くことになったり、など様々である。微調整

 この見え方が、感性の鈍感な体系的や表面的でしかなければ、そのもの本質ポテンシャル判断することが不可能になる。言うなれば開封されないゲームソフトパッケージのようでもある。段落改訂

奴隷を目指す社会の掲げる指標

沸騰していく社会

 小市民的な枠の中で、安穏な生活をして、たとえばたまにごちそうを食べて、遊びに行って、楽しいかもしれないけど、あとの日常というのは、会社に行ってせいぜいおしゃれな格好をして、夜になると酒飲んで、上役の悪口を言う程度のことで、あとはもう毎日毎日システムの中に組み込まれちゃってる。段落改訂

 なぜなら大多数にとっては、矛盾解決することではなく、長い大通りが隙間のない道であるかのように表面から矛盾を見えなくすることが、幸福の前提だからだ。

 ある人間が、自分生活だけしか生き得ないようなら、彼は自分生活も生き得ないはずだ。なぜなら、彼自身生活というのが、その各々が、他の生活にも属し続けるアクシデント連続から成っているのだから段落

 このようにしてわれわれは、目の前の温度が昨日よりも苦しくなっていることが、わからなくなってしまうのである

 社会で良いものとされている礼儀であっても、ポテンシャルを持っていない礼儀であれば、それは良いものとは言えない。同様に、ポテンシャルを持っていない褒め言葉も、けっして良いものとは言えない。罵倒批判にいたっては悪いイメージ自動的に付くものであるが、ポテンシャルを持っている罵倒批判は良いものである

 歳をとるということが、物理的にも、精神的にも、〜のセーフラインではなくデッドラインに近づいていくことだとしても、今はまだ大丈夫という感覚を持っている人もいるかもしれない。しかし、トラックに轢かれて腕を失ったとき、心が重くて起き上がれなくなったときあの世よりもこの世に Permalink | 記事への反応(0) | 18:41

日記

……三十歳で亡くなるように繊細で、厳しい感性を持つ、地球上のすべての女性に向けて……

prologue

時代場所次元を超えたマッシュアップ段落

 いま砕け散ったすべての彼ら彼女らの全員が、けっして自分以下ではなく、自分以上の精神によって成し遂げようとし、表面だけは目新しい今日という時間に内在している本質的にはポテンシャル可能性が縮小していくこの世界に生まれる喜びを相手取った、苛烈で、疲弊し、それでも均衡を取りながらも、ある一瞬のスキを付いて世界価値刷新しようと繰り広げる闘争の中でくずおれていったすべての魂たちを目撃したわけだが、この敗北のすべてに共通するものがあるとすれば、それは、目に見えないもの価値が、目に見えるもの価値に負けてしまたことを意味しているのだ。微調整

人生シンボル世界アレゴリー冒険(または旧式の劣悪的価値観を盲目に信奉し続けている中身の無い老若男女による日頃の盲従とその殺人——と殺される人間精神本来の豊かさの立体的構成について)

「“あたくしは、永遠にあなたを愛するという揺るぎのない強固な意志をもってます。“

 このうわべは月並文章を注意深く読んでみたまえ。[愛する]という言葉よりも、[永遠に]と[意志]という言葉のほうがずっと重要なのだ。」

問題は愛ではなかったのだ。不滅だったのである

ミラン・クンデラ『不滅』

1 - verse

 宇宙全体を満たす闇。実は、そこには光もまた満ちている。

 それは、真空であるために太陽の光を反射するものが無いことで、肉眼では感知できない光だ。地球では空気の粒子による反射によって、人間は光を認識出来るのである

 あなたがこれを読む前に抱えていた感情はなんだろうか。

 感情字面上では、喜びの対義に悲しみが、怒りの対義に笑いが記されている。しか実際問題として、この二つは同時に抱えることもある。なぜなら感情は、単一感情よりも、もっと多くの感情と連動しているからだ。

 映画を観た時に、小説を読んだ時には、その人物感情ひとつで考える私たちの把握能力には、いまだ未知の領域が広がっている。同時に抱えた感情は、いくつもが比例や反比例の連動的であり、また相対的でもある。

 人間存在することが1で、存在しないことが0であるならば、人間は産まれた時の1から0へと向かっていることになる。生きているという状態を前方向だとするならば、一日一日前へ進むごとに、死という後ろ方向へと歩んでいるという矛盾が内在している。

 そのように、史上空前の前向きさというものは、中途半端な前向きさの中にあっては、後ろ向きに進んでいるように見られてしまものである

 ジャンケンを心から面白いと思って行う者は、たぶん、あまりいないと思われる。僕は簡単に持ち出せるツールとして、ジャンケンを使っている。

 たとえばチョキの指の数が三本で、パーの指の数が四本で、グーの握り拳を半分の力で握るといったジャンケン2や、ジャンケンのその他のAnotherバージョンがあっても、それが最も面白いと思って行ってはいないことだろう。ジャンケンがこの世で最も面白いと思って満たされれば、ジャンケンよりも高次のもの発明する必要はなくなる。

 それと同様に、世の中の九割以上のもの面白いと思えなくなってから、この話は始まる。それはつまり物語面白いと思えなくなってからしかし同時に物語以外が面白いと思えなくなったところから始まる物語、でもある。

 トロフィーを獲得することを目指すのであれば、どんなに簡単ゲームソフトのゴールでも、トロフィーは獲得出来るのだ。

 人間の願いは、たった一つに集約出来る。と言うと、金や異性やその他諸々、人の数だけたくさんの夢があるだろう、とあなたは思ったはずだ。

 もったいぶっても仕方がないのであっさりと言ってしまうが、そのひとつの願いとは、自分が産まれてきてよかった、と思いたいのだ。もちろん、それは一瞬のことではない。なぜなら、その一瞬は、次のニ瞬目には覆されてしまうかもしれないという不安が、常に内在しているかである。これが現在という本質自体の中にある、癒すことのできぬ不完全性である

段落

 最初にどんな断りを置いたとしても、本来、こんなことは書きたくない。いつの世にあっても、本当のことを考えれば、好きな人からは嫌われ、嫌われるべき相手からは好かれ、招待状もなく価値を殺す人はやって来るし、招待状をいくら出しても価値を殺される人には届かないことだって多い。

 往々にして悪魔自分自身天使だと思い込んでいるものだし、天使は引け目を感じていつでも自分を捨てようと画策している。本当のことを追えばそれは自然哲学に近づいていき、でも僕は哲学者になりたくないし、哲学者が遺した書物に書かれているものSNSの内側では見られないものだし、ツイッターで流れてくるものではないし、マッチングアプリのコツでもないから、SNS基準である以上の思考が溢れることのない世の中で生きることは出来なくなってしまう。

 探検家にはなりたくないし、革命家にはなりたくないし、伝道師にはなりたくない。なぜなら、その肩書きという断絶によって精神の分断が発生し、無責任肥料が撒かれ、その土には何も育たないからだ。

 自分が変わらないように相手を変えようとするパワープレイの中にあって、お互いが同時に変わるという正解を見つけることなど難しい。

 日本人モラルの一つとして、危険を犯さないということを前提としている。だから、誰も言わなかったことは言えない。誰もやったことがないことはやらない。ああだ、こうだ、それはこうだ、と後からもっともらしいことを言う奴はいるけど、誰もやったことはないとか、誰も言ったことがないようなことを、言ったりやったりするということはない。

 日本では個性的なことをやると嫌われる。日本オリジナルなことをやったら協力者はいない。あらいいわねえ、と言われる程度の表現範疇しか成立しない。

 一般の人たちの芸術観は、ふだんはいろんな壁でもって遮られている。それが協力者たちのおかげで枠がサッとはがされて、みんなの心がひらかれる。しかし多くのことは、このようなプロセスを踏めないがために、人々の初歩レベルの心はひらかれることはない。もちろん、芸術という言葉は、人間存在のもののことである。なぜなら、命とは、生まれてきた(アウトプットからである

 今までの社会では、すべての人がそれをはっきりと自覚するまでにはいたっていない。しか自覚さえ持てば、そこには芸術がはじまるのである

 安心できたことのない世の中で人間精神に道をつくるような前進とは、感性を揺さぶらないがために波を立てることもまた無いといった類いによる社会権威のような安心ではなく、圧縮した密度を柔らかい感性で紐解けば空間を満たすことの出来るストリームの粒子を包んだものによって開いていくのである。なぜなら、安心できない世の中に対して、無風という誰からも嫌われなさそうな自己主張による社会人生流通権力は、結局、人間排除する社会の固さにひれ伏し続けているかである安心でさえ、安心の風が吹かなければならないからだ。

 たとえその時は無風であることに安心しても、その時を過ぎればまた窒息し、社会という強制参加で誰しもの元にいつもやって来る未来に対して、ほとんど勝てないギャンブルのような傷付き方をしているのだ。

 物語というのは、ガラスケースの向こうだけで収まり安心出来るもののことを言うのではない。作品の向こう側が物語であると同様に、作品こちら側こそが物語からであるあなた人生という言葉を使う時、その人生乾パンのようなすべてを削ぎ落とした最低限の生活イメージするだろうか。乾パン乾パン出会って、乾パン家族にでもなるのだろうか。乾パンに味は染み込まない。精神の荒廃の目配せをしながら、社会という徒党を組んで人間を捨て、不安払拭するのだろうか。普通とはなんだろうか、大人とはなんであろうか。それらは人間の外にあるのだろうか。そもそも日常という言葉欺瞞であり、それがあることで非日常が生まれ、それらはまるで交わることのない別の直線のように思い込んでしまうが、日常という言葉意味乾パンであるならば、DVをし続ける会ったことのない両親に税金という仕送りを送金し続けるためだけの頭数の数合わせである。そのために産まれた時からあなた脳内に刷り込まれ続ける、数々の人生認識を胸に抱きながら死を迎えることだろう、おめでとう。改めて言うが、人生とは全部である段落

段落

 芸術と名付けられた一系統の固さが残り、その人間がその時に立ち向かったであろう、作品を超えた形なきストリームの柔らかさは残らなかったのである。そして僕たちはそれと向き合ったときに、社会での自分をそのまま変えそうにないか不快ではない、として表面を見るのである

 今の時代からすれば、これは自分の部屋に飾れるくらいに、なんでもないかいいね。その状態にあっては、たいていの美術館は5分で出ることができる。それがいつでも時代限界だったのだ。段落改訂

 そして感性とは、思考と同じくらいに姿勢のことである思考がそれひとつであれば、姿勢というのはそれひとつの外にまで開かれているということだ。この両輪が表示するものは、画面いっぱいに並んだ細かい違いのパーツというよりは、パーツの持つ目に見えない特性である段落改訂

 そして、これこそがポテンシャルの方角を決める判断に繋がるものであるポテンシャルが無くても、ポテンシャルへの方角が合っていれば、前に進むごとにポテンシャルへと近づいていき、ポテンシャルがあっても、ポテンシャルとは明後日の方角を向いているのであれば、前に進むごとにポテンシャルは消えていく。段落改訂

段落

 趣味的だからだ。趣味というのは自己満足から、自他に挑んで自分自身を乗り越える、自分をも否定するということにならない。ちょっと面白いものをつくったり、変わったことをやるのはいても、¨遊び”と、”趣味”は違う。”遊び”と、”お遊び”は、むしろ正反対のものからだ。趣味危険を犯さない。自分によりかかっている。甘えてる気配がある。自分を敵としてやってない。強烈に自分と闘ってない。自分の好みに乗っかって自足してる。趣味に溺れるのではなく、自分と闘い、同時に他とも闘う。段落改訂

段落

 ほとんどがニューヨークパリ海外の国なんかで発表された二番煎じ三番煎じみたいなものが多い。何だこんなもの、と言いかけて、海外のどこどこの国ではこういうのが流行っている、と言うと、見るほうも、ああそうかというようなところがある。誰もやらなかったことをやるというのは、日本じゃ絶対に認めない。

 これは作品論で終わる話ではなく、この国で日々の思考を縛りつけている価値観のことである

 ゴッホ絵画生前には一枚も売れなかった、という話を引き合いに出すまでもなく、人々の自分に対する感覚の自信は傲慢であるしかし、人生理解出来てないのだ。1+1=2、1×1=1、納得した、僕が納得出来るってことは、これはいいものだね。しかし、IQ10の人間が納得することなど、IQ9までである。そして人生にたえず付き纏う問題の数式は、誰も解こうとしないのである。だが人生とは、往々にして1÷1=1程度には難しい。

 本番には使えないその練習で埋め尽くす時間の消耗とは、なに? 消耗が人生であるのなら、解決もまた人生である。この世で起こることのすべてが人生であるように、この世で起こすことのすべては人生である段落

 人間生活は、ほとんどのものを借りてきている。つまりは、全員が「借りてきた人間」だ。

 ピカソシステムだ、愛はシステムだ、お〜いお茶システムだ。このように、この世のすべてのものは「システムであるシステムは、名前が付いた瞬間から駆動し始める。このシステムを借りているのである

 システムそれ自体には、自己反省性や自己批判性が無い。日に日にすり減り、衰退し、レベルの低くなっていくパワーゲームが起こるのは、このためである。それはひとつの部類と部類の間にも起こり、ひとつの部類の中にある区分区分や、なにかとなにかでも起こる。この世に存在するすべてで発生する。

 イチローホームランを打つこともシステムである。観客は指先ひとつ動かさずに、ホームランを打つ感覚だけを、その時に借りてくる。システムには固体と液体が存在し、それを紐解くのが感性である。固体よりも液体の方が紐解きづらい。

 イチローホームランを打つ、ということにおいての固体は、バットボールが当たった、ということだ。そして液体は、バットの振る速さ、バットのどの部分に球が当たったのか、イチローのその試合までの日頃の練習、その時のプレッシャーなどである

 食べ物でいえば、ハンバーガーのものは固体であるが、ハンバーガー牛肉パテ一枚は液体であるハンバーガーには、何が挟まっているか。肉、トマトレタスピクルスソースなど、まだわかりやすい。それは固体だからである

 では、牛肉パテがどうかといえば、牛のどの部位の肉なのか、どのようにミンチにして他にも保存料などを混ぜるのか、あるいは冷凍する方法はどうかなど、液体なので難しくなる。

 飲み物場合であれば、それ自体がすでに液体であるいくら沢山お茶を飲んでも、お茶の葉の摘み方はわからないし、茶葉から抽出の仕方もわからない。

 そして肝心の乗り越えることは、紐解くこと、ともまた違う。乗り越える方法とは、決意である。つまり感性によって液体までを紐解き、それを決意によって乗り越えるのである

 もし感性によって紐解き、そして乗り越えなければ、借りてきた人間であるわれわれの精神はその借りているシステムに回収され、その枠内で縮小していき、ボーリングの球を投げる人間ですらなく、ガーターに落ちないようにレーンを直線に転がることを反復するボーリングの球そのものとなって、日に日にシステムは低次のレベルに向かって下降していく。

 世界の見え方は、ひとりひとりの感性による紐解きによって見えるものである遠近法パースペクティブ)は、人によって異なるということになる。

 実際にあるものよりも多くの秩序を想定してものごとを単純化したり、大きな衝撃からとても些細な衝撃までとにかく様々な衝撃によって人間は多くのものごとを見落としてしまったり、個人が持つ関心や愛好の傾向によって視野が狭められてしまったり、人間たちが交わす言葉が歪められ適切に定義されていないことに由来して私たち思考弊害を生んだり、上手にまとめてしまう際に人を欺くことになったり、など様々である。微調整

 この見え方が、感性の鈍感な体系的や表面的でしかなければ、そのもの本質ポテンシャル判断することが不可能になる。言うなれば開封されないゲームソフトパッケージのようでもある。段落改訂

奴隷を目指す社会の掲げる指標

沸騰していく社会

 小市民的な枠の中で、安穏な生活をして、たとえばたまにごちそうを食べて、遊びに行って、楽しいかもしれないけど、あとの日常というのは、会社に行ってせいぜいおしゃれな格好をして、夜になると酒飲んで、上役の悪口を言う程度のことで、あとはもう毎日毎日システムの中に組み込まれちゃってる。段落改訂

 なぜなら大多数にとっては、矛盾解決することではなく、長い大通りが隙間のない道であるかのように表面から矛盾を見えなくすることが、幸福の前提だからだ。

 ある人間が、自分生活だけしか生き得ないようなら、彼は自分生活も生き得ないはずだ。なぜなら、彼自身生活というのが、その各々が、他の生活にも属し続けるアクシデント連続から成っているのだから段落

 このようにしてわれわれは、目の前の温度が昨日よりも苦しくなっていることが、わからなくなってしまうのである

 社会で良いものとされている礼儀であっても、ポテンシャルを持っていない礼儀であれば、それは良いものとは言えない。同様に、ポテンシャルを持っていない褒め言葉も、けっして良いものとは言えない。罵倒批判にいたっては悪いイメージ自動的に付くものであるが、ポテンシャルを持っている罵倒批判は良いものである

 歳をとるということが、物理的にも、精神的にも、〜のセーフラインではなくデッドラインに近づいていくことだとしても、今はまだ大丈夫という感覚を持っている人もいるかもしれない。しかし、トラックに轢かれて腕を失ったとき、心が重くて起き上がれなくなったときあの世よりもこの世に Permalink | 記事への反応(0) | 18:41

2022-12-11

増田♂52歳のナントカ

(´・ω・`)「…麹町宝島社が間借りしとるビルの地下の博物館でワイにとっての「知の巨人高島鎮雄さんのコレクション展示を観て、十年ぶりくらいの訪問になる東大宮ジャンクガレッジ本店調子にノッて前回の倍量のまぜそば頼んで残り1/3で絶望しそうになり、日帰りの元気なくなってビジホに泊まろうと駅まで戻ってたらJAさいたま本店キテレツ建築ビックリ、駅近のSEIYUが24時間営業なのにビックリ、でもホテルは無かったので大宮駅まで移動して飛び込みで入室したとこで腹を下しながらyoutubecity popライブストリーム流してスマホで昨夜から読み始めた なろう みてる今」

旅先でディナーに腹に悪いメシ(とか呑み)喰って宿で排出しとるのはこの二、三年の独り旅のデフォなんよ(´・ω・`)ヤメラレヌ

2022-10-26

日本ってなんだかんだすごくね?

漫画寿司ツナミ過労死かわいい変態

世界で通じる日本語がいっぱい存在する

文化韓国に負けてる、経済中国に負けてるっていうけど

任天堂日本企業だし、音楽アメリカ発祥別に韓国ストリームを産んだわけではない

何かしらを想像したことがあるアジア圏っていうのは結局日本だけで影響力は落ちたとはいえ日本ってやっぱすごいんだなと感じた

この先はわからないけど音楽とかpopがそのまま韓国音楽って単語に置き換えられることはなさそうではあるけどね

2022-10-04

anond:20221004181558

最近言語ではforeachとかコレクションストリームを回すための構文やメソッド関数存在するのでそれで回すのが現代

2022-07-31

およそ15年ほどラジオを聞いてきたんだが、勝手ベスト10を選ぶわ

はじまり14歳の頃、地方在住の俺は水禁止体罰あり、毎日理不尽モラハラ部活所属していた

顧問の車を仲間とどうやって破壊学校に来れなくなるかを相談しては

先輩、後輩、同級生を片っ端から視姦し毎日毎日が山のようなティッシュに埋もれていた時代

金曜にその部活は夜間練習があり、帰りは親が車で迎えに来てくれてその車内でかかっていた

NHK-FMミュージックスクエア」を毎日聞くうちにDJ中村貴子さんの喋りと選曲にハマった

自分音楽好きなのでラジオ音楽が絡むと最高なので偏見に満ちたランキングになっている

1. 電気グルーヴのオールナイトニッポン

電気を好きになった流れからWinMX2ちゃんDL板で落としまくって

全ての回を聞きAMの沼に落ちて行く

信じられないことだがこの時の彼らは2023歳くらいで1部を担当していた

異常なほどの面白さはクイックジャパン特集回を読め

2. JUNK 爆笑問題カーボーイ

2000年頃から聴き始めた

リアルタイムで聞いているか太田光のその時興味あることをモロに影響を受けている

ハガキ職人レベルは他の追随を許さないほど高く、OPトーク自分栄養剤だ

この番組が終わる時のことを考えると怖くて仕方ない、それほど依存してしまう魅力がある

太田さんは何か大きな出来事が起きるとギャグも交えながら自分の考えをじっくりと語ってくれる

このようなことを深夜番組で話し、尚且つ成立してしまうのはカリスマ性があるからだと思う

詳しくはクイックジャパン爆笑問題特集を読め

3. ストリーム (TBSラジオ)

2007年頃にPodcast配信し始た頃に名物コーナーだった「コラム花道」に非常に影響を受けた

曜日コラムニストが登場し吉田豪町山智浩勝谷誠彦辛酸なめ子阿曽山大噴火

を知ったのもこの番組きっかけだ

コラムにもハマったが、MC小西克哉松本ともこ

おじさんとFM出身美人パーソナリティの組み合わせが素晴らしかった

ジャーナリストとしても活躍する小西さんはアメリカ大統領選の時は誰より分かりやす

面白解説をしてくれとても勉強になった

4. 伊集院光 日曜日の秘密基地

TBSに偏りがちで申し訳ないが、15年前くらいかコロナ禍まではすごい番組が乱立してたんだ

この番組2000年にスタートしており好きなのところは伊集院光自分のコアな趣味、嗜好を

日曜日の昼に4時間放送していた事だ

全て聞いた中でも好きなコーナーはもちろん「秘密キッチの穴」

ネットがまだ今ほど普及する前だったから成立していたのは間違いない

この前終わった朝の番組にも似たようなコーナーもあったり、竹内香苗アナという最高のパートナーとの

邂逅を果たしたのもこの番組で、売れる前のサンドウィッチマンアンタッチャブルも出演していた

5. 大友良英ハイブリッド音楽

あまちゃん全国的名前が売れた大友良英によるNHKFMでの音楽紹介番組

これは大友さんに加え、異常な知識を持つ大学教授バンドメンバー

この曲はこういう意味があってこういう背景から出来た曲で、その影響を受けたのが,,,,

など永遠にマニアック知識を惜しみなく披露してくれるので音楽好きの自分にとって

天国のような番組でした

5回ほど放送して止まってしまっていますが、大友さんは今ジャズトゥナイトという

これまた素晴らしい番組もやっているのでぜひ一度聞いてみてほしい

6. TOKYO M.A.A.D SPIN

コロナ禍と同時にリニューアルし各曜日に新しいナビゲーターを起用して

音楽はもちろん政治時代の流れに沿った企画などもありJ-WAVEでこれやる!と驚いた

特に火曜日高木完さんは初回にヤン富田氏がゲストに来て2週じっくりトーク聴くことができた

その他、ボアダムスのEYヨ、YOSHIMI、RIDDIMというレゲエフリーペーパー石井志津男氏

などかなりレア面子が続々出てくるのは完さんのコミュ力だと思う

7. ダイアンのよなよな

2014〜2021までABCラジオで3時間生放送をしてた人気の番組

自分が聞いたのは2020からだったのでリアルタイムでは短かったが

まり馴染みのなかった関西ラジオを初めて聞いてハマったのがダイアンだった

幼馴染のコンビなので、リスナー以外分からないネタオンパレードに加え

うんこおしっこおならゲラゲラ笑っている40歳のおじさん達の会話は

癒し以外何も無い、ダイアンは今はTBSラジオをやっているが

ABCで一ヶ月に一度「ラジオさん」という1時間半もどうにか続いているが

ダイアン真骨頂こちらだなと思う

8. アッパレやってまーす! 極楽とんぼ

MBSラジオ土曜日にやっている番組3月までは木曜だった、

メンバーは隔週で小峠と小沢=LOVE大谷フリーモデル池田裕子

2022年の4月までボイメン小林レギュラーだった

初めて聞いた時、こんな大人数で喋るのってどうなんだ?と思ってたが

元々極楽とんぼのが好きだったので

加藤を軸に知らない人のキャラ人間性がどんどん分かってきてハマった

男女も年代も入り乱れたワチャワチャの会話に独特なグルーヴがあり、

今日はどんな話題をしてくれるのだろうと毎週楽しみにしている

まり知られていないが極楽とんぼMBS2001年ぐらいからずっと

ラジオレギュラーも持っており、山本も一人で地元広島で喋っている

一時期JUNK担当していた時の面白さは

JUNKの中でもシカゴマンゴ吠え魂かと思えるくらい毎週腹を抱えて笑った

9. フワちゃんオールナイトニッポン

Xの最終回ゲストCreepy Nuts最初から最後までテンションが上がりすぎて

聞いてるこちらも疲れるくらいの回だった

この番組は今はゼロの枠だが特徴としてフワちゃんが曲を流しても

曲に乗っかって歌ってしまカラオケスタイルだった事に衝撃を受けた

10. シン・ラジオ 金曜日

パーソナリティ友近2022年4月から始まったばかりの番組

今年のベストラジオだと既に思っている6月17日ロバート秋山ゲスト回は

もはや3時間コントラジオだった、フワちゃんカラオケスタイル友近も取り入れており

この回は秋山友近BAYFM交通情報BGM歌詞即興で乗せて歌ってたのが

信じられないほど面白かった

YouTubeに上がってるのでぜひ聞いてみてほしい

2022-05-01

anond:20220501155206

俺は高身長男性だけど、性被害に遭ったことはある。トイレを覗かれたり、挨拶がてらに無理矢理キスされたり。それでも、性的存在として表現すること・宣伝することに反対したいとは思わないな。まあ、現在世界高身長男性が性被害に遭いやす社会とまでは言えないから、この言明はフェアではないけれど。

VTuberストリームを観ていて、女性性的存在であるとか、劣った存在である表現されたときは即座にダウンボートしている。俺は表現の自由戦士としては、そういうのに厳しいタイプだ。でも戦士の基礎、批判はすれど表現のものは消し去るべきでない、は間違いなく貫いている。表現の悪影響をなくすためには、元凶表現を止めるよりも、修正パッチを当てるみたいに、さらなる表現を持って理性をより道徳的教育すべきだ。

以前ゲーマーが、170cm の男性人権はない、って言った時、ネット民は総バッシングして彼女を退場させた。主義としてはキャンセルカルチャーは許しがたいが、世間の声における非難の公平さについては、ダブルスタンダードではないと評価している。

2022-04-22

広告業界転職したエンジニアなんだが

パフォーマンス求められて言語GoやらRustやらScalaやら使ってて

大規模分散処理やストリーム処理、BigQueryやらKubernetesでの環境構築やら、俺はやってないけどやろうと思えば機械学習での最適化とか、

まあ今の仕事続けてたら将来独立したときかに割りと単価上がるんだろうな―、って感じはあるんだけど、

仕事自体社会の役に立ってるかって言われると、まあない方がWeb全体の居心地はよくなるんだろうなっていうのも薄々感じてる

お仕事ってそんなもんかな

2022-03-26

今日用語: 動画字幕関連

subtitles: 話者の声を文字化して(多くの場合さら翻訳して)動画に同期させて表示する字幕聴覚的には健常だが、何を話しているかからない人(他言語話者)向け。

captions: すべての音声情報文字化して動画に同期させて表示する字幕。声以外の音(物音、音楽効果音など)の情報話者が誰か、声色などの情報も含む。聴覚障害者向け。米国など法的に必須のケースもある。

open captions: 動画に焼き込まれて常時表示されるcaptions。

closed captions: 動画とは別ファイルストリーム)として提供され、必要に応じて表示をオンオフできるcaptions。

transcripts: 音声の文字起こしデータ。およびその翻訳動画や音声の再生時に提供される場合は、現在どこを話しているか表示できることもある。

2022-03-20

ゼレンスキー日本向け演説で何を言うか予測 追加(真面目に)(大喜利ではない)

https://twitter.com/hiranotakasi/status/1505288698887299074

日本向けも(みんなが期待している)歴史メッセージがない可能性はあるかもしれない。”(←スイスではなかったので)

ロシア事業継続日本企業に撤退を促すことはあるかも。日本版ノルド・ストリームである北極海LNGプロジェクトから手を引くべし、という呼びかけはあるか。”

https://twitter.com/hiranotakasi/status/1505290016192442375

日本が、国際秩序原則に従って行っている制裁支援連帯への感謝は”入るだろう

制裁に関して、魚介類は触れないだろう”

https://twitter.com/hiranotakasi/status/1505296007772389378

外国企業に露との/での事業を断念させることになっているので、やはり対日本演説でもそれを言う”だろう (←スイスではNestleが名指しされたので)

anond:20220320100446

2022-03-09

anond:20220309012210

スレ主です。

> そこはサウスストリームのガスパイプを4本にしろ圧力をかけることを兼ねて侵攻したが、計算違いで結局2本になってしまったという話をしている

英文だと以下の箇所ですね。

Then we decided to pressure Erdogan to get 4 pipes for the Southern Stream (gas) and entered Syria.

英文上は、シリア侵攻がトルコに対する圧力を兼ねているという内容にはなっていません。「トルコへの圧力を決定したこと」と「シリア侵攻」は併置されているように読めます

後者が前者を兼ねるのであれば、Then we entered Syria in order to pressure Erdogan ... 等となっているのではないかと。

Southern Stream was reduced to 2 pipes (gas), and Syria is hanging – we leave and Assad will be toppled and we will look like idiots, and staying there is hard and pointless.

→ここも「計算違い」という文意は読み取れませんでした。Our miscalculation lead to the reduction of Southern Stream to 2 pipesとかであれば分かりますが。

なお、英文はともかくとして事実関係はおっしゃるとおりだったのでしょうか? そうであればそのように注記することも考えます

anond:20220308162009

何か所か誤訳してる。そこはサウスストリームのガスパイプを4本にしろ圧力をかけることを兼ねて侵攻したが、計算違いで結局2本になってしまったという話をしている

anond:20220309011900

いま、ウクライナにおける市民の損害は図形構造的進捗を見せており[和訳者註: 多角形に拡大しているということか]、我々への抵抗は強まるのみである歩兵による市街への進入はすでに試みられており──20の空挺集団のうち、"限定的"成功を収めたものは一つのであるモスルの侵攻を思い出してほしい。これは法則である──すべての国家で発生する。新しいものではない。籠城戦をする? ヨーロッパにおける直近の十年紀において──セルビアが最も好例であり、都市は籠城下においても年単位機能を維持できる。ヨーロッパからの人道的支援車列は時間問題である[5]。我々の条件的締切日は六月である。条件的というのは六月にはロシア経済存在しないかである──何も残らないであろう。概して、来週には(ロシアにおいて)、二大勢力(主戦と反戦)のいずれかで崩壊が起きるであろう、単純に現在の緊張は持続不可能であるからである。我々は何らの分析も持たず、我々はこの混沌への予報を出せず、誰も何も何らの確証を持って言うことはできない(ロシアにおいて)。

直感に頼って行動するのであれば、そして高ぶった感情とともにするなら、それがポーカーゲームということにはならない。しかし我々はなんらかの選択肢が奏功することを祈って賭金を積み増すしかない。これにおける悲劇計算違いを起こして全てを失うことは容易にあり得るということだ。概して、ロシアに出口はない。勝利可能性のある選択肢はなく、敗北しかない──ここが瀬戸際だ。(英訳者註: 休憩。続きはあとでやる)(英訳者註: 続きの後半はもっと面白く、前向きなおどろきで終わる)

100%、我々は前世紀の過ちを繰り返したのだ、"弱い"日本を足蹴にして素早い勝利を得ようとして、わが陸軍がまったく壊滅状態にあることが判明した時の。そして我々は勝利まで戦い、そしてボリシェヴィキ陸軍で再教育のため徴兵した。そしてこれらかろうじてもののわかるボリシェヴィキどもは反戦標語を拾い上げあのようなことを始めたのだ…… :kyoumokawaii:

前向きな点の中から: 我々は懲罰部隊前線に送ったようなことは徴候もないようあらゆることをなした。もし政治犯社会的不要分子徴兵したならば陸軍士気は負の領域に入る。

敵(ウクライナ)は動機付けられている。怪物のように動機づけられている。戦いを知り、潤沢に有能な指揮官もつ。彼らには武器支援がある。我々は単純に人的破局(human catastrophe)の先例を樹立するであろう。

我々が最も恐れていることとは: 首脳部は古い問題を新しい問題で覆い隠そうとしている。大まかにこの理由により、2014年にはドンバスが起きた──我々は西側に対してクリミアでのロシアの春を攪乱せねばならず、ためにドンバスのいわば危機西側の注意をすべて引き付けてくれねばならず、そして交渉材料になったのだ。しかさらに大きな問題がそこで起きてしまった。そして我々はエルドアンにサウス・ストリーム(ガス)から4本のパイプを引き込むよう圧力をかけることを決断してシリアへ進入した。これはスレイマニ([イラン・]イスラム革命防衛隊)が自分たち問題解決のため我々に意図的誤情報を渡した後のことだ。結果として、我々はクリミア問題解決することができず、そしてドンバス問題も去ることはなかった。サウス・ストリームは2本パイプに後退し、シリアは[和訳者註: ロシア支援に]ぶら下がっている──我々が去ればアサド転覆し我々はまぬけに映り、とどまることは難しくまた要点をなさない。

筆者はなにものが"ウクライナ電撃戦"を考えついたのか知らない。我々があらゆる事実入力を受け取っていたならば、我々は最低限でも初期計画議論余地があり、大部分は再検討を要することを指摘していたであろう。大量の再検討がなされなければならなかった。

いまや我々は首まで[英訳者の表現]に埋まっており、我々は何をすべきかも理解していない。"非ナチ化"や"非武装化"は強固に定式化された変数をもちそれにより目的達成度を評価しえるものではなく解析的分類たりえない。[6] いまや我々は、いずれか精神的に破綻した助言役がヨーロッパに対して衝突を仕掛け、制裁緩和を要求するよう首脳を説得するまで待ったまま動けない状態にある──彼らは制裁を緩和するか、あるいは戦争になる。そしてもし西側が拒絶すれば? その場合において筆者は我々が、1939年ヒトラーのように真の国際紛争に引き込まれ可能性を排除しない[7]。我々の"Z"は鉤十字と等しくなるであろう。

局地的核攻撃の(ウクライナにおける)可能性はあるか? ある。軍事的目的のためではない。かような兵器防衛突破の役に立たない。しかし他のすべて(西側)を恐怖させる目的を伴う。

2022-03-08

anond:20220307185236(FSB内部告発文書(信憑性注意))のChangelog

文意の変わらない言い回しの変更等は割愛します。

エルドアン圧力を掛けてサウス・ストリーム(ガスパイプライン)を4本引かせ、シリアに侵攻させた。→エルドアン圧力を掛けてサウス・ストリーム(ガスパイプライン)を4本引かせた上で、シリアに侵攻した。(侵攻したのはトルコではなくロシア)

IANAIAEA (この話にICANN関係ないわな…)

・何もかも裏目に出る→何もかも分が悪くなる(make everything worseの訳はこちらのほうがいいだろう)

FSBからウクライナへのリークがあったか情報がないので、その確率は1-2%としよう—可能性は完全には排除できないが。→FSBからウクライナへのリークがあったという情報を私は持っていないので、推測するにその可能性は1-2%だろう—とはいえ可能性を完全に排除できるものではない。(やや意訳していた箇所を逐語訳に近く修正)

ロシアに対する雨霰の攻撃ロシアに対する隕石攻撃(おそらく英訳時のミス英文からの直訳に変更した上で、ロシア語原文を踏まえた補足を追加)

2022-03-07

FSB内部告発文書(信憑性注意)

id:Vorspiel

Changelogを入れたら末尾が切れてしまった…Changelogはリプにします。https://anond.hatelabo.jp/20220308162009

--

Twitterで流れていた以下の文書翻訳したものです。

https://twitter.com/igorsushko/status/1500301348780199937

最初Twitterに流しましたが(https://twitter.com/Vorspiel2/status/1500677825044819971)、誤訳修正し、追加情報を入れて清書しました。

なお、この文書真正性について、まずこちらの評価をご参照ください。(イギリス情報サイトBellingcatの幹部Christo Grozev氏による)

https://twitter.com/christogrozev/status/1500196510054637569

以下はその翻訳です。

昨晩[日本時間3/5早朝]、FSB内部告発文書と称するものが公開された。そこには、ロシア軍ウクライナでの失敗と、今後数週間~数ヶ月におけるロシア惨状予測が記されていた。これが本物かは分からない—ウクライナは以前に、心理戦の一環として偽のFSB文書リーしたことがある。

だがこれはそれとは違うようだ: 情報源は信頼できるもので(gulagu.net創始者)、偽造にしては遥かに長い文書だ(長くなるほどボロが出やすくなる)。

私はこの文書を、知己のFSB職員2人(現職または前職)に見せた。2人とも、これは間違いなく同僚が書いたものだと判断した。彼等は結論のすべてには同意しなかったが、それはさておき。

文書こちら。一読の価値がある: https://www.facebook.com/vladimir.osechkin/posts/4811633942268327

内部告発というのが仮に真であったとしても、内容に虚偽が含まれている可能性にご注意ください。

更に、私はロシア語は分からないので、露→英訳時に意図的か否かを問わず誤情報が紛れ込んでいる場合にはそのままになります。この点について、ロシア語が理解できる方はチェックをお願いします。

以下本文です。

--

[冒頭は英訳者Igor Sushko氏のコメント。氏はウクライナ出身アメリカ育ちのレーシングドライバー]

以下は、現職のFSB分析官による、ロシア現状分析英訳したものである。長いスレッドになるので心して読んでいただきたい。シェア歓迎。全文で2000語以上になる。カーテンの裏で起きていることに対する高度な洞察であり、幅広い題材を含む。

文意を明確にするための補足を、必要に応じて括弧書きで加えている。[日本語訳時に、追加の補足を角括弧書きで入れている。] では始めよう:

[ここからが元文書の内容]

最近はろくに眠れていない。ほぼ24時間勤務で、頭に靄が掛かったような状態だ。過労なのだろうが、まるでシュール世界の住人になったような気分だ。

パンドラの箱は開いた—本当の世界規模の惨劇は今夏までに始まるだろう—全世界飢餓は避けられない。ロシアウクライナ小麦の主要産地なのだから。(コメント: 世界規模の飢餓が起きるという予測には同意しない。)

我が国指導者層に本作戦(ウクライナ侵攻)を決断させたのが何かは分からないが、彼等は揃って我々(FSB)の責任だとしている。我々の分析非難され、もっと沢山報告を出すよう、最近ますます圧力を掛けられている。

こういう政治コンサルタント政治家、権力者ども全員が混乱の元凶だ。何より重要なのは、誰もこんな戦争が起きるとは知らなかったということだ—開戦は誰に対しても秘匿されていた。

一例を挙げる— ロシアに対する隕石攻撃(コメント: 西側諸国による制裁を指すと思われる)[これは露→英訳時のミスと思われる。詳細はhttps://anond.hatelabo.jp/20220322231355を参照]があった場合の結果と影響の分析依頼があったとしよう—

そこで攻撃モード分析するが、一方これはあくまで仮説であって細部を強調するな、とのお達しがくる。なるほどこのレポートはどこぞの官僚チェックリストとして使うもので、分析結果はロシアにとってポジティブものでなくてはならない、

そうでなければ「仕事ができていない」と詰問されるんだな、と理解する。したがって、我々にはどんな攻撃にも対抗手段が揃っている、という結論を出さざるをえない。もう完全にやりすぎだ。

ところが、蓋を開けてみればこれが仮説ではなく現実に起こっており、こんな仮説に基づいた分析など全くのゴミ屑になってしまった。制裁に対抗できていないのはこのためだ。こんな戦争が起きることは誰も知らず、従って制裁への対抗策も準備していなかったのだから

これは秘密主義と裏表だ—誰もが知らされていないのなら、準備のしようがあるだろうか?

カディロフは激おこだ。ウクライナが「FSBからキーウのチェチェン部隊情報をもらった」と吹聴したことで、我々(FSB)と連中は一触即発になりかけた。

カディロフの部隊戦闘に入る機会すらなく壊滅し霧消した。FSBからウクライナへのリークがあったという情報を私は持っていないので、推測するにその可能性は1-2%だろう—とはいえ可能性を完全に排除できるものではない。

我々の電撃戦は完全に失敗した。そもそもが完遂できないタスクだ: ゼレンスキーと部下を開戦3日で確保し、主要な建物をすべて占拠し、城下の盟を誓わせたとしたら、

ウクライナ抵抗は最小限に抑えられただろう。理屈上は。だがそれがどうした? こんな「理想的な」展開であってさえ、解決不能問題が残っている: 我々は誰と交渉する気だ?

ゼレンスキー排除するとして、よろしい、では合意署名するのは誰だ? ゼレンスキー署名するなら、彼の排除後は合意は役立たずだ。ОПЗЖ(ウクライナの親露派野党)は協力を拒否している。

臆病者のメドヴェドシュク[実業家プーチンの友人]は逃亡。指導者は他にもいるが—ボイコ[野党党首]は拒否、彼の支持者も理解しないだろう。ツァリョーフ[DPR・LPR議会議長]を呼び戻そうにも、ロシア国内ですら不評。ヤヌコーヴィチ[前大統領]を戻す? どうやって?

占領不可能、ということになれば、我等の撤退後、[ウクライナ]新政府10ももたずに倒されるだろう。

占領するにしても、必要人員がどこにいるというのか? 司令部軍警察、防諜、諜報—ウクライナ人の抵抗を抑え込んだとしても、50万人は要る。これに更に補給兵站が加わる。

こんなのはまりきったことだ—質の悪いリーダーシップを量で補おうとするなら、何もかも分が悪くなる。繰り返すが、これは「理想的シナリオ」での話だ。現実はそうではない。

それでどうなっているのか? 総動員を掛けることはできない。理由は2つ:

1)総動員を掛けたらロシア国内問題で自壊する: 政治でも経済でも社会でも。

2)我々の兵站今日ですら伸びきっている。これだけ巨大な分遣隊をウクライナに送り込めたとして、何が得られる? ウクライナ—広大な国土を持ち、我々に向けられる敵意は半端ない国において。

我々の道路はこんな大部隊補給に耐えうるようできていないから、何もかもがストップするだろう。現在の混乱状況を鑑みれば、指導者層がどうにかできるものでもない。

この2つの理由が同時に存在している。どちらか一方でも、失敗には十分だというのに。

ロシア軍の損失について: 実数は分からない—誰にも。開戦から2日間は何がしか情報が入ってきたが、今となってはウクライナで何が起きているのか誰も把握していない。主要師団との連絡は途絶えている。(!!)

通信回復するかもしれないし、攻撃を受けて散開しているかもしれない。司令官ですら戦死者数・負傷者数・捕虜数を把握できていない。戦死者の合計数は千人単位だろう。1万人か、5千人か、2千人ですんでいるか

こんなことすら、司令部誰も知らない。もしかしたらロシア兵の戦死者は1万人近くかもしれない。しかもここにはDNRとLNRの戦死者は含んでいない。

ゼレンスキー殺害ないし捕縛したとしても、状況は変わらない。我々に向けられる敵意はチェチェンのそれ並だ。今となっては、ウクライナの親露派ですら公然と我々に反抗している。

それもこれも、(ロシアの)トップがすべて決めたから。こんなシナリオ(ウクライナ侵攻)など、先制攻撃を受けない限り起こらないと聞かされてきたから。

我々が脅威を高めていくのは、戦闘によらず交渉で結果を出すために必要と聞かされていたから。ウクライナ国内でのゼレンスキー批判の準備も、ウクライナ侵攻など考慮にも入れていなかったから。

今日ウクライナ市民の死者数は幾何的に増加しており、抵抗は強くなる一方である歩兵部隊都市侵入を試みているが—落下傘部隊20隊のうち、わずか1隊が「暫定的に」成功を納めたのみ。

モスル侵攻を思い出してほしい。まるで同じだ—どの国でも起こることで、何も新しいことなどない。ここ数十年のヨーロッパでは—セルビアが一番良い例だろう—都市を包囲しても数年は持ち堪えられる。ヨーロッパからウクライナへの人道的支援が始まるのも時間問題だ。

我々のひとまずの期限は6月だ。というのは、6月になったらロシアには経済というものが無くなるからだ—何にも残らない。

大局的には、来週には(ロシアで)(戦争賛成派対反対派の)両者の一方が崩れるだろう。こんな(ロシア国内の)緊張状態は長続きできない、というだけのことだ。

分析のしようもなく、混乱状態予測の立てようもなく、何が起きるか確度を持って言える人間など(ロシアには)誰もいない。

直感に従って、しかも強い感情に動かされて行動するなどというのは最早ポーカーではない。だが賭け金は釣り上がってしまい、どれかしらの手段はうまく行くだろうという望みに掛けるしかない。悲しいけれど、人間は往々にして計算違いを起こすし、そうなればすべてを失うことになる。

見渡してみれば、ロシアにはアウト[ポーカーにおいて「これを引けば勝てる」というカード。「勝ちの目」]が無い。勝ち筋などなく、どうやっても負けるしかない—ということだ。(ここで一旦中断。小休止後に再開する)

(ここから後半。こちらはもっと興味深く、ラストには喜ばしい方向で驚くべきことが記されている)

我々は前世紀の失敗を100%なぞっている。「弱っちい」日本を蹴散らして瞬く間に勝利するつもりが、実は我々の軍はずたぼろだった。[日露戦争]

その後、また勝ちを目指して戦争[第一次世界大戦]をおっ始め、軍隊教育のためにボリシェヴィキ徴兵を始めた。当時よく知られていなかったボリシェヴィキ戦争反対のスローガンを掲げ、ああいった行動に出た…

プラスの面も見よう: 懲罰部隊前線に送り込むなんてことは考えもしないよう、我々は手段を尽くした。政治犯や社会不適合者を徴兵したら、前線士気は下がるだけだ。

敵軍(ウクライナ)の戦意は高い。恐ろしく高まっている。戦い方をよく知っているし、有能な指揮官も多数居る。武器補給もある。世界的な人道破局舞台を整えているようなものだ。

我々が最も恐れていることは: 首脳が古くから問題を新しい問題で糊塗しようとしていることだ。ドンバス2014年に起きたことの大きな理由がこれだ—我々は西側諸国クリミアの「ロシアの春」から引き剥がす必要があった。それで、いわゆるドンバス危機演出し、西側の注意を逸らして

交渉材料にするしかなかった。だがそれで問題さらに大きくなった。そこでエルドアン圧力を掛けてサウス・ストリーム(ガスパイプライン)を4本引かせた上で、シリアに侵攻した。

レイマニ(イスラム革命防衛隊)が自分側の問題解決するために、わざと偽情報を我々に流したために起きたことだ。その結果、クリミア問題は片付けられず、ドンバス問題も無くなっていない。

サウス・ストリームは(ガスパイプライン)2本に減らされ、シリアは宙吊り状態だ—我々が撤退すればアサド政権は倒され我々は無能扱いされるが、我々が駐留し続けるのも困難だし意味もない。

こんな「ウクライナ電撃戦」を誰が思い付いたのかは知らない。もし仮に我々が正しいインプットを受け取っていれば、少なくとも初期の計画には疑問点があり、大部分を再評価するよう指摘できただろう。それはもう大量に。

それが今や、我々はクソみたいな(PG言葉遣い英訳者による)ハマリ状態で、どうしたら良いかも分からない。「非ナチ化」「非武装化」というのは分析カテゴリには無い。というのも、具体的に数値化されたパラメタが無く、目的達成を何をもって評価できるのか分からない。

今や我々は、頭のおかし参謀トップヨーロッパとの紛争決断させるのをただ待つだけだ。要求制裁の緩和だ—制裁を弱めるか、それとも戦争か。

西側が拒絶したら? その場合、本物の国際紛争に巻き込まれ可能性も否定しない。1939年ヒトラー同様に。我々の「Z」[紀章]は鉤十字同様に扱われるだろう。

(ウクライナでの)局地的な核攻撃はありうるか? イエス。但し軍事目的ではない。こんな兵器は防御を崩す役には立たない。使うなら目的は我々以外(西側諸国)の恫喝だ。

我々はウクライナに全責任をおっ被せるシナリオの土壌を作っている。ナルイシキン(ロシア対外情報庁官)と配下SVRは、ウクライナが密かに核兵器製造していた、という証明をせっせとこさえている。クソったれ。

連中は、我々がとっくに分析放棄した論を押し通そうとしている: [核兵器開発の]専門家ウランがあったことの証拠証明など、でっち上げることは不可能だ。ウクライナには劣化同位体238[ウラン238。劣化ウラン]が1トンある—だが問題にはならない。核燃料サイクル上、作り出すことを秘密にはできない。

「汚い爆弾」にしても秘密裏に製造することはできない。ウクライナの古い原発では、それに必要物質副産物として最小限産出されるのみだ。アメリカはMAGATE[IAEAロシア表記]と共にこういう施設監視しているから、こんな論など出したら馬鹿にされるだけだ。

1週間後には何が起きているだろうか? 2週間後でもよい。我々はドツボにハマり、古き良き、空腹の90年代を思い出すことになるだろう。

市場が閉じつつあるのに対抗して、ナビウリナ[ロシア連邦中央銀行総裁]は正しい措置を講じているようではあるが、所詮は船に空いた穴を指で塞ぐようなものだ。状況はどのみちどんどん悪化し続ける。3日とか5日とか7日、などのうちには最早解決しない。

カディロフが地団駄を踏んでいるのも故ないことではない。彼等には彼等の野心がある。彼は「無敵」として名をあげた—もし失敗したなら、自分の部下達に引き摺り下ろされることになる。

それからシリア。「諸君—耐えろ、ウクライナは片づける、そうしたら我らのシリアでの地位を強化する。」実際のところ、ロシアの分遣隊はい補給が切れるかも分からず、その後には熱波が待っている…

トルコ海峡を封鎖したし、シリア物資を空輸するのはかまどに金をくべるようなものだ。しかもだ—これはすべて並行して起こっている。ひとまとめにして分析する時間すら無い。

我々の現状は1943-1944年ドイツのようなものだ—だがこれはウクライナでの「初期状態」にすぎない。

過労でくらくらするし、これは夢で、実は以前と何も変わっていないのではないかと思うことすらある。

監獄について—今後も悪化するだろう。ナットは血が滲むまで締め付けられるだろう。どこでも。有り体に言って、純粋テクニカル観点では、現状をコントロールし続けるにはこの手しかない。

我々は既に総動員体制だ。だがこんな体制は長く続けられない。タイムテーブルがどうなっているのかは分からないが、状況は悪化の一途だ。国家統治というのものは、総動員を掛けたら狂い始めるものと決まっている。しかもだ: 100mを疾走できるとして—それをマラソンでやったらどうなるか。

で、ウクライナ問題について100m競走よろしく飛び出したものの、よく見たら参加登録したのはマラソンだった、ということだ。しかもこれは、現状のかなり簡潔な要約でしかない。

更に皮肉なことを言えば、私はプーチンが核の赤ボタンを押して世界を終わらせるとは信じていない。

まず、それを決められるのは1人ではない。誰かが反対するだろう。このプロセスには多数の人間が関与している。「赤」ボタンを1個押すだけ、というものではない。

2つ目、そもそも[核兵器が]正常動作するかも疑念がある。

経験的に知られているとおり、制御構造に透明性があるほど、問題点は見つけやすい。誰が何をどうコントロールしているか混沌としているにも関わらず、虚勢を張った報告ばかりが飛び交う状況にこそ、問題が潜んでいるのが常である

「赤ボタンシステムが言われているとおりに稼働するかは確信が持てない。それに、プルトニウム燃料は10年毎の交換が必要だ。

3つ目、これが最も唾棄すべきで悲しいことだが、私個人の信念として、側近や忠臣すら近づかせないようになったプーチンが、自分自身を犠牲にするなどとは思えない。

プーチンが恐れているのがCOVIDなのか暗殺なのかはどうでもいい。もしプーチンが、自分が最も信頼していた人々すら恐れているのだとしたら、自分自身と最愛の人々を破壊するなんてことができるものかね? (英訳終)

2022-03-04

このままロシアが弱体化すると、どうなるのだろう

欧米ロシアに対する制裁が続いてる。

どこまでロシアを弱体化させた方がいいのか。

今のウクライナ侵攻をロシアが辞めるまで、というのはわかりやすい。

プーチンが降りるまで、というのもシナリオの1つだろう。

それだけで済むだろうか?


「またいつ繰り返すかわからいかロシア解体してしまえばいい、ノードストリーム2がつながっている土地欧州に組み込んでしまえば丸く収まる」

という誘惑はないだろうか。

2022-01-09

反面教師のひとり

偏差値55くらいの大学学部卒論みたいな内容だなw

ニュースサイトで調べました的な。

なにひとつ構築や設計したことなさそう。

文章といい、技術知識といい、調査不足といい、洞察のなさといい、本当にひどい。

この枠で若い有能なライターに書かせてあげればどれだけ社会貢献になるか・・・

老人がコネポジションにとどまると、まさに他人社会迷惑をかけてしまうという一例だなあ。

たぶん宗教ネットワークコネだとは思う。

 もしかしたら、WindowsPCからローカルという考え方を排除しようとしているのかもしれない。かつてアプリは必ずローカルにあった。ファイルローカルにあった。だからネットワーク接続していないPCでもそれなりに便利に使うことができた。

 今、インターネット接続していないPCというのはほぼ考えられない。あれもできないこれもできないという環境の中でいつもの作業をこなすの不可能に近い。極端な話、ローカルに何もなくてもブラウザがあればなんとかなる。かくしてWindows OSは、ファイルシステムを捨て、ファイルを捨て、アプリを捨てるつもりなんだろう。Windows 11は、その兆しとなるOSだ。

 今はまだ、ゲームリッチ表現や、長大撮影済み動画素材の編集などで、ローカルパワーが求められてはいるが、それが永遠に続くことはなさそうだ。

 それでもローカルパワーは必要だ。大量のデータトラフィックをさばき、それを目の前のユーザーストレスを最小限にするよう瞬時にレンダリングして表示する。データストリームの処理はエッジで引き受けないとクラウド側のリソース破綻する。

https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/config/1379224.html

2021-12-01

HDMI接続してるディスプレイ付属USBポートから電源を取ろうとUSB給電スピーカーをつけたが動かない

USBダウンストリーム端子は、USBハブとして機能します。

そこをなんとか

電気だけでいいので

2021-10-05

anond:20211002233415

bukomekusa お前が考えてるより百倍は考えてると思うよ。増田業界で何らかのビジネス成功させてるならば、なるほどと思えるけど、お前は何も生み出してないだろ。その状況で自分相手より賢いと何を根拠に思えるのか疑問だ

bokumekusa君

お前は何を根拠に、「元増田が何も生み出してない」だの「元増田運営より賢いと思ってる」などと判断したんだ? なぜか人気コメントになっているが、こういう無根拠中傷が持ち上げられる時点で、はてなブックマークヤフコメと50歩100歩だ。お前こそ害悪以外の何も生み出してないだろ。

運営のが百倍考えてるってことはないでしょ。ホロスターズはプロフィール画像適当な様子だしストリームサムネも手を抜いているようにみえる。下手をすると個人Vの方が質がいいんじゃないか。

俺は夕刻ロベルさんと影山シエンさんをフォローしてるけど、影山さんはともかく夕刻さんはアイドルというより芸人に近い気がする。記憶違いでなければ、男性視聴者結構多いと言っていたと思う。個人的には「アイドル売りってそもそもどうなの」って倫理的な是非が気になるが、ホロスターズの現状を持って元増田の論のタイトル否定できない。

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