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はてなキーワード: 町山智浩とは

2021-04-17

雑誌映画秘宝』の記憶(50)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.20)

 前回の続きです。

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年、洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p209]

【※】今回も監督ソフィア・コッポラ、出演・スカーレット・ヨハンソンビル・マーレイロスト・イン・トランスレーション』の話題。まずは二人の「女性観」が読み取れる箇所から

 町山:ヨハンソンダンナの知り合いのハリウッド女優が出てくるじゃん。『最終絶叫計画シリーズアンナ・ファリスがキャピキャピ演じてる。

 柳下:あれはスパイク・ジョーンズの『マルコヴィッチの穴』(99年)に出たキャメロン・ディアスモデルでしょ。一人『チャリエン』みたいな女闘美アクション映画プロモーション来日してるという設定でモロバレ。

 町山:あの映画観たいなあ。アンナ・ファリスってインタビューしたことあるけど、礼儀正しいし、一生懸命質問に答えるし、ミラ・ジョヴォヴィッチと並んで性格のいい女優さんだったよ。それに比べてスカーレット・ヨハンソンは…。

 柳下性格悪そうだよね。

 町山:最悪!

(中略)

[p211]

 町山:あと、アンナ・ファリス自分ダンナ冗談言って笑ってるのをヨハンソンがブスーッと見てるんだけど、ソフィア・コッポラもああいう女なんだろうな。

 柳下:男と平気で猥談できちゃう女を軽蔑してるんだよね。キャメロン・ディアスってオリヴァー・ストーンみたいな親父にキスしてやったり、お尻振ってみせたりできちゃう女でしょ。

(中略。『ロスト・イン〜』の物語では、何も起こらないと柳下毅一郎が不満を言う。)

[p212]

【※】ここから町山智浩自分語りが始まる。

 町山:オイラにはあの何も起こらない感じがリアルだったね。オイラ取材でけっこういろんな街に行くじゃん。トロントとかオースティンとかさ、でも現地に誰も友達いないから、淋しくてさ。ビル・マーレイ気持ちがよくわかるよ。

 柳下:淋しいかカミさん電話したりして?

 町山:うん。「子供は淋しがってないか?」って聞くんだけど、「大丈夫よ」って言われちゃうの。それがまた淋しくてなあ。

 柳下:情けないなあ。僕は見知らぬ街を一人で散策するの好きですけどね。博物館とか殺人現場を訪ねたりして。トロントなんて多民族都市うまいレストランがいっぱいあるし。

 町山:一人旅を楽しめるってのは強い人間なんだろうな。オイラさびしんぼうから(笑)うまいレストランに行っても、「こんなにおいしいものも一人で食べてると淋しいなあ」とか思っちゃって。

 柳下:それは中身がないからですよ。

 町山:…そ、それはオレのこと言ってるの?

 柳下:『ロスト・イン〜』という映画のことですよ。異国の地で淋しいなあ、ってところから最後まで一歩も進んでない。

(中略。映画ラストスカーレット・ヨハンソンビル・マーレイキスする場面は脚本には無いアドリブという話。)

[p213]

 町山:たしかに本当は、ヨハンソンと何もないまま、タクシーに乗って帰るというのがリアルな終わり方だよね。映画のような出会いなんてないんだよ…。

 柳下あんた、その年で旅先のロマンスとか期待してるの?

 町山:柳下はもう恋とかしないの?

 柳下:…もしかして奥さんとの仲悪いんですか?

 町山:いや、いろいろあってもう十年以上で円熟しつつあるけど、妻への「愛」が成熟すればするほど、「恋」や「セックス」はなくなっちゃう感じなんだ。ていうか、こっちがそれを求めても、カミさんのほうがケミストリーをなくしちゃって…。

 柳下:はあ…。

 町山:だからさ、若い頃は恋愛セックスは一つだけど、この年になると「愛」「恋」セックス」の三つに分裂するね。『ロスト・イン〜』はその心理をよく描いているよ。ビル・マーレイは家庭を愛してて、妻を愛してるんだけど、淋しいんだよね。

 柳下:情けないですね。日本旅行に来たことでそれに気づくだけで、マーレイもヨハンソンも、もともと淋しいんだよ。別に日本関係ないんですよ。

引用ここまで=

(初出『映画秘宝』04年vol.53)

 以下は感想です。

【※】町山智浩が「インタビューしたことあるけど、あの女優性格が悪かった」と言う話も、単に相手女優町山智浩セクハラ発言によって気分を害されただけなんじゃないでしょうか?

【※】柳下毅一郎発言にも「男がセクハラ的な猥談をしても、それを笑って受け流すのが『いい女』の条件である」という男尊女卑意識を感じます

【※】一人旅に耐えられないか、耐えられるかの部分では、町山智浩柳下毅一郎の差が如実に顕れています

【※】この頃から町山智浩は、家庭での居場所を失くしていたように見えます。だからといって、ここまであからさまな「旅先での浮気願望」を口に出して言うのも「『大人の男』としては少々みっともない」と思うのですが、本人の中では矛盾を感じないのでしょうか。

【※】ケミストリーがどうのこうの言う割りには、町山智浩から出てくる話は性風俗の話ばかりなので、仮に百歩譲って浮気をするにしても、現地アメリカ自力女性との一対一の関係を構築することはできない/できなかったんだろうなあと推察されますマンスプレイニング気質の持ち主だと、アメリカ女性から敬遠されてしまいそうですし、センパイのために女性パートナーを献上してくれる忠実な子分も、アメリカでは作れなさそうですし。

【※】アメリカではイケないから、日本出稼ぎに来た時に…というのが、例の騒動の発端なんでしょうか。

 またも次回に続きます。ヘイル・サタン

2021-04-16

雑誌映画秘宝』の記憶(49)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.19)

 今回の引用は「他人に害を及ぼすという意味での『問題発言』」ではないのですが、虚飾を剥ぐ意味で紹介しておきます

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p207-208]

【※】監督ソフィア・コッポラ、出演・スカーレット・ヨハンソンビル・マーレイロスト・イン・トランスレーション』の話題

 町山:アメリカでは日本語セリフ英語字幕をいっさい使ってないんだ。

 柳下日本語のわからない主人公たちの孤独感を観客に共有させるためでしょう。

 町山:いや、これは野蛮人扱いだよ。親父コッポラの『地獄の黙示録』にも意味のある言葉をしゃべるベトナム人全然出てこなかったけど、この親娘はアジア人バカにしきってる。

 柳下ソフィア・コッポラ通訳彼女の面倒を見てやってた日本人たちは、この映画を観てどう思うんだろう?だって、ずっとあの女(引用者注:主人公)は「バカみたいな英語ね」って腹の中で笑ってたわけでしょ?

 町山:それ言ったら、主人公が二人とも最後まで一人も日本人を好きにならないってのも問題だよ。日本人カラオケに行って盛り上がるというシーンでも、ビル・マーレイスカーレット・ヨハンソンは二人でばっかり話してて、日本人と打ち解けることはない。

 柳下:だからさ、ソフィア(引用者注:コッポラ)をちやほやしてた日本人友達だと思ってたけど、向こうはサルしか思ってなかったんですよ。

(中略)

 柳下:それにインチキもあるよね。ポールが立ってて、ラップダンスがあるストリップバーが出てくるけど、あんなのアメリカ風俗であって、日本じゃないじゃん。

 町山:え、歌舞伎町にあるよ。

 柳下あんたが僕らを連れてった店でしょ(笑)。あそこはダンサーも客も外人ばっかりじゃん。

 町山:あの店のストリッパー口説いて連れ出して飲んでたら、イスラエルから来た娘で「パパはモサドなの」だって

 柳下:それ、口説いたのは✕✕✕✕✕くんで、あんたはおこぼれもらおうとしてついていっただけじゃん。

 町山:バラすなよ。で、イスラエルから、その娘も兵役経験があってさ、破壊工作班だったって言うんだよ。「建物を爆破するときは片方の柱だけ壊して自重で倒れるようにするのよ」だって

 柳下:何の話してるんだよ!『ロスト・イン〜』でしょ!

 町山:そういえば『ロスト・イン〜』の製作会社で、コッポラ親父が社長やってるアメリカン・ゾートロープって、サンフランシスコでもいちばん風俗街のド真ん中にあるんだよね。向かいストリップクラブがニ軒に、のぞき部屋一軒。ビデオBOXニ軒にファッションヘルスもあるよ。

 柳下:詳しいですね。

 町山:ヘルスはボッタくりだぜ。サンフランの他のヘルスは本番あるのに、ここは手コキのみで…。

 柳下:なんの話だ。ソフィア・コッポラの話でしょ。

引用ここまで=

(初出『映画秘宝』04年vol.53)

 以下は感想です。

【※】二人が『ロスト・イン〜』について言っていること自体には全く同意するのですが「英語能力が不足していて、現居住地アメリカ日本語字幕無しに観ている映画の内容を、町山智浩は正確に理解できていないのではないか?」とか「現地の地域コミュニティ町山智浩は融け込めておらず、現地人の友人がいないのではないか?」との疑惑を持たれるようになってしまった、現在町山智浩視点で『ロスト・イン〜』を観直したら一体どんな感想になるのかは興味深いところです。以前、パトリック・マシアス英語で会話する場面で、町山智浩英語パトリックが聴き取れない、もしくはパトリック英語を町山が聴き取れないと思しき場面もありましたが、今はどうなのでしょうか。

【※】さんざん非・都市部に暮らす非・富裕層アメリカ白人を「土人」呼ばわりして差別していた町山智浩たちが「アジア人バカにしてる」とか言っても「目くそ鼻くそ」ですね。

【※】あいも変わらず性風俗の話をし始める町山智浩は、他にアメリカでの楽しみが無い/無かったのでしょうか?

【※】今回の引用でも柳下毅一郎からは「おこぼれ目当てで後から着いて行った」とバラされているように、性風俗の話はしても「独力で女性口説いたエピソード」を出せないような町山智浩が、何故「オレは『大人恋愛論』を語れる!」と踏んだのか本当に不思議です。

 次回に続きます。ヘイル・サタン

2021-04-13

雑誌映画秘宝』の記憶(48)

ロックの魂とは?】

 コメディ映画スクール・オブ・ロック』(03年)が公開された当時、この映画肯定的評価するか否か、「有りか無しか」を巡って賛否両論となったこから映画秘宝』誌面では、少しばかりの論争が起きました。

 ご存知ない方のために粗筋を説明すると「ロックバンドをクビにされた主人公が、ひょんなことから坊ちゃんお嬢ちゃんたちばかりの通う小学校にニセ教師として潜り込み、生徒たちに『ロック音楽スピリッツ』の教育を施した末に、筋が良い生徒たちをバンドメンバーに従えた主人公が再びステージに立つ」という、ファミリー層向けコメディ映画です。

= = =

 当時の否定派の論調は「『反逆精神』が拠り所であるロックが(たとえニセ教師によるものとはいえ)、学校教育で身につくわけがねえだろ」とか「コメディとはいえ大人が『ロックは素晴らしい』と、特定価値観子供押し付けるのは正直いかがなものか」とか「ガキごときロックができてたまるか」とか、まあ大体そんな感じだったと記憶しています

 しかし「ひょんなことから『未知のカルチャー』に触れた子供若者が、その魅力に思いがけず目覚めて『カルチャー担い手』として育っていく物語」あるいは「大人側の視点で、色々な思いを抱えたり紆余曲折がありつつも『カルチャーの教え手』として年下の人間たちを育成していく物語」は、良くも悪くもありふれたものに過ぎず、そこまで腹を立てることだったのかと今でも疑問です。例えば、労働者階級の家庭に生まれ子供バレエの魅力とか宇宙ロケット打ち上げの夢に目覚めるといった物語が「有り」なのに、この映画がそんなに否定される必要はあったのでしょうか。それとも学校以外の場所舞台だったら許されたのでしょうか。こうして考えると、論争と呼ぶにも非常に掘り下げ不足であったように思えます

= = =

 そもそも否定派の気持ちの根っこには、特定カルチャーの愛好家が陥り易い「選民思想」が有ったのではないでしょうか?何しろ「女『子供から映画を取り戻せ!」が旧体制の『映画秘宝』の合言葉だった訳ですから否定派には「『ガキ風情』しかも『裕福な部類のお坊ちゃんお嬢ちゃん』が『オレたちの』ロックに手を出すこと自体我慢ならない!」「ファミリー向け映画ロックをイジるな!」という気持ちも有ったことと思います

 もう既にお分かりのように、ここに見られるのは要するに、いい歳したオッサンたちが、いつまでも上の方に居座って「このカルチャーはオレたちだけのモノだ!」「コレは『本物』ではない!」「それが理解できん若い者たちは、まだまだオレたち(=オッサンたち)に及ばんな!」という態度をとることによって、若い世代から敬遠されてジャンル全体の衰退を招くという、非常にありふれた「『本物の✕✕』とは何か論争問題」「サブカルチャーにおける老害問題」の1バリエーションです。

 しかし、この映画が公開されて長い年月が経過しました。今や音楽活動を始める若者たちの中で「バンド形式から/ロックから始める人」が占めるパーセンテージは、昔のように多くはないだろうと思われます外国でも事情は似たようなものです。今ではおじいちゃんになってしまった外国の大物ミュージシャンたちと、日本アイドルBABYMETALが共演した際には、馬鹿にされたり嫌がられたりするのかと思いきや「孫みたいに若い子供たちが、ワシらの音楽に興味を持ってくれた!」と、むしろ喜ばれたと聞き及んでいます若者子供にとって、この映画に出てくるようなロックが既に「何だか知らないけど、お年寄りたちが聴いている懐メロ」となってしまった今日では「映画スクール・オブ・ロック』は有りか無しか論争」をしていた『映画秘宝』編集者ライターたちは、実に贅沢な悩みに基づいて議論していたと言えます

= = =

 無論、あの頃に「ロックカルチャー担い手ファンの『高齢化』が問題になる」などと未来予測ができた人間は少なかったでしょうから現代人の立場で彼らの論争を「贅沢な悩みだった」と批判するのは酷と言われるかもしれません。

 しかし、未来予測とは違い、当時の人間でも『映画秘宝』の関係者や読者であれば、容易に気づくのが可能だったはずのことが有ります

 それは「当時の旧体制映画秘宝』と映画スクール・オブ・ロック』の主人公は、していることが『悪い意味で』五十歩百歩だった」ということです。

 旧体制の『映画秘宝』が「切り株映画は、世界真実を描いている!ヌル作品なんか観るのを止めて、切り株映画を観ろ!」とアジテーションする姿と、この映画主人公が「ロックが最高の音楽だ!ヌル音楽なんか聴くのを止めて、ロック名盤を聴け!」と生徒たちを『洗脳』する姿との間に、果たして本質的な違いが有ると言えるでしょうか?

 そうです。この映画主人公がしていることは「洗脳」です。もちろん「何らかのカルチャーの愛好家が、非・愛好家に対して自分の好きなものを紹介する」という行為は、大なり小なり「洗脳」の側面を持つものです。だから、単に「ロックは良いぞ」と他人に薦めるだけならば、何も批判される謂れは有りません。しかし、もしも「ロックを知らないのは不幸だ」とか「ロック以外のツマラナイ音楽聴くやつは馬鹿だ」とか説教をかまされたらどうでしょうか?そんなことをされたら「うるせえ」「布教するために他人価値観を踏み躙るな」と言いたくなりませんか?そもそも「『反逆精神』を拠り所にしてるくせに、上からモノを押し付けるんじゃねえよ」という話です。

 実際、この映画には、生徒たちが普段どんな音楽を聴いているのかを質問した主人公が、その回答を聞いて嘆息するという場面も出てきます。これを単に作品を彩るギャグとして軽く受け流すのか、見過ごせすに腹立たしく感じるのか、それは観る人によって受け取り方が異なるでしょう。しかし、仮に主人公批判する感性の持ち主ならば、同じことをしている旧体制の『映画秘宝』にも批判的な感情を抱くのが当然と言うか、それが「知的な誠実さ」というものではないでしょうか。仮にも批評活動生業にしている人間たちが雁首を揃えて「この描写は、自分たちみたいな(=若者世代に『本物のカルチャー』とは何かを教えたがる)オッサンのことを風刺しているのではないか?」という可能性に思い至る「内省視点」を少しも持たなかったのでしょうか。そうだとすれば『映画秘宝』関係者は「知的怠惰」と言わざるを得ません。

 まあ、可能性としては「映画主人公の行動と『映画秘宝』の行動は五十歩百歩」という事実に気づいていたけれども、センパイの機嫌を損ねるのを畏れて忖度して言わなかったというのも考えられますね。

 馬鹿なのか、忖度体質なのか、どっちにしても「批評活動を行う人間」としては「致命的な欠陥」だと思うのですが、そういう人たちでも業界デカイ顔をしていられる現状は、いかに本邦の映画ライター業界人材不足なのかを如実に物語ると言えるでしょう。

= = =

 ちなみに映画スクール・オブ・ロック』には、主人公が「ロックの反逆精神とは何か」を生徒たちに実地に教えるために「『権威』に逆らえ!教室では教師、つまりオレが『権威』だ!オレを罵ってみろ!」と命令する場面が出てきます。すると、生徒たちは素直で良い子ばかりだから、色々と頑張った末に「デブ野郎!」という火の玉ストレートを投げてしまい、自分で反逆を命じたのに「オイお前、後でちょっと職員室に来い!」と主人公がマジ切れするというギャグ場面が出てきます。(なお、主人公を演じるのは、ぽっちゃりコメディアンのジャック・ブラックです。)これは「『反逆精神』を『教育』する」という根本的な矛盾表現した、秀逸な場面と言えます

 町山智浩高橋ヨシキてらさわホークも、一度「権威に逆らえ!オレたちを罵ってみろ!」と若手ライターたちに呼びかけて「反・権力/反・権威精神とは何か」を教えて上げたら良いのではないでしょうか。パワハラ説教マンスプレイニングかますよりも、よほど後進の育成に寄与できると思いますよ。

 まあ、センパイの機嫌を取るためにパートナーの肉体を献上する人間、それを享受して面白おかしく語る人間嘘八百解説を書いて間違いを指摘されたらそそくさと逃げる人間には、到底「権力に逆らうとは何か」を若手ライターに教えることなんて無理な話でしょうけど。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-11

雑誌映画秘宝』の記憶(47)

【サタニストの美学とは?】

 高橋ヨシキがサタニストを自称していることは、よく知られています

 田野辺尚人は、恫喝DM事件に対する対応において「責任能力が無い」と見做された有様ですが、最近ちくま文庫から再刊された高橋ヨシキの著書『悪魔が憐れむ歌』に解説文を寄せていることから、今だに田野辺高橋の結び付きは固いことが窺い知れます

 田野辺尚人解説に拠れば、サタニストとしての高橋ヨシキが影響を受けたとされるのはAnton Szandor LaVey(米国The Church of Satanの設立者代表著書『The Satanic Bible』)であるとのことです。

 さて、このSatanismにおいては「9つの罪」が定義されていると言われています

 そこで今回は、この「9つの罪」を挙げて、旧体制映画秘宝』陣の実態と照らし合わせて見ていきたいと思います

(1) 愚鈍さ:恫喝DM事件で「アカウントを乗っ取られた不正操作だ。自分(=岩田和明)は事件に関与していない」と虚偽の弁明で岩田が逃れようとした際に、この無理が有る岩田の言い分に安易に乗った田野辺尚人は、この罪に該当していると言えそうです。

(2) 虚栄:本質的には女性蔑視同性愛差別思想の持ち主であるにも関わらず、それを知らない人間たちの前では「我々は差別と戦う」と正義ヅラ有識者偽装することから旧体制映画秘宝』陣は、この罪に該当していると言えそうです。また、非モテ過去を無かったことにして「大人の男の恋愛論」を語っていた町山智浩は、虚栄の典型と言えます

(3) 唯我主義:「町山智浩が大好きだから」という理由自分女性パートナーの肉体を献上した高橋ヨシキと、それを享受して面白おかしく語った町山智浩は、明らかに女性自身の意志人権尊厳などを微塵も考慮していません。自分たちの快楽欲望だけを優先しているのですから、間違い無くこの罪に該当していると言えそうです。高橋ヨシキが力を持つ旧体制映画秘宝』で切り株派が依怙贔屓によって優遇されていたことも理解せず、体制変化に伴う優遇の終了に不満を漏らしたナマニクも「唯我」の例と言えそうです。

(4) 自己欺瞞:悪い意味子供じみた言動に終始していて、明らかに大人になりきれていないにも関わらず、自分自分に「オレ(たち)は『大人の男』である」と言い聞かせる。あるいは、自分たちが繰り返し差別を行っているにも関わらず、自分自分に「『映画秘宝』は社会不正義や不公正と戦う雑誌」と言い聞かせる。そうして、自分自分に吹き込んだ「嘘」を信じ込もうとするのは、この罪に該当していると言えそうです。俗に言う「詐欺師自分自分の嘘を信じるようになる」と云う状態なのかもしれません。

(5) 群れに従うこと:ホモソーシャル集団病理として「身内が絶対正義」と云う考えに凝り固まり自分たちの身内にだけは異常に甘い態度を取るので、間違い無く旧体制映画秘宝』陣はこの罪に該当していると言えそうです。町山智浩の『実写版進撃の巨人』の失敗に対する批判の声を不自然なまでに小さく控え目にしたこと柳下毅一郎が吹いた犬笛に侍功夫が逸早く反応して付き従う姿勢を見せたことなど、その実例には事欠きません。

(6) 見通しの欠如:切り株映画至上主義者は『映画秘宝』を私物化して「自分たちの価値観けが常に正しい」「自分たちの好みに合わないものには価値が無い」と盛んに吹聴し、閉鎖的な態度を取り続けてきました。これが、将来の幅広い読者を開拓・獲得することを阻害して、雑誌未来を閉ざす結果に繋がると理解していなかったことは、この罪に該当していると言えそうです。(「少し考えれば馬鹿でも分かる」ようなことを理解していなかったと云う意味では(1)にも該当すると言えそうです。)

(7) 過去の正統の忘却ムック形式時代の『映画秘宝』は「予算芸術性や出来の良し悪しに関わらず『好きな映画は好き』と云う気持ちだけは平等だ」と云う基本理念を示していました。それを忘れ去り、異なるジャンル価値感の間で優劣を付けるように悪い変化を遂げたことは、この罪に該当していると言えそうです。

(8) 非生産的プライド:「オレたち男と違って、女たちは『ユー・ガット・メール』を見て喜ぶような馬鹿どもだから、オレたち男は女よりも偉い」と云う男尊女卑思想。「オレたちストレートの男は、同性愛者よりも立場が上だから、奴らを嘲笑してもよい」とする同性愛差別思想。「オレたち切り株映画ファンは悪いことをしないが、萌アニメが好きな奴らは犯罪者予備軍だから叩いてよし」とするジャンル間の優劣思想。「若い奴らや女は物事を知らないから、何でも知っているオレたち大人の男が教えてやろう」という説教願望。旧体制映画秘宝』陣は、肥大化して歪んだ自尊心の持ち主の見本市ですから、確実にこの罪に該当していると言えそうです。これだけ社会多様化が進めば「オレ(たち)は何でも知っている」という仮面を被り続けることは無理があるのですが、それでもその仮面を手離さないのは、他人から「物を知らない」と思われることに堪えられないというチンケな自尊心に囚われていることの顕れでしょう。てらさわホークが『マン・オブ・スティール』について嘘八百を書いた際、自分よりも知識豊富人間から間違いを指摘されて逃亡したのも、チンケな自尊心の持ち主だからと言えるでしょう。

(9) 美意識の欠如:間違いや過ちを指摘されても目と耳を塞ぎ続ける自分たちの振る舞いが、客観的に見れば非常に格好悪いということに気づいていない、もしくは気づいていないフリをし続けていることは、この罪に該当していると言えそうです。ロマン優光言論反論できないか誤植に赤丸を付けるというみみっちい行動に出た柳下毅一郎は、その一例でしょう。

 ざっと見てきましたが、もしもSatanismに価値説得力を見い出し得るとするならば、それはイズムの信奉者を自認する人間が「内省を伴う批判精神」の持ち主であればこそでしょう。

 自分たちホモソーシャル集団にとっての「敵」と見做した他人執拗に口撃するのは大好きで、自分自身や身内には異常なまでに甘いという高橋ヨシキらが、そのような「内省を伴う批判精神」の持ち主であるか否かは、誰の目にも明らかです。

 「論語読みの論語知らず」という諺は、高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』陣の実態形容するのに、実に相応しい言葉と言えるでしょう。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-08

雑誌映画秘宝』の記憶(46)

 島田紳助一派の過去所業告発されましたが、それと同じようなことを『映画秘宝関係者はしていた訳です。罪を償わずに知らんぷりを続けるならば、たとえ何度でも声を上げて批判します。

引用ここから

 町山智浩高橋ヨシキ君の前のカミさんがすごいオッパイ大きかったんだけど、ヨシキ君が『俺、町山さん大好きだから、うちの嫁の乳揉んでいいですから』って揉ましてくれたから、俺、揉んだよ!『キスしていいですから』とか言うからキスもして。」

引用ここまで=

 目上の人間の機嫌を取る為に、自分パートナーである女性身体を献上する人間。それが高橋ヨシキです。

 それを嬉々として享受し、悪びれる様子もなく面白おかしく話す人間。それが町山智浩です。

 自分たちの欲望の為には、立場が弱い者を踏みつけにする。それが彼らの本質です。

 上記の話の出典は、次のとおりです。

=出典=

 H23年9月17日吉田豪町山智浩に対して行ったインタビュー人間コク宝」吉田豪x町山智浩(※単行本には未収録)。雑誌『BREAK Max』に掲載(前編は2011年12 月号、後編は2012年1月号)。なお、単行本には未収録(記録として残るのを町山智浩が嫌がったため)。

雑誌映画秘宝』の記憶(45)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.18)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p166-167]

【※】『キル・ビル』に関する話題から時代証言に移ります

 町山:はっきり言えるのは、『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』とか『直撃地獄拳』(74年)が好きなだけで、もう、絶対にダチだってことだよ。

 柳下:どうして?

 町山:モテいからさ!ダサいからさ!この手の映画は今でこそ『映画秘宝』でしられるようになったけど、それまでは誰も見向きもしないクズだったんだ。特に80年代は完全に忘れられていたんだ!

 柳下:急に力入ったね。

 町山:いいか、オレがそういう映画を観ていたのは十六歳から二十六歳にかけて、つまり、人がいちばん恋愛してセックスする期間だよ。しか80年代バブルで、男はダブルイタリアンスーツ、女はボディコン恋愛セックスに狂っていたトレンディドラマ時代だったんだ。でも、オレは六本木西麻布に行く代わりに浅草池袋酔っ払いジジイに交じって、タバコの煙越しに千葉ちゃんを観てたんだよ!中野監督杉作J太郎さんや、きっとタランティーノもそうなんだよ!

 柳下タランティーノ浅草に行かないでしょ。

 町山:でも誕生日には自分へのプレゼントとしてソニー千葉三本立てオールナイトを観てたんだよ!『トゥルー・ロマンス』(93年)は本当の話なんだよ!でも、現実にはそんな映画を一緒に観てくれるアラバマみたいな女の子はいないんだ!その悲しさがエリック・ロメールだのR・W・ファスビンダーだの観てた貴様にわかるか?え?

【※】「モテない/モテなかった」こと自体別に罪ではありませんが、しかし、何故コレで「オレは恋愛論を語れる!」と勘違いできたのでしょうか。

(初出『映画秘宝』03年vol.49)

感想

 世の中には「モテない/モテなかった人間」は多数います。そのことは当人にとって、当人しか理解し得ない、理不尽現実だろうと思いますしかし、それでも真っ当に生きている人たちの方が大多数であろうと、私は信じています

 そういう中で「モテなかった!」と過去怨念叫びながら、権力勾配を利用してセクハラ的な言動をする町山智浩らのような人間存在は、偏見助長しかねない甚だ迷惑千万なことだと思います

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

雑誌映画秘宝』の記憶(44)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.17)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p166]

【※】『キル・ビル』に対する評価に関して。

 柳下あんたはどうなの?『キル・ビル』のこといろいろ書いてるけど、いい映画なのか悪い映画なのか、そこんとこ曖昧だよ。はっきり聞くけど、この映画どう評価するよ?

 町山:評価?…うーん。

 柳下:いいの?悪いの?

 町山:いい奴だよ、タランティーノは。

 柳下:人柄じゃなくて、映画としてどうよ?

 町山:いい奴だよ。そうだろ?ところで腹減らない?

 柳下話題をそらすなよ!あんた、いちおう評論家だろ?

 町山:だからさー、友達の作った映画観せられて、どう?って聞かれて困っちゃって、「お前ってイイやつだよな!」としか言えない感じ。

 柳下:ああ、あんたの作った映画観せられたときはいつも困るね(笑)。イイ人だな、とは思わないけど(笑)

(初出『映画秘宝』03年vol.49)

感想

 冗談めかして誤魔化していますが、こういう「オトモダチの作った映画から」と正面切って批判することを避ける「逃げの姿勢」を示したことは、この時すでに評論家として町山智浩の「終わりの始まり」が見えていたように思えます

 そして、この「逃げの姿勢」と「身内への甘さ」は、後年の『実写版進撃の巨人』が失敗作に終わった際に、町山智浩に対する『映画秘宝』関係者から批判の声が「信じられないぐらい小さかった」と云う形で模倣されました。

 辛口サブカルライターは「兄貴分に対して忖度する」と云う点では、自民党政治家とその支持者に瓜二つだということです。

 あるいは、町山智浩自身言葉をもじれば「辛口サブカルライターが急に甘いことを言い出したら、十中八九センパイの影響」というところですかね。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-07

雑誌映画秘宝』の記憶(43)

旧体制映画秘宝』と「女性(を含めた他者)との関係構築」の話】(承前)

 前回の投稿では、町山智浩高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』の「女性に関する話題」には「女性(を含めた他者)と『対等』で『一対一』の関係を構築した話に乏しい」ということを指摘しました。

 一応フォローしておくとすれば、奥さんの方から転がり込んで来たり、何回も結婚したりするぐらいだから、彼らも「ある時点では」「何らかの魅力」が有る/有ったのでしょう。

 ただし、離婚したパートナーから離婚してよかった」と言われたり、Twitter芸人状態家族から放置されたりしている姿を見れば、一対一の対等な関係を維持できるだけの「継続的な」「本物の魅力」に欠けている/いたのではないかという疑いを抱かざるを得ないというのが、一読者としての率直な感想です。

 人間というのは愚かで弱い生き物なので、私生活が上手くいかないことは往々にしてあります。その失敗をどのように受け止め、どのように対処していくかで、人としての最終的な価値は定まるのだと思います

 町山智浩高橋ヨシキらの旧体制映画秘宝』が、彼らの抱えるこの「一対一の対等な関係を構築・維持できない」という不満や鬱屈を、誌面作りにぶつけていたことは確かです。そのこと自体別に悪いことではないのですが、問題は「ぶつけ方」が悪かったことです。「一対一の対等な関係忌避する」傾向が、読者に対しても同じように発揮されてしまったのです。 

 学生時代部活動をしていた経験の有る人には「卒業して既に何年も経つのに、やたら部活動に顔を出しては、在校生部員相手に偉そうにしたがる『OBオッサン』」に遭遇した経験を持つ人もしるのではないでしょうか?今にして思えば、あのウザいオッサンたちは、現実社会で「他者との対等な関係を構築して居場所を作る」ことができず、そんなオッサンたちが唯一「『下の人間』に対して『デカイ顔』をすることが可能場所」だったから、卒業して何年も経つのに母校の部活動に頻繁に顔を出していたのだと推測されます。早い話が、あの「ウザいOBオッサンたち」は、彼等に気を遣ってくれる在校生部員に甘えていたのでしょう。

 私が言いたいのは「現在町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらは、何だかこの『ウザいOBオッサンたち』にとても似ている」ということです。

 旧体制映画秘宝』陣が映画について語る時、まだムック形式の頃には「好きなものについて、お互いに同好の士として語り合おう」という純真さや、誌面と読者との間に対等な関係を保とうという姿勢が有ったと思います。だからこそ、熱狂的な愛読者を獲得できたのです。

 しかし、雑誌化・大型化してから特に切り株映画世界真実を描いている!」とか言い出してから露骨に「君たち『若いモン』は物事が分かっとらんだろうから、オレたち『大人のオジサン』が教えて上げよう」という「マンスプレイニングによるマウントの願望」をダダ漏れさせるように変化しました。

 「切り株映画への偏愛」は、親兄弟学生時代の級友たち、その他の一般社会には好意的には受け入れてもらえなかったことは、想像に難くありません。その「切り株映画への偏愛」を卒業しなくても許され場所しかも、それを好きなだけ吐露しても許される場所。それが高橋ヨシキ切り株派にとっての『映画秘宝』だったのでしょう。

 しかし、本来それが許されていたのは「予算とかジャンルかに関わらず『好きな映画は好き』という想いだけは、お互いに等価なんだ」という映画ファンとしての「お互い様主義」の前提があったればこそです。

 ところが、高橋ヨシキらの切り株派が主導権を握るようになると、彼らが誌面を私物化して「オレたちが好きな切り株映画には価値が有る!しかし、軟弱なオタクどもが好きなアニメ作品なんぞには価値は無い!そんな物を好きになる奴は馬鹿だ!」と自分たち好みの特定価値観だけを押し付けるように、悪い方向へと『映画秘宝』を変化させたのです。

 譬えるならば、ウザいOBオッサンたちが部活動に顔を出し続けるうちに勘違いして、頼まれもしないのにコーチ気取りとなり、在校生部員たちに体罰パワハラ無意味筋トレ等を強制し始めたようなものです。在校生部員にもウザいOBオッサンたちとウマが合う奴は存在して、そういう奴らにとっては楽しいのでしょうが、そうではない部員にとっては地獄以外の何ものでもありません。町山智浩柳下毅一郎の覚えがめでたい高橋ヨシキは「ヨシキくん/さん」と依怙贔屓されて持て囃されていた一方で、ギンティ小林軍隊格闘技ブラジリアン柔術体験取材地獄を見ていたことを思い出して下さい。

 いずれにしても、長きに渡って『映画秘宝』の誌面では、特定ジャンル肯定的に扱われて優遇される一方で、また別の特定ジャンル否定的に扱われて冷遇されることとなり、多様性が失われてしまいました。

 しかし、こういう「ウザいOBオッサンたち」が偉そうにできるのも、学校部活動が存続していればの話、在校生部員オッサンたちを受け入れればの話です。

 若い者に対して説教をしたり価値観を否定したり押し付けたりすることを好むような、ウザいOBオッサンたちが居座っていることが広く知れ渡ったら、一体どうなるでしょうか?入学や入部を希望する人間の数も、減っていくのではないでしょうか?

 それと似たようなもので「たとえ切り株映画は好きでも、それを肴にして若者の上に立ちたがるような、イイ歳をしたオッサンたちのことは好きじゃない」と考える読者からすれば、よほどのマゾヒストでもない限り、町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらの自己満足的な説教に付き合う義理は有りませんから、避けたくなるのが人情というものです。

 さらに、現代若い人たちは「ウザいOBオッサンたち」が若かった頃の何倍も学んで勉強して、物事をきちんと考えています人権平等に対する問題意識も、ウザいオジサンたちよりも遥かに高いのです。口先では「反・権力」を唱えながらも、現実では女性パートナーの肉体をセンパイに献上したり、それを享受したり、同性愛差別発言女性蔑視発言を繰り返すようなオッサンたちの「底の浅さ」や「欺瞞」など、直ぐに見抜くのではないでしょうか。

 要するに「若い奴らには説教必要だ」なんて、勘違いしたウザいオッサンたちの自分勝手な思い上がり、それ以外の何ものでもないのです。

 それでも、侍功夫(samurai_kung_fu)のように犬笛で馳せ参じる忠義心に厚い子分や、「恫喝DM事件で『映画秘宝』を批判しているのは、仕事を貰えなくて嫉妬している奴らだ」とかトンデモ説を唱え出すようなポンコツ子分が出来る可能性も無くはないので、なかなか勘違いを改められず、OBオッサンをやめられないのかもしれません。

 さて、パワハラ四人衆は既に『映画秘宝』を放逐されました。これは、上下関係や力関係を利用した「特定価値観の押し付け」が、今までのように簡単には出来なくなることを意味しています。そんなフラットな条件下で彼らは、彼らを称賛してくれるような読者を上手く新たに獲得できるのでしょうか?

 そんな彼らの今後を占う、こんな話があります

 実はかつて、『映画秘宝』はウェブ掲示板を開設したことがありましたが、最終的には閉鎖されてしまいました。その閉鎖理由は、掲示板利用者である読者と、掲示板管理者である映画秘宝関係者との間に、意見の相違による激しい論争が掲示板上で発生したことでした。

 もう少し詳しく言えば、この時に『映画秘宝関係者が第三者を装って「第三者の目から見れば『映画秘宝』側の意見が正しいと思う」と自作自演書き込みをしたという疑惑が生じてしまい、弁明ができなくなったために掲示板を閉鎖したと言われています

 この話を記憶している人間には、今回の騒動で『映画秘宝』を放逐された四人衆が、今後のフラットな条件下で読者を獲得できるか否かについても、ある程度の予想がつくのではないかと思います

 町山智浩高橋ヨシキは「大人の男」ぶることを好み、自分たち価値理解できない作品ジャンルファンのことを「幼稚なガキども」と口汚く罵って攻撃します。また、彼らは「いつまでも思春期に囚われた、大人になりきれないガキのような大人」も盛んに攻撃します。

 しかし、上で述べたように、町山智浩高橋ヨシキらは「いつまでも部活に顔を出すウザいOBオッサンたち」であり、つまり町山や高橋らこそが「思春期(の劣等感)に囚われたまま、大人になりきれないガキのような大人」に他ならないのです。

 自分趣味他人から好意的に受け入れてもらえなかったという思春期屈辱的な記憶、あるいは、社会において女性を含めた他者と対等で一対一の関係を構築できないという負い目にいつまでも囚われ、それらを晴らすために『映画秘宝』を私物化してしまいました。

 しかも、そのような私物化可能にするためには、裏側では「町山さんが大好きだから」と言って、女性パートナーの肉体を献上するという、他人犠牲を強いた上で媚び諂いの態度に出るという、おぞましい行いが為されていたのです。

 こんな愚かなことは「幼稚なガキのまま大人になりきれていない大人」でなければ、しない/できないことなのです。

 さて、『映画秘宝』を追われた彼らは「本物の大人」になれるでしょうか?

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-05

雑誌映画秘宝』の記憶(42)

旧体制映画秘宝』と「女性(を含めた他者)との関係構築」の話】

 枕から始めますが、世の中には「勝ち負け」を付けたがり、その基準として「異性との性交渉経験(の有無)」や「性交渉を持った異性の人数(の多寡)」を持ち出したがるタイプ男性存在します。

 一つの例を挙げます

 某男性お笑い芸人は、過去に「オレのことを批判したり嫌ったりしている人間よりも、オレの方がいっぱい女たちを抱いとるねん!」という主旨のことを著書に書いていました。つまり、これを言うことによって「オレよりも異性との性交渉経験人数が少ない奴には、オレを批判する資格が無い!」と彼は言いたかったわけです。他にも似たような物言いで「オレを批判する人間は、オレよりも金稼いどるんか?」等も有りましたね。そのように言いながらも、彼とは段違いと言っても過言ではない『才能が有って、しか興行収入の実績も有る映画監督』のことを「この監督は『映画の基本』が分かってませんねえ」と批判していたのだから面白いものです。5本目の映画は撮らないのでしょうか?

 ところで、その某お笑い芸人は、自身が司会を務めていた音楽番組の場で、番組ゲストミュージシャンたちから以下のような暴露トークをされて、全国放送電波で流されました。

 曰く「後輩芸人たちがセッティングした合コンの場で、その某お笑い芸人が『お持ち帰り』の対象として狙いを定めた合コン参加者女性を、後輩芸人たちが複数人で囲んで『✕✕さんに抱かれたいと思ってんのやろ?!』『✕✕さんに抱かれたいて言え!』と囃し立てる」(※飲食店で、その某お笑い芸人合コン現場を目撃したと云う、番組ゲスト男性ミュージシャン)

 曰く「劇場出待ちをする女性ファンたちの間では『中学生ぐらいがストライクゾーン』と云う噂が共有されていたから、自分(=音楽番組ゲスト女性ミュージシャン)も中学生の頃に、その某お笑い芸人からナンパされるのを狙って劇場出待ちに行った」(※番組ゲスト女性ミュージシャン)

 そういえば、その某お笑い芸人番組に度々ゲスト出演していた梅宮辰夫が、若い頃の話として「狙っている女性がいた時は、自分の所有するプレジャーボートに乗るように誘い、逃げられない沖合の海に連れ出してから行為に及んだ」と語っていましたね。梅宮辰夫は「面白おかしい話」として語っていたようですが、私は「身の毛もよだつ、おぞましい話」と思いました。

 こういう「異性との性交渉経験(の有無)」や「性交渉の人数(の多寡)」を矢鱈と持ち出したり、面白おかしく語りたがり、自慢したがる人間には、警戒した方が良いと思います。それは兎も角。

 この手の男性は「『経験人数』や『経験場所』や『風俗店遊んだ話』などを自慢したがる一方で『紳士的な方法で異性と距離を縮めていった過程』を話さない/話せない」と云う特徴があります

 彼らが何故それを話さない/話せないのかを考えるに、彼らが「女性と『対等な関係』の下で『一対一で向き合う』ことを怖れている/避けている」もしくは「女性と対等な関係になることは『男としての恥/屈辱である」と云う考えの持ち主であることが理由ではなかろうかと、私は推測しています。おそらく「上下関係」や「力関係」が介在しない場では、彼らは自力女性口説くことも満足にできないのではないでしょうか?相手が「弁えない女性」の場合には特に

 さて、長い枕から本題に移ります

 はてな匿名ダイアリー引用するために『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』その他を読み返し始めたところ、町山智浩らが話す「女性に関する話題」に関する『或ること』に改めて気づきました。

 曰く「ラムちゃんみたいに、奥さんの方から転がり込んで来た」

 曰く「高橋ヨシキが『自分女性パートナーの胸を揉んでいい』と言うから、揉ませてもらってキスもした」 

 曰く「女性から聞かされた話を(聞かされたことも忘れて)、その女性当人に対して上から目線で教えようとした」

 曰く「どこそこの風俗店が云々」

 曰く「誰それのオコボレを目当てに、後から着いて行って云々」etc.

 このように、町山智浩らの周囲から出る「女性に関する話題」には「『対等な関係』として『一対一』で女性と向き合った話」が乏しいことに気づきます。聞かれてもいないのに、わざわざ自分の方から女性に関する話題」を持ち出しているのにも関わらず、明らかに乏しいのです。「奥さんが転がり込んで来た」という話も、要するに「棚ボタ」なのであって、決して「自ら主体的能動的に動いた話」ではないことにも注目して下さい。

 おそらく、町山智浩自身にも「自分たちは『きちんと一対一で対等に女性と向き合った』と云う経験に乏しい」という自覚と、それに伴う「劣等感」が有るのではないでしょうか。そのことが、目下の者や読者に対して頻りに「オレたち『大人の男』ってのはさあ」という『説教』をかまそうとする町山智浩らの動機になったように思えます

 しかし、いくら説教をかまそうとしたところで「経験していないこと」や「体現できていないこと」を語るのは土台不可能なわけですから、いずれどこかで無理が生じます

 一時期の町山智浩は、頻りに「恋愛論」を語っていました。あれだけ『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』等で自ら何度も「若い頃はモテなかった!モテなかった!」と書いていたのに「今さら正気か?」と私は感じたものです。それでも町山智浩は、自分に都合が良いように捏造/美化した記憶を語って流布させることで「過去を上書き改変すること」が出来ると考えていたのでしょう。

 しかし、某地方映画関係者などから情報漏れ出した途端、町山智浩は「恋愛論」を語るのを止めたようです。おそらく、自分実像を知る人間から情報暴露をされたら、薄っぺらい「恋愛論」による目眩ましなど一溜まりもないことを理解たからだと考えられます

 例の騒動の時には「女性から教えてもらったことを、その女性に教えようとする『マンスプレイニング』の気質の持ち主である」ことをも示唆されていましたが、このマンスプレイニング気質も、根本に「女性(を含めた他者)との『対等な関係』に堪えられない」という気持ちが有ることの顕れだと思います

 この「女性(を含めた他者)との『対等な関係』を構築することができないのではないか?」という疑いは、高橋ヨシキてらさわホークについても同様に向けることができます

 現在高橋ヨシキてらさわホークは、自分たちよりも年齢の若い女性アメコミ翻訳家ヒップホップミュージシャン等とばかりつるんで配信に勤しんだり、あるいは、自分たちよりも知識が乏しい人間が集う『共感シアター』など「上から安心してマンスプレイニングすることができる場」に閉じ籠もってばかりいますが、これは何故でしょうか?

 私はこれも、結局は彼らが「女性(を含めた他者)との『対等な関係』に堪えられない」ことの顕れだと推測しています

 対等な関係に堪えられないから、自分理解できないコンテンツ/ジャンル自分女性パートナーが楽しむ姿に我慢ならず、その価値観否定したり、馬鹿呼ばわりしたりするのです。

 そんな高橋ヨシキ著作悪魔が憐れむ歌――暗黒映画入門』が、ちくま文庫から目出度く再刊されました。同書に田野辺尚人が寄せた解説を読むと、高橋ヨシキは「魂の自由を重んじている人間」とのことです。

 そんな「魂の自由を重んじている」人間が、自分女性パートナーの肉体を町山智浩に献上したところを見ると、高橋ヨシキは「女性には魂が無い。したがって、女性の魂には自由が無い」と考えていると見ても、さほど間違いではなさそうです。

 よかったら皆さんも一度、高橋ヨシキの本を読んでみて下さい。

 長くなったので、とりあえず今回はここまでにします。

 ヘイル・サタン

2021-04-04

雑誌映画秘宝』の記憶(41)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.16)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p149-150]

【※】『キル・ビル』の話題からワインスタインタランティーノ蜜月関係の話に。

 町山:ワインスタインファイナルカット権を監督から奪ったり、シナリオに何度も書き直しを命じるので悪名高いんだけど、タランティーノだけはノーチェックなんだって

(中略)

 柳下:鬼のワインスタインタラちゃんにだけは甘いんだ。

 町山:ヤクザ親分のドラ息子みたいなもんだ。

【※】『キル・ビル撮影当時、クエンティン・タランティーノが「演技指導」の名目で、ダリル・ハンナハードコアポルノを観せたは有名な話です。

【※】その話をタランティーノから聞かされて、一緒に面白がっていたのが町山智浩です。

【※】タランティーノワインスタインが甘かった理由も、二人に「性的強要セクハラ体質」という共通項が有ったからではないか?と私は推測しています

【※】「特定人間にだけは甘い」という体質は、町山智浩旧体制映画秘宝』と共通していますね。町山智浩らは、自分たちのことは棚に上げていますが。

(初出『映画秘宝』03年vol.47)

感想

 セクハラ面白おかしく話すような人間は「似た者同士」で集団形成するものなのでしょう。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

雑誌映画秘宝』の記憶(40)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.15)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p141]

【※】『バトル・ロワイアルII』の話題から

 柳下:いやあ、何がムカつくったって、十八歳過ぎて「大人は嫌だ」とか言ってるヤツですね。

 町山:え?田野辺くんのこと?

 柳下:いや、『バトル・ロワイアルII』ッスよ(以下、『BR-II』)。藤原竜也が「すべての大人宣戦布告」とか言うんだけど、お前だってもう大人じゃん!

 町山:監督深作健太だって子供じゃないだろ。

 柳下:もう三十歳ですよ。

 町山:オヤジじゃん!

 柳下大人としての自覚がないね思春期なんてハシカみたいなもんで、とっとと済ませればいいだけなのに、いつまでもシカでいたい連中が多すぎる。

 町山:いい年こいて『ライ麦畑』読んで泣いたりしてる連中ね。男ってのはガキだと思われるのが嫌で、早く一人前の男になりたいもんだと思ってた。オイラなんて早くオヤジになりたいクチだったなあ。

 柳下オヤジなっちゃえば自意識とか照れとか、無駄コンプレックスナルシシズムから解放されますからね。

 町山:女の子に「ところでおっぱい大きいね」ってシレッと言えるようになる。

 柳下:それはセクハラだろ!

(初出『映画秘宝』03年vol.46)

感想

 こういうジョークは「本当はセクハラをしない人間」や「本当は大人の男」が言うからサマになるのであって「実際にはナルシシズム全開」で「ホモソーシャル集団内部に閉じ籠もって、セクハラパワハラに打ち興じているような人間たち」がこんなことを言っても、薄ら寒いだけだと分かります

 この人たちの言う「大人としての自覚」とか「一人前の男」という言葉の、何と薄っぺらくて空虚なことか。

この投稿は以上です。

雑誌映画秘宝』の記憶(39)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.14)

 「毎回、長い」と言われたので、引用は細切れでいこうと思います

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p124]

(中略)

 柳下ホモといえば『ロード・オブ・ザ・リング』も怖いですよ。イアン・マッケランクリストファー・リーがお稚児さんを奪い合う話だもん。

 町山:ホモといえば、こないだ『ターミネーター3』の取材シュワルツェネッガーオフィスに入れてもらったんだけど、入り口のドアにいきなり全裸の男の尻が浮き彫りになってるの。

 柳下:それはシュワがボディビルダーからでしょ。彼は女好きで有名だもん。

 町山:でもさあ、そこらじゅう裸の筋肉男の彫刻だらけってのは異常。

 柳下:『スパルタカス』(60年)に出てきたホモローマ貴族屋敷みたいな(笑)

(初出『映画秘宝』03年vol.43)

感想

 「異常」呼ばわり。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-03

雑誌映画秘宝』の記憶(38)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.13)

 「毎回、長い」と言われたので、引用は細切れでいこうと思います

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p124]

【※】『X-MEN2』の話題

 町山:ハル・ベリーといいファムケ・ヤンセンといい、『X-MEN』の女優エロいブライアン・シンガー監督ホモなのになあ。

 柳下ホモは女に対する嗜好がないか記号的なグラマーを選ぶんですよ。淀川さんも巨乳女優が好きだったし。

 町山:あれはマザコンだろ。『X-MEN2』ってシンガーのせいで、男優イアン・マッケランアラン・カミングゲイばっかり。ヒュー・ジャックマンは彼らの視線を感じたろうな。「まあ、素敵なお尻、食べちゃいたい!」とか思われてるんだから

 柳下:いや、意外に連中の趣味ミュータント狩りの元締めのブライアン・コックスかもしれませんよ。フケ専のヨゴレで(笑)

(初出『映画秘宝』03年vol.43)

感想

 「せいで」「ばっかり」「ヨゴレ」という表現に、町山智浩柳下毅一郎の「同性愛者の存在=悪」という差別意識如実に現れています

 同性愛者の話題を出す時に「視線を感じる」「襲われる」という類いのことを言って『犯罪者予備軍』扱いするのも、同性愛差別典型例です。

 引用を細切れにする分だけ、今後の投稿回数も増えて長引くと思いますが、今回の投稿は以上です。ヘイル・サタン

anond:20210403125900

(1) まず、一点確認しますが、貴方は私の書いた「キャンセルカルチャーであるという批判への反論文」を読みましたかYESかNOで答えて下さい。

(2) 「キャンセルカルチャー蔓延を怖れる」「議論が萎縮しないか心配だ」と本気でお考えならば、私の書いた投稿をろくに読まず、前提も理解しないままに頓珍漢なことを書くのを、いい加減に改めたらいかがですか?

(3) まるで私が「議論しない人間であるかのように貴方は言いますが「議論しない人間」とは、私のことではなく、批判の声を黙殺し、口を噤んだまま逃げ回っている町山智浩高橋ヨシキらの方です。

 貴方が「批判議論をすれば良い」と言うならば、私に対してではなく、町山智浩高橋ヨシキらに対して「疑惑批判から逃げ回ることを止めて、自らの口で説明をして、議論を始めて下さい」と言えばいいじゃないですか?「言論人として、批判に向き合え」と。

(4) 読めますか?「げんろんじん」として、と私は、何度も、書いていますが?なぜ、貴方は、私が、書いたことを、読まないまま頓珍漢なことを書き続けるのですか?

(5) 「自分の好きな作品が燃やされるかもしれない」のが怖いですか?

 「自分たちが気に食わない作品を燃やそうとしている/していた人間」は、私ではなく、高橋ヨシキてらさわホークですよ?「公共の場から萌えイラスト』を排除したい」と彼奴らが言った時、貴方はいったい何をしていたのですか?どうせ「あの人たちは問題発言を売りにしている人たち『だから』」と、批判もせずに傍観者でいたのでしょう。今の貴方を見れば想像がつきます

(6) そのくせ、今になって「自分の好きな作品が燃やされるかもしれない」と言い出して『被害者しぐさ』ですか?恥ずかしくないのですか?

(7) 町山智浩高橋ヨシキらが自分たちの方で「説明」や「議論」の場から逃げているのに、貴方は『ずっと』私に対してだけ「議論が萎縮する」と言い続けるのですか?差別的発言セクハラパワハラ疑惑被害者を置き去りにしたままで?

(7) それで、貴方自身の行動は、差別セクハラパワハラを無くすことに、どのように寄与するとお考えですか?

(8) 貴方は「私が貴方の考えを決めつけた」と書きましたが、決めつけをしたのは貴方自身でしょう。私が投稿する目的は「個人的な溜飲を下げる」のが目的であると匂わせる書き方をして。自分したことも覚えていないのですか?

(9) 「影響力が小さいから」とか「他にもやっている人間もいるのに」とか言うことが、差別セクハラパワハラを無くすことに、どのようにして寄与するとお考えですか?

anond:20210403094007

(前提として、「映画秘宝」前編集長による恫喝DM擁護するつもりはまったくありません)

貴方が悩んでいるとすれば「如何にしたら、町山智浩らに対する私の批判を止めさせられるか?」についてでしょう

私が悩んでいるのは、町山氏や映画秘宝の次は、私が好きな作品ひいてはそういった作品が好きな私自身も燃やされる側になるんだな、ということです。

町山氏や「映画秘宝」がきっかけで知った作品作家もたくさんいましたからね。

批判自由にすればいいと思っていますよ。議論すればいいじゃないか、と。でも差別だ、セクハラだ、ですべて燃やすのは違和感があった。

そこで増田が『映画欠席裁判』を取り上げた。あの本は増田引用した部分以外を読んでも悪口しか書いてないような本です。

そんな本から差別的、セクハラという部分だけを抽出する。何がしたいのか、そのとまどいをコメントした。

すると「貴方は~だ」「〇〇論法」「釣りですか?」とひどい決めつけをする返答が返ってくるだけだった。

今回の回答で増田差別発言やハラスメントを徹底的に燃やしていくんだな、ということは分かりました。そこに議論余地はないんだな、と。

省みるに、私の職場で起こったパワハラ事案で、私は傍観することしかできなかった。無力だった。やはり焼かれてしかるべき側の人間なんでしょう。

増田活動の先に世界がよくなることを願います

アーメン

雑誌映画秘宝』の記憶(37)【※追記有り】

リーが伸びたら読まない人もいるので、投稿番号(31)で「興味がある論法」「なぜ『映画秘宝』ばかり批判するのか論法」「『映画秘宝』や町山智浩らに影響力は無い論法」を言い出した人に対する返答を、ここに転載します。【※2021/04/10さら追記島田紳助一派の悪行を告発した女性に対して「なぜ今ごろになって言い出すのか、その動機の方が気になる」と言う人間たちがいますが、ここでの「貴方」も同類だと私は思います

=以下、転載

貴方】私の考える「面白い」というのは、興味関心を広げてくれる、新たな知見を得られるというものです。

【私】それは、差別的言動セクハラパワハラ的な言動被害者存在が「貴方の関心対象ではない」ことの証左でしょう。もっと言えば「町山智浩らの差別的言動セクハラについて、世間の人に関心を抱いて欲しくない」と貴方が考えているからこそ「興味関心を広げる」という欺瞞的な表現を用いて「世間の注目を逸らそうとしている」と私は解釈しています

貴方】端的に言えば、はてな匿名ダイアリー町山智浩氏をはじめとする映画秘宝関係者過去発言をあげつらうことが、どのように差別セクハラの解消に寄与するのかということです。

【私】端的に言えば「そもそも町山智浩らの差別発言セクハラ事実を知らなかった人間が、多数存在する」からです。私の投稿は、そのような人たちに向けて書いています問題解決する第一歩は、問題(の存在)について知ることです。

追記ここから

「あげつらう」という表現を用いていることからも、この人物が、表面的には差別発言セクハラパワハラ被害者のことを考えているように装いながら、本心では加害者の側に立っていることは明白です。

これを「馬脚を顕す」と言わずして何と言うのでしょうか?

追記ここまで=

貴方】町山氏の差別体質が現在進行形問題とするなら、本人のTwitterや、あるいはTBSラジオ週刊文春等も糾弾するべきでは?(すでに実行されているなら申し訳ありません)

【私】「女が突然マニアックなことを言い出したら男の影響」発言、『ボヘミアン・ラプソディ』に関するペニスリング発言他人に対して同性愛者とカミングアウトするように迫る発言などを批判しています。と言うか、そんなことも知らずに(つまり、これまでの投稿をろくに読まずに)批判しているのですか?手抜きですか?

貴方】そうでないなら、「映画秘宝」誌の炎上騒ぎに乗じて「おれも町山、ヨシキに言ってやるぜ」と個人的な留飲を下げる行為ではないのか?

【私】おそらく貴方は、他の社会問題批判俎上に上がった時にも、批判者たちに対して「個人的な溜飲を下げる行為ではないか」と言うのでしょうね。

貴方キャンセルカルチャーコールアウトカルチャーではないのか?という疑念を持つのです。

【私】私自身は「キャンセルカルチャーではない」と考えますが、その理由投稿済みです。手抜きをせずに読んで下さい。

貴方差別ハラスメントをなくしたい、その道筋を考えたいという問題意識は共有したいと思います

しかしそれは表面的な態度をけしからんと言い募るだけで解決するのでしょうか?

現実には差別ハラスメント糾弾すべき聖職者が実は悪質なセクハラ犯罪者だったという例もあるわけでしょう

【私】「表面的な態度がけしからん」については、話が全くの逆です。私は「町山智浩高橋ヨシキが、自分たち自身同性愛差別セクハラパワハラを行う加害者であることを『隠して』、差別や不公正と戦う人間であるかのように『偽装』している」と指摘しているのです。私は「『実は悪質なセクハラをしていた人間』とは町山智浩高橋ヨシキである」と言っているのに、貴方は何を頓珍漢なことを言っているのでしょうか?

貴方】私に「差別セクハラ被害者に対する想像力」が欠如しているというご批判は当を得ているかもしれません。

【私】自分でも分かっているなら、何とかした方が良いと思いますよ。

貴方現実に「差別セクハラ被害を受けた人やそれを目撃した人が抗議したり批判する場面に遭遇」したら、実際に問題解決のために協力できることがあるのかものすごく悩むと思います

【私】「FBBは問題発言するためのユニット『だから』」と言うような人間にそんなことを言われて真に受けるほど、私はお人好しではありません。たぶん貴方は、現実貴方身の回りで起きた差別セクハラ(の被害を訴える人間)に遭遇しても「あの人(=加害者)は、ああいう人『だから』」「もっと面白い、興味関心を広げてくれる話を聞きたいな」と言って済ませて、悩みもしないのではないでしょうか?

もしも今、貴方が悩んでいるとすれば「如何にしたら、町山智浩らに対する私の批判を止めさせられるか?」についてでしょう。

貴方】ですからはてな匿名ダイアリー告発しようという発想にはたどりつきそうにありません。それは私にとっては興味深い、「面白い論点」です。

【私】恫喝DM攻撃個人情報漏洩をするような人間集団批判するならば、批判手段匿名化せざるを得ませんね。

貴方最初に述べたように、どのように差別セクハラの解消に寄与するのか、ぜひ知見を賜りたい。

【私】上で述べたように、問題解決する第一歩は、問題(の存在)について知ることです。それを理解できない人間が、いくら「知見」を求めたところで「豚に真珠」で「無駄」じゃないでしょうか。

貴方】「別の論点」に関して言えば、数あるメディアの中でなぜ「映画秘宝」誌にこだわるのかということがあります

差別発言セクハラ発言問題とするなら、他メディアと比べてそんなに違いや影響力があるのか、そういった論点も交えると増田告発説得力を持つのではないか愚考するものです。

【私】たぶん貴方は、戦前戦時中日本の過ち(関東大震災当時の在日朝鮮人虐殺アジア地域への侵出、南京虐殺従軍慰安婦問題戦時暴力犯罪など)を批判する人間に対しても「他の国々も過去歴史で過ちを犯しているのに、何故、日本のことばかりを批判するのか?何故、日本にばかり拘るのか?他の国々も批判すれば説得力が増すのに」と『反論』するタイプなのでしょう。

 「大した影響力が無い」という馬鹿言い訳を許して、見過ごし続けてきたことこそが『映画秘宝』内部でホモソーシャル集団的な病理を育み、差別的セクハラ的・パワハラ的な言動を野放図に仕出かす人間たちを生む原因となったと、私は考えています。ここで「『映画秘宝』や町山智浩らは大した影響力を持たないの『だから批判を止めろ」と言い出す人間は、端的に言えば『共犯者』に等しいと思いますよ。中小零細企業で発生したパワハラセクハラを、貴方は「大企業で起きた話じゃないか世間への影響は小さい」とか言うんですか?

貴方】もし増田が実際に「映画秘宝」による差別ハラスメントを被った当事者なのでしたら、非礼をお詫びして、私にできることであれば協力するにやぶさかではありません。

【私】要するに貴方は「被害を受けた当事者でもない人間批判をするな」と言っているのだと私は解釈しました。また、既に述べたように、貴方被害者に協力的な人間だとはとても思えません。したがって、貴方の「協力するにやぶさかではない」という言葉も全く信用できませんのでお引取り下さい。それとも、もしかして個人特定」を試みようとしているのでしょうか?

貴方】さて、町山氏の活動でもファビュラス・バーカー・ボーイズはとりわけ露悪的な装いの表現と思いますが、

私の感想は「こんなこと言っていいの?でもなかったことにするのも違う気がする」というようなものです。

少なくともこの本を読んだ後では映画も素直に楽しんでいいのか?作品プライベート距離感とは?等々もやもやを抱えるようになりました。

しかし、差別ハラスメント問題を考えるうえで一概に否定するものでもないととらえています

もちろん、こんな表現けしからん批判するのも自由ですし、そもそも町山氏の著書を評価するかどうかも個人自由ではないですか。

【私】個人自由ならば、私が批判するのも自由ですね。貴方自分の考えを言語化しないままに「もやもや」と言われても、こっちは賛同批判もしようがありませんので「知らんがな」としか言えません。それこそ、貴方が「もやもやする」と言ったところで、それが差別セクハラを無くすプロセスに、いったい何を寄与できるのですか?「一概に」と言うならば、その「一概には済ませられないこと」を言語化して下さい。言語化できないなら、ジャポニカ学習帳にでも「自分もやもやする」と好きなだけ書き取りしていれば良いと思います

貴方】町山の本は差別的表現に満ちていてひどい、と斬って捨てれば済むと思うのですが、なぜ逐語的に引用するのか?これもまた私にとっては興味深い「別の論点」です。

【私】私の投稿に対して「『映画秘宝』は一言一句『✕✕』とは言っていない。したがって『✕✕』とは言っていない」と『一言一句論法』を持ち出す人間がいたので、出典の明記と引用をするようになったのですが、その経緯も読んでないのですか?その経緯も読んでいない(調べてもいない)くせに「知見を得られる」とか「興味深い」とか、もっともらしいことを書いたのですか?何も調べないのだから貴方は本当は興味なんて無いのでしょう。

感想:やっぱり「釣り」でしょうね。

anond:20210402120556

面倒臭いですが回答します。※追記あり

貴方】私の考える「面白い」というのは、興味関心を広げてくれる、新たな知見を得られるというものです。

【私】それは、差別的言動セクハラパワハラ的な言動被害者存在が「貴方の関心対象ではない」ことの証左でしょう。もっと言えば「町山智浩らの差別的言動セクハラについて、世間の人に関心を抱いて欲しくない」と貴方が考えているからこそ「興味関心を広げる」という欺瞞的な表現を用いて「世間の注目を逸らそうとしている」と私は解釈しています

貴方】端的に言えば、はてな匿名ダイアリー町山智浩氏をはじめとする映画秘宝関係者過去発言をあげつらうことが、どのように差別セクハラの解消に寄与するのかということです。

【私】端的に言えば「そもそも町山智浩らの差別発言セクハラ事実を知らなかった人間が、多数存在する」からです。私の投稿は、そのような人たちに向けて書いています問題解決する第一歩は、問題(の存在)について知ることです。

――追記ここから―――

「あげつらう」という表現を用いていることからも、表面的には差別発言セクハラパワハラ被害者のことを考えているように装いながら、貴方本心では加害者の側に立っていることは明白です。

これを「馬脚を顕す」と言わずして何と言うのでしょうか?恥を知れとはこのことですね。

―――追記ここまで―――

貴方】町山氏の差別体質が現在進行形問題とするなら、本人のTwitterや、あるいはTBSラジオ週刊文春等も糾弾するべきでは?(すでに実行されているなら申し訳ありません)

【私】「女が突然マニアックなことを言い出したら男の影響」発言、『ボヘミアン・ラプソディ』に関するペニスリング発言他人に対して同性愛者とカミングアウトするように迫る発言などを批判しています。と言うか、そんなことも知らずに(つまり、これまでの投稿をろくに読まずに)批判しているのですか?手抜きですか?

貴方】そうでないなら、「映画秘宝」誌の炎上騒ぎに乗じて「おれも町山、ヨシキに言ってやるぜ」と個人的な留飲を下げる行為ではないのか?

【私】おそらく貴方は、他の社会問題批判俎上に上がった時にも、批判者たちに対して「個人的な溜飲を下げる行為ではないか」と言うのでしょうね。

貴方キャンセルカルチャーコールアウトカルチャーではないのか?という疑念を持つのです。

【私】私自身は「キャンセルカルチャーではない」と考えますが、その理由投稿済みです。手抜きをせずに読んで下さい。

貴方差別ハラスメントをなくしたい、その道筋を考えたいという問題意識は共有したいと思います

しかしそれは表面的な態度をけしからんと言い募るだけで解決するのでしょうか?

現実には差別ハラスメント糾弾すべき聖職者が実は悪質なセクハラ犯罪者だったという例もあるわけでしょう

【私】「表面的な態度がけしからん」については、話が全くの逆です。私は「町山智浩高橋ヨシキが、自分たち自身同性愛差別セクハラパワハラを行う加害者であることを『隠して』、差別や不公正と戦う人間であるかのように『偽装』している」と指摘しているのです。私は「『実は悪質なセクハラをしていた人間』とは町山智浩高橋ヨシキである」と言っているのに、貴方は何を頓珍漢なことを言っているのでしょうか?

貴方】私に「差別セクハラ被害者に対する想像力」が欠如しているというご批判は当を得ているかもしれません。

【私】自分でも分かっているなら、何とかした方が良いと思いますよ。

貴方現実に「差別セクハラ被害を受けた人やそれを目撃した人が抗議したり批判する場面に遭遇」したら、実際に問題解決のために協力できることがあるのかものすごく悩むと思います

【私】「FBBは問題発言するためのユニット『だから』」と言うような人間にそんなことを言われて真に受けるほど、私はお人好しではありません。たぶん貴方は、現実貴方身の回りで起きた差別セクハラ(の被害を訴える人間)に遭遇しても「あの人(=加害者)は、ああいう人『だから』」「もっと面白い、興味関心を広げてくれる話を聞きたいな」と言って済ませて、悩みもしないのではないでしょうか?

もしも今、貴方が悩んでいるとすれば「如何にしたら、町山智浩らに対する私の批判を止めさせられるか?」についてでしょう。

貴方】ですからはてな匿名ダイアリー告発しようという発想にはたどりつきそうにありません。それは私にとっては興味深い、「面白い論点」です。

【私】恫喝DM攻撃個人情報漏洩をするような人間集団批判するならば、批判手段匿名化せざるを得ませんね。

貴方最初に述べたように、どのように差別セクハラの解消に寄与するのか、ぜひ知見を賜りたい。

【私】上で述べたように、問題解決する第一歩は、問題(の存在)について知ることです。それを理解できない人間が、いくら「知見」を求めたところで「豚に真珠」で「無駄」じゃないでしょうか。

貴方】「別の論点」に関して言えば、数あるメディアの中でなぜ「映画秘宝」誌にこだわるのかということがあります

差別発言セクハラ発言問題とするなら、他メディアと比べてそんなに違いや影響力があるのか、そういった論点も交えると増田告発説得力を持つのではないか愚考するものです。

【私】たぶん貴方は、戦前戦時中日本の過ち(関東大震災当時の在日朝鮮人虐殺アジア地域への侵出、南京虐殺従軍慰安婦問題戦時暴力犯罪など)を批判する人間に対しても「他の国々も過去歴史で過ちを犯しているのに、何故、日本のことばかりを批判するのか?何故、日本にばかり拘るのか?他の国々も批判すれば説得力が増すのに」と『反論』するタイプなのでしょう。

 「大した影響力が無い」という馬鹿言い訳を許して、見過ごし続けてきたことこそが『映画秘宝』内部でホモソーシャル集団的な病理を育み、差別的セクハラ的・パワハラ的な言動を野放図に仕出かす人間たちを生む原因となったと、私は考えています。ここで「『映画秘宝』や町山智浩らは大した影響力を持たないの『だから批判を止めろ」と言い出す人間は、端的に言えば『共犯者』に等しいと思いますよ。中小零細企業で発生したパワハラセクハラを、貴方は「大企業で起きた話じゃないか世間への影響は小さい」とか言うんですか?

貴方】もし増田が実際に「映画秘宝」による差別ハラスメントを被った当事者なのでしたら、非礼をお詫びして、私にできることであれば協力するにやぶさかではありません。

【私】要するに貴方は「被害を受けた当事者でもない人間批判をするな」と言っているのだと私は解釈しました。また、既に述べたように、貴方被害者に協力的な人間だとはとても思えません。したがって、貴方の「協力するにやぶさかではない」という言葉も全く信用できませんのでお引取り下さい。それとも、もしかして個人特定」を試みようとしているのでしょうか?

貴方】さて、町山氏の活動でもファビュラス・バーカー・ボーイズはとりわけ露悪的な装いの表現と思いますが、

私の感想は「こんなこと言っていいの?でもなかったことにするのも違う気がする」というようなものです。

少なくともこの本を読んだ後では映画も素直に楽しんでいいのか?作品プライベート距離感とは?等々もやもやを抱えるようになりました。

しかし、差別ハラスメント問題を考えるうえで一概に否定するものでもないととらえています

もちろん、こんな表現けしからん批判するのも自由ですし、そもそも町山氏の著書を評価するかどうかも個人自由ではないですか。

【私】個人自由ならば、私が批判するのも自由ですね。貴方自分の考えを言語化しないままに「もやもや」と言われても、こっちは賛同批判もしようがありませんので「知らんがな」としか言えません。それこそ、貴方が「もやもやする」と言ったところで、それが差別セクハラを無くすプロセスに、いったい何を寄与できるのですか?「一概に」と言うならば、その「一概には済ませられないこと」を言語化して下さい。言語化できないなら、ジャポニカ学習帳にでも「自分もやもやする」と好きなだけ書き取りしていれば良いと思います

貴方】町山の本は差別的表現に満ちていてひどい、と斬って捨てれば済むと思うのですが、なぜ逐語的に引用するのか?これもまた私にとっては興味深い「別の論点」です。

【私】私の投稿に対して「『映画秘宝』は一言一句『✕✕』とは言っていない。したがって『✕✕』とは言っていない」と『一言一句論法』を持ち出す人間がいたので、出典の明記と引用をするようになったのですが、その経緯も読んでないのですか?その経緯も読んでいない(調べてもいない)くせに「知見を得られる」とか「興味深い」とか、もっともらしいことを書いたのですか?何も調べないのだから貴方は本当は興味なんて無いのでしょう。

感想:やっぱり「釣り」でしょうね。

2021-04-02

anond:20210402034332

私の考える「面白い」というのは、興味関心を広げてくれる、新たな知見を得られるというものです。

端的に言えば、はてな匿名ダイアリー町山智浩氏をはじめとする映画秘宝関係者過去発言をあげつらうことが、どのように差別セクハラの解消に寄与するのかということです。

町山氏の差別体質が現在進行形問題とするなら、本人のTwitterや、あるいはTBSラジオ週刊文春等も糾弾するべきでは?(すでに実行されているなら申し訳ありません)

そうでないなら、「映画秘宝」誌の炎上騒ぎに乗じて「おれも町山、ヨシキに言ってやるぜ」と個人的な留飲を下げる行為ではないのか?

キャンセルカルチャーコールアウトカルチャーではないのか?という疑念を持つのです。

差別ハラスメントをなくしたい、その道筋を考えたいという問題意識は共有したいと思います

しかしそれは表面的な態度をけしからんと言い募るだけで解決するのでしょうか?

現実には差別ハラスメント糾弾すべき聖職者が実は悪質なセクハラ犯罪者だったという例もあるわけでしょう。

私に「差別セクハラ被害者に対する想像力」が欠如しているというご批判は当を得ているかもしれません。

現実に「差別セクハラ被害を受けた人やそれを目撃した人が抗議したり批判する場面に遭遇」したら、実際に問題解決のために協力できることがあるのかものすごく悩むと思います

ですからはてな匿名ダイアリー告発しようという発想にはたどりつきそうにありません。それは私にとっては興味深い、「面白い論点」です。

最初に述べたように、どのように差別セクハラの解消に寄与するのか、ぜひ知見を賜りたい。

「別の論点」に関して言えば、数あるメディアの中でなぜ「映画秘宝」誌にこだわるのかということがあります

差別発言セクハラ発言問題とするなら、他メディアと比べてそんなに違いや影響力があるのか、そういった論点も交えると増田告発説得力を持つのではないか愚考するものです。

もし増田が実際に「映画秘宝」による差別ハラスメントを被った当事者なのでしたら、非礼をお詫びして、私にできることであれば協力するにやぶさかではありません。

さて、町山氏の活動でもファビュラス・バーカー・ボーイズはとりわけ露悪的な装いの表現と思いますが、

私の感想は「こんなこと言っていいの?でもなかったことにするのも違う気がする」というようなものです。

少なくともこの本を読んだ後では映画も素直に楽しんでいいのか?作品プライベート距離感とは?等々もやもやを抱えるようになりました。

しかし、差別ハラスメント問題を考えるうえで一概に否定するものでもないととらえています

もちろん、こんな表現けしからん批判するのも自由ですし、そもそも町山氏の著書を評価するかどうかも個人自由ではないですか。

町山の本は差別的な表現に満ちていてひどい、と斬って捨てれば済むと思うのですが、なぜ逐語的に引用するのか?これもまた私にとっては興味深い「別の論点」です。

anond:20210330204319

もっと面白い論点」とは何でしょうか?

面白い」の定義は何でしょうか?「同性愛者への差別発言/女性へのセクハラ発言」等は、何か「面白い」のでしょうか?それが「面白い」と言うのならば、私は「面白さのセンスが無い人間」のカテゴリに入れられても構いません。

「別の論点」とは何でしょうか?「差別発言セクハラ発言は悪くない」という論点を探し出せということでしょうか?それは私の役目ではありません。

そもそもの出発点からして、町山智浩らの「差別発言/セクハラ発言」を「面白いこと」と私は考えていません。また、それらを「悪くないこと」とも私は考えていません。したがって、そのような意味では「面白い話を展開する文」、ましてや「町山智浩らの発言には問題が無いと弁護する文」を書くつもりも、そのように物事を考える能力も、私には一切有りません。

貴方が「もっと面白いこと』や『別の論点』を求める」という発想になるのは「差別セクハラ被害者に対する想像力」が貴方には欠如していて、それらの被害や苦しみを「どうでもいいこと、くだらないこと、面白くないこと」と貴方が考えているからではないでしょうか?

差別セクハラ被害を受けた人やそれを目撃した人が抗議したり批判する場面に遭遇しても、いちいち貴方は「そんな真面目で退屈な話よりも、もっと面白いことを言って欲しいなあ」と求めるつもりでしょうか?

anond:20210401205139

おそらく、貴方が「それ以外の解釈」に拘泥するのは、町山智浩らの差別発言セクハラ発言を私が批判するのを喰い止めたい意図が有るからなのだろうと私は考えています

結論から言えば、私はそれを止めるつもりはありません。

2021-04-01

雑誌映画秘宝』の記憶(36)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.12)

 同性愛者に対する社会偏見差別を強める発言です。

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者:発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p117]

【※】金正日(※FBBの対談収録当時)の北朝鮮についての話から

 柳下:でもアメリカ北朝鮮に興味ないかも。石油ないし。

 町山:資源喜び組だけだから(笑)。あ、でも金正日彼女たちを楯にすればいいんだね。

 柳下美女の楯ですか(笑)。それって撃ちにくいかも。もったいなくて。

 町山:アメリカ軍はちょうど軍隊内で問題になっているゲイ兵士を集めて、ホモホモ部隊を作ればいい。

 柳下美女全裸で出てきても何も感じなくてバンバン撃っちゃう(笑)

 町山:で、最後金正日を捕まえて、チビデブフケ専兵士たちがウホウホ言いながら輪姦。CNNぶっかけ百連発食らって廃人と化す金ちゃんの顔を全世界生中継

 柳下:それ、銃殺よりキツそう(笑)

【※】「問題になっている」と云う表現は、米軍当局者の中にそう考えている人間がいるだけでなく、町山智浩自身もそれに同調して「同性愛者の存在が『問題である」と考えていることを示唆しています

【※】テレビバラエティ番組も同じようなことをしていますが、こういう「同性愛者の存在や行動」を「ストレート人間に対する『嫌がらせ』や『罰ゲーム』の手段に利用しよう」と云う発想や発言は、同性愛者に対する社会偏見差別助長する明らかな悪行だと私は思います

(初出『映画秘宝』03年vol.42)

感想

 町山智浩らの同性愛者に対する差別的な言動は、決して『済んだ過去の話』ではなく『現在も続いている話』です。

この投稿は以上です。

雑誌映画秘宝』の記憶(35)【※訂正あり】

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.11)

 性犯罪被害者に対する二次加害発言です。(過去投稿と重複しますが、未読の方への周知を図るために再度ここで引用します。)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者:発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p113]

【※】カンヌグランプリロマン・ポランスキー監督作品戦場のピアニスト』もアカデミー賞の授与は無理だろうと云う話題から。(※訂正:songsfordrellaさんのご指摘のとおり、最初投稿では『海の上のピアニスト』と誤記していました。お恥ずかしい。お詫びすると共に訂正いたします。)

 町山:ロマン・ポランスキー十三歳の少女との淫行事件でやっぱり授賞式には来れないの?

 柳下保釈中に海外逃亡だから自動的逮捕されちゃうんですよ。逃亡期間中時効も停止してるし。

 町山:でも、ポランスキー少女レイプしたわけじゃないし。

 柳下合意のうえなのに相手未成年だったか強姦扱い。そもそもあの娘は札付きだったしね。

 町山:ポランスキー、ハメられたな。ハマったというか(笑)

 柳下ロブ・ロウと3Pして隠し撮りしたビデオを売った少女とか、みんなもういい年だと思うけど、何してるのかな?全員集めて同窓会やってほしいな。

 町山:この手の地雷女はいろんなところに隠れてるからな。あ、この場合地雷少女か。

 柳下地雷少女オタクアニメヒロインみたいッスね(笑)

【※】「(笑)」をまじえながら被害者を「札付き」、「地雷女」呼ばわりしています

【※】投稿(30)の引用で、過去性犯罪被害を訴え出た水沢アキ荻野目慶子のことを嘲笑バッシングしていた時と同じ「性犯罪被害を訴える人間厄介者扱いする」と云う町山智浩柳下毅一郎思考が、ここでも認められます

【※】「男尊女卑思想」の持ち主でなければ、このような非人道的発言は出ないと思います。要するに、町山智浩らは森喜朗佐々木宏同類であり、性犯罪被害を訴える女性町山智浩らにとって「弁えていない厄介者」なのです。

(初出『映画秘宝』03年vol.41)

感想

 この「そもそも被害者の方にも問題が有った」論法は、恫喝DM事件が発覚してから映画秘宝』関係者町山智浩高橋ヨシキの信奉者が用いていた―――と言うか、今でもネット上で被害者バッシングし続けている―――手法です。彼らの思考は変化していないことが分かります

 町山智浩らの女性蔑視的な言動は、決して『済んだ過去の話』ではなく『現在も続いている話』なのです。

この投稿は以上です。アーメン

追記】2021/04/01の午前十一時〜十二時ごろ5ちゃんねる上に「はてな匿名ダイアリーの新作が投稿された」と書き込みがされたようですが、その投稿は私ではありません。既に件の投稿はてな匿名ダイアリーから削除されたようですが、一応お断りしておきます

追記その2】以前の投稿に対して、なんJっぽい言葉かいで絡んで来た人間がいました。それと同一人物か否かは不明ですが、現在匿名掲示板ちゃんねるの『映画秘宝』関連スレでは、私の「―――」を使う文体を真似して書き込みを行う人間がいるようです。瑣末な話ですが、5ちゃんねるに私は一切の書き込みをしていないこともお断りしておきます

雑誌映画秘宝』の記憶(34)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.10)

元『映画秘宝編集部員の秋山直斗(ナオト)さんにも不正義や不公正と一緒に闘ってもらうために、引き続き頑張ります。出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p108]

【※】シャーリーズ・セロン主演『モンスター』の話題から

 町山:林真須美特殊メイク藤原紀香やらせるようなムダ。ていうか、美人がブスまで演じるのって独占禁止法違反じゃん!

 柳下美人はブスになれるけど、その逆は無理だもんね。

[p111]

【※】アカデミー賞獲得工作話題

 町山:これでわかるように、アカデミー賞なんて根回しと調整の副産物であって、公正で厳密なコンテストでもなんでもないんだ。くだらねえ。

 柳下ミラマックス社長ハーヴェイ・ワインスタイン必死から。98年に『恋に落ちたシェイクスピア』で大金投じて接待やら何やら大々的な票稼ぎして強引に作品賞奪取してさ、あれから恥も外聞もないオスカー戦略が始まった。

 町山:『恋に落ちた〜』こそブッシュ大統領当選匹敵するインチキ作品賞だった。その後の映画史に何の影響も与えていない。

【※】その「くだらない」イベント解説で小銭を稼いでいるのが町山智浩です。

【※】そのハーヴェイ・ワインスタインと昵懇の仲だったのがクェンティン・タランティーノで、そのタランティーノを「オレらの仲間」扱いしていたのが『映画秘宝』です。

【※】そして、タランティーノが「演技指導」の名目ダリル・ハンナハードコアポルノを見せると云うセクハラ行為をした話を、タランティーノから聞かされて一緒に笑っていたのが町山智浩です。

【※】「ワインスタイン-タランティーノ-町山智浩映画秘宝関係者」と云うセクハラ人脈の系譜

(初出『映画秘宝』03年vol.41)

感想】ここで『恋に落ちた〜』の評価に関して町山・柳下が話していることは、高橋ヨシキてらさわホークの共著で模倣されていて、本当に「センパイの真似」が好きなんだなと改めて思いましたね。

この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-03-31

雑誌映画秘宝』の記憶(33)

【「これはキャンセルカルチャーなのか?」について】

 鷲と獅子合成獣の人に、まとめの手間を取らせてしまって申し訳ありませんが、まだまだ投稿は終えられそうにありません。

 これまで私がはてな匿名ダイアリー投稿した一連の文章において、過去町山智浩高橋ヨシキらが残した「差別的/セクハラ的な言動」を批判していることに対して、他のhatenaユーザーの方からキャンセルカルチャー典型である」と見なす声を頂戴しました。

 そこで今回の投稿では、これについて返答したいと思います

 結論から先に言いますが、私自身は「これはキャンセルカルチャーではない」と考えています

 そのように答える訳を、以下で述べます

 端的に言えば、町山智浩らが自分たち思想/意見/姿勢の「変化」―――或いは、もしも変化していないのであれば「変化していないこと」―――について、明確に自分の口/筆を用いて『説明』をすれば済むだけの話です。何故ならば、町山智浩らは「言論人」なのですから

 仮に町山智浩らが説明をするとすれば、様々な選択肢があり得ます。「元々の自分たち差別的人間である。したがって、これからも変わらず自分たちは、差別発言セクハラも続けていくつもりだ。文句あるか」、「著作物に記録された自分たち過去言動は、差別セクハラにはあたらない。したがって批判を受ける謂れは無い」、「過去自分たち著作には、明らかな差別発言セクハラも含まれる。けれども、それを補って余りある価値が、これらの著作物には有る。その価値とは斯く斯く然々のものである」、「昔の自分たちは、確かに差別的だった。けれども、いついつ頃、斯く斯く然々の経緯があって、反省して自分を改めた。同じ過ちを繰り返さないように、斯く斯く然々のことに気をつける。また、当時の発言で傷つけた人たちに対しても、斯く斯く然々と謝罪する」等々。

 どのような説明を採択するのか、それとも説明放棄して頬被りを決め込むのか、それは町山智浩高橋ヨシキ自身選択であって、それによって他者から納得を得られるのか、新たな批判を招くのか、それも彼らの責任と言えるでしょう。

 現代の我々が入手・閲覧することができるような、過去の何者かによって執筆された様々な書籍出版物の中には、執筆された時代社会的趨勢の影響から逃れ得ず―――したがって、不可避的に―――、今日の我々の目から見れば「差別的表現」と捉えられかねない箇所を含むものが少なからず有ります。それらの書籍出版物が、そういった部分を含むのにも関わらず、何らかの現代的な価値を見出されて現在出版継続されているのは何故でしょうか?

 それは、これらの書籍出版物が、現代人の目や考えに基づく批判プロセスから『逃げずに』それを引き受けると云う洗礼を経ているからです。決して、現代である我々が「批判の手を控えている」から、これらの出版継続されているという訳ではありません。

 もちろん、執筆者が既に故人となってしまって本人が執筆意図などを説明することが叶わない、つまり『逃げようが無い』と云う書籍出版物存在します。しかし、それらについても結局は、執筆者が込めた意図を見抜いたり、或いは、執筆自身執筆の時点では思いも寄らなかった現代的な意義を見出したりする人間たちが存在し、これらの人間執筆者の代理人となって書籍出版物価値や意義の「説明」を行うことで、やはり批判プロセスを経ているのです。

 これに引き換え、町山智浩高橋ヨシキらは存命なのですから自分たち著作物の意義や価値について「説明」することは、弁明の機会も与えてもらえない故人となった執筆者に比べれば、遥かに容易であり、恵まれ境遇にあると言っても過言ではないと私は考えます

 であるならば、はてな匿名ダイアリーに私が投稿することを「キャンセルカルチャーだ」と評して喰い止めようとするよりも、むしろ町山智浩らに対して「沈黙を止めよ。批判から逃げずに説明せよ」と言うべきなのです。

 それとも、私の投稿を止めようと試みる人たちは「町山智浩高橋ヨシキには『説明』の能力が無いのだから批判するのはカワイソウだ」とでも言いたいのでしょうか?しかし、それでは余りにも町山智浩高橋ヨシキらを馬鹿にし過ぎではありませんか?

 なお、2020年出版された高橋ヨシキてらさわホークの共著には「Me Too運動による『過去の悪行』を追求する動きに『行き過ぎ』は無い」「臭いものに蓋をするのは良くない」「被害者しぐさをするのは良くない」と云う主旨の、素晴らしい言葉が記してあります。皆さんも買って読んでみて下さい。

 高橋ヨシキてらさわホークには、是非とも言行一致を求めたいものです。くれぐれも「世間の厳しいバッシングに曝される、カワイソウなオレたち」などといった『被害者しぐさ』に逃げるのだけは、絶対に止めて欲しいものです。

 もしも、言論人としての矜持も持たず、自力での説明も無しで、なし崩し的に「暴言セクハラ差別を行うのが大好きな人間」から社会不正義や不公正と戦う正義人間」へと変節することを、町山智浩高橋ヨシキらが画策するのであれば、これを座視するべきではないと私は考えます

 喩えて言えば、ナチス戦犯たちが、戦時中の罪を償わないまま、顔や名前を変えて戦後の追求を逃れて名士に成り上がろうとしているのに似ています

 また、元・女性パートナー発言奈良さんが被害者となったパワハラ事件などを見れば「かなり昔の話」ではなく「比較最近現在の話」として、彼らは女性立場が弱い人間に対して威圧的な態度を取り、抑圧者となっている疑惑も有ります

 これを喩えて言えば、カトリック司祭説教壇の上で立派な説教をしながら、裏では平信徒女性児童に対して性的強要搾取をしているのに似ています

 貴方ならば、それを黙って見逃しますか?

 過去の行いにしても最近の話にしてもそれらを「反省」して「償う」と云うプロセスを経ずして、町山智浩高橋ヨシキらが「良い人」を偽装することを、見逃したり許したりするつもりは私には有りません。

 結論を言えば、私の行動は「キャンセルカルチャー」ではなく「発掘」なのであって、あまり人に知られずに埋もれていた町山智浩高橋ヨシキらの蛮行を「表から消し去る」ことではなく「世間に知らしめて人々の記憶と記録に残す」ことが目的なのです。

 これで「私の投稿は、キャンセルカルチャーではない」ということを理解していただければ幸いです。ただし、評価については読まれた方にお任せします。

 この投稿は、以上です。アーメン

2021-03-29

雑誌映画秘宝』の記憶(32)

 高橋ヨシキの元・妻の一人とされる女性SNS上で「離婚してよかった」と明言していること、そして現在彼女は、諸々のアニメ作品の視聴を「心置き無く」楽しんでいることを知りました。

 件の女性が―――別に私の知り合いでも何でもない赤の他人ですが―――、誰に気兼ねすることも無く趣味コンテンツを楽しめるようになったことは、とても良いことだと思います

 例えば貴方が、小説なり漫画なり映画なり音楽なり、何らかの創作物コンテンツを鑑賞して楽しんでいるとします。そんな時に、もしも貴方パートナーが横からアニメなんてものには何の価値も無い。そんなもの好きな人間は馬鹿だ」「女は馬鹿だ。アニメ好きの男はもっと馬鹿だ」「女には『ユー・ガッタ・メール』でも見せておけばよい」などと偉そうに口出しして、価値観を全否定する説教―――所謂マンスプレイニング―――をかまして来たとしたら、貴方ならばどう思いますか?

 パートナー趣味に対して余計な口出しや説教をしたり、ましてや価値観を頭ごなしに否定したりする人は、何故そんなことをしても自分は許されるのだと勘違いするのでしょうか?

 もしも「切り株映画なんて何の価値も無い。そんなものを楽しむ人間馬鹿だ」と他の誰かに言われたら、自分ならばどう思うのかと、想像力を働かせたりはしないのでしょうか?根本的に、高橋ヨシキは「女性に対して甘えている」のではないかと、私には思えます。そう考えれば、高橋ヨシキ森喜朗によく似ているとも思います

 最近明かされたロマン優光氏による証言によれば、ロマン氏の友人に対しても高橋ヨシキは「威圧的/パワハラ的な言動」を取っていたとのことです。おそらく、この情報氷山の一角に過ぎないでしょう。まだまだ今後も、高橋ヨシキに関する同種の話が出てくる可能性があります

 これまでに出た話で、高橋ヨシキ強気の態度に出た相手は、いずれも「(高橋ヨシキの目から見て)強そうな人間『ではない』」と云うことを記憶しておいて下さい。今後出てくるであろう話の被害者も、きっとおそらく「強そうではない人間」であろうと予想されるからです。

 そもそも映画秘宝』周辺から漏れ聞こえる高橋ヨシキに関する話は―――高橋に対して好意的/肯定的な話ですらも―――、町山智浩柳下毅一郎などの上の人間から「ヨシキくん」と呼ばれているか下の人から「ヨシキさん」と呼ばれているか、つまり上下関係」が前提となっているものばかりです。対等な人間関係の話題は、ほとんど見られないのです。

 私は、これらの高橋ヨシキに関する情報に接するうちに、はてなブックマークで時々話題に上る「『自分弱者男性だ!』と声高に主張し、己の鬱憤の捌け口として『女性/性的マイノリティ/異文化に属する人間etc.』を標的に選んだ上で、攻撃的な問題行動を取る一部の男性」の存在を思い浮かべるようになりました。

 そして、次のような「仮説」を考えました。

 【仮説ここから

 ひょっとしたら高橋ヨシキ自身が、親兄弟教師、先輩、学友など『高橋自身は逆らえない人間から、同じような仕打ちを受けた屈辱的な経験―――自分趣味嘲笑され、価値観を否定された経験―――を持つのではないか

 高橋ヨシキは、実際に自分に酷い仕打ちをした人間たちに対しては、復讐をすることが叶わなかったのではないか

 その「晴らせなかった屈辱」に対する代償行為として、自分よりも非力な―――と高橋ヨシキが見なした―――女性パートナーに対して、彼女趣味嘲笑ったり否定すると云う行為に及んだのではないか

 町山智浩の寵愛も得て『映画秘宝』の内部に「切り株作品の愛好者」の派閥形成することも出来たので、自分たちに歯向かって来ることが無さそうな―――Jocksとは正反対と思える―――アニメオタクを攻撃の標的に選ぶことで高橋ヨシキも「攻撃する側の人間」に成ることが可能となり、それによって若き日の「晴らせなかった屈辱」に対する代償行為としていたのではないか

 【仮説ここまで】

 まあ、単なる仮説に過ぎません。しかし、古株の『映画秘宝』読者ならば、この私の仮説を聞いても「突拍子も無い想像」とも感じないのではないでしょうか?

 マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』で取り上げられたコロンバイン高校銃乱射事件話題や、アメリカ映画の中で度々描き出される「スクールカースト」の話題に触れる度に、高橋ヨシキらが中核メンバーであった旧体制映画秘宝』が繰り返し「Jocksどもに対する怨念憎悪」を剥き出しにしていたことは、古株の読者にとっては周知の事実です。コロンバイン高校銃乱射事件現場に行った彼らが、笑顔記念写真を撮ったと云う話もありますね。

 さて、その上で質問しますが、そんな彼らが「現実に彼らを苦しめたり嫌な思いをさせたであろう、当のJocksなど『強者男性』に対して、果敢にリベンジを挑んだ」と云う話を聞いたことがある人はいますか?そんな人いないでしょう。

 既に我々は知っています旧体制映画秘宝』の中核メンバーは「彼らの目から見て『弱そう/反撃をしてこなさそう』に見える相手だけを選んで、ヤンチャに振る舞って見せる」と云う事実を。おそらく、高橋ヨシキからパワハラ被害を受けたとされるロマン優光氏の友人も、高橋の目から見て弱そうに見えたであろうことは、我々にも容易に想像ができます

 先に私は「『弱者男性』を自称して、女性/性的マイノリティetc.を標的に選んだ上で、攻撃的な態度を取る一部の男性」について触れました。彼らもまた「現実体育会系/ウェーイ系強者男性」に対しては、攻撃的な態度を取ることはしない/できない傾向にあります。それと同じことです。

 要するに、旧体制映画秘宝』は、本物のJocksなどの『強者男性』に対しては復讐を挑む勇気を持てないので、その鬱憤アニメオタク叩きに勤しむことで紛らわしていた、只それだけに過ぎないのです。

 町山智浩の機嫌を取るために女性パートナーの肉体を献上するような人間が、本物のJocksに対してリベンジマッチを仕掛けるような気概を持ち合わせている訳がありませんので、皆さんも納得されることでしょう。

 冒頭で触れた、高橋ヨシキの元・妻の一人とされる女性が、屈託なくアニメ作品を楽しんでいることには既に触れました。そのことを知った時の私は―――事実関係に関しては知る由も有りませんが―――「何だか精神DVから解放された人を見ているようだ」と思ってしまいました。

 しかし、この女性は次のようにも述べています

 「映画が好き『でした』」と。過去形で。

 いったい何が、彼女映画に対する感情を「過去形」に変えてしまったのでしょうか?

 恫喝DM事件が発覚する直前まで、旧体制映画秘宝』は誌面で「『劇場版鬼滅の刃』は絶対に観ない!」とアピールをしていました。しかし、件の女性が楽しんでいるアニメコンテンツに『鬼滅の刃』が含まれていると知ってしまった後では、この「観ない!」アピールも、既に袂を分かって別の―人生を歩んでいる元パートナーに対して「幼稚な嫌がらせ」をしているように思えます

 もしもそうだとしたら、この女性はまだ「解放」されていないのかもしれない。そして、解放されていないからこそ、解放されるために「映画が好き『でした』」と過去形で記したのかもしれません。

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