「町山智浩」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 町山智浩とは

2022-05-21

松崎悠希

俳優松崎悠希氏が今朝、ツイッター町山智浩氏を攻撃していた。

町山氏が園子温監督ちゃん批判しないことについて抗議する内容だったが、

ツイート文の態度が酷くて、町山氏を「お前」呼ばわりしながら繰り返し罵詈雑言を浴びせていた。

一連のツイートはすでに削除されているが、どうやらツイートを消す旨の告知をせずにただ消したようだ。

 

松崎氏はどうやら、自身の非を公にしたくない人のようだ。

私はがっかりしたし、もう松崎氏を信用しないことにした。

2022-04-20

津田大介町山智浩あたりの気持ち悪さ

なんだろうなあと思っていた。

1)普段正論理想論を語る。

2)たまに火がついたように気に食わないことについて詰問するようなコメントをしはじめる。

自分達の正しさや理があることなら汚い言葉だろうが必要以上に叩き潰すことも躊躇しない。

2)はほんと突然で気分でキレてるとしか思えないのにキレる内容や相手に対しては吟味して叩きつぷせそうなものを選んでる。

いきなり罵倒しまくったりするわけでこの人らの二面性が出まくってて引くのだ。

こんな危険な振る舞いをしてる人についていく人の気がしれないが、ついていってる人はキレることには異論がないのかね。

やってることは自分の正しさの押し付けなんだよなああの人ら。

瀬川深さんについて

anond:20211115095346

卑怯な小物」として名高い瀬川深さんについてはてブ検索した。

https://b.hatena.ne.jp/search/text?q=%E7%80%AC%E5%B7%9D%E6%B7%B1&users=1

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/segawashin/status/1515710815940530180

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/segawashin/status/1515350664322314240

こういう1~2ブクマしかついてない様なツイートでも事細かにチェックして、「ブクマネトウヨとか表現の自由戦士に絡まれそうだな~」とか思いながら先制非表示してるんやな。マジで趣深い。

卑怯な小物」界の大物としては最近だと町山智浩が最有力だけど。例えば「瀬川深さんって、町山智浩みたいな奴だよね」って評価したら、瀬川深さん的には名誉不名誉のどっちに受け取ってくれるだろうか。

2022-04-07

anond:20220405232947

https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9C%92%E5%AD%90%E6%B8%A9&oldid=88849597

作品ファンなど

映画秘宝』を創刊した映画評論家コラムニスト町山智浩2009年ベスト10を選んだ際に、園の『愛のむきだし』を一位に選んだ。同年に日本で公開されたクリント・イーストウッド監督・主演『グラン・トリノ』を二位にして「『グラン・トリノ』は『愛のむき出し』を見るまで一位の作品」「どちらも(『グラン・トリノ』と『愛のむきだし』)「不在の聖母」を描いた作品。」と評した[13]。


https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9C%92%E5%AD%90%E6%B8%A9&oldid=88886392

園子温作品の著名なファン・友人

ファンであり友人である著名な者として、水道橋博士[19]や『映画秘宝』を創刊した映画評論家コラムニスト町山智浩が知られる。町山は2009年ベスト10を選んだ際に、園の『愛のむきだし』を一位に選んだ。同年に日本で公開されたクリント・イーストウッド監督・主演『グラン・トリノ』を二位にして「『グラン・トリノ』は『愛のむき出し』を見るまで一位の作品」「どちらも(『グラン・トリノ』と『愛のむきだし』)「不在の聖母」を描いた作品。」と評した[20]。水道橋博士とは親交が深く[21]、お笑いライブを二人で開催したりしている[22]。水道橋博士園子温を「映画監督として圧倒的に天才」と絶賛している[23]。他に園と親交が深い友人として、茂木健一郎会田誠津田大介[24]、宮台真司がいる。宮台真司あいちトリエンナーレの「表現不自由展」に対する批判意見への反論に友人・園子温作品を例にあげ、「そもそもアートは心に傷を付ける。心を回復させる娯楽とは違う」「こうした基本的なことでさえ、行政政治家、そして市民までもが分かっていないことに驚きました」と開催を擁護している[25]。


ネトウヨ怒りの編集合戦

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/Haydnwharfo

2022-03-28

町山智浩さん(2014)「ウクライナのマイダ革命ネオナチだったんですよ」

町山智浩さん(2022)「マイダ革命では市民自由のために戦ったんですよ」

えっと…😰

2022-02-01

akutsu-koumi ネトフリはプレミアムプランでも1980円(税込)。同じ金を払うならNHK受信料なんぞよりもこっちに払いたい。

akikonian お、ネトフリ契約するわ。

ryun_ryun 日本人はこういうドキュメンタリーライクな作品を好む印象が無いんだよなあ。Fukushima50みたいな感動ポルノにしないと、ミーハー日本人には見てもらえないかもしれない。

sockscat 対政権対立構造じゃなくて、組織VS官僚良心対立構造だっだから、そんなにプロパガンダ臭く作ってなくて、単純にドラマとしての質も高くて面白かった。

FN2199_traitor 海外でも評価されてるのは意外だが嬉しい。これが割と実話ベースだって知ったら呆れるだろうなあ

workingasadog-kt そこまで再現してるとは凄い。こういう社会派作品が(ちゃんと出来がいいのであれば)正しく評価される土壌があってほしい。日本Netflixランキングアニメ韓国ドラマばっかだし…いや、面白いなら仕方ないけど…

loomoo 映画だと大手芸能プロが尻込みして良い俳優が出てくれない。興行気にすると感動ポルノにしないとウケない。ネトフリはマーケット世界だし、資金外資。こういうドキュメンタリー作品もっと増えてほしい

nowandzen このやり方があったか。どうせ界隈は「(詳しい誰かの受け売りで)スコアが低い 笑」「視聴者少ない、かさ増し 笑」とか冷笑キメるんやろうけど。ネトフリで日本不祥事毎回ハイクオリティドラマ化してSOS出そう

egao123 日本ドラマにしては珍しく演出やら演技が上手かった。テレビドラマ学芸会みえレベルWOWOWドラマもそうだがスポンサー企業の声が小さければ日本面白ドラマつくれると証明映画のより良かったよ。

Euterpe2 ヒゲスタンダップがあからさま不機嫌で草

kyo1man 町山智浩今日(1/18)の「たまむすび」で紹介していた…もうNetflix大人常識して契約して話題作は観ておく必要があるような気がしてきた… 事件netflix不祥事映画マスコミ

aktkro どう見てもクロなのに社会的に裁かれない問題に対して"実在する話ではないです"って建付けで映像化して当てこすりするというやり方が最高。Netflix好きになった。

nakamurataisuke 日本テレビ局だと絶対に流せない&流したら確実に局に自殺に追い込まれる、ってテレビ局の知り合いに聞いたので見たいと思ってる(まだみてない)

yo2012 当局検閲が及ばないNetflixから実現した企画なんだね。予算役者の質もストーリーもしっかりしている。日本コンテンツメーカーも本当に作りたいものができるのではないかな。


[B! ドラマ] Netflix新聞記者海外でも高評価 現実と同じ不祥事描写安倍夫妻“真っ青”|日刊ゲンダイDIGITAL

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/300079

2022-01-30

フェミニストって事実確認する前から「私が傷ついた」だけで攻撃するのか・・・

http://dontoverlookharassment.tokyo/2022/01/29/interview3/

インタビュー収録後、町山智浩さんが北村紗衣さんとそれを攻撃した人を並べて、両方を遠回しに揶揄するような発言ツイッターで行いました。がっかり

オープンレターもこれと同じ感覚で書かれてるんだろうなと

男だったらこなうかつなことして自分勘違いでしただったら切腹ものなんだけど

こういうのをヨシとして受け入れてしまう限りは、

やっぱり女は男と一緒に扱えないってなっちゃうよね。

フェミニスト、いろんな意味で女の社会進出の足を引っ張ってる

2022-01-26

呉座騒動 - 時系列(~2021/11/1)

2015年7月

SEALDsによる「安倍政権NO!首相官邸包囲」デモ内での「家に帰ったらご飯を作って待っているお母さんがいる幸せスピーチに対し、デモに参加した北村が「安倍的」だとダメ出し。これに対し野間上原潔らしばき隊関係者北村執拗に叩く。

2019年12月

春日太一町山智浩激怒して「絶縁」宣言

2020年

10月 クラウドファンディングによる啓発広告「#この指とめよう」に約320万が集まる。

11/6 中世史学者の亀田俊和が呉座にウザ絡みされ続けて喧嘩に発展する。

12/25 ガールスカウト日本連盟ファミマのお母さん食堂名称変更を求める署名立ち上げ。

12/29 青識亜論、問題提起として「お母さん食堂署名模倣して不二家に「パパのミルクミルキー販売を求める署名を立ち上げるも、迷惑だとの非難が挙がり、その日のうちに署名削除と謝罪

2021年

1月 呉座、人間文化研究機構(国際日本文化研究センター)任期なし内定の通知。

1/17 TBSラジオ『アフター6ジャンクション韓国映画特集に『映画秘宝編集長岩田和明がゲスト出演した回を聞いた一般人女性が、女性ゲストの不在、及びホモソーシャル的な映画秘宝文化について苦言ツイートを呈する。これに憤った岩田がその女性に直接DMを送り恫喝

1/25・26 映画秘宝公式垢が謝罪

2/2 岩田が『映画秘宝編集長の辞任とともに、オフィス秘宝を退社。

2/12 東京五輪組織委の森会長女性が多い理事会時間がかかる」発言めぐり辞任。

3/16 亀田網野善彦発言に対し、北村が「冷笑系」と評す。これに鍵垢の呉座が引用RT反論

3/17

・呉座の引用RTスクショ北村DMに届き、北村がTL上にそれをアップして反応。呉座が北村揶揄誹謗中傷していた過去ツイートが続々と掘り起こされ、北村の元に集まる。

五輪閉会式演出佐々木宏が『ブタ演出案』を考案していたことを理由に辞意を表明。

3/20 呉座が北村謝罪

3/21 春日太一北村を始めとする不快な思いをされた全ての方に向けて謝罪ツイート

3/23

NHK、呉座の大河ドラマ時代考証降板を発表。

志学代表平林緑萌、不適切発言謝罪するとともに中国史史料研究会顧問を辞任。

3/24 日文研、呉座を厳重注意処分

4/2 日本歴史学協会、呉座を念頭に置いた、ハラスメント行為の再発防止声明

4/4 オープンレター女性差別的な文化を脱するために」公開(約1300人署名)。青識亜論、OL賛同コメントとともに署名するも、運営に撥ねられる。

5/25 木村花選手一周忌に合わせて、一般社団法人「この指とめよう」を設立

7月 呉座と北村和解して、呉座が謝罪文を公開。

8月 機構、呉座の内定を「再審査」で取り消す。

9月 機構、呉座を停職1月の懲戒処分

10月 呉座、機構地位確認訴訟提起。

11/1

・呉座、オープンレター処分に影響したことを示す資料自身ブログにて公開。

・「この指とめよう」が、活動を停止。

2022-01-06

anond:20220104153858

1.「表現規制派」という括りが適切に思える程度には連帯してるよね?

まず大元増田の「嘘吐くな」は一人一派云々みたいな話じゃないので、その時点で「まずそれぐらい認識合わせてくれよ?」って感じだけど、そこは横に置いとくね。

で、一人一派はわかる。

子供に悪影響」という人もいるし「性犯罪を誘発」という人もいるし「不快」という人もいるというだけ

わかるよ。で、その、例えば「子どもへの悪影響を危惧する人」にとっては、特に根拠も無く性犯罪を誘発するとかいレッテル貼りに行く人や、不快だという感情論で暴れる人は、敵だと思うんよね。そっちはそっちで子どもに悪影響ありそうでしょ。例えば90年代クレヨンしんちゃん程度には。そんな大人子供に見せたくなくない?

まあそこまで行かなくても、味方の顔してトンチキな暴れ方する奴って、普通に自説を通すのに邪魔になるでしょ。批判したり決別するのが妥当でしょって程度には、ベクトルがズレてると思うんよね。

でも、そういう人らが、何故か連帯してるの。いいね付けてRTして★付けてる。(もちろん、言ってる事がコロコロ変わる個人というのも普通にいるけど、そういうカスは除いておきますね)

それを外野視点から「あの人ら主張は全然噛みあってないけど、オタクのお色気を社会から排除するために連帯してるんだな」って認識してしまう事って、そんなにおかしい?

2.「エビデンスはない」のグラデーション

お笑いバラエティの真似してイジメが起きる」と、例えば「宇崎ポスター売血に繋がる」「戸定梨香が性犯罪の増加に繋がる」を、同じ「エビデンスは無いっちゃあ無いよね」で、それ本当に自分で適切な比較だと思って並べてる? 程度問題ってあるやん?

まあ程度問題ってのは、つまり個人の匙加減の話だから増田が「同じでしょ」っつうならもうそこで終わる話だけど。

議員肩書使ってV個人無茶苦茶レッテル貼って異議申し立てにはだんまり決め込んで逃げに徹するとかい政治家ムーブ決めるフェミ議連積極的に支持する連中が、平気な顔して「ポルノが大好きなだけだろwww」ってセクハラ垂れて、それでオタク美少女ポスターには悪影響悪影響言うの、バランス感覚バグってるとしか思わんけど。仮に「社会への悪影響」なるもの存在するとしたら、どう考えてもそっちの方が悪影響は大きいでしょ。

あと個人的にはももネタは気にしてない。ルッキズムへの皮肉解釈できる余地があるので、そこを信頼する。ま~でもやっぱダメなんでしょうね~という諦観もあるが。

チー牛の件とかもそうだけど、普段ルッキズム批判でキャッキャしてた連中が、ことオタク?男?が声を上げた時に限ってフルスイングの当て擦りをおっぱじめる所はマジで気持ちいねとは思うけど。

3.タバコ、ノーシートベルト自転車二人乗りの表現規制って、受け入れられてるの?

どっちかっつうとイジられてない? 「タイムリミットが迫ってるのに律儀にシートベルトwww」とかって。タバコもそう。うろ覚えだけど、銀魂で本誌でイジられてなかった? 自転車二人乗りは知らん。

で、その規制体現した化身みたいなもんがネットで殴れる射程範囲に降りて来ないから殴り合いが発生しないというのも思いつつ。

それで特に表現を大幅に歪まされて原作レイプ食らったとかが無い(僕が知らん所で起きてたのかも知れない。銀魂の土方ファンとか)から黙認されてるだけではというのも思いつつ。

レーティング後者かな。実質的な支障は無いか容認されてるだけ。小学生20歳のテイでアカウント作ってフォーナイトやってる。それでも例えばバイオハザードゴア表現とかで時々俎上に載ってる。

最近だとクレカFANZAの話とかもあり、そっちは危機感が高まって来た感じがありますね。

相手が強すぎるから戦ってないだけ、勝てる相手を選んでイキってる」という指摘は、半分はその通りだと思う。残り半分は、お色気批判はずーっと続いてる話だから、反対側もずーっとそこが最前線になってるだけというのもある。

で、その増田の言う「エビデンスなくても規制してよい。お前らも受け入れてる」という主張は分かるよ。それが即ち「だから俺らのエビデンス無き主張も受け入れられるべきだ」となる理路は、何かしらおキメあそばしてるのかな?って程度には分からんけど。

エビデンス無いなら無いなりに、納得感が要るよね? 日本共産党も「社会合意形成する」って言ってたよね。要るのよ。合意が。反対論者と膝突き合わせて対話努力して理解を得るっていう超々々泥臭い手続きが待ってるわけよ。

https://www.tyoshiki.com/entry/2021/11/11/121604

>長くなったのでまとめると「人に話を聞いてもらいたかったら地道なコミュニケーション必要サイゲームスは頑張った。フェミはサボった」

それ、誰がやるん? 誰もやってへんよね? ネットで暴れて反対論者を侮辱してたら自動的形成されるとでも思ってるのか? それとも自分らはなーんもやらなくても、志位和夫という強くて優しい日本一のパパがお膳立て全部やってくれるみたいなつもりでいたのか?

実際は、若者はどんどんリベラルになって行ってるし、男女同権意識もどんどん広がってるわけやん? 今日日、「職場にスケベポスターを貼るのは普通」みたいなのおらんわけよ。誰かがやってるの。

ネットで暴れて雑語りして、たまに一線踏み越えて男性障害者トランスセクシャル蔑視排除する発言やらかしても「自分がやったのは差別じゃなく区別だ」って醜く正当化する様なネトフェミ連中などでは決してない、立派な人らが頑張ってるお陰で、50年100年掛けて社会はそういう風に変わって来たし、これからも変わって行くの。

で、50年掛かる様では意味が無いぞ、今すぐ変わらないと自分にウマ味が無いぞって癇癪起こす個人主義全振り野郎ネトフェミなの。そいつらがフェミニズムを騙ってるのもそう。過去偉人の業績を笠に着てイキってるだけ。代紋チラつかせるチンピラ親分の顔に泥塗ってるの。

勝ち馬に乗ってる」と言ってもいい。世の中はそっちに変わって行ってるんだから町山智浩らの界隈もそうじゃないですか。内面90年代の露悪のまま、表面的に先進さを装ってイキってる。「簒奪」と言ってもいいよ。

何の事は無い、ネトフェミ連中が例えば男性、例えばネトウヨ、例えば差別主義者に投げつけた言葉は、全部自分らもやってる事だったの。自分が蛇だから相手も蛇に見えたの。

追記

ってやり方もまあ模倣なっちゃうんだけど、当増田メモスト氏とは別人です。元増田が箇条書きで返してたので、そこに乗っかった。それで誤解を招いたみたいで、申し訳ない。元々増田メモスト氏かも知れんね。違うかも知れんけど。

個人的には箇条書き以外で寄せたつもり無いので、箇条書きオンリーメモスト氏扱いされても困るなあというのはある。

あと、トラバブコメで「連帯なんかしてねーよw被害妄想www」みたいなリアクションが多々ついてるんだけど、じゃあ「一人一派」って何なんだよ。「連帯してるが、一枚岩の群れとして一貫しているわけでは無く、個人個人意見がある」って言葉じゃなかったの? 単なる個人ではなく一人一派標榜するなら、連帯は前提だろ。それに対して「そんな身内の理屈外野に通じないから、理解を得る努力を(アンチフェミ見下し遊びなんかよりも大きく優先して)するべきでは」って話をしてるんだけども。

はてサとかネトフェミ(に限らず、無論ウヨ側の底辺イナゴもだけど)ってそういう、目の前の気に入らねーモンの揚げ足取るためなら自分らの立脚する大前提をぶっ壊すのさえ厭わない猪突猛進って感じ、本当にかっこよくて尊敬してるんですよ。でも、

まずそれぐらい認識合わせてくれよ?

って言うとる元増田の顔立てるくらいはせえへん?

2021-12-06

雑誌映画秘宝』の記憶(60)

 2021/12/04に『映画秘宝編集部オフィス秘宝、悪質なのはどちらか』と題する文章https://anond.hatelabo.jp/20211204193505

が、はてな匿名ダイアリー投稿されました。その内容を要約すると「旧体制映画秘宝』主要メンバーであった町山・柳下高橋・てらさわは誠実に動いていた。一方それに対して、造反組岡本奈良・ギンティ市川は誠実に動いていなかった」と主張する内容です。

 この内容は、一般人女性に対するDM恫喝事件の余波が未だ冷めやらぬ2021/3/18、元『映画秘宝編集部員かつ高橋ヨシキらのシンパ秋山直斗という人物Note投稿した、文章の焼き直しです。そのため、はてなユーザーの中には「この増田秋山直斗なのではないか?」と推測する人もいるようです。私個人も同じことを疑いましたが、しかし、増田の正体が秋山であるか否かは確認する術もありません。

 しかしこれも機会ですので、秋山直斗文章から私が感じ取ったことを述べます

 まず、2021/3/18に秋山Note投稿した文章から、一部を引用します。

引用その1・ここから

 23時ごろ(※引用者注:元『映画秘宝編集長岩田によるDM恫喝行為が発覚し、その対応に追われていた2021/01/25のこと)から柳下氏、高橋氏と共にオンライン会議を行い、上記の考えを伝えました。なお、18時ごろに状況確認のため高橋氏に連絡をしてきていた、てらさわホーク氏も会議に加わっています。3氏ともに、謝罪必要認識しており、私は実現のために実務を担うことになりました。

 23時09分に、編集部メンバー4名(田野辺氏・岡本氏・奈良氏・ギンティ小林氏)に対し、「新たな謝罪文」作成必要性をメールにて伝えました。早急には対応しないでおこうといった内容の返信があり、これは私の主観的意見にすぎないものの、主体的事態収拾に乗り出す意思が感じられませんでした。

引用その1・ここまで=

 上に引用したNote文章は「誠実だったのは旧体制側。それに比べて新体制側は不誠実だった」というイメージを読者に植え付けたいと、秋山が考えていることをよく表す部分です。

 では次に『〜悪質なのはどちらか』と題する文章はてな匿名ダイアリー投稿される2日前、2021/12/02に秋山直斗(アカウントSquids_squib)がTwitter投稿した内容を引用します。

引用その2・ここから

 映画秘宝編集長が送ったDMについては被害者の人とは和解してるわけでしょ? 当事者同士で解決したのだから、これ以上蒸し返す必要はないというオフィス秘宝と双葉社判断が、被害者に対して不誠実なものだとは思わないけど。

引用その2・ここまで=

 私は、この秋山ツイートにある"蒸し返す"という表現から秋山直斗本心が読み取れるように感じます恫喝DM事件及びその被害者に対して、秋山直斗本心ではどのように考えているのか、端的に言えば「馬脚を露わした」のです。

 DM恫喝事件被害者は「雑誌映画秘宝』の誌面上で何かしら掲載されることを期待していた」とする内容のツイートをしていらっしゃいます。ということは、被害者に対して『映画秘宝』側が示すべきであった誠実さとは、誌面の上というオープンな場で総括を行うことだったと考えるのは当然のことです。だとするならば、双葉社に対して「誌面上での総括を行うことを認めて欲しい」と、被害者要望に沿うように求め続けていた新体制映画秘宝』の中心メンバーが、被害者要望に応えられなかった能力不足を批判されるならばまだしも、要望に応えようとした姿勢のもの批判される謂れは無いと私は思います

 しかし、秋山直斗は「これ以上"蒸し返す"必要はない」と表現して、被害者要望に応えようとしていた造反組4人の姿勢をこそ批判するのです。実に奇妙です。以前は「謝罪のために主体的に動いていなかった。不誠実だ」と批判した人間たちを、今度は「和解も済んだのに、わざわざ"蒸し返す"ようなことをするな」と批判するのですから矛盾しているとしか言えません。

 では最後に、さらに遡って2021/1/26付で秋山直斗Twitterアカウントツイートから引用します。

引用その3・ここから

 『秘宝』は映画を軸に、社会不正義・不公正と闘う雑誌だと思っています。つまり綺麗事こそ重要だという雑誌です。

引用その3・ここまで=

 これまで私は、古株の元『映画秘宝』読者の一人として、はてな匿名ダイアリーに『映画秘宝記憶』と題する一連の文章投稿して続けてきました。

 過去バックナンバーや『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』等の『映画秘宝』関連の単行本を一読すれば、誰にでも直ぐに分かるとおり、雑誌映画秘宝』はこれまでに女性同性愛者、非・都市部居住者、非・富裕層高等教育から疎外された人間etc.に対して、頻繁に、且つ執拗差別発言を行い続けてきた雑誌です。それらの差別的言動実例を、引用によって具体的に私は示してきました。

 秋山直斗が語る、美化された『映画秘宝』像は、虚偽以外の何物でもありません。したがって、秋山直斗の言う「『映画秘宝』を読むことを通じて、自分(秋山)は社会不正義・不公正と闘うことを学んだ」という主張もまた、やはり虚偽以外の何物でもありません。つまり秋山直斗は『映画秘宝』と同時に彼自身を美化しているのです。

 近年の町山智浩高橋ヨシキらは、人権尊重差別反対のような言動を繰り返していますが、自分たち自身女性同性愛者に対して行ってきた差別に関しては全く総括していません。本当に「誠実な人間」であれば、己自身の罪や過ちとも真摯に向き合うはずです。しかし、そのような誠実さを町山や高橋が示したことはないのです。

 元『映画秘宝編集長岩田による一般人女性へのDM恫喝事件を産んだ要因には、長年に渡って同誌内部に根深蔓延っていた女性蔑視の思想があると私は考えています。そして、そのような女性蔑視の思想を『映画秘宝』に植え付け続けてきた張本人は、町山や高橋旧体制人間なのです。繰り返しになりますが、本当に誠実な人間ならば、自分たちが女性への理不尽攻撃の手本を示して、岩田のような人間に対して誤った教育や影響を与えたことを反省するべきでしょう。

 町山智浩高橋ヨシキの信者を今でも続けているような人間たちは「昔のことを"蒸し返すな"」と、愚にもつかない、擁護にもならない言い訳します。そうです、秋山直斗と同じ"蒸し返すな"という言い回しです。この"蒸し返すな"という言い回しは、例えば関東大震災当時の在日朝鮮人虐殺事件や、日中戦争当時の南京虐殺従軍慰安婦問題などについて「済んだ話を"蒸し返すな"」と言うネトウヨ言い回しと瓜二つです。秋山直斗が『映画秘宝』を読んで学んだ、社会不正義・不公正と闘う姿勢とは「済んだ話を"蒸し返すな"」と言うことなのでしょうか?

 そのような秋山直斗や、彼の同類人間が言う「誠実さ」など、薄っぺらい虚飾に過ぎないというのが私の見解です。

 「どちらが悪質か」などという無意味比較詭弁によって、旧体制映画秘宝』を美化するのは、歴史修正主義者のネトウヨと同レベルと言うべきでしょう。

 この投稿は以上です。

2021-12-04

映画秘宝編集部オフィス秘宝、悪質なのはどちらか

さる12月1日映画秘宝編集部員たちが、ツイッター上で発表したリリースサブカル界隈がにわかに盛り上がっている。

詳しくは原文を読んでもらいたいが、

https://twitter.com/narana801/status/1466225876731789314

かいつまんでリリースの内容を要約すると、

今年の頭に元・秘宝編集長が、秘宝のアカウントからDMを送った事件について、映画秘宝権利を持つオフィス秘宝・映画秘宝刊行する双葉社が、その総括を誌面で行うことを許可しないことに怒り、そんな無責任雑誌はつきあいきれんと、退職を発表する内容だ。

この文面だけを読めば、なるほど、責任感にあふれた編集者たちだ。

それに比べて、オフィス秘宝は非正規労働者の声を押さえつける極悪非道じゃないか

ツイッター世論は、弱者の側の編集部員達に「私も連帯します!」と、同情が集まっている。

だが読者として、この一年間秘宝の(あまりにもしょうもない問題ウォッチしてきた身としては、編集部の言い分に信用がおけないというのが率直なところだ。

手身近に論点を整理したい。

1.問題解決しようとしたのは、本当は誰だったのか

先の編集部員が記したリリースだけを読めば、

発生した問題対処したい編集部VSなあなあにして沈静化を図ろうとするオフィス秘宝&双葉社

の、2つの陣営あいだで事態が進んでいるかのように思うかもしれない。

しかし、この秘宝の問題にはもう一つ、最も重要な働きをしたファクターがいる。

編集部員の秋山と、町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキてらさわホークライターたちだ。

詳しい経緯については元編集部員・秋山が書いたnote記事に譲るとして、

『映画秘宝』1月26日発表「ご説明」文書の投稿経緯について|秋山直斗|note

ポイントは、少なくとも事件当日に編集部員たちは、真相究明を行うこともせず、謝罪の発表に動くこともしていなかったことだ。

いまさら事態の解明を行うべく尽力していたと編集部員たちが文書を発表したところで、その本気の度合いは非常に疑わしく感じてしまう。

加えて、どういう判断がなされたのか定かではないが、

私の目からは、もっと真相究明に力を発揮した秋山という編集部員は、この一件でクビになっている。

さらに、町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキてらさわホークライターは、誌面から排除された。

町山智浩がいうに「創刊編集長としていつもスペシャルサンクス名前が載っていたが、前触れもなく外されていた」のだという。

編集部らの言い分としては、謝罪文書の公開にあたってパワハラが行われたというのが理由だったと、ツイッター発言していた(元ツイートをたどるのが面倒なので、各々でしらべてほしい)。

パワハラといえば、今回の編集部たちのリリースも、非正規労働者である私たち弱者の声を押しつぶした、オフィス秘宝という構図を彼らは作ろうとしている。

だが、じゃあ、当時編集部員の秋山を、事件に乗じてクビにしたのは、この一連のなかでもっとも大きなパワハラじゃないのかと。

話はそれたが、この項の総括として、編集部以上に問題解決に力を注いでいたように思しき、元編集部員の秋山と・町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキてらさわホークらが、排除しておきながら「問題解決を行おうとする私たち」と嘯く編集部のことばには、非常に信用がおけない。

2.オフィス秘宝と双葉社は本当に悪なのか

編集部員たちが公開したリリースだけを読むと、あれだけの事件を起こしておきながら、被害者にすら謝罪を行わない酷い連中だと誤解を与えることだろう。事実ツイッターでは「弱者の声に耳に傾けないとは」などの糾弾も少なくない。

しかし、現実には、オフィス秘宝と双葉社ちゃん被害者謝罪をしている。

被害者の方が自ら、オフィス秘宝から謝罪を受け入れた旨の和解合意書を、ツイッターで公開しているのだ。

https://twitter.com/TDIyNT0BAID9mI9/status/1459844778611273736

もちろん一読者として、この事件の詳しい経緯の説明責任果たしてほしいとは思うものの、編集部リリースに書くところの「被害者に対して不誠実」というオフィス秘宝への攻撃は不当なように思う。

しろ慰謝料も支払い、当事者間においては誠実に解決がなされていたわけなのだから

3.古参排除に乗じた編集部私物化

ここからは、編集部が発表したリリースから離れて、ここ最近の『映画秘宝』の誌面について話す。

編集長を解任し、岡本が新編集長就任してから、悪い意味でガラリと雑誌が変わった。

先に名前を挙げた、町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキてらさわホークらは、映画秘宝スターライターだったこともあり、彼らを排除したことによって戦力が落ちるのは避けられないことだった。

じゃあ、どうなるのか。どんな人を呼んでくるのだろうか。期待半分、疑い半分で、リニューアル号を開いたときの衝撃ったらない。

どこのページを開いても、編集長岡本が何かしらを書いている『映画岡本』へと変貌していたのだ。

決して文章が下手なわけではないが、編集長自ら書き手を見つける努力放棄し、それどころかライターの食い扶持を奪って書くのは、編集者職業倫理にもとるのではないか

単発の記事なら百歩譲っていいとしよう。岡本編集長は、あろうことか、ホラー映画ライターのナマニクが連載してきた「未公開ホラー映画」枠を、一方的打ち切り、そして全く同じ趣旨のページを自分でやり始めたのだ。

町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキてらさわホーク古参ライター排除したのは、このように映画秘宝の実権を簒奪する目的だったのではないかと、つい邪推してしまう。

また、これはまったく定かではないが、編集部が全員出て行くという経緯を踏まえる、オフィス秘宝という経営体を巡っても、編集部たちはなんならかの介入をしていたと考えるのが現実的な線ではないだろうか。

4.まとめ

書くのも疲れてきたのでまとめるが、以上のように、長年の読者としては編集部が出したリリースにまったく信用をおくことができないわけです。

古参ライターも消え、コアメンバー編集スタッフ退職し、映画秘宝アイデンティティはもうほとんど残ってないわけで、これから出てくるのは映画秘宝に似た何かにしかならないことでしょう。

でも、それでも、いい雑誌になってほしいなと思ってます

焦土からのやり直しですね。

(ただ、新編集長高橋信之だってのは。ちょっと違う気が…。もう少し若い人のほうがよくないか?)

2021-11-30

anond:20211129200901

覚えてる限りで。あとプロレスシンゴジでもあった気がするけど見つけられなかった。

少年ジャンプ女子の参入で劣化した?主張と反論まとめ

https://togetter.com/li/972567

・(演出家独り言 蜷川幸雄イケメン俳優人気への憂い:朝日新聞デジタル

https://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/DA3S11444426.html

(元記事は消えてるのでブクマページ)

町山智浩女の子マニアックな事を言い出したら、たいてい男の影響」の謝罪まとめ

https://togetter.com/li/458740ミラー

本広克行総監督劇場版サイコパス」に客席見回し「こんなはずじゃなかった、残念」 - News Lounge(ニュースラウン...

https://b.hatena.ne.jp/entry/newslounge.net/archives/154976

(元記事は消えてるのでブクマページ)

・『パシフィック・リム』は奇跡の一本?樋口真嗣中島かずき激論トーク

https://www.cinematoday.jp/news/N0057999

(これも棘が消えてる)

竹熊健太郎女性が見る特撮は私にとって特撮ではない。特撮魂が曇る。」

https://togetter.com/li/749752

・「東野圭吾村上春樹しか知らないのは勿体無い」に反感!? 紀伊國屋書店渋谷店女子向けフェアが炎上

https://getnews.jp/archives/752549

2021-11-10

anond:20211110191207

いや、ネットフリックス礼賛側が「ネトフリ参入でアニメーター待遇も大幅改善!!」とか最初ホラ吹いてたんだよ。町山智浩とかね

2021-09-24

ジョニーデップ主演『MINAMATA-ミナマタ-』を観てきた

テーマは深刻なんだけど、ジョニーデップの持ち味の出た、面白い映画だった。


どうでもいいことだけど、昔からなぜか、

ジョニー・デップのことをしょっちゅうジョニーディップと言い間違えてきた。

これは、バングラデシュのことを、バングラディッシュと言い間違えるより恥ずかしいことだと思っている。

そのジョニーデップが写真家ユージン・スミスを演じる?というのが、

パイレーツオブカリビアンイメージがこびり付いた身には全く想像がつかない。

興味本位で観に行ったら、本人としか思えないユージン・スミスぶりに、おお、と感動してしまった(あったことはないけど)。

ユージン・スミスのことは、というと

この映画を見るまでほとんど何も知らなかったので、どういう背景があって、あの写真が生まれたのか、垣間見られてちょっと感銘を受けたりもした。

映画で描かれているユージン・スミスは、アル中で薬中。過去のいろいろで、メンタルをやられて写真家としてのモチベーションどん底にあった頃のユージン・スミスだ。

一方、フォトジャーナリズムを標ぼうしたものの、売上が上がらず、次第に、魂を売るかのような大衆迎合的な記事広告を載せ始めた、落ち目写真「ライフ」が背景として描かれている。

ピューリッツァ賞を夢見て起死回生を図るべく、次の目標に選んだテーマが、当時、世界のあちこち問題化し始めた公害だった。

当時、すでにMINAMATAの名は世界でも、

日本辺境の地で奇病だの猫踊り病だのと言われ、長い間、対応がなされず蓋をされ続けてきた公害として知られていた。

この映画は、写真家として再起を図るユージン・スミスと逆転ホームランを狙う写真誌が、水俣病に目を付けるところから始まる。

いやー、こういう不純な動機、構図。なかなか良いと思う。

水俣の記録ドキュメンタリは、これまでも土本典昭NHK、いくつかみたことがあったけれども、この目線はいままでなかった。

外国人制作するとこうなのか。

この映画の見どころはなんといっても、ユージン・スミス写真家として、親としての葛藤を描くジョニーデップの演技。

日本にきたものの、途中でやる気をなくして投げ出してしまい、大切なはずのカメラまで現地の少年にあげてしまうシーンとか。

ジョニーデップは、本当にクズっぽいシーンがよく似合う。

ただ、残念でならないのは、ロケ地

違和感があったのでググったら、なんと日本ではない。観終わったあとに読んだ町山智浩コメントによると、セルビア・モンテネグロなのだという。

どうりで、海のシーンが逆光でぼんやりしているものが多かったわけだ。

漁民も、漁民たちが扱う魚も、明らかに違和感ありまくりで、端的に貧相だった。違うだろ。。もっと豊かな海を描いてほしかった。

あと、土本作品へのリスペクト、というのもひそかに注目していたのだけど、

まあ特にないのかな、という印象だった。

映画のなかで、アコーディオン少年が出てきた。

過去記録映画を観ていれば、モデルが誰なのか、すぐにピンとくる。

ここはやはり、あれだろう、船頭小唄だろう、と思ったのだけど

アコーディオン少年交流するシーンはなかった。

そのかわり、ユージン・スミスなついて、カメラに興味を示し、撮って遊ぶ天真爛漫な少年が描かれている。

しかし、考えてみれば、船頭小唄なんぞ奏でようものなら、そのメッセージ性が強烈すぎて、

物語邪魔してしまうだろうから日本の観客向けにはむしろないほうがいい、ということかもしれない。






映画クライマックスは、水俣病歴史で欠かすことのできない、大きな事件であるチッソ株主総会

そこからの流れはとてもテンポがよく、裁判によりチッソ補償を決定するまでの激動の動きが、

ユージン・スミスもっとも有名な写真である、「入浴する智子と母」の撮影シーンを織り込んで進んでゆく。

國村隼演じるチッソ社長人間味があって、いい味を出していた。土本作品など過去のドキュメンタリ映画ではなかなか見ることのできなかった加害者視点被害者と向き合い補償決断するチッソ社長の描かれ方は映画ならではであり、圧巻と言わざるを得ない。

見事な演出だと思う。

NHKアーカイブスでも視聴できる有名なチッソ株主総会は、1970年

スミス乱闘に巻き込まれて負傷した事件は翌年の東京本社での事件なので史実とはちょっと違うが、

そのようなリミックスにさして大きな違和感はなかった。


映画は、1973年チッソ補償決断し、川本輝夫映画では真田広之演じるミツオ)が裁判での勝訴をかみしめるところで終わる。

その後の水俣病の動きはわずかにエンドロールで触れられているに過ぎない。


この映画は、ベースの設定が雑誌ライフの復活とユージン・スミスの再起というテーマを背負っていたため、

チッソ責任を認め、補償に応じる、という、ここで終わりになるのは、それはそれでエンタメ的な収まりどころ、なのかもしれない。


しかし、現実水俣病歴史は、ある意味、まさにこの裁判勝訴と、それに続くチッソ補償協定とを契機に、

チッソVS被害者団体という構図から経済優先で被害を黙認する行政VS被害者という構図に大きく変化してゆく。

この映画が第2幕の終わりだとすれば、第3幕はスーパーヒーロー不在の、果てしなき国との闘いだ。

チッソ社長が除去された水をコップで飲んで見せたことで有名な、有機水銀除去サーキュレーター

効果がないのを知りつつ黙認してきた通産省を筆頭に、高度経済成長を錦の御旗に被害に蓋をし続けてきた行政悪業が明らかにされてゆく。

最終的に国の規制権限行使しなかった責任最高裁で認められたのは、それから四半世紀後の2004年


さらに一方で、1973年被害者の勝訴判決は、チッソ患者への補償の契機となったものの、その補償協定のものが、地域社会の新たな分断の出発点ともなった。

補償をするためには、患者が症状によって定義される必要があるのは自明の理だが、補償協定の1600万円を受け取るに値する症状という形で定義・整理されてしまったのだ。

当然、要件を満たない被害者足切りが始まるわけだ。

そして、さらに、さらに、さら問題は複雑化する。

そこに絡んでくるのが厚生省と当時の環境庁だ。国の定める、公健法上の患者認定基準が、チッソ患者団体との補償協定要件に連動してしまったのだ。

どういうことかというと、国は広範囲患者認定を推進するため、公害健康被害補償法により水俣病被害者認定制度を創設したが、

そこで認定された被害者は、73年に本来は一部の患者団体と締結した補償協定適用を受けることが認められ、1600万円を受け取ることができるようになる、という仕組みだった。

しかし、1600万という高額の補償が、結果的に、チッソ補償能力を超え、被害者認定の足かせとなってしまう。取りこぼされた多くの被害者今日に至るまで苦しんでいる、というのが、

映画のその後の世界なのだ2004年最高裁被害者要件を国の認定基準より緩く認定した、にもかかわらず、だ。

そして国の重要産業である化学工業、そしてチッソ賠償破産を食い止めるため国や県が金融支援をし続ける、という構図がこの映画の後に待ち構えている世界だ。

国は当然、実態調査疫学調査消極的で、というか一度もなされたことがない。

その意味では、映画エンディングシーンである勝訴判決は、実は新たな闘いの出発点ともいえるのが水俣病歴史だ。


そのことを思い返しながら、映画の話に戻ると、この映画の残念なところは、以下の点。

風景日本でない、不知火海が見えない、漁民がいまひとつリアリティがない

写真家出版社、一部の被害者闘争リーダーという限られた構図で、実態解明に尽力した熊大や問題放置した行政が出てこない

・だから、なぜ原因企業が折れて補償に応じたのに問題解決しないかみえてこない→多分世界中の公害類似のことが起きているだろう。

エンドロールで見せている世界公害リアリティを与えるためにはやはり行政視点をどこかに織り込まなければならなかったのでは。

ただ、だからといってつまらない映画では決してなかったし、満足感は高かった。みようによっては、セルビア・モンテネグロにしちゃあ頑張って日本漁村を描いた、ともいえる。

ジョニーデップのクズっぽいキャラは最高に楽しめたし、撮影に至るまでの信頼関係の醸成など背景がみえたのは、この映画の見どころだ。

(追記

https://anond.hatelabo.jp/20210929124437

2021-07-27

雑誌映画秘宝』の記憶(59)

 健康がすぐれないので、この投稿は短めです。

 小山田圭吾障害者虐待に関して執筆されたQuick Japan(QJ)やRockin' On(RO)の記事、そして北尾修一によって発表された村上清と小山田圭吾擁護するブログ記事を読んで、改めて感じたのは「自分たち(=サブカル業界人)の欲求愉悦のためには、他者尊厳を踏み躙ること、他者負担を負わせることを何とも思わない」と云う、昔も今も変わらないサブカル業界人自己中心的な体質です。そして、この体質は、町山智浩旧体制映画秘宝』と瓜二つです。

 件のQJ連載記事いじめ紀行』の中で村上清は「イジメエンターテイメントだ!」と明言しました。それが本当ならば、村上清は何故、彼自身イジメ加害者取材しなかったのでしょうか?何故、村上清は、彼自身イジメ加害者を探し出し、彼(ら)を取材して、村上イジメた時に加害者(ら)が覚えたであろう興奮や愉悦、或いは村上自身が舐めた辛酸屈辱感について、詳細にレポートしなかったのでしょうか?何故、村上清は加害者(ら)と「アレはヤバかったよね(笑)」と、いじめトークで盛り上がらなかったのでしょうか?村上清が言う「救いが無いことも含めて、イジメエンターテイメントだ!」と云う主張が本物ならば、村上にはそれが出来たはずです。

 もちろん、村上清がそれをしなかった/出来なかった理由は分かりきっています。本当は「村上清にとってイジメは、決してエンターテイメントではなかった」からです。記事執筆した当時の村上清は、彼自身イジメ加害者に対して、依然として恐怖感や忌避感を抱いていたのです。

 本当は村上清は、彼自身イジメ加害者リベンジたかったが、それは村上には出来なかったのです。本当の加害者へのリベンジが出来ないことは、村上清にとって大いなる屈辱であり、劣等感の源でした。その代償行為として『いじめ紀行』を執筆し、それを通じて仮想的に加害者となることで、被害者としての屈辱感を解消しようとしたのです。

 この村上清の行動は、見れば見るほど町山智浩旧体制映画秘宝』と瓜二つです。

 小山田圭吾に対する世間批判が高まった後、町山智浩Twitterで「悪趣味鬼畜カルチャー原動力は、電通ホイチョイフジテレビ的なカルチャーへの対抗心だった」と云う主旨の発言を行いました。また町山智浩だけでなく、旧体制映画秘宝』全体が、ジョックス(米国スクールカーストで上位である体育会系)に対する怒りと憎悪を撒き散らしていたことは周知の事実です。

 では町山智浩らは、その電通ホイチョイフジテレビジョックスに対して復讐したでしょうか?していません。町山智浩らの怒りや憎悪を向ける本来相手である電通ホイチョイフジテレビジョックスには町山らの力では敵わないから、その鬱憤を晴らす代償行為として、女性同性愛者やアニメ愛好者を攻撃して、憂さ晴らしをしていたのです。或いは『映画秘宝』内部のカースト下位の人間(ギンティ小林等)に対してパワハライジメをして、いじめ加害者としての立場を楽しんでいたのです。

 そして、町山智浩による筋違い鬱憤晴らしは、今なお止むこと無く続いています現在町山智浩は、女性差別蔑視発言同性愛差別蔑視発言を繰り返しています

 このように比較することで、悪趣味鬼畜系であろうがなかろうが、また90年代から変わることな現在も、サブカル業界人たちは、恨み(?)を晴らすべき本来相手に敵わないが故に、その鬱憤を晴らすために「弱そう/反撃してこなさそうな相手」を選んで攻撃している卑怯者たちであることが理解できると思います

 この投稿は、以上です。

2021-07-25

雑誌映画秘宝』の記憶(58)

 表題に反して、今回は小山田圭吾村上清の話が主ですが、サブカル全体の話と考えて投稿します。予め言いますが、長文です。

 小山田圭吾障害者在日朝鮮人に対して虐待イジメを行った或いは関与したとして、東京五輪を機に一般人に広く認知され、これに伴って、過去雑誌Rockin' On(RO)』及び『Quick Japan(QJ)』が小山田に対して行ったインタビュー記事が注目されています

 それと共に注目を浴びているのが【小山田圭吾自身が、スクールカーストの中では上位ではなく、むしろ下位だったのではないか?】とする仮説です。件の雑誌記事でも「小山田圭吾イジメ加害者だった?!」と、インタビュアーが驚く場面があります。外見的なイメージから「むしろ小山田圭吾は、イジメを受ける側だった」とインタビュアー想像していたのでしょう。また、インタビュアーだけでなく、これまで雑誌記事存在を知らず読んだことも無かったファンも同様に、外見的なイメージから小山田圭吾イジメをしていたとは想像もできなかった」とショックを受けていた人が少なからず見られました。

 あまり他人の外見を云々したくはないのですが、小山田圭吾は顔立ちは整っているものの、身長はどちらかと言えば小柄で、頭部が大きくて肩幅が狭く、体格的には恵まれておらず、お世辞にもスタイルが良いとは言えません。(しかし、そんな小山田圭吾でも「オシャレでイケてるモテ系」に仕立て上げて持て囃すことが可能だった訳ですから、親の七光りやスタイリスト/メイク担当者の優秀さだけでなく、当時のマスメディア一般人との間に、如何に大きな情報発信能力の差が有ったか、それを指し示す一つの証拠と言えるでしょう。)このような外見的な印象に関しては、アンチだけでなくファンの間にも共通認識が有ったからこそ、インタビュアーファンも「イジメ加害者」と小山田圭吾カミングアウトしたことには落差を覚えて驚いた訳です。

 小山田圭吾擁護する人間の一部には「小山田圭吾は、インタビュアー(村上清)に迎合して話を盛ったのではないか?」とする者もいます

 例えば、北尾修一などのQJ関係者、それに小山田圭吾ファンなど、村上清と小山田圭吾擁護する側の人間意見総合すれば、彼らの仮説は概ね「村上清は、彼自身が『いじめサバイバー』だからいじめ問題を無くすための試みとして連載企画いじめ紀行』を立ち上げた。小山田圭吾村上清の人間性に絆されて、連載企画を盛り上げる為に話を盛った」と云う感じです。

 正直に言えば私も現在は、小山田圭吾が話を盛ったと云う仮説は少し可能性が有り得ると考えていますしかし、私の仮説は、村上清と小山田圭吾擁護する北尾修一たちの言うような「美しい関係性」を想定した仮説とは異なります。私の仮説を、以下に述べます

=仮説ここから

 そもそも村上清は、社会存在するイジメ問題解決する又は発生件数を減らす為に連載企画いじめ紀行』を立ち上げた」と云う前提は、果たして事実なのでしょうか?(※そもそもの話をするならば、村上清が『いじめサバイバー』とされていること自体事実であるのか疑わしいのですが、煩雑を避ける為、ここではそれが事実であるもの仮定して話を進めます。)

 むしろ村上清は、イジメの「被害者」になったことで彼自身が背負い込んだ劣等感を解消する為に、己がマスメディア関係者となった今(※記事執筆した当時)こそ、イジメ問題記事を書くと云う手段/大義名分によって合法的に「加害者」の立場になろうと試みた、それによって「被害者であることから生じる劣等感の埋め合せにしようとしたのではないでしょうか。

 何か/誰かを「観察/取材」して、それに基づいて執筆した記事雑誌等の公的媒体に「発表」すると云う行為には、一種の「暴力性」が不可避的に付き纏うものです。観察や取材対象に対して、好意的感情を抱いている場合ですら。況や、SNS等の個人的ネットメディアが発達した2021年現在とは異なり、当時の雑誌一般人との間には、情報発信力の差や「何となくマスメディア人間一般人よりも格上」と云うイメージなど、圧倒的な権力勾配が有りました。そのような権力勾配を利用して、取材と称して他人領域にズカズカと入り込むこと、カメラテープレコーダーを向けること、記事にして発表すること、これらの行為の持つ圧倒的な「暴力性」。

 北尾修一によれば、村上清は極めて優秀な人間のようです。そんな優秀な人間が「取材/執筆と云う行為の持つ『暴力性』」に気づかないはずが有りません(それに気づかないならば、端的に言えば馬鹿でしょう)。おそらく村上清は、このように考えたのではないでしょうか。「マスメディア人間になった自分(村上清)は、今や取材執筆名目合法的に、他者に対して『暴力』を振るうことが可能になった」と。

 取材対象者が「被害者」ならば、取材と称して心の古傷を抉り、取材対象者が苦しむところを観察して「加害者」の立場を擬似体験して楽しめば良い。取材対象者が「加害者」ならば、贖罪意識を持つ人間は、良心の呵責を起こさせて苦しむ様子を観察して楽しむも良し、過去の過ちを反省していない人間は、調子に乗らせて問題発言をするように仕向け、社会から批判を受けるように仕向けるも良し。どっちに転んでも村上清にとって「イジメエンターテイメント」となる訳です。

 差別犯罪被害者が、その苦しみから逃れる為に加害者の側に立とうとすることは、往々にして有ることです。例えば、白人から人種差別を受けた黒人が、鬱憤を晴らす為に黄色人種人種差別するように。村上清も、そんな被害者の一人だったのではないでしょうか。

 村上清は、彼の取材対象として小山田圭吾選択しました。その選択動機には、もちろん既にRO記事が先行して存在したことも有ったでしょうが、ひょっとしたら「オシャレな渋谷系モテ系のミュージシャンに対して『取材と云う名の暴力』を振るうことが出来る」と云う愉悦の予感も有ったのかもしれません。更に、相手イジメの「加害者」ともなれば、その悪行を証言させて世に知らしめる事で、世間からバッシングを浴びるように仕向けて復讐することもできると、そう考えたのかもしれません。しかし、村上清が想定した以上にQJ編集者や読者が本物の鬼畜クズだったこからいじめ紀行』を発表しても小山田圭吾への批判が一向に高まらなかったために、小山田圭吾を転落させるまでに到らなかったに過ぎないのではないでしょうか。

 ここで私は、取材暴力性に関して、別の可能性も考えます。当時のマスメディアは、果たして本気で「小山田圭吾イケてる/格好良い」と考えていたのでしょうか?実は「コイツ、ヒョロヒョロのヘナチョコのくせに、自分のことを格好良いと勘違いしてるw」とか「コイツ、無理してワルぶってイジメ武勇伝として語ってやがるw」とか、マスメディア関係者は表面的には持ち上げつつも、心の底では小山田圭吾小馬鹿にしていたと云う可能性は無いのでしょうか。持ち上げて落とすのは、何と言っても、マスメディアが好む暴力典型です。

 そして、小山田圭吾も、己自身スクールカーストが低いと見做されていることや、マスメディア関係者から心の底で小馬鹿にされていることを感じ取って「いやいや、オレはイジメられっ子じゃないから!むしろオレは、イジメる方だったから!」と、ROQJ取材に対して虚勢を張ったのではないでしょうか。村上清が、もし本当に「いじめサバイバー」だったならば、小山田圭吾には同じイジメられっ子の臭いがすると気づいたかもしれません。もし、そうだとすれば、余計に小山田圭吾が虚勢を張ることに拍車を掛けたことでしょう。「いやいや!オレ(小山田圭吾)はオマエ(村上清)とは違うから!」と。

 小山田圭吾が「報道内容には、一部、事実とは異なる部分が有る」と言いながらも、事実関係説明することを避けて頑なに沈黙を守っているのは、もしもイジメ加害者であることを否定すると、和光学園在籍中の自分スクールカーストが低かったことを認めることに繋がり、それはイケてる渋谷系として持て囃された自身プライドが許さないのではないでしょうか。

=仮説ここまで=

 さあ、如何でしたでしょうか?北尾修一は頻りに「こう考えるのが自然」「普通こう考える」と云う表現を用いましたが、私はそれを避けたつもりです。

 身内であるサブカル業界人(北尾修一)が、自分たちに都合が良いようにアクロバティックに美化したストーリーと、村上清にも小山田圭吾にも利害関係を共有していない第三者(私)が、ごくありふれた話として考えたストーリー。どちらが本当っぽく感じたでしょうか?それは貴方自身が決めて下さい。解釈の無理強いは致しません。

 「長々と書いて、一体これが旧体制映画秘宝』と何の関係が有るんだよ?」と思われたかもしれませんね。しかし、勘が良い方は既に気づかれたはずです。これらの「若かった頃にイケてなかった人間が、大人になってから加害者になることで、若かった頃の劣等感を埋め合わせようとする」「ワルぶって武勇伝を吹聴する」と云う行動様式は、旧体制映画秘宝』の主流派(町山智浩ら)と瓜二つであると云うことに。それに、小山田圭吾の語るイジメの話に登場する被害者障害者在日朝鮮人など反撃が出きなさそうな弱者ばかり選択しているところも、町山智浩旧体制映画秘宝』が(電通ホイチョイフジテレビジョックスへの怒りや憎悪を唱えつつも、本丸のソイツらを避けて)女性同性愛者・アニメオタクとかを攻撃対象にしているところに似ています

 要するに、悪趣味鬼畜系であろうがなかろうが、サブカル業界人は五十歩百歩ということです。

 思った以上に長文となりましたが、この投稿は以上です。

雑誌映画秘宝』の記憶(57)

 小山田圭吾や元ラーメンズ小林賢太郎の仕出かしたことの影響で、俄に「90年代サブカル業界には、悪趣味鬼畜カルチャームーブメント存在した」或いは「90年代サブカル業界には、露悪的なワル自慢を行うのが格好良いとする風潮が有った」と云う主張が、注目を浴びて議論を呼んでいます。これに伴って「サブカルとは何か/何であったのか?」が問い直されているようです。

 町山智浩Twitterで、自らが悪趣味カルチャーに関与していたことは認めていますが、それと同時に「あの頃は」と強調することによって「今の自分(町山智浩)は、あの頃とは違う」と印象操作をしようと画策しています

 "今の"町山智浩は、悪趣味鬼畜系とは違う?果たして、本当にそうでしょうか?

 つい最近ですら町山智浩は、映画ボヘミアン・ラプソディ』公開の際に、殊更に同性愛者を揶揄するような「主人公フレディが首のネックレスに掛けていたのはペニスリング」と云うデマ発言をしていました。このことは、まだ皆さんのご記憶にも新しいことでしょう。

 町山智浩が「女が急にマニアックなことを言い出したら、それは彼氏の影響」と、まるで女性主体的自律的思考能力を持たないと言わんばかりの、森喜朗に勝るとも劣らない女性蔑視発言をしたのは90年代出来事ではありません。

 そして、例の高橋ヨシキの妻(※当時)の胸を揉んでキスをした性的強要搾取事件を、吉田豪とのインタビューで笑いながら面白おかしく語ったのも2011年のことでした。このインタビューは、当に小山田圭吾彷彿とさせるものです。

 また、町山智浩が、奥さんに着いて米国移住して以来、現在に至るまでずっと、非都市部に暮らす非富裕層白人を「アイツラ土人からw」と呼んで差別嘲笑し続けてきたことも周知の事実です。

 これらは90年代出来事ではありません。また、町山智浩自己正当化の為に言い出した「電通ホイチョイフジテレビ文化に対する対抗意識を持っていた」と云う主張によって正当化できることでもありません。

 町山智浩は、一貫して現在に至るまで、同性愛蔑視差別発言女性蔑視差別発言セクハラパワハラ行為を行い続けてきた"本物"の悪趣味鬼畜系です。そして、町山智浩のような"本物"の悪趣味鬼畜系の人間は「オレたちは露悪的なことをしてワルぶっているけれど、本当はイイ奴なんだよ」とアピールすることを好みますが、それは全くの嘘八百であって、"本物"の悪趣味鬼畜系の人間たちは矢張り中身も"本物"の鬼畜なのです。

 そして、そんな町山智浩のような人間を「流石、町山サン!」と褒めそやして、現在に至るまで長年に渡って野放しにし続けてきたのが、我が国サブカル業界人たちなのです。町山智浩及びその取り巻きと、小山田圭吾及び『QJ』の間には、何ら本質的な差はありません。したがって「アレは本物の悪趣味鬼畜系ではない」とか「過去サブカル現在と違って」等と弁明することは、全くの無意味であり、彼らの自己満足に過ぎないと言えるでしょう。

 小山田圭吾や『QJ』界隈と、町山智浩や『映画秘宝』界隈との間に差が有るとすれば、小山田メディアを通じたイメージ操作によってオシャレでイケてるイメージ演出し、モテ系だったのに対して、町山智浩デニムオーバーオール象徴されるように、ダサ系/非モテ系だったことです。

 そして、この非モテ系として町山智浩が抱き続けた怨念すなわちミソジニー思考こそが、町山の言う「電通ホイチョイフジテレビ文化に対する対抗意識」の本質です。町山智浩が本当に対抗(攻撃)しようとしたのは、電通ホイチョイフジテレビではなく、それらに踊らされている(と、町山智浩勝手に思い込んでいる)「女性」なのです。また、同性愛者を執拗差別し続けるのも、町山智浩にとって同性愛者とは「男のくせにナヨナヨしていて『女性的』な存在」だからとも考えられます

 この投稿は以上です。次回も、小山田圭吾障害者虐待と、町山智浩女性同性愛差別を取り上げるつもりです。

2021-07-24

映画秘宝記憶増田がきつくなってきた

怪物と戦う者は、その際自分怪物にならぬように気をつけるがいい。 長い間、深淵のぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ。 」のパターンになりかけてる。

(56)は正統な批判で収まり切れないサブカルへのルサンチマン臭が漂ってる。

匿名でやってるとはいえ、この増田自身も「その矛先が自分の近しい人間に向けられた時、町山智浩はどうするでしょうか。」がブーメランになるかもしれないことを自覚した方がいい。

2021-07-23

雑誌映画秘宝』の記憶(56)

 元ラーメンズ小林賢太郎が、過去に行ったお笑いコント公演の中でナチスによるユダヤ人虐殺ジョークネタにした事が発覚し、この情報海外にも拡散してサイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)の知るところとなり、東京五輪閉会式総合演出担当を解任されましたね。

 小山田圭吾障害者虐待世間一般に広く認知された結果、小山田東京五輪閉会式音楽担当を辞任した際には、一部の人間が「90年代には、悪趣味鬼畜カルチャー存在を許されていた、時代の空気存在して云々」と小山田擁護し、それに対して町山智浩は「小山田圭吾悪趣味鬼畜系とは無関係(だから自分[町山智浩]たちには責任は無い)」と反駁しました。

 では、今回の小林賢太郎の件については、どうでしょうか?

 ラーメンズ悪趣味鬼畜系ではないと思いますが、間違い無くサブカル領域に属する芸能人です。また、今回問題視された90年代半ば当時の彼らの芸風が、当時の、いや、今もサブカル界隈に根強く蔓延る「不謹慎なことを言う/するのがオモシロイ/カッコイイ」と云う風潮の下に成立していたことも明らかでしょう。そして、この風潮を作り出すことには、旧体制映画秘宝』界隈も関与していたと言えます。たとえば『キネマ旬報』の編集部を襲撃して同誌の編集部員に暴力をはたらいたことを、町山智浩パイ投げ事件などと称して矮小化して面白おかしく笑い話扱いしていますが、アレは「言論の自由を脅かす暴力事件」以外の何物でもありません。しかし、サブカル界隈の身内贔屓の体質は、町山智浩の仕出かしたことに対して真摯批判反省を行うことを忌避する道を選びました。昔からサブカル業界人は身内贔屓が大好きで、これは松江哲明性的強要搾取ダンマリを決め込んだのを見ても判るように、今も変わりません。

 ラーメンズお笑いコントの中でナチスユダヤ人迫害虐殺ジョークネタしたことに関して、擁護として「米国サウスパーク英国モンティ・パイソンジョークネタにしているのに、何故、彼我に批判の差が有るのか?」と言う人もいましたが、個人的には、連合国側の人間枢軸国側の人間では、それをジョークネタにする資格に差が有るのではないかと思います。何か死傷者を伴うような事件があって、それをジョークネタにするのは、被害者親族が言うならまだしも、加害者親族が言ったらアウトになるのと同じです。

 一般的な傾向として多くの日本人は、自分たちが枢軸国側であったこと、戦時中にはナチス政権ドイツ同盟国だったことについて、自覚が稀薄だと私は思います。だからナチスドイツポップカルチャーの一部として、エンターテイメントとして、カジュアルに消費するのだと思います

 さて、エンターテイメントとしてナチスドイツの残虐行為を楽しむといえば、長年に渡って率先してそれを実行し続けてきた人間が、旧体制映画秘宝』に1名いますナチス強制収容所ネタエクスプロイテーション映画が大好きと公言し、自ら「所長」と名乗ってそれらの作品の"素晴らしさ"を布教している、赤毛入れ墨だらけのオジサンが1名。そう、高橋ヨシキです。高橋は、間違い無く、悪趣味鬼畜系の範疇に属する人間です。高橋ヨシキによる布教活動は、日本において「ナチスドイツによるユダヤ人迫害虐殺を、カジュアルに楽しんで消費しても許されるのだ」と云う風潮を作ることに寄与し続けてきました。

 もちろん、高橋ヨシキ存在布教活動が、ラーメンズを生み出した訳ではないでしょう(ラーメンズネタ公表よりも、高橋ヨシキ布教活動開始の方が時期的に後だと考えられますし、世間的に認知されたのも、ラーメンズの方が高橋ヨシキよりも先でしょうから)。しかし、ラーメンズネタ世間に発表されてしまった後、長年に渡ってそれが見過ごされたのは、観客である一般人たちの中に「コントネタなのだから(批判するのはおかしい)」「たかフィクションネタに何をマジになってるの?」と云う間違った考えや言い訳の口実が存在たからです。これは、ナチスドイツによるユダヤ人迫害虐殺と云う出来事が"エンターテイメントコンテンツ"として、誤った"市民権"を獲得していたからでしょう。そして、高橋ヨシキによる「ナチス強制収容所エクスプロイテーション映画は素晴らしい!」という布教活動は当に、その誤った"市民権"を獲得するための活動でした。だから、次のようには言えると思います

 「高橋ヨシキによる『ナチス強制収容所エクスプロイテーション映画は素晴らしい!』と唱える布教活動は、ラーメンズネタの"誕生"には影響を与えなかったかもしれないが"生存"には影響を与えたであろう。したがって、その点については、高橋ヨシキ及び彼に同調した人間責任が有る」と。仮に時代の空気と呼ぶべき何かが有ったとしても、それは勝手に生まれたのではなく、それを意図的に作り出した人間がいるのです。この場合、それを作り出した人間の一人は、間違い無く高橋ヨシキです。

 SWCの人たちも驚愕するのではないでしょうか。21世紀日本で、ナチスドイツによるユダヤ人迫害虐殺ネタにしたエクスプロイテーション映画を「面白い!素晴らしい!」と公言賞賛し、他人にも観るように推奨活動している人間存在して、しかも堂々とメディアに登場し続けていると知ったら。誰か英語が得意な人がいたら、高橋ヨシキがしていることをSWCに報告すると良いかもしれませんね。もしもそうなった時、町山智浩SWCに対して「悪趣味鬼畜カルチャーをやっていたのは、電通ホイチョイフジテレビに対する対抗心が有ったから」と弁明できるのでしょうか。見ものです。

 それと、SWCといえば思い出しましたが、長年に渡る町山ウォッチャーならばご存知のとおり、過去町山智浩自身他人に対して「オマエのことSWC通報しといたからな」と言ったことがありました。その矛先が自分の近しい人間に向けられた時、町山智浩はどうするでしょうか。

 この投稿は以上です。

2021-07-22

雑誌映画秘宝』の記憶(55)

 いつもの如く町山智浩Twitterで、自分を棚に上げています

引用ここから

橋本さん自身が無理やりキス事件してるし……

(投稿:午後00時30分・2021/07/22)

引用ここまで=

 橋本聖子のセクハラ非難する町山智浩は、自分高橋ヨシキの妻(※当時)の胸を揉んでキスしたことについて、被害者に対する謝罪と償いを済ませたのでしょうか?

 辞書の「厚顔無恥」の項目に使用例に使えると思いますよ。「例:町山智浩自分自身セクハラを棚に上げてーーーーである」と。

 以下、引用します。

引用ここから

町山智浩高橋ヨシキ君の前のカミさんがすごいオッパイ大きかったんだけど、ヨシキ君が「俺、町山さん大好きだから、うちの嫁の乳揉んでいいですから」って揉ましてくれたから、俺、揉んだよ!「キスしていいですから」とか言うからキスもして。

(吉田豪インタビュー人間コク宝」吉田豪x町山智浩、ただし単行本には未収録、雑誌『BREAK Max』に掲載、前編は2011年12 月号、後編は2012年1月号)

引用ここまで=

 もう一度言いますが、町山智浩は、自分したことについて謝罪と償いは済ませたのでしょうか?

 この投稿は以上です。

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