はてなキーワード: ローカル線とは
全国の鉄道ファンに告ぐ。
同志の諸君にも伝えなさい。
利用者のみなさん、そう思いませんか。
本当に鉄道があってもなくてもどうでもいいところならいいんだ。
しかし、今のそれは、あれはもう、商売のための鉄道じゃないか。
公式には、鉄道嫌いは減っていると言っているようだが、鉄道離れが悪化していることはもうバレバレなんだよ。
こいつらは、自分らのエゴのために鉄道の商売の道具にして、公共交通の印象を悪くしているんだ。
そういう都会を売る奴はやめなさいよ。
諸君だってもともと、嫌われるためにそれになったわけじゃないだろう。
それならオートバイ使いで昔ほどラッシュ電車との縁もないこっちも納得するよ。
どうしてもやりたいなら、じゃあ東京地区については、とりあえず不動産開発ぐらいで我慢すべき。
D&S列車みたいなものは、都会にも行かない郊外路線かローカル線だけでやってくれ。
都会人のみなさん。
私は子供の頃からの鉄道好きですが、最近の鉄道の公共性二の次には、本当にいたたまれません。
私が支持されることはないでしょうが、万が一支持したら、皆さんのお力をお借りして鉄道を叱り飛ばします。
まだ誰の文章を拡散するかお決めでない方は、とりあえずダメ元でこの日記を拡散してください。
無分別な鉄道の公共性二の次に反対している鉄道原住民・高山直人です。
都会人…いや最低限日本人のみなさんに嫌われない、愛される、信頼される都会の鉄道に変えるために、まず運営者と鉄道ファンが努力を始めなさい。
愛される鉄道になれよ。
じゃあな。
http://anond.hatelabo.jp/20170209010308
古い記事に反応しても見られない気もするが、まあ民営化30年記念で書いておく。
まず、競争起きまくってる。なんで京阪神にしか目が行ってないのかが疑問(京阪神に住んでて、他の地区のことに興味が無いのか?)だが、例えば豊橋-名古屋-岐阜での東海と名鉄の熾烈な争いとか、福岡での九州と西鉄の争いとか、私鉄との争いは激しい。それと、航空機やバス(そして何より自家用車)との競争がある。バスとの競争という考えがないの、いかにも都会の人間(都会ではバスは補助輸送機関だしな)という感じだが、地方ではバスはかなり強い。JR北海道が一時期特急のスピードアップに血道を上げていたのは、そうしないと高速バスとの競争で優位に立ちようがなかったからだし、この前廃止された留萌線の留萌-増毛間は沿岸バスとの競争で完全に負けてた。留萌-増毛、JRが勝ってたのは運賃が数十円安いことだけで、本数や所要時間、停車位置(駅があるのは町外れ、バスは高校や病院の目の前まで行く)などその他の全てでバスが勝ってた。増毛町も、町の高校生が留萌の高校まで通うのにはバスのほうを推奨(バスの定期買うと町が半額補助してくれる)してたくらいだ。特に停車位置の問題ってのはすごいデカい。「お前はお年寄りを駅から病院まで数km歩かせるのか?」という話だからな。
あと、そういう外部以外での競争もある。例えば国鉄はエンジン技術が凄まじく低かった(現代の目から見てではなく、当時の海外メーカーや国内のトラック用エンジンメーカーと比べて。重さの割に出力弱い上に排ガスがひどく、しかも出力全開にすると排気管のオーバーヒートで出火しやすいという安全上の問題まであった)にもかかわらず内製にこだわり続けてたが、民営化したらカミンズ社(アメリカ)のエンジンとかを導入するようになった。これによって非電化ローカル線(特に東日本管内)は随分スピードアップした(国鉄時代の時刻表とJRの時刻表を見比べてみると分かる。というか、こういうふうに、民営化でどう変わったかをちゃんと調べてみたことある?)
しかしこの辺はハッキリ言って瑣末なことだ。根本的なのはこっちだ。
>あれから30年経ち、支線はほとんどが廃線になったり、第三セクターになったり、代行バスになったりで地方は青息吐息である。
赤字ローカル線を廃止(三セク移管も含む)しまくっていたのは国鉄の方。JRになってからは、廃止は圧倒的に抑制された。Wikipediaあたりでいいから、いっぺん国鉄・JRの廃止路線の廃止年月日を調べてみるといい(なお、民営化直後87~90年の廃止路線は、三セク会社の設立や代行バスの準備の都合で民営化後まで実施がずれ込んだもので、廃止を決定したのは国鉄)。
国鉄のローカル線廃止基準は「輸送密度(1日1km当たりの利用客数)4000以下」(例外規定がいろいろあり、2000~4000くらいのはあまり廃止にならなかったが)。それに対しJR北海道がこの前廃止を発表したのは「輸送密度200以下」だ。時代の変化などを差し引いても比べ物にならないくらいJRの方がローカル線の廃止に消極的なの。国鉄なら5秒くらいで廃止してた路線をJR北海道(他のJR各社もそう変わらん)はここまで維持してきたの。
お前さんたぶん、市場原理とか新自由主義とかが嫌い(まあ俺も嫌いだが。俺は、地方ではバスのほうが鉄道より交通弱者に優しい場合が多いから、鉄道に使う公金をバスに突っ込むべきと思ってるだけだ。あと介護タクシー・福祉タクシーな。「地方の交通弱者のことを考えて~」みたいなことを言って介護タクシーのかの字が出ない奴、何考えてるんだ?)で、「市場原理なんだから地方(弱者)を切り捨てたに決まってる」と思い込んで、民営化でどう変化したのかとかをきちんと文献やデータにあたって調べる手間をかけようと思わなかっただろ。お前さんはただ単に、新自由主義者よりもさらに地方のことを考えてないというだけだよ。
国鉄時代は「工作局」という内部部署製のエンジンにこだわってた。分割民営化されたら東海が「これでもう俺たちは中央(工作局)から自由だぜ」と言わんばかりに速攻で公開コンペ始めてカミンズを採用し、他社もそれに続いた。北海道だけは国鉄エンジンの換装にそこまで積極的じゃなかったが、そしたらこの前燃えて特急の間引き運転することになった(国鉄エンジンをいまだに使ってる車両を使用停止にしたら車両が足りなくなったため)のは記憶に新しい通り。国鉄のままでもいきなり工作局が干されて公開コンペが行われるようになってた可能性が0%とは言わないけど、まあ分割ないと難しかったのでは。一組織だとどうしても中央の意向が強くなりすぎるので。
70年ごろの「赤字83線」でも結構廃止されてるし(角栄が首相になったために途中でストップかけられたが)、水害で不通になったらわずか1ヶ月後に即廃止(ひどい)の柚木線とかもあるじゃん。だいたい、国鉄は「政治の道具」にならなければ廃止しなかったんだから、自分の意志で廃止するJRより良かった……という話にしたところで、「国鉄のままなら『事業仕分け』的な政治の道具にされてJRよりもたくさん廃止されてた可能性が高いですね。民営化してよかったですね」ということになっちゃうのでは……? 国鉄のままで、そういう政治の「悪い介入」を避けれたはずとするの厳しくない?
最近の日本のゲームがメチャクチャ品質に優れてると思うのは、表現のリアルさだな。表現の良いものを据置機・携帯機で販売し、その補助としてPCゲームを利用している。1970年代からトンデモ文化だったゲームは今や大衆文化。従来型ゲームを残し、進化させたことが奏功したともいえるよね。リア充の人は、アニメを見て、そこからPCのオンラインゲームなりスマホのゲームをしている人がいると思う。パズドラを深く楽しみたい人は3DSのみならずスマホを買う。ソシャゲとはオンラインゲームに近いスケールのものであって、中毒性質のない古典型とは違う。オタクならよくわかると思う。ゲーオタにとって任天堂やソニーのそれはXBOXとともに本格的にゲームを楽しむための機械。事実上のネトゲであるソシャゲは難易度が低く、リア充の遊びであって敷居が低い。深く味わうにはPCゲーム買うほうがよほど効率的だ。
こうしたゲームを含んだサブカルオタク圏というものがあり乗り物文化・非大衆文化がある。さらにそれと構造を共有する文化があって、それは「サブカル性」の存在が日本文化の繁栄を実現している場所なのだ。問題は、それ以外のもの。そこには深く楽しむのための技術がない。
たとえば中国には据置機ゲーム開発メーカーがないという。PCソフトゲームこそあるが、その品質も据置機にすら負けていることは、マリオを愛する日本の人間にはよくわかっている。ソシャゲ嫌いがほとんどだからね。韓流台流ゲームはアメリカ流のそれと比較するべき水準ではなく、どちらかというと和製オンラインゲームと似ていると思う。サブカルの拡張ために発展した据置機文化と共有できる要素がない。単に特殊アイテムを買うときだけに金を払わせるので収益性がない。ミーハーはともかく硬派からの評価は高いといえない。
アジア諸国の交通が長い間道路に依存していてそれを鉄道が補っているように、韓国や台湾や中国は鉄道オタクに対する理解が遅れている。アジア諸国はマイルドヤンキーが多いから、中韓台より事情は悪いかもしれない。「日本は異常なんだからいいだろ!」とヤンキーに言われそうだけど寛容性は大事よ?大卒の元ギャルにお世話になったことがある。ギャルはいい文化だと言っていた。誇らしげだった。しかし「リア充」という感覚ではなく「元ギャルの人」という意識があるような感じだった。鉄道好きだって「鉄道オタクではなく元変わり者」という感覚が古い世代にはあるはずだ。車・バイク好きのオタクに以前噛みつかれたが、それこそヤンキー文化のソフト版が車・バイクカスタムフェチでしょう。痛車好きは一応オタク文化だが、敷居が低いこと、イメージの悪い時代の存在、極めて似ている。鉄道好きも車・バイク好きもマイルドヤンキー化しているし硬派の存在を無視した大衆化だそう。道での繋がり傾向のサブカルとは違うのだ。
2000年代に不良の衰退でまともになった点や文化的歴史の位置づけにおいて、バイク文化とキモヲタ文化は似ている。どちらもへそがないものだ。しかしこれらはマイルドヤンキーとは違い、縦方向の上下があり、そこでは繋がりが途切れることない。バイクは1970~1990年代世代、キモヲタは1990年代世代が変わり者の集まりになっている。一方、鉄道路線と鉄道趣味の人口密度の関係はどうか。負の相関関係にあることは誰にでもわかる。とにかく地方ほど鉄道好きが多い。おまけに観光地化も進んでいる。足を引っ張る人間もいる。都会にこそアンチがいるどうもバイクよりかは可愛いバッシングに思える。
ソシャゲが生誕10周年を迎えるが普遍的なビデオゲームとの性質の違いがはっきりしているように、将来この溝は埋まらないと思う。そして、2000年代以降の最近に量産された書物にはこういうパターンが多い。物凄い売り上げになるが、誰にも知られない…。この手の似非サブカル文化がよくないのは、サブカルとは消費者の構造の違いがありすぎるのに、内実を伴う本当のオタク文化のようにビジネスの方向性として普遍化してしまうこと。しかし財界の都合はどうであれマイルドヤンキーの割合が高くなり、民度もばらつきが出てしまう。そこに道の繋がりはなく、完全な単細胞になる。
結果的にハイカルチャーでもなければ、サブカルでもない中途半端なサブカルチャーが寂れる。ギャル文化は(業界面で)のイメージが凋落して久しいがその人達の評判もクソッタレてるでしょ?ヤンキーみたいな末路を追うことになるんです。いい加減な文化はみんなどこも。もちろんアニメ好きや鉄道好きに対するバッシングもあって1989年の宮崎勤ショックや2002年の西武鉄道ショックがまさにそうなのだが、低迷期はわずか10年弱だったし、現在ではむしろ好かれている文化ので、私たち鉄道好きはほんとはめちゃ好かれ者なんだよね。「汚い日陰者」から一転して大成功ってすごすぎるよ。
最近の都市部では駐車場や駐輪場料金も安くなっているのに、いざ買うとなるとかなりの金額がかかり、トータル費用が原付バイクだけとっても最大で10万円台はいささか敷居が低いとはいえない。ロードバイクですら5万円以内で始める事等やろうと思えば可能だ。持続的に利用できて、かつ一定の敷居の高さがあればいいわけ。鉄道は厳かな仕来りを残しつつ観光要素があるのは非常に優秀で、バスもその点では平成以降は充実の流れがある。
最近流行っている鉄道不買運動は、田舎や外国から来たよそ者が参加できない、敷居が高い。しかし難易度の面でも非常に中途半端。ひどいと最低限度の駐車場駐輪場はおろかガソリンスタンドが整備されておらず、都会特有の曖昧な道路交通マナーとあって運転もめちゃくちゃ大変なのである。あれは遅かれ早かれにわかに終わる運命にしかないと思う。別に日本の大都会で増え続ける都市鉄道嫌いと車・バイク好きをDISってるわけじゃないが、日本ではロードサイド文化もろとも車社会は終わる運命にあるし、車やバイクは都市部ではスポーツ用具以外もはや意味ないし、アジア諸国を手本にした再開発を実行したらその発展の犠牲で欧米由来の都市文化の居場所が消えうせるのは必然でしかない。したがって現代であれば満員電車も大量の外国人も必要悪なので、日本は本当の意味で観光大国化がしたいなら防災などの予算などで余った分を人口増加対応に充てればいいと思う。歩道と車道を分離して歩道の容量を拡張する。近年では鉄道の整備に努めているようだが、例えば鉄道だけを取って鉄道の女性専用車が役目を終えたら、その跡にグリーン車を設置したらいい。乗客を分散させるのだ。
神奈川県の横浜の郊外はかつて、関東特有の田舎文化があった。昔の相鉄はローカル線同然だった。それが昭和時代の経済成長で都会の仲間入り。どれ程すごいかと言うと、昔は関東の仙台同然だった横浜の郊外が仙台市とは比べ物にならないような高度なニュータウンへと変貌したというのだ。話がそれてしまった。
電車男でサブカル文化が変わり、鉄道に対するイメージすらJR九州の躍進で変わった。縁の下の人を守り続けることが日本文化の持続可能性のポイントであり、もちろんそれを各現場の人が一番わかっていると思うんだよな~
数年前の話。
あの花の影響で、明らかに地元民じゃない若者(=聖地巡礼者)がやたらいっぱいいたことより、秩父鉄道とつながっていたことより、東急の車両が走っていることより、都内が高架複々線化されていたことよりも何よりも、飯能まで複線になっていたことが凄まじい驚きだった。
「もうすぐ飯能かあ…直前の信号所から単線になって、いよいよ都会を離れてしまった感が出てくるんだよな…って、あれ?複線のまま右手から単線が…え、飯能?え?複線化されてた!?マジ?うそでしょ!?」
文章化すると実に頭の悪い感想で恐縮だが、一人でパニクって言葉を失った。
実に30年ぶりに乗るまで、自分にとっての西武線は小学校上がる前の記憶で止まっていたので、そりゃもう心底驚愕した。
一応あの花・秩父鉄道・東急・高架複々線の話は情報として知っていたので、そんな大きな驚きはなかったけど、それ以上新しい情報なんて無いと思っていたのが間違いだった。
そんな筆者の幼少の記憶に必ず出てくるのは、5000系レッドアローである。でも何故か行きしか使わなくて、帰りは黄色い普通電車だった。
まさに行きはよいよい帰りは…を地で行く行旅で、帰りは山間の単線で延々揺られるのが超退屈で嫌だった。
でも飯能からちょっと行って複線になると、ようやく都会に戻ってきた→家が近い!と少しだけホッとした。
だから単線→複線という儀式(?)は、忘れたくても忘れられない記憶になってしまった。
ちなみに30年前を最後に秩父行きで西武線を使わなくなったのは、熊谷から荒川沿いのアプローチで秩父に行くようになったから。
更に、今世紀に入ってからは秩父行きそのものがご無沙汰になっていたと。
いや、幼心にすごく不思議だったんだよね。
飯能から池袋方面に出発する時は単線なのに、隣の元加治に着いた時は複線。なんで???という感じ。
それで一回、子供だったら必ずやる、かぶりつき前面展望をやってみて謎が解けた。
駅も何もない所にポイントが有って、そこで複線になるんだ!!
信号所などという存在を知らない当時の自分にとって、これまた「いつの間にか複線」を上回る衝撃だった。
この時点で一生忘れられない記憶として確定したと言っていい。
それなのに、飯能まで複線になっていた。
都会が更に伸びた!くらいのインパクトだった(飯能市の人ごめんなさい)。
それで帰宅して早速調べてみたら、こういうことだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0%E7%B8%AB%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E6%89%80
なんと、敵は八高線だったのだ!
昔絵本で、単線非電化ローカル線のガーターの下を黄色い西武電車がくぐる絵があったけど、それか!!
あの本、なんて本だったか全く覚えてないけど、wikipedia読んだらその絵だけ記憶から蘇ってきたとか、一体どうなってんだ。
余談その1
初代5000系の美化された記憶込みだけど、あんまり魅力的には思えなかった。
まあ、新幹線で東京から近くなったことだし、なるべく早く富山まで乗りに行こうと思っている。
余談その2
秩父は第二の故郷だけど、上に書いた経緯から、飯能にもお世話になっている。
なのでお礼に天覧山には登るつもり。
余談その3
JR北海道がヤバいということで、分割民営化がおかしかったのではみたいな議論が出ているから、分割民営化の経緯の要点を書くぜ。
まず「民営化」の方。
そもそも国鉄は独立採算制であり、要するに税金で運営されていたわけではない(ここ勘違いしてる人がとても多い)。しかし、それでありながら経営の最終決定権は国にあったので、だいたい以下のような具合になった(数字はてきとう)。
自民党「これを作るように」
(数年後)
「政府が金は出さないが口は出す」というどう考えてもヤバい体制であり、これなら「金は出されないが口も出されない」民営の方がマシやんけ、というわけである。これは国鉄できた当初から予見されてたことであり、産業能率会議(昔そういうシンクタンクがあった)なんかは、50年代・60年代に2度にわたって「これ将来絶対破綻するから、分割民営化しないとヤバいって! せめて、公社のままだとしても口を出されないシステムに改革しなきゃ!」と政府に提言していたのだが、まあガン無視された。
要するに国鉄民営化は、50~70年代の政権与党の無策の尻拭いであり、「中曽根ちんが国労つぶしのためにやった」なんていうのはそれを糊塗するためのおためごかしに過ぎない(早川タダノリとかフジヤマガイチとかの有名なリベラル系アルファツイッタラーがこの見解にガン乗りしてるのは謎だが。君ら本当はネトサポなのでは?)。中曽根ちんは確かに国労嫌いマンだけど、第二次中曽根内閣で運輸大臣に分割民営化反対派の細田吉蔵を据えるなど、民営化に関して途中まで党内風見鶏に徹してた人でしかないし、国労は80年代には主流派(社会党右派)・非主流派(社会党左派)・反主流派(日共)の内部対立がひどくて(その結果が86年修善寺大会よ)往年の力なかったから、民営化なくても崩壊しそうだったやないか。分割民営化のせいで国労が崩壊したというのは、原爆投下のせいで日本は負けたと言ってるようなもんで、最後のひと押しを過大評価している。スト権ストの大敗北がミッドウェー、マル生粉砕が南部仏印進駐とみるべきじゃないですかね。マル生粉砕の成功が致命的な失敗やでほんと。
これは、当時の国鉄が極端な東京中心・地方軽視主義だったことへの対策である。いやほんと、国鉄時代の時刻表をJR後の時刻表と比べてみれば分かるんだけど、国鉄時代の地方のダイヤってスッカスカだぞ。あと東北地方とかが本当にスピード遅くてさあ……(国鉄はローカル線用に、うんこみたいな性能でスピード出ない上に排ガスがひどく、排熱管のオーバーヒートが原因で発火しやすいので安全性もクソという、褒めるところのない内製エンジン積んだ車両しか入れなかった。地方民の利便性より内部の論理が優先されていたんである。JRになったら海外メーカーの高性能エンジン積んだ新車を積極的に導入したのでめっちゃスピード上がった)。別に今のJRだってそこまで地方を大事にしているわけではないが、国鉄との相対評価でいえばめっちゃ大事にしてる(各社でバラつきはあるが)。組織がデカくなると、何をやるにも本社の顔色をうかがうようなことにどうしてもなるという話ね。
というわけで、各JRはある程度小さめに分割しようという話になっており、実際当初は本州を5分割(東北・上越・東海道・山陽の各新幹線沿線と関西&北陸)した8分割案が有力だったのだが、線路を共有する東北・上越分割の難しさなんかがあって、予定よりも会社の規模が大きすぎる本州3分割になったのだった。東海については、名古屋を大阪の下につける本州2分割案には名古屋政財界からの非常に強い反発があったため、当初の予定に近い形で割った。
で、こうしてできたJR各社の経営状態には差があるわけだが、別にここを何も考えていなかったわけではない。本州3社には国鉄の債務を渡して利子で苦しんでもらい、3島会社には債務どころか逆に「経営安定化基金」という補助金的なものを渡すことでバランスを取ろうとしたわけである。よく「JR北海道が赤字になると分からなかったのか」ということを言う人がいるが、「赤字になることが分かっていたのでその対策もしたのだが、それでもダメになってきた」が正解である。
諸々の詳細については、今では『戦後史の中の国鉄労使』『国鉄最後のダイヤ改正』などいろいろといい参考文献が出ているので、気になる人はそういうのを読んでね。
ちなみに今後のJR北だが、まあ厳しい。再国有化や上下分離を言う人もいるが、国も道も沿線自治体も沿線住民も、そこまでしてローカル線を残したいとは思ってないだろうしなあ。交通弱者の話にしたって、「バリアフリーとかにまでは手が回らないローカル鉄道に金を投じることが、その金をバスや福祉タクシーなどの補助に全額ベットするよりも交通弱者に優しいと、お前心の底から断言できるの?」という話になる。鉄道が交通弱者にも十分優しいのは都会の話であり、みなバスの強さを過小評価している。インフラは税金で維持されるべきだが、いつでも鉄道がベストかは本気で考えなきゃいけないところだぞ。中標津や音更、中札内など、鉄道が廃止されてからの方が街が栄えてる例というのも道内にあるしな。
真夏のうだるような日差しの下、ぼくは海沿いにある片田舎の町の片隅に立っていた。
目の前には長年の潮風にさらされ今にも傾きそうな小さな家がある。
「こんにちわー!」
できるだけ明るいトーンを心がけ、一度で誰が来たかを理解できるように玄関に向かって声を張った。
「開いてるよー」
隙間だらけの家の中から女性の声が響き、慌ただしい足音が近づいてきた。
「いらっしゃ、、、あら?ひとりかい?」
誰が聞いても明らかな様子で後半の声のトーンを下げながら、老齢の女性は答えた。
ぼくはそれにめげないように明るい声で答える。
「えぇ。仕事で近くまで来る予定があったものですから。せっかくなので。」
何やら複雑そうな表情を一瞬見せたが、彼女の腕はすでに紙袋に伸びていた。
そう促す姿の奥に視線を送ると、高齢の男性が不機嫌そうにこちらを見ようともせずに座っていた。
恐らくテレビにでも見入っているのだろう。
「そうしたいのは山々なんですが、まだ行かなくてはならないところがありまして。それに、もともと気を使って頂かないようにと連絡もせずに来たわけですから。」
そういうとぼくは妻から預かった封筒を目の前の女性、妻の母親に手渡した。
中には毎年手渡されるはずの妻とこどもたちからの手紙と、家族の写真が数枚入っている。
「なんだか今年は進学のこととか学校の行事だとかで何かと忙しいみたいで、、、」
あえて言葉の最後を濁すと、お義母さんは意味を悟ったのか残念そうにため息を付いた。
「慌ただしくて申し訳ないですが、お義父さんもお体に気をつけて!」
無駄だとわかっていながらわざとらしくトーンを上げて反応を伺ってみるも、やはりお義父さんは相変わらず同じ方向を向いたままだった。
ぼくはそそくさと妻の実家を後にした。
妻とお義父さんとは、ぼくらが結婚をする前からすでに仲が悪かった。
小さな釣り船屋を営む父親は家庭の中でだけ威厳を示そうとして、よく母親や娘に手をあげていたらしい。
稼ぎも安定せず家族が店に出て生活を支えている中、夕食の準備を急ぐ学校の帰り道で、ツアー会社に売り込みに出ているはずの父親が見ず知らずの若い外国人女性と仲睦まじく歩いている姿を目撃してしまったそうだ。
ところが、母親は驚いた様子も見せず、ただ「しょうがない」と一言返してきただけだったそうだ。
腑に落ちないながらそれ以上聞いても仕方がないと思った妻は、その日以降父親とは聞かれたこと以外話をしなくなってしまったらしい。
ただ、それでも毎年里帰りをしていたのは、お義母さんに孫達を見せたいのと、自分から相手につけ入れられる否を見せたくなかったからとのことだった。
せめてそれが家族の楽しい思い出になるように毎年あれこれとイベントを企画してきたが、とうとうそれも叶わなくなってしまった。
それを予算のせいだからと電話一本で済ませたくなかったのは、きっと妻のプライドなのだろう。
「昔みたく、ぼくが一人で行って手紙でも届けてこようか?」
ぼくがそう妻に告げると、妻は仕方なさそうにこういった。
「本当はみんなで一緒がいいんだけどね。パパがそういうなら仕方ないわ。」
社会に出て間もないころのまだ大した稼ぎのなかったぼくは、青春18きっぷで全国を旅をしながら写真を撮るのと釣りをするのが趣味だった。
そうして訪れた先で、ぼくは妻に一目惚れをしたのだ。
ローカル線を乗り継いでいけば日をまたいで次の日の昼前には到着する。そうすれば1綴りたった11,850円の費用で往復が可能だ。
妻は父親に余計な気を使わなくて済むし電話一本で済ませるという不義理な評価を避けることもできる。
ぼくは夏の小旅行を楽しむことができるし、家族から開放された時間を楽しむこともできるというわけだ。
ただ唯一、こどもたちだけは残念がるだろう。
「せっかく行くのだからこれで美味しいものでも楽しんで、ついでにこどもたちにおみやげでも買ってきてね。」
ぼくはこの人を妻に選んで本当によかったと、心から思った。
そんな美しい物語を夢想しつつ、ぼくは「ぼくだけ留守番してるからみんなで気兼ねなく楽しんできなよ。」とつまに告げたのだった。
ただし、これで一人の時間を楽しめるかというとそれは少し考えが甘いかもしれない。
なぜなら、そもそも旅行代金の高いお盆を避けるように組まれたスケジュールだったので、本来費やされるべき有給休暇は残念ながら持ち越されてしまうからだ。
もちろんそれを不幸とも思わないし、当然全てを受け入れるつもりだ。
国鉄・JRの廃止路線と廃止年月を調べてみれば分かるが、国鉄は(角栄時代からの数年を除けば)一貫して赤字ローカル線の廃止に積極的だったし、分割民営化して以降はローカル線の廃止は比べると相当抑制されてるんだよ。
あと、東海や東日本からは、直接渡すスキームではないが北海道に金が渡ってるんだよ。あと税金もかなりつぎ込まれてるんだよ。それでも北海道はああなんだよ。
現状の北海道のローカル線、国鉄の廃止基準(勘違いされがちだが、ローカル線の廃止基準は赤字額や赤字率ではなく客の数)の10分の1以下の客しかいないようなのがゴロゴロだ。
そして、その最大の原因は「地元客が車に乗るので、鉄道に乗りたがらない」からだ。もちろん人口が減っていることもあるが、ローカル線利用客の減り方はそれだけじゃ到底説明がつかないレベルだ。
たとえ民営化されてても、鉄道は「儲からない」という理由では廃止されん(それだけが理由なら補助金だって出る)。「地元が必要としてるとは思えない利用状況になってる」という理由で廃止されるんだよ。
卒業と入学、就職に伴い、引越しのシーズンが到来したが、中には自分でレンタカーでトラックを借りてやってしまおうという人も多いかも知れない。
そんな人に、運送業勤務歴がある増田がトラックを借りたら真っ先にすべき事をアドバイスしたい。
トラックを借りて真っ先にすべき事…
車検証のどこを見るのか?
「全高」を見るのだ。車の高さである。それを紙に大きく書いて、ダッシュボードに置いておく。
何故か?
トラックを借りる場合、恐らく箱車(メタルバン)を借りるだろう。若しくは幌付き。
言っておくが平車は難しいぞ。両アオリに壁を作ってテトリスのようにぴったり積まないといけない。
箱車の特徴は背が高い事だが、ただ背が高いのではない。
「運転席より後ろが高い」のだ。
だから目線よりはるかに高い荷台(しかも後方)の車両感覚なんて付いている筈が無い。
だから道を走っていて「高さ制限」の標識があったら見逃さず、メモの全高と突き合わせるんだ。
箱車は3.7mが多い。
これをうっかり忘れると「ドカーーーン」とやらかしてしまうわけである。
因みに車の破損は保険がおりる。しかし衝突で道路設備を壊した場合、保険はおりない。
それから、商店街には入ってはいけない。商店街は人通りもあり道もすれ違うには狭い。
そして何よりも「商店の軒先」が鬼門だ。雨の日の買い物客が濡れない為のビニールの日除けなどだ。あれには「全高」表示がない。
そして「運転席より高く、箱より低い」のだ。最悪だ。
つまり、すれ違いで気を使って路肩に寄せている内に運転席基準で軒に寄せすぎてしまう。すると数秒後に「めりめり」と後ろで聞こえると言うわけだ。
これは30万以上と思ったほうがいい。
また商店街の電灯から斜めに枝飾りなんかを出している事がある。これが幌に引っ掛かると、簡単に破れるのだ。
あと注意すべきは、川の近くの道だ。
川に近いところは管理者が河川局になっている場合がある。すると、警告や制限標識などの設置基準が他の道路と違う、特に劣る場合がある。
それに気付かずトラックで通行したら、いきなり3.6mのローカル線のガードなんかが現れたり、なんて事もある。
古くしょぼいガードだと速度が出ているとぶつかった衝撃でずれてしまう事がある。
そうなったら大変だ。エライ金取られて人生が終わること請け合いである。
ならば逃げてしまおうか?
死者が出た場合、往来危険致死に問われ、この法定刑は死刑か無期懲役だ。
そういう訳で、川の近くで道がしょぼくなったら特に注意が必要なのだ。
ついでなのでパンクした時の事も書いておく。
まず特徴的なのは、「トラックの左側のホイールナットは逆ネジ」という事だ。
これはゆるみ止めでそうなっている。左にいくら回してもナットは緩まない。
次に一番大事なのは、ジャッキで上げる前に「車止めを必ずしなければならない」。
サイドブレーキだけじゃダメという事だ。これはトラックの構造に由来する。
だから1輪をジャッキアップしても、どっちかの後輪が設置していれば車は流れない。
これに対し、トラックのサイドブレーキは「ミッションの出力軸」を締め上げる構造になっている。つまり車輪自体はクルクル回るのだ。
そして車の駆動輪には「デファレンシャルギア(デフ)」というものがある。これはカーブで左右のタイアの通る距離が変わるので、それを吸収するための機構だ。
電車では両車輪は直結になっているので、カーブでは軋み音がしてスリップする。電車は鉄車輪だからスリップしやすいが、ゴムタイアではそうは行かない。
このデフの悪作用で、片輪をジャッキアップすると持上がったタイアが回転を始め、車が動き出してしまう。
そうなると、当然ジャッキは外れて車は落ちてくる。
死ななくても、体勢的に足は挟まるだろう。その後はずっと片足義足の人生だ。
だから、タイア交換する羽目になったら「必ず上げる車輪の対角に車止め」を忘れてはいけない。
因みに、この「ミッションにサイドブレーキが掛かる」というのは、バスに乗っている時にも実感できる。
渋滞、終点等でバスがサイドブレーキを引いたときに前後に「ゆっさゆっさ」と揺れるのを感じた事があるかもしれない。
これはデフの歯車やジョイントの遊び、シャフトの捩れがあるからで、乗用車ではない挙動だ。
因みにトラックはMTでもエンジントルクが太いのでエンストしないから乗りやすいし、坂道発進支援装置(自動的にサイドが掛かって外れる)もあるから、運転は難しくないのだ。
1.軍艦島とか八幡製鉄所とともに、三池炭鉱も『世界遺産』に登録されるらしい。
韓国政府はこの世界遺産登録に反対のようだが、自分は別の理由で、特に『三池炭鉱』の登録には猛反対である
その深度とか、掘削延長距離は、相当なモノ。地質データ、炭質データ、炭鉱坑道データなどは、貴重なデータ。
仮に、三池炭鉱と同じだけの坑道を『今から』掘るとすれば、それに要する時間と手間は、莫大なモノになってしまう。
何が言いたいのか?と言えば、
『三池炭鉱は、その地下にある坑道ネットワークそのものに、莫大な経済的価値がある、ということ』。
『カミオカンデ的実験』とか、『遺伝子組み換え実験』とか、その他多種多様な実験が可能なんですよ。
あれだけの地下を、今から掘ろうと思ったら数千億円はかかる。
そのような『貴重な地下空間』を、ユネスコ世界遺産云々かんぬんで、『お蔵入り』させていいのか?
4.自分が好きな真保裕一の小説に『ローカル線で行こう!』がある。
ネタバレ話をすれば、あの小説は『廃鉱を、そのまま放射能廃棄物処理場として転用する』という計画を巡る騒動。
『放射能廃棄物処理転用廃鉱』ということだと、間違いなく三池はその筆頭候補ですよ。
(因みに夕張炭鉱は、本当に核廃棄物受け入れを検討したらしい)
三池を世界遺産に登録なんかしてしまったら、『三池の放射能廃棄物処理場転用』は間違いなく不可能になる。
日本は、放射能廃棄物処理場の有力候補地を、世界遺産云々で消し去っていいのか?
5.詳しくない人の為に言っておくが、坑道の径長は相当広いから。坑道列車が行き交うことが出来る位だから。
各坑道を最先端企業に『分譲』し、企業が坑道列車を活用して各種研究や生産を行う、という未来図が、
6.あと、「三池は石炭を掘りつくしたから閉山した」と誤解している人もいそうなので、訂正伝票。
これは北海道の炭田にも言える話だが、三池閉山は「海外炭より、掘削コストが嵩んだから閉山した」だけだから。
ルンバに代表されるようなロボット技術を掘削に応用すれば、三池炭鉱が海外炭並みの競争力を回復する可能性だって残されている。
世界遺産などというカビ臭い博物館入りさせることで、『三池の現役復帰』は絶望的になる。
同時に取れる高温水を使った熱利用(例:植物工場利用)とか、地下へのCO2貯留とか、そういう複合利用を行えば、
トータルで三池炭鉱が経済競争力で海外炭と対抗できる余地はある。
私はスタンド能力者なんですが、大した能力ではなくて、電車内で座った際に、近くだとか向かいの席とかに女子高生を寄せる能力なんです。
向かいの席の吊皮を持ったり、ななめ前くらいに座ったり、通常のパワーですとこの程度の距離感になります。
スタンドの力を大いに発揮すると、隣に座ったり、前の吊皮をつかんで立ってくれます。お友達も一緒です。
勿論他のスタンド使いと同様に、自分の能力を色々試してみました。
私服の女子高生には通用せずあくまでも制服を着ているか否かで判断していることがわかっています。
制服を着た女性だったら年齢は問わないのか? あるいは制服を着たおっさんならば寄ってくるのか?
これはわかりません。わざわざ試していないのです。
例えば上だけセーラー服で下はジャージならどうなのか。わかりません。
これは可能性としてはあり得ますが、そうした格好をした女子学生にはであったことがないか、それとも自分の能力に起因した結果か判然としないのです。
セーラー服の下にブルマやスクール水着を着ていたらどうなのか。わかりません。
ローカル線では効果的で、上手くいけば特にパワーを出さずとも向かい合わせの四つ席にJKが来てくれます。
滋賀県に旅行中、近江高島駅付近でこれに気付きました。あ、堅田だったかな?湖西地方を旅して三井寺にも行ってきました。まぁそれはいいでしょう。
私が普段通勤に使う都営浅草線には、もう一人のスタンド使いがいます。蔵前から乗ってきます。今日は彼と私の話。
彼の能力は電車内でおっさんを退ける能力です。夏の暑い時期とか重宝するんじゃあないかと思います。
…いや、電車内に限らず射程の範囲内においておっさんを退けられるのかもしれません。
彼とは通勤時間の特定の時間にしか会いませんから、彼の能力が電車の外でも発現するかは知りません。
もしかしたらオフィスとかでも出来るのかも。そうだったらすごいですよね。部長とかどうすんだろ。
とにかく彼の周りにはおっさんが居ないのです。若い男や女性、あるいはお爺さんしかいません。
さていくらか観察してみたのですが、彼の能力が問題があることがわかりました。
たまに彼が車内のおっさんを退けすぎていることがあるのです。
すると参ったことに、私の女子高生が押しのけられてしまうのです。
彼が電車外でも力を発揮できるかも、と思うのはこのためです。
彼の射程が私の射程である一つの車両内の範疇を超えうるかはわかりません。
そんなんわざわざ調べたりはしません。朝は一日の仕事のことを考えていてそんな暇はないのです。女子高生は寄せますけど。
ええと、とにかくよそから来たおっさんに押し出されて、私のJKがずれてしまうのです。
もちろんそれは仕方のないことです。
私は毎日女子高生が前にいないと嫌だ、と言っているのではないのです。
そりゃあ勿論向いで吊皮を掴んで短いスカートのすそがちょっとあがって「ドキッ」となったりしますけど、それはまぁいいのです。
だって彼がいなければ私の能力は充分に実現しますし、車内におっさんが少なければ彼の能力と私の能力は「共存」することだってできるからです。
おっさんに女子高生が押し負けることなんて、書いていてネタばれしますが10回に1度あるかないかなのです。実は。
でも悔しいんです。JKは関係ないんです。おっさんがくることも重要ではないんです。
私が気にしている点はただこの点なのです。
どうにも出来ない力の差なのですが悔しいのです。
みなさんもスタンド能力あるかどうかは知りませんが、こうした経験、あるのではないでしょうか?
スタンド名:ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー(YMO好きです)
持続力:B(通勤中ならずっと)
精密機動性:C(姪っ子の耳かきはできる)
5月31日に鉄分の濃い有志11人で「大人の遠足」に出かけました。
写真ありきの記述になっているので、時折意味不明なのはご容赦を。
東京メトロの葛西駅集合ということで地下鉄東西線で行ったのですが、ほとんどの電車は水色のラインの電車なのに、偶然にも東葉高額、もとい高速鉄道の電車が。一般の人にはJR中央線に見えるのではないかと。
今日は5月31日。明日6月1日から都営地下鉄が消費税転嫁のため値上げとなります。4月に一斉に足並みを揃えられなかったので、東京メトロはじめ通しのきっぷ(連絡きっぷ)を販売する各社は二度手間を強いられました。
東京メトロの案内ポスター。下の方には各駅間の運賃が掲載されていますがポスターとは思えないフォントサイズ。視力5.0くらいなら読めるかも……
首尾よく集合して、まずは東京メトロが運営する地下鉄博物館へ。
入場券210円。少し前に来た時は自動販売機はPASMO非対応だったと思います。しかしこの自販機、使いづらかった。
スマホ(モバイルSuica)をタッチして、紙の切符を購入。その先には自動改札機が……やっていない。そしてさらに先には有人改札。なんだかよくわからないですが、切符を切ってもらうのはいいものです。
チョキン。
入るとまず出迎えてくれるのが、丸ノ内線の赤い電車です。側面には∞∞∞のような模様(正弦波:サインカーブ)がありますが、塗装ではなくステンレスなのです。ドアが開くところもちゃんと。
普通の電車は電気を天井上の架線から取りますが、丸ノ内線などはレールの横にあるもう一本のレール(第三軌条:サードレール)から電気を取ります。SがShoe(シュー:集電靴)、FはFuse(ヒューズ)だったかな?そして電線の部分以外は「木」!確かにここが金属だったら車内で感電しちゃいますね。こういうマニアックな部分が「大人の遠足」ならではです。
銀座線の集電靴。これは「木」とハッキリわかります。
銀座線の車内。電気が流れている第三軌条の切れ目では、昔車内が暗くなっていて、その時にこのランプが点いたそうです。
・ラインカラーがありません。
・溜池山王駅がありません。
丸ノ内線の車内。運転士側は箱に入っていますが、車掌側は開放的ですね。
日本で一番古い銀座線。開業時から「打子式ATS」という、赤信号を超えた時の緊急停止装置がありました。丸ノ内線では98年まで現役でした。
レールにくっついた白い打子が車体の弁のレバーに当たり、ブレーキ管の空気が吐き出されて非常ブレーキがかかります。
これはなんのためのものかよくわかりませんでした
副都心線開業時の記念PASMO。開業直後は毎日「!」でしたね。
メトロ3本目の日比谷線の開業パンフレット。丸ノ内線の新宿から先は「荻窪線」と言っていました。450億円というのは今のどれくらいにあたるのでしょうね。
東横線との直通は終わってしまいました。
お金を入れると通れる改札口です。実際に試せます(お金は戻ってきます)。
リコ式のつり革。RICO社なんですね。頭を打つと痛いです。
日本人が「たん」をはかなくなって随分たちます。「たばこ」ものめなくなりました。まどは開かないので「かほ」や「て」も出せません。
春場所の案内。当時は11日間だったのでしょうか。
マネキンに何か貼ってあります。固定資産使用シールです。そこに貼らなくても……同行者はべつの場所で、遺跡からの出土品に貼ってあるのを見たことがあると言っていました。
中央線の旧万世橋駅はリニューアルオープンしましたが、銀座線に「万世橋」があったのは知りませんでした。「時代の最尖端を行く雷門直営食堂」とはどのようなものだったのでしょう。
13号線(現副都心線)の工事中のポスター。新宿七丁目、新千駄ヶ谷という仮称でした。
輸送指令室のシミュレーションコーナー。駅でのトラブルにどう対応するか。正解は写真の後に。
正解は「ドアを開けたのち……」でした。お客様第一ではありますが、ダイヤも守らなければいけません。
こういうのを見ると、もともとなんと書いてあったのか「き」になります。
東京メトロでの車内冷房導入は極めて遅く、銀座線、丸ノ内線はスペース的な問題もあって、92年にようやく冷房車両が登場しました。長年、トンネル内の温度上昇を抑えるために、トンネルを冷房して、窓を開けるという形をとっていましたが、その点の展示は見つかりませんでした。
以前の案内表記。「国鉄線」というのが懐かしいです。
銀座線のルーツは、浅草~新橋の東京地下鉄道と、渋谷~新橋の東京高速鉄道です。こちらは東急の総帥、強盗、もとい五島慶太氏が率いる鉄道でした。地下鉄の父、早川徳次氏は経営権を奪われてしまいますが、営団、東京メトロはやはり早川氏や東京地下鉄道を誇りに感じているようです。しかし、百貨店と一体になった渋谷駅は、東京高速鉄道ならではのものではないでしょうか。電車は「三越前」まで直通してしまうのですが。
図書室に立ち寄ります。営団地下鉄の建設史は「東京地下鉄道○○線建設史」のような題名がついていました。年代が下るにつれて、東京の地下は複雑になり、半蔵門線大手町界隈の工事では各所と協定を結んだようです。
営団地下鉄は電車のスタイルや制服などでなかなかの洒落っ気があったのですが、一風変わった「マナーポスター」も有名です。図書室にはマナーポスターをまとめた本もあるので、是非ご一読を。先ほどの空調に関しては「窓を開けよう」というポスターが何度も作られているのがわかりました。
こちらで少し紹介されています。
http://jipangnet.blog.fc2.com/blog-entry-101.html
車体が動く本格的なシミュレーターもあります。写真撮影は自由だがビデオ撮影ご法度というのは、やはり警備対策なのでしょうか。
この「出口」は旧デザインですね。
さて、葛西駅から西葛西駅に移動します。またもや東葉車でした。通過待ちに一枚。
都バス「亀29」系統で亀戸までやってきました。駅は正面の白いのではなく右の茶色いビルでした(笑)。
東武亀戸線。東急世田谷線のようにメディアで取り上げられることも少ない、知る人ぞ知るローカル線です。駅番号は「TS44」東京、もといスカイツリーラインの支線扱いです。
次の目的地はここ。
8000系の電車が短い2両編成でやってきます。おでこに車体番号を書くのが東武流。
もちろん先頭に陣取ります(周囲の乗客の方、すみません)。
途中駅の「東あずま」。他の地名は無かったものか、と思うのは私だけでしょうか。まぁ、日暮里・舎人ライナーの「西新井大師西」駅よりはマシかもしれません。
「津覇車輌」東武にあまり馴染みがない私には、初めて見る銘版でした。
4駅目で終点の曳舟です。たった3.4キロしか走っていません。ここで乗り換えます。
福島県は会津田島駅まで向かう区間快速が通ります。このように、私鉄としては旅情を感じさせる列車が多いのも東武ならではです。
東向島(旧玉ノ井)駅です。この後昔の地図を見て、銘酒屋という言葉が出てくるのですが、そういう意味だったんですね。隣の駅の「鐘ヶ淵」は、For Beautiful Human Lifeのカネボウ、鐘淵紡績のルーツだそうです。
ドイツ有数の観光地、ローテンブルクの背後にそびえる東京スカイツリー(R)。
なんと、ここでは東武博物館名誉館長の花上嘉成氏から、説明を伺うことができました。写真はSL B1形です。
デハ1形5号電車。この斜めの支え棒?も見どころの一つだったそうなのですが、よく聞き取れず、すみません。
窓のブラインドは鎧戸。
上の小窓も開きます。
扉は手動。ゴロゴロと重々しく開閉します。
正面は五枚窓。側面には「草淺←→井新西」の案内がありました。
アルナ工機に保存されていた5700系5703号(前面部)です。搬出、搬入には相当苦労したようです。
戦後まもない1951年(昭和26年)の日光・鬼怒川向け特急、5700形5701号(ネコひげ)。後のデラックスロマンスカー(DRC)の先輩です。前頭部は搬入後に改めて当時の姿に戻したようです。
車内の様子。シートは前後に方向転換できます。あまりの人気に「補助席」も用意されました。デッキには売店も。昭和26年ですよ?
となりの小学校では運動会。土曜日に開催するんですね。実は中庭展示の車両は、小学校の校庭から搬入されたそうです。車両は重く、校庭を傷めてしまうため、校庭の改良工事があるわずかな期間で搬入しなければならなかったそうです。保存への熱意に頭が下がりました。
ロープウェイのゴンドラは生憎見られませんでしたが、搬入の様子が。
東武博物館は動かない車両の展示(静態保存)だけではなく、東武鉄道から車両を買い取って、動く状態での保存(動態保存)も行っています。この列車は貸し切りもできるそうです。6両編成の堂々たる電車の貸し切り!
参考:http://tusrail.seesaa.net/article/394766310.html
東武といえばDRC(デラックスロマンスカー)。カットされていますが、車内に入ることもできます。シート間の間隔が広いことにビックリ。新幹線に初めて乗った時に車両間のドアが自動だったことに驚いた人もいたでしょうが、実はこの自動ドアはDRCが日本初で、この車には「自動扉 AUTOMATIC DOOR」と書いてありましたが、宣伝文句は「○○○○ドア」だったそうです。
その後、博物館の奥の「ウォッチングプロムナード」。観察の小道とは?と思いながら階段を登って行くと、天井の低い、殺風景な、廊下とも部屋ともつかない場所へ。しかし右をみるとそこには窓が!
軽症「あ、スペーシアが通ったヽ(^。^)ノワーイ」
「いやぁわれわれ脚フェチにとっては実にたまらない場所ですなぁ」
模型のパノラマもありましたが、やっぱり東京スカイツリー(R)が……
東向島駅に戻り、東武浅草駅へ。後ろ2両のドアはホームがあるのに開きません。ホーム先端まで行くのは狭すぎるためです。
鉄道グッズをかけたクイズ大会が開かれましたが、難問ぞろいで、13問のクイズの1位は8問正解の方。
■オーソドックスな難問
■ひっかけ問題
「大手民鉄16社中、関東で一番営業キロが長いのは……」「東武!」「……ですが、では2位はどこでしょう?」
「西武」
「京成」
「正解は、東京メトロでした!」
東京メトロが大手民鉄というのを皆、見落としていたのですが、よくよく考えると営団時代から民鉄協に加盟していたわけで、酒が入っていたとはいえまだまだですね……
■マニアック問題
「日本で初めて貫通路に自動ドアを装備した東武DRC。その自動ドアの名称は?」
「マジックドア」
■無茶ぶり問題
「(私が利用する)井の頭線渋谷駅のアベニュー口の営業開始時間は?」
「……アベニュー口ってどこ?」
他にも、参加者の方の最近の武勇伝や懐かしい話を肴に、楽しい時間を過ごしました。
おつかれさまでした。
いわゆるボックス席のあるような、地方の電車でのマナーってどこまでがOKなのでしょうか。
飲食禁止とまでは思いません。
お喋り禁止とまでは思いません。
でももう少し想像力を働かせてもらえませんか。
先日、登山サークルと思われる紳士+若者のグループが地元の電車に乗り込んできました。
「これが楽しみで来たんですよ」
といわんばかりに、プシュっとプレミアムモルツを開け、つまみを取り出し宴会が始まりました。
気持ちは良く解ります。
でもね、こちらは通常の移動手段として使っているんですよ。
お喋りはノイズキャンセリングでなんとかしのぎました。
食事酒の匂いに関しては在来線特急とか新幹線でも言えることでしょうが、なんというかこの
という悪意ゼロの空気がそれを責めにくくしている気がしてなりません。
当たり前ですが都会の電車のマナーには皆さん厳しいじゃないですか。
それを知らないと田舎者というか。
や、だからそういうレベルでなく、ほんとに分単位の誤差も許されない様な状況下で運行されてる都心のダイヤみたいなことを言ってるんだろう。
あれは普通には無理。
ってか、日本でも地方ローカル線であのレベルの厳しさ求められたら無理。
ただ、自転車インフラは海外のが発展してる事も多い。貸し自転車なんかが良い例。フランスなどでかなりの頻度で貸し自転車置き場があり、
その間を借りて乗れる。
実際言ってみればわかるが、自転車乗ってる人が大量に居る割に、放置自転車みたいなのは殆ど無い
(ま、貸し自転車の普及と、それ以上に、自分の自転車をそんな簡単に見える所に普通に置いておいたらすぐ盗まれる、ってこともあるが)
今日付けで退職。5年働いて1000万円ためた。地方ぐらし年収300万くらいでも5年あれば貯められた(ただし実家)。
一年はもっさり暮らそうと考えている。まずは明日から一ヶ月東京のウイークリーマンションで暮らすこととした。高卒なので一人暮らしが初めてだ。しかも東京。アキバの近く。
俺はオタク趣味なので、いろいろ行動をリストアップしたのだ。それでも、一週間分くらいのリストで終わった。のこり3週間どうするのかを来週中に考えないといけないとは思っている。膝を抱えて深夜アニメを見て過ごすのも楽しみだ。2ちゃんの実況スレとやっと合致できる。なにがあろうと趣都は東京なんだろう。
今は荷造り。明日の8時の新幹線。新幹線に乗るまでにローカル線に1時間。田舎だな。通勤は車だったけど、これは置いていく。東京じゃ金食うだけだ。ゲーム機は今日VITAを買ってきた。3DSと2巨頭体制となった。エロゲは興味ないので問題なし。討鬼伝はぼっちには意味が無いのでスルーで問題なし。
一ヶ月いるだけなので友だちをつくるなんてのは無理ゲー(時間があればできるわけでもないけど)だろうけど、楽しい一ヶ月になるといいな。
近畿と東海の境界に位置する路線はいくつかあるが、その中でも関西本線の亀山~柘植間は中々に特異だ。
というのも名古屋~亀山と、柘植から東海道本線方面に分岐する草津線は電化されており、亀山から京都への利便性を考えたら、閑散地区のローカル線であっても電化したほうがいいに決まっているからだ。
両駅の間はわずか3駅だし。
それが電化しない理由が、長年分からなかった。
えーぶっちゃけ当時ライバルだった私鉄を国鉄が買収したからコスト掛けないとか、そういう遺恨じゃね?とも思ったが、そもそも論的には当たるとも遠からじだったり。
では本題の電化されない理由だが、結論から言うと、トンネルが超狭いこと。
この区間は古来、加太越えと言われる山間部の峠越えで、加太トンネルを始めとするトンネルがいくつもある。
それらのトンネルは電車なにそれ美味しいの?くらい大昔に掘られたため、揃いも揃って狭小で、架線を通すには無理矢理拡張するか、新線建設しかないと。
しかし前述の経緯で買収後はコストらしいコストを掛けなかった結果、今や運休日が設定されるレベルの超ローカル線と化した区間に、そんな工事など望めるわけもなく。
というわけで、「電化すれば便利なのに・・・」と誰もが思っているけど、こうした昔のトンネル等の問題で、不自然に非電化状態で取り残されている路線は、ここに限らず全国的にありそうだ。
インドでは大麻は合法だった。今は違法だ。日本の大麻取締法は、海外に居住中に大麻を使用した場合も適用される。
その上で、大麻、マリファナをインドで入手する方法のメモを残しておく。
最初に断っておくが、私は大麻は使用したことも無ければ、所持したこともない。
また、これから大麻を楽しもうとしている人へ、ポケットの中に500Rsを2枚は常に用意しておけ。
ホテルの使用人に脅された時、警察に見つかった時。インドは袖の下文化だ。融通が聞く。
IT系企業では、インドへの出張も多いだろう。大学生がインドに旅行しに行くことも多いだろう。
しかし残念ながら、インドで容易に入手できる大麻は、はっきり言って糞だ。樹脂の搾りかすだと思っていい。
特にガンジス川流域とか日本人観光客が多いところで売っている大麻は、まじでカスだ。
AKで武装した軍人の中で買うのは、リスクが高すぎて割に合わない。
あいつらは軍人だが、袖の下は使える。でも、銃を向けられる恐怖は書き表せない。
現実的な入手法だが、まず大都市にいけ。そして、ローカル線を使って10kmくらい郊外に出るんだ。
そして道端に立っている黒人を探すんだが、インド人はアーリア系だが混血も多く、黒人と見分けがつかないだろう。
そういう時には社会の最底辺であるリキシャがたむろしている場所を探す。
そして、その近くの英語がわかる人間を探すんだ。街の至る所にあるタバコ屋で、適当なガムを買え。
ゆっくりと「i want ganja, do you know how can i get it」とか言いながら、同時に気前よくチップを100Rsくらい渡せ。
(ちなみにGanjaの発音は現地ではガ↑ジャ↓だ。日本語読みでガンジャなんて言っても通じない。そして、ボディーランゲージは英語力より重要だ。精一杯ボングを吸うジェスチャーをしてみろ。)
求められたら500Rsを限度に渡せ。恐らくリキシャを紹介してくれるだろう。
そして、リキシャの中でポケット中に現金を分散させろ。右ポケットに2000Rs、左に2000Rs、後ろポケットに500Rsを何枚か。
これから交渉が始まる。財布の中はできるだけ少なくしておけ。
リキシャの運転手は多分笑いながら案内してくれるだろう。100Rsくらい渡しておけ。
(ラッキーな事に相手が英語を理解できる場合は、気をつけろ。そいつは狡猾だ。)
黒人と出会ったら、まず現物取引は出来ない。こちらから必要数を伝えろ。やつらはロールという単位で売っているが、これはだいたいうまい棒一本分くらいのマリファナのバッズだ。
記憶にないが、200Rs/ロールくらいだっか。とにかく激安だ。1週間程度の滞在なら、2ロールあれば十分だろう。
また、もし貴方が幸運なら、樹脂も売ってる。これはグラム売りだ。それなりに高い。
黒人には最大限の敬意を示せ。それが警察等から自分の身を守ることに繋がるし、良好なビジネスを続ける秘訣にもなる。特に長期滞在するつもりなら。
重ね重ねで恐縮だが、黒人にもTIPは多めに弾んでやれ。やつらは徒党を組んでいる。ボスを見分けろ。そいつにTIPを隠して渡せ。
重要なことだが、また来るから、その時も頼む。と伝えろ。「I'll come here again in a week, can i meet you again?」とか適当でいい。嘘でもいい。
でも携帯の番号は教えるな。これは、警察に身を売られる事を防ぐ一番の保身になる。
次に、取引を終えた後、貴方はそれを鞄の中に隠す必要がある。そして、タクシーの運転手は、貴方がBIG DEALを行なっているのを見て、おこぼれを欲しがっているだろう。
200RSくらい渡してやれ。そして、「I WANT TO GO STATION」等簡単に指示を与える。遠くは指示をするな。そして、「I WILL PAY YOU MORE TIP AT STATION LATER」等と伝えておけ。奴らが理解できる英語は、TIP MORE STATIONくらいだ。片言でいい。
そして、駅にたどり着いたら、500Rsくらい渡して他のリキシャに自慢される前に、交通機関をゲットしろ。(電車がオススメだ。)
オススメは、ムンバイならKarl、チェンナイならPadi、デリーは知らない。黒人は川の近くに住んでる。そっちへ行けば多分入手できる。
IT系が多い商業都市で入手することは無理だ。例えばPune(プネー/プナ)とかでは絶対に手に入らない。手に入ったら俺が教えてほしい。
基本的にインド人的にはマリファナはローカーストかアウターカーストが使うものだ。マリファナを吸ってる日本人はまじで馬鹿にされるし、まぁはっきり言って馬鹿だと思う。寝る前の一服とか、人に迷惑をかけない程度に節度を持つことを忘れないでほしい。
もう一つ、マリファナを持って入っていけない場所が2つ有る。空港(当然だ)、そして外国人向けクラブだ。クラブはDRUG FREE(ドラッグ無し)って張り紙がしてあると思うので、荷物検査で長蛇の列が出来てるところは入れない。
自分のスペックがあまりに低かったので痴漢にあった事はそれ以外ないんだけど
一度だけ、電車が遅延してありえないくらい人が乗ってる時に痴漢にあった。
皆身動きが取れなくて私も全く動けなかったんだけど、たまたまその痴漢の両手が
私の尻にあたったせいでおっ女のケツじゃんラッキーと思ったのかここぞとばかりに尻を持ち上げてきた。
私はこれが一番ショックだった。撫でるんでもなく揉むんでもなく、尻を持ち上げるって。
知らないオッサン(もしかしたらオバサンだったのかもしれないけど)に触られたショックもさることながら
持ち上げられるくらいでかい自分の尻が一番つらかった。
当時の私は思い出したくないくらい太ってた。当然尻もでかかった。
なぜか知らない奴に持ち上げられたのが本当にショックで、その時ようやく痩せる決意をした。
あれから5年くらい経ったけど、そん時より8キロは痩せた。
当時履いてたズボンがウエストがゆるゆるで履けないくらいにはなった。
午後がフリーになったので乗りたかったしなの鉄道に乗ってきた。
ある駅で「お客様からのご意見と回答」なるファイルが有ったので、ちょっと見てみたが
意見でこんな事が書いてあった。
・子供が「乗りたい」!と言ってヒーロー団体列車のチラシを持ってきた
・子供をダシに金を巻き上げるのは祭りのテキ屋だけかと思ったが、違うのですね
・しなの鉄道を応援したくなくなった
・こんなことを考えるような会社はもう利用したくない
・営業課の企画した者と上司に厳重に抗議する
で、しなの鉄道側はイベントの性格上、広く認知してもらう必要があるので
チラシを作成し、周辺の各所に設置させてもらったことと、
鉄道存続のための施策としての御理解をお願いしますと言うような返答をしていた。
毎年冬恒例の「超人気テレビヒーロースペシャル号」のことだと思うのだけど、
正直、運輸実績も毎年減りつつあるローカル線では
正攻法ではなく奇策も使わんと生き残れないと思うのだけれども。
3セクの中でもしなの鉄道さんは積極的な取り組みをしていて面白いと思っていただけに、
ちょっと気の毒だなぁと思った。
http://anond.hatelabo.jp/20090418005832
この増田が話題になってるので。
当方29歳の男だが、小学校高学年から中2までの間に何回か痴漢に遭ったことがある。
なかなかリアルで雑談に混ぜるのも誤解されるような話なので、ここにでも書いておく。
自分の通う学校はローカル線を終点まで約30分ほど乗り、それから山手線に30分ほど揺られて登校するだが、
いつものように朝8時ごろに電車に乗り、立錐の余地もないほど混雑した車内で15分ほど立っていると、
ケツのあたりに何かモゾモゾしている感触がある。最初はカバンの角か何かが当たってるんだろうと思っていたが、
徐々に背後からケツを揉むように掴んできた。俺は何が起きているのかわからず、氷のように固まってしまった。
それが手であることは認識できたが、なぜそんなことをされているのか、どうすればいいのか、その時の俺には
まったく考えることができず、思考停止状態になり、そしてその間も俺の体の下のほうで動く手は動きをやめず、ケツを触り続けていた。
終点近くになると下のほうでうごめいていた手が制服のズボンの伝うように前の方に延ばしてきて、
局部に触れようとしてきた。そこに触れるか触れないかぐらいでちょうど電車が終点の駅に到着した。
出口は俺の向いている方と反対側、痴漢をしてきた奴がいる方だったので、自分は思考停止状態のままとにかく電車を降りようと
振り返ると、今思い出しても吐き気のするぐらい気持ちの悪い笑みを浮かべた40前後の男が自分と目を合わせてきて、そのまま電車を降りていった。
世間知らずの俺は当時まだ痴漢というものを知らず、しかもそういう行為をしてきたのが男であるということを
どう解釈してよいのか全く分からず、何事もなかったかのように記憶の片隅に追いやった。親にも何も言わなかった。
次に痴漢に遭ったのは上記の出来事から2ヶ月ほど経ったころで、同じく登校時だった。
ローカル線から山手線に乗り、やや混雑した車内のドア付近に寄りかかりながらゲームボーイをしていると、
途中で乗ってきた175cmぐらいのデブの男(相手を見れなかったので年齢はわからないが35前後)が目の前に立った。
するとそのデブは電車が発車して1分と立たないうちに、俺の局部を触ってきやがった。
この時は前回以上に気が動転し、ゲームボーイの画面から目を上げることができず、ひたすら早くどこかいってくれと心の中で思っていた。
デブはどこか行くどころかますます俺に正面からにじりよってきて、ドアの右にある手すりのコーナーに俺を追い込み、局部を触り続けてた。
そのデブが乗ってきた時は結構混んでいたのだが、2駅ほど過ぎると乗車率120%ぐらいまで空いてきた。
それなのに、痴漢野郎は全く俺の前からどこうとしない。それどころか、俺の局部にデブの局部をこすりつけてきた。
俺はもう、その間中一度も目を上に向けられず、プレイをしている振りをしてゲームボーイの画面をひらすら見続けていた。
デブはさらに体を密着させてきて、下腹部を押し当ててくる。俺は意を決して、俺の立っている側のドアが開いた瞬間にデブの横に
体を滑り込ませ、車内から出た。デブは追ってはこなかった。
今回も、俺にはやめろとも、助けを呼ぶこともできなかった。当時の俺は自分が何をされているのかその行為の意味がわからず、
また、なぜ俺がされているのかも分からず、またしてもその出来事を記憶の片隅に追いやり、誰にも言わなかった。
今考えてみれば、混雑時には分からなくとも、比較的空いた状態なら、オッサンが短パンの小学生の局部を触り続けていることを
周りにいた連中はわかっていたはずだ。まさか車内痴漢プレイのお楽しみ中だろうと察して傍観していたわけないだろう。
誰も一言も言わず、誰も助けてくれなかった。
端目に反対側のドアに20台の女の集団が3人ほど見た気がするが、何を考えてその場に立っていたのか。
その次も男の痴漢だが、今回は満員の車内ではなかった。
その当時(小学5年生)の俺は、学校に行くのがダルくて、たまに電車に乗ったままゲームボーイをやり続けたり、
ジャンプを見たりして終点から終点まで往復して時間をつぶしたことがたまにあった。
その日も学校に行くのがダルくて、登校時間を過ぎても車内に座ってゲームボーイをやり続けた。
9時30分過ぎぐらいになり、車内にあまり人がいなくなってきた。
ふとゲームボーイから目を上げ、正面を見るとニヤついた30前後の男がこっちを見ている。
俺は特に気に留めず、またゲームボーイの画面に目を戻した。
5分ぐらいすると、男がなぜか俺の隣に座った。
男は「今何やってるの?」「それおもしろい?」と聞いてきた。
俺はあいまいにうなずいた。男はゲームボーイの画面をのぞき込みだした。
さらに5分ほどすると、「おもしろそうだね、もっとよく見せてくれる?」のようなことを言い、
男のカバンを俺と男の膝の間ぐらいに置きなおし、距離を縮めてきた。
男は画面を見るように体をこちら側に傾けながら、カバンの下から俺の局部を触ってきた。
またしても俺は何もできず、10分ほど先の終点までその状態のままだった。
終点につくと、男は「家はどこ?」「またあってくれる?」と聞いてきた。
俺は早くここを抜け出したい一心で、またあいまいにうなずいた。
男は「じゃあ、明日のこの時間にここで待ち合わせでいい?」と言ってきた。
俺はまた曖昧にうなずいた。とにかく早くこの場を逃げ出したかった。
男は「じゃあ待ってるから」といい、キモい笑みを浮かべ、俺を見送っていた。
今回も誰にも言わなかった。
男の痴漢にあったのはその期間だけだ。それが俺にどう影響したのかは分からないが、
男に限らず(男は特にそうだが)、スキンシップを極度に避けるようになった。
下ネタが話題になっても興味ない風を装い、無意識的に避けていたし、
中学・高校とバスケ部にいたが、「ドンマイ!」と肩をたたいたり、「しっかりしろよ!」とケツを軽くポンと
叩くような行為も、意識的か、無意識的かやらなかったし、されるのもいやだった。
その結果、そうじゃないのにホモ疑惑がでたりして、非常につらかった。
また、それまで全く興味もなかった痴漢モノのAVを大量に見るようになった。
記憶から消したいほどいやなことをされたのに。
ここまで書いてきただけでかなり精神的に疲れてきたので、女の痴漢は簡単に。
といっても痴漢と言っていいかは分からない。別にさわってきたわけではないから。
中2の時の話だが、下校時に比較的空いた電車の座席の真ん中あたりに座ってジャンプを読んでいると、
20代の女が乗ってきて、端の席に座った。
2,3分すると、突然女が俺の横に移動してきた。周りにたくさん席が空いているのにだ。
しかもただ移動したのではなく、肩から太股、ふくらはぎのあたりまでピッタリと密着させてきた。
上記の被害があったこととは別だと思うが、どうしようもなくウブな俺はまた固まってしまった。
ジャンプから目を上げられず密着させてきた女が4駅先で降りるまでその状態のままだった。
全く同じようなことが3ヶ月後ぐらいにもあった。別の20代の女だった。
今思い出したが、20ぐらいの時もあった。
満員電車に乗っていると、突然背後から俺の両足の間に太股ぐらいまで足をすり入れてきた女がいた。
顔だけ振り向くと女は俺と逆の方を向いていて、顔は確認できなかった。
これは男の場合だったら完全に痴漢だと思うんだが、女の場合はどうなんだろうか?
女性の被害と比べれば少数だと思うが、男の痴漢被害、もっと深刻な虐待被害ももっと注目されて良いと思う。
ここには書きたくもないが、俺は10代の時に男に無理矢理フェラをさせられたことがある。
Mysterious Skinという男の性的虐待被害を扱った名作があるので、機会があったら見てほしい。
映画としても素晴らしいから。ただ日本では公開されていないし、DVDも出てない。
まとまりがなく、長文になってしまったがこれで終わる。