2016-06-03

妻「今年の里帰り、予算的に厳しいんだけど」 解答編

真夏のうだるような日差しの下、ぼくは海沿いにある片田舎の町の片隅に立っていた。

目の前には長年の潮風にさらされ今にも傾きそうな小さな家がある。

こんにちわー!」

できるだけ明るいトーンを心がけ、一度で誰が来たか理解できるように玄関に向かって声を張った。

「開いてるよー」

隙間だらけの家の中から女性の声が響き、慌ただしい足音が近づいてきた。

「いらっしゃ、、、あら?ひとりかい?」

誰が聞いても明らかな様子で後半の声のトーンを下げながら、老齢の女性は答えた。

ぼくはそれにめげないように明るい声で答える。

「えぇ。仕事で近くまで来る予定があったものですから。せっかくなので。」

そういって洒落ロゴの入った紙袋を目の前に差し出す。

彼女我が家に訪れると決まって買って帰る洋菓子店の袋だ。

何やら複雑そうな表情を一瞬見せたが、彼女の腕はすでに紙袋に伸びていた。

せっかくだからお茶でも飲んでいきなさい」

そう促す姿の奥に視線を送ると、高齢男性が不機嫌そうにこちらを見ようともせずに座っていた。

恐らくテレビにでも見入っているのだろう。

「そうしたいのは山々なんですが、まだ行かなくてはならないところがありまして。それに、もともと気を使って頂かないようにと連絡もせずに来たわけですから。」

そういうとぼくは妻から預かった封筒を目の前の女性、妻の母親に手渡した。

中には毎年手渡されるはずの妻とこどもたちから手紙と、家族写真が数枚入っている。

「なんだか今年は進学のこととか学校行事だとかで何かと忙しいみたいで、、、」

あえて言葉最後を濁すと、お義母さんは意味を悟ったのか残念そうにため息を付いた。

「慌ただしくて申し訳ないですが、お義父さんもお体に気をつけて!」

無駄だとわかっていながらわざとらしくトーンを上げて反応を伺ってみるも、やはりお義父さんは相変わらず同じ方向を向いたままだった。

ぼくはそそくさと妻の実家を後にした。

妻とお義父さんとは、ぼくらが結婚をする前からすでに仲が悪かった。

理由は、妻が多感だった年頃に目撃した父親浮気だそうだ。

さな釣り船屋を営む父親は家庭の中でだけ威厳を示そうとして、よく母親や娘に手をあげていたらしい。

稼ぎも安定せず家族が店に出て生活を支えている中、夕食の準備を急ぐ学校の帰り道で、ツアー会社に売り込みに出ているはずの父親が見ず知らずの若い外国人女性と仲睦まじく歩いている姿を目撃してしまったそうだ。

妻はそのことを父親ではなく母親に迫ったらしい。

ところが、母親は驚いた様子も見せず、ただ「しょうがない」と一言返してきただけだったそうだ。

腑に落ちないながらそれ以上聞いても仕方がないと思った妻は、その日以降父親とは聞かれたこと以外話をしなくなってしまったらしい。

ただ、それでも毎年里帰りをしていたのは、お義母さんに孫達を見せたいのと、自分から相手につけ入れられる否を見せたくなかったからとのことだった。

せめてそれが家族楽しい思い出になるように毎年あれこれとイベント企画してきたが、とうとうそれも叶わなくなってしまった。

それを予算のせいだから電話一本で済ませたくなかったのは、きっと妻のプライドなのだろう。

「昔みたく、ぼくが一人で行って手紙でも届けてこようか?」

ぼくがそう妻に告げると、妻は仕方なさそうにこういった。

「本当はみんなで一緒がいいんだけどね。パパがそういうなら仕方ないわ。」

妻との出会いは、妻の実家、つまり釣り船屋でのことだった。

社会に出て間もないころのまだ大した稼ぎのなかったぼくは、青春18きっぷで全国を旅をしながら写真を撮るのと釣りをするのが趣味だった。

そうして訪れた先で、ぼくは妻に一目惚れをしたのだ。

ローカル線を乗り継いでいけば日をまたいで次の日の昼前には到着する。そうすれば1綴りたった11,850円費用で往復が可能だ。

妻は父親に余計な気を使わなくて済むし電話一本で済ませるという不義理評価を避けることもできる。

ぼくは夏の小旅行を楽しむことができるし、家族から開放された時間を楽しむこともできるというわけだ。

ただ唯一、こどもたちだけは残念がるだろう。

出発の朝、妻はぼくに小さな封筒差し出した。

「せっかく行くのだからこれで美味しいものでも楽しんで、ついでにこどもたちにおみやげでも買ってきてね。」

ぼくはこの人を妻に選んで本当によかったと、心から思った。

そんな美しい物語夢想しつつ、ぼくは「ぼくだけ留守番してるからみんなで気兼ねなく楽しんできなよ。」とつまに告げたのだった。

ただし、これで一人の時間を楽しめるかというとそれは少し考えが甘いかもしれない。

なぜなら、そもそも旅行代金の高いお盆を避けるように組まれスケジュールだったので、本来費やされるべき有給休暇は残念ながら持ち越されてしまうからだ。

お盆休みの予定はすでに家族サービスで全て埋まっている。

もちろんそれを不幸とも思わないし、当然全てを受け入れるつもりだ。

なぜならぼくの働きが足りていないからこその話だからだ。

嗚呼これぞ貧困哀歌。

http://anond.hatelabo.jp/20160602134849

記事への反応 -
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    • せっかく自分の実家に帰っているのだから、夫を立てたり甲斐甲斐しく世話しなければならないプレッシャーから解放されて、妻じゃなくて一瞬でも娘に戻りたい もしそう出来たら帰省...

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    • 汚い? 里帰りできなく要因の一旦はお前にだってあるんだよ?

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          • 気付いたら期限過ぎてた。無念。

      • 脱糞増田もたのむ

      • ブックマーク数合計の伸びが大きくなってるのは「増田文学100選」 anond:20180617025544 がブクマを2600ほど集めたからなんだな。

      • ブックバカーが大漁に釣れとるなw 増田"文学"なんて読むくらいなら普通に読書しろよ

      • ググれカスの反対の言葉ってなんだろ? え、文学??

        • 「ググれカス」の反対の存在・・・それは、「教えてあげるおじさん」

      • 非常に味わい深い。 家でストロングゼロを飲みながら読むとより一層よい。

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            • ゼロ年代半ばってネトウヨの勃興期やん。より正確に、その頃のはてなは反体制派だったと言い直すべきでは

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        • 増田文学とかキショイからやらんで良いぞ キショかったらエントリー消しましたわ

        • 大袈裟に言うと時代が変わったということ と 以前のように熱心に増田を発掘する人もいなくなった ことの影響でしょうか? 面白い増田があっても発掘されなければ、 だんだんと面白い...

        • 何年前から作ってたん?

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