はてなキーワード: 半蔵門線とは
渋谷のお弁当ってイマイチなんですよね。渋谷西武が一番かな。東急フードショー(しぶちか)もイマイチ。もう無いし遠くだから行かなかったけど、東急百貨店の品揃えは良かったんでしょうか。
やっぱりお弁当は新宿伊勢丹がピカイチです。これに比肩できるのは大丸東京くらいだと思います。休みの日はここでお弁当買って新宿御苑で食べるの大好きなんですが、平日は渋谷に勤務しながら昼休み中に買って食べるのは難しい。しかも電車代で往復 356 円も掛けてたら、弁当代として高過ぎですよね。
当方東京メトロで渋谷駅に出勤します。途中に新宿三丁目駅を経由してお弁当買えば済むのですが、生憎伊勢丹は 10 時開店。通勤時にはまだ開いていないのです。
という訳で、なんとか電車代をケチった上で、新宿伊勢丹でお弁当を買いつつ出勤できる方法を考えました。このフローで出勤すれば、例え 9 時出勤だとしても要件を満たせそうです。
これで電車代は渋谷駅までの通常の出勤時(フロー中の 1. までの料金)と変わりません。通勤定期券を使っている場合には使えない手ですが、リモート勤務なので定期券など無い僕と同様の諸氏におかれましては、偶の出勤時に使えるテクとしてお収めください(もし同志が銀座線で出社しているのでしたら逆回りにすれば OK です)。
でもなぜこれだけ乗って片道分で済むのか。それはメトロの乗り換えでは 1 時間まで改札外での行動が許されるという規定に依ります。
https://www.tokyometro.jp/ticket/guide/transfertime/index.html
メトロ、太っ腹ですね。今回は渋谷駅と新宿三丁目駅でこれを使いましたが、この表に依ると銀座や築地などでの買い物も片道運賃で済ませることができるかも知れません。更に、乗り入れている他社線を使うともっと複雑な買い物ルートも構築できそうです。誰か試して欲しいですね。
東京においては「多少遠くてもいいから家賃安めのところ」は基本的につまらん住宅街しかない。
いくつかの例外的な地域はあるが、豊洲からは遠い上に人気があるため家賃も大して安くない(中野〜吉祥寺の中央線沿線、三軒茶屋〜自由が丘の東急線沿線など)。
増田の場合、「粋な街」を基準にするなら「地歴が悪いため安い地域」を選ぶしかないだろう。
この辺は元々ドヤ街だったりハザードマップが真っ赤だったりする関係で都心または西側に比べて安い傾向がある。豊洲にもアクセスしやすい。
御徒町〜三ノ輪あたりまでの日比谷線沿い、湯島〜西日暮里あたりまでの千代田線沿い、浅草橋〜押上あたりまでの浅草線沿い、あるいは水天宮前〜錦糸町あたりまでの半蔵門線沿いなんかが良いんじゃないかと思う。
ホームレスやアル中のオッサンや精神を病んで奇声をあげてる人なんかもポツポツいる地域ではあるが、そこは諦めよう。実害は(そんなに)ない。
オモコロの https://omocoro.jp/kiji/430490/ 「電車未経験者が電車に乗ってみる」がちょっと話題になった。
当該記事の筆者は大人になるまでまともに電車に乗ったことがなく、記事執筆のために今回電車に乗ることになったのだが、昭和並みの制限を課すことになった。「Google検索禁止」である。確かに昭和時代にGoogleはおろか、一般の人々が検索に使えるインターネットは存在しなかった。そういうことを考えれば、これは昭和当時の制限に見えるかもしれない。
しかし、彼女はもう1つ制限を課すのを忘れていたことで、非常に迷うことになってしまったのだ。課さなかった制限とは「ICカードで乗らず、必ずきっぷを買って電車に乗る」である。この行為も昭和を再現するには必須なのだ。
これを課しておけば、彼女は目的地へのきっぷを買うために路線図を見る羽目になっていた。きっぷの自販機の上にはほぼ確実に路線図がある。これを見れば、乗るはずの電車がどちら方向に行くかはそこまで迷わなかったはずだ。彼女の失敗は全てここに起因する。まあ、彼女がやりたかったのは「昭和を再現して電車に乗る」ではなく「電車に乗ったことのない人が電車に乗る」なので、そこに気が付かないのはある意味しょうがないのではあるが。そこは途中まで同行した父親が教えようよ。
路線図。交通図とも言われるこの地図。小学校中学年では郷土の地理的社会を学ぶ時間があり、その題材としてうってつけなのだ。福岡に現在もその授業があるかどうかはわからないが、東京など特に鉄道が多い地域の小学校では当たり前のように授業に取り入れられている。それが回ってフィクションでもその描写がある。
「先生のつうしんぼ」が非常に有名な童話作家、宮川ひろの作品の中に、「四年三組のはた」という作品がある。この作品の主要なエピソードのきっかけとして、東京の交通図が登場するのだ。担任の先生が産休で休んでいる時に、クラスの児童たちは交通図を作る実習授業の際に日比谷線人形町駅のそばにある水天宮の存在を知り(当時半蔵門線は存在しなかった)、安産お守りを買いに学区外に出かけることになる。この作品は「先生のつうしんぼ」同様、日活が映画化している。
話がズレた。検索が使えない昭和の人々は、手帳に交通図を挟んで移動していた。そもそもまともな手帳には一番うしろの方のページに東京大阪運が良ければ名古屋の交通図が印刷されていた。平成初期に「好みのリフィルを挟んで自分オリジナルの手帳に出来る」という名目で流行ったシステム手帳にも、リフィルの1つとして交通図は売られていた。
結局、どこかに行きたい場合、昭和の人々は交通図を見てその方向を確認していたのだ。
交通図にはデフォルメが存在する。このせいで引っかかることがいくつもあった。子供時代、自分の住んでいる街を交通図で把握していた自分は、市と同じ名前の駅が丸いマークに囲まれて書いてあるので、自分の住んでいる市は丸いものだと思いこんでいた。これは前述の社会授業で覆されることになる。
自分だけでなく多くの人が交通図でひっかかり、さらに語り継がれているのが「大手町駅」の存在だ。地下鉄での乗り換えを考慮したとき、大手町は非常に便利な乗換駅に見える。実際には、大手町駅は乗り換えには非常に不便な駅なのにも関わらずだ。つい最近まで、受験のために上京する学生に対しての指導には「大手町で乗り換えることを考えないように」という一言が付け加えられていた。平成初期に、乗り換えの便利さ、不便さをわかりやすくしたデザインの路線図が作られ、メガネ拭きなどに印刷されて販売されたこともある。https://hakutsuru583.hatenablog.com/entry/2023/12/20/193000 その実物がこのエントリにあった。
最近自分が気がついたのが、埼玉の広さだ。交通図では、東京圏の交通図はせいぜい和光市、ちょっと豪華で所沢までが記載されていた。壁に貼るポスター程度まで大きくなると、八高線を含む飯能までが収録範囲になる。自分はそれを見て、最近まで「東京圏の端は飯能、つまり飯能市は埼玉の西端にあるのか」と思い込んでいた。まさか同じことを思っている人が多いとは思わないが、そう思っている人は改めてGoogle Mapsで飯能市を検索してみてほしい。飯能市は埼玉のけっこう中央にある。
なんて言ってたロコちゃん、今頃何してるんだろう。
マッチングアプリで知り合った男にサルバトーレ・クオモあたり連れてかれた上につまらない話に相槌打たせられて割り勘させられ、下手くそなテンプレートでホテル誘われて、それを断って東横線で横浜の実家に帰りながらカナちゃんのインスタに舌打ちし、途中で通過した日吉で大学時代にインカレサークルで知り合ってやり捨てされた慶應生を思い出してさらに嫌な気分になり、自宅に着くとくっさいパンプス玄関で脱ぎ捨て、自室のベッドに飛び込んでスマホをいじり、1時過ぎに慌ててメイク落として風呂入って「あしたは今日より歳取ってるよね」と呟いて眠り、翌朝も鬱々とした気分で東横線と半蔵門線に乗り丸の内に向かうんだろうか。
それこそ想像力が無さすぎてびっくりするわ
本当にそんな理由で壁際に張り付いてると思ってんの
ちなみにこの「中程」てのは座席の前に吊り革があって通路の両側の座席と吊り革が埋まっててその吊り革に捕まってる人の間のスペースということらしい
そこに立たない理由?身長低くて捕まるところがなくて立ってられねーからだよ!!
半蔵門線渋谷駅を出たところで「この先揺れますのでご注意ください」ってアナウンスがあって1.2秒後にポイント切り替えかなんかがあってドカーーーンって進行方向右側に吹っ飛ばされるんだよ
毎日通勤してるやつは全員知ってる、だから長い腕を伸ばして荷物棚に掴まれる身長の人除いてだれも捕まるところがない場所には立ちたくないんだよ
マジで「人と人の捕まる場所に立たない奴は想像力がないから他に理由はないけど奥に進まないだけなのだ」って思ってんのかよ すごいわ
なんて言ってたロコちゃん、今頃何してるんだろう。
マッチングアプリで知り合った男にサルバトーレ・クオモあたり連れてかれた上につまらない話に相槌打たせられて割り勘させられ、下手くそなテンプレートでホテル誘われて、それを断って東横線で横浜の実家に帰りながらカナちゃんのインスタに舌打ちし、途中で通過した日吉で大学時代にインカレサークルで知り合ってやり捨てされた慶應生を思い出してさらに嫌な気分になり、自宅に着くとくっさいパンプス玄関で脱ぎ捨て、自室のベッドに飛び込んでスマホをいじり、1時過ぎに慌ててメイク落として風呂入って「あしたは今日より歳取ってるよね」と呟いて眠り、翌朝も鬱々とした気分で東横線と半蔵門線に乗り丸の内に向かうんだろうか。
なんて言ってたロコちゃん、今頃何してるんだろう。
マッチングアプリで知り合った男にサルバトーレ・クオモあたり連れてかれた上につまらない話に相槌打たせられて割り勘させられ、下手くそなテンプレートでホテル誘われて、それを断って東横線で横浜の実家に帰りながらカナちゃんのインスタに舌打ちし、途中で通過した日吉で大学時代にインカレサークルで知り合ってやり捨てされた慶應生を思い出してさらに嫌な気分になり、自宅に着くとくっさいパンプス玄関で脱ぎ捨て、自室のベッドに飛び込んでスマホをいじり、1時過ぎに慌ててメイク落として風呂入って「あしたは今日より歳取ってるよね」と呟いて眠り、翌朝も鬱々とした気分で東横線と半蔵門線に乗り丸の内に向かうんだろうか。
12月29日の深夜1時。僕は彼と電話しながら家の前を流れる川沿いを歩いていた。低い声で大好きだって言われた。でも、もうバイバイだとも言われた。分かっちゃいるけど寂しくて、月並みな表現だけど胸に巨大な空洞ができてしまったみたいだ。
あぁ、寒い。
僕は20歳の春に彼と出会った。僕はあまりにも女性にモテなかったから、ムカついて男同士の出会い系アプリに登録していた。姉の影響でBLを読み漁っていたし、なんなら夜は男同士のビデオを使ったりしていたから、きっと男も問題なく好きになれると思っていた。でもアプリの中の人たちは揃いも揃って性に奔放そうだったから、物凄く嫌だった。僕は半年ほど誰と会うことも無かったが、そんな中で初めて会ったのが彼だった。
彼は一個下で芸術系の大学に通っていた。僕自身も絵を描いたり曲を作ったりするから、芸術的な能力が高い人はすごく好きだ。それに加えて、彼の外観は僕のどタイプだった。身長は僕より13cmも高くて、体格もぽっちゃり気味。まん丸な輪郭に穏やかな瞳。すごく可愛かった。たぶん彼以上にタイプな人は、後にも先にも男でも女でも現れないという確信があった。それほど好きな見た目だった。
最初のデートではカラオケに行った。どんな曲を歌ったかはあまり覚えていないが、ユーミンのひこうき雲やルージュの伝言を歌ったのは確かだ。
「不安な気持ちを抱えたまま 街はDingDong遠ざかっていくの」
彼はちょっと古い曲が好きだった。ちょうど僕の親世代が好むような曲だ。そういうセンスも、なんだか芸術家っぽくてかっこいいなと思った。
カラオケルームの小さな個室の中で、隣り合って座ったり立ったりしながら歌っていた。小さい個室といっても別にそんなに接近する必要もないのに、膝や腕が触れ合ったりしてドキドキした。僕は思わず彼の大きな膝に頭を載せてみた。柔らかいお肉が僕の頭部を包み込む。すごく、すごく幸福だった。
カラオケ屋の近くに公園があったから、しばらくそこで座って話していた。うっすら寒い春の夜、公園には僕たち二人だけ。膝枕だけじゃ物足りなくなってしまって、僕は手を繋ごうとした。でも断られてしまった。なんで。好きになっちゃうから。いいじゃん。だーめ。そんなやりとりをした記憶がある。ちょっと脚色してるかも。でも別にいいか。だって、思い出はきらきらしている方が良い。
初デートが終わっても僕の興奮は冷めなかった。全く冷めなくて、毎日彼のことを考えていた。ゲイの友達軍団に彼のことを自慢して、きゃーきゃー騒いだりもしてた。僕はいつの間にかモテない男子大学生から、初恋のJKみたいになっていた。好き好き大好き、早く会いたい。脳みそは彼一色。
二回目のデートでは、僕の実家に彼を呼んだ。別に親に紹介するとかそういう話ではなく、ただお泊りがしたかっただけだ。大学の後輩です、とか適当に言っておけば女の子を呼ぶよりもずっと簡単だ。同じ布団に入ったら、「男二人なのに、そんな狭い布団で大丈夫?」と母親に言われた。大丈夫というよりもむしろ、なんて僕は胸の内でにやにやしていた。
ハグをして初めて、彼は僕よりずっと大きいことを身体で理解した。肉厚な腕やお腹は熱を帯びていて、僕は食べられてしまうんじゃないかと思った。事実として、食べられそうになるくらいに責められた。あんなに熱い夜は初めてだった。
この日から彼の対応はおかしくなった。明らかに僕に冷たくなったし、大事な話をしようとしてもあしらわれる。会いたくてたまらないのに予定を合わせてくれない。何故なのか全く理解できなかった。だって、あんなに可愛いって言ってくれたじゃないか。付き合うんじゃなかったのか。
僕は泣いたりブチギレたり、とにかく感情が不安定になった。それを全部彼にぶつけた。でも適当にあしらわれる。たまに僕の話に乗ってくれることもあって、その日は落ち着きこそすれど数日すればすぐに不安に苛まれた。この時期は辛くて苦しくてたまらなかったし、あらゆる友達に「そいつはクズだ」「早く忘れろ」「許せない」と彼のことを非難された。でも、きっと彼は僕のことが好きなんだという謎の自信があったから、友達のアドバイスには従わなかった。彼のことを信じたかったんだ。
彼が中高生の頃に付き合った彼女の話をされたことがある。彼女には「何を考えているか分からない」と言われたことがあるらしい。僕も、彼が何を考えているのか全く分からなかった。彼は僕と違って男性しか愛せない人だったから、彼女のことを気持ち悪く思ってしまうこともあったようだ。僕は、僕だけはそんな彼を理解してみたかったんだ。僕にならできるって信じていた。
そして、三回目のデートをすることになった。場所はソラマチ。日付はどのメモにも残っていなかったから分からない。最高だ、めちゃくちゃデートっぽい。実際、デートは最高だった。ソラマチに立ち並ぶ店はどれもおしゃれで、彼の隣で眺めているだけで楽しい。スカイツリーのてっぺんから見る夜景はすごく綺麗で、心なしか彼もかっこよく見えた。
でもね。
これで会うのは最後だよって。
訳が分からなかった。何度も聞いた、なんで?って。でも彼が提示する理由は僕には理解できなかった。確か、今は付き合わない方が良いとか言ってた気がした。それって全く回答になってない。納得できないし、意味不明。それでも彼を引き留める方法なんて無かったから、僕は彼を見送りながら半蔵門線で呆然としていた。最後にささやかなプレゼントを渡そうと思って買ったハンカチは、ついぞ渡すことはできなかった。
僕の彼への愛情はキレイに逆転して、深くどす黒い憎しみになった。
僕は彼のことを忘れようと必死に努力した。ありとあらゆる友達に相談し、恋愛映画を観て、新しい男と会ったりした。この頃に上映していた「愛がなんだ」という映画にはバリ共感MAX100%だった。
でもね、一年経っても二年経っても忘れられなかったし、ずっと好きだった。なぜかというと、彼はたびたび僕に連絡を寄越してきたからだ。元気?とか、やほ、とか、特に理由なく突如メッセ―ジが送られてくる。もう本当に意味わからない。このせいで僕は彼を忘れることができなかった。この辺りで僕は、「きっと彼は寂しい人で、僕を使ってインスタントに自分の欲求を満たしているんだ」ということに気付き始めた。でも、別にそれでもいいから彼と話していたかったんだよ。
僕はいつの間にか男遊びが好きになっていた。だって、特にデメリットなく人と会えるし、気持ちいい。たまに虚しい気持ちにもなるけれど、でも別にそんなの大した問題ではなかった。たまに変な人と出くわすこともあるけれど、でもそれは笑い話のネタに使えるからむしろ一種の楽しみになっていた。ただ、好きだと思う人は一人もいなかった。上手い、とか可愛い、とかでもう一度会いたい人はいたけれど、好きになる人は一人もいなかった。
その後、ひょんなことから僕には彼女ができた。なかなか可愛くて絵が上手な子だった。この子とのストーリーも非常に濃厚なのだが、それは割愛するとして。僕に初めて恋人ができたおかげで、僕の中に巣食う恋愛コンプレックスは綺麗さっぱり消滅した。自分でもびっくりするくらいには、今までの自己嫌悪がどうでもよくなった。それと一緒に彼への憎しみも浄化されて、後に残ったのは彼のことを好きだったというきらきらした思い出だけだった。自分の心変わりは自分でも衝撃的で、物凄い感動に包まれた。
彼女とはあまりうまくいかなくて、数か月で別れてしまった。でも、自分の考えが大きく変わる非常に大事な経験だったと思う。一個目の大きな変化は、自分に自信が持てたこと。巨大なコンプレックスが無くなった影響は計り知れない。二個目は、過去の自分への嫌悪だ。昔の僕は、自分の中の好きという気持ちに任せて相手のことなんてこれっぽっちも考えていなかった。だからモテなかったのだ。好きな相手がいたら、好いてもらうために相応の行動が必要に決まってる。それにやっと気付かせてくれたのは、最初の彼女だった。
未だに彼からちょくちょく連絡が来ることがあったから、一連の出来事を彼に報告した。そして僕は、もう彼への憎しみは無くて前向きな気持ちで好きでいられるようになったことも伝えた。僕は彼のことを忘れることが不可能だと体で理解したから、好きだという気持ちを素直に自分で認めてあげて、それとうまく付き合って生きていくことに決めたのだ。
ちょっと補足すると、僕は彼女と付き合っている間だろうと、彼が好きだという気持ちは薄れなかった。でも、このことは彼女に報告した上で大丈夫だという判をもらっているし、人を好きな気持ちはどう努力しても理性で支配できることではないと思っている。大事なのはパートナーを不安にさせないことだと思っていて、それ以外の人間に好きだ抱きたい抱かれたいと思ってしまう気持ちを責めるのはお門違いではないだろうか。
さて本題に戻ると、彼は僕に彼女ができたことを祝福してくれた。彼の方にも彼氏ができたようだったが、あまり充実している様子ではなかった。恋人ができたら嬉しくてたまらないものだと僕は思うのだが、彼の方は何か裏がありそうな様子だった。僕は彼と久々に会っても依然として好きだなー、なんて思っていた。ただし、初めの1年間のような執着心は綺麗さっぱり消えていた。
もう、僕の心はすっかり平和だった。
後から知ったことだが、彼の方は全くそんなこと無かったようだ。
僕に二人目の彼女ができた。中学時代からのTwitterのフォロワーで、実は同じ大学に通っていたことが判明してから仲良くなった子だ。この子のことは本当に大好きだ。早く同棲したいし結婚したいし死ぬまで一緒にいたい。でも、まだ付き合って数か月しか経っていないから、そういう話はゆるやかにしかしていない。とはいえ、僕と彼女はベストパートナーなのではないだろうか、と自惚れてしまうくらいには相性が良いし大好きだ。
しばらくしてから、僕の頭に彼の顔が浮かんだ。結婚したいほど大好きな彼女ができたこと、報告するべきかな。いやでも、別に連絡するほどでもないか。いやいや、きっと僕の話を聞きたがっているんじゃないか。いやでもでも…
そう思っていた、昨晩。
彼から連絡が来た。
文面はこうだ。
「やほ」
二文字。二文字である。彼はこういうやつなのだ。案の定彼は僕に会いたがっていて、六本木まで来いと言われた。このとき、深夜の22時半だ。彼はこういうヤツだし、僕は僕でこう言われても大喜びで会いに行くようなヤツだった。でも、今の僕には非常に大事なお嫁さん候補がいる。不倫はダメだ。だから僕は断った。
正直、気持ちは揺らいだ。だから、彼女に報告をして、軽く𠮟ってもらった。こんなことをしている僕はダメなヤツだが、黙って不倫して後から大騒動になる人々に比べたらよっぽどマシだと思う。僕に自分の欲望を正しくセーブできる自信なんて無いから、情けないけど全てをあけっぴろげにすることでしか対策ができない。
この晩、僕は彼に未だかつてない態度を取った。先述したように、少し前の僕は深夜だろうと彼に呼び出されたら喜んで向かうような人だった。でも昨晩の僕は、彼の誘いを素直に飲まなかった。六本木までは行けないが、実家に来るのならいいという条件を出した。それくらいならただの男友達でもする範囲だろう。このレベルなら特に問題ない、という合意も彼女と取れているつもりだ。
でも、彼は遠いからと言ってぐずりだした。確かに僕の家は六本木から遠い。そう思うなら今晩会うことはできないから、会いたいならまた別日に会おうという提案をした。でも、今晩じゃなきゃダメらしい。何が言いたいのかよく分からなかった。会いたいという気持ちは一致しているはずなのに、根本的な何かがすれ違っているみたいだった。僕に請い願う彼の姿は初めて見た。なんだかみっともないとすら思ってしまった。
結局彼は自分の家に帰っていった。そして、駅を降りてから電話をした。ただ、彼曰くこれは最後の電話らしい。別に最後になんてしなくていいのに、なんて僕は思っていたけれど。彼は不器用だから、そうでもしないとうまくできないのだろう。
最後の電話が始まった。スマホ越しに何度か車が通過するブゥーンという音が聞こえてきた。僕も感傷に浸りたい気分だったから、いそいそとコートとマフラーを着て外を歩きながら電話することにした。それはもう寒くてたまらなかったけど、これからする話にはこれくらいの寒さが丁度いいだろうという謎の予感があった。
その最後の電話で、僕は気になっていたことのほとんどを聞くことができた。
やはり、彼は今の彼氏と順風満帆とは言い難いらしい。彼の彼氏は将来女の子と結婚したいようで、最近親戚からの圧力が苦しいのだそうだ。子どもや結婚といった話題で躓くのはゲイカップルのあるあるだ。その話題で話し合いを進めるうちに、彼はどうして自分はこんな人に優しく接しなきゃいけないんだろう、と思ってしまったのだそうだ。そして人を愛することの意味や理由について考えた挙句、ひたすら真っ直ぐに自分のことを愛してくれた唯一の男、つまり僕のことを思い出してしまったのだそうだ。
それを聞いて、僕は笑った。笑いながら嬉しいよと応えた。少し前の僕なら、照れていた。でも僕は笑っていた。僕が彼に向ける感情は、もはや彼の言うような真っ直ぐな愛情とは違う何かになっていたんだろう。
そういえば、この一か月くらい前に「愛がなんだ」をもう一度観た。あのころ共感できたはずの主人公には全く共感できなくなっていて、鬱陶しい敵だと思っていた女の方を魅力的に感じてしまった。僕の感情構造は、いつの間にか様変わりしていた。
僕のことが気になるなら、あと何か月か早く言ってくれればよかったのに。僕はもう売り切れちゃったんだから。なんて、ひどく調子に乗ったことも口にした。すると、彼も彼でびっくりするようなことを言った。
最初に会ったときからすごく可愛いと思っていたし、大好きだった。
でも。
信じられなかった。
自分が肯定されて愛されることが、自分の中ではあり得ないことだった。
だから、大好きだったけどわざと酷い態度を取ったり、そっけなく接した。
僕は大爆笑した。
だって、おかしいじゃない。好きなのにそれを伝えないなんて。両想いなことが分かってるんだから、それを隠す理由なんて一つも無いじゃん。付き合えば良かったじゃん。全部言えば良かったじゃん。そうしていれば、二人が苦しんでいた時間はずっと充実したものになってたのにさ。
馬鹿すぎて、大爆笑した。あいつは馬鹿野郎だと常々思っていたけど、予想よりずっとアホだった。バーカ。あと1年早く言えよ。臆病者。小心者。メンヘラ野郎のホモ野郎。ずっとカッコつけてた癖に気が小さい。図体ばっかりでかい。バカ。バカ。バカ。
僕は近所の川の前で大爆笑した。誰もいないあぜ道に僕の笑い声ひとつ。アーハハハハハッハッハ!冬の冷え切った空気が僕の吐息で温まる。今夜はなんて良い夜なんだろうと、僕はご機嫌だった。
彼は話し続けた。自分の人生の中では人に愛されることなんて異常事態だったと。顔も中身も全部好きだと言われても、全く信じられなかったと。それに早く気付けば良かったと。何度も何度も傷つけて苦しい思いをさせて、申し訳なかったと。
こういう話をされたら、もっと僕も悲しんだり怒ったりするのが相場だと思うけど、僕はひたすら笑っていた。ずーっと意地っ張りだった彼がこんなに素直に喋っているのが、余りにもおかしくてたまらなかったのだ。または、僕が彼を好きな気持ちがすっかり整理されてしまったせいで、もう何を言われてもときめいたり苦しんだりすることが無くなってしまったのかもしれない。
確かに僕は未だにずっと彼のことを好きなのだが、でもこれはたっぷりと諦めを含んだ"好き"なのだ。どうせ彼は僕のことなんて好きじゃない。どうせ僕は彼と付き合えない。どうせ彼は寂しがり屋で、それを埋めるためにしか僕と合わない。でもそんなことは全部了承した上で、好き。恋をしたときのドキドキとは程遠い何かなんだ。
この"好き"は一体何に例えるべきなんだろう。MOTHER2のネスがポーキーに向けていそうな感情に近しいかもしれない。こんなヤツでも許してあげなきゃいけないよな、みたいな感じ。
さて、衝撃の真実。彼は結局のところ最初から最後までずっと僕のことが好きだったのだ。でも、今の僕には彼女がいる。なんなら彼は奪ってやりたいとすら思っているらしい。でも僕のことを傷付ける羽目になるのは本意ではないから、これで完全に別れてしまいたい、ということらしいのだ。
僕はなんだか納得いかなかった。仲が良い人と関係を切るなんて意味不明だ。僕は彼女を大好きでいながら、彼とも普通の友達としてやっていけそうだった。でも、彼はそうではなかったんだ。僕と会ったらハグやキスじゃ物足りない、絶対に抱いてしまうのだそうだ。僕としてはハグまでならまぁセーフかな、と思うがそれ以降は断固拒否だ。その気持ちの激しさの差が、最後の電話の理由だった。
結婚式をするときは呼んでね。いやでも、二人っきりになったら襲っちゃうかもしれない。なんて大馬鹿発言をされてから、電話を切るときがやってきた。僕は最後までこの顛末に納得はできなかった。理屈は分かるが、素直に飲み込むことなんてできなかった。複雑な顔をする僕のことなんていざ知らず、彼は一言呟いて電話を切った。
大好きだったよ。バイバイ。
おっせーよ。クソ。
そんな頭の良さそうな人、社会でも大成功したと思われるような人でも、
とんでもない性癖を持っていたりするんだなと考えさせられた。
まだケータイもそれほど普及していなかった頃だったと思う。
デジタルカメラは有ったものの、現在ほどの性能は無かったと思う。
JR南武線のとある駅の改札を出て左へ行くと、左手に線路を跨ぐ歩道橋が有った。
私はそこを利用せずに真直ぐ通過するのだが、利用する人達は多く、その中には学生も多かった。
歩道橋の支柱の部分の脇には少しスペースが有り、少し砂利が敷かれていたように思う。
気が付くといつもは人がいないそのスペースに、その日は男が一人立っていた。
歩道橋の側面の隙間なのか、壊れたカバーのような板の隙間からなのか、何かを見つめているようだった。
直ぐに気が付いたのだが、その隙間から、きっとJCやJKのあれが見えたのだろう。
遠くからは建物の陰になってその男の姿は見えないが、近くに来れば誰にでも見られるその場所で、
人目を憚る事もなく、じーっと見上げている姿は異様な光景だった。
もしあの時、性能の良いケータイが既に有ったとしたら、あいつはきっとそれを使っていただろう。
そこでふと疑問に思った。撮影したならば、犯罪だと思うのだが、この男のように撮影することなく、
九段下の駅で半蔵門線から東西線に向かう階段はかなり急な傾斜の階段が有る。
そこを上っている時ふと上を見上げたら、下ってきている男女ペアの女性の少し短めのスカートの中が丸見えで、
女性はそれに気づいたのか驚いたような困ったような顔になって、直ぐにスカートの裾を押えていた。
覗き込んだわけではなく、ただ通りすがりに見えてしまった光景なのでこれは犯罪扱いしてもらいたくないものだが。
きっとこういう場所はマニアにとって既知のスポットになっているのだろうな。
困ったものだ。
東京メトロでは、ほとんどの範囲において、実際に乗車した経路に関わらず最短経路での運賃を収集している。例えば東京から大手町に行く時、最短経路は丸ノ内線で1駅だが、丸ノ内線を逆行して銀座で銀座線に乗り換え、更に日本橋で東西線に乗り換えるという遠回りな経路をたどっても、最短経路である1駅分の運賃しかかからない。これについては東京メトロの公式サイトでも明記されており、
原則として、実際にご乗車いただいた経路に応じた運賃をいただいておりますが、下記の範囲内につきましては実際の乗車経路によらず、最短経路で計算した運賃でご利用いただけます。
ただし、改札外乗換えをご利用の際、乗車駅から乗換駅までの運賃が、最短経路の運賃を上回る場合は、乗り換え時に乗換駅までの運賃が必要になります。
https://ssl.tokyometro.jp/support/faq_answer?lang=ja&faqno=OpenFAQ-000395
となっている。まあ、2文目の通り、改札外乗換を伴うルートをとると、必ずしも1駅分の運賃で乗れるとは限らないが。
そして楽しいのが改札外乗換という運用の存在である。同じ駅で別の路線に乗り換える時、一旦改札を出て連絡通路等を歩き、乗り換え先の改札に入りなおさないといけない状態になっている駅のことをいう。改札外乗換は往々にして歩く距離が長く、一般的に面倒くさいということで嫌われていると思う。しかし僕にとってこういう駅は楽しい。なぜなら、一旦改札を出てから次の改札に入るまでに60分の猶予時間が設けられており、乗り換えついでに外を歩き回れるからである。例えば東京から新宿に行く時、丸ノ内線に乗って池袋で一旦改札を出てジュンク堂に寄るなどし、60分以内に副都心線の改札に入場して新宿三丁目に向かえば、1回分の運賃で東京と新宿だけではなく池袋も訪問することができる。複数の駅をいちいち原義で出場していくとその度に170円、170円…と運賃を払っていくことになるが、改札外乗換のルールを使えば比較的安価で済む。
2020年12月時点で、改札外乗換を行なっている駅は以下の14か所である。
上野、上野広小路・仲御徒町、三越前、渋谷、淡路町・新御茶ノ水、新宿三丁目、日比谷・有楽町、虎ノ門・虎ノ門ヒルズ、大手町、飯田橋、人形町・水天宮前、築地・新富町、銀座・銀座一丁目
さて、この2つのルールを利用して、交通費を300円以内に収めて東京中を歩き回り、改札外乗換を行なっている14駅すべてを巡ることを考える。プランとして、何らかのイベントのために東京ドーム付近に宿泊した観光客が、1日使って東京を楽しむルートを作ってみた。ナンバーは乗り換え駅の数ではなく、訪れる観光地の数である。
①御茶ノ水
最後、東京ドーム最寄りのメトロ駅である後楽園に戻ってくるべく、出発地は1駅隣の本郷三丁目とする。丸ノ内線で本郷三丁目から淡路町に向かい、改札を出る。ここは御茶ノ水エリアで、最近新しくなったJR御茶ノ水駅の駅舎や湯島聖堂、神田明神を訪問することができる。
②上野
千代田線の新御茶ノ水に入場し、北千住で日比谷線に乗り換え、上野に行く。外にいられる時間は60分なので、上野動物園や各美術館・博物館に入るのは難しい。それでも上野公園を散策し、アメ横商店街を散策すると楽しい。
③水天宮
銀座線の上野に入場し、上野広小路で出場し、日比谷線の仲御徒町から入場して人形町へ向かう。水天宮を訪問することができる。
④日本橋
半蔵門線の水天宮前に入場し、三越前で改札を出る。このあたりはおしゃれなショップが多い。個人的には、コレド室町にある誠品生活という書店兼雑貨店をおすすめする。台湾発祥の大きな書店は飽きることがない。日本橋に国道一号線の起点もある。
⑤築地
銀座線の三越前に入場し、日本橋で東西線に乗り換え、茅場町で日比谷線に乗り換え、築地で降りる。市場が豊洲に移転して、5,6年前の活気は無いが、まだいくらかの商店はある。たこ焼き屋である銀だこの本店もここにある。
⑥銀座
有楽町線の新富町から入り、銀座一丁目に向かう。銀座レンガ通りなど、言わずと知れた高級店舗が揃う。ショッピング向き。
⑦渋谷
丸ノ内線の銀座に入場し、霞が関で日比谷線に乗り換え、虎ノ門ヒルズで出場する。虎ノ門ヒルズは2020年6月6日開業の新しい駅。出場したはいいもののまだ開発途中で見どころは少ない。銀座線の虎ノ門に入場し、渋谷で出場する。渋谷はショッピングモールがたくさんある。ここ10年ほどリニューアル工事が行われていて、もうだいぶ綺麗になった。宮下公園もショッピングモールと化した。東京を感じるには十分な場所だろう。
⑧新宿
副都心線の渋谷に入場し、新宿三丁目で出る。渋谷を見てきたばかりだが今度は新宿である。ここにもルミネや高島屋などショッピングモールが林立している。時間があれば都庁の展望台から景色を眺めるのも良い。
⑨有楽町
丸ノ内線の新宿から入場し、赤坂見附・永田町で有楽町線に乗り換え、有楽町へ。新幹線ガード下の商店街がレトロ。また、東京ミッドタウン日比谷では6階のパークビューガーデンから景色を眺めることができる。無料。
⑩飯田橋
千代田線の日比谷に入場し、大手町で降りる。ここはオフィス街だし街歩きしてもまあ…という感じなので僕ならスルーする。東西線に入場し直し、飯田橋で降りる。飯田橋はJR駅のリニューアル工事が絶賛進行中。綺麗になった駅舎を見ることができる。工事が終わったらまたいろいろな店舗が入っておもしろくなりそう。
⑪池袋
有楽町線の飯田橋に入場し、池袋で出場する。駅の近くにジュンク堂、ゲームセンター、BOOKOFF、ユニクロ、東急ハンズ、サンシャインなど揃っていて賑わっている。乗り換え時間が60分しかないので水族館には入れないと思うけれど。
⑫そして、帰還。
この行程で東京メトロ改札外乗換駅を制覇できているはず。交通費をぐっとおさえて東京中を巡ることができる。結構歩き続けることになるのである程度の体力は必要だけど、おすすめ。もちろん一部分だけこのテクニックを使うことも可能。観光客とオタクにとって楽しい1日になると思う。
東京都心に住まうハイソサエティな人々や地方民は、東京にこれだけ近いところに、これほどモータリゼーションが発達した都市があることをほとんど知らない。
東京でも横浜でもない、車を中心にした世界がここにある。
嘘だと思うなら、カーシェアでも借りて一度センター北・センター南界隈を走り回ってみるといい。
東京と横浜の中間でなおかつ東海道線と東名の中間ぐらいの位置関係と言えばぼんやりとイメージがわくだろうか?
詳しい歴史とかはwikipediaを見ろ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%AF%E5%8C%97%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3
元は森と原っぱしかなかったところを開拓したニュータウン開発としては最後発に近い再開発事業だ。開発が始まったのが実質80年代以降なので、近代的なモータリゼーションをがっちり取り入れた都市計画に基づいた街が作られている。
ざっくり言えば、港北ニュータウンはショッピングモールの集合体だ、少し小さめの濃縮されたイオンモールクラスのショッピングモールがぼっこぼこと乱立している、センター北・南両駅に中規模のショッピングモールが3棟(港北東急、港北阪急、ノースポートモール)、立体模駐車場を持つ小規模ショッピングモール(どでかい商業ビル)が4棟、さらに商業ビル多数。近隣にはホームセンターも幾つもある。
そんな中途半端なショッピングモールじゃあね、という向きには、車で3~40分圏内に大規模ショッピングモールが3か所(ららぽーと横浜、ラゾーナ川崎、トレッサ横浜)、もう少し小さい規模でグランツリー武蔵小杉、たまプラーザテラスとか、横浜圏までいれると本当に数えきれなくなる。
とにかく車があれば買い物を行く先に全く困らない、毎週末・毎日がショッピングモール巡りだ、車で複数のショッピングモールを梯子することなんかもザラ。
それから、この二駅だけでスーパーが大小とりまぜて10軒前後ある、あほか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%AF%E5%8C%97%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kohoku_New_Town_-02.jpg (写真)
まず道幅が広い、一般道で3車線があたりまえにある。狭い細路地がほぼ存在しない。一方通行もほとんどない。車の取り回しで困ることが無い。
駐車場も安くどこにでもある。商業施設の駐車場はほとんどがスロープ式立駐で、だいたい割引で足りるか、最初から無料。
ある意味センター北・南が猛烈に充実しているため、車無しで滅茶苦茶快適に生活できてしまうのだが、当然車の所有率も高い。
そして、いい車が走っている。外車率が異様に高く、軽が少ない。都心みたいにポルシェとベンツ、アストン・ベントレーにあれはマクラーレンか、みたいなバブリーさは無いが、ドイツ勢、ラテン勢など欧州車がかなり多い。レクサスも多い。港北ニュータウンにいると、日本の不景気とは? という気分になるぐらい、日本で失われつつある豊かさがまだここには生きている。
そして、ニュータウンらしく、車歩道分離や、公園が充実しているのもすばらしい。センター北・南から徒歩圏にもちょっとした森のような大きな公園が幾つもあるし、車で移動すれば自然もスポーツ施設も遊戯施設も多数あり子供の遊び先の選択肢に事欠かない。大きな公園に行くと、テント族っていうの? ミニバンにカートとテント載せてやってくる親子連れが広場にテント広げてゆったり遊んでる。ああいうの、都内育ちからみると全く未知の世界で軽いカルチャーショックがある。わざわざ、ひーこら奥多摩まで行ってバーベキューする必要ないんだ、みたいな。
それから、第三京浜・東名高速が至近というのも大きい、レジャーとなったときの選択肢が都心とはけた違いに多く、海と山にすぐ行ける。箱根・鎌倉・三浦・伊豆・富士・東海方面が東京よりすべて一回り近い。渋滞のボトルネック一つ分少ないことで、車での日帰り旅行もめちゃくちゃ快適。
都内でマンションや戸建てをサラリーマンが買うのが現実的でなくなって久しいが、港北ニュータウンとその周辺の横浜市営地下鉄沿線はまだ選択の余地がある、さすがに新築マンションの造成は減ってきているが、中古なら3~4000万円代から選択肢がある。しかもニュータウン故、ほぼすべてが築浅なので都心に比べれば程度が全然いいし広い。駐車場も当然ついているし、駐車場代も都心みたいにん万円なんてことはない。
歴史が浅いということは、世代・年齢層も若いということだ、周辺の戸建て地域もおんぼろの昭和な住宅や空き家・廃屋なんてほとんどない。街がぴかぴか、古い家はだいたい地主さんの邸宅。
港北ニュータウンのある都筑区は首都圏でも数少ない出生率が高く人口が増え続けている自治体だ。まぁ、40年50年先のことはしらん。
人種的には、ややマイルドヤンキー寄りだがヤンキーではない、リア充だけどうぇーいじゃない、ぐらいの層が厚い。所得がそれなりにあると思われるおされな人も多い。スポーツ観戦が好きで子供もサッカーやらせてます、目指せJリーグみたいな感じ? なにしろ、手軽にスポーツをできる環境がある。
そして、BOOKOFFに行くと、売られている本の質が違うんだ、ひたすらベストセラーやジャンプ掲載作品で埋まってなくて、それなりに面白かったり、マニアックな作品もごろごろしてる、実用書の質も高い。つまり、本好きが沢山いて、本を買い、BOOKOFFへ放流するというフローが成立しているわけだ。
総じて、平均してそれなりの所得があり、家と車を持ち、自分の生活を等身大で生きている、そんな世界が港北ニュータウンだ。
東京都心へは電車で40~50分、車で1時間前後、というところ。
港北ニュータウンの中央駅はセンター北とセンター南の二駅、センター中央駅は無い。この二駅を貫くように横浜市営地下鉄ブルーラインと同グリーンラインが通っている。
残念ながら東京都心直通の路線は無く(計画はあったんだ...)、都心に出るにはブルーラインであざみ野に出て田園都市線もしくはグリーンラインで日吉に出て東横線へ乗り換える必要がある。横浜・新横浜・みなとみらいへはブルーラインで直通だ。
車でのアクセスは、東名 横浜青葉ICもしくは第三京浜 都築ICから15分弱。
都心に直通の電車がないなんて田舎だよね、という向きには田園都市線沿線のたまプラーザ・あざみ野・青葉台を勧める。半蔵門線直通で都心まで30分前後だ。通勤時間的には都内の多摩地区と変わらない。
全体に若干割高にはなるが、車があれば、港北ニュータウンの利便性は享受できる。
ご存知のように殺人的な通勤ラッシュでおなじみ田園都市線だが、大井町線の乗り入れで改善してきているし、オフピークして、渋谷以前の半蔵門線から乗ればそれほど大したことはない。
ただし、歴史が一回り深い分高齢化が進んでいるのも確か。モータリゼーション第一世代が高齢化で免許―返上して駅から遠い戸建てを手放すみたいな話が出てきている。
都心と比べて東急グループや大手資本がなんとかしようとしている点がちょっと違うところで、たまプラーザの再開発なんかがその例、興味があるなら行ってみるといい。
東横線沿線は良くも悪くも東京都心に近い属性がついてくる、居住費や駐車場も高くつくし、狭い道も多い。武蔵小杉・元住吉・日吉あたりは車でも住みやすいが水害が心配なのは去年の台風でわかっただろう。
そんな感じで、首都圏にでもモータリゼーションが発達して発展している都市がある、ということをわかってもらえると嬉しい。東京都心と地方のロードサイドの二元論なんてナンセンスだ。
都内勤務だけど、リモートワークも進んだし、ちょっと都心から離れてみるのもいいよね、車の運転好きだし、という層にはぜひ一度訪れてみてほしい。
港北ニュータウンに無い物? うーん、歴史とか、超高級ブランドショップとか、それから下北や吉祥寺みたいな個性かな。あーあと、あれあれ、イオンが無いよ。
本日17時台の半蔵門線の中で、中年男性が発声障害のある男性に難癖をつけて、絡んで罵声を浴びせ、つけまわしていました。
中年男性:茶色のコート(アウトドアに使うような、化学繊維のような素材)、黒いパンツ、黒いスニーカー、黒いボディバッグ、白髪交じりの無精ひげ、眼鏡なし、目の大きさに左右差がある、白目が異様に充血しており、両目とも黒目が白濁している、モンベルの袋を持っている
発声障害のある男性:30歳くらい、やせ形、眼鏡、薄着、発声障害があるようだった
わたし:30過ぎ、ショートカット、眼鏡、カーキのウールのコート、グリーンのスカート、バックパック、ハイヒール
ほかに、男性が「嫁」と呼ぶ女性、5歳くらいの男の子、途中から介入してくださった男性がいました。特徴も覚えていますが、差し控えます。
わたしは発声障害のある男性の隣の座席に座っていたところ、中年男性が殴りかかってきたため、巻き添えを食らう形になり、顔を殴られました。
赤坂警察署からは「故意がみとめられない」と言われ、事件化できないため、民事での解決をはかるよう薦められました。
わたし自身は障害者でヘルプマークをつけているのですが、絡まれていた方は知能に何の問題もないようにみえました。
言葉が少し聞き取りにくい程度ですが、まったく分からないという感じでもなく、
わたしが「あのご家族の言うことの方がおかしいと思いました」とお伝えした時には「ありがとうございます」と答えてくれました。
比較的細身だったので殴り返さないと思ったのでしょう、また会話がスムーズでないことから口でやり込められることもないと思ったのではないでしょうか。
わたしにはそのせいで攻撃性の標的になってしまったようにみえました。
わたしは発声障害のある男性が絡まれる前から、家族の様子を見ていたのですが、4人分の座席を使っていて、空いているように見えた席に
「3人家族で(けっして空いていない)地下鉄の座席4席分を占有したい」という中年男性の言い分は、理にかなっていないように思いました。
くやしいです。あの中年男性はご家族が降車したあとも、「嫁や子供が怖がっている。謝れ」と執拗に追いかけて脅していました。
発声障害のある男性は「これはストーカーではないんですか」とおびえた様子でした。
わたしは女性ですから、男性に暴力を振るわれたら、気兼ねなく訴え出ることができます。
でも、男性が同性である男性に暴力を振るわれたとして、同じように告発できるものだろうかと疑問に思いました。
わたしが大人になって、痴漢に遭ったことを言い出しにくくなったように、沈黙することを選んでしまうのではないでしょうか…。
男性が名乗り出なかったとしても、お伝えしたいことがあるんです。
本日17時台の半蔵門線の中で、中年男性が発声障害のある男性に難癖をつけて、絡んで罵声を浴びせ、つけまわしていました。
中年男性:茶色のコート(アウトドアに使うような、化学繊維のような素材)、黒いパンツ、黒いスニーカー、黒いボディバッグ、白髪交じりの無精ひげ、眼鏡なし、目の大きさに左右差がある、白目が異様に充血しており、両目とも黒目が白濁している、モンベルの袋を持っている
眼鏡の男性:30歳くらい、眼鏡、薄着、発声障害があるようだった
わたし:30過ぎ、ショートカット、眼鏡、カーキのウールのコート、グリーンのスカート、バックパック、ハイヒール
ほかに、男性が「嫁」と呼ぶ女性、5歳くらいの男の子、途中から介入してくださった男性がいました。特徴も覚えていますが、差し控えます。
わたしは発声障害のある男性の隣の座席に座っていたところ、中年男性が殴りかかってきたため、巻き添えを食らう形になり、顔を殴られました。
赤坂警察署からは「故意がみとめられない」と言われ、事件化できないため、民事での解決をはかるよう薦められました。
わたし自身は障害者でヘルプマークをつけているのですが、絡まれていた方は知能に何の問題もないようにみえました。
言葉が少し聞き取りにくい程度ですが、まったく分からないという感じでもなく、
わたしが「あのご家族の言うことの方がおかしいと思いました」とお伝えした時には「ありがとうございます」と答えてくれました。
比較的細身だったので殴り返さないと思ったのでしょう、また会話がスムーズでないことから口でやり込められることもないと思ったのではないでしょうか。
わたしにはそのせいで攻撃性の標的になってしまったようにみえました。
わたしは発生障害のある男性が絡まれる前から、家族の様子を見ていたのですが、4人分の座席を使っていて、空いているように見えた席に
「3人家族で(けっして空いていない)地下鉄の座席4席分を占有したい」という中年男性の言い分は、理にかなっていないように思いました。
くやしいです。あの中年男性はご家族が降車したあとも、「嫁や子供が怖がっている。謝れ」と執拗に追いかけて脅していました。
赤坂見附のビックカメラのあるところから、有楽町線に乗って帰ったんだけど、なんか疲れた。
改札を降りたら行っても行っても丸の内線で
これはおかしいと振り向けば有楽町線、南北線はこっちと案内が。。
地下鉄駅の中なのに、有楽町線は490m南北線は560mと案内があってなにかがおかしい。京葉線東京駅といい勝負?だが、見通しが悪い分よほど長く感じられた。
工事中の天井から電線とボルトが突き出した狭い階段を降りては登り、また降りる。
あ、着いたと思ったら残念!半蔵門線でした。有楽町線まで235mという案内があった。あと半分か‥さらに歩く歩く。対抗者を避けつつ歩く歩く。途中のキオスクでメトロの配線図、もとい乗り換え地図をつい買ってしまってまた歩く。
たどり着いたそこは天国に続いてそうなエレベーターだった。しばし上がると永田町の駅にいつの間にか表記が変わっていて、そこから有楽町線はすぐだった。
階段を降りるとそこは1号車側。最寄り駅は10号車側なのだ。また歩く、歩く、歩く。そしてようやく着いた。
BFのメトロマップより複雑。半蔵門線と丸の内線の間は角待ちキャンプ上等の非対称ゲーなること間違いなしだが、楽しくもありそうだ。