はてなキーワード: 落選とは
突然だが私はアイドルマスターSideMのS.E.Mというユニットの担当Pだ。
自分語りのような事が苦手なタイプなので上手く話せるかわからないけれど、とにかく今消化しなければと思ったので、これまでの話と、2018年2月3日、記念すべき3rdライブ初日に起こった事、感じた事をそのままダラダラ書こうと思う。備忘録のようなものなので、見るも見ないも自己責任でお願いします。
タイトルにもある通り私は現JK。小学校の頃高校に上がれば自然にできると思ってた彼氏は勿論いない。ただのオタク。
通っているのは中高一貫、自称進学校と言われているタイプの学校。偏差値と釣り合わない勉強スピード、量。それに加え人間関係が重要になってくる部活。(詳しく書くと知っている人にはバレそうなのでやんわり言っておく。)
中学に入ったばかりの頃はそれまでと違った環境にわくわくしつつ必死にくらいついて勉強していた。受験後の先取りもあり成績は中の上。この時既にアイマスには出会っていた。真ファン、律子Pをやんわり続けていた。突然だけど初星二日目の律子ヤバかったな。その調子で2年が過ぎた。
段々あれ?と思いはじめたのは中二の冬。勉強のモチベが上がらない。(この時、SideMにも出会っていた。元某サッカーアニメオタクのショタコン私、ホイホイWともふもふちゃんに釣られました。かわいい。)
英語は文法なんて覚えなくても教科書の例文を丸暗記で最低限必要な点数が取れる。
数学は、担当教師が某有名大学卒業生でプライドエベレスト、質問しても何故か違う話に飛躍する。(私達の偏差値が某有名大学に間に合ってないのもあると思うが)教え方は教室満場一致でド下手という評価。しかも間違いを指摘すると逆ギレ…という人間性で、単純バカな私は数学そのもののやる気が削がれていた。
その他理科、社会etc…もただただ暗記。理科はもともと苦手意識があったのでこの頃から少し逃げていたかもしれない。
ぼやぼやと今やってる勉強って意味なくね?と思い始めてしまっていた。
キツイな、と確信したのは中3入りたて。(ここらへんで趣味嗜好が180度変わったヒゲおじさん大好きウーマン私、本格的にS.E.M&山下次郎Pに。)
学校の教育方針で、数学や英語は中学の間に高1の内容をほぼ終わらせる事が目標だった。
そのおかげで内容は急加速、もともと集中力も無く勉強の理解に人一倍時間を要する私は秒で置いて行かれた。
成績はほぼほぼ地に落ち、補習、小テストの追試常習犯。夏休みの3分の1を奪われるらしい特別補習はなんとか免れたものの、遅刻もしばしばしていた。
一つできなくなると全部芋づる式にできなくなるタイプなので普通にヤバかった。
担任もそういったことにとことん追い討ちをかけるような人で何度も「このまま進級する気ですか?」「あなたがこのまま高校生になれるとは思えない」と面談等で散々言われた。ちくしょう、思い出してちょっとムカムカしてる。
5月頃、既にリリースされていた「ST@RTING LINE-06」を購入した。SideMのはじめての担当の曲が入ったCDだった。
ドキドキしながらCDケースの蓋を開け、pcに取り込み、はじめて「Study Equal Magic!」を聴いた時。
私はただただひたすら驚きで固まっていた。
こんな世界もあるのか、と単純にびっくりしたのだ。小学校も私立で、受験が確定していたため、小学一年生から塾に通い受験勉強をする毎日。結局行ったのは六年間の努力虚しく落ちた第一志望では無く全く今まで知っていた校風と毛色の違った滑り止め。
それでもなんとか喰らい付こうと頑張るも突然虚無感に襲われ全く手をつけられなくなった、「それ」=辛い、という私の中のイメージが、一瞬で粉砕された気がした。
けれど、私の中に根付いた勉強から離れた習慣、実際相手をする教師、そんなもの達はなかなか簡単に私の苦手意識を振り払ってくれなかった。
成績は若干持ち直したものの、それ以上もそれ以下も無く、ずるずる引きずったまま高校に上がってしまった。
そんな話を新しいクラスにもまだ慣れていないような時期にされ、あまりそういった事に実感が湧かなかった。
しかし割と直ぐに嫌という程実感する事となる。
一学期は勉強どころでは無く新しい環境に慣れるのに半分ぐらい要したが無事終了。
グリーティングツアー東京公演、私の初めての、現地でのSideMライブ参戦だった。最高だった。生のS=Mを聞いた時、初めてCDを聞いた時の鳥肌が返って来た。夢中になってペンラ振ったし、タケノコ生やしたし、しゅくだい!わすれない!!もした。山下次郎も中島ヨシキも最高だった。産まれて来てくれてありがとう。そのあと一週間は余韻が抜けきれなかった。現地って最高だな……
悪い方に進展があったのは夏休み中盤だった。思わぬところでダメージを受けた。部活の合宿だった。
はじめて思うような結果を出せず、目標を果たせなかった。追い討ちをかけるように、新学期になり練習に対する価値観の違いによる部活内の対立と、その中立的立場になってしまった事。
ぶっちゃけ死ぬかと思った。勉強も、二学期になり急に難易度が上がり例の如く取り残される。受験の重圧、周りの去年とは段違いのやる気。
メンタル弱いなとか思われてても仕方ない。というか私も自分で思ってる。
学校に行けなくなったというのは朝起きて、「学校行きたくない…」と震え、結局その日一日結局動けなかった…というような感じでは無く、単純に、朝早く起きれないのだ。
精神科に行くと、精神病と診断され、自覚がないままメンヘラJK突入かよぼんやりとか思っていた。
親にもお前の気持ちが弱いから、とだけ言われ続け、午前の授業の欠課数だけ増えて行く。
科目を二つ落とせば留年、今のところあと欠席可能回数が一桁しか残っていない科目が二つ。
今年に入って朝のHRから出席した日は一日しかない。なんというか、疲れてしまったのかもしれない。
勉強に追われ、部活に追われ。大半は自分の責任だとわかってても、もう考えるのも疲れていた。
さて、めちゃめちゃ長くなったが2/3。
3rdライブも、お金の問題で遠征はできず幕張を狙ったが落選。それ以降は実はSideM自体、アニメは見ていたけれどゲームをあまり開かないぐらいには、私の中では薄れかけていた。そんな中、ギリギリで取れた3rdライブのLVのチケットを握りしめ、豊洲pit以来出していなかったS.E.Mのペンラと共に友人と映画館へ向かった。
そして開幕した3rdライブ。久々に見る担当の姿に感動しつつ夢中になってペンラを振った。全員揃ったのはマジで感謝しかねえ…
S.E.Mの最初の曲は、S=Mだった。やっぱり、最高に楽しかった。
恭二に唐突に求婚されたり所々爆弾を投げつけられながら、合間のトーク。
次の幕に移ろうとしていた。しゅごんが話の流れを持っていく。
「先生達の指導が必要だな!(うろ覚え)」みたいなことを言ってたきがする。S.E.Mだ、と思って大急ぎでペンラを持ち替える。
めちゃくちゃドキドキしながら待っていた。
会場が暗転。ピンクの光がちらほら増えていく。
会場からも歓声が上がる。
S.E.Mのアニメでの新曲、「From Teacher To Future!」だった。
硲先生が歌い出す。るいが続く。次郎ちゃんもそれに続く。そして全員でこう言った。
「君は出来る 何だって出来る
君はなれる 何にだってなれる」
瞬間私は泣き崩れていた。そこには確かに、中学生の時始めて私の背中を押してくれた、あの先生達の姿があった。
それまでごちゃごちゃ考えていた事が一気に流されたような感じだった。
S.E.Mがずっと私たちに伝えようとしていた事が、本当に今更だけどその時はじめてわかった気がした。
「頑張ろう、一緒に行こう!」と言ってくれた先生達に、私はたぶん、一生感謝するだろうなと思う。大げさかもしれないけど、それぐらい、今の私はS.E.Mというユニットに救われた。
ペンライトもロクに振れないぐらいボロボロに泣いて、「がんばれ」って横でずっと支えててくれてた友達にはマジで感謝しかない。
受験休みが終わって、明後日からまた学校が始まる。ちゃんと朝から行けるか不安もあるけれど、少しでも前に進むためのエールをあの時S.E.Mから貰ったので、私はその分、頑張ろうと思う。
wikipediaの星新一の項目を見てたら、死後出てきた大量のメモとインタビュー記事をもとに、星新一という人の人柄を追求した本が出版されていたらしい。
2007年(平成19年)、死後10年目にして、星が残していた大量のメモ類と130名余の関係者へのインタビューを基にした最相葉月の大部の評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)が刊行され、「ひょうひょうとした性格」と思われていた星の人間的な苦悩や「子供向け作家」と扱われていることへの不満、家族との確執、筒井など後輩作家への嫉妬などが赤裸々に描かれ、従来の「星新一」像を覆す内容で衝撃を与えた。また、この書では初期には直木賞落選が名誉と受け止められるほどハイブロウな存在として遇され、安部公房(純文学とSFの両分野で評価されていた)のライバル心をかきたてるほどであった星が、後に大衆に広く受け入れられるに従って文学的評価が伴わなくなってきた変遷も描き出されている。
特にアイドルや俳優さん、声優さんなどの三次元コンテンツに沢山お金を使って来たタイプのオタクです。
例に漏れず某アイドルゲームにハマり、ソシャゲへの課金、グッズの購入、シリアル付きCDをたくさん積んでみたいなことを沢山してきました。
もう20代後半なのに貯金もない、毎月東京へ遠征して交通費と宿泊費が莫大に掛かってる。本当に馬鹿みたいだと思いました。
これだけいっぱいお金をかけても本当に行きたかった、死んでも行きたかったライブに落選しました。ジャンルに裏切られたと思いました。
お金を使って、ゲームが始まった時から頑張って支えた気になっていたけどそんなことはありませんでした。ただの思い込みでした。興味もないのに当たった、最近気になるから申し込んだら当たったと言っている人が沢山いました。
正直嫉妬しました。こんなに好きな私が行けなくてなんであなたみたいな人が行けるのって思いました。悔しかった。
けれど私がいなくたってライブは大成功するし、これからもそのジャンルは続いていきます。
もうお金をだして戦うのに疲れてしまいました。グッズの数でマウントをとって、ゲームのランキング上位のカードを並べてマウントを取るのに疲れました。
取り留めのない独り言だけど、読んでくださった方がいたのならありがとうございます。
※たくさんコメントありがとうございます。教えてもらったのを追記します。順位まで書いたコメントの人ごめんね。
※読書、ギター、DTM、絵を描く、読書、語学、映画はもうしているため除外。
では、紹介!
1 キャンプ
2 ビリヤード
3 ドラム
4 マラソン
5 小説を書く
6 ブログ
7 筋トレ
8 マジック
9 料理
13 作詞
14 ピアノ
15 動物ぽんぽん
16 一人旅
18 ボルダリング
19 カメラ
21 海外ドラマ
22 釣り
25 数学
26 俳句
27 プログラミング
29 落語
30 動物園巡り
32 アクアテラリウム
34 音ゲー
35 書道
36 お酒
37 登山
38 囲碁
39 バイオリン
40 ボードゲーム
41 1人カラオケ
42 バッティングセンター
43 トレイルランニング
44 ジャグリング
45 切り絵
46 温泉巡り
47 アマチュア無線
48 コーヒー
49 UFOキャッチャー
50 サイクリング
51 ルービックキューブ
52 美術館巡り
53 バルーンアート
54 スラックライン
55 博物館巡り
56カクテル
58 漬物
59 ワイン
60 ラテアート
61 デコパージュ
62 スキューバダイビング
63 モンハン
64 ゴルフ
65 スポーツ観戦
66 人間観察
67 ネトゲ
68 卓球
69 ジオラマ
70 水泳
71 梅酒作り
72 サバゲー
73 オカリナ
74 Ingress
75 ヌンチャク
76 スキー
77 ハーモニカ
78 クイズ
79 折り紙
80 自作PC
81 シュノーケリング
82 ダーツ
83 ダンス
84 歴史
85 格ゲー
87 鉄道
88 ヌンチャク
89 ドローン
90 ミリタリー
91 スノボー
93 お香
94 フルート
95 盆栽
96 レザークラフト
97 バスクラリネット
98 バードウォッチング
99 パントマイム
100スケボ
130 ファービー
132 パン作り
134ミニ四駆
135 クリケット
136 乗馬
137 アラビア書道
138 ジェルネイル
139 フィンランド語
140 アイドル追っかけ
141 ツーリング
142 プラモデル
143 ジグソーパズル
144 タワー巡り
145 ムックリ
146 利きヨーグルト
147 ボーリング
148 ペーパークラフト
149 カリグラフィー
150 ステンドグラス
151 水引
152 写経
153 離島巡り
154 趣味を考えること
155 昆虫
パンティー集め
冬が終わったら暖かい春ですね。新しいことを始めましょう。一緒に。
※新しいの教えてくれたらプラスするかもしれません。
今からでもその友人に「私よりふさわしい人がいる」と断れば?
行きたいなら行けばいいし、行きたくないなら断って行かなければ良い。
あなたじゃなくてもそれこそ行きたい人なんて何人もいるんだから、友人が募集かければすぐ声なんてかかる。
匿名だからといって、これをJupiterだけではなく幕張初日にしか全員揃わないユニットの落選したPが見てしまったらどう思うか想像もつかなかった?
断りもせずただチケットは受け取るけど私なんかが行ってもいいのかな><と悲劇のヒロインぶられてもミサワにしか感じないしどうかと思う。
何で頑張らないんだと怒られたことが数回だけある。
これから始まるのは、私が20数年抱えているコンプレックスの話で、楽しくもなんともないし、甘えてるとか批判が来るかもしれぬが、自己承認欲求の塊が喋ることとして、許してほしい。
論理的な構成もクソもない殴り書きであることを承知してほしい。
私は今大学院生である。この時期田舎では人権のない大学院生である。
大学院の話について詳しくはそのうち気が向いたら書きたいと思う。
さて、私には妹がいる。妹は、ザ・下の子で、そりゃあもう家族に可愛がられ育ってきた。彼女は今でこそ社会ではそこそこ高い大学に通っているが、幼い頃は何事もあまりできるほうではなかった。一方私は、運動以外はそれなりにできた。幼稚園でも、先生に色々任されていた。
そんな姉妹の扱われ方が違うのは容易に想像がつくだろう。ここが私のコンプレックスの出発点である。
父は、私に厳しかった。テストで5枚100点を取ろうが、1枚98点があれば、怒られた。75点でも取れば、しばらくテレビを見るのが禁止になる。
妹は、甘やかされていた。75点とったら褒められる。理不尽を感じた私は、母に思い切っていってみた。母は、妹はあなたと違うから。あなたはほめるとつけあがるでしょう、と。父にも言ってみたことがあるが、ほめるとつけあがるからと言われた。(ちなみに、両親にほめられたことは記憶の限りでは高校に合格したときの一回しかない。笑止。)
まぁなんというかテストに関しては理不尽は感じつつも自分も100点とらないで怒られるのは嫌だったのと勉強が好きだったのであまり追求はしなかった。(これにより姉ちゃんは出来て当然という認識が作られる)まぁこのテストの成績の"区別"は高校まで続いていくのだが。
小学校には、秋、絵画や習字の展覧会がある。小学校でうまい人が選ばれて市内の展示会に出され、そこからまた県の展覧会に行くというあれだ。小学生にしてはそこそこ絵と習字のうまかった私は、一年生のときから市内の展覧会に出してもらえていた。この展覧会に関しては小分けエピソードが3つほどある。
まず、小1のときである。初めて賞状というものをもらった私は、るんるんで家に帰り、母に賞状を見せた。すると母は、妹が羨ましがるから、うかれるのはやめなさい。見せびらかさないの。と言った。これは私にとって非常に辛かったようで、今書いていて目が潤んでくる。
次に、小4のときである。この時は、県展に入選した。1年生の出来事で学習していた私は、浮かれることはしなかった。問題は展覧会に行ったときのことである。それはもう両親に作品にケチをつけられた。ここのハネがなんとかだとかバランスがどうだとか。悲しかった。しかもそのとき幼稚園の知り合いの子のことはすごい褒めたのだ、親が。これも10年以上前のことなのに書いてて泣けてきた。幼少期のダメージよくない。
最後は中1のときである。妹が絵で県展に入選した。前年、私の絵も県展に出してもらっていたのだが、落選したのである。自分より絵が下手くそな妹が入選したことがショックだった。聞けば、妹は図工専門の先生に相当つきっきりで見てもらい描いたのだという。自分より能力の低い人間が、他人からの助けを得たことで自分を追い越していく現実を、この時初めて知ったのである。そしてこの現実は、今に至るまで、幾度となく降りかかる。
字数制限こわいのでこの辺で次につなげる。増田を書くのは初めてなのだがここでリンクするやつがいるのかよくわからない、、、
まぁいい。
年末のコミケ出るんだけど、お手伝いさんがどんどん自分の頒布物無断で告知出し始めて、もはや乗っ取られ状態になってる。
前にもスペース落選しちゃった自分より人気のある作家さんと合同スペースで出してあげた事が有ったんだけど、
あの時も酷かったなぁ・・・。聞いてない量の既刊とかガンガン並べ始めちゃった上に、作家さんの知り合いがたむろし始めちゃって、
結局俺の新刊全然頒布出来なかった。買いに行きたかったけど人がいたから・・・って話後で聞いて、がっくりした。
今回のお手伝いさんはレイヤーさんなんだけど、コスメインの人だからって油断してた。
もし今後コミケとかのイベントでお手伝いさん探そうって人は気をつけてね。
どうしたもんかなぁ・・・。
>でもきっと、まだまだいろいろあるんだろうと思う。
と当時書いた通り、驚くようなことがいろいろあった。長くなるけど、書く。
---
北海道に戻って直後に開設していた、自分のホームページ。内容は、パソコン関係とタイ・インドの旅行記録だった。いわゆるテキストサイト。
その自サイトの掲示板(Teacup)にふらっとSF作家のOさんが現れて、常連になった。当時開設されたばかりのGoogle検索の性能の良さに二人で驚いたりした記憶がある(なにせそれまでのロボット型検索はノイズまみれで使い物にならなかったので)。
Oさんは、文章を褒めてくれた。
ネタ系の駄文とはいえ、褒められるのはうれしいものだ(この前、本人にこの話をしてみたらすっかり忘れていて拍子抜けしたのだけども、まあ褒められたほうは覚えていても褒めたほうはそんなものなのだろう)。
で、こちらも試しにOさんの本を読んでみたら予想以上に面白く、すっかりファンになった。
なんやかんやであれから二十年近くが経った現在、Oさんはすっかり著名なSF作家になっている。
---
2008年に祖母が亡くなり、その翌年の正月。十万円ほどのお年玉というか、遺産をもらった。
どこかに旅行に行きたいと思っていた自分に、降って湧いたあぶく銭。いろいろ行き先を考えているうちに「自分は北海道の端っこに住んでいるのだから、ここから青春18きっぷを使って鈍行列車に乗りまくれば一万二千円で日本縦断できるんじゃね?」というプランを思いついた。
鈍行列車で日本縦断すれば、今までネットを通じて知り合った全国の知り合いとリアルに会える。
このプランをmixiの日記に書いたところ、青森・東京・名古屋・九州などの知り合いが同調してくれた。Oさんに至っては名古屋から鹿児島まで同行するという。
JailBreakして無理やり動画を録れるようにしたiPhone 3Gで、記録を取りながら旅行を楽しんだ。
これが祖母の遺産の正しい使い方はどうかは怪しいが、経験という意味では間違いなく面白かった。
Oさんにリアルで会うのは初めてだったが、ネットでは結構長い。会った時だけ作家センセイとして持ち上げるのもなんか違う気がしたので、なかば意識的にタメ口で通した。たぶんかなり失礼なことも言ったと思う。
ただ、内心ではOさんの行動や会話の端々に出る、無限の想像力と好奇心に圧倒されていた。
---
鈍行日本縦断旅行の翌年。2010年の年末頃に、地元のバーのマスターに呼ばれた。
行くと、何やら会合中だった。メンバーは農家さん・公務員・自営業などバラバラ。
世界一大きなでんぷんだんごを作ってギネスに登録したいということで、ネット経由の手続きを頼まれた。
でんぷんだんごは地元に古くからある郷土料理、というかおやつだ。団子といっても串には刺さず、じゃがいも澱粉と金時豆と砂糖を熱湯で捏ねて、鉄板で平べったく焼き上げる。
当時、ギネス社は公式サイトに日本語の申込みフォームを置いていなかった。約六万円の申請費用を払い、Google翻訳を使った怪しげな英語でなんとかギネス社とやり取りをする。
翌年の二月二十六日、巨大でんぷんだんごを焼くイベントを開催。十台以上のビデオカメラで撮影した証拠映像を編集してギネス社に送ると、数ヶ月後に無事に認定された。
だが、本当にすごいことはギネス登録とは直接関係なく起こっていた。
もともとギネス登録にはメディアの報道記録が不可欠。そのため新聞やテレビ局にも来てもらっていたのだが、それが九州の深夜ラジオでも放送されたのだそうだ。
そしてそれを寝床で聴いていたのが、九州土産として有名なせんべいの製造会社の社長だった。当時は世界的に澱粉が品不足だったらしく、ラジオを聴いたその社長は「なんてもったいない使い方をしてるんだ!」と思ったとのこと。
社長は翌日に町役場に電話を掛けてきて、紆余曲折の末に、町の廃校を改装してせんべい工場を作ることになった。雇用と経済効果は結構なものだ。
この件では自分は基本的に言われるままに動いただけなのだが、「まあやってみよう」から始まったことが結果的に大きな結果を出したことに、強烈な印象を持った。
---
さて、自分自身は、というと。
前回書いた小さな文房具屋のあとを継ぐことになるかと思いきや、家庭の事情もあり、店はあっさりと閉店。自分は独立して隣町に引越し、かねてからやっていたパソコンサポート業やWeb制作業に専念することになった。
そして前回の投稿でも書いた、東京時代からの友人であり、タイとインドの一ヶ月強制放浪の発端になった男、T君。
東京のIT企業で派遣社員をやっていた彼は、リーマンショックの余波で仕事を失い、別な仕事に着いていた。
東日本大震災の直後、多少心配になって「こっちに来たら?」とメッセージを送ったところ、その年の夏ごろに本当にこっちにやってきた。変なところが身が軽い。自分と基本的に同類なのだろう。
ノリと勢いで呼んだ割に未だに大した仕事も振れなくて少々申し訳ないのだが、T君は今もなんとかこっちでやっている。こっちで嫁さんまで見つけているので、まあ結果オーライということにして欲しい。
---
そう言えば2012年に世界は一度終わりかけていたそうです、太陽嵐で
https://www.gizmodo.jp/2014/03/2012_22.html
なんだそれ、と思っていろいろと調べると「今後10年間で巨大太陽嵐が起こる確率は12%」という記事も見つかった。
なにそれ、危ないぢゃん! なんで大騒ぎになってないの? それとも自分が知らなかっただけ?
そう思っていろいろと調べたが、学術的な資料は見つかるものの、あまりわかりやすい解説はなかった。
巨大な太陽嵐を喰らうと夜空には真っ赤なオーロラが出て、その後数年間に渡る停電が発生するらしい。
怖いけど、なんというか、絵になるな。そう思った。
今までこういう内容を書いた映画とか小説とか、無いのだろうか。そう思って一通り調べたのだけど、なぜかほぼ皆無だった。
なんでこんな面白そうなネタ、誰も物語にしてないの? というか、これって学者さんだけじゃなくみんなが知っておかないとまずい話じゃないの?
そう思い、実際に太陽嵐による災害が起こったらどうなるのかを調べて、その後の世界を想像した文章を断片的に書いていった。
この災害は世界レベルでの停電が起こるから、テレビや携帯もネットも一瞬で使えなくなる。
「何が起こったのか」すらわからないという状況から事態を探っていく姿を、災害に遭った主人公の一人称で書く。この方針が決まると、迷わず書けた。
毎日仕事が終わって寝る前に約二時間づつ、コツコツと書いていく。
そういえば自分は絵とか写真とか映像とか、スキルを活用した元手のかからない仕事を常に模索しているのに、文章に関してはなぜか仕事にしようと思ったことがなかった。実際、どこまでやれるのだろうか。
どこに発表するかは、すぐに決まった。2017年3月末が締め切りの、SF小説のコンテストだ。
日本沈没などのディザスターものがSFなら、これもSFと言っていいのではないか。そう思ったからだ。
そして何より、このコンテストの審査員にはOさんがいた。賞を取れるとか取れない以前に、もしこれが最終候補まで残り、Oさんが読むところまで行ったら実に面白い。
そういういたずらのような動機で、Oさんに完全に内緒で応募した。
さっさと結果を言うと、大賞は取れなかったけど最終候補には残った。初めて書いた小説の結果としては上出来だろうし、Oさんが読むところまでたどり着いたのだから一応目的は達したことになる。
(ただ、間抜けなことに、最終候補まで行ったという連絡を聞いた段階で「初めて書いてここまで来たなら、このまま賞取れるんじゃね?」と妙な自信を持ってしまい、発表当日には身内で待ち会までやっていたという……)
その日の夜に電話でOさんに言われて初めて気づいたのだが、古くからの知り合いという時点で審査員としての客観的評価が難しくなる(対外的な意味でも)。
こっちはOさんがそんな贔屓をする人でないことは重々わかっているのでなんとも思わずに応募してしまったが、言われてみれば当たり前の話だ。
結局Oさんは私の作品のみ、採点をパスしたそうだ。結構な迷惑をかけてしまった。
(後日「なんでわざわざ不利になるようなことするの」と言われて笑ってしまった)
なんやかんやあったけど落選したので、作った小説はWebに放流して供養しようかと思っていた数日後。出版社から「出版を検討しているので公開は待って(意訳)」というメールが届き、仕事中にスマホで読んだ自分はその場で膝から崩れ落ちた(うれしくて)。
後日、コンテストの講評を読んだ。大雑把にいうと「SFとは違うかもしれないがリアリティはある」という評価だった。
そりゃそうだ、と思う。明日あるかもしれない災害を書いている上に、登場人物のほぼ全員が実在の人物なんだから。
今回の小説では、自分の周りの人を名前だけ変えてほとんどそのまま出している。
これは、書く時にものすごく良い効果があった。読ませたい相手がはっきりするのだ。
モデルとなった地元の人・Oさん・そして、太陽嵐の災害をしらないすべての人に向けて、書く。
そのため、途中でほとんど悩まなかった。やっぱりモチベーションって大事だよな、と思う。
そして、興味があることに関してとことん調べられるという意味でインターネットはやっぱりすごい。知の高速道路と言われる理由もよくわかる。
---
でんぷんだんご→工場誘致の時にも思ったことだが、リアル世界って、自分が動けば動くだけきっちり反応があって面白い。
まさか四十も過ぎてからこんなことがあるとは思わなかった。もはや自分にとって、ファンタジーよりもファンタジーな展開がリアルに起こっている。ゲームとして見ても、これは相当面白い。
今日発売になる自分の小説の帯裏には、同日に発売されるOさんの小説の宣伝が載っている。
これでほーんの少しは、恩返しできるかなあ。
突然、申し訳ありません。
本日は私の心のイチモツの憤りが収まらず筆を取らせて頂きました。
先日、インターネットであなたを見たときに、「クソマジメゲスブロガー」という肩書きに惹かれそれからあなたへの思いが止まりません。
あなた様への思いは私のイチモツまでに及び、本日睡眠中に夢の中であなたが登場し、「オッサンの話が面白くない」と身内の恋愛経験豊富そうなブス仲間に語っている所が登場し、
その時のあなたのドブ川のカスのようなドヤ顔に先ほど目覚め、私のマラは朝勃ちの止まらぬ状況になっておりました。
私はいてもたってもいられずすぐさま鬼の形相で再度あなた様のブログ(メディアと記述したほうが宜しかったでしょうか?)を検証し、夢の内容と全く同じ事を記事にしていた事を確認すると
「マンコの乾き切った地方スナックの恋愛経験豊富なババアに16点くらいのセクハラをしているようなオッサン」であった事を僭越ながら付け加えさせて頂きます。
私はー、あなたを見ていると中学時代の学級委員に立候補して落選したブスを思い出します。
スクールカースト最底辺の私はクラスの片隅で歯クソのような笑顔を浮かべてその状況を見ていましたが、10年ぶりに歯クソのような笑顔をもう一度浮かべられた事に感謝しております。
おそらくですが、恋愛経験豊富なブスの中で大きな存在感を放っていたであろうことを想像しますと本当に笑顔になれます。
(LINEで人生相談を受けているそうですが、そちらも想像すると本当に笑顔が止まりません。)
人生が面白くない私に生きる希望を与えて下さり、本当に感謝しています。
また、あんちゃ様の「バイブバーに女といってみた」という記事を拝見致しました。
私の中で永遠の課題であった「カースト3軍の中で恋愛感を大声で語るセックスアンドザシティの好きなブスの性欲はどこへいくのか?」という命題に答えを与えていただき、非常に知的好奇心の満たされる内容でした。
そしてはてブやコメント欄に溢れる男子からのお言葉を拝見致しました。
やはりあんちゃ様もスクールカースト最底辺の男からチヤホヤされると膣がイキそうになるのでしょうか?
もし宜しければー、ですが。次回こちらの内容にご返答いただけますと幸いです。
朝早くの日曜からマラをオッ勃ててこのような文面をお送りした事をお詫び申しあげます。
P.S ブロガー間で仲がよろしいようですので、もしツテがありましたら青二才様に私がバイトをクビになってから毎日投稿している罵詈雑言のコメント承認をして頂けるようにお伝えいただきますと幸いです。
思いつく範囲だけ。追加してほしい項目があれば教えてください。
ノーパンしゃぶしゃぶ http://b.hatena.ne.jp/entry/346526905/comment/AQM
俺だ俺だ俺だった
クンニの象徴である硬質のチン http://b.hatena.ne.jp/entry/350616983/comment/baikoku_sensei
オ、オレはワルだから
船橋来てくれたら飯食わしたる
にゃーん
はてなスターウォーズ
うーむ
6さいです。
いいおじいさんタグ
こんなアイコンなので気になる話です
私の言いたいことはすでに言われていた
ふーむ(封印中)
それ店動説 http://b.hatena.ne.jp/entry/352934128/comment/konekonekoneko
騎乗位
おじいさんをひっくり返せば http://b.hatena.ne.jp/entry/277451556/comment/metroq
獣は檻に入れとけタグ
(オススメのID?)この人かな http://profile.hatena.ne.jp/my/
腹筋1000回以上約束で死亡 http://b.hatena.ne.jp/entry/351774027/comment/Rag-Rush
自信作の増田が
「もしかして……」 「僕たちのアナル」 「「「「「「入れ替わってる~~~~~!!!?」」」」」 anond:20161005134918
よしこ http://b.hatena.ne.jp/entry/287841927/comment/sabacurry
おああーーーっ(闇属性) http://b.hatena.ne.jp/entry/338552466/comment/vlxst1224
こんなアイコンなので
よく知らない人。気持ち悪い http://topisyu.hatenablog.com/entry/amature_hatena_user
これが日本人だよ。
人間っていいな
今すぐ走り出せ!
頭を割って中を見たいタグ
6歳追加
通り魔追加
ダジャレ追加
牛追加
上目艮鏡追加
回るK追記
ア○メ追加
Nの人追加
ゼロの物追加
読めないボイロ追加
星人追加
5人位追加。一部の持ち芸追加。
3人追加。
1名持ち芸追加。
1名追加
1名追加
metroqの持ち芸一つ追加(ファックファックさん)
今すぐ走り出せ!追加
nevar-evol氏追加
普通の日本人民最悪の敵追加
私のダジャレのせいではありません追加
腹筋伝説追加
2018/01/14
2018/03/05
いいおじいさんコレクター追加
2018/05/19
思い返してみれば喫煙歴13年。
親のたばこをくすねて吸ってたマイルドセブンからキツイのがカッコいいと思ってハイライトのメンソール、バニラ風味が気に入ってキャスター、兄が吸ってたからなんとなく真似してフィリップモリス、長く吸えて後味にケミカル感のないアメスピと色々と吸ってきた。
一昨年の5月ごろだったか、とあるイベントに行ったとき、隔離された喫煙所でぷかぷかたばこを吸ってると、綺麗なキャンペーンガール的お姉さんがIQOSの試飲を進めてきた。
ガジェット好きの自分は雑誌か何かで見てIQOSの存在は知ってたけど、世間的にはまだまだ知名度がなかった頃。
周りの喫煙者たちも勧められるがままに吸ってはみるが、「あーなるほどね」と気のない返事をして、お姉さんのセールストークから逃れるのだった。
自分も吸ってみたが熱気とともにやってくる煙がどうにも受けつけられず、「悪くはないと思いますがねえ」と苦笑いしながらお姉さんから離れ、2本目のアメスピゴールドに火をつけた。
その後アメトークで触れられたのが原因らしいが、IQOSは大ヒットし、一時入手困難になった。
IQOSストアには長蛇の列ができ、ネットショップでもプレミア価格。
街中でもIQOSを吸う人たちが目に見えて増えてきた。
みんなが欲しい欲しいと言うと自分も欲しくなる。自分がこれほど俗物的な人間だとは思わなかったが、私は強く後悔した。なんであの時、お姉さんの言うがままにIQOSを買わなかったのか、と。
しかしながら自分がIQOSを欲しいと思った頃には、IQOSはもう普及し過ぎていた。
こうなるとまた違う感情が頭をもたげてくる。
「人と同じものは持ちたくない」。
さてさて現在、加熱式たばこと呼ばれるものにはものは3つの勢力がある。
1つはもちろんIQOS。それに続くのがgloとプルームテックだ。
喫煙所で紙巻たばこを吸う人間よりもIQOSを吸う人間の方が多いのを見ることが決して珍しくなくなった現在、私にはIQOSを買うという選択肢はない。
そしてこの間、ついに公式オンラインショップからgloを購入することができた。
確か11時からの先着順販売だったが、もちろんこちらは仕事中である。トイレに行くふりをしながら何度スマホで販売ページをリロードしただろうか。なんとかカートに商品を押し入れ、2日後にgloがやってきた。
さらに先日、プルームテックも手に入れることができた。こちらは公式による幾度の抽選販売に漏れた末の、落選者向け優先販売という形で手に入れたので喜びもひとしおであった。
それからは手に入れた喜びもあって、常に加熱式たばこを吸っていた。寝起きの一服、食後の一服、会社から抜け出たときの至福の一服。
開封してほとんど減ってない愛飲していた紙巻たばこ一箱とビックの小さなライターはお守りのようにカバンの奥底に眠っていた。
今日のことだった。出先の喫煙所でgloを吸おうと思うが充電切れ、プルームテックは家に置き忘れる始末。
まあ、こんなの時のためのお守りだ。
カバンの底から潰れた紙巻の箱を探し出し、1本を咥える。たばこ葉の香りが懐かしい。ビックのライターで火をつける。なんだか悪いことをしている気がする。
たばこ一本吸うのにこんなにドキドキするのはいつ以来だろうが。随分と昔に戻ったようだ。
「失われた時をもとめて」のマドレーヌの一節を思い出しながら、久々の紫煙をゆっくりと、深く、強く吸う。
く、くせえ!
驚いた。ツーンとする刺激が鼻腔を刺す。
たばこの香りやら喫味やらをそこのけに、ただただ不快な痛みとも呼べる焦げ臭。
何かの間違いだろうとコンビニで同じ銘柄を買い吸ってみるが、やはり、くせえ。
家に帰ってgloを充電器に繋いでプルームテックを吸う。呼吸に合わせて先端のLEDが青く光る。
なんだか味気ない。加熱式たばこは味気ない。そんなことは知っている。
でも今は味のないガムを噛んでいるような気がする。
GREE版アイドルマスターミリオンライブの更新停止、ゆくゆくはサービス終了の告知に関して、色々思ったのですが、文才がないので思い出話でも書きます。
本当にただの個人の思い出話です。
長いですがご容赦願います。
まず、何故はてな匿名ダイアリーで書こうと思ったのかというと、単純に長くなりそうだったから。
そして、タイトルにもある通りゆるいオタクなので、ツイッターなどでミリマスについて様々な思いを呟いている熱心なPたちと肩を並べて発言するのは、なんだか気がひけるから。
あとは、変に遠慮せず、他のアイドルマスターシリーズのことも言及したかったからです。
ゆるいオタクと自称した通り、アイドルマスターシリーズの存在を初めて知ったのはニコニコ動画でした。
元からオタクだったので、別の作品のMADを見たくてニコニコ動画(β)を楽しんでいたのですが、ランキングからやよぴったんの動画を再生して、アイドルマスターという作品があることを知りました。
当時としてはすごく可愛い3Dモデルに惹かれ、ギャルゲー好き、かつモー娘。世代でアイドルが結構好きだったので、興味を持ちました。
その頃、Xbox360は持っていなかったので、近場のゲーセンでアーケード版アイドルマスターに触れることから始めました。
当時は若く貯金もなかったので、ゲーセンにそれほどお金をかけられず、2〜3人育てて終わりましたが、なんだかんだ面白かったので勢いでXbox360を購入。いわゆる箱マスをプレイして、全キャラプロデュースしました。
それからはニコニコ動画の二次創作を楽しんだり、CDを買ってみたり、ゼノグラシアにガッカリしてみたり(美少女ロボ作品としては面白かった)、新作が出れば購入しました(DS含む)
律子が好きだったので、アイマス2は少し残念に思いつつも育成ゲームとして楽しみました。
そんなこんなしているうちにアニメ化。毎週楽しみながら観ました。色んな意見はありますが、自分にとって、とても満足できるアニメでした。
少し経ってから発売されたアイドルマスターシャイニーフェスタ。MUSIC♪のムービーは本当に感動でした。とうとう13人のステージが、プリレンダムービーだとしても見れた。アニメーションの方もすごく素敵で、文句のつけようがない出来でした。
……そこで一度、アイドルマスターへの満足度が一定量に到達したのだと思います。
自分にとって、シャイニーフェスタのMUSIC♪は、そこまでのアイドルマスターのエンディングでした。
ゲームはやってたけどDLCは好きなのしか買わなかったし、新曲の少ないCDはスルーしたし、グッズ類には興味がなかったから調べもしませんでした。
声優のライブには興味がなく、ゲームの初回限定盤くらいは買ったけれど、アニメのBDすら買いませんでした。
好きな作品だったので展開があったら触れる、ということを繰り返していたら、知らないうちに古株になってしまいました。
だから、シャイニーフェスタまで遊び終えたとき、自分はアイマス卒業する気でした。
何故なら、時系列的に少し遡りますが、自分はモバゲーのアイドルマスターシンデレラガールズを遊んでいなかったから。
杏仁豆腐さんの絵は可愛くて好きでしたが、当時、ソシャゲはギャンブルみたいに大金を注ぎかまされる怖いものだと思っていたし……正直に書いてしまうと、新規キャラクターが多すぎて馴染めませんでした。
シンデレラマスターのCDが出た時も、たまたま、あんずのうたとNever say neverだけ視聴して、あまり好みではないので他を聞きませんでした。(あくまで個人の好みの話で、曲そのものはいいものだと思います)
あのとき、ショコラ・ティアラかこいかぜを聴いていたら、モバマスに手を出していたかも。ただの、たらればですけど。
特に根拠もなく、アイマスは世代交代するのかな。その次世代はこのモバマスの子達なんだろうな。でも、自分はその次世代まではついていかなくていいかな。
そんな風に思っていました。
そんな感じでアイマスから遠ざかっていたので、このままアイマスは卒業かと思っていたんです。
少しだけ空白の期間が続きます。
この時期は、アイマスに関しては旧作のファンというスタンスでいたので、大した記憶もありません。
そのままフェードアウトするつもりでした。
ところが、その後オタクとして熱中できる作品のない時期に差し掛かりました。ぶっちゃけ、追いかける作品が見つからず暇になってしまったんです。
何か面白いものはないかと色々調べていたら、アイドルマスターミリオンライブにたどり着きました。
非常に長くなりましたが、こうして自分はミリマスに出会ったというわけです。
と言っても、ミリマスのことを全く知らないわけではなく、実は50人verのThank you!が出た時に一度だけ視聴していました。
ただ、その時は惹かれなかった。
ジャケットもごちゃごちゃしていて好きじゃないし、合唱曲みたいな人数での歌はつまらない。やっぱりソシャゲのアイマスは合わないな。
そんな風に感じて、すぐ興味をなくしました。
それから少し経って。
その頃にはCDも何枚か出ていて、いわゆるLTPシリーズですね、それを試聴しました。暇すぎたので、元から765プロの13人の曲だけでも聴こうかな、そんな動機で。
聴いたのは、LTP02。Legend Girls!!のサビが気持ちよくて、あ、好きかも。そう思いました。
キラメキ進行形は、好きな曲のひとつであるSTART!!みたいだなと思って気に入りました。
こんなに曲がいいなら、他の新キャラの子の曲も聴いてみようかな?
それで、トキメキの音符になってを視聴。……刺さりました。
別に星梨花Pではないんですが、可愛い曲や可愛い声が好きなので、これはツボでした。
すっかりこのシリーズが気に入り、他のCDも聞き、TSUTAYAのレンタルで集めました。
ドラマパートを聞いて、この新キャラたち結構面白いかも、とキャラクターにも興味を持ちました。
CDを買わないあたりがゆるいオタクたる所以なのですが、今となっては買っても良かったな、なんて少し後悔しています。
とにかく、ここからじわじわとミリオンライブにハマっていきます。
CD集めと並行して、GREEに登録し、いわゆるグリマスを始めました。マイデータで確認したら、2013年10月5日。なんとも中途半端。
うっすら残っている記憶では、確か歩上位の海賊イベント中だったかな?定かではありません。
やっぱり最初は765AS目当てでした。でも、触れていくうちに興味は新しいキャラたち……シアター組に移っていきました。
自分にとって765ASは、良くも悪くも散々過去のゲームで触れてきた存在なので、それほど掘り下げを必要としませんでした。
今こうして、自分のゲームデータを振り返っていると、すごくゆるいオタクなんだなあと感じます。
アイドルマスター3回、トップアイドル1回、称号はキングオブプロデューサー。
課金は自分なりにしていたし、デッキも極大以外は19コストと20コストのカードで埋まっています。
でも、潜在スキルはロクなの持ってないし、親愛度1000まで上げられた子は5人だけです。
ログインし忘れた日も結構あるし、キャラバンの最後の方は不機嫌だらけだったし、体力なんてしょっちゅう無駄にしてました。ずっと遊んでいたことは遊んでいたけれど、ライトユーザーでした。
最初の方は輪をかけて適当に遊んでいたので、かなりスパドリとか無駄にしました。適当にテキスト読んで、適当にカード育てて、ルールをゆっくり覚えていって。
その頃は営業中に流れてくる立ち絵がランダムで、こんなカード絵もあるんだ。可愛いな。でも動作が重いな。なんて感じてました。
スキルアップの小鳥さんが当時は貴重だったんですが、それも知らず普通に使っていました。今にして思えば、初心者の頃はバザーに出してカードを集めた方がよかったかも。
杏奈がゲーマーだと聞いて、当時知っていた数少ないモバマスのキャラであるあんずをイメージしていたら、全然違って驚きました。
朋花もです。時子さまと比較すべきなんでしょうけど、その頃は蘭子しか知らなかったので、曲も似てるし蘭子的な子かと思っていました。違った、自分の存在を自負している子だった。(でもある種の中二病だよね)
静香も意外だった。千早みたいなキャラかと思ったらずっと子供っぽかった。暗い過去に縛られているんじゃなくて、きちんとしたお家で育てられた、反抗期の、夢を持った女の子だった。
歩とジュリアのキャラが被ってると思っていました。被るどころか、全く違う方向性のキャラでした。最初に見たSRが歩だったので、美人な子というイメージでしたが、可愛いヘタレっ子でした。
本当にゆるく遊んでいたので、思い出すことは些細なことばかりです。
ラウンジイベで、風花のどすけべなSRをボックスガシャから引いたこととか。
海美はサンタの印象が強くて、うみみといえばサンタって何故かしばらく思ってたとか。
その頃は恵美が気に入っていたので、バザーで18コストのカードを初めて手に入れたとか。
(ガシャは引きたくなかったので、ドリンクを買ったんです。これが初めての課金かな)
プレイするうちに志保が気に入ってきたので、余っていたグリー通貨でガシャ回したら、ランドセル志保をあんたんしたこととか。
でも、その頃ゲームの仕組みをわかっていなくて、もう一枚志保を引かないと覚醒できないと思って、天井まで回しちゃったとか。……ただのアホなんですが、今となってはそれも思い出です。
まとめサイトなどを見るようになりました。
他のプロデューサーたちが語っている内容から、まつりの二面性や、美也の実は情熱的なところを知りました。
紗代子の熱血な性格や、美奈子の変わった嗜好を知って、少しずつわかりにくい個性が見えてきました。
そんな風にまったり楽しんでいる中で、劇場版アイドルマスターのことを耳にしました。
作中にシアター組が登場することも、やがて情報として出てきました。
ミリオンライブ全体を好きになってきていたので、シアター組がアニメで動くのが楽しみでした。
いずれ、アニマスの続編としてアニメ化したりするのかな、そんな風にワクワクしていました。
その頃のデレPは大層歯がゆい思いをしたであろうし、シアター組に抵抗のある765Pの気持ちも、モバマスにハマれなかった身としては理解できます。
長年オタクやってる身としては、ネット上の発言は何割か差し引いて聞くようにしています。
それでも、悲しかったなあ。
劇場版アイドルマスターは楽しめました。成長した雪歩や千早、プロデューサー仲間という立ち位置だからこその律子の魅力、美希や伊織の立ち位置、そして春香の答え。
765ASの映画としてはいいものでした。マスターピースも繰り返し聞いて好きになりました。
でも、シアター組に関しては悲しい思いが残りました。
キャラクターがグリマスと結構違っていて(というか、悪い部分だけピックアップされたような描写だった、と感じました)、グリマスを知らない人たちから誤解を受けてしまっているのが、ただ悲しかったです。
誤解というか、悪意がある人もいたと思います。
なんというか、あの映画以降、ずっともどかしく感じていました。
グリマスのキャラクターって、結構面白いから、一緒に楽しみたいのになあ。
ただ、それだけの事がうまく伝わらなくなってしまった気がしていました。
多分、本当に最近まで、この齟齬は自分の中に存在し続けていたように思います。
アイドルマスターの他シリーズの話になりますが、その時の悲しい気持ちがあったからこそ、アイドルマスターsideMやシンデレラガールズのアニメ化の際に、積極的に作品に触れてみようと思いました。
先入観は良くないなと。
流石に今更モバマスを始めるのは辛かったので、アニメ化からになりましたが、触れてみた結果だけを書くと、結構楽しかったです。
いい曲にも沢山出会えましたし、アニメもデレステもいい作品でした。大勢の名も知らぬキャラクターたちを、ある程度知る事ができて、変な先入観は消えたと思います。
sideMは元々、Jupiterが嫌いではなかったので、普通に楽しめました。ゲーム内の漫画が面白いので、ちまちまそれを読むのが好きでした。
ただ、好みとかタイミングの問題だと思うんですが、最終的に一番好きなアイマスはミリオンライブ、という結論に落ち着きました。
一番大きかったのは、気まぐれに応募したミリオンライブの2ndライブ。ゲーム内先行があったので、気まぐれに応募してみたんです。
で、1日目だけ当選したので、初めてアイマスのライブに行きました。
1stライブのBDも買って見てみました。
想像よりずっと出来が良くて、あと失礼かもしれないのですが、声優さんが思っていたよりずっと可愛らしくて、本物のアイドルのライブを見ているような気持ちになりました。
2ndライブは、現地の空気感なども関係あると思いますが、1stよりもずっとパワーアップしていて、素晴らしいステージでした。
その感動冷めやらぬまま、アイマスの10周年合同ライブも、LVからですが両日参加しました(現地は全て落選しました)
ライブそのものも本当に素敵で、沢山泣いてしまったのですが、最後の告知で涙腺が決壊しました。
ミリオンライブ3rdライブ、全員参加のツアー。そしてアニメーションPV。直後に歌われたDreaming!……期待しました。ここまで抱えていたもどかしさを払拭して、ミリオンライブもみんなに知ってもらえる機会ができる予感がしました。
なにより、その頃はキャラクターごとの出番の格差について、たまにファンの間で議論が起きる風潮があったので、全員出演のライブは本当に嬉しかったです。
2ndライブ連動のグリマスのイベントは、報酬が全員でなくて少し残念でしたけれども。
そのあとは少し苦しい期間が長かったので、省略します。
相変わらずまったりグリマスを遊んで、CDを買い、漫画も買い、ライブはLVやBDなどで楽しみ、他のアイドルマスターシリーズからは少し遠ざかってしまいましたがそちらも応援はしつつ、自分のペースでミリオンライブというコンテンツを追いかけていました。
自分にとっては結構長い時間が経って、4thライブの最終日、半ば諦めも覚えつつあった中で、ミリオンライブシアターデイズの発表がありました。
続けて流された4周年記念のアニメーションPVは、涙せず見ることはできませんでした。
いつのまにか、ミリオンライブが一番好きなコンテンツになっていたことに気づいて、自分で驚く始末でした。
ライブに参加するためにCDを複数買うことはしませんでした。(ダメ元で1枚分応募していましたが、リリースイベントまでは応募しませんでした)
ゲームのイベントなども、本当にたまに、お金や時間に余裕のあるときに、1枚取りする程度でした。
だから、熱心にグリマスをやり込んでいた人たちみたいに、グリマスが実家みたいなものとか、ミリシタとグリマスは違うものなんだとか、そこまでのことを言える自信がありません。
自分にとってグリマスは、結構古くさくて良くない部分もあるけれど、今までで一番愛着を持ったゲームでした。
自分なりに時間もお金もかけたけど、それに後悔が全くない程度には、入れ込んでいるコンテンツです。
そりゃ、細かいことはグリマスと違うかもしれません。シナリオなどの面でも、ブラッシュアップと感じる部分もあれば、改変だなと感じる部分もあります。
でも、ずっと気に入って追いかけていたミリオンライブのキャラクターたちは、ちゃんと生きてミリシタに転生したなって、語彙力がないので表現するならそういう言葉になっちゃうんですけど、そう思うんですよ。
「すごく寂しいのはわかるから、今は色々感傷に浸るのもありだと思うけど、そのあともちゃんと楽しめそうだよ。一通り悲しんだら、リセットして一緒に楽しもうよ」
もちろん、本当に今悲しんでいる人に直接言うつもりはないですが、こんな風に声をかけたいような気もします。
もっとずっと真剣にミリマスが好きな人には、響かない言葉なのかもしれません。
でも、せっかくここまで応援してきて、それが実って、一歩また進んだんだからさ。
できれば、みんなで楽しみたいな。新しくミリマスに触れてくれた人も、昔から応援してる人も関係なく、盛り上がれたらいいな。
……ただの思い出話を書くつもりが、なんだか誰かに向けてのメッセージみたいになってしまったので、収集つかなくなる前に終わりにしようと思います。
最後に。
グリマスに向かってこれだけ言いたい。
今まで本当にありがとう。とても楽しかったよ!
これからもアイドルマスターミリオンライブのいちファンとして、グリマスが育ててきたキャラクターたちを応援していくから、安心してね。
本当に、お疲れ様でした。