はてなキーワード: お祭り騒ぎとは
言いたいことはわかるけど、
喜び だと、なんか、こう、お祭り騒ぎというか、ワッショイワッショイとか、そういった雰囲気がするから、性の喜びじゃない気がする。
悦び だと、淫らな響きがするから性の悦びは自発的というか、秘密な香りがする。おじさんも多分、悦びのほうで言った気がする。
呑むとかはそうだと思う。なんか、呑むって丸呑みするみたいなイメージがあるから好きじゃない。
何年ぶりかって感じで「政治汚職」的な感じでマスコミもお祭り騒ぎをし始めて懐かしい感じがしている。
こうなるとどうやって決着がついたら、この問題が収束するのかなぁって思い始める。
長期的に見れば、
ことで決着ということだろうが、メディアのお祭り騒ぎはそこまで続かない。途中で必ず収束する機会がある。ここまで騒がれたものを収束させるには、何かしら鬼の首をとる成果を挙げねばならない。
最大の決着は
・安倍総理の辞任
だろうが、そこまで追い込まれることも、追い込める状況に持っていくことも、現状を見ると難しそう。
近々、安倍総理が自民党総裁の3期目をするための党則改正を図る自民党大会があるけど、そこで
・安倍総理が3期目断念
なんかを表明したら、それはそれで「責任とった」とメディアは収束していくだろうか。でもそんな話を安倍総理がすることもないだろう。
こういう決め手がない中でのお祭り騒ぎとして、思い出すのはヒューザーの耐震偽装マンション事件。設計士が全部悪かった、なんて結末になったが、販売者のヒューザーもいろいろ疑われて証人喚問までされた。でも結局、今思えば「あれ何だったの?」と笑い話だ。世間は、証人喚問をしたという事実を持って満足し、お祭り騒ぎは収束していったように思う。となると、
が収束のポイントになるかな。でも絶対与党が反対してるから、そういう話にもならないだろう。当面は、
・小学校の認可の可否
が、報道のお祭り騒ぎの一旦の収束ポイントとして見越しているのかな。却下されれば非常に現実的な成果として、騒ぎの決着にはピッタリだ。
ただ、一つ不安なのが、こういう騒ぎの決着には別要因もあるということだ。2011年、当時の菅直人総理は在日外国人から献金を受けていたとして、自民党、特に安倍氏のようなウルトラナショナリスト議員から追及を受けていた。それが一旦有耶無耶になったのは、3.11で
・大震災が起きる
ということがあったからで、つい先日、福島沖で震度5弱の地震があったばかりで、政界スキャンダルの渦中の地震として、3.11の前震と被って見えた。3月11日を前に一抹の不安がよぎった。
http://lite-ra.com/2016/12/post-2777.html
「プーチン訪日で北方領土返還」という話は、一体どこに行ってしまったのか──。本日、安倍首相とプーチン露大統領が共同会見を開いたが、発表されたのは「『新たなアプローチ』に基づく(北方領土での)共同経済活動を行うための『特別な制度』について、交渉を開始することで合意した」というだけ。しかも、正式な共同声明すら出せず、「プレス向け声明」というよくわからないものを発表しただけだった。
つまり、あれだけ安倍首相は北方領土の返還に浮き足だっていたのに、結局、日本が3000億円にものぼる経済協力で貢ぐだけ。“共同経済活動は北方領土問題解決への重要な一歩”などと言うが、そんなわけがあるまい。実際、先述したプレス向け声明にも、「北方4島の帰属問題に関する記述」はなし。つまり、安倍首相はプーチンの手のひらで転がされていただけだったのだ。
4島返還から歯舞群島、色丹島の2島引き渡しという妥協までし、官邸が騒ぎ立ててきた「プーチン訪日で北方領土返還」は、何ひとつ進展せず終了──。こうした結果は首脳会談前からわかっていた。現に今月13日に公開された日本テレビと読売新聞による単独インタビューで、プーチン大統領は「ロシアは領土問題はまったくないと思っています」と明言さえしていたのだから。
しかし、呆れるのは、この間のテレビのバカ騒ぎだ。プーチンは3時間近くも遅刻、その段階から安倍首相は足元を見られていることがあきらかだったのに、「プーチンは遅刻魔だから」とこぞってフォロー。なかでもワイドショーはお祭り騒ぎで、旅番組のごとく山口県大谷山荘の温泉や長門市の観光スポットを紹介し、「プーチンは日本酒をお気に召したらしい」「温泉での裸の付き合いはあったのか?」「ディナーではふぐ刺しを食べた」など、どうでもいい話ばかりを伝えた。
他方、あれだけ盛り上がってきた北方領土返還については、一転、「ハードルが高そう」などとあからさまにトーンダウン。しかし、ワイドショーは安倍首相の外交力を褒め称えながら、会談の焦点を「北方領土返還」から「北方4島での共同経済活動」へと巧みにシフトチェンジさせたのだ。
たとえば、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)では、昨日、同番組で“安倍首相に大谷山荘へ2回連れていってもらった”“相当仲良くならないと連れていってもらえない”と自ら語り、御用ジャーナリストっぷりを恥ずかしげもなく開陳した山口敬之氏が、本日も解説者として登場。昨日の会談後に安倍首相などに取材し聞いた話として、こんな解説をはじめた。
本当は好きではないのにアニメや声優やゲームでキャッキャしてるフリをしている人はけっこういたのではないか。
現実においても自分の精神にアドレスが記入され、オタクというレッテルを貼り、それをアイデンティティにできたから。
二次元文化は、世の中に夢中になれるものがなくて、誰ともつながれない僕らの最後の居場所だった。
本当に好きな”真のオタク”の周りで、必死に付け焼き刃の知識をつけながら分かった風な顔して頷くしかない。
リア充のまわりに必死にしがみついてる、擬態した偽リア充を”キョロ充”と呼んだけど、同じように僕らは”キョロオタ”だった。
僕らキョロオタはお互いに心の目配せをしていた。
「わかっているよ、君も同じだろ」。
でも、この10年くらいで、二次元はライト層を大量に呼び込むようになった。
ライト層は、ものすごく器用に二次元を楽しむ。二次元で本当に素直に笑える。
人にも公言できる。アニメのグッズを身に着けて、堂々と町を歩ける。
彼らはなんて楽しそうなんだろう。
そのことに気付かされた時にお祭りは終わった。
祭りの隅っこではにかみながらお互いを確かめあえた仲間たちは人混みに攫われて消えた。
今の僕に居場所はない。
僕が勝手にそう思っていただけで、居場所なんて最初からなかったのかもしれない。
二次元がテレビで取り上げられ、市民権を得ていく光景をどこか誇らしく思っていた00年代が懐かしい。
自分が世界に承認されたように錯覚できたあの頃に、僕と世の中をつなぐ紐帯は擦り切れ始めていたのだなあ。
今はもう二次元に興味がない。
それは僕にとって世の中にも興味を失っていることを意味している。
ドラえもんじゃないけれど、僕は世界から1センチだけ浮いている。
つなぎとめる何かが欲しい。でもそれはまだ見つからない。
恋人でもいれば違ったのかな、と思うこともあるけれど、すぐにそれを打ち消す。
二次元への態度と同じように、僕は猛烈に燃え上がることが出来ず、恋に恋することしかできないだろう。
みんな忙しいのに集まってもらって、ごめん。でも、もう限界だったから。
まずは、ねえ、青森ちゃん。青森ちゃんってさ、私が想うほど私のこと意識してくれてないよね。知ってる?青森ちゃんってさ、私にとって日本の中で唯一のお隣さんなんだよ。でもさ、青森ちゃんにとってはお隣さんが二人もいる。秋田ちゃんと岩手ちゃん。しかもきちんと地続きになってる。
だからさ、青森ちゃんは私のことお隣さんって認識してくれてないんじゃないかな?って不安になっちゃうんだよね。山形ちゃん、宮城ちゃん、福島ちゃんとも東北っていうひとつのグループになってるみたいだし、もう完全に私の入り込む隙間なんてないんじゃないかなって…。
グループって言えばさ、日本をブロックごとに分けたとき、一人ぼっちになるのって私だけなんだよね…。東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州、沖縄…。えっ?沖縄ちゃんも単独だよって?うん、いや、そうなんだけどね。…ほら、沖縄ちゃんって、たまに『九州・沖縄地方』って分けられてるじゃん。…ずるいなって…。
え、ううん、そんな。沖縄ちゃんのせいじゃないよ!悲しい顔しないで、沖縄ちゃん!私、実は沖縄ちゃんが一番気持ちを分かり合える相手なんじゃないかなって思ってるんだから!ほら、通販で『※北海道・沖縄・その他離島は送料が異なります。』って書いてあったとき、ガッカリする気持ちとか。
日本の中でも最北と最南で、端っこ同士通じ合うものがあるっていうか。ね、だからもしも、都道府県の中でペアを組むことになったら、沖縄ちゃんは私と組んでくれるよねって信じてるの。
え?嫌だなみんな、そんな顔しないでよ。もしも。もしもの話じゃん今のは。待って。本当にペアを作れって言ってる訳じゃないから。ねえ。ひそひそ話しないで!みんなも分かってるでしょ。47都道府県。奇数。ペアを組んだら誰かが絶対余ることになるって。私怖いの。もしその時が来たらって。誰とも地面が繋がってないから、不安なの。
同じく地面が繋がってない沖縄ちゃんも、さっき言ったみたいに九州グループと親密だから…。九州は7県、奇数だよね…。だから、沖縄ちゃんを入れてうまいことペアを完成させちゃうんじゃないかなって…。
でも、でもさ、面積が大きいことで有名な私だから、逆に面積の一番小さい香川ちゃんと組むのもありかなって!ねえ、香川ちゃん。徳島ちゃん高知ちゃん愛媛ちゃんとくっついてないで、ちょっと聞いてよ。私、面積以外にも全国一位なものがあるんだ。何だと思う?それは、小麦の生産量。
あ、その顔はもう気付いた?そう。小麦ってさ、うどんの原料なんだよね。だから、私と組んでくれたら、いくらでもうどんが作れちゃうかも、なんて。
冬は雪が降るから、水不足になることもそうそうないし。もちろん、組んでくれなかったら小麦あげないなんて意地悪は言わないよ。言わない、…はず。忘れないでね。小麦だよ。こ・む・ぎ。
東京さん…、いや、東京ちゃん。なんか、東京ちゃんってみんなの憧れだし、やっぱり首都だから、別格って感じがして近寄りがたいけど、同じ日本の仲間だもんね、ちゃん付けで呼んでいいよね。東京ちゃんと私にも、みんなとは違う共通点があるんです…あるんだよ。
それは、唯一の『都』と『道』ってとこ。府は大阪ちゃんと京都ちゃんで二人いるし、県なんて43人もいるけど、都と道はそれぞれ私たちだけ。私達のためだけに用意された呼び名っていうか。その辺がやっぱり、私とペアを組む理由に…、あ、それだけじゃ弱い?うんとね、じゃあ他にはね…あ、埼玉ちゃん神奈川ちゃん千葉ちゃんと一緒に行っちゃった…。
あとは、あとは、うーんと…。どうしよ、他の子はあんまり分かんないよ…。え?知らなすぎるって?ちょ、ちょっと待って、そんなに責めないでよ…。
…ひどいよ!だってしょうがないじゃん!みんなは隣りあった子とか近くの子について詳しくなってくだろうけど、私はそもそも隣の子が青森ちゃんしかいないんだってば!
地理の授業で都道府県を埋める問題だって、みんなは北海道と沖縄と自分の場所は普通に分かるから最低3点は取れるんでしょ!?私はその最低点がそもそも2点のとこからスタートするの!不利じゃん…。
はあーあ、いいな。『隣県』なんて言葉、私も使ってみたかったな。いいよねみんな。場所によっては電車で隣の県に行けちゃったりさ、何なら徒歩で行ける場合もあるんだもんね。私なんて道内を移動するだけでもとんでもない時間がかかるのに、徒歩で出たりなんかしたら海にドボンだよ?分かる!?
ていうかさ!いつも気になってたんだけど、みんなって私だけに距離置いてる感じだよね!…とぼけないでよ!私のことだけ!呼び捨てにしてくれないじゃん!石川県は石川!福井県は福井!なのに!私のことは北海って呼んでくれないじゃん!あ、ごめん二人とも、人の名前っぽいから例として出しちゃっただけ…。とにかく、みんな私を北海って呼んでよ!誰も今まで呼んだことないから、とか関係ないの!
ほら、試しに呼んでみてよ島根ちゃん!あ、ご、ごめん鳥取ちゃんか…。二人ともよく似てるから…。なんて、こういう風にセットでいじられるのもすごく羨ましいんだよ。双子みたいで。私も誰かと間違われてみたかった。でも二人と同じ中国グループの子たちはさすがに見分けがつくんだよね?山口ちゃん、岡山ちゃん、広島ちゃ…広島ちゃんはお祭り騒ぎでそれどころじゃなさそうだね。
誰かいない?私とペアになってもいいよって子。ペアになってくれれば、触らせてあげる。そう。北・方・領・土。自分の一部だけど、デリケートだから簡単に触っちゃだめみたい。でも、組んでくれるなら特別に…。
…やめよっか。なんか悲しくなってきちゃった。こうやってみんなを集めて、自分勝手に喋ったりなんかして、ますます孤立するだけだよね…。ううっ…。
…え?そんなことないよって…?「食べ物が美味しい」…「梅雨がない」…「観光地として人気がある」…「ごで始まるあいつがいない」…そ、そんな…。みんな、ありがとう…。そっか…。私、一人で勝手に仲間外れにされたような気になってた。そうだよね。47人みんなで一つだもんね。ありがとう!元気出た。
また年末にでも集まろうよ。私、得意の美味しい料理でもてなすからさ!「年末に北海道は勘弁して」あ…。そ、そっかあ…。
<終>
ポケモンGOが出てからは、自分も少しやったり、普段ゲームしない嫁もやってたので、すごいゲームだなぁと思っていた。
ポケモントラブルのニュースは、他人事のように「すごいなー」と思ってみていたのだけど、一時的とは言え、まさか自分の生活に影響あるとは思ってもなかった。
ので、近隣住民として感じたことを書く。
ネットでバズってはいたけど、個人的には、あまりこれは感じなかった。
確かにゴミが目立ったし、普段から公園つかってる人からしたら単純に邪魔にはなっていた。
ランニングコースにも人がたくさんいたし、散歩もする気にならない状態だった。
けど、これは単に「人が集まりすぎた」というだけな気がしている。
世田谷公園のゴミ箱は、少しあふれたりしてることは元々あったし。
(もちろん、ところかまわずポイ捨てもかなりあったから、マナー悪い人も混じってはいたと思うが。。。)
世田谷公園は、週末にもなると、昼間から楽しくお酒のんでたり、日焼けしてる人たちもいる。
人によっては嫌な人もいるかもしれない。
けれど距離感を保ててるので、お互いが譲り合えていた。
ポケモンのプレイヤーもあんなに大挙してこなければ、距離感を保てたんじゃないかと思う。
公園というのは、みんなの場所なので、ポケモンGOだろうが、なんだろうが、「おまえだけの場所じゃねぇだろ」と言われればそれまでなのかもしれない。
きてる人は誰もわるくないんじゃないのかな?とおもいつつ(ごみ捨てる人とかは駄目だけど)
一方でポケモンGOの提供会社はそれでいいのか?という疑問はわいてきた。
普通、企業が撮影だとか、イベントだとかを公園なんかでやろうとすると許可はとらなきゃいけないんじゃないの?と
人が集まってメリットがある場所は喜ばれるとおもう。商業施設と観光地とか。
今日の選挙とかも、投票場にポケモン出せばいいのにとかおもったし。
けど、今回の公園の件は、ポケモンに興味のない住民からしたらデメリットしかなかった。
公園つかわないで、企業がスペース買い取って、そこに配置してよとすら思っていた。
サッカーの日本代表戦とか、ハロウィンのときのお祭り騒ぎのときも、やだなーって思う近隣住民の人はいると思う。
自分も今回、(たぶん)そんな気持ちになった。しかも一日で終わらず毎日続くっていうのが気が重かった。
はやくブーム終わってくれないかなとも思った。(今日は少し落ち着いたようだ)
ポケモンGOは、これだけ話題になるってことは、イノベーションを起こしているのだろうとも一方で思う。
それで、まだ(暗黙にしろ)ルールとかが追いついてないんだろうなと。
開発会社も想定してなかっただろうし。ルールでガチガチに縛られて、しずんでいくサービスはたくさんあって、そうはならないで欲しい。
レアで強い?ポケモンがちゃんと分散したり、いろんな場所に出たりするとか、解決策はいろいろないのかな?
(やりこんでないので、よくわからない。ファンの間からいろいろアイディアが出てくるといいな)
「ランニングしてる人もいて、犬の散歩してる人もいる、ポケモンGOしてる人もいる。今日も平和やなぁ」っていう公園になるといいなと思う。
地域差別主義者id:gudachan(グダチャン@gudahcan)のツイート選
2014年頃ははてなブログでホッテントリを量産していたgudachanでしたが、
2015年半ばにははてな民に飽きられ、2016年初旬にアカウントを削除しはてなから撤退しました。
その後は主な活動の場をTwitterrに移し、鍵垢でTogetterにセルフまとめを量産、
批判はされたくないが自分の意見は聞いてほしい複雑な心境を垣間見せました。
しかしやはり批判コメントをすぐ削除する、同じことしか言えないなど生来の性質が災いし、
Togetter参入から半月も経たずにTogetter民にも飽きられ、
今では閲覧数3桁止まりのTogetterやスパムまがいのNAVERまとめを日々生産しています。
そんなgudachanの最近の振る舞いについて何点かピックアップしてお届けします。
@***** 羨ましいです。私は1989年生まれですがちゃらんぽらんではないのにいい仕事に就けないです。ゴーストライターってどうやったらなれるんですか?
@***** コネってどうやって作るんですか?やっぱり首都大学を出ているからいろいろ機会があるんですかね。私もゴーストライターになれるよう頑張ってみますね
@bonchacchanga 首都大かどうかではなくてコネがあるかどうかです。コネと大学は関係ないです。初対面の人に挨拶もせず「俺はあなたよりマトモなのに羨ましい、色々教えろ」と言外に伝えたりしない最低限の礼儀があるかどうかだと思います。
ゴーストライターを名乗る人物が通知欄に出て来たので食いつく作家志望のgudachanですが、
@***** でもさ通知欄にゴーストライターいたらびっくりするでしょ。普通そういう仕事の人って見かけないですからね。もちろんセックスに明け暮れる10代があってもいいと思いますしそういう友達もいますが、礼節とかで抜きに本当にそういうのにつなげられるの良いなって思い巻いた
@bonchacchanga 失礼なことをして失礼だと指摘されたらスミマセンと謝れるかどうかとかも重要だと思います。
@***** この度は失礼な対応をしてしまい、誠に失礼いたしました。本当にゴーストライターでもいいのでモノカキになってみたいです
謝罪の前に言い訳が出てくる態度を指摘されたため謝罪モードに入るも、
「ゴーストライターでもいいのでモノカキになってみたい」とまたしても失礼な言い回しをしてしまいます。
@bonchacchanga ゴーストライターでもいいとか言うのやめていただけますか。私はこの仕事が大好きですし、とても馬鹿にされていると感じます。あなたはむしろ自己肯定感を満たすのが先なのでは。
@***** そうはいいますが、感情だけでは何にもならないですよ。こういう世の中の現状マジでどうかしたいと思ってて、ボランティアとかいろいろやってたことがあったんです。でもどこも一過性のお祭り騒ぎしかない。みんなで楽しくやっていれば自己肯定感は満たされますが何も残らない
@bonchacchanga はいはいありがとうございました。もういいですかね。自分語り乙です。私はあなたに興味がないです。
@***** 「●●乙」って言い方はネットジャーゴンなのであまりしゃべらない方がいいと思います。そういうネット原住民のような煽りっぽいやり方の人が読者を感動させる文章を書けるこないはずなので、いつかあなたよりも立派な作家になりたいです。ありがとうございました
他者との会話で何かにつけて長々と自分語りを始めるのもgudachan流コミュニケーションの特徴です。
自分が批判されている側にも関わらず相手がネット用語を使うとみるやすかさず指摘し勝利宣言。
ttp://archive.is/JbQMc
リプライの会話の流れでスゴイ怒られちゃったんだけどやっぱり理不尽だと思わない?コネがあってなんでもできる人がいて、コネがなければなんにもできない世界があるとか、俺そういうのばっかりな国に生まれたくなかったんだよな
@***** なんでそんなに発言トゲトゲしてるんですか笑 初対面の人に人間的に好きじゃないって言われると傷つきませんかね。私は憎悪ばっかりの世の中にウンザリです。もっと多様性と寛容が欲しい。奥田さんはコネもなにもありませんが怒りを爆発させて有名になりました
@***** まあそう怒らずに!私は人を傷つけるのではなく喜ばせるような作家になりたいです。Sae Moritaさんのようなキャラもいていいでしょう。でも、冷笑主義者ばっかりの日本になったら怖いなといつも思ってます
自分が批判されると「無礼だ」と言い出すgudachanでも、自分の無礼な振る舞いについては相手に寛容を求めるようです。
ttp://archive.is/rzjUW
Sae Moritaさんは本当に23歳なんだろうか。こんなの2000年代前半のちゃねらーみたいじゃん。こういう人でもゴーストライターになれるんなら、俺はもっといろんな人にワクワクさせるような作家になりたいなー
ttp://archive.is/HXa1G
やっぱあれかー。憎悪本がベストセラーになったり、永遠のゼロみたいな作家がカリスマになるのが今の日本だから、こういう人しか作家になれないのかなー。それも別にありだと思うけど、ファミコン世代のネット原住民をそのまま移植したような若者見るとホント気が滅入るね。中学生でもいるけどね
ttp://archive.is/eS8vT
あと、これは何も作家に怒っているんじゃないんだぞ。社会的状況が許せないわけよ。たがだかSNS上で、あんな全力でマウント仕掛けてくる人が「溜めこんでいない」わけがないでしょ。で、それにこそこの世の中の抱える問題要因がある
なんというか不条理?を経験している人特有のものってあるんだと思うよ。いや、正直自分の過去を振りかえってるときにいきなり罵倒のリプがきたらちょっと凹んじゃったけど、まさにこれはそっくりなものがあった
ttp://archive.is/mVHw5
自分から絡みに行って態度を批判されたのに、いつの間にかいきなり罵倒されたことになってしまいました。
「日本死ね」の次は「地方出身民は地方へ帰れ」に注目集まる!東京一極集中は日本版移民問題だった - NAVER まとめ
6:21 AM - 1 Jul 2016
ttp://archive.is/xb4ni
@***** それが、こういう問題もあるんで、一体なんですよ "日本死ね"問題や一票の格差に拍車?自民党「東京一極集中打破議連」の暴言がひどすぎた! - NAVER まとめ
6:48 AM - 1 Jul 2016
@***** 東京の意見はこうですね #保育園落ちたの私だ 騒動で地方のムダ問題に批判殺到「リニアより保育園や奨学金」と奥田氏 - NAVER まとめ
ttp://archive.is/bRROl
津軽選挙を話題にしている人を見つけるや否や怒濤のNAVERまとめ攻勢をかけて、
全ての元凶は地方の人間だという持論を展開するgudachanですが、
別に地方に限った話じゃないだろと反論されてしまいます。
ttp://archive.is/tzlw2
ttp://archive.is/3kyYY
ttp://archive.is/ClQuz
さっきの23歳ゴーストライターといい、なんで冷笑系ってナチュラルにタメ語で煽り口調でマウントふっかけてくるんだよ。ここはTwitterだろ。2chじゃないんだぞ
ttp://archive.is/CbBdQ
@***** 何で地方人の分際でそんなに偉そうなんですか。身の程を考えた方がいいですよ
ttp://archive.is/C5MqU
@***** 土偶寺次郎さん。やっぱりため口で人を罵るような命令口調はナンセンスですよ。こんな人間、私の地元の湘南だったら誰も相手にしませんって。東京都内でも同じです。これが地方人の本性だと私は受け取りました
ttp://archive.is/cQZSQ
さっきのゴーストライターといい、見ず知らずの人に炊飯器にへばりついたコメみたいなねばついたようなタメ語で誹謗中傷するのは地方の作法なのか?ネット原住民的だとは思ったが、ちょっと引くよ。こういう人間、東京にはいないでしょ
ttp://archive.is/Xlyv4
@***** 何で地方人って論理ではなく、感情でやってくるんですかね。それにしたってハマっ子や江戸っ子だったらケンカの仕方ってもんがあるでしょう。こんなノリの人、私の地元にも東京にもいません。だからあなたたちは嫌われるんですよ
ttp://archive.is/TUQpD
@***** そんなことはないですよ。神奈川県の人間はもっとも礼儀正しく謙虚です。ですから、多くの人が移り住んでくるんです。問題は、社会構造にあるんです。自民党は極めて「地方社会」的な政治集団です。あなたたちが今の政府を支配しているのだから、私たち都市の側の不満は限界です
ttp://archive.is/v36Xj
ttp://archive.is/Iz25D
タメ口には異様に厳しいgudachan、とうとう我慢できずに「地方人の分際で」「田舎者が」などの罵倒が飛び出してしまいます。
このように、彼には自分の主張を批判された際にとにかく相手の態度を問題にして自分への批判を無効化しようとする習性があります。
@t_wak 驚かせてすみません。あれは先方がタメ口・ケンカ腰だったのでつい「なんだ・・・?」と思ってしまったものです。ただ、あのような一方的な煽り方をされれば相手は誰でも気分を害すると思います。意見の違う人同志が話し合う時にこそ礼節は必要だと思いました
ttp://archive.is/SHV8d
@t_wak 湘南も40年前までは漁村ですし私も先祖は東北人です。他意はありません。ただ、立場の違いがあると思うんです。そこをちゃんとと認識してほしかった。私も日本会議のような歴史修正主義には反対で、若林先生のご指摘は日ごろより本当にためになっています
ttp://archive.is/J3UYj
@t_wak まったく軍隊用語を知りませんでした。私は旧日本陸軍から何も学んでないこと、反省がないことが今の全体主義的な風潮の原因と考えています。先生の著書『戦う広告』は今こそ読むべき書だと思い、知り合いに薦めています。失礼しました
ttp://archive.is/Phd1M
運悪く先の発言が拡散され、自分が支持する著名人の目に入ってしまった模様。
あくまで相手の態度が問題だと主張するgudachanですが、「あなたの本を読んでる、知り合いにも薦めている」と機嫌を取ることも忘れません。
この人は何でこんなにケンカ腰なんだ。俺も親は地方出身者だし、友人もかなりの割合地方出身者で、論点はそこじゃないのに・・・
ttp://archive.is/4U9cb
「地方出身の友人がいる」「親は地方出身」が何らかのエクスキューズになると信じてやまないご様子。
ttp://archive.is/wMhqy
とのことなのでここまで会話の流れをだいたい並べてみましたが、どうでしょうか。
これ笑 フォローさえしてない外野が好き勝手いいすぎでしょ。こうゆうネタ消費できればなんでもありみたいなネット原住民文化、匿名空間だけでやってほしい。一般市民を巻き込むなよと。中年ほどネチケットなさすぎなんだよね
ttp://archive.is/QTzH5
他人に難癖つけたり、囃し立ててネタ消費したいだけの人たちや、それにつるんでる連中、人としてやばいよね。小学生がクラスメイトいじめてるようなもんじゃん。こんなことを平気でやるネチケットのない人間を減らすためにネット上の憎悪規制が必要だよ
ttp://archive.is/6xuSu
やっぱりこうしたものは、農耕民族の致命的愚かさなんだよ。江戸時代レベル。これが家父長主義につながり、やがて自民党になる。それが凝縮したのが田舎者。なぜこんなことさえわからないのか。こうした人間に文明の産物のインターネットは100年早い
ttp://archive.is/DtsmH
@CCCP1917 トロールって言葉知らないんですか?あなたみたいなネチケットなきアカウント、欧米なら反社会的存在ですよ 島国日本のネット原住民に攻撃される欧米マスメディア関係者…「トロール」問題に関心高まる - NAVER まとめ
ttp://archive.is/nd43A
なんで俺が見知らぬ人に「限界集落のクソ老人」って罵られなきゃいけないんだろう。このかた今横浜にやってきてるみたいだけど、横浜だったらこんな無礼な田舎者はクニに帰れって嫌われて当たり前にきまってんじゃん
ttp://archive.is/vzm88
ネット原住民はみんなこうなんだよ。他人の想像力がない。思いやりがない。一方的に決めつけて罵る。こんな不寛容を野放しにする世の中もうやめてよ!って叫びたい
ttp://archive.is/o0F0C
「想像力がない。思いやりがない。一方的に決めつけて罵る」のは確かに良くないですよね。
@***** 初対面の人に挨拶もなしに心無い発言をぶつけるなんて、いったい何様ですか?新潟県ではそのような振る舞いが普通なんですか?
@***** 画面の向こう側には他者がいます。コミュニケーションは、内面にある自意識の発露ではなく、相手を想像して行うもの。新潟県の事情は知りませんが、東京ではこれが常識です。次回より気をつけましょうね
ttp://archive.is/t7XPg
「新潟と世田谷は人口が同じなのに新潟の方がインフラが恵まれているのはおかしい」という主張に突っ込まれると「心無い発言」だと相手を批判。
新潟在住とみれば地方蔑視することも忘れません。
欧米からは先端的な技術や文化や常識を学び、アジアには「中国4000年の歴史」とか、インドの山奥で修業して提婆達多の魂宿しちゃうみたいな歴史の神秘的憧れがあったし、「日本凄い!」ってやっぱ異質だし狂ってるし、ファミコン世代の自閉性と卑屈なくせに肥大化した自己愛が元凶だろ
ttp://archive.is/ENL4m
「日本すごい」の流行はファミコン世代の自閉性と自己愛が元凶と喝破するgudachan。
「自閉性と卑屈なくせに肥大化した自己愛」は確かに色々な物事の元凶かもしれませんね。
クラスの片隅にいるキモイ奴がこっそりひっそりノートに書いたメチャクチャな「理想物語」があったとする。プロットの前提からして狂っていて、それがその人の思考の枠組みにとって都合よくストーリーが進む。そういう奴ってやっぱり小学生のうちにツブしておかないといけないんじゃないか
ttp://archive.is/PYj7D
安倍首相や官僚のような内向的で独りよがりな発想が国を動かしていると指摘するgudachan。
本人に都合良く進むメチャクチャな「理想物語」で物事を考える人間は小学生のうちにツブしておくべきだそうです。
そして、無自覚な偏りを持った人は、それを指摘されたり、それを自認するようなシチュエーションになると、途端に凶暴になる。自己を客観的に振り返ることをしないしできない。理想と現実のズレに常に葛藤し、自分は一切努力せずに理想を求める。ネトウヨやヘサヨにも多いと思う
ttp://archive.is/uDqsY
無自覚な偏りに気付かず自己を客観的に振り返ることができない人間には確かに問題がありますね。
@YSD0118 そうなんですね。安田さんのようになりたい。見解や主義主張は異なりますが、こうした方を見習いたいと常に思っておりいまリプライ欄でご本人様より連絡きまして指ふるえてる状態です
ttp://archive.is/wRVnH
シールズに否定的な著名人に対し意見するも反論され「見解や主義主張は異なるが見習いたいと思っている」と相手を讃えるgudachan。
ところが……
@hajimaru2 武田 肇記者。ツイートをお気に入りにするのは構いませんが、できれば会話の相手であった私のツイートも読んでほしいです。フォロワー1万人を超える大学の先生よりも声なき声に注目するのが本来新聞記者の役目でしょう
@hajimaru2 私はリベラルというわけではなく隙あらば日本会議の議員や産経新聞の記者とも談笑しちゃう人間ですが、あの程度の冷笑系考察はネットの吐いて捨てるような書き込みで、人生の時間の無駄です。新しい流れに関心もってください
ttp://archive.is/5hKKA
新聞記者が先ほどの相手の発言だけfavしたのが気に入らなかったのか、
「あの程度の冷笑系考察はネットの吐いて捨てるような書き込みで、人生の時間の無駄」と喝破し、
自分の意見を聞くべきだといつものように自分で作ったNAVERまとめのURLを送り付けています。
俺も知人の自民党員に「党大会に来い」「暇なら自分の地元で市議をやれ」って誘われてるんだけど、基本的に自民党の政策でも共産党の政策でも気に食わないことは批判するタイプだから無理だと思うぞ。ていうかどれだけ人材が集まらなくなっているんだろうって不安になる
ttp://archive.is/hceKc
時々「自民党から出馬を打診されたことがある」と自分の有能さをアピールすることも忘れません。
早稲田あたりをでて丸紅に入るようなエリートっていいよなあ。ぜってー悩みなんかないだろ。高学歴で高収入でたぶん財政破綻しても首にならないし、外資にヘッドハンティングされるはず。絶対に安泰で、過労死もないよね
ttp://archive.is/CvKdr
想像力を働かせエリートには悩みなんかないことを明らかにします。
おそらく、gudahcan本人は自分が差別的な思考をしていること、本人が批判しているネトウヨと同じ思考洋式であることに全く気付いていないのでしょう。
3年前から特に変わっていないことが確認できたのではないでしょうか。
彼自身に影響力はほぼないとは言え、時々Twitterで彼のまとめを肯定的に取り上げる人も見受けられるので、
彼を象徴する最近の振る舞いについてざっくりまとめてみました。
参考にどうぞ。
おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。
なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う
そんなわたしがひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある
自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしはゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である
だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしのアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない
けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている
具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい
テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている
その年のゴールデンウィークは、戸谷公人の誕生日イベントがあり、新宿御苑のサンモールではたしかDステが行われていたように思う
当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。
わたしはというとバースデーイベントのチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた
2010年はそんな年だ。
アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。
赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。
特撮で言えば、丁度2009年が平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。
とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしいおたくがたくさんいた
他のジャンルにも目を向けて行こうと思う
例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である
アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている
2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている
では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。
わたしが小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった
しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。
そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルはわたしの視界には入らなかった
むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしはグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない
(小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)
中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)
イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年がお笑いの盛り上がりのピークと捉えている
思えばわたしはエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。
小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。
高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校の文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエのミッキーを踊った
やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭のクラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマでキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒをエンディングで踊った。
週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい
ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞、KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズのメンバーの名前をポスカで書いていた
力尽きたので、つづく。
エンターテイメントが死ぬかもしれない話
⚫︎前提
・元々自分のfc2ブログからの転載です
・とにかく長い
・とにかく辛口
・怒らないでください
おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。
なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う
そんなわたしがひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある
自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしはゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である
だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしのアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない
けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている
具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい
2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。
テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている
その年のゴールデンウィークは、戸谷公人の誕生日イベントがあり、新宿御苑のサンモールではたしかDステが行われていたように思う
当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。
わたしはというとバースデーイベントのチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた
2010年はそんな年だ。
アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。
赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。
特撮で言えば、丁度2009年が平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。
とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしいおたくがたくさんいた
他のジャンルにも目を向けて行こうと思う
例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である
アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている
2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている
では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。
わたしが小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった
しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。
そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルはわたしの視界には入らなかった
むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしはグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない
(小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)
中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)
イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年がお笑いの盛り上がりのピークと捉えている
思えばわたしはエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。
小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。
高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校の文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエのミッキーを踊った
やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭のクラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマでキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒをエンディングで踊った。
週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい
ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞、KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズのメンバーの名前をポスカで書いていた
(ここで一度力つきた)
エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。
前回は2000年〜2010年あたりのアイドル、ジャニーズ、お笑いのジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った
では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく
まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである
当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい
ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年に向かって右肩あがりの時代だったんだと思う
それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う
現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している
ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である
変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつの国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている
そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる
元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、
新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している
村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である
例外ももちろんあると思う。
例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う
これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う
けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている
他のワンピースのおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない
かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない
こうして、村の中へと入っていくのである
村の中には色んな人がいる。
一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる
けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルのおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、
これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた
物事というものは、完全にゼロから創造されることはない
そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される
ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える
何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う
おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手だ
受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある
けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている
これは、若い子に限ったことではない。
マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である
そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、
レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタやキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)
村民おたくとマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたくの高齢化が止まらない
⚫︎「生産的おたくの少数化」とは
どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる
これは本当にかわいそうだ。
なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ
けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う
ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルでやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)
わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットやメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、
なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、
ジャンルやおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、
この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、
10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである
(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)
はっきり言って、おたくはおたくとして存在している時点で9割は凡である
だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである
素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる
DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)
ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、
ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする
その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、
よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)
ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う
なぜダメなのか、
まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ
ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンをプレイしたとは言えない
ので、布教ができないということである
例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく
まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる
おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい
というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う
言語化するには、その世界を知る必要がある。
何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない
けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい
そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる
なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う
けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない
特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている
自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、
自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない
そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う
だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつはエンタメがおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、
そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている
おもしろいエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う
けれど、今の日本においてそれが悲惨なのは、たまたま様々なエンタメのジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ
しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろいエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった
アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年〜2010年のドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない
仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう
モーニング娘。がミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく
お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない
バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない
芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方
がおもしろいに決まっている
お笑いのジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ
ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう
そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾はわたしと同い年なのでもう少年ではない)
セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない
じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では
ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい
関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛
けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください
若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である
アミューズがドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ
大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある
たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う
まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う
それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない
結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、
今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない
それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。
広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。
残念ながらわたしはスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでの Permalink | 記事への反応(0) | 11:26
エンターテイメントが死ぬかもしれない話
⚫︎前提
・元々自分のfc2ブログからの転載です
・とにかく長い
・とにかく辛口
・怒らないでください
おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。
なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う
そんなわたしがひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある
自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしはゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である
だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしのアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない
けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている
具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい
2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。
テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている
その年のゴールデンウィークは、戸谷公人の誕生日イベントがあり、新宿御苑のサンモールではたしかDステが行われていたように思う
当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。
わたしはというとバースデーイベントのチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた
2010年はそんな年だ。
アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。
赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。
特撮で言えば、丁度2009年が平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。
とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしいおたくがたくさんいた
他のジャンルにも目を向けて行こうと思う
例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である
アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている
2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている
では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。
わたしが小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった
しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。
そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルはわたしの視界には入らなかった
むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしはグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない
(小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)
中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)
イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年がお笑いの盛り上がりのピークと捉えている
思えばわたしはエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。
小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。
高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校の文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエのミッキーを踊った
やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭のクラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマでキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒをエンディングで踊った。
週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい
ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞、KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズのメンバーの名前をポスカで書いていた
(ここで一度力つきた)
エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。
前回は2000年〜2010年あたりのアイドル、ジャニーズ、お笑いのジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った
では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく
まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである
当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい
ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年に向かって右肩あがりの時代だったんだと思う
それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う
現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している
ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である
変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつの国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている
そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる
元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、
新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している
村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である
例外ももちろんあると思う。
例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う
これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う
けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている
他のワンピースのおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない
かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない
こうして、村の中へと入っていくのである
村の中には色んな人がいる。
一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる
けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルのおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、
これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた
物事というものは、完全にゼロから創造されることはない
そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される
ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える
何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う
おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手だ
受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある
けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている
これは、若い子に限ったことではない。
マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である
そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、
レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタやキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)
村民おたくとマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたくの高齢化が止まらない
⚫︎「生産的おたくの少数化」とは
どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる
これは本当にかわいそうだ。
なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ
けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う
ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルでやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)
わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットやメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、
なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、
ジャンルやおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、
この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、
10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである
(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)
はっきり言って、おたくはおたくとして存在している時点で9割は凡である
だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである
素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる
DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)
ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、
ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする
その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、
よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)
ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う
なぜダメなのか、
まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ
ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンをプレイしたとは言えない
ので、布教ができないということである
例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく
まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる
おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい
というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う
言語化するには、その世界を知る必要がある。
何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない
けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい
そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる
なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う
けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない
特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている
自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、
自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない
そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う
だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつはエンタメがおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、
そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている
おもしろいエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う
けれど、今の日本においてそれが悲惨なのは、たまたま様々なエンタメのジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ
しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろいエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった
アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年〜2010年のドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない
仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう
モーニング娘。がミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく
お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない
バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない
芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方
がおもしろいに決まっている
お笑いのジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ
ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう
そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾はわたしと同い年なのでもう少年ではない)
セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない
じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では
ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい
関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛
けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください
若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である
アミューズがドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ
大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある
たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う
まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う
それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない
結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、
今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない
それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。
広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。
残念ながらわたしはスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでの Permalink | 記事への反応(1) | 11:25
この本質は次の通り
・経済成長しない
もちろん政策としては金のバラマキ。
別にバラマキが悪いわけじゃない。
政府、つまり金を動かせる偉い人たちが集まって議論すると、必然的に
「国としてはベンチャー支援している人を支援しよう」という話になる。
で、じゃあ誰に金を渡すか?、という話になる。
という人が世の中に増え始める。
密室から漏れ出したカネの匂いが、頭の良い人達のハナでくんくんと探知される。
政府に対して「こんな成功事例がでました」という話を見せるためには、
いろいろな創意工夫がなされる。
まず金が余ってるか業界の疲弊にあえぐスキの多い業界や企業の動向に目をつける。
いいベンチャーがあったら買いますよという立場の人が、必ずいる。
次に、その分野で元気のいい学生を見つけ、金を渡して株を買い、プロダクトを支援する。
次に、いい具合にプロトタイプができたら、メディアのコネでお祭り騒ぎにさせる。
雑誌に載せ、新聞やらテレビに出す。雪だるま式にメディアに取り上げられる。
メディアは慢性的なネタ不足なので、とびつくネタには多数のメディアが飛びつく。
その他色々な方法で、これがイノベーションである、という絵を作り上げる。
例えばクラウドファンディングで何百万の金を集めた、という事実を作り上げる。
そして頃合を見て、出口にもっていく。
「こんなベンチャーあるんですけどねー」をチラチラさせ、
バクっと食べてもらう。
それだけでそれなりに美味しいけれど、同時にベンチャー支援の成功事例が手に入る。
私達に任せればイノベーションはokです、という形さえ手に入れば
あとは雪だるま式にカネは集まる。
ちなみに食わせるためには、色々な方法がある。
買収する側の企業の担当者にカネが流れる構造をうまく作るとか。
つまり、柏駅で貧乏で夢を追うシンガーソングライターに
音楽やら化粧の仕方やらを叩き込み、客がつくかどうかは関係なく、
この絵は普遍的で、世の中そこらじゅうにあふれている。
ラーメン屋を流行らせるために行列をわざと作らせるのも同じ話だ。
あの株価が吹き上がったという話を聞いた有象無象の個人投資家が
乗り遅れるな、と買いつけると、ほどなく暴落する。
すべてが飽食の時代だ。
うまい食い物も、快適な衣食住も、付加価値も、すべて行き届いた。
民は何も欲しない。
信用収縮でどんな財も消えそうで怖い。
世界は深刻なカネ余りだ。
みんなが求めている「イノベーション」
宣伝が下手すぎる。
俳優という職業においては自由に発言することは余程の力がないと難しいのだ。
結果としてそのインタビューでは俳優が好きな人にしか訴求できないのだから、キャストインタビューを主体にする宣伝は効果がない。
キャストインタビューはこれから見る人のためのものではなく、見た人のためのものであるべきだ。
お祭り騒ぎをすれば人が集まるという単純思考のために、中身をきちんとアピールできた広告は少ない。
知りたい情報は入ってこないが、他人が盛り上がっている情報だけが入ってくる。
邦画においての宣伝では、認知度をいかにあげるかにこだわり、映画として面白い部分が何かということを全く伝えようとしていないのだ。
そもそも作品がつまらないというならば、本来ならば宣伝する側は、その映画に伝えるべき面白さがないことを指摘して改善させるということができるはずだ。
しかし現実には悲しいことに映画を見る力がない人間が映画をつくっているから、面白さを宣伝のしやすさと勘違いして、どんどん改悪させていくことすらあるのだ。
ほうぼうから「考察は無用」と言われてきたシュールギャグアニメが無事に最終回を迎えた。
このアニメが大人気になったのには様々な理由があると思う。大人気声優を起用したとか、OPやEDの中毒性が高かったとか、六つ子が個性化したのがよかったとか。
私は、このアニメにおいて一番ウケた要因は「ありえないほど穏やかな一家団欒を描いたから」だと思う。
だって、普通こんな楽しい生活ありえない。8人家族、成人男性のニートが6人。現実世界だったら目も当てられないくらい荒んでいる。家の中はもっと散らかっていて汚いだろうし、家族間はギスギスしているはずだ。
けど、松野家の六つ子は実にのんきにたのしく日々を過ごしていた。将来を憂うことなく、過去を悔やむこともなく、何か重い責任感に押しつぶされることなく、ギャンブルして逆ナン待ちしてライブ行って猫と戯れて素振りしてスマホいじくって1日が終わる。チョロ松なんかは一応就活らしきものをしていたが、それもだいぶ形骸的なものだ。時々ハロワに行ったり求人誌や自己啓発本を眺めているだけで、資格勉強などに勤しんだ描写はない。そんな気楽な就活があるか。
ありえない。
けれど、彼らの世界ではこれが正しいのだ。だってここは赤塚不二夫の世界。ここでは各々がありのままに過ごすことが良しとされる。まさしく、この世に要るのは良い子だけ。
そんな「おそ松さん」ワールドだけれど、ご存知24話で崩壊の危機を迎えた。
おそ松以外の5人が「このままではいけない」と思い立ち、次々に松野家から飛び出していったのだ。
まず、チョロ松が会社員になった。
そしてカラ松がチビ太の家に転がり込んで頭を地面に擦り付けながら就職活動を始めた。
狂人・十四松は工場だか配達業だかのバイトのためにデカパン博士の家へ。
最後に一松が「これでいいんだよ、多分」と言い残して家を出た。
これでいいんだよ多分、という台詞の直後に赤塚不二夫の遺影が映し出されたのが印象的な、弟たちの独立のエピソードだった。
残されたおそ松は終始不機嫌。ヒロイン・トト子のデートの誘いにも応じないほど、自分の殻にとじこもってしまった。
盤石だと思われていたお気楽六つ子、ついに離散………というシリアス展開のまま、24話終了。
どうなる松野家、と視聴者誰もがドキドキしながら最終回放映を待ったことだと思う。
24話で描かれた悲壮な決意を「ワガママ」の一言で片付けた長男。
それに即座に応じて一瞬にして出戻ってきた弟たち。笑ってそれを眺める母親。
視聴者代弁役の父親だけはついていけず「仕事はどうした?」という真っ当かつ野暮な質問を投げかけるが「そんなの辞めた」とあっさり返された上、母親から盛大にぶっ飛ばされた。
おそ松がサラッと発した「ワガママ」という言葉が全ての答えだったように思える。
この世界にはこの世界の理屈がある。将来に危機感を覚えてぬるま湯生活からの脱出を試みるのは、ついでに言うなら崇めるべきヒロインを無下にするのは「ワガママ」に過ぎないのだ。ここでは、宇宙でハチャメチャな野球やったり際どい下ネタを披露したり軽率に死んだりするのが「良い子」の道なのだ。
六つ子はお祭り騒ぎを続けなくてはならない。
喧嘩するなら砂埃の中でポカポカするべきであり、ガチギレしながら胴体蹴りをかましてはならない。
ヒロインが何か発言すればお目目ハートでめろめろにならなくてはいけない。
六つ子たちが初めて挑んだ謀反戦は不発に終わった。
彼らは、押しても引いても「良い子」であるだけだった。
ミニオンズランはもともと3キロのランニングを売りにしていたイベントだったんだけれども、
それを目当てでわたしも申し込んだんだけれども、
土日の開催の様子では
・1度に2000人程度の参加者がランに出るため、走る余地なし
という感じということをしり、日曜は悪天候+朝9時頃にランニングだけ開催中止(ライブは開催)のお知らせがきたため、別の場所へ行った。
けれども返金はなしという対応に、苦情が殺到したのかはしらないけれど、12時前になって、3時から開催すると再度通知がくる。
その頃には別の場所にいたし、3時から開催されたところでもはやランニングイベントではないので、参加を取りやめ、返金手続きのお願いメールを送った。
そのメールにはテンプレ文章が返信されてきただけで、個別対応されなかったため、先ほど運営本元である「バラエティ・ジャパン」のサイトに記載されている番号に電話した。
すると「はい、ミニオンズラン運営委員会です」と電話に出た。なんで?
担当者「悪天候でして……旗やらバルーンやら設置していまして、それが暴風で危険な状態と判断できたため」
私(話通じてねぇ…)
私「そうじゃなくて、ミニオンズランというランニングイベントに参加するつもりだったのに、実質ランニングイベントではなく、ただのライブ・イベントになっているので返金を要求しているのですが」
私「ランとランニングって同じですよね?」
担当者「走ったり歩いてもいいということになっていますので。タイムキーパーがないのはご存知でしたか?」
私「知ってますし、そんなことはどうでもいいんです。こちらは企画名通りミニオンズの衣装を着て行うランのために参加費を支払ったんです。1キロ歩いてライブに参加することなんて、申し込んだ去年の秋の時点で想定していませんでした。詐欺だと思います。」
担当者、終始、天候の話を再び持ちだしたりと、らちあかず。
私「返金の要求には応じないということですか」
担当者「そうです」
私「……せめて参加費の打ち合わけ教えていただいてもいいですか」
担当者「すぐには答えられません」
担当者「ネット上にあげるなら、上司に確認しますのでお待ち下さい」
担当者「チャリティーイベントということを踏まえてのお支払いです」
私「ひとまず参加費の内訳はメールで送ってください」
こういう感じに、17時頃、どのような指示を上司から得たのかメールで連絡くる。
それにしても、ミニオンズランって、ファンランを名乗ってるくせに、ランニングイベントではないらしい!
ファンランの定義:アマチュアマラソン(競争ではなく素人の楽しみやチャリティー目的で走るマラソン)
のはずなんだけれども。
ちなみにユニバーサルスタジオのロゴが最初、協賛としてあったんだけれども、いつの間にか消えてた。
ユニバに問い合わせたツイッター民いわく、一切関係ないとのことらしい。
17時15分 参加費内訳の公開に関する返信
上司に確認させていただきましたが、ご返答についてはやはり今しばらくお時間いただきますようお願いいたします。
進捗がございましたらご案内させていただきます。
→この返信で、ユニバとの関係はどうなっているのかについて加えて質問しましたが返答はまだありません。
※ライブの様子のレポを見る限りでは、ほとんどミニオンズと関係ない内容だった模様。
これは本当にミニオンズファンのためのイベントなのか?お祭り騒ぎできるならなんでもいい人や、アーティストのファンが楽しめたんじゃ
返信
ファンランってことをお忘れなく。