はてなキーワード: 大衆とは
結局のところ我々は、この思想の完遂に失敗した者たちの末裔なわけなのだけれども。
時代を経ることによって大衆の意識が変わり、出生が倫理に反することとなる日は来るのだろうか?
どこからか、出産にメリットはない(けど幸せ)みたいな記事がバズったかしらんが流れてきて、こういう記事にこそ「何でも許せる人向け」をつけて欲しいと思った。という余談はさておいて、そんな但し書きが付いていないと言う事実が、何よりも世論を表している。
メリットがないのにやりたくなる、そこだけ切り抜くと薬物と何が違うんだと言いたくなる。どちらも同じく、個々人の社会的な人格としての損益計算を、脳内物質の分泌により無視させ、人をそこまで突き動かしてしまう。結局のところ人間は脳内物質に支配されているのだなぁと思うところだ。
生殖と薬物で異なるのは、生殖に社会的なメリットがあるかどうか。生殖は単純に将来の働き口が増えるし、種の存続には必須である。個々人は損をするかもしれないが、種としては得である。産まれてきた人間の何割かはその人生全体で「損」をするが、そんなことは種としては知ったこっちゃない。
この脳内物質による支配の盤石さは、紀元前から数千年に及ぶ反出生主義の敗北史が証明している。それほどまでに強力なのだ。
反出生主義の成就という目線で重要なのは、生殖によって社会的人格としては「損」をするということ。何よりも現在進行中の少子化がそれを証明している。それでもなお、生殖を根絶することは出来ていない。個々人の社会的人格を膨れ上がらせて、損益のみで人類をコントロールすることは難しい。
だいいち、人間は外付けの社会的価値の差し引きによっては脳内物質の支配に抗うことができない、というのは薬物でわかっていることだ。損をしてもやりたいんだから、辞めないに決まっている。我々は学ばなくてはいけない。
であれば次に目指すことは、生殖の社会的メリットを減らすことだ。これはごく単純に、人間以外の働き手を増やせば良い。今を生きる人間たちが、後続世代がいなくても豊かな老後を暮らせると思わせさえすれば良い。そうすれば、老後に面倒を見てもらうためだけに子供を産むクソゴミカスウンコの行動を封じることができる。生殖も、少しは減るだろう。
しかし、そこまでやっても人間は止まらない。たとえ生殖が不要な社会になり、生殖がただただ社会的個人として損をするだけの行為になってもなお、人間は生殖をやめないだろう。薬物は現代その状況にあるが、それでも根絶できていないためである。であればもう手詰まりだ。人間が生殖をやめることはない。人間が生殖のための生殖器であるが故に。
どうしてそんなに産みたいんだ。何故。
誰もが死にたくない。であれば誰もが産まれないしか選択肢はない。ないのだ。
赤子は意味もなく産声をあげるかもしれないが、遠い未来、彼らの何割かはやはりあのとき産まれたくなかったと泣いていた、そう気がつくと言うのに。
全く同じ記事を再投稿し続けることは、無知無教養な大衆の妨害に負けず新たな知を世界に開示しようとする理性への忠実さに基づいている
知は力であり、この力の前には、再投稿は甘えなどと通りすがりに道端へ痰を吐き捨てるような下卑た指摘はまったくの無力であることがわかる
知は野蛮さに勝つ
全く同じ記事を再投稿し続けることは、無知無教養な大衆の妨害に負けず真実を弘めようとする美徳への忠実さに基づいている
徳は力であり、この力の前には、再投稿は甘えなどと通りすがりに道端へ痰を吐き捨てるような下卑た指摘はまったくの無力であることがわかる
美徳は野蛮さに勝つ
機能的でかっこいい 最高
不便だけどかっこいい わかる
便利だけどダサい わかる
ってなるし、ともすれば(しなくとも)ダサく見える上に着心地も悪そうなファッション、更にやたら金がかかってると来たらもう完全に不可解な存在になってくると思う。
その手のファッションを叩くのがたまにバズったりしてて、そこではバカげた趣味を高みから笑うようなスタンスが取られがちだけど、あれって理解出来ないものへの恐れだとか心の座りの悪さも含まれてるんじゃないかって思う。
カレーなりラーメンなりのフツーな美味しさには飽きてきて目新しさを求めてエスニックな味や珍味へ走ったりするように、ファッションも第一義的な意味でのというか、まあ無難なかっこよさに飽きてくると珍味化していく。
まあただ珍しいだけでいいかと言ったらある程度はプリミティブなもので好きだと思えなきゃいけないと思うけど。でもウニが好きなのを笑う人はいないだろうけど、ヨウジとかリックとか癖のある服をバカにする人はたまにいる。
食ではそういう味のレンジを拡大するのがグルメの勲章になるし、王道ばかりを好んでいればともすると貧乏舌だのガキ舌だのと蔑まれたりする。
変化球的なファッションの方も、もちろん大衆の目が慣れて流行として受け入れられる事もあるし、それを実現するのはファストファッション業界の使命だし。
でもインスタTwitterの服垢でサロモンが量産型って言われるくらいに流行っても、街中ではあんまり見かけない。サンバはめっちゃ見る。
世の中の人間は服よりも食の方に目新しさやこだわりを求めがちな気がする。これは割と真面目にマンガとかの影響じゃないかと思ってる。
グルメ漫画なんて腐る程あるけど、ファッションを取り扱った作品で大ヒットしたのってパッと挙げられない。美味しんぼを真に受けて食のこだわりを語る人はいそうだけど、服の場合あんまりそういう人は見ない。まあ卵が先か鶏が先かという話ではある。
食に中心らしい中心ってあるんだろうか。服の方はハイメゾンのコレクションから流行が作られていくから、攻めたファッションが受け入れられても不思議じゃない気がする。むしろ保守的であったり無頓着であったりするのか不思議なくらいだ。食だって中本くらいの激辛が受け入れられてんだし。
社会人として若輩だった頃の話をする。手短かにやりたい。二千字以内をめざす。
2018年頃だったか。当時社会人2年目だった俺は、会社帰りに同じ高校出身の先輩とチャリを漕いでいた。
当時、俺は地元にある成型メーカー勤めで、先輩は福山市役所で働いていた。チャリを漕いでいたのは……まだ車を持ってなかったからだ。そんなわけで、社会人2人は自転車で居酒屋を目指していた。県道沿いを走っていた。
午後7時を過ぎてた。道は暗かった。目当ての居酒屋まで、もうちょっとだった。
当方のチャリは、漕いだらライトが光るタイプだった。で、先輩のは……? と思ったら、その瞬間がやってきた。
「無灯火~! 明かり付けろ!!」
という声とともに、後ろから高そうな自転車に乗ったおじさんが来た。圧倒的な速度感だった。先輩は……ライトを点けていなかったのだ。おじさんは、俺らを追い越してから自転車を止めた。
そして、説教を始めた。
先輩はさ。確かこの時、すげー腰が低そうにしていた。
「ありがとうございます! いや~、気が付かなくて。本当にありがとうございました」
という具合だった。おじさんが溜飲を下げて、どっかいった後だった。
自転車にまたがる時に、先輩はこんなことを言ってた。
「ああいうKITTYには気いつけや。オレみたいにうまくやらんと、どんどん因縁つけてきよるけえのお~」
先輩は、また無灯火で自転車を漕ごうとしていた。無灯火の理由を聞いたところ、「夜7時30分以降に点けるタイプじゃけ~」と言っていた。
ところで、居酒屋は楽しかった。料理もトークも普通に楽しめた。あの頃は、若かったのもある。何でも楽しかった。あと、ヤリイカやツブ貝やしめ鯖や寒ブリのおいしさを知らなかった。
当時は、味が濃い料理が好きだった。まだ20代前半の頃である。
その一月後に、また同じシチュエーションがあった。本当にまったく同じだった。
先輩は市役所帰りで、俺はメーカー帰りで、一緒に夜に自転車に乗って、あの大衆向けの居酒屋に向かっていた。
県道沿いのあの箇所だった。あのおじさんが、また俺らを追い越した。先輩は案の定、無灯火だった。おじさんは俺らの前に自転車を停めたよ。
先輩は、また申し訳なさげに謝っていた。しかし、何分経っても許してくれそうにない。俺は先輩ほどメンタルが強くない。こういうシチュエーションで出くわすと、メシがまずくなってしまう。
だが、ある瞬間だった。俺はビビったよ。
「あ!!? 何じゃお前、さっきから。コラ」
先輩が激高すると、おじさんの動きが止まった。
「さっきからお前。つまらんことを、グチグチグチグチと……ワシはのう、お前に手を出そうとするんを、ずっと我慢しとるんやぞ!!」
おじさんが何か言おうとしてたけど、先輩は近づいていって、顔を限界まで近づけてメンチを切った。暗かったけど、あれは高校時代に殴り合いの喧嘩とかする時の、先輩のマジなやつだった。
おじさんがすごすごと自転車に乗ってどっか行くと、先輩はまた、俺に向かってこんなことを言った。
「増田君。お前もさ。キレたかったらキレてええんやぞ。ある程度はな……。その代わり、閾値を超えたら悲惨なことになる。そこは気を付けろ」
先輩は笑っていた。当時の先輩は社会人3年目だった。俺は2年目。そこまで年の差はなかったけど、でも先輩は世の中の何かをわかってるような気がした。
結論なんだが、キレたり怒鳴ったりするのって、現代社会においてはNGだ。国会議員でも市町村長でも大企業の社長でも芸能人の司会者でも、そういうのがバレたら職を追われることがある。
しかし、これはポイント制じゃないかって、30代が近くなった今では思う。ある程度であれば、怒ってもいいのだ。
先輩の例で言うと、もしあのおじさんが先輩のキレ芸に耐えられなかったら、その場で警察を呼んでいただろう。そしたら、先輩は処分とか受けて、市役所をもっと早く辞めていたかもしれない。
でも、そうじゃない。おじさんがあの状況を我慢できたり、まだ理性が働くレベルで先輩は怒鳴った。だから、なんとかなった。
その数年後、先輩は福山市役所を辞めて営業の仕事に就いている。どこの会社かは覚えていない。すっかり疎遠になってしまった。
俺の方はというと、逆に地方公務員になった。成型メーカーで行き詰った(先輩に対してフェアじゃないんで言うけど、キャステムという会社だ。)わけじゃないけど、死ぬほど忙しくて、家族との時間が取れなかった。
それで、経理と社内SE(※素人に毛が生えた程度)の経験を生かして、とある市町村の役場に転職した。人生はわからないものだ。
長くなってしまったけど、「キレるのがポイント制」というのが言いたかった。読者の人も、別に怒りたかったら怒っていいと思う。ただ、やりすぎると公的あるいは非公的な制裁を食らう。だから考えてやろうね、ということを伝えたい。
クリティカルシンキングの教師が生徒にJKローリングのトピックを使って指導している。
TERFのXアカウントが日本語字幕付き動画をUpしているが、
https://twitter.com/MojaMojappa/status/1755060051960799307
動画がフェイクでないことは、この教師のYouTubeチャンネルで確認できる
https://www.youtube.com/watch?v=zIPPpsJY39c
JKローリングがトランスジェンダーに対して差別的な言動をしているとはてな界隈でも話題になったのが数年前だが、そのとき自分はオリジナルのソースを確認せず、ブコメがJKローリングはトランス差別主義者だ!と言っているから、きっとそうなんだろうなぐらいに考えていた。
例のトランスジェンダー焚書騒動があったとき、JKローリングはいったいどんな発言をしていたのか彼女の過去ツイートを確認したが、日本の一部の右翼系TERFのようなトランスジェンダーに対する差別発言と思われるものは一切なかった。
この動画の中で取り上げられているようなツイートの主張が中心だった。
だとすると、はてぶでもよく見るJKローリングを差別主義者だと決めつけるこうしたコメントは現代の魔女狩りに他ならない。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4752070563733598848/comment/el-condor
保守的で教育レベルが低い大衆はQアノンなどの陰謀論にはまるが、サヨクは知性レベルが高いので騙されにくいなんて思っていた自分が間抜けだったと気が付いた。
今、サヨクは「宗教右翼(統一教会)がトランス差別を扇動している」という主張をしているが、トランスジェンダリズムに批判的なツイートをしているアカウントを拾っていくと、確かにネトウヨも含まれるが、普通の女(フェミニスト?ジェンダークリティカル?)も多い。
一次資料に出来るだけあたって、クリティカルシンキングで考える。
トヨタ パブリカトラックは、1961年から1988年まで生産された小型貨物自動車です。幌なしと幌付きの2種類があり、荷台の長さは1270mm、幅は1145mm、最大積載量は400kgです。
トラックには幌なしと幌付きの2種があり、ともに長さ1270mm、幅1145mmの荷台を得て、最大積載量を400kgとしている。
パブリカは、1955年に発表された国民車構想に基づき、6年がかりで開発された小型大衆乗用車です。公募で選ばれた“パブリック・カー”を意味する造語で、1961年1月から1969年1月まで生産されました。
パブリカトラックのエンジン改造事例としては、エンジン周囲の部品を外してエンジンを下ろし、予備のエンジン部品を洗い出し発注するというものがあります。また、バッテリー台を修理してバッテリーを取り付け、ガソリンを入れて漏れ点検し、冷却水を入れてエンジンを始動するというものもあります。
パブリカトラックのアメ車風カスタムには、ホイールやフロントリップ・ハーフスポイラー、フロントグリル、マフラー、車高調キット、ヘッドランプなどのパーツが使用されます。また、タイヤやエアロ、サスペンション、ライト、LED、シート、ステアリング、シフトノブ、スピーカーなどもカスタムパーツとして使用されます。
世間一般的に特にバリキャリでもない(低学歴)女が稼げる額としては多いが、素人が想像するような額を稼いでる嬢は上澄み層だ、くらいの意味だな。
大衆店ならソープでもショートコース(50分か60分)で7000円~8000円くらいが実収入だから、仮にショート×5人なら日給4万くらいだけど、実際には日によっては精々1人か2人だし、月の稼働日数もすげえ頑張って20日程度だから、特にデリの底辺嬢だと月の収入20万以下とかも普通にあるわな。
ただしオッサンどうしはあんまつるむことがないので情報にたぶん偏りがある、という前提で読んでおくれ。
1円でも安くセックスしたいオッサンというものが存在する。ソープやヘルスでは新人割引のある嬢にしか入らないオッサンである。
とにかく安くセックスしたいオッサンは「素人相手ならうまいことやれば安く(なんならタダで)セックスできる」と何故か思い込んでパパ活にも手を出す。
ぶっちゃけ大衆価格(=低価格)なソープより安くセックスするのは至難の技であるのだが……(低価格店舗なら60分で基本2万切るからね)。
本当にじっくり探せば低価格で応じてくれるモノ好きな素人女子や、常連化し仲良くなったら値下げに応じてくれる女子もいたりするが、こういうオッサンはアホなのでそこまでいきつけない。
(余談:パパ活界隈は男も女もアレな奴が超多く、それなりに安心して会える定期はマジで貴重なので、高額で新規を探すよりもちょっと値下げしてでも安心な安定・定期客と会う方が良い、という女子が存在する)
(余談2:ワイが今まで金を払ってセックスした経験だと、タダを除けば最安値は3000円であった)
(余談3:ワイの今の定期パパ活女子とは1万か1万5千でだいたい会っている)
最終的に、こういうオッサンは素人と高い金を出してセックスするのは難しいと理解した結果、諦めて風俗店舗へ回帰するか、それでも安くセックスしようとしてヤリ逃げに手を出し始める。
なんせパパ活だと黒服いないからね、酷いことをやろうとすればやれてしまう。
ちなみによくある手口としては
逆説的には、「ホテルに入る前にきっちり約束の金を渡す」が最も優良なオッサンということになるが、そうすると逆にバックレる女もいたりするので、
なおヤリ逃げる気満々のオッサンは、対策されたら素直に金を払う奴と、全力拒否してとにかく金を払おうとしない奴とに分かれるが、あぶねーオッサンに対抗するのは現実的に不可能なので、パパ活女子はなんかヤバそうな気配を感じたら目先の金よりも自分の身の安全を最優先していただきたい。
けっこう多い。風俗店舗利用するのはなんか抵抗あるみたいなオッサン。言い換えれば素人信仰ということかもしれない。
お前から金貰ってセックスするパパ活女子は当然他のオッサンからも金を貰ってセックスしてるという現実から目を背けているのではないだろうか。
パパ活初めて(なんなら処女)で見た目は清楚系美人、愛想良し感度も良しなできれば女子高生みたいなパパ活女子といつか巡り合えるみたいなドリームを胸に抱いているのかもしれない。
当たり前だがそんな女子はエロ漫画の中にしか存在しないが、まあ見た目清楚系で金さえ払えば愛想が良いパパ活女子は探せばいるっちゃいる(ただし激レア)ので頑張って欲しい。
なおワイ個人の経験としてはパパ活がガチ初めてですという女子を過去3人だけ経験したが、たまたま知り合った一人(離婚したてのシンママでその後ヘルス嬢になっていた)を除いては、そん時の定期女子からの紹介コースだったので、やはり既存顧客(?)は大事にすべきである。
リアル接点があるとむしろ色々めんどくさいので、後腐れなく女子と接してなんとなく癒されたい的な欲求を持つオッサンは実在し、そうすると合法的には主に水商売嬢が相手になってしまうため非常に高くついてしまう。
またプロは店外に色々と制約がある(てか原則としてやらない方がいい)ので、パパ活で1万くらい払ってこっちの都合の良い場所で会って何か会話して、みたいなのの需要があるんだよね。
パパ活界隈における「真に優良なパパ」はこういう感じで実在するが、当然レアキャラ(最初はセックス無しでいいが、基本的にはどっかでセックスさせろという話になるので)なので、もしこういうパパ定期客を持っているパパ活女子は本当に大事にしてやって欲しい。
この人の過去作を見ていくと、ものすごい典型的な昭和的な価値観を持っていたことがわかる。
今やっちゃいけない表現をすべてやっている。
とくに男女のあれそれについては、本当に「不適切にもほどがある」レベル。
まじっく快斗を見てから映画を見るほうがいいが、主人公がまあセクハラ野郎なので現代っこはドン引きするかもしれない。
ただこうやって名探偵コナンが受け入れられているのは一定レベルまで時代とともにアップデートできた人だからだと思う。
勿論、青山剛昌の価値観は今では古いものだと言わざるを得ない。
でも、小五郎はずっと駄目な大人として描かれているからなんとかなっている。
新一が修学旅行で風呂を覗きたい話に賛同しそうになったときも結構叩かれたけど、でもまぁ高校生男子にそのような欲があること自体は否定できない部分だし、元々新一って聖人君子なキャラでもないのでとくに好感度が爆下がりすることもない。
そういえば新一と蘭の両親はびっくりするほど自由人だ。平成初期だと(いや令和でもだめか)虐待と言われても仕方ないレベルだが子供がハイスペなのでなんとかなっている設定である。
まじっく快斗の親レベルになるともう好き勝手しすぎて犯罪だ(泥棒だ!)快斗普通に可哀想な子だろ。最新話で出てきた青子の母親も仕事が人生のようだった。(読者は死んだと思ってた)
家庭を大切にしなかったり暴力的だったり人を殺したりする。
家庭にとらわれず好きなことをする大人たちと、自由行動ができる子どもたち。
全体的に大人も子供も好きに生きろ感があるのが今も生き残れている理由かもしれない。
好きに生きればいいけど人は殺すなよって感じかな。
あと青山は子供向けに描いてはないと言っているけど、それが結局少年誌らしからぬ描写となって、まあコナンだから良いかと青年誌的な扱いを受けた感じもする。(たまに少年誌なのに!と怒られてるけど)
もう一つ言うと青山の女性趣味が「自立した女性」だったのもあるかもしれない。
青山は強気な女が好きだ。見た目が弱々しくても中身はツンとした女ばかり描いている。芋女キャラでも浮気した男にムカついて惨殺するくらいには強気だ。
おそらく青山の中で女性はそういうものという想いがあるのだろうし、長年、毎クール恋愛ドラマを見まくってるせいで変な女がインプットされ続けているのかもしれない。
そしてサザエさん方式の作品だが時代設定だけは現代だ。必然と今の日本を描くことになるからアンテナは張っていないといけない。結果的に青山の価値観は現代の最先端ではないが大衆の中では「あるある」レベルを維持できているのだろう。
コナンが生き残れたのは青山の価値観だけではなく、多分いろいろと偶然が重なっているのだろう。どうやったら第二のコナンのような作品が生まれるのか、さっぱり分からない。