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2022-04-05

anond:20220405101159

XEVRA様は天帝です、崇めなさい

m8は負け犬です、連合軍が来なかったので

2021-02-12

必読書コピペマジレスしてみる・海外文学編(1)

方針

ホメロスオデュッセイア

イリアス」は捕虜奴隷女の配分をめぐった交渉がこじれた結果、勇者が拗ねて戦場に出ず、味方がどんどん死ぬところからスタートするので、昨今の倫理観から問題があり、神話初心者にはこっちをお勧めしたい。「オデュッセイア」も家で待っている妻を忘れてよその女のところで数年過ごすが、まあ魔法をかけられていたということでこっちのほうがマシだ。舞台もあちこち移動するから飽きないし。

ユニークなのは劇中劇的にオデュッセウス時間をさかのぼって事件の進展を語る箇所があることで、ホメロス時代にはすでに出来事が起きた通りに語る手法が飽きられ始めていたのかな、と想像できる。

実は「ラーマーヤナとある共通点があるが読んでみてのお楽しみ。

旧約聖書創世記

聖書はなんせ二千年前以上の宗教書から原典に当たる前に基本的出来事の流れと時代背景や当時の常識理解していないと読解が難しい。当時のユダヤ民族偏見も混じっているし。加えて、ところどころ立法全書的に当時の習慣や禁忌を延々述べる箇所があり、通読はさすがにできてない。新約聖書だけは何とか意地で読破した。

ところで、どうして「創世記」だけを取り上げたのだろう。たとえば物語として盛り上がるのは「十戒」の「出エジプト記」だ。「ハムナプトラ」とかでエジプトが悪役になるのは大体これのせい。いきなりこれにチャレンジするのなら、手塚治虫聖書物語のほうがいいかもしれない。

ソポクレスオイディプス王

犯人探しが不幸を呼ぶことからミス的な要素もあるし、ギリシア神話の「不幸な運命を避けるために必死になって行動した結果、結局その運命を呼び寄せてしまう」というアイロニーが大好きな自分としては、その典型例なので好物だ(予言鵜呑みにした結果ドツボにはまる「マクベス」も好き)。

これが面白かったら、アイスキュロスの「オレステイア三部作」もおすすめしたい。何世代にもわたる恨みの念が恵みの女神として祀られることで鎮められるというモチーフは、異国のものとは思えない。

唐詩選』

一般教養唐詩の授業を取ったので岩波文庫でぱらぱらとめくった覚えがある。なにぶん昔のことなので記憶曖昧なのだが、はっきり覚えているのが王梵志の「我昔未生時」で、天帝に生まれる前の時代の安らぎを返してくれるように願う詩だ。当時は反出生主義が哲学思想界隈でここまでホットトピックになるとは予想してはいなかった。

他にいいな、と思ったのは杜甫厭戦歌「兵車行」。

ハイヤーム『ルバイヤート

酔っ払いの詩。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞーという内容。著者は文学者であっただけでなく天文学者数学者としても知られるが(三次方程式を解いた実績がある)、ここで展開されている詩はひたすら現世の美しさとはかなさをうたったもので、酔っ払いは世の東西を問わず、というところか。イスラム世界の厳格なイメージをひっくり返してくれるので面白い。ガラン版のアラビアンナイト高野秀行の「イスラム飲酒紀行」とあわせてどうぞ。

ダンテ神曲

フィレンツェ追放されたダンテが苦しみの中生み出したキリスト教最高峰文学のはずだけれど、とにかく気に食わない政敵地獄でめちゃくちゃな責め苦に合わせているところを面白がる下世話な楽しみ方ができる。地獄にいる人物聖書ギリシア神話歴史上の人物も多く、ヨーロッパ歴史文学をざっくり知っているとダンテがどれだけやりたい放題やったかがわかるので愉快。

ただし、地獄編の続きの煉獄編・天国編はキリスト教哲学をかじっていないと結構しんどく、しか風景が山あり谷ありの地獄と比べてひたすら恵みの光が明るくなっていくだけなので、絵的に面白いのは地獄のほうだ。

ついでに、ヒロインがかつて片思いをしていたベアトリーチェという女性なので、ベアトリーチェの美しさを歌う箇所も下世話な目線で楽しめる。妻帯者の癖に未練たらたら。

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

未読。後述のラテンアメリカ文学とかジョイスとかは読んだんだが、そこに出てくる過剰なものや糞尿譚も結構楽しんだので、いつかは読みたいと思っている。

シェイクスピアハムレット

四大悲劇と「ロミオとジュリエット」はざっくりと読んでおくと、いまにも受け継がれているネタ結構あることがわかって楽しいし、意外と下ネタオンパレードなので当時のイギリス人に親しみを持つことができる。ついでに上記のうち二作は黒澤明映画元ネタでもある。

興味深いのは、劇中劇というかメタフィクション必然性を持って登場することだ(父を殺した叔父の目の前で、その殺人の場面そっくりの劇を演じて動揺させるシーン)。すごく先進的だ。かっこいいぞシェイクスピア

セルバンテスドン・キホーテ

基本的には正気を失ったおじさんが繰り広げるドタバタ劇で、下巻では著名になったドン・キホーテからかう公爵夫妻までも出てくる。これだけだと精神を病んだ人をおちょくる悪趣味書物だとしか思えないのだが(というか最初時代遅れの騎士道精神批判するために書かれた)、昨今はドン・キホーテに同情的な解釈が主流。最近テリー・ギリアム映画化した。

スウィフトガリヴァー旅行記

自分が道を踏み外した元凶。誰だこんな子供人間嫌いにする本を児童書の棚に並べたのは。クレヨンしんちゃん夕方アニメにするレベルの蛮勇だ。四部作だが、最後の馬の国では人間という存在醜悪さをこれでもかと暴き立てており、おかげさまですっかり自分人間嫌いで偏屈な人になってしまった。作者の女嫌いの影響を受けなくて本当に良かった。

とはいえ、当時のアイルランド支配はこれほどまでの告発の書を書かせるほどひどかった、ということは知っておきたい。

スターントリストラム・シャンディ』

夏目漱石吾輩は猫である」に出てくる。基本的にはふざけた話であり、著者が自分誕生から一生を語り起こそうとするがなかなか著者自身誕生せず、しか物語の進捗が遅いせいで半年ごとに本を出す約束なのにこのままでは永遠に現在自分に追いつかない、みたいな語りで笑わせてくる。挙句の果てに著者が途中でフランス旅行に出かけてしまう。英文学というジャンルがまだ黎明期なのに、こんな愉快なのが出てくる懐の深さよ。

だが、これだけふざけているのに、登場人物の一人がうっとうしい蝿を「この世の中にはおれとおまえと両方を入れる余地はあるはずだ」といって逃がしてやるシーンはいい。

サド悪徳の栄え

未読。「毛皮を着たヴィーナス」と「眼球譚」は読んだんだが。バタイユどんだけおしっこフェチなんだよ。自分もお尻とかブルマーとか競泳水着が好きだから笑わないけどさ。

ゲーテファウスト

個人的にはとても好き。人生できっと何かを成し遂げられるはずという万能感ある思春期に読みたい。主人公行為は決して褒められたものではない。様々な悪事を働き、幼い少女妊娠させたうえ捨ててしまう。このシーンのせいで、もしかしたら二十一世紀には読み継がれない古典になってしまうかもしれない。しかし、主人公最後にたどり着いた境地の尊さの価値は失われることはないと信じている。現世で最も美しい瞬間とは何か、あらゆる物質的な快楽を手に入れた主人公が見つけた答えを読んでほしい。後半はギリシア神話を知らないとつらいかもしれないが、そのためにギリシア神話入門を読む値打ちはある。

スタンダールパルムの僧院

未読。同著者の「赤と黒」は貧乏青年がひたすらのしあがろうとする話で、あまりピンとこなかったのだが、文学サークルの友人から最近来たメールに「訳者を変えて再読したら面白かった」と書いてあった。

ゴーゴリ外套

さえないかわいそうなおじさんが好きなので好き。ロシア文学というものは、名前がややこしいうえに同じ人物が様々に呼ばれるので敬遠されがちなのだが(イワンが何の説明もなくワーニャと呼ばれるなど)、登場人物メモしたり、ロシア人名の愛称の一覧を頼りにしたりして飛び込んでほしい。このハードルさえ超えれば最高の読書体験が待っていることは保証する。ロシア文学はいいぞ。

ポー盗まれた手紙

ポーは大好きなんだけどどうしてこれを代表作に選んだのかはよくわからない。個人的には王道の「黒猫」とか「アッシャー家の崩壊」とかを最初に読むのがいいと思う。中学生の頃、狂気や暗鬱さにどっぷり浸っていた頃に読んだのだが楽しかったし、作中の詩が今でも世界で一番好きな詩のひとつだ。ちなみに、東京創元社ポー全集には、ポーユーモア作品もいくつか収録されており、意外な顔を知ることができる。もっとも、今読んで面白ジョークかどうかまでは保証しないが、こじらせ文学少年文学少女としては必読か。

エミリー・ブロンテ嵐が丘

最高の昼ドラにして非モテ文学。俺は愛されずに育った、俺は永遠にからも愛されない、だから他人幸福破壊してもいい、的な気分に一度もでもなった人は何としても読んでほしい。

メルヴィル白鯨

スターバックスコーヒー元ネタ

映画マチルダ」の中で児童書に飽きた天才少女がこれを読もうとする場面があるんだけど、これ小学生が読む本じゃないだろ。単純に難しいのではなく、とにかく話が脱線しまくる。まともにストーリーが進まずに、著者自身クジラに関するうんちくが延々と続く箇所もある。雑学隙の自分は楽しく読んだが。

敵のクジラを殺してやろうとするエイハブ船長狂気についていけるかどうか。

フローベールボヴァリー夫人

自分人妻萌え発症した元凶の一つであり、世界文学初のカーセックスシーンがあることでも知られている(自動車ではなく馬車でだが)。ストーリーは夢見がちな女性が夫に幻滅して若い男やチャラ男浮気し、サラ金から借金を重ねて自殺するという「闇金ウシジマくん」的なノリ。妻の浮気を知ったさえないボヴァリー氏の哀れな反応は必見。自分が寝とられ文学が好きになってしまった元凶の一つ。

続きますanond:20210212080411

2021-01-31

anond:20210128221455

「みんな知ってる(みんな知ってるとは言っていない)」案件やめーや

神なんて典型だけど

ギリシャ神話の神々と

キリスト唯一神

中国天帝

うちの実家の近所の神社に祀られてる神さんと

全部「神」だけど全部違うし絶対「みんな知ってる」ちゃうやろ

ゾンビかて増田がゆうとる奴はブードゥー本家の「死後もこき使われる社畜(意訳)」ちゃうやんけ

そういう雑なくくりは逆に「知ってる奴=みんな」「そうじゃないやつ=非みんな」みたいなアレを生じがちで好かんわ

だいたい概念としての解像度も低いしな

2020-06-09

十二国記の謎と次回の短編集について、勝手に予想し、語る。

初めに

私は一介の十二国記ファンである中高生の頃にはまり、「白銀の墟 玄の月」で再燃した。

記事では、十二国記世界の疑問点について語り、次回の短編集の内容について、時には私の好みで脇にそれつつも、予測したい。その途中で、私自身のこの作品に対する解釈思い入れにも立ち入るかもしれない。

記事のおおよその内容

十二国記の今までの流れ。

十二国記シリーズ外伝を含め、次の順に出版された。

物語のあらすじについては、熱心な読者が多いと思われるので、略す。さて、この順で読み返すと、次のような傾向がみられる。すなわち、王と麒麟視点から見た世界よりも、庶民から見た世界比重が大きくなっているのだ。確かに、「月の影 影の海」では陽子は大変な苦労をして玉座上り詰めるし、「風の万里 黎明の空」「黄昏の岸 暁の天」では、いかに王としての責務を果たすかが語られる。一方で、同じ「風の万里 黎明の空」は民衆レジスタンス物語であり、それがさら大輪の花を咲かせるのが「白銀の墟 玄の月」だ。これは都市の規模ではなく、国家規模にわたる抵抗だ。

もう一つの傾向とは、読者層の拡大である。もともと少女向けレーベル出版されたからだろうか、十代の少年少女にとって教訓となるような個所は少なくない。「風の万里 黎明の空」における鈴、祥瓊の扱いを見れば顕著だ。一見同情すべき境遇にいるようでいて、それに甘んじている彼女らを待ち構えているのは叱責であり、罰である。この年齢になって読み返すと、幾分説教臭く感じなくもない。

しかし、「丕緒の鳥からシリーズ全体の印象ががらりと変わった。組織の中で働く官吏や、避けられない災害を前にして自分のできることに必死になる民衆の姿は。年齢を重ねた読者の心も打つ。少女向けとされる小説から最も縁遠いように思える、中高年の男性もうならせるだろう。この作品は、あまりにも不条理世界で生きる人々へのエールとなっている。

まり、これから尚隆や陽子視点から物語が描かれることは少なくなるのではないか。きめ細やかな民の物語を描くとき、王の存在は強すぎる。「東の海神 西の滄海」も、一歩間違えれば「俺TUEEE」っぽくなってしまう(そうならならずに尚隆が有能かつ魅力的に描ける腕前がすごい)。そう考えると「白銀の墟 玄の月」で出てきた尚隆は作者なりの大サービスだったのかもしれない。それに、神隠しにあった泰麒で始まった物語は、一応は解決しているのだ。王や麒麟のこの先に物語は、長編としては出てこないかもしれない。

十二国記で一貫してきたテーマは何か

前項でも述べてきたが、次に尽きるだろう。

十二国とはどういう世界

十二国では天帝が定めた天綱が憲法としてあり、王が定める国法、地綱はそれに反することはできない。また、州の法律も王が定めた法に反することはできない。

天帝は民に土地を与え、それを耕すことで生計を立てるように命じた。逆に言うと、天の設計した社会では、民衆は生まれた里で農業だけをして過ごすことしか想定されていない。

しかし、現実はそうではない。「図南の翼」に出てきた珠晶の家族のような大商人もいるし、「白銀の墟 玄の月」に出てきた宗教関係者もいる。冬器を作る工房もある。私塾もあれば宿もあり、雁のように豊かな国では副業で馬車を出す者もいるし、事実上奴隷だっている。

そして、最大のイレギュラーが定住民でさえない黄朱の民だ。彼らが歴史に関わってくるあたり、実際の中国の歴史にもよく似ている。

言い換えると、天は王と官吏農民だけの世界を想定していたが、天の条理の隙間を縫う形で民は複雑な社会形成してきた。そして、この世界民衆ルールの穴をつき豊かに暮らしているし、謀反を起こす力もある。これは、専制君主世界ではあるけれども、ランダムで選ばれた大統領支配される民主国家の姿に、少し似ているのだ。私たち世界大統領首相も間接的に選ばれるため、民意がどこまで反映しているか、はっきりしていないところがある。十二国世界は、実は私たち世界鏡像なのだ

今後の作品の傾向としては、黄朱の民のように条理からはみ出てしまった人々にもスポットライトがあることと思う。と同時に、黄朱の民はこの世界の条理に生じた大きなほころびでもある。現に、彼らの里木はよそ者が触れれば枯れる、大きなペナルティを負っている。

それと、この世界では思いのほか宗教がしっかり根付いていた。我々が最初にこの世界宗教を教えてくれるのが合理主義者の楽俊だったため、この世界の人々はあまり天に頼らない印象を受けたが、子供を授かるには祈るほかはないわけで、むしろ熱心な信仰がないと不自然であった。

十二国記女性

十二国記が元々は少女向けに書かれたことをうかがわせる設定はいくつかある。例えば、王と麒麟運命的な出会いだ。女性向けフィクションにはオメガバースをはじめとして、そうしたパターンが多い印象がある。もう一つはときとして未婚の女性をひどく不安にする妊娠出産からの「解放」だ。女性苦痛が大幅に減らされており、またこちらの世界とは異なるいくつかの価値観女性に優しい。王も麒麟官吏も(軍人を除けば)男女同数だし、子供のいる女性再婚相手としてむしろ歓迎される。ジェンダーSFフェミニズムSFとして十二国記を読み解くことも可能だろう。血縁意識が薄いのもその傾向を示している。とくに、楽俊はこちらの遺伝について、似たような顔をしたやつが同じ家にいるのが薄気味悪いのでは、と漏らしている。

しかし、この期待は裏切られる。ここはけっして楽園ではなかった。「白銀の墟 玄の月」のなかで李斎は、男社会軍隊で生きる女性の苦しさを吐露する。また、明らかに暴力を受けた女性も登場する。それに、序盤からすでに妓楼も登場している。この世界セックスワーカーがどれほど過酷生活を送っているか不明だが、妓楼に行くことはあまり道徳的に褒められたものではないようである(余談だが、楼閣が緑色に塗られているのは現実中国にもあった習慣であり、「青楼」と呼ぶそうだ)。

考えてみれば、官吏女性も多いとされながらも、登場する官吏の多くが男性である育児負担こちらよりもはるかに少ないので、昇進や待遇に差があるとも思えないのだが、これも隠されたテーマかもしれない。

それと、生理問題がどうなっているかもはっきりしない。初期作品の傾向からすると生理から解放」されている可能性が高かったが、女性の苦しみをテーマとするならば、生理のしんどさやそれにまつわる迷信タブーが出てくると考えるほうが、筋が通っている。

天帝女性

天帝女性、または西王母兼任している可能性が、ふと浮かんだ。別に女性が王になれるのだから天帝西王母より偉い理由別にない。

十二国記って男性しかいない場所がないこともなんだか怪しい。軍隊も三割は女性だ。逆に、女性ばっかりの場所が蓬山である麒麟を育てるのは女仙たちだからだ。これも天帝女性説を補強しないだろうか? また、妖魔が雄だけというのも、なんだかそれに関係しそうだ。単純に作者が女性だというだけのことかもしれないが。そもそも「いない」可能性もあるが、根拠は全くない純粋空想だ。

天帝ラスボス

考察サイトが華やかなりしころ、いくつかのサイトでは天帝ラスボスなのではないか、という説がまことしやかにささやかれていた。確かに黄昏の岸 暁の天」での天の対応はあまりにもお役所的ではある。ルールに従わなければ何もできないところが、法律に定められていなことは原則としてできない公務員によく似ている。

だが、もともと中国道教死生観がそういう面がある。「救急律令」も、法令を守るように促す言葉であり、古代中国役人賄賂に弱かったように、今でも神々に心づけを渡す習慣がある。

そして、自分天帝ラスボスになりえないと考えている最大の理由が、十二国記不条理にあらがう人々の物語であるからだ。天帝を倒した後どんな世界を作るにせよ、人間が作り上げた世界である以上はやっぱり不完全なものになるだろうし、仮に完璧世界を作ってしまったら、それは理想郷を描いた現実逃避のための小説になってしまう。「黄昏の岸 暁の天」のなかでも陽子はつぶやいている。天が実在するのならそれは無謬ではありえないのだ、と。

結論

私が次回の短編集に出てくると予想する要素としては、今までの物語を受けて次の通りだ。

また、

そして、長編がありうるとしたら

と考えている。

おまけ1 奏が滅びるとしたらどのような形か

しろくでもない空想をしてみる。六百年の大王朝が滅びるとしたら、それはどうやってか。

王朝最後はいくつかの傾向がある。一つは陽子暗殺しようとした巧の錯王や、慶の予王のように、王個人劣等感に押しつぶされるパターン。もう一つは芳の王(祥瓊の父)や一つ前の才の王(黄姑の甥)のように、長所裏目に出るパターンだ。祥瓊の父は清廉な人柄であったが、完璧主義者で罰が苛烈に過ぎた。黄姑の甥も正義感にあふれていたが、現実検討する能力に乏しかった。

で、奏の特徴としてはのんびりとした気風がある。これが欠点となるのは、のんびりした気風で対応できないほどの速さで十二国世界に変化が起きる場合だ。つまり、利広の情報収集を絶てばいい。彼が旅先で死亡するか、家族が業を煮やして彼を王宮に拘束するかだ。ところが、「帰山」では、しばらく王宮暮らししろ、という趣旨台詞がある。

これが奏の滅亡フラグかといえば穿ち過ぎな気もするが、宗王一家は全員同じ筆跡で公文書が書けて、しか御璽を押した白紙が大量にあるので、一度分裂したら矛盾した命令が出されまくって国家の体をなさなくなり、あっと言う間に沈む危険がある。白紙委任状ほど危険ものはない。ああいう仲のいい家族崩壊する様子を書くのって、日本人作家は上手だというイメージがあるが、数ページで滅んだ、と示されるのもまた冷たくていい。

おまけ2 「王気」という言葉について

「王気」という言葉一見すると単純な造語であるしかし、景麒は、自分は半ば獣なのだ、と述べている。さて、「王気」にけものへん「犭」がつくとどうなるか。「狂気」になってしまうのである。失道は避けられないのかもしれない。

おまけ3 四令門の名前

黄海を取り巻く四令門のある街で、雁では未門と申門の代わりに人門、恭では辰門と巳門の代わりに地門がある。では、言及されない才と巧ではどうなるか。陰陽道を考えると、才では丑門と寅門の代わりに鬼門、巧では戌門と亥門の代わりに天門、と思われる。

おまけ4 「戴史乍書」の記述はなんであんなにそっけないのか

十二国記を初めて読んだときには、本編と「戴史乍書」の関係って、講談や旅芸人お話と、正史みたいなものだと空想していた。三国演義歴史書の三国志やその注釈から成立した、みたいな話だ。つまり、本文も旅芸人の語りであり、実際に起こった歴史とずれている可能性がある。

また、中国の歴史を知るにつれて、歴史書の記述はわざとそっけなくしていると考えるようになった。春秋の筆法というか、どのような事件が起こったかをどのくらいの濃度で書くかによって、歴史的な出来事に対する価値判断が含めているわけである。細かい経緯を書いた記録はたぶん別にある。

最近は、国家機密をぼかす目的もあると踏んでいる。阿選の幻術なんかの記述があっさりしているのも、たとえば妖魔が符で使役可能だとか、王と黄朱とのつながりとか、暴力行使可能麒麟がいるとか、かなり危険情報だ。事情を知っている人が読むと「ああ」ってなるが、それ以外の人は読み飛ばすようにできている。

おまけ5 登場人物名前元ネタ

楽俊の姓名である張清は水滸伝に出てくる。しかし、水滸伝盗賊活躍するピカレスクロマンである文人肌の楽俊とはだいぶ違う。

桓魋は少し近い。孔子を襲った荒くれ者と同じ名前だ。そして、面白いことに「魋」だけで「クマ」意味がある。「熊どん」というほどの意味を持つ字なのだおるか。

祥瓊の父の字は仲達で、三国志諸葛亮ライバル司馬懿と同じだ。雁の白沢瑞獣名前。「白銀の墟 玄の月」の多くの官吏たちも、実在する中国官僚文人たちから名前が取られている。とはいえ名前が同じだからと言って同じような人物像とは限らないので面白い

おまけ6 遵帝はなぜ「帝」なのか

「帝」という称号始皇帝の考えだしたものだ。諸侯が王を名乗ったため、王のタイトルに重みがなくなってしまった。そこで、王の中の王を意味する称号が生まれたのである

しかし、それを考えると十二国記世界では帝の称号が生まれないはずだ。なにせ、侵略戦争がありえないのだから、王よりも上が出てくるはずがない。そのため、王より上の称号は、山客か海客由来の語彙ということになる。

語彙だけではない。現実中国文化には、周辺の異民族との交流からまれてきた要素が結構あるので、十二国世界でそれらが取り入れられたいきさつも妄想するのは楽しい。例えば、スカートキルトではない、ズボンパンツ状の服は騎馬民族に由来することが多い。そこまで考えるのは野暮かもしれないが、十二国世界匈奴西域の影響の薄い中国文化を持っていると空想するのは、歴史ヲタにとってはきっと楽しい時間だ。

おまけ7 景麒の角の文字

十二国記アニメで、景麒が塙麟に角を封じられるとき、「生心気鎮風」と読める金文が刻まれるのだけれど、あれって根拠があるのか。私にはわからなかった。

終わりに

つらつらと書いてしまった。

残念ながら、小野不由美の他の作品との比較検討はしてこなかった。未読のものが多いためだ。また、作者の細かいインタビューも入手できていないので、見落としているものがあるかもしれない。

積んである本を片付けたら、ホラーは苦手だがぜひぜひ読んでみたい。

そして、次回の新刊のんびりと待っている。小野不由美先生、本当に泰麒の物語物語を完結させてくださり、ありがとうございました。

2020-04-20

[]くくり猿

デフォルメされた猿が手足をくくられた姿をしている人形。猿は過剰な欲望を表す姿であり、欲深さは願いが叶う道を妨げるものとされる。ゆえに、縛る。

京都八坂庚申堂のものが有名で、最近インスタグラムでも有名になった。

ちなみに、よく似たサルボボ飛騨地方のもので、源流は貴族のお守りだったらしいのだが、時代が下るにつれてこちらも庚申信仰と結びついた。天帝人間の罪を密告する体内の存在、三尸の天敵である猿を飾り、寿命を縮めるような報告をされるのを防ぐ意味があるとのこと。奈良にも、ならまち庚申堂の身代り申というものがある。それぞれ形が違う。

余談だが、「見ざる言わざる聞かざる」のシャレが日本語しか通用しないものから、いわゆる三猿は本邦独自のものかと思っていたが、世界的に分布しているらしい。驚いたことに、マンハッタン計画参加者向けにも秘密を守るよう忠告する姿が描かれている。

陰部を抑えて過度の欲望をいさめる猿が付け加えられている地域もあるようだ。

2020-03-29

とうとうやったな! 畜生、まだふるえが止まらないぜ!

オープニング

「奴はいたか?」

「ああ!今日こそ息の根を止めてやるぜ!」

1面クリアデモ

「パラメシウムごときで 俺を止めることは出来ん!」

2面クリアデモ

「フン! ダストドラゴンなど 所詮俺たちの敵ではない!」

「まっ 少々てこずっちまったがな!」

3面クリアデモ

「武神は本当に死んだんだろうな?」

「間違いねえ! 天帝の奴も 今頃、首でも洗ってんじゃねぇのか?」

4面クリアデモ

「メスケテトの野郎の船も飛翔石で浮いていたのか! 」

「さあな! ただ野郎もこれで船酔いすることもねえだろうょ!」

5面クリアデモ

「ちっ! これじゃ クレオパトラとのデート台無しだぜ! 」

6面クリアデモ

「とうとう追いつめたぜ!」

「あぁ今日こそ絶対逃がさねえ!」

7面クリアデモ

「今度は俺の好きにやらせてもらうぜ!」

「待て!雷神風神をなめてかかるんじぁねえ!」

8面クリアデモ

「殺る! 今日こそ天帝心臓を止めてみせる! 」

「俺のオーラ天帝を焼きつくしてくれる!」

エンディングデモ

「 とうとうやったな! 畜生、まだふるえが止まらないぜ!」

「あぁ、 そいつぁ俺も同じだ! 」

「これでこの世界に、もう一度平和が戻ってくればいいんだが! 」

2020-03-25

[]3月25日

ご飯

朝食:ビジホ朝食。昼食:ステーキ。夕食:豚カレー

調子

地獄がまたやってきた。

心がざわついててシンドイ。

挙動不審変なおじさんになってると思う。

何にもしたくない。家に帰りたい。

あと二日もある……

家に帰りたくて泣けてきた。もう嫌だ。

帰ったら何か楽しいものを買おう。本がいいな。市川哲也文庫待ちしてるのハードカバーで買おう、あと天帝の人のタイムトラベルのやつ。

○本格スマホRPG

ガチャピン20連で虹なし。スクラッチは汁。

2019-09-10

やっと師がスーパーフォドラ人になる話まで進んだ

もったいなくて天帝の剣一度も使ってないよ

この分だとクリアまであと1か月はかかるかなあ

その間他のゲームが溜まりまくりヤバい

2019-03-02

anond:20190301181411

北斗の拳2 110話で天帝様のために奴隷発電機をぐるぐる回す場面を思い出す

2018-10-24

auCM桃太郎シリーズ)について


正直、アベンジャーズみたいで、毎回ワクワクしてるんだけど分かるやついる?

今後共通の敵を倒す展開とかなったら、まじ熱い。

敵が連合を組んでも面白い

鬼・熊・亀をいじめた奴ら…。

ラスボスはやっぱり、織姫彦星を引き裂いた天帝あたりでしょうか。

実は桃太郎のおじいさんとおばあさんが黒幕とかね。

力太郎とか泣いた赤鬼が絡んでくると、もっと作品に深みは増すね。

あのCMを認めたら負けみたいな風潮あるからさ…、ここに俺の気持ち残しとくね。

2018-06-05

保育園にいる…それも一匹や二匹じゃないシンパパ

まだクリスタルが輝きを保っていた頃の話だが第一継承者が巡礼するパワーレベリングパラダイスの始まりにして終わりレベルクラン懇談会(ククッ…争え、争え……!)があった。

“母《マザー》”チーフ合わせて20キャラクターネーム程の出席者の奥底にヒトゥ=リスだけ父上である事を選びし無垢なる魂の器がいた。

このパパ教皇入園式も確か一人で新約してた…この私を倒したからには認めるしかないので状態変化してるなーと幻想(おも)っていた。

懇談会は十二賢会議形式使徒キメラレベルアップの情勢や育児の悩みなんかを話している…が、これが神々と四大貴族による陰謀とは、知る由も無かった…中

序列」が循環(マワ)ってきた天帝カインさん……いや、セフィロス殿が開口一番「半周期前にもう一人の我とは死別した」と“鬼哭の相”で従僕の儀。

…フッ、弱い犬ほどよく吠えるものだ…重い超重装備を纏っている黒き力が強い。紡ぎ出す生命事象などと皆の者八百万……ここに女装必要ななにかがあるんだし帝国によって封印されたはずの場で言うこと?…? 汚ねェ真似をしやがって……!

半身の喪失したと思われるの――はじめはイヤなヤツだったとか?クリスタル過剰…そうであろう

クリスタルは、ただ静かに光をたたえていた。

預言書によれば伝説に謳われし戦いが終わった後ヘラヘラ笑顔で〝コンタクト〟に流し斬りが完全に入ってくんの。魂が囁くのだ……この私が震えている。

八百万頭へて我は命ずる」ってェ言われても男親とは蜜月支配されてなんてできない…そう、信じるしかないし

人界が魔に支配されて後保護者会のシネティックアクションなんかもある中で、それも又然りパパアピールはしなくて良い…それが世界選択から

保護者アライアンスには正直あの男が俺の前に出てきてほしく…私の秘密知ったからには生かしてはおけないなぁ

とあの場にいた他の母なる女神ムインさんも預言書を信じていたんならばないかなぁ

以下皮肉にも追記

”始まり乙女”を従える増田で取り繕う必要は虚無〈ニヒリズムであると想った故

己を主観的しか認識できない愚者の中に沸き起こった薄暗い罪の権化を包み隠さず綴ってみ…かの古き預言は成就せしめた

こ、これほどの──預言書に記された事実を想って封印を施すこの物語主人公は根源的にスフィア操作ググリュー洋に生息するシェュ・ギシェャ、王国最強の戦士長なの…兄さんだって知ってるんでしょう。

ただ因果のすれ違いするようですがこの感情は預言書にすら記されていないんだろうなと――そして静かに終焉を悟ったゆえ

この世のものとは思えない物体に綴ったと――獣肉を炙っただけ赤き異端者イイワケと、彼らは言っているがね…させてください。

そしてその手には それぞれクリスタルが握られていた・・・

2018-05-16

anond:20180516173938

ゆうておまえさん3次元ベクトルの足し算するのにいちいちx,y,zそれぞれを足すコードを書くか? やからこそオーバロード天帝)が役に立つんやで。

2017-09-21

anond:20170921141013

xevra師の名前叫びながら瞑想してるだけで幸せになれるんだから存在自体が神みやいですよ!

超常の存在です。xevra師は超越存在オーバーロード。いわゆる天帝

2017-09-13

平和的な北朝鮮危機終了シナリオ

このほか北朝鮮情勢にも言及米国について「これほど国際法上の根拠固執する組織体はない」と評し、北朝鮮核実験を行っただけでは「先制攻撃をしない」との見方を示した。

北朝鮮についても「米国軍事力行使させるようなばかなことはしない」とみていると語った。

海将伊藤俊幸氏「米国核実験だけでは北朝鮮先制攻撃しない」

http://www.sankei.com/west/news/170913/wst1709130071-n1.html

にあるように、トランプ大統領金正恩将軍も一線は超えない。

北朝鮮危機

(1)北朝鮮に対する警告:もし北朝鮮アメリカ領を先制攻撃し、アメリカ報復として北朝鮮武力攻撃した場合中国中立を保つ。(筆者注:中朝軍事同盟無視する。)

(2)アメリカに対する警告:もしアメリカ米韓同盟の下、北朝鮮先制攻撃すれば、中国絶対にそれを阻止する。中国は決してその結果描かれる「政治的版図」を座視しない。

(3)中国朝鮮半島の核化には絶対に反対するが、しか朝鮮半島戦争が起きることにも同時に反対する。(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦にも反対する。この立場において、中国ロシアとの協力を強化する。

中国が切った「中朝軍事同盟カード」を読み切れなかった日米の失敗

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/09/post-8375.php

で、中国軍韓国軍に一線を超えた理由を追及しているうちにいろいろ真相暴露されて

アメリカ北朝鮮および世界中呆然としているうちに中国主導で朝鮮半島非核化が達成

って、なるといいね

ちなみに北朝鮮ミサイル名前北極星」にはこんな意味があるそうです。

道教に由来する古代中国思想では、北極星(北辰とも言う)は天帝天皇大帝)と見なされた。これに仏教思想流入して「菩薩」の名が付けられ、妙見菩薩と称するようになった。「妙見」とは「優れた視力」の意で、善悪や真理をよく見通す者ということである。七仏八菩薩所説大陀羅尼神呪経には「我れ、北辰菩薩にして名づけて妙見という。今、神呪を説きて諸の国土擁護せんと欲す」とある

妙見菩薩

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E8%A6%8B%E8%8F%A9%E8%96%A9

2015-06-25

午前四時に頼むマックポテトうまい

 午前四時くらいに食うマックポテトは塩がかかっていてうまい

 別に昼間でも「塩多め」で注文すればマックポテトに塩をかけてくれるんだけど、だいたいの店員は塩ポテトがそんな好きじゃないので塩加減が分からずたんにめっちゃしょっぱいだけのマックポテトを作る。そういうわけで、四時くらいのフツーなポテトの塩っぽさがちょうどいい。

 

 四時のマックでおれはバーガーセットを頼まない。別にバーガーが嫌いなわけじゃない。でも、四時ポテ塩味バーガーは合わない。バーガーはケッチャップがやたら強くて甘いか、チーズかパテの塩が聞いていて四時ポテの塩を相殺してしまうかのどちらかのタイプしかない。俺は純粋な塩ポテトが食べたいんだ。でも、四時にマックにやってくるような大学生どもはママおっぱいを忘れられない味覚未成人どもばかりだからバーガーを食う。アホだ。

 ところが純粋ポテト純粋がゆえにかなり難易度が高い。純粋すぎる水は人を殺せるというアレだ。四時ポテだけ食ってるといつしか自分ポテトを食べているのかそれとも塩のかかった油の固形物を食べているのか、わからなくなる。

 わからなくなるといっても比喩的表現なので、もちろん自分ポテトを食べていること自体認識できるんだけど、要するにうんざりしてくる。わかりやすセックスに例えれば、松潤とは夜通しヤれるかもしれないけれど、剛力彩芽とは三回が限界かな、みたいな気持ちだ。

 

 というわけで、つけあわせがひつようになる。マックはえらい。四時ポテファンのニーズたくみにうけとめて、「セット」という概念発明した。さすが世界一バーガーチェーンである

 なので、ドナルドの厚意に感謝しつつ、四時ポテのセットにはマックナゲットを頼もう。

 マックナゲットとて純粋ポテト純粋さ、そのヴァージニティをまったく汚さないほどの紳士というわけでもないけれど(ここにはマックの「あらゆる商品が主役になれるだけの自己主張の強さをあたえる」といういかにもアメリカン・ウェイ・オブ・ライフ的な思想が反映されているのだがこの文では置いておく)チキンの適度な弾力感と油っ気が四時ポテの塩感をアシストしてくれて、なによりそのパリッとした衣! ふにゃちんバーガーどもは一線を画するたくましいマッチョイズムを体現した武骨な食感は塩ポテ自体の硬派さと相まって、まるで厳格な規律で知られる名門野球部バンカラ応援団のようなアツい漢のハーモニーを奏でてくれる。たとえ極寒のマックであろうと、マックナゲットと四時ポテが揃えば、そこにはもう夢の大舞台夏の甲子園決勝戦だ。

 

 そういうわけで、脳内ブラスバンドピンク・レディーの『UFO』を響かせるなか、今日もきょうとて午前四時にポテトマックナゲットのセットを買いにきたのだが、どうも店内の様子がおかしい。

 なんというか……メニューデザインが変わっている。シンプルを越えて貧乏くさくなってる。なんとなくエコくさくなってる。日本の四倍の面積のアマゾン天然林を毎日切り倒して恥じない、資本主義の暴虐を体現するあのドギツい原色はどこへ?

 っていうか、デザインどころかメニューのものも変わっている。なんというか……なんだろ、サイドメニューが選択式になっている。ポテイトオ一択だった頑固なラーメン屋感は消え失せ、ポテトサラダマックナゲットヴァリエーションからお好きなものを選んで下さいという消費者へ媚に媚びた娼婦のような仕様になっている。似たようなシステム娼婦KFCがあるが、あれはフライドチキンのつけあわせに揚げた鶏が選べるという極めて硬派な、辰巳芸者のような反骨とダンディズムあふれる売笑なのであって、こんなポテトサイズによってセット価格50円引きになったりするような軟弱なものと一緒にしてもらっては、南北戦争で二百万人を殺し、大阪では七百万の阪神ファンを何十年にもわたり絶望のどんぞこへたたき落とした怒れる神、サンダース大佐も大激怒だ。

 

 

 なにかがおかしい――おれは動揺をおさえ、平静をよそおいながらマックナゲットセットを注文した。ところが店員はキョトンとした顔で、

マックナゲットはセットにできませんよ」と事も無げにぬかしがる。

 曰く、マックナゲットは「サイドメニュー」なので、おなじ「サイドメニューであるポテイトオとはセットにできないということだった。

 理不尽である。なぜ一ヶ月前にできたことが突然できなくなったのか。なぜサイドメニューのセットでサイドメニューを頼んではならないのか。ポテトのMとポテトのSのセットを食べたい客はこれからどこへ行けばいいのか。おれはこれからどうすればいいのか。

「できませんか」と一縷の望みをかけて俺は再度問う。

「すいませんが」と即答する店員。

「そうですか」……とこんな短い問答のあいだに僕は驚くべき速度で自分を立てなおしていた。そこは大人である

 セットにできないなら単品で頼めばよい。

 マックナゲットと、

 ポテトのMと、

 ドリンクのM。

 しめて670円。

 670円?

 670YEN?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????

 天帝よご照覧あれ、だ。こんな大理不尽がまかりとおっていいのか。メニュー改定前は500円そこそこだったはずのマックナゲットセットが、今はちょっとしたカフェ飯価格とは!!! この世から正義は潰えてしまったのか!!???

 

 でもやはりそこは俺も大人である

 なにごともなかったかのように金を払い、マックナゲットポテトのMとドリンクのMを受け取る。

 今日の四時ポテも、塩がかかっていてとてもうまかった。身体によくない味だった。

2014-10-13

http://anond.hatelabo.jp/20141013031648

契約一杯働いて2回うつったらもう30後半

人生において2チャンスくらいしかない

何というギャンブル

あー暗い

未来

天帝様は暗いのがお嫌いだぞ

2013-12-29

LLF』と『果実』を比較検証する(2)

はじめに

文字数オーバーになってしまった前回(http://anond.hatelabo.jp/20131229045340)の続きである

警察通報すべきだ、と反対意見を述べる生徒が現れる

ロジック・ロック・フェスティバル』において、警察通報すべきだと意見するのは、ヒロイン(鋸りり子)である

 りり子は穏やかな声音で言葉を重ねた。もっともその中には、最後の審判を告げるガブリエルのごとき決然さをも含んでいたが。

「先ほども申しましたが、会長の心境には私自身強い同情を感じています。ただ……人が一人死んでいるという状況、命を落としたという事実に対して応じることは、やはり何にも増して優先されるべきだと思います。どんな信念、心情を差し置いても、です」

 これに会長が返答をする前にある人物によって言葉差し挟まれた。

「そ、その通りです……!」

 金牛事務員だった。彼は周りを窺いながらもごもごと続ける。

「……会長さん、でしたっけ? お気持ちは分からないでもないですが、これはやっぱり一刻も早く警察を呼ぶべきです。議論をしている間にも、ほら、時間経過と共に重要な手掛かりが失われているかもしれないですし……」


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、警察通報すべきだと意見するのは、志度一馬である

「アタシは通報派だけど、それぞれ理由が必要ね」

(中略)

「アタシの臓腑(はらわた)は今煮えくりかえってるわ。だからこそ、一刻も早く腐れ下手人死刑になればいいと思ってる。そのためには通報すべきよ。それに、ひとの生き死に以上の優先事はないわ。たとえ音楽だろうと」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、530頁)

人の死は何事にも優先されるという理由が一致している。

結果、その場にいる生徒による、多数決が行われる

ロジック・ロック・フェスティバル』において、多数決で決めるとの宣言はなされない。生徒会長(衿井雪)とヒロイン(鋸りり子)の意見に続く形で、副会長(成宮鳴海)が会長意見を支持したことにより、多数決の流れが自然にできる。

「一時沈黙、に一票ということです。鋸さんとも対立することになってしまますね。しかしここはどうか目を瞑っていただきたい」


ロジック・ロック・フェスティバル

多数決の結果が決まった後に、多数決という方法で決めたのが正しかったのか山手線太郎意見する場面がある。

多数決が必ずしも民主的な方法ではないはずだけど」

 線太郎揶揄するところを僕は穏当に受ける。

「そんな取り違えはしてないよ。ただ行動の選択に時間を取られていてはいつまでたっても行動自体を起こせない。今は総意をある程度一致させてとにかく動き出すべきだと思う」


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、部長柏木照穂)が多数決で決めることを宣言する。

「決を採る。それには全員従うこと(この面子だと――)」と柏木

多数決で決めていいことなの? 瀆魂(とくこん)じゃない?」詩織さんが遺体を見遣った。

「どっちの意見を容れても、すぐ行動しなきゃいけない。みっちり討議してる暇がない」と柏木


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、530~531頁)

多数決通報するか否かを決める理由を、すぐに行動しなければならないからとするのが共通点である

警察通報しないことを、倫理的糾弾する生徒が現れる

ロジック・ロック・フェスティバル』において、「警察通報しないことを、倫理的糾弾する」のは山手線太郎である

「――いいえ、速やかに通報するべきですよ」

 そう言い切って、副会長の前に颯爽と立ちはだかったのは線太郎だった。一瞬、二人の男の正義がぶつかり合う音が聞こえた気がした。

会長の鷹松祭への熱意も、それを慮る副会長の誠意も、最大限に斟酌したいと思います。でもやはりそれとこれとは別問題と言わざるを得ない。通報を保留し、再度この部屋に鍵を掛けて、知らぬ存ぜぬでさあ鷹松祭ですか? 死者を前に失礼ですが、僕は生前、灘瀬先生のことをあまり快く思ってはいませんでした。そんな僕でもこんな所業はあんまりだと思います


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、「警察通報しないことを、倫理的糾弾する」のは切間玄である

「敢えていうけど(デンク・マール・ナッハ)」と切間。「奥平事件なんてあれだけ先陣争いみたいな捜査して、あれだけ関係のない可能性の高い生徒、総ざらえで調べたんやで。それでも解決してへん。まして発見者が協力せえへんかったら」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、531頁)

上記引用した「糾弾」がはたして「倫理的」なものかどうかは私には判断できなかったが、該当する部分が他になかったので上記部分を引用した。

通報するかどうかの多数決が、可否同数になる/最後の一票により、イベントを優先して通報しないことが決まる

ロジック・ロック・フェスティバル』において、沈黙派が3人(衿井雪、成宮鳴海、万亀千鶴)、通報派が3人(鋸りり子、金丸遥、山手線太郎)で同数となる。最後主人公中村あき)が沈黙に一票を入れ、通報しないことが決まる。

 なんてったってこれで三対三、通報か否かを巡る決議はもつれにもつれていた。本来、人様の死に対し、こんなやり方で接することなんて許されない。そんなのは分かっている――分かりきっているけれど、今はそんな採決の図式を思い描かないわけにはいかなかった。

 事実、僕以外の全員の目がこちらに向けられている。

「僕は――」集まる注目の中、僕はおもむろに口を開いた。「沈黙を支持します」


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、沈黙派が3人(志度一馬、修野まり、切間玄)、通報派が3人(古野まほろ、穴井戸栄子、上巣由香里)、棄権が1人(峰葉詩織)で同数となる。最後部長柏木一馬)が沈黙に一票を入れ、通報しないことが決まる。

棄権する」

はい?」柏木が、いや一同が眉を寄せる。「棄権は想定してないんだけど」

「どちらを選ぶにしても、失われるものが多すぎますわ。あたしには決められない」

「珍しいな、瞬殺(ブリッシュラーク)の詩織さんがよう決められへんなんて、理由訊いてええか?」

黙秘権を行使します。それに理由を説明したところで、そしてみんなが納得しなかったところで、あたしの意見は変わりません。以上」彼女は以降の意思疎通を拒否した。

最後は僕か」部長はため息を8拍ほど延ばした。「通報はしない」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、532~533頁)

生徒たちによる、実況見分等の捜査が行われる

ロジック・ロック・フェスティバル』において、実況見分をしようと提案するのは会長(衿井雪)である。「15. 現場検証」をまるまる使って実況見分する様が描かれる。

「ではまず、手早く研究室内の様相を検めようか。その後、施錠したら私たちも粛々とここを立ち去るべきだ。いまでさえグレーだというのにここで長居していたら、余計に捜査が入った時に疑われる」


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、実況見分をしようと提案するのは修野まりである

「なら」由香里ちゃんがいった。「ここは撤収すべきですね、粛々と、急いで」

「もちろん」修野嬢がいった。「この部屋に何がどのように配置されているのか、確認してからだけど」

「どうして?」栄子さんが訊いた。「当面の間、知らぬ存ぜぬを通すんでしょう?」

ひとつは、いわゆる下手人による――」

まり、『犯人』よ。『容疑者』でもいいけど」詩織さんが微苦笑した。その声は何か哀しかった。

「――犯人による現場改変に対処するため。いまひとつ犯人特定するためよ。ただし前者については」修野嬢は呼吸をずらした。「瀬尾先生がいまカードキィをお持ちなら成り立たない理由だけど」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、534頁)

現場を「粛々と」立ち去るべきだという形容詞が一致している。

現場に留まるのは危険、との判断から、無人の室に移動する

ロジック・ロック・フェスティバル』において、現場から移動するように提案するのは生徒会長(衿井雪)だ(上記引用部分参照)。その理由は「余計に捜査が入った時に疑われる」との判断だからだ。移動先に音楽室を挙げるのは副会長(成宮鳴海である

「終わったらどこに集まります?」と千鶴

生徒会室は」言いかけて会長は首を振った。「役員がいるな」

音楽室はどうでしょう?」と副会長。「今は誰もいないはずです」

 音楽室は鷹松学園の新館でも旧館でもない、別館にあった。吹奏楽班や合唱班には別に練習室が設けられている関係上、入っていくのを見られたら何をしに行くのかと怪しまれるかもしれないものの、それさえ注意すれば後夜祭以後のイベントの間、ほぼ百パーセント誰も入ってこないような場所である

 こうして音楽室で落ち合うことに満場一致で決まり、すぐにそれぞれの組で行動を開始した。


天帝のはしたなき果実』において、現場から移動するように提案するのは上巣由香里だ(上記引用部分参照)。移動先に第4会議室を挙げるのは部長柏木照穂)である。その理由は相互監視をするためだ。会話文内にある括弧は柏木の心の声である主人公古野まほろ)は柏木の心の声を聴くことができるという設定がある。

一馬部長がいった。「一馬美術得意だったよね。まほと見取図を作ってくれ。切間と僕で先生遺体を改める。女性陣は第4会議室に先行して」

「第4会議室?」詩織さんが訊いた。

使役の部屋だ。あそこに籠もろう(相互監視、やむなし)」

柏木、きみは」僕は口を挟んだ。「僕らのなかに、教師殺しがいると?」

「(そのとおり)その議論は引っ越ししてからだ。誰も来ないとは思うけど、急ごう」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、535頁)

古野まほろ(作者)は「現場に留まるのは危険、との判断から」を「同一性」としているが、『ロジック・ロック・フェスティバル』においては捜査が行われたときに疑われるからであり、『天帝のはしたなき果実』においては相互監視をするためなので「同一性」とは言いがたい。

また「無人の部屋」とあるが、『ロジック・ロック・フェスティバル』における音楽室は無人の部屋だが、『天帝のはしたなき果実』における第4会議室は無人ではない。アンサンブル・コンテンストの運営を手伝っている勁草館高校の生徒の控室であり、実際に訪れた際にも内田という生徒が中にいる。

「あ、柏木先輩。例のおつかい終わりました」内田焼きそば(大盛)を啜りながらいった。

「ここの部屋は」でんでんでん、と軍人のごとく爆進(ばくしん)しながら柏木が訊いた。「勁草館(うち)の人間以外は来ないんだね?」

「はあ。うちの学校(ガッコ)の使役の控室ですし」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、547頁)

古野まほろ(作者)側の主張に沿って見れば、勁草館生徒は事件関係者であり「(事件関係者以外は)無人の部屋」と無理矢理解釈することもできなくはないが、普通に考えれば第4会議室は「無人の部屋」ではなく、こちらも「同一性」とは言いがたい。

私感

ロジック・ロック・フェスティバル』と『天帝のはしたなき果実』を両方読了した印象としては、影響を受けているのは間違いないと感じた。今回検証した被害者キャラクター造形と警察通報しないことを多数決で決めるシーンは明らかに参考にしている。とはいえ文節単位剽窃はなく、仮に裁判になったとしても著作権侵害との判断が下されるかどうかは微妙なところだ。

上記のように細部を比較すると必ずしも「同一性」と呼べない部分もある。箇条書きマジックを演出するために無理矢理同一だと主張した部分もあったのではないだろうか。とはいえ私が参照したのは旧訳であり、新訳では同一なのかもしれない。

LLF』と『果実』を比較検証する(1)

はじめに

中村あきの星海社FICTIONS新人賞を受賞したデビュー作『ロジック・ロック・フェスティバル』が、古野まほろメフィスト賞を受賞したデビュー作『天帝のはしたなき果実』と類似していると指摘され一部で話題になっている。『ロジック・ロック・フェスティバル』に続いて『天帝のはしたなき果実』を読了したので、前回(http://anond.hatelabo.jp/20131221141558)に続いて比較検証していきたいと思う。ちなみに私が読んだのは講談社ノベルス版(通称「旧訳」)である古野まほろとしては全面改稿した幻冬舎文庫版(通称「新訳」)を決定稿としたいようだが、諸事情から旧訳を参考とした。以下の比較検証おいて新訳では違ってくる部分があることをあらかじめ了承いただきたい。

古野まほろの指摘

12月7日Twitter於いて古野まほろが「関係性の説明」をした。それは大きく分けて【学校の設定】【死体発見時の言動等】【推理合戦】の3点である。今回はその中から死体発見時の言動等】について検証していきたい。古野まほろが挙げた「同一性」は以下の通りである

死体発見時の言動等】

被害者は、「世界史倫理担当の教師である

被害者の特徴は、理不尽質問悪態である

被害者は、成年男性1人である

被害者は、クローズドな施設において殺されている

発見者は生徒である

警察への通報を拒否する生徒が現れる

警察への通報を拒否する理由は、高校生として「重要イベント」のためである

警察通報すべきだ、と反対意見を述べる生徒が現れる

・結果、その場にいる生徒による、多数決が行われる

警察通報しないことを、倫理的糾弾する生徒が現れる

通報するかどうかの多数決が、可否同数になる

最後の一票により、イベントを優先して通報しないことが決まる

・生徒たちによる、実況見分等の捜査が行われる

現場に留まるのは危険、との判断から、無人の室に移動する


1つ1つの要素の問題ではありません(要素で見ても厳しいかな、とは思いますが・・・)。私が問題にしているのは、これらすべての要素の「組合せ」です。このような「組合せ」が、まったく別個の作家により、偶然に案出される可能性は、ゼロです。死体発見時の言動等もまた「同一性」の問題です。

被害者は、「世界史倫理担当の教師である

古野まほろ(作者)は「死体発見時の言動等」と銘打っているが、前半は被害者の特徴についてである。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、メインとなる密室殺人事件被害者となるのは「灘瀬朝臣(なだせあそん)」である。灘瀬について記述してある部分を引用したい。

ねちねちとした口調、ねめつけるような視線、四十代半ばにして既に注意信号の頭髪、加えて誰が言い出したかセクハラ疑惑まで併せ持った社会科担当教諭、灘瀬――なんとか。失礼、フルネームは存じ上げない。専門も世界史だったか倫理だったか


ロジック・ロック・フェスティバル

灘瀬朝臣社会科担当教諭であり、専門が世界史なのか倫理なのかは本文中で特定されていない。高校世界史を教えるのに必要なのは高等学校教諭一種免許状地理歴史)」であり、倫理を教えるのに必要なのは高等学校教諭一種免許状公民)」だ。それぞれ別ではあるが、実際は両方を取得しどちらも教えるというケースが多い。

天帝のはしたなき果実』におい殺人事件は何度か起こるが、メインとなる首無し殺人事件被害者となったのは「瀬尾兵太(せおひょうた)」である。瀬尾兵太は世界史担当教諭である。本文中に世界史以外の社会科科目を教えているとの記述はない。

黄昏音楽室に入ってきたのは、我が県立勁草館高等学校世界史の教師を勤めるとともに、同校吹奏楽部顧問に任じる瀬尾兵太だ。


天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、23

「要素」で判断する限りは「社会科担当教諭(専門は世界史倫理か不明)」と「世界史担当教諭」を「同一性」と表現するのは厳密な意味おいては正確ではない。だが、少なくとも数学英語のように全く関係がない教科ではなく、非常に類似している「要素」であるといえる。

被害者の特徴は、理不尽質問悪態である

ロジック・ロック・フェスティバル』において、被害者(灘瀬朝臣)の特徴が「理不尽質問悪態であることは、さきほど引用した文のすぐ後に書かれている。特筆すべきなのは、実際に灘瀬朝臣が生徒に理不尽質問をしたり、答えられない生徒に悪態をつくような場面が一切登場しないことだ。設定として生徒に恨まれる理由があることを示す以上のものはない。

根も葉もない噂には同情を禁じ得ないけれど、彼を生理的に受け付けない生徒は多そうだ。授業も理不尽質問を当てるし、答えられない生徒には悪態もつく。


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、被害者(瀬尾兵太)の特徴が「理不尽質問悪態」と断言していいものかは迷う。『ロジック・ロック・フェスティバル』の灘瀬朝臣がただの記号として描かれているのに対し、瀬尾兵太ははるかに血の通ったキャラクターで、特徴として挙げるべき点が複数あるからだ。主人公たちの所属する吹奏楽部OBであるとか、東京帝大法学部出身であるとか、胸に大きな緑色宝石を付けているとか、語学の達人であるとか……。

そこで、まずは「理不尽質問悪態」に該当しそうな部分を探してみることにする。第一章から瀬尾兵太が生徒に質問するシーンを抜粋したのが以下だ。

p、って何だ」

「『弱く演奏する部分に付いた強弱記号』」

阿呆(ドゥラーク)かお前! 確かにfは『強く』でもいいが、pは『静かに』。(後略)


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、34頁)

「あと峰葉、お前は腕立て二セット追加だ――理由は?」

「歌口(マウスピース)を押さえすぎるから、です」

「唇に歌口(マッピ)の跡が付きすぎて興を削ぐな。何でそうなるんだ?」

右手の小指を深く引っかけて持っているからです」

「それは何でだ?」

ペット左手だけで支えられていないからです」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、36頁)

(前略)音がボケてる。どうしてだ?」

「舌遣い(タンギング)が柔かすぎたからでしょうか(はふう、想定の範囲内)」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、37頁)

瀬尾兵太が吹奏楽部の録音を聴いて指導する場面である。「理不尽」かどうかは判断が分かれるところだが、「質問」をすることによって生徒にどこがよくなかったのか自ら考えさせるのが瀬尾兵太のやり方のようだ。そして適切な答えを返せなかった生徒には、「阿呆かお前!」と悪態をついている。「悪態」については具体的にその言葉が出てくる箇所がある。

「まずは誰も口論当事者だって名乗りでてこないからです。瀬尾先生悪態というか音楽に関しての辛辣かつストレートな要求は今に始まったことじゃありません。誰だって何度もボコボコにされてます


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、582頁)

この発言をした登場人物は瀬尾の言動は「悪態」そのものではなく、「悪態」と表現してもいいような「音楽に関しての辛辣かつストレートな要求」と認識しているようだ。

被害者は、成年男性1人である

これまでに記述したとおりメインとなる殺人事件比較した場合、『ロジック・ロック・フェスティバル』も『天帝のはしたなき果実』も「被害者は、成年男性1人」で間違いない。しかし『ロジック・ロック・フェスティバル』は日常の謎を解く場面がいくつかあったのち、メインとなる密室殺人事件が描かれるのに対し、『天帝のはしたなき果実』は連続殺人事件を扱っている。その被害者男子生徒、女子生徒、教師(これが「成年男性1人」に当たる)である。つまり、メインとなる事件だけを比較対象にした場合同一性」に該当するが、比較対象を物語全体に敷衍した場合同一性」には該当しないことになる。

被害者は、クローズドな施設において殺されている

クローズドな施設」という表現が、含みを持たせている。ミステリーおいては「密室」と「クローズドサークル」というふたつの閉鎖状況がある。『ロジック・ロック・フェスティバル』において描かれるのは密室殺人事件だ。文化祭開催期間中に、密室となった社会科研究室死体発見される。

「……密室

 ぼそりと言ったりり子の言葉に僕は哀しいかな反応してしまう。

 僕らが入ってきたドアは確かに鍵が掛かっていた。もう一方のドアは元よりガムテープでがちがちに封鎖されて閉め切りになっており、出入り口としての役目を完全に放棄させられている。四つある窓全てにしっかり施錠されているのが確認できるし、廊下側の壁の上部・下部にそれぞれ設けられた換気用の小窓もご丁寧に施錠がなされていた。

 現場は完全なる密室だと認めざるを得ない。


ロジック・ロック・フェスティバル

高校敷地建物文化祭期間中で一般にも広く開放されているので「クローズドサークル」ではない。しかし、社会科研究室を含む四階は、唯一の階段ふたりバスケットボール部員によって監視されている。

はい、そうみたいでした。なのであたし、立ち聞きする気はなかったんですが、会話の内容が耳に入ってしまったんです。彼女たちはこう言ってましたよね、『私たちがいる間にここを通ったのは、会長副会長、あと実行補佐の四人で全部です』って」


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、メインとなる首無し殺人事件が起こるのは、アンサンブルコンテスト大会が行われている姫山市文化会館の第7楽屋である。この第7楽屋には死体発見時に鍵が掛けられていたが、オートロック式で関係者が鍵を持っていたこともあり「密室」とは呼べない。

ここの楽屋オートロック式で、カードキィを持っていなければ開かない代わりに、内側からは鍵もチェーンも掛けられない珍しい扉になっています(朝のミーティングとき瀬尾がいいましたね)。


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、648頁)

姫山市文化会館は一般に広く開放されている公共施設であるので「クローズドサークル」ではない。しかし、楽屋を含むエリア関係者以外立ち入り禁止となっている。

「非公開区域にはリボンないと入れへんし、第7楽屋のドアは専用のカードキィないと入れへんで、念のため。借りたら記録残るし」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、626頁)

鷹松学園も姫山市文化会館も一般に広く開放されている。しかし「クローズドな施設」という含みを持った表現をすれば、どちらの作品も外部との出入りが制限される場所死体発見されており、当てはまることになる。

発見者は生徒である

ここから死体発見時の状況になる。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、被害者(灘瀬朝臣)の死体発見するのは、主人公中村あき)、山手線太郎、鋸りりこ、万亀千鶴生徒会長(衿井雪)、副会長(成宮鳴海)の6人である

 四階に辿り着くと、そこにはなんと会長までもが参席していた。

「鍵、持ってきてくれたか! 早く、嫌な予感がする」

 既に事態も把握しているようだ。

はい、これ、マスターキーです」

 走り寄って僕がポケットから鍵を取り出すと、会長が引っつかむようにしてさっさと鍵穴へ差し込んだ。

 かちり、と確かに鍵の外れる音。

 社会科研究室の扉が開くと、中から冷気が溢れ出した。エアコンがかけっ放しらしい。何か異様な雰囲気と共に、確かな臭気がその中に感じ取れた。

「うっ……なに、この臭い

 千鶴が鼻を押さえる。

「――灘瀬先生、いらっしゃいますか?」

 呼び掛けながら室内に足を踏み入れる会長。僕がその後に続いた。

 研究室入り口付近左手にすぐ壁、そして右手本棚といった配置である。そのため本棚が途切れたところで、ようやく部屋の全容が見渡せた。

 目に飛び込んでくるのは痛いほど鮮かで、残酷な色彩。

 一面の赤色

 血の海。

 赤の海。

 そこに沈む、ぐにゃりとした男の体。

 深紅に溺れる、こと切れた灘瀬がそこにいた。


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、被害者(瀬尾兵太)の死体発見するのは、主人公古野まほろ)、峰葉詩織の2人である

 うひゃあ! 前を歩いていた瓶緑色ボトルグリーン)のブレザー着た集団も飛び上がった。彼女はず、ずいと第7楽屋の前に立つ。「キィは?」

「こちらです」

 ピ、と脳天気電子音とともに若草色(リーフグリーン)のランプが灯る。彼女は目を伏せがちにいった。

「こんどは檸檬、買ってくるのよ。古野君の勝――」

 彼女の声が思いっきり完全休止(ゲネラルパウゼ)する。

 次いで教科書どおりの、深々とした、背筋の伸びた息継ぎ(ブレス)。

「僕の、か?」

 彼女の凍てついた顔を、僕は忘れない。陸奥みちのく)の安達ケ原の姫山に、鬼籠もれりというは真実まこと)か――

 そこには、嵌め殺しの机にもたれ、ドアに背を向ける形で、瀬尾だった物体があった。

 肩からうえには、首がなく。

 それは、避けられない宿業のようだった。


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、648~649頁)

上記に引用したとおり、『ロジック・ロック・フェスティバル』も『天帝のはしたなき果実』も「発見者が生徒である」ことは間違いない。付け加えるならどちらの作品も「死体発見者が主人公を含む集団である」と言っていいだろう。また主人公自身が鍵を開けるのではなく、別の人物に促されて主人公が鍵を渡す点も共通点と言える。

警察への通報を拒否する生徒が現れる/警察への通報を拒否する理由は、高校生として「重要イベント」のためである

ここからは、死体発見したもの警察通報しないという判断をするシーンである。上記ふたつについて引用部分が同じなので同時に検証する。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、通報を拒否する生徒は生徒会長(衿井雪)である。その理由は自身が実行委員長として力を注いできた文化祭最後まで終わらせたいというものである

 その時だった。

 会長がすっとみんなを置き去りにするように入り口の方に向かった。そして直後、社会科研究室の扉がぴしゃりと閉じられる音が響いたのだ。

会長……?」

 不審に思い、僕も一度灘瀬の遺体から離れ、一同の輪の方へ戻ることにする。

 そこから入り口を見ると、なんと会長は信じられないことに扉を背にしてその場で膝を折り、こちらに向かって土下座をしていたのだ。

 それだけではない。とんでもない発議がその口からなされた。

「……頼む! 文化祭が終わるまで通報を待ってくれないか

 それは誰もが理解に時間を要するほどの突飛な提案だった。

「な、何を言って……」

 ようやくどうにかして言葉を発した副会長を遮って、会長は哀願するように続けた。

「分かっているんだ、これは普通の思考じゃない……異常だ、狂ってる……そんな風に思うかもしれない……それでも! それでも私は自らの全てを鷹松祭に注ぎ込んできた……実行委員長として私にはこの祭を完成させる義務がある。それだけは誰にも邪魔させない。じきに一般公開も終わる。そこから簡単な片付けがあって後夜祭、ファイアーストーム、そしてグランドフィナーレ――鷹松祭が終了を迎えるまで残り約三時間、あとたったそれだけなんだ!」会長は喘ぐように息を継いだ。「――今一度、三顧の礼を尽くして懇望する。鷹松祭の終了まで示し合わせて黙っていてはくれないだろうか」

 総員、言葉を失ってしまった。


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、最初通報を拒否する生徒は主人公古野まほろである。その理由はすでに演奏が終わったアンサンブルコンテスト大会の結果が聞きたいというものである

差し当たり重要なことは」一馬が厳かに口火を切った。「ひとつしかないわ。通報沈黙か。それが設問よ(ザットイズザクエスチョン)」

「僕は沈黙派だよ」と僕。

(中略)

「今通報すれば、会場は大混乱、大会どころじゃなくなる。あれだけの演奏ができたのは瀬尾のお陰だし、客観的にもその評価を得るのが供養だと思う」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、530頁)

どちらの作品も警察への通報を拒否する生徒が現れ、その理由は、高校生として「重要イベント」のためであるのに間違いない。

2013-12-21

ロジック・ロック・フェスティバル』と〈古典部シリーズの類似点

はじめに

中村あきの星海社FICTIONS新人賞を受賞したデビュー作『ロジック・ロック・フェスティバル』が、古野まほろメフィスト賞を受賞したデビュー作『天帝のはしたなき果実』と類似していると指摘され話題になっている。『ロジック・ロック・フェスティバル』は星海社ウェブサイトで無期限全文公開されている(http://sai-zen-sen.jp/works/awards/logic-lock-festival/01/01.html)ので読んでみた。その結果『天帝のはしたなき果実』だけでなく、米澤穂信の諸作品との類似点が見られたので検証したい。ちなみに現時点で私は『天帝のはしたなき果実』を未読であるが、これから読んでみる予定である

以前から米澤穂信作品との類似は指摘されていた

読書メーター12月4日投稿されたjinさんのレビューhttp://book.akahoshitakuya.com/cmt/33836748)。

読んだ印象としては、米澤穂信西尾維新になったつもりで古典部シリーズを書いたらこうなるんだろうなと思った文学部員が書いた同人誌と言った感じ。

読書メーター12月11日投稿された×(旧らっきーからー。)さんのレビューhttp://book.akahoshitakuya.com/cmt/34001390)。

米澤穂信とかを目指した結果、残念ながらそこに至らず。そんな印象。

物語構成

まず『ロジック・ロック・フェスティバル』の物語の流れを説明する。以下が『ロジック・ロック・フェスティバル』の章タイトルだ。

  1. 四人の申し分なき閑人
  2. 実行補佐
  3. 回想と回送
  4. モバイルコード
  5. 葉桜の季節
  6. 大脱出
  7. バス班室写真消失事件 前編
  8. バス班室写真消失事件 後編
  9. そして、時は来たれり
  10. フェスティバルフリーク
  11. 健康と対策
  12. アイの告白
  13. それは清き学び舎を妖しく濡らして
  14. さよならコージー
  15. 現場検証
  16. 見捨ていくプリコンディション
  17. 星のお告げと逆転密室(万亀千鶴告発
  18. 失われた血の絆(成宮鳴海告発
  19. 浪漫秘密の抜け穴(衿井雪の告発
  20. 犯人探偵中村あきの告白
  21. 名探偵』の復権(鋸りり子の告発
  22. 顚末
  23. 探偵の動機

全部で23章で構成されている。『ロジック・ロック・フェスティバル』のメインとなる事件は文化祭開催期間中に起きた密室殺人事件だが、文化祭が始まるのは「9.そして、時は来たれり」からだ。ではそれ以前はというと小さな謎解きが2,3あるという構成になっている。具体的には「4. モバイルコード」で携帯メール暗号の謎解き、「6. 大脱出」で閉じ込められた蔵から脱出、「7. 女バス班室写真消失事件 前編」「8. 女バス班室写真消失事件 前編」で写真盗難事件の謎解きが行われる。

次に米澤穂信デビュー作『氷菓』の物語の流れを説明する。以下が『氷菓』の章タイトルだ。

  1. ベナレスから手紙
  2. 伝統ある古典部再生
  3. 名誉ある古典部の活動
  4. 事情ある古典部末裔
  5. 由緒ある古典部封印
  6. 栄光ある古典部の昔日
  7. 歴史ある古典部真実
  8. 未来ある古典部の日々
  9. サラエヴォへの手紙

この章タイトルだけではどんな物語かわからない。『氷菓』のメインの物語ヒロインである千反田えるの叔父、関谷純が関わったと思われる33年前の事件を解明することであるしかし、その謎がはっきりするのは「4. 事情ある古典部末裔からであり、「2. 伝統ある古典部再生」では千反田える地学講義室に閉じ込められた謎解き、「3. 名誉ある古典部の活動」では、ある本が毎週借りられている「愛なき愛読者」の謎解きが行われる。

はじめに小さな謎解きがいくつかあり、中盤からメインの大きな謎解きになるという物語構成は特定作家専売特許ではない。であるが『ロジック・ロック・フェスティバル』と『氷菓』の物語構成が類似していると指摘するのは間違いではないだろう。

ヒロインのお屋敷にはじめて行くシーン

ロジック・ロック・フェスティバル』の「6. 大脱出」では、主人公中村あき)がヒロイン(鋸りり子)の家をはじめて訪れるシーンが描かれる。これを『氷菓』の「6. 栄光ある古典部の昔日」で、主人公折木奉太郎)がヒロイン千反田える)の家をはじめて訪れるシーンと比較したい。

 目に飛び込んできたのは圧巻の庭園だった。手入れの行き届いた刈り込まれた木々。配置を整えられた岩。雨粒を受けてなお静謐を湛える。その中を悠然と泳ぐ色とりどりの錦鯉。そしてそれらを統べるかのように鎮座する絵に描いたような日本家屋。その向こうには立派な蔵も見えた。

 道なりに設置された飛び石を歩きながら息を呑む。家柄でここまで住む世界が違うものなのか。自身の境遇比較すると、少しばかり悲しい気持ちになってしまう。

(中略)

 唖然としているうちに僕は言われるがまま三和土で靴を脱ぎ板張りの廊下彼女に説明された通りにんでいた。


ロジック・ロック・フェスティバル

 広大な田圃の中に建つ千反田家は、なるほどお屋敷と呼ぶに相応しかった。日本家屋らしい平屋建てが、生垣に囲まれている。水音がするところを見ると庭にはがあるらしいが、外からは綺麗に刈り込まれたしか見えない。大きく開かれた門の前には、水打ちがしてあった。

(中略)

 無視する。門をくぐり飛び石を飛んで、玄関先のベルを鳴らす。

(中略)

 石造りの三和土で靴を脱ぎ、千反田に先導されて板張りの廊下を進む。


氷菓角川文庫版、135~136頁

太字で示したのが二つの作品で完全に一致した箇所である。いくつか単語が一致しているが、文節単位での剽窃は行われていない。単語の一致も同じ「日本家屋を初めて訪れたシーン」を描いたのだからあって当然だ。むしろ庭園に入ってから周りを描写している『ロジック・ロック・フェスティバル』、生け垣の外から庭をうかがっている『氷菓』という点が大きく異なる。

そもそも、高校一年生のヒロイン日本家屋の豪邸に住んでいるという設定がめずらしいが、かといってこの設定が特定作家専売特許というわけでもない。

氷菓』において、千反田える日本家屋の豪邸に住んでいるのは、千反田家が桁上がりの四名家といわれる名家からだ。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、鋸りり子が日本家屋の豪邸に住んでいる理由は説明されない。家柄は明らかにされていないし、両親も学者だ。一般的学者であれば豪邸を建てるほど高給とも思えない。シリーズ化されこれからの作品で明らかにされるのかもしれないが、現時点では主人公たちが閉じ込められる蔵を登場させるためぐらいしか物語必然性がない。背景が説明されないので、どうしても取ってつけたような印象を受けてしまう。

主人公ヒロインが閉じ込められるシーン

ロジック・ロック・フェスティバル』の「6. 大脱出」で描かれる主人公ヒロインが閉じ込められるシーンは、〈古典部シリーズの4作目『遠回りする雛』に収録されている短編「あきましておめでとう」と類似点が多い。例えば、どちらも冒頭に閉じ込められている主人公述懐を置き、時間を巻き戻す形でなぜ閉じ込められることになったのかを記述する形式をとっている。

あらすじはひとことでまとめると以下のようになる。

具体的に『ロジック・ロック・フェスティバル』では、

具体的に「あきましておめでとう」では、

となっている。

以下、『ロジック・ロック・フェスティバル』におい主人公中村あき)とヒロイン(鋸りり子)が小屋(蔵)に閉じ込められるシーンと、「あきましておめでとう」におい主人公折木奉太郎)とヒロイン千反田える)が小屋納屋)に閉じ込められるシーンを比較したい。

 目が慣れてくると、そこは本当に本の山だった。本しかないといってもいいくらい。備え付けの本棚に、そこらに積まれたボール箱に、ぎっしりと詰められた本、本、本――今すぐ古本屋が何件だって始められそうだ。

 りり子に案内され、その後ろに付いていく形で奥の方に歩いていく。中はそれほどの広さでもないようだったが、薄暗さと障害物のように設置された本棚のせいで、なんだか迷路に迷い込んだような眩暈感があった。

推理ものは確か……」

 一応分類されているのだろうか。背表紙を見流す限りでは全く統一感がないような気がするぞ。

 と、その時。

 ぎぎぎ、と何か引きずるような音がして、室内の明度が明らかに落ちた

 なんだろう?

 りり子も一度こっちに振り返り、異変があったことを確かめ合う。

 そして二人同時に思い当たった。

 扉が閉まったのだ。そんな当たり前の結論に到達するのにいやに時間がかかった。

 慌てて扉の方に引き返す僕ら。見るとやはり扉はぴっちりと閉められていた。風やなんかであの重い扉が閉まるだろうか。疑問に思いながらも、とりあえず僕は扉に近づいて手を掛けてみる。

「……あれ?」

 開かない。まさか

 がちゃがちゃがちゃがちゃ。

 扉の外側から響く、金属が打ち付けられるような硬質な音。

 いやいや、冗談でしょ?

「鍵が……閉められてる……?」

強く揺さぶってみると扉はほんの薄くだけ開いた。その間から無慈悲にも完全に閉じられた錠が覗けて。


ロジック・ロック・フェスティバル

 闇の中に手を突き出し摺り足で進んでいく。目が慣れればもう少しマシになるのだろうが、いまはこうしないと危ない。そろそろと奥に進み、手に酒粕が当たらないかと気をつけてみるが、どうも手ごたえがない。

「簡単なお使いかと思ったら、なんだか面倒なことになってきたな」

「あの、折木さん」

 いつの間に近づいてていたのか、千反田が俺のすぐ後ろで名前を呼んだ。背後でアルミドアが風に吹かれて閉まってしまい、納屋の中はいっそう光が入らなくなった


『遠回りする雛』角川文庫版、218~219頁

「おう、開いてるぞ」

 そして、なにやら不吉な、がこんという音。

「え? いまのは……」

 とピンと来ていない千反田。俺はすぐさまドアに、暗くてよくわからないので正確にはドアがあったと思しき場所に飛びついた。アルミノブの、冷たい感触はすぐに探り当てられた。

 しかし。

 がたがたと揺れるだけのドア。オレは千反田を振り返る。千反田の輪郭もはっきりしないけれど、なぜか、心配そうに小首をかしげるやつの顔が見えたように思う。

「どうしました?」

 どうせ見えないだろうけれど、肩をすくめてみせる。

「閉じ込められた」


『遠回りする雛』角川文庫版、221頁

 まず、このドアが閉められている構造をもう一度考える。このドア自体には鍵はない。だから強く押せば、ほんの少しだけ開く。それ以上開かないのは閂のためだ。


『遠回りする雛』角川文庫版、228頁

今度は先程と違い完全に一致する箇所ではなく、同じ事象を別の表現にしている箇所を太字にした(そもそも完全に一致する単語ほとんどない)。非常に似通ったシーンを描いているので、一致している箇所がいくつかあるが、文節単位での剽窃はおこなわれていない。

違和感があるとすれば『ロジック・ロック・フェスティバル』において、「扉はほんの薄くだけ開いた」という点だろう。「あきましておめでとう」では脱出が困難なことを示すために閂がどのようにかけられているか仔細に描写されており、「強く押せば、ほんの少しだけ開く」というのも話の流れから違和感がない。一方の『ロジック・ロック・フェスティバル』においては、どのような扉なのか、どのように錠がかけられているかは具体的に示されておらず、一般的な扉と錠であれば扉が薄く開き外の錠が覗けるというのはおかしい。

「あきましておめでとう」では、折木奉太郎脱出するために様々な方法を試す。そこにはどうやって脱出するのかというハウダニットの愉しみがあるが、『ロジック・ロック・フェスティバル』では、早い段階で窓から脱出できることがわかっている。謎解きの興味はほとんどなく、むしろそれまで葉桜仮名先輩一筋だった主人公中村あき)がヒロイン(鋸りり子)を女性として意識するシーンとして描かれている。

私感

ロジック・ロック・フェスティバル』と〈古典部シリーズ両方を読んでいる私としては、影響は受けていると感じた。しかし、文章の剽窃など著作権法違反に問われるような箇所はないと判断していいだろう。他にも中学時代探偵していたが、とあることをきっかけに探偵することをやめたという鋸りり子の設定が、〈小市民シリーズの小鳩常悟朗の設定と類似するなど気になるところがあるが、それはまたの機会に検証したい。

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