「吾輩は猫である」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 吾輩は猫であるとは

2021-09-28

文末にσ(^_^;)をつけるだけで全ておじさん構文になる説

吾輩は猫である名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬσ(^_^;)ナンチャッテ


愛は支配しない、愛は育てるσ(^_^;)オッ


雨ニモマケズ

ニモマケズ

ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

欲ハナクσ(^_^;)ンナアホナ


夢ならばどれほどよかったでしょう

未だにあなたのことを夢にみる

忘れた物を鳥に帰るように

古びた思い出の埃を払うσ(^_^;)ゴホンゴホン

2021-08-31

anond:20210831005456

最後に甕に落ちて死ぬところが「突出して有名になった」シーンだろw

それ以外にこれといったヤマもオチもイミもない。ヤオイの源流だww

中学生の時だったか読書感想文ネタに「吾輩は猫である」読んだけど、すっげぇ退屈で、感想も何も書きようが無くて非常に困った記憶けが残っているわw

2021-06-05

anond:20210605160212

伊丹十三「女たちよ!」

吉田兼好徒然草」(の、なろう にあった現代語訳版)

・・・エッセイじゃないが、近代日常もの開祖として、

夏目漱石吾輩は猫である」(これは現代仮名遣い版が青空文庫になってる)

2021-06-03

読書感想文の最低読了量はどのくらいなのか

吾輩は猫であるまでで感想文を原稿用紙2枚書けるか

2021-02-28

anond:20210227203303

これは猫が出てくる古い小説タイトルが思い出せないという質問の正解が「吾輩は猫である」だったみたいな話だと思う。

なんか大喜利ネタとして書いたのでは?疑いたくなるような案件

だって元々増田が書いている条件で検索したら一番最初に出てくるような解答だもの

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・日本文学

方針

森鴎外舞姫

留学先で女性妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしま自分がいて、実はこれ、レトリック文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分おすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい

余談だが、鴎外自身東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなた写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りうまいよな。

樋口一葉にごりえ

古風な文体挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文いるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。

舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソード結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。

泉鏡花高野聖

僧侶山間で美しい妖怪出会う話。文庫ちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズ日本の近現代文学作家ベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。

話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。

国木田独歩武蔵野

とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分リズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。

夏目漱石吾輩は猫である

我輩を吾輩に修正

ここ最近漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本近代文学開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。

で、肝心の内容だが。基本的おっさんおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。

余談だが漱石留学時代日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。

島崎藤村破戒

素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。

被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。

田山花袋蒲団

女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的ダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまたか

で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。

有島武郎或る女

読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。

志賀直哉小僧の神様

読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテいからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。

ちなみに、自分が初めて関係を持った女性貧乳だった。だがそれがいい

お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐視点の「児を盗む話」もよかった。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品日記もあって、そうした印象ばかり残っている。

関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。

宮澤賢治銀河鉄道の夜

めんどくさいファンがいることで有名な作家全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。

思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。

江戸川乱歩押絵と旅する男

知り合いにいつもぬいぐるみキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫全集でだった。

横光利一機械

狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫場合表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人夜逃げする「時間」と、ナポレオンヨーロッパ征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。

谷崎潤一郎春琴抄

実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章リズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中生活爆弾が実際に降ってくるまでは震災コロナでただよう自粛雰囲気そっくりだったこととよくわかる。

ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロイン名前が母と同じだったのですっかり萎えしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。

夢野久作ドグラ・マグラ

ミステリ編参照。anond:20210215101500

川端康成雪国

高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生川端康成エロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコン発症させたことくらいだろう。

太宰治斜陽

太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇パーソナリティの偏りや性的虐待疑惑に求める説は多いが、そういう心理普遍的ものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。

もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。

三島由紀夫仮面の告白

天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれ文章のせいかもしれない。

武田泰淳ひかりごけ

極限状況下でのカニバリズムテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニーク小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。

人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?

安部公房砂の女

祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカ父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカ男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。

大西巨人神聖喜劇

未読。不条理陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分戦争もの小説漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。

これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。

大江健三郎万延元年のフットボール

大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。

燃え上がる緑の木」は新興宗教原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリック宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。

萩原朔太郎『月に吠える』

大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現ひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである

福沢諭吉福翁自伝

祖父学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。

子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。

正岡子規歌よみに与ふる書

読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。

石川啄木時代閉塞の現状』

ローマ字日記しか読んだことがない。たぶん日本最初フィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。

小林秀雄『様々なる意匠

詩集翻訳しか読んだことがない……。

坂口安吾堕落論

堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇天武天皇家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。

哲学編に続く→anond:20210222080300

関係ないけど芥川が載ってないのは納得できないぞ。

2021-02-21

猫の本 おすすめ

ホテルクラシカル猫番館/小湊悠貴

猫はホテル看板猫主人公が作るパンがとても美味しそう

ニャンニャンにゃんそろじー/有川浩ほか

いろいろな猫好きによるアンソロジー

旅猫リポート有川浩

主人公サトルと飼い猫の関係がいい

吾輩は猫である夏目漱石

中学教師に迷い込んだ猫による先生家族や友人を猫目線にしている

猫のハローワーク新美敬子

なにかに夢中になってる猫は何かの仕事をしているようだと思いついた人間による猫へのインタビュー

幸せなりたければねこ暮らしなさい

保護猫7匹と暮らしている人の書いたねこ啓発本、猫はいいぞ!

猫にGPSをつけてみた 夜の森半径二キロの大冒険高橋のら

猫の行動範囲習性について人間が猫を知ることができる一冊

100万回生きたねこ佐野洋子

100万回しなない猫がいたんですよ・・・

世界から猫が消えたなら川村元気

猫と二人暮らししていた人が余命わずかになってしまって、この世界から一つ消すかわりにあなたは一日だけ命を得ることができると悪魔から取引される話。

パンスープネコ日和/郡よう子

唯一の身内である母を突然なくした主人公のもとに一匹の猫がやってきて、母がやっていた食堂主人公が再オープンする話

みちづれの猫/唯川恵

様々な人生の場面で、猫に寄り添われて救われてきた女性たちを描く短編

2021-02-13

英語面白さは”吾輩は猫である”を

”I am a cat”もしくは”I am the cat"に訳すか如何で、大きく意味が異なってしまう点にあるのだと思う。

定例どおり”I am a cat”と訳せば、そこらに居る一介の猫に過ぎず、だがこれを”I am the cat"とすれば彼はまさに猫たる猫となる。

この違いによって表される意味の違いは甚大で、彼のアイデンティティ指標の在り方をガラリと変えてしまうのだから面白い

2021-02-12

必読書コピペマジレスしてみる・海外文学編(1)

方針

ホメロスオデュッセイア

イリアス」は捕虜奴隷女の配分をめぐった交渉がこじれた結果、勇者が拗ねて戦場に出ず、味方がどんどん死ぬところからスタートするので、昨今の倫理観から問題があり、神話初心者にはこっちをお勧めしたい。「オデュッセイア」も家で待っている妻を忘れてよその女のところで数年過ごすが、まあ魔法をかけられていたということでこっちのほうがマシだ。舞台もあちこち移動するから飽きないし。

ユニークなのは劇中劇的にオデュッセウス時間をさかのぼって事件の進展を語る箇所があることで、ホメロス時代にはすでに出来事が起きた通りに語る手法が飽きられ始めていたのかな、と想像できる。

実は「ラーマーヤナとある共通点があるが読んでみてのお楽しみ。

旧約聖書創世記

聖書はなんせ二千年前以上の宗教書から原典に当たる前に基本的出来事の流れと時代背景や当時の常識理解していないと読解が難しい。当時のユダヤ民族偏見も混じっているし。加えて、ところどころ立法全書的に当時の習慣や禁忌を延々述べる箇所があり、通読はさすがにできてない。新約聖書だけは何とか意地で読破した。

ところで、どうして「創世記」だけを取り上げたのだろう。たとえば物語として盛り上がるのは「十戒」の「出エジプト記」だ。「ハムナプトラ」とかでエジプトが悪役になるのは大体これのせい。いきなりこれにチャレンジするのなら、手塚治虫聖書物語のほうがいいかもしれない。

ソポクレスオイディプス王

犯人探しが不幸を呼ぶことからミス的な要素もあるし、ギリシア神話の「不幸な運命を避けるために必死になって行動した結果、結局その運命を呼び寄せてしまう」というアイロニーが大好きな自分としては、その典型例なので好物だ(予言鵜呑みにした結果ドツボにはまる「マクベス」も好き)。

これが面白かったら、アイスキュロスの「オレステイア三部作」もおすすめしたい。何世代にもわたる恨みの念が恵みの女神として祀られることで鎮められるというモチーフは、異国のものとは思えない。

唐詩選』

一般教養唐詩の授業を取ったので岩波文庫でぱらぱらとめくった覚えがある。なにぶん昔のことなので記憶曖昧なのだが、はっきり覚えているのが王梵志の「我昔未生時」で、天帝に生まれる前の時代の安らぎを返してくれるように願う詩だ。当時は反出生主義が哲学思想界隈でここまでホットトピックになるとは予想してはいなかった。

他にいいな、と思ったのは杜甫厭戦歌「兵車行」。

ハイヤーム『ルバイヤート

酔っ払いの詩。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞーという内容。著者は文学者であっただけでなく天文学者数学者としても知られるが(三次方程式を解いた実績がある)、ここで展開されている詩はひたすら現世の美しさとはかなさをうたったもので、酔っ払いは世の東西を問わず、というところか。イスラム世界の厳格なイメージをひっくり返してくれるので面白い。ガラン版のアラビアンナイト高野秀行の「イスラム飲酒紀行」とあわせてどうぞ。

ダンテ神曲

フィレンツェ追放されたダンテが苦しみの中生み出したキリスト教最高峰文学のはずだけれど、とにかく気に食わない政敵地獄でめちゃくちゃな責め苦に合わせているところを面白がる下世話な楽しみ方ができる。地獄にいる人物聖書ギリシア神話歴史上の人物も多く、ヨーロッパ歴史文学をざっくり知っているとダンテがどれだけやりたい放題やったかがわかるので愉快。

ただし、地獄編の続きの煉獄編・天国編はキリスト教哲学をかじっていないと結構しんどく、しか風景が山あり谷ありの地獄と比べてひたすら恵みの光が明るくなっていくだけなので、絵的に面白いのは地獄のほうだ。

ついでに、ヒロインがかつて片思いをしていたベアトリーチェという女性なので、ベアトリーチェの美しさを歌う箇所も下世話な目線で楽しめる。妻帯者の癖に未練たらたら。

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

未読。後述のラテンアメリカ文学とかジョイスとかは読んだんだが、そこに出てくる過剰なものや糞尿譚も結構楽しんだので、いつかは読みたいと思っている。

シェイクスピアハムレット

四大悲劇と「ロミオとジュリエット」はざっくりと読んでおくと、いまにも受け継がれているネタ結構あることがわかって楽しいし、意外と下ネタオンパレードなので当時のイギリス人に親しみを持つことができる。ついでに上記のうち二作は黒澤明映画元ネタでもある。

興味深いのは、劇中劇というかメタフィクション必然性を持って登場することだ(父を殺した叔父の目の前で、その殺人の場面そっくりの劇を演じて動揺させるシーン)。すごく先進的だ。かっこいいぞシェイクスピア

セルバンテスドン・キホーテ

基本的には正気を失ったおじさんが繰り広げるドタバタ劇で、下巻では著名になったドン・キホーテからかう公爵夫妻までも出てくる。これだけだと精神を病んだ人をおちょくる悪趣味書物だとしか思えないのだが(というか最初時代遅れの騎士道精神批判するために書かれた)、昨今はドン・キホーテに同情的な解釈が主流。最近テリー・ギリアム映画化した。

スウィフトガリヴァー旅行記

自分が道を踏み外した元凶。誰だこんな子供人間嫌いにする本を児童書の棚に並べたのは。クレヨンしんちゃん夕方アニメにするレベルの蛮勇だ。四部作だが、最後の馬の国では人間という存在醜悪さをこれでもかと暴き立てており、おかげさまですっかり自分人間嫌いで偏屈な人になってしまった。作者の女嫌いの影響を受けなくて本当に良かった。

とはいえ、当時のアイルランド支配はこれほどまでの告発の書を書かせるほどひどかった、ということは知っておきたい。

スターントリストラム・シャンディ』

夏目漱石吾輩は猫である」に出てくる。基本的にはふざけた話であり、著者が自分誕生から一生を語り起こそうとするがなかなか著者自身誕生せず、しか物語の進捗が遅いせいで半年ごとに本を出す約束なのにこのままでは永遠に現在自分に追いつかない、みたいな語りで笑わせてくる。挙句の果てに著者が途中でフランス旅行に出かけてしまう。英文学というジャンルがまだ黎明期なのに、こんな愉快なのが出てくる懐の深さよ。

だが、これだけふざけているのに、登場人物の一人がうっとうしい蝿を「この世の中にはおれとおまえと両方を入れる余地はあるはずだ」といって逃がしてやるシーンはいい。

サド悪徳の栄え

未読。「毛皮を着たヴィーナス」と「眼球譚」は読んだんだが。バタイユどんだけおしっこフェチなんだよ。自分もお尻とかブルマーとか競泳水着が好きだから笑わないけどさ。

ゲーテファウスト

個人的にはとても好き。人生できっと何かを成し遂げられるはずという万能感ある思春期に読みたい。主人公行為は決して褒められたものではない。様々な悪事を働き、幼い少女妊娠させたうえ捨ててしまう。このシーンのせいで、もしかしたら二十一世紀には読み継がれない古典になってしまうかもしれない。しかし、主人公最後にたどり着いた境地の尊さの価値は失われることはないと信じている。現世で最も美しい瞬間とは何か、あらゆる物質的な快楽を手に入れた主人公が見つけた答えを読んでほしい。後半はギリシア神話を知らないとつらいかもしれないが、そのためにギリシア神話入門を読む値打ちはある。

スタンダールパルムの僧院

未読。同著者の「赤と黒」は貧乏青年がひたすらのしあがろうとする話で、あまりピンとこなかったのだが、文学サークルの友人から最近来たメールに「訳者を変えて再読したら面白かった」と書いてあった。

ゴーゴリ外套

さえないかわいそうなおじさんが好きなので好き。ロシア文学というものは、名前がややこしいうえに同じ人物が様々に呼ばれるので敬遠されがちなのだが(イワンが何の説明もなくワーニャと呼ばれるなど)、登場人物メモしたり、ロシア人名の愛称の一覧を頼りにしたりして飛び込んでほしい。このハードルさえ超えれば最高の読書体験が待っていることは保証する。ロシア文学はいいぞ。

ポー盗まれた手紙

ポーは大好きなんだけどどうしてこれを代表作に選んだのかはよくわからない。個人的には王道の「黒猫」とか「アッシャー家の崩壊」とかを最初に読むのがいいと思う。中学生の頃、狂気や暗鬱さにどっぷり浸っていた頃に読んだのだが楽しかったし、作中の詩が今でも世界で一番好きな詩のひとつだ。ちなみに、東京創元社ポー全集には、ポーユーモア作品もいくつか収録されており、意外な顔を知ることができる。もっとも、今読んで面白ジョークかどうかまでは保証しないが、こじらせ文学少年文学少女としては必読か。

エミリー・ブロンテ嵐が丘

最高の昼ドラにして非モテ文学。俺は愛されずに育った、俺は永遠にからも愛されない、だから他人幸福破壊してもいい、的な気分に一度もでもなった人は何としても読んでほしい。

メルヴィル白鯨

スターバックスコーヒー元ネタ

映画マチルダ」の中で児童書に飽きた天才少女がこれを読もうとする場面があるんだけど、これ小学生が読む本じゃないだろ。単純に難しいのではなく、とにかく話が脱線しまくる。まともにストーリーが進まずに、著者自身クジラに関するうんちくが延々と続く箇所もある。雑学隙の自分は楽しく読んだが。

敵のクジラを殺してやろうとするエイハブ船長狂気についていけるかどうか。

フローベールボヴァリー夫人

自分人妻萌え発症した元凶の一つであり、世界文学初のカーセックスシーンがあることでも知られている(自動車ではなく馬車でだが)。ストーリーは夢見がちな女性が夫に幻滅して若い男やチャラ男浮気し、サラ金から借金を重ねて自殺するという「闇金ウシジマくん」的なノリ。妻の浮気を知ったさえないボヴァリー氏の哀れな反応は必見。自分が寝とられ文学が好きになってしまった元凶の一つ。

続きますanond:20210212080411

2020-09-02

anond:20180331212121

あと、ひらがな文字タイトル元祖は『それから』な!

そして、ラノベありがちな台詞タイトル元祖は『吾輩は猫である』。

と考えて初めて気付いた。メチャクチャおしゃれなタイトル付ける人だったんだな。

これも海外文学の影響なんだろうか?

2020-08-23

文豪の本を読んだことをステータスにしないでほしい

「太宰とか芥川とか泉鏡花とか川端康成とか読んだことないの?笑」ってなんやねん!!!!!!

本を読むのが好きだ。好きな作家特にいない。

本屋にふらっと入って、その時話題だったり平積みされてるのから面白そうなのを適当に選んで読む。

最近読んだ中では「蜜蜂と遠雷」とか「あきない正傳 金と銀」とかがハマって凄い面白くて一気読みした。ホームズとかも好き。

年代流行りの村上春樹は「騎士団長殺し」は50pくらいまで読んだもののどうしても合わなくて途中で売ってしまった。

けど、「遠い太鼓」はちょっと面白くて、1年くらいかけてちまちま読んだ。




そんなだから趣味読書ですって言っても良いと思ってるんだけど、

そうすると文豪の本をほとんど読んだことがないので、読書仲間の間ではなんとなく浮いている気がする。

読まず嫌いというわけでもなく、刺青とか堕落論とかは一応最後まで読んでみたものの、読み終わっても別になあ…っていう感じだった。

女生徒とか吾輩は猫であるも冒頭チラッと読んだけど、上がんなくて最後まで読めなかった。

文体が古くて読みづらいって言うか目が滑るって言うか。というのもあるけど、現代人が現代小説の方が好きなことって別に普通のことじゃないか

自分は当て勘で本を買っては当たったり外れたりしているけど、

それって自分にとってそうってだけで

他の人のハズレが自分にとってあたりだったり、その逆もあるってもちろん理解してる。

文豪文豪として扱われるだけの力があるんだろうなってこともわかる。


んだけど、やっぱり太宰治読んだことないよっていうと苦笑されたりするんだよな。

なぜか文豪の名著を読んだことってステータスになりがち。あれやめてほしい。

あと単純にあの重たい文体を楽しんで読めるのが羨ましいので、なんか読みやすくて面白いのがあれば教えてほしい。

2020-08-22

吾輩は猫である 名前はまだない

いや猫って名前付いとるやん。

2020-08-17

anond:20170815104950

一回ぐらい一通り読んでみてもいいと思うが、

子供のうちに『吾輩は猫である』とか『坊ちゃん』を読まされてもほぼ何も分からんよね。

どうして大人になって読んだら面白い本昭和時代は無理やり子供に読ませていたんだろうね。

2020-08-06

anond:20200805234311

一人称で書かれた小説では、主人公が他の登場人物から名前を呼ばれる機会がなければ名前必要ないので名無しがけっこういる。

その中でも最も有名な名無しは「吾輩は猫である名前はまだない」だろう。ほかに北村薫の円紫さんシリーズに出てくる「わたし」とか。

2020-04-26

欧米教養がうらやましく感じる(追記)

昔やってたRPG英語版攻略サイトをなんとなく見てたわけですよ 技名どう訳してんのかなと思って

そしたらAd nihiloなんて技がある なんだろうと思って調べてみると、ラテン語で「無から」って意味らしい (追記:たしかに「無へ」だ!Ad Astraだもんな ウワーーーーだってGoogle検索したら結果にEx nihiloが出てたんだよう 真逆の訳だされてるとは思わんじゃんかよう 俺は悪くない!!) 言われてみればニヒルって虚無みたいな感じだったよなと思う

元の日本語版だと「リセットウェポン」 イマイチ冴えない

こんな感じで欧米人がサラッとサブカルチャーの中にラテン語とかシェイクスピア引用とかを入れてるのを見るとちょっと嫉妬してしま

まあ日本人だって枕草子とか吾輩は猫であるかいろいろ独自ネタ元は持ってるんだけど、日本古語ラテン語ロミオとジュリエット雪国を比べるとどうしてもちょっと負けた感じがしてしま

ていうか日本サブカルチャー界が英語に頼りすぎだと俺は思う ブリーチとかを見習ってどんどん色んな言語とか取り入れてほしいんだよな

フレイムソードとか言って喜んでんじゃねえよ!教養を出していけ

(追記)

お前に教養がないだけ

ああ?テメエ言いやがったな!バーカバーカ!ウンコ!(無教養)

向こうは漢字がかっこいいと思ってるよ

まあ隣の芝は青いって言うよね…

Ad nihiloが出てくるゲームでも日本語版「常在戦場」のスキル英語版だと"Eternal Battle"だし さすがにこれに関しては日本版のほうが教養ある感じする

ルビ文化日本特権

しかに技名のカッコよさは相当強い

漢文を学べ

みんな普通に四面楚歌とか呉越同舟とか背水の陣とか言ってるのはすごいと思うよ でもさあこうやっぱカッコよさに欠けんだよ スペインドラマ見てて普通の男がふとした瞬間にmi reino por un…つったの見てカッケーと思ってしまったわけ

やっぱ桃源郷よりLocus Amoenusのほうがカッコいいし、草薙剣(草がよく切れたから)より魔剣グラム(古ノルド語で怒りを意味する)のほうがカッコよくない?趣味問題かな…

教養っていうか厨二病の話では

フム。一理あるな。貴様の名、覚えておくぞ…

お前バカ

正直はてブ罵倒する人ってどういう感性?と思ってしまう 俺は罵倒するときトラバしてるぞ 罵倒はできるだけ匿名でやるのが鉄則じゃないの…?

こいつ頭悪い!とか言うのは気持ちいいだろうけど、その痛い姿があなたIDと紐づけられるのってちょっと嫌じゃない?(顔真っ赤)

2020-01-18

anond:20200116222707

発音の違いもあるけど、あえて話し言葉書き言葉の違いを考えてみた。

1 英語話し言葉

追記コメントも最もだと思う。つまり逆に言えば英語文学は、話し言葉に近いスタイルで書かれているということ。三人称作品であっても、ときおり筆者自身一人称で呟きを入れたりして、朗読向きに書いているときもある。

2 外国文学口承性格

から聖書物語を聞いたり聖歌を歌ったりコーランの暗唱をしたりしている、小説家自作朗読会をする文化がある。盲人の人への優しさも伺える。声や耳や頭を使うことは例えばボケ防止にもなる。

で、そういう話はいわゆる5W1Hが割と明瞭。朝昼晩など時間帯もよく記載されている。日本語でも口承文学民話などは割とそうだろう。

3 短文による構成

翻訳文学書き言葉に変換されていることが多いから、元の英文話し言葉だというのは、分かりにくいかもしれない。元の英文はいくつかの短文が関係詞で繋げてあるだけなのに、日本語では関係詞で繋ぐために後ろの短文から訳されていたりして。もし桃太郎翻訳文学だったら、

「むかしあるところで毎日芝刈りに行くお爺さんと一緒に住んでいた毎日川に洗濯しにいくお婆さんが、いつも洗濯しにいく川に行って洗濯をしていたとき、大きな桃がドンブラコドンブラコと川の上流から流れてくるのを見つけました」

みたいな書き言葉になってしまうかもしれない。当然長くて順番がへんてこな文章意味が把握しにくい。

4 日本語表現の含むあいまいさ、矛盾など

それと、日本語文学あいまいさや矛盾放置してる場合がある。その場合朗読向きとは言えないように思う。

例えば漱石の「吾輩は猫である」。「どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめめした所でニャーニャー泣いていた…聞くとそれは書生という…」 頓と見当がつかぬ、というのは地名のことかも知れない。でも少なくとも書生のところだって分かってるじゃないか、と。こういうのはストレスになりがちだ。筆者は読者の同情をを引くために「見当がつかぬ」と嘘をついた、と裏読みする人もいるかもしれない。

5 話し言葉こそ論理の建て付けが必要

書いた文章飛ばし読みができる。だから長くても矛盾があっても読めてしまう。でもそれは耳で聞くには耐えない場合がある。聞くときは話を飛ばせないから。

結論としては、オーディオブックとか朗読用の文章は、各文の短さと論理の緻密さが必要なんだと思いますよ。

2019-12-02

長靴をはいた猫がなろうに連載されてたら直立二足歩行をする理由言及してないと言って叩かれてたんだろうな

吾輩は猫であるも猫にそんな高度な知性があるわけないのにと叩かれてたんだろうな

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