ネット上の画像は生成AIに既に取り込まれてるんだからいままでの環境を維持すればいいという主張を見たけどそれはそれで時代の変化を理解したくないバイアスなのではと思った。
絵を描く側の人たちが全員「ネット上に上げたものは機械学習されて良い」と思ってるなら生成AIは成立しただろうけど現実はそうじゃないし生成AI側はデータの著作権への対価を払うつもりはないと主張してるわけだから話し合いは始まらずに決裂してる。
画像にノイズを載せたり情報量を下げたうえで比較的クローズドな環境で絵を見せようとする流れになるのは必然なのでは。
ネットで気軽に平和に絵を見られる時代も終わっちゃうんだよ悲しいね。
例えば医療で画像診断の精度を上げてる、などは素晴らしいことだと思います。
一方で「高性能のAIはとても電気を食う」「熱が発生する」と聞くと
SNSでネタにする程度の用途で気候変動に加担するのはちょっと気が進まない。
うなぎは美味しいけど絶滅しそうなら増えるか完全養殖できるようになるまでは食べなくていいやと思うのと同じような括りに入る。
昔ディケンズがアメリカで講演をして自著の海賊版が出版されていることに苦言を述べたら「新世界で何ケチなこと言ってやがる」って炎上したんですよね。
でもいまアメリカは故人の没後の著作権を引き伸ばす側の国になりました。
そういう歴史上の実例を見るとネット上のデータについても(技術的には可能でも)取り放題みたいな時代が終わる可能性は全然ある。
生成AIの発展と使い勝手は技術だけではなく法律や社会通念の面からも影響されるわけで、
生成AIはいまの手法では立ちいかなくなるのではと思っています。
生成AIは企業のものなのでマネタイズできないなら最終的にはサービス終了するでしょう。
自分は絵を描く人でもITを開発する人でも法律の専門家でもなく、今後どうなっていくのか、どうなるべきなのかはわかっていませんが(冒頭に戻る)