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はてなキーワード: 胃癌とは

2021-05-05

自粛がもたらす「機能性ディスペプシア」という病気

半年以上在宅勤務で土日もあまり外出しない自粛生活を送ってたら、二ヶ月前から突然胃が痛み出した。

仕事で強いストレスがかかってるわけでもなく、食事面でも心当たりがない。

医者にも何回かかかってみたが、胃に炎症は見られない。ましてや胃潰瘍でも胃癌でもない。

しかし胃の痛みは治らない。仕事にならないレベルで痛む。

そこで、医者から出てきた診断が「機能性ディスペプシア」という聞きなれない病名だった。

胃にこれと言った所見がないにも関わらず胃痛が続くとこの病名がつけられる。一昔前は神経性胃炎とも呼ばれていたが、仕事人間関係でのストレスが弱くてもなることがある。

その場合、原因は一択

外出しないことによる、体の気分転換不足。つまり、「自粛」が原因で機能性ディスペプシアが起きたのだ。

治療法も単純。外出回数や距離時間を増やすこと。つまり自粛解除だ。

さすがに飲み屋に行ったり(胃が痛むのでそもそも飲めないが)遠距離旅行するのは避けたが、数時間の近距離外出を毎日するようになったら2週間足らずで胃の痛みはなくなった。

実際、消化器系クリニックのHPでも自粛ストレスになり機能性ディスペプシアを引き起こすことがあると紹介されている。

https://hira-cli.com/blog/%E8%83%83%E3%81%AE%E4%B8%8D%E5%BF%AB%E6%84%9F%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%8B%EF%BC%9F/

機能性ディスペプシアを食らうまでは自粛しない連中を「我慢が出来ない連中」だとバカにしていたが、自粛で体を壊してみてその考え方がバカだったと痛感した。自分の身を守るために自粛して体壊したら何ともならないのだ。

2020-11-19

anond:20201119203141

そうは言うが人類平均寿命は何万年も30歳ぐらいだっただろう?

自然状態が80歳生きるつもりの現代人に合ってるとは思わない。

ところで自分は胃酸過多なので医者に空腹が続くと胃潰瘍胃癌になる可能性があるのでこまめに食べるようにアドバイスされて間食入れて1日5食だ。

2020-08-07

もともと柔道国体にも行った人で、教え子にも恐れられるほど厳しい人だった。生徒指導では床に霜の降りた冷たい柔道場に、暖房も入れずに何時間正座させて足を凍傷にさせたり、炎天下グラウンドを何周もさせて、熱中症救急搬送させるような人であった。それも教育のためと信じていた。

悲劇が深刻化

鍛えていた体から繰り出されるパンチキックで、骨折したりケガをしたヘルパーさんが後を絶たず、長期間待ってようやく入れた介護施設からは早々に追い出された。

まれない長寿

老人とは一体なにか。

親というもの子供が不幸になってまで生きていなければならないのか。子供は親にとことん奉仕しなければならないのか。

病院で働いていて悲惨人生に遭遇すると、そんなことすら頭をもたげる。

この話のように、「認知症になった身内の介護に困り果てている。糞便を垂れ流し、目を離せば家の外に徘徊し、大声を上げ続け、近所に奇異な目で見られる。こんないつ終わるともわからない介護地獄で疲れ果ててしまった。なにをしでかして呼び出されるかわからないので、フルタイム仕事と両立は無理なので泣く泣く仕事をやめた。介護費用もかかるし、収入も絶たれてしまったし、貯金も底をついた。

できれば消えてもらいたい。

首絞めて殺す訳にはいかない。病死とか自然死に見せかけて死なせることはできないのか」といった切実で悲痛な声をよく耳にする。

こちらも何度も申し上げていますが、それは病院にいう話じゃないです。病院に連れてきたら、たとえ嫌でも助けられちゃうんですよ、自動的に。僕らの仕事ですから。そりゃあ僕らも本当にそうするべきなのかわからない人もいますよ。でも、死なせる権限は僕らにはない

追記

ブックマークコメントから

p_o_n

空手を習えばいいのでは?

ゴルァ!!!

mlr

マンガみたいだな>「酸素を吸いながらたばこを吸うと、火ダルマ

コラコラ?!

okai8

鍛え抜かれた体から繰り出されるパンチキックかぁ… ドリアンキャンディ〜…

不謹慎だぞ。ゴルァ!!

トラバから

ALS協会人権ビジネスマン安楽死制度を許さないのは、自分介護者にならないからだろうな 自分が被介護者になるとき経済的選択肢があるし、底辺介護させたらいいという考え.

追記だよ! 老害

医療費の金勘定制度論をこねくり回すのは、医者ではなくて、

政治

トータルすれば、これまでの医療費は1千万

2020-07-11

anond:20200711011639

富士フイルムはクソだった。

落ちたことは仕方なくとも、あの面接はクソだった。

あんなところの胃カメラなんぞ飲むなら、胃癌で死にますってくらいに嫌いになった。

カメラやってるけど、フジは周りから勧められても絶対に使わない。

2020-06-19

あの皿うどんが食べたい

忘れられない長崎皿うどんがある。

時間揚げた細麺がパリパリでなかなか汁を吸わないから、食べている間ずっとパリパリ感を残している。

口に入りきらなくて麺の先が顔に当たり、ぽきぽきと音を立てるのが楽しい

あんにはざく切りの甘いキャベツをはじめ野菜たっぷり

おおきめに切ったちくわは魚の味が濃くて、いい味のアクセントになっている。

店の看板メニューであるジャンボ皿うどんを頼むと、薄いブルーの巨大な皿に家族五人でも食べきれないほどの量がのってやってきた。

ピンクかまぼこブルーの皿のコントラストが、実によく映えた。

日曜日の夜、家族みんなで皿うどんを食べに行くのが習慣になっていた。

その皿うどんの店は、父の親友がやっていた。

本当に美味しくて、小学生の頃は好物を聞かれれば必ず「皿うどん」と答えていたくらいだ。

父の親友は、穏やかでいつも笑っていて大勢友達に囲まれているような人だった。

親友が念願の店を出したというので、父は家族全員を連れて通っていたのだ。

気難しい父だが、親友といるときはいつも朗らかな笑顔を見せていた。

人見知りの母も、夫の親友とはよく話し、大きな口を開けて笑った。

その店は、味と店主の人柄のおかげでいつも賑わっていた。

店を出して数年後、父の親友は亡くなった。胃癌が発覚してから、あっという間だったという。

葬式から帰ってきた日の夜、父は号泣していた。母も泣いていた。

小学生だった私には、ほんのちょっと前まで元気だった人が亡くなるという現実が受け入れられなかった。

しばらくの間、父は落ち込んで、それから親友話題を口にしなくなった。

あれから数十年、父は好物だった皿うどんを食べない。

実家を離れて上京した私は、たまに長崎ちゃんぽんの店で皿うどんを注文しては、父の親友が作った皿うどんの味を思い出す。

あの皿うどん、美味しかったなあ。

2020-05-28

こんな御時世ですから

黒澤明「生きる」を是非ご覧になって頂きたい

市役所市民課長を務める渡辺勘治は、かつて持っていた仕事への熱情を忘れ去り、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた。市役所内部は縄張り意識で縛られ、住民陳情市役所市議会の中でたらい回しにされるなど、形式主義がはびこっていた。

ある日、渡辺体調不良のため休暇を取り、医師の診察を受ける。医師から軽い胃潰瘍だと告げられた渡辺は、実際には胃癌にかかっていると悟り、余命いくばくもないと考える。不意に訪れた死への不安などから、これまでの自分人生意味を見失った渡辺は、市役所無断欠勤し、これまで貯めた金をおろして夜の街をさまよう。そんな中、飲み屋で偶然知り合った小説家の案内でパチンコダンスホールストリップショーなどを巡る。しかし、一時の放蕩も虚しさだけが残り、事情を知らない家族には白い目で見られるようになる。

その翌日、渡辺市役所を辞めて玩具会社工場作業員転職していようとしていた部下の小田切とよと偶然に行き合う。何度か食事をともにし、一緒に時間を過ごすうちに渡辺若い彼女の奔放な生き方、その生命力に惹かれる。自分胃癌であることを渡辺がとよに伝えると、とよは自分工場で作っている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」といった。その言葉に心を動かされた渡辺は「まだできることがある」と気づき、次の日市役所に復帰する。

それから5か月が経ち、渡辺は死んだ。渡辺通夜の席で、同僚たちが、役所に復帰したあとの渡辺の様子を語り始める。渡辺は復帰後、頭の固い役所幹部らを相手に粘り強く働きかけ、ヤクザから脅迫にも屈せず、ついに住民要望だった公園を完成させ、雪の降る夜、完成した公園ブランコに揺られて息を引き取ったのだった。新公園の周辺に住む住民も焼香に訪れ、渡辺遺影に泣いて感謝した。いたたまれなくなった助役など幹部たちが退出すると、市役所の同僚たちは実は常日頃から感じていた「お役所仕事」への疑問を吐き出し、口々に渡辺の功績をたたえ、これまでの自分たちが行なってきたやり方の批判を始めた。

通夜の翌日。市役所では、通夜の席で渡辺をたたえていた同僚たちが新しい課長の下、相変わらずの「お役所仕事」を続けている。しかし、渡辺の創った新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていた。

2020-05-24

anond:20200524171211

バカありがちな勘違いだが、施策の嫌らしさと効果多寡には相関はないよ。胃癌患者の腕を切り落としても胃癌が治ったりしないだろ

2020-03-12

友達のお父さんが生きてる

友達のお父さんが、友達(娘)の結婚式とき自分の胃に癌があって、手術を受けなければ余命は半年だった。成功率は○パーセントで、一応は成功したが生存は○年で○%と言われている。今まで大病をしたことがないことが自慢だったが(省略)娘たち夫婦には健康幸せな家庭を築いて欲しい」とスピーチをしていた記憶がある。

病気とか余命とか入ってるので凄いことお祝いの席で話すんだなって思って記憶に残ってた。

確かそのあと1年後くらいに再発して亡くなったという話があった。

近くに住んでるわけじゃないので香典もいらないからって連絡をもらっていた。

と思ってたんだけど、友達のお父さん普通に生きてる。

(TVで町の商店特集普通に友達実家がでていた)

生きてるじゃん、死んだかと思ったって共通友達に軽い気持ちで話をしたら

どうしてそんな勘違いしたんだって話になって結婚式スピーチの話をしたんだよね

共通友達も一緒に出席にしてたし、そしたらそんなスピーチしてなかったよって話になった。

え?って思ってその時の自分ドレス友達ドレスと食べたごはんと会場の話をすり合わせ

スピーチ以外は一致する。

他にも出席した友達がいたから話をしたんだけど、みんなそんなスピーチしてなかったって話になって

別の結婚式勘違いって言われてたそれにしてもやけに具体的で気持ちいねって話てたんだよ

そしたら、スピーチの内容みたいにお父さんが胃癌で手術したって話を聞いて、ちょっと絶句してしまった。

共通友達にはちょっと気持ちいから、そういう話はしないでねって言われてる。

ちなみに、そのお父さんとは結婚式以外では会ったことなくて

「手術後健康に気を使ってトレーニングで1時間走ってる」とかそういうことも言ってたんだよね

結婚した友達に余命とか病気のことはデリケート話題から伏せて

お父さんがトレーニングで1時間走ってるって結婚式の時にスピーチしてたよねって話したら

スピーチで話してないけど、トレーニングで1時間走ってるよ、何で知ってるの」って言われた

なんだったんだ、結婚式スピーチ。私しか知らないのか。

2016-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20160915011620

私もあなたみたいな状態になったことあるからマジレスするけど、お医者さんでとりあえず「エンシュアリキッド」というドリンク剤を処方してもらって飲んでください。

胃癌とか摂食障害固形物食べれない人とかに処方されるんだけど、1日2缶飲めば他なにも食べられなくても何とか生きられます

それを飲みつつ、カウンセリングを受けてください。30分3000円とかするけど、職を失わずに済むなら安い出費だと思う。話を聞いてもらって対処法をひとつずつ見つけていこう!

その間に症状が悪化するようなら退職検討して。

2016-06-03

忘れられない残業の思い出

専制君主は臆病な人間だ。臆病で怖いか専制君主になる。

怖がれ怖がれ。もっと怖がれ。

 

才能があったり、優秀な人であったりする人に対し、条件反射的に

暴言を吐いたり、意地悪をしたり、攻撃する人がいる。

平気で人に暴言はいて、意地悪できる人が、今、周囲に4人いるんだよね…はあ~

http://anond.hatelabo.jp/20160603002230

では溜息を吐いてる君のために

オレの思い出を話すことにしよう。

 

 

「俺がすべて決める。おまえらは俺の命令に従うことだけ考えろ」

 

毎日そう言い続け、怒鳴り続けていたのが会社常務で、妻が専務

社長常務の妻の母という典型的同族会社でオレはバイトをしていた。

職場常務の前では戦々恐々としていたが

常務に信頼されていた年長従業員職場にいたおかげで

なんとか職場は持ちこたえていた。

 

ある日、専制君主だった常務が突然体調を崩し入院した

そしてそのまま休職し、二度と会社には戻らなかった。

常務病院スパゲティみたいにチューブだらけの体になり

8か月苦しみ抜いて死んだ。死因は胃癌だった。

死んだあと葬式があったが

出席した従業員は一人もいなかった。

  

葬式の日、従業員は口裏を合わせ

会社で一番優秀な従業員職場派の年長従業員

ふたりそろってわざと大きなミスをした。

そして葬式出席命令を出した専務社長にこう言った。

 

今日はめずらしく○○さんと私の大きなミス

みんなで残業しなければならなくなりました。すみません

 

そうやって職場従業員全員で葬式ボイコットしたのだ。

その日ほど明るく、楽しく、笑い声の多かった残業は無かった。

これが最後残業になる

最後残業にしなければならない

同僚はみんな口には出さずとも

心の中でそう思っていたのだ。

  

そして最後残業のあと

従業員一同は葬式には行かず

酒場宴会を開きみんなで祝杯をあげた。

それは人生で一番うまい酒だった。

  

常務! どこにいるんです? 飲んでますか?」

常務! 飲んでください!」

「遠慮しないで飲んでください常務

わたし常務におごります!」

「どうしたんですか常務!? 元気ないですよ」

常務は酒の飲みすぎで死んだよ」

「えっそうなの?」

効果の無い抗がん剤たっぷり使ったせいで、ムダに苦痛が長引いたそうだよ」

「その病院医者はえらい!」

「やったな!」「乾杯!」「カンパーイ!」

  

こんな感じで宴会はもりあがり

同僚みんなで大爆笑した思い出は

オレの人生の最高の思い出となった。

 

その日の「抵抗残業」がきっかけになり

もう誰も会社残業命令に従わなくなった

半年後、同僚全員が次の職場内定を決め

一斉に退職願会社に出した。

 

あれから21年が経つ。

風の噂では社長は死に、専務も死に

従業員技術生産力に依存していた会社

労働力を確保できず自滅して解散したらしい。

だが会社があった場所には

常務が生きていた頃の会社看板

かつての従業員の恨みがまだ残っている。

いまはもう、常務がなんという名前か思い出せない。

思い出すのはあの葬式の日の残業

宴会で見た同僚の笑顔だけだ。

 

   

2016-05-30

外科医なんだけど俺の愚痴を聞いてくれ

スペック

とある関係医療機関のしがない外科医

以下愚痴

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給料が下がった。日本死ね

なんかここ数年、給料がガクガク減らされている。去年は時給自体が引き下げられたのだけど、今回は残業時間を月に40時間以上つけるのが禁止された。いわゆる労働基準法の順守である

いやね、俺も働かなくていいってんなら普通に家帰ってオナニーして犬と遊んで楽しく暮らしてたいのよ。でもさ、ここ数年間仕事は増える一方だけど減る気配はゼロ

毎日毎日病気の奴を減らしても、全然病気は撲滅されない。外科医が年間数百個胃癌だといって胃を切り取ってきても次から次へと胃癌患者は来る。なんか悪を撲滅したら、また新たな悪が登場してくるどこかのアニメ作品みたい。

いやね、俺達も「今日営業時間終了しまたから」みたいな感じで仕事切りあげたいんだけど、日本の国は優しいか患者が来たら診療を断っちゃいけないわけ。そういう法律あんのよ。

医師法19条っていうものなんだけどさ、そこに「診療従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」とか書いてあるのよ。

いやね。俺達も腐っても医者からさ。人助けとか別に嫌いじゃないのよ。でも忙しい日中業務が終わって「本日営業は終了しました」って言った瞬間に「腹痛いんゴwww」とかいう感じで普通に患者くるわけよ。

もうこの時点で滅茶苦茶ハイパー働いているんだけど、まあさっきかい医師法19条もあるし、人として患者さん診るじゃん。んで腸が捻れてたり虫垂炎だったりその他諸々の理由入院になるじゃん。

この時点で「残業時間40時間余裕で超過したんで帰りまーすンゴwww」とか言えないじゃん。朝まで診るじゃん。死ぬほど働くじゃん。患者助かるじゃん。ハッピーじゃん。

まあ今まではこんな感じでも残業代フルにつけられてたか

みんなも、まあ仕方ないかって感じだったんだよ。

それが政府がよくわからん方針打ち立てたせいで、残業時間つけるのが異様に厳しくなったんだよ。月40時間以上の残業禁止するって。

いやいやいや。ふざけんじゃねーよって感じですよ。だって考えてみてくれよ。夜の5時に普通の勤務時間が終了して、そこから急患やってきて翌日の朝9時まで働いたら、それだけで16時間は働かなくちゃいけないわけよ。

毎日9時5時で、月に1回こういうのがあるのかないのかってのなら話はまだいいけどさ。現実全然そんなに甘くないしさ。「腹痛いンゴwww」って毎日のように患者やってくるしさ。

それに急患だけじゃなくて、入院患者普通に体調崩すしよ。体調崩したら夜中の何時だろうがPHSで呼び出し食らうしさ。

呼び出しくらったらサッと起きて病院行かなくちゃいけないじゃん。働かなくちゃいけないじゃん。

なーにが残業時間40時間禁止じゃボケ医療従業者にそれ押し付けるんなら、普通に医師法19条ぶっ潰して「医者病院営業時間外は患者をみなくてもよい」みたいな法律改正するなりなんなりしないと無理に決まってんじゃん。

医師法19条労働基準法ダブルスタンダート掲げて、現場に無理を押し付けるの本当にやめてくれよ。「患者はみろ。けど残業代は出さん」ってどこのブラック企業だよ。せめて残業時間ぐらい普通につけさせてくれよ。

ほんとこのままじゃ現場破綻するから助けてくれよ・・・

2016-02-21

父がボケ

今年69歳になる実父がボケた。

去年からパーキンソンぽい症状も出始めていたが、記憶や喋ることが辻褄が合わなかったりすることは無かったので、手のかかる老人になったなという感じだった。

僕が小学校高学年の頃に胃癌になり、それが元で鬱になり、たまにものすごい躁状態になったり。30年間躁鬱を繰り返し、薬無しではいられない状態だった。

父は英語教師をしていたが、まともに通勤の車を運転することも、授業をすることもできなくなり、60歳の定年よりずっと前に辞めてしまった。

それからは鬱になるとほぼ横になってばかりいたり、躁になるとあちこちに電話をかけまくり、できもしないことを計画しては金策に走ったり(それでも大きな借金をするということはしなかった)していた。母は大変だった。

今年の正月に会って一緒に食事をしたときは、よくこぼすようになったな、と思っていたが、母は「最近トイレおしっこもまともにできないんだ」とこぼしていた。それでも失敗することは悪いと思うらしくて、そのたびに「すみませんすみません」と落ち込んでいたらしい。

それから1カ月して、実家の近くに住む妹から最近お父さん痩せてしまってちょっとボケ始めてきた」とメールがきた。母に電話をすると「最近夜も幻覚がひどい、一旦入院させようと思う」と。「もうお前(増田)のことも分からないかもしれないので、一回会ってみて」と言われた。

入院した次の日、実家近くの精神病棟がある病院に見舞いに行った。病棟に行って担当看護師に、前日に幻覚を見て壁をひっかいたためベッドに拘束しています、と説明された。

映画に出てくるような精神病棟の病室は何だか嘘みたいだ。部屋は2重扉になっていて、小さな窓がある中扉には鍵がかかっている。鍵を開けてもらって中に入ると、ベッドの上で父は下着のまま腕と脚を拘束され、オムツをされて天井を見ていた。

病室に入ると、父はこちらを見るなり「おお〜」と叫ぶ。表情は明るいというか無垢というか赤ん坊まではいかないが子供のようだ。目線自分に向く。明らかに知らない人を見る目だ。同時に一生懸命思い出そうとしているようにも見える。母が「この人(増田)誰だかわかる?」と聞く。「わかるよ!」と大きな声で答えるが、息子である自分名前が出てこない。やっと分かったように「A田(親戚の名字)の次男坊だ!」と言う。「違うでしょ増田だよ」と母。「いや、自分で付けた名前でもないのに思い出せる訳が無い」と父。

自分で言うのもなんだけど、僕はい名前だと思う。仕事名刺を渡すと相手の人はだいたい「いいお名前ですね〜」と言ってくれる。その名前クリスチャンである父が聖書から付けてくれたものだ。

僕はそれからしばらく父のあちこち支離滅裂になる話に付き合って(これはこれで面白いのだけど)、興奮しすぎるといけないというので30分ぐらいして病院を後にした。

父の中にもう息子であるはいない。まだ母のことは分かる。父から忘れ去られてしまった、ということはショックではあったのだけれど、無茶苦茶悲しいという気持ちが湧いてこない。もう多分父は元には戻らない。母がこれ以上大変にならないようにするのが優先だ。

ふと手と脚を拘束されて天井を見ている父の姿を思う。

僕も息子や娘を忘れる日が来るのだろうか、その時妻を忘れていないだろうか。

2015-11-19

年齢を重ねたので整理したい

いままでは誕生日を迎えても特に何か思うわけでもなく、単純に年齢が+1されただけだとか、これを口実にだれかに奢ってもらおうウェッヘッヘ!ぐらいにしか思ってなかったんだけど、この1年は今までとは違った。

辛いことがあったし、(おっさんが言うことではないとは思うが)大人になったのかなとも思う。

自分区切りをつけるためにも書いてみようと思います

一番に辛かったことは、大好きだった母方の祖父が亡くなったこと。

※そして見返したら祖父のことしか書いてなかった…

昨年に胃癌が発覚して、既にかなり広い範囲転移していた。

胃を全部取ったとしても良くて余命1年程度だろうとの先生のほぼ予測通り、7月に亡くなった。

胃の上部に癌が見つかったため、胃の全摘必要となった。(部位によっては半分摘出や、部分摘出が可能だったらしいが、上部の場合はほぼ全摘となるらしい。)

胃の全摘手術後しばらくしてから退院できた時期があって、お医者さんからも無理しない範囲で本人の好きなことをやらせてあげてくださいと言われていたので、温泉旅行に連れて行ったり、鰻料理屋でビール飲みながら鰻重を食べたりした。

また、当初は団地の4階に住んでいたのだが、日々弱っていっているような感じで、体力も落ちに落ちていて階段上り下りが辛そうだったのもあり、母と相談していたところ運良く同じ棟の1階が空いたので引っ越しもした。

結局引っ越し先には2,3日しか居られなかったが。

最終的には再入院し、そのままどんどん自分自身日常生活を負えなくなっていった。

一番驚いたのは風呂だった。

本当に大好きだった風呂自分で入れなくなり、しばらくは看護師さんに手伝ってもらって入浴していたけど、亡くなるまでの2

週間ぐらいはベッドから起き上がることすら辛かったようで、風呂に入りたがることすらなかった。(それでも体を拭いてあげるととても気持ちよさそうにしていたし、喜んでいた。)

亡くなる前々日、そろそろ危ないとお医者さんに言われので会社休みのお願いをし、クソ忙しかったにも関わらず快く休ませてもらった。

そのような状況だったので、病院まで電車で30分ほどの母の家に泊まったが、夜中に喀血したと病院から連絡があり、すぐタクシーで向かった。

到着直後の祖父は、今にも死ぬんじゃないかという勢いで目を見開き、激しく肩で呼吸しているような状態で、酸素マスクをつけていた。

手助けもできず、見ているのが辛かった。

その晩は私、母、祖母、そして遠方から駆けつけた叔父の4人で病棟フリースペースで過ごした。

翌日の昼頃には酸素マスクはつけていたものの、なんとなくレベルではあるが会話もでき、意志疎通がなんとか可能な状態だった。

祖母や母、叔父と「昨日は死ぬかもって思ったけど落ち着いたねーw」なんて話したのをよく覚えている。

そして祖父はその日、「眼鏡をかけたい」「入れ歯を入れたい」と要求したり、急にベッドの上で足を上げ下げし始め、リハビリのような運動をしようとし、その補助を私たち要求していた。

要求は主に発言しようとしているが、この時にはもうしっかり喋ることもできず、筆談しようにも祖父が上手く文字を書けない状態で、コミュニケーションも大変だったし、とても辛かった)

普段は絶対にしないような言動ばかりだった。

元々、子や孫に何かを要求したりしないし、迷惑をかけたがらない祖父だったので、そんな言動は珍しいな…としか思っていなかった。

今になれば分かる気がする。

そうして私の祖父は、家族が一旦帰った後に亡くなった。

やはり今でも、祖父の元気な時の写真や亡くなった直後の写真を見て悲しい気持ちになってしまう。

そして私も見なければいいのに、時々自分から見てしまう。

その一方で、もし祖父が健在であるならば、私が無事に年齢を重ねられることを当たり前だと思ってくれているだろうしそれを嬉しく思ってくれているんだろうな、そういう人だったな、と暖かい気持ちで祖父を思い出せる。

私が祖父が亡くなった時と同じ年齢になるまで、まだ50年近くあるから、それまでに祖父のように、子ども・孫・親戚だけでなく、老人会のみんなや地域のみんなに愛されるような、素敵なジジイになれるようになりたい。

2015-06-11

祖父が胃癌発覚した

どうしよう

どうしようどうしたらいいんだよ

何かあったら嫌だよ

2015-05-15

生きてるのが不安になってきた

胃癌大腸癌が怖い。一日中そのことばかり考えてる。考えてるとなぜか本当に胃や腸のあたりが痛くなってくる。胃の検査最近やったから今度は大腸検査してみるよ。でもよく考えたら癌になるときはなるし、死ぬとき死ぬんだよなあ。癌にならずに80歳まで生きる人もいっぱいいるし、結局運なのかなあ。生きてるのってほんとにつらい。自殺したいと思ってしまう。まあはてな民ならさっさと死ねと言うんだろうけど。生まれてきたくなかったよ。ほんとに怖い。生きてるのが怖い。

ネット見てると20代で癌になって死んだっていう話をたくさん見る。ほんと怖い。死にたい。いやちがう。生まれてきたくなかった。ほんとに怖い。

じいさんばあさんがみんな80年以上生きてたってのは奇跡なんじゃないか。いやでも80年生きようと死ぬのは怖いんじゃないか。だったらいつ死んでも同じなんじゃないか。結局怖いんじゃないか。

どういう気持ち死ねばいいんだろう。怖い。

2015-02-18

anond:20150217210536

マジメな話、胃が焼かれる酒は胃癌前兆となります

気持ちはよくわかります

どこかで、誰かがガンバっていると思うと私も頑張れますしか

どうぞ、ご自愛ください

2015-01-09

ピロリ菌すげえ怖いな、の続き

http://anond.hatelabo.jp/20130516114022増田です。あれから1年半は経過してたのかと。

母親胃癌が発覚し、摘出手術を行う予定でしたが…手術でお腹を開けたけど癌の進行が早すぎて摘出不可という結果でした。

この時点で余命数ヶ月も無いと診断されたけど、定期的に抗癌剤の投与を行ったのと、癌細胞転移が思ったほどでもなかったこともあって先日まで元気に過ごしてました。

ただ、この2か月ほどで食はどんどん細くなり、点滴での抗癌剤投与を拒否するようになり、闘病生活に入る前から比較すると体重がみるみる落ちていき、表情は白くやつれているのを見ると、死期はもうすぐそこなんだなと自覚せざるを得ませんでした。

今思うと親孝行らしいことなんにも出来てなかったな…。

2014-03-05

気を使われることは惨めなのか

今日彼氏胃癌かもしれないと言われた。

わたしは「楽しい事は体にいいから好きなことを沢山しよう!」と素直に極当然のことを言った。

そうしたら彼氏の反応はこうだ。

「惨めになるから変な気遣いはしないでくれ」と。

愛してるから言ったことなのに、これは惨めな事なの?

まったくわからない。

男と女の差なのか。

単純に性格の問題なのか・・・

わたしだったら心配からくる気遣いに愛を感じるが・・・

もやもやする。

2013-09-04

「臨床環境医」悪者にされ過ぎワロタwwww

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/NATROM/20130829%23p1

などで「臨床環境医」が一部の人から嘲笑と憎悪の対象となってるwww

ブコメを見てすぐ気づくけど、一部の「臨床環境医」ではなく、「臨床環境医」全般がその対象だ。

でも、「臨床環境医」って本当にそんな存在のん

シックハウス症候群マニュアル―日常診療のガイドブック という本がある。「日本臨床環境医学会」が編集した、この8月に出たばかりの本だ。厚労省科研費の報告書が基になっているという。

学会編集たからといって、即「学会会員一致した見解」とはならない(w)のはそうだけど、まあ現時点での臨床環境医で作る学会代表的な見解が述べられている、とみなして良いだろ。

また、これは「シックハウス症候群」についてのマニュアルであって、「化学物質過敏症」MCSを主対象とした本ではない。しかし、症状的にきわめて似たところもあって(ww)、臨床環境医がこのマニュアルに基づいて行うシックハウス症候群の診断が、化学物質過敏症についての診断と方法・考え方で大きく異なる、と思える人はいないだろう(とくに実際に読んでみれば)。

w 実際読んでみると、シックハウス症候群を「広義」でとらえようとする者と「狭義」に限定しようという者といて、やや不整合がみられる。しかし、強調しておくべきことは、学会編のこの本のトーンは「狭義」路線が採られていることだ。

ww そもそも用語のさす範囲が人、場合によって違うようだ。たとえば、http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20130902142408605 でいう「化学物質過敏症」は「狭義のシックハウス症候群」と呼んでも差し支えなさそうに思える。

全体で79ページの薄いマニュアルであるが、たとえば、その51ページには

すなわち、既存の疾患では説明できない患者場合、本症を疑うという側面もあり、除外診断を旨とすべきである

「除外診断を旨とすべきである。」 実際、全体の1/5の分量、「Ⅱ.診断の手順」内では半分以上にあたる16ページが「鑑別疾患」にあてられている。そのうちでもアレルギーは8ページ、中毒は非常に短いが、精神心理は4ページ、それに感染症3ページ。十分であるはいえないかもしれないが、とりあえず「臨床環境医」が、他の疾患との区別を重視していることは明らかだろう。

このように同じ建物の居住者に集団発生することがあるため、シックハウス症候群との鑑別上、肺結核症は常に想起されるべき疾患の1つである

だそうである

69ページ以下がQandAであるが、そのQ10専門医にご相談くださいという言葉をよく聞きますが、何科を受診すればよいですか」に対しては、症状部位によって、眼科、皮膚科内科

初めに受診するのがよい。これらの症状が複合的にある場合は、環境医学専門医受診を勧める。

とはっきり書かれている。

こういうことが「臨床環境医」の学会編集した最新の冊子に書かれている。

ちなみに60ページの「自然天然素材」という項では、スギヒノキなどのテルペン類に触れており、かつては筏で木材を流したりしてるうちに揮発した、昔と今では建物の気密性が違う、など、「天然素材から、昔もそうだったから」という主張を批判している。

くりかえすが、これが「臨床環境医」の団体が編集した記述だ。

こうしてみると、冒頭のブクマのように「臨床環境医」全体をひとからげにして非難する、というのはどう考えても2013年日本の実態に沿うものはいえない。

もちろん、いろいろと突っ込むところはあるだろう。当然だ。それは、1.この本の内容そのもの、2.実際の臨床環境医がここに書かれているような診断とかけ離れてことをしている、に二分される。ただ、2.についていえば、でたらめな診断をくだす医師は臨床環境医以外にもたくさんいるわけであり、「臨床環境医」全体を非難しようというのなら、当然それなりの定量的エビデンスが求められるだろう。 個別の例で非難することはできるが、それがどこまで敷衍できるのか示せるのだろうか。また、患者に向かって「あなた胃潰瘍主治医に言われているようだけど、胃癌ですね」と(とくにネット上で)安易に言うことができないように、主治医でもない人間安易に憶測を述べる危険もある。

ともかく、「現在日本の臨床環境医」についてが中心に論じられるべきなのは言うまでもない。

さて、冒頭のブックマークなどで「臨床環境医」全体を非難嘲笑している者と、「奇跡のリンゴ」という映画などでの「農薬」の扱われ方について批判していた者は、かなり重なるようだ。

農薬」については「40年前と今は違う、日本の基準は安全だ」と言いながら、「臨床環境医」については「昔も今も、外国日本もすべてひとからげにして非難する」wwww 空気を吸うようにダブルスタンダードを用いるニセ科学批判者の特徴がよく現れているwwww

2013-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20130516114022

家族も全員検査して、胃にピロリ菌がいたら退治しておこうね。

それさえやっとけば胃癌にはならないから。

ピロリ菌すげえ怖いな

うちの母ちゃんが胃癌のため胃の摘出手術を検討することに…。原因はおそらくピロリ菌

腹痛が止まらなくなってから病院検査を受けたら、その時点ですでに胃癌がかなり進行していた。

少なくとも年明け早々までは何ともなかったのだが、スキルス性胃癌は進行が早いとのこと。ぐぐったら恐ろしい病気であることがすぐ分かる…。

残念ながら即で終末医療状態に意識を変えておかないといけないようだ。

2013-03-02

沖縄青森平均寿命順位は、実は住宅構造も影響している」という仮説

先日、各県毎の平均寿命が公表され、

沖縄県女性寿命が首位から陥落したこと

長野県が男女とも寿命首位になったこと

青森県が男女とも最下位であること

が話題になっている。

この順位の理由としては、様々な要因があるが、主な要因として

食生活

運動の有無

健康啓発、検診啓発

医療体制の充実

が主要因である、と皆思っているだろう。

まり

沖縄が今まで長寿日本一だったのは、沖縄料理長寿に貢献したからだ(海藻が多い、豚肉摂取で適度に動物蛋白がある)

★だが、沖縄が首位陥落したのは、米軍進駐の影響でステーキハンバーガーなどのファーストフードジャンクフード

 影響を受け、中年成人病が増えたか

★また、那覇都市圏都市圏人口100万人)に暮らして、マイカー依存運動しない人が増えたため

長野長寿日本一は、減塩食啓発や、健康診断啓発などの地道な努力が結実したか

青森長寿最下位は、塩分過多な食生活で、高血圧系の成人病胃癌などに罹患やすいか

という説明がなされている。

自分も、上記説明で、各県の寿命差の7~8割は説明できる、とは思っているが、

それ以外の「隠れた副因」も無視できない、と思う。

その理由というのは「住環境の変化」、もっと言えば「冬季、住宅室内が寒いかどうか?」である

高齢者の死因の一つとして、脳卒中心筋梗塞等の循環器系の発作というのがあるが、

この発作の発生要因の一つがとして、

暖かい室内から、急に寒い廊下に行った」とか

寒い浴室から、急に暖かい湯船に浸かった」のような、急激な温度変化が

循環の異変、ショックを招く、と言われている。

ヒートショック、ともコールドショック、とも言われている)

従前の日本の伝統的家屋は、あまり断熱性能も高くなく、(マンションなどに比べると)

冬は暖房なしだと寒かった。

主な居室は暖房を入れても、廊下とか浴室なんかは暖房を入れないため、ヒートショックが起こりがちだった。

一方、沖縄場合は、冬でもそんなに寒くないから、ヒートショックはあまり発生しない、

まり本土と比べると循環器系の発作が起きにくい環境であった、と言える。

これが「沖縄が本土より寿命が長かった」要因の一つであった、と自分は推察している。

(勿論、沖縄料理等の要因が主因だとは思うが、副因としては無視できない。)

しかし、本土の方でも、浴室暖房とか、高断熱住宅とか、マンション居住とか、

ヒートショックが発生しにくい住環境が、徐々に普及しだした。

そうなると、本土のヒートショック回数が減り、寿命が伸びてくる、

逆に言えば「沖縄は追いつかれてしまう、アドバンテージがなくなってしまう」ことになる。

これが、「最近になって、沖縄寿命順位が下がった理由」の副因である

一方、青森県であるが、ここは冬寒い。だからヒートショック本州で最も起こりやすい。

から寿命が一番短い。以上オシマイ。

・・・でオシマイにすればいいのだが、青森より北には北海道という最寒の土地があり、

そっちのほうが寿命が短くなるべきなのに、そうなってない。何故なのか?

北海道青森住宅を眺めてみると、北海道の方が、より断熱性が高く、

全館空調的な造りになっていることに気がつく。

わかりやすい例が、玄関構造

北海道だと玄関が二重になっていて、断熱性能も二重になっている家屋が多いが、

青森では二重玄関は、そんなに普及していない。

また、断熱性能に優れた2×4工法は、シェア的には北海道青森の2倍以上普及している。

よく「北海道では、室内全体にガンガン暖房している、道産子東京に来ると、逆に室内の寒さに驚く」

というエピソードがあるが、これなんかも「北海道では室内全体を暖房している、ヒートショックが起こりにくい」

ことの傍証だろう。

道産子は室内でアイスクリームを食べる、それだけ北海道の室内は暖かい」とも。

また、北海道青森以上にマンションが普及している。

人口構成は札幌都市圏人口の半数近くが居住しているため、雪下ろしの手間が嫌がられているため)

マンションは全体的に断熱性能に優れており、それゆえヒートショックが起こりにくい。

よって、北海道寿命青森より幾分長いことは、これで納得がいく。

ただ、長野寿命が全国最長なのは住宅構造の面からは、なかなか説明がつかない。

やはり、長野については、検診の充実とか減塩食運動効果が大きいのだろう。

2009-11-10

訃報

1/8 永田寿康(政治家) ※享年39、自殺

4/1 大島渚(映画監督) ※享年72歳、ガン

4/20 清水由貴子(歌手) ※享年49、自殺

5/2 忌野清志郎(歌手) ※享年58、癌

6/13 三沢光晴(プロレスラー) ※享年46、事故

5/23 ノ・ムヒョン(芸人) ※享年62、自殺

6/25 マイケル・ジャクソン(歌手) ※享年50、他殺

7/22 アベフトシ(歌手) ※享年42、急性硬膜外血腫

7/26 山田辰夫(俳優) ※享年53、胃癌

7/28 川村カオリ(歌手) ※享年38、乳癌

8/2 古橋廣之進(水泳選手) ※急性心不全

8/3 大原麗子(俳優) ※享年62、不整脈による内出血

8/13 レス・ポール(ギタリスト) ※享年94、肺炎

8/13 山城新伍(チョメチョメ) ※享年70、肺炎

8/25 細川隆一郎政治評論家) ※享年90

8/18 キム・デジュン(政治家) ※享年85、肺炎

9/19 臼井儀人(漫画家) ※享年51、事故

10/4 中川昭一政治家)  ※享年56、病死

10/10 江畑謙介(軍事評論家)※享年61、病死

10/17 加藤和彦 (作曲家歌手) ※享年62、自殺

10/21 南田洋子(俳優) ※享年76

10/30 五代目三遊亭円楽(落語家) ※享年76、肺ガン

10/30 クロード・レヴィ=ストロース(社会人類学者) ※享年100歳

11/10 森繁 久彌(俳優) ※享年96、老衰

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