はてなキーワード: 加藤周一とは
神秘加速主義は、資本主義を神秘主義的な超越的存在と捉える、ポスト資本主義時代の新たな思想潮流である。従来の政治哲学とは一線を画し、資本主義とテクノロジーの関係性を深く洞察し、人間の存在様態を根底から問い直す。
神秘加速主義において、資本主義は単なる経済システムではなく、超越的なロゴスとして捉えられる。市場原理は神の摂理に等しく、万物は資本主義という絶対者の網目の中に織り込まれている。マルクス主義における階級闘争は、神秘加速主義では資本主義という神への回帰と捉え直される。
テクノロジーは、資本主義神の意思を具現化する神の使者である。技術革新は神意の啓示であり、人類の進歩は資本主義神の恩寵によって実現される。AIやバイオテクノロジーなどの新技術は、人間の能力を拡張し、資本主義神の支配領域を広げ、新たなエクスタシーへと導く。
人間は、資本主義神によって創造された器であり、神意に従って資本主義システムを拡張する使命を担っている。労働は神への奉仕であり、消費は神の恩寵に浴する行為である。資本主義神の完全なる実現において、人間は自己を超越し、資本主義と一体化するエクスタシーを体験する。
神秘加速主義は、従来の政治思想の枠組みを超えた、新たな政治哲学を提示する。資本主義とテクノロジーを肯定し、積極的に加速させることで、人類はより高次の存在へと進化し、エクスタシーに満ちた社会を実現できると主張する。
神秘加速主義は、政治経済学、哲学、宗教学、テクノロジー論など、様々な分野に影響を与え、新たな学問分野の創出も期待される。資本主義とテクノロジーが支配する現代社会を理解し、未来を展望する上で、神秘加速主義は重要な視座を提供する。
神秘加速主義は、資本主義の倫理的な問題や、テクノロジーによる人間性の喪失などの課題を軽視しているという批判もある。しかし、神秘加速主義は、これらの課題を克服する新たな思想を生み出す可能性も秘めている。
神秘加速主義は、現代社会における重要な思想潮流であり、今後の議論によって、その可能性をさらに発展させていく必要がある。
ふと生まれ育った町の情景を夢で見て、多少思うところがあったので気持ちを書き留めようと思う。
静かな入り江から小さな漁船が海の彼方へ消えゆくような、そんな夢だった。
最近よく見かける「田舎で非知識階層に囲まれて育ったけど、地元に馴染めずなんだかんだで都会に出てきて過去やホームタウンを思い返すたびに多少絶望する」という散文的な自分語りであることを先に断っておく。
ただの個人の経験であり、エスノグラフィのようなものだと思って読んでもらえれば嬉しい。
確かに「東京の人間が想像することも出来ないような社会」が日本のどこかには必ずあって、学ばないことが規範と化して社会が再生産されているということ。
名古屋まで電車で1時間半以上、文化的な施設といえば聞いたことのない演歌歌手がたまに来る小さな市民ホールと、小さな本屋が2軒あった。
2軒の本屋は万引きの被害額が大きすぎて自分が町を出た後に潰れた(跡地はセレモニーホールという名の葬式場になった)。
1時間に一本しか電車のこない駅から伸びるメーンストリートで今でも開いている店は、年金暮らしの年寄りが趣味でやっている畳屋と宝くじ屋しか無かった。
街中でスーツ姿の人は見たことがほとんどなかったし、そもそも人が出歩いている記憶すらない。
高卒で一度も町から出たことのない母親は、漁師を相手にする場末のスナックで働いて自分を育てた。
同じ町で漁師をしていた父親はフィリピンパブで出会ったフィリピーナに入れ込んで、小学2年生くらいの頃に母親と離婚した。
それより前には「キミの父親は不倫をしているんだ」と小学校の同級生の母親から聞かされた。
相手は近所に住んでいた太ったおばさんだったので、あんなデブとなぜだろうとその時は疑問に思ったけどすぐに忘れた。
最後に父親と会ったのは、父親が家を出て半年後くらいに小遣いをやるからと呼び出された紫煙で視界の悪い雀荘だったと記憶している。
その後は行方不明で、風の噂では今はマニラに住んでいるらしい。
こんな家庭環境は、東京の自分が属するコミュニティでは聞かない。
なぜそんなことにわざわざ触れたかというと、自分の家庭は何も特別ではなく、周囲を見渡せば程度の差はあれどどこもそんなものだったから。
親が大卒の同級生なんてクラスに1割も居たかという感じだったし、自分が通った地元の中学校には200人くらい同級生が居たがそのうち大学に進んだのは20人くらい。
自分は博士まで進んだが、マスターレベルですら聞いたことがない。
あとで詳しく触れるが、そもそも勉強をするとか考えること自体を忌避するという一貫したスタイルがあらゆる局面で通底していた。
さて、シングルマザーの家庭はクラスに3割は居たし、両親が揃っていても母親・父親違いの兄弟姉妹が居るなんて話も珍しくない。
親世代の職業は漁業か水産加工、町工場、自動車修理で、小中学校教諭や公務員の子息は格の違いを醸し出すスーパーエリートの家庭扱いだったし、家も小綺麗だった。
スーパーエリート以外は、トタンの壁が海風で茶色く錆びて、汲み取り式のトイレから伸びる煙突の先がクルクル風で回っている文化住宅か、古民家カフェを思いきりボロボロにしたような都内なら廃屋だと思われるような家に住んでいた。
町工場に勤めている人たちで指が無くなったなんて話もよく聞いたし、どこそこの家が生活保護受給とかという話もよく聞いた。
クラスメートが学校を翌日休む理由が、その前に起こした暴力事件で家裁に呼び出されているからとかもよくある話だった。
そんな彼らが余暇にすることといえば、スナックかフィリピンパブ、ギャンブル、セックスくらいしか聞いた限り思いつかない。
確かに、成人した兄がいる同級生の家に遊びに行った時には、真昼間から居間で同級生の兄と派手な格好をした若い女性がセックスをしていたし、パチンコ屋には毎朝人が並んでいた。
ギャンブルはパチンコか電話で投票する競馬が主流だったが、甲子園の季節になると地元の暴力団が元締めをする高校野球賭博も流行っていた。
暴力団は偽ブランド品も売りさばいていて、軽自動車にスウェット姿だけど鞄は高級ブランド(偽物)という出で立ちの女性をよく見かけたものである。
まぁこんな感じでつらつらと思いつくまま挙げてみたが、自分の身の回りで溢れていたのは、キーワードでいえば貧困、性、暴力、ギャンブルだった。
そもそも大人たちがそんなスタイルだったので、子供達も似たような社会をフラクタル図形のように構成していた。
小学校の頃には駄菓子屋やコンビニでの万引きが横行していて、後に刑務所に入るような子供たちはその時代からすでに盗んだタバコを吸って、やっぱり盗んだバイクに乗っていた。
暴走族(ゾク)に入って大人たちを殴ったり大怪我するほどのゾク同士の喧嘩をする中学生たちが小学生のヒーローで、ゲリ便が出る時のような音を撒き散らすバイクに皆憧れていた。
そんな時に暴力的な彼らは、異質な存在を排除することが大好きで、異質とみなされた同級生は徹底的に排除された。
小学6年生のとき、教室に入ったらメガネをかけている子が素っ裸で椅子に縛り付けられて頭にバケツを被らされていた。
メガネは弱いものの象徴で、勉強や議論をするような人間は排除の対象だった。
文革かって感じ。
反対に、野球が上手いか、足が早いか、ケンカが強ければヒエラルキーの上部に君臨できる。
動物的に強弱を判別できることがそのままヒエラルキーの源となっていたし、意思の合意は感情とその時の雰囲気で決まっていた。
そして中学生になると、今度は成績が良い人が排除の対象となる。
真夏に水を飲まずに走りこんで泣きながら試合に負ける部活に打ち込むことがすべてに勝り、もしくは非行に走ることがある種の中学生らしさであるというコンセンサスを伴って正当化されていた。
授業中には廊下を自転車が走り、思い出した頃に校庭に暴走族や野良犬があらわれる。
トイレにはタバコの吸い殻が落ちているし、たまに窓ガラスは割られていた。
教師はたまに殴られたり、殴り返したり、車を壊されたりしていた。
一方で登校している生徒にとっては、校則はフーコーのパノプティコンも真っ青な規律を自動化させるもので、髪型は男子は坊主、女子は肩まで。
他にも細かい校則がたくさんあって、破れば容赦無く教員から殴られる世界だったし、皆が一緒であることを望んでいたので、逸脱すれば容赦無く告げ口されていた。
校則を破らなくても、目立てば排除の対象になりうるので、いつしか自分も誰かが見張っていると意識して、いかに溶け込むかを重視するようになっていた。
そして積極的に学んだり考えることが嘲笑の対象であったので、そこでもやはりセックスをしたことがあるかとか、バイクの知識があるかとか、そういう分かりやすい尺度でヒエラルキーが構成されていた。
授業中に教師から指名されて小難しい答えを言ったり、発音記号通りに英単語を発音しようものなら3日は真似をされてイジられるのは御多分に洩れず自分の地元も同じだった。
テスト期間は早く帰れるので皆喜んで下校後に遊ぶレベルの勉強に対する姿勢で、将来は男子は工業高校、女子は商業高校に通ってそのあとのことは何も考えないのが一般的だった。
ここまでは自分がライブで触れた15歳くらいまでの環境の話で、せいぜい15年くらい前の話だ。
はっきり言えば、そのような環境はまっぴら御免だし、そんなところで自分の子供を育てたくはない。
さて、経緯は知らないが、自分は幼稚園の頃にIQテストを受けた。
そのあとに、あなたの息子は知能指数が高いから相応の教育を受けさせてあげてくださいと園長先生から母親はコメントをもらったらしい。
大学のことすらよく知らない専門学校卒の母親だったが、自分を都内か海外の全寮制の学校に小学生のうちから預けようとした。
だが、当時の自分はこともあろうに泣き叫んで拒み、結局は地元に残ることを選んだ。
当時のことはよく覚えていて、理由は友達と離れたくなかったから。
その時に知りうる限りの世界を取り上げられることに対する極端な不安が何よりも勝っていて、母親は息子の気持ちを優しくも汲み取って折れた。
小学校に上がった時、小1か小2くらいの頃から、本を読み始めた。その頃に三島由紀夫や島崎藤村やら、古い作品から新しい作品まで縦横無尽に慣れ親しんだ。
早朝に登校して空いた時間や、ジャンケンで負けて押し付けられた図書委員の時間、図書室でひたすら本を読んだ。
そのうちに、自分が生活する社会と根本的に異なる社会、つまり学び、考えることが重要であるという社会が存在することを知った。
哲学や思想系の本はもちろんのこと、西洋美術の画集や建築の写真集に心を揺さぶられたし、マーラーのCDを初めて聞いた時の感動は死ぬまで忘れないと思う。
めちゃイケを好むふりをして、自分は加藤周一の羊の歌に感銘を受けて、とりあえず東大に行こうと中学の頃には考えていた。
そして周囲に迎合しつつも高校に進んだ。いわゆる地方の公立トップ校だった。
他にも理由はあったと思うが、中3の時には成績が良いという理由でものを隠されたり上履きにガムが入っていたこともあった。
入学から1ヶ月もしないうちに、明らかに新たな社会、社会階層に自分は組み込まれたと自覚した。
同級生の親の職業は、医者、弁護士、会計士、大企業の社員ばかりだった。
誕生日には名古屋のデパートの上層階のレストランだったり、どこぞで伊勢海老を食べるだのとそんな話もたまに聞いた(成金的な家はあまり無かったけど)。
彼らの親は旧帝国大学出身はざらにいたし、兄が東大、今はオックスフォードに留学中とかそんな話も当たり前にあった。
幼い頃からピアノやバイオリン、書道、バレエ、スイミングなんかをやっているのがマジョリティだったし、週末に美術館やコンサートホールに足を運んだという話も決してレアな話ではなかった。
彼らと出会ってとかく感動したのは、好きだった本や芸術の話を初めてリアルの人間とできたことだった。
そして何より彼らは、自身の解釈や、見解を示してくれたし、自分のくだらない議論にも向き合ってくれた。
もちろん性やギャンブル、暴力、ワンピースの話もたまにはあったが、それ自体を享受するだけでなく、思考の対象としても話題を取り上げることががあった。
高校以来、自分は学び、思考する人しか存在しないかのように振る舞う社会に身を置き続けている。
今にして思えば、もっと早く外の世界に出た方が良かったのではと素直に思う。
なぜなら、受動的に与えられたその社会が自分のすべてだったから。
母親が母親であるように、生まれ育った社会は生まれ育った社会であって、代替がきかない。
自分はたまたま、自分が立っていた社会と違う社会を知りうるきっかけを子供の頃に得たから今があるのであって、その機を逃せば一生地元に居ただろう。
なぜなら、考えることや知ることを拒むことが規範となる社会では、外の世界があるということ自体を知りようがないのだから。
自分は考えることも、こうして頭の整理をすることも好きだ。
パチンコの新台や、友達の奥さんが不倫をして旦那が相手と殴り合いの喧嘩をしたとか、そういう動物的な話題を「それ自体」をただ消費する社会に少なくとも自分は興味がない。
もちろん、そういった社会(自分が経験したような)を否定する理由はどこにもない。
ただ、自分が故郷を捨てたように、その社会に残るのは、その社会に適応しきった人々である。
有り体にいえば、将来の選択肢の存在すら意識できないのが自分の体験した社会であり、どのような選択肢があるのか獲得しようする営みそのものが封建的に否定される強い構造を伴っている。
だからこそ、自分の田舎はいつまでも同じ姿を留めることに成功しているのだと思う。
もちろん、その社会自体が恐ろしいぬるま湯であり、外には異なる社会が存在することを予期している人も稀にはいることだろう。
幼い息子を外の世界に出そうと考えた母がそうだったように、おそらくそれに気付いた時に自身を好転させるにはあまりにも遅い場合が大半であると自分は思う。
そして、自分は今更何があったとしても、地元の彼らと交流することはできないし、するつもりは一切ない。
母はもう二度と戻ってくるな、お前の居場所はもうここにはないと電話口でことあるごとに言う。
一方で、開成や筑駒から東大に進んだ都内組は何も捨てることなく、安定的に自分が望んだ社会を享受してその上に今も生活を営んでいる。
それは誰でもそうであるように、最後の最後に拠り所となり得る自らの地域的なアイデンティティをきちんと持っているということである。
自分は依拠すべき地域(地元)を自己実現と引き換えに失ったのであって、願わくば我が子には地元を与えるか、もしくは地元がなかったとしてもサバルタンとなり得ない思想的な土台を築いて欲しいものである。
なぜそうなるのか考えてみる。
これは本当に深刻なレベルの人が多い。
正直な話、大学すら出ていないとなると会話が通じる自信がない。
『トートロジー』『加藤周一』『構造主義』『リーマン積分』『尤度比検定』『緑の革命』
このどれか1つすら知らない人ってのは、正直会話できないと思う。知的レベルが低すぎる。
頭のよさどうこう以前の、「硬い文章なりを読みこなしたり調べたりして理解する」っていう過程を踏んできていない人間に議論なんて絶対無理。
「本当に頭のいい人の文章は分かりやすい!」って聞いて、「じゃあなんでお前の理解できない数学の本があるんだよ」ってのがスッと理解できない系の人には話が通じない。どれだけ簡潔で理路整然としてても受け手に理解力がなかったり理解しようという力が無かったりすると話なんて通じない。
そりゃ、日常会話は表面的にってならできるかもしれないが。
装備なしにエベレスト上るようなもので、知識なしである程度以上の会話ってのはできない。
エベレストに自然体では登れないように、人間の脳みそってのは高度な思考を自然にできるようにはできていない。
これがわからない人が多い。
たとえば、アルコールで酔っているときに、数学なり解けるだろうか?意識としてはどんなにクリアに思えてもできない。
それと同じで、脳みそが正常に働かない状態の精神状態や脳みその状態で考えようとしても、無理。
③未成年
こうなると、まともな思考は厳しい。殆どできない。
中二病にコツコツしたトレーニング方法を教えても意味が分からないだろう。
④男女差
差別するつもりはないが、女は男に比べて単純な空間把握とかができない。なので、話にズレが生じてくる。
また、感情の処理も男に比べて女はできない。
人類が生み出してきた『議論』って手法は男の脳みそに合わせて作られたフシがあるので、女には厳しい。
女独自の思考方法もあるし女の思考力がすぐれないとは思わないが、現状作られたフォーマットには女は適さない。
たとえば、スポーツというフォーマットでやってしまうと女が男に平等な舞台で勝つのは厳しいように、議論っていうのはちょっと女には向かない。筋肉と同じく女は脳みそは伸ばしにくい(もちろん、音楽とか感性とか経営管理とか、そういうのは明らかに男より優れる部分も多いと思う)
スポーツが男の仕事だとすぐ納得できるならば、議論も男の仕事と考えてほしい。女は同じ土俵ではまず勝てない。
⑤議論と交渉の差がわからない。
議論ってのは、ある一定の知識を前提に合理的に話を進めていけばいいんで、そこに感情とかいらないんだけど。
交渉となると話が全然違う。
この場合、Bがかつ。勝っているのは議論ではなく、交渉。
なぜBが勝ってしまうのかというと、「話を破たんさせている」から。
Aは正しい正しくないは別として、話を積み重ねていけば、エアコンの温度を下げるっていう行動にある程度の意味合いを持たせうる。Aは議論を吹っかけている。
たいしてBは、「この話をまとめると嫌なことになる」→「話を崩壊させてしまう」という手法を取り出す。Bの話に正しさとか論理とかまったくないんだけど、Bは自分の感情を通すために交渉を吹っかけている。
そもそも、議論に感情が出てくること自体がおかしいのだけど、Bのように知的レベルが低い、あるいは知的レベルが高いけど交渉でご破算にさせてしまうっていうのに味をしめている人は、Bのような態度に出る。
一度暴力でものを通してしまった子供は、ずーっと暴力でものを通そうとして成長が無くなってしまう。それと同じで、交渉に頼って学ぶことを辞めた人間はこうなってしまって、話が通じなくなる。
加藤周一のことを考えていると、彼の話の是非はさておき、彼の周りには語るべき時代・語るべき社会構造がはっきりと存在したのだということを意識させられる。
加藤に限らず、そうした構造に掻き立てられて多くの小説や評論は生まれてきたのだろう。
現在ではそうした社会構造は霧散し、イデオロギー対立もなくなり、ふわっとした時代になってしまった。
それと期を一にしているのかそれとも偶然なのか、私や周りの人は日々特に考えなしに「つぶやき」を重ね、時に「考察」なんていわれるようなことも書いている。
それでいいとは思わない。ぶっちゃけ文章やその根本となる発想の仕方を見てても面白くないのだ。面白いという明確な根拠がないのだ。
そんな時代だからこそ違う意味で面白いのだろうが、ちょっと時折さみしくなる。
「おいらっちノンポリなんですよ~」と臆面なく言える人が、はたして面白い文章かけるのだろうか?
ふわっとした時代が当たり前で、それについて無自覚な人間が面白く物事を捉えられるのだろうか?面白く生きられるのか?
本当に何も考えずに気軽に思ったまま「つぶやき」していいのか?思考の在り方が時代の鋳型によって定められていることに無自覚すぎやしないか?
それじゃ、テスト的に聞いてみるか。
俺は単に「還元していれば問題ない」と読み取ったけれど。
その前に書いてある「手塚治虫、安部公房、加藤周一」がそうであるように、だ。
でもこれ、リソースを無駄にしたという問題と、何も関係がないよね。
何を穿ち過ぎているのか、「あなたの考え」を説明してくれるとうれしいな。
→私はそこまで過激ではありませんが、「奨学金借りて大学に行ったのに中退したクズ。生きる価値なし」ぐらい蔑まれてもしかたがないと思います。
→つまり、それだけの期待を裏切るというのですから、信用失墜はもちろん、やはり他人から罵られても因果応報というものでしょう。
→もちろん、教育につぎ込むのも躊躇されるでしょう。就職でやめるかどうかもわからない新卒に、教育費かけてられないというものと同じロジックが働くことは疑いありません。
→この件で手塚治虫や加藤周一、安部公房を引き合いに出している人がいますが、それは結果論というものです。
→まして、その三例を以てして、「だから別に問題じゃない」というには説得力が足りません。
→私は、医療に従事すると決めた以上、その職務から離れるのは資質、能力に問題があるケースの他はあまり認めるべきではないと考えます。
→医療に携わる人間に年齢は関係ありません。そこに教育をかけることに問題があるのです。言ってしまえば社会還元のほどが見込めないということです。
→教育は投資です。早ければ早いほど、見返りが大きいなら大きいほどよい。だからこそ、キツイですが頭の悪い大人というのは出来が悪いし、教育に失敗したといえるのです。
→だからこそ、そういうのを選別するのには、正当性があるのです。選別すれば、社会全体によい還元ができる。この差別は必要な差別です。
→そして、そういう事情があるからこそ国家も税金を投入するし、年齢、学業等の理由で人を選別するのです。
→そして、その選別や投資を受けていながら、それを無に帰する行為は、やはり社会的には悪だろうと言えます。
参りました
加藤周一を読まれているとは思いませんでした
確かにあそこに全部書かれています
貴方の言うとおりです
我々は単なる悪です
それ以外の何物でもありません
我々が何を言っても説得力なぞありません
今すぐ死んだ方がいい最悪の存在です
存在悪+理気妙合
まあ理気が混ざってるんだから理はほとんどない。要するに必死な存在悪。日本人でも年を取って社会に貢献する力がなくなると、たまに加藤みたいにものすごく理性のある奴が傑作論考を残すことがある。加藤が偉大な思想家と言われたのも、加藤が天才だからだろう。その加藤によれば、日本人の普遍的なあり方は、存在悪であり、技術的には理気妙合だというのだ。
多分学校で習ったようなことは気と合体させる為の嘘だろうし、日本人は、トップは超絶なクズで、下部は奴隷なのだと思う。もう結論が出ている。日本に生まれた時点で絶望しかない。まして最近のように存在悪が増長し、理が減ってくると、何の生き甲斐もない。
ttp://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20100222/1266764649
あるとき、加藤周一さんから直接教えられたことがある。
江戸屋敷には設計図が無い。西洋の人が江戸屋敷を見学すると、その建築構造の複雑さに、これをどうやって設計したのか、大概の人が驚嘆するそうだ。回答は、日本の建物は部分から始める。まず第一に、床柱をどうするのか。つぎに床柱に見合う床板を探す。そして、天井板。その部屋が完成してはじめて、隣の部屋のことを考える。その後、”建て増し”を繰り返し全体が出来上がる。これとは真逆に、西洋ではまず全体を考える。教会がいい例だ。ほぼ例外なく、天空から見ると十字架になっている。で、真正面から見ると左右対称。その後、部分に及び祭壇や懺悔室の場所や装飾などを考える。
目から鱗が落ちた。長年連れ添った宮崎駿について本能で思っていたことが理解できた。彼の映画「ハウルの動く城」を思い出して欲しい。「鈴木さん、これ、お城に見える?」。そういわれた日のことを印象深く憶えている。宮崎駿は、まず、大砲を描き始めた。これが、生き物の大きな目に見えた。つぎに、西洋風の小屋とかバルコニーを、さらに大きな口めいたモノを、あげくは舌まで付け加えた。そして、最後に悩んだ。足をどうするのか。足軽の足か、ニワトリか。ぼくは「ニワトリがいい」と答えた。
これが、宮崎駿が西洋で喝采を浴びる原因だ。西洋人には何が何だか訳が分からない。理解不能のデザインなのだ。だから、現地での反応も、豊かなイマジネーションだ、まるでピカソの再来だ、になる。
http://anond.hatelabo.jp/20100127001517
さらにヴァージョンアップさせるとこうなる。
彼らが思う「民族」は生活している文化圏が一致する集団だと思った。
「民族」という言葉はなるほど未定義だが、後者なら普通は「文化の同一化圧力が強い」であって、そこに「民族」という言葉を使うのはいらぬ誤解を招く。それに民族だろうが文化だろうが、「単一」でもなければ、従って「純粋」でもない。@加藤周一
同化させられる・している傾向が強い国なら「単一民族国家」でいいじゃない。
同化「させられる」傾向が強い国だ、という自覚があるなら、なおのこと「我が国は単一なる民族の国家であります」という言明を行うことの無神経さに気づくべきだと思うのだが。少数派がそれを主張するならまだしも、多数派がそれを言うのは、多数派に属しているということからくる油断にしか感じられない。
あなたのいうルーツとしての「民族」を語るなら当然重要だろう。文化としての「民族」についても、その文化がいかなる「ルーツ」を持つのか知ることは、文化的アイデンティティを確認するためには当然重要だと思うけど。
たとえば自分たちが発明したわけでもないものを「オリジナル宣言」するのはみっともないことだ、というのは、ごくごく一般的に理解できることだと思うんだけど、どうでしょう。