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2013-01-19

ビブリア古書堂の冒頭10分間だけみた!

原作読んだこと無いし、もともと剛力彩芽にそんなに反感ないし、ていうかもうちょっと頬骨張ってたらアメリカあたりで絶世の美女扱いされてそうだなっていう感じだし(森理世的な)、自分は本好きだし、ドラマも好きだし、ネット評とは相反して意外と楽しめるんじゃいかと思って。

で、見てみたんだけど、ダメだった。無理!無理!無理!!!

なにが無理なんだろうって考えたのね。

いや、考える必要もないんだけど、だって剛力さんが夢に出てきちゃうんだもの。たった10分間の映像でこの人はなんでこんなに自分ダメージ与えてるんだろう、みたいな。

で、思ったんだけど、中学とか高校ってスクールカーストがあるじゃない。人気者が一番上で、オタクが最下層。その間に細かい階層ピラミッド型に形成されてる、的な。だけど、実質このピラミッドは二つあると思うのね。陽のカーストと陰のカースト、みたいな。サクッといえば、体育会系と、文化系の違い。体育会系ピラミッドのほうがより高位にあるけど、文化系ピラミッドもそれはそれで成立している。たとえば、今で言えば栗原類とか高校にいたら陰のカースト最上位なんだろうなって思うのね。

この二つのカースト全然相容れないわけ。交わってはいけないの。体育会系は明るいところで、太陽浴びてボディアンドソウル踊りだせばいいし、文化系は暗いけど涼しい校舎で、ほんとの幸せ探してればいいんです。

自分バリバリ陰のカースト側で、学校で一番好きなのはいつも図書室だった。ちょっと埃っぽくて薄暗い本棚の間をすり抜けて、本棚本棚のすき間にある小さな机と椅子が、自分の特等席だった。教室だと、陰のカーストと陽のカーストがごちゃ混ぜでいつもうるさくて、気の休まる暇がなかったんだけど、図書室は陰のカーストテリトリーだった。陽の側の人って、絶対図書室なんかこないでしょ?学校生活ストレスのものだったけどなんとか切り抜けられたのは「図書室」っていう聖域があったからだと思う。あんまり人の手に取らない本から舞い上がった埃が、すこし視界を曇らせて、そこに後の窓から柔らかい光がさしこんで、ソフトフォーカスセピア色の写真みたいに見えて、遠くの校庭から運動部の声が聞こえてくる、その声の遠さにまた少しほっとする。そんな癒しの場所だったのね。

から、ビブリアの冒頭見たとき、「ああ、いいな」って思った。懐かしい、って。最後に誰が手にとったかからない本が山積みになってその中に埋もれるような場所がある。ああ、なんて素敵な。

で、そこに座ってるのが剛力彩芽

いやいやいや。

もう、なんていうか、輝いちゃってるのね。薄暗い場所で。陽の雰囲気を隠し切れない。私、ハツラツとしてます!活発です!運動神経いいです!校庭駆けまわってます!思ったことはなんでも言っちゃいますときどきそれで角も立つし、誤解されたりもするけど、それもまた魅力でしょ!っていう。どっからどうみても、陽のカーストトップはっちゃってるわけ。アタックNo.1なの。

違う、違う、違う。あんたはそこに入っちゃいけない。そんな埃っぽくて薄暗い所は、あんたには似合わないからさ、お願いだからはいってこないでって。そこはね、陰のカースト人間の、数少ない聖域なんだよ。明るい方の人は、いいじゃん、居場所がいっぱいあってさ。教室も校庭も、体育館も、みんなあんたたちで埋め尽くされてる。でも、私の場所はそこしかないんだよ。たとえばそこに綿矢りさがいたら納得して譲るよ? でも、そこにアタックNo.1がいるのは無理だ、聖域の陵辱だ。

って泣きながら必死に訴えても、そこで剛力彩芽ニコニコ笑ってるっていう悪夢をみました。耐えられん。

2013-01-13

思春期恋人が作れないレベル人間について


俺は十年も前、思春期に考えた。

思春期彼女が出来ないような人間は後から何しても無駄じゃん、と。


よく、「学生時代に冴えなかった奴が社会的成功して逆転」みたいな話があって

から頑張れ人生はこれからだみたいに励まされるしそれは正しいんだけど、

恋愛とか異性関係については全然あてはまらないんだよね。


「本来異性に好かれないような人間財産や地位を築き、そういうのに寄ってくる異性と付き合う」

戦略問題点は3つある。


1.客観的に醜い・見苦しい

醜いよね。社会的見下しの対象でもある。

(よく世間的な揶揄の対象になるのも、「正しいカップル」より一段以上低い・卑しいものからだろう

「正しいカップル最上位は勿論、若く互いにホルモンに突き動かされて付き合ってるような2人)

まずこれ目指して頑張るっていうのは俺は気力が湧かなかった。


2.時期のズレ

一番恋人とか欲しいのは十代から二十代の初めまで。 精神的にも肉体的にも。

二十代後半だの三十代だので異性に寄ってこられてもそもそもあんま嬉しくなくね?

少なくとも嬉しさ十分の一ぐらいかそれ以下だよ、思春期だったらに比べて。

まり時機を逸することによるニーズのがた落ち。

また、その異性が同い歳前後だとすると、言っちゃなんだけど、相手の市場価値もがた落ちした頃だよね。

まり時機を逸することによる品質のがた落ち。

双方向から時機を逸する。

取引が成立する頃にはもう取引をする動機がかなりうせてるんじゃないかと予想した。


3.そうして出来た恋人は実は恋人ではない

重要

だって、金や地位でひきつけた異性なんて、本当は俺の相手なんかしたくないわけで。

言ったら恋人と言うより愛人でしょそんなの。

俺と居る間ずっと打算や仕事気分でいる人が欲しかったんじゃない。

俺のプレゼントを即効で換金して本当に好きな人プレゼント買う異性にプレゼントしても楽しくない。

と考えるとこんなの全然、わざわざ獲得する価値がないモノとわかる。

シミュレートすると、愛人作ってガッハッハというタイプの男のマッチョさは想像を絶する

 相手が腹で自分を好いてなかったり憎んだりしててもそんなのお構い無しで楽しんじゃうんだから


こういう予測を十代の頃に立てて、

予測を立てたと言うかあらゆるルート絶望が身に染みただけだが)

仕事趣味は頑張ろう、しか恋愛とかはすっぱり諦めて降りるしかないんだ・・・と決めた。

そして今二十代後半になった俺は、一応社会的ステータスのある資格仕事についたけど

キリンですし元増田の言うことがよくわかる大人になっちゃいました。


恋愛とか恋人に関しては生まれた時から詰んでたんだよ、

とっぴんぱらりのぷう。

2012-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20121204205234

>男性にも義務が

ないですよ、そんなもん。そんなキチガイロジック振り回されてどや顔されても。

どこにどういう法的根拠が?

知的障害者がこうむっている不利を、健常者があんぱん吸ってとんとんしろと?

あんたの言っていることはそういうことなんですが。そもそもフェミニズムと言っても幅が広いし、フェミすべてがそんな主張をしているわけじゃないんですが。

置換冤罪男性がこうむるなら、痴漢被害を女性がこうむっても当然だとなりませんかね?

自分で作ったものさしでさえ自分自身をソートすることができない。これがまさしくはてサですよ。


ま、それはともかく、buyobuyo氏のことを考慮してみましょう。

彼は論理学についてはこの国で一応、最上と言える教育を受けている。

しかし彼の言動には論理性は微塵もない。つつけば穴だらけだが、彼の経歴を踏まえれば、敢えてそうしているとしか考えられない。

なぜか。論理妥当性ではなく政治闘争として彼ははてなで活動しているから。

彼に代表されるはてサも同様。

ダブスタ

・言ってもいないこと攻撃

論理性が微塵もなくても仲間が言っていることならスター三昧

・言えることがないならとりあえず人格攻撃

無茶であっても暴力が場を支配することを彼は知っている。知っているか暴力を行っている。

はてサを攻撃している人は保守ではない。むしろ純粋左翼はてながこういう暴力に支配されてしまっていることに、ずっと警鐘を鳴らし続けてきた。

はてサを思想集団とか政治的党派と捉えないほうがいい。

それに近似しているのはただの暴力団だ。

2012-11-01

http://anond.hatelabo.jp/20121101133614

から何度も書いてるけどレーシック難民って頭痛吐き気普通生活もできないレベルらしいんだけど。

レーシック難民とは」で検索してもそんな定義じゃないみたいなんだけど…。


最上位に出てくるこのサイトレーシックに肯定的なサイト

http://www.heschelcenter.org/nanmin.html

ですら

レーシック難民とは頭痛吐き気普通生活もできないレベルの症状を持つ患者のことである」なんて書いてない。


基本的に、レーシック難民とは

レーシックの手術後、眼、体に問題、症状が起こっているのに、

適切な治療を受けられないでそのままにせざるを得ない人たちのことを言います

だってよ。

2012-10-01

から朝8時に掛かった電話で怒られる

http://anond.hatelabo.jp/20111021205455に書いた、

「2004~2008年の暗黒時代」のハナシ。

ある朝、8時過ぎに、客から電話が掛かった。

会社の営業時間は9時~18時なので、

8時過ぎの電話は「営業時間外」の電話であったが、

自分電話に出た。

このお客はクレーマーというよりも、

「何かにつけて、自分世間話をしたがる客」で、とりあえず取りとめもない会話をして電話を切った。

しか電話を切った途端、職場最上席にいた専務に呼びつけられた。

「お前なあ、なんで客が、8時なんて朝早くに電話掛けてくるんだ?

 そんな時間電話掛けてくるなんで、お前の客への躾けがなってない!!」

上司理不尽なことで怒られ、内心怒りが充満しているのだが、

自分多忙しか仕事ミスも多発していて、その専務に×喰らっている身分なので、

大人しく「申し訳ありません、申し訳ありません」と謝った。

しかし冷静に考えると、仮にこの電話に出なかったら、

「なぜ電話に出ないんだ、お前は!!」と怒られたんだろう。

要は、怒られクセが付いている人間は、「何をやっても怒られる」・・・

2012-09-18

家電を選ぶ(テレビ冷蔵庫洗濯機掃除機など)

一人暮らし卒業して、新生活を始める予定。住むところもワンルームから一般的な3LDKに変わる予定。とういことで、持っている家電を大幅に買いなおす必要があり、下調べに家電量販店に行き、販売員さんにもいろいろ教えてもらった。

はてなのみなさんいろいろ自説などコメントお願いしますね。

薄型テレビ(40~46型くらい)

使用用途など:リビングにおいて、地デジ、BSなどでスポーツ映画、紀行番組などを見る。いいTVだったらブルーレイを借りてきて映画も観るかもしれない。現在ブルーレイレコーダーソニー製のを持っているので、新しいTVには綺麗な画面を求めたい。

店頭でいろいろ見たが大変迷うジャンルである

プラズマ:パナのみ。画面が暗い感じであるが、映像好きな人の支持が高く、プラズマフリークは必ずプラズマ指名買いをするそう。

今となってはプラズマの希少性もあって、いいかもと思った。

液晶

パナ:画面のコントラストがくっきりの味付け。ちょっとどぎつい感じもあるがキレイ最上位機種は25万円以上するが、LEDバックライトオンオフコントロールが優れているらしく、大変キレイ映像だった。筐体のデザインもなかなかよかった。

ソニー:画面のテイストはパナとは両極端な感じ。明るく白っぽい。あの白っぽさに慣れるかなぁ。結構画面はきれいだし、最新モデルはLGみたいに枠が細くデザインもなかなかいい。

東芝:パナと同じくIPS液晶らしく、視野角が広いのが売りだそう。味付けはパナと同じくくっきり派。画面表面が光沢でテカテカ光る感じが好みかどうか。少し、映像人口感がある。あと、タイムシフト機能とか興味がある人にはいいと思うが。

LG:TVのCMでやっている通り、枠が細いデザイン。置く場所によってはワンサイズ大きい画面が置けるのがメリットか。映像はややパナ、東芝よりのちょっと派手な感じか。何より驚いたのは3D。大変簡易なメガネなのだが、3D映像の画面の前方向に飛び出す感がもの凄く、かなりビックリデモ用の3Dソフト(K-POPのスーパージュニアのPVだった)にもよるのだろうが、かなり迫力があって興味を感じた。

シャープクアトロンは少し明るくパナよりソニーより。でもソニーのように白っぽくはなく、ナチュラルな感じ。植物の緑の発色が見事であって、一応見た中では映像は一番きれいに表現できてるかなと思った。

三菱映像の味付けはパナとソニーとの中間的な感じで好感が持てる。すべての機種が録画機能搭載が売りということで、すでにレコーダーを持っている自分は、あまり詳しく見なかった。

日立:売り場に置いてあったのか?見かけなかったような気がする。

結論:どれも買ってしまえば、映像の味付けには慣れてしまうような気がする。クアトロンが良かったが少し高いし、プラズマも表面がガラスで拭きやすいのもいいかなと思ったし、大変に迷う感じ。操作性(リモコン)、ネットとの接続機能とかは店頭ではよくわからず。特に操作のしやすさは結構重要な気がするので、もう少し研究必要かな。

冷蔵庫

東芝、パナ、三菱日立が4強かな。

東芝野菜室が売り。野菜室を真ん中に持ってきてるあたり、ポイントを絞ってきている。ドアの開閉がボタンを押すだけなのもいいと思った。

パナ:モーター部を一番上に持ってきて、一番上の棚の奥というデッドスペースになりがちな場所有効活用。その分、下部の引き出しが大きい。これは結構メリットかも。パナは製品の入れ替え時期らしくお手ごろ価格のものが今はないとのこと。

三菱:零下7度だか、いい感じにチルドできる冷凍機能が売り。あと、製氷室に至る水の管も取り外して洗え、氷がくさくならないのが売りだそうだ。東芝ほどのインパクトには欠ける。

日立真空保管できる棚があるのが売り。4社の中では一番おとなしい印象であった。

結論:製品の入れ替えに伴う値段の落差が大きい品種。うまく前モデルとか末期のを買えば20万円くらいのものを12万円くらいで買えるみたい。今は東芝が買いどきか。

洗濯機

自分乾燥は基本天日干し志向。よってドラム式でなく、縦型から選ぼうと思った。

ここは東芝、パナ、日立の3強かな。

結構、付加機能とかつけて、価格差のあるモデルを出しているのだけど、洗濯槽洗い機能以外はそれほど魅力を感じなかったので下位機種でもいいかなぁと思った。あっ、後、乾燥機能の方式に空冷や水冷などいろいろ種類があって、部屋が湿っぽくならないほうがいいとの話であったが、詳細は忘れてしまった。日立がいいかな(モーターの日立というらしい)。でも、口コミサイトを見ると日立のをボロカスに言う人もいて、なぜなんだろう。

掃除機

サイクロンサイクロン遠心分離式、紙パック式と大きくわけて3種類あって、先ず普通サイクロンは吸引力W数は大きいが、手入れが面倒で、今もこのタイプの小さいのを使っていて、厄介なことはわかっているので却下

ダイソンに代表されるサイクロン遠心分離式は吸引力W数は小さいものの、ヘッド部分の機能強化で非力さは感じない。手入れも比較的ラク。やはり、この分野はダイソンがいいらしく、デザインなど気にならなければいいと思う。後、ゴミ捨てするときちょっと舞ってしまうのが難点。次点としては東芝か。

紙パック方式は、手入れがラクなのとシンプルに吸引力がある。本体価格も安めで紙パック代を考えても、手間を考えると一番お得なのではないかメンテナンスを考え、このタイプにしようと思う。パナ、日立東芝といったところか。

全体の感想

だいぶ、販売員さんに教えてもらってにわかにだが、少し見方がわかったかな。あと、炊飯器電子オーブン、照明器具、エアコン扇風機なども調べたい。

パナソニックはどの分野でも手堅く製品を出してきているが、少し、突出した特長に欠ける感じもあった。東芝が頑張っているなあと思った。シャープを薦める販売員が少なかった感じがする。

販売員も店によって違いがあると感じた。ヨドバシがしっかり説明していると思った。ビックも社員さんは頑張ってる感じ。ヤマダはメーカー派遣にまかせっきりな感じがした。TV売り場構成でも、ヨドバシは同じサイズの違うメーカーを横並べにして、比べ見を可能としている点が良かった。ビック、ヤマダはメーカー別に売り場が分かれていて画面の見比べができなかった。

メーカー派遣の店員さんも、公平に各メーカー製品を説明したあと、自分メーカーはちなみに○○と控えめにアピールする方式だと、説得力があって、いいのではと感じた。反して、自社製品だけをやたらと推すだけの人は、あまり心に入ってこない感じがあった。

家電選びは難しいと感じたのであった。

2012-08-21

バイク大好きだった俺が二輪車離れを起こしそうで困ってる

ある日、フロントカウル内のパーツに関するリコールで販売店に持ち込んだ。修理が終わり、走りだした途端にビリビリと異音がしたので見たらカウルが浮いてる。すぐ戻って店に言うと「最初からカウルのツメが折れてました」・・・本当に折れてたのかもしれないけど、この店を使うのはやめようと思った。

リアタイヤの交換時期になったので近所の小さな店に行った。店の兄ちゃんは不機嫌そうに「うちで売った商品だけで手一杯なんだよね」噂には聞いてたけどマジでこんな扱いなんだ、ちょっとびっくり。そしてチラリとバイクを見て「タイヤ以外にもアレとコレとソレも交換したほうがいいから、●●万ぐらいかな」と中古が買えそうな金額を言った。

何かおかしいと思ったので2りんかんでタイヤ交換だけしてもらった。お店の好意で他のパーツの状況も見てもらい、結局交換の必要があるパーツは何もなかった。俺のバイク屋に対する不信感は高まった。

そして先日、部品をパクられ自走不能になったので、メーカーサイトで信頼できる販売店が無いか探してみた。メーカーは販売店をランク付けしていて、最上位は「●●●バイクショップ」というグレードだった。

「●●●バイクショップ は、●●●製品に関する質の高いサービス提供することで、 お客様バイクライフサポートするお店として、●●●が認定した販売店です。」

自宅からやや離れるが、この看板を掲げているメーカー専門店がある事が分かった。メーカー子会社の販売代理店経営してるらしく、これなら間違い無いだろうが問題は少々遠いこと。押していってから「預かれません」と言われても困るので預かってもらえるかメールで問い合わせ、可能なことを確認した。バイク屋に持ち込んだ日は朝から気温が30度近く、死にそうになりながら店に到着。この前メールしたんだけどー、と告げたところで衝撃の一言お盆中はお預かりできません」

「預かってもらえないと炎天下の中1時間押して帰らないといけないんです。そういう事が無いように事前に問い合わせたのに、どうにかならないんですか」と言うと、店員はニヤニヤしながら無言で店に入り、しばらくして戻ってきたかと思うと「会社の方針で、預かれません」。また押して歩くのかと思ったら店先にバイク捨てて帰りたくなったよ

もう、どこに持ち込んだらいいのか見当も付かないので、メーカーに経緯と共に信頼出来る店が無いのか問い合わせてみた。もう「●●●バイクショップ」なんて信用出来ない。メーカーからの返信は公開不可だったので要点をまとめるとこんな感じ。

・商品の購入と同時に販売店でのサービスも購入してもらっている。基本的に販売店に頼め。(その販売店が信用ならない)

・個別の販売店は把握してないか代理店を紹介する(その代理店経営店舗に持ち込んでこうなった)

なんかもう絶望。どんないいバイクだってメンテナンスを任せられないんじゃ乗り続けることはできない。かといってバイクに乗れないとなると困ってしまう。他のメーカーバイクに乗り換えればこんな事はないのかな・・・どうしろって言うんだ。

2012-08-08

一般論として

今回の事件に関しては、報道ではノーコメントを通しており、電話取材では、7日の9:30頃に完全に留守電に切り替えた。
私も電話取材を試み、代表窓口で「担当者対応します」と約束していたのであるが、完全に反故にされた。
いきなり留守電に切り替わっていたときは驚いた――。
ネット情報事実であるのかどうか、それを確認するには同校が回答するのが一番である
もし、事実無根であり、完全に否定するのであればサイトにその旨を記載すべきであろう。
報道の間違いによって、被害を受けた企業などはそのような対応を行う。
現在仙台育英高校公式サイトにはそのような告知は一切なされていない。
(http://www.best-worst.net/news_acJsMeokvW.html より)

報道相手なら確かにそうなのだが、相手がネットイナゴなら「相手が飽きるまで頬被りして逃げまわる」のが実は最上の対策である。何故なら相手は何を答えても勝手自分の都合のいいように解釈して余計に炎上するという特性を持っているかである。別ないじめ事件の報道や、放射脳な連中の発言を見ていれば、「ネットで噂になっている」状況になったらルートをシャットアウトするのが正しい。

なお、個人的には「高野連が認めた」という情報についても疑問視している。高野連の誰がそう答えたのかという情報が欠落しているかである。誰の発言であるかさえ明らかにならなければ、あとで高野連が否定しても「自分はたしかに聞いた、隠蔽するのか」とゴネることが可能である

もちろん、バラしたことを高校側から問責されても「そんなことは誰も言っていない、勝手に噂にされて困惑している」と逃げることも出来るのだが。:-P

http://anond.hatelabo.jp/20120805002433

ちょうどいい中間が欲しいわけよ。

目の前でちゃんとした絵をパッパッパって描いてくれそうな、まともな社会人経験者が。

それ、中間でも、まともな社会人経験者 でもなくて

あいまいで、適当で 雑な クライアント意見を 横暴に耐えながら、仕上げて 仕上がったら そのアイデア顧客が考えたものにしろって事でしょ?

パッパッパって描いてくれ

いちばん、ふざけてるよね。 手早く書くのが中間レベルとか・・・ 普通は中間なら 時間かかるだろ。 プロでも時間がかるのに。

絵がうまくて、速くて、顧客のいう空気を読んで(横暴を我慢して)なおかつ、高い金は払いたくない。ときたもんだ。

 

中間どころか、すでに言われているけど 最上位のプロの技だよそれ。

どうしてこんな簡単なことが出来ないんだ? >> 簡単じゃないからです。

他の人はできてるのになぜ? >> 発注するほうがプロで 発注の仕方と 自分要望のまとめ方を知ってるからだよ。

 

プロデザイナーが アシスタントに だすような 要望

素人が アシスタントに だせるわけないだろ。

 

発注する という行為が どれだけの ノウハウの集合体か!

自分プロになるか、それとも、プロディレクターを雇え というのは 当にその通りだと思った。

 

自分が悪いなんて、1%も考えないんだろうなぁ。こういう方たちは。

2012-08-05

http://anond.hatelabo.jp/20120805151210

からだが、元増田のそれは親が原因ではないと思う。

勉強なんか意味いから。中学卒業したら就職しろ

って親だったとしても、

モテたってなんの意味もない。いいか勉強しろ」

って親だったとしても、結果はきっと変わらなかった。

元増田よりも、君の方が親との間になにかあったんじゃないかと勘ぐりたくなる。

二十歳すぎてモテ期に入ったところで、

中学の頃のカースト最上位のアイドルは、男子カースト最上位だったリーゼント君と結婚して、町営住宅貧乏生活m9(^Д^)9mザマァ」

なんてならない。

思春期ほとんどをカースト底辺で暮らして、それだけならまだしも、告白されてつきあって、中途半端にあっち側の世界を見せられたあとにまた落とされて、正常でいるなんて無理に決まってるじゃん。

元増田は一生愛に飢える。

どんなに愛されたって、「それは本当の自分が愛されてるわけじゃない」

と否定する。

たとえ豚に戻ってから愛されたって、「きっと肩書きの力だ」

と思うだろう。

たとえエリートから滑り落ちてなお愛されたとしたって「おっぱいのせいだ」

と思い込む。

美貌も肩書きも若さ資産コネクションも全て失って、なお愛されないと気がすまない。

たとえそれで愛されたとしても、「この男性は~目当てだ」「この男性は嘘をついてる」「この男性は頭がおかしい」

と頑なに愛されることを否定する。

俺にはわかる。

元増田呪いは一生解けない。

俺は、その呪いをかけたスクールカースト元増田大学時代彼氏を何百ぺんでも殺したいほど憎む。

2012-07-06

音楽業界のことは知らん、安室奈美恵の話をする

http://anond.hatelabo.jp/20120623023851

この増田を読んで、音楽大好き人間のおれからすると、「あぁ、こういう人が音楽業界ダメにしたんだな」とまでは思ってない。

まず俺は音楽は好きだけどそれほど詳しいわけじゃないし、この増田の論旨を真っ向から否定したいっていうのでもない。

ただ一つだけはっきり言えるのは、「音楽大衆娯楽から離れてアーティスト化(芸術化)したことが業界停滞を招いた」ことを主張するのに

安室ちゃんを引き合いに出すのは見当違いだってことだ。

「オイオ安室ちゃんだってよただのファンの妄言だろpgr」とか思うやつは読まなくていい。

安室ちゃんのファンではあっても大ファンてわけじゃない。ファンの気持ちを代弁してるつもりもない。

勝手なことばっか言ってんなよとは言わない。ここはそういう場所から。けど、見当違いじゃねーかっていう指摘はさせてもらう。

仮にそれが枝葉末節だとしても、そこで見当違いをしてしまったら、そもそも論旨が揺らぐだろうと思って指摘するまでだ。

最初に言っとくが全体を通した見解にはおおむね同意してる。


誰の目にも明らかなように、安室奈美恵2000年代初頭に音楽的に転向した。

それはTKからの脱却でもあったし、R&BHIPHOPを取り入れていったのはその通り。

アーティスト気取りなんかじゃなくてむしろ時代に寄り添った結果だったろうと思う。

90年代的な浮かれはっちゃけ音楽が通用しない時代2000年代だったことは、TKが目に見えて凋落(失礼)してったことからもわかる。

にわかと言ってしまえばそれまでだけど、これも良い言い方じゃないが「日本人好きのしそうなR&BHIPHOPの上澄み」を

積極的に取り入れてった安室奈美恵は一時は確かに売上げを落として伸び悩んだりもしたけど、いまだに第一線で活躍してる。

知ってるか? 2010年の上半期のアルバムセールス安室ちゃんが首位だったし、

2011年(良くも悪くも話題になった)AKBジャニ韓流が独占してた音楽市場の中で、

トータルセールスランキングアイドルジャニ韓流以外で食い込んだ最上位は安室奈美恵の7位だ(8位の浜崎を押さえて)。

もっと言えば2008年ベストアルバム(昔の有名曲の寄せ集めじゃなくR&B路線後の楽曲中心だった)でミリオン売って、

10代・20代・30代と3年代ミリオンアルバムを出したのは安室奈美恵が史上初。サザン宇多田陽水も届かない記録。

ちなみにシングルでその偉業を成し遂げたのは中島みゆきだけ。

まり、これだけ長い時間をまたいで、しかも常に若い世代にちやほやされるアーティスト()は安室以外に今のところいない。

それは何でかって言うと、大衆娯楽のあり方自体が変化したからだ。

どっかのライターさんがTwitter上でそもそもの大元の火種をつくった某音楽プロデューサーに吠えてたように、

みんなに受けるようなポップスは成立し辛くなった。みんながみんなニッチになって「これがポップスだ」なんて謳えなくなった。

それぞれの方向性で少ないパイを奪い合う中、安室奈美恵は一つの解を出してる。ちょっとクールな(スカした)、

別に音楽的には複雑なわけじゃないけど「傍から見ててカッコよく見えるような欧米風の」スタイルが氾濫してきてるが、

日本人テイストに組み直して自分スタイルに取り入れられた唯一の成功例が安室奈美恵からだ。

ネット上じゃあ韓国をニダニ揶揄する風潮が強いが、ボケてんのか? 日本の文化もたいていが最初欧米のパクりで始まってる。その是非は今は問わない。


スタイルは変わる。時代に合わせようとしたら。大衆に寄り添うってのはそういうことだ。

こないだ2年ぶりに出したアルバムの売上げも好調って聞く。AKBダメだなんて思ってない。

今は圧倒的に安室よりもAKBの方が多くの人に聞かれて好かれてる。

そこに異論はないが、これだけ長いこと時代に寄り添ってきたアーティスト安室を置いて他にいるか

誠実さって言い換えてもいいぞ。

平気な顔して口パクでファンの前に出てくる(どっちも好きだけど)PerfumeAKBに比べて(当たり前の顔して受け入れてるファン含めて)、

ぜえぜえ息切らして激しいブレイクダンスこなしながらちゃんと歌いきる安室奈美恵はいだって誠実だったろ。今も。歳も歳だぞ?

身内に不幸があった時も同情を誘うそぶりも見せない、くだらない自伝も出さない、しょーもないTwitterもやらない。

それをアーティスト気取りって言うなら好きにしろ。ただ俺にはブリブリしてるアイドルの方がよっぽど気取りじゃないかって思える。


安室奈美恵は今年でデビュー20周年だ。今までずっと話題にするのを避けてきたTKのことも公的な場で積極的に口に出してるらしい(未確認)。

芸能界復帰にいそしむ恩師への恩返し」っていうのはあまりメディア的な解釈からそれはおいといて、

かつてTKが補助輪つきの自転車に乗せて背中を押してくれたから、今の安室ちゃんがあるのは間違いない。

さらアンタが時代に合わせられるのかって疑問はあるけどTKTKで頑張ればいい。何の話だったっけ。

あー、そうだ。「先人が必死の思いで音楽業界を築いてきた」って言うなら先人にして最前線にいる安室奈美恵に敬意を払えよこのオタンチン増田野郎。

そんでAKBの方はまず板野安室ちゃんのクソみてえなクソ真似を今すぐやめさせてまた劇場公演の徹底から始めろ。手探りも葛藤もねえぞあそこには今んとこ。

2012-06-16

セックスが上手いコミュ障存在しない

・相手を知りたいという欲求に欠ける

・表情から相手の感情を読み取るのが苦手

雑談など意味の無いやり取りをするのが苦手

これらのコミュ障の特徴は、上質なセックスをするには致命的だと思う。

まず相手を知りたい欲求が無いのなら、オナニーでいい。

表情から相手の感情を読み取れないなら、PDCA「C」が行えない。だからサイクルが回せず、進歩が無い。

意味の無いやりとりに意欲が見出せないのも、オナニーでいい理由。

セックスは子作りが目的のもの以外は基本的に無意味純粋コミュニケーション

雑談進化系のようなものと言えば誤解があるかもしれない。最も信頼関係必要とする、最上位の雑談とでも言えばいいだろうか。

から雑談ができない人間に上手いセックスは不可能だと思う。

もちろん、コミュ充にもセックスが下手な奴はいるだろうが、それがコミュ障が優れている理由にはならない。

コミュ充の中にはセックスが上手な人間が含まれており、コミュ障の中には含まれて居ない。それが全てだと思う。

2012-06-14

http://anond.hatelabo.jp/20120614120440

理論的にはそうだし、短期的に使用しても中長期的に使用しない方向に向かう、というのが本来あるべき姿なんだが、「原発を稼働させない」が最上位かつ唯一の目的と化していて、「原発を稼働させる」という解につながるものについては陰謀論(例えば「原発稼働が必須という世論を作るためにわざと停電させようとしている」)を持ちだしてでも潰そうとする動きがあるのが現状なんだよなあ・・・

2012-06-10

脱原発には40年かかる。

ロボット工学の偉い先生の講演を聴いてきた。あの311から原発事故現場に関わってきた先生の話だ。

先生の発表はとても熱かった。みんな資源エネ庁の公募に応じてくれと、国内学者技術者、国公立の機関民間企業、あらゆる所から英知と技術を集めて、あのぶっ壊れた原子炉を何とかしようとしていた。なんか発表中ずっと、BGM逆シャアのメインテーマが聞こえる気がしたよ。私はもう平常の研究開発、普段の企業の業務に戻った気でいたけど、その先生はまだ非常時モードで、まだまだ戦っていたんだ。

先生曰く、あのぶっ壊れた原子炉の中身、溶けてしまった燃料棒を全てきちんと片付けてしまうには、30年から40年かかるという計画がすでにたっている、のだそうだ。

建屋の最上階に人類が到達できるまで数年。もう一度格納容器を水で満たすまで10年。それからすこしずつ核燃料を取り出し、しかるべき所に処理を始め、終わるまで30年はかかるんだと。

先生ロボット撮影した様々な動画を見せてくれた。水のシャワーが滝のように流れ落ちる中をあっぷあっぷしながら進むかのような、原子炉の中をファイバースコープ撮影したノイズだらけの動画もあった。多分その動画はないけど、東京電力サイトでも結構動画を公開しているのだとか。

原子炉事故が起こった時に、最初に入ったロボットルンバ会社の軍用ロボットPackBotだった。あれに、なんでロボット大国の日本なのに日本ロボットじゃないのか不思議に思った人、結構いたんじゃないだろうか。そのあと原子炉建屋に入った日本ロボットはQuinceという。千葉工業大学先生が作ったプロトタイプだ。恐るべき走破性の高さで建屋の最上階まで行けたが、1号機は帰り道で自分でケーブル切っちゃって帰れなくなった。

重要なのは、PackBotは量産機で米軍がいっぱい持ってて普段からいつでも使えるように用意してあるのに比べ、Quinceは先生学生さん手作りで作った一点物であるということだ。これは想像だが、一点物のこのスーパーロボット、使おうとしたら先生研究が遅れちゃったり学生さんがうっかりすると留年しちゃったりモーター焼けたら代わりのモーター買うのに先生がやたら書類書かなきゃいけなかったり下手すると論文に間に合わせるために学生居酒屋で稼いだ私財を投入しちゃったりするようなものなんじゃないだろうか。私の理解では、大学研究室ロボットというのは大体そんな感じの物だ。でも、ルンバはいつでも買えるようになっているよね。リアルロボットであるというのはそういうことだ。PackBotもお金出したら米軍はいつでも売ってもらえるんだ。

2001年には、原子炉やその周辺で動けるロボットというのは、プロトタイプではあったが、相当数あったらしい。バケツウランかき回した奴がいたせいで開発予算が付いたんだね。でも、ついたのは開発予算だけ。2011年には、動く状態で残っていた当時のロボットというのはなかったんだと。10年というのは、そういう歳月なのだ

原子炉建屋の外で遠隔操作の建機ががれき除去を始めた時、何で中のロボットはないのに外のロボットはあるんだよ、と思った人はいいかな?あれな、雲仙普賢岳火砕流から街を守る建設をする時に開発が盛んになったものが、今でも技術が受け継がれていつでもお金出せば買える状態になってるんだって。屋内の作業ロボットは滅びたのに、なんで遠隔施工建機は生き残っていたんだと思う?

これはな、国交省役人意図的に生き延びさせたんだそうな。私が思うに多分、まるで伊勢神宮式年遷宮のように、工事費の多少の無駄は承知で、「この工事は無人でやらないと入札できません」ってやったんだと思う。そのおかげで、今、建屋の外はかなり片付いている。原子炉敷地内の線量マップスライドに出てきたけど、ほとんどが2ミリシーベルト毎時以下まで下がってた。高いけど、即死はもうできないレベル

日本技術ってのは、プロトタイプを作るところまではアメリカにそんなに顕著に劣ったりしないんだと。ただ、無駄かもしれないものを軍が買い支えて育てるシステムがあるアメリカと違い、日本プロトタイプが良くてもすぐ死滅しちゃう。商用に持ち込まないと、生き残っていけないから、なんとか技術を維持するために無理してでも需要を創出していかないといけない。ロボット工学の偉い先生は、そう語っていた。

これさあ、原子力技術にも言えるんじゃないかと、私は思う。原発事故の本当の終わりまで40年かかるのであれば、今まだ生まれていない子供が育ってたずさわらないと、終わらない。じゃあ、それまで原子力業界にちゃんと人が流れ込むようにきっちりと産業として生きていないと、こわれたあの原子炉は片付かないんだ。

まあこの辺でわかってもらえると思うけど、私は今の夏までに原子炉を動かすだの動かさないだの、そういうのは馬鹿馬鹿しくなっちゃった。とっとと動かして、その間に万が一への安全策増設を淡々設計して、次の点検の時に追加すれば良いじゃない。即座の脱原発なんて無理よ無理。だっていちばん危ないのが片付くのが40年後、そこに40年後までまともな技術供給し続けないといけないのだから、40年後まで他の原発もある程度動いていないと、技術継承的に無理がある。40年後片付いたら、完全な脱原発の作業がやっと始められるんじゃないかな。

追記:6月10日正午

技術がおのずからお金を稼いでこないと、その技術を維持継承発展するのには意外なほど膨大なコストがかかるよ。

いわゆる伝統芸能伝統工芸で残ったもの残っていないもの、投入されている公的な予算を考えると良いよ。

日本場合軍需にお金がちょっぴりしか出ないから、それ以外の公共や民間がよろこんでお金を出すような需要を創出しないと技術は簡単には残っていかないよ。

2012-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20120531215915

生身の異性を知らないと何か問題あるのか?

私男だけど、どっかの女が

彼氏とは、夜景の美しいホテル最上階のレストランに連れて行ってイスを引いてエスコートしてくれる生き物である

なんて妄想もってても一向にかまわん。

なんでそうカリカリすんのかな。

2012-05-28

studygift自分用まとめ2

http://anond.hatelabo.jp/20120526091039 続き

佐々木俊尚の反応(途中切込隊長含む)

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228386853560324

なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから神のように降ってくる存在だと思っていないだろうか。

https://twitter.com/kirik/status/206229674295181312

いや、公を誤認させてはいかんでしょ RT @sasakitoshinao なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228646128656384

公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、<私>がつくるさまざまな仕組みの集合体によって<公>が成り立つという方に考えを切り替えないと。

https://twitter.com/kirik/status/206230378468487169

先生、public というのはきちんとした定義のある言葉です。ご主張は理解しますが、今回の事例でそのような理屈は通らないと思いますよ。 RT @sasakitoshinao 公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/203695743184273409

おっしゃる通りです。情報は開示されてる。家入さんという個人の信頼でも担保されてる。詐欺じゃないでしょ。 RT @fox_m @sasakitoshinao 単位とらなかろうが旅行に行こうがそれをひっくるめお金出す人の選択の自由はあるという話を佐々木氏は言ってる気がするんだけど。

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206751155445956608

私は家入一真という人は、おおくの人が批判するように欠点もたくさんあるのかもしれないけれど、彼が追い求めている価値共鳴している点で全幅の信頼を置いています

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206752926461476865

そんな担保などあるわけないでしょう。すべては個人の意見客観など幻想にすぎない。 RT @maitreya_K 公私とか自助公助とか、そういう切り口自体が佐々木俊尚さん、あなたセルフサービスの問題意識と見受けられます。その見方はいったい何によって担保されているのでしょうか?


批判コメントにはレスしていない

先ほどTwitterに連投したStudygift問題についての論考です。以下、少し整理して転載します。

 一連の議論を見ていて思うのは、個別包摂社会包摂がごっちゃになってしまっていませんか?ということ。社会包摂とは生活保護などの公的扶助をはじめ、誰もが平等に享受できるセーフティネット。個別包摂は、個人的なつながりの中でのセーフティネット

 たとえば隊長の「就学希望児童助成を軽いノリでやるな」という記事もそのひとつで、社会包摂としてはこの視点はそうだろうと思う。しかし個別包摂にまでそれを求めるのか?ということ。

家入一真さんの例の件で願うことなど: やまもといちろう http://bit.ly/KArAfU

 個別包摂なんて、親戚のおいちゃんおばちゃんに金出してもらうのと同じレベルで、単にそれをネットオープン場所でやってるだけ。だから「出したい人が出せばいい」と私は書いたわけです。そういう家族単位、知人単位ソーシャルグラフ単位の個別包摂の集合体が、公的扶助などの社会包摂を補完していく可能性があるから

 だから個別包摂で、後から「なんだお前退学してたのか!」「男女関係からんでんじゃないの?」とかそういう話が出たとしても、おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話。「ほんまに復学する気があるのか?」「おまえ結婚しても学業続けられるんか」みたいな、そういうレベルの話。

 そしてこの社会的包摂と個別の包摂の混同は、実のところ河本準一氏の生活保護騒動にもつながっている。「息子が支援(個別包摂)できるのに生活保護受ける(社会包摂)のはけしからん!」と。河本氏にあなたは個別包摂を利用せよと求めている。だったらなぜStudygift坂口さんには個別包摂によって支援を受けることを許さないのか? 二つの問題の根っこは、ここで実はつながっている。

 Studygiftは皆が見える場所でやってるからけしからん、目に入らないところでやってくれという意見もあるだろう。まるで全員に門戸が開かれてるように誤解させるのはけしからん、と。だがこうした個別包摂でさえも可視化されてしまうのがネット時代の恐ろしいところなのだ。そしてこの可視化時代に、妬みや誹りや恨みの対象となるありようはそこらじゅうに可視化されている。今までは知らないで済んでいたことが、全部見えてしまう。これはある意味たいへん苛烈時代だ。

 しかしこのような個別包摂の試みは今後も次々出てくるだろう。個人間送金が簡単になればさらに加速する。私はその多様化社会包摂を補完するありかたとして否定すべきでは無いと思う。今回のStudygift拙速なのは事実だが、そういう試みの最初の小さな一歩にすぎない。

 ネットを活用した個別包摂セーフティネットに対して「うまくやりやがって」「詐欺だ」と怒る人たちは今後も増え続けるだろう。それは避けられない。たとえばこの記事などが典型だ。

■仮に僕膣と学籍詐称が無くてもstudygiftは駄目だよな http://bit.ly/KAuGAA

 無償リスペクトが応酬されているだけの評価経済社会に留まっていれば、問題は起きなかっただろう。だが評価経済貨幣経済が結びつくことで、評価=カネということが実現してきている。これは大きな波紋を投げ掛ける。

 すべての人々が平等包摂されるような時代は最早やってこない。そういう包摂戦後社会でも平等幻想しかなかったが、その幻想さえも剥ぎ取られる時代になってきている。だからこの問題への怨嗟は今後もなくならないだろう。しか社会包摂とは何かということをもう一度考えなければならない時期に来ている。

 自らを助ける者が助かるだろう。しかもその「助かる」有り様は見えてしまっている。だったら自らを助けられる者だけが助かればいいのか? そして、自らを助けられない者をいったい誰が助けるのか? これはコミュタリアリズムリバタリアニズムの対立にも繋がってる。だからここから本当に真っ当な政治哲学的な議論が始まるのかもしれない。

 そう期待したいけど。

いのうえ とーる 私もこれを全く社会包摂で語って批判する人が多いことに最初から不思議でなりません。説明不足である問題点を除けば、売りのある人、自分がいいなと思った人を援助することは不自然でもなんでもないわけですし、そこに不公平だと文句をいうのはおかしいと感じます。だから、わたしは批判のほとんどは単なるそういう行動ができない人の嫉妬にすぎないと思えるのです。

上田 康之 ぼくも佐々木さんの言わはることに賛成なんです。同棲してたとか、退学してたとか、どーでもええ話やと思います

勝手にやりゃええ話やと思います

ただ、隊長の話と少し似てるんですけど、なにぶん対象が「子ども」なんで「顔を出して、実名も晒して、学校に行きたいけどいけないというプライバシー晒すことが、どれだけの苦痛を将来において背負うことになるのか」ってのが少しだけ気にはなりました。

の子20歳超えた子ですし、その点は理解してるかもしれないですけど。

上田 康之 そんな心配さえ、おせっかいなんですかねぇ・・・

最上 雄太 Twitterにも幾つかレスしましたが、別に悪意も変な扇動をしようという気もないのは伝わりました。

寄金 佳一 星野智幸さんが小説家らしいさすがの感性で語っています。「私たちバッシングし、叩こうとし、殺そうとしているのは、「俺」なのだ自分なのだ。」と。

http://hoshinot.asablo.jp/blog/2012/05/26/6457416

最上 雄太 失礼。途中で送信してしまいました。

で、悪意がないのにこういった事を本気で書かれているのにヤバいな、と思いました。

不特定多数と知人の区分けが無意味と言いつつ、個別包摂社会包摂に分けて考えろっていう起点自体が無茶苦茶ですよね。

先の「無視すればいい」という発言もそうですが、本質が全く見えてらっしゃらない。

今回こういう騒ぎになっているのは、一言で言えば「当事者に納得感が無い」からですよね?

この納得感というのは言うまでもなく必須要件であり、また今回の「当事者」は支援をする側される側だけじゃないですよね。

皆まで言いませんが、仲良しごっこも同好会ノリで楽しくやるのも全然いいんですが、迷惑かけないでって事です。

おおつね まさふみ これは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話すようなトークを、単にネットという開けた場所でやってるだけ」って言われるだけのような……

おおつね まさふみ 「社会的包摂と個別包摂ネット差別される。前者について発言するのは自由だが、後者については言論の自由は制限される。理由は◯◯だ」の、理由の部分がなんだかわかりにくいので、そこを聞きたい所。

川岸 義明 今回の件で、就学希望児童助成自体が世間的に眉唾に思われたのであれば....個別包摂,社会包摂に関わらず、痛い話だなぁと...支援者がそれを正しく区別できるのでしょうか....よくわかりませんが...

Kanehira Takashi 学費援助の件では、否定派と肯定派の対立軸がすぐに出来て、両者を包摂するとしたら、弱者を助けたい人(肯定派)の役回りになりそうです。生活保護の件でも、否定派と肯定派の対立では、やっぱり弱者を助けたい肯定派が、否定派に地道な説得をすることでしか包摂が来ない気がします。否定派は日本ティーパーティーに見えます。閉塞感があるとさらに狭い方にいくのだなと。歴史を振り返ると、女性参政権を勝ち取った人はなんて偉いんだろうと想起したりもします。

くらまりょういち 個別包摂の試みというのは、ずいぶん前からありますね。いわゆる「○○ちゃんを救う会」。海外で手術受けるのに○千万必要です、みたいな。

しかし、その「○○ちゃん」の情報が、もし事実と異なるものであったとしたら。それがお金を集めた後に明らかになったとしたら。

はたしてそれは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね。

上田 康之 くらますさんの【「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね】は、それで済ませたらええんちゃうかなぁ。

もし、その子が将来、極道になったとしても、文句言わんと、それ込みで支援したろうって思ってやったらええんちゃうかなと思います

はやし りょう 社会的包摂と個別包摂を区別してるんじゃなくて、資金の集まり如何に依らず目的を達成出来ない可能性を明らかにしないまま支援名目投資を募ったのが叩かれてる原因じゃないですか?社会的包摂と個別包摂で区別して云々って論調が通るならば極論すれば「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」って話になりますし。

今回の件は何がよくて何がだめだったのかを議論してブラッシュアップを図るのが第一で、論じる人の社会的な関係性に論点ずらすのは単にこのネタつかってプロレス見せてるに過ぎないと思います

おおつね まさふみ それだと「支援もしないし、興味もないけど、紛らわしい弱者風の錯誤でカネ集めているのは見過ごせないから個別包括をネットオープンなところで主張する」という人だって居てもいいよね。

はやし りょう おおつねさんの発言がStudygiftウェブで展開する事の意義だと思います意見を述べている人の立場を以て「あなたには発言する権利がない」というのはもう本当にナンセンスですよ。そんな主張は第一次世界大戦でもう過去遺物になってるんだから知的ブラッシュアップに社会的立場とかホント混ぜないでほしい。

G.k. Woody 「援交(個別包摂赤線社会包摂)」

芝尾 幸一郎 個別包摂の取り組みだったら、金くれ http://kanekure.ssig33.com/ と言うサイトで良い気がします。そして、現にこのサイト別に炎上していない。個別包摂の例なら上のサイトの方が適切な気がします。

金くれ

kanekure.ssig33.com

松本 孝行 社会が面倒を見るのか個人が面倒をみるのか、それを河本さんの話だけで語るならいいですが、studygiftを混ぜてしまうと、とたんに焦点がぼやけてしまます。その問いかけはたしか社会起業家サッチャーレーガン社会福祉削除の話とも関連して、非常に重要だとは思いますしかstudygiftの話はまた別問題です。それに私的な援助ができるのはジャストギビングなどもあるわけですし、なにもstudygiftダメに成ったから全てダメになるということはありません。むしろ、今回の件は私的な寄付という行為へのハードルを上げたと思っています

とにかく論点はそこじゃないと思いますよ。

荒巻 里江 個別包摂社会包摂の区別以前の問題では…? 被支援者が嘘(あるいは誤解を招く言葉)を堂々とサイト上に掲げ、お金を集めようとしたことは、仮に悪意が無かったにしろ問題のある行為ですよね。そして「お金を出したい」と思わせる為の嘘に気付けば、いくら身内のおっちゃんと言えど腹が立つのではないでしょうか。そしてそんな嘘に騙されたおっちゃんの存在を知った周囲が、姪を批難するのは至極当然の流れだと思います。私には佐々木さんが「騙したのが身内のおっちゃんなら何ら問題ない」と仰られているようにしか見えないのです…。そんな馬鹿な話がまかり通るのであれば、世の中の詐欺は無くならないでしょうね。

稲畠 康 概ね同意ですが、個別包摂はいえ間にサービス提供事業者(本件ではLiverty)が入っている訳で、「おっちゃん」と「姪」の間で話せばいい話と言う下りに疑問があります

小林 啓一  私も次長課長河本さんの件とstudygiftの問題はほとんど同じく(Twitter風に言うなら公式RTする様に)感じていました。

これって例えば子供が自立した夫婦の片方が亡くなった時、残された方が再婚する事に親族が反発してしまう話と同じと考えています

まり日本社会では成人でさえ個人としての自立が得られず、私で解決すべき問題と公で解決すべき問題の線が引けない、判断できない。

しかもそれに対して、それこそ非当事者当事者の問題にずけずけと土足で入り込んで、さもしたり顔で持論を押し付ける。

こういう嫌らしい社会にしない様、個々人の当事者性を高めるにはどうしたらいいでしょうかね・・・

佐々木 俊尚 小林さん、まったくその通りで全面同意です。

佐々木 俊尚 叩きやすものを叩く。叩かれてるものを擁護すると、「今さら何擁護してるんだ佐々木は、バカじゃないの?」という反応が湧き出てくる。ドヤ顔勝ち馬に乗る連中が大量に湧き出てる。

おおつね まさふみ 「誰にでも叩く理由があれば叩く自由は有るよね?」って話なんですが、批判者ウザいっていう話だったのかな?

河村当事者でないものもの言うな、という考え方は当事者性を高めるのと、逆のところにあるような気が...違和感を感じました。

荒巻 里江 少し気になったのですが、佐々木さんは『問題点を指摘して批判すること』と『ただやみくもに叩くこと』を一緒くたにされてませんよね??? studygiftに対して批判的な意見は『すべて悪だ』と思われてませんよね??? 汚い言葉を吐き捨てるだけの人間も勿論いますしかstudygiftを批判している人間全てが、ただ勝ち誇りたくて、ドヤ顔をしたくて、運営側に行動を起こしている訳ではないのです。佐々木さんに言わせれば『これは当事者だけの問題だから周りが口を出すな!!』ってことなのかもしれませんが、(揚げ足をとるようで非常に申し訳ないのですが、)もしそうであるなら『非当事者である佐々木さんがstudygiftに関して擁護的な意見を述べられたこと』にも違和感を感じざるをえません。個人的には、改善すべき点を完全に無視して、盲目的に運営側を擁護されるのは少し危険なのでは、と思います

Shuichi Asai 恥ずかしながら、個別包摂という言葉は初めて聞いたのですが、「個別」と「社会」という分け方が、そこまでデジタルにできなくなってきてるのではないでしょうか。人の姪のことでも、親しい家族以外の人でも、アドバイスする可能性があるでしょ?インターネットでおおっぴらにやられると、なんでも身近に感じてしまうんですよ。コンプガチャ問題も、同じようなもんでしょ。みんな、コンプガチャなんてやっていないのに、嫌悪感を持つ。インターネット人間がいる以上、このような現象が避けられないので、これを考慮してリスクヘッジするか、覚悟して強行突破するしかないのではないでしょうか?

Shuichi Asai あと「ドヤ顔勝ち馬に乗って、したり顔している連中」は佐々木さん側にも沢山いますよね。

木下 孝二 生活保護の件、社会包摂不正利用という1事例にすぎない。学費の件は、個別包摂を依頼する側の本人、仕掛人当事者性が不足してましたね。「投資」ではない借金や資金支援というのは財布の中身やネガティブ情報も十分に相手に晒す必要がありますからパブリックな場で募集しようとすれば当然それらを全公開する覚悟が要る。中途半端情報量を抑えようとしたから、支援要件としての情報量を満たせなかった。

木下 孝二 やまもと氏は「学業支援という未成年中心の支援に機微情報全公開の手法はふさわしくない」と述べていてそれに同意するわけですが、佐々木さんも述べている既存クローズド(親類)から一歩だけ進んだ、クローズドソーシャルグラフ上での支援というのが、「一歩先のネット時代の支援」の形ではなかったかと思いますstudygiftはいきなり全公開ですからちょっと勇み足が過ぎたかなという印象です。

最上 雄太 確かに叩く事自体が目的の人も散見されるので、イライラされるのも、ニュートラルを保つのが大変なのも分かりますが、勝ち馬とかドヤ顔かい言葉が出てくる事自体に驚きです。叩かれてるとか周りがどうとかではなく、それこそ極めてニュートラル視点から感じた事を僕は言っただけですし、ほとんどの方も同様なのでは。論点ずれるのでこの辺にしておきます

尾田 将史 突然のコメント、失礼します。

佐々木さんの論考には賛同しかます。なぜなら、佐々木さんが個別包摂という概念を持ち出すのであれば、Studygiftでは支援者と被支援者との関係が、おじさんと姪のような信頼性が担保される関係には無いからです。ネット時代の個別包摂からといって支援者に寛容を求めるのは、支援者にはあまりに酷な話でしょう。

そもそも包摂とかコミュタリアリズムとか、そんな複雑な概念で論考するような深刻な事案でしょうかね?私には小難しい言葉意図的に多用して御自身の主張「出したい人が出せばいい」の正当性を守ろうとしているようにしか読めないのですが。

やまだ まさゆき 個人的には「親戚のおじさんが、懇意にしてるキャバクラの女店を持たせたいけど、身銭で賄うんじゃなくて、「この子の夢を叶えてあげたいので、ちょっと金をくれないかな」って言ってきたって印象。

てめーの女なんだからてめーで金出せよって思うし、どうみても「かわいそう」だからじゃなくて、下半身問題にしかみえないのを「かわいそう」という綺麗事を全面に押し出そうとしているから問題視されているのだと思う。

「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」という書き込みがあるのだけれども、studygiftで今回提示されている案件血液型占いを本気で信じている人だって「あー・・・これは」って気づくくらいの作りになっていると思うのね。オレオレ詐欺なんか比較にならないくらいにユルいというか最初からぐぐたすで有名になったおねーちゃんがiPhone持ってインドなうお金出してね☆(・ω<)だっていうのは誰の目にも明らかなのに綺麗事で押し通そうとするから、切り込み Permalink | 記事への反応(1) | 11:15

2012-04-22

国債を買えば減税大作戦は資産家が狂喜乱舞する愚策

888 ソーゾー君 [] 2012/03/30(金) 15:21:25 ID:2X2ErHYQO Be:

簡単なマジックだ…


国債を買えば減税大作戦は資産家が狂喜乱舞する愚策なの…

減税で国債の利息1%以上のメリットがあるの…

資産家は十二項目を見たら解るけど単なる泥棒なの…

何も作らないの…つまり稼いでないの…単なる寄生虫なの…

から士農工エタ非人商だったの…

いまは士が居ないから農工が最上位だな。

労働していない寄生虫エタ=非人=商=糞役人は全ての権限を剥奪します。



脱線したな…「資産家の納税免除」と考えたら解るよね?

とんでもない額になるよ?そしてお金は必ず国債の保有者の懐に入る仕組みだ…

国債を誰が支払うの?国債を買う資産家は非課税なんですよね?

簡単な仕組みでしょ?




ベーシックインカムも同じ…

社会保障に支払う金額が1000万は20%で100万が10%して考えてみ?

これを免除したら喜ぶのは資産家だよ?

社会保障は全て無くなるから10万浮いても意味が無いの…

一方資産家はどうかな?200万浮くよ?

一億稼ぐ資産家ならどうかな?累積税も上がるから40%が免除されるんだよ?

笑い止まらないよね…




高給を稼ぐ奴の愚痴を聞いたことない?

「俺達が生涯収める莫大な税金殆ど還ってこない…」



↑こんな愚痴を聞いたこと有るだろ?

正論だと思う?だったら年金なんか廃止しようぜ?

生保だけで良いだろ?爺婆=働けない=生保で良いじゃない?


法律があるだろ?国は国民の最低限の生活を保障する義務が有るんだろ?

年金は明らかに詐欺である…成り立ちからして目的が違う…

明らかな法律違反である











中央銀行・発行権】黒幕銀行家5【信用創造

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/business/9191/1333369457/

中央銀行・発行権】黒幕銀行家36【信用創造

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1327244413/

2012-04-04

とあるブログの読者だった。OL自虐的に日々を綴っている、エッセイ系のブログだった。

20代後半から30代前半という女性が揺れに揺れる時期を、精一杯の第三者視点で描いていた。何度も何度も泣かされた。

ある日、彼女ブログ書籍化を果たす。ブログに掲載されていなかったエピソードもあると聞き、超微力ながら売上に貢献した。3冊買った。1冊は借りパクされたままだ。

しかし、それで終わりだった。

彼女名前ハンドルネームからペンネームに変わった後に時々検索をするも、書籍化されたブログ本の特設サイト最上位に表示、という結果しか反映されない。

久しぶりに特設サイトへと飛んだ。トップページバナーがところどころリンク切れを起こしている。直リンクされていた画像が表示されていない。

読者プレゼントも絶賛募集中のままだ。絶賛応募できてしまう。しかし応募先のメールアドレスすら、今はもう稼働していないのだろう。

どのように辿ったかは忘れたが、彼女が今ブログを書いていることを知った。

喜び勇んで私は内容も確認しないままRSSを登録する。また彼女の読者になれるんだ。こんなに嬉しいことはない。

しかしそこには彼女自身の話題が書かれていない。芸能人離婚の話ばかりが丁寧な筆致で書かれている。

彼女なりの視点ではあったが、某巨体のオネエタレントテレビの中で怒りながら喋っていたような、そんな気もする内容だった。

私はあなたのことが知りたかった。

ブログ本後日談でもなく、さらに波乱万丈な出来事の実況でもなく、何事もない毎日を読んでみたかった。

ハッピーエンドの後に訪れるはずの、起伏のない日々を追いかけてみたかった。

RSSを解除することはない。私は読者である

芸能人離婚を語ることが、今の彼女に取ってなにかしらの必然があるのだろう。

読み続けているうちに若干話題に詳しくなってしまった。別れ話は誰のものであれ寂しいものだ。

今日も書き続けてくれて嬉しい。ありがとう

それでもいつか、見知らぬあなたの今を知りたいと願う。

2012-03-24

イケダハヤトとは?

インターネットひいてはソーシャル メディア時代が産み落としたひとりの青年が手にした権力について、どのように使っていくかということを体現しているものと言えるのではなかろうか。

強すぎる力は、時に使用者を惑わせる。己を律する事が出来るか、力に翻弄されるかは本人の心次第である

まず、多種ある発言から組み立てると

上から目線嫌い

・何かを解決しようと声高に叫び

・すばらしい寛容性のなさと

・全くスジが通ってない論理

言葉定義はどうでもいいと言い放ち帳消しにして

・突き進む、加速するというようにとりあえず周りを煽る (良く言えば鼓舞)

・やるやる詐欺などがあるのはご愛敬 (というか全部か?)

etc...

といった感じになるのではなかろうか。

そして、多種ある発言の根幹は、以下を鑑みると意外と見えたりもする。なお、家族構成や生活状況は知りもしないので推測であることを断っておく。

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IHayato:うちの父親は会社経営者だったりする。もう設立30年。社員10人くらいのスモールビジネス。血は恐ろしいもので、同じような道を歩む気がする。 http://twitter.com/IHayato/status/172299003671744512]

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IHayato:あと、今更ながらストレングスファインダーやってみました。噂通り、気持ち悪いくらい当たりますねこれ。 さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かすamazon.co.jp/gp/product/453… さんから http://twitter.com/IHayato/status/174514392505909248]

AkaneSato:IHayato ストレングスファインダー、なんでした?気になる(^-^) http://twitter.com/AkaneSato/status/174514938004520960]

IHayato:AkaneSato 最上志向、活発性、戦略性、未来志向適応性でした。「最上志向」の記述は気持ち悪いほど当たっていると奥さんと盛り上がりました笑 http://twitter.com/IHayato/status/174524660317294592]

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 この 2 つの事象というのは、彼の御仁の数々の不思議発言を考える上で非常に重要ポイントとなる。発言だけを取り上げていると、「おっさんたち、そんなにつっかかってどうするの?」 (下参照) という話しに終わってしまう。

しかし、 *一人のプロ* として見たらどうだろうか。お客さんを抱えているであろう立場人間が発するものとして、非常に危ういものであるということも事実である

▼参考

イケダハヤト氏に影響される若者心配する前に: http://zktn.posterous.com/114158755

yukio:「ウォッチ対象になってるのはイケダさんじゃなくて、お追従してる皆さんの方だってことにそろそろ気がついた方がいい」RT zktn_: イケダハヤト氏に影響される若者心配する前に post.ly/6Adsx http://twitter.com/yukio/status/183039452166365184]

イケダハヤトという名のおっさんホイホイについて語るスレ http://tekusuke.tumblr.com/post/19762152811

◆血は恐ろしいという発言から想像できること

 ・金銭的には裕福だった可能性

   http://www.ikedahayato.com/?p=5027中学一年生になりPCを買い与えられた僕は、HTMLウェブサイトを作ることにハマりました。」 (中学生コンピューターで遊ぶという状況)

 ・褒められることが多かった可能性 (つか褒め殺し?)

   中小企業であるが故、幼少の頃から職場にも出入りしていた可能性は高い。そうすると、周りから (特に年上、つまるところ社員) は持ち上げられていた可能性。

 ・加えて、正す (叱る) ものがいなかった可能性

   まぁ、上と同様

 ・我慢を知らない

   寛容性がないっていうように本人は言っていたが、平たく言って我慢が出来ない子供だと。家庭環境を考えても、非常に甘やかされて育った可能性が高い

 ・同年代とのコミュニケーション

   ... は、ここからは読み切れないが、上の状況からすれば偉そうにしていて、あまり遊んでくれるやつもいなかった可能性がある。いじめられっ子だった可能性もある。パソコンに没頭するってのもその理由。

   ※社会問題ウンヌン言いながら、相当身近なはずの 「いじめ」 には過去触れていない。

 ・異常なまでの「奥さん大好き」発言

   先日の「家庭カッコイイ」に繋がるのだが、幼少の時代には愛情を注いでもらえなかったのでは無かろうか。ただ、それはベッタリしていればいいってものじゃないので、本人が間違って解釈していた可能性が高かろう

以降は、良くツイートされるポイントについて前述の点を加味しながら考察していく。

執拗なまでに「有名になりたい」と思う心理とは

 よく下のように「有名になって影響力をつける」と言っている。 人の話を聞かない、なんかを解決するウンヌン言っているが、何が一番重要なのかというのを考えると、この「有名になりたい」という事に思える。

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IHayato:世の中を動かすのは良くも悪くも影響力。マーケティングオンラインメディアに携わり、強く実感しました。僕は影響力を社会的課題の解決のために行使できる人間になりたい。greenzとソーシャライズ!の執筆を頑張らねば。 http://twitter.com/IHayato/status/151649105049960449]

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IHayato:変化を起こそうとして飛び出す人は本気で応援したい。今日飲み会も素晴らしいプレーヤーにたくさん出会えた!僕がやるべきことはもっと影響力を付けることかな。さっさと有名になりたい、と昨年の今頃ツイートした気がするけど、その想いは変わらない。 http://twitter.com/IHayato/status/151644980077797376]

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二十代も後半になっているであろう状況でなぜ、執拗なまでに有名になりたいというのであろう。有名になることが自分人生としてのゴールなのだろうか?

ところが、有名は解ったとして、何を以て有名になったという指標もさっぱり解らないのが現状である

次に、自己形成というのを考えた場合、この考えに至ったポイントは生い立ちに紐付くと考えられるのではなかろうか。幼少の時に見ていたであろう実家の営みの光景に影響されているか、もしくは学校生活 (学生生活) 状況の反面教師として「自分は有名になって (親以上に) 影響力をつけてやろう (影響力を得ることで見返してやろう)」といった思いが隠れているのではないかということが読み取れる。

有名になって誰を見返したいのか、誰の鼻をあかしたいのかということについては、よく解らないというのが現時点である別にそれはこちらには必要ない。なぜかという方が重要である

後述するが、有名になって同調意見を集め (異端者はブロックで排除 (笑))、ソーシャル イケハヤ教団まで持っていきたいのではなかろうか。この目標のために、数々の活動 (不思議ものも含めて) を行っていると考えれば合点もいく。

実家社長であるならば、その人数を凌駕し、その頂点に君臨したがるというのも解らないではない。

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本当は「貧困」な日本社会。- @May_Romaさんと素敵な仲間達。-

http://togetter.com/li/275670

May_Roma: イタリア住んだ時最初は凄く不便で毎日怒ってた。イタリア人がお前が怒る理由わかんないって言ってた。電車機械から壊れるのが当たり前で、自販機がなけりゃその辺のタバコ屋でジュース買って、24時間営業の店ないなら夜出歩かなきゃいい。気が付かなかった自分が狂ってた。 https://twitter.com/May_Roma/statuses/181825632429277185

May_Roma: 二十代の頃、伊に住む前の自分は、正直言うと、 金をかせぎたい、同級生より有名になりたい、勝ちたい、ばかり考えてた。親があんたは間違ってるという声には耳を傾けなかった。家族大事故にあい、伊に住んで色々気がついて、家族は元気かと声をかけてくれる同僚に囲まれて考えが変わった。https://twitter.com/May_Roma/statuses/181826932248293376

May_Roma: 家族大事故にあった時、日本にいた。休暇を取らせて下さい、と休んだら、言われたのは、お前プロジェクトどうすんだ、変わりはいないんだよ、何考えてんだ、だった。事故は平気かなんて言葉はなかった。言った人達世間的には「勝ち組って言われてる人達」だった。仕事は辞めた。 https://twitter.com/May_Roma/statuses/181828056128815104

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 本件は全く異なる文脈からなので参考程度としていただきたいが、May_Roma 氏が過去を上のように振り返っている。中央の発言に関しては背景は異なるだろうが、状況は非常に似ている。

彼の御仁も「失うものはない」「見限る」といった発言を繰り返しているため、周りが諭しても無駄であることは自分も含めて理解をしている。

考え方を改める場合は、こういった自分自身に深く関係する外的要因が必要なこともあるので、今思っている有名になりたい、頂点に君臨したいというところがどのように変わるかというところであろう。以降はそのための行動、発言と思われる点について考えていく。

◆「上から目線」に対しての執拗

 どちらかというと、ことある毎にこの話題を持ち出す方が「粘着」と言えるような気がする。 (笑)

それはさておき、少なくとも上から目線といわれないためには、我々が接する際には以下のような対応でなければならないようである

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2011年を振り返る

http://www.ikedahayato.com/?p=5461

尊重し、学び取る

今年の夏あたり、「ザッポス奇跡」の著者で知られる石塚しのぶさんと講演でパネルディスカッションをした際に、強烈な衝撃を受けました。

石塚さんは2回り以上年上の方ですが、ほぼ初対面に近い僕に対して「池田さんはどう思う?」というボールを巧みに投げ、スポットライトを当てる機会を提供しようとしてくださいました。

石塚さんとカフェで一時間ほどお話する機会も頂いたのですが、信じられないくらい僕のことを尊重してくださったことが、未だに震えるほど記憶に残っています

記憶が正しければ、石塚さんはコーヒーを飲みながら「今日池田さんから学びたい」という言葉を仰って下さったように覚えています。完全に学ばせていただくつもりで顔を出したので、大変面食らったのは良い思い出です。

年齢や立場に関係なく相手を尊重し、学び取ろうとする姿勢は、人を感動させます

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 ここにもあるとおり、尊重というのを「持ち上げてくれること」と間違って解釈しているのでは無かろうか。

上の例では、ディスカッションなのだから置物じゃあるまいし、自分から突っ込んでこないのであれば、話を振るようにするのは当然であるしかし、それを「スポット ライト」とまで言ってしまうのは、ナルシストと言って良いかと思う。

色んな人の話を聞くというのは別に「学びたい」と言わなくても、どういう意図でセッティングされているかというのを思えば自ずと解るものであるが、残念ながらこちらの御仁については「表明してあげないといけない」ようである

まり、明示的に持ち上げてあげる (もしくはへりくだる) 必要があるということである

それを象徴するであろう言葉が以下のものである。すばらしいブログ (笑) まで提供してくれているので、まずは眺めていただきたい。

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IHayato:書いてみた。 「上から目線」がナンセンスな理由 | ikedahayato.blog - is.gd/UqBwUX http://twitter.com/IHayato/status/164886221036863489]

http://www.ikedahayato.com/?p=5779

僕は上から目線物言いが嫌いです。どんなに偉い人だろうが、上から目線な時点で95%「見限り」ますhttp://www.ikedahayato.com/?p=5779

↓上のようにいっているが、この下のツイート矛盾するのがやはり不明瞭。

IHayato:横柄な上から目線コミュニケーションしてくる人は、ある種の余裕や「甘え」があるからではないか、という話を聞いて興味深いと思った。失敗確率を下げたければ、丁重真摯コミュニケーションを取る確かに立場が上であればあるほど横柄でも許される。 http://twitter.com/IHayato/status/172297068721868800]

IHayato:「上から目線」のかっこ悪さは、これから際立つようになる気がする。高圧的になれば人は動く、という価値観自体が前時代的。これからはいかに力を認め、未熟を見抜き、権限を与え、創造性を爆発させるかを考えないといけない。 http://twitter.com/IHayato/status/164315871383257088]

IHayato:高圧的で上から目線の人からは積極的に学ぶ理由もない、とも思ってますもっとフラットな関係で与え合おうとしてくれる人はいるし、そういう人から学ぶ方がお互いのために取って良いはずです。 http://twitter.com/IHayato/status/155482316406403073]

naga8888:了解しました。サヨナラRT “IHayato: 高圧的で上から目線の人からは積極的に学ぶ理由もない、とも思ってますもっとフラットな関係で与え合おうとしてくれる人はいるし、そういう人から学ぶ方がお互いのために取って良いはずです。” http://twitter.com/naga8888/status/155500865254469632]

IHayato:僕が今更悟ったのは、ツイッターとかブログでぐちぐち言ってくる人なんてスルーすりゃいいんです、というシンプルな話です。ちゃんと批判してくれる人はもっと違うやり方で伝えてくれますhttp://twitter.com/IHayato/status/155481493299400704]

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 これらから類推するに彼の御仁の生い立ちにも関係してくるのだろうが、叱られた経験などがないのではなかろうか。家庭や学校でどういう学び方をしていたのか定かではないが、悪いことや道理に反することを行ったら叱られるのが常であるが、叱る側がそれを怠ってしまうと子供は、いいこと悪いことの判断能力が欠如したまま成長することが多い。

 そして、冒頭のとおり物品に恵まれ、囲んでいた大人に持ち上げられることが多かった可能性を考慮すると、大学卒業後は社会人というくくりの中では一番下に位置する状況に置かれるのであるが、当然新卒であるし、上司や先輩 (年配という意味での大人) からは何かしらの命令などがあっただろう。

寛容性がないと言っていたことから、我慢が出来ないであろうことも災いして、その状況 (要は、大人は自分に対して優しく接してくれるはずなのにそうじゃない状況) に耐えられなかったのではないかどうかと推測できる。(結果、11 か月で退職となったのではないか)

そういった性格から、命令されることやそれに準じるような問いかけを非常に嫌い、とにかく自分自身が有名になり、語りかける側が必ずへりくだってくる (尊敬を持って接してくる) ようにしたいのではなかろうか。

(それは、自分で営業しないでも向こうからお願いしに来る状況にしたいといった発言にも符合する)

▼見限られない言い方とは?

から続く話題だが、上から目線の話題が出るときに必ず出てくる話がこの「失礼な物言いである。先のようなことに注意をして接しないと、このような言われ方をしてブロックされる。

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IHayato:なんか最近mentionでえらい失礼な物言いをされることが増えている。それ面と向かって同じこと言えるの?と言いたい(言えるならそれはそれで良いですが)。これから時代オンラインオフラインに違いなんてないですよ。 http://twitter.com/IHayato/status/164899988743266305]

IHayato:先のツイートは、議員ツイッターアカウントサポートをしていた時も強く思ったな。あれは他人事ながら、mention欄見てるとかなり精神に来た。 http://twitter.com/IHayato/status/164901203447255043]

IHayato:「いきなりお前呼ばわり」は確かにあるw http://twitter.com/IHayato/status/164901991288553472]

IHayato:世代論にするつもりはないけれど、若い人はツイッターソーシャルグラフリアルなせいか、失礼な物言いしてくる人は滅多にいない。 http://twitter.com/IHayato/status/164904512027492353]

IHayato:さっきの「なんか失礼な物言い多いよね」というツイート結構共感されてる。みんな嫌な思いしてるんだなぁ。 http://twitter.com/IHayato/status/164996271852109824]

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 さて、ここでの疑問点は「えらい失礼な物言い」というものが具体的にどういったことを示すかである。上にある「議員アカウント」あたりは結構すごそうな感じがするが、こちらの御仁の TL を public search する限りにおいては、「えらい失礼」と本人が言うツイートというのは見あたらない。

我々が考える失礼な物言いというのは基本的に、

罵詈雑言

誹謗中傷

・怒鳴りこみ (ツイートでの再現は厳しいが...)

といった事であるが、こちらの御仁の場合には、過去ブロック例と TL を見る限りにおいては、

・指摘 (間違いなど)

・(厳しい) 質問 (またはざっくりした質問 (笑))

意見

匿名 (ハンドル名) での前述の行為 (後述)

というようなものまでを「失礼な物言い」と位置づけている。指摘や質問なども「誹謗中傷」という言い方をするので、言葉を知らないという言い方もあるのだが...

まぁ、本人の主観であるので仕方ないところではあるが、少なくともフォローしている信者も「大変ですね」等々の同情票を出してくるため、よほどのものが出ていると思っているだろうが、実際にはそんなものほとんどないのが実情である

結果、「晒そうと思っているが踏みとどまるようにしている」といったアピール攻撃によって、更に信者の同情を買うという手段を取っている。

匿名本名について

 これも続いてくる話しであるが、既に本人がツイートしている内容と行動が伴っていないので、書き留める必要も微妙なところであるが、これも本人が声高らかに言っているので取り上げておく。

まず、彼の御仁はどうでもいいというが、言葉定義から考えておこう。

 ・匿名: 本名を明かさないで別の名前というのは事実なのだが、ネットでは「ハンドル名」というのがあるので、分けた方が良かろうと思う。なぜなら本名自体は特定できないにしろ、発言者の特定はできているかである

 ・本名 (実名): 戸籍名簿にもあるであろう名前 (笑)

ただし、彼の御仁の場合はこれとは異なるようで、

 ・本名 (実名): アカウント名が本名であること、自分顔写真アイコンにしていること、言及したことはないようだがプロフィールも書かれていることあたり

 ・匿名: ハンドル名含めて、上の条件を見対していないもの全て

であるようだ。

 ここで疑問なのは、 *偽名* (実際には本名でないのでこれも *匿名* に当たるはずだが) や *詐称* については触れていない。本名であるかどうかの担保が得られていない状況において、これほど不確定なものもないと思われるが、 *「日本語人名っぽいものであれば本名として認識」* すること自体にも疑問を感じる。

さて、であれば本名であったら、ちゃんと受け付けてくれるのかというと...

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IHayato:匿名粘着アカウントホントに気持ち悪い…名前と顔出している人なら何言われても良いのですが、匿名からの攻撃は身の危険を感じます。ここ最近憑かれてます。というわけでブロック多用中ですがご容赦下さい。 http://twitter.com/IHayato/status/151828705570856960]

信者の応援も込み

Hiroki_Komazaki:IHayato そういう人最近多いですよね。くじけず情報発信がんばって下さいな。イケダさんのポジティブ情報はいつも勇気づけられていますhttp://twitter.com/Hiroki_Komazaki/status/151830861313089536]

maimukaida:IHayato そうなんですね…。でもイケダさんまけないで!応援! http://twitter.com/maimukaida/status/151941202458066944]

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IHayato:前もツイートしたけど、面と向かって言えないことはオンライン上でも言うべきではない。匿名アカウントしか誰かに批判的なこと言えない、というのは明らかにかっこ悪い。社会の悪を告発することで身に及びかねない危険を防ぐために匿名です、とかなら別ですが。 http://twitter.com/IHayato/status/171933362485858304]

gosuke:だから、対談断らなきゃ、いくらでも言うんですけど…。RT IHayato: 前もツイートしたけど、面と向かって言えないことはオンライン上でも言うべきではない。匿名アカウントしか誰かに批判的なこと言えない、というのは明らかにかっこ悪い。社会の悪を告発することで身に及びかねない http://twitter.com/gosuke/status/171984076557918208]

gosuke:いや、だから面と向かっても言うから。そもそもボク、名出し顔出し所属出しだから…。> mentionで失礼なことを言ってくる人たち ikedahayato.com/?p=5806 IHayatoさんから http://twitter.com/gosuke/status/165297112739880960]

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 という状況である本名アイコン顔写真であるなら、「名前と顔出している人なら何言われても良いのですが、」のように言っているのでちゃんと対応しているかと思いきや、実際にはブロックしまくっている状況であるので「匿名だけブロック」というのは既に本人自体守っていない。

自分トップでなければならないという強迫観念にも似た行動にも現れている。

2012-03-06

ハンター×ハンターの未回収?ネタ

他に何かあったっけ?

2012-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20120131135945

バスケとかやってるイチローが本当に並以下ぐらいに下手(日本最上スポーツエリートであるプロ野球選手としては驚異的に)なんだよね。

単に野球に特化しすぎたんだろ。

野球選手ゴルフ好きなのは野球ゴルフは動作が似通っているからだと聞いたが?

http://anond.hatelabo.jp/20120131132534

そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球選手になれると思います

ここ読むと「才能は大丈夫?」って言いたくなっちゃうよね。

結果は一流プロ野球選手になれた。


まことしやかな噂として

イチロー運動神経が悪い」って説があって

バスケとかやってるイチローが本当に並以下ぐらいに下手(日本最上スポーツエリートであるプロ野球選手としては驚異的に)なんだよね。

2012-01-15

腐女子という生き物

http://blog.livedoor.jp/nicovip2ch/archives/1737372.html

自分腐女子」と自認している腐女子像:やおい意味はggr)が好き。自分達の趣味世間で受け入れられないのを理解しており、公共の場では慎むのが最上マナーとされている。やおいBLが好きではない(あるいは嫌っている)女オタは腐女子に含まれない。

まとめブログコメント欄等で蔓延している腐女子像:気持ち悪いオタ女腐女子はほぼ必ずホモBL乙女ゲードリーム小説意味はggr)・テニミュに代表されるミュージカル系・ジャニーズ・その他男性アイドルが好き。

こんな感じか・・・

腐女子定義って非モテ定義と同じくらい説明しにくいわ。

2012-01-07

日本メディア間の隔絶について 続き

元記事

http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html

9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そら社会理想希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果であるといえる。

その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピー日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。

ネット上の無料コピーによる、著作権侵害違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民意識に応じて法を変えれば良い。

そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。

(終わり)

日本メディア間の隔絶について

日本メディア間の隔絶について 日本のおけるネットオールメディアの最適な関係の構築方法模索

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、 Permalink | 記事への反応(0) | 04:44

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