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2019-06-17

【出挙】「スマホ使って給料前払い」について

俺は日本史大好き人間だが、普段日本史で得た知識が即座に役立つことはめったにない。

……のだが、このニュース

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20190617/k10011954891000.html

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190617/k10011954891000.html

これ、昔の「出挙」にパターン何となく似ているなぁと思う。

「出挙」、日本史Bの古代で出てきたと思います普通覚えてねーと思うけど。あと、進学校じゃないと触れないかも。

「すいこ」って読む。

農民に春に種子を貸し付けて、収穫の際に利子をつけて返済させる仕組みだ。

ここから中世には貨幣経済の進展とともに私たちイメージやすい貸借が一般化していく。

古代から中世にかけて、農民たちは生活不安定ゆえに、種を借り受けなくてはならない。あるいは、身分ゆえに、半強制的に貸付を受けなくてはならない。

その分、秋には利息付けて返さなくてはならない。富む者は益々富む。

冷害などがあったらどうなるか。借金が膨らむばかりだ。そうして農村天災だけでなく人的要因により疲弊したりする。

話を現代に戻そう。ブクマ諸賢は「手数料」が実質的な利息であると見抜いているし、さらには私がこのあと述べたい隷属状態に陥りやす構造に触れているブコメもある。

手数料」はペイミーに支払われる。この実質的な利息にまず目が行きがちだが、前述の通りもう一つ隷属の問題があるのだ。このあたり突っ込んで考えてみよう。

それは、先に支払われた分、ちゃんと働かなければならないと言うことだ。先にカネをもらうと言うことはそういうこと。

つのパターンが想定される。まずは労働者の側が困窮に喘ぎこのシステムを頼らざるを得ないパターン

もう一つは、ひとつめのパターンと連動して、上から強制的にこの仕組みを利用せざるをえなくするパターン

給与であるにもかかわらず、前払いは借金性質を帯びる。前払いは前借りに他ならない。

一回だけと思っても、どこかで金銭的な窮地があり前払いが当たり前になってしまうかもしれない。

そうして、雇い主に対する隷属が強まる。

具体的にどうなるのかというと、無理なシフトや出勤を頼まれた時、断りにくくなることが想定できるだろう。「借り」があるからだ。

ペイミーと企業なんか連動しているに決まっている。アルバイトを前払いで支配しうる(賃金を少なく抑えて支配しうる)構造にあるのだ。

出挙は国家私人も行なった。古代国家も、有力な田堵なんかも。人に課す税金のようなものだ。そして、その人を雁字搦めにして隷属し支配する。

前払いは時空を超えて、構造的にそんな可能性を潜んでいるのだ。

2018-11-10

anond:20181110194053

貨幣経済がある限りそんな日はいつまで経っても来ません。

2018-11-08

anond:20181108075944

30代半ばのとき出会い系めっちゃやってた女だけどめっちゃわかる!セックスしたいだけなんだけどこちらもメンヘラ男は避けたい…と思ってたら金に行き着いたよ。少額でもいいから金のやりとりがあるとそこで縁が切れる。交換経済から貨幣経済に移行するって感じ。

2018-10-31

anond:20181031015918

どうすれば貨幣経済を壊せるのか

どうすれば動産不動産の所有照明や認証の類を崩壊させることができるのか

オウム真理教教祖はそれに挑戦して殺された

世界中が新秩序を生み出そうとした彼を敵視していた

2018-10-30

サーキットブレーカー制度

東証では2008年から2〜3年毎にサーキットブレーカーが発動してたけど、今調べたら最後に発動したのは2016年2月、長いこと発動してないんだね。

それだけ実体経済がよくて、株価が安定してるってことか。

国際情勢は良くも悪くも均衡してるし、アメリカトランプ大統領ボーナスステージ状態

日本もじゃぶじゃぶ金余りで、平成バブル以上の就職売り手市場

あれだけ少子高齢化人口減少で日本経済は縮小するしかないといってたのに、結局、金さえ回れば景気・経済なんてどうとでもなるもいうことが実証された。

ここ40年の不安定な時期を経て、貨幣役割政府役割銀行役割も徐々に変わって、恐らく、世界規模で貨幣経済のものが変革のフェイズに来たんだろうな。

ゼロ金利マイナス金利に対する懸念が言われてるけど、結果銀行は生きてるわけだし、金利を調整するという古典的景気対策に頼らなくても、いくらでもやり方があるということがこの10年でみんなわかってしまった。

もう日銀が買える国債がないとか言われてもいたけど、それだってパンがなければケーキを食べればいいということがわかった。

そういう諸々の要因が、この景気の安定・株価の安定につながってる。

2018-09-20

anond:20180920103533

ん? 流石にそこはある程度貨幣経済の基本を押さえてれば理解できるのでは。

セクシー貨幣ゆうて一人の女性から単純に無限セクシー貨幣を産み出せるわけではない。また、セクシー貨幣市場流通したとしても有効期限が切れるとそこそこ価値喪失する。

から、一人の人が産み出せるセクシー貨幣セクシーサービス)を他の貨幣リアル円)によって購入されることはそのものセクシー財の消費を示す。

セクシー財をより多く生産してより多くの人もしくはより高く他の貨幣と交換することがセクシー業者の使命となるわけだが、そこに外部からセクシー財と似た代替材としてイマジナリーセクシー財(エロラノベ)が発生してしまったら、本来セクシー財に消費されるべき貨幣代替財の方に行っちまうよねって言う。

もっと分かり易く言うと、アルコール度数9%の酒として「獺祭」と「ストロングゼロ」があったら、多くの人はストロングゼロを選ぶよね? そういうこったで。

2018-08-14

anond:20180814143421

金を使う

貨幣経済のレールの上を前進ストップか以外の楽しみが見いだせない

哀れな連中だ

2018-07-14

anond:20180713191200

義務教育」は何のためにあるのかといえば、野生人を文明人に変えて、貨幣経済奴隷にするためなんだよ。野生人は楽しく生き、文明人は金に追われて生きる。まだわからないのかな。

2018-03-14

anond:20180314150721

やっと気づいたか

個性なんて作るもんじゃない。既にみんな持っているのだ。恋愛貨幣経済向きかは知らんがね。

2018-02-12

社会貢献とやらについて考えた

募金ボランティアをやる人が、もっと増えるといいのに、と思う。

日本人社会貢献意識が薄いのは、単純に「周りのみんながやっていないから」だろう。

人は、みんながやっていることは簡単にやるのに、みんながやらないことは簡単に出来ない。当たり前だけど。

これはやるべきか否かという選択自分の手から離して、集団に任せてしまった方が基本的に楽だからだ。この判断善悪とは全く関係がない。

例えば、「殺人を犯すべきではない」というのは、”一般的に人は人を殺さないから、自分他人を殺さない”そんなマインドが実は根底にある。

逆に言えば、それが犯罪であっても、周りの人がみんなやっていれば、多くの人は流されてやるのだ。そんなことが膨らんで起きた凄惨事件がたくさんあったことは言うまでもない。

個人自我は人が想像するよりもずっと弱くて、その選択は多くの場で集団に左右される。だからこそ、社会的空気が変われば、きっともっと皆が自然募金ボランティアをして、遠い他人支援するのが当たり前の世界にもなるのにな、と思う。

そういえばたまに、「偽善である」という理由だけでボランティア全否定する人がいるけれど、「偽善であるからやらない」というのは理屈としてはおかしい。

感情として、”私は私のためだけに生きていきたいから、他人お金や労力なんて割かないよ”というのであれば、「私には時間お金がありません」で良いのだ。つまり偽善であるからやめなさい、とはならない。

しかし実際はそうではなくて、おそらく偽善者嫌いの人たちは、「自分は格好をつけない正直ものである」と言いたいのだろう。だけど実際人って気づかないところでたくさん見栄を切っているのではないか

それが人間なのだから、仮にボランティアという行為に格好をつけた部分があるとしても、いずれにしても放っておけばいい、のに。

そもそも募金ボランティアというのは、基本的には「弱者支援」だ。それは皆が受けてきたもの、受けるであろうものであることを忘れている人も多い。

どういうことか。

最初から大人だった人はいない。人間は誰しも最初子どもからスタートする。

子ども弱者典型だ。誰かが衣食住を与えなければ、大人にはならない。子育てとは一般的に、親から子に無償で与えられる支援のことを指すのだ。

また運が良くおじいさんおばあさんまで生きられた人は、言わずもがな介護を受ける。これも多くの人が「弱者支援」の当事者になる可能性を持っている。

介護貨幣を介しているなら、支援ではなくサービスだろう」と、そんなことを言うのであれば、その人はインフラにも同じことを言えるのか、と思う。

お金で今の生活が全部手に入ると思ったら大間違いだ。お金で何でも手に入るようになったのは、今の生活基盤、経済システムが作り上げられたおかげだろう。

支援や贈与というのは、貨幣経済の前提にある概念であり、否定対立するものではない。

なんでも貨幣解決する、というのは大きな間違いだろう。人はスマホがなくても生きられるけれど、水がなくては生きられないし。

そういう点で、「弱者支援」は根本的に私たち生活を持続させる上で欠かせないものなのだ

弱い人を切り捨てていく集団は、最後の独りになるまでそれを許せない。このあたり内田樹先生が確か良く言っていたな。

ちょっと大きな話になってきたけれど、今現在必要支援ギリギリで支えている(支えられていないところもある)のが公的セーフティネットであり、それを動かすための税金だ。

ところが大抵の人にとって納税は「メシの食い上げ」であり、節税はやれる分だけやる方が良いものだ。だから故郷でも無い自治体納税をして、税金無駄遣いという言葉に異常に反応をする。

実際に税金が遣われている大部分は、目に見えないもの、実感を持ちづらいものだ。その必要の是非は検討すべきことだけれど、そもそも税金無駄遣いと、自分納税をする、という問題は別である

無駄遣いされる税金なら払わない!」という発想はごく簡単に「自分だけ得したい」に変わり、「自分が使わないサービスはいらない」という発想になる。

具体的には、自分の納めた税によって自分のために何がなされたか、ではなく、社会のために何がなされたか、という視点で考えると、納税感も少し変わるのではないか

話が転じてきたけれど、つまり納税社会貢献である、ということを多くの人は忘れているのではないか納税は、政府にただ取られる、無駄遣いされるお金ではなく、社会を持続可能性を少しでも上げるためのお金だと冷静にとらえ直すべきだろう。その点は、多く納税をしている人は誇りに思ったっていいはずだ。

ここまで何がいいたいか、というと、自分のために100中100の意識を持つのではなくて、1でもいいか弱者社会のために意識を向ける、それが当たり前になればいいのにな、ということだ。

0と1の差は、私の感覚では1と100の差である99よりも大きい。なぜなら、1が100人いれば100になるからだ。

人は1人では生きられないんだな、という気持ちがあると、生きていくのも少しずつ楽になっていくだろうに。

さぁ帰りにコンビニでお釣り募金するか、街頭でおっさんからビッグイシューを買うか、次の連休をどうするか、知らん人のために何が出来るか考えるか、

2017-11-07

日本ネットサヨクの人たちは、「貧困教育が行き届かないとお金が稼げないぞ」という話には熱心なのに、料理ライフハックに関して、「貧困教育が行き届かないとお金無駄に取られるぞ」という話になると途端になぜか、「忙しくて勉強する時間がないんだよ!料理なんて金払ってやらせれば良いんだよ!」とネオリベよろしくの貨幣経済至上主義者に変貌するので、欧米流のオフグリッドサヨクの俺としては、本当にこいつらは右も左も根本的にエコノミックアニマルという日本くびきから脱せてないなあと、落胆せざるを得ないのであった。

2017-07-15

信頼の話

百合が好きだ。百合本質とは何か? それは信頼関係である

異性であれば本能相手を求める。本能動物的なもので、「真実」ではあるが「真理」ではない。「あなたがいないと生きていくことができない」という愛の表明には程遠い、人間しからぬ反知性的な要素がどうしても混入してしまう。

百合にはこれがない。真実ではなく真理で、本能である性欲を越え(女性女性に性欲を抱く場合が多いのかもしれず二次元でも主流はそれだが)、「あなたがいなければ生きることができない」「あなたのために生きたい」という、理知的好意であるところの「愛情」による「契約」「契り」こそが美しいのである

時には男女の恋愛より尊く見えるのは、この「理性的愛情による契約」こそが現実的にはとても稀少性が高く、必然的に純度が高いものであるという理由に基づく。物語で描くのにも、男女が自然であり女性同士は本能的に不自然であるという点を越えるためのパワーが要るために、それを為していない百合モノはたいがいウソであると思ってしまう。

して、この「契約」、あなたを置いて突然いなくなったりしないという約束をわざわざ指輪で以て「結婚」としたりする文化もあるほど大事ものである信頼関係がない愛情は、真実であるかもしれないが真理を捉えたものにはなれない。

自分は21歳であり、LGBTなんかは当人同士が幸せであるならいい、誰かが誰かと一緒に居続けるという真理に基づいた契約制限することなど誰ができようと思うのだが、こういった考え方は風潮として身近な友人やツイッター世論などでもよく感じる。走りや発信者百合野獣先輩かもしれないが、それ以上に「誰かと信頼しあいたい」という欲求が、他の世代に比べてとくべつ強いのだろうと思うことが多い。

昔はインターネットなどなく、話をするなら面と向かってが普通だっただろう。これは普通に羨ましいと思う。社会スピード許容範囲世界へ抱けた夢の数、築けた信頼関係はより人間的なものだったのだろうなという想像が用意に浮かぶ。

いまは加速しすぎた。機械化が進み、コミュニケーション情報の速度も人間には到底扱いきれないものを感じる。理不尽な「出来て当たり前」が普通世界で、しかし出来なくて当たり前である自分たちは、これからどうしたらいいのかなんてわからない。社会にも大人にも信頼できる要素なんてないし、マスコミはよくないと一目でわかるし、それに騙される大人たちも信頼できるものではない。

自分たちは、自己実現よりも先に安定を求める。それは時間とか余裕のある給料とか信頼できる上司とかではなくて、深めていけば「信頼できるもの」と一括りにできると思う。自分を置いて勝手にどこかへ行ってしまわないもの本能精神論のような「真実」ではなくて、「あなたがいないと生きていくことができない」という「真理」に基づいた「契約」。こう言うと差別的と捉えられるかもしれないが、後天的LGBTは恵まれ信頼関係を持てなかったあぶれ者たちが行き着いた不自然契約ひとつだと思ってしまう。ただ、それは普通と違った形であっても、より美しく尊く罰されないべきものであるとも思う。

いまの大人が作る社会は、自分たちから見れば行き遅れたちのイス取りゲームしか見えない。そのイスは自分たちのぶんまで決して余ることはなく、30年経って自分たちがその世代になっても、きっと同じことを下の世代に繰り返すだろうとぼんやり察している。誰かが「ロスト・ジェネレーション」をもじって「シフトジェネレーション」と現代20代以下を指していたが、価値観の劇的な変化のなかで、最も大変な変化し始めを担う世代であるとしていたが、格好良くもあるが割を食えない世代でもあると思う。

いまや社会は、自分たちに真理の指輪を与えてくれはしない。だからこそ信頼関係をよそに求め、オタクというマイノリティ層さえもマジョリティ化して共通記号ひとつとされてしまった。バンドアイドルは神ではあるが自己実現の糧ではなく、物語投資することで自己実現委託するという歪つな信頼関係に変質した。そしてそれは更に加速している。

心が参る。㍄。安倍政権支持率が急落しつつもネットでは偏向報道情弱B層のせいだとしているが、それが真理であるかもわからない。自分たちは、ウソウソと見抜けなければ掲示板は使えない、すべてをすべからく疑うことが必要だと言われ続けたことで、逆に何も信頼できなくなってしまったと強く感じる。かつてない情報の氾濫と他者との分断。さながら情報の海に囚われた孤島。

からこそ僕らは叫ぶのである。「5000兆円欲しい!」と(それが貨幣経済における信頼関係根本的に破壊するものであると知っていても)。

2017-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20170414145443

貨幣経済結婚制度人間が賢くなるにつれ現れて賢くなるにつれ複雑化しているものですが

それが上手くいかなくなるのは人間が賢くなったからではなく制度が複雑すぎるからでは?

人間は賢くなると滅びる

人間は賢くなると滅びる」んだよ。貨幣経済しろ結婚制度しろ人間社会のありとあらゆるシステムは「バカしかいない時代に構築された、バカを前提としたシステム」だから

人間一定ラインを超えて賢くなると社会システムが上手く動かなくなって衰退する。

2017-02-06

なぜ勉強するのか→俺たちは学歴部族から

首長族ってのがある。首を伸ばすためにリング首に着ける部族だ。聞いたことくらいはあるだろう?

  

それと同じだと思う。

人間なんて、宗教なり部族のしきたりとかが無いとうまく文化として形成されない。

それがたまたま、「学歴」なんだよ。

  

勿論、高学歴に越したことはないが。

小中だけでも、「俺たちは掛け算を習ったことがあるぜ?」っていうのをお互い理解している。

小中空間での付き合いをしたもの同士だとお互いが知っている。

  

全くの出自不明だと、そういう認識が無い。

何を学んでいないのかもわからない手探りだ。

圧倒的にコミュニケーションに負荷がかかってしまう。

  

更に言うと、「大卒」というコミュニティーさらに上位コミュニティとしてある。

理系文系で違うかもしれないが。

あのダラダラした空間や、希薄人間の付き合い、就職活動への不安などは経験した人はわかっている。

そういうものでも、またコミュニケーション人種の選別が起こっており。

付き合いやすもの同士がコミュニティを作ってガラパゴス化することが可能だ。

  

まりは、学歴によるコミュニティの分類。

それだけ。

学んだことは、別に国語算数理化社会でも、音楽そろばん絵画プログラム将棋でも、なんでもいい。

お互いが何を経験たかをあるていど知っているもの同士の集団じゃないと、コミュニケーションエネルギーが消費されすぎてしまう。

  

物々交換から貨幣経済に以降したことで、ずいぶん物のやり取りが楽になり分業化したように。

コミュニティも分業化し、エネルギー消費が抑えられているって感じ。

  

まあ、そんなことを考えた理由だが。

目の前でJKが『速読英単語』を読んでたんだよ。俺もそれを使って勉強していた。

俺の知ってる知識が、そのJK脳みそザクザクと刻まれてるのを目の前で見た。

まりJKの脳の一部は俺と同じわけだ。

この興奮を感じられたので、上記のように考えた。

2016-10-25

http://anond.hatelabo.jp/20161024024824

金が無尽蔵にあったら何をするか。

無尽蔵とは無限という意味らしい。

無限に金があったら全世界無限に配りまくれば貧富の差のないユートピアが生まれるかと一瞬思ったが、それは貨幣経済破綻を生むだけで何の意味のないことに気づいた。

 

まり自分(とせいぜい自分の選んだ相手)のみ無限に金をもっているから優位性が生まれるというわけだ。

 

そうなると金をもっていない人間から自分が最高級の誘拐恐喝拉致監禁ターゲットとなる。

よって、無尽蔵に金があったらまずは自分セキュリティを最高級に高めねば即死である

自分無尽蔵に金をわけてもらえる者たちは自分に雇われ従う選択をするものも多くなることだろう。

まり世界自分無限に金をもらえる陣営と、自分を服従させて無限に金をださせようとする陣営にわかれる。

 

しかしここであらためて考えてみると、無尽蔵に金があるとはどういう状態をさすのだろう。

仮にATH、銀行口座から金を無限にひきだしたり振り込んだりできる状態だとしよう。

そのような金の動きも額が大きくなればすぐ国税庁の目につくことだろう。

すると自分に金が無尽蔵にあるという状態はすぐに国の知ることとなる。

これはすなわり日本銀行がもっている貨幣発行権を自分という個人が所持して乱発していることとなるが、

貨幣発行権は憲法法律規定がないため合法である

はい合法でも日本経済を大きく混乱させる危険因子であるため国としては何らかの口実をつけてコントロールせねばならなくなり、

結果として監視下のもと神社を通っただけで参拝などの正当な理由がないのに神社に入ったとして建造物侵入逮捕、などの微罪逮捕されてしまうだろう。

 

などと考えると金無尽蔵にあっても命がけの何かをしたいと思うまでは金が無尽蔵にない現状と同じ生活をすることとなり、あまり何もかわらない。

命がけで稼いでもいない無尽蔵の金をひきだそうとするのはどのようなときだろうか。

それはどうにも貧困になり金がなくて生きていけないとき

オレオレ詐欺にだまされて焦って金を振りこみたいとき

などだろう。

ある程度以上、まっとうで合法的収入があれば、無尽蔵の金などあったらあったで非常手段にはなってもリスキーなだけで、そう別に夢のある話でもないという結論になった。

2016-10-04

景気が下降していくことを受け入れてしまうということ

http://anond.hatelabo.jp/20161003130854

80年代から90年代にかけて、日本経済的に豊かになった。生活が大雑把に言って誰にとってもよくなったし、多くの人が下層から中流へと引き上げられていったのだと思う。増田自身がそうだというのではなくて、この考え方がどこかにわだかまっているのを感じ取って書いているのだと思うけど、この「『景気はずっと上昇していくし、そうでなければおかしい』ってのは非常に傲慢で気が狂った意見に思えるんだけど、どうだろう?」という発想は、そうやって引き上げられて適応できなかった人たちの言葉なんじゃないだろうか。

人類歴史のうち、記録に残っているのは紀元前精々数千年だけれど、その間でテクノロジー進歩が止まったことはなかったはずだ。ヒトは消費を拡大し、経済拡張し、産業を発展させて、生存をより確かなものにし続けてきた。文明経済文化の発展とはエネルギー消費の拡大でもあるけれど、生存をより確かなものにするためのものでもあった。

「景気はずっと上昇していくし、そうでなければおかしい」というのは、この認識に対する挑戦だと思う。つまり景気は「上昇しすぎた」ので、「おかしい」が、「おかしくなかった」水準があり、そこまで下降することが現状よりも良い、という意見だ。おそらく経済学を学んだ人なら教科書最初の章で学びでもすることなんだろう ―― そこにはもっと簡潔で示唆に富んだ言い方で書いてあるのだろうけれど、景気は上昇しなければおかしいし、景気を支えるのは景気だ。経済は静的な系ではない。常に動的で、一時的な、その裏にある人間日常生活調停するメカニズムに過ぎない。

彼らの語る"適切な規模の経済"には、いつもどこかから富が湧き出てくることになっている。財やサービス社会システムによって無から自動的に生み出され、それを絞ることで持続性を確保することになっている。そこに規模の経済などもちろんないし、需要供給関係もない。代わりにあるのは、供給と受け入れ可能量だ。大衆は受け入れ可能量をもち、与えられた賃金の中で供給を仕方なく消化するが、受け入れ可能量の伸びには限度がある。だから供給は低く押さえることが望ましい、というモデルだ。

景気の爆発によって、多くの人が経済社会自分認識する世界と切り離して考えるようになってしまった。あるいはそういう人が新たにたくさん発言力を得た。株式市場というのは一部の人が遊ぶゲームで、経済政策は美麗字句を書いた文書に過ぎない。小さな好景気不景気は《降って》くるもので、仕事場と帰りに寄るスーパーと自宅の外のことは、そういった仮想世界での事件とは何ら関係なく、「おかしくなかった」水準で永遠に続いていく。これらの人々は胡蝶の夢のごとくそう思い込んで、「仮想世界にのめり込むのはやめよう」と言っているようにも聞こえる。増田意見、そしてそれに類する意見を見るたび、そういう違和感を覚える。"現実世界"から"仮想世界"のもの排除して、きれいで質素で、自分必要だと思ったものは無から湧き出ることで変わらず存在していて、必要がないと思ったものはきちんと栓を閉めたのでどこを探しても残っていない、そういう過不足のない世界を作るんだという幻想がそこに見える。

でも、うまく言えないけど、そんな"仮想世界"はないんだ。全国で毎年数百人しか使っていない制度廃止すると、増田の5親等先から悲鳴が聞こえてくる。平均株価が何ポイント落ちると、コンビニジュースが何円上がる。コンビニは贅沢か。それなら上水道でもいいかもしれない。飲み水に上水道は贅沢だろうか。

経済永遠に拡大していくという言い回し永遠に消費は増え物価は下がっていくというモデルが今一つ心に響かないよ、という気持ちはわかる。しかしそれを理解してほしい。経済は褒めれば伸びる。ときどき発振する。抑えれば、フィードバックがかかってどんどんと落ち込んでいく。スタグフレーション実在するんだ。支出を抑えて賃金を下げても、誰かの所得が増えるわけじゃない。金の額面は貯めこめても価値は貯め込めない。それは増田貯金価値が不変ではないと認めている通りだ。価値は、作らなければ、自然に風化して消えて行ってしまうんだ。

コントロールされた縮小をすれば一定量幸福を長く保てるなんていうのは幻想なんだ。自分理解できない経済メカニズムをぶち壊しても、美徳気持ち金銭を置き換えても、その実態通貨名前を変えた貨幣経済だ。どうかそれに気付いてほしい。

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