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はてなキーワード: 読書メーターとは

2020-09-25

【dorawii】読メって謎に賢ぶってる人いるよね

dorawiiなんだけど、読メってもの勝手不愉快になることがある。

読メ、略さずに言えば読書メーター感想を見てるととたまに書いた人のドヤ顔がありありと浮かぶようなものにでくわす。

分散構造分析という技術に関する本にこんなことを言ってる人がいた。

https://bookmeter.com/books/94780

「共分散構造分析について全く知らなかったけどわかりやすかった。それは、式を厳密に証明せず、何のために何をやるかについて焦点をあてていたからだと思う。グラフィカルモデリング関係が深そうなので、関連することを調べていってみよう。」

グラフィカルモデリングというもの関係が深いと気づいた賢い自分アピールしか見えない。そんなのその道の専門家が何十年も前に気づいてとっくに大成してるもんじゃいか?少なくとも今まで全く知らなったような人に先人が気付けなかったことを見出すのってありえないと思うんだけど。それをさも自分最初発見たかのように書く。迂闊だと思わないものなのかね?二番煎じドヤ顔するする行為を恥だとは思わないのかね?

あと世界的に有名な作家の本に「つまらない」とか書き込むやつ。生意気過ぎて殴りたくなる。

2020-09-24

読書メーター速読

自分は、過去に何を読んだか忘れないようにするのが主目的で、本を読むたび読書メーター登録している。基本的自分が読んだ本のみ、ざっと直近の他人感想を眺めはするが、人の感想ナイス(いいねにあたる)はしていない。

自分でもたまに感想を書くので、ナイスがつくことがある。そういうときは、つけてくれた人のページに行って、その人の直近の感想や他に読んだ本などを確認する。自分の次に読む本選びの参考にするためで、このときも基本ナイスはしない。

そんな使い方なので、読書メーターを通じたコミュニケーションというのはないのだが、先日自分を「お気に入り」に登録する人が出た。珍しいことだが悪い気はしないので、その人のページを見に行った。自分も本探しのツールとして使っているので、日経土曜日書評コーナー関連の本がかぶっているのはすぐにわかった。しかし、驚いたのはその量だった。はっきり照らし合わせたわけではないが、書評コーナーで紹介された本を半分近く読んでいるようなのだ(自分は多くても週一冊)。他にもビジネス書と思われる本が多数登録されている。ペースを見ると、日に二冊近いペースで読んでいる。なるほどこれが速読というやつかと感心した。

登録数が膨大なだけでなく、ほとんどすべてに感想を書いているため、(この人の)おすすめ本はみつけにくそうだなと思いながら、いくつかの感想を読んでみた。…妙だ。本の中に出てくるキーワードは散りばめられているが、何を書いているのかよくわからない。読者としての感想やまとめではなく、書いてあることを短文で箇条書きにする人はいる。しかしこの人は、自らの解釈を入れた記載をしているが、(私も読んだ数冊を見る限り)本に書かれていないことや、支離滅裂表現が多数見られる。明らかに「読めて」いない。

個人的に、小説などは世界を味わう部分も多いから向かないけれど、ビジネス書や人文社会系の本は情報収集が中心だから速読(というものがあれば)に向いているのかもなと思っていたが、結局こういうことなんだろう。表面上キーワードだけなめても、頭のひきだしに入るどころか、書いてあることの理解もままならない。まともに仕事しているのに、年に200冊300冊読んでいるという人間読書は信用できない。

2020-09-23

漫画男性向けや女性向けとカテゴライズされているのはなぜか

この記事テーマに解を与えるようなものではなく、むし不可解な点を挙げるにとどめるものであることを断っておきます

漫画は必ずといってよいほど性別(+世代)基準カテゴライズされています

少年向け、少女向け、青年向け、TL、ヤングレディース女性向け…

単行本はこの分類に従って、書店では棚分けされていますし、電子書籍サービスにおいては一つの作品につき一つこれらがタグとして付与されているものです。

結果、読者がターゲットして想定しない性別の読者には作品存在が目に入らないということになっていると思います

マニアとかは気にしないことでしょうが、たまに漫画を読む程度の人にとって、男性(女性)ならば女性(男性)向けが陳列された棚に行ってみるというのは、気が引けるか、そういう発想自体起こりづらいのではないかと思います

電子書籍サービスでも、アクション恋愛といったジャンルではなく、青年向けとか少女向けといったカテゴリー第一分類とし、ページデザインにもトップページからそういった分類に基づいて専用の入口を作ってあるといった具合に反映されているのが普通です。

そのようにデザインされたサービスアクセスした普通の読者は、疑いなく自分性別に合った入り口のみから漫画を探すようになるでしょう。

まりそもそも売る側が読者を性別限定するような売り方をしているわけです。これは特異なことだと思います

たとえば映画なら、たとえばSFとかアクション男性に好まれるといったような傾向はあるでしょう。だからといって映画館に男性向けと女性向けに分かれた別々の入り口があって、片やでSFアクションのみを扱って片や恋愛映画などを扱って、なんてところはないでしょう。

しろ宣伝する機会があるならば、自分作品が万人に受けると思った供給側は、積極的に「男性女性)にもおすすめ」といって積極的顧客の間口を広げようとするでしょう。

レコードにしても、ロックとかニューミュージックみたいなジャンルに分けられた曲男性向けと女性向けという分類で恣意的再構成して売り場を分けるということはしないでしょう。ゲームもそうです。エロゲーですらホームページに入る時の注意書きは「未成年の方や性描写の苦手な方は入場はご遠慮ください」といった言い方をしてます

未成年の方や女性の方は~」みたいな決めつけは行いません。

テレビでやっていたアニサマライブを見たのですが、萌えアニメといわれるようなものや、乙女ゲー原作アニメのような視聴者性別に偏りがありそうな作品の曲が流れているところでも、男女関係なくサイリウムを振って盛り上がっているようでした。もしアニメ性別で見る人を選ぶものならば、そもそも作品ごとの視聴者層の性別の偏りを考慮せずに編成したようなライブは成立しないでしょう。そうであるならば曲目の半分ぐらいがいずれかの性別人間にとって退屈なものということになりますお金を払ってまで退屈な曲が半分もあるようなライブを聴きに行く人などいるでしょうか。

以上の例から言いたいのは、おおよそサブカルチャーと呼ばれるようなもの男性向けとか女性向けといった区別はされないものであるということです。

消費側で性別が偏ったり、「これは○性向けだ/○性におすすめだ」と批評する人は出てくることはあるでしょうが、少なくとも売り手が、この作品は○○向けだから一方の性の目には極力入らないようにしようみたいな、押しつけがましい売り方をすることはないのです。

サブカルチャーのことを語ると「では芸術はどうか」と気にするべきかもしれませんが、語るまでもないことでしょう。

ダビデ像モナリザに対して男性向けだの女性向けだのにカテゴライズしたがる評論家を、少なくとも私は寡聞にして知りません。

以上が漫画が特異だと申し上げた理由です。なぜわざわざ間口を狭くするような売り方をするのか、かえって作品と読者のミスマッチにつがなったりしないのか甚だ疑問です。

この状況を引き起こした要素として考えていることが二つほどあります。それはコンテンツ構成歴史にまつわることです。

まず漫画物語+絵を楽しむコンテンツだということです。田山花袋蒲団太宰治美少女官能的な描写がありますがそういった文学作品に対して男性向けとか言う人はいません。文字だけで構成されたもの特定性別に訴えかける力が弱い/特定性別嫌悪感を催すことが少ないということで、○○向けと限定する根拠に乏しいのかもしれません。まあ、戦前作品なので日本資本主義が本格化してないかという事情もある気がしますが…。

宗教画は屏風画は一つの作品の中に動的な物語性があって漫画祖先ともいえそうですが、これもまた絵のみで構成されたものなので文学作品の裏返しといえます

しかしそれ以上に、これらが描かれた時代にはマーケティングという概念どころか資本主義自体存在しないという背景が理由比重として大きい気がします。

まりこれらは、誰に売り込めば効率よく売りさばけるかといったことを分析的に考えるための主義概念もないので、これらは当時の人にとって○○向けだと考える動機もなかった、また我々がこれらを○○向けと批評するのも現代パラダイム恣意的投影に過ぎないから、そういった検討一般的に行われていないのだと考えます

時代が下って少年キングが出たあたりが転換点なのでしょう。なぜ少年○○と冠する漫画雑誌を出したのか?やはり絵と文字を組み合わせたものは性依存的な訴求力が強いものになりうると考えたからか?とにかくここから少年漫画興隆し、対立するように少女漫画雑誌も生まれ成功体験を経たこれらの漫画雑誌供給者は読者の成長に合わせて、既存雑誌カラーに、読者の年代という要素で微調整を行って雑誌派生させていく、これが、いかなる漫画雑誌も、その総集編に過ぎない単行本にも性別が想定されている理由だと思いますライトノベル性別が想定されているのも漫画編集方針を見習ったというところでしょう。

歴史のものがこうだったとして気になるのは、この歴史への舵取りをした人の考えは正しいものなのかということです。

男性向けとか女性向けって何でしょう?たとえば男性男性向けに描かれたものを好むという発想はどこから来るのでしょう?

自分男性であるという自覚男性向け作品に描かれる絵や物語に向かわせるのでしょうか?それとも(特にラブコメ恋愛なら)女性が好きであるという欲求の方が根源なのでしょうか?

まり性に基づく嗜好というものを考える際には最低でも性自認性的指向という切り口は欠かせないものではないでしょうか。しか最初期の少年誌が発刊された当初には日本にはジェンダー論が存在しません。つまりこの歴史的な漫画雑誌の創刊自体理論根拠に乏しい見切り発車なのではなかったのかという気がします。

おまけとして、同じ漫画作品なのにある巻が男性向けで別の巻が女性向けに分類されてしまっている例を挙げておきます。これは漫画に読者の性別というものを想定して仕分けようとすることが原理的に無理のあることを示す一例ではないかと私は思っています

賢者の石(13)→男性向け

https://www.cmoa.jp/title/48001/

賢者の石(14) →女性向け

https://www.cmoa.jp/title/124998/

追記

ある娯楽が男女どちらに強く求められるものであるかということを検討する際には、性自認性的指向概念必要だろうということは述べました。

日経ってこの考え方の厄介なところに気づいたのでまずはそれを示しておきたいと思います

たとえば男性向けとされるコンテンツの集合が受け手性自認依存するもの性的指向依存するものの混合であるします。では性自認依存する作品ならば、恋愛対象男性FtM先天的性別基準にすれば女性異性愛である人についても、シスジェンダー男性同様にそのような作品を読む人の割合は高いのでしょうか?

ちょっと分かりづらいと思うので、語弊が生じるのを覚悟でざっくりした言い方をしますと、男性向けコーナーにいる女性には、一定割合トランスジェンダーがいるのかということです。

また性的指向依存する男性向け作品女性読者には、いわゆるレズビアン一定存在しているということなのでしょうか?

いやむしろ逆に考えた方が分かりやすいかもしれません。そういうトランスジェンダーレズビアンの多くが、男性向け作品の愛好家なのでしょうか?逆に言えば、そういう人たちにとって女性向け作品はその性自認や性指向には受けが悪い作品ということなのでしょうか?

以上の議論は男女をひっくり返しても全く同様です。今の所このような議論は全く抽象的です。個人が「確かにレズビアンって少女漫画より青年誌のお色気漫画の方をよく読んでるな」とか言っても印象論にしかなりません。

そもそも性自認的な要素や性的指向的な要素は何に宿るのでしょうか?キャラクター容貌や魅力といったものについては、人物的な好感を喚起するものとして性的指向に関わるものと考えられそうです。ではそれ以外の線のタッチ物語の筋書きといったはどちらに関係するのしょう?たとえば一般的女性向けとされるBL耽美的と呼ばれる細い線で描かれることが多いですが、あれは性自認性的指向のどちらに関わる魅力を増幅しているのでしょうか?またこれは、BLを持ち出していることで、まる細い線が女性一般的に持つ性自認性的嗜好に訴えるものであることを前提としたような書き方ですが、もしもここに男性読者が多い作品を引っ張ってきたら、意図するしないにかかわらず、全く逆の前提が演出されます。どうにも、よほど注意しないと結論根拠が単なる具体例の寄せ集めにしかならないようです。

物語の筋書きならば、恋愛物のような自分投影すべき対象が明らかなではなく、俯瞰的目線で話を追うことを読者に仕向ける人間ドラマを描いた作品も数多くありますが、その物語性自認性的指向といった観点分析するにはどうすればよいのでしょうか?

結局、漫画を要素に分解することはいくらでも可能しょうが、その性質直感的に判定できるものは少なく、そうではないものについて単なる具体例の寄せ集めではない形で検討して統合するのもまた困難でしょう。

からこの切り口は、創作論には応用しにくいといえます。具体例の寄せ集めで出された結論を応用するぐらいなら具体例そのものを応用した方がよいわけです。

マーケティングとしても、有効かどうかも分からない他所科学概念でまどろっこしく分析するよりは、単に典型的男性女性存在する社会モデルに対して作品を売り込む方式のほうが合理的なようです。

一つ懸念があるとすれば、漫画文化におけるクィアの居場所です。どんな作品に対しても男性向けか女性向けのいずれかのタグけがされている社会なのでは、自分男性とも女性とも思わないクィアの人たちの中で「私達に向けられた作品は無いのか。漫画典型的男性女性だけのものなのか」と思って疎外感を抱く人がいても不思議ではありません。男性向けと言っている以上は男性向けでしかないし、女性向けだと言っている以上は女性向けでしかないわけで、自分自身を男性とも女性とも考えない人の主観にとって、自分に目を合わせてくれる販売者が誰もいないような世界なわけです。

ただこれはトイレ入り口にある男女の図案に対して文句を言うのと同じ構図で、不満を募らせても仕方のないことです。ジェンダーという考え方が存在する以前に成立している慣習には社会的に認知すらされていなかった人々に対する悪意などあるはずもないのだから、むしろ過去遺物に囚われずに思うままに自分にとって好ましく感じた漫画を読めばいいのです。

でもやっぱり囲い込みみたいなやり方は問題

はっきり言えることは、ゴルフとか釣りとか盆栽みたいな芸術でもサブカルチャーでもない娯楽は、どんなに特定の性に好まれそうなイメージがあっても、それらの用具を売る立場の人がそのイメージに即した宣伝をするようなことはしません。その愛好者の性がいずれかに偏っているというイメージ共通認識といえるほど強力にあったとしても、それには何ら必然性はなく、ただ現時点における流動的で結果論的な現象として捉えられているのではないでしょうか。売り込み次第でいくらでも状況は変わると思われているから、むしろそういう趣味ほど「女性にもおすすめ」みたいな宣伝がなされるのではないでしょうか。

初音ミクってありますよね。ニコニコ動画話題になった2007年当初こそはいわゆるキモオタ向けといった様相を呈していたようですが、数年後には女性ファンの方が多いぐらいになってコミュニティとしてはむしろ男性の肩身が少し狭いぐらいになっていたといいます。※1

初音ミクはもともと作曲支援ツール以上でも以下でもないので、当たり前だとは思いますが、男性向けコンテンツして宣伝したわけではないですし、当初とコミュニティ層が変わったからといってヤマハクリプトンフューチャーがそこへ軌道修正的な介入をすることもありませんでした。男性に愛されようが、女性に愛されるようになろうが、すべてが結果論、成り行き任せというわけです。別の言い方をすれば、そのコンテンツカラーは消費する側で意味づけする。ユーザ主権ということです。

漫画も、これぐらい読者任せでもよいのではないでしょうか?

出版業界不況は今に始まったことではないですが、そういう垣根をなくしたほうが作品間の読者の流動性が高まって漫画の売上が底上げされるのではないかと思うのですがどうでしょう

まあ、ピンチからこそ安易な賭けもするわけにはいかないという考え方も至極真っ当ですけどね…。

でもメリットもある

ここまでずっと弊害のように書いておいてなんなのですが、男性向けや女性向けという分類にメリットというか効能のようなものを一つ見いだせました。

単にアクションとかファンタジーといった次元ジャンルしかないのと比べると、性別というレイヤーもあったおかげで、むしろ漫画表現が多様になった側面があると思います

もしもそのような分類がなければ、たとえばアクション漫画は今よりも男性に好まれものばかりだったかもしれません。

男性向け女性向けという概念があって、それに基づいて男性誌、女性誌があるから、たとえば女性誌の制約のもとでアクション漫画を描こうとすれば、そこで必然的に「女性向けアクション漫画」とも言うべき新たな特色を持ったジャンルが起こるわけです。男性向け、女性向けという概念が、漫画家にとってはカウンターカルチャーとしての新ジャンルを創出する意識付けになっているという見方ができそうです。

今後、男性向け嫁姑漫画なんてのも出来たりするかもしれません。

多分追記する前の方が断然まとまりは良かったと思います。乱文失礼しました。

注釈

※1 ニコニコ学会βを研究してみた」という本にグラフも交えて書いてあったのですが、具体的なページは忘れたのでそれは後日

※2 この記事価値観マンガ古本雑学ノートに培われたところも大きい。全くジャンルというもの意識させない、ジャンルに偏りがない漫画遍歴だった。

※3 読書メーターにも数千冊数万冊と読んだ漫画感想を逐一丁寧に書いている人がいるが、多読家ほど雑食なことが多い気がする。でもそれは彼ら彼女らが変人からというよりも、むしろ漫画にそういうジャンルけがあるせいで見かけ上の断片化しているだけのような気がする。そういうバイアスを取っ払った先には彼ら彼女らの嗜好にも何らかの一貫性というものが見えてくるのではないか男性向け<

2020-08-25

円城塔がめちゃくちゃ嫌いだ。評価されてほしくない

後藤さんのこと」を読んでめちゃくちゃ面白いと思ったのがおよそ10年前。大学生の頃だった。

この短編集は今でもかなりの名作だと思っているし、ハードカバーを買って大事に持っている。(小説絶対文庫版で買うという決意を持っているこの俺が、だ)

どの短編もこれまでに読んだことのない新鮮な後味で、何度でも読み返した。

この人の小説もっと読みたいと思った。

そこで読書メーターレビューサイトを見ると、「数学物理を使って書かれた純文学」みたいな書評が目についた(ちゃんとした表現は覚えていない)。

そうかな。と思った。

作者・円城塔理系出身者らしい。

なるほど。確かに、「さかしま」「考速」「ガベージコレクション」あたりには、理系的なモチーフがふんだんに埋め込まれていたし、その中には確かに数学物理単語もあった。

どちらかというと情報系分野の香りの方が強く感じたけど。まあ情報数学の一部だしな。

でもなんか、「数学物理を使って書かれた純文学」みたいな批評にはなんとなく頷けない感覚があった。

言い忘れてたけど、自分は一応ちゃんとした大学数学出身であるので、数学物理単語を言われたらそれが何のことかはわかるし、学問においてどういう立ち位置だったりどう使われるか、はおよそ知ってる(あんまり高度なのは無理だけど)。

からこれらの話はすごく面白く感じた。理系用語が雑に使われてたから引っ掛かったとか、そういうことじゃない。むしろ日本語としてこれ以上ない適切な位置にそれらの単語は置かれていたのではと思う。

次に「バナナ剥きには最適の日々」を買った。これも素直に面白いと思った。

equal」には妙な居心地の悪さを感じたけど、「捧ぐ緑」は今考えても円城塔最高傑作なのではと思えるくらいだ。

なので最初違和感がはっきりと形になったのは、その次に買って読んだ、「Self-Reference ENGINE」ということになる。

全ての可能文字列。全ての本はその中に含まれている。

しかしとても残念なことながら、あなたの望む本がその中に見つかると言う保証は全くのところ存在しない。これがあなたの望んだ本です、という活字の並びは存在しうる。今こうして存在しているように。そして勿論、それはあなたの望んだ本ではない。

皆はこの小説をどのように楽しむのだろう。

言っていることは理解できるし、示唆的ではある。人に何かを「考えさせる」文章でもある。しかしそれは「考えさせる」だけで、後に何も残さな文章しかなかった。

ストーリーもあってないような状態。各章の繋がりもバラバラだし、場面は突然切り替わるし、急に新キャラが出てきて急に退場するし、何もかも説明が不十分で、衒学的な、鼻につく文章けが延々と続く。

端的に言って、「最初から最後まで何も言っていない」。文字無駄に消費しているだけの、中途半端文字列らしき何かだと思った。

そして「エピローグ」を買った。

これでもう俺の円城塔嫌いが確立されたと言っていい。

何故って彼はエージェントで、エージェントとは人間よりも器用にチューリングテストクリアすることのできるスマート・クリーチャにしてオーバーチューリング・クリーチャだからだ。

人間理解できるのはせいぜい、N文字を利用して作成可能な全ての文章であるにすぎない。Nはある程度の大きさのところに留まり、そこには有限個の文章しかない。

「敵艦影、三。天頂方向より接近。ダミー放出。並列存在を開始。複雑性迷彩が起動しました。オーバーチューリングテスト実行。成功成功。失敗。失敗。失敗。当該宙域には、法則69805f9944ed4298311d0cdaa75da2629d6f3bb3756455d504243fla6c565f75が適用されていません。」

はあ。これでやっとわかった。

彼は詩を書いているんであって、小説なんか最初から書く気が無いのだ。

円城塔の紡ぐ文字列の並びは確かになんとなく美しいと思う。なんか感性に訴えかけてくる。なんか良いこと言われているような気にさせられる。

しかしその実、中身が全くない。その点に限って言えば詩としても程度が低いように思う。詩にも訴えたい内容とかあるからね。

そしてそれに「ていよく」使われているのが、SFだったり、数学物理言葉だったりする。

数学SFが、詩を美しく紡ぐための新しい言語の代わりにさせられている。これがなんとなく違和感を覚えた原因だったのだ。

まりこれを「詩集」ですと言われて手に取ったら、「おお、面白い詩だね」といえるんだけど、「小説です」と言われたから、「小説か??」となってしまう。

苛々するのは、読書メーター書評サイトレビューたちだ。

軒並み、「なんだかわからないけどすごい」「深淵」「自分には理解できない新境地と感じる」「文系殺し」といった単語が並ぶ。

お前らホンマに頭で物考えて言ってるんか??????

端的に口をそろえて「理解できませんでした」と言ってるだけだろうが。理解できないものを、適当に高評価するんじゃないよ。ボーッと生きてるにもほどがあるでしょ。

詩の材料にされている数学物理言葉がわからないものから、その意味不明さに脳が酩酊させられてるだけだよ、それ。酒飲みみたいにその酩酊を楽しみたいなら、いいんだけどさ。

自分文系から知識がないから、それらの語彙が入ってこないだけで、ちゃんと語彙力があったらそこに何か深い意味が込められているんじゃないかと思った?

なかったよ、なんにも!!

さらに頭にくるのはそのやり口で芥川賞なんか取っちまったところだよ!

選考委員も、軒並み騙されてんじゃないか。誰か一人でも意味わかってたんか?「道化師の蝶」のモチーフとなっているという、自己言及プログラムを一人でも書いてみたんか??

俺は、この世に理系人間文系人間とやらがいるとはあんまり思ってないけど、もし芥川賞選考委員がそういったSF数学物理に疎い人で構成されているんなら、円城塔作品はまさしくそ脆弱性を突いたクラッキングだよ。

以下が「道化師の蝶」受賞時に高評価をつけていた選考委員コメントだ。高評価だぞ?低評価じゃない。よく読んでほしい。

『二回読んで、二回とも眠くなるなら、睡眠薬の代わりにもなる。』

完全に酔っぱらってるじゃねえか。

あと、円城塔は、いい加減に繋がっているようで繋がっていない短編の寄せ集めを長編と言い張るのをやめて、最初から最後まで一貫して繋がった長編を書くべきだ。詩集から無理か。

2020-07-14

i文庫HD読書メーター

この2つのアプリドワンゴが買収してから全く進化していない。特にi文庫HDには我慢ならない。代替アプリを探してドワンゴから離れようと思う。

2019-08-01

蔵書管理

この先も安定そうなサービスってどこだろう。

1600冊以上のデータがある。同じもの複数買いたくないのでどうしても何らかのデータベースを作りたい。

しかも、ISBNはあるけども通販限定などで書店に並ばない本も持っているため既存データベースにない本はISBN入力する形でプラスしたい。

できたらスマホAndroidからデータのチェック(持ってるか持ってないか、既にWebで予約してるのかetc)をしたい。

いろいろサービス調べてみたけれども。

ブクログAndroid向けアプリサービスを終了した。信用できない。

ブックフォワード一年以上更新がない。危ない気がする。

メディアマーカーサービス終了した。

読書メーターエクスポート機能がない。サービス終了するときにどうしようもない。

ブックフォワードの愛用者だったがスマホアプリがここのところかなり不安定なので心配

もはやマイクロソフトAccessEvernoteあたりを組み合わせて自力でどうにかするしかないのだろうか。

誰か助けてほしい。この1600冊をこえ、日々成長し続けるデータの山を、どうにかしたい。

追記 2019/08/01 16:33

同人誌ISBNとか何もないので最近買ったやつだけはAccess管理サークル名、タイトルサイズ、発行日、ジャンルCPデータ化するようになったらダブり買いがなくなった。イベント当日は「サークル名/タイトル/発行日」だけのExcelファイルスマホから参照できるようにしといて、不安になったら見るようにしている。非効率なので改善したい)

ISSNしかない学術誌(学会誌とか)もAccess管理

ヴィレッジブックス社とかのISBNはあるけど書店で見かけたことない本もAccess管理

電子書籍プラットフォームを絞ってはいるがデータ化が面倒になるくらい大量に買うので今のところ放置

しています。やはり普通の本もAccessでやるしかないのかな。はてな民ならすらっと代替案持ってきてくれるかなと思ったら特に代替サービスがないみたいで目玉が飛び出そうです。

出版社Netflixみたいに「こういう系統の本読んでるおまえならこの本も好きになるだろう。ここで買えるぞ」とかいうのを表示してくれるサービス作れば売り上げ上がるんじゃないか

2019-06-29

ネタバレAmazonレビュアー擁護する

有名作家、Amazonに投稿されたネタバレレビューに悲痛な叫び - Togetter

Amazonで、ミステリ小説犯人すら明かすネタバレレビューを繰り返し書き続けてた奴がいて、作者から削除するように頼まれてもなぜかガン無視絶対に消さない、って問題

普通人間常識的感覚から見れば、不快だしイミフだしさっさと消して謝れよとしか思えない話だろう。俺も、作家や読者が気の毒だとは思う。

だが、俺はこのネタバレAmazonレビュー野郎、ヤボ夫のことをどうしても批判できない。なぜなら、俺自身がこれまでずっとヤボ夫のレビューに助けられてきたからだ。

自分で言うのもなんだが、俺は貧乏だ。本は好きだが普段ブックオフに頼っているため、小説一冊ラノベ一冊でも新品で買うとなれば、それだけでちょっとした決断になる。もしもクソ作品をつかんだ場合、本を買う金に困らない人間場合とは比べ物にならないほど大きなダメージを受けてしまう。

から、気になる本を見つけたらまずは感想レビュー情報を漁る。独自の鋭い視点などは一切要らない。とにかく少しでも詳しく内容を説明しているものが好ましい。

もちろん俺だって小説本来まらない先入観無しの新鮮な気持ちで読めるのが一番だと思ってはいる。しかし、金をドブに捨てるリスクと秤にかけると、そんな綺麗ごとはとてもじゃないが言ってられない。

その点、ヤボ夫のレビュー批評としての価値ゼロだが、俺の目的にはぴったりだ。何しろ、あらすじというか、物語の内容を一から十まで念入りに説明してくれるのだから。上に挙げた、ミステリ犯人名前まで書いてしまうというのは決して今回だけの例外ではない。ヤボ夫のレビューはほぼ全てがこのレベルの、まさに野暮なネタバレ全開になっているのだ。

レビューとしてはどう見ても異常でも、そんなことは圧倒的な有用さの前には関係ない。Amazon活動しているのも、わざわざ他のブログやら読書メーターやらにネタバレ感想を探しにいく手間が省けて助かる。俺のようなあらゆる意味で余裕の無い人間には、ヤボ夫の野暮レビュー必要なんだ。

現にネタバレされて困っている読者が存在して作家からも直に文句を言われてるんだから、即座に削除して以後二度とレビュー投稿しないと誓うことこそが人間として当たり前の対応だということは分かっている。それを意地でもやらないヤボ夫がボコボコに叩かれるのも仕方ないことだ。それでも、ただの身勝手わがままだが言わせてほしい。

からヤボ夫ネタバレAmazonレビューを奪わないでくれ。頼む。

2019-04-17

アニメの視聴記録が楽に分かるサービスが欲しい

家計簿をつけるサービスZaim」ってのがあるんだが、このサービスクレカ電子マネー等を登録すれば、その使用履歴を拾ってきてくれて勝手家計簿をつけてくれる。

本当に何も手間を掛けることなく今月使ったお金が分かるわけなんだけど、ふと、このサービスアニメ・・・あるいはもっと広げて映画ドラマなどの動画視聴記録版のサービスあったらいいな、と思った。

dアニメプライムビデオNetflixなど各動画配信サービスにはそれぞれ視聴履歴確認できるページがあるので、これを横断して何日に何を見てる、というのを勝手に記録してくれればいい。

漫画小説読書メーターを使ってるんだが、アニメ映画でいちいち手作業で記録するのはめんどくさいし、誰かそういうサービス作ってくれないかなあ。

2019-03-11

fear of missing out 。。。読書メーター投稿しなくなったし、離れた理由か。腑に落ちた。

2018-12-16

世界文学ベスト100」の英米バージョンを調べてみた

文学ベスト100と検索すると、国内に限ってもいろいろなランキングが出てくる。英語圏では、ベスト100を選んだときどのような小説ランクインするのか、気になって調べてみた。

そうすると、日本と同様にたくさんの種類のランキングが出てくるが、これらをひとつひとつ紹介するのも退屈だ。

から、それなりに信頼がありそうないくつかのランキングを選んで、それらにくり返し選出されている作品名をここに挙げてみたいと思う。

なにをもって信頼があるというのかは難しい問題だが、だいたい以下のような基準を満たしているランキングだけを取り上げることにした。

英語圏文学に偏っていないこと

 英語検索しているからには、英語で書かれた小説が多くランクインするのは当然なのだが、英語圏に限らず、世界文学を選出の対象にしていることを条件とした。なので英米文学オンリーとかなのは避けた。

・あまり最近小説大衆小説を選んでいないこと

 2000年以降に発表された小説割合が高すぎたり、「ハリー・ポッターシリーズ」のような、あまりエンタメ寄りの小説を選出しているものは除外した。

 「ハリー・ポッター」が文学かどうかは知らないが、それが文学ベスト100に選ばれているランキングが参考になるかというと、あまりならないんじゃないかな。

古今東西作品から選ぼうとする意思が認められるもの

 どのランキングにしても19世紀以降の西洋文学に偏りすぎなのだが、そこはもう仕方がない。


このような基準で選んだランキングは以下の4つ。検索すればソースはすぐ出てくると思う。

ガーディアン誌による「The 100 greatest novels of all time」(いつ誌上に掲載されたのかはわからなかった)

Goodreadsによる 「Top 100 Literary Novels of All Time」(国内でいうと読書メーター読書ログみたいな位置づけのサイトユーザー投票して選出している)

・Modern Library(アメリカ出版社)による「100 best novels」

アメリカ文学Daniel S. Burtによる「the Novel 100: A Ranking of the Greatest Novels of All Time」(同タイトル書籍がある。Burtは英文学講師をしていたらしい)

4つのランキングのうちすべてに選出された作品は、ナボコフの「ロリータ」と、ジョイスの「ユリシーズ」の2つだった。ロリータすごい。

4つのランキングのうち3つに選出されたのは、以下の28作品

タイトル作者
インドへの道 フォースター
アメリカの悲劇 ドライサー
アンナ・カレーニナトルストイ
すばらしい新世界クスリ
回想のブライズヘッド イーヴリン・ウォー
キャッチ=22 ジョセフ・ヘラ
ドン・キホーテセルバンテス
失われた時を求めてプルースト
フィネガンズ・ウェイクジョイス
見えない人間ラルフエリソン
ジェイン・エアシャーロット・ブロンテ
白鯨メルヴィル
アメリカの息子 リチャード・ライト
ストローコンラッド
オン・ザ・ロードケルアック
百年の孤独ガルシアマルケス
カラマーゾフの兄弟ドストエフスキー
ライ麦畑でつかまえてサリンジャー
善良な軍人フォード
怒りの葡萄スタインベック
グレート・ギャツビーフィッツジェラルド
緋文字ホーソーン
響きと怒りフォークナー
ブリキの太鼓ギュンター・グラス
崩れゆく絆 チヌア・アチェ
灯台へヴァージニア・ウルフ
火山の下で マルコム・ラウリー
嵐が丘エミリー・ブロンテ


このうち22作品はすでに読んでいた。

けっこうそれっぽいタイトルが並んでいるように見えるが、日本ではほとんどなじみのない作家も中にはいる。ジョセフ・ヘラーとかフォード・マドックス・フォードとか。

フォードの「善良な軍人」が翻訳されているかはわからなかったが、これを除けばすべて翻訳で読むことができる。すばらしい。

12/19追記

ブコメの指摘からフォードの"The Good Soldier"(上では「善良な軍人」と訳した)は、「かくも悲しい話を…」という邦題翻訳されていることがわかった。ありがとう

2018-12-05

anond:20181205102137

実際これだけだと情報が少なすぎてわからないよ

ワンピースが一番面白い、って言われてもそれしか読んでないのか、めちゃくちゃ読んでるかわからんだろ?

せめて好きな作品10個とか、10作品あげてどれぐらいのはまり度なのかを書いては欲しいよね

単純に読んでない人だとメジャーどころから勧めていくしかいから。

というかこういうの聞く前に読書メーターとかで自分で探せとは思うんだけど

2018-10-07

メディアマーカーって何?

読書メーターみたいなやつ?

すごく商売気が薄い感じがある

2018-09-17

ラノベゾーニングの話見るたび思うんだけど

ラノベって既にゾーニングされてね?

本屋普通文庫本と混ざって置かれてるとこ見たことないんだが

10以上の出版社が出してるのに大体ひとまとめにして置かれてる

ブックオフとかどう見ても文庫本なのに文庫本の階じゃなくてコミックの階に置かれてることが多いし

読書メーターじゃ4つしかメインカテゴリないのにわざわざライトノベルカテゴリ作られてる

これ以上どうゾーニングするっていうんだ?

どちらかというと最近よく見るイラスト表紙の一般文芸の方がゾーニング無視していると思う

2018-07-17

ゲーム版読書メーター

読書メーター」(https://bookmeter.com/)というサイトがあるのだけれど、これのゲーム版がほしい。

ユーザー過去に影響を受けたゲームの思い出を淡々を書いていくような感じのイメージ

steamレビュー書いている人が最も近いかな。

だけど、steam場合steamゲームに限られているし、「購入」ということが前提になった書き方になってしまうのよね。

これをもっと個人思い入れや、そのレビュアーリスペクトした人がレビュー過去に辿れるようなものがあるといい。

読書メーターは、Amazonレビューよりも充実していることがあるし、そういうゲームレビューや思い出を投稿して楽しみ合う場が、インターネット上に存在してもいいと思う。

そういうプラットフォームを誰かに作ってほしい。

2018-02-11

絵本作家炎上商法ではなく貧困ビジネスなのではないか(6)

anond:20180211005540 の続き

3.顧客層とそれ以外との文化衝突か(続き)

3.2.文化の違いが生む違和感と怒り

学歴分断社会」という書籍がある。日本社会が「学歴」で分断されているという論の本である。ここでいう学歴は○○卒という「学校歴」のことではなく、大卒かそうでないか(非大卒)ということである。本が出た時点(2009年)で大卒と非大卒はそれぞれほぼ50%ずついたということである

【参考】

この本にもあるように、近年の大卒まり高学歴コミュニティからこの層は見えていない。ここ数十年の間、学歴による分断は幼少時から始まるようになった。特に都会においては、40年ほど前からお受験」が幼稚園から始まるようになり、その傾向はそれ以降地方にも広がっていった。いみじくも以下の日経記事内で言及されているように、「マイルドヤンキー」という言葉誕生のもの格差を示している、と言える。社会の半数を占める非大卒、そのうちそれを再生産している家庭が最近になって「マイルドヤンキー」として「発見」されたのだろう。

【参考】

まり、今子育てをしている20~30代の高学歴大卒コミュニティはこれらの人々をその人生で実際に目にする機会はなかっただろう。本当は昔から存在たこの層に、もしかするとこの騒動で初めて触れたのかもしれない。「あたし」という主語絵文字高学歴コミュニティでは非常に未成熟礼儀正しくないと見られる。また、マイルドヤンキーが共有しているような遵法的ではない価値観には嫌悪感を抱く。

逆にマイルドヤンキーコミュニティでは高学歴が好む礼儀正しい態度は「スカしている」など不評であろう。男性と同等の権利を主張する女性に対しては「糞フェミ」のような評価を与えるかもしれない。

今回の歌詞騒動で浮き彫りになったのはこれら層の間での文化の違いだったのではないだろうか。

絵本作家炎上商法ではなく貧困ビジネスなのではないか(4)

anond:20180211004709 の続き

2.不思議な点

2.1.拙い言葉遣い

謝罪にあたっても絵文字や空白行を空けた幼い文体を崩さないことから炎上が延焼していた。mixi日記時代からfacebookに移っても同じ傾向のようなので、当人一定したスタイルなのだろう。歌詞においても「あたし」という幼い人称を使っており、その点に「母親として大丈夫なのか」と違和感不安感)を感じている女性もちらほら見られた。

ちなみに、「あたし」についてはその幼さとのギャップからくる狂気不安感に定評のある作家新井素子」の名が挙がるほどであった。

【参考】

2.2.元暴走族総長というプロフィール詐称疑惑アリ)

自伝暴走族 絵本作家になる」など、本人が繰り返し元暴走族総長というプロフェールをアピールしており、それに対しては「立派に更生していて偉い」という意見がある一方、「元不良をアピールすること自体に対する不快感」をあらわにする人々も多い。なお、伊集院光氏のラジオに出てその嫌悪感を示された時には周りのプロデュースであり当人は「辞めたいなと思っている」というようなことを述べていたという。

【参考】

さらに、ここのところの騒動調査が進んで明らかになったところによれば、当人が率いていたという「池袋連合」というチームは存在しないのではないかということである一般イメージの悪い「元不良」という経歴をわざわざ「詐称」するのはいったいなぜなのだろうか。

【参考】

チーム人数が160人が200人になったり、「図書館絵本を6000冊、1ヶ月で読み終えてた」(『暴走族絵本作家になる』)を読んだなど誇張と見られる表現も多いことから、虚言癖ではないかという意見も出ている。確かに男性の良くつく嘘に「地元で有名なヤンキーだった、有名な先輩やヤクザと仲が良い」というものがあるらしい。また、芸能界では元ヤンキーであるということは武勇伝として許容もしくはむしろ評価を受けるとも聞く。そのためなのだろうか?

2018-01-26

私たちAmazonに操られている?

読書メーターというWEBサービスがある。読んだ本を登録しておけば同じ本を読んだ人の感想を見ることができる。また、特定人物読書リストも見ることができる。私はこのリストを見て気づいたことがある。同じ本を読んでいる人の読書リストがほぼ同じという点だ。そんな偶然があるだろうか。膨大な数の本の中からなぜ同じ本ばかり選んでしまうのか。もしかするとAmazonが勧める本を買わされているのかもしれない。そう考えると恐ろしくなる。自由意志幻想か。

2017-11-24

anond:20171124115401

読んでる雑誌に載ってる別の作品、ハマってるもの派生作品、及びその書き手の他の作品本屋図書館新刊棚・企画棚・既刊棚・広告Amazonオススメ出版社作家名での新刊検索読書メーター友達や友人が読んでて面白そうなもの、勧められたもの、追っかけてるサイトの人が書いたもの、その人が参考にしてるもの、かな。

売れてくれ

好きな作家がいる。

どのぐらい好きかといえば、存命の作家の中では一二を争うぐらいには好きだ。とりあえず、商業出版された単著は全て所持している。

単に好みに合っているというだけではなく、少なく見積もっても二十年に一人の才能であろう、と自分は固く信じている。

以前はこの作家について、新刊が出るたびごとにブログツイッターなどで感想を書いていたし、布教いたことも少なからず行ってきた。

が、この頃では、その名前を挙げて言及することはほとんどなくなってきている。

なぜかというと、その作家があまりに“売れない”からだ。

売れない、と言っても、実際はそこそこ売れている作家謙遜で言う「いや〜僕ホント売れてないんですよ〜(笑)」のような、なんちゃってではない。作家本人の言葉を信じるなら、いや、外側から確認できる情報だけを見ても、デビューから一貫して、なぜ作家を続けていられるのか不思議になるぐらいの超低空飛行だ。

そういう「負け組」と一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……ということではない。

自分は、怖い。自分発言が、その作家作品の売り上げに影響を与えるのが、恐ろしくてたまらない。

いくら好きな作家といっても、常に自分にとって百二十点満点の作品を出してくれるわけではない。たとえ最高傑作(と自分が思っている作品)でも、細かい不満は当然存在する。そういった点についても、感想ではなるべく書いていきたい。というか不満の方が書きやすい。

が、今となってはそんな言葉を発することはできない。自分の小さな不満によって、ただでさえ売れていない作家潜在的な読者を一人でも減らすことになったら、と考えてしまうと、とてもではないが感想など書く気になれない。また、もしも作者の目に留まれば、その折れかけている精神想像)に最後の一撃を食らわせることになる可能だってなくはないのだ。

これが仮に絶賛のみを書き連ねるとしても、問題はさほど変わらない。そういう感想がかえって未読者の反感を呼ぶこともあるのは、自分自身経験からも知っている。

そんなわけで、自分感想を書けなくなった。

これは、単に自意識過剰なだけなのだとは理解している。無名の一読者の言葉が、本の売り上げに与える影響など良くも悪くも誤差みたいなものだろうし、悪名もまた名なりと言うように、どちらかといえばどんな内容であれとにかく言及数を増やした方がマーケティングとしては効果的なのかもしれない。いっそ5ちゃんねるで自演炎上工作でもするのがファンの正しい道なのだろうか(正しさとは)

それでも、怖いものは怖いし書けないものは書けない。

ブログツイッターAmazonレビュー読書メーターなどで、当該作家の状況を知りながら今も感想を書き続けている人たちに対しては、皮肉ではなく心から尊敬する。これからも頑張ってもらいたい。

ということで、作家本人には及ばないまでも、自分もそれなりに強く願っている。

売れてくれ。

自分が気軽に無責任に「あ〜やっぱり売れてなくても初期の方がDANZEN!良かったわ〜、ぶっちゃけありえな〜い」としょうもない文句を垂れ流せるようになるぐらいに、ドカンと一発お当てになってくれ。

頼む。

2017-06-30

読書メーターブクログ論文版みたいなサイトってないの?

世の研究者たちがどんな論文読んでるか知りたいんだけど

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