はてなキーワード: 奇跡とは
コロナ不況の影響を受け自社所有の社宅が廃止になったため急遽物件探しをしているが住む場所が見つからず困っている。
正確に言えば建物全体でペット飼育を禁止している完全ペット不可のファミリー向け物件が見つからないのだ。
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具体的に言うと薬を猫を飼っている親戚宅の玄関先で5分間立ち話をしただけで涙が止まらなくなり喘息発作が出て呼吸困難になるレベルの重度アレルギーだ。
血液検査の結果も猫アレルギーに関しては堂々のレベル6(測定不能)
ランクが低い犬アレルギーもレベル4(中〜高程度)ここまでアレルギー反応が強いと薬でどうこうなる範囲を越えているらしく医師からも「動物がいる家には行かないこと以外対処法は無い」と宣告されてしまっている。
ペット不可の物件以外は住むことができない状態と言っても差し支えないだろう。
しかし世間知らずかつ能天気な私は不動産屋に行くまではペット不可の物件はすぐに見つかると思っていた。
集合住宅なのだからペット禁止が基本でペット可の物件はイレギュラー中のイレギュラーだと。
しかし賃貸不動産屋は開口一番「ファミリータイプのマンションですと建物全体でペット不可の物件は殆ど無いと思ってもらった方が良いですね」と言ってきた。
は?
詳しい話を聞くと昨今のペットブームの影響で築年数が新しい分譲マンションはペット可の物件が多く、貸している部屋はペットNGでも建物全体ではペットOKなので隣人がペットを飼っていたりエレベーターでペットに遭遇する可能性も非常に高いのだとか。
賃貸マンションでも最近は空室防止のために最初からペットOKで募集をかけている物件も多く、今時全室ペット不可が貫かれているのはペットブーム以前に建てられた相当築年数の古いマンション(地震で生き埋めになっても自己責任と言われるレベル)か戸建を賃貸で貸している場合などに限られてしまうんだとか。
確かに子供よりもペットの数の方が多い世の中ではある。賃貸管理会社も商売なのだから何百人に1人の動物アレルギー患者の人権よりもお犬様・お猫様を飼ってる顧客のニーズに合わせて建物を販売したりマンションのルールを変更する方が儲かる事は確かだ。資本主義の世の中で需要がある方にシフトしていくのはある意味仕方がないのであろう。自分はペットを飼わなくても他の家が飼う分には無関心な住人が多数派なんだろうし。
オマケに運良くペット不可マンションに入り込めたとしても途中からペット可に規約が変わったり、ペット不可マンションでこっそりペットを飼う人も増えてきているらしく集合住宅に住む以上動物アレルギーのリスクを0にはできないと言われてしまいもう泣きたい。税金を納め人権が保証されているはずの自分がペットが原因で住む場所に困るなんて想像しなかったししたくなかった。
そうなると一番安全なのは戸建となるが都会で戸建の賃貸はそもそも数が少ない。
動物アレルギー由来の喘息発作で入院歴がある以上少なく見積もっても3年間は団信に入れないため住宅ローンも組めず戸建を買うこともできない。
犬猫に人間が住処を追われ、地震で生き埋めになる可能性があるボロ賃貸にしか住めないだなんてあんまりではないだろうか。
(あまりにボロ家だと今度はハウスダストやカビで喘息が出るのでどっちにしろ地獄なのだが…)
こう書くと
「少数派なお前が悪い」
「値段の安い地方の戸建を一括で買え」
という意見も出てくるだろう。
しかし都会の狭苦しい家でペットを飼う事自体、動物の幸せを考えたら避けるべきでは無いだろうか?
ペットだって狭苦しい集合住宅に閉じ込められるよりは庭付き戸建の方が自由に走り回れて幸せでは無いのか?
飼い主も鳴き声や足音の騒音問題に困ることもなくなるだろうし、むしろペット飼いこそ郊外でも地方でもいいから戸建に住んでくれたら良いのにと思わずにはいられない。
(ついでに言うと地方は成人アレルギーを診察ができない病院が多い上に花粉症で昼夜問わず発作が出るので動物アレルギーと同じくらい地獄)
ペットブームも、ペット不可物件が増えないのも、自分のアレルギー体質ですら自分の力ではどうすることも出来ずここで呪詛を吐くことくらいしか出来ない。
生き埋めにならない築年数の全棟ペット不可ファミリー物件が通勤範囲内に1軒でもいいから奇跡的に出てきて契約出来、自分が住んでいる間マンション規約がペット可に変わらず、隣人がペットをこっそり飼って発作が起こらないことを祈るしかない。
管理会社はタバコが禁煙・喫煙ではっきり層分けされているように、生き埋めにならない築年数のペット完全不可マンションを分譲・賃貸問わずもっと増やしてくれ。
あとペット不可マンションでペットを飼うのはマジ辞めて。端的に言って死ぬ。
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「マリリン・マンソンからマリリン・マンソンが抜けると現時点での断言はできないが、マリリン・マンソン自身がマリリン・マンソンを抜けるというなら、俺達マリリン・マンソンはそれを受け入れるしかないよ」(一部抜粋)
というこの文章、あまりにも面白いが、日本語で書かれているから余計に面白さが強調されていると考える。
もともと英語だとMarilyn Mansonだし、日本語表記にしてしまうとマリリン・マンソンという面白い字面になってしまうことを全く意識することなく本人はマリリン・マンソンと名乗っている。
頭文字がマで統一された四文字で、のこりはリ・ソ・ン、日本人の子どもでも書き分けが厳しいこの3つの文字の組み合わせで構成されている。あまりにも芸術的で美しく絶妙に面白いではないか。
日本のアーティストが狙ってこういう名前にしたのなら、巧いけど平凡だと思う。
しかしマリリン・マンソンは日本人ではなく、だからこそマリリン・マンソンという芸術的な文字列が生まれたのはまさしく偶然で、偶然の結果マリリン・マンソンのコピペの面白さを享受しているということになる。
大手というかライバー大杉で、自分的に全くついていけないにじさんじでも、今年デビューのライバーなら追える。
そんなわけで、ここ数ヶ月注目してきたライバー5人組が世怜音女学院演劇同好会という子たち。
気がつけばデビューから4ヶ月経ち、それぞれやりたいことも見えてきて、地道に頑張っているように見える。
しかしながら、ファンの間ではだいぶ扱いというか評価が分かれてしまったらしい。
「行動力のある天然」という形容がぴったり来る、その名もチグちゃん。
5人の中で真っ先に登録者数10万を達成し、その意味ではファンも多いのだがそれ以上にアンチも増えたライバー。
いわゆる転生組らしい数字へのこだわりを見せつつ、KYで裏表がなさすぎる故の誤解が積み重なった結果、前述のこだわりも、ノリの良さも、全て悪意に取られ評価を落とす展開に。
すなわち
まあ、行動力のある天然って女らしさから最も遠いし、男でもウザがられる上に間違いなく女にモテないんだから、こうなるのはある意味必然なのかな。
そんなヒスピが、ギザ歯の多趣味有能枠でデビューしたのも過去の話。
確かに多趣味で色んなことに造詣があって並々ならぬ好奇心を持っているのだが、それ以上に一匹狼的な性格が反転アンチを増やしているというか。
男っぽい、いささか粗野にも見える硬い人当たりと、自称サバサバ系の地雷感が、これまた特に女性ファンからの嫌われ要素かも。
宝塚や四季を彷彿とさせる神がかった歌唱も、悪評の前には霞んでしまっている感がある。
セレ女の最強はお前だ。
声劇枠での上手さと熱心さはもちろん、雑談やスパチャ読みでも徹底したロールプレイはお見事。
だからリスナーは自分に合うか合わないかだけ気にしていればいいのだ。
明るくてよく笑い、気さくでノリの良い性格だけどお嬢様という、上品な陽キャとして、独特の清楚感を確立したコハック。
今やセレ女の中では一番の良心の塊と言われ、しかもそれが自分のことのように嬉しくなる奇跡。
残念ながら、好きの反対は嫌いじゃなく無関心というのを、現状体現してしまっているあーこ。
というのも
歌はかなり上手いものの、それだけだったらインスタかTikTokで顔出し歌動画上げてるほうが人気出たんじゃね?と思えてしまう。
懐中しるこはいざ食べてみるとそんなに美味いものだとは思わないのだが、冬になるとなぜか食べたくなってしまう。お椀の中に入れた最中の上から熱湯を注いで、皮がふやけた頃に箸で潰して食べる。最中の皮を口に入れると舌の上でなんだかヌメヌメして、この感触を味わうと、急に冬が来た感じがするのだ。
そんなことを思い出しながらアパートの自室でお椀に懐中しるこを入れて、お湯を注いでいた。最中の皮と小豆の粉の香ばしい匂いがすぐに立ち上ってくる、と思ってお椀の上から匂いを嗅ぐと、ずいぶんスモーキーな香りがする。コーヒー豆を焙煎していてもこんな香りにはならないはずだ。どこかで誰かがゴミを燃やしているような。
外で誰かが叫んでいる。窓を開けて道路を見下ろすと、道に立っている男性と目が合う。こちらから見て右手を指しながら、カジ、カジと繰り返している。
指差す方角を見ると、黒い煙が立ち込めている。というか、二件隣のアパートから煙が出ているらしい。
スマホと仕事用のPCと、そのへんにあるものをリュックに詰め込んで、コートを来て外に出ると、煙で周囲が霞んでいる。
木造アパートがこんなに早く燃えるとは知らなかった。建物全体が炎に包まれて、内部でしきりに何かが弾ける音がする。消防車が着くと直ちに放水を開始したけど、なかなか火の勢いが弱まらない。
警察が来て周囲を封鎖したので、自室に戻れなくなった。集まってくる野次馬に混じって消火活動を眺めるくらいしかやることがなかった。煙を吸ったせいか少し気分が悪くなった。
ツイッターで検索すると、ニュース速報がすぐに出てきた。ヘリコプターで上空から消火活動をとらえた映像を見ていると、なんだかすべてが嘘っぽく思えた。
奇跡的に焼け残った自分の部屋に戻れたのは結局2時間以上経ってからだった。何もかもが焦げ臭い。懐中しるこはすっかり冷めて、お椀の中で泥のようになっていた。
出火元のアパートは全焼した。住人は今夜どこで寝るのか。ごめん、家が焼けちゃったから今日泊めてくれない?と頼む状況は現実に発生するのだろうか。
翌日、Yahoo!ニュースに載った記事を見ると、どうやら放火らしかった。
またツイッターで検索すると、焼けた建物は、近所に本部があるフェニミスト協会の合宿所だと言っているアカウントが見つかった。合宿所がどういうところなのか見当もつかなかったが、たんなるアパートではなかったらしい。いままで何も知らずに前を通り過ぎていた。
この放火は、先日、百人町であったフェニミスト連合の拠点爆破に対する報復だと指摘しているアカウントも見つかった。
最近、フェニ連とかフェニ協とか似たような名前を見かけるけれど、それが何をしている団体なのか、なぜ争っているのか、よくわからない。自分は日本で平和ボケしているのだろうか。これほどの強烈な悪意と敵意を持って暴力の応酬を続けている団体が近所にあったことに、ちょっと実感が持てないでいる。
うだつのあがらない人生。目標や夢も特になく、彼女もいない、バイトして週末は友達と酒飲んでタバコ吸って二日酔いで過ごす日々を送ってきた。
なんか楽しいことないかなーって、ボケーッとテレビ見てたら黒柳徹子がスクワットが如何に素晴らしいかを説いてた。スクワットをすれば健康的に過ごせるらしい。
徹子曰く、爪先から膝が出ないように注意してスクワットするといいらしく、一回やってみたら確かにきつい。彼女は毎日50回やるそうだが、私は最初40回前後で限界を感じた。確かに生きてる感じがした。そこから私のスクワットライフがはじまった。
週五でスクワットした結果、1ヶ月後には100回以上はこなせるようになり、なんなら腕立てや腹筋、背筋もしてみようと筋トレにはまり、加えて体幹や有酸素運動(30分〜1時間ジョギング)もこなすようになった。
半年後、体重は10kg近く減り、体脂肪は11%と徹子のスクワットのススメきっかけで細マッチョになった。猫背は改善し、集中力もUPし、自信がついてモテ期もきた。筋トレしてると食生活にも気を使うようになり、酒量が減って、禁煙もした。
高校卒業後は4年ほどバイト生活をしていたのだが、大学に行きたいと思い、一念発起して4月から自力で勉強を開始。奇跡的に国立大の経済学部に合格し、東証1部上場企業に就職でき、コツコツ給料も上がってる。そして今もスクワットライフを続けている。
そういうわけでスクワットはマジでおすすめ。金はかからないし、スクワットだけなら3分もかからない。変な自己啓発本を買ったり、オンラインサロンに入るよりかスクワットした方が絶対いいと思う。
モヤモヤしてる時は限界スクワットがオススメ。これは自分が限界を感じたところからプラス10回を目標にスクワットすること。限界スクワットすると、サウナで整ったというか生きてる感じがする。野生に戻る感じ。オススメ
ワイは普通に下記のように思っているので
あと20年も持たないよ
マジレスすると英語ができるだけで他は何もできないは使い道あるぞ
逆に英語が全然出来ないけどそれ以外はそこそこ出来るみたいなのは
経営者なら出来る子雇えば済む話なのにね
下々の者は辛い
じゃあワイとキミの何も出来ないの定義が違うのかも知らん
もちろん日本が奇跡のV字回復するならするにこしたことはないけどな
クソみたいな長文で腐女子のお気持ちではあるがカツカレーとかハンバーグカレーの比喩とかでなくストレートに捻りのないマカロンそのものへのお気持ちということはあらかじめ言っておきたい。
マカロン、名前だけはポピュラー思うものの、食べたことのある人はどれぐらいいるのだろうか。
マカロン、プリキュアでも言及されていたような気がするが基本的にさほど美味いものではないと思う。デパートによく入っているような有名なマカロン専門店のマカロンも食べたが、やはりその認識である。
マカロン、それは誰かが言っていた、仏壇に供える砂糖菓子とさほど変わらないという表現がぴったりで、見た目だけのファッションスイーツと言われても仕方がない存在である。
私自身も長らくそう思っていたが、弟にもらった神戸のある店のマカロンだけは、はっきりと次元が違っていた。
さくっ、しっとりとした優しい食感に、濃厚で複雑な味わいがぎっしりと詰まっている。
噛むほどに、極小の絶品ケーキが舌の上でほどけていく。ベタベタな表現だろう、だが、味の宝石箱や!と言いたくなるほどの素晴らしいものであった。
そこには、従来の単調な甘さのマカロンはなく、食感、香り、味といった複雑で高次元の味わい、いや食体験をもたらすそんなマカロンが存在していた。
私はすっかり、マカロンが好きになっていた。
あの食体験への驚きをなんとしてでもまた味わいたいと、帰省する弟には毎度あのマカロンを土産にするようにとお願いしたりした。
他にもそんなマカロンは存在するのかとマカロンを見るたびに買って食べ比べたりもするようになった。冒頭の有名店への評価はこのときに感じたものであるが……意外にもシャトレーゼがなかなか頑張っていると感じた。
そしてマカロンを食べ比べて感じたことは、やはりあの店のマカロンは別次元だったということだ。
そして別次元のマカロンと私の蜜月は、残酷にも唐突に終わりを迎えた。
それは直接遠方のあの店に、マカロンを買うぞと勇足で行ったときのことだ。ショーケースにマカロンが並んでいないことを確認して、店員さんに尋ねると「マカロンはもうやっておりません」と、非情にもあっさりと全ての終わりを告げられたのであった。
もう二度と、あのマカロンが食べられない。
私は絶望感でいっぱいになった。しかし大好物の食べられないこの世界でも、生きて行かなければならない。
おぼろげに面影のあるシャトレーゼのマカロンを食べては、あの店を思い出しながら自分を騙して数年を生きてきた。
……そして、再会は突然にもやってきた。
一年前、辞令が出てすこし遠くに転居した。私は軽度ではあるがアトピー持ちで定期的に皮膚科に通わねばならない身である。たまたま新しい職場で勧められた皮膚科にはじめてかかったときに、皮膚科の隣がオシャレな感じのケーキ屋であることに気がついた。
皮膚科の待ち時間というものは、何故かどこの地方のどの皮膚科に行っても大抵の場合長い。クソほど長い。半日が無駄になることもザラだ。暇にあかせて隣のケーキ屋のクチコミを調べることにした。
なんということだろう。店のオーナーは、神戸の……あの店で修行した人だということがわかった。皮膚科の待ち時間というにもかかわらず、胸がはずむ。そして、居ても立っても居られなくなって受付に「外で待ちます」と告げてケーキ屋に駆け込んだ。
マカロン。
ああ、マカロン。
ショーケースに、きっちりと色とりどりのマカロンが整列している。
あの店からも遠く離れたこの街にお前は暮らしていたんだな。奇跡が幾重にも連なったこの再会に、謎の感動が呼び覚まされる。いや、まだだ。このマカロンがあのマカロンと決まったわけではない。まずは、食べてみるほかにはない。
それだけあれば、きっと別人なのか本人なのかわかるはずだ。裏切られてしまうかもしれないのにこれ以上ないほどにうきうきとしながら私はそれを購入した。
皮膚科の順番が終わって、車のなかで包みをひろげる。見た目は、やわらかく不揃いのところもあるすこし素朴なフォルムで、有名店にありがちなシュッとした綺麗なものではない。でもそれが逆に、あの店を思い出させる。
ひとかじり、口にする。
マカロン。
マカロン、間違いなく、これはあの店の……別次元のマカロンだ。その深みのある美味しさもさることながら、マカロンと離れ離れになって、面影を探し求めて彷徨っていた期間や、そして再会に至るまでの偶然の全てが、特別な食体験となってまた戻ってきてくれたのだ。
例えてよいのかわからないけれど、ペルシアで起こって滅びてしまったマニ教が遠い中国でまだ生きているのを見つけた人も、このような気持ちだったのだろうか。そんな気持ちすら沸き起こるのだった。
マカロン、基本的に美味しいものではない。しかし、私にとってはものすごく美味しいものだ。願わくばこの店がマカロンをやめないように、私はこの店で定期的にマカロンを買おうと、残りのマカロンを噛みしめながら考えたのだった。
原作漫画は読んだことがなかったけど、テレビアニメ版と劇場版が非常に良かったので、当然続きが気になって原作を最後まで一気読みしたところ、これは残りもアニメ化を待っていた方が良かったかも……と後悔を抱いてしまった。
原作は80点で普通に面白いけど、アニメはそれを120点に高めているので、原作読まずにこれから作られるアニメを観ていたらより楽しめたはずで、とても残念。
強敵を倒した代償として●●●が日の光で死んでしまった! と思ったら無事だった! というシーンについて。
漫画は自分のペースで読むから、「そうは言っても何か奇跡が起きて死なないんでしょ」と思いつつページめくったら、やっぱり死んでなくてフーンって感じだった。
アニメだったらこちらが身構える間もなく、「あー●●●が死んだー! と思ったら生きてた! 奇跡だー!」と泣くほど感動してた気がする。演出と声優の熱演で強制的に涙を引き出す力が(鬼滅に限らず)アニメにはある。
合格発表後即面接とか言う日程のおかげで電車に揺られながら震える手で合否を確認する羽目になった。
奇跡的に受かっていた。落ちていたらそのまま遊びに行ってやろうと企んでいたためほんのりの悲しみもあったがそれよりも安堵の方が大きかった。
いやでもこれからが問題なんだ、そうだそうだ。言い聞かせながら頭の中で面接内容を確認する。エセ自己分析で空っぽな自分を見つめなおし捻り出した回答たちはもう何遍考え直したことだろうか。それでも緊張は収まらない。血管は普段よりもよく揺れてしているし、脇は汗がしみてカーディガンを脱げないというお恥ずかしい状態である。それでも行かなければならない。頑張れ、頑張れ。
しかしそんな中でも私の心はこう言っていた。
帰りたい。死にたい。絶対落ちる。そこの人私をホームに押し倒してくれついでに電車よ轢いてくれ!
残念ながら自己肯定感なんてうつくしいもの幼い頃から持ち合わせていない。ただただ怖くてたまらなかった。とにかくもう行くしかない、とバスに乗り込み面接地へと向かった。
結果から言うと私はこの試験に落ちた。前述したこのからっぽを見透かされたのだろうか、それとも内容の薄さ?働かない頭を叩きつけ、相手に礼を伝えられただけでも万々歳だったと今になって思う。
ちょうど近くに友達がいたため結果を伝え、少し慰めてもらった後1人帰路に着いた。最寄りから家まで約30分、夜も遅いのに母の迎えを断り歩いて帰ることにした。人と話す気にはなれなかったから。
歩き始めて数分後、やっと視界が滲んできた。ああ涙だ、久しぶりだ。ついでに絶望もやってきた。いいやお前はいらない、雑巾汁かけてやろうか、などそんなことを思う余裕もなくただただ打ちのめされていた。音楽も流せず、辛い悲しい虚しい、で一杯になった。でももっと頑張ればとか人並みのことよりもまず自分が気持ち悪くて仕方なかった。どうして私は人に気を使わせる結果しか出せない、どうして私は、どうして。今までの人生?親のせい?いや人のせいにする自分のせいだ。死ね。
どういう事を考えても最終的にお前は死ぬべきという論に落ち着いた。だから帰りは暗い道を敢えて通り殺してくれ殺してくれと泣きながら考えた。
それなのに男2人組が後ろにいる時は怖くて仕方なくて。お前は死にたいとか言いながら結局は恐れてんだな、そんな自分のことがまた嫌いになった。歩いて歩いて鼻をズビズビ言わせながら家に着き、そのまま泣き疲れて寝落ちた。
次の日、起きた一瞬は良かった。その後からは地獄。食欲無し死にたさ有り。こんな状態だが学校はギリギリ行けた。この選択肢をクリックして本当に良かった。この日行っていなかったら私は今頃自殺で頭がいっぱいになり実行していただろうから。
午前中。授業は泣くのと鼻水を隠すのに必死だった。途中ティッシュが欲しくて友人に声をかけたからバレたと思うけれど。でも耐えきれず1時間さぼった。
昼休み。先生に結果の報告。耐え切れずまた泣く。色々と言葉を貰うがあんまり覚えていない。死にたさと申し訳なさの嵐に襲われた。
午後。昼終わりの授業でほぼ遊ぶ。やっと笑えた。死にたさはまだあるが少し切り替えられたような気がした。移動教室だったため廊下を歩いていたら今度は先生に声をかけられる。
まだ次があることを教えられた。
そこからは本当に怒涛だった。7限を使い何ヶ所も電話をかけ採用試験枠が一つだけ残っていた職場に滑り込んだ。伝えられた面接日は次の日午前10時半から。そこの説明会は参加していないしパンフレットも何も持っていない。先生の伝手でそこで実際に働いている方の話を聞くことが出来たが、志望動機もこれからまとめる、そんな状況だった。試験まで24時間切ってる、できることは何?捻り出せ。この時は絶望より焦りで満たされた。お陰様でかは分からないが冷静でいられたので、急な目標は感情を押さえ付ける、はっきりわかんだね!とかふざけたことを抜かす余裕もできるくらいだった。
次の日の道中、電車とバスと控え室で内容を叩き込み試験に挑む。何を聞かれたかはあんまり覚えてないが警備員のおじさんと職員の人が死ぬほど優しくて死ぬかと思った。
その日の夕方、学校に戻りもう遊んだれと大富豪をして数回負けた。片付けをし終わった直後連絡が来た。
合格です。うち来ませんか?
すぐに行きますと返事をしたけど訳が分からない。頭が全く働いていないのは分かる。手がまた震える。ついでに膝も笑ってた。嬉しい?のかな?くらいしか浮かばなかった。アクセル全開で走らせた感情はカーブを曲がりきれず落っこちてついでに私の掌からも滑り落ちた。連絡が終わり電話を切った後、後ろでそれを待っていた友人2人からどうだった?と言わんばかりの顔を向けられる。しばらく返事ができず口を開けて阿呆面を晒した後、受かった旨を伝えた。
その後急ぎ世話になった先生の元に走り探し見つからず別の先生にどこにいるか知ってますか!と声を掛けたにも関わらずその話を聞かずに間違えて電話をかけるなどした。本当に頭が働いていない。やっと見つかり報告するとすごくすごく喜んでくれた。とりあえず握手して背中ばしばしされた気がする。
嬉しかった。第一希望ではなかったけれども、去年の今頃から勉強を始め今年度に入ってからは休みも無くバイト出来ないからお金も貯められず、夏に出来た彼女とは告白して以来多忙すぎて会えなかった。
それらは報われた。努力したのは無駄にならなかった。今まで信じることの出来なかった輝かしい言葉達は自分から進んで浮かんできた。こんなに前向きなのは少しの間だけかもしれない、でもどうしたって嬉しいものは嬉しい。ああ、良かった。本当に。
火曜から木曜を振り返っての文でした。死ぬ方法と志望動機を短期間で考えすぎたと思います。改めて見るとものすっごく濃い数日間でしたがどうにかなったのでこれからもどうにかなるといいなと思います。お疲れ自分。さっき淹れた紅茶が美味い。
【全文翻訳】ピエール・コリー博士の上院証言:イベルメクチンはCovid-19を治療するための奇跡の薬?
The Auto Channel
原文URL(https://www.theautochannel.com/news/2020/12/10/922677-senate-testimony-dr-pierre-kory-ivermectin-miracle-drug-to-treat.html)
COVID-19の予防と治療におけるイベルメクチンの有効性を実証する新興のエビデンスのレビュー>研究(PDF)
証言 聖路加オーロラ医療センター准教授 ピエール・コーリー医師
国土安全保障委員会の会議の前に COVID-19の早期治療に注目
COVID-19に対する効果的な早期治療の重要性と必要性に注目していただくために、ジョンソン上院議員と委員会の皆様に感謝の意を表すことから始めたいと思います。私は個人の医師としてだけでなく、私の非営利団体である「Front-Line COVID-19 Critical Care Alliance」を代表して、本日お話しさせていただきます。
私たちは、多くの人と同様に、効果的なワクチンの開発に成功したことに非常に励まされていますが、ワクチン以外の効果的な早期治療、在宅治療、予防治療の選択肢についての指針や研究がほぼ完全に欠如していることに愕然としています。私たちの病院は10万人以上のCOVID-19の患者が入院して溢れており、毎日のように記録的な死亡者が報告されています。ワクチンが一般に配布されるまでには数ヶ月、この危機に十分な影響を与えるにはさらに時間がかかると思われますので、効果的な早期治療の必要性を強調したいと思います。私の所属する重症治療専門家の組織は、このウイルスと病気のプロセスについての洞察を得て、効果的な治療プロトコルを開発するために、約9ヶ月間、科学的文献を精力的に検討してきました。その間、私たちはCOVID患者でいっぱいの集中治療室で長時間働いていました。私は、5月に委員会の前でMATH+病院治療プロトコールについて証言できたことを誇りに思っています。この治療プロトコールは、その組み合わせ療法のほぼすべての構成要素が臨床研究で検証されており、治療プロトコールの影響に関する詳細と報告書は、数日以内にJournal of Critical Care Medicineに掲載される予定です。
ポール・E・マリク教授率いる私たちのグループが、COVID-19の予防と早期治療のための非常に効果的なプロトコルを開発したことを、私はここに報告することができ、大きな誇りと同時に大きな楽観主義を持っています。ここ3-4ヶ月の間に、新たに発表された論文は、抗寄生虫剤、抗ウイルス剤、抗炎症剤と呼ばれるイベルメクチンの深遠な有効性についての決定的なデータを提供しています。私たちのプロトコールは、これらのデータを確認した後、最近になって作成されました。ほぼすべての研究で、イベルメクチンの治療効果と安全性が、この薬を服用しているほぼすべての人の感染や病気の進行を防ぐことが実証されています。
先に進む前に、そもそもこのヒアリングが必要とされてきたわが国の治療対応には2つの重大な欠陥があることに注意を喚起したい。ヒドロキシクロロキンに対する初期の関心と研究のほかに、すでに存在する安全で低コストの治療薬の使用を研究するための重要な取り組みを見つけることができません。私たちが全国規模で観察した唯一の研究と治療の焦点は、レムデシビル、モノクローナル抗体、トシリズマブなどのような新規または高コストの薬剤設計製品であり、そのような治療法はすべて数千ドルの費用がかかります。これは、Covid-19について議会に相談したある医師が「低コストの治療法の価値をどうやって証明するかという問題が議会に蔓延している」と結論づけたときに出された結論と一致しています。もう一つの障壁は、私たちのページが繰り返しブロックされているフェイスブックや他のソーシャルメディア上で重要な科学的情報を発信しようとする私たちの試みのすべての検閲でした。最後に、既存のタスクフォースに臨床の専門家がいないことが、効果的な治療法の特定の進展をさらに妨げていると考えています。私たちの専門的な臨床医のグループとスキルセット、臨床知識ベース、患者ケアの経験が類似しているメンバーはほとんどいません。既存のメンバーはすべて、大規模な医療機関の医師リーダーであるか、研究のバックグラウンドを持っているようである。多くの人はキャリアの中で患者のケアのベッドサイドでの経験があるはずですが、今回のパンデミックの間にCOVID-19の患者のベッドサイドに相当の方法で立ったことがある人はほとんどいないようです。私たちのような専門の臨床医パネルには大量の貴重な見識と知恵があり、COVID-19におけるイベルメクチンの絶大な効力を最近発見したことを共有できることを大変嬉しく思っています。
イベルメクチンは安全性が高く、広く入手可能で、低コストである。その発見はノーベル医学賞を受賞し、すでにWHOの "世界必須医薬品リスト "にも掲載されています。現在、20以上のよく設計された臨床試験のデータがあり、そのうち10の試験は無作為化比較試験で、どの試験でも感染率の低下、回復期間の短縮、入院の減少、死亡者数の大幅な減少など、大きな規模と統計学的に有意な効果が一貫して報告されています。この臨床データは、複数の基礎科学、体外および動物実験によっても裏付けられています。1週間前に完成した我々の原稿は、ほぼ毎日のように新しいイベルメクチンの陽性研究が出現しているため、すでに古いものとなっています。この原稿は、医療用プレプリントサーバーOSF(Open Science Foundation)に掲載されており、こちら(https://osf.io/wx3zn/)、または当組織のウェブサイト(www.flccc.net)からダウンロードできます。博士号を取得した研究者や科学者のグループが執筆した、より更新されたメタアナリシスとレビューは、2020年12月4日時点でのすべてのイベルメクチン研究を含み、c19study.comのウェブサイトに掲載されています: https://ivmmeta.com/
これらのデータは、イベルメクチンがCOVID-19に対する効果的な「奇跡の薬」であることを示している。その効果の大きさは、世界中の多くの地域で寄生虫疾患に対してノーベル賞を受賞した歴史的な影響に似ています。イベルメクチンの発見に貢献した製薬会社であるメルクは、この薬が最初に発売された時から、WHOの寄生虫撲滅プログラムを支援するために、何億回もの投与量を無料で寄付していることに注目すべきでしょう。私たちは、COVID-19の惨劇から地球を根絶するためには、同様のイニシアチブが必要であると信じています。私たちのグループは、この金曜日、12月4日にヒューストンのユナイテッド・メモリアル・メディカル・センターで記者会見を開き、"Call to Action "を発表しました。私たちは、イベルメクチンに関する科学的根拠の高まりを迅速に評価し、それに応じて治療ガイドラインを更新するために、私たちの国内および世界の医療機関と指導者たちに正式な要求を行いました。私たちは、イベルメクチンに関する最後の治療勧告が8月27日のものであり、NIHのウェブサイトでは、イベルメクチンは臨床試験でのみ使用することを推奨しており、当時は臨床研究が不足していたため、「専門家の意見」としてその勧告に基づいていることに注目しました。今ではイベルメクチンの有効性を報告している研究が豊富にあります。記者会見で私たちは、治療法の推奨がなされ、それによって何千人もの命が早く救われることを期待して、このエビデンスの迅速かつ最新のレビューを行うよう呼びかけました。記者会見は、世界中のほぼすべての国にAP通信とユニビジョンを介して放送されました。ウガンダ政府の保健省は現在、私たちの治療プロトコルを国の治療ガイドラインに組み込むことを意図して、私たちの原稿をレビューしています。それが48時間後の現在、広く共有されているにもかかわらず、私たちには何の連絡もありません。
去年の今頃なんて、本当に弱小でしかなかったVTuber事務所のホロライブ。
でも、昨夏の3期生加入によりユニークさが認知されつつあったメンバーの存在感を、今年初めから桐生ココが海外にPRを開始。
更に春からのコロナ禍で、逆にこれチャンスとばかりに精力的な箱推し誘導とてぇてぇムーブを敢行し、まさに百花繚乱の季節を迎えることに。
それがEN1期生の大成功や金の盾組が続々という、これ以上無いくらい豊かな実りの秋に繋がったと。
ゲーム無許諾配信問題に、チャイナリスクを甘く見ていた炎上からの中国撤退みたいな相当ヤバい話もありながら、
ここまで奇跡のような流れで、今や日本のみならず世界中のキモオタ男性が注目するようになり、晴れて大手の一角に大躍進。
さて、そんな激動のさなかに加入した新人が、ホロライブ5期生だったと。
聞けば春には5人全員採用されていたにも関わらず、夏まで活動開始が遅れたという経緯があるにせよ、
事務所の知名度やブランドが確立された後としては初の新規加入であり、その意味でもどんな活動をするのか、筆者も注目していた。
その結果、気がついたら自分でも心底驚くくらい、獅白ぼたんと雪花ラミィのことが嫌いになってしまった。
といっても、例の「清掃員」騒動で見せた底意地の悪い笑いを根に持っているとか、そういうことじゃない。
ししろんは最近色んなメンバーに絡みに行っているのだが、それが「親睦を深める」ではなく、どういうわけか「しゃしゃり出ている」ようにばっかり見えてしまい、イラッとしてしまう。
ししろん以外のメンバーのファンから見ると「お願い営業」あるいは「いじり過ぎ」に見えかねないコミュニケーションなのだろうか、少なくとも「てぇてぇ」感は後述のラミちゃんとの絡み以外ではゼロ。
あと宇宙人狼見てて思ったけど、勝ちを狙い過ぎて他の参加者と微妙に噛み合っていない上に、本人気づいていないっぽい?
ここらへんはにじさんじの葛葉・叶とか本ひま笹木しぃしぃとかの、ガチ勝負しつつも見せるゲーム運びなんかと比べると、一方的に進めてる感が結構あるかも。
ラミちゃんは今やスパチャ総額では事務所内の上位陣にランクインするようになり、その意味ではヤバいくらい頑張っているのは間違いない。
しかし…それが泥酔ムーブも含めて配信中の「キャバ嬢営業、全部入り」によるファンの囲い込みの為せる業であり、
それ以外「なんにもしていない」結果というのを踏まえると、「頑張るとこ間違ってんだろ、お前何しにホロライブに来たんだよ」感が半端ないのだ。
ししろんとは正反対というか、1回こっきりで後が続いていない、言うなれば「お試しコラボ」ばっかりなのが、更に場違いな感じを助長しているし。
ちなみに同じ5期生のおまるんはコラボ解禁でいきなり桐生ココとコラボしたり、船長の圧に全く怯まなかったり、スバルと漫才始まったり、るしあとマイクラでプロレスしてみたり、
最近は友人Aに代わる司会者ポジを確立しつつあったりと、ちょっと前までは「悩める図書委員」みたいだった逡巡から、真のトリックスターっぽくなりつつあるので、今後が楽しみである。
ねねちは数字的にはまだまだ三下ポジではあるものの、もともと歌が好きな所に、頑張り屋の超努力家で嫌味が全く無い上に、いじられ末っ子ムーブで撮れ高の女王となり、
何より自然と応援したくなるというキャラから、超王道のアイドルに化ける可能性が少なからずあるので目が離せない。
それにはあちゃま・まつり・すいちゃん・トワ様と、結構クセの強いメンバーと楽しくやっちゃう、独特のコミュ力があるところも見逃せない。
きっとまのちゃんがいたら、二人でてぇてぇを全世界に発信していたのでは…と思えて残念である。
「理解のある彼くん」ってクソ性格の悪いインセル連中が言うことだから鵜呑みにするなよ…。だいたい成功したり障害を克服したりで「支えてくれた彼のおかげです♡」って言ってるような人間は、元々パートナーいなくたってどうにか乗り越えていけるような人間だから。人間も出来てるからパートナーに感謝を述べられるわけで。
あとその彼は理解があるわけではなくあなたのことを甘やかして愛玩してただけや。漫画によくあるような優しそうに見えて全然優しくない、薄っぺらいやつなだけ。ちゃんと増田のことを思ってたら、甘やかすだけではなくあなたが思い違いをしてたら真摯に咎めてくれたりするし、ましてやポイ捨てとかせんわ。
根性の曲がったメンヘラに寄ってくるのは決して「理解のある彼くん」などではなく、ただのメンヘラ培養器だから。奇跡的に理解彼に見初められるかもとか、捨てられないためにとか、無用な心配しなくていい。寄ってきたのがメンヘラ培養器か良彼かは結果論でもあるけどね。メンヘラを直すのはなかなかすぐにはどうにもならんから、まずは筋の通ったメンヘラを目指すべき。がんばって。
『理解のある彼くん』と言う言葉をご存知だろうか。何らかの障害、あるいは不幸な環境によって社会に馴染めずしんどい思いを抱えて生きていた女性の人生を描いた漫画に突如として現れる「こんな私ですが、今は理解のある彼君のおかげで幸せに過ごしています♡」というアレである。
かく言う私も、毒親育ちの発達障害グレーゾーンのメンヘラであった。話すと明らかにヤバいのが伝わってしまうのか、27まで恋人ができたことはなかった(でも処女ではない。察してください)。学生の頃は今くらいの時期、当然のように彼氏との予定の話題で盛り上がる同級生たちに嫉妬していた。愛されたくて仕方がなかった。見た目は明らかに喪女にも関わらず、妙にプライドの高かった私は、クリスマスの翌日に自分で買ったブランドネックレスの偽物をつけて登校し、カースト上位のクスクス笑いに耐えきれずゴミ箱に捨てて帰ったこともある。
大学を卒業して社会人になり、自分の役立たずさに肩身がゴリゴリ削られながら5年が過ぎた。そんな時、趣味のオフ会で出会ったのが彼くんだった。
女性だけの集まりと思っていたのに、しれっと参加していた彼くんに最初は戸惑ったものの、物腰が柔らかい人だったので自然に話せた。帰り際に連絡先を聞かれ、「可愛いなと思って」と言われた時は、本当に胸がバクバク鳴った。
途中で引かれてしまうのでは……と思ったが、予想以上に順調にデートを重ね、私たちは付き合うことになった。会うたびに、彼くんは私を可愛い可愛いと言って褒めてくれた。発達障害でコミュ障、その上はじめての恋愛で挙動不審な言動も「それが増田ちゃんじゃん!」と包み込んでくれた。私のメチャクチャな嫉妬(女の連絡先消して!と泣き叫ぶなど)で喧嘩になっても、歩み寄って抱きしめてくれた。彼くんは、私にとってまさに救世主のような存在だった。
……が、今思えば気付くべきだった。彼くんは特に美人でも若くもなく、障害と毒親持ちの女のどこが好きだったのか。
共通の知り合いのAからは、彼くんが前にも私と同じようなメンヘラと付き合っていたと聞いた。Aは何か警告したそうだったが、彼くんの過去の恋愛を聞きたくなさすぎた私は話題を逸らした。多分、彼くんはメンヘラが好きで……もっと言うと、自分にズブズブに依存してくれる女がタイプだったのだ。
彼くんは見た目はオタク(もちろんこちらも人のことは言えない)のわりに女慣れしている感じがした。当時37とかだったのでこれが大人の余裕なのかな?と思っていた。実際恋愛経験豊富だった。彼女は毎回10歳くらい年下のメンヘラだったので感情の爆発には慣れっこだった。だからこそ正しい(刺激しない)対応が出来たのだろう。
当然のことながら、わたしは彼くんにズブズブに依存していった。いい年して彼くんが生活の中心になった。彼くんは基本、「増田ちゃんは悪くないよ、頑張ってるよ、えらいよ可愛いよ」スタイルだったので、変に自己肯定感が上がった。例えば以前なら職場で何かを指摘された時、「ごめんなさい!」と心底申し訳なく思ってたところを、「そっちだって◯◯じゃん!!」と反省の前に内心爆ギレするようになってしまったのだ。気が弱いので相手には言えないのだけど、彼くんにすぐにLINEしたりした。彼くんが生活の中心なので、失うなんて考えたくなかった。そのうち結婚すると思っていた。
……こんな増田を描いてる時点でお察しだろうが、2年付き合い30歳の誕生日目前で、私は彼くんにふられた。もちろん揉めに揉めたけど、彼は地方転職までして私から逃げた。共通の人間関係も切った。あんなに「ほっとけるわけないじゃん」なんて言っていたのに、見捨てる時はマッハだった。
数年経った今、ひょんなことから彼くんが結婚したことを知った。やはり10こくらい下で、だけど、心身健康そうな奥さんだった。どうしてこんな子がオタクの彼くんと?と思ったけれど、よく考えたら彼くんは当時上場企業の社員だったし、今もいい年収をキープしているのだろう。
彼くんがメンヘラが好きだったけど結婚相手は健康な人を選んだのか、今までメンヘラにしか相手にされなかったから仕方なく付き合っていただけで、奇跡的に振り向いてくれた健康そうな女性にプロポーズしたのか、どっちだろう。
『理解のある彼くん』のいる女子は、彼くんに見放される可能性を考えておいた方がいいと思う。あまりに彼頼りになると、見放された時が辛すぎる。結婚しない限り、彼くんがメンヘラが好きなら新しいメンヘラに一生警戒しないといけないし、メンヘラにしか相手にされない彼くんであっても奇跡が起きてしまうかもしれない。まともな男性ならお断りな私たち地雷に、奇跡みたいに『彼くん』が現れるように。
本当に「発覚」で使い方はあっている。
子どものころ、親からあらゆる虐待を受けてきた。殴られて首の骨がずれたことや包丁を向けられたこともあるし、おぞましい体験もある。テストの点数を見せて平均点以下だったらぶん殴られる生活だった。交友関係の自由はなく、男子から電話がきただけで2時間正座で説教だった。
父と母、双方のクワイエット不倫の結果、母は最終的に焼身自殺を選び、父や周りからは「親が自殺した人間の娘など貰い手もない」「鬼畜生の娘だ」「お父様に一生孝行して尽くして、結婚するとしたらお父様が連れてきた人でないといけないよ」とかさんざん言われた。
そんななかで出会った現在の夫は、私にとってまさに「白馬の王子様」だった。
修羅の国みたいな環境に包まれていたが、私は恐ろしくまじめで、男性と付き合ったこともなかった。18と22で出会って、23と27で結婚。育ちよく人柄よく文武両道で努力家で大学院卒業の夫と私では、とても釣り合いがとれていなかったと思う。
でも、菩薩様と仏様みたいな義両親は、過去をつまびらかにした私に対して、「よく生きていてくれたね」と言ってくれて、それからの15年、本当に掛け値なしに、私はとても幸せだった。
そしてその15年のなかで、私は自分の会社を立ち上げ、そこそこにした。夫と義両親が、私に対して「正しい自己肯定感」を与えてくれたから可能だったのだと思う。
私は妊娠が怖かった。
私の家庭はいつも怒鳴り声と暴力と理不尽さに包まれていたし、お前なんか生まなければよかった死んでくれこんな子は私の子じゃないという言葉は私にとってありふれたもので、だから子供=邪魔物という認識しかなかった。ない。
だから結婚するときも、「私は一生涯子どもを作らないと思う、それでもいいか」と聞いた。
夫は「それでもいい、ただ考え方が変わったらいいね」と言っていた。私もそう思った。考え方が変わって、多くの人みたいに「子どもを欲しい」と思えたのならば、それはきっと幸せなことだっただろうから。
それから15年、本当に夫は私によく添ってくれた。ご両親からは「ま~子ども生むなら早い方が楽だけど(これは本当にそうだろうから、嫌でもなんでもない)、いなければいないでそれは貴方たちの選択だからね」と言われていたし、せっつかれたのは本当にたった1度だけだ。そのときも、私の伝え方が悪くて誤解が生じたがゆえのこと。
私は38歳になり、心境が少しずつ変わっていった。「絶対に欲しくない」は「欲しくない」に変わり、「欲しくはないけど、いてもいいかもしれない」に変わった。
なので、夫と話し合って、妊活だけ始めた。いなければいなくていい、いたらいたで楽しいかもしれないと。
妊活の最中で、自分の気持ちが、「欲しくはないけど、いてもいいかもしれない」から「欲しい」に変わるかもという期待もあった。
年齢制限と、よく私のことを知る周りからの「いなくても君たちは幸せだろうけど、少しでも『いてもいいかも』と思う気持ちがあるのなら、妊活してみたらいいんじゃない? やらない後悔よりもやってからの後悔の方がマシだと思う」という後押しもあって。
積極的な不妊治療はしなかったけれど、双方の同時検査で「私は問題なし、夫は加齢によるもので合格ラインよりも10パーセント下程度」となった。あとはタイミング療法だけでとりあえずいきましょう、と。
まさかその2か月後に、子どもができるなんて思いもしなかった。
私の夫は、菩薩様と仏様の間の子どもだけあって、非常に人間ができている。私の体調不良にも、精神の不安定さにも、彼はどこまでも寄り添ってくれるだろう。
今だって、家事の7割を担ってくれているのは夫だし、ハウスキーパーを提案してくれたのも夫である。
育児も絶対にやってくれるし、育児休暇も取得するし、フットワークもすさまじく軽いし、20年付き合ってきて一度も彼の誠実さを疑ったこともない。
ダブルインカムだけあって、まぁ世帯年収がだいたい1500万円くらいで生活に不安はない。快適な家があり、心優しい義両親(そのうえ義母は医師なので医療的知識もある)もいる。実親はひどいもんだけど。
基本的には仕事の調整は自分でつけられるし、病院に行くために仕事を休む……という経験をしたこともなかった。
この年齢で、妊活2か月で、しかもほぼ自然妊娠に近い形で妊娠できるのは、奇跡ともいえるんだろう。
私は実はソムリエである。そしてソムリエになるくらいだからわかって頂けると思うのだけど、酒好きである。妊娠発覚前日も、「まぁ妊娠したら飲めなくなるしな!」と思いながら、仕事でワインを1本分程度飲んでしまった。
そして私は、生魚も好きだし、チーズも好きだし、チョコレートも好きだし、コーヒーも好きだし、つまり妊婦にとって「悪い」と言われるものが全部すきだ。
こういうことを言うと、ぶったたかれるであろうことはわかっている。いろいろ調べてみても、「出来ない悩み」や「うっかり飲んでしまったこと」に悩む人は多くても、私のようなクソみたいな悩みを抱えている人は多分いない。
私が一人だけで立ち上げた会社は、私自身がメインのソムリエであるため、私がいなくなれば掛け値なしに間違いなくつぶれる。というか、開店休業状態になる。
肥溜めみたいなところから這い上がってきた私が、私自身の力で立ち上げた、私が大好きな会社は、おそらくここでついえることになる。
私が好きだったお酒も、私が好きだった釣れたての刺身も、私の研修でもあった年に3回の渡航も(もっともこれはコロナがあるからどっちにしろ無理だけど)、私の大好きだった夜更かしも。
夫は非常に優しいけれど、子どもを切望していた夫の生活には少なくとも大きな変化はない。
だけど私は、仕事ができなくなるし、好きなものも食べられなくなるし、体調不良も抱えて生きていくことになるし、そのうち店にも出られなくなるだろう。
私は家の近くに会社を建てたため、保育園や幼稚園に預けたとしても、熱が出れば迎えに行くのは私だ。夫はたしかに協力的だけど、夫の会社から家までは2時間かかるので物理的に絶対に無理。
私は我儘だし、子どもだし、身勝手だ。完全な覚悟ができて妊活を始めたわけではなかったし、生理がくれば安堵もしていた。今だって、どこかで「間違いであったらいい」と思っている。
私がまだ20代の前半くらいならば迷いも当然のものと受け入れられようが、アラフォーになって、しかも妊活をしてでさえこのありさまだ。だれも同じ悩みなんかない。あるはずがない。もしあったのならだれか本当に教えてほしい。
酒のみで、自身のキャリアを構築していて、でも妊娠をすれば物理的にその仕事を続けていくのは不可能で、という人に教えてほしい。
その悩みはどうやって克服したのかと。私の悩みは「私」自身の考え方に終始してしまっているけど、みんなすぐに「良いお母さんになろう」って思えるの? 楽しかったこととか全部封じても?
もしも子どもに障害があったら? 子どもが自殺してしまったら? 子どもが犯罪者になったら? 子どもが殺されてしまったら? そんなこと、だれも考えないの? 私は周りで、横に書いたこと全部が起きたのだけど。
「ずっとだれかがいる生活」「自分の楽しいことをキャリアを諦めて生んだ、それでも反抗期がやってくる子ども」を、だれも怖いとは思わないものなの?
自分だけが努力してできることではないことが、生活のなかに入ってくることが、ただ怖い。もともと変化に極端に弱いから。こんな風に、自分のことしか考えない私は、多分母親になる資格などない。
分かっている。覚悟がなかったのならば、選択をしなければよかっただけ。過去のことは、考え方のベースにはなっているけれど言い訳にはならない。アラフォーなんだし。
すべての結果は、すべて私自身の選択だけによるものだ。だからこれは、たぶん、匿名でしか言えないような、「妊娠が発覚した」ときの話。
人の言うてることもすぐに理解できない、いやすぐにじゃなくてまったく理解できない時もある。会話ではなくTwitterやここみたいに文字情報ならなんとか理解できる時もあるがまったくダメなときもある。
暗算も苦手だ。掛け算も7と8の段が詰まる時がある。足し算も昔受けた入社試験にあったクレペリン検査もあまりできなかった(半分くらいか)。ソラで計算できる人は本当に尊敬する。もちろんこの程度だから数学なんてボロボロだった。中学2年くらいからは平気で学年平均を割っていた。
英語もクソで平均60点くらいのテストでも30点と赤点ギリギリだった。比較級で躓いて、ズルズルと落ちていきこの点数になっていた。
なぜか暗記科目の社会と理解は得意だった。この2科目は学年トップクラスが取れた。のちのち有名大学に進学することになるクラスメイトとも話すことができる唯一の科目だった。
さらに運動もダメで音楽もダメ、美術も絵が好きだから人より描いて分評価がマシだっただけでトップクラスにはなれなかった。
もう30だ。
いつまでも稼げない派遣やバイトでフラフラしているわけにもいかない。奇跡的にも嫁をいただくことになり、これからの人生をちゃんと考えるときがきてしまった。
都道府県別の平均年収も下から数えたは方が早いクソみたいな地方ではロクな仕事もない。営業をやって鬱になったと相談しても「男は営業」と脳死のように営業職を押し付けてるハローワーク。しかもいまと変わらない給料。自分が悪いのだが蓄えもほぼない。
ガキの頃ネットで悩んでる30ー40代の書き込みをみて馬鹿にしていたのがいまになって突き刺さっている。
学生時代の勉強のできないというコンプレックスをいまのクソみたいな状況を繋げて勝手に悲観してる頭悪い自分だ。
でもどうにかしたい。助けてほしい。
男子校で育った自分にとって、リアルな恋愛模様を目にしたのは大学に入ってからであった
それは、告白した瞬間から彼氏と彼女という役割を演じるロールプレイングゲームのようであった
女性は彼女になった瞬間から妙に依存的になったり自分勝手になったりし、男性は彼氏になった瞬間から妙に甲斐甲斐しくなった
それは、種々のイベントをステレオタイプにこなすことをチェックポイントにしたオリエンテーリングのようであった
みんな付き合ったら旅行に行き、クリスマスは一緒に過ごし(一緒じゃないと周囲が心配する)、夜になると長電話をする
付き合うまでのプロセスにしてもそう、どこでデートして、どんなものを食べて、どういうシチュエーションで告白して、と
そしてほとぼりが冷めたら別れて他人同士になり、近くにいる別の男女ととっかえひっかえ
恋愛には憧れがあった、というか純粋に異性のパートナーが欲しかった
ただオリエンテーリングで興味のないイベントまで回収しなきゃいけないのかということを面倒に感じ(みんな紋切り型だったからなおさらそう感じた)
ロールプレイングで「彼氏」という役割を演じきれなくなったら捨てられるんじゃないかという不安を感じ、よそ行きの仮面がとれた「彼女」を好きなままでいれる自信もなかった
何よりロールプレイングとオリエンテーリングの行きつく先に未来があるのか?積み上げても結局は他人同士に戻るのか?
向いてる人は楽しみながらゲームを進め、ゲームの先に未来を見出すのだろう
自分はそうじゃない、それだけ
ただ世間はそう思っちゃくれない
男なら彼女の一人くらいいて当たり前、童貞で成人を迎えたらヤラハタ、童貞で30歳を迎えたら魔法使い、そんな悪口が平気でまかり通っていたのだから
そして当時の自分は、うまく恋愛できない自分のことをひどく臆病で、価値がなく、人として欠陥があるのだと思い込んでいた
在学中運よく女性と交際することができたが、交際することそのものが目的となってしまい、当然うまくゲームをすすめることができなかった
その後社会人になり、親や周囲には見合い話があったら持ってきてほしいと言うようになったのだが、まともに相手をしてもらえなかった
幸いにしてそのうちに、過度なロールプレイングやオリエンテーリングを要求しない相手と巡り合い、結婚することができた
結婚した瞬間に浮かんだのは「これで恋愛しなくてもいい」というホッとした感情だった
振り返ってみると、最初から自分は恋愛したかったのではなく、配偶者が欲しかったんだと思う
もちろんいわゆる恋愛の先に結婚が待っているカップルだっているんだけど、そんな結婚は自分には想像がつかない
なぜ恋愛というゲームをプレイしないと異性のパートナーが得られないのか
いつまでそんな漫然としたゲームを続けなきゃいけないのか
ゲームを苦手とする者は劣っているのか
ゲームが苦手なのにプレイせざるを得ず、疲労している者もいるのではないか
じつは出生率の低下も恋愛下手が結婚できなくなったせいじゃないの?
みんな恋愛に毒されているんだよ
そして恋愛できないという事実をもって自己評価を著しく下げてしまった自分もまた恋愛に毒されていた…
そんな風に思うこの頃である