はてなキーワード: がっかりとは
私は山手線に乗って、疲れきった体を椅子に預けて携帯を眺めていた。
新宿駅にたどり着いた電車から大勢の人が降り、その後マレー系のお母さんがベビーカーに子供を乗せて乗車した。
なぜマレー系かわかるかって?あの顔つきと肌色でヒジャブをまとっていたからに決まっている。2年間、シンガポールのころごまんと見ていた人の姿だ。忘れることもあるまい。
とにかく、彼女は子供と一緒に電車に乗り、旦那さんと思われる人が外からスーツケースを手渡し、中に入れ始める。
スーツケースが一つ入ったところで、ドアが閉まる。
母は大慌てでとっさに腕をドアに差し出したが、間一髪で逃し、ドアは冷たく閉じられてしまった。
ホームで見かねた誰かの所業だろう。非常停止ボタンが押された。
母はとても困った顔をしていたので、電車の中にいた私は拙い英語で、とにかく通じればいいなというレベルで彼女へ声をかけた。
「Send the message to him that you can ride next train what should come in 3 mins so far.」
(3分後に次の電車が来るから、旦那さんにそこに乗るようにメッセージしてね。)
「You'd better to ask staffs to help you in next time。They can help you.」
彼女の表情が和らぎ始めた。英語わからなくても、私の意図は少しは伝わったのかなと思った矢先だった。
私も彼女も初めて出くわす場面だが、手慣れているだろう。ドアを外からこじ開けようと力む姿が見えた。
スーツケースを入れてもらうのかな。
とにかくうるさいブザー音を消してくれとばかり、心の中で思っていた私が次に観た光景は、そんなことどうでもいいと思わせるようなものだった。
駅スタッフは、ドアをこじ開けては電車に乗り込み、ありったけのしかめっ面で、母とベビーカーを引きずり下ろした。当然スーツケースは眼中にない。
それもそうかも。何せ車いすのスペースに突っ込んだわけだし、その荷物が隣に立っていた人のものかもしれない。母の携行品はベビーカーしかないと思われても仕方はない。
それでも、荷物はただそこに置かれてあっただけ。
荷物は無事に外に母と一緒に追い出され、ドアは閉まり、駅スタッフは「一つの仕事をやっつけたぞこの野郎」と言わんばかりに、安全確認終了を知らせるランプを高く振りかざす。
これは、一日利用者数世界一を記録している駅で起こった、外国人観光客が起こした小さなトラブルだった。
仮にも世界一の駅スタッフが、観光客をマニュアル通りに、いつも通りに追い出すのか。
彼女がその時感じたであろう感情がどうだったか、想像すらつかない。
旅行って、旅っていつもそうだ。
どこかしらで必ずトラブルは起こる。
喧嘩だってするかもしれないし、財布だって落とすかもしれない。
はたまた決まったはずの宿が決まってないかもしれない。
今まで述べたトラブルと比べたら、電車一本逃して一行とはぐれるなんて、些細なものに過ぎないだろう。
その記憶が後で振り返ったとき楽しいハプニングとして残るか、散々な目に会ったという苦い思い出として残るかは、その場そこにいた人達がどう接したかにかかっている。
彼女(とその家族)は須らく、その類の数知れないトラブルのうちの一つを、須らく経験してしまった。
少なくともこの国の誇る鉄道の、いちばん誇らしい駅のスタッフは、間違いなく彼女に後者の印象を植え付けたのであろう。
なんてことを思う間にふと考えた。
仮にもオリンピック公式輸送スポンサー企業のスタッフがこんな対応でいいのか?
もしかしたら、彼女が私のアドバイス通りに、あらかじめ対応ができたら、駅スタッフだって乗車案内できたはずだ。
彼女は頼るすべを知らなかっただけ。
できるはずのことができないのは、観光客に対するおもてなしが全くできていないという証拠であろう。
いくら上っ面だけ広告宣伝に金を落としたところで、こういう実務的対応一つままできず、塩対応してしまっては元も子もないだろう。
盛らないで書いたのにやけに話題になった上に、引かれている。
実際、体験するのと読むのとは迫力が違うのか、ここまで怖がられてしまうなんて……と驚いた。それとも、私の感覚が麻痺しているのだろうか。
割に合わない仕事だなあ、という感想が心に残った。けど、私は、風俗やったのはこれくらいであとは堅気な仕事をしてきたのだが、割に合う仕事ってしたことあったっけ?割に合うって何だろな……と黄昏てしまった。
BLによくあるようなプレイがわからない、とのことだけど、ああいうの何というのだろう?唾液飲ませるやつ。あくまで私の主観だけど、唾液飲んで飲ませてお互いの唇に銀糸の橋がかかること、BLには多くないだろうか?
あ、もしかして、BLには限らず、セックスではよくあることなのだろうか?わからない。
あのとき、お客さんが
「こないだSMの講習受けてきて、緊縛の仕方教わって来たんだー♪面白いからやってみない?」
というので、
「わーい、やってみせてー!」
と言って、赤い毛糸で縛られる流れになった。SMの講習……そんなものがあるのか……世界って広いな。と、お客さんが口笛吹きながら私を縛る間に、私は考えた。縛るっていったって弛くだから痛くはなかったけど、動けなくはなった。動くとさすがに肌に糸が食い込んだ。
それで、縛られて仰向けに転がされて、パソコンのモニターで例の動画を見た。
それを見終わった後に、
「はい、あーんして」
って言われたので「あーん」てしたら、口にめちゃめちゃ唾液を流し込まれた。
私はディープキスなら相手がどんな顔していようが口が臭かろうが出来るけれど、一旦口を離れて空気に触れた唾液を、口いっぱいに注がれて一度にごっくんするのは無理なのだ、という知見を得た。本当に、知らなかったー。ああ、思い出しただけで気持ち悪い。
えずいて、そして泣きだした私を見て、あのお客さんはすごく慌てていた。大急ぎで毛糸をほどいて、「ごめんね!本当にごめんね!」って言っていた。その時あのお客さんは、「自分のやりたかったことはこういうことではなかった」と思ったのか、「面白い、もっとやりたい」と思ったのか、どっちなのだろう。知らないけど、私のリアクションにかなりびっくりして焦っていたのは確かだ。
そのお客さん、その件以前にも、平和的な太さだがやけに長いディルドを私に挿入しようとして失敗して、がっかりしていたけど、「これは入りきらないし、入れると痛いのかぁ」と学習していたので、女の子に唾液を飲ませると吐くかも知れないし泣かれる、ということも学習していて欲しい。
そんな変なこともあったけど、大抵のお客さんはあんまり突飛な要求はしてこないし、本番狙いでも暴力や脅迫を使ってやろうとはしなかった。大体、おっとーついツルッと滑ったら入っちゃった!あららどうしよー?折角だからこのまま続けよっか???という状況に持って行こうとしていた。
そんなもんだったので、あまり悲愴感はなかったな。ツルッと挿れられないように、クネクネと逃げ回ってた。その方が、真面目に「ルール違反です」というよりも楽しく諦めてくれたし。いい汗かいて、本番しなかったけど楽しかったねー!とバイバイしたことも何度もある。
実をいうと楽しかった思い出も沢山あるのだけど、書いたらいけないんだろうなぁと思う。
デリヘルの仕事で、楽しかったことを書くのは躊躇われる。やっぱり危ないこともあるというのは事実ではあるので、私の書いたもののせいで、面白そうだからやってみようと思われたらなぁ、とか。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4680372246350541570/comment/pptppc2:embed]
うん、まあ酷いなって思うこともあったけど、店長は私にセックスは楽しいということを教えてくれた人なので、やっぱり特別だとも思っている。
デリヘル嬢を辞めた後十数年で、人と深く仲良くなるには長い時間と忍耐と譲歩と妥協が必要なんだなってしみじみ分かって、店長のことを自分の都合に合わないからって損切りするように振ったのを悪いことしたなと思うようになった。
元から別に恋した相手でもないしまた会いたいかといえばそうではないのだけど、凄く仲が悪くなったのには私にも原因があるだろうなと。あの人がみんなの前ではいい人、私一人の前では嫌な奴だったのって、それがあの人の本性って訳でもなかったんだろうな、と今となっては思う。
話の中で「◯◯好き~」っていう人に聞き込んでいくと「でも△△はしてない」っていうのを聞くとがっかりする。
具体的にいうと、「好きなアーティストは◯◯」「でもライブにいったことはない」
みたいな感じ。そういう浅い話をする人の話って、面白くないんだよなー
Nという作家は、成功していると思う。順調に作品を世に出し、受賞歴も華々しい。
私はデビュー作からリアルタイムで欠かさず読んでいる。そして思う事がある。
しかし、ある短編集で明らかに描写が変わった。女性である私からすると、それがまるでラノベ。
いきなり、生々しく現実的な作家の個人的な女性像が出現して、私は、げぇ、と思った。たまたま変えたかと思ったが、そこからずっとその路線に変わってしまった。
まるで女性をラノベでしか知らない男みたいじゃないか、若い男性作家としてこれは恥ずかしくないのか?誰か言ってやれよ?と思ったが、作家Nはその後も順調に受賞し作品は映像化されている。その他にも、堅苦しかった作風には、お金になりそうな、売れる要素が加わるようになった。息抜きみたいなシーンだ。テーマは変わらないから、商業作家としての成長なんだろうなと思うし、てか私どの身分なんだよ。
とにかく、私は好きなのだ作家Nが。それなのに、ラノベ臭のする女性描写が出てくるたびに、がっかりする。ださい。この人本当はゲイなのか?筋金入りの二次元オタなのか。生身の女性と恋愛できないのでは?みてはいけないものを見てしまった、イケメンのチャック全開みたいないたたまれない気分になる。
周りの人は言ってあげてほしい、いや私が意を決して手紙でも送るべきか。あなたの描写、女性からするとまるでラノベで萎えるんです、と。
断定は出来ないけど、95%、がん、だそうです。
それはそれはびっくりしたよね。
仕事中にメールで知らされたときは文字通りゾッとして、目の前が真っ暗になったよね。
わたしは夫がいなくなったら生きていけない。
夫と出会ってからずっと夫が大好きで、多少の諍いはあっても日々が大好きで満ちていて、夫を大好きなまま一緒にシワシワになって、いつかは夫の腕の中で生を終えると疑いもなく過ごしていたから。
どんな顔をして家に帰ればいいんだろう。
1番不安なのは夫のはずで、わたしが泣いたりしたらいけないのではないか。
などと思いながらおりましたが、いざ帰ってみれば夫は普段通り犬と遊んでいたので、少し潤む目を気取られないように普段通り振る舞えたと思います。
家に帰ったあと夫から詳しく話を聞くと、腫瘍のサイズから見てステージ1の中の1番低めの分類。切除してしまえばこれきりの手術になるでしょう。と言われた、とのこと。
がん、って強いワードだなと思ったよね。
そんなことが新年あけてすぐの1月2日に起こりまして、あけましておめでとうとか言っている雰囲気でもなかったのですが、状況をきちんと理解していくうちに落ち着いてきました。
つぎの木曜日に手術です。
ドクターは大学教授ということもあってか、かなり説明が上手くて、2時間ぐらいかけて基本的な事から現在の事象へ掘り下げて説明をしてくれました。
取り得る策を全て挙げてくれたのちのディスカッションをもとに、プランAはロボット手術にて部分切除、腫瘍が膀胱に触っていて部分切除が難しいようであればプランBの全摘出、出血した場合はプランCの開腹手術、みたいな予定です。プランDまであったのですが忘れました。
色々とざーっと落ち着きはしましたが、こういう局面に遭遇するとそれぞれの人々の人間性やその人の人生の優先順位などがよくも悪くもあけすけに見えてしまうものです。
いまとても、夫の母に幻滅しています。
夫の母にとっては、どうやら息子の手術及び健康よりもご自身の面子の方が、全く比較にならないレベルで優先順位が高いようです。
おそらく今後、夫の母との付き合いは大きく変化する事と思います。
あまり夫の前ではあらわにしないように努めていますが、わたしとしては軽蔑に近い気持ちを抱いています。
という事を記しておこうという増田です。
卒業式ー。
悲しいほど綺麗なままの卒アル。
卒業式を終えた子達が集まって、門の前の桜並木で写真を撮っており、その周りでは父兄が談笑している。
そんななか、たった一人で一番早く門を出てくる我が子。
そんな子供の姿を見て、母はどう思っていただろうか。
私は、彼等の立つ桜並木には、一生立つことができないだろうと思った。
成人式ー。
誰に見せるわけでもないのに着物を着て、誰に見せるわけでもないのに美容院でスタイリングして、最後に家の前で写真を撮った。
テレビをつけると成人式の話題ばかりで、華やかに盛り上がる新成人達の姿を見て、わたしは心底面食らった。
入社式ー。
本来であれば入社しているはずの年に、私はそれができなかった。
真新しいピカピカのスーツを着て、意気揚々と歩く新入社員達の姿を町で見て、母は何を思ったのだろう。
最近友達とか家族とSwitchのヌルいゲームばっかやってるせいか、この間はじめたSEKIROが面白すぎる。
Switchは陽キャのゲームすぎるから、Steamとかいう陰キャのプラットフォームのほうが水があうなと思ったということで
陰キャらしく一人でシコシコ楽しんでる、または楽しんでたゲームを紹介する。
・SEKIRO 18時間 進行中
アクションゲー好きで自称でいいからハードコアゲーマー名乗ってるやつはメチャクチャ面白いからおすすめ。
ダクソは途中でレベル上げだるくなってやめたけど、SEKIROはメチャクチャ面白くて続けられてる。
敵のパターンに対して経験積んで攻撃見切って倒した時の快感が素晴らしい。
今のとこ山羊頭のデーモンみたいな理不尽だったりクソゲー感ある敵が居ないのも良い。
エスコン7もこの間のセールで買った、ストーリーで5とかZEROで聞いた名前とかちょこちょこ出てきてエモい。
ゲーム的には5とかZEROに近い感じなんで、AHにがっかりしたエスコンファンにおすすめしたい、逆にAHみたいなゲームを期待してる人には別ゲーだから別ゲーとして買ってほしい。
テンポよく進められて12時間くらいでノーマルなら1周できるから結構おすすめ。
いろいろ進化してて、雲の表現とかすごくて、雲の中に入ると上下がわからなくなるし、積乱雲に入れば雷にあたってコントロールを失ったいrする。
雲の中の敵にロックが効かなかったり、逆に雲に入って回避もできるっぽい、なんか凄い
・Enter The Gungeon 139時間 全キャラで過去を始末
難易度が高い分自分のPSが向上してるのがわかりやすく実感出来るのがかなりそそる
最初のフロアを超えるのですらやっとだったのに、慣れてくると片手間にノーダメクリア出来るようになってる
・Grand Theft Auto5 89時間 ストーリークリア マルチはソシャゲ並の課金ゲーのようなので最初期以外やってない
超有名神ゲー
3人の操作可能キャラはそれぞれメチャクチャ個性的で特にトレバーがお気に入り、ゲスカスサイコ薬中おじさんなんだが、ストーリー進めてくと愛着が湧いてくる。
細かい小ネタとかキャラが立ってて面白いストーリーなんで時間があってやるゲームに迷ってるならぜひ買ってみてほしい
・middle earth shadow of war 50時間
ロード・オブ・ザ・リングの舞台で、野伏せ(古語)として戦うアクションゲーム
このゲームの一番面白いところは、敵を洗脳出来るところ、敵のオーク将軍を洗脳して地域を制圧したり、スパイとして敵の城に送り込むことで城攻めのタイミングで裏切らせたり、別のオーク将軍を攻撃させレベルを上げてから殺したりと、邪悪な楽しみ方が沢山ある。
俺の拙い説明では面白さが伝わらないと思うので、興味があったらちゃんとしたレビューを見てほしい。
前作Shadow of mordorも面白かったが、Shadow of warのほうが面白いのでわざわざ前のやつからやらなくても良いと思う。
ステルスあり、アクションあり、探索あり、謎解きすこしな神ゲー
4作品あって混乱するかもしれないが、発売順にやっていくのが一番良いと思う。
※追記
Switchをディスってるつもりはなくて、Switchはみんなでワイワイやるのに緩めの面白いゲームがたくさんあって、どうしてもそっち系のゲームばっかりやってしまってる。
・オーバークック2
友達や家族とやると、それぞれの情報処理能力やらなんやらが色々見れて面白い
4人でやるとパーティーゲーとして遊べるし、2人でステージの3段階評価で3を目指すとなかなかいい感じに効率化を求められるので面白い
ジョイコン4つかコントローラー2つでストーリーを2人プレイ出来る
探索要素と非ゲーマーでも楽しめる難易度なので、彼女とかにルイージを操作してもらって、自分はグーイージ(カービィで言うヘルパー的なもの)を操作して楽しむのが良いと思う。
各フロアごとにある宝石やテレサの探索、謎解きなどもあってかなり楽しく遊べる。
・ゼルダBoW
リーバルちゃんのツンデレも可愛いけど、ダルケルの男らしい感じもかっこいい、ミファーは可愛いしウルボザの姉御もかっこいい
チュートリアルのフィールドがめちゃくちゃ広いと思ったら、全体マップはもっと広くて感動する
まだやってないなら早めにやってほしい
・ポケモン剣盾
経験値と努力値が手持ち全部のポケモンに入るシステムや、空を飛ぶ波乗りのためにポケモンを手持ちに入れなくていいという画期的システムにより、道中のストレスなどがかなりなくなっている
何よりキャラクターが良い、チャンピオンやジムリーダーたちがメチャクチャ「大人」って感じでかっこいいし、ライバルや主人公と同年代のキャラ達は若いエネルギーがあってエモい、カブさんがかっこいいオジサンすぎるし、ポップくんはいい子だし、ビートは最初ウザいのに後半憎めない奴に見えるし、メロンさんはエロい。
800時間やってたスト5を捨てて最近はスマブラオン対戦しかしてない
4人でやったらもちろん神ゲーで、いろんな遊び方なんかもあって楽しめすぎる
キャラ数がまず多い79体いる、だから見たことない意味不明な技で倒されたりする
バランスも良い、もちろん強キャラ弱キャラや相性もあるけど、どのキャラにもだいたい強いみたいなキャラがなくて、大体弱点がある
オン対戦は最初はボコボコにされるからレベル9CPUに負けないようになってから潜れ
4ヶ月位やっててまだVIP(上位だけが入れるマッチング)には入れてないんだけど、それでもめっちゃ楽しい
Switch持ってて格ゲーとか好きなら買ってやろうぜ、コントローラーは圧倒的にホリコンがおすすめ、間違っても安い無線コンとか買うな、俺は結局コントローラー3つ買う羽目になった
でもスマブラみたいなみんなでやったほうが楽しいゲームを一人でシコシコしてるやつは陰キャすぎるなと思う、でも楽しいんだもん。
※追記2回目
ブコメみたら「CSでも出てる」とか言ってる陰キャ多すぎて草、俺がSteamでシコシコやってるおすすめゲームとしか言っとらんだろ、友達にハブられる理由はそういうとこやぞ!
宇宙船のパーツごとにいろんな機能が設定されているので、攻撃する場所を選んで、敵の酸素供給を断って中身だけ殺したり、エネルギー供給を断って一方的に殴ったりと敵とどう戦うかだけでもいろんな戦略が会って面白い
宇宙船の種類や乗員の種類も複数あり、中立の宇宙船があったりでいろんな楽しみ方が出来る。
・HOTLINE MIAMI 5時間
Hydrogenは特に神
バレットタイムを使いバスローブを着た侍が失われた自分の過去を探すゲーム
バレットタイムで銃弾を跳ね返したり、スピード感のあるアクションが楽しめる
タイムアタックモードなんかもあって、好きな人は無限にやり込めそう、ボリューム自体はそんなにない
操作感が素直でスタイリッシュなので、うまくステージをクリアすると気持ちがええんじゃ!
・Magicka 8時間
8種類の魔法の組み合わせとそれを「自分に使う」「武器にエンチャント」「発射」「周りに放出」で選んで使わないといけない、慣れるまでは混乱してヤバイ
濡れてる時に電気の魔法を使おうとすると感電してダメージを受けるので、一度炎の魔法を自分にかけて乾かさないと使えないとかもあって、ギミックが面白い
そしてマルチプレイが面白い、FF有りなので電気を使おうとしてる味方に水を掛けることはもちろん、普通に攻撃をぶっぱなしてあの世に送ることも出来る、神ゲーである。
・keep talking nobody dies 6時間
マニュアルを読む側と時限爆弾を操作する側に分かれて爆弾を解除するゲーム
マニュアル側は爆弾を見ないで、爆弾側はマニュアルを見ないで会話だけで爆弾の情報をやり取りして解除をしなければならない。
マニュアルもいやらしい作りで、わざとマニュアル側が説明ミスするように出来ている、まるで実際のマニュアルのようである
これ。
どの役も同じように流して演じてるのを見ると激萎えする。
どの役も、きちんと演じてるかと言えば演じてるけれど、どの役も似たような演技で、正直役作りしてるとは思えない。
適当な演技というか、流してる演技。
「ああ、うまいなあ」とか「心を打たれた」という演技があんまりない。
明らかに自分の癖をそのままに、役作りもいい加減で、どの役も同じような流したような演技で、そこだけ浮いてることが結構ある。
「流してるなあ」と思うことがよくある。
今までの財産を切り売りして食ってるような演技。
きちんと苦しんでる若手の演技のほうが、熱があって、ずっと好感が持てる。
最近の声優は演技がなってないとか、若手とか志望者の姿勢がどうのというよりも、まず大御所声優の演技のほうが残念に思うケースが多い。
どうなんでしょうね。
追記 別に声を変えろとか言ってる訳じゃない。演技の幅がどうとか言うつもりもない。ただ、若手、中堅の方が上手かったり工夫してるのに対して、浮いてることがあるって話をしてます。
追記の追記 こんな内容で名前出したら個人に対する誹謗でしかないだろ。増田なんだから名前出せとかいうやつ、どんなもの食ったらそういう思想に行きつくんだ?
40代も半ばに入る。
若い頃は、就職できないのも低所得なのも自己責任だとなじられ、中年になれば親の介護によって、人生失いそうな危機が迫る。
間の悪い時期に生まれた運のなさと言えばそれまでだが、もうなんかいろいろ酷くて泣けてくる。
…実はものすごく辛い。ここ20年、ずーっとその気持ちを抱えてきた。
なのに、涙さえ出ない。
泣くこともできないので、自分の心の中で、いろいろな苦しみが渦巻いたままになっている。
大人になっていたから、どちらに付く・付かないみたいなこともなく、便宜上、持ち家の父と暮らしていた(5年後には家でたけど)。
この時失ったものは
今でも忘れられない。
真冬の雪の降る夜。
突然、発熱が始まって、家には解熱剤がなかった。
車通勤していた父が帰宅したので、具合が悪いので近くのスーパーに連れて行って欲しいと頼んだが、テレビを見たまま無視。
仕方ないので、40度近い状態で、雪の降る中、徒歩でスーパーに向かった。
通常なら、往復20分くらいで済む道のりだったのだが、体調が悪く、途中で足を取られて転んで動けなくなった。
田舎だったので、人も車の通りもなく、道路にひっくり返ったまま、夜空から静かに降る雪を見ていた。
痛みと具合の悪さでしばらく動けなかったので、家に戻ってくるまで1時間以上かかってしまった。
もちろん、体調が悪化したのは言うまでもない。
父から心無い仕打ちをされたのはこれだけではないが、去年、そんな父が倒れた。脳梗塞だった。
今は離れて暮らしているため、こちらに連絡が来たのは病院に搬送されてから1週間経っていた。
当初は軽く済んでいたものの、治療を行なった後に脳内出血を起こして症状が悪化。
私は兄弟姉妹もおらず、父方の親族も亡くなっているか音信不通だったので、自分一人でどうにかせねばならなかった。
父の親族と母はあまりうまく行っておらず、赤ん坊の私が入院した時の揉め事をきっかけに、ほぼ行き来がなくなっていた。
祖父母が亡くなった時にお葬式をしたので、2度ほど会ったことがあるのだが、母はもちろん、唯一の直系の孫である私も、親の目がないところでいじめられた。
当時、私は小学生だったのだが、いい歳したジジババが寄る辺ない小学生をいじめるという、なかなかシュールな状況だったよ。
そんなこんなで父方の親族は音信不通。確実に生存しているいとこの存在も知っていたが、私自身が名前を覚えていない…。 そのくらい馴染みがない。
父は定年時に多額の退職金をもらっていたのに、気がつけば年金でかつかつの生活をしていた。
資産も貯蓄もないので、病院費用をどうしようかと思ったが、ソーシャルワーカーさんのあたりが良かったのか、病院が用意している制度を利用する事ができ、無料で治療と入院をする事ができた。
これはもう、運が良かったとしか言いようがないが、共産系の病院だったので、後日、メモ用紙の裏を見て仰天する事になったけど…まあ、貧乏人としてはありがたい対応を受けたし、看護師さんが、皆さん明るくて優しい人ばかりだったので、搬送先が市外だったのは驚いたが、運が良かったと思う。
1.5ヶ月〜2ヶ月ごとに4、5日の有休を取って、帰っては病院やら役所やらを行ったり来たりしたので、金銭・体力的にかなりしんどかった。
以前は持ち家だったのだが、数年前に支払いきれずに手放してしまっていたので、泊まるところもない。
医療費はかからなかったが、私の移動費や宿泊費、田舎なのでタクシーもバンバン使ったので、かなりの諭吉さんとさよならした。
そのうち、一人暮らしには戻れない事が確定したので、部屋や車の処分もせねばならず、また諭吉さんは消えていく…。
また、持ち家の負債が残っていたので、月々細々と返済していたのだが、手動で振り込んでいたらしく、ばんばん督促がくる。
曰く「資産を差し押さえ」するだの、不穏な文字が連なるアレだ。
一時期、意思疎通が全くできなくなっていたので、振込先がわからない。
先方に確認しようとしても、個人情報保護で、本人が「子供に教えても良い」と意思表示しなければ教えられないの一点張り。
かくして、毎月定期的に不穏な督促状が送られてくる。
本人は錯乱していて、話ができない。
支払いたくても支払い先がわからないのに、督促状は送られてくる。
退院したらどうする。
賃貸どうやって片付ける?
お金は?
去年の年末、運良く施設に入所する事ができたが、そこに来るまで、毎日こんな感じだった。
そして、今も続いている。
次の施設をさがすために、数十件の施設に申し込みをしたが、待機人数を見ると数年単位の勝負になりそうだ。
もちろん、その間も真面目に仕事もしていた。
それでも。
ひとつだけ、無理やりいいところを見つけるとすれば。
両親が離婚した時、母方の親族とは音信不通になってしまったのだが、父が倒れたことを知って20年以上ぶりに連絡をくれたことである。
子供の頃は行き来をした親族だったので、私を心配して車を出してくれたり、お見舞金やお小遣いをくれた(お小遣いをもらう年齢じゃないんだが、「おじさんには内緒ね。取っておきなさい」と叔母がにぎらせてくれた)。
私は免許を持っていないので、車の移動や売買も、この親族が手伝ってくれた。
この時さ。本当にありがたかったんだよ。
父方はあてにしていなかったけど、母方の親族とは、私が子供自分は行き来もあって、色々助けてくれていた。
母方の親族がいてくれればな、って思ったことは過去に何回もあるけど、母の離婚によって、かなり長い間、音信不通になっていたのだ。
実際に手伝ってくれなくても良かったし、お見舞金もお小遣いもいらなかった。
離婚した母親も心配はしてくれたのだが、父への不満が大きいのか、「なぜお金を貯めておかなかったのだろう」と私に文句を言う。
私に言われても非常に困るのだが、ともかく父への不満を口にする。
私だってそう思ってるが、言ったところでお金は出てこないし、過ぎてしまってしまったものに文句を言っても虚しくなるだけだ。
父親の肩を持つわけじゃないが、こちらも疲れているので、私に文句を言うのはやめて欲しかった。
だからこそ、深い事情を知らないためか、そういった話をしない親族の存在はありがたかった。
ただ、私を助けてくれる人たちだと感じられたからだ。
母親は年を経るごとに文句を言うようになり、父はもともと助けてはくれないし(他人は助けるけど)、今は病気のため正常な判断ができなくなっている(私の職業も知っていたはずなのに、いつの間にか、看護師かホテルの従業員という、共通点がまるでないものにすり替わっていた)。
教育を授けてくれた親とはいえ、連絡をとったり、会うたびに精神力を削がれ、正直、かなり会いたくなかった。
その証拠にと言うか、10年くらいは父と会っていなかったし、母とも数年間連絡を取ってなかった。
大人になってから、親から助けてもらったことは一度もない。精神的にも金銭的にも。
就職氷河期だったので、新卒で入った会社は、正社員で入社したにも関わらず、景気が悪いだの何なのと理由をつけて、正社員になるまで3年近くかかった。
最終的に正社員になれたのも、その会社で一番大きいクライアントの担当になっていたからだ。退職してやる!って喧嘩になったが、結局、会社が正社員にすることで、一旦収まった(そして1年半後に辞めたw)
時給700円。手取りはいい時で13万円、悪ければ10万円を切る。だから、すごい貧乏だったんだよね。
それでも、当時は実家暮らしだったので、家賃がないだけマシだった。
いつ解雇されるかわからないので、かなり頑張って貯金していた。月10万とか。今考えればよくやってたよ。
そういう貧乏していたけど、親にお金を借りたことはない。お金がなければ、食べ物切りつめたり、買いたいもの控えたりした。
パジャマもシーツもビリビリに破けていたけど、買うお金なくて、そのまま使ってたことあるしw
半分くらいは返ってきたけど、全額は戻ってこなかった。
他人の家を見れば、子供を助けてくれる親も多いのになあ…周囲はそんな人が多いのに、なぜ自分は違うのだろうって思ったよ。
隣の芝生は青いだけなんだろうけど、大人になってから、頼る人はまったくいなく、しかし自分が苦境になった時に限って、親が頼ってくるという最悪パターンが多かった。
「鬱になっている暇はない。助けてくれる人は誰もいない。自分が自分を助けずして、誰が助けると言うのか」
そう思って、歯を食いしばって頑張った。
暗くなる心を奮い立たせて、仕事では、いつもニコニコ平常心でいるようにした。
苦しいのは自分だけじゃない、自分以上に苦しい人はたくさんいる。
就職氷河期で、理不尽な書類選考や面接があり、圧迫面接なんて当たり前だったけど、まだ頑張れる!まだマシだ!って思ってやってきた。
そこでくじけてしまったら、自分に意地悪を仕掛けてくる人に負ける事になるから。
自分は、運良く困窮するところまではいかなかったけど、そんなのは薄皮一枚の差で、周囲を見渡せば、誰よりも努力をしていたのに、ほんの少しの運に恵まれず、望みを叶えられなかった人がたくさんいる。
どちらかといえば、望みを叶える事ができた自分は、頑張る義務もあると思うんだ。
私が今いるポジションは、努力しても叶わなかった人たちが欲しかった椅子だろうから…。
去年はそんな感じでプライベートがゴタゴタだった。諭吉さんがたくさん旅立ったのも痛すぎて死にそうだった。
プライベートだけならまだよかったが、職場でもゴタゴタが数年続いている。
どうしたことか。
会社初の女性管理職になる羽目になり、その上、同じ役職の中でも数人しかなれないポジションにいる。
本当は管理職になりたくなくて、自己評価を下げまくっていたのだが、管理職じゃないのに管理職と同じ権限を持たされるようになり、会社の制度上、色々不都合ありまくりだったので、仕方なく管理職になった。
はっきりいえば、部長は自分の使いっ走りが欲しかったんだろうな。
なぜ、管理職になりたくなかったのか。
私自身、その部署には配属されたくなかったし、好きな部署があれば、どこでも受け入れると言われていた。
ただ、どの部署も引き取らない部下がいて、私のバーターとしてなら受け入れると言ったのが、唯一その部署だけだったのだ。
部下の名誉のために言っておくけど、仕事ができなかったわけじゃない。
実務経験を積ませなかったのはオマエらなのに、配属拒否とかいい身分だよね。
普通に経験積ませれば、仕事ができるようになる人材だった。物覚えも良かったし、キラリと光るセンスもあった。
配属部署がなければ宙ぶらりんになる。いろいろな不利益も生じる。
本人に落ち度もないのに、そんな立場に落とすわけにはいかない。
自分が新卒だった頃、不当に扱われ、嫌な目にたくさんあった。けれど、周りは助けてくれなかった。優しい言葉をかける上司は日和見主義者で敵だった。
予想通り…というか予想以上にごちゃごちゃで、管理職として配属された最初の仕事が、部下に突き上げ食らってノイローゼ寸前のリーダーとの面談たっだ。
そして、それは今でも続いている。
この部署は、売上だけはいいので、若手の頃から野放図になっていたところがある。
そのため、メンバーはかなりスポイルされていて、私から見るとわがままな奴ばかりだ。
同じ社内で、クライアントに苦労させられている社員が数多くいるのに、その社員らを無視して、自分の意見を無理やり通そうとする。
自分は就職氷河期世代で、上からガッツリ押さえ込まれる割に、仕事のノウハウは何も教えてくれない環境にいた。
まともな教育もせず、仕事ができなければ、信じられない方法で首を切られた。
きちんとした教育を用意され、言いたいことを言い、けれど会社に立場を保証され、守られている。
恵まれているのに、もっと福利厚生を拡充しろ、給料が安いだの評価が不当に低いだの文句ばかりだ。
うちの会社はパワハラやセクハラに敏感で、若手社員にストレスがかからないよう、特に管理職は言動に注意するよう指導されている。
そのためか、逆パワハラと呼ばれる状況に陥りやすく、守られた若手社員に突き上げられてリーダーが病む、ということが珍しくない。
とくにうちの部署には「ぜったい部下にしたくない」ナンバーワンの若者がおり、こいつが部署の癌になっている。
さすがに管理職にまで上がる人間は、下から突き上げられることがあっても負けないので、病むところまではいかない。
私も「絶対に部下にしたくない」ナンバーワンに逆ギレされて怒鳴られた事があるが、あまりにもわがままな言動すぎて「自分に甘く、素直に生きていると、本当に楽だよなあ」と思いながら右から左に受け流した。もちろん病まない。
その片鱗が見えると、メンバー個別に面談を設定しなければならず、かなりしんどい。
私は仕事に来ているのであって、お守りしに来ているのではないのだが…。
中年になった今、若手は守られるのに、自分は会社から「自分で頑張ってね」と言われる。
本当に、生まれた時期が悪かったよなあ。
2年上はベビーブームで子供の数が多く、受験も大変な世代だった。
私のころも余波があって、浪人中のベビーブーム世代との戦いがあったので、まあまあ大変だった。
悲しくて辛くて泣いたのはいつだったんだろう。
外も内も辛くて嫌なことばかり。
死にたいとは思わないけど、辛くて苦しくても涙も出ないから、逆に苦しいものが心の中に堆積する。
苦しい時に泣く事ができれば、発散する事ができるのにね。
頑張り過ぎて泣き方をわすれたのかもねー。
学生の時なんか、目じゃないほど頑張った。
不当な扱いにも耐え、戦った。
多分、就職氷河期世代の中では、恵まれている方だと思う。人によっては「勝ち組」って思うのかもしれない。負けてもいないが、勝ってもいないのにね。
でもさ。
プライベートも仕事も頑張るには、もう、息切れして動けないんだよ。
ばらばら書いたから、話が飛び飛びになってる。
支離滅裂なのは疲れているから。この苦しさを誰にも訴えてこなかったから。
これだけ頑張っても、誰からも認められないのが中年ってことなのかなあ。
自己責任を強く求められてきたけど、全然褒められないんだよね。
我々世代はそれが当たり前で、他は守られる世代ってことなんだろうか?
ほんと、運悪いよね。
「結局、多様性を認めるかどうかは、崇高な理念ではなく、コストとリターンの兼ね合いで決まる。」
https://blog.tinect.jp/?p=63446
「なぜ学校はワープロを受け入れない? - 「現実」に過適応していると未来が失われる」
http://mazmot.hatenablog.com/entry/2020/01/08/223755
あらかじめに言っておくと、自分は前者にはがっかりし、後者に肯定的である。
後者で「過適応」という言葉が出てくる。もともと人間には生存能力として環境に適応する力が備わっている。ところが、その適応が終わりに近づくと、それにつれて適応の必要はなくなっていく。そのような状態に長く居続けると適応能力そのものが失われてしまう。そして(不可避なことであるが)、ひとたび社会に変化が起これば、突然全く違う環境に放り出されるのだから、うまく適応できず、ハイさようなら、となる。人間、を組織や社会そのものに置き換えてもかまわない。『失敗の本質』なんかでも日本軍の敗戦理由として、こういったことが述べられている。
最適点からのずらし、つまり多様性の受容やらその他の変化やらのことだが、には不適応の注入(コストや不快感)が必然的に付随する(ああ、それが最適点の定義だ)。だが、それこそが柔軟性を保つためのストレッチであり筋トレなのである。これを常にしていないと関節の柔軟性や筋力が衰えてしまう。
短絡的な視点に立てば「コスト=悪」でしかないのだろう。前者のブログではそこまで断言はしていないが、それは話法に過ぎない。今を生きるビジネスの世界ではそれが「一次解」なのだろうし、「そう思う(安心した)」という旨のコメントも見られた(ブコメは批判が強かったが)。だが、社会は高度に複雑化し自明な解には限りがある。だから「より多くの自明な解が視野に入るようにするために、社会をどう変えていかなければならないか」という「二次解」の視点で社会に投資する必要がある。そういう視点が前者ブログには欠落していた。
日本の社会は惰性が強いから、「多様性は崇高だ」という論点だけからでは、問題の軽減にすら到達できそうにない。「二次解」の視点を持った政治・経済・言論でのリーダーシップ。それについていく側の同じ視点を共有したフォロワーシップ。これが、様々な多様性を含む社会変革を取捨選択しつつ実行し、現代の日本の閉塞感を打破するために必要なことだ。
私(シス女性・ヘテロ)にはFtMの親友がいる。これから、私から見たその親友について、彼と初めて出会ったときから順番に時系列で書いてみようと思う。
この記事を書こうと思ったのは、ツイッターやネットには、ジェンダーについていろんな意見が飛び交っているけれど、LGBT(この言い方は性自認と肉体の問題であるトランスを性志向の問題であるLGBと一緒くたにしていてあまり良い言い方ではないと思うが)の当事者とヘテロの人との関わりについて、ヘテロ側から書いた記事が少ないなあと思い、そういう視点からの話があったら何かしらの意義はあるかもしれないと思ったからである。
最初に断っておくが、私は「性別なんて結局関係なくて全ては人間同士の問題だ」といった浅はかな話を伝えたいわけではない。私の親友は現在進行形で社会のトランスジェンダーの人々への不理解・不寛容による様々な不利益を被っている。そのような不利益はなるべく早くこの世から無くすべきだし、そのためには多くの人々がジェンダーにまつわる問題を自分事として、リアルに考えられるようになることが必要である。そのために、この記事が少しでも世の中のジェンダーにまつわる問題を考える人の参考になったら幸いである。
↓以下自分語り↓
彼とは中学で出会ったけれど、初めて出会ったころからしばらくは彼はまだ「彼女」として生きていた。お堅い私立の女子校に入った割には少しやんちゃなタイプで、4月早々の初めて一緒に帰った日に寄り道禁止の校則を破って一人で新宿で電車を降りようとした私に、彼女は「面白そう!」と言って付いてきてくれた。
一緒に帰ってる子がいるのに勝手に寄り道しようとするところから察せられると思うが、当時の私は集団行動がとにかく苦手だった。あと、謎のプロフィールカードを回して(書くのが地味にめんどくさい)、趣味とか性格とかをやたらと自己開示して同じ雰囲気の人同士で固まっていく、女子特有のあの謎の雰囲気にも全然なじめなくて、あんまり友達ができてなかった。彼女は一緒にいても無理に私のことを聞き出したり、自分のことを話したりもしなくて、そういうサッパリしたところがすごく楽で私たちはすぐに意気投合した。
毎日一緒に新宿で降りてその日のノリで無意味にアルタとか世界堂とかを気が済むまで一緒にぶらついた。私は可愛いアクセとか服とかをよく買ったけど、彼女は最新のごついボールペンとか、銀粘土という私が知らない謎の粘土(それを使ってクロムハーツっぽいかっこいい系のシルバーアクセを作っていた)とかを買っていた。お金がない日はパックのジュースをコンビニで買って地元駅のベンチで座ってずっとだらだらどうでもいいことを喋っていた。彼女も私もあんまり家に帰りたくないタイプだったので、無意味に夜の9時くらいまでベンチで喋っていた記憶とかあるけど、何をしゃべっていたのか全然思い出せない。多分最近やったおすすめのゲームとかそういう他愛もないどうでもいい話をずっとしていたんだろうと思う。中二の頃は二人してゲーセン通いにハマって、大金をつぎ込んでハウスオブザデッドをラストまでクリアしたり(金の無駄すぎる)、夏休みを全てクイズマジックアカデミーに溶かしたりした。マジアカに関しては昔は1クレで2回遊べるような気前のいい設定のゲーセンが結構あって、二人で交互にお金を出すと1000円もかからずに一日中遊べた。答えるジャンルは彼女は理系学問と歴史の担当で、私はアニメゲーム芸能の担当だった。あと彼女はクレーンゲームを一度やると取れるまで諦められないという悪癖があり、月のお小遣いを一瞬で溶かしてどうでもいい景品を取ったりしていた。いつだったか、彼女がクレーンで私のために戦国BASARAの伊達政宗のフィギュアを取ってプレゼントしてくれた時はすごくうれしかった。
中学二年生できっちり中二病になった私が突然ロリータに目覚めてピンクのフリフリドレスを着だしたときも、「似合ってるしいいんじゃね」の一言でそれ以上特に何も突っ込んでこなくて、その雑さがかえって楽でありがたかった。
とまあとにかくこんな感じで彼女と遊ぶのはとても楽しかったけれど、仲良くなるにつれてだんだんと、そして確信的に、私は彼女が他の「女の子」とはどこかが違うということを感じつつあった。何が違うのかはまだはっきりとはわからなかったけど、とにかく彼女は他の女の子と何かが決定的に違っていて、そして、違っているからこそこんなに気が合うんだろうなあと漠然と思っていた。
中学二年の終わりごろのある日、彼女が急に長かった髪をバッサリ切って学校にやってきた。私服の服装も、ワンピースとカーディガンみたいな感じから、Tシャツにジーパンみたいな男の子っぽい服装に変えた。他の子は「すごい大胆にイメチェンしたね~!」とか言ってたけど、私は彼女のそれが「イメチェン」なんかじゃ絶対ないことが何となく分かっていた。自分の性別についてとか、そういう話を彼女としたことは無かったけど、その時は漠然と「多分彼女は本来の自分の姿に戻ろうとしてるいるんだろう」と思った。私がロリータを着だしたとき、「うちのお母さん宝塚とか好きだからさ、そういうの着て欲しそうにするんだけど、嫌なんだよね。」とポツリと言っていたことを、何となく思い出した。髪の毛は、お母さんはもったいないから切るのやめなよ!そんなに短くしたら男の子みたいだよ!って言って反対したらしいけど、自分で勝手に美容室に行って切ったと言っていた。「そっちのほうがしっくりくるじゃん!」って彼女に伝えた。
中三の頃から、お母さんとの折り合いが悪いとかで、彼女の元気がない日が多くなっていった。私はそういうことに無理に相談に乗ろうとするタイプじゃなかったし、彼女も多分それを望んでないだろうと思ったので、元気がない日はとりあえず一緒に遊んで、彼女が家に帰らずに済むようになるべく長い時間一緒にいるようにした。ジョナサンのドリンクバーで追い出されるまで粘って、彼女が授業を休んだ分を一緒に勉強したりした(完璧に教えられるほど私が頭が良くなかったのは申し訳なかった)。一緒に夜遅くまでいると彼女の携帯にお母さんからしょっちゅう電話がかかってきていたけど、そうなると彼女は携帯の電源を切っていた。確か彼女の携帯はストラップも何もついていない、青いシンプルなソニーのやつだった。
高校生になると、彼女はだんだんと学校に来なくなる日が増えた。学校になじめないとかそういうことじゃなくて、多分、彼女が「彼女」でいることが限界を迎えつつあったんだと思う。たまに学校に来られる日はむしろ楽しそうにしていたし、学校はすごく楽しい、全然嫌じゃないって言っていた。今にして思えば、女子校で性別が一つの空間だったから、自分が男の子に対する女の子だっていうことをことさらに考える必要が逆に無くて、彼女を苦しめる色んなものから解放される場所だったんだと思う。
けど、そういうことを彼女のお母さんはどうやら絶対にわかってくれないようだった。学校の先生も「何でいじめもないのに来ないんだ」って感じだったし、周りの大人は誰もかもが、何か彼女の根本的な何かを理解してなさそうだった。私もその時はまだはっきりと彼女の苦しみを理解できていたわけではないけど、ただの思春期の悩みとか親子関係のもつれとかではないだろうことはぼんやりと感じていたし、そして多分、私が彼女のことを根本的に救うことは出来ないだろうということを感じていて、何とも言えない気持ちになっていた。私にできることはただ今までと変わらず仲良くすることだけだよな~と思って努めてそうしようとしていたけど、先生とかに「〇〇さんと仲良くしてあげてね~」といかにも不登校の子のケア的な感じで言われるたびに、そんなことずっと昔からとっくにしとるわ!と白けた気持ちになった。
彼女は結局高二高三と結局ほとんど学校に来られなかった。私はアホなりに頑張って何とか大学に合格したけど、彼女はそんな調子だったから、何とか卒業はできたけど当然現役で受験するのは無理で浪人することになって、春休みに会ったときに予備校に通うことにしたと言っていた。大学に入ってからは私も忙しかったし、彼女も親と一緒にいるのが限界で一人暮らしを始めたりした関係で、初めて半年くらい会わない期間があった。その半年の間に、私は女子校を出て男という存在に実に小学校ぶりに接触し、この世界には男と女がいてそうやって社会が成り立っていることを久方ぶりに思い出した。何なら初めての彼氏まで出来た。
そんなある日、サークルの部室でスマブラでもみんなでやろっか~ってなったときに「ゲームとかやったことある?」って何気なく男の子に聞かれて、その瞬間、「ああ、「男の子」と「女の子」っていう、こういう感じの雰囲気、あったな」という感覚が自分の中に鮮烈に蘇ってくるのを感じた。私は小学校の頃からゲームが大好きで結構いろいろなソフトを遊んでいたけど、女の子でゲームが好きな子は小学校のクラスに一人もいなかった。男の子が新作ゲームの話で盛り上がって「今日俺んちで一緒にやろうぜ!」って言ってるのを聞いて、混ぜて欲しいなあって思っていたけど、何故か言えなかった。そういう小さいころほのかに感じていた違和感とさみしさが心の中にバーッと思い出されてきた。小学生までの私はずっと一人でゲームしていてすごくさみしかったし、一緒に気兼ねなくゲームしてくれる友達がいればいいのにな~ってずっと思っていた。だから、男だからとか女だからとか考えずにとりあえず一緒にゲーセンに通って、アホほどマジアカやれたのが、あんなに楽しかったんだなあってことがようやくしっくりきたのだった。
夏の終わりころ、「引っ越し終わったから会おうよ」って連絡が来て、家に遊びに行って半年ぶりに会った。一人暮らし始めたてだという部屋はめちゃくちゃ殺風景で、唯一あるデカめな本棚に河合塾とか駿台のテキストに混ざって横光三国志とかジョジョとかいろいろな漫画がたくさん詰まっていた。プレステがない事にちょっとがっかりしたが、「浪人してるので親に止められた」って言われてまあそりゃそうかって納得した。けれど、親に干渉されない空間で前よりだいぶ生き生きしているようで安心し、それからちょくちょくまた一緒に遊ぶようになった。
最近はよくそういう話もするけれど、どういうタイミングで性同一性障害とか、FtMとか、そういう話を彼から聞くようになったかを私は何故かはっきり覚えていない。大学生になってからだというのは覚えているが、はっきりとしたカムアウト的なことを受けたのがいつだったか、記憶があいまいなのである。もしかしたらそういうはっきりしたカムアウトも無くて、「男なんだよね~」「そっか、まあだろうね~」みたいな感じで、ダラダラ喋ってるときにノリで言われたのかもしれない。どのみち、私は大学に入って自分の中で「男」という概念を思い出した時点で、ああ、彼女はやっぱり完全に「男」だったなという確信を持っていた。肉体の上での性などどうでもよく、長年一緒にいて相手のことを知りつくした結果、彼女が「女」では絶対にないということが理性を超え出でて感覚レベルでしっくりくるものがあったのである。性別というものは全くもって不思議なものだなあと思う。とにかく、大学生になってからは私の中では彼女だったあいつは完全に「彼」になった。もっとも、私は中学生のころからきっと、もともと彼のことを特別に彼「女」とも思っていなかったけれど。
けれど、「彼」として彼と一緒に過ごすようになってから、私は何回か彼のことを配慮のない言葉で傷つけてしまったことがある。例えば、「久々にプールでも一緒に行かない?」って何気なく誘ったとき。中高のときは家も近かったし、ゲームの合間にたまに区民プールに一緒に行って泳いだりしていたのだ。彼は泳ぎがとてもうまかった。けど彼は「水着が着られないから行けないよ。もうずっとプール行ってないな。」って、ちょっと悲しそうな顔をして答えた。私は、ああそうか、まだ一緒の更衣室で着替えていたあの時も、彼はずっと気まずい思いを抱えて過ごしていたんだなあと思って、そういうことにひっそりと苦しみながら誰にも言わずにずっと耐えていたことを思い、ものすごくつらい気持ちになると同時に、無神経に誘ってしまって申し訳なく思った。あとは、彼が中高の共通の友人の結婚式に出るのを断ったと聞いて、行けばいいのに!って言ってしまったとき。なんで行かないのって聞いたら、まだオペしていないから男物のスーツを着て行って浮きたくないし、何より「女子校時代の友人」って言われるのがつらいって言われて、ああそうかごめん…と思った。私の結婚式はドレスコード何でもOKで、「昔からの超マブダチ」みたいな感じでぼんやり紹介するから来てよって言ったら、それは行くわと言ってくれてうれしかった。
とにかく女として見られることがつらいので、彼は大学生になってからは名前の漢字も男の子っぽい名前に名乗り変えて(予備校で事情を説明して対応してもらったらしい)、高校を出てからは基本的に男として過ごしていた。だから、予備校で知り合った友人に私を紹介してくれたときも「高校の友達だとだけ言っといて!どこの学校か聞かれたら適当にごまかすから」と私に言った。何でわざわざぼかすの?って聞いたら、女子校出身だってバレたくないから、ごめん!って言われて、なるほどそうか…と思い、私はよく分からない共学出身の人としてその彼の友人とよく遊ぶようになった(ちなみにその人はすごく理解のあるいい人だったので、最終的には彼がFtMで女子校出身ということもきちんとカムアウトしてすっきり過ごせるようになった)。
とにかく、彼と友人として共に過ごしていく中で、私は世の中がいかにトランスジェンダーに対して無関心で配慮が無いかということを、図らずも身に染みて思い知ることが出来た。私は元々ジェンダーに対してあまり意識が高くなかったけど、彼は大学に無事合格してからはそういうジェンダーにまつわる問題に取り組むサークルに入って、この社会が抱える色々な、特にトランスジェンダーに関する問題について、私に色々と教えてくれた。「病院で保険証出してあれ?みたいになるときマジ困るんだよね~ここばっかりは女っていうよりしょうがないけどでもやっぱ嫌なんだよね~」みたいな、彼の身近な問題から分かりやすく説明してくれて全然押しつけがましくないのが、彼らしくて良いなあとよく思う。
つい最近、彼が昔の話になったときに、「一度だけ学校の先生に『自分は男なんだ』と相談したけど、その時『言ってる意味が分からない』と言われて否定されてすごくつらかった。それから中高の時にはそういうことを言えなくなってしまった。けど、お前に自分が男なんだってことを言ったとき、『やっぱそっか、私にとって〇〇は〇〇で男でも女でも変わらないけど、今度から男って思っとくわ!』とあっさり言われたのが、すごく気楽で救われた。自分の性別について否定されるのはつらいけど、逆に気を遣われすぎるのもつらいから。」と彼に言われた。私はマジで思ったことをそのまま言っただけで意識してそう言ったわけではなかったけど、そう言ってもらえたのはすごくうれしかった。これからもずっと、大切な友人として、過ごせたらいいなあと思っているし、彼を取り巻くあらゆる不利益が一刻も早くなくなるよう祈り、自分ができることをやっていきたいと思っている。
教皇が女性の信者に掴まれた手を叩いて振りほどき憤怒の表情を見せたことに私は失望した。
ただそれにしてもあのような態度を取る必要があったのかと思う。
信者の誰もが教皇と言葉を交わすことができるわけでもないだろう。
教皇が自分のすぐ目の前を通る、その千載一遇の機会に腕を掴んででも訴えたいことが、
耳を傾けてほしいことがその信者にはあったのではないだろうか。
もちろん信者の誰もにそんなことをされては教皇の身がもたない。
そこでその信者の声に耳を傾けることはできないというのはわかる。
だが、教皇になにかを訴えたいその気持ちを汲んでやさしく微笑んで静かに腕をほどくことはできなったのだろうか。
私にはその教皇の態度と振る舞いが当たり前のことのようには思えなかった。
芸能人やスポーツ選手など有名人が熱心なファンに服や体の一部を掴まれるような光景はこれまで数多く見てきたが、
掴んできたファンの手を叩いてまで振りほどこうとするような姿はほとんど見た記憶がないからだ
彼らはビジネス上の都合でファンに逆らえず我慢しているだけで本当は腸が煮えくり返るような思いをしているかもしれない。
もし仮に彼らがファンの腕を教皇と同じように軽く叩いたとしても私はむしろ無礼なファンの方を非難したと思う。
しかしながら教皇は芸能人でも政治家でもないと”私は”思っている。
教理を体現すべき立場の聖職者の頂点が自らの生計のためにファンの無礼に耐える有名人未満の振る舞いに及んだことは私を深く失望させた。
教皇はすでにこの件で謝罪をしており、他の人々のように我慢できなくなることがよくあると釈明もしているが、
もしそれが人並みの寛容を持ち合わせていないということであれば、あなたはあなたが持ち合わせている徳にふさわしい立場に居るべきではないかと。
いかなる場合も弱者に対する慈愛と寛容の心だけは失ってほしくないと願っていただけだ。
本当にただそれだけ。
教皇だって人間だもの、つい手が出てしまうこともあるさ?そういう教皇がいいの?
私の理想は高すぎるのだろうか。
基本的に他人には親切にしようと心がけているので、初対面から数か月くらいまでは優しい人と認識されることが多い
別に優しいからそうしてるわけではなくて、「大抵の人間は親切にしてくれた他人に酷い態度を取ることに抵抗を覚える」という認識に基づいた行動だ
単純に自分にメリットがあるからそうしているだけであって、デメリットのほうが大きい時まで親切にしているわけではない
だから、時間が経つとだいたい「意外と冷たいね」と言われるし、それは別にいいんだけど、そのときに「本性はそんなんだったかー」と笑い飛ばしてくれる人と単純にがっかりする人と逆にこちらを責める人がいる
前者2パターンはともかく、最後のパターンが正直なところかなりイラっとする
別に初対面から態度を変えているわけでもないし、ほかの人と平等に親切にしているつもりだけど特別にやさしくしたつもりはさらさらないのだが、だいたい「そんな人だと思わなかったのに酷い」と怒られる
いや、そう思ったのはそっちの観察不足であってわたしのせいではなくね?
わたしは嘘をついたわけでもないし騙した覚えもない、「第一印象と実際は違った」ってだけの話で責められる覚えはない、恨むならおまえらの観察力のなさを恨めよと
じゃああれか、初対面からおまえらだけには親切ゼロで接するべきだったと?おまえら他人にそんな特別待遇取らせるほど大層な人間なの?
そもそも鋭い人は初手からわたしを優しいなんて言わない(「人間に興味がないよね」と言われたことはある、そんなこともないんだけど)
「星合の空」が直近で見たっていうのを差し引いてもマジモンのクソ、そもそも物語の体を成していない出来損ないだった。
増田が挙げてるクソアニメはちゃんと物語として成立してたし原作から変更されたからクソ認定というイチャモンだろ?星合の空の打ち切り漫画みたいな最終回に比べれば全然見れるわ。最後まで見て虚無感を味わったのは魔法戦争、艦これ、異世界スマホ、けものフレンズ2以来だ。
そして久しぶりに「あのね商法」という言葉を見た。最終回が間に合わなかったから後日放送しますというパターンも褒められたものじゃないけど、ちゃんとテレビで流すだけマシ。実は13話がありますとか言われても、どうせテレビではやらないだろうし絶対見ない。
監督の赤根和樹がインタビューでビッグマウス気味だったのにこれとかがっかり。ヤマカン、木村隆一に続く「実力が伴っていないのに口だけでかい監督」に勝手に認定させてもらった。
そしてエイトビットはコメット・ルシファーに続いてこれなのでツーアウト。どうするのねぇ?エイトビットショップとかやってる場合か?
あつかましい話。
たい焼きとか大判焼きの差し入れは大好物だし嬉しいんだけど普通のあんこが好きで期待して食べてみたらチョコだったとか白あんだったとかそういう案件がたまにある。
冷静に考えたらタダだし何の損もしてないんだけど喜びとがっかりの落差で何かすごく釈然としない気分になる。
なんでこの人は人に上げる食べ物にこの味を、このバージョンを選んでしまったんだろう?自分が好きなのかな?自分が好きな物は人も好きだと思ってるのかな?自分が好きで買ったけど食べきれないからお裾分けしてくれたのかな?メニューの先頭に載ってる一番の売れ筋を買うのを嫌がる理由とは?とか色々と考えてしまう。
最初から嫌いな物だったらここまでモヤモヤしないんだけど、下手に大好物の食べ物だから何か機会損失してしまったかのような錯覚に陥ってしまう。タダだし最初から損してないのだけど。
そんなわけで食べ物の差し入れは変な派生バリエーションに手を出さずに無難にデフォルトのドノーマルにしてくれたほうが広く喜ばれると思う。