「余命宣告」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 余命宣告とは

2019-02-02

最近映画は女が死んでばかりなのか検証してみた。

最近は女が死ぬことが売りの映画ばかり? 女はどうやって死ぬの? 年齢は? 性別は?

気になったので、日比谷のTOHOに現在かかっている映画で調べてみました!


○……確実に女が死ぬ 

△……女が死ぬっぽいけど断言はできない。あるいは過去に死んだ描写が入る。

✗……女が死なない。


七つの会議」✗ 予告観るかぎりおっさんしか出てこないので、死んだところでせいぜい香川照之だろう。

メリー・ポピンズリターンズ」✗ 女が空から降ってくるけど超人なので死なない。

フロントランナー」✗ むしろ女で男性政治家政治生命死ぬ

雪の華」○ 観てないけど余命宣告された女のラブストーリーなので死なないわけがない。

マスカレードホテル」○ 連続殺人なので女が二名ほど死ぬ

ボヘミアン・ラプソディ」✗ クイーン死ぬ

「十二人の死にたい子どもたち」△ 観てないから知らんけど、十二人も死にたい子どもがいれば一人は死ぬ女も出てくるはず!

サスペリア」○ 女が死にまくる。

映画刀剣乱舞」✗ 観客の女が死ぬ

ミスターガラス」✗ 女は死なないね。女は。

クリード 炎の宿敵」△ エイドリアン墓参りをするシーンがある。

がっこうぐらし!」○ ゾンビなので男女区別なく死ぬ メインキャラはどうだかしらん。

シュガーラッシュオンライン」✗ 死んだところでゲームキャラだしな

TAXi ダイヤモンドミッション」✗ よう知らんけど多分死なないやろ

多めに見積もって現在シネコンにかかっている映画の半数で女が死んでいます

映画業界死ぬ女以外で盛り上がりどころを作れないのでしょうか?

よんでいただきありがとうございました

2019-01-30

anond:20190130123311

グザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』の方が刺さった

主人公の設定は、ゲイ余命宣告を受けているそこそこ社会的成功している若手作家

自分の死期を伝える為に家族の住む片田舎12年振りに帰ったが・・・・・という話

ネタバレすると死期を告げることも家族和解することも出来ずに終わるが、

これでもあったか家族な方じゃねぇかな?って思った (あの後にワンチャンはありそう)

一方、映画ボヘミアン・ラプソディーは、

家族に拒絶されてなければ、家族に甘えられないということも特になかった

加えて、そこそこ成功どころか、世界的に成功もしているし、友人も恋人もいる

音楽は良かったけど、泣きどころは分からなかった

みんな泣いていて少し居心地が悪かった

2019-01-14

anond:20190114232552

死ぬことはないけど日常生活に支障をきたす持病を子供の頃から抱えてる

大変だな。

とはいえ死ぬことはないっていうのは余命宣告とかはされないって事で

ちょっとした無理ですぐ倒れて、ある程度成長するまでは何度も入退院をくり返してきた

やっぱ大変だな。

成長して入院の回数は減ったけど

それは無理をしないようにする術を覚えただけで病気改善したわけでもなく

いまだに少し無理すると倒れてしま

すげえ大変じゃん。

先日、年末年始の無理が祟ったのか随分久々に入院をした

マジか。

殊更に特別な無理をしたわけではない

そうなのか

医者が季節柄もあるだろうといっていた

ずっと見てくれている主治医家族自分自身

自分のことをどこかで そういう生き物 と認識していて

から仕方ないとどこかにある

そんな体で当然きちんとした仕事にはつけず、生活制限も多い

仕事制限つくとやっぱキツイよな

自分自分を「普通人間じゃない」って定義ちゃうのは辛いな。

という言い訳自分にしている自分死ぬほど嫌いだ

同じような状況でも頑張ってる人は五万といて

そういう人は自分みたいに病気言い訳にしやしない

もっと楽な状況の人も全然多いだろ

言い訳もある程度するんじゃないか

それに苦しみは本人だけのもので、他者比較するものではないと思うぞ。

自分を好きになりたい

だけどどうしても好きになれない

好き嫌い感情からコントロールはできないよな。

こんなこと絶対に言いたくないし、あまりにも失礼で考えなしで自己中心的発言になるけど

失礼とか考えなしとか、自分を貶めなくていいと思う。

吐いた言葉自分を縛る。

それでもいっそ余命のある病気だったら幾分良かったのにと思ってしま

それか、出来ることならそういう生き物じゃなくて、人間になりたかったなあ

自分人間に見えないかもしれないけど、俺にはお前が人間に見えるぞ。

まあ常々思うけど、「自尊心」がなくては人間人間らしく生きていけないな。

「僕はここにいていい」とか「帰る場所がある」とか「必要とされている」とかな。

最強なのは根拠もないのに自尊できるパーソナリティだな。

根拠のある自尊心根拠の部分が崩れたら詰むからな。

まあなんか、あるんじゃないか?意外と。世界は狭いようで広いしな。

死ぬことはないけど日常生活に支障をきたす持病を子供の頃から抱えてる

とはいえ死ぬことはないっていうのは余命宣告とかはされないって事で

ちょっとした無理ですぐ倒れて、ある程度成長するまでは何度も入退院をくり返してきた

成長して入院の回数は減ったけど

それは無理をしないようにする術を覚えただけで病気改善したわけでもなく

いまだに少し無理すると倒れてしま

先日、年末年始の無理が祟ったのか随分久々に入院をした

殊更に特別な無理をしたわけではない

医者が季節柄もあるだろうといっていた

ずっと見てくれている主治医家族自分自身

自分のことをどこかで そういう生き物 と認識していて

から仕方ないとどこかにある

そんな体で当然きちんとした仕事にはつけず、生活制限も多い


という言い訳自分にしている自分死ぬほど嫌いだ

同じような状況でも頑張ってる人は五万といて

そういう人は自分みたいに病気言い訳にしやしない

自分を好きになりたい

だけどどうしても好きになれない

こんなこと絶対に言いたくないし、あまりにも失礼で考えなしで自己中心的発言になるけど

それでもいっそ余命のある病気だったら幾分良かったのにと思ってしま

それか、出来ることならそういう生き物じゃなくて、人間になりたかったなあ

2018-12-13

anond:20181213140719

最近余命宣告とかしないし

逆だよ、昔は本人に宣告しないのが普通だったけど、今は患者知る権利って事で増えてる

亡くなる前に身辺整理とかしたいだろうし、宣告出れば下り保険も多いしね

anond:20181213140247

がせじゃないか

最近余命宣告とかしないし

まぁ「運が悪いと半年で亡くなる事もあります」を余命半年と受け取ったのかもな

2018-12-12

ぼくは希望が持てない

本やテレビ世界では、今日希望戦士絶望と戦っている。

希望絶望を打ち倒し、世界平和が訪れる。

よくある話だ。

人々は希望に惹かれ、絶望嫌悪する。

それがこの世界セオリーだ。

数々の希望の話を見ながら、ぼくは輝かしいと思うと同時に、いつも少しだけ、

ほんの少しだけ恐怖していた。

ぼくは希望が持てない

ぼくはごく一般的な、平和家族の元に生まれた。

優しい父と母に守られ、愛されてきた。

絵に描いたような幸せ家族だ。

ぼくは父と母が好きであるし、家族になんの不満もなかった。

友達にも恵まれていた。

幼少期は少しいじめられたりもしたものの、人との関わり方を覚え、そのいじめっ子とも仲良くなれたほどだった。

というのも、ぼくがいじめられたと思っていたことも、その子に言わせてみればじゃれ合いの範疇だったことがのちにわかたからだ。

ぼくの世界は、平和だった。

平和すぎるほどに平和だった。

そんな幸せ世界にいながら、ぼくはどうしてもフィクション世界の彼らのように、希望を持って生きることができなかった。

3日に一度、末期ガン余命宣告を受けたらと考える。

一週間に一度、隕石地球が滅んだらと考える。

そんな時、いつもぼくの心に表れるのは

羨望の念だった。

もしぼくが末期ガンになって、残り半年の命だったら?

きっと延命治療なんてしない。

できるだけ少ない苦痛の中で、放置していたゲームをやり切り、行きたい観光スポットに赴き、美味しいご飯を食べて、半年後に満足して死ぬ

不謹慎だが、こんなに幸せなことはないと思う。

もし、明日隕石地球が滅ぶなら?

皆が家族の元で最期ときを過ごそうとして、人がいなくなった渋谷スクランブル交差点に、堂々と大量のチョークを携えて立ち、地球最後落書きをしよう。

描き終わったら、地面に描いたでっかい落書き中央に寝転んで、そこから落ちてくる隕石を眺めながら昼寝でもしよう。

きっと最高に楽しい眠りにつけるだろう。

「終わり」について考えたときのぼくの中にあるのはいだって喜びだ。

きっとなんの脈絡もなく交通事故で死んだところで、明日の部屋の掃除をしなくても良くなることを喜ぶ自分がいるのだ。

明日が来ないこと、それこそが僕の救いだ。

だらだらと毎日が続いてしまったら、きっと放置していたゲームをやり切ることなく、行きたい観光スポットにも一生行かず、独り暮らし節約だけを考えた特に美味しくもないご飯を食べる生活が続く。

人の迷惑を一番に考え、スクランブル交差点で地面に落書きなんて絶対にできない。

「終わり」を考えると恐ろしいと、友人は言った。

隕石で、地震で、地球温暖化で、何かしらの大きな力で、無慈悲に人の今までの営みが消されていくのが恐ろしいと。

話を聞きながら、そうだねと相槌を打ちながら、人の営みが消されることに恐怖を覚えると言うことを、どうしても理解できずにいた。

人間は高度な文明を持ちすぎたせいで、自分地球上に生まれ動物ひとつだということを忘れがちである

動物」と「人」を分け、動物無意識に見下し下等生物だと思っている節がある。しかし、人間はただの動物に過ぎないと、神《ここでは生物支配できない天候、運命等を言う》になることはできないのだと、ぼくは常々思う。

しろ動物を超えてしまった何かになっていたのだとしたら、ぼくは僕の心臓が動いていることすら恐ろしく感じる。

たくさんの動物がこれまで絶滅してきた。隕石で、地震で、地球温暖化で。

人間がそれらの神の力によって死に絶えることが出来るなら、ぼくは人間が地上に存在して良い生き物であったと、やっと安心することができるだろう。

ぼくは、いずれ人間が滅ぶことを、心の底から望んでいる。

ぼくはきっと、希望戦士から見たら倒すべき思想を持っている人間だろう。

きっと倒されて光の力に圧倒され、希望を持てるようにされるのだろう。

でも僕は、希望を持つことが何よりも恐ろしいのだ。

希望を持った人が、その希望が続くと信じて、その希望が失われた時、その先にあるのは深い悲しみと絶望だろう。

でも、希望に触れた人が、いずれこの希望は消えると思っていたら、いざ本当に消えてしまったとき、たしかに悲しいけれど、心の準備ができていた分苦しまずに済む。

後ろ向きなことを言っていることは百も承知だ。

でも、これはぼくなりの心の防衛なのだ。期待せず、希望を持たず、諦める。

もちろん100%後ろ向きな訳ではないが、心のどこかで諦観を持っておく。

希望を持つということは体が浮いてしまうような漠然とした恐ろしさを感じる。

諦観を持っておくことで心に重石ができて、地に足を付けることができる。

「死」は、「終わり」は、僕にとってはエンドではなくフィニッシュだ。

終わりではなく完成なのだ

どうせならヨボヨボの状態でなく、現在の最高点でフィニッシュさせてしまいたい。

忘れじの 行く末までは 難ければ

今日を限りの 命ともがな

(「忘れない」と言ったあなた言葉最後まで変わらないのは難しいだろうから、私はその言葉を聞けた今日死んでしまいたい)

この和歌を歌ったのは儀同三司母という人であり、この歌は恋のうたであるが、ぼくはこの人の気持ちがよくわかる。

きっとこの人も、この幸福状態のまま自分人生を完成させてしまいたいと思ったのだろう。

希望を持つことは素晴らしい。それは同感だ。

ぼくも希望に憧れるし希望に向かって進む姿はかっこいいと思う。

しかし、ぼくがそれをやれと言われたら、きっと迷子の子ものように前に進むことができず立ち尽くしてしまうに違いない。

フィクション世界の悪役のように、人々を絶望に染めてやろうとは思わない。

でも、ぼくにとってぼくのネガティブ思考は、長年連れ添った相棒であり、ぼくの心を守ってくれた騎士でもある。

ぼくはきっと一生こいつを手放すことができない。

希望戦士にも悪役にもなれず、少しだけ希望に恐怖しながら、一般人として生きていくのだろう。

2018-11-20

anond:20181120084441

都市食って余命宣告された人が頭おかしくなるのを見ると鍛錬や研鑽で強い心が手に入るというのが詐欺師の甘言だとわかる

2018-11-14

余命宣告

徒歩圏内に住んでいる親戚の姉さんが余命1カ月って聞かされるのはしんどいね。

打つ手が無い、って医者が親だけ残して言った言葉を頑張るつもりの本人に伝えてないのがなんとも。

でもやっぱり自分が知らない所で「友達に伝えて今のうちに見舞いに来てもらったほうが…」「遠方の親せきに予定聞いて…」とか話されるのは嫌だな。

家族には言ってるけど自分の時は余命を伝えて欲しい。

まあ、いざとなったら想像とは違う心境になるのかもしれないけど、こればっかりはなってみないとわからいからな…。

はあ、いろいろ準備しとかないと…。

2018-10-09

anond:20181009143135

そもそも余命宣告なんて大体同じようなガンの人何十人かの平均とかその程度の大雑把さで大してあてになるもんでもない

2018-10-01

母が末期癌で余命宣告された

晴天の霹靂

寝耳に水。

うちの母は、ほぼ全ての知り合いから本当に元気ね〜って言われるくらいパワフル。

風邪も1年に1回ひくかひかないか

熱が出ても半日回復して夜には元気にご飯を作ってる。

そんな母親が気付いた時にはステージ4の末期ガンだってさ。

もちろんちゃんと定期的に健康診断もしてたし、直前の癌の検査でもなーんもひっかからなかった。

気付けたのは、定期健診で貧血が余りにも酷すぎるってお医者さんが精密検査に回してくれたから。

元々母は貧血持ちだったし、それ以外は血液検査もいたって正常。その時の担当医の方が違和感を持ってくれなかったら母は今頃治療する機会も無く亡くなってたかもしれない。

ステージだって聞かされた時、ステージとか4とか意味が分からなかったけど、ネットで色々と調べて5年も10年も生きられないんだって事を知った。

仕事から帰る電車の中でこらえきれずに泣いた。

それからすぐ治療が始まった。

順調に見えたけどあっという間に転移も見つかって、少し前に余命宣告を受けた。

母は、ディズニーランドが好き。

絶叫系とかは苦手だけど、パークの雰囲気が好きなんだってから家族みんなでよくディズニーに行ってた。

癌が発覚した後も体力的には全く問題無かったので泊まりで遊びに行ったりしてたし、今もクリスマスに一緒に行く約束をしてる。

ちょっと前に朝の報道番組で数年後にディズニーランドに新しいエリアが出来ますってニュースになってるのを見た。

ディズニーランドって数年後には新しく美女と野獣エリアが出来るんだって。楽しみだね!」

そう言えなかった。

数年後の話題を聞いた時真っ先に思ったのは、母は新しいディズニーランドを知らずに死んでいくんだって事だった。

その時、母の死をとてもリアルに感じた。

本当に死んじゃうんだって思った。

私、まだ孫の顔も見せられてない。って次にそう思った。

母は赤ちゃんとか小さい子が大好きで、私が結婚適齢期にさしかかってから孫の顔を見たいなーってたまに言ってた。

結婚しろとか押し付けがましく言うような母ではなかったけど、きっとこれから先の人生で叶えたい夢のひとつなんだろうなっていうのはなんとなく分かってた。

ちゃらんぽらんに生きてるから、きっと母は私の将来をすごく心配してる。

安心させてあげたいけど、結婚とか孫どころか彼氏さえ居なくて、残された時間的に母に孫を抱いてもらうのは無理だ。

この前出席した友達結婚式で、新婦手紙を読み上げる両親へのスピーチを聞きながら、私には出来ない事なんだって思って感動的な空間がすごく辛くかった。

私は母に何をしてあげられただろう。

何をしてあげられてるだろう。

余命宣告を受けた時、家族で、悲しんだり泣くのは全部終わった後にしよう。今泣いてても笑っててもどうせその時には同じだけ泣くんだから、せめて今は笑っていよう。そう約束した。

から、これを書いてる今もちょっと涙目になったりしてるけど、泣いてないよ。

でも、あまりにも母に出来ることが少なくて、あまりにも残された時間が少なくて、笑顔には中々なれなかったりする。

本当に、母がもう少しでいなくなっちゃうなんて嘘みたいだ。

どうしてもう少し早く発見出来なかったんだろう。

言われてみれば確かに数年前から坂を登るのがやたらしんどそうだったり、階段を登るのも辛そうだったりしてたのに。

ちっとも健康心配したことなんて無かった。

ただの貧血、ただの加齢による体力不足だと思ってた。

どうして本人の大丈夫って言葉鵜呑みにしたりしたんだろう。

でも、きっとあの時に戻っても気付いてあげられたりはしないんだろうな。

私達家族は、あなたがずっと元気でびっくりするくらい長生きするんだってどこか信じきっていたし、そう信じきってしまえるほど甘えてたから。

今も完璧にその甘えから脱せられてない私がいる。

だけど、母が亡くなるまでに、少しでも立派な人間になって、稼いだお金で美味しいもの食べたり遊んだりしてもらいたい。

私頑張るよ。頑張って生きるよ。

からウェディングドレス姿は見せられないと思うけど、安心して欲しいな。

母が寝たきりになる前に、ありったけのありがとうと、母からまれて良かったって大好きだって伝えようと思ってる。

恥ずかしいし、いよいよって感じがしてタイミングをとるのが難しいけどね。

伝えないと本当のことは伝わらないから。

それまでめいっぱい長生きして欲しいな。

2018-09-22

ガンで余命宣告を受けた人に海外任天堂が手を差し伸べる

スマブラの発売まで生きていられない」というつぶやきに馳せ参じた海外任天堂の行動力は敬意を表する。

デモ版であろうとも、家族と数時間プレイする事が出来た彼には一生の思い出になったろう。

これが日本だと、まずありえない。

日本任天堂はそこまでやらないし、第一金銭的なメリットしか考えていないからやらない。

任天堂に限らず、ゲームメーカーに限らず、日本大手企業はすべてそう。

海外任天堂のような行動力を発揮するのは小規模の企業のみ。

2018-09-03

私はドライですか

そうですか

父がガンになった。とは言っても高齢者によくある前立腺がんだ。

まだ小さいし転移リスクもすくない。

75を過ぎているので医者もそれほど選択を迫る様子もない。

体力的なことを考えると、外科手術で除去する選択はここ数年までだろう。

体の中に爆弾を抱えているよりとってしまえば気持ちも楽だ。

からわず除去を勧めた。

そこで口を挟んできたのは母親長男だ。

やれ切ると転移可能性が高い、年齢を考えると外科手術はするべきではない、他にもガンが小さくなる方法を周りからいたことがある、うんぬん。

いや、べつにそれでいいのだが。

わたし医者まで付き添って先生の話しを聞いてきた。

そのときに最悪の事態まで想定した上でだ。

家族を連れてこいと言われたときに他の誰も行こうとはしなかったではないか

余命宣告されたときに、父にかけるべき言葉まで用意してその席に臨んだのに。

それで医者と質疑を交わしながら今一番に取るべき選択として外科手術を選んだのだ。

それを今更なんだ。

どこで聞いてきたかもわからないような温泉名前をだして、奇跡の湯だとか言い始める始末。

せっかく父をある程度まで説得したのに、本人の気持ちが揺れ始めているじゃないか

おおよその余命、前立腺がんの5年生存率、転移可能性、そういったもの数字を並べて説明しても、命の重さは図れるものじゃないとか、手術して何かあったらどうするんだとか絵に描いたような言葉否定を繰り返すばかり。

その挙げ句に父の命を考えようとしないドライ人間だと言いいはじめた。

ああそうですか。わたしドライですか。数値出してどれが一番よいか考えることは父の命の大切さを考えてないというんですか。

余命宣告されたときに前向きになれる言葉を夜も寝られなくなりながら考えた人間ドライだと言うんですか。

だとしたら父を殺すのは情じゃないか

現実と向き合わず不安な父をいたずらにそそのかすことを欺瞞と言わずなんと言うのだ。

挙げ句に死んだ人間を見て自分たちは尽くしたと涙するんだろう。

そんなあなたちを冷めた目で見る自分ドライだというなら、そうさせているのは他ならぬあなたたちだ。

残念だが父の病気について自分が何かをしようとする気持ちはなくなってしまった。

旅行に連れて行ったり存命の兄弟にあわせてやったりするくらいしかできないが自分がやれることに後悔だけは残さないようにしよう。

2018-09-01

最近はてなブックマークネガティブ感情で溢れていてウンザリ

ねぇ、みんな、ちょっと聞いてくれないか

私は、かれこれ10年以上、はてなブックマークを眺めてきた。

眺め始めた頃は、スタートアップの苦労話や美談だったり、ノウハウテクノロジーの濃い話が、はてブを眺めればキャッチアップできた。

何か自分にとってプラスになるかもしれない情報へのリンクがあるかもしれないと思って毎日眺めてた。

最近はてブは、どちらかというと良い意味でも悪い意味でも技術臭さが消えて、より広く一般層にも受ける話題が人気のブックマークに載ることが多くなった気がする。

さらにいうと、インターネットネガティブ感情助長する様な話題特にランクインすることが多くなってきたなと感じる。

援助交際してた」とか、、、。

やはり、対面で目と目を合わせないで話し合うことのないネット上の話題は、匿名だったりネガティブ不安を煽るような話題が受けるのでしょうね。

いろんな意味炎上商法的な、人の感情必要以上に煽り注目を集める方法が定石なんだなと思う。

はてなダイアリー余命宣告されたし、時代も変わっていくのだなと、しみじみ感慨に耽る週末の独り言でした。

皆さん、よい週末をお過ごしください。

2018-06-22

3年という時間を父がどう使ったか

うちの父は高卒集団就職的な感じで今の土地にきて働いていたらしい。

ずっと工場で働いていた父は大学へ行きたかったらしく、今思えば大学行きを応援してくれる良い親だったのだと思う。

はいかなかったけど下二人は私大を出ている。

そんなこんなで相談されて自分も入っていたこともあって放送大学を薦めた。

から知ったことだがその時点で父は余命宣告をされていたらしい。

自主的に好きなものを選ぶシステムなので学期ごとに偏った選択可能で、それを見せてもらっては「ちょっと欲張り過ぎじゃね?」とか「お前こそ日和ったな」みたいなやりとりもしていた。

残念ながら所属センターが違ったのでスクーリングは別の場所だったので一度も一緒したことはない。

そんな父が専ら受けていた講座は英語関連で、英語を覚えて船旅をしたいと言っていた。

早くもなく遅くもなく淡々と履修していた父も色気はあったのかTOEIC試験を受けたりしてピークでは820点だったそうだ。

最初に受けた時は400点台だったそうなので、頑張ったといえよう。

そんな父も履修も進みあと少しというところで死んでしまった。

最近英語の読解に自信がついてきて船旅を考えたところで死んでしまった。

ただ、なんというかこれもうちの父らしいし、自分もそうなりそうだ。

目標を定め、マイペースで頑張るも7割くらいで力尽きる。

とてもありそうで抗いたいけど無理っぽいこの感じ。

自分的な目標Steam積みゲー消化、今から頑張ってはいるけれどどうも無理そうな気もする。

それでも7割くらいはできるといいな。

2018-02-18

anond:20180218135459

余命宣告されたら重み減るの?

という混ぜっ返しはともかく影響期間の違いは定期的な選挙公平性を押さえてる解釈いいんじゃないかなぁ

投票に関しては現状画期的な何かよりもまず投票率上げろって話だと思う

2018-02-08

なんとなく自分平均寿命まで生きるだろうあと思ってたけど

そんな保障ないという思いがなぜか急に頭に強く出てきた。

なんでだろ?

精神的な薬を飲んだわけでもない、宗教的な何かに触れたわけでもない、余命宣告されたわけでもないのに、

明日死ぬ可能性はゼロではない」という思いが急に強くなった。

真剣に生きようという思いがなぜかでてきた。

これから寝ようとしているのに、なぜか目が覚めてしまった。

2018-01-10

肺がん

たばこを一度も吸ったことがない人が肺がんになって、そのきっかけになったのが職場だったらしい。

原因は毎日受動喫煙させられるタバコのせいだってさ。

吸っている本人にとっては良いだろうけど、他人からすれば街中に殺人肯定している人がタバコを吸っているように見えるんだってね。

まぁ、煙たいのは事実だし煙が鬱陶しいのもあるし、正直喫煙コーナー以外からは出てこないでほしいくらい言いたい時もあるけど

殺人肯定しているというのは、いささか考えすぎだよね。

気持ちはわかるよ。吸ったこともないタバコのせいで肺がんになったら、そりゃ怒りや悲しみがわき起こってもおかしくはない。

結局、その肺がんの人は職場に対してタバコの軽減を要求したらしいんだけど、軽減って優しいな…と思ったよ。

怒り狂ってるならタバコ喫煙者死滅しろくらい言うと思うのに。

もう余命宣告されちゃったから、今更暴れても仕方ないってあきらめちゃったんだろうか。

2017-12-27

オーストラリア安楽死

 安楽死が認められるのは同州に住む18歳以上の末期患者で、6か月以内の余命宣告を受けている場合に限られる。余命1年以内とした当初の案は変更された。

 また安楽死希望の申し出があった場合患者が耐え難い痛みを抱えながらも健全精神状態かどうか、複数医師による診察が必要となる。



うーん外国人というより条件でNGだな

そもそもそれだったらヨーロッパでもやってるし

2017-12-22

チンポコの話を書いておくべきだと思った。

チンポコの話を書いておくべきだと思った。

突如としてチンポコニキビみたいなものができた。思春期中学生にできるみたいなやつが亜空間から誕生した。チンポコの左サイドだ。この位置ニキビができると空力的にまずい。性病か何かだろうと考えもしたが、感染経路サウナくらいしか思いつかない。不安だ。どうしても不安だ。

これがやはり普通ニキビで、おでこにできたニキビは想いニキビ、チンポコのは重いニキビ、とでも言えたら人生楽しいのだろうけど、とにかく不安だった。このままボコボコニキビが増殖していって最後にポンの顔が出てきたらどうしよう、泣きながら潰す羽目になったらどうしよう。夜も眠れなかった。結構寝た。

いきなり性病科の医師ハードルが高いと思った。渋谷辺りの首都高から見える「性病科」とちょっとホラーっぽいフォントの見える病院に行こうと思ったが、そのまま余命宣告とかされたら恥ずかしいし、なにより結構普通なことだったら恥ずかしい。

女の子同士は、「よしこおっぱいおおきいー」「もう!」と更衣室で性的な話に花が咲くかもしれないが、男同士はあまり「隆則、ちんぽこでかい」と揉みあったりはしない。他人のチンポコがどうなってるのかあずかり知らないところがある。

もし、結構日常的にちんぽこにニキビができるとしたら? 僕が知らないだけで当たり前であったとしたら、ただ性病科にちんぽこを見せつけに行っただけの人だ。「あれで自信あるのから見せに来たのかしら」などと婦長に笑われたら目も当てられない。

セミプロに見せたらどうだろうか。そう思った。早い話がピンサロだ。

ピンサロ女の子たちはもしかしたらチュロスよりチンポコを見ているかもしれない。もしこれが深刻な病ならすぐにでも異変に気が付くだろう。そしてサービス中止となり、僕はたたき出されるだろう。ただ、それは撤退ではない。敗走ではない。価値ある前進なのだ。そこで初めて病院に行く決意ができる。

侍はピンサロの前に立った。

固い決意とは裏腹にピンサロ看板ピンク色でぷよぷよしたフォントだった。今日私服デーらしい。

入店すると待合室みたいな場所に通された。何人か先客がいて、まるで死刑施行される前の人のようにうなだれて座ったいた。なぜだろうか、覇気がない。

全員が全員、チンポコニキビができたわけでもなかろうに、なんでピンサロの待合室はあんなにもバツが悪そうなのか。もっと快活にみんなでフットサルをするくらいに勢いでもいいんじゃないか。そう思う僕も、バツが悪そうに、バイク仲間が事故した時の病院待合室みたいな感覚で待った。

きっと誰もがチンポコニキビみたいなバツの悪さを抱えている。ピンサロに来るとはそういうことだ。誰もがここでは大人しくなるしかない。フットサルなんてとんでもない。

うんこがながれねえじゃないか!」

トイレから声がした。同時にドアを蹴破りそうな勢いでオッサンが飛び出してきた。マジックだったらすごくビックリするシーンだ。マジックじゃなくてもびっくりする。

ヘモグロビンの代わりにストロングゼロダブルシークワーサー)が流れていそうなオッサンウンコが流れないことに御立腹ですごい怒っていた。開け放たれたトイレからは禍々しいオーラが溢れ出していた。

謝るピンサロボーイに、しゅぽしゅぽやるやつ持って駆けつけるピンサロボーイ、一通り暴れたオッサンは「ゲンが悪いから帰るわ」と吐き捨てて帰っていった。お金と割引券を返却してもらってた。

僕はそんな彼を見て、チンポコニキビなんてなんて小さいことで悩んでいたんだろう、そう思った。ピンサロではなく病院に行くべきである。そう思った。なので僕も帰ることにした。返金はしてもらえなかった。

2017-12-18

日本家族制度は完全に崩壊したようだ

ガンになっても帰ってこない娘

↑のブコメトラバ地獄

俺がカナダで生まれ育ったからか家族に対する認識が違いすぎてびっくりだ

余命宣告されてる祖父の見舞いに顔を出さないのを当然だと考えてる人が多いらしい

嫌だからとか嫌いだからとか、行ったって病気が治るわけじゃないとかそいういう問題じゃない

家族の見舞いに行かないというのは、家族で支え合うという共同体しての役割放棄してるに等しい

家族を支えるから自分が困ったときには支えてもらえる

根源的には社会福祉の最小単位家族

これはどこの国に行っても変わらない

もう日本では家族は支え合わない

老人も障害者施設送り

社会福祉は国に全て押し付けられる

日本での社会福祉ってのは現代座敷牢ですか

これだけこの不義理肯定する意見が多いということはもう日本ではもうそれは終わりを迎えたようだ

結婚もやめ扶養もやめ

相続とかもいっそ無くしてしまえよ

そんなに家族を軽んじるなら

そして自分がそういう扱いを受ける立場になったときに気づくんだろうな

自分の過ちに

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