はてなキーワード: リハビリとは
https://anond.hatelabo.jp/20171008232016
趣味には逃げられた。友達は居ない。やることはあるが気がついたら時間が過ぎてやれてない。上っ面だけの目標はあるが、本当の目標は適当なキリギリス生活をなるだけ長く維持すること。
日々生きてると消耗品の補充は必要なので近所のホームセンターに行くと家族連れやカップルが目に付く。
カップルがいちゃいちゃしていたり普通にしていたりいがみ合っていたり、家族連れが子供とわいわいしていたり子供を野放しにしていたりガミガミやり合っていたりするのを見て、ほほえましくは思うもののどうしても自分の人生に関わり合いのあることに思えない。
「真っ当な人達のこと」みたいなイメージで自分を卑下しているんだけど、思い悩む時期も過ぎ、とうの昔に諦めた。
過去に異性にどうしようもなく好きになり、好意を伝えて付き合うことになったけど、結局長続きしなかった。
あれほど好きだったはずのその人と会うことが付き合うとなったその瞬間から負担に感じ始めた。
連絡する手段はいくらでもあったのにこちらから連絡する事は少なかった。
結局相手に「これ以上無理」と意思表示され「わかった」と反応して終わった。
誰にでもは無いかも知れないけど、そんなに珍しくない失敗だろうし、反省して次に向かえば良かったのかも知れないが、そこで自分は「自分は薄情だから人の時間を無駄にしないためにも他人と深く付き合うのは止めよう」と思ってしまった。
でも今は職場以外で誰とも関わり合いを持たなくても生きて行けてしまう世の中だ。
職場の人間関係を業務時間外まで引きずって無理矢理コミュニケーションするのは悪と断じられる時代だし、
趣味とまで行かなくても暇潰しはゴマンとあるし、ある程度の稼ぎさえあれば衣食住にも性処理にも困らない。
でも時間が経てば立つほど、孤独にどっぷり浸かってしまい脱出に時間がかかるようになっていく。
人と再び関わり合うには長いリハビリが必要だが、そんなリハビリに付き合ってもらえるような余裕のある人なんか居ない。
他人の家族やカップルを見てへこむって事は自分の中にまだ人とコミュニケーションしたいって欲求があるって事だと思う。
引きこもりを選択した俺には何が正解かはわからないけど、俺みたいになるのはほっといてもなれるんだから、それ以外の道を模索する猶予がまだあるんじゃないか?
まぁ、最悪失敗しても独居老人になって孤独死するのは自分なんだし自業自得じゃん?
なら、心が動くうちは足掻いてみた方が良いよ、というのが足掻くことから逃げた俺の意見。
1日800〜1000kcalくらい
ジムに行って走ること3回
6km、8km、9km
プロテイン導入
いつもどおり、初動は非常に硬い
多分筋力量が戻りきるまで体重は減らないどころか増えると思うんだけど仕方ないな
5年前のダイエット成功経験からすると、たぶん2週間あたりから一気に落ちる
ここが踏ん張りどころ
前回のように、初月11kg痩せたいが流石に無理か(あの時は週6で走ってたし)
さて、そろそろ食べないことにも慣れてきたし食事量減らしたいと思う
理想はプロテイン+おにぎり一個で1日500kcalくらいなんだけど
この領域はガチでひもじくなるのでツライというのは5年前に散々学んだ
できるかなじゃねえよ、やるんだよ
仕事が原因で病気になり、働けなくなり、ヘロヘロで専業主婦をしながら趣味とリハビリのために同人活動をするオタクです。
夫と話し合った結果、小遣いは1万円(ここから交際費や化粧品、服、生理用品、薬その他諸々を出す)。
イベント毎に夫から3万円を貸してをもらい、印刷費交通費スペース代差し入れ代etc.を支払い、イベントでの売上から3万を夫に返済するシステムだ。
欲しい人の手に必ず渡るように!と本を大目に刷っている人を実際に見たりツイッターのRTで知ると神様かな!?と思うと同時に、在庫を抱えるだけ本が刷れて保管できる余裕があるってすごい…と羨ましくなってしまった。
同人活動もオタク活動も一個人の趣味だから、完売した同人誌の再販をするのもしないのも本人の自由、推しのCDを買うのも買わないのも本人の自由、舞台のチケットを買うのも買わないのも本人の自由、公式に課金をするのもしないのも本人の自由である。
だが萌えると推しのCDは欲しいし、舞台観に行きたいし、課金もしたいし、友達と萌え語りをしたい…けれど月一万円の小遣いでは正直厳しい。
私は強欲なのだろうか?
その後友達とファミレスで萌え語りして電車賃含めたらお小遣いは大体消える。
その月は実家にも帰れないし友達とも会えないし下着も洗顔フォームも買えない。
洗顔フォームが買えないので最近はお風呂の石鹸で顔洗ってるんだけど乾燥して顔がかゆい。
お金があれば同人活動がしやすくなり、推しの理解を深めるために同じ推しの人と語れて、きっとハッピーな気持ちで原稿ができるかもしれない。
けど、そうでないかもしれない。
そんな不毛な思考をしているうちに親戚の結婚式で着るワンピースがなくて買うことになったのだが、今月は夏コミで出した赤字の補填のために小遣いを返済に回してしまったのでお金がない。
私がお金に換金できるものと言えば同人誌しかないので、泣く泣く現在活動しているジャンルの知り合いが出した同人誌を同人誌古書店に売った。
感想を送ろうと思ってた本が5冊ほどあって、迷ったけれど売った。
売ったお金でワンピースを買いたいが、長袖の服が2枚しかないので長袖の服がまず欲しい…。
結婚式、就活用スーツならあるから就活用スーツで行けないかなぁ…でも親戚の結婚式に就活用スーツなんかで行ったら確実にアウトだなぁ…。
話が逸れた。
お金がないので当分新刊はないしイベントも参加できません、ごめんなさい。
ちなみにピク◯ブにアップする作品を描くのと、本にする作品を描くのでは描く段階から心構え(?)違うので、オン専で同人活動をすれば良いのでは?と言われるかもしれないが違うのだ。
原稿期間中は情緒不安定になりやすく、泣きながら「出ない神本より出るクソ本、描き上げることが大事なんだ」と何度も唱えて描いた原稿。
そんな原稿が本になった時の感動。
友人や好きなサークルさんへ渡すためにデパ地下をウロウロして買った差し入れ。
差し入れの一つ一つに短いながらもカードにメッセージを書いて貼り付ける前日の夜。
イベント当日、知り合いと顔を合わせて元気?と挨拶をする時の嬉しさ。
好きなサークルさんに「これからも頑張ってください」という一言(大抵噛む)を言う時の緊張感。
グッときた本には感想を送り、会える人には手紙をしたためて次のイベントで渡す。
オン活動は描いたものにすぐ反応が来てそれはそれで楽しいのだけれど、上に書いたような経験はできない。
社会に馴染むリハビリで始めたとはいえ、オフの同人活動したいな〜〜!またあの幸せな時間を楽しみたいな〜〜!!でもお金がかかるんだよなぁ〜〜!!と、思ったところで、ある程度お金をかけないと趣味は楽しくないよね…?と思ったので書き留めておく。
自信を取り戻したかったら、SPIでも解いてみるといいと思う。
先日、中学の数学と高校の数学をやってみたのだけど、中学の数学が50点、高校の数学は60点くらいだった。
もちろん、方程式の解き方などは、高校の数学が中学の数学の上位互換なので、高校の数学が解ければ中学の数学は簡単に解けるが、中学数学独特の問題はまったく歯が立たない。
英語なんて、程度の語彙力がないと、受験勉強の入り口にも立てない。
真面目に授業を受けた中学生高校生は、ゆっくり6年間時間をかけて、語彙を増やしながら文法も耳も鍛えてきた。
それを、一足飛びに受験をなんとかしようとしても、耳が、脳が拒否する。
空耳アワーがいい例で、知らない語彙は脳が拒絶して、日本語の響きに聞こえてしまうくらいだ。
かといって、語彙を増やそうにも、1つの例文に一つしか新しい単語がないような例文では語彙力が増えないし、一つの例文に二つも三つも知らない単語が入ると脳が拒絶する。
友達の父親は脳梗塞を起こして、後遺症で半側空間無視の症状が出てる
まだ脳梗塞から三ヶ月で、退院直後、外には注意しなければならないことがたくさんある
血液を溶かす薬を6ミリ飲んでるから、絶対転ばないようにと医者から説明を受けたと言ってた
空間無視は自分の体にも当てはまって、無視するほうの体に明らかにぶち当たるような電柱とかがあっても避けられないらしく
激突なんかしたら命に関わるし、友達は神経をすり減らすと言ってた
私の働くショッピングモール(友父の通院するリハビリ病院のすぐ先にある)に友父のリハビリ用の衣料品を買いに来たとき、
モールの駐車場が縦長で、しかも駐車した人がモールまで歩くための歩行スペースが準備されてなかったから
友達は父親のことを考えて、車椅子の絵が書いてあるところに駐車した
友達はきちんと思いやり駐車場利用許可証ステッカーも取得していて、それをミラーにもかけていた
許可証のステッカーは京都府で発行していて、しかもきちんと手続きを踏んで必要と認められなければ発行されない
そこまでしっかりしてるからステッカーの利用期限まで設けられてる
でもショッピングモールは県をまたいでいて、思いやりステッカーのことを知らない人が多かった
利用者の多いモールだから、混み合う時間はいつも車椅子スペースも取り合いで、そこに外見上健康にしか見えない友達と友父が駐車したから、他の利用者と喧嘩になった
駐車場に常駐してる警備員が仲裁に入り、モールの責任者が呼び出された
警備員は仕事柄か思いやりステッカーのことは知ってたらしいけど
肝心の責任者がステッカーのことを知らずに、友父の利用を断ってしまった
しかも断った理由の一つに、病気や障害を表明するためのものがなかったから
友父は精神障害と身体障害の手帳が出てもおかしくない症状があるんだけど、手帳申請するためには最低でも発症時から半年経過しなければならず
さらに症状固定が確定しているということを、国が認めている資格を持つ医者に診断してもらって書いてもらわなければならない
でも、資格があれば必ず書いてもらえるわけではなく、資格があっても面倒くさい症状の人は医者が書きたがらなくて拒否されるらしい
加えて書ける医者はそんなに多くない
ステッカーがあるから、買い物ごときに個人情報がぎっしり書いてある診断書を持ち歩くわけもなく
友達と友父はせっかく来てくれたのに腹を立ててとんぼ返りしていった
警備員は立場上、責任者には逆らえないので、ステッカーのことを知りながら黙ってたらしい
友達からこんなことがあったとメールを貰ったあと、仕事辞める覚悟で責任者より上に伝えて上記諸々が発覚した
思いやりステッカーはユニバーサルデザインとして考案されたらしいけど、利用者にしか知名度が行き渡ってない現状にため息が出る
お客様の声を整理してたら、友達に難癖つけたお客からの投書が混じっていて、その中で友達を不正利用と決めつけて「本当に必要な人が使えない」と批判が書いてあった
後日、その返答を書いたのが責任者なんだけど、そこでも友達が不正利用していたことを前提として返答を書いていて神経を疑った
きっとこの投書をしたお客は今後もその駐車場を必要とする人から奪い続けるんだろうなと思うと腸が煮えくり返る
http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1497147367/694
という言葉があればいいのに。
憲法に宗教の自由(信教の自由)がある時点で、他のハラスメントのように問題にならないかもしれない。
ただ、家族が巻き込まれているので、どうすればいいのか困っている。
家族が巻き込まれていると書いたが、巻き込まれているのは主に私の母。
巻き込んでいるのも、また家族。
私の小学校入学時、A子さんが経営する会社に、引き抜きのような形で、母は務めることになった。
後で聞いた話によると、この頃からもうすでに、A子さんは新興宗教にハマっていた。
A子さんがその新興宗教を信仰していると母が知ったのは、私の父に病気が判明した時。
「もうあなたの名前は登録してるから。集まりに行ってお経を唱えれば、あなたの旦那さんも良くなるわ。」
A子さんが上司でも年上でもあることから、母もなかなか断れず、ふたりは宗教施設に出かけた。
それからも断れず、宗教施設や集まりに母は何度も連れて行かれた。
母が信じているのかはわからないが、
A子さんのように、親戚の名前を登録したり、宗教団体にお金を納めている。
いつの頃からか、私も一緒についてくるようにと言って、無理矢理連れて行かれた。
最初は何がなんだかわからず、それが宗教であるとも知らなかった。
「A子さんに報告しなきゃいけないし、お父さんが良くなるように一緒にお願いしよう。だから、ついてきて。」
そう言われ、何度も連れて行かれるようになった。
私は、何がなんだかわからないが、その場に行くことは、母にとっても良いことなんだろうと信じていた。
それが一転したのは、父が亡くなってからだった。
今まで、父のために祈っていたのは何だったのかと、考えるようになった。
母が、少ない給料から食費や自分の洋服代を削って、わずかなお金をかけて祈っていたのは、何だったのかと。
それから、その宗教施設に連れて行かれても、至る場所で目に入る金のかかった設備に、どうしてこんな所にいるんだと思うようになった。
その気持ちを、母に「もう行くのやめよう」という言葉でぶつけた。
しかし「A子さんと関係が悪くなれば、仕事に影響が出る。だから、行くのをやめることはできない。」と、母は言った。
それからも母は宗教の集まりに行くことを止められず、A子さんに予定を決められながら、今も行き続けている。
ただ、母が本当に、心の底から、その宗教を信仰しているのかはわからない。
その宗教の集まりに行きたくなくなったのは、そのほかにも原因はある。
A子さんには、旦那のB男さんがいる。
A子さんの家族が代々経営してきた会社で、B男さんは婿養子に入った。
他の女性の影もあったとか。
数年前、B男さんが脳梗塞で倒れたからだ。命に別状はなかったが、麻痺が残った状態である。
リハビリを受けながら、A子さんに支えてもらって生活しているらしい。
今まで『ありがとう』や『いただきます』を言わなかったが、今では言うようになった。
嫌な関係も清算できた。
きっと教祖様は見ていてくれたのだ。
確かに、旦那に愛想をつかれて、ほかに女性がいて、寂しかったのかもしれない。
それでも!
旦那が苦しんでいる、思うように体を動かせずにもどかしい、その状況を、感謝している?!?!
A子さんがどうしてこんなふうになったのか、どうしてそこまで宗教に感謝できるのか
と考えるようになった。
それから、その宗教からどんな救いがあったか、A子さんから聞かされても、頭に入れないようにしている。
もし母のように、
親戚や友達、同僚、上司などの親しい人から宗教を勧められたら…
その人に嫌われてもいいから、
仕事を辞める羽目になってもいい。
拒否する!!
だけど、一度考えてみてほしい。
そのせいで、自分の大切な人を巻き込んだり、自分で必死に稼いだ金や、ゆっくり休める日も手放してしまう。
そうして考えた時、まだ宗教のおかげだ!と思えることがあるなら、信仰し続けてもいいと思う。
と、私は思う。
※ただし※
宗教を信仰していても、みんながみんなA子さんのようだとは限らない。
宗教が悪だとは限らない。
ここまで書いて、宗教団体からのハラスメント『レリジャスハラスメント』なる言葉があることを知った。
詳しくは調べていただきたいが、私のケースとはまた違うだろうと思う。
A子さんが信仰している新興宗教も、別に嫌な団体だとは思わない(奉仕活動など、町に貢献している部分もあるらしい)。
多少、自分たちの金が、こんなに使われているのかとは思うが…。
とにかく、宗教には気をつけてって話、でした。
http://anond.hatelabo.jp/20170309180653
1ヶ月経ったところで、担当の医師からリハビリ状況について説明があった。なんか通信簿が2種類あるのだが、ほぼ最低点の17点だか19点だ。「なんとなく座れるようになったから」ということで一月で2点ほど上がっていたが、正直大して変わらない。
これを受ける前に介護認定の調査もあった。回答は2週間ほどで出ると言われたのだが1ヶ月ほどたった今もまだ来ていない。ただ医師からは「この状態なら間違いなく要介護5ですね」とは言われている。
で、リハビリ状況とともに脳の断面図も見せられた。案の定、左脳のほとんどは死んだそうだ。「ここまで死んでて、脳浮腫で死ななかったのは逆に奇跡ですね」と言われた。もう少し若ければ脳細胞が詰まっていて圧力がもろに来たのだろうけど、年寄りで脳細胞がスカスカだったから良かったのだろう、と言われた。言われてもどうしようもない。
今後の状況については、胃ろうを勧められた。経鼻チューブでは本人が外す危険があり動く左手を拘束する必要があるが、胃ろうにすればその心配がなく、転院(ただし次は病院ではなく特養になる)もしやすくなるというのだ。
このままのほうがいいんだけどなあ、とやんわり延命治療を断るつもりで答えたら「経鼻栄養では死にませんよ」と言われた。昔より流動食の性能が良くなっていて、栄養バランスも絶妙だというのだ。
胃ろうではQoLが良くなって死ににくくなるのであろうが、親族筋には反対している者もいる。経口で飯を食わせられる可能性がなくなると思っているのだ。
個人的にはその可能性はもうないと思っているが、やはりそれは言えない。
誰の手も借りず、うまいこと死んでもらう方法がないだろうか考えている。
特養は空きがないため入れる可能性が少なく、有料老人ホームは夫婦の年金を全て使っても足が出る。数ヶ月なら援助も可能だが、数年ならこちらが詰む。
先日、下記のブログ記事とその反応を見て、強い危機感を持ったので、ここに覚え書きを残しておきます。
(参照ブログ:俺ら就職氷河期世代ってもう忘れ去られたのかな (追記あり
http://anond.hatelabo.jp/20170422041028#tb)
就職氷河期世代当事者の悲鳴、落胆、それに対する多世代の反応、どれもが納得できました。
また、この記事に関して、『「トリアージ」される就職氷河期世代 参照:http://blogos.com/article/219419/』などの関連記事も興味深く読ませてもらいました。
何に危機感を覚えたのかというと、この就職氷河期世代の取り扱いと、日本経済の展望についての考察が抜け落ちているところです。
先のブログの筆者も、それに対する同世代、多世代の反応も、そして、関連記事を書かれた方も、いずれも「就職氷河期をこのまま社会から排除しても日本経済に影響しない」ことを前提にして考えていると思うのです。
確かに、たくさんの非正規雇用や低所得のままでいる就職氷河期世代を全て救うのは至難の業です。40代という転職などには難しい年齢になってしまっていることも承知しています。しかし、彼らを「助けられないものは仕方がない」として、このままにしておけば、それこそ日本経済が危機に瀕すると筆者は思っています。
何故か?
筆者は最近、医療予算が日に日に縮小していくのを、働きながら感じています。
恐らく国は、莫大な国の借金や減少する税収、保険料などとのバランスを取るために、医療予算も切り詰めるだけ切り詰めようとしているのだと思われます。
以前は社会的入院が問題になっていましたが、今はリハビリすらも削られるようになっており、これから検査、その他、諸々のものが削られていくのではないかと思います。
実は私は、その前振りのような話を、とあるセミナーで聞いたことがあります。
曰く、「日本の借金は遠くない将来、日本人の預貯金の総額を上回る。その時、日本の国債の信用が下がり、ギリシャと同じく破たんする。今から毎年増える医療費を抑える必要がある」と…。
これを聞いた時、私は「そうか、ずいぶん大変なことになっているんだな」くらいにしか思いませんでした。
しかし、最近、職場で思いがけないものがどんんどん削られていくのを見て、この話が現実のものになりつつあることを実感しています。
翻って、就職氷河期世代には将来の“生活保護予備軍”が多数いると考えられています。
これは、9年前、既に次の報告書で指摘されているいます。(参照:NIRA研究報告書 就職氷河期世代のきわどさhttp://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0ahUKEwjI492Rvs7TAhWKwLwKHUrSCg4QFggiMAA&url=http%3A%2F%2Fwww.nira.or.jp%2Fpdf%2F0801report.pdf&usg=AFQjCNHu6efnz9XIN2tD0Errx4MSnaNs-A)
この報告書によると、就職氷河期世代の多くが、このまま低所得のまま年齢を重ねた場合、200万人超の人々が生活保護を受給することになり、その額は年間17兆円を超える可能性があります。
私は経済は全くの門外漢ですが、日経新聞によると日本の2015年度の税収が約56兆円だったそうです。また、年間予算が90~100兆円だと思われます。
この税収、年間予算の中から毎年、毎年、17兆円超が低収入のまま生活保護を受給せざるを得なくなった就職氷河期世代に支出されることになるかもしれないのです。
さらに、どこで見たか覚えていませんが、その金額は20兆円になるのではないか、との試算もあるようです。
先に述べた通り、そして、多くの方がご存知の通り、日本の財政はひっ迫しています。
しかし、そのひっ迫した財政状況下で「助けられないものは仕方がない」として就職氷河期世代をこのままにしておけば、毎年17~20兆円のお金を税金から出さざるを得なくなる可能性が非常に高いのです。
そして、それは少なからず、日本が借金を返せなくなる日を早めることになるのではないかと思われるのです。
もし、そういう時が来たら、就職氷河期世代だけではなく、全ての世代が貧しい時代に突入するのではないかと思っています。
最近、このような問題にReutersなどの海外のメディアも関心を寄せて、記事にしているのがなんとも不気味に感じます。
(参照:ロイター日本『焦点:「パラサイト世帯」の高年齢化、日本社会のリスク要因に』http://jp.reuters.com/article/japan-parasite-idJPKBN17L06L、英語版『Life's illusions catching up with Japan's middle-aged 'parasite singles'』http://in.reuters.com/article/japan-ageing-singles-idINKBN17K2OQ)
つまり、現役世代が上の世代の年金を出している、ということです。
みなさんご存知の通り、現在は高齢者が多くなり、1人のお年寄りを3人くらいの現役世代でさせなければならなくなっています。
さらに、これからどんどん、支えなければならない高齢者の数が増えていきます。
数が多いと言われている団塊ジュニア(=就職氷河期世代でもあるのですが)ですら、その上の団塊世代の数には遠く及びません。
そして、就職氷河期に被ったが故に、本来であれば高齢者の年金の大きな支え手になるはずだった団塊ジュニアの所得は低いままです。
このような状況で、高齢者の社会保障を維持することができるのでしょうか…。
こう書くと、「じゃあ、なんで就職氷河期世代は働かないんだ?ちゃんと稼がないんだ?」とのお叱りを受けるかもしれません。
でも、今の社会制度や慣習の下では働けないんです。
先に指摘してくださった方がいるように、日本には厳しい年齢制限があるために、働こうとしても、40歳も過ぎると会社や組織などで新たに雇用してくれません。
いくら勉強しても、訓練しても、それらを生かすチャンスは与えられません。
運よく正社員になれても、「正社員歴が短い」ことを理由に、賃金は低いままです。
このような状況では、就職氷河期世代が上の世代に十分な年金を“送金”することはできません。
無い袖は振れないのです。
また、就職氷河期真っただ中の時には、フルタイムと同じように働いても厚生年金に加入させてくれない会社がたくさんありました。
厚生年金に入っていると見せかけて、実は会社が加入させてなかったケースもありました。
多くの非正規雇用者は国民年金に加入せざるを得ませんでしたが、賃金が低いために保険料を払えない人も少なくありませんでした。
そもそも、“送金”式の年金制度に入らせてもらえない人も多かったのです。
他の世代の人の中には「この世代は助けられない」と言う人がいます。
就職氷河期世代の人の中にも「我々はもう助からないから、下の世代にお金を使ってほしい」と言う人もいます。
他の世代がバブルのしわ寄せを就職氷河期世代が一身に背負うことを希望し、就職氷河期世代もそれで仕方ないと思っている節もあります。
もし、そんな制度を作って就職氷河期世代の人口を減らそうとしたら、国際社会から厳しい批判を浴びて、日本は先進国の仲間から脱落するでしょう。
すると、就職氷河期世代は寿命がくるまで生きることになりますが、低賃金のままでは生きていけないので、生活保護を頼ることになり、財政への負担が大きくなることは避けられません。
就職氷河期世代の当事者も、その他の世代の人も、「今は貧しいかもしれないけれど、いずれ彼らも正社員になり、たくさんの収入を得られるようになるだろう」と思ったでしょう。
でも、そうならなかった今、そしてどういう形であれ、寿命まで生き続けなければならない就職氷河期世代がたくさんある以上、あらゆる手段を使って彼らを“税金や年金をもらう側”から“税金や年金を払う側”にしていかないと、日本経済自体が立ち行かなくなるのではないかと思われるのです。
それはある意味、本当の意味でのバブルの清算とも言えるのではないかと筆者は思っています。
そして、このような文脈で『正社員化でも報われない氷河期世代の無間地獄
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/120200081/
』という記事に賛成する次第です。
平日週五で大学に通っている。一緒に住んでいる祖母は脳梗塞を一度患い、
言語に障害がある状態で比較的ボケてはいなかったのだけどボケも始まってきている。
一緒に住み始めてのころは買い物行ってきてーと言われて行ったりしてたんだけど、
しばらくして、ベッドから二・三歩のトイレまで歩けなくなり転倒をするほど悪化した。
体に異常があるのではなくて、日常的な運動が少なくて再発すると医師に言われたので、
家族でデイサービスを探して週五回(平日5日)運動するようにしようとみんなで決めた。
ただ、やはり週五回のリハビリは自由がかなりなくなってしまうので本人はかなり苦痛らしくしばしば休んでいた。
それでもなんとか週四回ぐらい行くように話をしていたし、退院してから治らないと嘆いているのを見ていられなくて、
本人は嫌がったんだけど良くならないと嘆いていたデイサービスのほうで
初めて下肢筋力がついてきたと報告されて効果が出始めたんだな…と思っていたし、本人にもそう話してはいた。
ただ、リハビリとデイサービスをこなすのは相当しんどいようでものすごい暴言を言われてしまった。
効果が出れば少しでも減らせると思ったのだが、話しても伝わらなくなっていった。
その後、言われたことに耐えられなくなってしまったので実家に戻った。
一ヶ月ほど自分が家を空けたがその時は週三回しか行かなかったみたいだった。
帰れと繰り返し言われたので、帰るからと言って準備をし、
これ以上はお互いのためにならないから一旦帰るねと冷静に伝えたが、
さっさと帰れという素振りを見せるだけで話を聞いてはくれなかった。
その後に母とデイサービスの視察にまた行き、細かくどれくらいの距離をやってるのかを記録して欲しいとお願いしにいったり、
風呂が狭くて嫌だと聞いていたので別の所に行けないか?と自分と母とケアマネージャーと話をしたりした。
その間も、しばらく帰らない方がお互いの関係のためでもあるし、自分の体は自分が一番わかっていて管理ができているというのが口癖だったので
しばらく経過を見ておこうと思っていたので二週間ほど戻らなかった。
その後、母と一緒に祖母の元に行く機会があったのだけど早く戻っておいでと言われた。
その時に、以前の暴言を言われたことを忘れられないのでもうしばらく戻らないと一度断ったが、
その時にお互いに尊重しよう、酷いことお互いに言わないようにしよう、週4回とりあえず行って少しずつ減らしていこうと話をした。
お互い納得の上生活してたんだけど、自分の大学が始まってバタバタし始めた。
帰ってきて行ってるかどうか忙しくて聞けなかった。
月曜日は行ったのだけど、こけてあざができたらしく火曜日、水曜日と休んでいたので
木曜日は行くように話をした。しかし、デイサービスの人が迎えに来なかった。
ヒステリックになりながら何故かわからないわたしが知りたいと言ったのだけど後々調べてみると
こけてあざができたから今週は行かないと電話をしていたというのを後で聞いた。
今まで、祖母に寝たきりになって欲しくないし、入院の時はずっと弱気なことを言っていたので入院もしないようにと思ってきた。
(血尿は入院していたときに一度だけで二度病院に車に乗せて行っている。
腎臓の石は年による小さいのがたくさんあって、直ちに問題はないとのことだった。)
と言って休み、それを言うとお前たちに言われたくないやここを往復している(狭い家の中を数回)と言うだけで全く聞いてくれなかった。
困り果てていたのですが、衰えを実感したのか話を聞いてくれる傾向が出てきていた。
そこで話をして母とも連携し、お風呂を変える、ヘルパー(家事をやってくれる家政婦さん)を週一回呼ぶという話が進み始めた。
その矢先に気が大きくなったのか私のことをグチグチと言ったり、行かないと駄目だよという言葉に反論しだしたりして正直困り果てている。
祖母に負担が大きいのは理解しようと努めていますし、大学にも毎日通っている。しかし、落ち着いてから仕事をしようと考えていても
仕事をしないことをなじられたりすることに関してはやはり納得が行かない。
効果がないとデイサービスに関して文句を私に言うのですが、その割には他のデイサービスの体験や話を熱心に聞いたりもせずなのでこちらも
母はもう言わなくていいよ。自分がしんどいことと嫌われる役をやるからと言ってくれるのですが一緒に食事する際にずっと愚痴を聞かされてしまい
リハビリに行かないのでどうしても話をせざるを得ない状況が続いている。
どうしたらうまくやっていけるでしょうか。正直2日に一回ほど1時間話をしたりして疲弊しています。
言ってもわからないので入院して歩行が回復してから戻ってきてもらうのが最善策なのかなとも思っています。
アドバイスを頂けると嬉しいです。
もう見てる方いないとは思いますがコメントとブックマークありがとうございました。
しんどいなと感じていたので助かりました。
親に任せて親の愚痴を聞いてあげるのがベストだね → はい。言葉はきついですが言ってることは正論だなぁと。
最善策 → 自分は母と意見交換しますが自分の意見が100%通るわけでも何でもないので勝手に思ってるだけですね。
親が無能 → 自分よりはるかに立ち回りと関係性作りがうまく、自分とは考えのプロセスなども違うので正直ものすごく尊敬しています。
後々、母の言葉を思い返してみると祖母との関係などに関しても適切な視点と対処策打ってるので自分とは比較にならないです。
まだ中学生の兄弟と関係が冷え込んだ父がいるので少しでも母の力になれたらいいなと思ったのですが、
自分が何かしても力になれないどころかこじれさせてしまうだけかもしれません。
悪化した時点で気づいてあげるべきだった → 本当にそのとおりなのですが、悪化し始めたときに気づくのって難しいと思うんですよね。
自分は専門家でもないですし、祖母の病気も全ては把握できていませんでしたし。
80代とうまくやっていける大学生の方が普通じゃねーわ 生きた時代が違いすぎるやん → ほんとにそうなんですよね。話題が乏しくなって愚痴を言ってたのかなぁとも考えています。
id:aoi-sora ありがとうございます。認めてもらえたのは率直にありがたいなと。
http://anond.hatelabo.jp/20170206191552 の続き。
あしかけ3ヶ月、実質1ヶ月と10日で父は退院した。退院と言っても回復期リハビリ病院への転院でもある。
あれを書いてから3日後だか5日後だか7日後くらいに父の目は開いた。最初の数日は目の焦点が合ってないような感じだったがその後7日くらいでだんだん話しかけた人の目を見るような感じになった。
目が開いて少ししたところで転院の相談はあった。この辺で回復期リハビリ病棟のある病院は5つか6つあるそうなんだが、その中でも父の症状にあったと言うところを2つ3つ挙げてもらって検討した。
最も実家に近いところを母は希望していたのだが、そこは父の症状に合うリハビリ要員がいないとのことで却下となった。自分の仕事場に近い病院については、母は(私の)祖母を預けたことがあってあまりいい印象を持っていなかったのだが、今回改めて見学してその印象を払拭したらしい。そこと、義理の母が回復期リハビリを行った別の病院(そこは推薦されていなかったのだが、調べたら父の症状にあったリハビリ要員がいた)を第1希望、第2希望とした。
結局第1希望の病院が3月にベッドの空きができた、ということで転院が可能になった。話はまあまだまともに出来ないのだけど、左足は必要以上に動かせるし、それなりにリハビリは進むのかもしれない。
病院のスタッフは自分が思っている以上に分業化しているのだが、母にはそれがイマイチ理解できないらしい。
しょうがない。自分も自分の病気で入院するまではあまり区別がついていなかった。看護師は医者の秘書じゃないし、会計のことは会計担当におまかせだし、実際に1Fで金銭をやり取りしている人はその会計を把握していない。医療相談室は病室とは離れたところにあるけれど、「外部に秘密は漏れません」と言っていても相談員はその病室担当の看護師だとまでは見抜けなかった。それならその場で相談したのにわざわざ遅いエレベータで移動させてスマンカッタ。
ただ、それがわかっていないと、病院スタッフのお願いとか質問とかに適切に応えられない場面が多くてキツい。健康保険の関係でかかりつけ病院の診察や医療相談は無断では出来ないのだけど、その説明をする際にその話しかしないから母は混乱した。父のかかりつけは母のかかりつけでもあるのだ。母が通院する度に自分の診察より父の話を聞かれるのに「相談等は許可を得てからしてください」では何を言いたいのかわからない。その説明をしているのが経理担当の職員だとわかれば「金のかかることはするな」で済む話なのだけど、それで結構混乱した。
前の病院で新たにでた薬がおくすり手帳に書かれなかったのもアレだ。薬そのものは渡されたので持ってきたのだけど、結局アレは新たに判断して使うことになるらしい。調べたら院内処方の薬はおくすり手帳に書かないことがままあるらしい。退院証明書の方にその辺が書かれていることを期待するしかない。
退院証明書と言えば、転院と新規入院で書類が違わないのが微妙につらかった。既往歴とか書かされるのだがそれがどこまで大事かわからないのだ。あとで退院証明書を見たら自分が知っているより詳しく既往歴が書かれていた。向こうはカルテから転載しているのだから当然といえば当然なのだが、薬のアレルギー(納豆がどうとか、グレープフルーツ食べちゃだめとかあのへんね)はおくすり手帳で判断するほうが確実なんじゃないだろうかとか思った。
リハビリについては承諾書の署名を日付なし具体的内容なしでした。白紙委任状みたいなもんだがそこはしょうがないと思った。
遠くの親戚にメールアドレスを教えたら、1日おきに脳梗塞に関するサイトとかテレビ情報とか送ってくるのが地味につらい。善意でしているのはわかるのだが、その情報はいらない。善意といえば、何度も来てもらっているのだけど、やってるマッサージが「効果がなさそうでつらい」と言ってくるのがさらにつらい。ダメ元なんだから効果がなくていいし自己満足なんだからそれでいいじゃん、と言いたいのだがそれはそれで「お前のやってること無駄だよな」と煽っているように聞こえかねないので言えない。
まあ、仕事が忙しいのでメールはあまり読めないことにしている。LINEと違ってメールでは既読マークが送られないのはありがたい。
昨年から、部内の50歳前後の独身男性社員から、ランチタイムやコピー機などで、偶然を装った付きまといや、わざと視界に入るような行動や、ジロジロ見られる機会が増えた。
こちらがトイレでオフィスからフロアーに出るような時に遭遇するのだが、挨拶をする訳でもなく、黙って私の前を通り過ぎ、私の視界に入るような不気味な行動が目立つようになった。
私は特定の日時に他部署に用事がある時間帯があるのだが、その時間帯をいつの間にかチェックされており、他部署に移動する導線のフロアーに男性社員が待機してスマホを持ちながら立っていたりした。
年末に匿名で上司にそのような事案があることを報告し、暫く様子を見た。 自意識過剰や単なる偶然の可能性もあるからだ。
しかし、先日、私の退社時にエレベーターホールで待機していたら、そのタイミングを狙って居合わせたり、いつも決まった時間に社食にいく時間をわざわざズラして私に合わせる行動が見られた。この2つの事案が決定的な付きまといだと判断した私は上司に報告した。
この時点で、すでに精神的に疲弊していた私は、業務内に舌打ちしたり、男性社員の前を通り過ぎなければならない時に足音が大きくなったり、感情が乱れたりし、平静でいられなくなった。周囲もその異変には気付いていた。
最終的に人事部による事実調査などの面談があった。その結果によると、トリガーとなった2つの事案は、偶然鉢合わせたという裏付けを証明され、私の被害妄想ではないかとの結論で片付けられた。裏付けとなる根拠も妥当だった。
確かに、2つの事案は本当に偶然だったのかも知れない。ただ、私自身、過去に渡って付きまとわれた経緯があっただけに、とても偶然とは思えないほど精神的に疲弊していた。
その経緯についても、たまたまではないかと片付けられ、被害者であった私は一転し、加害者になってしまった。
男性社員は一昨年、私がうつ病から復帰し、異動した際に隣の席だった。その時は特段付きまといなどの問題はなかった。リハビリ勤務だった私は、部署に慣れ、周囲との調和を図るために、その男性社員とも積極的にコミュニケーションを取るよう心掛けていた。
男性社員は内向的な性格で、社内外に友達もおらず、社交性に欠ける。立食パーティーなどでみんなとワイワイ会話できず、隅っこでひとりぽつんと食べ物をひたすら食べているタイプだ。ただ、学歴だけはあるのでプライドは高く、瑣末な1つのことに異様なこだわりを持つ。
私はそんな性格を把握しながらも、相手の価値観を否定せず、適当に会話を合わせていた。私は気に入らたようだった。どうやら地図と鉄道オタクのようで、私自身、その手のオタク話の合いの手になるようなライトオタク的な要素があるからだ。
昨年の夏にレイアウト変更で席替えをし、物理的に男性社員とは距離ができた。付きまといが始まったのは、その頃からである。
距離ができたので、必然的に会話しなくなった。男性社員は私と会話したかったように見受けられる。
正直、その男性社員の価値観に沿った会話を展開するのは非常にウザいのだが、社交辞令だと思えば、同僚と共にランチ程度をご一緒するなら、何とか凌げる。
しかし、男性社員は社交性に欠けるため、私をランチに誘うことなどできるタイプではない。まず無理だ。逆に私が同僚と共に男性社員をランチに誘ったところで、必ずむっつりとした表情で断るだろう。社交性や対人関係の間合いが小学生の男子のまま、成長していない。恐らく女性経験もないと思われる。
直属の上司は、私が男性社員と隣の席だった時に、積極的にコミュニケーションをして潤滑油になっていたこと、性格が性格だけに、気に入らたら、婉曲的につきまとうようなタイプだということは理解されたが、事実調査の結果に基づく限り、メールなどで付き合いをほのめかすというような決定的な証拠がないため、あくまでも私の思い違いという結果になってしまった。
男性社員は、付きまとい行為が付きまといであることすら無自覚で、私が不気味がっていることすら意識していない。他人に不快感を与える自覚がないのだ。
部署管轄の本部長は表面的には中立の立場を保ちながら、私の思い違いということで、問題がなかったこととして片付けたい気持ちが強く伝わってきた。私の昨今の感情の乱れは部署の風紀を乱しており、落ち度として厳しく指摘され、威圧的な態度だった。本部長のその態度は非常に傷ついた。まるで私が加害者であるかのような扱いは心外であるということは指摘した。
部署の不祥事は賞与の査定に響くし、自身の出世に少なからず影響を与える。どの会社もそうだと思うが、昨今は業績以上にコンプラ違反や、セクハラパワハラ問題の方が重視されている。マイナス金利下で低迷している業界のバックオフィス部門の業績評価は、減点主義以外の評価はない。
今後も男性社員のランチタイムなどの付きまとい行為や、コピー機の付近で無駄にジロジロ眺めたり、接近してくる態度は継続されると思われる。
アラフォー後半の私は年齢的にも、キャリア的にも転職はできそうにもない。外資系の同業他社もあるが、今のポジションは求人が殆ど無く、むしろ、今の勤務先にアウトソーシングしているくらいだ。あとは異動しかないのだが、使えなくなった50代の出向社員の受け皿組織のため、身動きが取れない。
今の私にできることといえば、感情の起伏の激しさを抑制するカウンセリングやら、コーチングくらいか。また、どんなにジロジロ眺められたり、偶然を装ってフロアーですれ違ったりしても、反応しない耐性も身に付ける必要がある。
しかし、そのようなことに果たして労力や、多額のお金をかけるべきなのか、否か、判断できない。いや、そんなお金をかけるなら、洒落たレストランでビールやワインを飲んでいた方がいい。
ストレスとかの心因性が腰痛の原因のほとんどと分かっているのに、整体とか鍼灸行って無駄な事してるよね
整形外科でヘルニアとか言われたら、『ほっときゃ治る』と同等なのに、馬鹿みたいに意味のないリハビリ通うし
会社早退して整形外科に週2で通っても治らないし、6000円の整体通ったって治らないのに、意地になって続けて、あげくには心療内科で薬まで貰う
ストレスが原因だから心療内科の薬は悪くないんだけど、そんな事しなくても腰痛無視してストレス減らす生活すれば結果は同じ
飯食って、歩いて、風呂入って、寝れば良いんだよ。あとは瞑想とかで考え方変えるとか
整形外科行って趣味の運動禁止されて安静言われ、整体言ったら骨盤ずれてるとか適当なこと言われて、心療内科の薬飲みながら不満言って、週末安静にしてたら腰痛楽になったと2年間言ってる馬鹿見てると悲しくなる
退院即自宅介護にならないことについては初日に医師から説明があったのでその心配だけはしていない。ただ、ヨイヨイになっても最悪意識くらいは戻るだろうと思ってたのが甘かった。ここから回復期リハビリテーション病院に転院するのが常道ではあるらしいんだが、本人の意識がないのにどういうリハビリをするのかいまいち想像がつかないんだ。
そのことを医師に初日に話したら「本人の意識がなくても足揉んだりとかそういうのもリハビリですし明日から予定に入ってますよ」とも言われた。だから知識としては知っているんだがやっぱり意識が伴わないんだな。
回復期リハビリテーション病院でも3ヶ月位の期限があるらしいのでその後はどこかの療養病床を探すことになるんだろうなと思ってさっき検索したら父のかかりつけ内科がヒットした。今の病院からも近いし最終的にはここにお世話になるのがベストだと思うが、一足飛びにそこに行くのはベストとも思えないし迷う。
アドバイスも参考にして、医師とか今の病院の医療相談室とかに相談してみる。
あと緩和病棟はガンとかの痛み緩和を目的とした施設らしいので今回うちには関係ないらしいが別の件で悩んでいる他の皆さんは参考にしていただきたい。素人には似たような名前ばかりで混乱しがちだがこれ知ってるだけで話の通りがずいぶん違うので。
知ってるだけで違う、という意味では数年前にひどい骨折であちこち転院する羽目になった義母には大感謝だな。回復期リハビリテーション病院の入院期限とかはその関連で知ったから。
http://anond.hatelabo.jp/20170201120618
http://anond.hatelabo.jp/20170202032911
http://anond.hatelabo.jp/20170202081638
年齢は38ぐらいなはず。(自分が小学校2年のころ6年生だった)
元々は名古屋でと産業用機器の中核ソフトウエアを開発するエンジニアをやっていたらしいが、ある日母親が脳卒中で倒れ、少しの間は親父さんが介護していたらしいのだがその親父さんも介護疲れか調子が悪くなったとか、東日本大震災をみて思うところがあったとかで、親の介護のために田舎に帰ってきた。仕事は手を切らず元の会社とは契約社員という形でリモートワークで仕事も一緒に持って来た。
それがたぶんちょうど6年ぐらい前の話。
その後、請負開発を法人化、人も常勤で1人雇って、リモートワークで何人か抱えて、自営業の社長となっている。年収は聞いたことがないのだが、税金や介護費の自己負担金額が話題になることがあって、、その話から逆算すると、各種控除が済んだ後の住民税計算根拠になる課税対象が800万円以上はあるはず。すると額面で一千万ぐらいじゃないかと思う。
それがきちゃった結婚した。
普段の見かけは俺と同じただのキモデブクソアニオタなのに。なぜメガネっ娘美人と知り合えたのか。爆発しろ
今は2児の父。
なお本件はフェイクは混ぜていない。キーワードでググるとどや顔で写っているインタビューすら発掘されるはずだ。
奴は俺の事をはてなーだと気付いてないはずだが、奴はブログもやっているガチのはてなーである。 末永く爆発しろよばーか 参考になる人がいるはずだからこれをみても笑って許してください。
土地は元々たっていた庭付きの家を取り壊して、介護対応住宅を建てた。
一階は参考にと隅々まで見せてもらったが、2階は彼の部屋しか入った事が無い。一階は5部屋あった。外観から見て総二階なので下手すると9LDKとかになる。
介護対応の専用トイレがついためっちゃ日当たりのいい両親の部屋と、それに続くリハビリルーム。車いすOKどころか、歩く人と車いすが軽くすれ違える広くまっすぐな廊下。施設か。人が乗っても楽勝の手すり。施設かよ。車いすで入ってその場で転回できる、俺の部屋より広い巨大なトイレ。施設なの?施設で風呂入れてもらってんのに何故か無駄にでかい風呂。エロゲかよ。
ヒートショック防止だそうで全館冷暖房。エレベーターは当然、両親の部屋は自動ドアワロタ。一般住宅でナースコールが設置されているの初めて見た。
当然彼の部屋には作り付けの本棚が壁一面にあって、本にアニメにフィギュアが並ぶという、オタクの夢過ぎる。
これでいくらかと聞いたら建具家具家電まで入れて4000万円だそうだ。土地は入っていないが、5LDKの土地建物で1700万円ぐらいから分譲住宅があるような土地なのでそれを入れても5000万にはならんのじゃないのか。
これ以外に、近くの酒屋跡を買い取って社屋としている。悔しいのでいくらで買ったは聞いていない。確かに仕事用の部屋があるが、オタグッズがつまっている部屋があることを知っている。
ただ上記の通り、住民税課税の基準になる世帯年収は800万以上あるのは確かである。
行ったと言う話は聞いたことがない。
子どもが小さく介護もあるダブルケア状態のため、家族旅行という訳にはいかないらしい。
ただし、「相方と知り合ったのはfripSideコンサート」という、酒が入ると何度もしてくるクソのろけから分かるように、その手のイベントにはよく言っていて自慢される。
今度合ったら先日のアイマスのコンサートの話をされることだろう。世の中の不公平さにくらくらする。許せない。革命しかない。富の再配分としてお土産くれたら許す。
当然自動車がないと暮らしていけない土地。軽自動車2台(ホンダのN-BOXと最近買ったオレンジ色のスズキハスラー)とプリウス。ただしプリウスは社用車らしい。
しかしどうみても私用で使いまくっている。脱税である。しかし、N-BOXは車いす仕様車であり、自分も貸してもらったりしているため許す。
レストランとかに食事に行っているのかなどはしらないしが、いつも自分と飲むときはそれほど高い店を使わないのでそこに拘りはないと思う。もしここでそこはお前のレベルに合わせてるんだろ等と言う根拠がない誹謗中傷をする奴がいたら訴訟も辞さない。
服とかは基本しまむら。しまむらの良い所は介護用の前開き下着などがちゃんとしまむら標準レートの割引価格で販売されているところだよね、と言うところで奥さんと情報交換した。
ただし奴の部屋にも仕事部屋にも社屋の二階にも大量にアニメグッズが置いてあり、相当金を使っている物と思われる。業者か。
ある等身大フィギュアはコイツが一体持っています。 めぐみがヤフオクでたたき売られているのをみて忍びなかった 、マンマシンインターフェイスを客観的に検証・研究するために購入した等と意味の分からない供述をしており、動機は不明。
貯金はあるかはしらないが、ないに違いない。
年収1千万あれば田舎では確かに土地が高い都会では考えられないような豪邸がたち、趣味も充実し、美人の奥さんと知り合うことが出来、贅沢ができるように見えるが、こんな生活がいつまでも続くわけがないのであいつはいつか滅ぶ。
彼と再会したのは、自分が小さい頃、地域の寄り合いで中が良かった自分の母親と彼の母親が同じデイケアセンタで再会し、再び仲良くさせてもらったところになる。
そこで、自分の母親を気分転換にどこかに連れて行ってやりたいと思っていたが俺には介護が必要な母親を乗せられる車がなく、N-BOXの車いす仕様車を貸してもらったことがきっかけで仲良くさせてもらっている。彼のN-BOXは自分以外にも貸してもらっている人は多い。田舎のレンタカー屋には福祉自動車はない。その他のいろいろも、正直、尊敬している。
一方の俺だが(フェイクを混ぜているので、あ、あいつのことだ、などと心当たりがあってもそれは間違いである)、年収は額面で280万円。家は親の持ち家で築30年(ただし改装はした。400万ちょいかかったが親父の蓄えで賄った)
一度外に出たが母親が倒れ、親父だけでは介護は無理だと判断して退職し帰郷した。帰郷前はもう少し年収はあった。
ただし、世帯収入としては両親の年金があり、これを介護のために使っているので、収入は苦しくない…といえば嘘になるが、言うほどではない。
貯金も自分だけで年収の2倍を目安に貯めてある他、積立型の民間年金保険にも入っている。
贅沢な生活は出来ないかもしれないけど、選ぶものを選べば苦しいと感じたことは一度もない。
人を呼ぶと家に物が少ないと驚かれることはある。でもミニマリストではない。
では何が違うかというと、それは選択肢だと思う。
恐らく年収280万の俺の場合、新たに家を建てると言う選択肢はなく(必要ないのもあるが)、両親の家を使うことになる。(介護用の住宅改修と一緒に耐震補強はした)介護費用を冷静に考えると、この分がもしなければ、当地では十分に結婚して子育てできるだけの費用は捻出できるだろう。職業の選択しも広がるし。
しかし、例えば目黒に家を建てるのがいいのか、埼玉に分譲マンションを買うのがいいのか、はては田舎に巨大な家を建てて親孝行するか、子どもは私立に入れるのか公立がいいのか、といった選べる余地はない。この年収では東京では暮らすことすらままならないのではないか。
さらに元となったフィナンシャルプランナーの話も混ぜて、そういう多様な選択のなかで、理想的にぶち上げられているいいとこ取り(都心に持ち家を持ちながら、田舎の豪邸のような暮らしをするのは無理だ)はできないと言う点で、それぞれ一貫しているのではないか。
正直、俺から見るとどいつもこいつも贅沢な悩みしやがってと言う気がしている。金持ちには金持ちの理屈があるのだと思うが、そうやって選べることそのものが幸せだということも覚えておいて欲しい。
とは言っても、別に選べなくても今にそれなりに満足している人はいるだろうから、それをどっちがいいだの、資産価値が下がるからお前はアホだのいうのはやめよう。
つまり、どっちがいいとかわるいとか不毛な話ではなく、選択としてみんな自分の事情を増田に書こうぜ。それをみんなで批判するんじゃなくて、はーなるほどと呼んで、自分の生活に生かそうぜ。
とはいってもぼくの場合は軽度であることと、ここ数年ちゃんとした受診をしておらず不正確な部分が多いです。
なにより自己診断の面が強いので話半分でお願いしたいです。ほんと半端者です。
自分が心療内科に受診したきっかけは職場でのトラブルでした。よくあることです。
当時20代半ば、事務系と土方が半々の職場でした。特に事務系でそのトラブルを遺憾なく発揮しました。簡単にいうとこんな感じです。
事務の殆どは書類作りと整理、パソコン半分手書き半分という感じです。量はありますが新人研修の延長を超えません。この仕事を2年ほどしていましたが、ほぼ毎月同じようなことで怒られてばかりです。
例えばある1ヶ月の内容は「別の部署から仕様書を貰う->物品をパソコンに入力->契約->受領->請求書を貰う->書類一式揃えて支払いに回す」とこれだけです。仕様書が遅いとかは特になく、むしろとても早く持ってきてくれます。田舎なので契約もいつもの業者ばかりでとても楽ちん。そこそこの人がやれば月の半分は遊んでいられるような、そんな仕事です。
でも僕は、これが全然できませんでした。書類様式を覚えるのも何ヶ月かかったか。常に上長が監視し、先輩からアドバイスを貰い、業者も他部署も全て好意的でした。それなのに9割がた僕のところで何もかも止まっていました。点検が終わっていない書類でデスクは常に満杯。最後は僕の印鑑すら取り上げられた始末です。
僕を庇ってくれる人もたくさんいました。でも僕の仕事ぶりはその好意を軽く踏みにじります。笑顔で泥を投げつけてました。
毎月同じような書類の不備と怒轟の嵐。
僕の安らぎは、たまにある社外での泊まり込みの施設整備でした。その時は何もかも天国だったのです。
もうわかると思いますが、僕は自分のことを客観的に見るのが苦手です。知らないことを知られたくないがために質問もあまりしなかったと思います。そのくせ自分勝手な解釈で行動するので優先順位は全てデタラメ。コンプライアンスに触れるようなことを堂々としようとしたのは2・3度ではなかったはずです。僕は僕を理解せず、周りも人の形をした汚泥をみる表情に変わりました。
当然こんな状況で仕事が長く続くはずがありません。
とうとう本部の人から社内のカウンセリングを勧められ、そこから外部の病院への通院となりました。
僕の幸運は、会社の業務は比較的緩いことと、そのような精神面での問題に寛容な風潮があったこと、そして通院したのがそこそこマトモな部類に入る(と通院仲間から言われた)ことでした。たまたま駅の看板を頼っただけなんですが。
そこはいわゆる心療内科であり、鬱や僕のような人間のためのリハビリを行う施設も併設しているやや先進的な場所でした。
初期に2時間弱のテストを受け、僕に発達障害の傾向があると言われました。残念ながら口頭説明だったので詳しい結果については明確に覚えていません。
そこから色々あり退職準備と併行して自立支援のプログラムを受けることとなりました。入院ではなく平日はそこに通院して一日を過ごすのです。治療ですが内容は極めて簡単なものが多く、知らない人が見ると幼稚園か老人ホームのような印象を持つかもしれません。
僕はそこでもポンコツでした。なんでも話せますしどんな個性も許される場ではありますが、僕はとにかく無知で独りよがりで幼稚でした。職場環境のせいではないことをこんな形で理解するとか、今思い出してもきつい。
僕は心療内科で広汎性発達障害と診断され投薬治療も受けました。でも効果があったのかはいまでも疑問です。そもそも心理テストの結果も一般人寄りだったはずですし、退職後にその病院から遠く離れてしまったので今となってはどうなのかよくわかりません。転院先は面倒であまり好印象でなく辞めてしまいました。
僕が他と違っていると感じたのは小学生くらいからです。当時から随分と幼稚な行動が目立つ子供でした。テストの成績が悪いわけではありませんし素行が悪いのではなく、しかし振り返ると妙に浮いていました。
「ふわっと」した感覚が今でも続いています。たぶん精神年齢は実年齢からマイナス10歳くらいかと思います。
この歳になっても生きづらさは続きます。とにかく物をなくしがちなのです。子供の頃からこの現象を「妖精の仕業」と考えるほどに日常化しています。
物をなくすというと勝手に捨ててしまう印象かもしれませんが、違います。表現が難しいですが思考と身体がずれるのです。無意識下でものを移動しているので、過程がまるで見えないこともしばしばです。自転車のライトを靴の中に入れていたり、手袋を片方だけコートのポケットに入れて放置したり。必要なものを手に持っていたのに、玄関先でそれを持っていないことに気づいて部屋とを何往復もします。
誰にでもあることかもしれませんが、僕の場合はそれがほぼ毎日起こります。だから僕の周りにはものが溢れます。
必要ないものでも捨てられません。常に目に見えないと危険です。机の中にしまったら次にいつ取り出すか不明なまま時が過ぎていきます。しかも整理整頓もできないので部屋には書類や本が地層となります。
だから僕はペンやメモ帳を手に持ってどこかに置こうとした場合、できるだけ指差し確認をするようにして脳に刷り込みます。
僕にとってペンとメモ帳は大事なものです。日々の出来事を書くのさえ億劫ですが、これがないと自分の最低限のことさえ空虚に感じます。役に立っているというより精神安定剤です。
心の支えは、同じゲーム仲間だったりこんな風に拙い文章を書くことくらいです。それもだいぶつらいですが。
今度再就職しますが、決して良い結果にはならないと思っています。僕は、僕の中の子供をどうしても躾けられないのです。また同じ失敗をするのかと憂鬱です。
僕は普通の人のように振る舞えない、けれど亜人にもなれない。半端者です。
よく発達した発達障害の人がとてもまぶしい。
DL版がセイレンアニメ記念セールで安くなってたから昨日買ってはじめた
初プレイ
裏表のない素敵な人ですくらいの名台詞があるのは知ってる程度
OPタイトル画面で待ってたらなんか始まるかと思ったけど何も始まらなくてちょっとがっかり
しかし久しぶりにこてこてのテンプレギャルゲをやってる感じがするw
口パクと外の台詞のときに白い息のアニメが一瞬でるのが地味にいい
でも主人公の人のよさ、もしくはゲスさのなさが台詞からにじみでてて、嫌悪感はないけどこれ俺じゃねーな・・・俺には無理・・・みたいに思って微妙な気持ちになった
ひぐらしとかセカンドノベルみたいなTipsっぽい感じのやつが最初に表示されたりして、ただの選択肢だけのADVとはちょっと違うなと思った
PSストアでウィッチャー3もセールしてて買おうかまよったけど、
持ってるvitaでアマガミをやってたほうがいい気がするから買うのやめた
セールで安いといわれるととりあえず買っとけと考えてしまう貧乏性なおしたいからそのリハビリのいっかん
ちょこちょこやってくかな