はてなキーワード: 最前列とは
全然IT関係じゃないからわからないんだけど、ちょっと発達入ってるので日程とか簡単に無視するしやばいなーと思ってる
wunderlistってのが良いと聞いたんだけどMSに買収されてたよね
基本的には手帳でスケジュール管理しているのですが、なんだかんだ言って通知されないとすぐに忘れるしやらない
だからせめて何処の環境でも使い続けられるリマインダーが欲しい
あと、ゲーム仲間と旅行の計画立てる際にそういうの活用できないかなーと思ってる
ふわっとしてるよね
色々迷ってるけど、MSTodoはそこそこUIがいいので使ってみようかなと思ってます。
何かおすすめのやつや使い方あったら教えてください
私が大学生活で学んだこと
人はひとりひとり違っていること
そしてひとりひとり正誤などないこと、ひとりひとり認められること
誰かに嫌なところがあったとしても、その人そのものを嫌いにならなくてもいいこと
本当に困った時に助けてくれる人が、思った以上にいないこと
しかし自分のことを分かってくれたり、認めてくれたり、あるいは叱ってくれたり、救ってくれたりする人が、たとえ瞬間的だとしても、確かに存在すること
丁寧な人間関係
世の中で「正しいとされること」が必ずしも正しい訳ではないこと
たくさんの夢と希望と野望を抱えて上京してきたあの春から、4年が経とうとしている。
いま、卒業を前にして、私はいくつの夢を捨て、希望を失い、野望を諦めただろう。
考えると虚しくなるくらいには、だ。
オシャレなレストランやカフェで働きたかったけど軒並み落ちて、ようやく受かったバイト先はブラックだと友人に教えられた。
思えば変な雰囲気が漂っていたけど、初めてのバイトで何も分からない私は普通に頑張った。
別のところで働いている友人の話を聞いて初めて、半畳ほどの狭いロッカーで立ったまま賄いを食べることが当たり前ではないと知ったし、「誠意」を示すために30分前に出勤したり閉店後3時間も残る必要なんてないことを学んだ。
3年目まで頑張って、辞めた。
旅先から思い切って「辞めます」と店長にメールをした後、連れていかれた深夜の喫茶店で、辞める理由を問い詰められて叱責されてる間、とにかく泣きながら黙って耐えた。
計画では片手間にやろうとしていたサークルにしっかりハマって、部長もやった。
いろんなことを後回しにして、蔑ろにした。
中学からの趣味を続けようと思っていたけど、サークルのほうが楽しくなって時間もお金も回らなくなったから、就活を理由にして辞めた。
本当は就活なんてまだまだ始めていなかったのに。
そんなサークルも同期と揉めて、辞めた。
4年になってからはそれこそ就活が始まったけど、一度ビックサイトに行って遠すぎるし交通費もバカにならないので合説に行くのは基本的に止めた。
志望している企業の説明会や講演にはそれなりに通って、だいたいどこの説明会でも同じ内容を繰り返してるんだってことを学んだ。
座席は先着順だったので、2時間前に行って一番前に座るぞと意気込んでいたけど、普通に遅刻した。
最前列ではなかったけれど、ずっと社長に向かって「採用してくれ」ビームを出した。
講演が終わった後、スカウトされてしまうのではないかと思ったけど、当たり前に私に目もくれず退室していった。
力みすぎて背中が痛かった。
社長がランニングで肌を焼いて採用されたと話していたので、それ以降もサークルに打ち込んで、思う存分肌を真っ黒にできた。
締め切り当日の夜9時、私はまだESを書き終わっていなくて、立川のバーミヤンで必死に空欄を埋めていた。
まさかのペンのインク切れ、かつ準備が悪いので予備のペンなど持っていなくて、慌ててバーミヤンを出てローソンでボールペンを調達した。
またバーミヤンに戻るのも面倒だったので、残りは郵便局で書こうと思ったのだが、立川郵便局がまさかの臨時休業。
本来なら宛名などを書くためのカウンターで立ったまま必死に手を動かしながら、隣の男の人が同じ企業へのESを書いているのをチラ見した。
もしあの時インクが切れていなかったら、0:00ギリギリまで立川のバーミヤンにいて郵便局が開いていないなんて気づかないで、間に合っていなかったと思うと、神さまはいるんだろうと思う。
びっくりするぐらい何も話せなかった。
神さまはいるけど、実力が足りなければどうしようもない。
今は、たくさん落としてきた単位を回収するべく、4年間で一番一生懸命、大学に通っている。
4年生は私だけ、という授業がたくさんある。
ちゃんと聞くと面白い授業がたくさんある。
レポートにテスト勉強と、やることもたくさんあるんだけど、ちょっと休憩したくて、初めてますだを書いている。
これまでの4年間を振り返っている。
気づけば何も残っていなくて、私の4年間は何だったんだと思うことがある。
Facebookでバイト先の後輩や社員から花を贈られて笑っている友人の写真を見るとき、Twitterでサークルの仲間たちと旅行先で笑っている友人の写真を見るとき、Instagramでオーストラリアにて念願のスカイダイビングをしたという友人の写真を見るとき、昨日の綺麗な夕陽の写真ぐらいしかアップするものがない私の日々は、何だったんだと思うことが。
すべてに意味がある、全部無駄ではなかった、ということにすることもできると思う。
そしてもちろん、すべてが無駄だった、ということにすることもできる。
本当は、意味があってもなくてもどっちでもいいし、無駄でも無駄じゃなくてもどっちでもいい。
ただ、私は4年間を過ごした。
最高の4年間でも、最悪の4年間でもどっちでもいい。
価値を決めることは楽しいかもしれないけど、というか、そうやって序列を決めることで安心できる人もいるかもしれないけど、そんなことをする必要は全然ない。
大事なことも、矮小なことも、駄目なことも、幸福なことも、楽しかったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、悔しかったことも、辛かったことも、全部、ごまかさずに、何かの価値の中にまとめてしまわずに、なるべくそのまま持っておきたい。
分かりづらいと思うけど、それが、私が大学生活で学んだことだと思うし、得たことだと思う。
学ばなくてもいいし、何も得なくてもいいけど、4年も過ごしといて何だったんだって思っちゃう自分を励ますために、強いて言うなら、そうです。
昨日、嵐のライブツアーが終わった。
終わってから1日以上経った今でもなんだか気持ちがふわふわしていて、言葉にもうまくまとめられないんだけど、とにかく心にあることをここに書こうと思う。支離滅裂な文を読むのが嫌な人は、できればここで読むのをやめてほしい。それほど、ちゃんとした文章を書く自信がない。そもそも文章力なんて皆無なのに、その上感情がまとまっていないので、よりひどいことになっていると思う。それでもいいと思った人は、よかったら私の独り言に付き合ってほしい。
今回私は3公演コンサートに行った。今まで1年に1回しか行ったことがなかったんだけど、運良く周りの人や自分が当選したので、幸運にも3公演も入ることができた。
最初は12月末。東京公演の最終日だった。私は大阪に住んでおり、遠征は初めてだった。一年ぶりのコンサート。半年ぶりの生の嵐(ワクワク学校というイベントに6月に行ったため)。沸かないわけがなく、結果喉を使いすぎて風邪をひきさらにはインフルエンザももらってきた。席はスタンド下段の真ん中あたりで、いわゆる天井席(スタンド上段の、ほぼ天井といった席)ではないがファンサは望めない席だった。けれど、トロッコが来れば騒いだしペンライトも振った。
次は1月13日。スタンド下段の1列目(アルファベット列というやつが前にあったため、最前列という訳では無い)だった。前は上から見ていたステージをほぼ横から見ていた。近いし、肉眼で顔が分かるし、とにかく幸福感が半端なかった。一緒に入った友人が騒ぐタイプの子でなく、それに影響を受けて私もあまり騒げなかったが(こんなときも恥を捨てられないのかと少し後悔している。今後は隣に構わず声を出すところは出そうと思った)、それでも終わった後意識はぼんやりしていた。
最後は昨日、最終日だった。いわゆる「オーラス」というやつで、過去数年間を見ているとこの公演だけアンコールが多かったりするので、ファンの間では正直特別視されている公演である(もちろんオーラスの他にも誕生日だとか特別視されている公演はあるけれど)。オーラスに入るのは初めてだったのでとにかく緊張していた。今年は挨拶が定型文だったので、自分達の言葉での挨拶も聞けるんじゃないかと期待していた(実際聞けた)。席はスタンド上段、しかも横で、ファンサはおろか演出もすべて楽しめないんじゃないか?という席だった。結論から言うと今までと違う視点で見られたので新たな気付きが山ほどあったし、伝わらない演出もあったけどそんなの気にならないくらい楽しかった。嵐を好きでいてよかったと思った。そして、これからもずっと好きでいたいと思った。
そして翌日である今日。ふとした瞬間にコンサートのことを思い出して、何度も泣きそうになった。というかこれを書きながら今大泣きしている。
あれで、嵐が「untitled」というアルバムを引っさげて行うコンサートは最後なのである。もうあのセットリストでコンサートを行うことは二度とない。何なら、一生行われない曲だってあの中にはあるのではないかと思う。自分が見られる最後の公演だ、と思ったわけでなく、嵐が行う最後の公演だ、と思うと泣けて仕方なかった。
特にそれを感じてしまい涙が止まらなかった曲がある。UBという曲である。二宮和也と相葉雅紀のユニット曲だ。そもそも私はこの二人のコンビが死ぬほど好きなのである。ユニット曲のメンバーが発表されたときは2週間くらい信じられなかった。それゆえこの曲は私にとってはいっとう大事でいっとう好きな曲だ。そんなこの曲、間奏で行われるダンスが「コンタクト」というもので、簡単に言うと組んず解れつ、知恵の輪みたいに手と足を絡ませ合うものである。
MC中、思い出深いことは何か?という質問に、二宮和也が「最終日のこのダンス」と答えた。「やりながらいっこいっこなくなってく。もうやらないから。これおわりこれおわりこれおわり…って」と言っていた。その言葉を聞いて涙が止まらなかった。ああ、もうこのダンスはしないんだ。二人が引くくらい近い距離で高難易度かつ密着度の高いダンスをすることも、相手のパートを口パクで歌いながら近付くことも、曲が終わってスタンド・バイ・ミーの振り(20年前に二人が出た舞台で行われていたハンドサインで、手を突き出してからサムズアップ、というものである)をすることも、もうないのである。そう思うと悲しくて悲しくて仕方がない。
UBに限らず、どのパフォーマンスも、これからしないのが寂しくてたまらない、素敵なコンサートだった。
さて、ここまで支離滅裂ながら思ったことを簡単に書き出してきた。しかしとにかく読みにくく、本当に言いたいことが伝わらない文だったと思う。というか本当に言いたいことはここまで言っていない。ここからが本題である。
私は相葉担である。自担である相葉雅紀には昨年末、熱愛報道が出た。昔から女ネタに耐性がない(恋愛ドラマも苦手なレベルである)私は大きなダメージを受けた。そんな矢先のコンサートだった。
女がいると分かっているアイドル(もちろん彼女がいないと思っているわけではないが、週刊誌によってその存在が証明されたり結婚発表によって公式に認められたりするのと、勝手にファンが「彼女いるんだろうなあ」と想像するのには、私たちの心持ちには大きな違いがある)を歓声をあげて応援するなんてできやしないと思っている私は、前から「嵐誰か結婚したら担降りする」と言っていたし、正直今回のコンサートも女の影がちらついてしまい全力では楽しめないんじゃないかと思っていた。
しかし先述の通り、死ぬほど楽しかったのだ。これからもずっと応援していたいと思えるコンサートだった。確かにコンサート中女の影がちらついた時は山ほどあったが、それでもそんなの気にならないくらい彼らは魅力的だった。
だからこそ悔しいのである。女の存在が明らかになることで、ファンが離れ、少しずつでも彼らの人気が落ちていくのが悔しい。彼らはこんなに魅力的なのに。女絡みだけでなく、褒められたところではない点もあるけど、それ以上に彼らは魅力的だ。それでもファンは離れていく。ましてやこのまま結婚なんてしてしまったら、彼らの人気はどうなるかわからない。少なくとも、今より上がるようなことはないだろう。
私が言いたいのは、「嵐、頼むから結婚なんてしないでくれ」、ただそれだけだ。こんなところで言ったところで本人達に届くわけがないのは分かっている。けど、こんなところで吐き出さないとやっていられない。
もし結婚してしまったら、素直な気持ちで応援できなくなるのではないかと思う。私たちがいま大好きだと歓声をかける相手には、家に帰れば最愛の妻がいるのだ。そんなの耐えられない。
中にはアイドルが結婚するのを嫌がる心理がわからない人もいると思う。納得しなくていい。その気持ちを理解しなくていい。けど、私たちにとって女の存在は大きなものであるということだけは知っていてほしい。
アイドルだって人間だと思うかもしれないけど、人間であるけれどアイドルなのである。疑似恋愛を商売にしているアイドルなのである。結婚してしまった時点でファンの夢は覚める(覚めないファンもいるし、そこまでの夢を見ていないファンもいると思う)。その時点で彼らはアイドルではなくタレントである。
人気が落ちるのを見るのが寂しい。まだトップでいてほしい。そして何より、まだアイドルである彼らを応援していたい。だからどうか、嵐の皆さんは、もう少しだけ結婚しないでいてください。
(本当はもう少しと言わず一生結婚しないでほしいし、嵐に限らず全"アイドル"はそうであってほしいと思うけど。おわり)
結果最初から最後まで支離滅裂、取り留めのない文章でした。ここまで読んでいただいた方に深く御礼申し上げます。
もちろんすべてのファンがこのように思っているということはありませんが、中には私と同じようなことを思っている方もいらっしゃると思いますし、逆に一切わからないという方もいらっしゃると思います。こちらで話したものは一ファンの意見に過ぎません。嵐ファンの総意であると勘違いなされることはないよう、お願いいたします。
冷静になってほしいんだけど、お前はなにもわかってない!!!!!!
これは本当に、アイドルは(人によるのかもしれないけど)本当にアイドルなんだ。
「まあどうせ推しには恋人いるだろうしwwwwwwwハイハイわかってますよ〜wwwwwww」
キモすぎない??????いや冷静に考えてわかるわけないでしょ、お前が持っているその情報とやらはどうせ誰かが悪意で流した嘘だし、彼氏彼女がいるかなんて周りにしかわからないんだよ。
自分の推しの肉親が亡くなって、推しはそれをひた隠しにして生きてきたわけだったんだけど、ある日突然舞台で発表した。本当に唐突だった。次の日のスポーツ新聞ではその話ばっかりで、最初本当に信じられなかった。理由は「だってなにもそんな素振り出してなかったら」。推しは親が亡くなったという月の先月にはコンサートをやっていて(しかも最前列で見た)推しはいつもと全然変わらずキラキラしていたし、その月には生放送でTVに出て、いつもよりキラキラしてた。よく笑う子だしそれと同じくらい掴み所のない子だとは思っていたけど、まさかそんなことだとは思いもしなかった。だって自分だってその時は思ってた、「推しのことなんてなんでもわかってるよ」って。ただでさえキモいと言われるオタクの中でも頂点のキモさだった。推しは泣きもせず喚きもせず静かに傷ついてたし、そしてそれはファンには見せようとしなかった。
アイドルはアイドルとして生きようとしてくれてるんだから、絶対腐っても推しのことをわかってるアピールだけはするな。推しがテレビで、握手会で、コンサートで見せてくれたものだけを信じろ。雑誌は本人そのままの言葉じゃないからちょっとだけ気をつけろ。推しがありのままで夢を見せてくれる時だけは、ちゃんと推しを夢見がちで応援しなけりゃそんなのアンチと一緒だ。正規の理由で応援しなければならない義務がある。どうせキモいんだけど、せめて健全にキモくいよう。
「やだい!手術なんか受けないんだい!」
独特の消毒臭に混じって大きな金切り声が白い廊下に響いた。ここが病院であることを忘れるほどの元気な声、わたしは深くため息をついた。8歳になる我が息子は生まれつきの難病を抱えている。治療法もなく、担当医曰く10歳まで生きられれば奇跡らしい。それ以上延命できた例がないそうだ。助かる助からない以前の問題だ。
「病気なんだから治さないとダメよ、お外で遊べなくなるんだから」
手術をしてもいくばくかの延命にしかならない。儚い命をいくらか繋ぎ止めるだけの手術。それだけのために息子の体にメスを入れ痛みを与えることになる。本心ではそんなことしないで欲しい、そう思ったが少しでも長生きして欲しいという思いもあった。
少しでもこの子の笑顔を見ていたい。元気に叫ぶ姿を見ていたい。できることなら外を走り回る姿だって見たい、そう思った。もう、手術をしてもらうことしか選択肢はなかった。しかし、息子にとって手術は恐ろしいものらしく、頑としてこれを受け入れなかった。
「僕ね、病気じゃないよ。元気だよ。お外でも遊べるよ」
屈託のない笑顔でそう言う息子は元気そのもので、本当に病気じゃないかもしれない、そう思えるほどだった。けれども病魔は着実に息子の体を蝕んでいる。そう思えば思うほど涙を堪えることしかできなかった。それしかできない自分を心の底から情けないと思った。
この笑顔をいつまで見ることができるのだろうか。
苦痛に歪み、そのまま消えてしまうであろうこの笑顔、私には守ることのできないこの笑顔、正直言って私は迷っていた。このまま何もせず、ただ息子の笑顔が消えていくのをジッと待つべきか、それとも成功率が低く、成功したとしても気休め程度の延命にしかならない手術を、そんな無意味ともいえる手術を息子に受けさせるべきなのか。どちらが親として正しい選択なのか……。いくら考えても答えが出なかった。
「やあやあ、俊夫君、体調はどうかな?」
主治医が看護師を伴い、満面の笑みで病室に入ってきた。息子の余命が幾許もないこと、手術は困難を極めること、成功しても気休め程度にしかならないこと、それらを私に告げた時の深刻な表情がまるで幻であったかのような快活な笑顔だった。
「どうかな? 俊夫君。手術を受ける気になったかな?」
医師は俊夫の顔を覗き込んだ。すぐに俊夫が顔をそむける。
「手術なんて受けないよ! だって怖いもん。痛いのだって嫌だよ。手術を受けても受けなくても僕、死んじゃうんでしょ、知ってるよ。それなら受けない方がいい」
なんてことだろう。息子は自分の命が残り少ないことも、成功率が低いことも全て知っていた。もう先が長くないことを知りつつも、私たちを悲しませないよう精一杯の笑顔で振舞っていたのだ。息子の前では泣かないと決めていたのに大粒の涙が零れ落ちた。
辛いのは私たち夫婦だけじゃなかった。息子だってそれ以上に辛かったのだ。こんないい子を死なせてはいけない。こんないい子を失いたくない。もうどしたらいいのか分からなくなっていた。
病室に静寂が訪れた。その空気を破るかのように医師が切り出す。
「今日はね、俊夫君に会わせたい人がいるんだ。俊夫君も良く知ってる人だよ」
ドアを開けると廊下の窓から漏れる西日が病室に入り込んできた。その眩い光を遮るかのように大きな人影が躍り出る。
「やあ、俊夫君、元気かな」
大柄の男性はそう言った。逆光で姿が見えなくとも優しい表情をしているであろう柔らかな声だった。
眩しさに目を細めていた俊夫がまじまじと影を見る。次第に顔が見えたのか目を見開いて驚きだした。
そこには、息子が大ファンのプロオナニー選手、スペルマズの松井選手が立っていた。ブラウン管越しに見るのとは違い、体も大きく、なにより漂うプロオナニー選手独特のイカ臭い匂いが印象的な人だった。
「実は私、松井選手の後援会の会長をしてましてね、俊夫君が大ファンだということを伝えたら是非会ってみたいと言われたんですよ」
「すげーすげー! お母さん、松井選手だよ! サインもらおうよ!」
あまりの息子のはしゃぎっぷりに照れ笑いを浮かべた松井選手。息子が差し出したプロオナニーカードにも快くサインをしてくれた。サイン入りのカードを渡しながら松井選手が切り出す。ちゃんと俊夫の目線まで屈んで話してくれる姿が印象的だった。
「俊夫君、手術受けるのが怖いんだって?」
途端に俊夫の表情が曇る。
「違うのかな?」
俊夫が重い口を開く。
「うん、怖いよ……。だって体を切っちゃうんでしょ、それに成功しないって看護婦さんが言ってた。僕知ってるんだ。僕もうすぐ死んじゃうんだもん……」
「僕らプロオナニー選手はね、常に怪我との戦いなんだ。僕も俊夫君くらいの頃に酷使しすぎでペニスの靭帯が裂傷してね、アメリカの有名な先生に手術してもらった。あの時は怖かったなあ」
俊夫が頷く。
「今でも怖いよ。ペニスに爆弾を抱えてプレイしているようなものだから、オナニーボックスに立つたびに怖くなる。逃げ出したくなる。またあの痛みが再発するんじゃないかって」
「やっぱり……痛いのは怖いよ……」
「でもね、それは違うんだ。痛いのは確かに怖い、手術だって怖い。でも本当に怖いのは、恐怖のあまり挑戦することを放棄する、そんな逃げ腰な自分になってしまうのが怖いんだ」
「ああ、そうだ。挑戦することを忘れ、嫌なことから逃げ出してしまう。それは確かに楽かもしれない、怖くないかもしれない。けれども、そこから一歩も進めなくなってしまうんだ。動けなくなってしまうんだ。痛みや手術なんかより僕はそっちのほうがずっと怖いな。あの時逃げなかったから今の自分があるわけだしね」
「そんなの良く分からないよ。やっぱり僕、手術するの怖いもん。一人で死んじゃうの怖いもん」
今度は俊夫が首を横に振った。
最愛の息子に「一人で死ぬのが怖い」とまで言わしめた自分の無力さを呪った。悔しかった。また大粒の涙が流れ落ちた。それに気づいたのか気づかなかったのか、松井選手はこちらを一瞥した後、俊夫の両肩に手を置いてさらに続けた。
「じゃあこうしよう。今夜のナイターで僕がホームシャセイ打つことができたら俊夫君も手術を受ける。これでどうだい?」
松井選手はまっすぐ俊夫の瞳を見ていた。また俊夫は首を振った。
「無理だよ、松井選手は確かに2012年にシャセイ王のタイトルを取ったけど、最近じゃスタメンからも外れて、たまに代打で出てくる程度、今シーズンなんて一本も打ってないじゃないか。そんなの絶対に無理だよ」
「俊夫……! なんて失礼なことを!」
一歩前に出たわたしを松井選手は右手で制した。そして変わらず俊夫の瞳を見ながら続けた。
「無理だからこそ挑戦するんだ。僕の挑戦と君の挑戦、賭ける価値はあるんじゃないかな? それとも怖いかい?」
「……わかった。僕、松井選手が今夜ホームシャセイ打ったら手術を受けるよ、絶対受ける。約束するよ」
「男と男の約束だ」
「俊夫……」
あの子が手術を受ける気になってくれた。立ち止まらず、前に向かって歩く気になってくれた。
病室を出た松井選手を見送り、病院の玄関で深々と頭を下げた。すると、松井選手は車に乗りながらこう言った。
「お母さん、プロオナニーの世界では常に挑戦です。相手ピッチャーの放るエロネタがとても抜けないようなものでも必死で抜く、それでホームシャセイを狙うんです。俊夫君もそうだけど、お母さんにも挑戦する気概を忘れないで欲しい。大丈夫ですよ、今夜、僕は打ちますから」
私の心を見透かされたかのようだった。成功率の低い手術に怯え、息子の笑顔を失うのを怖がっていた。ずっとずっとその場に立ち止まり、ただ漠然と病魔が進行していくのを見ていた。それじゃあダメなんだ、挑戦しなきゃいけない、俊夫だけじゃない、私だって。もう迷いはなくなっていた。
走り去る松井選手のポルシェのテールランプを見つめながら、私は何度何度も深々と頭を下げた。
その夜、特別に病室でテレビを観る事を許された。看護師がやってきていそいそとテレビのセッティングを始めていた。いよいよ、松井選手の挑戦、息子の挑戦、そして私の挑戦が始まるのだ。
試合は1-0の投手戦だった。松井選手の所属するスペルマズは、今シーズン首位を独走するオナホールズの大型ルーキー投手に完璧に抑え込まれていた。オナホールズの犠牲シャセイで1点が入ったのみ、スペルマズは負けていた。もちろん、松井選手はスタメンから外れ、未だ出番がない。
「いやー、ちょっと今日は両投手状態が良いですね、白熱の投手戦の様相を呈してきました。これはちょっとホームシャセイ打てないんじゃないかな」
解説者が白熱の投手戦にご満悦といった調子で解説する。試合は9回裏、いよいよスペルマズ最後の攻撃となった。
そんな言葉も空しく2アウト、いよいよ最後のバッターがオナニーボックスに立った。もうダメだ、この投手なら抑えてしまうだろう、そして試合は終了、松井選手が出るまでもなくスペルマズは負けてしまう。
「あーっと、ボークですね、ボークです。山田投手、エロネタを投げる前にチラッと見せてしまいました。見た感じフォークのような、40代熟女のセミヌードですね、これは痛い、ボークです。打者は無条件に1塁まで進みます」
奇跡が起こった。好投を続けていた山田投手がボーク、同点のランナーが一塁へと出た。
「あー、ここで監督出ますね、どうやら代打のようです。代打ですね、今ゆっくりと主審にかけより代打を告げました、場内放送にご注目ください」
一斉に場内がどよめく。それと同時に病室でもどよめきが起こった。いつの間にか医師や看護師だけでなく、他の入院患者までテレビに駆け寄り松井選手と息子の挑戦を見守っていた。
「ここで松井とは驚きですね。左投手山田に対して左曲がりの松井が代打です。松井選手は今シーズンはまだホームシャセイはありません。これは思い切った起用ですね。さあ、一打出れば逆転サヨナラ、注目の打席です。」
松井選手はゆっくりとオナニーボックスに立つと、おもむろにズボンを脱ぎ始めた。そして血管を浮き立たせた逞しすぎる男根を誇らしげに素振りする。全盛期の松井選手独特のオナニースタイルだ。そそり立つ男根が相手投手を威嚇しているかのように思えた。
「ストライク! 今のはスライダーですかね、女子プロレスラーのヌードコラージュでしたね」
「今のはちょっと抜けないでしょう、厳しい球投げるなー」
ピンと張った糸が部屋中に縦横無尽に張り巡らされているかと思うほど緊迫した空気が病室に流れた。いつの間にか誰も声をあげなくなっていた。固唾を飲んで小さなブラウン管を見守っている。
松井選手の男根はまたも空しく虚空を切り裂いた。これでツーストライクだ。もう目を覆いたくなる気持ちだった。
「解説の権藤さん、またスライダーですね。二球続けて女子プロコラ、これには松井、全く手が出ません」
「決め球は何できますかね」
「恐らく得意のカーブ、それもYAWARAちゃんのコラージュあたりでしょう」
テレビを観ていた誰もが息を呑む瞬間。いよいよ最後の球が放たれる時が来た。目を逸らしてはいけない。そう思った。わたしが逃げてる場合じゃない。
ドピュ!
「抜いた抜いた! これは大きい! グングン伸びているーーー!」
松井選手の抜いた白濁液は大きく漆黒の空に飛んでいった。まるで星空と一体化したかのように白い液滴がフワリフワリと宙を舞った。
「ライトバック、必死にバック、それでも追いつかない。入ったー入ったー! ホームシャセーイ!」
「やはりYAWARAコラでしたね、それを見事に抜きました。あれはピッチャーを責められないですよ」
「渾身のYAWARAコラを抜き返した松井の白濁液! ライトスタンドに飛び込みました!」
「あーあ、最前列のスペルマズファンがドロドロになっちゃってるな」
「いま、松井はゆっくりとベースを回ります。たくましいですね、あれだけのホームシャセイの後にまだ勃起してますよ。そして今、ゆっくりとホームイン! サヨナラです、サヨナラ2ランシャセイです!」
ワッと病室でも歓声が上がった。医師も看護師も入院患者も、まるで自分のことのように手を取り合って喜んでいた。
「今日のヒーローインタビューは、見事な逆転サヨナラシャセイを打ちました松井選手です! どうでしたか、最後の1球はカーブだったようですが」
そんな質問はお構いなしに、松井選手はマイクを奪い、カメラに向かって呼びかけた。
「俊夫君、見たか! 約束は守ったぞ! 今度は君が約束を守る番だ!」
それをベッドの上で見ていた息子は、ふっと私のほうを見てこう言った。
「お母さん、僕、手術受けるよ、手術受けて病気を治して松井選手みたいなプロオナニー選手になるんだ!」
私はもう、涙で何も見えなかった。
「そうだね、頑張ろうね」
そう言うのが精一杯だった。
「よし、俊夫君も松井選手との約束を守ろう。そして完治したらオナニーの練習だな!」
医師がそう言うと息子はニッコリと笑って
「大丈夫、オナニーの練習ならいつもしてるよ! 看護師さんでいつも抜いてたんだから!」
ポークビッツのような男根を差し出し、必死でしごいて見せたのだった。その手つきは素人とは思えず、また病人とも思えないほど逞しくて頼もしいものだった。
「こいつは頼もしいや! ははははは!」
いつまでもいつまでも、息子が喘ぐ声と共に医師と看護師、そして私の笑い声が病室に響いていた。
―あれから10年、ブラウン管の向こうに我が息子の逞しい男根が映し出されている。そしてそのテレビの横には、あの日、松井選手にサインしてもらったプロオナニーカードに並んで、息子のプロオナニーカードが寄り添うように置かれている。
音楽は最高だ、ライブは現実の不安を吹き飛ばしてくれる!このバンドを聴き日々暮らすんだ、と胸に刻んだあの日から11年
中高生の時は野球にさほど感心がなかった、でも横浜は気になった種田の真似はしたし、TBS買収に驚いたし、WBCはテレビ観戦をしていたけれどもあの頃は専らバンド。お年玉はCDにバイト代はライブ遠征費に出演してるラジオや新譜をMDに入れ悶えていた、まさに青春
裸足で唄う姿や衝撃的な歌詞、一変して何処か懐かしい哀愁を帯びた音
雷に撃たれたのだ、心が震えた15の出来事。音だけでなく奏でる人物像が知りたい、その世界観がもっと知りたい‼決してメジャーと言い難い彼らの情報を必死に集めた。雑誌の表紙なんて飾らなかったから切り抜きを貰ってファイリングした。ライブ最前列で触れ、握手会、番組観覧。増える黒いTシャツ、タオル。それはそれは痛いくらいに夢中になりました、神のごとし全てでしたから
へぇ、丁度登場曲にこのバンド使ってる選手いるし応援しよ♪原初のカープ女子であった、だがいつしかそんな誓いも忘れたのだ。ゴールデンウィークの谷間の日、仕事や学校があるのにも関わらずデイゲームを行ったガラガラのハマスタとサヨナラホームラン
日米どちらのポストシーズンが終わった。やはり野球は楽しいな。
今話題のcs制度についてお話ししよう。私が応援しているベイスターズは3位ながらも下剋上という形で日本シリーズに進出した。えっビール掛けもしちゃうの?風邪引かないでね、呪詛っぽい不吉なコメントは止めてね。選手の喜びが眩しかった、19年ぶりの乾杯。本当に嬉しく思ったが同時に驚き戸惑った。これでいいのかな?唯でさえ1位のチームと貯金差10以上あるのに、他のチームの方がパ・リーグ相手に善戦するのでは...
そんな素人の余計な心配を他所にベイスターズはあのホークス相手に見応えのある試合が出来たのではないかと思う、あのサファテにイニング跨がせたんだぜ! 次はセ・リーグ優勝して堂々と挑みましょう。お疲れ様でした、2月のキャンプで会おう!しかし今後はcs制度見直しが必要だろう。あとNPBは開催時間をデイゲームにしてください、屋外球場は客も選手も辛いでしょうに。
さてシーズンも終わったしTwitterで新しい音楽の発掘するかー
飛び込んだ横浜を下げたツイート、おやどこから?あのバンドマンだった、やはり優勝チームのファンはそんな思考になる人も居るよね、好きな人だけに複雑だなぁと思いつつ返信欄を覗いてみた。”○○倒せクソ不愉快““ビール掛けとか球団は敬意がない” 敬意?
いやいやいや~巨大なブーメラン刺さってますよ目には目を理論ではないですが、カープ球団にそんなのあったの?締め出しとか相手チームに嫌がらせグッズ作るのに?軽率な発言は止しなさい、表現者であるなら尚更、失望したよ。それならば勝者にこそ敬意が向けられるべきでは?あなたの発言が侮辱だ。最近はネタがないからか演奏じゃなくボルダリングとかアイドル的な要素まで入れてきて笑ってたらこんな...炎上芸かい?
恐らくはカープの選手に対する侮辱行為にみえる、という事で発言したのだろうか。推測の域で語っても不毛なのでやめにする
カープファンや選手は本当に情熱や実力もナンバーワンだと思う。カープファン選手すみません。不快な発言でしょうが球団は無理です、運営が無理。あと○○倒せコールはセ・リーグだとヤクルト中日阪神さんはチャンテ内に組み込まれていますし。そんなにカッカするなよおじさん。
そんなわけで11年間続けたバンドのファン、バンギャを卒業します
リーダーが一昨年何年経ってもリスナーが戻ってこれるようなバンドでいたいです。と発言していてしみじみ言葉の暖かさを感じていたのですが残念です。戦争の歌やら日常の歌、このバンドは沢山良い歌があります
ですが政治、宗教、野球は慎重な話題が多いのです。タクシー運転手さんはよく気をつけていると聞いたことがあります。
もう私は純真な気持ちで彼らの音楽は聞けません、ライブに言ってもどす黒い渦が巻いて楽しめないでしょう。たかだかそんな呟きでそんな失望するなよ、と頭の中ではわかってはいますが行き場のない思いを綴ったまでです。自分の幼稚さも陰湿さも重々承知です。だけどTwitterも掲示板もそんな呟き話題にすらなっていないもの!完全に個人的な憤り。
ただのファンなら別に良かった、だが尊敬する大好きなアーティストの声がそれだぜ、笑えるわ
いや、ベイスターズが優勝したらかな?頑張れよ‼
長文失礼致しました、昨今のSNS発展によるこのような悲しみにふれる方が少なくありますように。
さよならもう会わない気がするよ グッズどうしようかな
突然ですが私、ジャニオタ辞めました。
大好きで大好きで仕方なかった自担くんともお別れ。勿論、嫌いになった訳じゃないんだけど。
自担くんはデビューしていない、いわゆるジャニーズJr.だったけどステージに立つ姿はいつだって誰よりも輝いてた。機嫌とか体調に左右されることもなかったよね。
ちょっとクセのある振りだったから、大勢の中にいてもすぐわかったよ。そういうところが大好きだった。かっこよかったの。
自担くんは人気がなかったよね。
出演した舞台の幕間、トイレの列に並んでいたら「近くに来たの自担くんでまじ最悪笑」ってバカにされたことも「自担くんめっちゃ見てきたんだけど笑 きもくない?」っていわれたこともあったよ。
大好きな自担くんを見に行ったのにどうしてそんなこと耳にしなきゃいけないのかな。私はあなたたちの前に並んでた自担くんのファンだよ。今、この文章を読んで心当たりのある人は私に謝って。あともうそういう場所で大声で話すのはやめてね。
公演数自慢も、良席自慢も、グッズ購入自慢も、お手紙数自慢も、ファンサ自慢もつかれた。たくさん公演に入った人が偉いの?立ち位置とか活躍のタイミングがわかる人が偉いの?最前列で公演に入ったことが凄いの?汗が見える位置だったのが凄いの?売り切れにさせるために頑張って買うのがいいファンなの?大量に買ったグッズを無償で配るのがいいファンなの?毎回お手紙書くことが愛の大きさなの?認知されることが愛の大きさなの?
もう疲れた。
みんな何を競ってるの?なんでカーストつけてるの?
ツイッターでレポ流してたくさんRTされること?フォロワー大量に抱えてこびうられること?価値観はそれぞれだよね。そんなのわかってるよ、わかってるけどさ。
そうやって悶々とする自分にも疲れちゃった。だからもうおしまい。
あと1つだけお願い。
何があってもステージに立ち続けて下さい。だって、ステージに立つ自担くんは世界で1番かっこいいから。
またいつか会おうね。
夢みたいな4年間をありがとう。
やたら括弧書きが多くなってしまったがせっかくなので投稿する。
自分も初めはコンサートや舞台に行くだけのファンだったがある時、自担(自分の担当。女性アイドルでいう推し)が辞めるという噂を聞いた。
自担はデビューしていないジュニアだった。今では辞めたジュニアが芸能活動を再開するのは当たり前のようになっているけれど、当時は辞めたジュニアがまた芸能活動を始めるのは珍しく私は自担が辞めてしまったらもう会えなくなる!と焦った。
(ジャニオタの間では自担が出演する現場に行くことを会いにいくと表現することが多い)(これがすでに痛い)
どうせ会えなくなるなら最後に本人をもっと近くでみたい!と考え舞台の出待ち現場に長い手紙を書いてもっていった。
舞台の関係者用出口にいくと女の人がずらっと並んでいた。その中で仕切りと呼ばれる出待ちをするファン(通称オリキ)のトップの人に
自担の列の場所を聞いた。一応、出待ちにもルールがありファンごとに列が形成され通行人の邪魔にならないようにはじに寄せられていた。
その日は平日で代表受けだった。はじめて来た私は10人前後の自担のファン代表にされて手紙をわたした。(代表受けはその日来ているファンの中で代表を決めみんなが書いてきた手紙を代表で渡す。舞台期間に一度も代表をしていない人から優先される。初日はじゃんけんなどで決める)
代表はお疲れさまです。などの一言を直接、担当に伝えられる。でも個人的な事や(今日誕生日です!など)質問は禁止だった。みんなの代表なので一人が会話をするのを防ぐためらしい。ちなみに代表以外は座っている状況でめちゃくちゃ緊張した。渡しおわると自担がちょっとした話をしてくれた。演説といわれる出待ちでの話の長さは人によって違うのだけれど自担はすごく短かった。それでも今まで舞台の上に立っていた自担が目の前に私服でいて話てくれる。しかも帰り際には一人一人の目を見ながら手を振ってくれるという対応に舞い上がってしまった。よくオリキは現場に入らないないのに美味しい思いをすると言われて嫌われていたが、確かにこの体験はおいしいものだった。しかし、担当が来るまでと帰った後の待ち時間は大変だった。その現場は帰るジュニアとオリキが遭遇しないように出演者するジュニアが出待ち対応を終えて帰らないと自分たちも帰れなかったのだ。(ちなみに22時までに担当が来なければ解散で待っても会えない時もある)
しかも、待ち時間に仕切りにネットに出待ちのことを書かないなどのルールの説明をされて、自分の名前を聞かれた。これがすごく怖かったのだけど出待ちをしているうちに、仕切りがその時の代表の名前とその日並んでいた人数をファミクラ(ジャニのファンクラブの運営)に毎回伝えていることがわかった。人数が少ないと事務所に人気がないと思われてしまうのでまた来てね。と言われたりする。ヤラカシ(ストーカー的な厄介行為をするオタ)にまで並ぶのを頼む人もいる。
それで怖いけれどすっかりはまってしまった自分はこの舞台期間中、出待ちをすることになる。そうすると今度は個人受けの日にあたった。個人受けでは担当の列に並んでいるオタ一人づつが手紙も渡せて個人的な会話をできるのだ。ここで色々話して担当が笑ってくれると嬉しくてまたはまった。しだいに入り待ちも出待ちもほぼいるオタクになっていった。舞台期間はほぼ一ヶ月で、自担は並んでいる人数が10人いればいいほうなので毎日いれば顔認知は簡単だった。(ジャニオタの中で認知の基準が色々あり自分の周りは名前と顔を覚えているのが認知、顔だけが顔認知)
本当に人が少ない所だとオンリー(並んでいる人が一人)や毎日個人受けの所もありジュニアに認知されている人というのは世間が思っているより多い。認知や個人ファンサは勘違いと思われている事が多いがジュニア担当の中では本当にあることであった。
出待ちできる現場も舞台だけではなく予想より多く、会える機会が多いことにますますはまっていった。非公開と呼ばれているスケジュールが公になっていない現場にいった時は塩対応だったけれどそれでもたまに優しくされるだけで良かった。オリキの友達もできて毎日楽しかった。
でも、認知されると今度は干される(ファンサをくれない、無視される)のがつらくなってきた。最前列で視界にも入れてもらえなった時は泣いた。
そのうち、大学の課題や就活で出待ち現場にいけなくなり自然と卒業できたがあのまま続けていたら確実に病んでいたと思う。担当は辞める噂はなんだったのか未だにジュニアを続けている。
あの時の仕切りはまだ毎日現場にいると思うと人のことは言えないがすこしぞっとする。
当時の思い出に関連して出待ちするようになってからファミクラにたいして不満に思っていることがある。
仕切りたちが歌番組の番組協力で手伝いをしていたり、握手会のはがしをするなどの仕事をしているが、その代わりにチケットをもらっている。
また、ごくまれにだがオリキだけが終演後ロビーに入れられてハイタッチ回をしていたこともある。これは並んでいる全員とやる時もあるが仕切り達だけできる場合もあり不公平に思っていた。(当時バックについていたデビュー組みによる指示と噂がまわったが真相は不明)
デビューすると出待ちできることが少なくなるが、出待ちを文化を隠すわりにジャニーズはオリキを優遇しすぎだ。今も有楽町でたくさんのジャニオタが並んでいるようだがこの文化はいつまで続くのだろうか。
突然だが、私には本命のバンドマンがいる。それこそ今回話のメインとなる、昨年2月から今年の半ばまでおよそ1年半私のエネルギーを全集中させたバンドマンだ。以後便宜上、彼のことを王子と呼称する。
王子に出会ったのは2016年2月5日。諸々の縁あって、とあるイベントライブに当日券で入ったのがきっかけだ。私はとても守備範囲の狭いバンギャだったので、その日のライブには目当てとなるバンドはいなかった。スタンディングで見る気力がなかったので2階席へ移動して幕の隙間から見える機材搬入をする真っ赤な衣装に身を包んだ人影をぼんやりと眺めていた。やがて幕が開いた。5年ほど前に一度だけ見たことがある、やたら覚えにくい名前のそのバンドの上手ギターが王子だった。真っ赤な衣装に真っ赤なリップ、派手な金髪、赤と緑のオッドアイ、テクニカルなギタープレイ、ギターソロを弾く真面目な顔、ソロを終えた後に大きな口をパカっとあけて笑う顔。彼の動き全てに目を奪われた。心が震えた。そんな状態のときに、王子は時たま2階を見上げてこちらを指差したりするものだから、完全にハートを撃ち抜かれてしまった。25分のステージが終わりメンバーが捌けるのを見送ったあと、すぐさま近くのCDショップへ走り最新アルバムを2枚購入した。我ながらちょろすぎる。私は王子と衝撃の出会いからおよそ30分で翌月の2ショット撮影会の参加券を手に入れた。
翌月3月14日。ホワイトデーイベントということで30秒トーク&2ショット撮影会が行われた。ガチガチになりながら初めてのイベントへ向かう。ライブ以来の王子。衣装着用時はつけまに派手なカラコン、赤リップ、とキャバ嬢のような見た目をしていたが、衣装でないときは薄いメイクになるようで、男らしさを感じてドキドキした。至近距離で見た王子はむき卵のように白くてツルツルしていて、隣に座るとなんだかいい匂いがした。優しくてかっこよくてトークも軽妙で、30秒間の間に100000000000回惚れ直した。この日の帰りさらに8枚アルバムを買い足して帰った。
4月、5月は毎週のようにライブとインストに通った。王子は3度2ショットを撮るころには私を認知してくれたし、手元にあるインストチケットがなくなる頃には自発的に名前を呼んでくれるようになった。以前通っていたバンドでは空気を貫いていた自分にとってはこれはかなり新鮮で嬉しいことだった。認知されたからには頑張らなきゃ(?)という謎の使命感からライブの本数を増やした。元々ワンマンライブ以外は行きたくないたちだったが、30分でも20分でも王子がステージにたつ公演のチケットはすぐに買うようにした。
7月にはツアーファイナルのため大阪へ飛んだ。王子のバンドの拠点は関西のため大きなライブは必ず地元大阪で行われる。実は私はギャ歴に比べると経験値が非常に浅く、ライブのための遠征の経験がほとんどと言っていいほどなかった。このライブが私の初遠征の皮切りとなり、以降東京大阪間の移動へのハードルがぐんと下がったように思う。
本当にこの頃、王子が好きで好きでたまらなかった。早いチケットを買い直してライブに行った。王子が構ってくれないと楽しくなかったからだ。構ってくれた日は浮かれて浮かれて、だらだらとツイッターに感想を垂れ流した。ライブの合間に行われるインストのために、バカみたいにCDを予約した。たくさん王子と写真を撮った。写真なんていらなかったけど王子に私という存在を忘れられるのが嫌だったから、毎週毎週飽きもせず撮影会へ向かった。私の顔を見て名前を呼んでくれるのが嬉しかった。
こう何度も現場に出向くようになると、周囲にいるファンの誰が王子を好きなのかも分かるようになってくる。いつも同じ列に並んでいる他のファンにたいして無駄に対抗心を持つようになった。こいつらが見てない王子を見たいという一心でたかだか20分程度しか持ち時間のないイベントライブのために地方へ行ったこともあった。とにかく私しか知らない王子を求めていろんなことをした。結果、何かが手に入ったわけではなかったけどその場限りの優越感を楽しんだ。
頻繁にライブに行くようになったある時。王子が贔屓にしている人が誰なのか、分かってしまった瞬間があった。周年記念のワンマンライブ中、そのうえ2列目にいたにも関わらずワンワン泣いた。その日、王子とは目も合わなかった。あまりにショックで翌週の大阪遠征も取りやめた。チケットは捨てた。10月のことだった。
しばらくの間、ショックでライブの本数をかなり減らした。11月に一度話す機会があったのでそこで少し会話をして、クリスマスにライブに行った程度。どちらも大したことは話せなかった。代わりに時々ファンメールを送った。ファンメールといっても、王子に対する八つ当たりのようなことばかりかいていたので、実際には迷惑メールだったが。迷惑メールを送り続けたことで、1月の接触では「痛い女」と王子に言われてこれまた泣いた。しかしそんな風にいいつつも、王子は優しいところがあるので迷惑メールに書いた私のお願いを結構聞いてくれることがあった。私信とまではいかないが、ツイッターやブログ、接触等で律儀にレスを返してくれる王子がやはり好きだなあとその度に実感していた。
ファンメールから徐々にモチベーションを取り戻した私は2月からまた少しずつライブの本数を増やしていった。麺被りは殺す精神はそのままだったので、とりあえず王子に構ってもらいやすい位置をキープすることでなんとか精神衛生を保っていた。その頃春からのツアーが発表された。モチベーション絶好調の私はウキウキで東名阪のチケットを押さえた。なんとこれが中々のあたりで全公演そこそこの早番だったうえ、そのうち1つは最前確実だった。狂喜乱舞した。王子にそのことを伝えると「ほんまか!最高やな!」とハイタッチしてくれた。可愛かった。
ツアーが始まった。気分は最悪だった。どうして目の前にいる私を見てくれないの。なんで私がいること分かってるのに別の人構うの。そればっかり考えていた。王子の目の前にいるのに王子の目に私は映らない。死にたかった。私はこんなに色々なものを犠牲にしてきてるのに、なんで、お前は。
公演のあと、メンバーと写真を撮るイベントがあった。能面のような顔で撮影場所にきた私に王子は言った。
「私のこと見えてたんですか」
もう本当に死にたかった。
私のことを見ない王子が嫌だったし、ファンの分際で見られたいという気持ちが肥大している自分が気持ち悪かった。私なんてたまたまチケット運が良かっただけの金なし乳なしブスだ。私よりお金をつぎ込んでる人も可愛い人もごまんといる。私が無視されることも、そういった人たちが気に入られるのも当たり前だ。でも我慢ができなかった。「次のライブも同じとこにいる」と王子に告げて撮影場所を後にした。1週間後、私はまた王子の前にいた。その日も王子はこちらを見なかった。私は限界だった。
好きだった頃に買ってしまったチケットが十数枚残っていた。ほとんどは売った。売れなかった3枚は捨てた。友達と行く約束をしていた2枚はちゃんと公演を観にいった。最前列で見たけど、やっぱり王子の目に私が映ったという実感を持てる瞬間はなかった。そして明後日、友人たちと約束しているライブで最後の1枚を使う予定だ。一体この日はどうなるだろうか。
好きというエゴが肥大して好きなものを好きだと思えなくなってしまった。少し前に起こったアイドルの殺傷事件。正直気持ちが少しわかるのだ。好きなのに、好きなのに、好きだから、憎い。まるで病気だ。
今も王子のことが好きだ。でも王子が憎くてたまらない。この感情と決別するまでは、王子に会いにいってはならないと、そう思ってる。
彼女は私と同じ俳優を推しており、その俳優が出る舞台を観に行くためには何でもやっていた。
最前全通カテコゼロズレは勿論のこと、暇さえあれば手紙をしたためハイブラの洋服をプレボに突っ込み、物販で6桁は軽く飛ばすようなオタクだった。
今思えばリア恋も入っていたかもしれない。
私は同じ俳優こそ好きだったが、彼女ほど必死に追うことはしていなかった。
舞台の上に立つ彼が一番好きな私には、見づらい最前列端よりも後方センブロの方が良席に思えたし、プレを入れるくらいならもっと自分のことに使いたいと考えていた。彼女とは現場で数回しか会ったことがなかったが、SNS上ではそれなりに仲良くしていた。
彼女と、同じ彼を好きな人たちと彼の好きなところを飽きることなく何度もしゃべった。
私は、内心「またいつもの匂わせか」とあてにしていなかったが、野次馬根性全開で何があったのかと伺った。
彼女が見つけた情報は、世間一般から見て炎上案件というような内容ではなかった。
カノバレというにはグレーすぎ、クズバレというには確たる証拠もなかった。
見つけなければそれまでといえるほどの内容に、私はそんなものかと思った。
だが彼女は降りた。確保したチケットも何もかも全部売り払い、数日後にはアカウントも消してしまった。
私以外に教えてもらった内の何人かも、相当なショックを受けていたようで、あんなに賑やかだったTLはひっそりと静まり返ってしまった。
中には、「そんなにすぐ病むならさっさと降りろ」と遠回しに攻撃する同担もいた。
人はそんな些細なことで感情が反転してしまうものなのだろうか。
推し変して、彼を推していたことなどすっかり忘れたように楽しそうに過ごす彼女たちを見て、私はそう疑問に思った。
周りがどんどん降りていって、他にも彼のファンはいっぱいいるのに私は一人ぼっちのような気分になった。
そんな中、ある日推し変した元同担の一人が、彼について少しだけ話した。
「彼を推していると感情が不安定になって疲れる」とただ一言述べた。
私は、そういうことかと納得した。
降りていった彼女たちは、私の何倍も何十倍も何百倍も全力で彼を応援していた。
その分だけ、私より彼を推すことにひどく疲れてしまったのだろう。
好きだったことをやめるのは、いったいどんなに辛いだろうか。
彼女たちの辛さは、私のような弱いオタクには想像もつかなかった。
結局、私は彼を推すことをやめなかった。
これから先も、舞台の上に立ってキラキラ輝く彼を見続けていくだろう。
だが、あの時いっしょに彼を応援していた彼女たちと、観劇後に食事をしながら感想を言い合うことも、SNS上で彼について話すこともない。
私は、それがとても寂しい。
9月の終わり、もしくは8月の終わりに卒業するだろうな、と予想していたので、強くショックはありませんでした。
どんなに遅くとも11月の生誕祭の前には卒業されるだろう、と。
慎み深い方なので、自身のイベントをやって更に送り出してもらうことを、自身へ良しとしないだろう、と思って居ました。また、ダラダラとすることを好まないだろう、と。
素敵な卒業です。じゃんけん大会と日程かぶりがやや気になりますが、たくさんの報道陣の方に卒コンについても報道してもらえると思います。
ファンレターを書こうとして、思い出がぽろぽろと溢れてきて困って居ます。
私は、いうなれば在宅のオタでした。
握手会には何度か、公演にも何度か入れました。美浜へ行ったこともあるし、外れてしまった生誕祭はモニターで泣きながら見て居ました。
(いかんせん距離の問題が大きかった、というだけです。)だから、彼女へのファンレターは私には絶対に必要なものでした。
便箋を選ぶところから始まり、構成はメモ帳に、シャーペンの下書き、ペン入れ、最後に宛名を書いて郵便局から出します。
便箋を選ぶ、そのことひとつとっても、とても大切でした。最初に彼女に出すファンレターの便箋のメーカーを決めて、ずっとそのメーカーのものを使用していました。
握手会に行けない時には総選挙のおめでとうを手紙で伝え、彼女の未来が明るく温かいものであることを祈りました。
いつかの握手の際、私はファンレターが果たして本当に届くものなのか不安だったので、真那さんにファンレターを書いている話をしたことがあります。
真那さんは私の名前を教えて欲しい、と言い、名乗ると便箋の柄まで言い当て、字を褒めてくれました。
ファンレターが届いている。
そしてそれは確かに真那さんの手元に行くのだと思うと、それだけで幸せなのに、真那さんは私が出したファンレターを覚えている、便箋の柄まで。
公演にしてもそうです。
SKEが大きなコンサートを何度開催しても、公演に入れるということは、そうした大きなコンサートより思い出に残ることがあります。
私の好きな踊り、指の先まで綺麗な。
目の前に推しがいる。
私は彼女のキャッチフレーズ、M(A)S(A)N(A)に合いの手を入れることが大好きでした。人生で1番幸せだと感じる瞬間でした。
それをやれるのはこうした時だけ。
帰り際、お見送りを受けながら、私は彼女に今日は本当に最高の日だった、応援してる、と早口で伝えました。
ありがとう〜、嬉しい!という彼女からもらった返事。生誕Tにも反応してくれて、何回もある事ではなくても、公演を観ることができたのは本当に幸いでした。
私自身は今後、ファンレターを書いて、8月11日の握手会に参加して、そのあとは卒コンのチケットをなんとか当てたい、と思っています。
彼女の綺麗でそれでいて華やかな卒業を、私もまた見届けたいと思っています。
卒コンが行われることは嬉しいですが、キャパは1万人のホールです。
わかりきっているのは、伝説のコンサートになるということ。また、じゃんけん大会同日ということもあり、倍率は高いと思います。
それでも、卒業コンサートをしてくれる事は、彼女のアイドル人生にまたひとつ、素敵な記念碑が出来ること。
たくさんの後輩から慕われ、妹のような可愛らしい同期と輝かしい未来の為のコンサートを行える、運営の方に感謝しています。
例えば、真那ちゃんは総選挙で選抜に入るようなメンバーではありませんでした。
彼女の長いアイドル人生の中でも、総選挙の選抜に入った事はなく、それでも安定した地位を常に保っていました。
ご飯を食べることが大好きで、表に出さないからこそ、理解されない苦悩も多く、またブログも不思議ちゃん、のような扱いを受ける事もありました。
でも、彼女と彼女のファンを運営の方が見ていてくれた事。その誠実に、何かを残そうとしてくれた事。
それは“誰かが投げたボール”。受け止める人がいる。
1つだけ聞きたい事があります。
私はこれからもSKEを応援します、彼女の残した大切な場所を、また受け継いだ人たちを。
最高のアイドルだと、言ってもいいでしょうか。
交換でも定価譲渡でも入場できなかった、という疑わしきはホイホイ罰していくシステム。
営利の目的でチケットまたは引換え番号転売を行ったこと、または転売を試み たことが判明した場合、弊社の判断で購入済みのチケットを無効といたします。
スタッフから「チケットの譲渡は一切認めていない」というようなことを言われたとあるが、だったらこれは一体なんなのか。
最前列付近だけぼんやりチェックして、席番の幅を持たせた出品ページをそのまま鵜呑みにして全部弾くのは、あまりにも仕事が雑だと思う。
転売がなければこんなことも起きなかったというのは一理あるけれど、転売を殺すために普通の客まで巻き添えにする必要はないはずだ。
賛否はあるだろうけど、本人確認なしで記名なしチケットだったら友人からプレイガイドの名義を借りることもあるだろう。
営利目的での転売NGを謳いながら自分が締め出されるかもしれないのは恐怖でしかない。
今後は最前潰し狙いでチケキャンに良席チケが架空出品されるだけだ。
今回だって結局転売した側は何も痛くないし、今後良席厨はチケットを複数枚確保して座れる席の保険をかけるだけだろう。
そして当日券で最前を狙う。うまく当たればあとのチケットは捌いてもいいし、公演によっては紙くずになる。
こんな中途半端なことやるくらいなら最初から身分証確認します、って公言して入場時に全員に本人確認するべきなのだ。
それならまだ転売対策と言えるような気はする。あくまで今よりは、だけど。
無効チケットと当日券で運営にチケット2枚分の料金が入る新しいライフハックで仕事した気になるのほんとうんざりする。
交換とか譲ってもらったりとかもしない、100%自分名義のチケットでしか舞台やコンサートには参加しませんって人には神対応なのかもね、と思ったりした。
(ヘタミュのサイト、ページ移動するたびに素人がワードで作ったみたいなダサいお知らせが出てくるの本当に本当にうざったいからやめてほしい)
Gateboxは未来のあるデバイスでいいなと思っている。「初音ミクと暮らしたい」まではいつもの日本の技術オタク御用達という感じだったけど、LINEに買収されたところでいっきに現実世界に受け入れやすいデバイスへの道が拓けてきたんじゃないかな。初音ミクや逢妻ヒカリに拒否感を示す人はたぶん多いだろうけど、コニーやブラウンを投影すれば日本人の大多数には拒否感なくとらえられるだろう(LINEとしては最近宣伝してるAIプラットフォーム Clova とやらを載せることを考えていても全く不思議ではない)。
が、あれをただの音声認識対応ホームロボット(あるいは音声コマンド端末)にしちゃうことは非常にもったいない気がしている。
あとちょっとのデバイス追加で全く違う世界が見える。VR用コミュニケーション端末としての世界だ。端的に言うと、360度カメラを付けて全周動画をライブストリーミング可能にする + それをVRゴーグルをかぶった誰かに届けることで通信端末にする。ただの360度カメラと異なるのは、アバターを映し出す機能があることだ。これでVR空間経由で接続した人のリアクションをリアルタイムに映し出すことができる。デバイス周囲の人に(VRゴーグルなしに)直接見える現実世界のアバターだ。新世代のテレイグジスタンスとも言える。
いまや道具として360度カメラはだいぶ普及してきたし、それをライブストリーミングとしてVRゴーグルに映し出すことも技術的にはほぼ障害はない。これをリモート会議などに応用しようというのはおそらく星の数ほどの人が考えるだろうが、いくつか問題点がある。
360度カメラ+VRゴーグル経由での「その空間」への人間のダイブはユーザにその空間に参加している感覚をもたらすが、その一方で、カメラ周囲の人に「誰がそのカメラにダイブしてきているのか」を認識させてくれない。カメラ周囲の人もVR/ARゴーグルをかぶることでカメラ自体にアバターを重ねる手もあるが、そうすると今度はカメラ経由の人の視界はゴーグルをかぶっている人で埋まることになる(VR/ARゴーグルの上にその装着者の顔あるいはアバターを重ねる手もあるが、これは現状あまりうまくいかないと思う)。
しかしGateboxのアバター表示ディスプレイがあれば、少なくともダイブしてきている人の簡易アバターを表示することはできる。ブラウンでも逢妻ヒカリでも他の何でもいいけど表示させることにより、ダイブ中の人が「どの方向を向いているか」を明確に示すことができる。これができるだけでその場の人と会話をしている感覚は大きく改善するだろう。
加えてダイブと併用するコントローラか何かで簡単なリアクションコマンドを送ることにより、アバターに頷かせたり、質問時の挙手をさせたり、疑問を持ったときに首をかしげさせたりできればいい。この程度のジェスチャーあるいはリアクションでも大きく会話に影響することはMMORPGなどをやっている人なら実感できるはずだと思う。
簡単に言うと、MMORPGにおける他ユーザのアバターを現実世界に召喚し、現実世界の映像と音声をその人に見せる、ということだ。その上、多対1のボイスチャットもできる。
これは様々な応用が期待できる。ごく簡単に思い付くだけでも以下のようなものがある。
なによりこれは、実際の技術的にはほぼ実現可能なところに来ているというのがよい。360度カメラもその映像をVRゴーグルで受け取ることも実現しているし、今となってはそう高価でもない。アバターを映し出すディスプレイ(およびその小型化)はGateboxの独自技術だ。自宅外での運用については通信量が気になるところだが、LINE MOBILE に専用のプランでも用意すればよい。
先にも書いたが、おそらくこれはテレイグジスタンスという名前で研究されている分野の応用だと思う。ただし遠隔ユーザの身体性がなく、そのかわりにディスプレイ投影のアバターを用いるところが少し異なる。(わかる人には、SAOマザーズ・ロザリオの紺野ユウキがアスナの肩に乗ったときのアレ、というと近いかもしれない。ただし肩に乗ることはできず、そのかわりにアバター投影が得られる。)
思い付く範囲の問題点というと、それでもひとセットの値段がまだそこそこする((Gateboxの360度カメラ付きバージョンで8〜12万くらい? もっと? とVRゴーグル、およびアプリケーションと通信費))、というところか。しかし、たとえば入院患者向けみたいな用途についてはリース会社を挟むとかすれば、だいぶ扱いやすい価格になるだろうと思う。
技術的な問題点については、たとえば現Gateboxの上に360度カメラを載せるとして、VR経由でダイブしている人の視座はそのカメラ位置になるだろうけど周囲の人はカメラ下にあるアバターを見るだろうから、視線が合わない、ということかな。これはカメラ映像の補正で、ダイブしている側の(仮想的な)視座をアバターに合わせてやる、とかできそうな気がする((素人なので本当にできるかどうかは知らん))。
Gatebox、すばらしい技術とアイデアだと思うんだけど、Clovaとかで素晴らしいAIを載せる方向で頑張るより、こっちのほうが未来があると思うんだよなあ。
ステージ上にパフォーマーさんが表れ、子どもたちは我先にとステージ前に集まっていった。
親たちは少し離れた位置でそれを見ている。
親子イベントということもあって、パフォーマンスの内容は色々な作品を作っては子供にプレゼントするというものだった。
6歳の息子は物怖じしない性格でぐいぐいと最前列に出て猛アピールを続ける。
3歳の娘は場の空気に圧倒されてしまったのか、少し離れた位置で参加したい気持ちと葛藤した様子でイベントを眺めている。
息子のあまりの食いつきっぷりにパフォーマーさんも少し持て余す様子。
一向に作品をもらえない息子だが、一生懸命アピールすれば報われるわけではないことを知る良い機会だと温かく見守っていた。
しかし息子氏、よっぽどもらいたかったのか女子向けの作品にすら小さな女児を差し置いて猛烈にアピールし始める。
そこは流石に空気を読む必要があることを教えねばと、戻ってきたら言い聞かそうと思っていた。
娘はもらえないことを悟ったのかすでにこちら戻ってきて妻の膝の上に座っている。
かくしてイベントが終了するもとうとう一つとして作品をもらえなかった息子。
案の定妻のもとに来るとそうそうに顔をぐしゃぐしゃにして大声で泣き始めた。
作品をもらえた子どもたちに肩身が狭い思いをさせるのも申し訳ないと、「だらしがない!」と叱りつけようとした瞬間、息子は泣きじゃくりながらも思いがけない言葉を口にした。
「妹に、取ってあげたかった!」
それを聞いた瞬間、兄に抱きつきながら同じく火の着いたように泣き始める娘。
慰めるように二人を抱きしめる妻の目もすでにうるうるしている。
そんな状況に耐えられるほどぼくの涙腺も強くはなかった。
端から見たらもらえなかったくらいで一家総出で大泣きとかどんだけだよって思ったかもしれないけど、息子の成長と家族の愛情を思いもよらない瞬間に実感できた幸せに溢れる出来事でした。
また書きます。と結び↓つつ、2ヶ月あっという間に……。
https://anond.hatelabo.jp/20170516165447
夏休み中に誕生日を迎えるので、誕生日プレゼント兼読書感想文向けに、
まずはここら辺かな、と
https://anond.hatelabo.jp/20170515180123
https://anond.hatelabo.jp/20170515185422
でいただいたおすすめ本より、
『数の悪魔』
を注文しました。
明日には着くのかな。
息子の反応が楽しみです。
他におすすめいただいている
『オイラーの贈り物』
『利己的な遺伝子』
この辺りは、過去に私が全く関心を持たなかった分野なので、どれもこれも情報ありがたかったです。
唯一、結城先生の『数学ガール』シリーズだけは存在を認知していたので、著者が日本人で昔からTwitterされてる(もちろんはてなーでもある)のって影響あるのだなー、と実感できました(笑)
その後の息子の様子ですが、
夏休みに入る前の三者面談(担任+特別支援の先生+母である私)では、
「立ち歩きもなくなったし、積極的に発言するなど授業に対しても意欲的ですよ!」
と、ホッと一安心でした。
低学年では「先生の目が届くように」との配慮で、常に最前列を横移動していたような状況でしたが、
今年は一度後ろの席にしてみたら、それがハマったのか全く立ち歩きなく落ち着いているのとのこと。
おそらく、持たせている自由帳への落書き(すごい密度でゲームの構想が…)という内職に集中しやすいからじゃないか、と母としては予想しているのですが。
(教室からの脱走防止アイテムとして、入学当初から教科ノート以外に自由帳を持たせること、授業中の使用許可をいただいています)
今年の夏休みは、こども対象のプログラミングコンテストなどに応募出来るといいな。
息子自身が完成出来るところまでやる気が持続するかが怪しいですが、まず、ちゃんと完成させて1つ達成感を持ってもらうことが目標です。
沢山いただいたトラックバックに個別にお返事できずでどんどん時間が経ってしまっているのですが、聞いてよかった!!ありがとう増田日記!という感じです。本当にありがとうございます!