彼女は私と同じ俳優を推しており、その俳優が出る舞台を観に行くためには何でもやっていた。
最前全通カテコゼロズレは勿論のこと、暇さえあれば手紙をしたためハイブラの洋服をプレボに突っ込み、物販で6桁は軽く飛ばすようなオタクだった。
今思えばリア恋も入っていたかもしれない。
私は同じ俳優こそ好きだったが、彼女ほど必死に追うことはしていなかった。
舞台の上に立つ彼が一番好きな私には、見づらい最前列端よりも後方センブロの方が良席に思えたし、プレを入れるくらいならもっと自分のことに使いたいと考えていた。彼女とは現場で数回しか会ったことがなかったが、SNS上ではそれなりに仲良くしていた。
彼女と、同じ彼を好きな人たちと彼の好きなところを飽きることなく何度もしゃべった。
私は、内心「またいつもの匂わせか」とあてにしていなかったが、野次馬根性全開で何があったのかと伺った。
彼女が見つけた情報は、世間一般から見て炎上案件というような内容ではなかった。
カノバレというにはグレーすぎ、クズバレというには確たる証拠もなかった。
見つけなければそれまでといえるほどの内容に、私はそんなものかと思った。
だが彼女は降りた。確保したチケットも何もかも全部売り払い、数日後にはアカウントも消してしまった。
私以外に教えてもらった内の何人かも、相当なショックを受けていたようで、あんなに賑やかだったTLはひっそりと静まり返ってしまった。
中には、「そんなにすぐ病むならさっさと降りろ」と遠回しに攻撃する同担もいた。
人はそんな些細なことで感情が反転してしまうものなのだろうか。
推し変して、彼を推していたことなどすっかり忘れたように楽しそうに過ごす彼女たちを見て、私はそう疑問に思った。
周りがどんどん降りていって、他にも彼のファンはいっぱいいるのに私は一人ぼっちのような気分になった。
そんな中、ある日推し変した元同担の一人が、彼について少しだけ話した。
「彼を推していると感情が不安定になって疲れる」とただ一言述べた。
私は、そういうことかと納得した。
降りていった彼女たちは、私の何倍も何十倍も何百倍も全力で彼を応援していた。
その分だけ、私より彼を推すことにひどく疲れてしまったのだろう。
好きだったことをやめるのは、いったいどんなに辛いだろうか。
彼女たちの辛さは、私のような弱いオタクには想像もつかなかった。
結局、私は彼を推すことをやめなかった。
これから先も、舞台の上に立ってキラキラ輝く彼を見続けていくだろう。
だが、あの時いっしょに彼を応援していた彼女たちと、観劇後に食事をしながら感想を言い合うことも、SNS上で彼について話すこともない。
私は、それがとても寂しい。