私が大学生活で学んだこと
人はひとりひとり違っていること
そしてひとりひとり正誤などないこと、ひとりひとり認められること
誰かに嫌なところがあったとしても、その人そのものを嫌いにならなくてもいいこと
本当に困った時に助けてくれる人が、思った以上にいないこと
しかし自分のことを分かってくれたり、認めてくれたり、あるいは叱ってくれたり、救ってくれたりする人が、たとえ瞬間的だとしても、確かに存在すること
丁寧な人間関係
世の中で「正しいとされること」が必ずしも正しい訳ではないこと
たくさんの夢と希望と野望を抱えて上京してきたあの春から、4年が経とうとしている。
いま、卒業を前にして、私はいくつの夢を捨て、希望を失い、野望を諦めただろう。
考えると虚しくなるくらいには、だ。
オシャレなレストランやカフェで働きたかったけど軒並み落ちて、ようやく受かったバイト先はブラックだと友人に教えられた。
思えば変な雰囲気が漂っていたけど、初めてのバイトで何も分からない私は普通に頑張った。
別のところで働いている友人の話を聞いて初めて、半畳ほどの狭いロッカーで立ったまま賄いを食べることが当たり前ではないと知ったし、「誠意」を示すために30分前に出勤したり閉店後3時間も残る必要なんてないことを学んだ。
3年目まで頑張って、辞めた。
旅先から思い切って「辞めます」と店長にメールをした後、連れていかれた深夜の喫茶店で、辞める理由を問い詰められて叱責されてる間、とにかく泣きながら黙って耐えた。
計画では片手間にやろうとしていたサークルにしっかりハマって、部長もやった。
いろんなことを後回しにして、蔑ろにした。
中学からの趣味を続けようと思っていたけど、サークルのほうが楽しくなって時間もお金も回らなくなったから、就活を理由にして辞めた。
本当は就活なんてまだまだ始めていなかったのに。
そんなサークルも同期と揉めて、辞めた。
4年になってからはそれこそ就活が始まったけど、一度ビックサイトに行って遠すぎるし交通費もバカにならないので合説に行くのは基本的に止めた。
志望している企業の説明会や講演にはそれなりに通って、だいたいどこの説明会でも同じ内容を繰り返してるんだってことを学んだ。
座席は先着順だったので、2時間前に行って一番前に座るぞと意気込んでいたけど、普通に遅刻した。
最前列ではなかったけれど、ずっと社長に向かって「採用してくれ」ビームを出した。
講演が終わった後、スカウトされてしまうのではないかと思ったけど、当たり前に私に目もくれず退室していった。
力みすぎて背中が痛かった。
社長がランニングで肌を焼いて採用されたと話していたので、それ以降もサークルに打ち込んで、思う存分肌を真っ黒にできた。
締め切り当日の夜9時、私はまだESを書き終わっていなくて、立川のバーミヤンで必死に空欄を埋めていた。
まさかのペンのインク切れ、かつ準備が悪いので予備のペンなど持っていなくて、慌ててバーミヤンを出てローソンでボールペンを調達した。
またバーミヤンに戻るのも面倒だったので、残りは郵便局で書こうと思ったのだが、立川郵便局がまさかの臨時休業。
本来なら宛名などを書くためのカウンターで立ったまま必死に手を動かしながら、隣の男の人が同じ企業へのESを書いているのをチラ見した。
もしあの時インクが切れていなかったら、0:00ギリギリまで立川のバーミヤンにいて郵便局が開いていないなんて気づかないで、間に合っていなかったと思うと、神さまはいるんだろうと思う。
びっくりするぐらい何も話せなかった。
神さまはいるけど、実力が足りなければどうしようもない。
今は、たくさん落としてきた単位を回収するべく、4年間で一番一生懸命、大学に通っている。
4年生は私だけ、という授業がたくさんある。
ちゃんと聞くと面白い授業がたくさんある。
レポートにテスト勉強と、やることもたくさんあるんだけど、ちょっと休憩したくて、初めてますだを書いている。
これまでの4年間を振り返っている。
気づけば何も残っていなくて、私の4年間は何だったんだと思うことがある。
Facebookでバイト先の後輩や社員から花を贈られて笑っている友人の写真を見るとき、Twitterでサークルの仲間たちと旅行先で笑っている友人の写真を見るとき、Instagramでオーストラリアにて念願のスカイダイビングをしたという友人の写真を見るとき、昨日の綺麗な夕陽の写真ぐらいしかアップするものがない私の日々は、何だったんだと思うことが。
すべてに意味がある、全部無駄ではなかった、ということにすることもできると思う。
そしてもちろん、すべてが無駄だった、ということにすることもできる。
本当は、意味があってもなくてもどっちでもいいし、無駄でも無駄じゃなくてもどっちでもいい。
ただ、私は4年間を過ごした。
最高の4年間でも、最悪の4年間でもどっちでもいい。
価値を決めることは楽しいかもしれないけど、というか、そうやって序列を決めることで安心できる人もいるかもしれないけど、そんなことをする必要は全然ない。
大事なことも、矮小なことも、駄目なことも、幸福なことも、楽しかったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、悔しかったことも、辛かったことも、全部、ごまかさずに、何かの価値の中にまとめてしまわずに、なるべくそのまま持っておきたい。
分かりづらいと思うけど、それが、私が大学生活で学んだことだと思うし、得たことだと思う。
学ばなくてもいいし、何も得なくてもいいけど、4年も過ごしといて何だったんだって思っちゃう自分を励ますために、強いて言うなら、そうです。
あなたの書いたこの文章すごく好きです。
気づいたら読み切ってた
こんな一時的に自分を誤魔化すような納得したってどうせもたん