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はてなキーワード: 資金的とは

2020-07-12

anond:20200712021934

批判がしたいだけなのかどうかは知らないが、女は女でどうかと思うような絡み方してる奴もいるぞ。

Vtuberじゃなくて某芸人チューバ相手スパチャで求婚してきたり、自称嫁を語ったり、〇〇してってファン要求したり、体の部位狙ってきたり。

増田の言うイジリとは度合いが違うかもだけど、根本はどっちも変わらないと思う。

男女が問題というより、そういうノリが容認された空気の中で安心しきってて、自分たち悪ノリエスカレートしてる自覚がなくなってくる奴が多くなるのが問題なんだと思う。

チャット参加者ってある程度までは「配信者とやりとりができて嬉しい」くらいだったはずなのに、いつの間にか「この配信を盛り上げてるのは俺たちだ」ってふんぞり返ってる奴が多くなるイメージがある。

特にスパチャは資金的支援者から常連になればなるほど胡座描くようになるわな。

そういうのどうかとは思うけど、俺はもうあの狂気の輪に警鐘を鳴らす気力は無いわ。お山の大将たちは麓の人間言葉なんて耳にしないってな。

増田もほどほどにしとけよ。

2020-07-10

視聴者同士のイザコザが気味悪すぎて、配信者のチャンネル登録を解除した話。

ある配信者のチャンネル登録解除した。登録してから一年

配信者や視聴者同士でたわいもない会話をするのが楽しくて、あまりチャットに参加してこなかった私でもその居心地の良さを感じていた。

そんな平和チャット欄だったはずなのに、いつの間にかチャット以外のところでギスギスし始めた。

配信者のファンだけを募ったLINEオープンチャットで、どうやらひと騒動あったようだ。

その予兆は数日前に既にあった。

Twitterの私のTLに、フォロワー以外の愚痴が流れてきた。その愚痴はなぜか()付だった。

ある特定人物が送るスパチャの文言が気に喰わない。平たく言えばそんな内容だった。

書いてあった愚痴の詳細は省くが、スパチャの送り主は容易に想像できた。

配信者を身内ネタでイジるのが定番化してきたスパチャの流れに、配信からファンサを求めるスパチャを送る視聴者が出てきたのだ。

配信者は送られてきたスパチャを全部読む人で、最近は長文のスパチャラッシュを読み上げるのに結構時間を要する配信も多くなっていった。

その度に配信本来の進行はストップされるが、視聴者はみんな自分スパチャを読まれたいので、文句を言うことは無かった。

それが、今になって一部のスパチャだけを責めるような愚痴が流れてきたのだ。

その()ツイートリプライが何個も付いており、開いてみるとそこには賛同したアカウントが軒並み()を付けてヒソヒソ話の呈を守って盛り上がっていた。

ヒソヒソ話の呈を作っておいて、どこもヒソヒソしていないその呟きに気味悪さを感じた。

加え、「そんなに目くじら立てる話か?」とも思った。

配信を楽しみたい。配信者とお近づきになりたいと思う視聴者はいくらでもいて、そのアプローチの仕方は千差万別の筈だ。

過去にも、配信者に絡むようなスパチャはあり、その内容に比べると、ファンサなんてまだ可愛いもののように思えた。

それに、配信者は容認して一つ一つ平等スパチャを読んでいるというのに、なぜその方針にではなく、送ってきた人を責めるのか。

そもそも、身内ネタでイジる流れも、最近しつこくなりすぎていて、私はあまり好きではなかった。

チャット常連しかからないようなノリのスパチャが延々と続き、一時間も進行をせき止めるようなことがあったばかりだったのだ。

正直その光景に私はドン引いていたが、配信者が楽しそうだったので文句を言うことでもないと思った。

スパチャを送れば他の視聴者が気分を害してもいいのかよとは、私の意見で、それはファン要求勢にも身内ノリ勢にもどちらに対しても思っていた。

しかし、そもそも配信者が資金的支援をする人を贔屓することは当たり前なのだから、それを一視聴者が目くじら立てることでもないと思っていたのだ。

そう思っているのは私だけだったようで、ひと騒動あったのは、その数日後の事だった。

Twitterにはオープンチャットが荒れていることを嘆く呟きが目立つようになった。例に漏れ()付だった。

ファン同士のイザコザを避け、極力視聴者とは関わらないようにしていたが、フォロワーからいいねで流れてきた。

どうやらオープンチャットは泥沼で、少数が衝突し火が付いたところに別の人達が次々に油を注いでいったようだった。

()のなかの呟きは、切に火消しを望んでいるような、切迫した者も出てき始めた。

配信者はとツイッターアカウントを持っていて、ファンアートの存在もよく知っていた。

この光景は、本人や関係者の目にも届いているのだろう。

私は()付の呟きたちを見て、呆れと怒りとが混ざったような気持ちが渦巻いていた。

()付の連中が余りにも身勝手だと思った。普段配信では楽しいチャットにしたいと言っておきながら、配信者が見ているかもしれない場所で、平気で問題が起きていることを報告しているのだ。

実名を出さなけれないいという話ではない。ファンアートを特定されているということはそのアカウント特定されているわけで、見られていない確証はない筈なのに、「私たちファン同士でギスギスしてます」と、こうも簡単公言できてしまファンたちがとても気持ち悪いものに見えた。

()付けてるのは、配信者に対する負い目なのか、それとも配信者に閲覧注意とでも言っているつもりなのか。

見て欲しくないなら見えないところでやれよ。

私は、感情のままにその旨をぶちまけた。ただ、ごく少数のフォロワーしかいない私の声がその大勢に届くわけもなく、寧ろ拡散もされることも無かった。

その翌日、またいいねされたとある呟きが流れてきた。

「私は視聴者の皆さんと仲良くチャットがしたいので、これからよろしくお願いします」

その一言を読んで、私は腹の底からドス黒い感情が湧き上がってくるのを感じた。

自分達で騒動引き起こしておいて、仲良くしたいとはどういうことなのか。それをいいねして更に拡散していく視聴者たちの感性を異質だと感じるのは私だけなのか。

私は考えるのを止め、ツイッターアカウントを消した。数日前にスパチャを送ったばかりだったが、配信者のチャンネル登録からそっと外した。

視聴者の振る舞いに一番不満を持っていたのは私だった。そして、その振る舞いを野放しにしている配信者のことも、私は嫌いになろうとしていた。

嫌いという感情原動力アンチとして生きるのはあまりにも惨めなので、もうすっぱり忘れて別の事に楽しみを見出そう。今ではそう考えている。

ただ、そっと離れるだけなのは尺だったので、この不満だけは吐きだしたくて増田投稿することにした。

解除する前に見たチャンネル登録者数はこの数か月間停滞中。寧ろ、一周年の頃に比べると減少傾向にある。

もっと激減して配信者がこの問題に気付けばいいとも思うし、何も気づかずに表面上の登録者数だけ見て喜んでいればいいとも思った。

2020-07-07

香港基本法第23条を知らないはてなー無知

香港問題ニュースで頻繁に流れ、ホットエントリーにもしばしば登場し、ブックマークコメントもそれに応じて書かれている。

ほとんどのブコメが「香港言論の自由がなくなる!」「中国酷い!」「民主主義が終わる」みたいなコメントで溢れかえっている。

だが、実は真相ちょっと違う。

ていうか、多分ほとんどの人が知らないんだろう。

香港中国返還された1997年、それに伴って香港基本法が制定されている。

この基本法の第23条に

香港特別行政区は、 あらゆる国家に対する叛逆、 国家の分裂、 叛乱の煽動中央人民政府顛覆及び国家機密の窃取の禁止外国政治的組織又は団体香港特別行政区において政治活動を行うことの禁止、 並びに香港特別行政区の政治的組織又は団体外国政治的組織又は団体関係を構築することの禁止について、 自ら立法を行わなければならない

と定められているのである

これが2003年に一旦定められようとしたのだが、民主派が50万人に及ぶ大規模デモを行い、結果撤回に至ったまま、今日までずっと続いて、中国側が強硬法制化したという経緯があるのだ。実際に、マカオの方はポルトガルから返還後、同様の23条があったが、国家安全条例をすんなり制定して問題にならなかった。

どうしてか香港はこんな事になっちゃったかと言うと、これは香港イギリス統治領だった事が大きい。イギリスコモン・ローの国であり、ざっくり言えば慣習法世界なのであるもっと平たく言えば、市民がみんなで色々決め事をしていくという世界なのだ

で、国家安全条例基本法にある通り、自ら立法を行う=香港市民が決めるから待っとけ、完全移譲まで50年あるからいいだろと、のらりくらり交わしていたように中国には見えた筈であるしか中国側としてはこれは約束不履行である

だったら犯罪人引渡しくらいなんとかしろ、つっても香港デモばっかやって全然聞かない。挙げ句最近ではほとんど反中と言っていい抗議デモばっか。中国からしたらテメーらふざけんな!である

まぁ、中国の苛つきのきっかけは、習近平愛人問題暴露する本を香港出版しようとしたからだろうけど、そりゃ怒るわなw

からアグネス可愛そうじゃねぇんだよ。さっさと香港市民に都合がいいように23条に定められた条例を作らなかったかなのだ

ちったぁ勉強しろはてなーの無学共が。

 

・・・と煽ってみるw

追記

ちなみに、香港市民に聞くと周庭(アグネス)は人気はあんまりないらしい、どころか嫌ってる人も多い。理由はよく知らん。

mangakoji だって自治政府認められてないのでは?立法できないでしょ?立法院を作らせなかったイギリス香港政策の置き土産だと

上に書いたろ? 2003年に一回、香港立法会で定めようとしたんだよ。そしたら民主派が潰したんだって。ちったぁ調べれや。

当然この23条は天安門事件があったからだ。それ以降に追加した条文だ。延々ずっと中英間で返還交渉はやってたんで、その間に天安門事件が起こったからね。で、香港やべぇと。一国二制度はしゃぁないけど、国家転覆を目論むような動きははっきり潰すことにしておかないとやばいと言うんで入れた条文だ。だけど、決めんのはそっちでやってくださいって、そこまでは譲歩してあるんだよ。

ところが香港民主派が、これを認めやがらんのだ。その挙げ句最近では香港独立まで言い始めるんだから話にならんわけ。

かい話をすると、香港イギリス統治を離れた時くらいを境に、香港民主化運動が藁藁と湧いてきたんだ。中国恐いというわけや。一国二制度はいうけど50年しか猶予がない。

からその間に、どうにかして香港に強力な民主主義を作っていきたいという動きが続いていたんだ。で、2047年の期限までに住民投票独立まで出来るようにしようという考えがあったわけ。そのためには香港基本法23条に定める国家安全法の立法邪魔だったから、別に期限もないしほっとけ、みたいな風に思ってたんだろうね。

でも香港基本法解釈権は中共にあるんだ。そして、どういう解釈をすればそうなるのかまではよく知らんけど、法解釈を巧みにやれば中国立法公布してしまえるようになってたのさ。それが今回の顛末なわけ。

はてなーも、遠藤氏の記事ブクマホッテントリ入りさせるくらいだから、ある程度は知ってるはずなのにね。

その遠藤氏もどういう経緯があったのか知らんけど、あそこまでよく知っていながら、民主主義派だからだと思うけど、結局「習近平がー」の人なんだよね。

でも、中国が余りに強引な法制化をしたのは、香港が悪いと思うよ。香港民主派がってことだけど。さっさと自分らで上手く制定しておけば、中国だって文句は言えなかったはず。

 

も一つ付け加えるの忘れてた。

これはあんまり知らない話なので噂レベルの話にしかならないけど、この香港民主運動の裏には、宗教団体が絡んでいるのではと思ってる。デモ連中がどうやってデモ中に食ってたか知ってるか?

食ってたっていうのは文字通り、食事をってことだけど、宗教団体が食わせてたんだよ。

香港中国政府に完全に乗っ取られてしまうと一番困るのは宗教団体だ。法輪功など、中国政府宗教弾圧する。チベットやら何やら例を上げるまでもなかろう。

資金的な後押しがなければ、あんデモ活動なんて出来るはずがないと思うので、多分民主運動を裏で操ってるのは宗教団体だろうと個人的に思ってるけどね。

しか大きな宗教団体が八つくらいあったはず。キリスト教系や仏教系など色々。

2020-05-06

みんなコロナ禍でイライラしているよねー

アーティスト叩きの次は演劇界隈叩きか…。

かに今回演劇業界の人が他業種を見下した発言をしたので自業自得の側面は強いけど、オタクとかあの界隈の人達は程々に引き上げてほしいなと思ったりする。

それこそその業種へのオタク界隈のイメージのより悪化を招く事になるし、下手をすればそれこそその批判的行動が逆に世間から非難を受けるきっかけにすらなりかねない。

それこそ今まで自身攻撃してきた連中と同じ轍を踏みかねない危険性があると思うのだけどね。

ぶっちゃけて言えば、今は製造だろうと飲食だろうとどの業界経済活動を止められて厳しいのは事実だし、一番悪いのは粗利補償とか消費税ゼロとかの根本的な対策をしなかった麻生大臣政府からねぇ…。

何も演劇スポーツコンサート等のイベント企業、そして漫画家アニメーターけが厳しくなったわけではないよ。

何にしてもオタク界隈は今まで攻撃されてきた界隈であるし、変に今は自民と言う与党に取り込まれ増長しているのは事実としてあるのかもね。

漫画家にしてもアニメーターにしても同人屋にしてもここ最近は色々な側面で増長しているのは見ていて判るからねぇ…。

ただそれでもこの手の民間の所にヘイトを向ける様な行動自体望ましいものとは思えないし、それこそ自分達を攻撃していた所まで堕ちかねないと思うのだけどな。

余り図に乗っていたらそれこそ痛い目を見る事になると思うのだけどねぇ…。

フェミニストフェミニスト岡村氏の件を変に悪用しようとして自滅していたし、この演劇の件やそれに伴うオタクの件を見ても本当このコロナ禍を見ていると変に噛みついて自滅しそうな人たちが多いなと思ったりしているよ。

しかし右も左も問わず政治思想が極端な人ほど、今は民間人に対して攻撃的な人が多いと思ったりする。

資金的余裕のない人達はこのコロナ禍で攻撃的になりすぐ噛みついて、資金的余裕のある人達コロナ禍と関係ない思想を騒ぎ立てて空気の読めない行動をしていたりとね。

そしてどちらも民間人にやたら攻撃的。

まぁ、昨今の西村大臣発言が発端のパチンコ騒動をみても政府の方もそっちに目を向けさせていたいのは事実なのだろうけどさ。

2020-05-03

憲法記念日改憲問題安倍総理は自滅していると思う

首相 緊急事態対応 憲法にどう位置づけるか 国会議論

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200503/k10012416421000.html

<新型コロナ>便乗の改憲論議与野党から批判 憲法審、今国会未開催 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/202005/CK2020050302100018.html

草。

そりゃこのコロナ禍と言うどう考えても下手な有事よりもヤバい事態なのにそのコロナ禍を悪用し、ある意味火事場泥棒的にこの様な発言をすれば非難が出ない訳がないよな。

緊急事態宣言を出して延長した当人が一番理解していないのだからマジでやばいと思う。

本当の意味で今は平時ではないのだから与野党共に批判意見が出るのは当たり前だし、そのコロナ対策すら、安倍総理政府決断能力の無さや判断の遅さ、そして対応の悪さを見せつけたのだから改憲派ですら、この政権の下ではやらせはいけないと言う人がいるのも当たり前だよ。

普通に今はコロナ対策以外全ての政策法案を凍結すべき時なのにこんなの平時にやるべき事だからね。

そこで空気の読めない発言をしたらこうなるのは当たり前。

ただでさえ、政府対応の悪さや何もしなささのせいでコロナ禍に付随した問題経済面医療面学業面等々、雪だるま式で増え続けてしまっているからね。

それにその当人政府自体国内企業補償国民の補助と言った本来すべき資金的援助を蔑ろにして、IMFを通じて海外支援をしでかしたり、アベノマスクの配布と言ったもの勝手に決めたりしたからな。

その上、一律支給の面でも自党の若手の意見無視して、公明党に連立解消を材料にされて、判断したと言う体たらくぶり。

有事であればそれこそその決断能力の無さや判断の遅さは破滅自体しか招かないし、今回に関しても余りにも破滅的な事をやらかしているので、もはや憲法とか関係なく、当人政府資質問題却下される段階だよ。

そしてその憲法改正の緊急事態についての条項の話自体、どう見ても個人自由制限と言った内容から政府批判封じに使いたいと言う思惑まで丸見えだからね。

そもそもこの様な発言を今する時点で、総理自体危機感が皆無であり、平和ボケしている証明にもなってしまたからね。

場合によってはこれ以降憲法改正の熱自体低下して、低迷する可能性も十分あるだろうよ。

その程度にはこのコロナ禍においてやってはいけない事をやってしまったし、その議論自体に大きく今回水をぶっかける事になったのは事実

恐らく真面目に改憲問題を考え進めようとしていた人ほど今回の安倍総理の行動に対しては頭を抱えているんじゃないかな?

何せやる事をせずにこんなこと言っても全く説得力がないからね。

2020-04-14

COVID-19 ソリューション主義解決策にならない

COVID-19の疫病は特異な歴史的コンテクストに現れました。まず、グローバル資本主義自由民主主義の折り合いをつけるには他に解決策(ソリューション)がないと30年間も信じてきた後で、人類は自らに課した昏睡状態からしだいに目覚めつつあります。状況が改善するかもしれないが、急激に悪化するかもしれないという考えにもはや誰も驚きません。

他方で、これまでの4年間、ブレグジットトランプ大統領当選ジェレミー・コービンの登場と失脚――じきにバーニー・サンダースも同じ運命をたどることになりました――といった出来事からグローバル資本主義がかなりしぶといものだということが見えてきました。世界主義から排外主義へ、ネオリベラリズムから社会民主主義へ、イデオロギーがたんに変わるだけでは、社会的経済的な諸関係は変わりませんでした。資本主義の完全な作り直しという課題に直面して、かつてはあれほどラディカルに見えたイデオロギーが無力で陳腐ものであることが明らかになりました。

現在健康上の緊急事態をどう考えるべきでしょうか。COVID-19の引き起こし危機世界を変えて開放する可能性に希望を抱く人は、すぐに失望することになるかもしれません。私たちの期待が過剰だというのではありません。ユニバーサルベーシックインカムグリーンニューディール政策妥当だし、まさに必要ものです。ですが、私たちは現行のシステムのしぶとさを過小評価し、また同時に、思想が堅固な技術的・経済的インフラなしで世界を変える能力過大評価しています。そうしたインフラがあってはじめて思想作動させることができるのに。

ソリューション主義国家

ネオリベラリズム」のドグマ諸悪の根源とみなされることが多いですが、このドグマであらゆることの説明がつくわけではありません。知的には「ネオリベラリズム」には似ているものの、これとはまた別の悪について、10年ほど前から私は指摘しています。それは「ソリューション主義」といいます

このイデオロギーは、ポストイデオロギーであることを標榜しており、グローバル資本主義が生み出す問題矛盾解決しながらこれを動かし続けるために、いわゆる「実践的」な、個別対応策をまとめたものを勧めます。そして驚くべきことに、こうした対応策には美味しい利益がついてくるのです。

ソリューション主義もっと有害帰結は、スタートアップではなく私たち政府がもたらします。ソリューション主義国家とは、その前の時代監視国家人間的になりつつもより巧妙化したもので、二重の使命を帯びていますイノベーションを引き起こす人々(デベロッパーハッカー起業家)は御しがたい存在ですが、これらの人々がその能力既存リソースを〔現在グローバル資本主義とは異なる〕他の社会組織を作る実験に用いないよう、ソリューション国家は気をつけていなくてはなりません。AIクラウドコンピューティング恩恵を十全に受けたいのなら、資金的に余裕のあるスタートアップを作らなくてはいけないようになっているのは、偶然ではありません。逆にそれは意図的政治的努力の結果なのです。

その帰結。非商業的なしかたで社会を編成する制度を生み出す可能性があり、既存体制転覆するおそれのある試みは、頓挫する。そういったものは胚子の段階で殺されます。そういうわけで、ウィキペディアの流れをくむ団体はもう20年以上現れていません。とにかくデータが欲しい多国籍企業世界を完全にデジタル化してゆく時代に、国家自分の分け前を手に入れようと目論んでいます監視が完全に行き渡ったことに加えて、企業世界デジタル化してきたことで、諸国政府市場を利するかたちでソリューション主義的な数々の介入を進めることができるようになりました。

ナッジ (nudge)の技術ソリューション主義の完全な実践例です。ナッジのおかげで、問題の原因は変えないまま、取り組みやす作業の方に集中することができる。それは、個人の行動を不可変の現実(それいかに残酷現実であっても)に「合わせる」という作業です。

ソリューション主義者のみなさん! COVID-19はソリューション主義国家にとって、9/11テロ監視国家にとって持っていたのと同じ意味を持っていますしかし、ソリューション主義民主主義的な政治文化に対して示す脅威は、〔監視国家よりも〕陰険はいわないまでも、より微妙ものです。

COVID-19の危機にさいして中国韓国シンガポールがとった独裁主義的な戦略評価されました。3国ともに、市民が何をしてよいか、してはいけないか決めるために、アプリドローンセンサーの展開をトップダウンで決定しました。西洋民主主義的な資本主義擁護者を標榜する人たちは予想通り、すぐさまこれらの国を批判しました。

エリートの臆見をもっとも雄弁にうたう詩人たるユヴァル・ノアハラリがファイナンシャルタイムズコラムで表明した代替案は、シリコンバレープロパガンダマニュアルからそのまま出てきたようなもので、知識によって市民自律的にしよう! というものでした。

人道主義的なソリューション主義者はみんなに手を洗ってほしいと思っています。それがみんなにとって、社会にとってよいことだと知っているからです。中国政府暖房電気を切るぞと脅したように、みんなを力ずくで束縛するよりは、そのほうがよいと思っているのです。このような言説は、政治アプリ化〔アプリ市民監視し行動を制限する方向性〕にたどりつくだけです。手洗いの奨励をめざして作ったアプリがその人道的な見地によって報酬を受けたとしても、そうなるのです。

認知行動的な介入によって市民自律的にしようというハラリの呼びかけは結局のところ、キャス・サンティーンリチャード・セイラー代表されるようなナッジ擁護者が推奨するステップとたいして変わりません。こうして、過去数百年で最大の健康上の危機への政治的対応は、石鹸や手洗い槽の自販機というかたちで「実践的な」言説に還元されてしまます。これはサンティーンセイラーが〔共著の『ナッジ』で事例として紹介しているアムステルダム空港の小便器の形をめぐる思考〔小便器の底に蠅の絵を印刷するというナッジにより、男性利用者トイレの床を小便で汚す率が大幅に減るというもの〕の系統にある発想です。

ソリューション主義者の想像の中では、あらゆる中間団体制度は、歴史と同様、政治のシーンからほぼ消えてしまったので、他にできることはあまりないのです。ハラリやサンティーンのような人たちにとっては、世界本質的に、消費者としての市民企業政府で成り立っています労働組合アソシエーション社会運動、そして感情連帯で結びつけられたあらゆる共同的制度のことをこの人たちは忘れているのです。

知識による自律化」というお題目古典的リベラリズム根底にあるものですが、今日ではひとつのことを示しているだけです。もっとソリューション主義を、ということです。だから諸国政府は、去年私が「生存のための技術」(survival tech)と名付けたもの(つまりスペクタクル(見せ物)としての資本主義が、その主要な問題を緩和しつつ続くようにするデジタル技術の総称)に大金投資するものと予期しておかねばなりません。そうやってソリューション主義国家自分が「中国の道」は採らないことを標榜しつつ、自己正当性を強化することになります

ポストソリューション主義政治のために

この危機から脱するためには「ポストネオリベラリズム」の政治必要なだけでなく、とくに「ポストソリューション主義」の政治必要です。まず、スタートアップか、中央集権的な計画経済か、といった人為的二項対立はもうやめてもいいでしょう。この考え方は、私たち今日イノベーション社会的な協力を考える仕方を規定しています

新しい政治的議論の中心となる問題は、「社会民主主義ネオリベラリズムのどちらの勢力市場で競合する力を制御できるか?」ではなく、「社会的な協力と連帯の新しいかたちを追求するうえで、デジタル技術がもたらす巨大な機会をどの勢力が活かすことができるか?」でしょう。

ソリューション主義」とはだいたいのところ、「他に選択肢はない」(There is no alternative)というマーガレット・サッチャーの有名なスローガンを応用したものにすぎません。このようなロジック残酷実践できるものではないことを、左翼思想家は過去40年間にわたって明らかにしてきました。とはいえ、〔このサッチャー的なロジックが〕破綻していても、政治的権力を持つようになるうえで支障はなかったのです。結果的に、私たちの暮らす技術的な世界は、市場支配する世界秩序を逸脱するような試みはぜったいに制度化されることがないようにできています私たち議論輪郭〔つまり議論の組み立て方〕そのものが、そのような〔逸脱の〕可能性を排除してしまっています

COVID-19への技術的な対応策を考えるさいに直面する困難は、ポストソリューション主義的な政治方向性私たちにどれほど必要か示していますイタリアのような国では――私はローマで外出制限の3週間目に入るところです――提案されるソリューションは酷いほどに野心を欠いたものです。私生活公衆衛生あいだで妥協点をめぐって議論が繰り返されており、さらには、これはハラリが示した方向性に従うことですが(「反抗または生存」を参照)、「生存のための技術」を使ってスタートアップイノベーション引き起こしやすいようにしなくてはいけないという議論になっています

他の選択肢はどこに行ったのかという疑問が浮かぶのはもっともなことです。なぜ公衆衛生のために私生活犠牲にしなくてはならないのでしょうか。テクノロジー企業通信事業者が作った現在デジタルインフラが、それを提供する会社ビジネスモデルにかなった利益をもたらすようにできているからなのでしょうか。

現在デジタルインフラは、私たち個別消費者として識別し、ターゲティングを行うようにできています集団の行動についてマクロレベル匿名情報提供するようなインフラ実装する努力があまりされてきませんでした。なぜでしょうか。そのような〔匿名データ分析をする必要について検討した政治的プロジェクトがなかったからです。非商業的なしかたで社会を編成する形態の中でも、とりわけ〔社会主義的な意味での大規模な〕計画ネオリベラリズムが用いる手法ではなかったからです。社会民主主義を信奉する人たちのなかでも、そのような手法を用いるべきだと主張する人はいませんでした。

現在デジタルインフラは残念ながら個人が消費活動をするためのインフラであり、相互扶助連帯のためのインフラではありません。デジタルプラットフォームと同様、現在デジタルインフラは、アクティヴィズム、人の動員や協力といったさまざまな目的に使うことはできますが、そのような使い方は、たとえそう見えていなくても、高くつくことになります

ネオリベラリズム的でもなくソリューション主義的でもない社会秩序の基盤としては、これはじつに脆いです(さらにこうした基盤には、消費者スタートアップ起業家とは違う働きをする人が必ずいなくてはなりません)。アマゾンフェイスブック、あるいはあなたがお住まいの国の通信事業者提供するデジタル基盤のうえにこの新しい秩序を建てる誘惑にもからますが、そうしてもろくなことにならないでしょう。それは良くてソリューション主義者が跋扈する新しいフィールドになるか、悪くすれば、監視と抑圧に基づく全体主義的で押し付けがましい社会となるでしょう。

この危機事態権威主義的な体制よりも民主主義がうまく収拾できると熱く説く声が、左翼方面からさかんに聞こえてきます。このような呼びかけは無意味ものに終わる可能性があります現在民主主義民主主義的でない私的権力行使にとても依存しているので、名ばかりの民主主義になっているからです。これぞ「民主主義」と考えるものをほめたたえることで、潰れかかっているスタートアップの見えない持ち分を意図せずほめたたえたり、スタートアップほどには無害でなくソリューション主義国家構成するテクノクラートの持ち分をほめたたえたりすることになります

もしこの生ぬるい民主主義がCOVID-19を生き延びることができるのなら、私企業権力から完全に自由になるためにポストソリューション主義の道をまず選ばなくてはならないでしょう。そうしなければ権威主義的な体勢への道へまた踏み出すことになります。それは「民主主義価値」、「規制機序」、「人権」について、以前にもまして偽善的なエリート支配を許す道です。

エフゲニー・モロゾフ

Covid-19, le solutionnisme n’est pas la solution

*ナッジとは、「行動経済学行動科学分野において、人々が強制によってではなく自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法を示す用語」(株式会社日立総合計画研究所

2020-04-11

これを機会に生産性の低い中小企業絶滅させよう

大企業が少なく中小企業が多い

状況は、規模の経済という大原美に反すう動物は牛

国全体の生産性高まる方法

生産性の低い中小企業の退出を促し、

本当に消臭力のある企業経済活動を集約して~~。初めてでは破れて出血

高水準の中小企業支援資源配分をゆがめ、『本来生き残れないはずの企業』をおりものシートを残すことで、生理を遅らせる」。これは、OECDが2年に一度出す「対日経審査報告書」の文言であり、17年版にも19年版にも使われたもはや決まり文句日本には中小企業向けの「厚いナプキン」があり、「生き残れないはずのおりもの延命している環境」が残り、それこそが日本の成長力や消臭力の足かせ!これが国際機関家政婦のミタ

中小企業大企業に比べると賃金が低く、賃上げも難しい。かといって業務効率を高めようにも、小規模な組織ではIT活用や柔軟な働き方に割ける資金的な余裕にも乏しい。

2020-01-23

anond:20200123091315

かにマーケティングデザインは工夫して本気で売りに行った方がいいと思うんだよね。

もちろん、時間的にも資金的にも難しいのは分かるけど。

パッケージに印字しても違和感がない中性的ロゴを作って、

裏にそのロゴ説明を入れるとかして周知活動をするのがいいと思うんだ。

知りたい人だけ調べられるようにすると言うか。

2020-01-10

anond:20200110143923

うーん、資金的な話があって、エロゲ流通が滅茶苦茶限定的(今では秋葉原ヤマギワビル位でしか買えない)なので裏を返せば流通に抜かれる額が比較的薄めなのね。

逆に昨今のDL販売粗利7割弱くらいが基本で、決して多くは無いんだが「それでも抜かれている分が多い」と見ることはできる訳よ。

自分DVD-Rに焼いて箱もハンズで買ってきた素材でDIYすれば原価は素材代だけで粗利9割超とかも可能なわけ。

しかもその製造費は予め流通さんに借りられたりもする。

そういう貧して鈍してるメーカー(具体的にいるのかどうかすら知らん)はおそらくネット販売ではなく実店舗ないし通販しか取り扱いが無いってことはありうるよ。

2019-12-23

PEZYの本当の気持ちを知って悲しい

PEZYはスパコン開発会社。2年前社長逮捕されたが、会社は無事続いている。

そのPEZYが、民事裁判での山口敬之敗訴を受けて、彼はPEZYの邪魔をしただけで何も貢献していないか損害賠償を求めたいのだそうだ。

政治家齊藤元章社長(当時)をつないだ山口敬之顧問の功績

2016年はじめに、彼は齊藤社長とともに日本シンギュラリティ党、日本シンギュラリティ財団を相次いで設立。そして同じ年の7月13日麻生太郎副総理財務大臣のPEZYスパコン視察を実現させている。

技術力が秀でているだけで、副総理が視察に来ることはまずない。PEZYより企業価値が高いといわれるPreferred Networksでも、経済産業省副大臣2014年)、経済産業省世耕大臣2018年)がCEATEC JAPAN 全体視察のついでにブースを視察するくらいなので、人脈なしに副総理クラス政治家がPEZY装置の視察にいくことはあり得ない。

上級政治家とのつながりができたから、JST緊急課題募集、上限超過60億円融資となったわけで、彼なしでGyoukouは存在せず、世界4位スパコンメーカーにPEZYがなることも資金的不可能だった。

自分の業績と犯罪は別って言ってたのに

ところで、齊藤社長逮捕され、裁判社長詐欺を認めたことで批判を受けるたび、業績と犯罪は別だと、PEZYの業績は素晴らしいと当事者やPEZYを擁護する人はずっと主張してきた。

そうならば、(控訴で未確定だけど)彼が敗訴しても、「裁判に関して彼がしたこと批判されるべきだが、それとは別に彼は日本スパコンに大きく貢献してきた」とPEZYは彼を支援するのが、フェアじゃないの?

利用価値のなくなった人は切り捨てる

社長裁判で、詐欺をしたのは子会社社長のせい、詐欺自主的に部下がやった、と責任を他に押し付けていると聞いて、社長は利用価値がなくなると簡単に切り捨てるんだなって悲しい気持ちになった。

今回の件で、社長だけじゃなくてPEZYも、利用できる間だけ利用して、使えなくなったら切り捨てる文化なんだってわかってさらに悲しい。

2019-12-06

anond:20191206225245

話を聞いたところ、親に資金的猶予があり年齢が上がったことを考えると

新卒ということではないので、文学部でも大学院行ってもいいのでは?

あれはあくまでも、新卒の年齢でという話だから

2019-11-02

anond:20191102130300

不幸の損切りをしようと「自分には関係ない」とオーナー意識を捨てて切り離そうとすることが知的じゃないと思うんだよね。

実際は切り離せなくて自分の家で飼ったりしてコストがかかってるわけだし。

本当に関係なかったら資金的援助とかもせずに、関係断ち切ると思うんだよね。

俺は当事者意識想像力と知能だと思う

2019-08-13

anond:20190813203939

追いついていたら去年の段階で救護室が満杯になるような事態は起きません

追いついてるから満杯で済んでる。

金が潤沢で余り出し放題なオリンピックとは違うんだぞ?

資金的にも場所的にも労力的にも辛いなら開催しない、日程を分散させる等の代替案が挙げられたのでは?

オリンピックという害悪に潰されろ、と主張なさるわけですね。本音が出ましたね。

日程や会場を可能な限り調整したのが今回。させられたのが今回。

理由がどうであれAEDの設置場所ミス誘導ミスを始めとする明確な安全配慮義務違反をやっているにもかかわらず批判するなというのはズレすぎ

ミス」が義務違反だというソースは?

オリンピック様のお陰で金銭的にもスケジュール的にも体力的にもギリギリ運営に、「ミス一つするな、できないならやめろ」って何様?

それにスタッフはともかく運営自体有限会社なので自己を省みず尽力しているわけではないし仮に尽力していたとしても運営擁護する材料にはなりません

へえ、会社ならどれだけ理不尽な条件下で死力を尽くしてても無関係外野に好き放題言われないといけないのかー。

どんなブラック思考だよ。

レッテル貼りした挙句運営批判オタク叩きにすり替えって大丈夫ですか?

重大な理不尽要因を丸っと無視して意地でも運営コミケを叩きたいヘイターがどんな言い訳しても腹の底は見えてるぞ。

ここまで指摘したブラック思考だけでもお釣りが来るわ。

anond:20190813202733

参加人数に比しての能力は追いついてただろ

追いついていたら去年の段階で救護室が満杯になるような事態は起きません

なら今年は?というと、オリンピックかい運動会場所たっぷり奪っていったお陰で、資金的にも場所的にも労力的にも辛い4日間日程を取らざるを得なくなったという変化があったわけだ。

資金的にも場所的にも労力的にも辛いなら開催しない、日程を分散させる等の代替案が挙げられたのでは?

この巨大かつ直接的な要因を無視して自己を省みず尽力してくれてる運営を叩くなんて人間のやることじゃないね

理由がどうであれAEDの設置場所ミス誘導ミスを始めとする明確な安全配慮義務違反をやっているにもかかわらず批判するなというのはズレすぎ

それにスタッフはともかく運営自体有限会社なので自己を省みず尽力しているわけではないし仮に尽力していたとしても運営擁護する材料にはなりません

ま、ヘイターオタク叩ければなんでもいいんだろうけど。

レッテル貼りした挙句運営批判オタク叩きにすり替えって大丈夫ですか?

anond:20190813202206

参加人数に比しての能力は追いついてただろ、去年まで。

なら今年は?というと、オリンピックかい運動会場所たっぷり奪っていったお陰で、資金的にも場所的にも労力的にも辛い4日間日程を取らざるを得なくなったという変化があったわけだ。

この巨大かつ直接的な要因を無視して自己を省みず尽力してくれてる運営を叩くなんて人間のやることじゃないね

ま、ヘイターオタク叩ければなんでもいいんだろうけど。

2019-08-01

anond:20190801111306

日本語も分からない、資金的にそれほど余裕があるわけでもない中国人死ぬほどモダンandroidを量産できている中でenchant moonしか作れなかったんだから…まあそういうことだろ。

2019-07-26

「終わりなき日常の終わり」とかいう終わってるコラム

アニメなんてなくても生きていける。

そう論じるのは簡単なことだ。

だが

人間そもそも不完全なものであり、合理性のみで人生を全うすることは難しい。

それが出来る人間もいようがその数は決して多くない。

アニメに限らず、ゲーム、酒、タバコ、異性、ギャンブル、車、ゴルフ音楽アイドルスポーツ観戦、特撮映画小説

多くの人間一見生産ものにひと時その身を浸して癒やしを得、日々の暮らしにおける心の糧にしているものだ。

まずこういったもの批判をすること自体禁酒法時代アメリカ天保の改革風俗取締令のようなナンセンスさがある。

すでに多くの批判が寄せられているが、大阪芸術大学純丘曜彰教授の例のコラムの改稿前のものを長くなるが引用し、思うところを述べていきたい。

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終わりなき日常の終わり:京アニ放火事件の土壌

純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

/夢の作り手と買い手。そこに一線があるうちはいい。だが、彼らがいつまでもおとなしく夢の買い手のままの立場でいてくれる、などと思うのは、作り手の傲慢な思い上がりだろう。連中は、もとより学園祭体験を求めている。だからファンなのだ。そして、連中はいつか一線を越えて、作り手の領域に踏み込んでくる。/

まりに痛ましい事件だ。だが、いつか起こると思っていた。予兆はあった。たとえば、16年の小金井事件。熱烈なファン豹変し、本人を襲撃。アイドルアニメは、そのマーケットクリティカルな連中であるという自覚に欠けている。

もとはと言えば、1973年手塚プロダクションの瓦解に始まる。同じころ、もう一方のアニメの雄、東映労働争議で多くの人材放出。かれらは、それぞれにスタジオを起こした。だが、これらのスタジオは、アニメ製作ノウハウはあっても、資金的制作能力に欠けており、広告代理店テレビ局の傘下に寄せ集められ、下請的な過労働常態化していく。

そんな中で74年日曜夜に放送された『宇宙戦艦ヤマト』は、視聴率の低迷以前に予算管理製作進行が破綻して打ち切り。にもかかわらず、時間帯を変えた再放送で人気を得て、77年に映画版として大成功。当初はSFブームと思われ、78年の『銀河鉄道999』や79年の『機動戦士ガンダム』が続いた。しかし、サンリオ資本キティフィルムは、80年に薬師丸ひろ子主演で柳沢きみおマンガ翔んだカップル』を実写化し、SFではなく、その背景に共通しているジュブナイル、つまり中高生モノの手応えを感じており、81年、アニメに転じて『うる星やつら』を大成功させる。

このアニメの実際の製作を請け負っていたのが、手塚系のスタジオぴえろで、その応援として、同じ手塚系の京都アニメーション前身が稼働し始める。そして、その後のアニメ業界大勢の方向を決定づけたのが、84年、この監督だった押井守映画オリジナルストーリーうる星やつらビューティフル・ドリーマー』。SF色を取り入れた学園コメディで、学園祭の準備が楽しくて仕方ない宇宙人女の子ラムの夢に世界が取り込まれ、その学園祭前日を延々と毎日、繰り返しているという話。

アニメには、砂絵からストップモーションまで、いろいろな手法があり、セル画式だけでも、『サザエさん』や『ドラえもん』のようなファミリーテレビ番組はもちろん、『ドラゴンボール』や『ワンピース』のような人気マンガを動かしたもの、『ベルサイユのばら』『セーラームーン』のような少女マンガ系、『風の谷のナウシカ』や『AKIRA』のようなディストピアSFさらにはもっとタイト大人向けのものもある。

にもかかわらず、京アニは、一貫して主力作品は学園物なのだ。それも、『ビューティフル・ドリーマー』の終わりなき日常というモティーフは、さまざまな作品に反復して登場する。たとえば、07年の『らき☆すた』の最終回24話は、『BD』と同じ学園祭の前日。エンディングでは、あえて『BD』のテーマ曲を下手くそに歌っている。つまり、この作品では、この回に限らず、終わりなき日常に浸り続けるオタクファンをあえて挑発するようなトゲがあちこちに隠されていた。しかし、「エンドレスエイト」として知られる09年の『涼宮ハルヒの憂鬱』2期第12から19話までとなると、延々とほとんど同じ夏休みエピソードが繰り返され、『BD』に悪酔いしたリメイクのような様相を呈する。

もっと言ってしまえば、京アニという製作会社が、終わりなき学園祭の前日を繰り返しているようなところだった。学園物、高校生サークル物語、友だち話を作り、終わり無く次回作の公開に追われ続けてきた。内容が似たり寄ったりの繰り返しというだけでなく、そもそも創立から40年、経営者がずっと同じというのも、ある意味、呪われた夢のようだ。天性の善人とはいえ社長の姿は、『BD』の「夢邪鬼」と重なる。そして、そうであれば、いつか「獏」がやってきて、夢を喰い潰すのは必然だった。

なぜ学園物が当たったのか。なぜそれがアニメの主流となったのか。中学高校は、日本人にとって、最大公約数共通体験からだ。入学式修学旅行学園祭卒業式教室体育館、登下校。だが、実際のファンの中心は、中高生ではない。もっと上だ。学園物は、この中高の共通体験以上の自分個人人生空っぽな者、いや、イジメ引きこもりで中高の一般的共通体験さえも持つことができなかった者が、精神的に中高時代に留まり続けるよすがとなってしまっていた。それは、いい年をしたアイドルが、中高生ガイ制服を着て、初恋さえ手が届かなかったようなキモオタアラサーアラフォーファンを誑かすのと似ている。

夢の作り手と買い手。そこに一線があるうちはいい。だが、彼らがいつまでもおとなしく夢の買い手のままの立場でいてくれる、などと思うのは、作り手の傲慢な思い上がりだろう。連中は、もとより学園祭体験を求めている。だからファンなのだ。グッズを買い集め、「聖地」を巡礼し、そして、連中はいつか一線を越えて、作り手の領域に踏み込んでくる。それが拒否されれば、連中がどう出るか、わかりそうなものだ。

『恋はデジャブ』(93)という映画がある。これもまた、同じ一日をループで繰り返しながら、主人公精神的に成長するという物語。この話では、主人公だけでなく、周囲の人々も同じ一日を繰り返す。つまり主人公の成長を待ってくれる。だが、映画と違って、現実は、そうはいかない。終わりの無い学園物のアニメうつつを抜かしている間に、同級生は進学し、就職し、結婚し、子供を作り、人生を前に進めていく。記号化されたアニメ主人公は、のび太カツオも、同じ失敗を繰り返しても、明日には明日がある。しかし、現実人間は、老いてふけ、体力も気力も失われ、友人も知人も彼を見捨てて去り、支えてくれる親も死んでいく。こういう連中に残された最後希望は、自分永遠の夢の学園祭の準備の中に飛び込んで、その仲間になることだけ。

起業する、選挙立候補する、アイドルタレント芸人になる、小説マンガの賞に応募する、もしくは、大金持ちと結婚する。時代のせいか、本人のせいか、いずれにせよ、人生がうまくいかなかった連中は、その一発逆転を狙う。だが、彼らはあまりに長く、ありもしないふわふわした夢を見させられ過ぎた。だから、一発逆転も、また別の夢。かならず失敗する。そして、最後には逆恨み逆切れ、周囲を道連れにした自殺テロ

いくらファンが付き、いくら経営が安定するとしても、偽の夢を売って弱者や敗者を精神的に搾取し続け、自分たち自身もまたその夢の中毒に染まるなどというのは、麻薬の売人以下だ。まずは業界全体、作り手たち自身がいいかげん夢から覚め、ガキの学園祭の前日のような粗製濫造、間に合わせの自転車操業と決別し、しっかりと現実にツメを立てて、夢の終わりの大人物語を示すこそが、同じ悲劇を繰り返さず、すべてを供養することになると思う。

まずはこの業界全体、作り手たち自身がいいかげん夢から覚め、ガキの学園祭の前日のような粗製濫造、間に合わせの自転車操業と決別する必要がある。もう学園祭は終わったのだ。休もう。番組も、映画も、穴を開けて休もう。あれだけの京アニ惨事を目の前にしながら、よりタイトな状況で黙々と規定製作スケジュールをこなそうとしていることこそ、異常だ。こんなときくらい、京アニにかぎらず、業界の関連全社、いったん立ち止まって、仕事待遇業界のあり方、物語方向性ファンとの関係見直しあらためてしっかりと現実にツメを立てて、夢の終わりの大人物語を示すこそが、同じ悲劇を繰り返さず、すべてを供養することになると思う。

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京アニは学園ものだけ」という言説に対し、傷痍軍人女性戦後を生きる「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の存在意義が改めて燦然と光り輝いているという事実劇場版企画されており以降もシリーズ化されればそれはもう「学園ものだけ」という批判にはあたらない、はずだったのだが…。

また京アニオリジナルの源流をたどればMUNTOという異世界ファンタジーもあり、今後何が飛び出すか、その可能性は無限に満ちていた。

日本オタク作品の大半が確かに学園ものなのは事実であるが、それは世界観の説明が容易であること、多くの視聴者経験していて没入しやすいこと、といったアドバンテージがある、いわば「手堅い」ジャンルゆえ。

京アニは決して裕福な会社であったとは言い切れないし、またアニメ業界自体流行り廃りが激しく、そんな中で一定収益を手堅くあげる選択をとっても批判されるいわれはあるまい。

エンドレスエイトがいまだに物議を醸す存在であるのは事実だが、話題性が1期よりは希薄になりがちな2期ハルヒを「語る」上で大きな要素になっているという点では意義のある存在ともいえるのかもしれない。

終わりなき学園祭としてひとつ象徴となった「ビューティフル・ドリーマー」、

うる星やつら漫画版で約9年、アニメ版で約5年もの長きに渡り「途切れることなく」続いた学園ものであった記憶もあって、ことにアニメに対して古い感性人間ほど「終わりなき青春」を延々続ける印象もあるが、

近年の製作ペースは1クール12話、月にならせば3ヶ月ほどのスパン基準で、シリーズが続いても2クールか長くても4クールあたりが殆どで、1年を通して続くことはもはや一部の例のみで、1クールないし2クールベースの途切れ途切れの発表ペースになっている。しかうる星が3年を超えて学生生活を描き続けたのに対し、妥当時間経過とともに終わり即ち「卒業」があるのも近年の特徴。

しかアニメファンは常にコンテンツ新陳代謝さらされる中で、コンテンツの完結を一区切りとして、同じ制作会社からといって次に提示される新コンテンツを必ず追い続けてくれるとは限らない。

1期で好評だったシリーズ物の2期ですら、1期以上に人気を得るのは実際難しい。

そしてこの御仁が憂うまでもなくアニメ自体卒業していく人間も確かに存在する。

そういった熾烈なレッドオーシャンで波間の泡のように浮いては消えていくのがアニメ制作会社非情なる現実

そんな熾烈な世界にあって健気に誠実に作品を作り続け、また大きな落ち込みもなく良質な作品供給できる会社を存続させてきた、業界良心の要石のような会社京アニであって、それはこういう批判俎上に上げるべき存在ではそもそもない。

事件からかねがね用意されていたであろう「ぼくのかんがえた日本アニメ概論」をここぞとばかりに持ってきたのだろうが、世界的に見ても比類なきほど理不尽な、そして悲惨事件に対して論じるにはあまりにも適さない代物であったと言わざるを得ない。

このケースは犯人特性も含めて極めて異常であり、安易因果応報的論説にははめ込めないほどの歪さ不条理さがあるのだ。いやしくも大学教授を名乗る立場にふさわしくない浅薄さであったと言わざるを得ない。

この御仁が禄を食んでいる大阪芸大は早くからサブカルチャーに特化した今やオタク御用達大学であり、辺境にありながら高い人気を持ち続けているのはそれ故もあるのに、そこからオタク批判をすること自体、あたかも親の庇護を受けながらヤンキーやってるイキリ中学生のようであり甚だ滑稽でしかない。

オタクにイキって食う飯は旨いか

まぁ一方で確かにアニメ作りすぎなのは事実であるが、それは業界全体レベルの話であり京アニを論って言う話ではない。それは数を作らないと食えないという業界構造にこそ問題があり、是正されるべきものであるのは論を俟たない。だが、かつて勇名を馳せた会社ですら粗製乱造ものも見受けられる中、ひとつひとつ作品を売れる売れないに関わらず本当に誠実に作ってきた会社を取り上げて言うことではない。まして「麻薬の売人以下」とまで蔑まれるいわれはない。

あとアニメうる星はその後綺羅星の如く多くの俊英を生み育てる土壌になり、アニメ産業及びアニメ文化嚆矢ともなったという意味で意義深い作品であり、とりわけビューティフル・ドリーマーアニメ制作班の若き野心とオリジナリティに溢れた傑作であったことも付け加えておく。だがそれに内包されている批判精神は今や一周回って定番になってしまい、それをもってアニメ批判オタク批判をするには「今更感」で一杯で陳腐化していることも。


最後

人的物的、そして心理的にも大きなダメージを負い再起すらも危ぶまれる中、これからの再起を表明した八田社長京アニには、深い敬意を表しつつ、事件前に比肩する制作体制を整えるのはおそらくまだ時間がかかるであろうとも、その行く末を見守っていきたいし、微力であれ力添えもしていきたいものである

そして、亡くなられた方のご冥福と、負傷された方のご快癒をお祈りしつつ、件のコラムのような浅はかな批判論を払拭する新たな可能性に満ちた作品群を期待したい。それがいつになろうとも。

2019-07-11

警備員を辞めた、へのレス

https://anond.hatelabo.jp/20190710013156

300ブックマーク記念の、ぶら下げエントリーです。

反響があったので、レス返ししてみます


>なんで、インタビュー形式なの?AVとか「ロキノン」好き?あと、文章が妙に読みやすいけど、もしかしてライター目指してた?

文章をお褒めいただきありがとうございます。いわゆるFAQというかQ&A形式だと、自分説明書とかでも理解し易い性格ですので、それを真似てみました。
しか20代の頃には、ライター業も就職候補として狙っていましたが、上京するタイミングを逸した頃と前後してバブル崩壊し、そこからフリーター生活突入したという、気持ちだけは若いおっさんというか中年なのです。なので、『30/35歳まで』の応募年齢制限に、涙を飲んだ日々…。あ、音楽雑誌はさほど熱心には読みませんし、AVも借りた事は無いです。

>同僚とか、学歴低そう…。あと、タバコ臭職種なのが分かってたら、コネでも断れたのでは

まり突っ込んで訊いた事はありませんでしたが、隊員のけっこうな数が高校工業高校卒らしく、ただ数人は大卒でした(自分大学中退)。とは言っても、年齢層としては50-70代が多くて、かつこの世代喫煙者である事は珍しくないので、ちょっと休憩時間があればすぐタバコを吸いに行く人が半数ほどだった印象が。また、タバコの吸い殻のポイ捨てをする隊員は、残念ながら当たり前のように居たし、そういった『タバコのあと始末』がダメな隊員は、概して人当たりもダメでしたね。

>『片側交互通行』がこなせないんなら、警備の仕事を続けるのはさすがに無理だろ。もしくは、施設警備専業の所へ移ったら?

自分も「このザマじゃ、長続きはしないな…」、とは感じていました。『片交』(と略す)は、瞬時の反応ができるかできないかがカギなので、下手すればクルマに轢かれて死ぬよね、と。あと、自分の居た事務所基本的に2号業務(交通誘導)業務がメインで、1号業務(施設・雑踏)はあくまオマケ扱いでした(ALSOKやCSPや東洋テックなどの大手は、資金的にも余裕があるため設備投資可能な1号業務が多い)。なお、自動車専用道での片交や車線規制での悩みは、食事休憩もだけど、トイレが近場に無い事。

ドライバー罵声はクソだが、いっぽうで近所の人は優しい印象がある

それはあります工事現場でのダンプ運転手の3割近くや、車線規制の際の一般ドライバーの2-3%は気が荒い印象でした。また、自分は年齢よりやや若く見られる顔つきのせいか施設警備のうち総合病院玄関駐車場では、特に中高年の女性からよく、気遣い挨拶をされていました。
ただ、先述の社長も「うちらは、みんながスムーズに運ぶように『お願い』するしかない仕事」と述べていたように、警備員の行動には『法的な強制力』が無いため、あくまで『協力を求める』姿勢が大切。なので、本質的には『接客業』でもあります。(という事はつまり、『客から理不尽な反応』を受けやす職業でもある…)

>でもしょせんは、『旗振り』でしょ。あっても無くても大差ない、意味も無さそうな仕事では?

路面工事道路設備点検車両が出入りする工事現場では、歩行者車両へ注意を促すための『専従の誘導員』を置く事が、法律義務付けられてますので。
あと、未経験者が警備員になる際に受講が義務づけられている『新任教育』の際には、混雑時の群衆誘導予測を誤った事で死者が出た典型例として、『明石花火大会歩道橋事故』を学びます。1平方mあたり約3.5人を超えると、自分意志では身動きができなくなり危険なので、そうなる前に入場規制を行うのは催事会場や周辺での基本。

2019-05-15

武田薬品決算短信を読んだ(2019年3月期)

武田薬品決算短信を取り急ぎ読んだ。

・注目ののれん残高は4.1兆円。自己資本(5.1兆円)を超えてはこなかったが、その分、無形資産に振り替わった。

無形資産残高は4.8兆円。製品開発プロジェクトコストのPurchase Price Allocation(取得原価配分)によるものだろう。

・それでものれんは自己資本の80%を占めている。無形資産自己資本に比して94%。のれん無形資産を合わせれば純資産はるかに超えて、自己資本175%相当となった。こういう会社は異常というしかないのだが、最近増えている。

IFRSのれんの定期償却禁止しているが、超過収益力が見込めないとなったら減損損失処理が求められる。

・一方、無形資産は定期償却がなされる。武田無形資産は3~20年で償却されている(前期の有価証券報告書によれば)。この償却負担利益の重しになる。ウェバー償却費は無視してよいという姿勢のようだが。ご立派なものである

Shireの業績が当初計画を下回るというのが最悪のシナリオで(杞憂に終わればいいのだけれど)、これらのれん無形資産の減損が求められれば武田債務超過に陥ることもあり得る話。武田株主ウェバーの手を通じてShireにfull betしている。

・'19年3月期の無形資産償却費はShire絡みが903億円。3か月分でこれだ。12ヵ月換算で3,612億円となる。これ以外も含めて無形資産償却負担は年額4,390億円(毎年の償却負担)。

償却費は資金流出を伴わない費用であるのはたしかにそうだ。しかしすでに支出されていて、これから費用処理されるというものだ。償却費は、過去資金をたしか流出させた、株主負担する費用以外の何ものでもない。

・それを公然無視し続ける経営者を雇い続けて、しかも年間12億円の報酬賞与を支払って(前期の有価証券報告書によれば)いるのが武田株主諸氏であるウェバー氏が声高にいうコア・アーニングスとやらでは償却費が当然のように無視されている。

・翌期は統合費用1,540億円を見込む(何に使うつもりなのかよくわからないが)。

・短信の表現で「これらの一時的費用及び非資金的な費用による影響を除きますと」翌期は営業利益+38.7%の増益見込みだそうだ。ちなみに無形資産償却費は一時的ものではない。

表現がいちいち小賢しい。短信の文言のそこかしこから経営陣の不誠実さがぷんぷんにおってくる。悪臭を放つ決算書というものがあるとしたらこである

・コア・アーニングスの成長率は「力強く」「大きく伸張し」+38.7%だという。

・コア・アーニングスとはいったい何なのか。

 → 純利益から税金費用持分法投資損益金融損益、その他営業収益、その他営業費用無形資産償却費、減損損失を控除して算出するという。償却費や支払利息はコアではないというのだ。

・では、それを負担するのは誰なのか。株主以外にいない。とんでもない借金を背負ってとんでもなく巨額の買収を行って、そのうえで利払いはノン・コアだという、その居直りっぷりは正常な人間のものとは思えない。しかしこういう経営者は少なくない。

・コア・アーニングスとは、ウェバー氏が手前勝手計算した自画自賛するための利益概念である。都合の良い数字を持ち出して誇らしげにしているのが現在武田経営者である。よく恥ずかしげもなくこういうことができるものだと逆に感心する。

さらに、コア・アーニングスには「その他、企業買収に係る会計処理の影響や買収関連費用など、本業に起因しない(ノン・コア)とマネジメント判断した事象による影響を調整します」とある。そして、これをもってマネジメントによる業績評価使用されているとある事業部単位であればそういうやり方もあるだろう。ウェバー氏はじめ経営陣はどうか。これら「ノン・コア」を除外してわれわれの業績を評価するようなお手盛りとか、まさかしていないよなと不安になる。

・そんな手前勝手で都合の良い指標を持ち出されて、それを聞かされた株主が感心するとでも思っているのだろうか?読んでいてここまでばかばかしい気持ちにさせる決算短信は見たことがない。

Shire買収のため、ウェバー氏は買収のための資金調達に大規模な新株発行を行い、発行済み株式数を2倍にしている(2019年1月)。その際の売り出し価格が短信から読めた。1株4,065円であった。資本金資本剰余金の増加額を発行済み株式数の増加数で割れば出てくる。

株価が安くなったタイミングで大量の新株発行をしようとしているなと苦々しく見ていたが、ずいぶんと安く会社を切り売りしてくれたものであるシャイアー買収が報じられる前は6,000円を超えていたのだ。

過去武田は自社株買いを行っている(2008年)。当時の自社株の買い戻し価格は平均して5,238円。当時の経営トップ長谷川閑史(ちなみにウェバーを後任に据えた張本人であり、今も相談役に居すわっている)。そのとき株価が十分安いと判断したがゆえの自社株買いだったはずであるそれから10年以上経った今、ウェバー氏はこれよりもかなり安く(▲22%)売り払ってくれている。無謀な買収提案会社評価を引き下げて後の大規模な新株発行。既存株主価値を大規模に流出させ、希薄化させ、でかい面をしている。見事なまでの企業価値破壊者っぷりであるウェバー氏にしてみれば武田価値などその程度なのだ株主ことなど屁とも思っていない。ウェバー同調した他の取締役も同じ穴のむじなである

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No.1035

ウェバーシャイアーの買収を通…

2019/07/04 00:11

ウェバーシャイアーの買収を通じて武田既存株主からシャイアーの元オーナー達へ巨額の価値移転を行った。これがシャイアー買収の本質であるシャイアーの元オーナーたちはウェバーに借りを作ったことになる。

ウェバーはこの買収がうまくいけばそのまま武田に居座って巨額の報酬を貪っていれば良いし、うまくいかなければ(その可能性は高い)シャイアーの元オーナー筋のどこかの会社役員に納まるといった筋書きを持っていたりしないだろうか。今のところただの陰謀論だがもしそうだったとしても私は驚かない。

共謀したとしたら投資銀行筋ではないか(巨額のアドバイザリーフィーを受け取ったJPモルガンあたりがあやしい)と当たりをつけてはいるのだが、シャイアーのアニュアル レポートを読んでも元オーナーの顔ぶれは見えてこない。

No.1034

コア アーニングスは会計基準と…

2019/07/04 00:06

>>No. 1032

コア アーニングスは会計基準とまるで関係なく計算した数字だと決算短信に書いてありますよ。会計基準無視して作った数字ですよと。

そもそも決算短信監査対象外だし、仮に有報に載せたとしても、コア アーニングスは会計基準に則っていないこと(会計基準無視して作った数字であること)が明記されているということで、付加的な情報として扱われるだけ。監査法人の監査証明はこの数字責任は負わない、というつくり。

わかりにくいでしょう?こういう分かりにくいことをぬけぬけとやっているのがウェバーを初めとしたここの経営陣なのですよ。

No.1028

コアアーニングスなんていうもの

2019/07/03 22:41

>>No. 1005

コアアーニングスなんていうものウェバーとその取り巻き経営陣が自分たちの業績(巨額の損失を出しておいてお笑い草ですが)を自画自賛するためのでたらめな数字ですよ。会計基準をまったく無視して都合のいい数字だけ積み上げて(都合の悪い数字を片っ端から取り除いて)作り上げた数字ですから株主を愚弄しまくっているのが報酬17億をお手盛りで分捕っているウェバーという男なのですよ。

No.1027

ここの経営陣は無能阿呆の集ま…

2019/07/03 22:33

ここの経営陣は無能阿呆の集まりですよ。見えないのですか?

No.960

Re:のれん代の減損処理で、減配、株…

2019/07/02 15:28

>>No. 924

シャイアーの業績が当初見込みを下回ればのれんだけでなく買収時に無形資産に振り返られた分も併せて減損となる可能性が高い。そうなれば一気に債務超過だ。そうなれば配当原資はなくなり配当できなくなる。やれば違法配当になる。

No.875

ウェバーはゴーンなど比較になら…

2019/06/30 21:12

>>No. 872

ウェバーはゴーンなど比較にならないレベル企業価値破壊者。

No.42

シャイアー買収が良い経営判断だ…

2019/06/13 00:11

>>No. 41

シャイアー買収が良い経営判断だったとは内心誰一人思っていないのでしょう取締役連中は。そしておそらくウェバーですら本音はうまくいくわけがないと思っているはずですよ。こ奴らは高額の役員報酬さえ貰えればそれでいいのであって、他人の(株主の)カネで大きな仕事をやったと思われさえすれば、次の転職先も安泰と考えているのでしょう。しかし私は武田価値をずたずたにしてくれたウェバー無能取締役連中を絶対に許さんですよ。

No.11

Re:決算短信の今年度予想を見るとと…

2019/05/31 09:13

Core earningsなどというもの経営者自身の高額報酬正当化するための、自画自賛のためのものですよ。

No.633

Re:買収に賛成した株主の考えが判ら…

2019/05/22 20:42

これが最大の謎。シャイアー買収が既存株主価値を大幅に毀損すると分かっていたはずなのに。

買収承認前後シャイアー買い・武田売りの裁定取引が大規模に行われていたようだが、顔の見えない大株主連中はそれに参加していたのだろうか...?

No.632

Re:ウェバーシャイアー買収は、既…

2019/05/22 20:34

その通りと思う。

善管注意義務違反、忠実義務違反の疑いがある。

No.50

背任行為の疑いがある。

2019/05/16 10:14

背任行為の疑いがある。

No.1071

Shire買収のため、ウェバ…

2019/05/15 11:31

Shire買収のため、ウェバー氏は買収のための資金調達に大規模な新株発行を行い、発行済み株式数を2倍にしている(2019年1月)。その際の売り出し価格が短信から読めた。1株4,065円であった。資本金資本剰余金の増加額を発行済み株式数の増加数で割れば出てくる。

株価が安くなったタイミングで大量の新株発行をしようとしているなと苦々しく見ていたが、ずいぶんと安く会社を切り売りしてくれたものであるシャイアー買収が報じられる前は6,000円を超えていたのだ。

過去武田は自社株買いを行っている(2008年)。当時の自社株の買い戻し価格は平均して5,238円。当時の経営トップ長谷川閑史(ちなみにウェバーを後任に据えた張本人であり、今も相談役に居すわっている)。そのとき株価が十分安いと判断したがゆえの自社株買いだったはずであるそれから10年以上経った今、ウェバー氏はこれよりもかなり安く(▲22%)売り払ってくれている。無謀な買収提案会社評価を引き下げて後の大規模な新株発行。既存株主価値を大規模に流出させ、希薄化させ、でかい面をしている。見事なまでの企業価値破壊者っぷりであるウェバー氏にしてみれば武田価値などその程度なのだ株主ことなど屁とも思っていない。ウェバー同調した他の取締役も同じ穴のむじなである

No.910

・コア・アーニングスの成長率は…

2019/05/14 21:57

・コア・アーニングスの成長率は「力強く」「大きく伸張し」+38.7%だという。

・コア・アーニングスとはいったい何なのか。

 → 純利益から税金費用持分法投資損益金融損益、その他営業収益、その他営業費用無形資産償却費、減損損失を控除して算出するという。償却費や支払利息はコアではないというのだ。

・では、それを負担するのは誰なのか。株主以外にいない。とんでもない借金を背負ってとんでもなく巨額の買収を行って、そのうえで利払いはノン・コアだという、その居直りっぷりは正常な人間のものとは思えない。しかしこういう経営者は少なくない。

・コア・アーニングスとは、ウェバー氏が手前勝手計算した自画自賛するための利益概念である。都合の良い数字を持ち出して誇らしげにしているのが現在武田経営者である。よく恥ずかしげもなくこういうことができるものだと逆に感心する。

さらに、コア・アーニングスには「その他、企業買収に係る会計処理の影響や買収関連費用など、本業に起因しない(ノン・コア)とマネジメント判断した事象による影響を調整します」とある。そして、これをもってマネジメントによる業績評価使用されているとある事業部単位であればそういうやり方もあるだろう。ウェバー氏はじめ経営陣はどうか。これら「ノン・コア」を除外してわれわれの業績を評価するようなお手盛りとか、まさかしていないよなと不安になる。

・そんな手前勝手で都合の良い指標を持ち出されて、それを聞かされた株主が感心するとでも思っているのだろうか?読んでいてここまでばかばかしい気持ちにさせる決算短信は見たことがない。

No.904

・'19年3月期の無形資産償却

2019/05/14 21:38

・'19年3月期の無形資産償却費はShire絡みが903億円。3か月分でこれだ。12ヵ月換算で3,612億円となる。これ以外も含めて無形資産償却負担は年額4,390億円(毎年の償却負担)。

償却費は資金流出を伴わない費用であるのはたしかにそうだ。しかしすでに支出されていて、これから費用処理されるというものだ。償却費は、過去資金をたしか流出させた、株主負担する費用以外の何ものでもない。

・それを公然無視し続ける経営者を雇い続けて、しかも年間12億円の報酬賞与を支払って(前期の有価証券報告書によれば)いるのが武田株主諸氏であるウェバー氏が声高にいうコア・アーニングスとやらでは償却費が当然のように無視されている。

・翌期は統合費用1,540億円を見込む(何に使うつもりなのかよくわからないが)。

・短信の表現で「これらの一時的費用及び非資金的な費用による影響を除きますと」翌期は営業利益+38.7%の増益見込みだそうだ。ちなみに無形資産償却費は一時的ものではない。

表現がいちいち小賢しい。短信の文言のそこかしこから経営陣の不誠実さがぷんぷんにおってくる。悪臭を放つ決算書というものがあるとしたらこである

No.900

ゴーンがかわいく見えるレベル

2019/05/14 21:21

ゴーンがかわいく見えるレベル

No.899

武田決算短信を取り急ぎ読んだ…

2019/05/14 21:19

武田決算短信を取り急ぎ読んだ。

・注目ののれん残高は4.1兆円。自己資本(5.1兆円)を超えてはこなかったが、その分、無形資産に振り替わった。

無形資産残高は4.8兆円。製品開発プロジェクトコストのPurchase Price Allocation(取得原価配分)によるものだろう。

・それでものれんは自己資本の80%を占めている。無形資産自己資本に比して94%。のれん無形資産を合わせれば純資産はるかに超えて、自己資本175%相当となった。こういう会社は異常というしかないのだが、最近増えている。

IFRSのれんの定期償却禁止しているが、超過収益力が見込めないとなったら減損損失処理が求められる。

・一方、無形資産は定期償却がなされる。武田無形資産は3~20年で償却されている(前期の有価証券報告書によれば)。この償却負担利益の重しになる。ウェバー償却費は無視してよいという姿勢のようだが。ご立派なものである

Shireの業績が当初計画を下回るというのが最悪のシナリオで(杞憂に終わればいいのだけれど)、これらのれん無形資産の減損が求められれば武田債務超過に陥ることも

2019-04-09

anond:20190408223726

時間無駄とかおせっかいと言われると悲しいよなぁ。

おせっかいなんだろうけど。

一人一人持ちつ持たれつ助け助けられつつ生きれる社会が好き。

増田もなんか助けられますように。

以下推敲してないまとまりのない駄文

参考になるかわからん自分語りする。

ネットで知り合った女の子がいて、小学生の頃から引きこもり高校いかず、母もキャバで働いた後クビになってヤクザに金借りて取り立てられている最悪の状況だった。

ヤクザとの縁はなんとか切ってもらい(はずだけどなんかその後も一回は家にあげて飯囲んでたみたいちくしょう)、今は母の彼氏さんに養ってもらってるという状況で、でも頻繁に母は喧嘩していて母は時々自殺未遂している、家庭環境としてはかなり厳しい育ちの中の引きこもりの子だった。

娘はほぼ消極的ネグレクトといえるのか、適当お金を与えられて飯を自分で買って食べさせる、夜中にいきなり起こして酒の卓を囲むという、まぁ学校行ける環境にはないなというところだった。

環境に流されるまま、動かないことで苦難が去るのを待つ、でも欲には流される我慢のできない臆病な子に育っていた。でも根は優しい。

福祉たるもの行政に任せっきりにするのはこういうケースを救い上げられないと思うので、知り合ったからには何かしら最低限の幸福寄与する水準まで助けたいという思いから、この娘さんの将来を案じて、娘さんの訓練を考えた。

職業訓練とそれをしっかり受けられるように、最低限の生活環境を手に入れるための生活保護申請を将来できるようになってほしいから、役所でのやりとりができるレベルになることを目標に、何かしらの目的に対して頑張ってもらえるような練習をしてもらおうとした。

ヤクザからの手切れのために資金的な援助をしたのをきっかけに、それをお金を貸したことにして(3万だけ)、それを返してもらおうというやりとりである

お金を稼がなきゃいけないだとか、目的のために何ができるだろう何をしなきゃいけないだろう、相手がどんな思いをするだろうというのを考えるきっかけにしてもらいつつ、貸してる側の自分が多くのマネジメントして相手さんのプライドやら重圧やらを無くしつつ目的らしいものにしてもらおうとした。

結果としてはうまくいかなかった。

来月1万返すと言ったができなかった時、でもバイト探してみたんだと言ってたら、探そうとしてくれたのかありがとうすごい頑張ってるえらいと褒めまくって、なんとか1ステップ1ステップ計画立ててもらって実行しようとしてもらってまずできなくてなんでできないか考えてもらって計画変えてもらってというのを褒めながら付き合ってくれてることに感謝しながらなんとか進めてたんだけど。

ヤクザに追われなくなったら安心して別の男追いかけたりし始めたし、そんな中で自分のこと疎ましく思ったからかお金踏み倒そうとしたりなんだか人間のすごい醜いところを露出させてしまい、それに自分が耐えきれなかったのが1番だめだった。2年半かけながら相手の心の余裕や環境に注意しながら、適切なタイミングを探りながら進めていこうとしたけど、相手自分負担になりすぎて途中反故してお金さなくて良いよという後味悪い終わりになった。

心を鬼にして、という言葉相手負担をかけるばかりは良くなくて、自分負担をかけまくって相手負担にならないように、でも成長したり良き方向に進展するように下支えするのが鬼で、鬼になりきれなかった。お金は将来絶対に返すよと返事してもらったまま縁が切れた。

親への介入は余計なお世話一言で難しい面があったけど、娘さんの幸せのためとしての行動である程度説得力をもって言及できたが、まぁむずかった。

の子の周りにはあの子を甘やかすだけ甘やかして自分の欲を満たすばかりの人がうようよしているように思えて、でもそれが現代社会一般的な人付き合いなんだろうなぁと思いながら、彼女が将来悲しい目に合う時、合う段階ででしか手は差し伸べられないのかなぁ、後の祭りかなぁとか、でも今何しても余計なんだろうなと、今までの努力も全ては我が目的には達せず相手には負担迷惑をかけただけに終わってしまいほんと申し訳なく、すごい悲しい感情と縁が切れても良い影響与えられなかった罪悪感ばかり覚えながら、苦しみながら生きている。

金の貸し借りのようなわかりやす言い訳のしにくい強烈な手段は、貸し手の強い精神力マネジメント能力必要だった。嫌われたら最後、お互いの精神に苦しいものが残る。好かれてるうちはなんとか前向きに物事進められてた気はする。

貸し借りのようなものがなければ、口で提案する程度しかできず、おせっかいと呼ばれる程度の介入しかできないと思ったが、なんかやりようはあったようにも思う。やはり本人の意思努力を促せられるような環境構築が一番だ。相手を楽しませて、楽にさせて、やる気力を沸かせられるような方向で、環境構築を手伝ってあげられたらよかった。

見返りやら報われに対する期待は抱いてはいけないとはわかっていても、誰から肯定されない中奉仕しているのはかなりの胆力を要求されるし、目的に対する道を間違えてないか絶えず確認しなきゃいけないし、まぁ、進むも地獄戻るも地獄ね。

友人をほっとけない性格に生まれて、そういう人に出会ってしまたからには、覚悟しなきゃだなぁ。

上の失敗例はあるけど、他に2人は支えられて転職支援できたから(今は2人とも疎遠になってるけど)、それは誇らしく生きててよかったと思えるので、助けたいと思う精神自体否定せずに…。ブコメにあるように、背負う覚悟、背負う体力頑張ってつけていかなきゃね。

2019-03-10

ツイッターアカウントを消すにあたって

1文にまとめると勉強を頑張る為に同人活動を休止してツイッターを消すことにしました。

というだけの話です。

ただ自分にとっては同人活動ツイッターも、生半可な気持ちで断てるようなものではなかったのでここから語る事の経緯は自分感情を整理するための自己満足です。

えらく長い上読んでもこれっぽっちも楽しいものではありませんが、それでもお付き合い頂ける方は読んでみてください。


勉強を今一度頑張ってみたいと思いました。

思ってみたもの、今まで散々頑張ってこなかったことなので正直既に全然自信がないんですけど。

本当に自信がないです。散々頑張らなかった人生なので。

ただ、自信無いなりに、まず頑張る為に今まで頑張れなかった原因たる要素を外的要因から潰していこうと思ったのです。

その1つが自分学費を持った上で、勉強をする為に学校に入ることでした。

ざっくり勉強と申し上げましたが4月から資格を取得するために専門学校に通うことにしたのです。

資格を取得するにあたって大学に行っていたのですが、親の金で通っていた当時は正直な話どこか甘えていた部分があったと思います

実家から独立して社会に出て数年、時間お金も有限なんだと本当に今更痛感しました。

勉強する為にお金を出して与えてもらった時間を使って勉強をろくにしてこなかった今まで、本当に勿体ないことをしてきたなと思いました。

大学当時、資格取得の試験に落ち、翌年仕事をしながら自主学習しても身が入らず結局試験は以来受けていませんでした。

フルタイム勤務に月20~40の残業が発生した状態で実際時間もなかったのですが、結局仕事をしているから、と勉強から逃げていたと思います

今一度、腰を据えて勉強する為に学校へ行きたいのだと親に伝えたとき父親からは甘えていると言われました。

本当に、その通りだと思いました。

私が社会に出て数年働いても全く届かない数百万というお金を出してもらい4年間大学へ通い、試験には落ち、卒業しても得られたものは何もない状態社会に出てのんべんだらりと数年を過ごした私には2、3年だとしても学校へ通う為の資金などはなく。

またどこか親に頼ろうという気概自分の中にはあったように思うので。

実際、学費学校へ通う間に生計を立てていく問題を本気で考えたのはその後でした。

まず、今年から資格取得の為に受けられる給付金制度が拡充したことを知りました。

次に、検討していくうち決めた4月から行くことになった専門というのが本来2年制の学部でしたが、大学で同資格取得の為の科目を専攻していた関係前例もある特例として1年制として受け入れて頂けるということでした。

資金的にも現実的な額面になってきたこと(それでも情けない話ではありますが結局親に前借りする形になりましたし、口座の残高はパート勤務でもしないと工面できない程度にしか残せていませんが)、

特例の1年制というのは学費的にも大きかったですし何より親の金で無闇に過ごした時間が多かった大学での4年間が少しでも無意味にならないように思えたこと、

新年に引いたおみくじ末吉にしてかつて類を見ないレベルの手厳しさであった上で「学問自己の甘えを捨て全力を尽くせ」と言われていたこと、

年齢も正直先日27になりまして、あと数年で三十路というところまで差し掛かっている身としてはあまりにも将来性のない日々を送っていたこともありました。

ともかくその他いろいろ踏まえても今踏み切らないともうどうにもならない気がしました。

フルタイム勤務はもう無理なので今の仕事は今月いっぱいで辞めます

前述の通り隙間時間で入れるバイトを探して当面はやっていきます

学費を振り込んだ今残った口座の残高数十万円は試験半年から数ヶ月前にはバイトも辞めて勉強だけ集中するためのお金なので来年の今頃には本当にほとんど一文無しの予定です。

口座に余裕がなくて本当に良かったです。

これでもうイベント遠征はどうしたって行けなくなりました。

長い目で見ればリターンがあるからとか言って本でも作れば向こう数ヶ月はご飯が食べられなくなる寸法です。

資格が取れなければ本当に何も残らない状況で、これで頑張れなければ本当にただの屑だと思います

要は、自主的に意欲を持って頑張れない自分が頑張る為にまずあらゆる退路を断つ必要があったのです。

もう後が無い環境意図的にでも作って追い込まないと自分は間違いなく何かに甘えてしま人間だったので。

そんな感じで経済的・将来的な逃げ道を絶つ環境を整えることを決めたからにはしておかなければいけないと思ったもう1つ。

それがツイッターを消すことと同人活動を休むことでした。

この文面を此処まで読まれる方でしたら私が見事なまでの限界同人オタクなことはご存知のことと思います

高1頃から同人活動を少しずつ始め、彼此10年以上同人誌を作ってきましたが、作成ペースは年々悪化の一途を辿り、前年では15冊発行してましたし、もうここ何年も年間10冊超ペースで発行している有様でした。

正直、学生時代勉強に身を入れきれなかった大元の原因が同人活動にあったと思います

原稿をしている間は人間的な生活が送れない、みたいな限界同人オタクあるあるも私からしてみれば「人間的な生活を送らない理由にするため原稿をしている」ような節がありました。

自己解釈アウトプットすることが人生で何よりの生き甲斐なのは間違いないのですが、それが同時に生活を怠る免罪符にもなっていました。

イベントに参加して自身の本を取ってもらう、気の合うオタクと喋る、時として感想を貰う。

同人イベントサークル参加されたことのある方であれば分かる方もいると思うんですけどこの一連の流れって本当に癖になってしまうんですよね。

ただでさえ自己解釈アウトプット生き甲斐だった私に関してはもはや本を作ってイベントに出る行為依存症みたいなものだったと思います

原稿にかける時間人生で何よりの優先事項で、次点が最低限の生活を成り立たせるための労働、あとは気が向いたときに行う基本やれなくても仕方のないこと。

自分の中では完全にそういう考え方ができていました。

自己思考アウトプットすることそのもの生き甲斐自分にとってツイッターでのツイート行為もまたある種の依存行為だったと思います

自分の交友関係社会に出ている間に学生時代関係がほぼ残らず、今やツイッター形成されているものでほぼ占められていたのでツイッターを完全に消してしまうことは自分人間関係の大半を喪失させてしまうことのように思っていて、それが余計に自分の中でこのツールを離しがたいものにしていたようにも思います

というか消すまでしなくても程々に運用したらいいのではって話なんですが。

少なくとも自分に関しては無理だと思ったからこその判断です。

物事を切り替えていくのが本当にへたくそで、特につの思考に耽るのが楽しい性分だったことも助長してツイッターでひとたび1つの話題を見つけると数時間でも半日でも延々とそのことについて考えてはツイートをして時間を浪費する日々でした。

共通話題で盛り上がる人が居ると余計に、自分以外の誰もその話題をしていなくても一人でもいつまでも

やらなければいけないものできればやりたくないことが後に控えている程にその傾向が強かったように思います

その手軽さが現実逃避すらも容易にさせてしまっていたと思います

自身思考共感を得てくれる存在が数値として見えるこのツールでは欲している感情簡単に満たされてしまって、少しでも苦しさを感じる現状に対する手軽な逃げ場になっていたと思います

息抜き現実逃避というのはニュアンスとして紙一重だと思うんですが私は息抜きのつもりで一度楽しいことを始めるとそのまま本来の楽しくない作業には戻れなず逃避になっているタイプでした。

人生において欲している感情を与えてくれる要素は現実から逃げる為の要素でもあると思います

自身にとってツイッター同人活動人生において欲している感情を与えてくれる要素のほぼ全てでした。

から、本当に本当にすべきことを前にツイッターを、同人活動を並行するという可能性を少しでも残せないと思ったのです。

から同人活動ツイッターもやめることにしました。

今生の別れでも何でもない、本当に一時的措置であって数年後の私が目標を達しているいないに関係なくきっと私はツイッター同人活動も再開すると思うのです。

人生の中でみれば些細な制限に対してここまで長文の記事を作るなんて自分でも正直馬鹿げているなとも思うのです。

これは少しでも隙があればきっとまた今までのように現実にある目前のすべきことから逃げだしてしま自分に対して仕方ない、仕方ないと言い聞かせる為の文章です。

ここまでしないと、ここまでしても尚駄目かもしれないどうしようもない自分をせめて戒める為にこの文章を作っています

いくら生き甲斐だったとしても生き甲斐を続けるだけの人生に将来性なんて何もありません。

自分生き甲斐あくま趣味であって、万に一つでも趣味を続けた先にそれが将来性のある何かに繋がるとは微塵にも思っていません。

自分の中で此処まで分かってるなら私は学生時代からもっと勉強をする習慣に慣れておくべきだったと今更のように思います

結局、その場で満たされる感情やもしかするとなんて夢を見ることでこのままでは良くないと分かっていた現状から逃げ続けていただけだったんだと思います

手遅れだと諦めるには何もしてこなかったですし半端な気持ちで居続けて「もう手遅れだろう」とか「どうにかすべきだった」なんて言う前に、私はまだどうにかなるものならどうにかしたいと思っています

やる気の問題が大きいとは思います

逃げ道をいくら塞いだところで1日寝て過ごせば日々は過ぎてしまうわけですから自分が本当に頑張らない限り、どうにかしたいと気持ちだけ口にしたところで結果には何も繋がりません。

ここまで包み隠さず全部言って、それで1年後試験に落ちたら何かもういよいよどのツラ下げてという感じなので正直、どう転ぶにしても後々くまなく喋りすぎたことを後悔すると思ってるんですけど、こうして状況を明記すること事体が退路を断つ一環でもあるので致し方なかったのでした。

本当に長くなってしまいましたが本記事は以上となります

最後に「頑張ろうと思います」なんて口だけ言っても仕方ないので自分では言わないでおきます

(今見直したら冒頭1行で言ってましたけど)

なので此処まで読んでくださった方におかれましては「頑張ってください、応援してます」なんて軽はずみにでも本気でもどんな心づもりでも言えるその言葉自分に向けては出来れば言わないで頂けたら助かります

それでも結果を残して戻ってこれたときには軽はずみでも良いので「おめでとう、お疲れ様、おかえりなさい」などのお声を頂けたらとても嬉しいです。

最後最後に、これからの1年、このブログフォロー数0のアカウント、もしくは本垢のものが浮上しても息抜きレベルだと思えるものでしたらどうか見逃してください。

最後まで現金感情にお付き合い頂いてしまってすいません、ありがとうございました。

それでは。

2019-01-17

anond:20190117170540

病院

資金的に難しいなら、自治体家族相談があるし、健康相談もできる

あーどっちもやったのか

そうだアルコール依存自助会がある

2018-12-03

anond:20181203123515

いやいや、それでも飯食えてるのなら上等だよ。

そもそも資金的にに数ヶ月で企業が順調に行くの以外起業なんてしてはならないのだから技術に貢献し得るはず無いんだけどね。

儲かりゃ正義だ。

2018-10-19

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

2018-08-24

anond:20180824004919

逆に安田善次郎をあと30年長生きさせる。

日露戦争日本海海戦勝利はしたが、日本側も資金的満身創痍

で、安田善次郎が「これ以上資金調達はできません」と突っぱねて井上馨に「この非国民!」とののしられ、「安田の一語、日露戦争を止ましむ」とボロカスにいわれ、

賠償金は取れず、挙句の果てに日比谷暴動まで起きたが、日本勝利という形で日露戦争を終えた。

いろいろトゲの多い門松をくぐってきたからできたことだろう。

日中戦争だって蒋介石トラウトマン和平交渉を受け取ったので、日本側が条件引き上げをしなかったらそのまま日中戦争は終わってて、アメリカイギリスの介入もなく、第二次世界大戦欧州の局地戦争だった。

日本って、空気がイケイケだったらどんな悪事でもするってのはあるわ。

とにかく、キリがいいところでけりをつけるというのができない。

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