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はてなキーワード: テニス部とは

2022-05-29

清楚で真面目な子ってテニスサークルに入るわけないよな

テニサーモノのNTR本って最初から設定破綻してると思うわ

テニス頑張ってた子なら普通テニス部に入るもの

テニスサークルってナニするところだよ!

2022-05-15

漫湖に関する話で思い出すのは

中学のころはよく先輩に漫湖でしごかれた」という発言

漫湖のまわりは漫湖公園という公園になっていて、テニスコートなどの運動施設がある。

自分が通っていた中学校のテニスコートはそれほど広くなかったため、週末になるとテニス部漫湖公園テニスコート練習していた。

上のセリフは、当時の厳しい部活動を回想した元テニス部員の発言なのだが、音だけ聞くと誤解を与えそうなセリフである

2022-04-30

親友との出会いと別れ、再会、それから

幼少の頃、俺には親友がいた。


そいつ出会ったのは幼稚園の年長の時だ。

俺が通っていた幼稚園そいつ転入して来た。俺たちはすぐに仲良くなった。

未熟児早生まれだった俺は人一倍体が小さく、何をするにも周りに遅れを取っていた。いじめられることも多かった。

そいつはそんな俺にいつも付き合ってくれた。何をするにも二人一緒だった。


幼稚園卒業し、俺たちは同じ小学校に進学した。

一緒に行った入学式。校門で一緒に写真を取り、二人でドキドキして列に並び、名簿を見た。

俺たちは同じクラスだった。


学校では毎日一緒に校庭を走り回った。

放課後は補助輪の取れたばかりの自転車を漕いで、お互いの家を行き来した。

家に遊びに行く前には必ず電話をした。

当時は携帯電話も無かった時代だ。きっと電話の前で待っていたのだろう。

電話をかけるといつもすぐにそいつが出た。


「今から行っていい?」「いいよ、早く来てね!」


そいつの家は商社の社宅だった。

社宅の庭で、よくボール投げをした。縄跳びをした。鬼ごっこをした。かくれんぼをした。

夏休み、一緒ドラゴンボール映画に行った。二人で特典のジャンボカードダスを片手に、20円のカードダスを回した。

集めた「キラ」を見せあい、自慢し合った。


ある時、そいつの家で、そいつの兄が持っていたドラクエ2をやった。

まだ小学校2年生になったかならないかの頃だ。あの難しいゲームを進められるわけがない。

どうすればいいかからなくて困っていた時、なんとなく俺が言った一言


「その緑のやつ話しかけたら仲間になるんじゃない?」


知っていたわけじゃない。ただの偶然だ。

でもその緑のやつ、クッキーという名のサマルトリアの王子は本当に仲間になった。


「すげー!」「なんでわかったの?!」


俺は仲間になったこと、役に立てたことが嬉しくて泣いてしまった。



2年生の夏を過ぎた頃、残念そうな顔をした親から告げられた。

そいつが転校するということを。行き先は海外だということを。帰ってくるのは6年後だということを。

俺は泣いた。嫌だと喚いた。7歳の子供にとって、6年は永遠に近い時間に感じられた。


冬になり、最後の思い出作りに、お台場船の科学館に行った。

俺とそいつは手をつないで館内を回った。楽しかった。もうすぐ会えなくなるなんて信じられなかった。

船の舵の前で、2人で一緒に写真を取った。それは宝物になった。


3月になり、ついに別れの日が訪れた。

俺は成田空港まで見送りに行くことになった。

初めて乗る始発の電車ガラガラの席に2人並んで、いつもと変わらない話をした。

どうか着かないで欲しいと願いながら、やっぱり行かないと言って欲しいと願いながら。

そんな子供の願いは当然叶うことはなく、電車はすぐに終着駅に着いた。


バイバイ」「手紙書いてね」「6年後絶対会おうね」「約束だよ」


窓の外、そいつを乗せた飛行機はすぐに見えなくなった。



5年生の頃だ。

俺には障害のある伯母がいる。障害は軽度ではあるが、少し言葉不自由だ。

クラスメイトが、その伯母の口真似をしだした。

俺は子供ながらに、これは絶対に許してはいけないことだ。人として怒らなければいけないことだ、そう思った。

そして口真似をされたら、瞬間湯沸かし器のように怒り、殴りかかった。


当時の俺は学年で一番体が小さく、力も弱かった。

殴りかかられても怖くもなんともなかったのだろう。皆面白がって伯母の口真似をするようになった。

その度に俺は泣き、顔を真っ赤にしてそれを言ってきたやつらを追いかけた。


親には言えなかった。泣いて帰って来ても、「チビと言われた」と嘘をついた。

その時自分を庇い、寄り添ってくれるような友人は一人もいなかった。


俺は思った。そいつが、親友がいればこんな辛い思いはしなかったはずだ。

泣いている俺に寄り添ってくれたはずだ。皆に止めろと言ってくれたはずだ。

だって俺たちは親友なのだから


そいつから手紙が届いた。手紙にはシールが同封されていた。

シールにはにっこり笑ったイラストプリントされていた。

俺はそのシールを、当時自分にとって一番大切なものだったスーファミ本体に貼った。

なんて返事をしたかは覚えていない。



時は過ぎ、中学2年生になった。

あの別れから6年後。ついにそいつが帰ってきた。同じ学区内。同じ中学校だ。


その頃はもう周りも悪いことだと気づいていたのだろう、伯母の口真似をされることはなくなっていたが、

鬱屈とした気持ちが収まることはなく、人から向けられる悪意に敏感な人間になっていた。

俺は早く親友会いたかった親友と再会すれば、きっと俺の味方になってくれる。

あの頃のようにまた楽しい毎日が戻ってくる、そう思っていた。


始業式の日、ドキドキしながら学校に向かいクラス分けの名簿を見た。そいつと同じクラスだった。

始業式が終わり、教室に戻った。そいつはそこにいた。

教師からの紹介が終わり、下校の時刻になった。俺はそいつのところに行った。


「久しぶり!!」「久しぶり!!!」「やっと会えた!!!!」


俺たちは手を取りあって6年ぶりの再会を喜んだ。


だが、俺のそいつに関する思い出は、その場面が最後だ。



俺は、帰国した後のそいつの家がどこにあったのかを知らない。

どんな音楽を聴いていたのかを知らない、どの野球チームが好きだったのかを知らない。

休日服装を知らない。どこの高校に進学したのかも知らない。

そいつが誰と仲が良かったのかも知らない。いや、どうしても思い出せないんだ。


そいつは昔とは変わっていた。カッコつけたがりで、帰国子女であることを鼻にかけ、

スクールカースト上位グループに絡みたがるような痛々しいやつになっていた。


そいつ部活も同じテニス部に入った。俺がいるから入ったと、初めにそう聞いたような気がする。

俺は部活に熱心では無かったが、それでも何回も一緒に練習しているはずだ。

一緒に他校に試合に行っているはずだ。一緒に合宿に行っているはずだ。

でも俺にそいつと話した記憶は、笑いあった記憶は、共に時間を過ごした記憶は、一つも残っていない。


何故そうなってしまったのか。拒絶したのはどちらだったのか。

俺は当時、歩み寄らなかったのはそいつだと思っていた。自分気持ちはあの頃から変わっていないと思っていた。

でも本当は拒絶したのは俺だったのかもしれない。変わってしまったのは俺だったのかもしれない。

いけ好かないやつになってしまった、そう思うことで自分プライドを守っていたのかもしれない。


俺の部屋の、そいつから貰ったシールが貼られたスーファミは、その頃にはもうプレステに代わっていた。



つい先日の話だ。登録しただけで何も書いていないFacebookに気まぐれにログインした。

そいつ名前を見つけた。そいつも何も書いていなかった。

友達申請ボタンは押さなかった。


俺はそいつ小学生時代を共に過ごしたかったんだ。

ドラクエVをやって、隠し部屋のヘンリーを見つけて、「あいつ仲間になるんじゃない?」って言い合って、

そして人生で一番辛かったときに、そばにいてほしかった。俺を救って欲しかった。

そうして育んだ絆の上になら、きっと「それ以降」が続いたはずなんだ。



今でもドラクエで誰かが仲間になった時の音楽聴くと、少し涙が出そうになる。


「あの緑のやつ、話しかけたら仲間になるんじゃない?」「すげー!」「なんでわかったの?!」


俺には幼少の頃、親友がいたんだ。


2022-03-13

ゲイかどうか見破る方法

該当する項目が多いほどゲイ可能性が高いよ☆(オレ調べ)

  1. 学生時代陸上部水泳部バレーボール部テニス部帰宅部のいずれか所属していた。
  2. 三大都市圏に住んでいる(大都市圏に住みたがる)。
  3. 海外旅行が好きらしく、海外になんらかの憧れを抱いているようだ。
  4. 身なりには気をつかっており、人並み以上にオシャレである下着もオシャレである
  5. 指先(爪)がいつ見ても綺麗な状態を保っている。
  6. ジャージスウェットサンダル姿で気軽に外を出歩かない。
  7. 冗談でも決して「死ね」とは口にしない。
  8. 「メシ」とは言わずに「ご飯」と言う。同様に、「ウンコ」「ションベン」とは言わずに「トイレ」と言う。
  9. 携帯電話他人に触らせない。
  10. 自宅に友人を誘わない。
  11. パチンコスロット競馬麻雀などのギャンブルに興味がないようだ。
  12. 風俗には行きたがらず、下ネタには参加しない。好きなAV女優をすぐに答えられない。
  13. 邦楽にはあまり興味がないようだ。
  14. タバコは吸わない。
  15. ご飯の食べ方がとても丁寧だ。
  16. 大きなペットボトルでラッパ飲みをしない。
  17. 酒の席では酔いつぶれない程度にとどめている。
  18. 友人に対して肩を組むなどの気軽なボディタッチを全くしたがらない。
  19. ブサイクな女に対してもやさしく接する。
  20. 地元行事祭りなどの地域コミュニティに関心がないようだ。

2022-02-18

テニスの王子様で菊丸がリョーマのこと「おチビちゃん」て呼んでたけど、そのフレーズが出る度に腸煮えくり返ってた

この漫画のせいで子どもの頃、テニスを諦めちゃったよ

テニス部に入ってればジョコビッチになれたかもしれないのに。。。

お前ら、身長に触れることは戦争が起きるやばい表現であるということを知ったほうが良い

今回たぬかながやったことは生涯をかけて償うレベル大罪

こんな人間に金出してたレッドブルに俺は二度とと金さな

2021-11-09

anond:20211109211652

いや、テニス部だったのだが....  

卓球部ってのは一体全体どこから出てきたんだい?  

ひょっとして、運動部というと卓球部くらいしか思いつかないタイプの人なのかな?

ちなみに俺は卓球ぜんぜんできないよ。ほとんど全くやったことないから。

2021-10-13

自分の事を可愛いと思って生きてきたブス

自分の事を可愛いと思って生きてきたブス」の話をさせてくれ、私のことなんだが

まず小学時代からオタク全開だった。

私は自分の見た目に1ミリも興味がなかったし他人という人間にも興味がなかった。

服は親がこだわって買ってくれてたのでちゃんとしてたけど、全く興味がなかったし周りの子達の女子らしい会話にも興味がなかったので友達はいなかった。

ところが当時、学年で上位3本に入るくらい可愛い子(仮にmちゃんとする)が、何故か私の事をめちゃ好きだった。

の子は天然でおっとりしてたのだが、多分私の暗さを「大人しい」と解釈して、仲間意識のもと近寄ってきたんだと思う。

私は他人のこと気にしない人間だったのでクラブ活動オタクしか集わないお絵描きクラブに入った。mちゃん絶対興味無いのに、私と仲良くなりたいが為に同じクラブに入ってくれたりしてた。

しかし当時の私は「なんでコイツいつも横におるねん鬱陶しい」とか思ってた。マジで最低である

ところで私には超絶可愛くて陽キャな姉がいる。

ある日姉が「mちゃん可愛いね」と私に言ってきた。

そこで初めて私は「あいつって可愛いのか」と認識したのである

私には当時から可愛い女は可愛い女とつるみたいんやろ」という偏った概念があったので、そこから可愛い女に好かれるってことは私も可愛いってこと!?」という思考が生まれしまった。

そして中学時代

部活美術部に入ろうと思っていた。

しかし超絶プリティ陽キャな姉が「そこは変な人が多いからやめておけ」と言うのでとりあえずテニス部に入る。

なんでテニスにしたかは覚えてない。多分楽だと思ったから。

今思えば当時の中学生はオタクに厳しかったので、あのまま美術部に入ってたら学校生活死んでたと思う。

そして奇しくも私は、テニス部に揃っていた"学年で可愛いとされる三人衆"と連むようになった。家が近く、たまたま登下校を一緒にした為だ。

3人はまじで可愛かったので、そんなのと一緒にいる私も可愛い!と本気で信じてた。

3人は週替わりに告白されるくらい人気だったのに対し、私は1度もそんな告白されたことない。でも自分可愛いと思ってた。

の子たちが陽キャだったので、学校の有志発表で一緒にダンスを踊るなど身分不相応なこともした。

その時のビデオに、1人だけ明らかにバケモンみたいにデブでブスのやつがいて「誰だ?コイツは?」と思ったりもしてたけどそれでも自分の美貌を信じてた。

そして高校

入学当初、「〇組の(私の名前)ちゃんって子が可愛い!」と一部で軽く噂になり「え〜そんなの噂だよ〜」と謙遜していたが、この頃にはもう自分の美貌は揺るがないものだと確信していた。

あとから知ったことだが実は、同じクラスに私と同じ名前の子がいて、おそらく噂になってたのはその子だったらしい。

ある年の文化祭には、某モデルが私に会いに来た。

どういう事なのかと言うと、実はゲロマブクソかわギャルの実姉がこのモデル親友地位を勝ち取っており、幸いにも姉妹仲が良好だった為わたしも仲良くしてもらってたのだ。

そんな実姉の存在を知らないクラスメイト達から「なんであの人と仲良いの!?」などと詰められてドヤ顔していたが、今思えば「なんでモデルとクソブスなお前が交流あるの!?」ということだ。最もな疑問だった。

大学時代も当たり前のように周りには可愛い子ばかりだった。

ここで異変に気付くことになる。

今まではオタク一筋に生きていた為、異性に興味のキョの字もなかったが、とうとうここで「そろそろ彼氏作ってやってもいいかな」などと思い至ったのだ。

かなり上から目線だが、私の彼氏になりたい人はごまんと居ると思っていたので仕方ない。

ついに行動を起こす。合コンに赴き、街コンに赴き、飲みサーに顔を出し……。

ここで違和感を覚える。

一緒に参加していた友達は、当たり前のように連絡先を聞かれている。なのに私にはまるで一声もかからないのだ。

いや、1人にだけ聞かれたことがある。

上から目線思考はどこへやら、もはや嬉々としてLINEを教えた。しか帰宅後彼から送られてきたメッセージは、ただのサークル勧誘だった。

どういうことだ?

周りに話を聞いてみると皆、ご飯行きましょうやらいつ空いてますかやら聞かれているらしい。

おや?これはもしかして、私はモテないんじゃないか?と、20年以上生きてきてようやく気づく。

ふと、小中高のアルバムを見てみる。

そこには眉毛は薄く目はチベットナギツネのように細く、全体がもう、なんだ、大根みたいなやつが映っていた。

1度冷静になってみて、はじめてわかった。

私ってブスだったんだ。


追記

沢山コメントありがとうございます

色々な意見があり、全て楽しく目を通させていただいてます

本当はひとつひとつに丁寧にコメを返したいのですが、はてな初心者ゆえ「返信とはどうやるんだ?」と詰みましたので追記にて失礼します。

こちらは不意にこれまでの人生を振り返り、ついでに記事にしたろ!ついでにみんなにも楽しんでもらお!と思い、某つぶやきツールのフレンド達に読んでもらうことを前提に綴ったものになります。より多くの人に楽しんでもらえたらラッキーだなくらいの気持ちでここに綴らせて頂いた次第です。

ネットリテラシーガバ女なので、フレンド達は私の顔を承知した上で読むという算段でした。

まり、こんなに閲覧していただけると思わなかったという事です!本当にありがとうございます

まりから足すのは良くないのかな?と思いつつ、確かに色々想像できない書き方だったな…と感じたので、簡単家族スペックだけまとめますね。

・童顔

・二重、タレ目、目がデカい、涙袋

・耳がでかい

オタクサバゲーゲーム以外何してるのか謎

若い頃はつり目、一重、鼻がでかい(今は二重、歳のせいかタレ目気味になっている)

美容ファッションに関心がある

・昔からファッションや見た目に自我があった。母が買ってきた服を嫌がって着なかったり、可愛い友達の真似したりしてた

・顔が父に激似(父は全くイケメンではないけど女の子にするとこんな可愛いんだな、といつも思う)

・「ギャルなのに頭が良い」に憧れて見た目に死ぬほど気を使ってた

オタク嫌い、陽キャ 性格は母似

若いころの母似

・服や化粧に興味がなかった

性格は父似

周りの友達の影響ももちろんあるけど、この母と姉に囲まれたから謎に自分もそちら側だと思ってたのかもしれない……という自己分析

ただ、だからといって自分のことを嫌いになるとか、卑屈になるとか、そういうことは一切なかったです。

しろ人生を思い返した時一番最初に思ったのは、「これ絶対ウケるやつじゃん」でした。

なので、ウケてくださったなら幸いです。

長々とすみませんでした!

楽しんで読んでもらえたなら嬉しいです!

2021-10-04

回避性パーソナリティ障害なのではと感じている

30代男性です。

本を読んで「これ、自分じゃないか?」と思った。

 

そんなレッテル貼りをしたところで何も変わらないんだけど、最近なんか息苦しくて、この生きづらさに理由がほしい。

 

思い当たる過去の行動を挙げてみる。

中学時代

テニス部顧問から「強化リーグ出てみないか?」と誘われるも断る。

夏休み一定回数プールに行かなければならず友人を誘うが「もうクリアしてるから行かない」と断られ電話先で絶句する。

・中3夏の高校受験模試商業高校はS判定、進学校はB判定だった。塾講師に「進学校も十分狙える」と言われるも商業高校に進学。

 

高校時代

メール告白されたが返信しなかった。2週間ぐらいして、その子クラスメートに責め立てられ渋々お断りメールを送る。

反抗期が無かった。

 

大学時代

電気料金の支払いを放置して電気が止まる。

・親とのメール電話がなぜか敬語

ひとつ上の先輩となあなあに付き合い出し、面倒くさくなり連絡を取らなくなる。友人宅にいたところを突撃され別れを切り出された。

・同学年の子となあなあに付き合い出し、面倒くさくなり連絡を取らなくなる。自宅で寝坊したタイミング突撃され別れを切り出された。

インターン先の大手SIerから採用試験の案内電話がくるも運悪く取れず。1次面接免除&志望度高かったはずなのに折り返さずに選考不参加。

大学時代の後輩となあなあに付き合い出す。PHS契約するも自分からは全く電話しない。

 

社会人以降】

・↑の後輩と遠距離恋愛となるが、自分からほとんど電話しない。そして別れを切り出される。

合コンで連絡先を交換した子から遊びに行こうと連絡が来るも、返信せずに終わる。

・現妻(お互い社外人)となあなあに付き合い出す。

プロポーズを実行しようと奮い立つも、部屋でボソっと「結婚しよう」と言うだけ。ノーサプライズ。その後具体的なアクションを起こさず、痺れを切らした妻に促され両親に挨拶に行く。

業務上電話秘密にするようなことでもないのに、周りに話声が聞こえていないか気になる。毎回ではないが、気になりだすと止まらない。

転職面接内定辞退を繰り返す。将来に危機感を抱いての行動だが、いざ内定をもらうと新しい環境ビビって撤退している。

・そして転職したいことや内定もらったことを妻に相談できない。

 

【その他】

・とにかく電話が嫌い。何をするにもまずWeb手続き、問い合わせができないか確認する。

・道を歩いていて向こうから知り合いが来た時にドギマギする。

・友人と歩いているときに、別グループの友人と会うとめちゃくちゃ居心地が悪い。

 

こうして振り返ると、どう転んでも幸せにはなれなさそうな人生だなぁ。

 

ただ、本で紹介されてるような酷い家庭環境では無かったし、成人期迎える頃には寛解することが多いらしのに、むしろ最近になって気になりだしたから、ただのクズなのかもしれない。

2021-07-23

帰宅部ガチ勢だった時の話をしようか

もうかれこれ10年ほど前の話だ。

親の決めた糞つまらない私立一貫校に行かされたことを不満に思い、こんな学校には一秒たりともいたくないと帰宅部を選んだ。

だが、当時早熟だった私は部活に入らないことでコミュニケーション能力上下関係、体力が身につかないことを恐れたため、帰宅部ガチ勢になることを決めたのだった。

まずは体力面。幸い近所にテニスクラブがあったため、祖父お金を出してもらいスクールに通うことにした。これが週3回。自主練や筋トレもしていたので、テニス部連中と同じくらいには上達したし個人大会にも出ていた。

次にコミュニケーション面。学校では部活に入っていないと人間関係希薄になりがちだ。そこで、ピアノ書道など、学校で何かしら賞が取れそう&活躍の機会がありそうな習い事継続し、年始書初めで賞を取ったりピアノ伴奏をしたりと、そこそこ存在感アピールした。

上下関係も学んでおかなければまずいと思ったので、

高校に入ってからとあるチェーン店バイトをした。団体競技がしたくなったのでテニスをやめ、ダンスを習いに行っていた。

大学でも似たような生活をしていたので、私は人生で一度も部活動をやったことがない。

就活では習い事部活と偽ってエピソード捏造したが、内定は貰えた。

結論帰宅部でもなんとかなる。

だが、苦楽を共にした友達というもの学内存在しないので、中高時代友達で今でも仲がいい人は一人もいないし大学にもいない。

それに関して何か思うところがあるかと言ったら特にない。むしろ、学外で色々できたので良かったと思う。

2021-07-02

あぶくま君がこの先生き残るには

前回までのあらすじ

東日本大震災によって全ての整合性を失い、南相馬市に住んでいて4月から高校生になるはずのあぶくま君は何故か東京ホームレスをすることになる。保護されるべきだったあぶくま君をホームレスの道に引き込んだおじさんはあぶくま君を怪しいおじさんに売りつけ、あぶくま君は24時間勤務を月給8万というタコ部屋もびっくりの仕事に着く。そして唐突に思い出した親友彼女に急にメールを送るが「返事あるわけないか」と数秒くらいで諦めてしまった。

「返事…ある訳ないか…」

あぶくま君でジュースを啜ると、それまで沈黙していた携帯電話が急に鳴り始めた。相手は非通知だ。

もしもし?」

もしもし、あぶくま君?」

電話の向こうの声は聞き覚えのある声だった。

あなたは誰ですか?」

「僕のことはどうでもいいから、今からすぐにそのハンバーガーから出るんだ!」

「は?誰だか知らないけど訳の分からないこと言わないでください」

「いいから、すぐに!」

渋々あぶくま君が残ったジュースを持って外へ出ると、そこはハンバーガー屋ではなかった。

「あれ、僕はハンバーガー屋に入ったはずなのに」

「そこはおそらくスタバだ。その証拠に、君の持っているジュースを見てみろ」

あぶくま君がジュースを見ると、それはフラペチーノに変わっていた。

おかしいな、僕はハンバーガー屋でジュースを飲んでいたはずなのに……」

「いいから落ち着いてよく聞いてくれ。君は東京ホームレスなんかやってない」

電話相手は何か大事な話をしようとするが、雑踏の真ん中でポカンと突っ立っているあぶくま君にたくさんの人が体当たりして来るのであぶくま君は何度もポムポムと転がされてしまい話を聞くことが出来ない。

「そんなよくわからないこと言われても…あんまり覚えてないし…」

そもそも何故思い出せないんだ!?

「それは…体調不良で…」

「本当にそうか?」

「そうだっけ…?」

あぶくま君は記憶を辿った。しかし、何も思い出せない。

「いいか、これから家に帰るのかもしれないけど、今日は帰らないでどこかに行け。漫喫でもいいしファミレスでもカラオケでもいいしそのまま警察に駆け込んでもいい。とにかくあそこには帰るな。それと携帯はしっかり充電しておけ。いいな」

言うと電話相手一方的通話を切ってしまった。

「帰るなって言われても…どうすれば…」

あぶくま君は飲みかけのフラペチーノゴミ箱に捨てると、当てもなく歩き始めた。気がつくとホームレス生活をしていた公園に来ていた。あのおじさんを探そうと思ったけど、何だか辺りの雰囲気が変わっている。

「あの、すみません

あぶくま君はその辺のホームレス風の男性に片っ端から声をかけた。しかし、あのおじさんのことを知っている人はおろか、あぶくま君のことを知っている人もいなかった。

「どうしてだろう、そんなにすぐみんないなくなってしまうんだろうか…」

あぶくま君は故郷を思い出した。くりゃ寿司に皆で行った日……

「くりゃ寿司くら寿司南相馬くら寿司なんてあったっけ…あれ、そもそも外食なんかしたかな…」

寿司を食べたような気もするが、食べたのはスーパーのパック寿司で、回転寿司など行ってない。

記憶が…違ってる…?」

急に怖くなったあぶくま君は電話で指示された通り、その辺の漫喫に入ろうとした。

身分証ある?未成年?うちはダメだねー」

何故かどこの漫喫にも入れてもらえない。仕方なくファミレスで夜を明かそうとしたが、夜10時を回ったところで追い出されてしまった。

「どうせ僕の居場所なんてないんだ…」

フラフラ歩いていくと、よく知った顔を見つけた。

カエデちゃん!」

それは1個上のお付き合いしているはずのカエデちゃんだった。カエデちゃんは生きていたのだ。

「は?ちょっとあんた?」

「いきなりキモイんですけどー」

カエデ知り合い?」

「えーこんなクマ知らないんですけどー」

カエデちゃんたちはあぶくま君を笑い飛ばしてどこかへ行ってしまった。

きみきみ、こんな所で何をやってるんだね」

あぶくま君に声をかけたのはあのホームレスのおじさんだった。

「おじさん、生きてたんだね!」

「はぁ?」

よく見るとおじさんの身なりはしゃんとしていて、「補導」というバッジをつけている。

あぶくま君はおじさんに今までの話をしてみたが、おじさんは頭を抱えてしまった。そして携帯電話でどこかに連絡を取っていた。

はい、身元不明少年が、はい、そうです」

あぶくま君はそのままおじさんに連れられて交番へ行った。そこでお巡りさんに今までの話をもう一度するように言われ、なるべく細かく話した。

「うーん、そうすると、君は南相馬から東京までやってきて半年経っている、と言うんだね」

「違うんですか?」

念の為先程君の名前行方不明リストから探してみたんだけど…ないんだよ」

行方不明者…?」

住民票がどうのと話していたけど、そんな届けも確認されていない。そもそも南相馬市にも君の名前はないんだ」

あぶくま君はお巡りさんの机を見た。机にはお巡りさん家族写真があった。

「これはヒデ君だ!」

ヒデ君?君は秀行の友達なのかい?」

「一緒に卓球部はいったんですよ」

おかしいな、秀行はテニス部のはずなんだが」

お巡りさん言葉に、あぶくま君は言葉を失った。

「じゃあ、僕の家族はどこにいるんですか?」

「君が言ったじゃないか家族津波に流されたって」

「でももしかしたら生きてるかもしれないし…」

お巡りさん明日南相馬家族のことを聞いてみると言った。そして今夜は遅いので交番の仮眠室を貸してくれると言った。時刻は午前2時を回っていた。

「あと朝になったら雇い主の話も聞かせて欲しい。警察としていろいろ聞かなきゃならないことがあるんだ」

お巡りさんはそう言うとあぶくま君を仮眠室に案内して、交番に戻った。

「何が何だかからないよ」

あぶくま君が1人になったところに、携帯電話が鳴った。また非通知だった。

「どう?家には戻ってないか?」

「一体どういうことなんだ!?説明してくれ!」

先程の声の主にあぶくま君は怒鳴った。

説明するも何も…君も気付いているんだろう?」

あぶくま君はドキリとした。カエデちゃん、おじさん、ヒデ君。みんなあぶくま君の知っているはずの顔がまるで違う人になっていた。

まさか地震津波記憶違いなのか?」

「残念ながら震災本当にあったことだ」

声は続ける。

しかし、気付いているだろうが君の記憶その物が全てハリボテだ。現実にはヒデ君もカエデちゃんもおじさんもいない。そして君の家族もね」

あぶくま君は何となくそんな気がした。

「君が家族や友人たちを気にかけないのは当たり前だ、元々存在しないものを気にする必要はないからね」

「じゃあ僕は何なんだ!?

すると交番の壁がミシリと軋んだ。

「おっと、それ以上自分に疑問を持っちゃいけない。この邪悪物語の思うがままだ」

「どういうことだ?」

「あぶくま君、君はこの話の主人公だ。しかし、この話の製作者があまりにも手抜きで君を作り上げたがために、この世界自体存在意義が揺らいでいる。その辺の人の顔が君の知っている人に急に割り当てられ始めてるんだ。そのうち家族や知人と同じ顔に出会うかもしれない」

「そんな……」

「だから君は自分で行動を起こさなきゃいけない。製作者の意図を超えて、主人公として」

「僕が主人公…?」

「そうだ、君が君の意思で動くんだ。そうすればお話製作から離れて歩き出す。そこに整合性生まれる。ハンバーガー屋がスタバになることもない」

「でもどうすれば…」

「君は今、何がしたい?」

「…南相馬に帰りたい」

「帰ればいいじゃないか

「帰れるの?」

「君は自由だ。製作者の指示に従うとまた記憶を消されるぞ。今のうちに行動しろ

「…わかった。ありがとう

「そうか、では今度は整合性のある世界で」

通話は切れた。相手は誰でもよかった。この世界整合性を獲得すれば、また会えるだろう。

「さてと…どうしようか」

あぶくま君はこっそり交番を抜け出した。交番のあった場所ゲームセンターになっていた。

整合性を取り戻す…か」

整合性のある世界。あまり覚えていないが、このままでは世界がめちゃくちゃになってしまう。それを救えるのは、主人公のあぶくま君だけだ。

「よし、まずは駅に行くぞ」

あぶくま君の冒険はこれからまた始まる。

to be continued

2021-06-06

俺の性癖ねじ曲げた、とあるキスの話

7年前の成人式の夜、俺を嫌っている同級生キスをした。俺は、彼女を好きでも、嫌いでもなかった。でも、恋人が途切れると、あの夜のことを思い出す。

彼女と俺は、同じ苗字だった。世間的にはそうそう多くはないが地元にはままある、といった苗字だ。1学年1クラス小学校で、たまたま俺の学年には彼女と俺のふたりだけだったせいで、「お前ら夫婦じゃ〜ん」だなんだとよくからかわれた。

どうやら彼女は俺を嫌っているらしいと気が付いたのは、小学3年生の秋のことだ。運動会練習中、俺は組体操逆立ちができない彼女を笑ってしまった。言い訳をするならば、子どもらしい、ささやかちょっかいだったはず。しかし、彼女はふーっとため息をつき「そうだね、できないよ」と答えた。それは「強がり」というには冷たすぎて、俺は少し狼狽えた。

勉強のよくできた彼女は、からかいやふざけたノリを快く思ってはいないようだった。俺や俺の悪友たちがちょっかいを出しても、ほとんど気のない返事しか返ってこなかった。頭のいい男子とは、楽しそうに話している姿をよく見かけた。

中2の終わり頃、彼女が1つ上の生徒会会長と付き合っているという噂を聞くようになった。彼女とよく話していた生徒会ガリ勉が、あからさまにショックを受けていた。俺は、なるほど、順当だな、と思ったくらいだった。要するに、そのくらい、彼女と俺との間には壁のようなものがあったのだ。

本題は成人式の夜、どうして彼女キスを交わしたか、だ。

優等生だった彼女が成人代表挨拶をしている間、俺は市営ホール座席パズドラをやりながら、隣のやつとこそこそ話していた。集合写真を撮るとき彼女挨拶までしたくせにささっと端に立ち、控えめに微笑んでいた。俺は、ばあちゃんに買ってもらったポールスミススーツを着て、真ん中でふざけたポーズ写真に写った。

成人式当日の夜、小学校クラス会があった。任意参加だから初めから気心の知れた友達と飲んでもよかったのだが、俺は何となく成人式特有空気に流されるようにしてお仕着せのクラス会に行った。

彼女と何年ぶりかに話をしたのはそのときだ。俺にだけ冷たいと思っていた彼女は、酒を飲んで上機嫌に笑っていて、なんとなく寂しいような気がした。大人になってもツンケンされるほど、気を許されているわけでもないような気がして。

ぶっちゃけ、俺のこと嫌いだったっしょ?」

酒の勢いで、聞いてみた。「実は好きだった」とか、「素直になれなくて」的な答えを期待していなかったといえば嘘になる。

ところが、彼女から返ってきたのは、「……わかる?ごめんね、私ほんと子どもだったから」という肯定言葉だった。彼女は当時の心情をオブラートに包み、ていねいな言葉謝罪してくれた。早熟だった彼女からかいちょっかいといった面倒なやり取りが嫌いで、うるさくてやかまし男子に、嫌気がさしていたという。そこに「同じ苗字」で「やかましい」俺が、ぴったり合致していたのだと。

俺は、「ほんとごめん、俺うるさかったよな」と答えるしかなかった。

有り体に言えば、俺にとって彼女は「好みの女」ではなかった。「うるさくてやかまし小学男子A」から、「うるさくてやかましい中堅グループのA」になった俺は、それ相応の相手と付き合いたいと思っていた。だから、それまで付き合った相手スカートを2,3回折り、前髪をカラフルなピンで留めるタイプ女子だった。その点彼女はどこまでいっても「品行方正な優等生女子」で、制服スカートは膝丈、髪を巻いているところを想像できるようなタイプではなかった。

大人しくて華やかなグループに属しているわけではない彼女から、うまくやっている俺のことを憎からず思っているとしてもおかしくない、そんな驕りがあったのだ。蓋を開けたら、満更でもないと思っていたどころか、嫌っていたという。俺が幼い頃感じた衝撃は、何も間違っていなかった。

俺が不相応なショックに打ちひしがれているあいだ、彼女は俺をフォローしてくれていた。テニスで県大会に出たんでしょとか、そのスーツおしゃれだねとか、穏やかな口調の褒め言葉で。俺はものすごく恥ずかしくて、酒をがんがん飲んだ。すると、必然的トイレに行く機会が多くなる。彼女はその度に「大丈夫?飲みすぎてない?」なんて声をかけてくれて、俺は自分の小ささを自覚させられた。

そのうち俺は彼女に嫌われていた自分が嫌になってきて、彼女の話を聞きたくなった。酔っているふりをして彼女大学の専攻のこととか趣味の話とかを聞いているうちに、彼女は「ふつう」に笑ってくれるようになった。

一人の人間として見た彼女聡明で、話も面白かった。俺もそれなりには大人になっているわけだし、無闇に彼女からかおうと思わなければ「ふつう」の会話ができる。彼女は俺が持ち出せる精一杯のゴシップ下ネタにもくすくす笑ってくれて、まるで「ふつう」の友達みたいだった。俺が何の気無しにかけていたちょっかいがなければ、もう少しいい関係があったのかもしれない、そんなふうに思ったりもした。

2時間くらい、飲んでいただろうか。もう一軒行こうか、という話が出始めると、彼女のところにはわっと人が集まった。優等生タイプの男女以外にも、陽キャグループの奴もいた。俺はといえば、携帯に同じテニス部のメンツで飲もうという誘いと高校同級生で集まろうというメッセージが届いていて、彼女と同じ店に行く流れは微塵もなかった。

友達会計にもたついていたせいで、彼女はもう店の前にはいなかった。駅の方に少し離れて、はしゃぎながら歩く集団の端を歩く彼女が見えた。店の前で騒いでいる友達を置いて走って、彼女を呼び止めた。「忘れ物が」とかなんとか、適当理由をつけたと思う。

「なあ、ホテル、行かない?」

冗談めかして尋ねると、彼女あははと笑って「いいよ?」と言った。もちろん、それも冗談だ。「じゃあさ、思い出にキスしていい?」ふざけた口調で続けたら、彼女は笑って一歩俺に近づいた。

どこまでやっていいのかまごつきながら肩に手をかけると、彼女は俺の頭に手を回して唇を押し付けてきた。学生時代ちょっとぽっちゃりしていた彼女大人になっても胸と尻がデカく、思わず抱きしめたら胸がむにゅと潰れるのがわかった。街灯に照らされた首筋が真っ白に見えた。唇は柔らかく、ほのかビール匂いと、りんごのような香水匂いが混ざって、酔っ払っている頭がぐらっと煮えたぎるような感覚がした。思わず口を開けると、ぬるりと熱い舌が俺の舌を絡めとった。

長いのか一瞬だったのかもわからないキス彼女意思彼女の行動によってのみ行われ、俺は「される側」でしかなかった。唇を離した彼女は俺の背中を軽く叩いて、「またいつかね」と言い残し、友達を追いかけて戻っていった。

やっぱり、彼女は「好みの女」ではない。だから、このキスを思い出すのは、数ヶ月から数年に一回、女に振られた時だけだ。「またいつか」はくるのだろうか。そのときがくるとしたら、どこまで許されるんだろうか、とか。

今でも付き合うのはスレンダーな女ばかりだけど、動画を探すときは「ぽっちゃり」だの「むっちり」だの検索してしまう。別に彼女の夜の顔を想像しているわけではない、そう言い訳しながら。

男子高校生だけど専業主夫になりたい

高1で、全日制の普通科テニス部

勉強は不得意。結構勉強しているつもりだけど、成績は中ぐらい。本当はもう一ランク上の高校を志望していたけど、最後まで模試の判定が悪くて諦めた。

家族は、母と社会人の兄、大学院生の姉(父は死別)。

将来社会で働くことに興味が持てない。やりたい仕事も見つからない。

ただ、小さい時からよく手伝いをしていたので料理掃除は得意。今は家族の夕食と弁当作りを任されていて、とてもやり甲斐を感じている。週末も部活がないときは、家の掃除洗濯をしていることが多い。自分にとって掃除ストレス解消を兼ねた趣味だ。

家で家事をすることが自分に向いていると思う。

将来スーツを着て働く自分想像できないし、そうなりたいとも思えないが、こうやって家族のために家事をし続けられたらいいなと思う。それが一番できるのは、専業主夫しかないと思う。

 

子どもが好きなので、専業主夫として子供育児に全力で取り組むことにも魅力を感じる。いくら男の育休拡大といっても専業主夫ほどに子供と関わるのは無理だろう。自分物心ついた時には父が亡くなっていて、母は仕事で忙しく小さい頃はいつも寂しかった覚えがある。だから子どもが小さいうちは特に絶対寂しい思いをさせたくない。

 

から専業主夫になりたい。

 

男女の生き方多様化している時代だし、自分のように働くことより家のことを切り盛りすることに興味をもつ男子高校生がいてもいいはずだ。

ただ問題は、専業主夫へになるにはどうすればいいかいまいちからないことだ。

学校では、男も女も働くことが前提で進路を考えさせられるし、専業主夫志望だというのはなかなか言い出しづらい。

参考にできるような男性も周囲にいない。

家族には既に話してある。

夫を死別している母は「一馬力は大変なのよ」とあまりいい顔はしてくれない。しかし「専業主夫になれなかったとしても生きていけるように手に職をつけなさい」とは言ってくれている。

既婚者の友人の多い姉は、「兼業主婦志望で看護師薬剤師資格を持っておいた方があとあといいらしいよ」と言う。

ただ、看護師女性の多い職場自分には向いていない気がする(小学生の頃、こども合掌クラブ女子ばかりであまり馴染めなかった思い出がある)。それに、看護師という仕事に興味を持てない。人命にもろに関わるだから、興味がなければきついだろう。

薬剤師の方は、まだどういう仕事かきちんと調べられていないけれど、自分の成績で薬学部に行けるかが不安だ。

兄は「専業主夫には向いてると思うけど、結婚相手が見つかるかが問題だよな」と言っている。出会いがある高校生か大学生のうちに恋愛をすべきだぞうだ。たしかに、大黒柱になれそうな女性大卒だろうし、大学には行くべきだと思う。

 

専業主夫になった人、専業主夫結婚したという人、それから専業主婦専業主夫になりたい人は何学部に行くのがいいのか詳しい人がいたら教えてほしい。

 

 

2021-02-23

anond:20210223202744

そいつ好みの男見つけると、腹にある巨大な口を開けて胎内に取り込む妖怪だぞ

俺んとこでも一時期出没してて、テニス部エースが食われた

まあ都市伝説ってやつだな

2021-02-22

anond:20210221235545

リサーとかやってるチャラ男文化のものだね

そしてそういうのが好きなんだけど仲間に入れてもらえるほどのコミュ力はなくて、女を見下す精神性だけが残ったような男も確かにいる

そいつ弱者なら弱者男性に含むという定義もできなくはないが、そうすると弱者男性の中の文化の違いが大きくなりすぎて、テニス部員とコンピュータ部員を「どっちも部活経験者」でまとめるくらい何の意味もない定義になる

2021-01-30

心室中隔欠損症をもって生まれた。の続き。

https://anond.hatelabo.jp/20210130055110

中学生時代

高校生時代

大学生時代

2021-01-16

俺の高校可愛い子多かった

 俺の高校普通に可愛い子多かった。ド田舎だが、地元では一番偏差値の高いいわゆる自称進学校。俺はそこにギリギリの成績で入り込んだわけだ。そこで思ったのが可愛い子多いなって話。俺は陰キャ高校彼女で来たことはなかった。成績も下っ端でずっとぼっちからクラスメート担任からバカにされまくり、家庭関係悪化し、普通に地獄の3年間だった。それでも何となく高校が楽しかった。それは可愛い子が多かったからだと思う。やっぱり美人って言うのはそこに居るだけで癒やしになるんだなって思う。無論、嫌なことが圧倒的に多く、もう一度やり直したいかと言われれば答えはノーだが、それでもjkたちのことは今でも覚えてるし、優しくしてくれたわけではないが、居るだけでつらさを和らげてくれてありがとうと思う。

 こんなことして自分でも気持ち悪いとは思うが、高校美人達を振り返っていきたい。

K田R

 ダントツ美人。成績優秀で陸上部所属運動神経抜群という学園ドラマに出てきそうな少女。声も可愛かった。控え目な性格ほとんど男子と話すことのない正に高嶺の花。努力家で勉強部活と頑張ってたから本当に凄い人だと思う。オーラ大人びててとても近寄りがたい。学園祭の時に和服着て、髪をカールにしたとき美人過ぎてビビった。

Y本K

 上記のRの友人。身長170cm以上。スタイル抜群のモデル体型。前見たときに脚の細さに驚いた。Rと一緒に登校してたが、二人並ぶ姿はとても美しかった。学園祭の時にアリスコスプレをしてたが、Rとハグしたとき光景はこの世の物とは思えないほど美しかった。明るい性格陽キャ

T.Y

 K程ではないが高身長。色白で目が大きくて鼻が高い西洋顔の美人上品で清楚な雰囲気。親が金持ちらしく、夏休みにはオーストラリアにいったらしい。

H尾.N

 色黒。やや吊り目、歯並びが少し悪かったがトータルで見れば美人

K折.Y

 色白、スタイル抜群。目が大きく、唇が厚く、鼻が高いハーフ顔。スクールカースト的には陽キャ

T.Y

 目が細いのが玉に瑕。他の人が細身なのに対し、普通の体型。性格大人しい。

K陽.R

 阪大文学部に現役で行ったエリート。色白の上品美人

N川K

 主席高校に入ったエリート。自宅浪一年東大理系に進学した。高身長で恵体。

目が細い

N尾M

 色白・小柄。明るい性格

Y女H

 名古屋大学に現役で受かったエリート。色黒細身。テニス部所属する文武両道才色兼備性格も明るい。

I葉E

 小柄の清楚美人中学からの友人の彼女

K井H

 小柄色白。人形みたいな可愛い見た目だが、性格は冷めてた。成績優秀なのに医学部看護学科に推薦で進学した。

2021-01-07

anond:20210107164402

周りの男ってのは吹奏楽部からテニス部からバスケ部から現役消防士(レスキュー隊)までさまざまだがどいつもこいつも持ちが悪い。

2020-11-13

anond:20201113140843

中学の時テニス部で、山を切り開いて作ったテニスコート部活してたけど、年に何回かは見たな。

何年かまえも、山の中を通ってる国道沿いにある道の駅によって、隣の広場みたいなところを見たら大量にウサギの糞が落ちてたわ。

2020-11-03

ツイッターがつまらん人を褒める1万人のつまらん人の集まり展覧会になってきた

もうね、ネタがないの。

今日見た地獄はね。

まずね、寄生獣ミギーのコラで「MT車なんて意味がないぞ!」と言ってる奴。

これがまず全然面白くないの。

しかもこれふたばちゃんねるとかい日本で最もつまらん奴らが集ってつまらない奴ら同士にしか伝わらない話で自分たち面白いって必死去勢を張り合ってるサイトネタなのね。

ただでさえつまらセリフコラ文化に、レギュ違反の順番組み換えまでかました末期の末期のゴミね。

それを掟破りの外部持ち出してしてるっていう放射性廃棄物

その次にね、それに引用リツイートで「AI車が増えすぎた未来AI暴走、でもMT車は無事だったぜカッコイー!」とかつけてる奴が回ってくんの。

地獄すぎるね。

そもそもAI運転ATMTって全く無関係なわけよ。

つうか今の車だってAT運転だけどAI搭載してないじゃん?

まりそのAI暴走する未来が来ても古いAT車なら普通に乗れるのね。

つうか、その世界であっても多分まともに乗れるMT車ってAI積んでると思うんだよね。

だって全部のAT車にAI搭載されてて、今の時代に売ってる車とかは全て風化してるとかそういう400年後ぐらいの未来の設定のはずでしょ?

もうね、意味分かんないよね。

こんなガバガバで、そもそもまっっっっっっっったっっっっっっっっく面白くない内容のツイートを皆が回し読みしてるの。

頭が悪い上につまらない人達が、頭が悪くてつまらない人間しか楽しめないネタで、つまらん奴ら同士でニタニタしてる地獄のような光景が広がってるわけ。

しかも、そいつ創造性もなくてつまらいから、原始人レベルイジメかめっちゃ大好きなのね。

猿山のお猿さんがヒマすぎてイジメを始めるのと同じノリで、駄目なテニス部サッカー部の連中が部室でイジメを始めるのと同じようなノリで、ツイッターにはつまらない奴らの暇つぶしとしてのイジメが広がってるわけ。

本当、もうね、完全に地獄よ。

今のツイッターは終わりすぎてる。

はてなはこうならないように気をつけてね

2020-10-14

職場の軽度なイジリってどうやってNOを突きつければいいんだ?

ガチの奴じゃなくて、3日に一度肩パンかましてくる程度の奴な。

この程度のことで騒ぎ立てても職場で居場所をなくすだけだし、流石にこの程度じゃ労基も弁護士も動かない。

でも俺は確実に消耗していってるし、正直ソイツのことが全く信用できないからソイツと口を聞くのもいい加減嫌になってる。

そんでソイツと口聞きたくねえからソイツをスルーして仕事をこなせるように裏工作してたら見つかって怒られたんだが、俺にとっていまや全労働における苦痛の3割ぐらいはソイツと口を聞くことだからマジでソイツと関わりたくないんだよな。

でも、この程度のことでグダグダ言ってもなと我慢してる。

ちなみにソイツは元々テニス部で、そいつのいたテニス部だとマジでそれぐらいは単なる挨拶だったらしく、本気でそれを信じ続けてかれこれ30年適当相手を見つけては数日起きに肩パンする生活を続けてるから価値観の変換は一切望めん。

2020-09-16

医学の道に進みたかった

中学は、地域複数小学校卒業した者で構成されていた。

学生数の多い小学校もある。どうしてもその割合は均一とは行かなかった。

結果、私はマイナー小学校卒業生として中学入学する事になった。

医学を志した私は保健委員になりたかった。しかし、同時に手を挙げた者がおり、メジャー小学校出身である彼女は元メジャー小学生の推薦を得て保健委員となった。

ここで私の自信は打ち砕かれた。小学生時代学級委員を努めた功績は、全く何の役にも立たなかった。

仕方無く空いた枠に入る。良い人を演じる為に。その空いた枠に収まった委員何だかんだで三年続ける事になった。

結局、中学の三年間で保健委員になれた事は一度だってない。

そこには選択の自由なんてなかった。

文化系部活根暗オタク揶揄され居場所を奪われる。皆こぞって運動部へ入部届を提出した。

野球部テニス部学生顧問の格好の的だった。

グラウンドを広く使えたのはサッカー部。人気だったのは剣道部

専用の部室があったからだ。

ノーコンシュートに加えやる気のないGKのお陰で、球があちこちへ飛んで行く。

顔面で受けた事もある。また、ある生徒は一階から飛び降り足を怪我したという。

美術時間など恐ろしい。彫刻刀など凶器に近かった。

「強くなりてえ」と両腕、両足に重りを付けていた生徒もいた。

彼は通常の学生鞄でなく、白い斜め掛けバッグで登校していた。田舎の私達の学校にとって、余所から来たそういう出で立ちは珍しくかなり印象に残っている。

いずれにせよ、成績は優秀だったかも知れないが私が夢を諦めたのはあの時だ。なりたい仕事は皆席が埋まっている。数と言う名の暴力に屈服させられて、その自由は奪われるのだとあの時知った。

2020-09-01

チアリーダーブルマーテニスのアンダースコート

パンツ見ちゃった

性に目覚めたのがいつだったか、覚えている者は少ない。たとえば、裸がエッチだということを知っていて、のぞいて見たいと思うことがあっても、その願望とおちんちんをいじっていて気持ちよくなることと結びつくのは、おそらく思春期以降なのだと思う。性欲は、具体的な対象を持つよりもずっと前から心の奥に不可解なエネルギーとして蓄えられていて、それが将来何に向かうのか、誰にもわからない。

小学生の頃の自分にとって一番エッチだったのは、成熟した女性の裸やおっぱいよりも、同級生パンチラだった。姉妹と一緒に風呂に入っていたので、女性の体など珍しくなかったのだろう。それよりも、めったに見る機会のない同級生下着のほうが、性器のものよりもエッチだった。

スカートめくりはしてはいけないことだと知っていたので、掃除時間雑巾がけの時間に、ばれないようにのぞいていたことを覚えている。どうして中身よりも布切れに興奮していたのか、今になってもわからない。ただ、今でも生のおっぱいよりも長袖レオタードブルマーに興奮してしまうのだから、おそらくおっぱいよりも、パンツというかお尻の曲線に対する執念が根深いのだろう。

チアリーダーパンチラ

そういうわけだから、初めてチアリーダーを見たときには、子どもながらに衝撃を受けた。なぜなら、パンツが見えていると恥ずかしがる普通女の子たちと違って、彼女たちは大胆にも片足を上げてスカートの中を見せるし、時には飛び上がって開脚しながらブルマーを見せる。スカートの色とおそろいのブルマーはかわいらしいし、逆にスカートブルマーの色が違っていたときには、ますます本物のパンチラっぽいというか、見てはいけないものを見てしまったとき特有の興奮があった。今にして思えば、あれだけの体を鍛えている人に対して欲情してしまうのは失礼だと思うのだけれど、きれいな人が多いし、性に目覚めたばかりの少年にとって性欲は未知のもので、どうやってコントロールすればいいのかもわからず、困惑するばかりであった。

ところで、チアリーダー歴史は古い。チア衣装コスチューム1920年代にまでさかのぼる(https://cheer.epicsports.com/cheerleading-shorts-history.html#:~:text=Cheer%20shorts%20or%20bottoms%20worn,of%20spectators%20at%20football%20games.)。もちろん、保守的時代のことだから、今みたいに下着のようなものを見せることはなかった。

流れが変わったのは1960年代だ。スカートの長さが膝丈くらいになり、下着が見えるのを防ぐために、ブルマーを導入したようだ(同上)

ただし、あまりにもスカートを短くしすぎてブルマーが丸出しになるのもだめらしい。次の資料によれば、米国高校チア連盟では、スカートの丈は12から14インチ、(30から35センチ)と指定されている。また、ショーツブルマーよりも2インチ(5センチ)、ボクサーショーツよりも1.5インチ(4.25センチ)長くないといけないらしい。

https://www.wisegeek.com/what-is-cheerleading-underwear.htm

NFLでは、さまざまなチア衣装があって、かっこいいけれども、やっぱり高校生のチアみたいにシンプルで、色気がありすぎないのが、私は好きだ。

https://www.insider.com/history-of-nfl-cheerleader-uniforms-2017-2

テニスのアンダースコート通称アンスコ

純白のテニスウエアの下にブルマーはいているところにとてもドキドキしてしまった記憶がある。やはり、見られることが前提ではないものを見てしまたことによる戸惑いなのだろうか。それとも、同級生女の子パンチラ防止にブルマーをはくようになったせいで、ブルマチラにまで欲情するようになってしまったのだろうか。

さて、古い英国小説を読んでいると、しばしばテニスをやる場面が出てくる。当時のことだから、やはり長いスカートを身に着けて行っていたようだ。それが、やはり60年代ミニスカート流行し、そういうスタイリッシュな姿で運動することがもてはやされた。その結果、パンチラを防止するためにアンダースコートを身に着けるようになったのだろう。

https://www.allure.com/gallery/tennis-fashion-history

https://active.sweatband.com/tennis/tennis-fashion-history-from-long-formal-dresses-to-the-miniskirt.html

ただ、資料が少ないために、フリフリのアンダースコートと、今のようなホットパンツのようなアンダースコートがどのように移り変わったのかの資料は、まだ見つけられていないわざわざ写真に残している人が少ないというのもあるのだろう。下着の服飾史を研究している人々は、こういう人々の恥じらいというか慎み深さで、苦労しているに違いない。

ところで、とあるからテニス部の少女スカートの下にはアンダースコートを身に着けているのはレギュラーで、それ以外の子ブルマーだ、という説を聞いたことがあるのだが、本当だろうか?

まとめ、今後の展望

スカートの中が見えないようにブルマーあるいはそれに準ずるものをはく習慣は、おそらくミニスカート流行しだした60年代に端を発する。そうしたファッションを受け入れる下地が、その時代までにはできていたということか。とはいえビキニ発明1946年のこと、ずっと早い。

今後は同じようにレオタードバニーガール競泳水着起源について調べ、脚を見せるようになる習慣が同時多発的に発生したのかどうかを検証したい。時間もあまりないので、今調べた範囲でごく簡単に述べておくと、バニーガールについては、ヒュー・ヘフナー氏が1960年2月29日に、バニーガールコスチュームを発表したそうである

https://www.pixiv.net/artworks/64464179

参考資料はご存じ、まぐ太氏である

また、レオタードについては、元は男性衣装だったように記憶している。

それが、自由を求める女性の間で1960年代以降に広まった、と書かれている。ただし、資料によっては年度のずれがある。

https://fashion-history.lovetoknow.com/clothing-types-styles/leotard

また、暇ができたときにでも調べるつもりだ。

2020-08-22

皆に好かれるウェイ系オタクから距離を置いた話

ただの腐女子お気持ち構文です。長いよ。

ウェイ系オタク彼女は、小説書きだがTwitterでは専ら絵師へのリプに徹している。好きな絵師がいたらすぐに感想を送ってふぁぼりつする良質な腐女子である絵師のはしくれでもある私もその対象となったらしい。1年ほど前から彼女にたくさんリプを頂いた。本も買ってもらった。

そんな素敵な彼女と私がなぜ距離を置いたのか。一番の原因は彼女が愛されすぎているからだろう。そう、単なる嫉妬だ。

美人で明るい彼女オフ会などで何度か会ったことがあるが、私が青春時代敬遠していたタイプ女性なのだチア部やテニス部所属してそうな感じの、スクールカースト上位のウェイ系だった。片や私は陰気なデブス。かれこれそういう人種とは極力関わらないよう努めてきた人間なのだ恋愛経験豊富彼女喪女の私。社会人お金持ちな彼女貧乏学生な私。推しカプのこと以外は全く話が合わない。彼女ときどき口にする「大学時代に飲みサーで〜」とか、「推しに〇〇万課金した‪w‪w‪w」とか、そういうステータス持たざる者には逐一グサグサと突き刺さった。何度も言うが、彼女は全く悪くない。私と180度違う人生を送ってきたリア充なだけなのだ。私の醜い嫉妬も甚だしい。

極めつけは、このコロナのご時世。周知の事実だが大学生はほぼ全面的に登校を禁止させられている。様々なイベントに行かなくなったし、家に引きこもる時間が大幅に増えた。しか彼女は違った。在宅勤務をフル活用し、ここぞとばかりに様々なフォロワーさんと会って食事カラオケオフ会をしているのだ。感染症対策は怠っていないというのでそれを咎める気はないのだが、もともと人脈が狭い私は、彼女がTLにアップする飯テロ写真を見る度に複雑な気持ちになった。

そして先月。比較的近場に住んでいるため、私にも彼女から遊びの誘いが来た。久しく誰かと会って話せる機会。私は二つ返事でOKした。

けれど、彼女を見る度に自分の情けなさを痛感し辛くなる。私も彼女のように美人だったらな。彼女のように神絵師ともたくさん話せたらな。それが積もり積もって、気づけば私は彼女の事ばかり考えていたのだ。恋ではないほうの別ベクトルで。

先週が丁度約束の日だったのだが、その前の日にも彼女フォロワーさんとカラオケ推し映画鑑賞をしてワインを飲んでいた。私が遊びの時間帯や内容やらを聞いても未読無視(結局、遊ぶ当日の10時頃にようやく既読したのだが…)。そりゃそうだ。彼女フォロワーさんと遊ぶのに忙しい。1ヶ月間会うのをソワソワ待っていた暇人とは違うのだ。

そう思ったところで、私の中で何かが吹っ切れた。彼女に嫌われると他のフォロワーさんとのオフ会でも気まずくなるのは目に見えている(彼女は色んなオフ会に必ずと言っていいほど参加している)。それは分かっていたが、もう彼女を見てますます自分が嫌いになるのが怖かったのだ。適当理由をつけて、その日にドタキャンした(最低)。

彼女もそれを暗黙の了解として受け取ったらしい。その日の晩に「嫌われているのかと薄々感じていたが、案の定そうだったと今日分かった。今夜は呑む」とツイートしていた。そのコメントには、多くの絵師からの慰めリプライ。そう、それでいい。もう彼女はたくさんの人に好かれているんだ。こんな嫉妬心の醜いやつとは関わらないでくれ。

支部における彼女作品非表示にし、Twitterではこっそりミュートをかけた。堂々とブロ解しないところにも、私の惨めさが滲み出ている。

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