前回までのあらすじ
東日本大震災によって全ての整合性を失い、南相馬市に住んでいて4月から高校生になるはずのあぶくま君は何故か東京でホームレスをすることになる。保護されるべきだったあぶくま君をホームレスの道に引き込んだおじさんはあぶくま君を怪しいおじさんに売りつけ、あぶくま君は24時間勤務を月給8万というタコ部屋もびっくりの仕事に着く。そして唐突に思い出した親友と彼女に急にメールを送るが「返事あるわけないか」と数秒くらいで諦めてしまった。
「返事…ある訳ないか…」
あぶくま君でジュースを啜ると、それまで沈黙していた携帯電話が急に鳴り始めた。相手は非通知だ。
「もしもし?」
「もしもし、あぶくま君?」
電話の向こうの声は聞き覚えのある声だった。
「あなたは誰ですか?」
「僕のことはどうでもいいから、今からすぐにそのハンバーガー屋から出るんだ!」
「は?誰だか知らないけど訳の分からないこと言わないでください」
「いいから、すぐに!」
渋々あぶくま君が残ったジュースを持って外へ出ると、そこはハンバーガー屋ではなかった。
「あれ、僕はハンバーガー屋に入ったはずなのに」
「そこはおそらくスタバだ。その証拠に、君の持っているジュースを見てみろ」
あぶくま君がジュースを見ると、それはフラペチーノに変わっていた。
「おかしいな、僕はハンバーガー屋でジュースを飲んでいたはずなのに……」
「いいから落ち着いてよく聞いてくれ。君は東京でホームレスなんかやってない」
電話の相手は何か大事な話をしようとするが、雑踏の真ん中でポカンと突っ立っているあぶくま君にたくさんの人が体当たりして来るのであぶくま君は何度もポムポムと転がされてしまい話を聞くことが出来ない。
「そんなよくわからないこと言われても…あんまり覚えてないし…」
「それは…体調不良で…」
「本当にそうか?」
「そうだっけ…?」
「いいか、これから家に帰るのかもしれないけど、今日は帰らないでどこかに行け。漫喫でもいいしファミレスでもカラオケでもいいしそのまま警察に駆け込んでもいい。とにかくあそこには帰るな。それと携帯はしっかり充電しておけ。いいな」
「帰るなって言われても…どうすれば…」
あぶくま君は飲みかけのフラペチーノをゴミ箱に捨てると、当てもなく歩き始めた。気がつくとホームレス生活をしていた公園に来ていた。あのおじさんを探そうと思ったけど、何だか辺りの雰囲気が変わっている。
「あの、すみません」
あぶくま君はその辺のホームレス風の男性に片っ端から声をかけた。しかし、あのおじさんのことを知っている人はおろか、あぶくま君のことを知っている人もいなかった。
「どうしてだろう、そんなにすぐみんないなくなってしまうんだろうか…」
「くりゃ寿司…くら寿司…南相馬にくら寿司なんてあったっけ…あれ、そもそも外食なんかしたかな…」
寿司を食べたような気もするが、食べたのはスーパーのパック寿司で、回転寿司など行ってない。
「記憶が…違ってる…?」
急に怖くなったあぶくま君は電話で指示された通り、その辺の漫喫に入ろうとした。
何故かどこの漫喫にも入れてもらえない。仕方なくファミレスで夜を明かそうとしたが、夜10時を回ったところで追い出されてしまった。
「どうせ僕の居場所なんてないんだ…」
フラフラ歩いていくと、よく知った顔を見つけた。
それは1個上のお付き合いしているはずのカエデちゃんだった。カエデちゃんは生きていたのだ。
「いきなりキモイんですけどー」
「カエデ知り合い?」
「えーこんなクマ知らないんですけどー」
カエデちゃんたちはあぶくま君を笑い飛ばしてどこかへ行ってしまった。
「きみきみ、こんな所で何をやってるんだね」
あぶくま君に声をかけたのはあのホームレスのおじさんだった。
「おじさん、生きてたんだね!」
「はぁ?」
よく見るとおじさんの身なりはしゃんとしていて、「補導」というバッジをつけている。
あぶくま君はおじさんに今までの話をしてみたが、おじさんは頭を抱えてしまった。そして携帯電話でどこかに連絡を取っていた。
あぶくま君はそのままおじさんに連れられて交番へ行った。そこでお巡りさんに今までの話をもう一度するように言われ、なるべく細かく話した。
「うーん、そうすると、君は南相馬から東京までやってきて半年経っている、と言うんだね」
「違うんですか?」
「念の為先程君の名前を行方不明者リストから探してみたんだけど…ないんだよ」
「行方不明者…?」
「住民票がどうのと話していたけど、そんな届けも確認されていない。そもそも南相馬市にも君の名前はないんだ」
あぶくま君はお巡りさんの机を見た。机にはお巡りさんの家族写真があった。
「これはヒデ君だ!」
「じゃあ、僕の家族はどこにいるんですか?」
お巡りさんは明日南相馬に家族のことを聞いてみると言った。そして今夜は遅いので交番の仮眠室を貸してくれると言った。時刻は午前2時を回っていた。
「あと朝になったら雇い主の話も聞かせて欲しい。警察としていろいろ聞かなきゃならないことがあるんだ」
お巡りさんはそう言うとあぶくま君を仮眠室に案内して、交番に戻った。
あぶくま君が1人になったところに、携帯電話が鳴った。また非通知だった。
「どう?家には戻ってないか?」
先程の声の主にあぶくま君は怒鳴った。
「説明するも何も…君も気付いているんだろう?」
あぶくま君はドキリとした。カエデちゃん、おじさん、ヒデ君。みんなあぶくま君の知っているはずの顔がまるで違う人になっていた。
声は続ける。
「しかし、気付いているだろうが君の記憶その物が全てハリボテだ。現実にはヒデ君もカエデちゃんもおじさんもいない。そして君の家族もね」
あぶくま君は何となくそんな気がした。
「君が家族や友人たちを気にかけないのは当たり前だ、元々存在しないものを気にする必要はないからね」
「じゃあ僕は何なんだ!?」
すると交番の壁がミシリと軋んだ。
「おっと、それ以上自分に疑問を持っちゃいけない。この邪悪な物語の思うがままだ」
「どういうことだ?」
「あぶくま君、君はこの話の主人公だ。しかし、この話の製作者があまりにも手抜きで君を作り上げたがために、この世界自体の存在意義が揺らいでいる。その辺の人の顔が君の知っている人に急に割り当てられ始めてるんだ。そのうち家族や知人と同じ顔に出会うかもしれない」
「そんな……」
「だから君は自分で行動を起こさなきゃいけない。製作者の意図を超えて、主人公として」
「僕が主人公…?」
「そうだ、君が君の意思で動くんだ。そうすればお話は製作者から離れて歩き出す。そこに整合性が生まれる。ハンバーガー屋がスタバになることもない」
「でもどうすれば…」
「君は今、何がしたい?」
「…南相馬に帰りたい」
「帰ればいいじゃないか」
「帰れるの?」
「君は自由だ。製作者の指示に従うとまた記憶を消されるぞ。今のうちに行動しろ」
「…わかった。ありがとう」
通話は切れた。相手は誰でもよかった。この世界で整合性を獲得すれば、また会えるだろう。
「さてと…どうしようか」
あぶくま君はこっそり交番を抜け出した。交番のあった場所はゲームセンターになっていた。
「整合性を取り戻す…か」
整合性のある世界。あまり覚えていないが、このままでは世界がめちゃくちゃになってしまう。それを救えるのは、主人公のあぶくま君だけだ。
「よし、まずは駅に行くぞ」