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はてなキーワード: 敬愛とは

2021-01-20

anond:20210119234225

浄土真宗僧侶です。増田さんの投稿私自身感ずるところがあったので、少しお話させてください。


私の敬愛する大正時代求道者が、このような詩を書かれています

世の中が便利になって
一番困っているのが
実は人間なんです

一見すると取るに足らない、なんとも味気ない散文のような詩ですが、今の増田さんならば、この詩が言わんとすることが響くのではないでしょうか。




私たち人間はみな、快適さや便利さを求めて世代を重ねてきました。快適さや便利さのその先に、幸福が待っていると信じてきたからです。逆に考えれば、不快と不便は不幸である、と信じてきたとも言えるでしょう。

そしてその結果、先人の努力によって築かれてきたテクノロジーシステムがもたらす恩恵の中で、得体のしれない窮屈さ、居心地の悪さを感じる人が現れ始めています。ちょうど増田さんがそうであるように。

これは一体どういうことなのでしょうか。


ここで例を挙げて考えてみましょう。

お腹が空くのはつらいからいつでもどこでもご飯が食べられるようになりたい、暑さや寒さはつらいからいつでもどこでも涼しく暖かく過ごせるようになりたい、誰かと離れてしまうのはつらいからいつでもどこでも顔が見れたり声が聞けるようになりたい、分からないことだらけなのはつらいからいつでもどこでも自分の求める情報を得られるようになりたい、……。

人間としてのシンプル欲求をいくつかざっと書いてみました。これらの欲求がことごとく叶い、望んだ通りの社会が出来上がっていることは、誰でも理解できますね。

では、そうして一体、どれだけの人が幸せになったでしょうか。社会ほとんどの人がこのような環境に恵まれた今、どれだけの人が自分人生自分所在をよろこべているでしょうか。




増田さんはきっと、ご自分所在をよろこべずにいるのですよね。情報社会に溢れかえる、無数の「正しさ」と「間違い」の中で、振り回されてしま自分生活を考えた時、途方に暮れてしまうのですよね。

それは人として正常な反応です。あなた自分の「ほんとう」を求めているからこそ、今迷っているのです。戸惑っているのです。




我々の教えにはこのような言葉が伝わっています

八万の法蔵を知るといふとも、後世(ごせ)を知らざる人を愚者とす

これは、「たとえ八万冊にも及ぶ膨大なお経(真実の教え)を情報知識として学んだところで、その教えに全身でうなずき、心から満たされて生きて死んでゆけないのならば、その人は救われない」といった意味言葉です(大意)。

事実として、TwitterだのYahooコメントだの、ここはてなにも、こうした人がたくさんおられますね。出どころのわからない正しさや間違いを頼りに、「自分こそが正しい」と言わんばかりに、ああでもないこうでもないと罵り合う方々が。そうした振る舞いをする必要が彼らにあるということは、知識(ないし価値観)の是非を巡って他者と争い合うのが、よりよい人生を送り、よりよい最期を迎えられるための手段なのでしょうか。だとすれば、彼らはそれが自分幸福を手繰り寄せるための必然的行動だと信じているということになります

そしてその中の、どれだけの人が、本当に満ち足りて生きているというのでしょうか。




その気になれば増田さんも、ありとあらゆる宗教自己啓発ライフハックにたどり着くことは可能です。可能社会私たち自身が望んだからです。その中には、ご自分にふさわしいと感じる教えや“手立て”が見つかることもあるでしょう。そうして増田さんが憂いや窮屈さから解放されて生きてゆけるのなら、素敵なことだと思います

ですが、人生の苦悩は、人生の悲哀は、自分でも思ってもみないようなところからふいに沸き起こってきます。中でも代表的な苦しみが、“後悔”です。この苦しみには、過去幾千年と人類ほとんどがのたうち回ってきました。私も、増田さんも、これを読む方も、私たちの知らない誰かも、みな、一度や二度ならず後悔の責め苦にあえいでいます

この後悔を消すためには、どうしたらいいのか。検索してみたとして、本当に答えは得られるのだろうか。一度は「そうかも知れない」とうなずいた後で、実は違っていたなんてことにはならないだろうか。自分とは相容れない、訳の分からない理屈で生きている人のためだけの“正解”を見せつけられるだけで、結局は打ちひしがれる未来が待っているのではないだろうか……。様々な疑念やおそれが次から次へと頭に浮かんで、調べるという一歩さえも、踏みとどまってはしまいませんか。



もしもその通りなら、ここで視点を一つ変えてみませんか。あなたの感じてきた窮屈さ・居心地の悪さ・疑念や戸惑い、そして後悔。

これらがあなた自身に「何を訴えているのか」を見つめるのです。

すべてはその対義語を求めているからこそ、生まれ感情なのです。増田さんは後悔のない人生情報に振り回されず自分らしくのびのびと生きてゆける社会人生を求めているからこそ、この悩みが生まれたのです。それは他でもない、あなた自身の内に眠っていた大切な願いです。あなたあなたをよりよく生きるために必要なこととして、あなた毎日に満を持して現れた“問い”なのです。

あなたにとって今目障りでしかない、早く消えてほしいとさえ思うであろうその悩みは、あなたにとって本当に要らないものでしょうか。どうしようもなく邪魔で煩わしいものでしょうか。私は、そうは思いません。



最後に一つ、私が心から尊んでいる、親鸞さまのお言葉を紹介したいと思います

罪障功徳(ざいしょう くどく)の体(たい)となる
こおりとみずのごとくにて
こおりおおきにみずおおし
さわりおおきに徳おおし





「後悔のない人生」を生きようとするのではなく、「後悔すらもよろこべる人生」を生きることがもしもできるのなら、私はそういう人生の方が素晴らしいのではないだろうか、と思って毎日をいただいています

増田さんを悩ませ苦しめていることが、いつかあなたのよろこびと変わる日が来ますように。




合掌

2021-01-13

anond:20210113081016

趣味といえばさ、

サニーデイサービスの人が彼の敬愛する

はっぴいえんど特集記事で、

当時のアルバムジャケットに各メンバー

サインを貰って廻ってて、最後

大瀧詠一の所に行ったら、

趣味コンプリートしたらそこで終ってしまうから」と言われて

サインしてもらえなかったエピソード

彼は良い話の体裁で語ってたけど、

それ凄い残酷だよなぁー、と未だに

ひとりでモヤモヤしてるわ(笑)

2020-12-20

自分一人暮らしの“子供部屋おじさん”だ

28独身男性

地方都市勤務、一人暮らし

仕事プライベートほとんど不自由なく暮らしている。

彼女は今まで何人か出来たが、すぐ別れる事がほとんどだった。

今は独身貴族謳歌していると言っていい。

ただ、幸せだと胸を張って言えない。

おそらく結婚して家族を持つことが幸せだという洗脳に近い教育のせいだろう。

今でこそ晩婚化や一人◯◯のようなシングルに対して許容する社会になってきてはいるが、それでもまだ未婚者は未熟者、という風潮はある。

正直、未熟者である自覚はある。責任を負いたくないのだ。結婚相手子供人生を歩んでいく責務を、まだまだ想像できないし、したくない。

自分一人暮らしをしているだけの“子供部屋おじさん”なのではないか

Wikipediaによると子供部屋おじさんの定義40歳以上とあるが、予備軍・潜在性は十分にそれである

鍵っ子だったせいもあってか、一日に必ず自分時間空間が欲しい。親族の集まりがあっても早々に切り上げて自室に戻る事が多かった。

同棲なんて考えられない。

そして、昨今SNSWebエッセイであまりに多くの不倫話や旦那への愚痴を見る機会が増えた。

それが結婚への希望を打ち砕くには十分だった。

ただ、諦めきれていないのも事実

一つはその家族を築く=幸せというような思想が染み込んでしまっている事。

もう一つは、両親。自分の中で理想夫婦像となってしまっている事だ。お互いを尊敬し合う、人生パートナーに見える。そして、その両親を安心させたいという願いもある。

どこぞの上手くいかなかった夫婦の話より、一番身近で敬愛する両親を参考にすべきなのは分かるが、あの境地に至るまでの甲斐性が自分にはやはり無い気がしてならない。

それでも将来、急に自由の気楽さよりも寂しさが勝り、結婚を焦るようになるのだろうか。

そしてこれは勝手想像だが、自分のような人間が少なからずいるのではないか

2020-12-17

忘年会が恋しい

コロナ禍で忘年会新年会もなくなり、今後もこうした会合消滅するのは確実だ。もうずっと業務時間外の集まりはない。

世間一般特にWeb上では忘年会等の会社関連での集まりevilとされて久しいけど、自分の勤務先では特に強制される事もなく、参加すれば確実に楽しい時間が過ごせる。

私は1人暮らしで周囲に知人など皆無なので、業務関係のない他愛もない話をしたいのだ。

そんなことは自身コミュニティでやれと言われるだろうし、それを求めていろいろ参加したこともあったけど、結局属性が似ていて話が合うのは社内の人たちだった。

個人的電話で話すようなことでもなく、ただなんとなく、ワイワイ場を共有するのが好きで。

新年度からプロジェクトが終わったから、何はないけどたまにみんなで行こうか、でなんとなく集まっていたのが一切なくなると、こんなにも雑談的会話をする機会がなくなるのだな、と衝撃を受けている。


旨い食事と酒を味わいながら、敬愛する上司メンバーとじっくり話をしたい。

今後劇的に事態収束することもなさそうだし、もう叶わなくなってしまった。

寂しいな。

2020-12-04

アニメオタクアニメに何も貢献していない。むしろ害悪だ。

自分の中でのアニメオタク特に萌えオタ)に対する嫌悪感が一体何なのかきちんと考えてみた。

すると恐るべき結論に達してしまった。これから書くことは正直私も断言して良いものかどうか躊躇している。しかし、アニメ文化の発展のためにも、心を鬼にして書かなければいけないことだ。

アニメオタクは何もアニメに貢献していない!

今までも、そしておそらくこれからもずっとそうだ。これは岡田斗司夫のような豚野郎の言う「オタクは死んだ」でも、東浩紀のような豚野郎の言う「読者の質が悪い」でも、宇野常寛のような豚野郎が言う「萌えオタはクズ」でもない。もっと根幹に関わる重大なことだ。そして恐ろしい事実だ。

まず、オタクオタク向けに作ったオタクアニメが大きな評価を得てきたことは今まで一度たりともない。

名作を作ったクリエイター側は言うまでもなく、『ガンダム』の富野由悠季は仕方なくアニメ現場に降りてきた人だし、『攻殻機動隊』の押井守は元々映画監督志望でジャン=リュック・ゴダール敬愛していてたまたまタツノコプロ求人が目に入ってアニメ業界入りした人だ。

「でも、今は世界的にアニメブームが起きているじゃないか」と萌えオタがブヒブヒ言ってきそうだが、それは幻想である。まず90年代後半に盛んに言われた「ジャパニメーションブーム」を取り上げると、これは岡田斗司夫オタク地位向上のためにでっち上げものだ。本人も後にそれを認めており、外から圧力に弱い日本オタク市民権を得るにはそれしかなかったと言っている。この岡田斗司夫苦肉の策電通村上隆が乗っかり、ジャパニメーションブームという虚構ができあがったのだ(元々別称だったジャパニメーションという言葉を良い意味として輸入したのが村上隆である)。

それは今まで世界的な評価を得てきた作品を見ていけばわかる。

まずは、宮崎駿アカデミー賞も受賞し、名実ともに日本代表するアニメーション監督といった地位を得ているが、その作風アニメ界ではむしろ異端であるスタジオジブリ的なもの宮崎駿的なアニメは本人にしか作れず、その作風を引き継ぐような後継者は未だ誰一人いない(宮崎駿の後進育成が下手という話ではない。宮崎駿に影響を受けた人間が外で宮崎駿的なアニメを作ったっておかしくないのに、そんな人は日本はいないのだ。海外ではどうか? そう、モンスターズインク制作したピクサーが後継にふさわしいだろう。言うまでもなく彼らはアニメオタクではない)。

宮崎駿にはオタク的なるものを避けて避けてやっと今日地位を築いたという歴史がある。オタク的なものを避けて世界評価を得た、これは非常に重要ポイントだ。

押井守もその一人だ。『うる星やつら』を制作し、オタク向け監督の一人で終わるかもしれなかった彼は『機動警察パトレイバー2 the movie』や『攻殻機動隊』においてオタク向けアニメ想像力を捨て去ることで作品の強度を確立した。『ビューティフル・ドリーマー』はどうなんだ、という声があるかもしれない。これには後に押井守がこう語っている。「劇場版第一作『オンリーユー』を作ったとき原作者ファンが喜ぶことを全部詰め込んだ。上映されると当然原作者ファンは満足したようだが、作品的には酷い代物だった」。この諦観によって『ビューティフルドリーマー』は作られた。オタクから距離を取ることで傑作に仕上がったのだ。

他にも大友克洋の『AKIRA』だって一見すればわかるようにオタク的な想像力から離れたものであり、渡辺信一郎の『カウボーイビバップだってそうだ。

オタク監督だと言われるウォシャウスキータランティーノだってウォシャウスキーSFの人で決してオタク想像力に耽溺しているわけではないし、タランティーノ高校中退して一日中映画を見まくっていた怪物だ。

エヴァンゲリオン無視しているじゃないか、と言われるかもしれない。確かにエヴァオタクオタク向けに作ったオタクアニメであり、社会的現象を起こすほど大ヒットしている。だが、これ一本でもってオタク想像力勝利にはなりえない。何故ならオタク外にも評価されたオタク監督庵野ただ一人、例外中の例外なのだ。その庵野ですら、オタク偏狭さに嫌気がなして反オタク改宗した。その事実オタクは裏切った、とこれまた偏狭さを見せて批判している。

このようにオタクオタク向けに作ったオタクアニメで傑作が生まれたことは、一件の例外を除いて存在しない。オタクが喜ぶ想像力や「萌え」なんてもの全然強度を持ち合わせていない(十年前にオタク想像力オタクに受けていたクリエイターの今の地位を思い浮かべて欲しい、それが十年後の山本寛新房昭之の姿だ)。

しろオタクの好みに少しでも外れると烈火のごとく怒り、作画監督が少しでも個性を出すと作画崩壊と騒ぐその類まれなる偏狭さは害悪だと言ってもいい。

オタクオタク的な想像力から外れるような、例えば『スーパーミルクチャン』や『TAMALA2010』のようなアートアプローチからまれた傑作を評価できない。どちらも発売時にはタワーレコード平積みされ、オタク想像力は一瞬で敗れ去った。

それどころか『フリクリ』をオサレだとかラベリングして嘲笑するほど、子供のような舌でもってクレームをつけて回っているのだ(『フリクリ』はガイナックスが作ったオタクアニメじゃないかという屁理屈が聞こえてきそうだ。ガイナックスは今や庵野の反オタクキャンペーンによってオタク的な人間駆逐されており、鶴巻は反オタク急先鋒である)。

そして、それは明らかにアニメ進化を阻害している。その理由を書こう。

まず、オタクが大好きな絵柄、要するに萌え絵はアニメーションに不向きなのである。あの頭と目が大きく、等身が低くて身体か華奢という構造は、見た目通り人間的に動かすというのは困難だ。だから、どのアニメにおいてもよく動くと言われるもの萌えから距離を取っている。萌え絵を選択すると自動的紙芝居的な動きが縛られたものしか作れなくなる。ディズニー萌え絵を選択せず、あのような絵柄なのは動かすことを念頭に考えているからだ。

しかし、アニメオタク萌え絵以外の絵柄のアニメを「絵が変」と言って嘲笑し、批判する。ここがアニメオタクの一番の問題点であり、私が害悪と言い切る理由だ。

例えば近年稀に見る傑作である鉄コン筋クリート』を例に出そう。この作品も「オサレ」「絵が変」といって批判されているが、この作品こそアニメーションの快感、動くことの快感を思い出させてくれるものはない。画面の中を縦横無尽に動き回るキャラクター達が見るものの心を掴んで離さない。そして、それはアニメオタクが「変」といって批判するその絵柄が貢献している。もし、この作品萌え絵だったらここまで動くものになってはいない。現にそんな作品はない。

そして、アニメーションの快感を蘇らせたのがオタク外のマイケル・アリアスだったことは非常に重要だ。アニメオタクアニメーションのことがわかっていない。だからスタジオジブリ的なものピクサーに取られ、アニメーションの快感マイケル・アリアスに取られてしまうのだ。

もう一度言おう。オタク想像力は強度を持っていないし、オタクが好むアニメ絵はアニメーションに向いていない。アニメーションに向いているオタク的じゃない絵を排除するその思考アニメ進化を阻害している。

アニメオタクが本当に現実逃避ではなくアニメのことを愛しているのなら、今すぐアニメを見るのをやめて即刻退場することだ。それが一番の貢献だ。

2020-11-09

社会人が楽しすぎてワロタ

毎月決まった日に決まった額のお金がもらえるし、体調悪かったり天気が悪かったり災害警報が出てたら簡単に休める。何なら上司が先に当日欠勤の申請してる。信じられないことにお金もらいながら休むこともできる。

9時間拘束は面倒だったが、実働はその半分にも満たなかったし、どちらかというと残りの時間つぶしに苦慮してた。それは俺だけではないらしくて、たまに中庭意味もなくうろついてる同僚を見かけていた。今は半分テレワークでそこらへんもあいまいになったので解決。定例で行われる飲み会あんまりきじゃないけど、状況により業務時間にあてられるし、会社から補助が出るので大きな不満はない。ただ自分から振れる話題ほとんどないのでつまらない人間だなと思う。他人の意外な趣味や家庭の話が飛び込んできたりして、聞かせてもらう分には面白い

忙しい時は残業宿題もあるけど、その分お金はもらえるし、もともとプライベートが充実してるわけじゃないので、あんまり困らない。大体の休日ちゃんと休めるし。

そんな態度でやってる仕事から年収は平均に結構劣るけど、物価も安いところに住んでいるので暮らしていく分に不便は少ない。自分としては平穏のもの人生で、不安は親の老後と自分孤独死ぐらいしかない。

それに比べると、学校に通っていた頃は本当につらかった。学年が違うというだけで廊下すら聖域扱いされる上級生とは、距離感を見誤ってよく怒られていた。名指しで呼び出されたこともあった。たかだか数年早く生まれただけでなぜあんなに偉そうなのか、進級して同じ立場になってもわからなかった。俺は人間関係が下手だった。

学校が終わったあと、やりたくもない部活動強制で放り込まれ、全く興味がないことに心身を疲弊させられるのは死ぬほど嫌だった。実家お金がなかったので、課外授業とか教材費とか合宿とか部費とか、出費がある度にお願いするのも心苦しかった。

バイトをすればよかったのかもしれないが、学業のために休日放課後に何かできるほど人生真剣ではなかった。そういう意味では、親に甘えていた。そのうち幽霊部員になった。部活に行かなくなった最初はほかの部員にドヤされたが、そもそもまじめにやっていなかった人間なのですぐに無視されるようになった。後ろめたさはすぐになくなり、心も軽くなった。修学旅行も、旅費を出してほしくなかったので行かなかった。多くの人間と寝食をともにすることに強いストレスを感じる性分だったので、もともと行きたくなかったのもあった。部活修学旅行も、強制されるものだと思っていたので、拒否することが可能なのに驚いた。やらない/行かないという選択肢そもそも目の前に存在していなかったが、選ぶことができるのを知った。

学校では出席日数がすべてであり、どんな体調、どんな天気だろうが通い続けることが美徳なのは悪夢ですらあった。高熱だろうが出校をうながされ、大雨だろうが台風だろうが大雪だろうが、まずは連絡網を待ち続けるのは不快しかなかった。休みにはならないと言うので学校に向かったら、朝のホームルーム帰宅指示が出された豪雨の日のことは、今でも呪っている。

教師ともソリが合わずいつもにらまれていたが、それは俺の思い過ごしかもしれない。ただ、こんな態度なのだから、好かれてはいなかっただろうと思う。授業はまじめに受けているつもりだったけど、勉強にはついていくことができていなかった。遅れた部分を取り戻すこともできないまま、内容はどんどん先に進んでいき、完全に一周遅れとなった俺はいしか学校に行っても何も学べなくなっていたので、授業中は椅子に座ってぼーっとしているだけだった。苦痛だった。問題を当てられて黒板の前に立たされても、どうせわからないのだから棒立ちしていることを繰り返していたら、指されなくなった。

それでも勝手単位が出てきて進級したし、進級したら高認をとれたので、そのまま学校をやめ、就職活動をしてみた。それしか道がなかった。奇跡的に就職できた後は一人暮らしも始めた。それまでの世界に比べると、そのあとはまるで天国だった。俺に対して決して捨て鉢にならなかった親にはとても感謝している。昨今は社会情勢的に実家に帰ることがなかなか出来ないので残念だ。連絡はときどきしているし、できる限り孝行をしたいと思っているが、敬愛の示し方がわからないため、なかなかままならない。

さておき、学校本来学ぶはずだったことが、仕事において必要なことはたくさんあった。日本語がうまくなくて困ったことがあった。確率割合計算ができなかったり、放物線がグラフで描けなくて困ったことがあった。世界の略歴を知らなくて困ったことがあった。グローバルな会社ではないが最低限の英語必要になることはあり、当然そこでも困った。野球サッカーゴルフ将棋麻雀ルール全然知らなくて困ることすらあった。義務教育の内容や、集団生活での経験社会必要ないなんて思ったことはなかったけど、俺が社会必要なことを学校で学ぶのに失敗していたのは事実だった。学校に通い、必要なことを必要な時にちゃんと学べている人は本当に立派な人間だと思う。

だがそれらが俺の責任である以上、学生のころは全くわからなかった学問を、小中学生レベルからやり直した。社会人になってから勉強することでお金がもらえるし、もらえるお金も増えるようになるので嬉しい。スポーツや遊びは俺を幼稚園児だと思って教えてほしいと伝えて学ばせてもらっている。強制されない、ノルマ存在しない運動楽しいということは社会人になってから知った。さかあがりはいまだにできないけどね。

今でも学生のころは夢に見る。そのほとんどは良くない思い出のごった煮で、目が覚めた時の気分はいつも最悪なのだが、それと同時に、現実ではもう社会人であれてよかったと安堵する。社会人になってから人生が楽しくてしょうがない。

2020-11-03

忘年会が恋しい

コロナ禍で忘年会がなくなるのは確実だ。もうずっと業務時間外の集まりはない。

世間一般特にWeb上では忘年会などはevilとされて久しいけど、自身の勤務先では特に強制される事項もなく、参加すれば確実に充実した時間が過ごせる。

私は1人暮らしで周囲に知人など皆無だし、業務関係のない他愛もない話をする場を持ちたいのだ。

近年の働き方改革時間管理厳密化でタイムカード切ったあとは早急に帰るよう迫られるし、雑談するタイミングも明らかに減った。

そんなことは自身コミュニテイでやれという意見も多いしそれを求めていろいろ参加したこともあったけど、結局属性が似ていて話が合うのは社内の人たちだったのだ。


旨い食事と酒を味わいながら、敬愛する上司メンバーとじっくり話をしたい。

今後劇的に事態収束することもなさそうだし、もう叶わなくなってしまった。

話がしたい。会いたい。

2020-10-27

anond:20201027001713

逆にフランス人もシャルブを敬愛する心があるなら、イスラム系の人にとってのそれがムハンマドなのだ理解して欲しい。

無理

神すらも侮辱する自由謳歌している自分たちこそが優れていて、宗教「ごとき」に縛られているムスリムを未開だと見下している、という構図なので

逆説的に、宗教冒涜する事がナショナル・アイデンティティの一部に組み込まれしまっているフランスこそが、最も宗教神聖視している、ともいえる

まあ、そのツケはこれから100年ぐらいかけて支払っていくことになるんだろうけど

anond:20201023161730

日本なら天皇韓国ならおばあさん、北朝鮮なら金一族モンゴルならチンギスハンアメリカならフロイド

世界のどこでも「その人だけは決していじるな」とされる歴史上の人物がいる。

フランス人にとってのそれは人間国宝級の風刺画家とされたシャルブで、実際にシャルブをネタにした少年逮捕された。

逆にフランス人もシャルブを敬愛する心があるなら、イスラム系の人にとってのそれがムハンマドなのだ理解して欲しい。

2020-10-11

睡眠薬で軽くラリった話

当方、躁鬱持ち。寝つきが悪く、睡眠導入剤の「マイスリー」を服用していた。

数年間使っていたが、特に副作用は出なかった。

症状が安定していたので、躁鬱の薬(ラミクタール)を半分にすることになった。

しかしこの減薬以降、マイスリー服用後の奇行が目立つようになる。

LINE友達に変な文章を送り付けてしまうのだ。

まず、新海誠が好きな友人に、3000字くらいの長文で『君の名は。』の感想を送った。

文章支離滅裂狂気を感じる。一応、日本語として意味が通ってはいるが、まるで要領を得ない。

ままごとの果てのハンバーグに、神聖性を感じるというのかい?」とかい調子だったと記憶している。

加えて、無駄攻撃的。私は正直新海誠が苦手だ。

しかし、新海を敬愛する友人に対しては失礼すぎるくらいに、激しいトーンで新海を非難してしまった。

後日、「あれは不愉快だった」と苦言を呈された。

男女がらみでも失敗した。長年来の異性の友人がいる。

その人に対して、ほのか好意が芽生えていた。

今まで何度か近場の旅行に行っており、今回も行きたいと提案していた。

しかし、向こうの返事から察するにあまり乗り気でないようだった。

私は流れをぶった切り、どうしても今回行きたい!お願い!付き合って!との旨のメッセージを連投した。

翌朝スマホを見返し、自分メッセージキモさに血の気が引いた。

幸いにも既読がついておらず、慌てて送信取消した。

だいたいの場合、目覚めた直後は、前の晩にやらかしたことを覚えていない。

LINEなどの物証確認して、「そういえばそんなこと送ったか」と思い出す。

その時点で記憶回復はするが、記憶の確かさは非常に薄いままだ。

また、感情がだだ漏れになる。

まりにも嘘偽りなく、感情開陳してしまう。受け取った相手がどう思うかと考えた形跡がない。

マイスリーを飲む前に、電子機器の電源を切るようにした。

それでも、服用後に電源をつけて思いついたことを送ってしまった。

文章を書いている最中は「自分は至って正気だ!」と信じているのが恐ろしい。

どうにも自分では制御できなくなったので、主治医相談した。

躁鬱の薬を減らして抑制作用が弱まったところに、抗不安作用のあるマイスリーが効きすぎたのではないかとの見立てだった。

その後、眠剤ルネスタに変えたことで、奇行は収まった。

眠剤による奇行が顕れたら、主治医相談の上、薬を変えてもらうことをお勧めする。

人間関係が壊れます

2020-08-06

https://comic-days.com/episode/13933686331667252531

最初何を表現しているのかさっぱりわからなかったが、色々感想を見てなるほどと。これはすごい漫画だと思った。自分用にメモ

漫画を読む限り主人公は、表面的に愛想よく振舞い、その場に溶け込む優等生的な能力がめちゃくちゃ高い。内心嫌って軽蔑している友達彼氏の前でも、笑顔をたやさず器用に話を合わせることができる。他者に対しては常に減点方式で値踏みをしているのに、それを悟られることは決してない。彼女は、何もクリエイティブなことをしていないのに、クリエイティブな人たちと知り合って仲良く付き合えている時点で、決して平凡な人ではない。現実の「普通の人」の圧倒的多数は、友達づくりそのものが苦手でコンプレックスだったりするが、彼女場合はなまじ能力の高い知り合いに囲まれていることで、かえって「バカにして!」とコンプレックスつのらせている。さら他者に過剰に同調できてしま優等生ありがちな話として、「こんなに我慢しているのに」「こんなにみんなに合わせているのに」という、「見返り」がないことに対する不満というか被害者感情がたまりにたまっていく。

こういう「優等生女子」の悩みやコンプレックスを知ることができるのはこの漫画の収穫だが、安定した仕事友達もいない自分からすれば、あまりに贅沢な悩みで同情できないという感想も正直ある。既に批判されているが、最低賃金パートデフォルト独身女子にとって、正社員経理仕事は高嶺の花だ。真面目な話、主人公が作者自身投影であるなら、一度ジェーン・スーのお悩み相談メールを出したほうがいい。

追記

これまでの感想では宮森の存在を誰も重視していないが、こいつはめちゃくちゃ重要存在である。つまり、「かっこいい/ださい」という基準であらゆる他人を値踏しないと済まないタイプという点で、主人公と宮森は価値観が全く同じ種類の人間なのである主人公が宮森を毛嫌いしているのは、彼女がそれを悟られないように懸命に隠しているものを、無神経に曝け出しているからに他ならない。宮森は、自分が表面的には否定している嫌な面を鏡写しにしたような存在なのであるしかも宮森のような人間が、クリエイティブ世界活躍し、彼女敬愛する伊藤たちに一目置かれているから、なおのことを許しがたい。「我慢我慢を重ねているあたしが何の見返りもないのに、無神経でやりたい放題のあいつがみんなから認められているなんて!」という訳である。作者も宮森をもうちょっと登場させればよかったのにと思う。

追記2)

余計だったのは、作者が「全くうらやましくない女性を描いた」と言っていること。「うらやましくない」が性格だけを言っているならともかく、安定した仕事があり、理想的とは言えないが好きなってくれる彼氏がいて、趣味が多彩で友達も多い主人公を「うらやましい」と感じる「普通の人」は多いだろう。実際感想では、経理という仕事を見下している描写(この漫画を読むまでは全くそんなイメージはなかった)に批判が集まっている。パートを三つ掛け持ちしても主人公収入に遠く及ばないシングルマザー存在なども、時々は思い浮かべてほしい。

2020-08-02

己を「おけけパワー中島」だと思っている元フォロワー

これは少し前にTwitterでバズった概念「おけけパワー中島」を自称した元フォロワーに対するただの悪口であり、それ以上でも以下でもない。

フォロワーであるところの彼女を知っている人が万が一これを目にし、あわよくば同意してくれることを願っているが、基本的にただ自分の中のわだかまりを解消するためにつらつら書いているものだ。自己満足であることは承知している。

直接言えよなどあるかもしれないが、知るか。繰り返すが、これはチラシ裏に書かれた駄文である

彼女はすぐに神を見出す人間だ。

この神とは、すなわち彼女の好むストーリーライン創作できる人間を指す。

彼女は神の布教を熱心に行う狂信者であり、神に並び立つことを喜びにするタイプ人間だ。神を崇めるが、神と己が並び立っているかのように振舞う。

でも、彼女は神の友人でもなんでもなかった。

認知はされていただろう。熱心なファンから

でも、別に神の友人でも知人でもなかった。はために見ても怖いくらい熱心だとは思えたし――彼女と知り合ったきっかけのジャンルには彼女なみの熱狂ファンゴロゴロいたが、やばい四天王のひとりくらいにはジャンル人間にも神にも思われていただろう。

けれど、友人にはなりえなかった。そもそも、神と呼び奉り、人間性を無視している時点で友人ではないだろうに、と思うのは最近になってからだが。

掻い摘むと、彼女は決して「おけけパワー中島」ではないのだ。

神の友人でも、神を人に堕すような人間でもない。ただ変質的熱狂的なひとりのファンだ。ついでにこれは悪口なので付け加えるが、こいつは面倒みがいい陽キャでもない。(そのため、自分形成したグループから結局ハブられた。付き合いが悪くて、オフ会にやってきても自分の興味のある会話にだけ参加、それもキャチボールじゃなくて豪速球早口自己解釈語りだ。TLでオフ会の様子がキャッキャと流れる度に毎度毎度悔しがっていたが、空リプするだけで当人たちに凸ることはなかった。ついでにこいつは空リプ他人がするとお気持ち表明する)

彼女自分は「おけけパワー中島」だから、あの漫画主人公たちにまるで同意できない、という旨をツイートした。

私は「おけけパワー中島に対する解釈違いです!」と胸の内で叫んでいた。実際はとりあえず彼女ミュートした。忙しくなってきた時期で、こういうツイート批判的になるのはヤバい証左だ。精神衛生上良くないものは見ないに限る。

決定的に無理だな、となったのは神と同じジャンル二次創作を辞めるという、彼女お気持ちブログを読んだ時だった。

彼女ジャンル黎明期からいる人間だったから、ミュートしててもTLがうっすくざわついているのはわかる。比較的落ち着いていた気持ちの時にそれを読んだ。

ブログの内容は、神の解釈自分二次創作作品解釈が混入し始めたか自分はこのジャンルでの活動を辞める、というそこそこ長い文章だった。

第一印象は「何を言っているんだ?」と「正気か?」だった。

それから、こいつ本気で自分が神に並び立っていると思っていたのか、と怖くなった。

元々、神に積極的に絡みにいっていた。神の悪い部分を吹聴するのに、そういう部分も自分理解しているけどね、という態度をとることも多かった。

全部全部、友人だと思っているからそういう態度をとっていたのか、と合点がいった瞬間、ブロックした。

創作者はべつに神ではないだろうと思ってる。ものを創るという行為はすごいし、作品も、本も敬愛の念を抱かせるに十分だ。

創作者を尊敬しこそすれ、神だと勝手に崇めたり、その神と自分は親しいものだ、と自尊心を守るために振る舞うものでもないだろう。

とりあえず、私は狂信者にもなれないのだろうが、あれのようにだけはなりたくないな、と痛感した。

それから、無邪気に信奉している、という言葉創作物に使うのを控えるようになった。

とりあえず、「おけけパワー中島解釈違い地雷です!そこの読み込みができない人間は無理です!」という、これはそれだけの話だ。

2020-07-19

anond:20200712141747 とある鍵垢同人女より商業作家さんのお気持ち表明についての構造整理

とある鍵垢同人女より商業作家さんのお気持ち表明についての構造整理

https://anond.hatelabo.jp/20200712141747 さんの激おこ文章同人女サイドでは、ひとくくりに糾弾されて普通に嫌な気持ちになったけど、気持ちはわかる。

(私は同人女ですが、かつて別名義の本名文学一次創作詩歌評論を発表していた人間です。自分作品私物化海賊業されて…という経験はありません)

主さんもおっしゃる通り、商業として作品商品にした以上、それを自分のものと主張するのは難しくなります

「作者」と「読者」ではない、お金の介在する生産者消費者関係は、金銭契約により生産者使用者関係を生み、その生産者雇用主・被雇用者に細分化するものです。

作品の発表に当たり人の手を経れば経るほど、その作品の所有層全体に見る自分割合がちっぽけになっていきます

この問題を切り分けて考えると、

(1)作品を発表した

(2)ゆがめて解釈された

(3)同人作品を発表された

(4)それにより純粋な「作者」の契約外の人間利益が発生した

の4つの工程があります

そのそれぞれの段階に、「作者」を悩ませる要因が存在します。

(なお、前提として、「作者」は作品を発表するにあたり企業などの商業的な発表媒体契約を結び、「作品」は「商品」となっています。)

問題1【(1)→(2)で起こる、「再生可能性」の不足】

作品には、発信者と受信者がいます

信者解釈する自作品と、受信者解釈するその作品の間に、何らかの解釈の違いが生じることが、第一の難しさ。

アート作品プレスリリースした際、一方向から撮影した1枚しか写真が載らず、別の一面の情報が伝えられなかった。

カラー風景画を取材され、新聞モノクロ掲載され、色味の再現が十分でなかった。

詩吟節回しとして本来長音が入らない箇所を、聴き手の記憶頼りのレビューで長音のように表記された。

使用楽器の質にこだわってリリースした楽曲を、百円均一の音質の悪いスピーカー再生された。

・ある特定ホットサンドメーカーを使った料理レシピを、異なる製品で作った結果、焦げておいしくなかった。

ここには、「発表媒体」による不自由と、「ツール」による妨害存在します。

いずれも、その作品情報の伝達時の「再生方法が、その作品表現しきるに満たない、という問題です。

今回の漫画作品では、おそらくこうした再現性の問題はほぼないでしょうが

【「作品」を再生する受信者は、必ずしも「作者」の思惑通りに「作品」を享受しない】。

その結果、【本来作品ポテンシャル外の評価解釈が生まれる】。

これは、芸能人政治家発言した内容を任意に切り取って報道する偏向報道もそうです。

本来与えられるべき情報量に到達できないまま受信者作品評価することが、作品発表の第一の関門です。

問題2【受信者の好みによる「解釈のゆがみ」】

「○○くんは目が大きくて背が低くてかわいいから受け」

「××くんは○○くんを好き。▲話で腰に手を回してるからセックスした」

「▲▲さんは実は●●ちゃんを嫌いなんじゃない?」

「●●ちゃんは本当は腹黒で、○○くんに近づく奴を陰で×してる」

一次創作は、「もしも○○という人物がいたら」から

二次創作は、「●●という作品の○○という人物がもしも××したら」から端を発するものです。

まり二次創作原動力は、作品の「余白」と「違和感」です。

作中の違和感根拠に、関係性を決定づける。

作品の余白を解釈して、起こったことを空想する。

その「違和感」の着眼点や「余白」の範囲は、作者によって規定できません。

二次創作には「パロ」という文化存在し、読み手側が「もしも○○だったら」と仮定することで、作品の余白は無限に継ぎ足されます

さらに、「違和感」は、疑えばいくらでも生み出すことが出来ます。人の行動の裏の意味について考えすぎてしまうとか、創作に関わらない人間関係と同じように。

【「余白」や「違和感」などの、二次創作の要因は、作品のいたるところに存在する】。

作品を、想像力を持つ人間に届ける以上、この「解釈のゆがみ」の発生を止めることはできない】。

これが第二の問題です。

問題3【「ゆがんだ」同人作品の発表】

私の敬愛する漫画に『ぼくらの』という作品があります

少年少女が生きる意味死ぬ意味に向き合い、あらがい、自己を実現する、人生の解の物語です。

その物語では、一人一人の死には厳然たる尊厳があり、死は尊重されるべき、という観念少年たちに獲得され、通底していました。

しかし、その物語アニメ化された際、監督の好みで物語の大筋が改変され、少年たちの命運も、登場人物人生意味も、その監督解釈により書き換えられました。

アンインストール」というテーマ曲が有名なゼロ年代アニメですので、主様やこの記事をご覧の方もご存知かもしれません。

こうした、【自己解釈による横取りただ乗り】が、主様の同人女に対する一番の怒りなのではと感じています

これが第三の問題です。

例えば原作ファン実写化を叩くのも、おそらく類似した心理によるものです。

そして、このただ乗り素人同人女)がする場合、その目的は3つが融合しています

自己実現」「他者から承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」の3つです。

自己の考えを開示・表明することで自己を実現する。それを承認されて行為が加速する。同人イベントなどの目標を達成し、達成感を得る。

これらが融合し、「カップリング界隈」という一つの社会に生きる「同人女」としての個性を、一人の人間の中に築いている。

趣味活動」という、第一人生を生きながらある程度の匿名性が担保された第二の自己を獲得することが、「二次創作界隈」では可能なのです。

しかも、その第二の自己は、第一人生を妨げません。いざとなればアカウントを消去して関係を断てる、切り捨て可能インスタント人生。だから同人活動は気楽に楽しめます

一次創作主ほどの切迫した人生生活感が、二次創作主でいる間には、必要ないのです。

【「自己実現」「他者から承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」は、「同人女」に第二の人生を与え、同人女を生きやすくする救済である】。

これが、SNS社会現代で、同人作品の発表がなくならない理由ではないでしょうか。

しかし、取れる策が自衛しかない小さな政府大衆民意経済尊重の今の世の中では、二次創作されるのが嫌な一次創作者は二次創作嫌だ二次創作禁止と言える会社で発表するしかありません。アルファポリスとかしか思い浮かびませんが。

一次創作で金儲けしながら作品自分一人のものとして主張したいなら、同人でやるしかない。

企業自分作品を買い上げてもらうことはあきらめる。企業製造ライン企業販路企業広報、そういうものに載せてもらった時点で、作品方針を取る手綱自分のものではなくなる。

生活のために金儲けすればするほど、作品権利元が分散して、作品が多くの人の手を経て連帯の所有物になっていき、純粋な「作者」の手元を離れていく。

「商」業の性質上仕方ないです。

両得で叶えることは難しいと思います残酷ですが、主様のおっしゃるとおりですね。

問題4【「契約外の人間利益」】

四つ目の問題は、言葉の通りです。

これに言えることはありません。

同人界隈のモラルどうにかして。】って感じです。

利益」と「権利」に対する、同人活動者の考えの浅さに直面するたび、私もくやしくなります

公式デザインを模してリサイズした自作ぬいぐるみ制作

公式が発表していない自作ねんどろいど写真SNSに発表する。

公式ロゴ類似したロゴを使ったスマートフォンケースの受注生産

二次創作禁止をうたう作品二次創作

全てアウトです。公式の受け取るべき権利横取り公式意図しない第三者営利活動が原因で、立体商品が発売されなくなったジャンルもあります

それでも横行しています。「痛い目を見ていないか大丈夫」なんですね。

私が同人活動をしている作品二次創作好意的で、二次創作の中でも特に禁じるものを明記したガイドラインもあり、公式サイドで映像制作に関わっている方によるファンアート投稿も盛んです。

それでもガイドライン中で明記されている禁止行為をする人が後を絶ちません。

「みんなやっているからいい」。

主様のおっしゃる脳死同人女の考えですよね。

公式から二次創作全面禁止のお達しが出るまで続けるのでしょうか?

そこに倫理はないんでしょうか?

ここを踏みとどまってほしい、という、主様のメッセージ最後の一文だけでも、少しでも多くの同人女に届いてくれればよいと思います

以上。

構造の整理と言って、結局私のお気持ち表明でしたが、以下に内容をまとめます

●まとめ

(1)作品を発表した

問題1】「作品」を再生する受信者は、必ずしも「作者」の思惑通りに「作品」を享受しない。その結果、本来作品ポテンシャル外の評価解釈生まれる。

(2)ゆがめて解釈された

問題2】二次創作の要因は、作品のいたるところに存在する。作品を、想像力を持つ人間に届ける以上、「解釈のゆがみ」の発生を止めることはできない。

(3)同人作品を発表された

問題3】「自己実現」「他者から承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」は、「同人女」に第二の人生を与え、同人女を生きやすくする救済である

(4)それにより純粋な「作者」の契約外の人間利益が発生した

問題4【「権利」「利益」へのモラルがない】

言葉多めに分解して、主さんを苦しめている問題を書き起こすと、こんな感じでしょうか。

難しい問題だと思います解決手段、私には思いつきません。

主さん。お疲れ様です。うまく気持ちに折り合いがつくことを祈っています

己を「おけけパワー中島」だと思っている元フォロワー

これは少し前にTwitterでバズった概念「おけけパワー中島」を自称した元フォロワーに対するただの悪口であり、それ以上でも以下でもない。

フォロワーであるところの彼女を知っている人が万が一これを目にし、あわよくば同意してくれることを願っているが、基本的にただ自分の中のわだかまりを解消するためにつらつら書いているものだ。自己満足であることは承知している。

直接言えよなどあるかもしれないが、知るか。繰り返すが、これはチラシ裏に書かれた駄文である

彼女はすぐに神を見出す人間だ。

この神とは、すなわち彼女の好むストーリーライン創作できる人間を指す。

彼女は神の布教を熱心に行う狂信者であり、神に並び立つことを喜びにするタイプ人間だ。神を崇めるが、神と己が並び立っているかのように振舞う。

でも、彼女は神の友人でもなんでもなかった。

認知はされていただろう。熱心なファンから

でも、別に神の友人でも知人でもなかった。はために見ても怖いくらい熱心だとは思えたし――彼女と知り合ったきっかけのジャンルには彼女なみの熱狂ファンゴロゴロいたが、やばい四天王のひとりくらいにはジャンル人間にも神にも思われていただろう。

けれど、友人にはなりえなかった。そもそも、神と呼び奉り、人間性を無視している時点で友人ではないだろうに、と思うのは最近になってからだが。

掻い摘むと、彼女は決して「おけけパワー中島」ではないのだ。

神の友人でも、神を人に堕すような人間でもない。ただ変質的熱狂的なひとりのファンだ。ついでにこれは悪口なので付け加えるが、こいつは面倒みがいい陽キャでもない。(そのため、自分形成したグループから結局ハブられた。付き合いが悪くて、オフ会にやってきても自分の興味のある会話にだけ参加、それもキャチボールじゃなくて豪速球早口自己解釈語りだ。TLでオフ会の様子がキャッキャと流れる度に毎度毎度悔しがっていたが、空リプするだけで当人たちに凸ることはなかった。ついでにこいつは空リプ他人がするとお気持ち表明する)

彼女自分は「おけけパワー中島」だから、あの漫画主人公たちにまるで同意できない、という旨をツイートした。

私は「おけけパワー中島に対する解釈違いです!」と胸の内で叫んでいた。実際はとりあえず彼女ミュートした。忙しくなってきた時期で、こういうツイート批判的になるのはヤバい証左だ。精神衛生上良くないものは見ないに限る。

決定的に無理だな、となったのは神と同じジャンル二次創作を辞めるという、彼女お気持ちブログを読んだ時だった。

彼女ジャンル黎明期からいる人間だったから、ミュートしててもTLがうっすくざわついているのはわかる。比較的落ち着いていた気持ちの時にそれを読んだ。

ブログの内容は、神の解釈自分二次創作作品解釈が混入し始めたか自分はこのジャンルでの活動を辞める、というそこそこ長い文章だった。

第一印象は「何を言っているんだ?」と「正気か?」だった。

それから、こいつ本気で自分が神に並び立っていると思っていたのか、と怖くなった。

元々、神に積極的に絡みにいっていた。神の悪い部分を吹聴するのに、そういう部分も自分理解しているけどね、という態度をとることも多かった。

全部全部、友人だと思っているからそういう態度をとっていたのか、と合点がいった瞬間、ブロックした。

創作者はべつに神ではないだろうと思ってる。ものを創るという行為はすごいし、作品も、本も敬愛の念を抱かせるに十分だ。

創作者を尊敬しこそすれ、神だと勝手に崇めたり、その神と自分は親しいものだ、と自尊心を守るために振る舞うものでもないだろう。

とりあえず、私は狂信者にもなれないのだろうが、あれのようにだけはなりたくないな、と痛感した。

それから、無邪気に信奉している、という言葉創作物に使うのを控えるようになった。

とりあえず、「おけけパワー中島解釈違い地雷です!そこの読み込みができない人間は無理です!」という、これはそれだけの話だ。

2020-07-14

anond:20200714104210

家の敬愛する女性上司場合

 

 

         「だから、さっきっからそう言ってるでしょ?」

2020-07-04

いいねこわい

斜陽ジャンル同人活動をしていた。

正確には他ジャンルへ人が流れていく落日状態だった。

毎日誰かが推しカプの話をしていた私のTLは別ジャンル話題ばかりになり、不在のフォロワーも増え、寂しいものになっていた。

でも自分はこのジャンルが好きで、まだ描きたい話があるしとオンリーイベントへ向け原稿を描き、ツイッターでもそのジャンルやカプの話をしていた。毎回本の感想をくれるフォロワー新刊楽しみですと言ってくれてとても嬉しかった。


無事脱稿新刊情報を告知した時、フォロワー達は「いいね」を押してくれた。

でもイベントには遊びに来なかったし、通販も誰も利用しなかった。

イベントで本を買ってくれたのは普段付き合いのない別カプのご近所サークルさんくらいで、正直感謝よりは大丈夫でしたか…?が勝ってしまう。

イベント中「今日イベントなの?!A×Bサークルさん達楽しんで来てね!」とツイートされたりして、A×Bサークルは今回も私だけだからやめて差し上げろとスマホを裏向けたりもした。


ツイッターの「いいね」は色んな意味を兼ねている。

楽しみだ、完成お疲れ、見たよ、後で読む、色々だ。押すフットワークも人それぞれ。

分かっていてなお「いいね」されることがとても怖くなった。

そして恥ずかしくなり寂しくなり、悲しくなり、申し訳なくなった。

今までもフォロワー達は空気を読んで「いいね」を押してくれていたのかもしれない。

多少拙くてもA×B本だから欲しいと飢えている人はもういないのかもしれない。


私の描くものは、A×Bは、このジャンル

いいねってされるけど本当は、今は 『それほどでもないけど』が頭についている。


もっと上手い人が本を出せば皆本当に喜んで買いに来るのかもしれない

支部無料公開したら私の新刊も読んではもらえるのかもしれない

あれこれ考えるが何にしろ複雑な気持ちになるのは間違いない


力がないのだから

それをわきまえないと下を向くのに疲れて、描くのも呟くのも止めてしまった。

以前敬愛している作家だと言われた時に、嬉しいけどそれは盛りすぎでしょうと冷静に聞いていたけど、何分の一くらいに少なくして受け取るのが正解だったのか分からない。だから受け取ることをしたくなくなってしまった。

忖度されてしま自分がみじめで、ずっとずっと恥ずかしい。

2020-06-17

神大好き

私はあるジャンル二次創作同人誌を作ったりしている腐女子

これはうんち、所謂腐女子お気持ち長文である

もしうんち増田に見つかって、ドラゴンうんちとか褒めてもらえたらとても嬉しい

私が居着いているジャンルには敬愛してやまない神がおわす

交流の少ない神だけど、たまたまジャンル初期から絵や同人誌情報ネットに投下していた私に神は御声掛けくださり、一緒にご飯を食べたり遊びに行ってくださる…感謝土下座😭

不遜極まりないけどもうこれはほぼ恋…私は既婚だし私も神も腐女子だが、神となら一線を超えてもいいと悩んだことすらある(ただしそういう関係ではない)

人間というのはあんまり一方的に持ち上げられたり、対等に仲良くしたい相手から神扱いされると微妙気持ちになるものだと思う

まあ神扱いされたい奴も中にはいるのかもしれんが

私は正直不快だった!

「神」の一言でこれまでの絵や漫画に対する努力を軽くあしらわれている気がした(単に軽々しく神とかい言葉を使う奴がそもそも軽率から、神という言葉が悪いんではなくそういう奴の全てが軽率からムカつくというだけだが)

そういう気持ちで私は神を神と心の中で崇めながら神と接する際は徹底して対等を装った

神ではなく人間として接することを心がけた

心の中では我は矮小なる民草であり偉大なる神の足元にも及ばぬ超絶上下関係なのだが、、、

どうやらその辺の感覚が合ったようで神は民草とますます仲良くしてくださった😭

超絶崇めているけど崇めているのを超絶隠しているのって関係がうまくいっているとものすごい快感で、か、神ーッってなる

そんな神と仲良くなってそろそろ丸4年経つ

それでもやっぱり神は神

友達みたいに接してくれるし私もそう返すけどいつまでも崇めております

そんな神から昨晩もLINEが来た

レスたかったけど敢えて一呼吸置いて、距離を詰めすぎないように、「神神言う人とか一番信用できないよねー!」とか悪口言い合ってるタイプの人々と私が同じだと思われないように、淡白に見せかけておく

神大好き😭神😭キモいところ隠すからこれからも仲良くしてください😭

こういうこと書くのってさあ〜昔は神と民草のなんとかかんとかとかいスレ同人板にあったよね?

あのスレがあった頃は私には無関係だと思ってスルーしてたけどこういうこと書きたくなった時にまさかスレが続いていないとは……

2020-05-14

anond:20200514210818

すまんな、ワシはゴシップには興味ないんじゃ。

ゴシップネタ特に声優ゴシップに群がってくるのは現実じゃ見たことないようなクズ野郎ばかりだということを、今も敬愛する新田恵海さんの騒動とき理解してしまったのじゃ。同じく敬愛するキズナアイさんの時も似たような状況じゃった。こういうネタにシュバってくるやつらは人間ではないのじゃ。

2020-04-25

ジャンルを燃やした神作家

他ならない私の精神衛生のために、縁を切ったほうがいいんだろうと思いながら、関係をひきずっている。

よくある二次創作同人フジョシの戯言

私が今いるジャンルは二年間くらい公式供給が停止していた時期があった。

そのときに別のジャンルたまたまハマって、とある作家と知り合った。

イベントあるときに数回おなじ飯を食べた程度の仲なんだが、界隈でそういった付き合いをするってけっこう仲良い部類だよね。

けれどその神作家交流がお盛んな人間で、私の他にもっと深い関係で(ライン交換したりとかしていた)付き合っていた人たちとトラブルを起こした。

内容は割愛するけどそのせいで界隈が全焼してしまった。

作家はしばらく表に出ないと言ってたけどそれからしばらくして私が今いるジャンルにやってきた。

交流を盛んにするタイプの神作家は、前と同じように界隈の他の神作家たちと仲良くしている。

率直に言う。

それがすごく嫌だ。

また同じトラブルを起こして界隈を全焼させるんじゃないかとか、そのせいで他の神作家ジャンル撤退するんじゃないかとか、そういったことを考えてしまう。

他の神作家に、この人は前ジャンルの界隈を全焼させた人なんですって言いたくなる。言わないけど。

今日も神作家は私の敬愛する神作家たちと交流を重ね奇跡みたいな合同本の話とかをしている。

この感情が行き着く先は、きっとただの嫉妬に分類されるんだろう。

私が、その神作家人間性は嫌いでも、作品を愛していること。それも悩みのひとつだ。

いっそ、また、全焼してくれたらいいのに、とか考える自分もいる。

もう二次創作同人から離れるべき時機なんだろうな。

神々のお戯れが私の心をぐちゃぐちゃにしている。気がする。

以上、お気持ち表明。

2020-04-16

anond:20200409230530

自分より若いやつはフィルターかかるんだよ。自分より年上の奴らでもくっだらねえ話する奴いんだろ。うぜえって思うだろ。何が恐怖と敬愛だよ。思ってねえくせに。あと、近所のオッサンに「殴られた」って書くな。せいぜい平手かゲンコツぐれえのもんだろ?顔面を拳で行くのが、普通感覚での殴るだよ。俺らの時代は~とか言うやつって大げさに言いたがるんだよな。うっとうしいよオッサン。いつの時代もすごいやつはすごい。ダメなやつはダメ。わかった?おめえはさ、若いやつはダメってのを最初から決めつけてるから無意識に探してんだよ。だから、あ、やっぱり!って印象に残る。

2020-02-16

ダークモード対応してくれや

敬愛なる、はてな運営様へ

ダークモード対応してくれや。

まっっっっっ白の背景ではてブ見るの疲れるんや。

P.S.大好きです

2020-02-14

anond:20200212223657

元増田です。みなさんありがとうございます

読み返して今さら気づいたのですが

ある敬愛する方の名増田と、タイトル酷似していました。

言い訳がましいですが、

その方の文章に、それこそ10年以上前から救われていたので

ここにきて縋ってしまったのだと思います


申し訳ありません。

店長あなたの本を出したかったです。




※【誤】係留→【正】慰留

2020-02-07

フジョシのお気持ち表明

わたしSNSにおける匿名性っていうのを諸刃の剣だと思っている。

わたし現実世界他人と関わろうとするとき趣味の話ってそれなりに仲良くなってからじゃないとできない。

他人やすやす否定されたくない趣味であればなおさら

けれどSNSは逆だ。

仲良くなる入り口趣味であることが多く、個人価値観信条などといった日常生活は後回しにされる。

からこそわたしツイッターで同じ界隈の人間交流するときには注意している。

楽しく推しの話をしているが、日常生活に関わる部分の話はある程度ひととなりが分からないとしないようにしているし、ラインの交換なんて同人イベントで何度か会って「このひとなら大丈夫」と信頼できる相手しかしない。「このひとはわたしと合わないかも」と思えばそっと距離を置くようにもしている。

わたしがそういった『宗教上の理由』を抱えていることを前提に話をする。

前にいたジャンルが、まさにそういった人間関係トラブルを原因に、ほぼ全焼した。

わたしが今いるジャンルはかれこれ五年くらい居座ってるところなんだけれど、公式供給がなくなってしまって、そんなときにハマったのが前ジャンルだった。

そこで、Aさんという同人作家出会った。

Aさんはめちゃくちゃ“上手い”ひとで、狭い村状態の前ジャンルでは人気のあるひとだった。

作品ツイートもキレがあっておもしろい。

字書きさんなんだけど、紡ぐ言葉うつくしく、わたしはほんとうにそのひとの書く作品が大好きだった。

ただひとつわたしにとって合わないと思うところがあり、それがAさんの交流ハードルの低さだった。

わたしは前述の通り、そういったのが苦手なので、ひやひやしながらAさんが周囲と交流するのを眺めていた。

しばらくして、わたしが恐れていたとおり、Aさんはトラブルを起こした。

内容については割愛するが、まさしくAさんが交流していた周囲の人たちとのトラブルで、関係がないわたしや他のひとまで気まずくなり、狭い界隈の空気は悪くなってしまった。

自然と人が減っていき、繋がりも切れていって、ジャンル移動などもあって今では界隈が存在しないといっても過言ではない。

好きな作品だったが、そこで起きた事件のことを思い出すとどうしても憂鬱になり、わたしも筆がとれなくなった。

Aさんは筆を折るとまで言って界隈を去ったが、ひととなりは別にしてAさんの作品わたしは好いていたので「筆を折らないでください」と最後言葉を送った。

そんな出来事もありわたしは今いるジャンルに戻ってきた。

戻ってきたときには新規も増えそこそこ盛り上がっていた。

そんなときわたしはBさんという神作家出会った。

わたしは今のジャンルで、これまでこんなに推したことがあっただろうかというくらい、とあるキャラ推している。

Bさんは、わたし推しを同じように愛して描くひとだった。

Bさんの作品を初めて読んだとき、ひたすらに心が打ちのめされたのをつよく覚えている。

もう、すごいとしか言いようがなかった。

わたし推しはそこそこ人気で、支部ツイッターにいろんな二次創作があふれているけど、そもそもまり内心が描写されていないこともあって解釈割れがちなキャラだ。

シチュ萌えやCP萌え作品ほとんどだが、わたしはそういったのを舐めるように読んできたし、実際に「すごい」と思う作品にも出会ってきたけれど、Bさんの作品はそれらが霞むくらいにはわたしの心を震わせた。

推しについて、解釈がじぶんと異なることは分かったけれど、一本の筋が通っていて、舌を巻かざるを得ない。

漫画という手段で、論文のように完成された推しについての物語を描く。

わたしはこういうのが読みたかったんだと、Bさんの作品を読んだあとに泣いたくらいだ。

ただただ圧倒され、Bさんの抱く推しへの愛に敬服した。同時に、自分は何をやっているんだろうとも思った。

Bさんよりも長くキャラ推しておきながら、わたしはその推しについて作品をつくったことがなかったのだ。

わたし自身二次創作でまともに物語を書くようになったのが最近だったということもあるけれど、それにしたって推しについて作品を書こうと思うきっかけはあったはずなのに、今まで「よく分からいから」と怠ってきた。

Bさんの作品を前にそれを悔やんで、わたし推しについてきちんと考えるようになったし、Bさんの足元にも及ばないけれど、推しを中心にした作品も書くようになった。

やっぱりわたしはこのジャンルが好きだなあと、心の底から思った。

その、わたしのだいすきなジャンルにAさんがやってきたのは、Aさんが姿を消して一年くらい経ったときだ。

ジャンルにハマったきっかけはわたしツイッターで何度か語っていたからだという。

正直言うと、こわかった。

「筆を折らないでください」とつよく願っておきながら、Aさんが前のようにわたしの大好きなジャンルを荒らすんじゃないか危惧した。

わたしとAさんは再び繋がったが、ジャンルで好きになったキャラがぜんぜん違ったことと、以前の事件があったのですこし距離を置いていた。

それでも、以前ほどではないけれど、たまにリプを交わし合ったりふぁぼを投げ合ったりして、仲良くしている。

さて、死ぬほど前置きが長くなったけれど、わたしがこれをしたためる原因のきっかけはAさんが復活して二か月くらいしたころに起こった。

Aさんがわたし敬愛するBさんと繋がったのだ。

はじめは何とも思っていなかった。Aさんの作品はとても素敵なので、ジャンルでもそこそこ認知されつつあるひとだったし、Bさんのような神作家と繋がるのは当然のことだと思ったから。

しばらくして、Aさんが別垢をつくった。私事をメインにつぶやく交流メインの鍵垢だった。

Bさんも同様の鍵垢を持っていて、ふたりはそこでも繋がったようだった。

Aさんの前ジャンルでのやらかしを知っているわたしは、そういった交流メインの鍵垢をつくることは良いことだとおもっていた。とくに私事に興味を持たない(いわゆる愚痴などが垂れ流されていると不快なので目にいれたくない)わたしは、AさんやBさんの鍵垢についてはフォローしていない。

そのうちAさんやBさんは鍵なしの本垢には現れなくなって、ときたま作品妄想ツイートするために浮上するだけになっていたから、AさんBさんがどういった交流をしているのかをわたしは知らない。

そんなAさんとBさんが、先日、合同で本を出すと言った。

それを知ったときに、わたし得も言われぬやるせなさに包まれた。

AさんBさんの交流なんてぜんぜん気にしてなかったのに、合同で本をだすとか、AさんBさんが互いに本に収録するプロットや下書きを見せ合ってるとか、そういうことが分かるツイートに気が遠くなる心地がした。

AさんもBさんもすごいひとだ。わたしはそれを知っている。どちらの作品も読んでいるから。

わたしは、わたしにとっての好きな作家と神作家が合同で本を出すことを喜ばないといけないのに、どうしてもそう思えない。

わたしがけして届かない神々のお戯れが、わたしの心をかき乱す。

Aさんが前のジャンルを瓦解させたひとりであっても、たとえ、人間としてどうなのとわたしが思う部分を抱えているひとでも。Aさんはすごいひとだから、そうやってBさんと奇跡みたいな合同本も出す。

そう思うと、心が淀んでゆくのをかんじた。そういうAさんと交流するBさんに対しても、交流ハードルが低すぎるんじゃないかとか、Aさんについて何も気づかないのかとか、思ってしまった。

嫉妬とか、憎いとか、そういうのではないと信じたいけど……やっぱりそういった感情なんだろうか。

AさんBさんの活動と、目の前にある自分原稿を見ていると、自分の書くそれに一切の価値がないように思えてくる。

2020-01-15

絵師匿名メッセージ先を置き給ふこと勿れ

いや神にも絵師にも限らず。

世にいる同人作家たち、どうか匿名メッセージを送ることのできるツールの使い方について、今一度考えてくれ。

ここ数年、匿名感想を送れるツールが大流行する一方で、匿名で送られる悪意あるメッセージを送る輩が大量に出現している。

なかには、悪意に晒され続けた結果、ジャンルから立ち去ったり、危機感不安感でメンタルを正常に維持できずに作家であること自体をやめた人もいた。

その度に、返答のツイートや、作家気持ちを綴ったツイート拡散され、多くの人はコメントする。

「ひどい、こんなことを言う人がいるだなんて」「同人誌趣味から作家文句を言うべきではない」などなど…

うん、そうだね。私も思う。

なんなら、私の敬愛する神絵師貴様なに晒しとんじゃワレ!!くらいは思うし奥歯もガタガタ言わせたい。

だって作品を生み出す作家が、匿名の下らない逆恨みで筆を折ったらすごく悲しい。恨める先があるなら恨んでしまうと思う。

できるなら時を遡って、そいつ匿名くだらなメッセージを送るのを止めたい。

でも、それって無理なんだよね(当たり前体操

というか、そういう悪意のあるメッセージ回避することは匿名ツールを使っている以上はもう無理なんだと思う。

ここで例え話をしたい。

ひとつ会社があるとしよう。記事を書くところとから印刷データまで、雑誌を作る会社

その会社にいる人って、写真素材を集めるカメラマンさん、記事を書くライターさん、編集をするデザイナーさんだけだと思う?

そうではない、経理法務そのほか事務お客様対応するお仕事のひともいるはず。

「この記事すごく良かったです」「この記事面白くなかったから、この系統特集やめて」「なんだこの記事、ふざけてるのか?」「どこの書店にもないんだけど、この号はどこで入手できる?」など、いろんな声を聞く役職のひとがいるはずだ。

その人たちは「良かったという気持ちを伝えたい」から「より良い記事を求めている」、「二度と買わない」までいろんな気持ちを持っている。でも企業ですら、この声を選んで聞くことは叶わない。

さてさてお察しの方、話が早いな。

そう、この会社のすべて役職仕事をこなしている(ようなもんな)のが同人作家なのだ

いやほんとえらいよ画面前同人作家たち!

ネタしか原稿して編集までやってなんなら告知も宣伝頒布もぜんぶ自力でやってるのえらい!!

ただカスタマーセンター設置したらもうどうしても変な奴は来る!

オールタスクオールセルフである同人活動においては、どうしても感想以外に通販のご相談クレームなど届いてしまう!


前置きが長くなったが、ここまでの話でもう「悪意ある匿名メッセージは届いちゃうものであることは分かったと思うのでタイトルに戻ろう。

「神絵師よ、匿名メッセージ先を置き給ふこと勿かれ」

同人作家たち。どうか匿名メッセージはいっそのこと置かない、と選択できないか

くだらないクレーム対応をするのが面倒くさいだとか、作業中にアドバイスメッセージが来ると凹むとか……悪意のあるメッセージを受けて、筆を折ってしまうとか……

悪意がなくても、中古で買いました、良かったです!友達に読ませてもらいました、良かったです!みたいな言葉にも傷ついて仕方ないとか

兎にも角、「匿名ツール」を利用することでストレスを感じて、メンタルを損なうおそれがあるなら、

作家としての活動に支障が出てしまうのなら、

匿名メッセージは置かないことを勧めたい。

リスクマネジメントとして、いっそ「置かない」を今一度検討してほしい。

これほど多く、匿名メッセージのせいで筆を折った作家がいるのだから、そろそろ「匿名で傷つけてくる奴がいるだなんて酷い!」だけじゃなく、同人作家側も「傷つくかもしれないリスク」があることを学習して、

そのリスク感想をもらえる喜びを天秤にかけたうえで、

自衛として匿名ツール撤廃してみるのも、無しじゃないだろう。

長くなってしまい失礼。

最後になるけど、前述したとおり悪いのは悪意のあるメッセージをわざわざ匿名で送ってくる卑怯な輩だと思うので、そこは大前提にしておいてもらいたい。

それでは。読んでくれた人ありがとう

(あーあ…あの神作品ついにピクシブから消えてしまったなあ…)

2019-12-26

3,4年前くらいにムーン投稿していた頃の知見を書きたかったが忘れた

タイトルの通り。3,4年前くらいにムーンライトノベルスに投稿していた。その時の知見を忘れないうちに書きたかった。そう思っているうちに時間が経って、忘れた。

覚えている範囲で書く。

おわり

……というのはさすがにまずかろう、というので、記憶を掘る旅に出る。

ブクマ数、総合評価は現時点のものを見てきた。




1作目(完結済)

三人称ファンタジー世界舞台、主従もの敬愛エンドという意味では、BLとして邪道1話1エロ

1話の長さが6000字程度なのは個人的な好み。

オリジナル作品ちゃんと書くの初めてだった。なんならBL小説も初めて。拙い〜〜。エロ語彙がない〜〜。

初めて書いた割に読んでもらえた。みんな優しいんやね。

日刊ランキングに載ってからPVが一気に伸びたっぽい。順位が上がってからは、伸びが顕著。

多分その頃はブクマ1000件くらいだったので、完結後もじわじわ読んでもらえている様子。嬉しい。


読んでもらうために気をつけていたこ
  • タイトルでだいたい内容が分かるように
  • あらすじは簡潔に

タイトルやあらすじで話の内容・傾向が分かるようになっていれば、読み手作品を選別しやすい。読みたい人に読んでもらいやすい。

作品数多くて埋もれがちなネット小説では、意識しておいて損ではない。興味を引けそうなキーワードを含めるとなお良し。






2作目(完結済)

一人称ファンタジー世界舞台好き嫌い分かれそうな攻めがいる。ストーリー割合多めエロラブコメ


途中失踪してたのに、引き続き読んでくれる人優しすぎない? 完結祝ってもらえたの嬉しすぎるんだよな。

前作読んでくれた人が今作読んでくれる流れあったり、日刊ランキングに載ってPV伸びたり、週刊や月刊ランキングにもお邪魔したりした。

性癖を刺せることは強い。作品応援者が出来る。ぱわー。

登場人物が気に入られた。その一方で、好き嫌い分かれるだろな、と思ってた攻めくんが感想欄で人格攻撃された。お、おう。普通にショックで執筆気力減った。

嫌われる理由は分かる、だがその属性があってこその攻めくんだったから、私も一緒になって攻撃するような真似は絶対しなかった。書いた人間として、生み出したキャラ否定するような真似はできなかった。

万人受けしないものを、受け容れられない覚悟で書いていたら、思いの外楽しんでもらえたようで喜んでしまっていたから。冷や水を浴びせられたようで。愚かさも含めて愛されるなんてはずがなかった、と現実を思い出して、何を期待していたんだろう、と惨めにも泣いちゃった。

まあ、安心して欲しい。

ブクマが伸びてね、PVが伸びるとね、当初ターゲットとして想定していなかった読者層にもぶち当たるようになるの。これはそういうことなの。

not for you〜〜!!!!!

私は気にしちゃったし、説得力ないと思うけど、世の作家物書き小説創作人さんは、気にしないで性癖に正直になっていいと思う。思った。


読んでもらうために気をつけていたこと ぷらす

ランキング傾向から、その方が読まれやすいと勝手に推測していた。実際当たったと思っている。

ただ、書籍化まで視野に入れるなら、砕け過ぎない方がいい気もする。小説の質としては、文体が軽いより重い方が質の高い小説だ、と思う人は多い。

(尤も、売れる作品か、が書籍化のネックであろうので、人気があったり面白さが保証されるなら、文体なんて無視していい要素になるだろうな。)


  • 説明の手順に気をつける

多分主要な読み手層は、時系列バラバラの話を後で自分再構成したりはしない。Tips集めて事件のあらまし推測しない。そういう楽しみ方を求められていない。

故に、素直に読んで分かる話になることを心掛けた。

それですら伝わらない。半分も伝わらないと思っておいた方がいい。人は自分理解できるものを土壌にすることでしか作品から理解を引き出せない。


その他方針

書きたいものを書く、という芯はブレさせなかった。だって趣味で書いているんだぞ!? 好きなもの書かなくてどうするの!?!? という精神

私が恥ずかしがったので、独りよがりな鬱設定は本編で語らなかった。エンタメ路線の方がみんなも読んでて楽しいでしょ。私もその方が楽しいし。

2作目攻めくんのえがきかたは、もっとやりようがあったのだろう、とも思う。力不足だった。

攻めくんのコンプラ違反を度々指摘するような形で、作品倫理はそれなりに真っ当さを維持して批判避けしていたつもりだったのだが。まあ、ダメな行いはダメだよな。それを存在否定に使う人間も世の中にはいるんだな、勉強になったよ。

は〜〜懐の深い受けが、頑なに頑なにしていたのに、いつの間にか絆されちゃうの、いいもんだな。




思い出した。

私にとって小説を書くことは、読みたいもの自分の好きなもの自分の中から身を切って削り出して晒すようなものなのだった。苦しくて仕方ないのに、楽しさを知ってしまたから、今更辞めることもできない。呼吸だった。

からこそ、伝わらなさを思い知る度、断絶を突きつけられた。それは、好きに解釈してくれ、と自分作品を手放して諦めるようだった。断絶を重ねるうちに、それでいいや、と思えるようになってしまった。平気になったわけではない。

観測者のいない星は寂しい。読者がいて、作品確立することを知ってしまった。だから、手放すことを覚えた。

あの頃と比べれば、息を止めることに慣れてしまって、息の仕方を忘れてしまった。

それでも時折呼吸が苦しくなって、思い出したように息をする。

小説書くの楽しいです。

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